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2012年4月

フランス暴動----移民法とラップ・フランセ

フランス暴動----移民法とラップ・フランセ フランス暴動----移民法とラップ・フランセ
陣野 俊史

河出書房新社  2006-02-21
売り上げランキング : 558556

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フランスでは2005年に暴動があったのだという。その翌年の2006年に、「初期雇用契約」による暴動があったのはニュースでも大々的に取り上げられていたこともあり、記憶している。
その2005年に起こった暴動は労働ではなく移民政策にあるのだという。本書はその暴動の全貌とフランスと諸外国の移民政策のジレンマについて暴動を中心に追っている。

第一章「2005年、秋、フランス」
事の発端は2005年10月27日北アフリカ系の少年3人がラマダンを終えて帰宅途中に警察の職務質問されそうになった。そのことをおそれた少年たちは変電所に逃げ込み、その変電所から流れた電流により2人が死亡、1人が重傷を負った事件が起こった。このことをきっかけに若者を中心とした暴動がフランス全土で起こった。
フランス政府、特に当時内相だったニコラ・ラルコジが打ち出した移民取締強化策が若者たちの怒りに対し、「火に油を注ぐ」こととなった。
あろうことかその内相は後にフランス大統領に就任しようとは若者を含めたフランス人は当時、夢にも思わなかったのかもしれない。

第二章「ラップ・フランセの15年」
移民による暴動により数多くのラップが発表された、いわゆる「ラップ・フランセ」と呼ばれるものだが、その「ラップ・フランセ」が誕生したのがそれ以前の話であるが、いつ頃から
その「ラップ・フランセ」を代表するアーティストとして本章ではNTMを取り上げている(ヒップホップグループであるが)。

本章ではそのNTMのラップの歌詞をいくつか引用しているが、それをみてみるとあたかも「フランス版エミネム」と呼ばれてもおかしくないほどである。それだけ移民政策や人種差別に関する「怒り」が込められた歌詞がある。エミネムの「怒り」との系統は違えども、「怒り」が存在している事には間違いない。

第三章「街と多重人格―志人インタビュー」
本章では暴動の渦中にあったフランスから離れ、「対岸の火事」として見守った日本をはじめ他国にいる人たち15人のフランス人に対し、2005年の暴動はどのようにとらえられたのか、についてインタビューを行っている。

暴動やデモというと昨年から中東諸国を中心に起こっており、死者も出るほど過激なものとなっている。その6・7年前にはフランスでもそのような現象が起こっているのは記憶に新しいがその暴動の中でフランスはどのような事が起こったのか、そしてどのような事情だったのか、というのが見て取れると同時に、日本人の耳にはあまりなじみのない「ラップ・フランセ」と呼ばれるフランスのラップも知ることができる一冊が本書と言える。

最新脳科学でわかった 五感の驚異

最新脳科学でわかった 五感の驚異 最新脳科学でわかった 五感の驚異
ローレンス. D・ローゼンブラム 齋藤 慎子

講談社  2011-02-25
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人には既に明らかにされている「緒覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」「視覚」の「五感」がある。それだけではなく「直感」や「女の勘」のような「第六感」も存在する。
その「五感」や「第六感」はよく知られているものの、農家学はまだまだ未開のところもあるため、五感は「神秘」といわれるところも少なくない。
本書はその脳科学における最新の研究をもとに新たな「五感」の神秘を解き明かしている。

第1部「聴覚」
「聴覚」は言うまでもなく「音」を司っている。しかし「音」とは言っても「無音」の状態で感じ取る、というより聞き取る「聴覚」がある。「聴覚」とは言っても鳴る「音」だけではなく「空気」や「空間」、あるいは「音」とは全く関係のないものも聞き取ることができるという。
さらに音楽をしている人であれば一度は聞いたことのある「絶対音感」やあまり聞いたことのない「信号音○○」もある。ちなみに「○○」は日本人には馴染みの深いスポーツである。

第2部「嗅覚」
鼻で感じるものとして「嗅覚」が存在する。その「嗅覚」を語る中で「鼻の穴」から論じられている。嗅覚というと鼻の中にある感覚などのミクロな所から語られることが多いようだが、それ以前に「人間は鼻の穴が2つある」ことを深く掘り下げる必要があるため、そういった意味では根本から語られている。

第3部「味覚」
「おいしい」「辛い」「甘い」「不味い」など、食事にまつわる感覚を司る味覚。その基準も自らの感覚によるものであるが、匂いにしても、「質(価格?)」からも味覚を醸すことができる不思議もある。その不思議についても本章にて語られている

第4部「触覚」
手や足、さらには肌から情報を受け取る「触覚」。しかしその「触覚」も場景などの外的要因により変わるのだという。「感覚を覚える」という言葉もあるが、それが最も強烈に残るものとして「触覚」が挙げられる。

第5部「視覚」
目に見えるものの「視覚」であるが、見た目でどのように人を判断するのか、さらに「顔真似」など「真似をする」ことも「視覚」の一つとして取り上げている。

第6部「多感覚知覚」
「第六感」の部類に入る、かと思ったが「五感」すべてを使って様々な情報を捉えることを「多感覚」と本章では呼んでいる。

「脳」もそうだが「人間の体」や「感覚」の科学にはまだ未開な所も多い。その「未開」な所を少しでも切り拓く様な一冊。それが本書と言える。

資産フライト 「増税日本」から脱出する方法

資産フライト 「増税日本」から脱出する方法 (文春新書) 資産フライト 「増税日本」から脱出する方法 (文春新書)
山田 順

文藝春秋  2011-10-19
売り上げランキング : 2212

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今は少しずつ景気が回復しつつあるものの、私たちの生活の実感はほとんど感じられない。ましてや為替相場では1ドル80円台の状態が今もなお続いている。
しかし私たちの生活で感じられない経済で、あることが起こっている。その一つに「キャピタル・フライト」があげられる。
「キャピタル・フライト」は簡単に言うと「資本逃避」の事を言い、自らの財産を国内から海外へ流出する事を指している。2002頃から懸念され始めたが、財政破綻や大震災もあり、その動きが急速に加速している。
本書はその「キャピタル・フライト」の現状とこれからの日本について警鐘を鳴らした一冊である。

第1章「成田発香港便」
ある中小企業のオーナーが香港へキャピタル・フライトをするところを同行している。本章ではそれについて綴っている。香港は外貨持ち込みの制限は無いが、日本では資産の持ち出しは「外為法(外国為替及び外国貿易法)」という法律によって制限されている。
しかし、本章を見ると果たしてその法律は機能しているのかどうか疑ってしまう。

第2章「震災大不況」
「リーマン・ショック」から日本の経済は急速に冷え込み、そこからようやく脱出しようとした矢先、「東日本大震災」が起こった。それによる原発事故や風評被害、あるいは総自粛などにより、消費は一気に冷え込み、経済も再び失速。「二番底」の様相さえ見せた。
それにより最初に言った「キャピタル・フライト」がさらに加速していった。「戦後復興以来の奇跡」と呼ばれたのだが、その裏では「リスボン大震災の再来」と呼ばれる最悪の構図も見え始めた。

第3章「海外投資セミナー」
私は色々なセミナーに参加するのだが、そのセミナー情報を調べるにあたり、「海外投資セミナー」という言葉をよく見る。本章にも書いてあるとおり、ほぼ毎日のように開催している様相である。
海外投資は国債などとは違い、利率も高い。また増税対策のために海外の銀行口座を開設して海外資産に回す人も出てきており、それによる申告漏れも多い。

第4章「さよならニッポン」
昨年、大前研一氏が共著で「この国を出よ」という本が出版され、話題となった。
その本のタイトルをそのまま引用する訳ではないが、日本の税制上、富裕層はその言葉をそのまま使い、行動をする現状も存在する。
「富裕層や大企業こそ税金を支払うべきだ」
その主張は間違いではないが、思わぬジレンマも存在する現状が本章にて述べられている。

第5章「富裕層の海外生活」
富裕層の海外生活は今に始まったことではないが、リーマン・ショック以降景気が減速したのと同時に香港やシンガポールなどに移住する人も増加している。主に税金から逃れるためであるが、それに水を差す事件が起こった。
いわゆる「武富士裁判」である。

第6章「税務当局との攻防」
「武富士裁判」について経緯を説明する。
武富士の元会長である故・武藤保夫の長男が追徴課税をされた事に対し、取り消しを求める裁判であり、この長男は香港に居住していた。その裁判の争点は「生活の本拠がどこにあるのか」というところであり、結審から言えば長男側の勝訴(課税の無効)が確定された。
この裁判について富裕層は国に対して批判、もしくは怒りの声を上げている。簡単に言えば海外に居住していたにも関わらず、日本の法律を守っていたにも関わらず、追徴課税の罰を受けるところにあるのだという。
しかしこの裁判への怒りは富裕層ばかりではない。結審の後、長男には追徴課税である約2000億円が還付された。メディアはその金額を大々的に取り上げ庶民感情を煽った。
庶民の側の感情が先か、それとも富裕層の感情が先か、あたかも「タマゴが先か、ニワトリが先か」にあるような不毛な議論になる。まして「平等」という言葉はある意味「幻想」に思えてならない。

第7章「金融ガラパゴス」
銀行や証券などの「金融機関」の現状について記している。もっとも「庶民と官僚」の隔たりよりも遙かに大きいものとして挙げられるのかもしれない。銀行のサービスや証券の手続きなど、合法であるにも関わらず口座開設や預金を下ろすことができないというジレンマも起こっているといいう。

