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2013年2月

シリーズ「『貞観政要』を読む」~11.巻十<行幸><畋獵><慎終>~

<論行幸第三十六>

貞観政要最後となる巻十の最初は「行幸」について議論をしたところから始まります。

「行幸(ぎょうこう)」とは、
「君主が宮殿の外に行くこと。その行く先に幸福が生まれることを表す」「貞観政要 下 新釈漢文大系 (96)」p.752より一部改変)
と言います。

----------------------------
貞觀初,太宗謂侍臣曰:「隋煬帝廣造宮室,以肆行幸。自西京至東都,離宮別館,相望道次,乃至並州、琢郡,無不悉然。馳道皆廣數百歩,種樹以飾其傍。人力不堪,相聚為賊。逮至末年,尺土一人,非復己有。以此觀之,廣宮室,好行幸,竟有何益。此皆朕耳所聞,目所見,深以自誡。故不敢輕用人力,惟令百姓安靜,不有怨叛而已。」
----------------------------

太宗は「行幸」は好まなかったのだそうです。それに対比する存在として「隋」王朝の皇帝の一人を取り上げております。

その皇帝は国中の至る所で別邸を造り、それを造る際、多くの民を使ったのだと言います。

ひたすら行幸を楽しむだけで、民の安寧をおろそかにしたことにより、盗賊(義賊?)が盗みを働き、そのことにより国の財産が失われ、別邸がなくなり続け、やがて国が滅びるという流れになります。

そのため、我欲のために行幸せず、民のために慎ましく「功徳」を育て続けることが大切であると言えます。

<論畋獵第三十七>

「畋獵(でんれん)」は簡単に言うと「狩猟」のことを言います。太宗はかつて狩猟を好んでいたのですが、その狩猟について臣下と議論をしたところです。

----------------------------
秘書監虞世南以太宗頗好畋獵,上疏諫曰:「臣聞秋セン(けものへんに爾)冬狩,蓋惟恒典;射隼從禽,備乎前誥。伏惟陛下因聽覽之余辰,順天道以殺伐,將欲摧班碎掌,親禦皮軒,窮猛獸之窟穴,盡逸材於林藪。夷兇剪暴,以衛黎元,收革擢羽,用充軍器,舉旗效獲,式遵前古。
----------------------------

最初にも書いたとおり、太宗は狩りを好んでいましたが、それについて臣下が諫めたところです。

「諫めた」というと、狩りを止めるべき、というイメージをもってしまいますが、そうではなく、春夏秋冬それぞれの狩りがあり、民を襲う猛獣をしとめることによって、民を守り、自然の原理にかなっている、というものです。

狩りをするには別に悪いことではありませんが「乱獲」という言葉があるように自然の原理に反するような狩りをせず、自然と共生することによって、自然にも、国にも、民にも良い効果をもたらす、商売用語の「三方よし」といえるものにできます。

<論慎終第四十>

「第三十八」と「第三十九」は今度取り上げることとします。
最後の「第四十」である、「総まとめ」と言えるようなところを取り上げます。

----------------------------
貞觀九年,太宗謂公卿曰:「朕端拱無為,四夷鹹服,豈朕一人之所致,實徳諸公之力耳。當思善始令終,永固鴻業,子子孫孫,遞相輔翼。使豐功厚利施於來葉,令數百年後讀我國史,鴻勛茂業粲然可觀,豈惟稱隆周、炎漢及建武、永平故事而已哉。
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国を平和に保つことができるのは、決して君主だけの地gからでは到底できません。

優秀な臣下を持つことによって、その力が束になって、かなえることができます。

企業にしても、国にしても同じことが言えます。社長や首相、といったトップだけががんばったとしても、今の世の中にすることはできません。

一人一人の力は弱いけれど、その力が国や企業のための力が積み重なることによって成長をすることができ、守成もできるようになります。

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貞觀十三年,魏征恐太宗不能克終儉約,近歳頗好奢縱,上疏諫曰:臣觀自古帝王受圖定鼎,皆欲傳之萬代,貽厥孫謀。故其垂拱巖廊,布政天下。其語道也,必先淳樸而抑浮華;其論人也,必貴忠良而鄙邪佞;言制度也,則絶奢靡而崇儉約;談物産也,則重谷帛而賤珍奇。然受命之初,皆遵之以成治;稍安之後,多反之而敗俗
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倹約をしたり、功徳を積み重ね続けられた太宗ですが、時が経つにつれ、そのことへの努力も薄れていくこともあります。

太宗もまたその一人でした。あるとき倹約を全うすることができず、贅沢への欲がでてき始めたこともあります。しかし臣下の一人であり、もっとも諫言を行った魏徴はそれを許さず、諫めました。どう諫めたのかが上記に記載しておりますが、一言で言えば「初心、忘れるべからず」ということを指しております。

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昔子貢問理人於孔子,孔子曰:「懍乎,若朽索之馭六馬。」子貢曰:「何其畏哉。」子曰:「不以道導之,則吾仇也,若何其無畏。」故《書》曰:「民惟邦本,本固邦寧。」為人上者,奈何不敬。陛下貞觀之始,視人如傷,恤其勤勞,愛民猶子,毎存簡約,無所營為。頃年以來,意在奢縱,忽忘卑儉,輕用人力,乃雲:「百姓無事則驕逸,勞役則易使。」自古以來,未有由百姓逸樂而致傾敗者也,何有逆畏其驕逸而故欲勞役者哉。恐非興邦之至言,豈安人之長算。此其漸不克終二也。
----------------------------

「民は国の根本」であるように、「社員は企業の根本」と言えます。

そしてその上に立つものは、下にいる人を見て、かわいがり、自らも倹約し、律することによって、下にいる民もまた同じようになります。

そう、「子は親の背中を見て育つ」という言葉があるように、自ら倹約し、質素な生活を保ち、それでいて功徳を積み重ね続けることによって民はその君主を模範とし、それが国としての根本になり、安定した国や世の中とすることができます。

----------------------------
孔子曰:「君使臣以禮,臣事君以忠。」然則君之待臣,義不可薄。陛下初踐大位,敬以接下,君恩下流,臣情上達,鹹思竭力,心無所隱。頃年以來,多所忽略。或外官充使,奏事入朝,思睹闕庭,將陳所見,欲言則顏色不接,欲請又恩禮不加,間因所短,詰其細過,雖有聰辯之略,莫能申其忠款。而望上下同心,君臣交泰,不亦難乎。此其漸不克終八也。
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論語には、
「君主が臣下を使うには礼をまもり、臣下が君主に使えるには、真心をもって仕える」
という言葉があります。

その言葉を引き合いに出し、君主が臣下に対する態度が最近おろそかになっていることを魏徴は太宗に指摘しました。

----------------------------
貞觀十六年,太宗問魏征曰:「觀近古帝王有傳位十代者,有一代兩代者,亦有身得身失者。朕所以常懷憂懼,或恐撫養生民不得其所,或恐心生驕逸,喜怒過度。然不自知,卿可為朕言之,當以為楷則。」征對曰:「嗜欲喜怒之情,賢愚皆同。賢者能節之,不使過度,愚者縱之,多至失所。陛下聖德玄遠,居安思危,伏願陛下常能自制,以保克終之美,則萬代永徳。」
----------------------------

人間には喜怒哀楽の感情があります。もっと言うと長所もあれば短所もあります。さらに動物本来ある「本能」や「欲望」もあります。

それを押さえるのが人間しかない「理性」です。

その理性をもって感情や欲望を「調節」することによって、「人」としての功徳をなすことができます。

それを君主が行うとそれが国となり、安寧の国にする事ができる、という考えです。

しかしその「感情」や「欲望」は気まぐれであり、時として「調節」が難しくなるときもあります。その「難しさ」が守成の難しさと直結するわけです。

「創業は易くして、守成は難し」
そのことをこの「貞観政要」の語る根本の一つとして最後に取り上げたのかもしれません。

諫言を受け入れ、守成の難しさを知り、それを続けることー

今日求められているリーダー像がこの「貞観政要」に詰まっていると言っても過言ではありません。

――――――――――――――――――――
<おわりに>

私が初めて「貞観政要」という本を知ったのは2009年、評論家の渡辺昇一氏と今は亡き谷沢永一の対談本である「上に立つ者の心得―『貞観政要』に学ぶ」でした。

当時の私は中国大陸の古典といえば「四書五経」をはじめとしたものしか知らず、むしろ「漢文」ということは高校の国語の時間しか触れることがありませんでした。

その「上に立つ者の心得―『貞観政要』に学ぶ」の本でまず、「貞観政要」のことを知り、それが帝王学であることを知った私は、以下の本も買いました。

「貞観政要」そのものを解説した一冊ですが、貞観政要を専門的に解説した本は本書が最新でした。
(「最新」とは言っても1996年に出版されたものですが)

自分自身この「貞観政要」を知り、それを読み、リーダー論として読書会で取り上げたことがありました。

書評を続けていく傍ら、この「貞観政要」を忘れてしまいがちになってしまいましたが、もう一度「貞観政要」の魅力を知り、伝えようと思い、このシリーズを立てようと考えました。

今までの書評とは違い、「解題」や「解説」に近いような形で紹介し、かつより親しみやすく「です・ます」調で書いてもみました。

このシリーズを作り上げるのは今までの書評やシリーズの中で一番難しいものがありました。

新しいスタイルもそうですが、それ以上に「貞観政要」の中身を精読し、それをどのように親しみやすく書くかに四苦八苦の連続でした。

11日連続して取り上げることも始めからできるかどうかわかりませんでした。1ヶ月以上かかるとも思っていました。

でも、このように続けられたのには一種の達成感がありますし、それでいてまだまだ伝えたいことがある、という今後の課題もできました。

もしかしたらブログとは違うところで、この「貞観政要」をもう一度取り上げてみようと思います。

最後になりますが、1日以上閲覧してくださったみなさま、つたない解説でしたが、閲覧いただきまことにありがとうございました。

今後もおもしろい本、シリーズをどんどん取り上げていく所存ですので、ご贔屓のほどよろしくお願いいたします。

―――――――――――――――――
<参考文献>

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

若者の働く意識はなぜ変わったのか―企業戦士からニートへ

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働くスタイルもそうであるが、「働く意識」も時代とともに変化をしている。最近では「豊かになりたい」「生活のため」「終身雇用」があたりまえであり、「会社のために働く」というのがメジャーだったのだが、時代や情勢は常に変化するものであり、私たちの世代の働き方や働く事への「考え方」も変化した。
本書は私たちの世代がなぜ「働き方」や「働く意識」に変化が生じたのかについて考察を行っている。

第1章「若者は社会の変化に順応できるか」
高度経済成長、そしてバブル経済と好景気と呼ばれる時代が終わり、それとともに大企業も必ず「安定している」とは言えない状態となった。大中小かかわらず、企業では「リストラ」が行われており、定職につくことさえ難しい状況になった。
もっというと私たちの世代にあって一つ二つ上の世代にないものはインターネットであり、SNSの存在である。その影響もあるのだが、それが増えた要因として「共同体」つしての「閉塞感」が漂っているように思えてならない。
「閉塞感」や「倦怠感」がはびこる時代のなかでどのように社会に順応できるか、もしくは作ることができるのかが大きな課題と言えよう。

第2章「若者の「失われた十年」とインターネット」
私たちの世代が働き始めたのはちょうど小泉政権以後の時である。その時代はインターネットの利用が急速に伸び、ホリエモンをはじめとしたIT起業家も出てき始めた。インターネットを利用して、就職活動をすることもあれば、それを仕事の道具として、生活道具として利用することもできるようになり、コミュニケーションのありかた、さらには生き方そのものも変化を起こした。

第3章「若者の働く意味の変化」
その変化の中で際だっているのは「嫌消費」である。決してある国が「不買運動」のデモを起こすような事はしないが、自然と「欲しがらない」ようになった。ものが豊かになった、ということも原因として挙げられる。
形のある「モノ」への消費指向が薄れている今、私たちの世代は何のために働いているのだろうか。かつての世代は「豊かになること」「生活のため」、というようなものがあったのだが、現在では「スキルアップ」や「キャリア構築」「楽しむ」といった考え方へと変わっている。

第4章「総中流社会に代わる若者の居場所」
団塊の世代が労働の中心にいた頃は「一億総中流」というのが考え方の主流になった。しかしその考え方、スタイルはバブル崩壊とともに崩れ、「下流化」が進んでいる。その中で私たちの世代の居場所はどこにあるのか、少し前に取り上げた「生き場を失う日本人」のようにアジアなど海外なのか、それとも日本のどこかに居場所があるのだろうか、それは私たちの世代の中にあるのかもしれない。

「働く」ということへの意識は時代とともに変わる。それは文化の成長によるものもあれば、経済や技術、社会情勢など複雑な要素を絡んでいる。それを否定と見るのか、進化と見るのかそれは当ブログを呼んでいる皆様次第である。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~10.巻九<征伐><安邊>~

<論征伐第三十四>

「征伐」は簡単に言うと他国への「戦争」を意味します。「天下太平」にほど近い太宗の時代でも他国への侵攻もありましたが、他国からの宣戦を受けることもあり、戦禍は絶えませんでした。

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太宗謂曰:「我與突厥面自和親,汝則背之,我無所愧,何輒將兵入我畿縣,自誇強盛。我當先戮爾矣。」思力懼而請命。蕭ウ(王へんに兎)、封德彜等請禮而遣之,太宗曰:「不然。今若放還,必謂我懼。」乃遣囚之。
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太宗が王に即位して間もないときは派閥争いなど内外で争いが残っていた時代でした。

和睦を結んだ他国もそれを裏切り、戦争を仕掛けた国もあったほどです。ほどなく太宗の国に捕らえられますが、それでも命乞いなどを行う人もいました。

しかし太宗はそれを許しませんでした。処刑する、とまではいかなくても厳罰に処したと言われております。

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太宗《帝範》曰:「夫兵甲者,國家兇器也。土地雖廣,好戰則民雕;中國雖安,忘戰則民殆。雕非保全之術,殆非擬寇之方,不可以全除,不可以常用。故農隙講武,習威儀也;三年治兵,辨等列也。是以勾踐軾蛙,卒成霸業;徐偃棄武,終以喪邦。何也。越習其威,徐忘其備也。孔子曰:『以不教民戰,是謂棄之。』故知弧矢之威,以利天下,此用兵之職也。」
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太宗は唐の王である傍らで、著述家の側面もありました。
ここで紹介される「帝範」もその一つです。

その「帝範」の中でかかれたものとして、「兵(隊)は凶器であり、戦を好めば民は疲弊する」という言葉があります。

そうであれば「平和」がもっとも尊い存在でありますが、その「平和」もまた害をなします。それは軍備を怠り、無防備の状態をさらすことになり、それが国民の反乱や他国の侵略を許すことになってしまいます。

いかに現在の世の中が「平和」であったとしても、いつ戦争や反乱が起こるかわかりません。そのことの為に軍を持つことは「戦争」「平和」双方の害を和らげるために重要な役割を担っております。

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侍臣奏言:「馮アウ(央かんむりに皿)、談殿往年恒相征伐,陛下發一單使,嶺外帖然。」太宗曰:「初,嶺南諸州盛言アウ(央かんむりに皿)反,朕必欲討之,魏征頻諫,以為但懷之以德,必不討自來。既從其計,遂得嶺表無事,不勞而定,勝於十萬之師。」乃賜征絹五百匹。
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軍をもって力で制そうとしても国を疲弊させるだけです。しかしそれを防止するための方法として、使者を一人送って和平を図る(説得をする)ことを行いました。

その結果、両国に一人の死者も出さず、なおかつ戦わずして戦争を終わらせました。

この「説得する」ことは国益も絡むため、それを行うのは非常に難しいことであり、かつ使者も殺される可能性もありました。太宗自身もそれには消極的で、全面戦争を考えていましたが、諫言により、それを覆しました。

「恩徳」を尽くすことによってねばり強く説得をすると、必ず、相手の心にも伝わり、説得に応じられると踏んでの判断だったと考えられます。

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貞觀十七年,太宗謂侍臣曰:「蓋蘇文殺其主而奪其國政,誠不可忍。今日國家兵力,取之不難,朕未能即動兵衆,且令契丹、靺鞨攪擾之,何如。」
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唐の隣国である朝鮮半島の「高麗」という国では臣下が主君を殺し、政権を奪ったと言います。太宗はそれを許しませんでした。しかしここではあえて侵攻しようとはせず、むしろ傍観をしたのだそうです。

兵力は高麗よりも圧倒的に多く、かつ強さをもっていましたが、あえて戦わないのは昔の話で「矛を止めて用いないのが武である」ということを体現したと言えます。

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貞觀二十二年,太宗將重討高麗。是時,房玄齡寢疾增劇,顧謂諸子曰:「當今天下清謐,鹹得其宜,惟欲東討高麗,主為國害。吾知而不言,可謂銜恨入地。」遂上表諫曰:臣聞兵惡不治,武貴止戈。當今聖化所覃,無遠不泊。上古所不臣者,陛下皆能臣之;所不制者,皆能制之。
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先ほどの話から5年後のことです。高麗の蛮行に痺れを切らした太宗はとうとう高麗に対して征伐しようと決めようとしました。

しかしそれを病に伏しながらも上奏文でもって諫める臣下もいました。その臣下の諫言に心を打たれ、征伐を行わなかったそうです。

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且兵,兇器;戰,危事,不得已而用之。向使高麗違失臣節,而陛下誅之可也;侵擾百姓,而陛下滅之可也;久長能為中國患,而陛下除之可也。有一於此,雖日殺萬夫,不足為愧。今無此三條,坐煩中國,内為舊主雪怨,外為新羅報仇,豈非所存者小,所損者大。
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兵(隊)は凶器であり、かつ戦争は国を滅ぼしかねない危険なものです。それを行うことを最小限にすることが大切だと言います。

兵を使って諫めることも一つの手段ですが、説得をするなど無血で解決する手段もあります。

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昔秦皇並呑六國,反速危禍之基;晉武奄有三方,翻成覆敗之業。豈非矜功恃大,棄德輕邦,圖利忘害,肆情縱欲。遂使悠悠六合,雖廣不救其亡;嗷嗷黎庶,因弊以成其禍。是知地廣非常安之術,人勞乃易亂之源。願陛下布澤流人,矜弊恤乏,減行役之煩。徳雨露之惠。
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誅するための戦争もあれば、「秦」王朝にあったように、自らの利益への欲望のために戦争を起こした国もありました。

その国は中国大陸を統一するほどの大国にまで成長しましたが、ほどなく滅ぼされました。

<論安邊第三十五>

安寧について議論をしたところです。

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因謂侍臣曰「中國百姓,實天下之根本,四夷之人,乃同枝葉,擾其根本以厚枝葉,而求久安,未之有也。初不納魏征言,遂覺勞費日甚,幾失久安之道。」
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国の資本は「民」です。その民には様々な民族がいるため、それらを平等に接し、親切にすることによって安寧な国にする事ができるといいます。

しかしそのバランスがどれか一つでも崩れてしまうと、内乱が起こるなど国が傾きかねないことに発展してしまいます。

国もそうですが、組織としても上に立つ者は平等に接すること、誰でも親切にする事は大事なことと言えます。

(巻十へ続く)

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週末は家族

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私の周りには「週末起業」をしている人がいる。平日はサラリーマンとして企業で働きながら、週末、もしくは終業後はサラリーマンとは別に副業として会社を興してビジネスを行う人のことを指す。経済は回復傾向にあるとは言えど、不安のある状態に変わりはないため、収入を複線化することでより安定した生活をおくることができる、という考えからそういう人がでているのだという。その週末起業から本業にシフトしていって活躍している強者も中にはいる。

それはさておき、「週末」とはいえど「家族」サービスをするという人材派遣業について描かれている。主に俳優がそのサービスをするということは、15年前にドラマで放送された「P.A.(プライベート・アクトレス)」を彷彿とさせるようなストーリーである。

フィクションである。フィクションではあるけれども、今の社会情勢を見るからして、そういった特殊派遣が出てくる可能性もあり、このような「週末家族」は現実味を帯びてくるように思えてならない。そのことについて警鐘を鳴らすために描いたのかもしれない。

あと、昨年の11月~12月に毎週平日の昼に放送された国友やすゆき作の「幸せの時間」の最後にでてくる、ある「記念日」に近いものがあるのかもしれない。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~9.巻八<務農><刑法><赦令><貢賦>~

<論務農第三十>

巻八の冒頭は農業政策について論じた所です。

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貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「凡事皆須務本。國以人為本,人以衣食為本,凡營衣食,以不失時為本。夫不失時者,在人君簡靜乃可致耳。若兵戈瘻動,土木不息,而欲不奪農時,其可得乎。」
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人にはそれぞれの基本があり、その基本を築けるような努力が必要です。その基本としてはそれぞれ異なり、

「国」は「民」を、
「民」は「衣食」を、
「衣食」は「生産」を、

基本としています。国を治めることは安定した「生産」を行うこと、すなわち農業や漁業などで安定した生産を行うことが重要とされます。

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太宗曰:「陰陽拘忌,朕所不行。若動靜必依陰陽,不顧理義,欲求福祐,其可得乎。若所行皆遵正道,自然常與吉會。且吉兇在人,豈假陰陽拘忌。農時甚要,不可暫失。」
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人の心にしても、行いにしても、情勢に関しても、農業に関しても、必ずといってもいいほど「陰陽」が存在すると太宗はいっております。

そもそも「陰陽」の考え方は中国大陸古来から言い伝えられており、この世のすべてのものには「陰」と「陽」と異なる属性を持った気が存在しており、万物にたいし起こることはすべて「陰陽」の対立から生まれるという思想です。

この「陰陽」の考え方については「四書五経」のうちの「易経」を始め様々な書に残されております。

<論刑法第三十一>

悪人を裁くことについて論じた所です。

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貞觀元年,太宗謂侍臣曰:「死者不可再生,用法務在寬簡。古人雲,鬻棺者欲歳之疫,非疾於人,利於棺售故耳。今法司核理一獄,必求深刻,欲成其考課。今作何法,得使平允。」諫議大夫王珪進曰:「但選公直良善人,斷獄允當者,增秩賜金,即奸偽自息。」詔從之。
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処刑をはじめとした刑罰の在り方について議論をしたところです。とりわけ処刑は一度判決をし、執行されると二度と覆ることができません。

