書評の部屋

裁く技術~無罪判決から死刑まで

裁く技術~無罪判決から死刑まで (小学館101新書)

著者:森 ほのお

裁く技術~無罪判決から死刑まで (小学館101新書)

株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
2009年5月21日に裁判員制度がスタートしてから半年経つ。既にいくつかの事件において裁判員制度が適用されており、今後は改正も視野に入れながらの練り直しも行われることだろう。現時点では来年には約30万人もの人が裁判員候補者名簿に記載される見込みである。もし裁判員に選ばれるとしたら労働など様々な不安が出てくることだろう。
本書ではあらゆる不安の中から刑事裁判はどのように行われるのかについて、元裁判長であり、数々の裁判を経験してきた著者が、分かりやすく説明した一冊である。

第一章「裁判の流れをつかむ技術」
裁判員に選ばれる通達がありそこから裁判員に関してもろもろの説明がある。本章では裁判員の視点から裁判の流れについて説明されているが刑事裁判がどのように行われるのかについても流れに沿ってわかりやすく書かれている。
但し、裁判傍聴常連のかた、検察・弁護側についたかた、被告人経験者は読み飛ばしてもかまわない。

第二章「犯人かどうかを決める技術」
検察側が犯人と立証すべく、弁護側は無罪だと立証すべく、様々な証拠が提出される。裁判員はそれらの証拠を基に有罪・無罪、無期・有期懲役といった判断をくだす。しかし、証拠の種類は多岐にわたっており、それらをどのようにして証拠を判断するのかについて素人であるため裁判官が懇切丁寧に教えてくれるわけではない。法の庭に感情が入ってしまうというリスクをいう論者がいるがこうったことも一例としてある。
本書ではいくつかのケースが紹介されており、それぞれの状況でどのような証拠が提出されどのような判断を行うのかというのが書かれているが、TPOによって細かく違ってくるためあくまで参考例として見ると良いと思う。

第三章「懲役年数を決める技術」
ここでは量刑はどのようにして決まるのかについて説明されている。有罪・無罪についてはすでにニュースや文献でもって広く伝えられているが、量刑についてはあまり伝えられておらず、どのようにして決まるのかというのは私自身、本書を読むまで知らなかった。
おそらく量刑について解明できる唯一の一冊であると私は思う。調べたければ本書を読め、という意地悪なことはよしといて、量刑によって裁判員の意見がバラバラになるケースは少なからず存在する。その場合、最も中間的な刑罰となるという。

第四章「死刑かどうかを決める技術」
かつて裁判員制度廃止論者はこの死刑について市民は裁けるのかという主張をしていた。裁判官でさえもこの刑罰を言い渡すのに凄まじい労力やプレッシャーとなるという。それを国民にやらせたくないという心なのか、それとも司法に携わる人のエゴイズムなのかの真意は闇の中であるが。
裁判員制度で適用される事件は刑罰が確定的であるものに限られるが、死刑が適用されるものはこれまでのところない。法律的に素人である、裁判員に下すのはリスクが大きすぎるからである。
死刑になる基準は「永山基準」と呼ばれるものがあり、殺した人数によって量刑が変わるという基準で用いられてきた。しかし昨今では1人でも残虐性により死刑が適用されるなど、基準が揺らいでいるのも事実として挙げられる。

第五章「本当に困ったときの危機回避の秘密」
国民が裁判をする以上、何かしらか分からなくなってしまうことが多い。簡略、簡易化しているとはいえ、様々な用語が飛び出すことがあり得る。それだけではなく、刑罰を下すかどうかの「不安」というのも少なくないため、「疑わしきは罰せず」に基づきながら判断を下すとよいという。

裁判員制度が始まって半年がたつ、約5000人に1人が裁判員候補者名簿に記載されるが、裁判員になることへの不安はあることだろう。本書はその不安をかき消してくれるものの一つに挙げられる。

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自転車でめぐる東京・江戸ガイド 「地元民」も太鼓判の24コース ママチャリでGO!

