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シリーズ「1968年を知らない人の『1968』」~第六日「ベ平連と日本赤軍、そして七十年安保」

1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産 1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産
小熊 英二

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(5日目に戻る)

時は1970年になろうとしていた。
昨日は1968年から1970年になるまでのこと、とりわけ内ゲバの始まりと騒乱について論じたが、ここでは1970年になり、その「内ゲバ」が激化した1970年代、そしてその「全共闘」の一部が暴走し、日本全体で「脅威」と化した変遷について綴っている。

<七十年安保とパラダイムシフト>
1日目に「六十年安保」について述べてきたが、ここでは「七十年安保」についてを記しているが、その中で「セクト」の意識や「パラダイムシフト」が起こった。たとえば「被害者意識」から「加害者意識」へ、戦後民主主義や合理主義への批判などが挙げられる。

「七十年安保」では、日米安保条約の自動延長をめぐり、これを阻止せんと各セクトがデモ行進や街頭闘争を起こした。前に取り上げた「大学闘争」や「街頭闘争」の主張の中にも同じようなものが含まれている。しかしセクトが以前のような団結はなく頻繁に「内ゲバ」が繰り広げられ、「六十年安保」よりも早い期間で収束した。

<ベ平連>
通称「ベトナムに平和を! 市民連合」と呼ばれる団体である。結成されたのは1965年の2月に結成されたが、その時はアメリカ軍の北爆(北ベトナムを爆撃)の最中だった。

そのベ平連のメンバーには小田実鶴見俊輔、さらには元陸軍軍人でありA級戦犯として起訴されたことがある佐藤賢了もいたのだという。

政治デモなどの運動の他、「朝まで生テレビ!」の元祖にあたる徹夜のティーチ・インをTVで行うこともした。

この「べ平連」の活動はあくまで「非暴力」であり、言論で訴える組織であったが、ちょうど活動が活発になり始めた時期は「全共闘」の衝突や批判などの煽りを喰らった。しかも「ベ平連」のメンバーも急速に増え、代表世話人の小田をはじめとした結成時のメンバーはほとんど交流がなかったことに心を痛めた。

それでも一貫した活動が身を結んだかどうか不明だが、1973年1月に「ベトナム和平協定」が調印され、「ベ平連」の役目を終えた。

<連合赤軍と彼らの起こした事件>
「全共闘」の活動の一部が暴走し、日本の脅威と化したのがこの「連合赤軍」だった。この「連合赤軍」はセクトのうち「共産同赤軍派(共産主義者同盟赤軍派)」「日本共産党革命左派」が合体したブント系の組織であった。

そしてその「赤軍」は極左の中でも武闘派として「あさま山荘事件」や「クアラルンプール事件」などを起こした。

結成当初は各人にデモや交渉により反省を促す、もしくは迫ることが中心であったため、その意味では「全共闘」と何ら変わりはなかったのだが、1971年の年末に連合赤軍が山岳にアジト(ベース)を構え連合赤軍の団結を計ったのだが、そのなかで「総括」と呼ばれる自己、もしくは他者批判がエスカレートし、当初29人いたメンバーのうち12人をリンチして殺した事件に発展した(「山岳ベース事件」)。

その2ヶ月後には山岳ベースから下山したメンバーがあさま山荘に立てこもり、その山荘の管理人の妻を人質に約9日間にわたり立てこもったという事件である。これに関しては「山岳ベース事件」より有名になり、文献のみならず映画(「突入せよ! あさま山荘事件」など)にもなっているためここでは割愛する。

他にも1975年のクアラルンプール事件では日本政府が「超法規的措置」により犯人グループを釈放させたことは世界的にも非難を浴びた。

連合赤軍は「ブント」からでてきた「テロ組織」の様相を見せているが、連合赤軍だけではなく、結成前の「労共党革命左派」が「ダイナマイト闘争」をするなど過激な闘争を行っていた。

これらの事件でお茶の間を騒がせた連合赤軍メンバーはほとんどのメンバーが逮捕・死去し、残った1人だけは現在国際手配のなかで未だに逃亡中である。

そして長きにわたった『1968』が終わりを告げた。

(7日目に続く)

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