そうならないように太宗は、罪人に裁きを行う司法官は公正、正直かつ平等な立場で判決を行うことを心がけられる人を選ぶことを求めました。

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既而悔之,謂房玄齡曰:「公等食人之祿,須憂人之憂,事無巨細,鹹當留意。今不問則不言,見事都不諫諍,何所輔弼。如蘊古身為法官,與囚博戲,漏泄朕言,此亦罪状甚重。若據常律,未至極刑。朕當時盛怒,即令處置。公等竟無一言,所司又不覆奏,遂即決之,豈是道理。」因詔曰:「凡有死刑,雖令即決,皆須五覆奏。」五覆奏,自蘊古始也。
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しかし一度判決を行い、執行した死罪を覆すことができない、とわかっていても、それを太宗は行ったことが何度かありました。

臣下のなかに法官でありながら囚人と博打をしたことに太宗は激怒し、即座に処刑をしたこともあります。そのことを太宗はひどく後悔をし、今後処刑などの重罪に処する際は何度も取り調べや公判を重ねて決める様にと命じたところです。

最近でも3人の死刑囚に対し、執行をし、EUを始め人権擁護団体から避難を受けたニュースがありました。死刑の判決を申し渡すのもそうですが、それについて執行をおこなう法務大臣にとっても覚悟と議論を重ねる必要と言えます。

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故以聖人受命,拯溺亨屯,歸罪於己,推恩於民。大明無偏照,至公無私親。故以一人治天下,不以天下奉一人。禮以禁其奢,樂以防其佚。左言而右事,出警而入蹕。四時調其慘舒,三光同其得失。故身為之度,而聲為之律。
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「聖人君子」という四字熟語があります。調べてみると、
「徳や品位があり、知恵も教養もある非常に優れた人。行いの正しい高潔な人。」「広辞苑」第六版より)
と表します。

その聖人君子は人民を救い、さらに罪もすべて自分の責任であることなど能力以上にありとあらゆる要素が求められています。

聖人君子と呼べる様な人も限られていますが、今回紹介した要素を持つ人ももっと限られているのかもしれません。

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勿謂我尊而傲賢侮士,勿謂我智而拒諫矜己。聞之夏後,據饋頻起;亦有魏帝,牽裾不止。安彼反側,如春陽秋露;巍巍蕩蕩,推漢高大度。撫茲庶事,如履薄臨深;戰戰栗栗,用周文小心。
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皇帝は中国大陸において最も位の高い人物です。それ故に自分が優れているからといって諫言を無視するなどの「驕り」も生じることがあります。

そのような立場だからでこそ、自分を律し、謙虚な態度を持つことによって、自らの「器」を広げるとともに、臣下の言葉も受け入れることができます。

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勿渾渾而濁,勿皎皎而清;勿汝汝而暗,勿察察而明。雖冕旒蔽目而視於未形,雖トウ(黄へんに圭)纊塞耳而聽於無聲。縱心乎湛然之域,遊神於至道之精。扣之者,應洪纖而效響;酌之者,隨淺深而皆盈。故曰:天之清,地之寧,王之貞。四時不言而代序,萬物無為而受成。豈知帝有其力,而天下和平。
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君主としてのありかたとしてを示したところです。「清濁併せ持つこと」を表しているところです。

「清らかになりすぎず」、だからと言って「ドロドロと濁りきることなく」、それを両方持つことによって善悪の判断をすることができる君主となります。

<論赦令第三十二>

罪人に対する恩赦など「許し」について議論をしたところです。

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貞觀七年,太宗謂侍臣曰:「天下愚人者多,智人者少,智者不肯為惡,愚人好犯憲章。凡赦宥之恩,惟及不軌之輩。古語雲:『小人之幸,君子之不幸。』『一歳再赦,善人暗愚。』凡『養?莠者傷禾稼,惠奸究者賊良人』。
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罪人に対して恩赦を与えると、罪人は罪における刑罰から釈放されます。その代償は誰にくるのか、というと法を守り人としてまともな道を歩む善人です。

「正直者が馬鹿を見る」というような社会となってしまいます。太宗はそうしないように自ら戒め、そして法を作るよう指示しました。

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昔『文王作罰,刑茲無赦。』又蜀先主嘗謂諸葛亮曰:『吾周旋陳元方、鄭康成之間,毎見啓告理亂之道備矣,曾不語赦。』故諸葛亮治蜀十年不赦,而蜀大化。梁武帝毎年數赦,卒至傾敗。夫謀小仁者,大仁之賊。故我有天下以來,絶不放赦。今四海安寧,禮義興行,非常之恩,彌不可數,將恐愚人常冀僥幸,惟欲犯法,不能改過。」
----------------------------

そう思った事例として「周」王朝の時代に遡ります。文王と呼ばれる君主は刑罰を作るだけではなく、その刑罰を受けた者に対し、けっして恩赦をかける事はなかったのだそうです。三国志に出てくる劉備が治めた「蜀」も同様でした。

逆に「梁」の国のある皇帝は何かにつけて恩赦をかけて、恩赦を受けた罪人によって滅ぼされたそうです。

恩赦は一つの「善行」といえるのですが、その善行は小さく、むしろそれにより、「仁義」を害すると言われています。一種の「悪行」と呼ばれても過言ではありません。

<論貢賦第三十三>

「貢賦」、中国大陸・朝鮮半島などで行われた「来貢(らいこう:外国人が来て貢物を奉ること)」について論じたところです。

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貞觀十九年,高麗王高藏及莫離支蓋蘇文遣使獻二美女,太宗謂其使曰:「朕憫此女離其父母兄弟於本國,若愛其色而傷其心,我不取也。」並卻還之本國。
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ある時、朝鮮半島の王(当時「高麗」という王朝でした)が「来貢」として高麗きっての美女を2人貢いだのだそうです。

しかし太宗は貢ごうとした使者に対し、貢がれようとした美女の家族を思って帰させたというエピソードです。

国家間の関係維持の為に行ったものですが、民の家族や幸せを思い、自らを律した太宗だからでこそ、このことは許さなかったのです。

(巻九へ続く)

灘中 奇跡の国語教室 - 橋本武の超スロー・リーディング

灘中 奇跡の国語教室 - 橋本武の超スロー・リーディング (中公新書ラクレ) 灘中 奇跡の国語教室 - 橋本武の超スロー・リーディング (中公新書ラクレ)
黒岩 祐治

中央公論新社  2011-08-10
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灘中・灘高と言えば、東大・京大への輩出の多い進学校として有名である。灘中・灘高・東大もしくは京大と進学し、さらに政財界に活躍している人物も多い。
その灘中は2009年、「銀の匙」を3年間かけて読むという「超スロー・リーディング」の授業が取り上げられたことから「奇跡の授業」として話題を呼んだ。「橋本ブーム」と呼ばれるほど人気が沸騰するほどであったのだという。
本書はその「銀の匙」を取り上げた「超スロー・リーディング」の授業を中心に著者が「もっとも近い恩師」と定義している橋本武氏の授業について紹介している。

第一章「手作り教材にかけたある教師の思い」
橋本氏の「銀の匙」の授業は、学習指導要領に則した教科書を使わず、手作りの「銀の匙研究ノート」と「銀の匙」を教科書として授業を行う形式のものである。その形の授業を考え、決めたのが戦後間もないときである。自分のカラーを見出そうとして選んだのが「銀の匙」だった。

第二章「自由奔放な授業」
「百人一首カルタ」「駄菓子の食べ比べ」「凧揚げ」
これらもすべて橋本氏の授業の一つであるという。「銀の匙」は中勧助の少年時代を自ら回顧した作品であるため、そのような描写は存在する。学生たちが少年時代の「中勧助」を学生なりに再現し、五感をもって「学び」「理解する」ことの本質をもって日本人と日本語を磨いていき、東大や京大の現役合格を多数輩出していった。

第三章「「銀の匙研究ノート」から学んだこと」
「銀の匙」と言う作品は、日本を代表する作家・夏目漱石が「きれいな日本語」と絶賛するほどの作品である。
その「きれいな日本語」の中にはなかなかふれることのない語彙も少なくない。その「なかなかふれることのない語彙」を解説しながらもさらに深堀していくことによって、作品の深みが増し、日本語の語彙力を磨き、さらに多様で繊細な日本語としての表現を磨くこともできる。

第四章「驚異の趣味人先生」
橋本氏はまさに「趣味人」という言葉を表現した方であるという。「おしゃれをすること」もさることながら「宝塚鑑賞」や「青蛙人形集め」を本章では代表として取り上げている。
いずれも「楽しむだけ」の趣味から、様々な交友関係をもち、「趣味」の域を越え人間性や交友関係を広げ、「銀の匙」授業の糧にもなったと言える。

第五章「橋本流文章鍛錬法」
ここまでは橋本氏の授業は自由奔放である、という事を語ってきたが、橋本氏の授業は国語力、文章力を磨くことにある。その「文章を磨く」ことは「読書感想文を書く」「短歌」や「詩」を覚える・書くといったこともやったのだという。これがかなりの頻度で行わなければならなかったので過酷なものであったと著者はじゅうかいしている。
さらに「古典の共同研究」もまた過酷なものであったという。しかしそれらの教育により文章表現を持ちつつ、個性を育ませた。

第六章「私の教育改革論」
著者は現在神奈川県知事として活躍している。自分の住まいも神奈川県であるため身近と言えば身近である。
その著者は教育改革にも恩師の存在がいることの重要性を説いている。
今となってはこのような授業をすると、PTAや日教組が黙ってはいない事だろう。むしろ政治家や自由を嫌悪するメディアがこぞってバッシングするかもしれない。しかし本当の「学び」や「教育」はそこからきているのかもしれない。

学習指導要領による教育も様々な知識や学びを持つのも一つの手段であるが、一つのことから派生し、追求して伸び伸びとしながら学びの本質や気づきを得ることもまた「教育」である。橋本武氏の「銀の匙」授業はその本質を突いた授業であると言っても過言ではなく、今日の教育界にとって大きなヒントを与えた一冊と言える。

本書に乗じて、というわけではないのだが、「銀の匙」の著者である中勧助は様々な小説を世に送り出した。「銀の匙」を中心にしながら中勧助の作品を3月に当ブログにて一週間シリーズとして取り上げる予定である。まだ作品を選定中であるが、どのようなシリーズになるのか、自分でも楽しみながら進めているところである。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~8.巻七<儒學><文史><禮樂>~

<崇儒學第二十七>

中国大陸や朝鮮半島で重宝された「儒学」の重要性について議論をしたところです。

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貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「為政之要,惟在得人。用非其才,必難致治。今所任用,必須以德行、學識為本。」諫議大夫王珪曰:「人臣若無學業,不能識前言往行,豈堪大任?漢昭帝時,有人詐稱衛太子,聚觀者數萬人,衆皆致惑。雋不疑斷以ショウ(草かんむりに着朋にりっとう)ショウ(耳へんに貴)之事。昭帝曰:『公卿大臣,當用經術明於古義者,此則固非刀筆俗吏所可比擬。』」上曰:「信如卿言。」
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政治をなすに当たって最も重要な要素として、教養などの学業と才能がなければつとまらないと言います。君主を諫めたり、道をひらくことができます。

<論文史第二十八>

歴史を学ぶこと、そして歴史としての「記録」について議論をしたところです。

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太宗曰:「朕有不善,卿必記耶。」遂良曰:「臣聞守道不如守官,臣職當載筆,何不書之。」黄門侍郎劉泊進曰:「人君有過失,如日月之蝕,人皆見之。設令遂良不記,天下之人皆記之矣。」
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歴史は良い事も悪いことも記録されます。そのため太宗自信も後の歴史の為に、自分の悪い行いも記録するのか、と心配し、記録官に問いかけたところです。

その記録官はたとえ悪いことをしたとして、記録しなかったとしても、民たちの記憶に残ります。その記憶が後に国が滅ぶきっかけとなることもあります。

余談ですが、この貞観政要がでたきっかけとしたのが、ここの節であり、歴史における記録の重要性などの本質を突いた所とも言えます。

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貞觀十四年,太宗謂房玄齡曰:「朕毎觀前代史書,彰善疚惡,足為將來規誡。不知自古當代國史,何因不令帝王親見之。」對曰:「國史既善惡必書,庶幾人主不為非法。止應畏有忤旨,故不得見也。」
----------------------------

歴代の皇帝の歴史は様々あります。善行も悪行も記録しており、それを教訓にしてこれからの「戒め」として使う事を太宗は考えました。

しかしこう言った記録は決して皇帝には見せていないのでした。それはなぜでしょうか。

それについて臣下は自分の心がやましくなり悪事を働かないようにするために見せないそうです。

歴史を学ぶことは、「温故知新」の意味合いがあるのですが、良いことも悪いことも学ぶ事を鑑みると、悪いことも学べるという負の側面もあるようです。

<論禮樂第二十九>

「禮樂」について議論をしたところです。

----------------------------
又詔曰:「氏族之美,實系於冠冕,婚姻之道,莫先於仁義。自有魏失禦,齊氏雲亡,市朝既遷,風俗陵替,燕、趙古姓,多失衣冠之緒,齊、韓舊族,或乖禮義之風。名不著於州閭,身未免於貧賤,自號高門之胄,不敦匹嫡之儀,問名惟在於竊貲,結リ(衣へんに離のへん)必歸於富室。乃有新官之輩,豐財之家,慕其祖宗,競結婚姻,多納貨賄,有如販鬻。或自貶家門,受辱於姻ア(女へんに亞);或矜其舊望,行無禮於舅姑。積習成俗,迄今未已,既紊人倫,實虧名教。朕夙夜兢惕,憂勤政道,往代蠹害,鹹已懲革,唯此弊風,未能盡變。自今以後,明加告示,使識嫁娶之序,務合禮典,稱朕意焉。」
----------------------------

少し長文でしたが、家族など庶民の事情、そして自分自身と庶民たちの仁義・礼にいついて太宗自信が説いたところです。

人間の活動には「仁義」が第一であり、太宗自身もそれを実践していました。しかしそれが中国大陸全体に伝わっているか、というとそうではありません。太宗のあずかり知らぬ所で、やましきこと、悪しきことは起こっています。

その中でも「婚礼」について、現在でいう「結婚詐欺」や「玉の輿」「政略結婚」についてを憂いていました。

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禮部尚書王珪子敬直,尚太宗女南平公主。珪曰:「《禮》有婦見舅姑之儀,自近代風俗弊薄,公主出降,此禮皆廢。主上欽明,動循法制,吾受公主謁見,豈為身榮,所以成國家之美耳。」遂與其妻就位而坐,令公主親執巾,行盥饋之道,禮成而退。太宗聞而稱善。是後公主下降有舅姑者,皆遣備行此禮。
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中国大陸では皇帝の娘が臣下に嫁ぐときにはその臣下の親族は皇帝に対し、礼を尽くすための儀式(謁見を受けるための儀式)がしきたりとしてあったのだそうです。

しかし、いつの頃からかそれがおろそかになってしまい、太宗もそれを憂いていましたが、臣下の一人である王珪がこの礼を行ったことを喜び、以降も実行するよう臣下に命じたそうです。

日本でも婚礼については様々な「伝統」があるのですが、それが効率化や合理化などの「時代の波」にのまれ、その
「伝統」も廃れているのも事実としてあります。婚礼に限らず、日本文化にもいろいろと「伝統」があり、廃れてしまったものも少なくありません。

ただ、その「伝統」ただ「守る」「続ける」だけでは、時代にあわなくなってしまいます。時代に合わせながら「変化」をする事も大切です。

(巻八へ続く)

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<参考文献>

貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19) 貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19)
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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

失敗のすすめ―「教える」だけでは人も企業も育たない

失敗のすすめ―「教える」だけでは人も企業も育たない 失敗のすすめ―「教える」だけでは人も企業も育たない
野島 廣司

ダイヤモンド社  2011-10
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人は誰しも多かれ少なかれ「失敗」をする。しかし企業や人の中にはそれを許さない所もある。それ故に「失敗」を極端におそれ、「指示待ち人間」ばかりできてしまうのだという。
著者が社長をつとめる会社の風潮は「とにかくチャレンジし、失敗しろ」というようなものである。「失敗」は程度にもよるが、自分にとっても会社にとっても損失を被ることになる。しかし損失を被るからでこそ、反省し、次の成功につなげられ、組織や会社も活気づくのだという。本書はその「失敗」を奨励することによって、自ら考え・行動できる人材をつくり、活気付けさせることができるのか、その経営哲学を伝授している。

第1章「「失敗」こそ会社の財産」
私も会社員を勤めているが、会社員としてもプライベートとしても「失敗」は付き物であり、かつ自分自身もたくさん失敗してきた。
しかし「失敗」は誰しも恐い。それを恐れて隠そうとしている。しかし「失敗」は誰しも行ってしまう。それに正面で向き合い、オープンにし、次の成功につなげることが大きな糧となり、会社としての財産となるのだという。

第2章「「失敗」が人材を育てる」
「失敗」は人が原因ばかりではない。やった「事」に原因があるのだという。その「事」が失敗につながった原因を見つけ、それを改善していくことによって成長につながる。単に「失敗」ばかりを責める、あるいは「気にするな」という人もいるのだが、それだけでは人は成長しない。

第3章「「失敗」して伸びる人・伸びない人」
失敗の向き合い方、接し方によって、成長したりしなかったりするのだという。「失敗」に対するとらえ方一つで伸びる人になり、そのとらえ方によって「伸び方」も大きく変わってくる。

第4章「私も失敗の連続だった」
著者の生い立ちと会社人生についてを綴っている。その人生はまさに「失敗」の連続であり、追いつめられたり、苦難にあったりすることもあった。しかしそのような状態が後に「失敗する」ことを奨励する社風の基礎を築いた。

第5章「野島流・経営哲学」
著者の経営哲学として「失敗を奨励する文化」もその一つであるが、そのほかにも正解のない仕事、プロセス重視、「楽しく働く」ことの考え方まで紹介している。

「「失敗」と書いて「せいちょう」と読む」

名捕手であり、名監督として名を馳せた野村克也氏の名言である。その言葉を体現し、その土壌を作っている企業の代名詞が、著者が経営している「ノジマ」であり、その社長である著者といえる。

「失敗」や「リスク」を恐れる日本人。そのレッテルから脱するヒントと、日本企業における復活の鍵が本書に眠っているといっても過言ではない一冊である。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~7.巻六<倹約><謙譲><仁惻><慎所好><慎言語><杜讒邪><悔過><奢縱><貪鄙>~

<論儉約第十八>

巻六の最初は倹約について議論を行ったところです。太宗の政治の特徴の一つとして、民のために、自ら「倹約(節制)」に徹したと言われています。

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古人雲:『不作無益害有益。』『不見可欲,使民心不亂。』固知見可欲,其心必亂矣。至如雕鏤器物,珠玉服玩,若恣其驕奢,則危亡之期可立待也。自王公以下,第宅、車服、婚嫁、喪葬,準品秩不合服用者,宜一切禁斷。」由是二十年間,風俗簡樸,衣無錦繍,財帛富饒,無饑寒之弊。
----------------------------

「無益なことをなして、有益を損なうことがある。ほしがるものは示さなければ、民の心を乱れさせることはない」
という言葉があります。欲望の赴くままに示したら、民から頂いた資金(税金)を贅沢に使っては、民たちの反感を買い、滅亡の一途を辿るとあります。

上に立つ者は、下の模範になるよう、常に「清貧」であれ、ということを言っているのでしょう。

----------------------------
魏征曰:「陛下本憐百姓,毎節己以順人。臣聞『以欲從人者昌,以人樂己者亡。』隋煬帝誌在無厭,惟好奢侈,所司毎有供奉營造,小不稱意,則有峻罰嚴刑。上之所好,下必有甚,競為無限,遂至滅亡。此非書籍所傳,亦陛下目所親見。為其無道,故天命陛下代之。陛下若以為足,今日不啻足矣;若以為不足,更萬倍過此,亦不足。」太宗曰:「公所奏對甚善。非公,朕安得聞此言。」
----------------------------

こちらも最初に言ったことを臣下に主張しました。臣下の一人である魏徴がそれを誉め称えました。その逆の例として唐の一つ前の王朝である「隋」の滅亡の原因についてを取り上げました。その原因がひたすら贅沢を尽くし、役人も民も関係なく気に入らなければ厳しい刑罰を下すといったものでした。

<論謙讓第十九>

「謙譲(けんじょう)」について議論を行った所です。

謙譲とは、
「へりくだりゆずること。自分を低めることにより相手を高めること。また、控えめであるさま。謙遜(けんそん)。」「goo辞書」より)
とあります。

----------------------------
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「人言作天子則得自尊崇,無所畏懼,朕則以為正合自守謙恭,常懷畏懼。昔舜誡禹曰:『汝惟不矜,天下莫與汝爭能;汝惟不伐,天下莫與汝爭功。』又《易》曰:『人道惡盈而好謙。』凡為天子,若惟自尊崇,不守謙恭者,在身償有不是之事,誰肯犯顏諫奏。
----------------------------

君主は畏れ多いが、自ら慎み、かつ卑下しているのだが、それでも恐れられる存在であることを悩んでいる様子でした。上に立つものとしてのつきものの悩みであると言えます。

----------------------------
夫帝王内蘊神明,外須玄默,使深不可知。故《易》稱『以蒙養正;以明夷荘衆』。若其位居尊極,炫耀聰明,以才陵人,飾非拒諫,則上下情隔,君臣道乖。自古滅亡,莫不由此也。」太宗曰:「《易》雲:『勞謙,君子有終,吉。』誠如卿言。」詔賜物二百段。
----------------------------

主君と民とでは身分の差もあるのですが、奥ゆかしさなども差があまりにもひろく、民は主君の心の中を測ることができないと言われています。

そこからきわめて高い位にいながらも自らを謙遜し、上下の隔たりを少しでも近づけさせることが民が君主に対して支持を得るための心構えとしてあります。

<論仁惻第二十>

「仁惻(めぐみあわれむこと)」について論じた所です。

----------------------------
貞觀初,太宗謂侍臣曰:「婦人幽閉深宮,情實可哀。隋氏末年,求采無已,至於離宮別館,非幸禦之所,多聚宮人。此皆竭人財力,朕所不取。且灑掃之余,更何所用。今將出之,任求伉儷,非獨以省費,兼以息人,亦各得遂其情性。」於是後宮及掖庭前後所出三千余人。
----------------------------