自転車でめぐる東京・江戸ガイド 「地元民」も太鼓判の24コース ママチャリでGO! (オフサイド・ブックス53)

著者:ご当地かご付き自転車愛好会

自転車でめぐる東京・江戸ガイド 「地元民」も太鼓判の24コース ママチャリでGO! (オフサイド・ブックス53)

株式会社イー・プランニング 須賀様より献本御礼。
日本の首都ともいわれる東京には江戸時代から、あるいはそれ以前からの歴史が残されている。特に江戸情緒や歴史を探訪するのは私はおもしろいと思う。民俗学や歴史学についての文献をよく読んでいるため、なおさらそう思ってしまう。
さて本書は自転車で巡る江戸・東京のルートを紹介している。自転車というと経済評論家の勝間和代はよほどの事情がない限り、都内の移動は自転車を使うと言われている。カツマーと呼ばれる勝間信奉者も自転車利用をするという人も多い。
本書はかご付き自転車を利用して東京を回っていくというコースを24個紹介している。東京23区が中心であるが、歴史探訪のみならず、築地などの「食」、本郷における「文学」など「東京」における「縁」をそのまま旅をすることができるという一冊である。
仕事や家事で疲れた時の息抜きとして自転車を利用し、本書で紹介されたルートを回り、東京の魅力に触れ、そして癒してみてはどうか。

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消費税をどうするか―再分配と負担の視点から

消費税をどうするか―再分配と負担の視点から (岩波新書)

著者:小此木 潔

消費税をどうするか―再分配と負担の視点から (岩波新書)

民主党は今国会において消費税の引き上げを見送った。民主党の掲げるマニフェストを遂行するためにはかなりの財源を確保しなければならない。最近までメディアで騒がれていた「仕分け」も1兆2000億円であった。これからも財源確保のために様々なコストカットは行われるがそれだけでは賄えない可能性が高い。消費税引き上げも視野に入れる必要があるのではないだろうか。
そもそも日本で消費税が導入されたのは1989年、竹下登政権の時である。本書は偶然なのか導入されて20年の節目である。
節目だからでこそ増税・据え置きの垣根を越えて消費税の在り方を考え直す必要に迫られたのではないだろうか。本書はそれを示しているのかもしれない。

第一章「世界経済危機を救う財政」
世界的に経済が混迷する今、政府は有効な策が出ていない現実がある。前の自民党政権では「定額給付金」を支給することを行ったが、経済的には付け焼刃にしかならなかった(それにもならなかったという声もある)。現在では財源を確保、さらには赤字国債削減のため民主党、財務省先導で「事業仕分け」を行い、念入りなコストカットを行ったが、これも予算編成上、あまり効果がなかったように見える。しかし来年度の予算編成はどのようになるのかは通常国会を観てみないと分からないというのもある。

第二章「赤字は誰の責任か」
無駄な公共事業により赤字国債が乱発し始めたのは80年代、中曽根政権以降である。それからというもの右肩上がりに増大していき、現在では800兆にも900兆にも上ると言われている。赤字は誰という特定はできないと言うほか無い。自民党政権下の時代は多かったが、細川・羽田といった非自民連立政権下でも赤字は膨れ上がっていた。では「景気」の責任かというとこれも経済の主幹をなす企業の努力が足りないということにも通じる。さらに政府の責任といえば、選挙で選んだ国民も同罪と考えられる。不特定多数、日本人全員が責任ありという答えに行き着く。

第三章「消費税の歴史が映すもの」
消費税が導入されたのは1989年、ちょうど平静には言った頃であるが、消費税導入の論議はそれよりも前から行われていた。しかし消費税が導入される、もしくは増税する前後で、経済が失速したり、政権与党が選挙で惨敗を喫するなどあたかも「パンドラの箱」のようなものと化している。消費税論議は行われるべきであると考えるが、その現状もはらんでいる。

第四章「貧困と格差をなくすには――所得再分配復活への道」
今度は「消費税論議」からはずれて「格差」というところについて書かれている。しかし消費税論議に間接的に関わるというのもある。「失われた10年(ないし15年)」のトンネルを抜け、「戦後最長の好景気」と呼ばれる時代に「格差」という言葉が出てき始めた。しかし「格差」は今に始まったことではなく、小林多喜二の「蟹工船」が上梓された時代も「格差」にあえいでいた時代があった。格差はなくなることはないが、もしなくなるとしたら、日本が社会主義国家や共産主義国家を辿るといっても過言ではない。資本主義社会である以上「格差」はつきものである。

第五章「欧米の税・財政に何を学ぶか」
日本の消費税は世界的に比べると低く、欧米各国の消費税を比べると足元にも及ばない。しかしそれらの国々は「小さな政府」、つまり「福祉国家」として確立しているため、この税制は可能である(その反面、暴行事件が頻発している現状がある)。では日本は増税を行うことによって欧米各国のように税率を上げることで福祉国家となるかというと首をかしげてしまう。日本の借金が増大し、それを返すためには消費税増税の論議もなくてはならない(ただし増税をするとはいっていない)。

第六章「危機を超える税制改革のために」
日本の借金は雪だるま式のように膨れ上がり、今年の赤字国債発行額が53兆円を超えた。横ばい、右肩下がりに入りそうになった矢先の出来ことであり、累積で1000兆円に届きそうな勢いである。その中で全て返すとなると、50年にも100年にもかかってしまうほどの額である。また年金のことにおいても、福祉においても、経済的な課題が残っているために、累積国債を減らすということも考える必要があると考えると、税制に関して消費税を含め大きく見直す必要があるのではないかと考える。