第8章「愚民化教育」
日本の教育への批判であるが、もっとも「投資教育」や「お金の授業」は日本の教育機関ではあまりなされない。「教育指導要領にはない」や「お金を勉強することは日本人として間違っている」という主張が罷り通っているからである。

第9章「愛国心との狭間で」
「富裕層は悪」という思想はメディアや左派を中心に浸透している。では富裕層は自分さえよければ良いと思っているか、というと答えは「否」である。富裕層と言った方々は国に対して高い金額を納税しているだけではなく、「寄付」も行っている。「それは当たり前ではないか」という主張をしている人も多いようだが、ある程度の資金が無ければできないことであり、自らが裕福になれたことへの感謝も相俟っているからである。

もっとも国と国民は信頼関係によって成り立っているが、それが疑い深い関係になっていることから生きづらい国となっているのかもしれない。だから富裕層は国から出ていく、中間層や貧困層は国に対して怒りや罵声を浴びせている。国や官僚も国民を信頼せず、監視を強めていく。そのいがみ合いの産物が「規制」や「増税」といったものが生まれている。精神的、かつ抽象的な話になるかもしれないが、国民は国を信じ、官僚や政治家は国民を信じる。その絆こそが復活する大きな鍵となるのではないだろうか。

公共哲学からの応答~3.11の衝撃の後で

公共哲学からの応答: 3.11の衝撃の後で (筑摩選書) 公共哲学からの応答: 3.11の衝撃の後で (筑摩選書)
山脇 直司

筑摩書房  2011-12-13
売り上げランキング : 205034

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「公共哲学」とは何なのか。調べてみると、

「「公共性」をキーコンセプトに、哲学・思想史・政治学・法学・経済学・歴史学・科学技術論などのタコツボ化された個々の学問を共通の土俵に乗せ、相互の知見を討議のこと」山脇直司著『公共哲学とは何か(ちくま新書)』より一部改変)

だという。いわゆる公正な社会とするために、メディアなどの「公共」にまつわる機関などの問題を考える学問・哲学のことを指している。
昨年3月11日に起こった「東日本大震災」、そこから起こった「福島第一原発事故」などが「公共哲学」に対して様々な問いを投げかけることとなった。
本書はその「問い」とは何か、そしてその問いに対して「公共哲学」にまつわる様々な「学説」を紹介しながら「問い」への答えを提示している。

第1章「公共哲学の「人間 - 社会」観と倫理観」
正規の四字熟語に「滅私奉公」という言葉がある。
自分自身の人格を廃し、国や公の為に尽くす行動や考え方そのものを表している。
そこから派生した「造語」の四字熟語として、本章では「滅公奉私」・・公に対しての尽くすところはほとんど(それどころか全く)無く、自分自身(とその感情や思考)に対してとことん尽くす考え方

「活私開公」・・・自分自身を生かしながらも公共の活動の場を開かれたものにしていく
「滅私開公」・・・自分自身の人格を廃して、公共の活動の場を開かれたものにしていく

という造語が飛び交う。その造語こそが今の日本人に必要なものが詰まっているという。

第2章「メディアと宗教の公共的役割」
メディアこそ民間的、もしくは国営・公営でありながら「公共機関」として扱われる。
しかし本来の「メディア」の意味そのものの疑問点も露呈したのが東日本大震災であり、福島第一原発事故であろう。
本章ではその「メディア」そのものの意味と20世紀に起こった「メディア論争」について、さらに宗教と「公共」の関連性について論じている。

第3章「新しい「公共的な諸学」の構想」
「公共哲学」と「科学」「人文学」「歴史学」などの学問に対する現在の関連性とこれからの関連性について論じている。その中で核問題や関東大震災、昭和強硬なども取り上げられている。

第4章「これからの正義と人権の話をしようーサンデル・ブームを超えて」
昨年あたりに「これから正義の話をしよう」という本がベストセラーとなり「正義」や「白熱教室」という言葉が乱舞するようになった。
実のところ私はこの「正義」や「白熱教室」に関連する本や物事は無視し続けてきた。というのはそもそも私は「正義」という言葉が大嫌いだからである。
「正義」という言葉を振りかざす人ほどエゴイズムを浮き彫りにしており、かつそのエゴイズムを世間にたいして同化させようとしているからである。
私的感情はここまでにしておいて、本章では公共哲学から語る「正義」と「人権」はいったいどのようなものがあるのか。そしてサンデル・ブームから「正義」はどのように変化していったのかを論じてる。

「公共哲学」と現在の状況とを読み解きながら一つの見解を著者なりに出した一冊であるが、そもそも「公共哲学」への難しさも感じてしまった。しかしその「公共哲学」が論じられたものの中から、昔からあるもの、今になって浮き彫りとなったものなどの「問題提起」が色々出てきた。本書は「答えを出す」のではなく、むしろ「それを読んでから考える」糧となる一冊であり、かつ今の「公共哲学」とは何か、そしてそこから何を為すべきかを考えさせられるような一冊であった。

つらいから青春だ

つらいから青春だ つらいから青春だ
キム・ナンド 吉原 育子

ディスカヴァー・トゥエンティワン  2012-03-26
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「つらい」という感情は誰もが避けたがるものである。しかし成長や失敗にはどこかで「つらい」と思ってしまうような試練が必ず出てくる。その度に挫けてしまったり、諦めの感情を持ってしまうことさえある。
そういった感情に陥るとき、自分の進む道ややり方などで「壁」にぶちあがり、深く悩み、何をしたらよいのかわからなくなってしまう。
しかし誰もが避けたがる「つらい」感情こそ「青春」なのだと喝破している。本書はその喝破している理由を綴っているが、これは「つらい」という言葉が耐えない日本人にとって紛れもない「薬」と言える一冊なのかもしれない。

PART1「答えはきみの瞳のなかにしかない」
最近ではあまり聞いたことがないのだが、一昔前、ちょうど2000年代後半あたりに「自分探しの旅」「自分探し」という言葉が乱舞していた時代があった。
ではなぜ「自分探し」をするのだろうか。それは自分自身はどのような人間なのか、自分にはどのような役割を担っているのか、その「答え」を求めて旅などをするのだろう。
その答えを求めるだけではなく、「人生設計」や「安定した人生」を私たちの時代から考える傾向にもある。著者はそれも「早計」であるという。焦って答えを求めず、安定を求めず、自ら様々なチャレンジをする、失敗することによって「不安定」や「失敗」を積み楽しむことが若さの特権である、そう言っている気がする。

PART2「思っているほど底は深くない」
「貧困」という言葉が乱舞して久しい。
長い不景気から脱し始めた2004年頃からは「格差」が言われはじめ、それから2~3年後には「貧困」が言われ始めた。そのときに小林多喜二の作品やマルクスの「資本論」やそれに関する本が多数出版され一大ブームにまでなったほどである。
しかし「派遣切り」や「貧困」と言われる人は「不幸せ」なのか。「人生のどん底」なのか。よく考えてみる、もしくは周りを見てみると自分以上に「どん底」と思える人、もしくは「底」が抜けて底なしの奈落に落ちている人もいるかもしれない。「一億総中流」の考え方よろしく自らの周りを見たとき、「どん底」という考えも変わってくるのかもしれない。

PART3「奇跡は少しずつ叶えられるものだ」
「奇跡」とはいったい何なのだろうか。国語辞典の意味では、

「常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象。」goo辞書より)

だろう。では自らの「モノサシ」で定義してみると、そのモノサシから逸脱した事象・モノ・考え方の事を指すのかもしれない。
では、その「奇跡」はどのようにしたら起こるのか。
「わからない」という回答をする人もいれば、「そういうことを想像すらしたことがない」と回答するひともいることだろう。
しかし「奇跡」はいつも身近なところにある。名言に、

「もし自分にできることをすべて実行すれば、その結果に文字通り、びっくり仰天することだろう。」

というトーマス・エジソンの名言がある。「やったつもり」、あるいは「やりたいけどできない」とゴタクを並べる人がいる。つべこべ言わずにいろいろな事を実践し、鍛錬をしていくことによって人は誰にでもなれる。やってみたい、叶えたい夢も叶えることができる。努力や鍛錬は思った通りの方向には行かないが嘘はつかない。それもまた道理の一つなのかもしれない。

PART4「「明日」が導くきみの人生」
本章ではあなたが大学を卒業したらどうしたらよいのか、そのために大学はいったいどのように過ごせばよいのかを綴っているが、自分自身大学を卒業してから4年経つ。その4年前までの大学生活で何をやったのか、というとサークル活動とアルバイトが中心で恥ずかしながら大学の成績は芳しくなかった。しかしそれらを通じて様々な体験をすることができたことは今も生きていることは自らの体験でも証明できている。
大学から何を学ぶのか、そして大学を出て何をするか、それを考えるだけでも自分の人生を良くも悪くも変えることができる。

「つらい」というネガティブな感情は誰にでもある。しかし「運命」や「宿命」とは違いその感情からは逃げることができる。そうなれば一時的に楽にはなるだろう。しかしその後「つらい」という感情はハイエナの如くやってきてその人の感情を苛む。
「つらい」とは「大変」なことである。しかしよくよく考えると「大変」という文字は「大きく変わる」から大変と言える。自分の人生を変える、充実するからでこそ「つらいは青春」と言える。