太宗が君主に就いたとき、宮殿にいた官女約3000人を開放させました。この3000人は前の皇帝、というより前の王朝からの名残で贅沢を尽くすために女性を侍らせようとして捕らえられ、宮殿に連れていかれた女性たちです。

男女関係ないのですが、自分の贅沢のために束縛する事は自分自身として許されないこと、また費用の削減や適材適所の観点から解放をさせたのだそうです。

<論慎所好第二十一>

慎ましく生きること、活動することのあり方について論じたところです。

----------------------------
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「古人雲『君猶器也,人猶水也,方圓在於器,不在於水。』故堯、舜率天下以仁,而人從之;桀、紂率天下以暴,而人從之。下之所行,皆從上之所好。
----------------------------

「性悪説」で有名な荀子の言葉をもう一度引き合いに出している所です。(巻一参照

<論慎言語第二十二>

言葉の慎みについて論じたところです。

----------------------------
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「朕毎日坐朝,欲出一言,即思此一言於百姓有利益否,所以不敢多言。」給事中兼知起居事杜正倫進曰:「君舉必書,言存左史。臣職當兼修起居註,不敢不盡愚直。陛下若一言乖於道理,則千載累於聖德,非止當今損於百姓,願陛下慎之。」太宗大悅,賜彩百段。
----------------------------

太宗は毎朝臣下たちの政務を聞き、それをもとに一言出すことを習慣にしていましたが、その「一言」を言うことで民たちにどのような利益となるのか悩んだのだそうです。

主君は「公人のなかの公人」という立場であるため、いかに言葉には細心の注意を払っているかが窺えます。
それを考えると上に立つものほど、「公人」である人ほど見えるところもそうですが、見えない所でも「言葉」には細心の注意は払う必要があります。メディアによる「言葉狩り」は今も横行しているのですから。

<論杜讒邪第二十三>

讒言や邪なことを諫めることについて議論した所です。

----------------------------
魏征曰:「《禮》雲:『戒慎乎其所不睹,恐懼乎其所不聞。』《詩》雲『愷悌君子,無信讒言。讒言罔極,交亂四國。』又孔子曰:『惡利口之覆邦家』,蓋為此也。臣嘗觀自古有國有家者,若曲受讒譖,妄害忠良,必宗廟丘墟,市朝霜露矣。願陛下深慎之。」
----------------------------

讒言(ざんげん)は、
「事実を曲げたり、ありもしない事柄を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと。」「goo辞書」より)
とあります。

それを気にしていては君主としての「功徳」を磨くどころか、よい政治さえおろそかになってしまいます。讒言の多くは「讒臣(巻三参照)」が発言するところにあります。
その言葉を鵜呑みにせず、自ら戒めて聞き分ける必要があります。

<論悔過第二十四>

学問をする事、そして読書をする事の大切さについて議論したところです。

----------------------------
貞觀二年,太宗謂房玄齡曰:「為人大須學問。朕往為群兇未定,東西征討,躬親戎事,不暇讀書。比來四海安靜,身處殿堂,不能自執書卷,使人讀而聽之。君臣父子,政教之道,共在書内。古人雲:『不學,墻面,臨事惟煩。』不徒言也。卻思少小時行事,大覺非也。」
----------------------------

学問をする事、そして読書をする事の大切さについて説いたところです。学問は政治判断をする際の本質を表しており、それを判断を行うための格好の材料となり、読書は自分自身の行いを見直すために大切な時であると言います。

著名な経営者の多くは読書家であり、このような古典を含めた学問・教養を身につけることに余念がありませんでした。

<論奢縱第二十五>

過去の歴史の認識について論じた所です。

----------------------------
往者貞觀之初,率土霜儉,一匹絹才得粟一鬥,而天下帖然。百姓知陛下甚憂憐之,故人人自安,曾無謗読。自五六年來,頻歳豐稔,一匹絹得十余石粟,而百姓皆以陛下不憂憐之,鹹有怨言。又今所營為者,頗多不急之務故也。自古以來,國之興亡不由蓄積多少,惟在百姓苦樂。且以近事驗之,隋家貯洛口倉,而李密因之;東京積布帛,王世充據之;西京府庫亦為國家之用,至今未盡。向使洛口、東都無粟帛,即世充、李密未必能聚大。但貯積者固是國之常事,要當人有余力而後收之。若人勞而強斂之,竟以資寇,積之無益也。然儉以息人,貞觀之初,陛下已躬為之,故今行之不難也。為之一日,則天下知之,式歌且舞矣。若人既勞矣,而用之不息,尚中國被水旱之災,邊方有風塵之警,狂狡因之竊發,則有不可測之事,非徒聖躬肝食晏寢而已。若以陛下之聖明,誠欲勵精為政,不煩遠求上古之術,但及貞觀之初,則天下幸甚。太宗曰:「近令造小隨身器物,不意百姓遂有嗟怨,此則朕之過誤。」乃命停之。
----------------------------

政治的な変乱により、倒れた王朝・帝政は少なくありません。それを自分事として自分自身の政治を戒めるのか、それとも他人事としてただ笑うだけにするのか、その違いにより、今後の政治、それどころか後世に対し、どのように語り継がれてゆくか変わります。

この貞観政要のメインとなる太宗は自ら戒め、諫言を受け入れ続け、安定した国に育てたことによってこのように1500年以上経った今でも語り継がれています。

<論貪鄙第二十六>

財産について論じた所です。

----------------------------
古人雲:『賢者多財損其誌,愚者多財生其過。』此言可為深誡。若徇私貪濁,非止壞公法,損百姓,縱事未發聞,中心豈不常懼。恐懼既多,亦有因而致死。大丈夫豈得?貪財物,以害及身命,使子孫毎懷愧恥耶。卿等宜深思此言。」
----------------------------

「賢者に財(産)が多くなれば、志を損ない、愚者に財が多ければ、過ちを生ずる」
という言葉です。

「財」というのは使いようにもよりますが、多く持とうとするほど心の中に「闇」を作ってしまいます。その要因は「欲望」というものであり、「欲望」のために人民を損ない、国を滅ぼすきっかけとなってしまいます。

(巻七へ続く)

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<参考文献>

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

1968―世界が揺れた年

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「1968」
その年は世界的にも激動の年であった。これまで当ブログでは日本、アメリカ、そしてヨーロッパ各国について取り上げたが、本書はその総集編というべきところで1968年が始まったときから「プラハの春」、メキシコオリンピックが開催された「夏」から、アメリカ大統領選挙が行われた「秋」と時間を追って取り上げている。

<前編>
第一部「われらが不満の冬」
「革命前夜」という言葉がある。ここから来るであろう「革命運動」や事件、など歴史的な「うねり」をもっている。革命運動が起こる以前、各国は以下のような状況にあった。

[アメリカ]
度重なる人種差別、とりわけ黒人への差別は右派を中心に深刻化していった。「ブラック」や「ニグロ」をいう言葉が一般にも浸透し、黒人と白人の対立が「血で血を洗う」とまではいかなくても、それに近いような対立があった。
また、ベトナム戦争も泥沼化し、アメリカによる軍事介入に対する疑問や不満も募っていった。

[チェコスロバキア]
ソ連の圧政下にあり、独裁者スターリンが亡くなっても、同様の状況が続いた。

[ソ連]
ソ連内でも集団農業が崩壊し、いくつかの民族が「民族運動」を起こしてはソ連軍による弾圧が繰り返された。

[日本]
「1968」でも取り上げたのだが、大学における急速な授業料の値上げが起こった。しかも大学生に対する需要の増加に追いつけず、満足に勉強できるような講義を受けることができなかった。
政治でも岸政権からきた「60年安保」による、アメリカ優位の不平等条約を結んでしまい、政治不信が急速に広がった。

[アフリカ]
アメリカと同じく人種差別が深刻化していった。それも「アパルトヘイト政策」が掲げられたように国家主導で行われていた。

世界中で様々な「憤懣」が募り、そしてそれが「プラハの春」となって爆発し始めた。

第二部「プラハの春」
俗に言う「プラハの春」が起こり始めたのは年が始まって間もないときであった。ノボトニーが第一書記を解任され、後任にドプチェクが選ばれたことから始まる。
ノボトニーは長らくソ連に追従する路線に走った政治家であったが、年明けから民主化を進めるといった融和路線に転向した。しかしそれも報われることなく、3月に大統領も辞任した。ちょうど春先にあったことから「プラハの春」と名付けられ、ソ連の圧政から解放され自由を得る光明が見えてきた。しかし、そこでソ連の介入(というよりも不法侵入)により、改革の針は思うように進まなくなった。
一方ではアメリカや日本の大学生がベトナム反戦や大学に対する不満に対するデモが起こっていた。日本では大学講堂を占拠する事件も起こった。またアメリカでは「公民権運動」を発端とした黒人と白人との対立が激化していった。

<後編>
第三部「オリンピックの夏」
1968年はメキシコシティーで夏季オリンピックが行われた年であるが、そこでも男子200M走の表彰式で「ブラック・パワー・サリュート」が起こった。そのオリンピック会場となったメキシコでも同様に1968年の渦に巻き込まれていた。実質的に制度的革命党(PRI)の一党独裁政権にあった中で急激な経済成長を見せた。その一方で現在の日本にある「格差社会」がここでも起こり、PRIの独裁からの脱却を求める学生団体がデモ行進などの抵抗運動を起こしていた。
「オリンピック」でいうと、もう一つある。2月に行われたフランス・グルノーブルの冬季オリンピックである。底ではチェコスロバキアのアイスホッケーチームがソ連のチームに僅差で勝ったことで、街頭へ勝利を祝いに繰り出すほどチェコスロバキア国民が熱狂したという。「プラハの春」は政治的な要因が引き金になったのだが、このオリンピックも遠因として挙げられるのかもしれない。

第四部「アメリカ、選択の秋」
1968年秋、アメリカでは大統領選挙があった。公民権運動の主導者の一人だったキング牧師が暗殺され、民主党のカリスマとして名を馳せたJFKことジョン・F・ケネディも暗殺され、ベトナム戦争が泥沼化し、政治不信も募っていった。その中で大統領選に勝利し、新たに大統領に就任したのは、ロバート・ニクソンである。しかしそのニクソンに対する不信も少なくなく、就任式にデモを呼びかける運動も所々で起こった。
1968年の終わる12月21日にはアポロ8号が打ち上げられ、人類でもっとも月上に近づいたことで話題となり、後のアポロ11号の月面着陸のきっかけにもつながることとなった。戦争をのぞいて「激動」という言葉が最もふさわしい年、「1968」はそうして終わりを告げた。

「44年目の輪廻」

これは小熊英二著の「1968」を取り上げた時に書いた言葉である。1968年から43年後の2011年も形は違えど「激動」と呼ばれる時代だった。中東諸国を発端とした革命運動、俗に言う「アラブの春」があった。アメリカでも経済的な衰退が著しくなり、オバマ政権に対する不信も募っていった。日本では東日本大震災を発端とした原発事故により、反原発運動が急速に高まっていった。それはあたかも「激動」と呼ばれた「1968」に似ている気がしてならない。そう感じたからでこそ、この「1968」の歴史を見つめ、教訓を得るために本書、そしてその歴史を顧みる必要がある。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~6.巻五<仁義><忠義><孝友><公平><誠信>~

<仁義第十三>

巻五の最初は、人間としての根本の一つである「仁義」とは何かについて君臣と臣下が議論を行ったところです。

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貞觀元年,太宗曰:「朕看古來帝王以仁義為治者,國祚延長,任法禦人者,雖救弊於一時,敗亡亦促。既見前王成事,足是元龜,今欲專以仁義誠信為治,望革近代之澆薄也。」黄門侍郎王珪對曰:「天下彫喪日久,陛下承其餘弊,弘道移風,萬代之福。但非賢不理,惟在得人。」太宗曰:「朕思賢之情,豈舍夢寐。」給事中杜正倫進曰:「世必有才,隨時所用,豈待夢傅説,逢呂尚,然後為治乎。」太宗深納其言。
----------------------------

長く統べることはなかなか難しく、時には「戦乱」が起こることもあります。その戦乱により、統治が難しくなることも多々あります。その難しいときにこそ賢臣を持ち、君主もその賢臣をいかに使い、助けにするかによって戦乱に耐え、民たちを疲弊させず、かつ幸福になると言います。

----------------------------
貞觀十二年,太宗謂侍臣曰:「林深則鳥棲,水廣則魚遊,仁義積則物自歸之。人皆知畏避災害,不知行仁義則災害不生。夫仁義之道,當思之在心,常令相繼,若斯須懈怠,去之已遠。猶如飲食資身,恒令腹飽,乃可存其性命。」王珪頓首曰:「陛下能知此言,天下幸甚。」
----------------------------

「林が深いとき鳥が来て住み、川の流れが大きいときは多くの魚が集まって泳ぎ、人の仁義道徳の行いが積もった時、天下は自然の流れに従うものである。」

この言葉の後には、民や王としてどのようにあるべきかを記しておりますが、川の流れも林の深さも自然がつもりに積もって育まれた結果であり、君主が仁義道徳を行うことを積み重ねることによって天下太平の世に育て、守っていくことができるとあります。

「継続は力なり」ということの喩えとしても挙げられます。

<論忠義第十四>

「忠義」について説いたところです。

「忠義」とは、

「主君や国家に対し真心を尽くして仕えること。また、そのさま。」「goo辞書」より)

と意味づけられております。

----------------------------
貞觀十一年,太宗謂侍臣曰:「狄人殺衛懿公,盡食其肉,獨留其肝。懿公之臣弘演呼天大哭,自出其肝,而?懿公之肝於其腹中。今覓此人,恐不可得。」
----------------------------

忠義と語りたいところですが、この漢文は非常に生々しいものです。ある王が敵に殺され、八つ裂きにされるも、内蔵だけは残したそうです。後で駆けつけた臣下や王を思い、自分の中に王は生きている、ということを願い自ら体を裂き、残った内蔵を自らの体の中に閉まった、と言われています。

<孝友第十五>

「孝」という漢字があるように「親孝行」とは何かについて議論をしたところです。

----------------------------
司空房玄齡事繼母,能以色養,恭謹過人。其母病,請醫人至門,必迎拜垂泣。及居喪,尤甚柴毀。太宗命散騎常侍劉泊就加寬譬,遺寢床、粥食、鹽菜。
----------------------------

太宗における、代表的な臣下の一人である房玄齡は親に対する敬いの心は他の臣下以上に持っていました。あるとき継母がなくなったときには深い悲しみにつつまれ、そのあまりに痩せ衰えたというほどでした。

その痩せ衰え方はあまりにひどく太宗自身も心配し、他の臣下に慰めるよう命じたほどでした。

<公平第十六>

リーダーなどトップに立つ者は「公平」な立場で物事を考え、行動をすることが大切であると言われていますが、それを行うのはなかなか難しいことです。

「聖君」として誉れ高かった太宗でさえも、その「公平」について悩んだことはないと言われています。

----------------------------
太宗初即位,中書令房玄齡奏言:「秦府舊左右未得官者,並怨前宮及齊府左右處分之先己。」太宗曰:「古稱至公者,蓋謂平恕無私。丹朱、商均,子也,而堯、舜廢之。管叔、蔡叔,兄弟也,而周公誅之。故知君人者,以天下為公,無私於物。昔諸葛孔明,小國之相,猶曰『吾心如稱,不能為人作輕重』,況我今理大國乎
----------------------------

太宗が即位した当時の話です、太宗の身の回りの話ではないのですが、歴代の皇帝の中には即位した時から臣下の反発にあった皇帝もいました。

さらにその中には「公平」な立場でもって臣下を殺した皇帝もいました。

こう書いていると、残虐な印象をもってしまうと思いますが、上に立つ者は、自ら私情を排し、その私情を持つ臣下も許さず、えこひいきも行わず、常に自分の持っている「平等」の心でもって判断をすることが大切です。

<誠信第十七>

誠実であることと、信じることについて議論をした所です。

----------------------------
太宗嘗謂長孫無忌等曰:「朕即位之初,有上書者非一,或言人主必須威權獨任,不得委任群下;或欲耀兵振武,懾服四夷。惟有魏徴勸朕『偃革興文,布德施惠,中國既安,遠人自服』。朕從此語,天下大寧,絶域君長,皆來朝貢,九夷重譯,相望於道。凡此等事,皆魏徴之力也。朕任用,豈不得人。」徴拜謝曰:「陛下聖德自天,留心政術。實以庸短,承受不暇,豈有益於聖明。」
----------------------------

太宗は多くある諫言を受け入れ、自ら律し、倹約や功徳につとめるような政治を行い続けました。

それを行い続けることができたのも、もっとも多く諫言を行った魏徴のおかげであると、太宗は魏徴に対し感謝をしています。

----------------------------
陛下聰明神武,天姿英睿,誌存泛愛,引納多塗,好善而不甚擇人,疾惡而未能遠佞。又出言無隱,疾惡太深,聞人之善或未全信,聞人之惡以為必然。雖有獨見之明,猶恐理或未盡。何則。君子揚人之善,小人訐人之惡。聞惡必信則小人之道長矣,聞善或疑則君子之道消矣。為國家者急於進君子而退小人,乃使君子道消,小人道長,則君臣失序,上下否隔,亂亡不恤,將何以治乎。
----------------------------

太宗は武徳にも知性にも優れていたのですが、人を選ぶ目が欠けていました。

その人選のなかで魏徴は人について「君子」と「小人」っとを二つに分けております。

「君子」・・・人の良いところを見出し、取り上げる。
「小人」・・・人の悪いところを見出し、それを暴いて悪口を言いふらす。

その小人を退ける事が大切であるが、人を信用してばかりでは、そういった人も残すようになり、小人の浅ましい考えや意見を取り入れてしまい、国家がゆがみ、滅びへの道となるそうです。

上に立つものとしてどの人を選ぶか、ということを表しているのですが、自分自身が「君子」なのか「小人」なのか、を見直す機会と言える節です。

----------------------------
魏徴上疏曰:臣聞為國之基,必資於德禮,君之所保,惟在於誠信。誠信立則下無二心,德禮形則遠人斯格。然則德禮誠信,國之大綱,在於君臣父子,不可斯須而廢也。
----------------------------

この第十七の根幹に当たるところです。

「誠信」を立てることと、「徳礼」を持つことによって国を治める基礎となる事です。

「誠信」とは、
「まごころ。まこと。誠実。」「goo辞書」より)
ですが、

「誠」は誠実なこと、もしくは心構えのことを表しており
「信」は信頼・信用という熟語があるように人を信じることを指します。

これは「貞観政要」が初出ではなく、「論語」の時代からも言われ続けている心がまえです。

(巻六へ続く)

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<参考文献>

貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19) 貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19)
呉 兢 守屋 洋

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと

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宇佐美 典也

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メディアやコメンテーター達が中心となって官僚叩きを起こしており、その風潮は止まりそうにない。
しかし当の官僚達はどのような心境で受け止めているのだろうか、どうして働いているのだろうか、本書は「元官僚」として、官僚の仕事とは、政治家と官僚の関係、政権交代、そして自ら官僚を辞めた理由について著者なりの考えと経験を綴っている。

第1章「僕が経済産業省の官僚になるまで」
著者は裕福な家庭で生まれ、育った。学生時代からエリートコースを歩み、東大に合格、大学生になった当初は自由を満喫しようとしたが、サークル活動で「日本」そのものの問題意識が芽生え、官僚になろうと志し、「国家公務員一種(国家一種)」を受験し、経済産業省に入省した。

第2章「なぜ東大生が集まっているのに問題だらけなのか」
現在、中央省庁の官僚全体の7割は東大卒であるのだという。しかしこれは今も昔も変わらないのだという。
元々「官僚」のステータスは政治家よりも優秀であり、これからの日本を担う存在といわれていたが、いつしか「無能」「有害」というレッテルを貼られる存在となってしまった。その原因には最初にあげられた「変わっていない」ことが挙げられる。

第3章「キャリア官僚制度には意義がある」
「官僚バッシング」が止まらないが、定着しているのが
「定時に帰ることが約束されていて、税金という名の甘い汁を吸っている」
というのがある。私の知り合いにも官僚はいるのだが、定時どころか、終電、もっというと徹夜になるほどまで政策実務や法律づくりなどの激務がつきまとう、ところによっては月300時間にも、400時間にものぼるほどである。
さらに「国会」における答弁をまとめる「国会業務」についても言及しているが官僚のなかでももっとも嫌がる業務の一つであるという。

第4章「政治家と官僚の役割を考える」
官僚は政治家に対し、状況を事細かに説明し、そのなかで現実的な政策や法律の立案・実現などを行っているのだが、それが「官僚政治」や「官僚支配」の象徴として歌われているのだという。もっとも政策や法案をまとめるに当たり、各省庁がとりまとめる「白書」をはじめとした「調査」に多大な労力を要する必要がある。官僚は単に「縁の下の力持ち」の存在に過ぎないのである。
しかしプロジェクトや政策によっては省庁間でやりとりを行う必要があるのだが、難航し、大臣まで担いでようやく軌道に乗ったという苦労話もある。「縦割り」と呼ばれる官僚の世界をいかに打開するか、というエピソードは官僚の世界ばかりではない。大企業でも同様のことがいえるのではないだろうか、とさえ思った。

第5章「天下りは本当に悪なのだろうか?」
官僚批判の代表格として挙げられるのが「天下り」である。
しかしこの「天下り」問題について言及されたのは1960年代からずっと続いている。
しかしこの「天下り」の考え方はそれだけか、もっというと「官僚OB」の存在は必要かどうか、そして官僚の世界における「OB」の存在について自らの体験と感じたことについて綴っている。
「天下り」に対する改革は必要である。しかし「天下り」や「官僚OB」に対する考え方を変え、あるべき姿とは何か、メディアを越え、自ら考え抜くこともまた、国民に委ねられた課題である。