消費税をどうするかの論議は、今に始まったことではなく、消費税が導入される前後から長らく続いていた。しかし論議ばかり進んでしまい、先延ばしになってしまう。「ウィーン会議」の状態が進んでいるが、そこからどのように脱するか、政権与党の民主党に課せられた試金石の一つではないだろうか。

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風狂の空 平賀源内が愛した天才絵師

風狂の空 平賀源内が愛した天才絵師

著者:城野 隆

風狂の空 平賀源内が愛した天才絵師

江戸時代の後期に非常に有名な画家が存在した。
彼の名は「小田野直武」と呼ばれた。彼は蘭学者であり、作家、発明家であった平賀源内から蘭画(オランダ流の絵画)学んだという。日本画にどっぷり漬かっていたが、オランダ独特の絵画を観て小田野は衝撃を受け、蘭画修行を行った。その後に有名な杉田玄白の「解体新書」の図の描画を任されたのも小田野である。順風満帆と思われた矢先、小田野は30年という非常に短い人生に幕を下ろした。死因については切腹や病死など諸説あり、真相は定かではない。

小田野の代表作もいくつかあり、実際に絵を観ることは比較的容易である。しかし小田野の生涯について迫ることは文献自体が多くなく、平賀源内からも探す必要があるため、なかなか難しい。
そこで本書では数少ない文献からフィクションの脚色をつけて小田野直武の生涯を描いている。文献がない分どのようにして平賀源内と出会い、蘭画の修行をしたのか、そして「解体新書」・杉田玄白の出逢いがこれほどまですっきりとしたストーリーとなっているように思えた。それ以上に解体新書以降、30歳でこの世を去るまで蘭画に対してどう向き合っていたのか、彼は30年の世の中をどのように見ていたのか、死ぬ半年前に平賀源内との別れとどのような心境だったのだろうか、史実は定かではないのだが、本書はあくまでフィクションとして提示している。

歴史という名の潮の中で何人もの偉人が風化させられている。小田野直武はその一人であったに違いない。

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最高権威が語る! 図解 脳を良くする小さな習慣

図解脳を良くする小さな習慣 最高権威が語る! 思考・運動・芸術の能力とやる気を高め、健康で長生きになれる!! [本] 図解脳を良くする小さな習慣 最高権威が語る! 思考・運動・芸術の能力とやる気を高め、健康で長生きになれる!! [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
セブンアンドワイ ヤフー店で詳細を確認する

株式会社イー・プランニング 須賀様より献本御礼。
脳科学に関する書籍、人物は現在では乱舞しているといってもいいのかもしれない。とりわけ茂木健一郎や苫米地英人を筆頭に脳に関する本が多数出版されている。本書も脳科学の権威であるが、著者以上に有名になったのはその妻の久保田カヨ子であろう。もっとも先日放送された「エチカの鏡」ではインターネット上で賛否両論が巻き起こったことは記憶に新しい。

第1章「【基礎編】脳のことがわかる基礎知識」

ここでは「脳」の仕組みという所について書かれている。 シナプスやニューロン、男女の脳の違い、うつ病や認知症時の脳の働きといったものが挙げられている。

第2章「【発展編】脳の発達を促すこと、阻むこと」

脳はあらゆる活動において発達を促しているわけではなく、反面阻害するということもある。 では発達を促すためにはどうしたらいいのかというと、食べたり、運動したり、褒められたりとプラスになるようなものが良いとされている。音楽や運動、恋愛といったものも脳の働きを良くさせる効果があるという。反面脳の発達を阻害されるものとして、ネガティブな感情に陥ることが挙げられている。

第3章「【応用編】脳を良くする今日からの習慣~一日の過ごし方次第で脳は良くも悪くもなる~」

ここでは一日の過ごし方の理想を脳科学的に提示している。脳に良い運動の仕方、脳に良い食べ物もここで挙げられている。

第4章「【実践編】世代別 脳をよくする小さな習慣」

ここでは年代別にどのようにして脳の働きを活発化させるのかについて書かれている。脳の成長が止まるという時期はないが、個人差はあるもののだいたい20歳を境目にニューロン細胞の増殖が止まり、そこから毎日数万もの細胞が死んでいくとされている。脳の成長に合わせてどうするべきか、成人になった時にはどのようなことをやればよいのかということが年代別に分けられているため、自己成長術といっても差支えない。