ルームシェア・ストーリー

ルームシェア・ストーリー ルームシェア・ストーリー
宇木 聡史

宝島社  2010-03-12
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「ルームシェア」

あまり聞きなれないがそういったことは日本でも行われている。いわゆる「共同部屋」のことであるが、アパートやマンションなどでそういったことがあることは自分自身もその体験をしていないからあまり理解ができない。

私事はさておき、本書は彼氏と分かれた女性とそれとは赤の他人の男性とのルームシェアの中で生まれたラブストーリーである。2人は女性の彼氏と分かれる遙か前からずっとルームシェアをしていたが、2人とも「ルームメイト」だけの関係であり、恋愛関係に発展することは決してなかった。

・・・そう彼氏との別れるまでは。
とはいえ、突然恋に落ちる訳ではない。日常の如く毎日のように会い、ともに食事をとる機会も多い。

しかしルームシェアを続けていくうちに男性の優しさに振れ、変化を起こし始める。ルームシェア同士なのに友達以上の関係になり、そしてだんだん恋人のような雰囲気にもなっていく姿はありきたりのストーリーとは異なりながらも、日常を崩すことのなく描かれている。「ごく自然」と言われると首を傾げるものの、それでも育まれた恋愛。やがてその日常は音を立てて崩れ去った。

ドラマティックな展開がないように見えて、突然起こった結末。最後まで暖まりながらも引きつけられる、そういった印象を持った一冊であった。

人は語感で「いい・悪い」を決める

人は語感で「いい・悪い」を決める (KAWADE夢文庫) 人は語感で「いい・悪い」を決める (KAWADE夢文庫)
感性リサーチネーミングラボ 黒川 伊保子

河出書房新社  2012-04-17
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手塚悠基 様より献本御礼。
「語感」というのはいったい何なのだろうか。調べてみると、

1.言葉のもつ微妙な感じ。言葉から受ける主観的な印象。
  2.言葉に対する感覚。
」(「コトバンク」より)

とある。その語感一つ一つが感情的に「良い」「悪い」印象を与えるという。ではどのような言葉・音韻・名前などの「語感」の印象の違いについて紹介するとともに、他人からの印象を良くするためにはどのような「語感力」を身に付けば良いのかも伝授している。

第1部「「ことば」の語感」
いつも使う挨拶に「おはよう(ございます)」や「いってらっしゃい」「ありがとう」、挨拶以外で投げかける言葉など知らず知らずに相手に対して好印象を与えたり、逆に悪い印象を与えることさえある。本章ではこの言葉一つ一つの「語感」の印象について紹介している。

第2部「「音韻」の語感」
「ア」から「オ」、さらに「カ行」から「バ行」に至るまでの一音ごとに印象は変わってくる。
本章では音韻一つ一つについて用法とともに、どのような「音」なのか、そしてそれが人にどのような印象を与えるのかを紹介している。

第3部「「名前」の語感」
親から名付けられることがほとんどであり、一生のうちもっとも呼ばれる「名前」。名付けられる「名前」一つ一つには親ならではの考えや思いが込められている。
思いや考えはさておき、本章ではその名前の一音目、つまり「○から始まる人」に分けて、その名前の人の印象を紹介している。

言葉の「意味」、名前の「意味」など連続しているもののことについて綴った本はある。しかしその言葉にある「音韻」などの「語感」にまつわる本は珍しい。それだけではなく、言葉の中にある音から受ける印象は論理ではまかなえないことも補うことができる。そういったことを本書では教えてくれる。

2012年 F1バーレーンGP ライコネンの猛追を振り切り、ヴェッテルが今季初優勝をポール・トゥ・ウィンで飾る!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round4_final

まず結論から言うと、無事に開催され、終了できたと言うところです。レース前やレース中には火炎瓶などの騒動もありましたので、一時はどうなるかと思いましたが・・・。
さてレースですがヴェッテルがこのまま優勝するかと思いきや今回はロータス・ルノー勢が大活躍であり、ライコネンやグロージャンが共に表彰台を獲得いたしました。ライコネンは復帰後初、グロージャンは自身初の表彰台獲得です。

可夢偉はスピード不足もありますが、スタートダッシュが大きな課題として残っている状況です。前戦ではセカンドローの好位置にいるにもかかわらず、中団に沈み、今戦も中団からのスタートですが、うまく乗り切れなかった所が敗因なのかもしれません。この課題をGW中のテストなどで解消できるかどうかが鍵となりそうです。

次戦は3週間後、スペイン・バルセロナ!! いよいよヨーロッパラウンド開始!!!

2012年 F1バーレーンGP ヴェッテルが今季初PP獲得!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round4_qualifying

ディフェンディングチャンピオンのヴェッテルですが、4戦目にしてようやくのPP獲得となりました。最後の最後でウェーバーやハミルトンのタイムを凌いでのPP奪取でした。

フリー走行は調子の良かったロズベルグは5番手、可夢偉はタイムが伸びずQ3に進めませんでした。とはいえ12番手はポイント獲得に向けてのポジションにも近く、決勝に期待したいところです。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ハミルトン

要注意:バトン、ロズベルグ

前戦まではメルセデスエンジン勢(マクラーレン・メルセデス)が強さを見せていました。ヴェッテルが第1コーナーを制して、そのまま優勝をもぎ取ることができるのか注目したいのと、路面温度が前戦とは大きく異なり40℃台となる事からタイヤマネジメントをどうしていくのかも勝敗の分かれ目となりそうです。

2012年 F1バーレーンGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round4_free3

ロズベルグが調子良さそうです。しかしヴェッテルも調子を取り戻しています。可夢偉は中団で苦しんでいる模様です。

2012年 F1バーレーンGP フリー走行1・2回目の結果、そしてPP予想

中東諸国の一つであるバーレーン。昨年の2月に起こった反政府デモが大規模化したこと、そしてそのデモによって死者が出たことにより昨年は当初GP開催を予定していたのですが、中止となってしまいました。

それから1年後、無事開催されるかと思いきや、反政府団体の反対や治安の不安により2年連続の中止か、と思われましたが開催されることとなりました。

しかし、18日の夜にはフォース・インディアのスタッフが火炎ビン騒ぎに巻き込まれたり覆面集団に巻き込まれそうになる自体になったり、と興奮よりも不安の方が大きいGPとなりそうです。

ネガティブな感情に苛まれっぱなしですが、それでもF1は開催されるのですから、応援するしかありません。それではフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round4_free1

2回目

Round4_free2

1回目はドライバーズランキングトップのハミルトン、2回目は前戦の勝者であるロズベルグがトップタイムをマークしました。フォース・インディアは前述の理由もあってか2回目は両ドライバーとも走行しませんでした。

さて、PP予想と行きましょう。

本命:ロズベルグ

対抗:バトン

要注意:ハミルトン、ヴェッテル

今取り上げた4人がPP争いを演出するように思えます。フリー走行1・2回目では4人ともコンスタントに好タイムを出していることもその一つです。

中東諸国といえば赤道に近いところに位置しており、暑さも尋常ではありません。その暑さを味方に付けられるかが勝負の分かれ目となりそうです。

「ふるさと」の発想―地方の力を活かす

「ふるさと」の発想―地方の力を活かす (岩波新書) 「ふるさと」の発想―地方の力を活かす (岩波新書)
西川 一誠

岩波書店  2009-07-22
売り上げランキング : 212609

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「ふるさと」と呼ばれる地方では財政でも、雇用でも悲鳴を上げている状態にある。「過疎」と呼ばれるような状態にもあるため、「ふるさと」はむしろネガティブな印象も拭えない。
しかし、「ふるさと」だからでこそできることもある。本書は福井県知事の立場から「都市」と「地方」の対立を乗り越え、「つながり」の再生を目指し、実践を進めてきた。記録についても綴っている。

第1章「地方は、いま」
こういった行政のことをいうと「都市」と「地方」の二項対立が起こることが、メディアでも本でも取り上げられることが多い。
それはさておき、本章では福井の暮らしや産業など様々な現状を写真とともに紹介している。ネガティブな印象のようなタイトルではあるが、むしろポジティブな意味での福井の現状を紹介しているように思える。

第2章「地域格差をどう見るか」
戦後からの経済変動と「都市」「地方」の変遷についてを紹介しているが、本章でもっとも印象的だったのが「出生率の逆格差」である。東京などの都市部では2008年現在1.09に対し、福井県では1.54と高い水準にあるという(ちなみに東京は最低水準だが)。そういった事象はほかにも沖縄や鹿児島で起こっている。

第3章「「改革」とは何だったのか」
ここでいう「改革」は、かの有名な「小泉改革」のことを挙げており、それによりただでさえ疲弊しきっている地方に対してさらに鞭を与えることとなった。本章ではその「改革」の功罪について論じている。

第4章「「ふるさと」という発想」
「故郷」とはひと味違う「ふるさと」。本章ではそのことについての活動を2章にわたって取り上げている。
「ふるさと」だからでこそ、故郷に帰る気持ちだけではなく、故郷ならではの「つながり」のある場所、そして社会をつくり、育てる事を行っているという。

第5章「「ふるさと」からの発信」
その「ふるさと」をアピールするために、福井県では「故郷納税」「広報PR」「企業招致」など様々な活動を行っている。

第6章「「つながり」を立て直すために」
昨年2011年の漢字一文字は「絆」であった。東日本大震災という災厄の中で芽生えた絆、希薄化されたと言われているがまだまだその「つながり」や「絆」を再認知した1年だった。
災害はいつ、どこで起こるかわからない。だからでこそその災害を未然に防ぐための「つながり」も大切であると同時に、「無縁社会」を防止するための手段としての「つながり」を提唱している。