第6章「官僚としての最後の提言」
日本の借金はもはや1000兆円を越えようとしている。もしかしたらもうすでに越えたのかもしれない。その原因として挙げられるのが、税収の減少でもなく、地方交付税の配給でもなく、「社会保障費」である。高齢化の歯車はどんどん進むことだが、それをいかに活かすのか、政府や官僚ばかりに押しつけず、国民一人一人がアクションを起こす時代に入ったのでは、という提言を行っている。

今も昔も「官僚叩き」は止まらない。そしてその風潮を押さえるような人がいない限り止まるようにも見えない。「押さえる人」として著者をはじめとした官僚の方々が直接メディアで叫ぶべきであり、それを受け入れるメディアも必要である。私たちは官僚の「声」をもっと聞く必要がある、そのことを知らせる一冊であった。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~5.巻四<太子諸王定分><尊敬師傅><教戒太子諸王><規諫太子>~

<太子諸王定分第九>

君子の子供である太子との接し方について説いた章です。

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昔魏武帝寵樹陳思,及文帝即位,防守禁閉,有同獄囚,以先帝加恩太多,故嗣王從而畏之也。此則武帝之寵陳思,適所以苦之也。且帝子何患不富貴,身食大國,封戸不少,好衣美食之外,更何所須。而毎年別加優賜,會無紀極。俚語曰:『貧不學儉,富不學奢。』言自然也。今陛下以大聖創業,豈惟處置見在子弟而已,當須制長久之法,使萬代遵行。」疏奏,太宗甚嘉之,賜物百段。
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三国志の中で「魏」とよばれる国では太子があまりに可愛いがために、進んで引き立てたり、守りたいがために、あたかも囚人のように幽閉させたりしたのだと言います。

極端な例かもしれませんが子供があまりにも可愛いく、立派にしたいがために英才教育をする、もしくは自分の意のままにさせる親もいますが、これでは子供を苦しめるだけです。

「子は親の背中を見て育つ」というが如く、自分自身の生き方、行動は子供にも伝わり、真似したがります。親が学べば、子供に教えずとも、自分で勉強したがります。子供を育てるためにはしつけも大事ですが、しつけ過ぎずある程度、親の背中を見せ育てられる様な環境を持つことで子供も自然に親のように育っていきます。

----------------------------
貞觀十六年,太宗謂侍臣曰:「當今國家何事最急。各為我言之。」尚書右仆射高士廉曰:「養百姓最急。」黄門侍郎劉泊曰:「撫四夷急。」中書侍郎岑文本曰:「《傳》稱:『道之以德,齊之以禮。』由斯而言,禮義為急。」
----------------------------

国家として急務な政策はないか、と言うことを臣下に問うた所です。
「農業政策」や「民族政策」、「教育政策」と様々なことが提示されたのですが、それ以上に万世のために自分自身が手本となり、それを太子たちに教えることが大切であることを説いています。

国ですから「問題」はつきものであり、急務なものも少なくありません。
しかし急務ではないが、国を栄え続けるために重要なことは疎かになりがちです。そのことの重要性を説いているのではないでしょうか。

<尊敬師傅第十>

尊敬する師、いわゆる「恩師」について説いた章です。

----------------------------
貞觀三年,太子少師李綱,有脚疾,不堪踐履。太宗賜歩輿,令三衛学入東宮,詔皇太子引上殿,親拜之,大見崇重。綱為太子陳君臣父子之道,問寢視膳之方,理順辭直,聽者忘倦。太子嘗商略古來君臣名教,竭忠盡節之事。綱懍然曰:「託六尺之孤,寄百裏之命,古人以為難,綱以為易。」?吐論發言,皆辭色慷慨,有不可奪之誌,太子未嘗不聳然禮敬。
----------------------------

太宗の息子である太子の師として李綱がつきました。太宗の父である太祖の時代から使えた李綱であるが、老齢のため、足を悪くしており、歩行が困難な状態でした。
その状態であるにも関わらず、絶えず太子につきっきりで君主とは、政治とは何であるかを教え、諌め続けたといいます。

太子にとって李綱は厳しく、反発することはあったものの、恩師というべき存在だったといいます。

<教戒太子諸王第十一>

太子への教えと戒めについて説いたところです。
「教育」としての方法というよりも根本である「あり方」を説いたところとも言えます。

----------------------------
貞觀十八年,太宗謂侍臣曰:「古有胎教世子,朕則不暇。但近自建立太子,遇物必有誨諭,見其臨食將飯,謂曰:『汝知飯乎。』對曰:『不知。』曰:『凡稼穡艱難,皆出人力,不奪其時,常有此飯。』見其乘馬,又謂曰:『汝知馬乎。』對曰:『不知。』曰:『能代人勞苦者也,以時消息,不盡其力,則可以常有馬也。』見其乘舟,又謂曰:『汝知舟乎。』對曰:『不知。』曰:『舟所以比人君,水所以比黎庶,水能載舟,亦能覆舟。爾方為人主,可不畏懼。』見其休於曲木之下,又謂曰:『汝知此樹乎・』對曰:『不知。』曰:『此木雖曲,得繩則正,為人君雖無道,受諫則聖。此傅?所言,可以自鑒。』」
----------------------------

太宗が息子の太子に向けて様々なことを問いましたが、太子は「知らない」と答えました。その「知らない」をもとに太宗は息子に教えるといったところです。

ソクラテスの「無知の知」というほど誉れ高いものではありませんが、自分自身が「知らない」ことを素直に伝えることは、学びを得るための第一歩といえるところです。

----------------------------
貞觀十一年,太宗謂呉王恪曰:「父之愛子,人之常情,非待教訓而知也。子能忠孝則善矣。若不遵誨誘,忘棄禮法,必自致刑戮,父雖愛之,將如之何。昔漢武帝既崩,昭帝嗣立,燕王旦素驕縱,誇張不服,霍光遣一折簡誅之,則身死國除。夫為臣子不得不慎。」
----------------------------

最初のように父が子供に教えること、そして愛することはごく自然なものです。しかしその子供を愛するが故に礼法を教え忘れ捨ててしまっては、国がほころび、滅びるきっかけとなってしまうと言われています。

子供を愛するのはよいが、その「愛」で「礼儀」を身につけさせることも忘れてはならないことを説いています。

<規諫太子第十二>

太子に対して規律を諫めることについて取り上げたところです。

----------------------------
夫爲人上者,未有不求其善,但以性不勝情,耽惑成亂。耽惑既甚,忠言盡塞,所以臣下苟順,君道漸虧。古人有言:“勿以小惡而不去,小善而不爲。”故知禍福之來,皆起於漸。殿下地居儲貳,當須廣樹嘉猷。既有好畋之淫,何以主斯匕鬯。慎終如始,猶恐漸衰,始尚不慎,終將安保。承乾不納。
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人間は動物であるため「欲望」は少なからず存在します。その欲望に打ち勝つには小さなことでも「情欲」や「本能」を「理性」や「善」で治め続けることが大事です。

それを治め続けるのは一人ではできません。君主には諫言を行う臣下がいるように、諫め続けられる「師」の存在が君主になるべき太子のために大事なことと言われております。

(第五へ続く)

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<参考文献>

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維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

丘の上の邂逅~三浦綾子生誕90周年記念出版

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「氷点」「銃口」などの代表作の著者である三浦綾子。その三浦氏は旭川市出身であり、一時期を除き、生涯旭川にすみ続けた。旭川の歴史そのものを知り、作品の中で表現をしている。
本書は三浦氏の生誕90年を記念して、遺稿の中から三浦氏の人生の大部分を過ごした旭川の回顧をエッセイ仕立てで綴ったものを取り上げている。

第一章「旭川だより」
三浦氏は人生の大部分を旭川で過ごした。しかし著者は若いとき、その旭川を好きでなかったのだという。それ以上に札幌に住みたい、という願望が強かった。
それを知ったとき、自分自身が旭川で過ごした時とほとんど同じように映ってしまった。自分自身も当初は早く旭川から離れて札幌や東京に移り住みたかった。そこで働きたいという願望が強かった。その願望通りになった今では旭川に対する郷愁が芽生え、早くではないが「いつか故郷に戻る」という気持ちも出てきた。
私事はここまでにしておいて、三浦氏は若かりし人生の中でキリスト教に出会い、洗礼を受けたことについても綴っている。

第二章「丘の上の邂逅」
「一期一会」という四字熟語が存在する。この「一期一会」は様々な恩師や医師、牧師、友人、知人と出会った。その出会いと別れが、冒頭部で書いたような三浦綾子作品を生み出す土壌を培っていった。

第三章「旭川とわたし」
旭川ほど春・夏・秋・冬、四季折々の季節を味わえる地域はなかなかない。特に夏は湿度は少ないものの30度を越えるほど暑く、冬になれば朝は氷点下20度を下回るほど凍える。
遠い、川崎の地にすむ自分にとっては耐えられないような寒さを懐かしんでしまう。今年記録的な大雪が降り、0度前後の寒さを経験しても、である。

旭川の魅力―
私もセミナーやパーティーなどで様々な人と出会うがよく言われるのが「旭山動物園」である。それしかイメージがないように言われてしまうのだが、そうではない。
日本初の歩行者天国である「買物公園通り」もあれば、ラーメンと酒が楽しめる「3・6街」もある。ラーメンと言えば冬でもアツアツと楽しめる醤油ラーメンでおなじみの旭川ラーメンもあれば、銘酒「男山」や「国士無双」もある。
だんだん自分の嗜好になってしまったが、列挙してもきりがないくらい旭川の魅力はたくさんある。

旭川市には三浦綾子氏の功績を讃え、「三浦綾子記念文学館」が1998年に建てられた。そこには三浦綾子氏の生涯と作品の舞台にまつわるものについて展示されている。
自分自身も旭川出身だけあって、三浦綾子の作品、また生涯にまつわることについてもいくつか学校で学んだことがある。しかし三浦氏の「旭川観」をありのまま表現した本書は、遠く離れた所にいる自分を、自ら生まれ育った故郷へ引き戻してくれる。そんな気がした。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~4.巻三<君臣鑒戒><擇官><封建>~

<君臣鑒戒第六>

巻三の最初は君臣としてのあり方・戒めについてのやりとりを取り上げたものです。

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貞觀六年,太宗謂侍臣曰:「朕聞周、秦初得天下,其事不異。然周則惟善是務,積功累德,所以能保八百之基。秦乃恣其奢淫,好行刑罰,不過二世而滅。豈非為善者福祚延長,為惡者降年不永。朕又聞桀、紂,帝王也,以匹夫比之,則以為辱。顏、閔匹夫也,以帝王比之,則以為榮。此亦帝王深恥也。朕毎將此事以為鑒戒,常恐不逮,為人所笑。」魏徴對曰:「臣聞魯哀公謂孔子曰:『有人好忘者,移宅乃忘其妻。』孔子曰:『又有好忘甚於此者,丘見桀、紂之君乃忘其身。』願陛下毎以此為慮,庶免後人笑爾。」
----------------------------

唐以前、いわゆる「周」や「秦」という王朝についてのやりとりです。二つとも中国大陸を代表する王朝ですが、期間は歴然としていました。

「周」王朝の皇帝たちはただ、民たちのために「功徳」を行うため「善」を尽くし、700年以上にわたって続くことができたと言われています。

一方「秦」は皇帝たちが贅沢の限りを尽くし、民たちには懲罰(厳罰など)を行うことを進んで行い、わずか数十年で滅びました。

ここでは、君臣が「善」を行うことというよりも、その先です。自分の「徳」について反省をしているところにあります。

そこで魏徴は「人心を忘れることの愚かさ」について説き、励ましたと言われていますが、この魏徴が励ました話は論語にも記されているものです(魯の哀公と孔子の話)。

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貞觀十四年,太宗以高昌平,召侍臣賜宴於兩儀殿,謂房玄齡曰:「高昌若不失臣禮,豈至滅亡。朕平此一國,甚懷危懼,惟當戒驕逸以自防,納忠謇以自正。黜邪佞,用賢良,不以小人之言而議君子,以此慎守,庶幾於獲安也。」
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唐と高昌国が平定(具体的には高昌国の王が交通を妨害したために滅ぼされた)したときの宴で諫言したところです。

国家建設をするためには自分が慢心にならないことももちろんですが、臣下に対しても媚びへつらうような人を嫌い、賢くかつ自分に対して諫言をするような人を持つことによって自戒することができ、国を安泰し続けることができると言います。

企業の事業拡大についても同じことがいえ、経営者には自分に対して諫められる部下を持ち、経営者自身が慢心にならず、まっすぐな心をもって、会社を維持し続けることができるといいます。

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太宗曰:「公意推過於主,朕則歸咎於臣。夫功臣子弟多無才行,藉祖父資蔭遂處大官,德義不修,奢縱是好。主既幼弱,臣又不才,顛而不扶,豈能無亂。隋煬帝録宇文述在藩之功,擢化及於高位,不思報效,翻行殺逆。此非臣下之過歟。朕發此言,欲公等戒?子弟,使無愆過,即家國之慶也。」
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君主の過ちを諫めることは臣下としての役割ですが、臣下に非があるのに、それを君主に押しつけるのは違います。

そうなってしまうといくら賢臣とは言え「不才」というレッテルを貼られます。

臣下が君主を諫めることも大事ですが、君主が押しつける臣下を糺(ただ)すこともまた君主の役割です。

<擇官第七>

臣下や官吏としてどうあるべきかを説いた章です。

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如晦對曰:「兩漢取人,皆行著郷閭,州郡貢之,然後入用,故當時號為多士。今毎年選集,向數千人,厚貌飾詞,不可知悉,選司但配其階品而已。銓簡之理,實所未精,所以不能得才。」太宗乃將依漢時法令,本州辟召,會功臣等將行世封事,遂止。
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官吏というのは、日本の中央省庁でいう「官僚」です。その時代の「官吏」にしても、日本の「官僚(国家一種)」にしても人気が高く、毎年のように多くの人々が受験をするのだそうです。

競争の激しく、かつ人材も多く入ってきており、すべてを官吏を知ることができませんでした。

そこで君主は官吏となる条件を世襲にしようと考えたのでしたが頓挫したそうです。

いわゆる「世襲」によって人材を減らし、最適化を図ることでしたが、日本の政治も「世襲問題」が起こっているごとく、悪い部分もあります。

「世襲」云々もありますが、「よい人材」を選び、かつ最適な人数に絞ることはいつの世も難しいことなのかもしれません。

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然而今之群臣,罕能貞白卓異者,蓋求之不切,勵之未精故也。若?之以公忠,期之以遠大,各有職分,得行其道。貴則觀其所舉,富則觀其所養,居則觀其所好,習則觀其所言,窮則觀其所不受,賤則觀其所不為。因其材以取之,審其能以任之,用其所長,?其所短。進之以六正,戒之以六邪,則不嚴而自勵,不勸而自勉矣。故《説苑》曰:「人臣之行,有六正六邪。行六正則榮,犯六邪則辱。何謂六正。一曰,萌芽未動,形兆未見,昭然獨見存亡之機,得失之要,預禁乎未然之前,使主超然立乎顯榮之處,如此者,聖臣也。二曰,?心盡意,日進善道,勉主以禮義,諭主以長策,將順其美,匡救其惡,如此者,良臣也。三曰,夙興夜寐,進賢不懈,數稱往古之行事,以厲主意,如此者,忠臣也。四曰,明察成敗,早防而救之,塞其間,絶其源,轉禍以為福,使君終以無憂,如此者,智臣也。五曰,守文奉法,任官職事,不受贈遺,辭祿讓賜,飲食節儉,如此者,貞臣也。六曰,家國昏亂,所為不諛,敢犯主之嚴顏,面言主之過失,如此者,直臣也。是謂六正。何謂六邪。一曰,安官食祿,不務公事,與代浮沈,左右觀望,如此者,具臣也。二曰,主所言皆曰善,主所為皆曰可,隱而求主之所好而進之,以快主之耳目,楡合荀容,與主為樂,不顧其後害,如此者,諛臣也。三曰,中實險ヒ(言へんに皮),外貌小謹,巧言令色,妬善嫉賢,所欲進,則明其美、隱其惡,所欲退,則明其過、匿其美,使主賞罰不當,號令不行,如此者,奸臣也。四曰,智足以飾非,辯足以行説,内離骨肉之親,外構朝廷之亂,如此者,讒臣也。五曰,專權擅勢,以輕為重,私門成黨,以富其家,擅矯主命,以自貴顯,如此者,賊臣也。六曰,諂主以佞邪,陷主於不義,朋黨比周,以蔽主明,使白黑無別,是非無間,使主惡布於境内,聞於四鄰,如此者,亡國之臣也。是謂六邪。賢臣處六正之道,不行六邪之術,故上安而下治。生則見樂,死則見思,此人臣之術也。」《禮記》曰:「權衡誠懸,不可欺以輕重。繩墨誠陳,不可欺以曲直。規矩誠設,不可欺以方圓。君子審禮,不可誣以奸詐。」然則臣之情偽,知之不難矣。又設禮以待之,執法以禦之,為善者蒙賞,為惡者受罰,安敢不企及乎。安敢不盡力乎。
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長くなってしまいましたが、この三巻のなかでもっとも肝心な「六正六邪」についてを取り上げています。

「六正」は、それらを行えば栄え、称えられるとあります。具体的には

1.物事の悪いきざしや国の存亡を見抜き、君主に知らせ、諫言すること。(聖臣)
2.何物にもとらわれず、善い行いに精通しつつ、君主にもその道に導かせることができること。(良臣)
3.賢者を進めるために努力を惜しまず、学びを主君に伝え励ますこと。(忠臣)
4.成功・失敗の原因を見抜き、危険を察知し行動を起こすことで失敗を未然に防ぐこと。(智臣)
5.倹約し精力的に働き、法律を遵守し、そこで得た成功は人に譲ること。(貞臣)
6.国が乱れたとき、へつらいやおそれなく君主の過失を諫めること(直臣)

を指します。

一方、「六邪」はそれを行うと、人から貶され、様々な角度から非難されるとあります。具体的には

1.勤めをせず、安住しながら周囲の情勢ばかり伺おうとすること。(具臣)
2.君主の言葉をすべてほめ、おべっかをするようなこと。「イエスマン」ともいう(諛臣)
3.陰険であり、人を選び、立派な人を退けようと悪巧みをすること(姦臣)
4.知恵を自分の詭弁のために使い、臣下、あるいは君主に諍いを起こさせること(讒臣)
5.権力を持ち、派閥をつくり、自分の思うままに君主の考えを変えさせる、もしくは君主をも自分の傀儡にさせること。(賊臣)
6.君主を欺き、不義に陥れ、それを仲間同志が連なり、悪事を暴き君主を排斥させること。「六邪」の中でも最悪の「邪」。(亡國之臣)

を指します。「六正」を極め、「六邪」を排除することを解いているのですが、自分が経営者の下で働く「臣下」であるとするならば、自分自身の行いがどれに当たるのかを見てみてはいかがでしょうか。

<封建第八>

国を統治することについて説いた章です。

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然則得失成敗,各有由焉。而著述之家,多守常轍,莫不情忘今古,理蔽澆淳,欲以百王之季,行三代之法,天下五服之内,盡封諸侯,王畿千裏之間,倶為采地。是則以結繩之化行虞、夏之朝,用象刑之典治劉、曹之末,紀綱弛紊,斷可知焉。楔船求劍,未見其可;膠柱成文,彌多所惑。徒知問鼎請隧,有懼霸王之師;白馬素車,無復藩維之援。不悟望夷之釁,未堪ゲイ(羽かんむりに三本あし)、サク(三ずいに足)之災;既罹高貴之殃,寧異申、繒之酷。此乃欽明昏亂,自革安危,固非守宰公侯,以成興廢。且數世之後,王室浸微,始自藩屏,化為仇敵。家殊俗,國異政,強陵弱,衆暴寡,疆場彼此,幹戈侵伐。狐駘之役,女子盡座;コウ(山へんに肴)陵之師,只輪不反。斯蓋略舉一隅,其餘不可勝數。
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「得ること」と「失うこと」
「成功すること」と「失敗すること」
それぞれには何らかの「原因」があります。

また、時代の変化も忘れてはなりません。変化と原因を知ることによって次の統治はどうあるべきかを示す必要があります。

とはいえ、時代の変化があったとしてもそこに「功徳」が無ければ君子としても国としても栄えることができないことを説いています。

「原因」と「変化」と「功徳」
「功徳」は最も重要なものですが、そこに原因と変化との兼ね合いを持つこともまた、君主としての手腕、そしてそれを諫める臣下としての手腕が試されているとも言えます。

(第四へ続く)

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

日本人が知らない世界のすし

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「寿司」は日本の食文化の代表格の一つとして挙げられる。
「寿司」は海外でも広く認知されているのだが、海外で生まれた「寿司」も存在する。そのネタには「アポガド」や「フルーツ」「チョコレート」など日本における「寿司」から見たら「邪道」と返されてしまうのだが、外国ではそれらも「寿司」、もとい「Sushi」として定着している。
本書はその外国の「Sushi事情」を追っている。

第一章「もはや「邪道」ではない世界の寿司」
元々江戸時代から発祥した寿司は強度料理として親しまれていた。それが日本中で共通した寿司が親しまれ始めたのは戦後になってからである。さらにいうと寿司がアメリカなど諸外国でも認知されるようになってきたのも、戦後になってからのことである。GHQの介入もその要因として挙げられる。
その諸外国で認知されるようになってから「カリフォルニアロール」と呼ばれる外国産の寿司が生まれた。

第二章「なぜ、寿司が「クール」なのか」
「クール・ジャパン」と言われて久しいが、日本の「ポップ・カルチャー」と並ぶように寿司もまた「クール」と呼ばれる文化の一つとして挙げられる。

第三章「女性職人がもて囃される理由」
日本における寿司づくりは「女人禁制」のイメージがあるのだが、外国では女性の寿司職人もおり、その店では人気を呼んでいるのだという。もっとも著者が経営する「寿司職人」を養成する学校では女性比率が半数にも及んでいるのだという。

第四章「世界で生きる職人に求められるもの」
「日本の常識は、世界の非常識」
そのことを受け入れることが世界で活躍するために求められることである。それが習慣やマナーであっても、である。