第5章「【実践編】簡単な三つの医学テスト」

脳の衰えをチェックするために3つテストを用意されている。

脳の働きはまだまだ解明できていないところが多いが、脳にとっていい活動をするということは大事である。本書は脳のメカニズムなどを図に表わして紹介しており、それほどページ数も多くないため読みやすい。

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10秒で心が癒される言葉

10秒で心が癒される言葉 (PHP文庫)

著者:根本 浩

10秒で心が癒される言葉 (PHP文庫)

株式会社イー・プランニング 須賀様より献本御礼。
言葉は様々な力が込められていると言ってもいい。ある時にはどん底にあった人生を救い、ある時は自ら座右の銘として自らの考えの軸にしたり、ある時は自分を高揚させることができたり、反面、自分を貶め、傷つけさせる言葉もある。
名言は、かっこいい響きというのもあるのだが、集めておいて、いざというときに読み返してみると、自らもその気にさせてしまう。気がついてみたら困難はいつの間にか越えてしまっていたということは何度かあった。名言は賛否両論があるとはいえ、人それぞれになくてはならない言葉というのはあるのかもしれない。
本書は名言集であるが、不安や悩み、あるいは困難に立ち向かい、自分の心が折れそうになった時に読む一冊として位置付けられている。

第1章「生きることへの不安がなくなる言葉」
人生の長さは人それぞれであるが、数十年ある人生の中で「人生について悩む」「生きることへの不安を覚える」ということは少なくない。最近では誰でも助けてくれるというわけではなく、自分の身は自分で守るというご時世になってしまい、助け舟が出にくくなったと言ってもいいのかもしれない。
では「生きることへの不安」はどこから来るのか、何からきているのかというのを突き止めればいいのだが、あまりにもあり過ぎてなかなか絞れないのが実情であろう。しかし、それを一つ一つ解き明かしていく言葉たちが本章に書かれている。

第2章「恋人や家族、大切な人との絆を強くする言葉」
人は生きるも死ぬも1人であるが誰かの支えなくしていきられないと言うのも実状である。その中には本章のタイトルにある恋人や家族、また友人も挙げられる。ではその人たちとより深める為にはどのような言葉がよいのか、ということを本章では挙げている。最近では離婚やDVによる家庭崩壊も増えているとまでは言わないが、後を絶たない。夫婦愛は悩ましい課題として挙げられているがそれを深めるためにはどうすればいいか、家族や恋愛の視点から名言が挙げられている。

第3章「仕事の悩みに効く言葉」
仕事について仕事そのものの内容、もしくは働くということについての悩みは絶えない。また仕事は次章にもある様に「人間関係」も絡んでいるがここでは「仕事」そのものについての名言が書かれている。
「働くということ」「仕事の失敗」「努力」「目標」というものが込められており、仕事に限らず、学業、さらにはスポーツに至るまで様々な場面で効用があると私は思う。

第4章「人間関係が良くなる言葉」
人間関係を円滑にするとはいっても、人それぞれ性格も、人格も、価値観も違う。そういった中でどのようにして円滑にしていけばいいのかという方法論というよりも、前半では「リーダー論」の傾向が強かった。後半になってくると「権力」や「友情」といったものが出てくる。

第5章「コンプレックスを解消する言葉」
人は誰しも一つか二つは「コンプレックス」というものを持っている。しかしそれは誰にも言えないもの、あるいはいったところでもバカにされたりすると考え、進んでさらけ出そうと考える人は少ない。しかしこのコンプレックスや弱みをさらけ出すことによってでる強さは尋常ではない。「バカ」であることをさらけ出す、弱点をすべてさらけ出す、それも一つの「強さ」である。「弱点」は直すというよりもさらけ出して、そのうえで長所を伸ばすということも大切なのではないかと思った。

私はよく名言を集める。それは自分の道に迷いがあった時、壁にぶつかった時、生きる喜びを見いだせなくなった時に読み返し、その中で自分を見出すこともでき、生きる糧にもなる。

たった一言だけれども、その一言の力は甚大である。名言はそのような力が込められている。

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ジプシー 歴史・社会・文化

ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書)

著者:水谷 驍

ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書)

皆様は「ジプシー」という民族はどのようなものを想像するか。ある辞書で調べてみると、

ジプシー(英: gypsy、西: gitano、仏: gitan)は、一般にはヨーロッパで生活している移動型民族を指す。転じて、様々な地域や団体を渡り歩く者を比喩する言葉ともなっている。元々は、「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」の頭音が消失した単語である。(有名な辞書より)