地方だからでこそできる「ふるさと」の力と対策、疲弊しきっている地方の財政を潤す、というよりもむしろ私たちが忘れていた「ふるさと」への思いがある。懐かしき、かつ新しきもの「ふるさと」をいかに力に活かしていけば良いのか、本書はそれを紹介しているが、まだ発展途上である。これからの福井県はどのように「ふるさと」を発展していくのか、楽しみである。

朽ちるインフラ―忍び寄るもうひとつの危機

朽ちるインフラ―忍び寄るもうひとつの危機 朽ちるインフラ―忍び寄るもうひとつの危機
根本 祐二

日本経済新聞出版社  2011-05-25
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水道や道路、橋や水道管など、私たちの生活の中で書かせない「インフラ」が老朽化により崩壊の危機にさらされており、現実でも水道管が破裂したり橋が崩壊したりすることが毎年のように起こっている。
本書はそのインフラが崩壊始めている現状に警鐘を鳴らすとともに、それを未然に防ぐための対策を提言している。

第1章「崩壊寸前の社会資本」
日本は現在、80年代のアメリカと同じような状況に陥っているという。では80年代のアメリカではどのようなことが起こったのだろうか。その一つとして1983年にコネチカット州にあるマイアナス橋が崩落する事故が起こり3人が死亡した。さらにいうとその20年後にあたる2005年にはペンシルバニア州、2007年にはミネソタ州でも同様の崩落事故が起こった。現に日本でも崩落は3年前に沖縄の「野喜橋」で崩落事故が起こっている(2004年に使用停止していたため死者はなし)。
ほかにも水道管の破裂もあるだけではなく、東日本大震災でも橋や水道管だけではなく、市役所などの公共施設の倒壊、あるいはそのおそれも出てきた。

第2章「莫大な額にのぼる更新投資」
多くの施設やインフラの修繕にも莫大な費用を要する。ただでさえ自治体は財政が困窮しているにも関わらず、更新費用もかさむとなると、国にすがりざるを得ない。それだけではなく、自治体に住む民たちに負担を与えさせることも考えられる。
それはさておき本章では、公共施設や橋りょうなどの更新をするための費用をそれぞれ紹介している。

第3章「各自治体の更新投資をどう計算するか」
ここは工事費用の見積もりといった専門的な所について言及しており、そのような見積もりを計算するソフトも本性にて紹介している。

第4章「各自治体の老朽化対策の実践例」
老朽化した施設やインフラがあっても、すべてを直す(更新する)とはいっても、財源からして1年以内ではまず「不可能」といっても良い。そのために本章は優先順位の選別、白書を作成してのデータ公開、再配置などを実行した市町村のモデルケースを紹介している。

第5章「崩壊させない知恵」
公共施設やインフラなどバランスシート上では永遠に残るようなものではなく、ある程度の耐用年数があり、毎年の用に「償却」が行われる「建物」や「建造物」である。
本章ではバランスシートの提示や広域連携、資金調達など崩壊させないための知恵を第4章のようにモデルケースを提示して紹介している。

第6章「どのように対策を進めるか」
老朽化による大惨事を未然に防ぐために対策を立てる必要がある。しかしその対策を立てても住民や議会の理解を得る必要がある。本章では対策を机上の空論にしないため、議会や住民の理解を得るための対策を提言している。

「インフラの老朽化」は私たちの生活のなかに直結しているだけではなく、その対策が「急務」と言われる状況にある地方も存在する。メディアではあまり表立っていないものの、今も、そしてこれから重要視される対策になることは間違いない。だからでこそ私たちは本書でこの現状を理解する必要がある。

私に萌える女たち

私に萌える女たち 私に萌える女たち
米澤 泉

講談社  2010-09-30
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「私萌え」と呼ばれる人たちがいるのだという。ファッションやコスメのみならず、キャリアなどの中身や生きる道など「私らしく」生きるスタイルのことを指している。
本書はそのような女性の生き方はファッションやコスメなどのスタイルの変遷について追っている。

第1章「「何を着るか」と「どう生きるか」」
女性向けのファッション誌は10代~20代を対象にした若年層向けから30代、もしくは専業主婦やキャリアを対象にしたものもある。
女性向けのファッション誌が誕生したのは、1936年に宇野千代が編集長として刊行した「スタイル」が始まりとされているが、「anan」や「non-no」などの著名なファッション誌は1970年代から出てきており、その頃から女性のファッション志向が顕在化し始めたと言われても過言ではない。
本書はそのファッション誌の歴史とともに、ファッションがどの傾向にあるのかについて追っている。

第2章「上昇婚より自分婚」
女性に限らず、「結婚観」は人それぞれであり、かつ時代とともに変化している。
「上昇婚」とはいったい何なのか、簡単に言うと、「結婚」はゴールではなく、「結婚」をスタートとしてとらえる生き方を指す。主に「JJ」がそれを担っているが、そこから「GRAMOROUS」などが提唱する「自分らしい結婚」をする「自分婚」のスタイルへとシフトしている。

第3章「二五年後の雇用機会均等法」
俗に言う「男女雇用機会均等法」、正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」であるが、1985年に男女差別をなくすために元々「勤労婦人福祉法」を改正し、今の法律となった。
それをきっかけに女性の社会進出も広がりつつあり、古くからあった夫は戦場(仕事)へ、女は家事へ、という概念が崩れ、夫婦共働きの世帯も増えていった。
本章ではファッション誌のモデルで活躍した黒田知永子の半生とともに描いている。

第4章「キャリアと子道具」
出生率の減少が止まらないと言われているが、最近になってそれが歯止めの様相を見せている。女性誌でも「出産」に関してポジティブにとらえさせるような「FRAU」「BAZAAR」などで取り上げられており、キャリアとともに出産の良さと「ふさわしさ」と言うのを描かれていることを本章にて紹介している。

第5章「一生、「姫」で生きていく」
最近では40代・50代でも美しく生きる、という記事や本が取り上げられている。女性だからでこそ、と言うわけではないのだが「美しく」という考えを持つ方々に年齢なんか関係ない。本章のタイトルの如く「姫」として美しく生きる姿を描いている。

「美しくいたい」

これは多くの女性が抱いている生き方であろう。しかし「美しく生きる」スタイルは時代とともに変わっている。本書はその変遷も見ているのかもしれない。

日本辺境論

日本辺境論 (新潮新書) 日本辺境論 (新潮新書)
内田 樹

新潮社  2009-11
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文学者の内田樹氏は昨年の前半までは毎月のように著書を上梓するほど多作であり、「月刊・内田樹」と喩えられるほどであった。その中でもベストセラーの類のものもあるのだが、本書ほどヒットした作品はない。
では、本書にどのようなベストセラーとなるような「魅力」が存在するのか、もちょっと見てみようと思う。
「辺境人」という言葉は初めて聞くものの、日本はそもそもアメリカや欧州から見ても「極東」と呼ばれていることから「辺境人」と呼ばれても、不自然な表現ではない印象がある。
「日本人は辺境人である」という命題を前提に、本書は「日本人」そのものは誰なのか、どのような存在なのか、の考察を行っている。

Ⅰ.「日本人は辺境人である」
「辺境」という言葉の意味からまずは解き明かす必要がある。「辺境」そのものの意味では「中央から遠く離れた場所」を差しており、「僻地」や「辺鄙」という言葉と似ている。日本は西欧から見るとおそらく最も遠く離れた場所にあることを考えると「日本=辺境」という構図はだいたいあっているように見える。
本書では中華思想の中の「華夷秩序(かいちつじょ)」と呼ばれる所の縁に存在する国やもの、ことを表している。それを前提に明治維新からの時代変遷や日本国憲法などを考察している一方で「辺境」であることの良さも、本章で説いている。

Ⅱ.「辺境人の「学び」は効率がいい」
少し前に話題となった「日の丸・君が代問題」「武士道」や「修行・学び」についてを追っている。
本書のタイトルも「日本人」そのものの「学び」の特性を生かしていること、それが見えたからでこそ、この主張ができたのかもしれない。

Ⅲ.「「機」の思想」
「機」を使った熟語は数多く存在する。機会や危機、機械や好機などがある。
ちなみに本章で語られる「機」というのは、「仏教」や「禅」における思想の一つとして挙げられている。
「機」そのものの意味は「人の心における縁やはたらき」そのものを意味している。その「機」を修行することを「機根」と呼ばれており一般的に言われている「根性」という言葉もこの「機根」から生まれたのだという。

Ⅳ.「辺境人は日本語と共に」
本書を見ていくと「辺境=ガラパゴス」という構図が成り立っているように思えてならない。その辺境と呼ばれる「日本」では中国から伝来した「漢字」、欧米から伝来した英語から派生した「カタカナ語」、そして日本独特に生まれ育った「ひらがな」が合わさり「日本語」として醸成された。

「日本人は辺境人である」ことを前提とした上で本書は語られているが、日本語などの文化の醸成した経緯からみて、強ち間違いではない。そう思った一冊である。

2012年 F1中国GP ロズベルグが悲願の初優勝!! 可夢偉はスタート失速も日本人史上2人目のファステストラップを獲得!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round3_final