第五章「こんなに違う「繁盛する条件」」
日本では寿司屋を開業するための障壁は低いが、きわめて「レッド・オーシャン」と呼ばれる状況にあるため、成功しにくい状況にある。海外では出店する国や地域によるが参入が厳しく制限されているところもある。
そのような生涯があったとしても場所によって、異なるニーズを汲み、それを形にすることで、繁盛するのだというところは、共通認識として挙げられる。

第六章「もう「飯炊き三年握り八年」ではない」
本章のタイトルにあるように、かつて日本では板前と同じように約10年にも及ぶ修行が必要だった。さらに言うと寡黙な「職人」というものでは海外で寿司職人として大成することは不可能であるという。
ある程度修行は必要であるが、それ以上に異文化を理解することと、客とのやりとりも求められる。

第七章「価値に気づいていないのは日本人」
寿司は日本を代表する食文化の一つである。しかし日本独特のスタイルがそのまま海外で受け入れられるのは難しい。もっと言うと寿司は海外でも日本でも「進化」をしている。それに気づき、先鞭を打つこともまた寿司の価値を高める道の一つである。

「伝統」は守る部分もあるのだが「進化」をする事もまた大切である。守ってばかりでは川の流れがせき止められ、せせらぎがなくなり、やがて水も黒く澱む。日本も知らない寿司の「進化」、それに気づき、武器にしていくことこそ、日本の食文化を守るための手段ではないかと提言している。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~3.巻二<任賢><求諫><納諫>~

<任賢第三>

第二巻の最初は「任賢」ですが、ここでは君主に使え、諫言を行った臣下たちを詳しく紹介しております。

1.房玄齡

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房玄齡,齊州臨溜人也。初仕隋,為隰城尉。坐事,除名徙上郡。太宗徇地渭北,玄齡杖策謁於軍門,太宗一見,便如舊識,署渭北道行軍記室參軍。玄齡既遇知己,遂警竭心力。是時,賊寇毎平,衆人競求金寶,玄齡獨先收人物,致之幕府,及有謀臣猛將,與之潛相申結,各致死力。累授秦王府記室,兼陜東道大行臺考功郎中。玄齡在秦府十餘年,恒典管記。
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一人目は房玄齡(ぼうげんれい)という人物です。房玄齡は斉州の臨海県(現在の山東省)の出身であり、幼くして博学であり、足が速かったと言われています。太宗とは初めてあったときから親密であり、太宗が皇帝に就いたとき、臣下になりました。

2.杜如晦

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杜如晦,京兆萬年人也。武徳初,為秦王府兵曹參軍,俄遷陜州總管府長史。時府中多英俊,被外遷者衆,太宗患之。記室房玄齡曰:「府僚去者雖多,蓋不足惜。杜如晦聰明識達,王佐才也。若大王守藩端拱,無所用之;必欲經營四方,非此人莫可。」太宗自此彌加禮重,寄以心腹,遂奏為府屬,常參謀帷幄。時軍國多事,剖斷如流,深為時輩所服。
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杜如晦(とじょばい)は京兆(現在の陝西省)の出身であり、王佐の才(帝王の補佐として才能のある人)と言われたそうです。その大きな要因としては「見識の広さと深さ」があったと言います。
杜如晦もそうですが房玄齡も良家の出身でした。

3.魏徴

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魏徴,鉅鹿人也,近徙家相州之臨黄。武徳末,為太子洗馬。見太宗與隱太子陰相傾奪,毎勸建成早為之謀。太宗既誅隱太子,召徴責之曰:「汝離間我兄弟,何也」衆皆為之危懼。徴慷慨自若,從容對曰:「皇太子若從臣言,必無今日之禍。」太宗為之斂容,厚加禮異,擢拜諫議大夫。數引之臥内,訪以政術。徴雅有經國之才,性又抗直,無所屈撓。太宗毎與之言,未嘗不悅。徴亦喜逢知己之主,竭其力用。又勞之曰:「卿所諫前後二百餘事,皆稱朕意,非卿忠誠奉國,何能若是」三年,累遷秘書監,參預朝政,深謀遠算,多所弘益。
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太宗がもっとも信頼した臣下である魏徴(ぎちょう)は幼い頃に孤児となるほど名門とはかけ離れた人だった。しかし勉学への努力は一途で剛直な性格だった。初めてあったときは太宗と隠太子とで政権争いのまっただ中にいたのだが、身分の差を乗り越え、太宗に諫言したことが始まりだったという。封建社会と呼ばれた中ではまさに自ら死にに行くような公意でしたが、太宗はその意見を受け入れ、諫言大夫というきわめて身分の高い臣下に抜擢されました。
また太宗の信頼も篤く、皇帝の自室に招き、政治談義をする事もあったと言います。

4.王珪

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王珪,太原祁縣人也,武徳中,為隱太子中允,甚為建成所禮。後以連其陰謀事,流於スイ(崔かんむりに高あし)州。建成誅後,太宗即位,召拜諫議大夫。毎推誠盡節,
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王珪(おうけい)は当初、太宗と敵対した隠太子の臣下にいたのですが、その後太宗の臣下に入ったという異色の経歴を持っています。魏徴と同じく諫言大夫でしたが、魏徴ほど剛直ではなく、房玄齡や杜如晦ほど名家でもなく、見識も深くありませんでしたが、そのバランスの良さがかえって太宗の信頼を篤くしたと言えます。

<求諫第四>

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太宗威容儼肅,百僚進見者,皆失其舉措。太宗知其若此,毎見人奏事,必假顏色,冀聞諫諍,知政教得失。貞觀初,嘗謂公卿曰:「人欲自照,必須明鏡;主欲知過,必藉忠臣。主若自賢,臣不匡正,欲不危敗,豈可得乎。故君失其國,臣亦不能獨全其家。至於隋煬帝暴虐,臣下鉗口,卒令不聞其過,遂至滅亡,虞世基等,尋亦誅死。前事不遠,公等毎看事有不利於人,必須極言規諫。」
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皇帝の風格と言えるのでしょうか。厳粛であり威厳のある雰囲気を持っていたため臣下たちは皇帝の顔色を窺いつつどぎまぎとしながら発言するような感触となってしまいます。
そのことを察知してか皇帝は自ら意見を受け入れられるよう、自らの顔色を和らげて、臣下が諫言できるようにしたそうです。

諫言を受けることも上に立つものとして重要なことですが、それが言える環境をつくるのもまた上に立つものとして重要なものの一つです。

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諫議大夫王珪對曰:「臣聞木從繩則正,後從諫則聖。是故古者聖主必有爭臣七人,言而不用,則相繼以死。陛下開聖慮,納芻蕘,愚臣處不諱之朝,實願尽其狂瞽。」太宗稱善,詔令自是宰相入内平章國計,必使諫官隨入,預聞政事。有所開説。
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曲がった木でも縄に従って切ると、真っ直ぐとした木となる。君主やリーダーと呼ばれる人も同じように「諫言」を受け入れてそれに従えば、民も受け入れられる君子(聖人君子)となれると言います。

優れたリーダーも必要ですが、「賢臣」と呼ばれるような見識も優れ、リーダーを正しい方向に導けるよう諫言できる部下も必要ですが、その両方が巡り会える例はきわめて少ないのが現実です。

そういう意味で「貞観政要」はリーダーのための本でもありますが、部下に対しても「賢臣」となるためにどうあるべきか、という意味で役に立ちます。

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貞觀十六年,太宗謂房玄齡等曰:「自知者明,信為難矣。如屬文之士,伎巧之徒,皆自謂己長,他人不及。若名工文匠,商略詆訶,蕪詞拙跡,於是乃見。由是言之,人君須得匡諫之臣,舉其愆過。一日萬機,一人聽斷,雖復憂勞,安能盡善。常念魏徴隨事諫正,多中朕失,如明鏡鑒形,美惡必見。」因舉觴賜玄齡等數人以之。
----------------------------

魏徴を褒め称える場面ですが、なぜ魏徴が褒め称えられるのか。それは、
・自分を知っていること
・君主の過失をことある毎に諫めることができる
ことにあると言います。

「自分を知る」ことはむずかしいのですが、優れていても自分の悪いところを知り、それを正し続けること、その「悪いところ」を指摘できる人を持つことはリーダーであっても、職人であっても、自分を映し出す「鏡」を持つのと同じことです。

<納諫第五>

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貞觀四年,詔發卒修洛陽之乾元殿以備巡狩。給事中張玄素上書諫曰:微臣竊思秦始皇之為君也,藉周室之餘,因六國之盛,將貽之萬葉,及其子而亡,諒由逞嗜奔欲,逆天害人者也。是知天下不可以力勝,神祇不可以親恃。惟當弘儉約,薄賦斂,慎終始,可以永固。
----------------------------

王宮の修理をしようとしたが、臣下に諫められました。
修理代は民から納められた税金を使っている事から、課税を減らし、王宮そのものも「倹約」を広めれば民にも伝わり、国家を永らく続くというものです。
「清貧」の思想をこの「諫言」に収められているところです。

----------------------------
太宗曰:「夫人久相與處,自然染習。自朕禦天下,虚心正直,即有魏徴朝夕進諫,自徴雲亡,劉泊、岑文本、馬周、チョ(衣偏に者)遂良等繼之。皇太子幼在朕膝前,毎見朕心悦諫者,因染以成性,故有今日之諫。」
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魏徴が亡くなっても、その魏徴の下で諫言を行うことの良さを学んだ臣下もいました。亡くなった後も、太宗が国を治め続けられたのも、諫言を続けた魏徴であり、その魏徴は諫言をいう臣下を育て、唐の時代、そして太宗の時代を安泰させることに尽力いたしました。

諫言を言う人も必要ですが、その方は永らくいるわけではありません。
人から人へ、諫言を言う人を受け継いでいくこともまた魏徴のように諫言を言う人の使命でもあります。

(巻三へ続く)

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<参考文献>

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「生き場」を探す日本人

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今も昔も日本を離れ、遠い異国の地で働く・暮らす日本人はいる。老後に裕福な余生を過ごす人や家庭もあれば、新天地や刺激を求め、海外で働く・学ぶ方々もいる。さらに、日本に絶望し、口悪く言うと、自ら捨てて、逆に捨てられ異国にゆだねるようなことさえ起こっている。
最後に書いたような日本人を「「生き場」を探す者」と表す。本書はその人たちの現実を映している。

Ⅰ.「日本に帰らない」
外国に行き、そこで夢破れたが、貧乏になり、日本に「戻れない」方々もいれば、日本に対する絶望に打ちひしがれ日本に「戻らない」方々もいる。

Ⅱ.「詐欺」
日本へ旅行に行った外国人の多くはこう言う。

「日本は世界でもっとも治安のよい国だ」

そう考えると、日本以外の他国では多かれ少なかれ治安は悪く、強盗や詐欺などが公然と横行する国さえある。
本章では異国に移ったがそこで詐欺被害に遭った家庭のエピソードを綴っている。

Ⅲ.「妻」
家族そろって異国の地に移住するところもあれば、家族を残して単身移住するところもある。本章ではその中でも後者のエピソードだが、その中で市場や家族とのいざこざも見られる。

Ⅳ.「ひとり」
両親も兄弟も失い、親戚の関わりもない、まさに「天涯孤独」という言葉を持つ人を取り上げている。
社会からも「ひとり」になり異国の地へ。しかしそこに待ちかまえていたのは残酷なる「現実」とまたちがった「ひとり」だった。

Ⅴ.「賞味期限」
「賞味期限」は一般的には食べ物につけられるのだが、俳優やサッカー選手といった職業や人にとってもあてはめられることもある。本章では怪我により俳優人生に賞味期限を迎えた、男性が新たな可能性を求め異国の地へ渡ったエピソードを綴っている。

Ⅵ.「貢献」
日本のエンジニアが異国の地で活躍する方もいる。異国の地で技術発展を行い、経済発展に貢献する方々もいる。本章ではその方々を紹介している。これまでずっと「夢敗れた」や「残酷な現実」といったネガティブな人々ばかりであったが、こちらはむしろポジティブな意味で異国の地に渡り、活躍している。

日本と諸外国の経済の差は徐々に縮まりつつある。その中で異国の地に赴き、活躍する者は出てくることは間違いなく、現にそうなっていると言っても過言ではない。その状況の中で日本はどのようなたち位置にいるべきか、それを再考することが、岐路に立たされた日本がすべきことである。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~2.巻一<君道><政體>~

さて、今日から貞観政要の中身に入っていきます。ただ、全文取り上げる事は難しいため、それぞれ重要なエッセンスとなるところを取り上げ、解説していく形といたします。漢文も取り上げますが、あくまで「解説」ですので通釈や古語訳、日本語訳はしません。ご了承ください。

<君道第一>

最初は「君主」としてのあり方としてどうあるべきかのやりとりを集めています。ちょうど太宗が皇帝に即位し始めた頃であり、このころから臣下とのやりとりの中で君主とは何か、統治とは何かを考えるようになりました。

まず、取り上げるものは太宗が皇帝に即位したとき、臣下全員に送った「決意表明」でした。

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貞觀初,太宗謂侍臣曰:「為君之道,必須先存百姓,若損百姓以奉其身,猶割股以啖腹,腹飽而身斃。若安天下,必須先正其身,未有身正而影曲,上治而下亂者。朕毎思傷其身者不在外物,皆由嗜欲以成其禍。若耽嗜滋味,玩悅聲色,所欲既多,所損亦大,既妨政事,又擾生民。且復出一非理之言,萬姓為之解體,怨讀既作,離叛亦興。朕毎思此,不敢縱逸。」諫議大夫魏徴對曰:「古者聖哲之主,皆亦近取諸身,故能遠體諸物。昔楚聘詹何,問其理國之要。詹何對以修身之術。楚王又問理國何如。詹何曰:『未聞身理而國亂者。」陛下所明,實同古義。」
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まず、自分自身の「君主としての「道」」について、自分自身の見解を述べたところです。

治世のために、自分自身が正しい道を歩む必要があり、決して民に負荷(重税や拘束)などをかけて苦しめ、自分自身が欲望の赴くままに放蕩三昧をしてはならないと自戒しなくてはいけない。さもなくば民に対しての信頼がなくなり、クーデターなど離反や反乱などが起こる。それを思ってこの民のために治めることを誓ったのでした。

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貞觀二年,太宗問魏徴曰:「何謂為明君暗君。徴曰:「君之所以明者,兼聽也;其所以暗者,偏信也。《詩》雲:『先人有言,詢於芻蕘。』昔唐、虞之理,辟四門,明四目,達四聰。是以聖無不照,故共、鯀之徒,不能塞也;靖言庸回,不能惑也。秦二世則隱藏其身,捐隔疏賤而偏信趙高,及天下潰叛,不得聞也。梁武帝偏信朱異,而侯景舉兵向闕,竟不得知也。隋煬帝偏信虞世基,而諸賊攻城剽邑,亦不得知也。是故人君兼聽納下,則貴臣不得壅蔽,而下情必得上通也。」太宗甚善其言。
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太宗はもっとも信頼している臣下の魏徴に「君主」のなかで「明君」と「暗君」の違いについての質問をしました。その魏徴は「明君」と「暗君」の定義をこのようにしめしました。

「明君」・・・ 多くの民の意見を取り入れ、その中で良いと判断した意見を用いて治世を進めていく君主
「暗君」・・・ 限られた思想、もしくは人だけの意見を信じ、取り入れていく君主

これは現在にも通じるものがあるのかもしれません。ビジネスの世界では「明君」と呼ばれる代表としてユニクロの「悪口言ったら100万円」のキャンペーンが挙げられます。多くのユーザーの意見を採り入れ、その中で本質を突いているものを取り上げ、そして改善していったと言うものがあります。

しかし現在の政治もそうですが、企業の多くは「派閥」をつくり、同じ意見や考え方の人しか言うことを聞くことができず、意図せず「暗君」と呼ばれるような存在になってしまいます。

幅広い見識とともに、思想は違えど様々な意見を聞き入れること、そしてそれに対して「正しく」取捨選択ができることがリーダーに求められています。その「正しく」の基準は人それぞれあるため難しいのですが。

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貞觀十年,太宗謂侍臣曰:「帝王之業,草創與守成孰難。」尚書左仆射房玄齡對曰:「天地草昧,群雄競起,攻破乃降,戰勝乃克。由此言之,草創為難。」魏徴對曰:「帝王之起,必承衰亂。覆彼昏狡,百姓樂推,四海歸命,天授人與,乃不為難。然既得之後,誌趣驕逸,百姓欲靜而徭役不休,百姓雕殘而侈務不息,國之衰弊,恒由此起。以斯而言,守成則難。」
----------------------------

ここで皇帝は「帝王の事業の中で、創業(新たな事業を興す・つくる)と守成(今の事業を続ける)のどちらが困難なのか」という質問を臣下にしました。この質問に対し、臣下2人が答えたのですが、正反対の意見でした。

「房玄齡」
国家を作り始めた当時は、群雄割拠の戦いから勝ち取る事で作ることができるため創業の方が困難

「魏徴」
混乱した状況の中で勝ち取り、民たちは安心する。しかし君主は勝ち取った帝王の位で「何事も自由にできる」権利を持つことができるため、堕落しやすい。
そのため、贅沢を捨てて民たちの為に尽くす事を辞めることができないため、守成の方が困難

どちらに対しても「困難」であることには代わりありません。そう考えると「どちらが困難か」という質問は愚問だったのかもしれません。意味合いは違えど、どちらも「困難」であることに変わりはないのですから。

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譬之負薪救火,揚湯止沸,以暴易亂,與亂同道,莫可測也,後嗣何觀。夫事無可觀則人怨,人怨則神怒,神怒則災害必生,災害既生,則禍亂必作,禍亂既作,而能以身名全者鮮矣。順天革命之後,將隆七百之祚,貽厥子孫,傳之萬葉,難得易失,可不念哉。
----------------------------

たとえ話として薪の話やお湯の話を取り上げていますが、要は「あるもの」を不自然に変えることなく、質素に使いつつ、民のために尽くすことを言っています。民を苦しめて、贅沢の限りを尽くすようになると、民は苦しみ、反乱を起こすことさえあれば、神も怒り、災厄をも引き寄せる原因にもなると言います。

「贅沢」をはじめ魔が差した行為一つだけでも、形がどうであれ帝王の座が揺らぐことさえあるのです。そのため「帝王」をはじめとした「君主」は、

「得難くして失いやすい」

存在と言えます。

----------------------------
指諸孫曰:「此等必遇亂死。」及孫綏,果為淫刑所戮。前史美之,以為明於先見。朕意不然,謂曾之不忠其罪大矣。夫為人臣,當進思盡忠,退思補過,將順其美,匡救其惡,所以共為理也。曾位極臺司,名器崇重,當直辭正諫,論道佐時。今乃退有後言,進無廷諍,以為明智,不亦謬乎。危而不持,焉用彼相。公之所陳,朕聞過矣。當置之幾案,事等弦、韋。必望收彼桑楡,期之歳暮,不使康哉良哉,獨美於往日,若魚若水,遂爽於當今。遲復嘉謀,犯而無隱。朕將虚襟靜誌,敬佇徳音。
----------------------------

これは臣下の直言のあり方についての事を言っています。唐より前の王朝の「晋」と呼ばれる時代にさかのぼります。日本では「弥生時代」の末期と言ったところでしょうか。

その時代の皇帝の中にひたすら贅沢を尽くし、政治は二の次という考えを持った方がいました。

しかし、その状態から混乱が起こるだろうと察知し、直言しようとした臣下がいたのです。その臣下は皇帝にそれを報告しませんでした。

最初に書いたとおり皇帝によっては直言すると殺されることさえある、そのことを恐れていたのかもしれません。

その後、その臣下の言うとおり晋は混乱が起こり、滅びるのでした。

さて、ここからが重要です。ここでのポイントは「臣下は直言すべき事をしなかった」ことにあります。上記の漢文は皇帝から発せられたものですが、臣下にとっての重要な役割を示しています。

会社で言うならば、「臣下」は取締役や執行役員、さらに平社員までが該当します。その方々は様々な考えや気づき、意見を持っています。その意見を広く取り入れるのが社長やリーダーの役割であり、かつそれを言うことのできる環境を作ることもまたリーダーの役割です。

反対に臣下はその環境で素直に意見する役割があります。
その両方の役割を果たすことによって会社は様々な形で良くなります。

「風通しの良い会社」や「風通しの良い社会」の本質を突いている所と言えます。逆にそれができない社会と言うことは、先に述べた「直言しない臣下」を作るような状況に陥ってしまい、事態を悪化させることになりかねません。

<政體第二>

ここでは「政體(せいたい:国の統治形態のこと)」と称して、政治の在り方を取り上げています。しかし政治の世界でも企業の世界でも共通する部分は少なくありません。

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貞觀初,太宗謂蕭ウ(王へんに兎)曰:「朕少好弓矢,自謂能盡其妙。近得良弓十數,以示弓工。乃曰:『皆非良材也。』朕問其故,工曰:『木心不正,則脈理皆邪,弓雖剛勁而遣箭不直,非良弓也。』朕始悟焉。朕以弧矢定四方,用弓多矣,而猶不得其理。況朕有天下之日淺,得為理之意,固未及於弓,弓猶失之,而況於理乎。」自是詔京官五品以上,更宿中書内省。毎召見,皆賜坐與語,詢訪外事,務知百姓利害,政教得失焉。
----------------------------

一言で言えば「餅は餅屋」を表している所です。その道の専門家の意見は貴重なものであり、もっとも参考にすべきと言うものです。

たとえ自分自身もそれが得意で長くやったとしても専門家にしかわからない「誤り」をただすことができる重要な機会であると説いています。

ビジネスの世界でも他業種に聞かないとわからない所があります。それぞれの世界に「専門家」がいるからでこそ、その方々の意見を参考にする、もしくは業務提携するようなこともまたここの文章で伝えたかったメッセージと言えるでしょう。