元々はエジプトから語源は来ているが、大概は移動をするヨーロッパ人のことを指しているが、物乞いや盗人など偏見を持たれる配慮から蔑称とされることがある。それを緩和するために「ロマ」と呼ばれることもある。この「ロマ」は北インドのことを指しており、大概「ロマ」と言われると東ヨーロッパ(ハンガリーやルーマニア)の人たちに多く使われている。本書は「ジプシー」、またの名を「ロマ」民族の歴史、そして世界中にいる「ジプシー」について紹介した一冊である。

第一章「ジプシーと呼ばれる人びと」
「ジプシー」に関する作品や芸術は枚挙にいとまがなく、歌劇でもビゼーの「カルメン」が有名である(元々小説からつくられたものである)。私は吹奏楽なのでヴァン・デル・ローストの「プスタ」という曲の方が馴染み深い。演奏をしたことはないが、中学の時には何度も聞いたことがある。

「ジプシー」の音楽の特徴として挙げられるのがリズムや強弱がたびたび変わる所にある。この曲は1楽章がそれが如実に表れている。他にもブラームスの「ハンガリー舞曲」もある(むしろこっちの方が有名かも)。
音楽の話はこれまでにしておいて、最初にも書いてあるとおりジプシーは「ロマ」とも置き換えられることもあれば、「ツィゴイナー」「トラヴェラー」と用いられることがある。「トラヴェラー」と呼ばれる位であること、「ロマ」と呼ばれることを鑑みると、「旅をする」「流浪」という言葉が妙にあう。
しかし現実では「ジプシー」の扱いは、日本でも差別用語扱い、ヨーロッパでも15世紀以降には差別の対象とされていた(現在は形式的に差別はなくなっているが、実際はどうなのかは定かではない)。

第二章「ジプシー像の変遷」
「ジプシー」と呼ばれる人々が誕生したのは15世紀鋸とである。元々はエジプトから来た民族を総称したといわれているが、これには諸説があり、18世紀にインドから来たという「インド起源説」というのも存在する。

第三章「歴史――主流社会のはざまで」
ここでは少し角度を変えて、「ジプシー」がなぜ蔑称として扱われたり、差別用語なのかを歴史的な観点から見てみる。
当時のヨーロッパやインドでは、今の日本と比べ物にならないほどの貧富の格差は大きかった。貧困ということなので、稼ぐためということから「流浪の民」となったこともある。しかし元々「エジプト人」はヨーロッパにとって「ならず者」「浮浪者」の代名詞とされていた。その流れからヨーロッパでは迫害の的とされ、日本でも差別用語とされた所以ともいわれる。

第四章「ジプシーの現在――いくつかの事例」
現在でも「ジプシー」は存在しており、特に東ヨーロッパを中心に本章では事例を上げている。現在ではEUとして一つの共同体を構築し、その中で人種差別撤廃といったものも挙げられているが、歴史では人種差別を行った国でも、ジプシーについてどのような扱いを行うのかというのを国単位で政策がすすめられているが、社会的に差別や誹謗中傷になっていないかということについてはまだ分からないところが多い。

第五章「日本とジプシー」
本章から見て「ジプシー」と「日本」の関連性は一見なさそうに思えるが、明治時代の文明開化により、西洋文化を大いにとりいれられた時、初めて「ジプシー」と言う言葉が使われた。しかし日本でも「ジプシー」は存在しており、「サンカ」というのを挙げている。「サンカ」は江戸時代末期から使われたと言われているが、いつ発生したかは諸説あり、定かではない。

ジプシーは過去に迫害や人種差別、奴隷といった扱いをされてきた。それはヨーロッパにおけるエジプトへの偏見から、そうさせてしまった。改めて「ジプシー」の文化、民族性というのを認識しようというのだが、日本ではTV局などを中心に「差別用語」の括りの一つに挙げられている。偏見を脱し、民族の良さを認識する日は来るのだろうかと考えてしまう一冊であった。

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友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル

友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)

著者:土井 隆義

友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)

私は「友達」という言葉ほど甘美でありながらも危険な言葉はないと考えている。周りに「友達」がいれば当然親身になること模でき、相手との距離も縮められる。しかしその反面、相手が悪事に手を染めていることによって、それにつられて手を染めてしまい、人生の落とし穴にはまるということにもなりかねない、甘美な響きでありながらも危険な要素もはらんでいる。
さらに昨今では「空気を読め」というような言葉も乱舞するなど、「異質」な物を排斥するよ名風潮を助長している。元々日本はそういった気質なのかというと、まだまだ疑問が残っており、考察を深める以外は、無い。
本書は「友達」にまつわる壮絶な現状について追っている。