ロズベルグが参戦7年目にして初めて優勝をポール・トゥ・ウィンでもぎ取りました。

2006年にウィリアムズにてデビューし、その戦いでいきなりファステストラップを獲得、上位に食い込む戦いを毎度毎度見せ、ポディウム獲得も幾度となくしたのですが、肝心の優勝はもぎ取ることができませんでした。

今年メルセデスエンジンは速さもさることながら強さも見せています。メルセデスGPもその例外ではありませんでしたが、ここ一番でマクラーレン等の後塵を拝する結果となってしまいました。今回のレースではチームメートのミハエルがリタイアをしましたが、それでも速さを見せつけたと言っても過言ではありません。

可夢偉は自己ベストの3番グリッドからのスタートでしたが、スタートダッシュでは大幅に遅れ中断に落ちてしまいましたが、周回を重ねるごとに速さを見せつけ、最終的には1989年のオーストラリアGPで中島悟(当時:ロータス・ジャッド)以来、22年ぶりに日本人がファステストラップを獲得しました。スタートダッシュが悔やまれますが、一発の速さは健在であるため、次戦以降どう爆発するかが楽しみです。

次戦は1週間後、バーレーン・サヒール・・・と言いたいところですが、FIAは通常通り開催する発表はしたものの、それに反政府団体が反発し、昨年と同様の大規模デモが起こりそうな様相を見せています。

開催してほしいか、それとも情勢を鑑みて中止すべきか・・・いちF1ファンとしてどちらの答えにしても穏便に事が進んで欲しいと願うばかりです。

2012年 F1中国GP ロズベルグが初PP獲得!!可夢偉も自己ベストの4番手!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round3_qualifying

メルセデスエンジン勢の勢いが止まりませんが、前戦・前々戦はマクラーレン勢が強さを見せましたが、今回はメルセデスGP勢が勢いを見せた予選だったように思います。予選ではロズベルグが初のPPをたたきだし、ミハエルも3番手の1-3となりました。ちなみに2番手のハミルトンはギアボックス交換により5グリッドペナルティが課されるため7番グリッドからのスタートとなるため、実質フロントロー独占と言っても過言ではありません。

前戦ではチームメートのペレスが2位フィニッシュを果たしたことから、今回は可夢偉も予選では奮闘し、自己最高の4番手、さらに前述のハミルトンのペナルティによりセカンドローとなる3番グリッドからのスタートとなります。これは歴代でも2004年ヨーロッパGPの佐藤琢磨(当時:BARホンダ)のフロントローに次いで上位ポジションからのスタートとなります。

ただ・・・前述の琢磨もそうですし、17年前に片山右京がこちらもドイツGPにて途中2位にまでジャンプアップしたときいずれもリタイアしていることから、予選順位のとおりのポディウムは難しいと考えられます。その可夢偉は前述のように日本人の抱えているジンクスを断ち切ることができるのでしょうか。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:バトン

対抗:ロズベルグ

要注意:ライコネン、可夢偉、ハミルトン

いつもなら要注意は2人にするのですが、今回は3人にしました。というのは、メルセデスをはじめ7番グリッドのハミルトンにも1コーナーやタイヤ戦略次第で優勝する可能性がある、と読んだからです。

1コーナーもさることながら、決勝では思った以上に路面温度が上がらないため、ドライコンディションの中でソフト・ハードの選択、そしてそれらをどこの周回で交換するのかが勝負所となりそうです。ドライバーの走りだけではなく、指揮官の戦略、さらにはピットイン/アウトのスピードと位置関係によってラップリーダーが大きく変わるようなレースとなるでしょう。

リタイアは多くはならないものの、「スピードだけでは勝てない」と言われるような「総合力勝負」となる様なレースになるので、F1の奥深さが見れるのかもしれません。

2012年 F1中国GP フリー走行3回目の結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round3_free3

ハミルトンが好調のようです。可夢偉も1回目からずっと一桁のポジションにいます。予選はどうなるでしょうか。

2012年 F1中国GP フリー走行1・2回目の結果、そしてPP予想

「波乱」と言われたマレーシアGPから3週間、次なる舞台は経済発展がめざましい中国です。中国GPは2004年から開催されているGPで、今となってはアジアのF1GPを代表する所の一つとなりました。

初戦と2戦目の予選ではマクラーレン勢が圧倒的だったのに対し、マレーシアGPの決勝では予想を大きく覆しフェラーリのアロンソが優勝するとなると、今後のレースもマクラーレン優位ながらも、一波乱、二波乱ありそうな気がしてなりません。

さて、フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round3_free1

2回目

Round3_free2

1回目はハミルトン、2回目はミハエルがトップタイムをマークしましたが、1回目は雨が降ったり止んだりするコンディション、2回目もドライコンディションでしたが、ひんやりした気温のもとでのフリー走行でした。決勝は晴れの予報ですが、季節柄暑さはそれほどでもなく、路面温度も低くなることが予想されるため、純粋なスピードだけではなく、タイヤ戦略も鍵となりそうなレースとなります。

さて、PP予想と行きましょう。

本命:バトン

対抗:ミハエル

要注意:ハミルトン、ウェーバー

マクラーレンが優位の様相ですが、ハミルトンがギアボックス交換により5グリッド降格のペナルティが課されるそうです。それとの因果関係はありませんが、PPはバトンが取るのではないか、と思います。ミハエルもフリー走行では良いポジションにいるため侮れません。

愛しいひと

愛しいひと 愛しいひと
明野 照葉

文藝春秋  2010-02
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もしもあなたがもっとも愛する人が、ある日突然消えてしまったらどうなるのか。
そもそも、あなたの「愛しい人」とはいったい誰なのか、と言うのも考える必要がある。

その「愛しい人」が突然いなくなり、音信不通になり、それが半年以上の月日がたったら・・・それだけでも生きていけない、と答える人もいるだろう。

本書は最愛の夫が突然、蒸発したことから始まる。地道に業績を上げ、人当たりもよく、悪い噂の欠片もないような人であったのに。妻だけではない、会社の人間も不思議がっていた。妻は疑心暗鬼になりつつも、夫を捜し回った。

しかしその夫が蒸発した事実、それは誰にも知らなかった、いや知らせようとしなかった衝撃のものであった。

私はそういった体験はしたことはないものの、夫の側面に立ってみると、その感情はわからなくもない。もしも自分がそのような立場になったら・・・自分もその「夫」のような行動をしそうでならない。

20代で絶対に身につけたい数字力のルール

20代で絶対に身につけたい数字力のルール 20代で絶対に身につけたい数字力のルール
久保 憂希也

大和書房  2011-05-22
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ビジネスの上で「数字」は欠かせないものである。論拠を持つだけではなく、結果の要素の一つとして、あるいは目標や現状把握の材料としても使われる。
だからでこそ「数字」を操る、知る力の一つとして「数学力」が最近ビジネス誌にて取り上げられている。
本書はその起爆剤となった一つとして、「若手」「駆け出し」と呼ばれる私たちのような世代がどのような「数学力」を身につけたらよいのか、元国税庁出身であり、一部上場企業で数多くのプロジェクトを成功に導いたコンサルタントが伝授している。

Step1「なんでも数字にしてしまう」
最初にも書いたとおり、ビジネスの上で数字は欠かせない。だからでこそ、数字に定義しにくいものも「数字」にしてしまう重要性を説いているが、数字にするだけでは謝った判断になりかねない。だからでこそ「数学」のコツとして「刺さる見せ方」などを伝授している。

Step2「「目標の達人」になる」
目標を立てる重要性もあるのだが、それを具体的な数字に落とし込むことによって、具体的な行動や計画に落とし込むことができる。
その目標も机上の空論とならないように、「PDCAサイクル」とするが如く目標にズレが生じた場合、フィードバックしつつ軌道修正することも本章にて述べている。

Step3「「プロの分析力」を手に入れる」
私自身、大学では統計を専門としていた。そのせいか統計データをみる度に、どのソースで、どれくらいの期間のデータを用いてグラフにしたのかをついつい見てしまう。
私事はここまでにしておいて、巷で見る統計データは見方やデータ量によって結果や視点が大きく変わってくる。そのカラクリを見破り、正しい判断に導くことができる力として「分析力」を挙げている。

Step4「難題をシンプルに解決する」
ビジネスの世界では時として「難題」と呼ばれるものにぶち当たることがある。むしろ今のビジネスは「難題」だらけ、というべきか。
その難題をシンプルにするための方法、「白」か「黒」かの二択にするよりも、様々な「グレー」と呼ばれる回答をつくりつつ、最適解を見いだすことを本章にて伝授している。

Step5「仕事の「質」を変える」
「仕事」と「作業」の違い、それは「価値」がつくかどうかの違いにある。
「作業」は言われたとおりの作業を、言われたとおりの方法や手順でもってつくり、想定通りの成果物を得ることができる。しかし「仕事」はその作業に「ヨリ」を加えることによって成果物に「付加価値」を加えることができる。それこそ「仕事」と呼ばれる要因だが、その「付加価値」をより高めていくために本章では意志決定など付加価値を高める方法を伝授している。

ひとえに「数学」を身につけたからといって、ビジネスに直結しなければ単なる「知識」でしかない。その「数学」をビジネスに直結できるようになれば、数字が蔓延しているビジネスで大きな武器の一つと言える。本書はその数学を伝授しているわけであるが、今まで学校の授業で「数学」アレルギーを持っている人でもすらすら読めるように作られているところも魅力の一つである。