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貞觀六年,太宗謂侍臣曰:「看古之帝王,有興有衰,猶朝之有暮,皆為蔽其耳目,不知時政得失,忠正者不言,邪諂者日進,既不見過,所以至於滅亡。朕既在九重,不能盡見天下事,故布之卿等,以為朕之耳目。莫以天下無事,四海安寧,便不存意。可愛非君,可畏非民。天子者,有道則人推而為主,無道則人棄而不用,誠可畏也。」魏徴對曰:「自古失國之主,皆為居安忘危,處理忘亂,所以不能長久。今陛下富有四海,内外清晏,能留心治道,常臨深履薄,國家暦數,自然靈長。臣又聞古語雲:『君,舟也;人,水也。水能載舟,亦能覆舟。』陛下以為可畏,誠如聖旨。」
----------------------------

ここで有名な言葉として、
「君主は舟であり、人民は水である」
を取り上げています。これは「性悪説」で有名な「荀子」の言葉です。
簡単に言えば人民という水があるからでこそ君主と言う名の舟を漕ぐことができるという言葉です。君主を信頼する人民もいれば、そうではない人民もいます。そう考えると「水」というよりも、波が起こる「海水」と捉えると良いのかもしれません。

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貞觀六年,太宗謂侍臣曰:「古人雲:『危而不持,顛而不扶,焉用彼相。』君臣之義,得不盡忠匡救乎。朕嘗讀書,見桀殺關龍逢,漢誅黽錯,未嘗不廢書嘆息。公等但能正詞直諫,裨益政教,終不以犯顏忤旨,妄有誅責。
----------------------------

貞観政要の最大の特徴は「諫言」をすすめ、太宗がそれを聞き入れたことにあります。そのことを宣言したところです。

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太宗毎力行不倦,數年間,海内康寧,突厥破滅。因謂群臣曰:「貞觀初,人皆異論,雲當今必不可行帝道、王道,惟魏徴勸我。既從其言,不過數載,遂得華夏安寧,遠戎賓服。突厥自古以來,常為中國勍敵,今酋長並帶刀宿衛,部落皆襲衣冠,使我遂至於此,皆魏徴之力也。」
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魏徴が太宗に「善意ある政治」を求めました。「善意」は君主が持つこともそうですが、民に対しても「善意」を信頼し、それを政治に反映することで民族や地方に関係なく、安寧な世の中になったと言います。
「善意」を信頼し、汲み取ることはなかなか難しいことであり、それを見分けることは君主にとっても必要ですが、臣下としても必要な力です。ここにでてくる魏徴はまさにそういう人だったのかもしれません。
この魏徴という人物については第二巻で詳しく紹介されています。

さて、長々となりましたが第一巻を取り上げてきました。
次は第二巻を取り上げていきます。

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<参考文献>

貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19) 貞観政要 (現代人の古典シリーズ 19)
呉 兢 守屋 洋

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

おもてなしの経営学[実践編]‐宮城のおかみが語るサービス経営の極意‐

おもてなしの経営学[実践編]‐宮城のおかみが語るサービス経営の極意‐ おもてなしの経営学[実践編]‐宮城のおかみが語るサービス経営の極意‐
東北学院大学経営学部 おもてなし研究チーム

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本書は[理論編]に対し、実践編として宮城にある有名な旅館のサービスについて、東北・宮城の旅館・ホテルを9軒、それぞれの女将たちが大学で講演を行ったものをライブ形式で綴っている。
なお、本書は宮城県の旅館の女将たちが女将としての質の向上と、宮城における旅館サービスの向上を目的とした「みやぎ おかみ会」の方々の協力の下、つくられている。

第1章「食にこだわる大規模旅館の経営」

「松島や あぁ松島や 松島や」

これは松尾芭蕉が詠んだ句と言われているが、それは誤りであり、詠み人は不明である。とはいえ、その句が出るほど、松島の良さは筆舌尽くしがたいほど美しいと言えよう。その松島で旅館を営む女将が松島そのものの歴史と、「みやぎ おかみ会」について、そして松島ならではの食のこだわりについて講演を行っている。ちなみに本書で取り上げている「みやぎ おかみ会」であるが、その会長が本章で紹介される「ホテル松島大観荘」の女将である。

第2章「お茶と対話で旅人を癒す宿」
宮城の中でも山形に隣接している「蔵王町」、その名の通り、蔵王の山々が連なる「蔵王連峰」があり、合唱曲にもなった。「蔵王」というと「山形」を連想するのかもしれないが、宮城の蔵王もまた山形にはない魅力がある。
本章ではその蔵王の自然と湧き水で作られるお茶を提供し、旅人たちの心と体を癒す旅館を取り上げている。

第3章「対話と心理学による顧客サービス」
本章では老舗旅館が伝統に心理学を取り入れたサービスについて取り上げている。その中で旅館経営で窮地に追い込まれた時のエピソードと、旅館経営の難しさと楽しさにも言及している。

第4章「「出逢いの歓び」とP.S.時代の旅館経営」
西の横綱が「別府温泉」とするならば、東の横綱はというと「鳴子温泉」である。その鳴子温泉と呼ばれる旅館の中で「出会いの歓び」と「P.S.(パーソナル・サティスファクション)」についてを取り上げている。

第5章「家族で営む小さな平屋宿」
第2章でも取り上げたが蔵王町と呼ばれるところは「蔵王連峰」がよく見える場所にある。その蔵王町には「遠刈田温泉」と呼ばれる温泉街があり、1601年の開湯以来、500年以上にわたって親しまれている。とりわけスキー場や高原も多いことから、夏はハイキングなど、冬はスキーなどへの宿泊地としても知られている。
本章もまた「遠刈田温泉」の旅館を取り上げているが、ここでは遠刈田温泉の歴史と家族経営の利点について取り上げている。

第6章「音楽と緑に包まれた都市型温泉旅館の経営」
これまで宮城県の中でも観光名所や自然豊かなところを取り上げてきたのだが、ここでは県庁所在地の仙台にある旅館を取り上げている。その仙台にも「秋保温泉」と呼ばれる温泉郷が存在する。その「秋保温泉」で「音楽」と「緑」を中心とした旅館経営を取り上げている。

第7章「地域とともに成長する旅館を目指す」
「地域活性化」と言われて久しいが、南三陸町で地域密着の旅館経営を行っているところがある。水産業が盛んな南三陸町の特色を生かした経営とサービスについて取り上げられている。

第8章「保険外交員から女将へ」
保険外交員の厳しい世界から旅館の世界に飛び込む、という移植の経歴を持った女将について紹介している。保険外交員と女将、異なる職業の中で共通していえること、そしてそれが旅館のサービスにつながることについて説いている。

第9章「600年の歴史を活かすエコ・ラグジュアリーな宿」
600年の歴史と一流ホテルのサービスを融合させた旅館経営を行っている旅館を紹介している。

本書は宮城における9軒の旅館を紹介してきたわけであるが、それぞれの「おもてなし」の方法と地域との融合性が異なる。経営の規模や土地柄もあるのかもしれないが、それぞれ「個性」があることを見いだすことができる一冊である。

シリーズ「『貞観政要』を読む」~1.はじめに~

中国大陸の古典作品には「論語」や「孟子」「老子」「韓非子」などが挙げられます。とりわけ「論語」はビジネス書としても数多く挙げられており、もはやビジネス古典のスタンダードとして挙げられることが多いです。著名な経営者の多くは「論語」を中心とした経営理論を構築させて、

では、今回から取り上げる「貞観政要(じょうがんせいよう)」はどうでしょうか。

その名前自体知る人は少なく、中国大陸の古典として挙げる本も少ないと言えます。amazonでそれを検索してもそういった解説本はごくわずかと言えるでしょう。

しかし、この「貞観政要」こそ、リーダーシップや参謀などビジネス、ひいては政治などで重要な要素が詰まっています。

1.なぜ、貞観政要を取り上げたのか?

昨今の日本は「リーダー不在」と言われています。政治の世界においても、企業など経済の世界においても、形の「リーダー」は存在します。では彼らはリーダーシップをもっているのか、という疑いは拭えません。むしろ現在のリーダーで「リーダーシップ」を持っている人は少ないような印象もあります。

それを打破すべく、数少ない「リーダーシップ」を持ったリーダーの書いた「リーダー本」など巷にあふれています。「古典」からの「リーダー論」の古典からリーダーはどうあるべきかの本質を知ることを目的として「帝王学」の本のひとつとして今日評価されている「貞観政要」を取り上げました。

2.「貞観政要」成立までの経緯
「貞観政要」は、唐代に呉兢(ごぎょう:唐代の歴史家)が編纂したとされる太宗(唐の第2代皇帝)の言行録を全10巻40篇からなるものです。ちなみに「貞観」と「政要」とそれぞれに意味があり、

・「貞観」・・・太宗の在位の年号(決して日本の年号ではありません)
・「政要」・・・政治の要諦(物事の最も大切なところ)

太宗とそれを補佐した臣下たち(魏徴・房玄齢・杜如晦・王珪ら重臣45名)との政治問答を通して、貞観の治という非常に平和でよく治まった時代をもたらした治世の要諦が語られており、そのやりとりが詰まっております。

太宗が傑出していたのは、その臣下の直言(諫言)を喜んで受け入れ、常に最善の君主であらねばならないと努力したところにあります。これまでの中国大陸は、皇帝に忠告し、政治の得失について意見を述べる諫官(かんかん)という職務がありましたが、それを聞き入れた皇帝は極めて少なく、皇帝の怒りに触れて左遷されたり、殺されるということも多かった言われています。それ故、臣下の中には諫官になる事を嫌がる、もしくはそれを辞退する臣下もいたほどです。

本書が編纂された時期は太宗の死後40から50年ぐらい、中宗が即位し、唐朝が再興した頃でした。呉兢は以前から歴史の編纂に携わっており、太宗の治績に詳しいことから貞観の盛政を政道の手本として欲しいとの願いから、『貞観政要』を編纂して中宗に上進したと言われております。その後、玄宗の世の宰相・韓休(かんきゅう、672年 - 739年)がかつて中宗に上進したその書を高く評価し、後世の手本となるように呉兢に命じて改編して上進させた。以後、『貞観政要』が世に広まったのです。

3.帝王学としての「貞観政要」
この「貞観政要」は歴代の将軍や天皇によって親しまれていました。挙げてみると、

・北条政子(鎌倉幕府初代将軍 源頼朝の妻)
・足利尊氏(室町幕府初代将軍)
・徳川家康(江戸幕府初代将軍)
・明治天皇
・大正天皇

と枚挙に暇がありません。とりわけ徳川家康はこの「貞観政要」を愛読し、それを実践し続けたことによって260年以上も「江戸幕府」を続ける礎を築き上げたといっても過言ではありません。鎌倉幕府を「執権」という立場で維持し続けただけではなく、明治・大正天皇をはじめ歴代の天皇も関心を寄せました。

4.貞観政要の構成

今日からこの貞観政要を読み解くわけですが、この貞観政要の構成について見てみましょう。

序文「上貞観政要表、貞観政要序」
巻一「君道第一、政体第二」
巻二「任賢第三、求諫第四、納諫第吾、(直諫)」
巻三「君臣鑒戒第六、択官第七、論封建第八」
巻四「論太子諸王定分第九、論尊師傅第十、教戒太子諸王第十一、規諫太子第十二」
巻五「論仁義第十三、論忠義第十四、論孝友第十五、論公平第十六、論誠信第十七」
巻六「論倹約第十八、論謙譲第十九、論仁惻第二十、慎所好第二十一、慎言語第二十二、杜讒佞第二十三、論悔過第二十四、論奢縦第二十五、論貪鄙第二十六」
巻七「崇儒学第二十七、論文史第二十八、論礼学第二十九」
巻八「務農第三十、論刑法第三十一、論赦令第三十二、論貢献第三十三、(禁末作)、(弁興亡第三十四)」
巻九「議征伐第三十四(三十五)、議安辺第三十五(三十六)」
巻十「論行幸第三十六(三十七)、論畋猟第三十七(三十八)、(災瑞第三十九)、論祥瑞第三十八、論災異第三十九、論慎終第四十」

「第一」「第二」…とありますが、こちらは「篇」のことを表しております。括弧書きでズレが起こっている様に見えますが、以下の2種類があります。括弧書きは②で編纂されたものを表します。

①中宗が唐の再興を願い、呉兢が編纂し、中宗に上奏したもの
②最初に編纂したものを高く評価した第9代皇帝の玄宗が呉兢に改編させて世に送り出したもの

長々となりましたが、貞観政要の概要でした。
では、明日以降は「巻一」から順番に見ていきましょう(毎日更新できるか怪しいですが…)。

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<参考文献>

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おもてなしの経営学[理論編]‐旅館経営への複合的アプローチ‐

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旅館やホテルなどでは「おもてなし」とよばれる振る舞いや考え方が根底にある。ビジネス書の中にはその「おもてなし」を「ホスピタビリティ」と呼ばれるものである。
「旅館」や「ホテル」にある日本独特の「おもてなし」は日本人のみならず、海外から旅行に来た方々からも評価をしているほどである。本書はその「おもてなし」を基にした経営についての理論を東北の旅館をケースに示している。

第1章「日本の歴史に見る「おもてなし」の精神文化」
そもそも「おもてなし」とはいったいどの様な意味で、起源はどこにあるのだろうか。調べてみると、

「① 客を取り扱うこと。待遇。
② 食事や茶菓のごちそう。饗応。
③ 身に備わったものごし。身のこなし。
④ とりはからい。処置。取り扱い。」
goo辞書より)

とある。起源はどこにあるのだろうか。その言葉となった「もてなす」「振る舞う」ことそのものは古代から特別な料理をごちそうするところからきていた。

第2章「おもてなし経営の考え方」
最初にも書いたように「ホスピタリティ」は「おもてなし」を英語化したものであるが、その語源についても「もてなす」人と「もてなされる」人が一体となることからきているのだという。
それにまつわる経営について「ザ・リッツ・カールトン」をケースに取り上げている。

第3章「旅館業への経営学的アプローチ」
「経営学」とひとえに言っても「ものつくり」やサービス業にまつわる分析や紹介が多く、本書のように「旅館」にフォーカスしたものは少ない。本章では「ものつくり」と「サービス業」双方の経営手法を取り入れながら、旅館業が最も強みをもつ「おもてなし」をいかに融合するかを説いている。

第4章「旅館の競争力構築―宮城の女将に学ぶ」
旅館の根幹を担う役割として「女将」がある。その女将がどの様な役割を持つことによって、旅館としての競争力を持つのか、そして経営とは一線を画した独自性や多様性をもって固定客をつくることができるかを示している。

第5章「旅館の時間再生と再生ファイナンス―家業から企業への転換」
バブル経済が崩壊してから、旅館の数は右肩下がりが続き、倒産した旅館も続出した。倒産の危機は免れても、財政的に「火の車」と呼ばれる状態にある旅館も少なくない状態にあるのが、現在の旅館業界の現状である。
しかし旅館の中には「火の車」から脱却したケースもある。本書はそのケースについて紹介している。

第6章「ホテル業の経営分析―帝国ホテルの事例から基礎を学ぶ」
宿泊まではしたことがないものの、勉強会のために帝国ホテルに訪れることはある。大概はロビーにいることが多いのだが、そのロビーでさえも外国人観光客やセレブなどが訪れるため、普段着でくる自分自身、「この格好で来て良いのか」という不安を抱くこともある。
本章では「帝国ホテル」について取り上げているが、サービスではなく、あくまで財務諸表をケースにして経営のあり方について紹介している。

第7章「ホテル・旅館業の社会的責任―東日本大震災における取り組みとCSR」
もはやCSR(企業の社会的責任)は企業にとっては当たり前のように言われている。旅館やホテルについても同様であるが、そのきっかけとして「東日本大震災」が挙げられている。

経営のあり方は、様々な形で変化をするとともに、旅館やホテルの経営も変わってくる。その中で既存の経営手法が通じるところもあれば、旅館・ホテル独自の経営もある。本書は「旅館・ホテル」における一般的な経営手法について取り上げているが、具体的な経営やサービスのあり方は[実践編]にて記されている。

GF(ガールズファイト)

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美しくも殺伐としたタイトルである。
本書はタイトルのとおり少女たちの戦いを映し出した短編週であるが、戦いの「対象」はそれぞれ異なる。異性の男性なのか、それとも同姓である女性なのか、はたまた自分自身の中にある弱い心なのか、はたまた今の世間を相手にしているのか、テーマによって異なる。

<キャッチライフ>
毎年、春と秋にとあるキー局が放送する長時間のバラエティ番組をフィクション化したものである。その中のあるイベントを舞台にしているが、臨場感は本物の番組さながらであるが、事件についてはある種非現実的な印象が拭えなかった。

<銀盤がとけるほど>
フィギュアスケートのシーズンであるが、とりわけ女子フィギュアは人気が高い。民放でもフィギュアスケートの試合を生放送する番組がでるほどだ。
その銀盤の戦いは美しくもあり、気力・体力ともに激しく消費する。本章は女子単独ではないが、混合ペア種目における女子たちの戦いを表している。

<半地下の少女>
第二次世界大戦は「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンで女子もまた、戦闘訓練を行うことがあったのだという。家族のため、生きるために世界に向けて戦う女子たちを描いている。

<ペガサスの翼>
暴走族の衰退が著しいが、それと同時に「レディース」もまた同様である。その「レディース」は自分たちの「居場所」、そして「自由」を求めて社会や常識と戦い続ける。それに羨望を持つ者もいれば、それを疎ましく、かつ非難や迫害の対象にまでなった。
しかし「レディース」はそれに抗してもなお戦い続ける。

<足して七年生>
小学生にも小学生の「戦い」がある。いじめとの「戦い」もあれば、恋の「戦い」もある。学力の「戦い」もある。小学生の戦いはかわいげがあり、かつもっとも直情的と言える。

少女たちの戦いは、時として殺伐で、時として腕白で、時として可愛げがあり、時として切ない。そのような少女たちの戦いがここにある。本書はそれを示している。

夫婦口論―二人で「老い」を生きる知恵

夫婦口論―二人で「老い」を生きる知恵 (扶桑社新書 100) 夫婦口論―二人で「老い」を生きる知恵 (扶桑社新書 100)
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「口論」というと「口げんか」を連想してしまう。そうなってしまうと文壇の頂点に立つ夫婦が本で「夫婦ゲンカ」をしているのでは、と思ってしまう。
しかし、その夫婦げんかも他の夫婦とは違った味わいがある。まさに作家夫婦と言える様な口論なのかもしれない。
著書をあわせると100冊を軽く越え、総文字数でも1億字を越えるほどの文壇、もとい日本の文芸界を代表する夫婦が生き方、日本人、文化、宗教に至るまで幅広く語っている。夫婦であり、ともに作家であるせいか丁々発止のやりとりのなかに深みがあり、日本人として忘れているものを思い出させてくれる。さて、その口論の中身を見てみよう。

1.流されない生き方
このごろ「KY」という言葉が盛んに言われている。日本人として「和」を重んじる民族であるが、その方向がだんだん強制されるような風潮にある。
その風潮を抗し、流されない生き方とは何なのかを示している。

2.子供に何を教えるか
「集団教育」や「押しつけ教育」について批判をする論者がいる。しかしその「強制」や「押しつけ」があってこそ、自分自身の知らない「教養」を知ることができ、それに興味を知ることができれば、やがて深みとなる。

3.成熟した大人になるために
読書は人としての広がりと深みを増すことができる。読書で得た教養は薪となり、思考の火でもえさかる炎となり、様々な興味が燃えるように広がっていく。

4.自立した人生のすすめ
今、国民は政治に求めるものとして「社会保障」や「福祉」である。その一方で、増税となると、こぞって反対する。著者の一人である曾野氏は「くれない族」と定義しているが、本来であれば国に頼らずとも、自分の生計は自分で立てることが大切である。

5.よき日本人であれ
「愛国心」とは何か、「愛郷心」とは何か、日本人にとって、ヨーロッパ人にとっての「それら」のとらえ方は大きく異なる。日本人は愛国心や国民意識が希薄であると言われているが、「グローバル社会」と呼ばれるなかで日本人としての立ち位置とはどこにあるのかを解き明かしている。

6.国際社会で生き抜くために必要なこと
日本ほど物が豊かな国は少ない。むしろ明日の食事も保証されないような国が多い。「足るを知る」ことの幸せ、「生き延びる」ことの意識、国際貢献に関する意識について、夫婦で伝授している。

7.人生に必要なこと
人生には、万人に言えるような「答え」は用意していない。自分で探し、考え、築き上げてゆく。それを数十年という長い人生をかけて見つけていく。
しかし勇気や潔さを失い、負い目をかんじなくなった日本人は「個人主義」というよりも「利己的」な人、モンスター・ペアレントやペイシェントといった「自己中心」の人が出てきた。その状態から本来の「日本人」をいかにして生み出すかを示している。

8.宗教と人生
ご夫婦はそろってキリスト(カトリック)教徒である。夫婦のよき友人である遠藤周作氏もキリスト教であり、先日なくなられた安岡章太郎氏も遠藤周作氏の影響を受けキリスト教徒になったのは有名な話である。よく日本人は「無宗教」と言われるのだが、自分自身の生活の中に「仏教」や「神道」、あるいは「キリスト教」が根付いており、宗教意識が無くとも、宗教がある。

9.夫婦の生き方・哲学
著者ご夫婦は、すでに金婚を迎え、あと数年すると「ダイヤモンド婚」となるほど結婚歴の長さからわかること、見えてくる物が存在するという。未婚化・非婚化と叫ばれる社会の中で大いなる一石を投じたところと言える。

10.エピローグ―後生へのメッセージ
エピローグとして戦争のこと、国家のこと、人生のこと、そして幸福についてのメッセージを夫婦それぞれの観点から提言している。

冒頭で「丁々発止」と書いたのだが、まさにそのとおりと言える。お互い作家なのか、それとも結婚50年を越えてそれぞれの性格を知り尽くしているからでこそなのか、所々で原に落ちるようなところもあれば、思わず吹き出してしまうようなところもあった。これが文章の力なのか、それとも夫婦の力なのか、あるいはその両方が相乗効果として現れているのか定かではない。とはいえ自分の人生のなかで核心たるメッセージを残した一冊と言っても過言ではない。