第一章「いじめを生み出す「優しい関係」」
「いじめ」は10数年前、そして約3年前に大きな社会問題として話題となった。そうでなくても今もとあるところで起こっている「いじめ」これを食い止める手段はないのかというのもあるのだが、そもそもどのようにして「いじめ」が出てきたのだろうかという所についても考える必要がある。
「俗流若者論」を振りかざす人たちにとっては「常識が通じない」や「モラルの欠如」といった自分たちにとって都合のいい道具を振り回しながら、若者たちを批判、と言うより貶めることに躍起になる。
子供たちが「いじめ」を興すようになった原因は果たして子供たちなのかというと私は疑問に思う。親たちの世代、それ以上に社会そのものの変化についても見る必要があるが、本章では「いじめ」の現場の変遷について書かれている。
「いじめ」というといじめっ子がいじめられっ子を殴ったりけったり、いやがらせをするといったことが想像できる。しかし現代の「いじめ」はそういったこと以上にむしろ精神的なダメージを興すようなもの、しかもいじめに関係ない周りを巻き込んで「優しい関係」に持ち込ませながら快楽的、もしくは「遊び」の感覚で起こしているのが実情だという。
確か自民党の安倍政権の時には「KY」という言葉が流行したのだが、それに通じているのではないかとも考えられる。

第二章「リストカット少女の「痛み」の系譜」
今の世の中は「空気」という名の独裁者に支配されているかのように「生きづらい」世の中になっていると考えられる。それは感受性の強い少年・少女の時代からさらされ続け、やがて複雑な場所にいつくこととなってしまう。
本書では1969年に列車に飛び込み自殺をした高野悦子と1999年に服毒自殺をした南条あやの青春日記から少女におかれた現状の今昔についてかかれているが、共通して言えるのは「わたし」という存在についてである。
「わたし」はもっと認められたい、「わたし」の方が優れていると知らしめたい、「わたし」は独立したい、などといった感情のはざまの中で両氏はなぜ自殺に追い込まれなくてはいけないのかということについて両者の日記「二十歳の原点」「卒業式まで死にません」をもとに迫っている。

第三章「ひきこもりとケータイ小説のあいだ」
私は「ケータイ小説」はあまり見ないのだが、「ケータイ小説」が隆盛した時期というと最初に挙げられるのは2002・03年ごろであろう。その時はYoshiの「Deep Love」が、ケータイ小説ではないが「セカチュー」で有名な片山恭一の「世界の中心で、愛を叫ぶ」などが空前のヒットとなった時代である。当時高校生だったので、周りにはそういった作品を読んだ人も多かった(ちなみに私は読まなかったが)。これらの作品の中で語られるのは「愛」であるが、それ以上に少年・少女のおかれた残酷な現状というのを如実に書かれている。大人たちが醸している複雑であり、かつドロドロとしたものを排除し、自らは愛に限らず「純粋さ」というのを追い求めているという傾向が強い。

第四章「ケータイによる自己ナビゲーション」
もはや携帯電話は、電話機能ばかりではなく様々な機能が追加され、独立した「ケータイ」に変貌していった。さらにケータイは「使う」のみならず、「飾る」という役割もある。
「話す」携帯電話から「使う」携帯電話にシフトして行ったが、少年・少女たちにとっては「わたし」を表現できる、本来の自分、あるいはつくることのできる「自分」が得られるからである。
しかしこういった空間の大きなリスクには、それそのものを「否定」する人も必ず出てくる。そのことにより激昂し、下手したら凶行にまで及ぶというケースも存在する。「つながる」オアシスであると同時に、そこにはとてつもない闇がはらんでいる。

第五章「ネット自殺のねじれたリアリティ」
日本における自殺者数は三万人を超えると言われているが、そのうち毎年数十人は「ネット自殺」というのがあるという。年齢の中で最も多いのは若者であり、自分には生きる道がないという絶望感に打ちひしがれて自殺の道に進むという人が多いという。
これに関しては哲学的、心理学的な考察などの議論が行わなければなかなか見えてこないものであるが、自殺者数の増減はあれど、自殺の新しい切り口であることは紛れもない事実である。

「友だち」という言葉に潜む闇もあるのだが、それ以上にその言葉を使う私たちの世代の闇ということについてが多かったようであった。親の世代が悪い、若者が悪いというのは簡単であるが、現状を踏まえて私たちはどうするべきか、親たちの世代は私たちにどう接していけばよいのかという歩み寄りがなければ、水かけ論の堂々巡りに終わってしまう。そういうことだけは起きてほしくないと私は考えている。

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国語教科書の中の「日本」

国語教科書の中の「日本」 (ちくま新書)

著者:石原 千秋

国語教科書の中の「日本」 (ちくま新書)