空色バトン

空色バトン 空色バトン
笹生 陽子

文藝春秋  2011-06
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本書は「別冊文藝春秋」という雑誌の2010年5月号から2011年3月号までの分を収録した短編集である。

普通短編集は様々な主人公がそれぞれのストーリーを描くため、「一粒で何度も美味しい」というのが多く、そのたびに当ブログでは全体、というよりもとりわけ印象に残った作品を中心に取り上げることが多い。

しかし本書は単なる短編集ではない。本書のタイトルにある「空色バトン」の如くそれぞれのストーリーをそれぞれの色をタイトルに冠している。その色の内訳は

ブラウン茜色パーマネント・イエローパステル(カラー)マゼンダ

となる。しかもそれぞれのストーリーには他愛のない日常を描いており(一部、人物が亡くなるシーンもあるのだが)、これと言って衝撃的なシーンは中々見あたらない。しかし他愛のないストーリーを細かな人間関係を描いており、読んでいくうちにはまっていく印象を受けた。

編集者の危機管理術~名誉・プライバシー・著作権・表現

編集者の危機管理術: 名誉・プライバシー・著作権・表現 編集者の危機管理術: 名誉・プライバシー・著作権・表現
堀田 貢得 大亀 哲郎

青弓社  2011-12-09
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月に1回以上セミナーなどのイベントに出没する私は編集者にお会いすることがある。編集者の方々の話を聞くと、編集者同士、もしくは作家とのやりとりに関するエピソードなど、ブログでは書けないような四方山話もある。その話を聞くだけでも面白い。
私事はさておき、編集者の仕事は作家が書かれた話を編纂する、もしくは出版社の企画会議に出すなど様々であるが、その編集者も著作権やプライバシーなどの「危機管理」の仕事もあるのだという。本書は著作に関しての「負」の側面をいかに管理するかを現役の編集者の観点から伝授している。

第1章「「名誉毀損」「プライバシー侵害」訴訟は編集者の宿命」
雑誌や書籍など、本人や団体の名誉を傷つけたとして訴訟を起こしたケースも多々ある。ジャニーズや警察などの個人や団体が起こっている。とりわけコラム・オピニオン誌が多い、というかほとんどである。

第2章「盗用か、引用かー著作権侵害の境界は微妙」
論文などの本には「引用文献」や「参考文献」などが挙げられる。しかしその引用一つで「盗用」にあたり、「著作権侵害」となり、罰金刑、最悪の場合「懲役」となってしまう。
本章では「引用」と「盗用」の境目について「引用」など、著作権のルールを元に紹介している。

第3章「「商標権侵害」「不正競争防止法」トラブルって何だ?」
「商標権」に関しては「昨年にそれに関する本」について取り上げているため、ここでは割愛する。もう一つ「不正競争防止法」であるが、この法律を見る度に不思議な疑問が生じる。類似商品や競合商品があるのに、訴えられるケース・訴えられないケースが存在しており、法律的にも明確に違法か適法か、というのもグレーゾーンになるものもおおいのでは、と考えられる。

第4章「「景品表示法」「製造物責任法」「薬事法」の落とし穴」
雑誌の中には「読者プレゼント」など懸賞企画があるのだが、その方法にも法律が存在する。「景品表示法」である。たとえば懸賞の掲載方法についてもこの法律で制定されており、公正取引委員会から糾弾された例も存在する。また入賞者に提供できるものの金額についても厳正に決められている。
さらに本章では景品表示法より事例は少ないものの「製造物責任法(PL法)」や「薬事法」についても取り上げている。

第5章「コミックはトラブルの百貨店と覚悟せよ」
雑誌の記事もさることながら、コミックなどのマンガも名誉毀損、歴史歪曲、さらには宗教団体からの抗議、さらには児童ポルノ法などで糾弾される例が多い。本章ではその中でも有名な事例をいくつか紹介している。

第6章「文庫とコミックは「差別・不適切表現」の宝庫だと思え!」
文庫本やコミックは私自身も読むのだが、「ステレオタイプ」のごとく、はっきりとした表現になることが多い。そのせいか、差別を助長することもあれば、そのことにより市民団体などから抗議されるケースも少なくない。

第7章「最強の編集者は「指摘・抗議・クレーム」への対応はうまい」
前章までの部分を見てみると、コラム・オピニオン誌やコミックの編集者ほど、クレームにさらされる事例は少なくない。編集者の中には「どこ吹く風」という人もいるが。またそれ以外の編集者のなかにも、前述のようにクレームの嵐に見舞われている人もいるかもしれない。本章ではそんな人たちでも、そうではない人たちでも最低限は身につけておきたい危機管理術を紹介している。

新しい息吹は見せつつあるものの緩やかなスピードで進化している「電子書籍」。これから「電子書籍」の時代がくる、といわれているが、現実はそれほど大きな進化とまではいっていないようである。その「電子書籍」と呼ばれる時代だからでこそ、著作権などの「危機管理」は一層強く叫ばれるようになる。このような時代だからでこそ編集者に限らず、これから著書を出そうとする方にも、「必携」と言える一冊である。

勝ち続ける意志力~世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」

勝ち続ける意志力: 世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」 (小学館101新書) 勝ち続ける意志力: 世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」 (小学館101新書)
梅原 大吾

小学館  2012-04-02
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(株)スタジオ・ビビ 乙丸様より献本御礼。
「勝負の世界」にいる方々の「生き様」に関する本はいろいろと見てきた。将棋で言えば故・村山聖、囲碁では藤沢秀行や張栩、麻雀では小島武夫の本を取り上げてきた。本書もまた「生きざま」を描くとともに、囲碁や将棋と違うプロ・ゲーマーとしての勝負のあり方について描いている。

第一章「そして、世界一になった」
「37秒の奇跡」「世界一のプロ・ゲーマー」

その賞賛の声を浴び続けているゲーマーが1981年、青森で生まれた。青森で生まれた少年は移ろいゆく周りの目や声を尻目にゲームに没頭し、1998年に「STREET FIGHTER ZERO3」という格闘ゲームの世界選手権において、若干17歳で世界一まで登り詰めた。

第二章「99.9%の人は勝ち続けられない」
勝てる人でさえ、一生勝ち続けることは不可能である。時として「負ける」こともありうることが勝負の世界である。私もカードゲームや麻雀、将棋といった勝負をやったことはあるが、負けることがほとんどだが・・・。
私事はそこまでにしておいて、勝負の世界では「失敗」や「考える」ことの必要性もあるが、常に「変化」し続けるなかで自らのプレイスタイルを築き上げながら、戦い続ける。それは格闘ゲームの世界に限らず、麻雀でも将棋でも「勝負」の世界にいる人たちの理であり、かつ進化をやめたものはその世界で「死」を意味しているのだから。

第三章「ゲームと絶望と麻雀と介護」
しかし、勝負の世界に生き続けると、見えない「壁」にぶち当たることがある。著者もまたゲームの「壁」にぶち当たった。それは「技術」の「壁」ではなく、「認知」の「壁」であった。その壁にぶち当たり、長年続けた格闘ゲームの世界からはずれた。
そして次の世界に行ったのは「麻雀」である。ゲームとは全く異質の「勝負」がここで行われており、著者もなれるのに時間はかかった・・・と言いたいところだが、「勝負」の世界に生きてきた人間は「勝負」の本質がわかっているように、3年のうちに強豪に認めてもらえるようになった。
その後勝負の世界から離れ、介護の仕事に就いた。しかし・・・一度はまり、離れた勝負の世界にまた舞い戻ってきた。それも「偶然」という形で。

第四章「目的と目標は違う」
格闘ゲームの世界に舞い戻り、世界選手権にカムバック、そしてプロ契約するに至った。その著者の目的や目標に対する考え方について綴っている。

第五章「ゲームに感謝」
前章にて「プロ契約」を書いたが、実際にプロ契約に至ったのは2010年4月の時である。正真正銘の「プロ・ゲーマー」となった瞬間である。そのプロ契約の道のりと、25年ものゲーム人生に感謝の意を本章にて添えている。

本書は「仕事術」というよりも、世界一の「プロ・ゲーマー」ならではの葛藤、そして勝負哲学から何を学ぶのか、と言うのを考えさせられる一冊と言える。もっとも私の中でも最も印象的なのが、囲碁や麻雀、将棋とは異なる「格闘プロ・ゲーマー」の「勝負師」の生き様そのものにある。

ジャーナリズムの原理

ジャーナリズムの原理 ジャーナリズムの原理
赤尾光史

日本評論社  2011-12-09
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ここ最近に限ったことではないが、「ジャーナリズム」が変容してきている。ジャーナリズムに関する本を頻繁に取り上げてきた3・4年前は重点的に取り上げてきた。そもそも「ジャーナリズム」という言葉は使われずとも、江戸時代の頃から「瓦版」などがその役目を担っていた。
現在となっては「新聞」や「雑誌」、「テレビ」と呼ばれる、いわゆる「メディア」がそれを担っているのだが、インターネットが広がりを見せることにより、既存のメディアは変容しつつある。
その時代だからでこそ「ジャーナリズム」そのものについて、現役の新聞記者やメディア論を専攻している学者らが考察を行っている。