電子マネー革命─キャッシュレス社会の現実と希望

電子マネー革命─キャッシュレス社会の現実と希望 (講談社現代新書) 電子マネー革命─キャッシュレス社会の現実と希望 (講談社現代新書)
伊藤 亜紀

講談社  2010-11-18
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十数年前までは想像できなかった「電子マネー」だが、2000年代後半に入り、自分自身の生活に欠かせないものとなった。現金を持ち歩かずに買い物等をすることができ、便利な世の中になったという実感さえわく。とりわけその実感が沸いてしまうのがSuica・PASMOをはじめとした「交通系ICカード」である。日本で初となる交通系ICカード「Suica」が2001年に発売・運用が開始され、そこから様々な交通系ICカードが誕生し、首都圏を中心に欠かせないモノとなっていった。
本書は、もはや無くてはならないものとなった「電子マネー」の現在と隠れたリスク、そしてこれからの世界について考察を行っている。

第一章「「おカネ革命」進行中」
「電子マネー元年」と呼ばれたのが2007年、それまでもEdyやSuicaなど限られてはいたが、電子マネーは使われていた。しかしこの年を境に様々な電子マネーサービスが開始され、列挙するだけでも枚挙に暇がないほどである。2009年には国民1人あたり1枚の電子マネーのカードを持つ、いわゆる「国民皆電子マネー」を達成した。

第二章「「資金決済法」があなたのおカネを守る」
この電子マネーであるが、現在はない物の、将来は突然電子マネーの管理会社倒産により、電子マネーが使えなくなる、といったことが起こる。そのリスクを防ぐために2010年4月に「資金決済法」が制定された。基本的にはプリペイドカードや電子マネーなど、銀行業以外で資金を移動するビジネスについてを規定した法律であるが、電子マネー管理会社倒産により突然の損失があっても、ある程度までは国が補填してくれる側面も持っている。
しかしまだまだハッカーによる被害の救済など課題が残っているのも実状としてある。

第三章「電子マネーに似ているけれどーポイントは「オマケ」か」
電子マネーではないが、「ポイントカード」も巷に出回っている。種類・流通範囲・歴史ともにポイントカードの方が大きい。
「ポイント」の中でも「Tカード」などで用いられる「Tポイントサービス」、ローソンなどで使われる「Ponta(ポンタ)サービス」を取り上げている。ともに一つのチェーンや店舗のカテゴリーを越えてポイントを貯めたり、使ったりする事のできるサービスである故、代表的なものとして取り上げられやすい。

第四章「「おカネ革命」が新たな市場をつくる」
このごろインターネットなどを通じた「銀行」や「保険」、あるいは「証券」が出てきている。実店舗がないのだが、オンライン上で資産の取引や管理もできるようになったという。
そして「電子マネー」と、紙幣や硬貨を使わなくても金銭の流通が、消費者の側からしてもできるようになることを本書では「(第五次)おカネ革命」と定義している。

第五章「「おカネ革命」は世界へ」
本章はあくまで「未来予想図」である。
しかし「電子マネー」が国の枠を越えて、世界共通で使われるときが来るのかもしれない。
「電子マネー」の誕生によって、より消費に利便性が増したといっても過言ではない。しかし便利になったからといってリスクは消えたわけではない。むしろ見えないところで「リスク」が出てきたとも言える。

これから電子マネーは進化をし、第五章にもあるように国境を越え、世界共通で使えるようになる。電子マネーの進化は今までも、そしてこれからも続く。

チョコレートを1.2トン食べました

チョコレートを1.2トン食べました チョコレートを1.2トン食べました
森部 一雄

ネスコ  1997-01
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本日2月14日は聖(セント)バレンタインデーである。その歴史はローマ帝国時代にローマ皇帝から迫害されたキリスト教司祭・ウァレンティヌスが殉教(宗教のために犠牲になること)した日である、と同時にその日はローマ神話で女性の結婚を司る神「ユーノ」の祝日でもあった。
このことから欧米では恋人に花やケーキなどを贈り、愛を伝える日となったが、日本ではその贈り物がチョコレートとなった。1970年代後半の時である。
本書の著者は医学博士でチョコレート研究家ではないのだが、小さい頃からチョコレートが好きで、その好きが乗じてチョコレートラベルの収集をはじめ30年にも40年にも及ぶのだという。
本書は著者のチョコレート人生(?)についてを綴っている。

一、チョコレートとのなれそめ
著者が生まれたのは昭和6年、ちょうど第二次世界大戦が始まったときのことである。当時のチョコレートは20銭、駄菓子屋のビー玉やメンコなどが1銭と考えると、その20倍にも及ぶほど高価なものだった。しかし母にねだり、小遣いをもらい、そして板チョコレートを買い、食したのが最初だった。

二、戦争とチョコレート
第二次世界大戦が激化し、それが大東亜戦争となり、日本でも物資が困窮を極めた。小学生の頃に食べたチョコレートだが当然食べられる状態になかった。チョコレートが食べられないどころか、飲食店ですら営業ができなかった。

三、チョコ坊、医学生となる
終戦間近の時、著者は医学専門学校に入った。戦争が終わるとまもなく、アメリカ軍による進駐がはじまった時、その進駐軍と取り引きし、久々のチョコレートを食した。そしてまたチョコレート人生が始まった。

四、うれし楽しの船医時代
専門学校を卒業し、船医になった。その船医人生のなかで様々な国にわたり、その国々のチョコレートを食した。チョコレートの中には甘美なものもあれば、まずいチョコレートにも出会ったのだという。チョコレートを食し続けて、いつしか仲間から「デザートマン」まで呼ばれるようになった。

五、船医の昆虫採集
船医生活の中でチョコレートのほかにもう一つの楽しみがあったのだという。それは小さい頃に楽しんだ「昆虫採集」である。世界各地を旅していることから日本では見られない虫もあったことから、小さい頃に育まれた好奇心がくすぐられた。

六、チョコレートを1.2トン食べた
戦争が終わり船医となってからは毎日のようにチョコレートを食べ続けた。約40年・50年もの間、毎日のように食べ続けてきた結果、本書のタイトルにあるように約1.2トンも食べたのだという。

七、楽しきかな、コレクション
毎日のようにチョコレートを食べ続ける傍ら、チョコレートラベルのコレクションを始めた。1970年の時である。
しかし本章ではチョコレートラベルの話ばかりではない。小さい頃から集めた昆虫もあれば、蛇やサソリのコレクションまでしていた。

八、チョコレートの起源
チョコレートの起源については4年前にとりあげた「チョコレート」と言う本 が詳しいが、ここでは著者自ら研究したチョコレートの歴史について綴っている。

九、ココアブームがやってきた
今から18年前に「ココアブーム」が起こったのだという。みのもんた司会の「午後は○○ おもいっきりテレビ」で取り上げたことがきっかけである。ちょうど昼の時間帯であり、主婦層がこぞってココアを買い占めたことから、スーパーなどで「品切れ」が相次いだ。そのココアブームの背景と医学的な効能についてを、本章では分析している。

十、チョコレートにたいする誤解

「食べ過ぎるとニキビが出る」
「食べ過ぎると肥る」
「食べ過ぎると鼻血が出る。」

そういった話をよく聞く。しかし著者は医学的な立場から「誤解」であると断じている。

十一、日本のチョコレート誕生物語
日本にチョコレートを伝来し、広めた人物について紹介している。「森永チョコレート」でおなじみの「森永製菓」の創設者である森永太一郎、彼と名コンビを組んだ松崎半三郎、ココアブームを牽引した竹内政治を取り上げている。

十二、チョコレート人物伝
著者はチョコレートを通じて様々な人物と関わってきた。チョコレートを愛し、食し、製造する方々と交友を持つ、まさに「チョコレートに愛し、愛された」と言われても過言ではない。

著者ほどチョコレートは好きではない、毎日のように食べることは難しい。しかし1年に1回は女性が男性にチョコレートを送るバレンタインデーである。「メーカーの策略」というイメージは拭えないのだが、日本にとって「チョコレートのある記念日」として改めてチョコレートを食し、ハマってみてはどうか。

レッドマーケット~人体部品産業の真実

レッドマーケット 人体部品産業の真実 レッドマーケット 人体部品産業の真実
スコット・カーニー 二宮 千寿子

講談社  2012-04-06
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「人体部品産業」
日本にいる私たちにとっては想像すらできない市場が存在する。人の骨や臓器、血液や髪、精子や卵子、さらには人そのものにいたるまで売買されている。
誰もが目を覆いたくなるような市場はどのように蠢いているのか、世界の「闇」に潜む市場の真実が今、本書にて明かされる。

第1章「蹂躙される死体」
最初の舞台はインド。ある転落死した学生が死後から墓に入るまでのプロセスを描いている。そのプロセスの中で次章以降にあるような蹂躙されることが無いように気遣う。しかし蹂躙されることは避けられない。「検死」というものがある限り。

第2章「骨工場」
死後、火葬され骨になる。その骨を「骨格標本」として世界中に出回っているのだという。その生産元としてインドを取り上げている。

第3章「臓器売買の供給チェーン」
正直言って本章ほど生々しく、目で覆いたくなるような章はない。むしろ心臓に弱い人にとっては決してのぞかない方が身のためである。
臓器売買の現場について追っているのだが、まさに「闇市場」と呼べるような場のような印象がある。

第4章「養子縁組みビジネス」
かつて日本では「丁稚奉公」として子供でありながら親が何度も変わったことがあった。昨年逝去した三味線漫談家である玉川スミ氏も出生から14歳までに13回も親が変わったのだという。
日本では今となって聞かない話であるが、海外に目を向けてみると、かつての日本のような「養子縁組み」ビジネスがあるという。

第5章「私の卵子を売ってください」
卵子を売る女性も貧困にあえいでいる民や移民などを中心に後を絶たない。その卵子を売ることで「体外受精」をする人も後を絶たない。

第6章「政府公認の代理母産業」
6年前に向井亜紀・高田延彦夫妻の「代理出産」で話題となり、夫妻を題材にしたTVドラマまで放映するほどにまでなった。
日本では「代理母」で出産することは認められていないのだが、海外に目を向けてみると「政府公認」の代理母産業がある。そこは不妊クリニックとして代理母が監視下のなかで出産を待ち、利益を得るのだという。

第7章「商品としての血液」
日本では「献血」によって輸血用の血が提供される。世界を見てみると、日本と同じような「献血」を行っていることもあれば、中には「商品」として血液を売るような所も存在する。

第8章「人間モルモット」
新薬の実験のためにハムスターなどを「モルモット」として扱うことがあるのだが、海外では人間を「モルモット」とする国もある。日本では「非人道的」と扱われるのだが、売春のごとく高額な報酬をエサに人を募るのだという。

第9章「永遠の命を求めて」
医療や薬品の研究に勤しむ者の中には「永遠の命」を目指す人もいる。
それを求めて細胞を作り出したり、クローン人間を作ったり、というようなことまでやっているのだという。

第10章「黒いゴールド」
芥川龍之介の「羅生門」にはかつらを作るために遺体の髪を毟る婆が出てくる。
本章はその現象を現代にアレンジして再現しているように思えてならない。

私たちの生活の中で暗躍する「レッドマーケット」、またの名を「人体部品産業」と呼ばれている。その世界はあたかも地獄の坩堝の如く、欲望の為なら何でもあり、と言われるようである。
決して見てはいけないような市場、しかしその現実には目を背けることはできない。本書はその現実を突きつけている。

人を動かす伝え方

人を動かす伝え方 人を動かす伝え方
中谷 彰宏

あさ出版  2013-02-08
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あさ出版 吉田様より献本御礼。
「なにが言いたいのかわからない」
「納得できない」
自分が一生懸命伝えても、相手がこのように返されてしまってはせっかく伝えようとしたのに水泡に帰してしまう。
本書はそうならないために、相手が動き出したくなるように「伝える」方法について伝授している。けっして相手にたいして、理解してもらうための伝え方ではなく、相手の心も体も「動かす」ことのできる「伝え方」である。

第1章「聞き手の気持ちになってみることで、伝わる。」
「伝える」と「伝わる」とでは意味が大きく異なる。
「伝える」は自分主体で相手へ考えを話す、納得してもしなくても「言った」ということを確認したことを意味している。
一方「伝わる」は聞き手が「納得する」「理解する」ことを主体に置いている。
本書は後者の「伝わる」ことの重要性を説いている。

第2章「「言いかえる」ことで、伝わる。」
同じ言葉でも「言い方」一つで伝わり方が大きく変わる。日本語における表現は多様にある。細かいところまで表現することができる長所もあるのだが、中途半端や曖昧になりやすく、伝わりにくくなる短所もある。
「伝わる」ことを念頭に伝えるための方法、それは「短く」「明確」であり、「ヒソヒソ」と話すことで伝わるのだという。

第3章「「伝え方」を意識するだけで、変わる。」
「伝わる」ためには「無意識」で物事を伝えるだけでは伝わらない。「どうしたら伝わるか」を意識しながら、相手を見たり、ストーリーするなどの方法を採り上げている。

第4章「伝わる質問を、しよう。」
相手のことを深く知るためには「質問する」ことも大事である。しかし日本人は「質問」に対して多かれ少なかれ抵抗を持っている。少しだけ程度の高い質問をするにはどうしたらよいのかを求めてしまう。
本章ではそうではなく、むしろ諮問する側として、答える側としての伝え方を取り上げている。

第5章「人に好かれる、伝え方。」
話すときと書くときの言葉は性格により異なる。その性格を知ることと、自分と相手の共通点を知ることによって「伝え方」も変わり、人に好かれることもできる。

第6章「伝わるから、笑ってもらえる。」
伝わるからでこそ、自分と相手との距離も縮まってくる。本章ではまるで「漫才」のような話し方をすすめているのだが、その「漫才」のような掛け合いこそ伝わることについて、重要な要素を持っている。

第7章「オノマトペで、気持ちを深く伝える。」
効果音を言葉に出すことを「オノマトペ」というが、その「オノマトペ」は日本語として扱われないように思えて、「伝わる」ための表現として感化することはできない。あくまで本書は「伝え、行動する」ことが基軸であると考える以上、感化することができない。

「伝わる」話し方ができるための第一歩は自分の話し方は相手に伝わっているのかを知ることにある。もし、いつも伝わることができるのであれば、本書を読む必要がないのだが、多かれ少なかれ「伝わらない」部分があるからでこそ、本書がある。

子育て主夫青春物語「東大卒」より家族が大事

子育て主夫青春物語「東大卒」より家族が大事 子育て主夫青春物語「東大卒」より家族が大事
堀込 泰三

言視舎  2012-10-26
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著者の堀込様より献本御礼。
近頃専業主婦になりたい女性が急増している。85年の男女雇用機会均等法を境に女性のキャリア向上が進み、女性の管理職や社長が増えていった。その一方でそのキャリア向上への疲れなのか、それとも子育てをする歓びへの願望なのか、それは定かではない。
本書の話に移る。こちらは妻の転勤により兼業「主夫」となり、在宅翻訳家として、主夫として子育てまでの道程と、子育てのエピソードを綴っている。

1.「突然訪れた人生の転機―長男誕生から退職まで」
人生の転機は突然訪れた。
当時は夫婦共働きで長男が生まれたときから物語は始まる。ちょうど「育児休暇制度」を採用する制度が出てき始めた時の頃である。企業によっては採用しているところもあれば、採用していない所もあった。夫が働くところは前者だったが、妻は後者であった。しかも夫の所は、制度はあれど前例が無かった。それでも上司や人事を説得し育児休暇を使い、「主夫」生活をスタートした。「休暇」だけあって、ある程度好きなことができると思ったが、想像できないほど過酷なものだった。
育児休暇も終わりにさしかかった頃、妻の仕事にとっても、自分の仕事にとっても大きな変化が訪れた。

2.「楽しいんだけどむなしい!?―カラ元気の逆単身赴任時代」
妻の転勤、そして育児休暇の終了により、別居生活が始まった。しかしそれも長く続くことなく、連休など様々な制度を用いては妻のもとに戻るといったことが続いた。しかし、制度にも限界があり、ついに退職の道を選んだ。

3.「期限なしの兼業主夫へ―在宅翻訳家の兼業主夫的生活スタート」
退職し、フリーの在宅翻訳家との兼業主夫の生活がスタートした。この頃には妻のもとに戻り、在宅で仕事をしながら子育てをする生活であったが、不安はあった。子育ての過酷さもあるのだが、同時に後ろ支えの無い「フリー」での仕事で稼げるかどうかもあった。
それでも何とか稼げるようになりながらも、子育てにも力が入るようになった。

4.「実は昔から子育て主夫に向いていた!?―学生時代~長男誕生まで」
主夫の生活に向いていたと著者が思った理由、それは学生時代にまで遡るのだという。夢をもって東大に進学し、バイト・海外放浪を経て、大手企業への就職、「バラ色の大学生活」とは少し異なるものの、それでも「謳歌」していると言える生活だったが、その中で「主夫」を行う根幹を自然と身につけたと言える。

5.「子育ては人生観を変える」
私は子育ての経験は無いのだが、知り合いで子育てに悩む人は少なくない。様々な面で子育ての過酷さを知るのだが、その過程の中で人生観が変わるのだという。本章でもそのことを紹介している。

東大卒で大手企業に入社し、そして退職し兼業主夫になるという異色の経歴を持つ著者。それでも子育ての楽しさがあり、何物にも代えがたい体験をする事ができると言うことを本書にて伝えている。

器
斎藤一人 柴村恵美子

サンマーク出版  2012-05-23
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株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
人間にとって「器」は大事と言われている。この「器」は「器量」と呼ばれており、人間としての「大きさ」を示しており、別名「人間力」とも言われる。
その「器」を大きくするためにはどうしたら良いのか、そしてその「大きい器」とはいったいどのようなものなのか、累計納税額日本一の斎藤氏とその一番弟子の柴村氏が「器」についての気づき・学びを伝授している。

第一章「"器"を大きくすることが人生の目的」
人間としての「器」とは何か、それは色々な意味で「許容」する力であるが、その「色々」とは「選択の幅」であったり「考えの幅・広さ」であり、小さなことにこだわりすぎないことも挙げられる。そのため小さな所に依存せず、大きな所で考えるため、それが人間的な魅力になるのだという。

第二章「一人さんに学んだ、"器"を育てる方法」
柴村氏が斎藤氏と出会ったのは18歳の時。それから斎藤氏が創設した会社で斎藤氏より様々なことを学んだ。本章にある「器を育てる方法」もその一つである。
では斎藤氏より教えられた「器を育てる方法」は「努力」と「はたらく」ことにある。

第三章「器を大きくするための修行の日々」
「努力」をすることと「はたらく」ことによって、「器」を大きくすることができる。しかしそれらには「即効性」は無い。数年・数十年という長い年月をかける必要がある。「修行の日々」のように毎日様々な気づきや努力により、様々な考え方が身につけられる。巷にある考え方や仕事の仕方などはその「器」を育てるためのプロセスの一つであり、ビジネスそのものは「器を育てること」そのものに帰結する、とも言える章である。

第四章「誰でも"器"を大きくできる!」
「器」を大きくすることは、ごく限られた経営者や偉人だけが多くすることができないというイメージがある。
しかし斎藤氏はそうではなく、誰でも大きくすることができるのだという。その「器」を大きくするための重要なキーワードを本章で紹介しているが、その一つとして「上気元」がある。「上機嫌」とは異なる「上気元」である。

「よく学び」「よく行動し」そのことによって考え方や物事の捉え方をより深く、より広くすることができ、そしてそれが大きくなった「器」となって返ってくる。ありとあらゆる事象を受け止めること、そしてそれを行動によって落とし込み、気づき、学び、はたらき続ける。そのことによって「器」は大きくなるが、それは一生をかけていく必要があるほど、即効性はないが、大きくなれば大きくなるほど強力な「武器」になることは間違いない。

運
斎藤一人 柴村恵美子

サンマーク出版  2013-02-05
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株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
「運」はいったいどういう物なのか自分自身もわからない。形のある物なのかというと、「形のないもの」と断定できるのだが、それがどこからきて、どうやって手に入れるのか。本書は「累計納税額日本一」の方とその一番弟子が「運とは何か」、「運を手に入れる」ためにどうしたらよいのかを示している。

第一章「運とは何か?」
「運」は何なのかを語る前に、「行動」をする事の大切さを説いている。行動をすることによって「運が良い」のか「運が悪い」のかを実感することができる。行動をすることによって「運」ばれる。それが良いのか悪いのかはわからない。しかし「良い」「悪い」ととらえるのは、常に「自分自身」である。

第二章「運を拓くということ」
「運」を「良い」「悪い」ととらえるのは常に自分自身であるならば、「良い」ととらえるにはどのような考え方や心構えを持つべきかを説いている。

第三章「運を引き寄せる」
運をたぐり寄せるには、自分自身の「魅力」を鍛えることが大切であるという。その「魅力」はごくありふれたことでもでき、習慣化することができる。それに気づくかどうかの違いによって「運」を引き寄せられるかどうか変わってくる。

第四章「運を受け入れる」
行動をすればするほど、欲も悪くも「運」は運ばれてくる。その「運」をどのように受け入れるか、自分自身の「意識」にかかっている。それをいかにして良い方向に向けるのか、そして「悪い」運がやってきたとしても、それを「良い」ものに転換するためにはどの様な意識が必要なのかを本章で示している。

第五章「運がよくなる覚悟の話」
「運」をよくするためには、もとい「成功」するため、「成就」するためには「覚悟」が求められる、中途半端な気持ちではなく、むしろ「これをやる!」といった覚悟を持つこと、そしてその気持ちにぶれず前に進むことによって、良い「運」がやってくるという。

「運」は形のないものである。しかし、「因果応報」のごとく自分自身の意識や考え、習慣や行動が鏡となって反射される。「運」は形のない物だけれども、自分自身の中にある。その「自分自身」の意識次第でよくすることも悪くすることもできる。それを意識することができればあとは「覚悟」をもって「行動」するのみ。

日本の地下水が危ない

日本の地下水が危ない (幻冬舎新書) 日本の地下水が危ない (幻冬舎新書)
橋本 淳司

幻冬舎  2013-01-30
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株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
日本人は大昔から「井戸水」として「地下水」を生活用水として使われていた。その地下水の需要は高度経済成長とともに増し、地下水の取りすぎにより「地盤沈下」を起こしたところもあった。
その一方で、自然豊かなところではぐくまれる地下水が、土地ごと外国人や外国企業と言った「外国資本」に相次いで買収されているという。いわゆる「水の戦争」の一端を担っている事象であるが、これについては環境問題の中でも取り上げられていない話題の一つであるが、ごくわずかしかない「水」の取り合いこそ「資源戦争」のこれからを映している気がしてならない。
本書は謎の多い「水戦争」が国民にもたらす影響について指摘するとともに、自治体単位での防衛策を提言している。