私たちが小学・中学・高校と学んできた「国語」。呼んで時のごとく日本語の在り方、そして日本の文学そのものを学ぶ機会としてあるのはこれまで学んできてわかることであろう。教育問題というと英語教育や「学力」というのが問われてきた。しかし戦後間もないときは「国語審議会」というのがあり、国語教育の在り方について議論された時があった。あれから数十年、日本語の変化(人によったら「退化」とも言うが)と同じように、文学や評論の在り方も変化し続けたといっても過言ではない。本書は国語教科書から見た日本像はどのようなものかを論じている。

第一章「<日本>という内面の共同体」
私のような活字中毒者が言うのも難だが、「活字離れ」というのが叫ばれているという。確か昨年、この「活字離れ」について私はそうではなく、それよりもむしろ「語彙離れ」の方が深刻ではないのかという主張をしたことがある。今もその意見は変わっていないが、この1年の間生じた変化がある。それは流行していた「ケータイ小説」の売り上げ部数が減少したことにある。私、またはそれよりも若い世代は「ケータイ小説」ですら目を向けなくなってしまったというべきだろう。そしてそういった世代は活字を見捨てたのだろうかと疑わしくもなる。
著者が疑わしく思っているのは国語教育からさらに進んだ、「国民化」にあるのだという。国語教育ばかりではなく、学校の「制服」や会社の「管理」という名の統一感、さらにはスポーツなどにあるが「ぷちナショナリズム」などもその「国民化」の一つとして挙げられている。
少し疑問に思ったのだが、著者は「国民化」という言葉の否定論者なのだろうか。それとも日本国の在り方にくぎを差したいのだろうか。本章ではそれらが見えてこなかった。

第二章「自然を内面化すること――小学国語」
小学校の国語では、よく動物や架空の物がでてきた。元々は幼稚園時代に読んだり聞いたりしてきた「童話」があるため、そこからアプローチをして擬人的な作品が取り上げられているのかもしれない。
このころの国語は「感覚」というのが重視され、言葉は基礎的な物しか学ぶことはない。いきなり古典的な文学にふれるのもいいのだが、語彙力の乏しい小学生では読み特のは難しいのかもしれない。

第三章「家族的親和性を内面化すること――中学国語」
では中学の国語はどのようなものだったかを考えてみると、前半は小学校の延長線上にあるといってもいいのかもしれないが、擬人的な作品、たとえば「オツベルと像」「クジラたちの声」という作品が頭に浮かぶ。しかし、そのような物から卒業し、本格的な文芸作品もちらほら出てくる。とりわけ太宰治の「走れメロス」は、誰でも1度は国語の教科書で学んだというほど定番中の定番として挙げられる。男女とも中学はもっとも揺れ動く時期であり、悩んだり、いろいろなことをやったりしたときでもある。「反抗期」というのもそのときに出てくる人もいることだろう。
そういうときに「心」や「家族」といったテーマにした作品が多く取り上げられているのも窺える。

第四章「『国語教科書の思想』その後」
「国語教育」は「道徳教育」である。
この言葉はいったい誰がいいたのだろうか。確かに文学作品などを読んでいくと自分の生き方などを見つめ直すことのできるいい機会であると思う。しかし国語を学ぶというのは「日本語」のボキャブラリーを学びながらも、活字本来の味わいや楽しさを学ぶということでもある。しかし現在の国語教育は果たしてそうさせているのだろうかというと疑わしいところが多い。国語でもなぜかその人の信条を読みとるような記述式の試験、読解力を問うような試験というのがあるが、読書好きで恥ずかしながら、私は中学・高校と国語の成績はよくなかった。センター試験の国語ですら5割に満たない点数だった(商業高校出身なだけに、古典はあまり授業で習わなかった)。今となってみたら読書好きになったのが不思議なくらいであると同時に、国語教育は本当に読書好きを育てているのかという疑問もある。

「国語教育」はいったい何のために、誰のためにあるのだろうか。
日本人としてなんたるかを学ぶことだろうか。それとも日本の文化を学ぶのだろうか。日本の心を学ぶのだろうか。あるいは「日本」そのものを学ぶのだろうか。まだまだ考える余地があるのかもしれない。本書はそれを考えさせられる1冊であった。

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血の政治―青嵐会という物語

血の政治―青嵐会という物語 (新潮新書)

著者:河内 孝

血の政治―青嵐会という物語 (新潮新書)

政権を奪われてしまった自民党には昔、「青嵐会(せいらんかい)」という派閥が存在した。私たちのような世代は知っている人は少ないだろう。
私たちの父親の世代、40代・50代の世代であればはっきりと覚えているだろう。
この「青嵐会」のメンバーというと日本の保守政治を担うそうそうたるメンバーである。現東京都知事の石原慎太郎、今年亡くなった中川昭一の父親であり「政界のヒグマ」と呼ばれた中川一郎、首相を経験したことのある森喜朗、TVでは「ハマコー」という愛称で知られる浜田幸一など錚々たるメンバーである。本書はこの青嵐会の誕生、隆盛、崩壊の歴史について書かれている。政権を奪われた自民党が「真の保守」とは何なのかというヒントになるのかもしれない。