第Ⅰ部「ジャーナリズム論の軌跡と射程」
「ジャーナリズム」というと、「政治」や「思想」といった難しいところ、もしくは「右」「左」や「~すべき」「~はだめだ」といった断定や提言をするなど、私たちの政治などの、見方によって「思想」を植え付けさせる、もしくは考えさせるような機関などを指す。
その「ジャーナリズム」という言葉を考察するに当たり戦前・戦後のそれとその展開の仕方などの批判にはいることも多く、それがジャーナリズムの変遷とともにかかれることも多い。

第Ⅱ部「ジャーナリズムと「主体」」
「ジャーナリズム」を成すためには様々な場所の取材と報道がメインとなる。その取材でもそれを重ねることによって論拠をつくり、かつそれにより思わぬソース(材料)を得ることによって、俗に言う週刊誌の「スッパ抜き」などもある。
また「ジャーナリズム」にしても、ありのまま取り上げる所もあれば、「私はあの権力を許さない」というような某大新聞のようなものもあれば、あるいは大将の首をとり、かつ社説で個人攻撃をするような無節操な新聞もある(どことは言わないが)。
これ以上言うと、本書の内容から「大きく」外れてしまうのでここまでにしておいて、本章では思想と報道をはき違えるジレンマ、あるいは記者クラブの存在により、似たり寄ったりのジャーナリズムになることがある。本書ではそのジャーナリズムの「プロフェッショナル」や「組織」、さらにそのものの「価値」についての考察を行っている。

第Ⅲ部「ジャーナリズムと「規範」」
最近では「コンプライアンス」や「CSR(企業の社会的責任)」が叫ばれてきているが、新聞社などメディア展開やジャーナリズムを中心としている会社の報道手法の変化、もしくは取材の変化について、さらには最近ではSNSなどのネット隆盛によるジャーナリズムの変化も論じている。

本書を読んでいくうちに「ジャーナリズム」そのものの変化は理解できる。しかし「ジャーナリズム」そのものはどのように誕生し、どのような原理・根幹を持っているのかが中々つかめなかった。ジャーナリズムそのものの定義ではなく、ジャーナリズムの「現状」の考察を行っている、と言える一冊であるところが少し心残りであった。

「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ

「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ 「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ
鈴木 博毅

ダイヤモンド社  2012-04-06
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ダイヤモンド社 市川様より献本御礼。
今から18年前に「失敗の本質」という本が刊行された。主に日本軍の「組織としての失敗」について、本質的に考察を行っており、「失敗の研究」の草分け的存在として「名著」と呼ばれるようになった。しかし、それを読んだ経営者の中には、それが「ビジネス」の場で役立つのか、という疑念を生じる人もいるのだという。
本書は最近話題となっている「超訳」という形で、ビジネスにも転用できるようにした形で失敗を分析している。

第1章「なぜ「戦略」が曖昧なのか?」
日本軍にも戦略は存在した。しかし日本軍そのものも「軍閥」がいくつか立てられており、今の国会のような状態で対立や揚げ足の取り合いをしながら、根幹である「戦略」が蔑ろにされ、曖昧なものとなってしまった。
日本軍にも屈指の戦略家・参謀が存在した。石原完爾もその一人であるが、彼も関東軍らの対立が深化してしまい、最終的には左遷され、予備役に回された。
日本軍と石原完爾の話はさておき、日本軍と従来の日本企業、その2つにはある共通点がある。それこそ、日本人の戦略が曖昧である要素が詰まっている、と言っても過言ではない。

第2章「なぜ「日本的思考」は変化に対応できないのか?」
「日本的思考」とはいったい何なのか。それは既存のルール(プラットフォームやビジネスモデル)をもとに戦術や戦略を積み立てることにある。しかしアメリカなどの国々の思考は「ルールそのもの」を覆すことにある。これは大東亜戦争の時でもその違いにより敗れ、かつ現代でもグローバル化の競争に後塵を拝している要因でもあった。

第3章「なぜ「イノベーション」が生まれないのか?」
「イノベーション」はビジネスにおいて重要な要素の一つである。日本でも戦後の高度経済成長にて、イノベーションを想像することができたのだが、現在は戦時中と同じくイノベーションの創造ができないまでも言わないものの、創造しづらくなっている。
それはイノベーションを作る方法として「体験的」か「無効化」するか、そのどちらかにある。日本は前者でイノベーションを行ってきたことがほとんどであるが、現在ではそれに限界が出てきた、というところかもしれない。

第4章「なぜ「型の伝承」を優先してしまうのか?」
日本の強みは模倣からさらに進化する形を作ってイノベーションを巻き起こすことである。また同じ技術やノウハウを伝承していくことが常とされてきた。
武道にしても、技術にしても「「型」に始まり、「型」で終わる」風潮にある。これに良い側面もあれば、悪い側面もある。本章ではその「悪い側面」として本質を見ていないところを指摘している。

第5章「なぜ「現場」を上手に活用できないのか?」
現場と指令部の温度差についてを指摘しているが、これもビジネスの面でも言える。例えば工場と上層部、あるいは開発と営業の温度差など物理的、もしくは仕事の内容で「隔たり」のあるところには共通して言える。ある意味「踊る大捜査線」に出てくる名言を思い浮かべてしまうところとも言える。

第6章「なぜ「真のリーダーシップ」が存在しないのか?」
「「真のリーダーシップ」とは何か」と問われると、状況判断力や問題解決力、組織をとりまとめる力があるなど様々な答えがある。いずれも正しい。しかしその核心的な答えは人それぞれであり、一つとは限らないこともあれば、「無い」という答えが返ってくる人もいる。
本章ではリーダーの情報の捉え方や確認、あるいは「勝利の条件」などの要素について書かれている。

第7章「なぜ「集団の空気」に支配されるのか?」
日本人ほど「空気」を重要視する民族はいない。それ故にある人が正しい作戦や判断を提案しても、大多数が逆の意見だったことにより却下され、間違った道に進むことも少なくない。本章では日本独特の「空気」の危険性について指摘している。

『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である』

これは「種の起源」という名著を生み出したイギリスの自然科学者であるチャールズ・ダーウィンが残した言葉である。「変化」というと技術の進歩が挙げられるのだが、もっとも形や積み上げと言った進化だけではなく、「本質」そのものの進化こそ、これからの時代に最も必要な要素の一つである。本書は日本軍の失敗から、昨今置かれている日本の企業や国家といった「組織」に対して、「警告」と「提言」を行った一冊と言える。

世界No.1コーチ アンソニー・ロビンズが認めた~7日間で人生を「進化」させる方法

世界No.1コーチ アンソニー・ロビンズが認めた 7日間で人生を「進化」させる方法 世界No.1コーチ アンソニー・ロビンズが認めた 7日間で人生を「進化」させる方法
井口 晃

マガジンハウス  2012-03-22
売り上げランキング : 112

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水野俊哉様より献本御礼。
本書を紹介する前に、まずアンソニー・ロビンズについて紹介する必要がある。

「アンソニー・ロビンズは「世界一のコーチ」と呼ばれている人で、
故ダイアナ妃やクリントン元大統領などのコーチをしていた。
3日半に及ぶ3000人規模のセミナーを年に何回も開催し、
年商規模でも他のセミナー事業家たちと比べて群を抜いている。」
「アンソニー・ロビンズ研究室」より一部改変)

本書は極貧のアメリカ在住時代から成功者のノウハウを学び、それを講師やコーチを行いつつ、アンソニー・ロビンズの最年少プラチナパートナーとなった方が人生を進化させる方法を伝授している。

1日目「自分の現在地を知る」
「あなたは何処にいるのか」
何らかの不安を持っている人、あるいは何処に行ったらわからない人がもっとも意識する必要のある命題と言える。

「自分は何がしたいのか」
「自分は何をしているのか」
「自分には何を望まれているのか」

など、自分に問う、あるいは自分のニーズ(欲求)を満たすために、どのようなもの・ことが必要なのか、を考えるメカニズムを紹介している。

2日目「どこに行きたいのかを知る」
自分の立ち位置がわかったら、次はベクトルである。本性でいう「どこに行きたいのか」は、「目標設定」であり、その目標に向けて何をするか「過程(プロセス)」に細分化する。それだけではなく、あこがれの人は誰なのか、その人の行動とはどのようなものか、を本章にて伝授している。

3日目「絶対にやりたい理由を見つける」
目標や行動の設定ができると、今度はその行動力を助長させるべく、明確な理由、もしくは動機づけを身につける必要がある。
「動機づけ」とはいっても、どのように「動機づけ」を行ったらよいのかわからない人が多いことである。本章ではその理由を問いただすのと同時に、動機付けをするための、「問い」をいくつか紹介している。その「問い」はごく単純なものである。

4日目「明確な行動計画を立て、実行する」
「努力に近道なし」という言葉があるのだが、できるだけ「近道」になるように行動することができる。経営用語に「PDCAサイクル」があるように計画を立て、かつフィードバック・改善をする必要がある。本章ではその「計画」と「フィードバック」の方法を担っている。

5日目「自分を制限している信念を取り除く」
「信念」は、自分自身の思考の根幹であり、行動指針の一つと定義する。その信念は「固定観念」そのものではないにしても、行動の妨げになることがあるのだという。ノウハウ本やビジネス本を実践できない理由としても挙げられているのだとか。
本章ではその「信念」を捨てる重要性について説いている。

6日目「人生は、付き合っている人で決まる」
人生の中で人付き合いが全くない人は誰もいない。それほど誰しも人と出会うことがある。その人と出会う量や質によって、考え方や人生まで大きく変わってくる。
本章ではどのような人と付き合っていきたいか(本章ではこれを「マスター・マインド」と定義している)、その人をどのように探すか、そしてどのような人間になりたいかを表している。