第1章「水源地を買う外国人」
北海道や群馬、神奈川や沖縄など様々なところで外国資本により買収されている。その規模やスピードはすさまじく、水資源などが脅かされる声もある。その多くは中国であり、中国本土では深刻な水不足に陥っており、それによる森林買収を世界各地で行っているのだという。

第2章「地下水を売る日本企業」
水は水道から出てくる「水道水」、その一方でスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで売られている「ミネラルウォーター(本書では「ペットボトル水」)」を買う方もいる。
その「ミネラルウォーター」は海外の水だけではなく、日本の採水地でとった水もある。

第3章「国境を越える水」
水の輸出・輸入のコストは大きい。ただ単に水を汲み上げて船などを使って運べばよいと考えられているが、その「汲み上げ」と「送水」に膨大なコストがかかることがコストが大きくなる要因である。
しかしそこまでしても外国資本は日本の採水地を買いたがるのか。それはその採水地を利用して産業を興すというのも一つの理由として挙げられている。

第4章「水を守る法律がない」
日本における水を守る法律はほとんどないといわれている。まず土地の取引であるが、取り引きできる門戸は外国資本も含め解放されている。また「森林法」や「水循環基本法」といった法案も出ているが、根本的に外国資本に水の採取を規制するものではない。では根本的に規制できる法律をつくれば良い、と考える人もいるが、「水」に対する認識は国家、地方自治体、地主など考えが大きく異なり、難航している。

第5章「動き出した自治体」
とはいえ、自治体単位で「条例」をつくり、水の採取制限を行っている自治体が存在する。その自治体もあれば、水資源の有効活用をすべく、外国資本に対し、積極的に切り売りをする自治体も存在しており、自治体単位の温度差もある。

第6章「水は田んぼで育まれる」
地下水の奪い合いもある一方で、枯渇化も進行している。その一つの要因として日本人における米食の減少が挙げられる。

第7章「その水はなぜ必要か」
外国資本に地下水が奪われているからでこそ、私たち日本人は、日本の「水」について考え直す必要がある。国や自治体としての「治水政策」だけでは通用しない。むしろ自分自身が、日本にとって「水」が必要ということを考え、そして自分自身で「水」を管理し、共生していく道を見出すことが日本における「治水対策」の大きな一歩である。

「自分の身は自分で守る」
その言葉は防災対策だけではない。今も起こる「水戦争」もまた同様なことが言える。地下水が枯渇し、外国資本に奪われている状態にあるのだが、本書で地下水の現状を知ることによって、対策はいくつでも出すことができる。行動を起こす前の最初の一歩として本書が存在する。

ジャパニーズ・スピリッツの開国力

ジャパニーズ・スピリッツの開国力 ジャパニーズ・スピリッツの開国力
竹井 善昭 内田 和成

ダイヤモンド社  2012-11-16
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「グローバル社会」と言われて久しい。しかし「グローバル社会」とはいっても日本が「国際化」していると捉えて良いのか、それとも「グローバル」という言葉が独り歩きし、やれ英語を学べだとか、外国人と付き合えだとか主張する人もいるのだろう。そのようなことばかりで結局は日本独特の「和」を重んじる、「組織」の世界を重視してしまう。「世界」が「個」を尊重するにもかかわらず、である。
言わば「組織」と言う名の「鎖国」の状態からいかにして「開国」して行くのか、そしてそれができる人材とは何か、またどのようにしてその人材を育てていくのか。本書はそれらについてを解き明かし、若者に檄を与えている。

第一章「世界で生きる力って何だ?」
今の日本は「危機感」が無く「閉塞感」ばかりがあふれている。むしろ「諦観」と言うような表現が似合うのかもしれない。その諦観から脱出すべく、私たちの世代を中心に「ビジネススキル」向上を絶えず行っている。しかし本当の意味で「グローバル」な人材となるためには小手先のテクニックでは通用しない。むしろ世界に対して「価値」をいかにして生み出すのか、考え、行動することが大切であるという。

第二章「世界に通用する価値って何だ?」
ではその「価値」とはいかにして生み出すのだろうか、というより、そもそも「価値」とはどこから来るのだろうか。そこから知る必要がある。「価値」は生み出すものだが、それがいかにして時代や文化とマッチするかはわからない。もっと言うとそれが今の世界にあっているかどうかすら、わからない。むしろそれがわかっていれば誰でも「価値」は生み出すことができる。
まるで得体の知れにないような「価値」はどこから生み出すのか、それは「アイデア」に他ならない。そのアイデアを生み出すのは、見聞きしたり、考えたりした自分の頭の中にあるわけである。

第三章「日本企業の開国力は?」

「ディズニーランドはいつまでも未完成である。現状維持では後退するばかりである。」

これはディズニーの生みの親であるウォルト・ディズニーが、ディズニーランドが進化を続けることを掲げた言葉である。
今の日本は確実に「後者」の道を歩んでいると言っても過言ではない。その日本が「開国力」を高めるためにはマクロな部分としては「規制」よりも「開放」をすること、そしてマーケティングや開発、マネジメント、コラボレーションなど様々な「力」を身につけ、世界に通用する「価値」をつくることにある。

第四章「開国力のある人材とは?」
日本は「決められたルールを遵守する」民族である。しかしその「ルール」をつくる側に立つことが少ない。そのため、都合の良いルールを作る諸外国とは後れを取ってしまうような状況に陥りやすい。しかし「グローバル」と呼ばれる人材はその「ルール」をつくるための「仕組み」をつくり、自分自身のオリジナリティを持つ。そして日本人特有の精神をもつこともまた「グローバル」にとって必要なことであるという。

日本は「閉塞感」がある。その一方で明治維新のときも、戦後間もない時も、「火事場の馬鹿力」と言える様な強さで「開国」し、急激な成長をもって世界に知らしめた歴史がある。日本、もとい日本人にはその力を持っている。本書はその可能性を示している。

海ゴミ―拡大する地球環境汚染

海ゴミ―拡大する地球環境汚染 (中公新書) 海ゴミ―拡大する地球環境汚染 (中公新書)
小島 あずさ 眞 淳平

中央公論新社  2007-07
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「環境問題」と一括りにしても様々な問題があるが、新聞・TVで取り上げられる環境問題はその氷山の一角に過ぎない。
本書で紹介する「海ゴミ」も少数ながらメディアで取り上げられるが、あまり熱心に取り上げられていないものである。この「海ゴミ」の問題は地球環境もさることながら、生態系への悪影響、さらには、国内外の事情など複雑な要素が絡んでおり、解決までの道のりは険しく、かつ遠いが看過できない問題でもある。
本書はその実態を表すとともに、「国際海岸クリーンアップ(International Coastal Cleanup:以下、ICC)」の取り組みと課題についても取り上げる。

第一章「日本中の海岸に「ごみ」が漂着する」
冬の海は夏とは違い、閑散としているイメージがある。人がいるとしても、冬の海を眺める人もいれば、サーフィンをする人くらいであろう。
その海岸にはごみがちらほらと存在する。それらは「漂着ごみ」と呼ばれているが、その定義については第二章にて詳しく書くこととして、日本中の至る海岸でそういった「漂着ごみ」が散乱している。世界遺産に認定された知床半島、江ノ島海岸など日本の至る所で、ペットボトルや発泡スチロール、漁網、さらには注射器など危険なものまである。

第二章「漂着ごみとはなにか」
では、「漂着ごみ」とはいったいどのような定義なのだろうか。人間が河川にごみを捨て、それが海へと渡り、漂流し、そして海岸へと流れ着いたごみのことを指す。発生源は「陸上」であるが、世界中の陸上で行っているだけあり、日本で河川のポイ捨てを取り締まっても効果は薄い。そのため一筋縄ではいかないのがこの「漂着ごみ」問題である。

第三章「大量のごみが国を越えて移動する」
日本に関わらず世界中の海岸でも出てきている「漂着ごみ」。第一章にあるように日本各地で漂着ごみが流れ着いているのだが、そのごみは第二章のように世界各地からきたごみである。本章ではライターを例にどこからきたのかを判別している。

第四章「「漂流ごみ」が海洋生態系を危機に陥れる?」
本章は巻頭の写真と共に見た方が良い。本章ではアシカを取り上げているが、海鳥やアザラシ、カモメ、アホウドリなどが漂流ごみにより窒息死や餓死、あるいはごみによっては毒死もある。もし死ななかったとしても繁殖力の減退など生態にも悪影響を及ぼしている。

第五章「漂流・漂着ごみに対処する法律・制度」
昨今ではボランティアにおけるごみ拾いによって処理費用がかからない条例が地域によってあるのだが、国単位では「海洋汚染防止法」によって海へのごみ投棄は禁止されている。国際法でも「ロンドン海洋投棄条約」などいくつか存在するのだが、それでも効果は限られている。最近では中国など発展途上国から出てくるごみもあり、条約によっては批准していない国もあるため、全世界単位の解決は困難を極めていると言うほか無い。

第六章「進みはじめた漂流・漂着ごみ対策」
とはいえ、ICCをはじめとした「漂流・漂着ごみ」を処理・防止するための市民団体ができたことにより、「草の根」の形で市民・研究者・行政とで連携をとりながら進めている。

「海ごみ」に限らず、環境問題は国際的な連携からか政治的なやりとりの一つとして使われる事がある。環境問題もさることながら「海ごみ」もまた解決までの道のりは困難であり、かつ長期にわたる。そのためには数年~数十年にわたるスパンで、かつ一つ一つ解決に向けて邁進していく他ない。

ファミコンの驚くべき発想力 -限界を突破する技術に学べ-

ファミコンの驚くべき発想力 -限界を突破する技術に学べ- (PCポケットカルチャー) ファミコンの驚くべき発想力 -限界を突破する技術に学べ- (PCポケットカルチャー)
松浦 健一郎 司 ゆき

技術評論社  2010-10-29
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家庭用ゲーム機は今となっては携帯することができ、電車の中にいてもそのゲーム機を利用してゲームをする人、あるいはスマートフォンや携帯電話、タブレット端末を使ってゲームをする人も少なくない。

その源流の一つとなったのが「ファミリーコンピュータ(以下:ファミコン)」と言われるものである。そのファミコンは1983年に生まれ、今年で30周年を迎える。発売された当時は各地で売れに売れ、玩具店が行列になるほどの熱狂ぶりだった。そのファミコンのなかで「スーパーマリオブラザーズ」や「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」などの作品も生まれ、今もなお形を変えつつも続いている。
その源流となったファミコンはどのようにして生まれたのか。当時ファミコンがなぜ魅力的なのだろうか。本書は「スペック」など、「ホワイトボックス」の観点から追っている。

第1章「ファミコンのハードウェア」
ファミコンのハードウェアを「CPU」、メモリの「RAM」などの性能にまつわる部分から、ゲームがどのようにして動くのか、記憶・処理されているのかを見ている。
さらにファミコンと最新のゲーム機やスマートフォンの比較も行っている。

第2章「ファミコンに見るプログラム技術の基本」
「プログラム技術」と言っても、実際にプログラム文を見るわけではないので、プログラミングについてよくわからない人にとってもとっつきやすく作られている。

第3章「数字を自在に操る計算のテクニック」
ファミコンが生まれた当時は、点数を計算する、ロールプレイングでは移動するなど様々な「計算」が必要になる。ゲームに限らずプログラムにおける「計算」は「0」と「1」だけ扱われる二進法で扱われる。その二進法における演算方法について説明されている。
ちなみに現在では実数を用いた計算方法が主である。

第4章「限界ギリギリに挑むワザと発想」
「スーパーマリオ」がいかにしてなめらかに動くのか、そして「ドラゴンクエスト」ではなぜ「復活の呪文」があるのか、そのカラクリを解き明かしているのが本章である。とくに後者の「復活の呪文」のカラクリはなかなか面白い。

第5章「ファミコンから現在へ」
このファミコンにおけるプログラミングは現在よく使われるそれの「原点」であるという。それ故にゲームが進化するとともに、プログラムそのものも「複雑化」の一途を辿っていった。
その反面、スマートフォンアプリなどプログラミングの知識が無くてもプログラムを作ることができ、アプリを作ることも可能になった。

最初にもファミコンの誕生から30年経つ。その中で様々なゲーム機やソフトが生まれ、廃れ、進化を続けていった。30年の節目となる年だからでこそ原点に戻り、面白いゲームとは何か、ゲームは何のために存在するのかを源流となったファミコンとともに考えるべき時にきたのではないだろうか。本書はそのきっかけとなる一冊である。

無冠の父

無冠の父 無冠の父
阿久 悠

岩波書店  2011-10-14
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著者である阿久悠氏は2007年に逝去された。彼の母校である明治大学に著者の記念館を開設するにあたり、遺された品の中で見つかった「未完の作品」がこの「無冠の父」である。ただ、本書の作品は一度も陽の目を見なかった。1993年に執筆したのだが、校正の際、編集者と対立してしまい、以降お蔵入りとなったのだという。にもかかわらず本人よりも遺族の了承で刊行されたのだが、果たして勝手に校正されたのか、そのままの状態で刊行されたのかわからない。巻末の経緯については一筆でも良いのでそれを書いてほしかったことが悔やまれる。その一言があるだけでも、純粋に著者が作ったのかどうかがわかるのだから。

経緯はここまでにしておいて、本書の話に入る。
「無冠」という言葉は決してネガティブな言葉ではない。

F1の世界でも「無冠」でありながら、名声を得たドライバーとして、スターリング・モスやジル・ヴィルヌーヴが挙げられる。F1の世界に限らずとも、様々な世界で「賞」など形のある名声を得ることができなくとも、人々の記憶に残るような人も少なくない。それは企業など組織の世界でも同じことである。

生涯「巡査」でありながらも警察の仕事を実直に取り組んだ父を持つ子がどのように思ったのかを描いている。形は違えど自分自身の家族をモデルに描いているのだという。

海の色が語る地球環境

海の色が語る地球環境 (PHP新書) 海の色が語る地球環境 (PHP新書)
功刀 正行

PHP研究所  2009-11-17
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自分自身、旭川という内陸部の出身であるため、生で海を観る機会は旅行の時以外なかった。大学進学と同時に小樽に住み、そこで海を観る機会が多くなり、やがて川崎に引っ越してからも海を観る機会は少ないながらもある。
海を見続けると、毎日違った海の光景が存在する。波の高さも去ることながら、海辺を飛んだりとまったりするカモメ、さらにはサーファーなどが居るときもある。
その海は「地球環境」において色や風景をもとにメッセージを残している。本書はその海の模様と地球環境にまつわるメッセージを読み解いている。

第一章「七色の水」
海の色は「青い」と言われるが、その「青」も「蒼」や「碧」といった色も存在する。透明度も違いがあるため、一概に「青」と判別する事ができない。もっと広くなると「赤」まで存在する。いわずもがなプランクトンの異常による「赤潮」によって海が赤く染まることを指す。もっと言うと「海ゴミ」や「海洋汚染」によって「黒」くなるなど、環境によって様々な色を醸すことができる。

第二章「海洋観測行脚」
海洋観測を世界中で行った時のレポートである。世界の「海水」といっても塩分濃度や「海流」と呼ばれる海の流れ、海水の中にある汚染物質や有害物質を世界中の海で調査した記録を表している。

第三章「巡る水」
第二章でも書いたのだが、海には「海流」と呼ばれる流れが存在する。その「海流」は温暖な所からくる「暖流」、寒冷な所からくる「寒流」と二分され、さらに細かくなると地域などに分かれてくる。
その海流によって海の流れだけではなく、四季が巡れるという点もある。さらにいうと海水が蒸気となり、雲ができ、雨を降らせ、淡水として河となる。その淡水が人間にとって貴重な「水」として与えられる。

第四章「運び屋としての水」
「運び屋」というとなにやら犯罪者のイメージが拭えないのだが、「水」で言うところの「運び屋」とは海洋生物にとって貴重な栄養となる物質を運ぶと言う役割のことを言っている。
第五章「水の未来」
最近では資源に関する競争は激しくなっている。石油や天然ガスもさることながら、天然水もまたその「競争」にさらされている。地球にある水の中で3%しかない淡水、エネルギーとは違い、大体がきかないためエネルギー競争以上に激化しており、今後もエスカレートすることだろう。

最近では環境問題の取り組みは先進国を中心に進められている。その一方で経済成長の著しい中国などでは大気汚染など環境汚染が深刻なものとなっている。環境のなかで代替のきかない「水」。自然の象徴としての「水」、それをいかに大事にしていくべきか、それを考えるきっかけとなる一冊である。

食卓と家族―家族団らんの歴史的変遷

食卓と家族―家族団らんの歴史的変遷 食卓と家族―家族団らんの歴史的変遷
表 真美

世界思想社  2010-03-19
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今となっては「核家族化」が著しいが、「家族団らん」の風景は今でも「日常風景」の一つとして挙げられている。それが毎日ではなくとも、里帰りする「お盆」や「年末年始」には故郷から離れて働きに出ている親族が戻ってきたときにその風景になることもある。
しかし、その「家族団らん」と呼ばれる風景もまた少なくなっているのだという。最初に書いた「核家族化」もその一つであるのだが、それ以外にも「夫婦共働き」や「孤食化」によって珍しくなってきている。
本書はその「家族団らん」の風景がどのように変化をしていったのか、そして家族にまつわる「食」の事情はいったいどのように変化をしていったのかを考察を行いつつ、「家族団らん」の風景を取り戻す提言を行っている。

第Ⅰ部「食卓での家族団らんの現実と言説」
メディアにおける「家族団らん」の風景として代表的なものとしてアニメでは「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」を連想してする。とりわけ前者は1969年から約35年もの間、親しまれ続けている。放映された当時はごくありふれた光景としてあったのだが、だんだん「家族」のあり方が変化するとともに「非日常」の光景となっていった。
ちなみに「サザエさん」が放映された当時の「家族団らん」といわれる風景は過去からずっと続いており、戦前でも事情は異なるものの「日常の風景」の代表各として挙げられていた。

第Ⅱ部「教科書・雑誌における食卓での団らん言説の歴史的変遷」
「家族団らん」という言葉はどのような歴史をたどっていったのか。本章によるとこの言葉が初めてでてきたのは明治9年(1877年)の時であり、その「家族団らん」の風景について取り上げられ始めたのは明治20年代の頃である。そのときから「家族団らん」というものが始まったといわれているが、その要因としては「文明開化」による欧米文化が取り入れられたこと、というよりもむしろ封建的な風潮が風化していったことが大きな要因であるという。

第Ⅲ部「これからの食と家族」
戦後になると、食文化も劇的な変化を遂げていった。欧米で広がっていた文化が一気に日本になだれ込んでいった。それでも家族団らんの風景はあたりまえのようにあったのだが、だんだん経済が成長していくにつれ「家族団らん」の風景が崩れていった。しかし家庭や道徳の教科書では「家族団らん」を奨励しており、あたかも「強迫観念」としての存在も映し出してきた。

「家族団らん」の風景が珍しくなっただけではなく、家族とのコミュニケーションも希薄化していき、それが家庭崩壊や教育放棄の引き金になることもある。そこから強制的に「家族団らん」を引き戻すこともできるのだが、そうではなく、家庭のあり方にしても、社会のあり方にしても変化をしているのだから、コミュニケーションも含め、家族の状況に合わせた「団らん」の姿に対応することこそ、「家族団らん」を戻す最善の方法と言える。

コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密

コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170) コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170)
加藤 直美

祥伝社  2009-08-26
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「偏食の的」として挙げられる「コンビニ食」。最近では栄養バランスも考えられるような品も増え、即席性だけではなく、おいしくもなった。
その「コンビニ食」は「脳」にどのような影響を及ぼすのだろうか、そしておいしさはどのように表現されていくのか、本書はコンビニ食の作られ方とともに紐解いている。

第1章「おいしさも見た目が9割」
「人は見た目が9割」と同じように「コンビニ食も見た目が9割」だという。視覚から伝えられる「おいしさ」を表しているが、コンビニ食はそうさせたくなるほど陳列を見ると様々な形の「おいしさ」を彩る弁当が並んでいる。
「がっつり」としたもの、「季節」や「健康」を味わえるものなど様々である。

第2章「おいしさと脳」
その「コンビニ食」のイメージは「カロリーが高い」「栄養バランスが悪い」「健康に悪影響を及ぼす」と様々である。現在でもそのイメージは捨てきれないが、コンビニ食のヴァリエーションは日々進化しているだけあって、一概に言えなくなっている。さらにいうと「若者食」の代表格として挙げられるコンビニ食であるが、今となってはサラリーマンや60代以上の方々や女性にも親しまれるようになっていった。
そのコンビニ弁当にしてもおにぎりにしてもヴァリエーションが広がった分、おいしさにも違いを楽しむことができるようになった。それが脳にとっても「おいしさ」の幅を広げることのできる要因にもなった。

第3章「変わるおいしさ、変わらぬおいしさ」
時代とともにコンビニ食のヴァリエーションが変化しているのと同時に「おいしさ」の基準や幅も広がっていった。味わい方も地域によって異なるが、全国津々浦々の弁当やおにぎりも販売され始めたことも影響の一つとして挙げられる。その一方でコンビニ食が作られ始めたものもあり、それは今でも変わらぬおいしさを楽しむことができる。

第4章「おいしさの表現を磨く」
「おいしい」と一概にいっても、料理や調味料など五感をフルに活用した表現を使うと幅広くなってくる。その表現を広げることができる魅力として「コンビニ食」がある。かつては「偏食」や「孤食」など悪印象の的だった「コンビニ食」だが、今となっては即席性を保ちながらも「健康」「量」「味わい」などヴァリエーションが広がりを見せることによってその「偏向」は解消され、幅広い世代に愛されている。

コンビニ食はこれまでも、そしてこれからも進化を続けていく。その進化によって食の変化もまた楽しめるようになる。本書はその過去と未来を映し出している。

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