第一章「青嵐会、その誕生」
青嵐会は1973年に誕生した。ニュース上では「石原派」と呼ばれ、中川一郎らが代表世話人をつとめた。時は大阪万博が終わり、日本は「高度経済成長期」のまっただ中であること。政界でも「角福戦争」と呼ばれるほど自民党はあれにあれていたこと、さらには72年の沖縄返還、日中国交正常化に至るまで、日本の政治・経済関係なく、嵐が吹き荒れていた時代であった。その中での青嵐会の結成は新聞の炭に追いやられるほど冷ややかなものであった。

第二章「青嵐会と三島由紀夫」
青嵐会のメンバーを観てもご存じの通り「右派」や「真正保守」とも呼ばれるような派閥であったということは窺える。本章ではこの青嵐会と1970年に「三島由紀夫事件」を起し、その後に割腹自殺を遂げた三島由紀夫について書かれている。
三島は国、そして国防を憂い、陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地に籠城し、そこで自衛官やマスコミに向けての演説を行った。しかし、自衛官たちは感銘どころか野次が飛ばされ、結局クーデターは失敗し割腹自殺をした。それが青嵐会の発起人たちなどが影響を受けきっかけとなった。

第三章「青嵐会の闘い 一九七三」
青嵐会は結成後から目立った動きを見せていた。その年には党内のハト派との戦いがあり、先だって自民党有志による北朝鮮への訪問を阻止、田中角栄との問答など数々のことを実行に移した。
今となっては「政治的テロ」ともメディアで叩かれかねないようなことを行ってきたのだが、私自身そういった行動は政治、ひいては日本を憂うからでこそできる行動だと思っている。
しかし、青嵐会は当時の自民党の中では「どちらかというと」纏まりの強い方であった。その中で反乱因子もいたため、結成当時から離脱者が出てきていたということである。

第四章「青嵐会の戦い 一九七四」
青嵐会は活躍の場を新聞、さらには集会によって広げてきた。本章ではその活躍について、草の根的な活躍から表舞台に上がる準備を整えていた。しかし時は日中の国交正常化に向けて動いており、心中は議員や中国の関係者から非難の声を浴びることも少なくなかった。
時代の流れというのは恐ろしいが、その流れに逆らうというのも大事である。しかしそれを行うには規模にもよるが莫大な労力とコストになるということを忘れてはならないと感じさせた。

第五章「青嵐会のルーツ 戦後政治の中の核と改憲」
元々自民党が結党された時は「保守合同」をもとに、「憲法改正」というのが至上命題であった。しかし60年安保や国々の国交正常化、沖縄返還のゴタゴタにより、先延ばしにされていった。そしていつのころからか、自民党の中にもハト派ができ始め、さらに自民党の中でも「護憲派」というのも出てきた。憲法改正が先延ばしにされていく中で、自民党は本来あるべき姿を無くしつつあった。「青嵐会」はそれを正すためにつくられたと言っても過言ではなかった。

第六章「二つの別れ」
田中角栄がロッキード事件により逮捕され、三木政権が倒され、福田赳夫政権へ、そして大平政権と目まぐるしく変わっていった70年代後半の政治。その大平政権を倒さんと反主流派が首相退陣を要求することを条件とした「四十日抗争」が始まった。それを崩したのは青嵐会のメンバーであった浜田幸一であった。浜田はバリケードを崩している時にこう言った。
「いいか、断っとくけどなー。かわいい子供達の時代のために自民党があるってことを忘れるな!!お前らのためにだけ自民党があるんじゃないぞ!!!(wikipediaより)」
私はこの言葉こそ、本来自民党のあるべき姿を言っているのではないのだろうか。私たちの生活をどうすることもあるのだが、それ以上にこれからになっていくだろう子どもたち、孫たちの世代のために何を残して行くべきかというのを自民党は考えなくてはならない。遺して行くものが「国債」という名の借金では何者にもならないのだから。

かつて自民党には本来あるべき姿に戻そうとする志士たちがいた。その志士たちが結成したもの、その名は「青嵐会」といった。わずか6年の歴史であったのだが、本来の自民党とはどうあるべきかを示してくれた。解散して今年で30年を迎える今、政権が奪われ、野党に堕ちた自民党は本来の意味を見出す時が来たのではないだろうか。

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