7日目「進化を続ける」
進化を続ける重要性を説いているが、それだけではなく、健康や時間管理、男女関係、お金など、本章以外では紹介されていない要素についても伝授しており、それらにもピラミッドのように重要度が変わってくる。

かつて、ディズニーの創業者であるウォルト・ディズニーは、

「ディズニーランドはいつまでも未完成である。現状維持では後退するばかりである」

という言葉を残した。現状維持や進化を止めてしまっては、せっかく叶えようとしている夢や目標が「絵に描いた餅」となってしまう。だからでこそ進化をすること、そして目標を達成することの重要性を伝授するとともに、そのメソッドのすべてが本書には詰まっている。

ドゥルーズ入門

ドゥルーズ入門 (ちくま新書) ドゥルーズ入門 (ちくま新書)
檜垣 立哉

筑摩書房  2009-04
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ドゥルーズ(ジル・ドゥルーズ)は約17年前に亡くなられたフランスの哲学者であり、サルトルが生きた時代に影響をうけて、「差異」や「機械」などの概念をそのものを考察・定義していった。最晩年には肺病を患い、そのことにより世の中に対して絶望をおぼえ、自宅から投身自殺をした。
ドゥルーズの遺した哲学は現代思想においても大きな影響を及ぼしていたが、身体や領土などの形のあるもの、あるいは経験な内在するものなど形の見えないところまで哲学として定義した範囲は幅広い。
本書はめくるめくドゥルーズ哲学の世界を解き明かす入り口にあたる一冊である。

第一章「ドゥルーズの「哲学」とは何か」
ドゥルーズの哲学の範囲は幅広いが、その根幹をなすものはいったいどこに当たるのだろうか。本章ではその根幹として「内包」や「潜在」と形が見えず、かつ自分自身の内面に秘めているものの定義が中心である。ドゥルーズを語る上で、その根幹をなすためによく「ドゥルーズ=ガタリ」と呼ばれることが多い。「ガタリ」は精神分析家・思想家であるフェリックス・ガタリであり、「千のプラトー」や「哲学とは何か」など、ドゥルーズとの共著も多々ある。その二人の共通点としてある「事件」が取り上げられるが、それについては第五章にて詳しく述べる。

第二章「ドゥルーズと哲学史」
ドゥルーズがもっとも活躍したのは第二時世界大戦後、日本で言うと「60年安保」などの時代にあたる。生い立ちを見てみると年代的に先日亡くなられた吉本隆明と、年齢的にも大差ない。むしろその時代に生きた哲学や思想とはいったい何なのか、それを問い直す必要があることを考えると、ドゥルーズの哲学を見直すうえで格好のタイミングと言っても過言ではない。
最初にも言ったとおり、サルトルの時代に影響したと言われているが、ちょうどサルトルが生きた時代とほぼ同じ時代に生きていたこともあるのかもしれない。

第三章「「差異と反復」―ドゥルーズ・システム論」
ドゥルーズ単著で代表的なものの一つである「差異と反復」について取り上げている。1968年に発表されたのだが、その原型として博士論文で取り上げたものをさらに深堀して発表している。いわゆる「改訂版」と言えるものなのかもしれない。
その「差異と反復」はどのような本なのか、そしてそれによって現代哲学にどのような影響を及ぼしたのかを取り上げている。

第四章「「意味の論理学」―言葉と身体」
代表的な単著をもう一つ「意味の論理学」を取り上げている。こちらも同じように1969年に発表された論文であり、モノや言葉などの表層的なものの意味、そしてそこから構成させる論理を数多くの論考をもとに表している。

第五章「ドゥルーズ=ガタリの方へ―文学機械論」
第一章で言った「事件」について本章を取り上げる前に紹介する。いわゆる「ソーカル事件」と呼ばれるものがあり、ニューヨーク大学の物理学教授であるアラン・ソーカルが、1994年にフランスの現代思想をこぞって批判する論文を発表したことから哲学・物理学などの学問を越えた論争の引き金となった事件である。その批判対象にドゥルーズとガタリも含まれていたことにある。
本章の話に戻る。ドゥルーズとガタリの共著も第一章で紹介したとおり数多く取り上げられているが、その中で文学から表される「機械」(文学作品にでる機械そのものではない)についてを論じている。

戦後日本でも吉本隆明らによって思想が変容したことと同じように、フランスでもドゥルーズによって思想や哲学に変容をもたらした。しかし哲学を知っている人でもドゥルーズの哲学を知る人は少ないように思える。私でもドゥルーズを知ったのは本書に出会ってからである。だからでこそドゥルーズを知るための入り口として重要な位置付けとして本書があると言える。

セキュリティ経営~ポスト3・11の復元力

セキュリティ経営: ポスト3・11の復元力 セキュリティ経営: ポスト3・11の復元力
林紘一郎

勁草書房  2011-12-09
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「セキュリティ」は年々進化を遂げている。その一方でクラウドなどのサービスが次々と誕生し、より便利となっている。「セキュリティ」と「利便性」という相反する要素存在する中で、その両方を叶えることも企業によっては行っている。
セキュリティの強化と効率化の両輪をシステム業界では常に追い求められたが、「3.11」では数々の安全神話が崩れ、セキュリティや効率化に隠されたリスクも浮き彫りとなった。「3.11」以後に起り、それ以後にも「福島第一原発」や「みずほ銀行」などの事件から、企業経営にあたり何が必要なのか。本書では「復元力」と定義して、セキュリティの観点からリスクや経営についての指針を提言している。

第1章「セキュリティ事件・事故の現実」
新聞を開くと「情報流出」や「セキュリティ」にまつわる事故・事件が後を見ない日が珍しいほどである。
本章では過去10年間のセキュリティ事故の事例から、「セキュリティ」にまつわる様々なリスクを浮き彫りにしている。自分の働いている業界も絡んでいるだけに看過できない所である。

第2章「企業経営のICT依存と全社的情報管理」
本章のタイトルに出てくる「ICT」は、「Information and Communications Technology(情報と通信の技術)」の頭文字を取った略称であり、銀行やインフラのシステムには不可欠のシステムである。
この技術の向上により、私たちの生活の中の利便性は劇的に向上した一方で、「みずほ銀行」のような事故を起こると、企業のみならず、私たちの生活にも波及することもある。
本章では昨年の春に起こった「みずほ銀行」の事故などを例に出しつつ、情報漏洩、もしくは「情報窃盗」の定義について論じている。

第3章「企業と情報セキュリティのガバナンス」
またも用語解説となってしまうが、本章にて紹介する「ガバナンス」は、

「統治のこと。『ガバメント』とは対照的な統治として位置づけられる。ガバメントは政府が上の立場から行なう、法的拘束力のある統治システムである。一方、ガバナンスは組織や社会に関与するメンバーが主体的に関与を行なう、意思決定、合意形成のシステムである。」「デジタル用語辞典」より)

である。そのガバナンスとセキュリティは似通っているように思えて、この2つでジレンマを起こしている。本章ではガバナンスの中でもスタンダードの部類である「コーポレート・ガバナンス」とリスクヘッジについて論じている。

第4章「グローバル化と情報セキュリティ」
企業のグローバル化が進んでおり、止まる所を知らない。それとともに情報セキュリティも叫ばれてきているが、海外進出にするに当たり、「文化の違い」によるセキュリティ意識にも違いが出てきている事実がある。
最近システム業界でも、海外に開発を委託するケースも聞くほどである。
本章ではグローバル化とセキュリティのジレンマを統計的な観点から浮き彫りにしている。

第5章「クラウドとBCP(事業継続計画)」
さて、本書の核心の一つである「東日本大震災」の話にクラウドと事業継続の話をセキュリティの観点から論じている。

第6章「プロセスの標準化と経営判断の原則」
私が勤めている業界では聞かない日のない「ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)」を取り上げている。話すのを遅れてしまったが、本書は情報セキュリティ大学院大学の方々が著している。いわゆる情報セキュリティのスペシャリスト養成機関である。
そのため「ISMS」に関しては、用語の解説だけではなく、適用に関する現状などISMSの概要書にない所まで突いている。

第7章「不確定性の時代と責任」
天変地異やサイバー攻撃などを複合して考えても、「情報漏洩は起こらない」、もしくは「セキュリティは万全」ほど信じられない言葉はなく、かつそれにまつわる「リスク」も避けられない。そういった中で個人や法人はどのような責任や対策を論じている。

本書では「復元力」を掲げているが、「危機管理」という部類に入るように思えてならない。「危機管理」というと天変地異などからどのようにリスクを回避できるか、というイメージを持たれるかもしれないが、セキュリティの世界でも同じような「危機管理」は大切である。その「危機管理」は避難訓練と同じように、様々なケースを想定した対策を構築することが、リスクを回避はできなくとも、リスクを減らすことができる。

落語の達人~この噺家を忘れてはいけない!

落語の達人: この噺家を忘れてはいけない! 落語の達人: この噺家を忘れてはいけない!
瀧口 雅仁

彩流社  2011-12-12
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「落語の達人」というと五代目古今亭志ん生や八代目桂文楽、六代目三遊亭圓生などが挙げられるが、本書では落語をあまり知らない人でも「名人」と呼ばれるほどの落語家をさしておらず、むしろ「通」と呼ばれる方々がファンにとって印象に残る落語家の中から3人を取り上げている。

五代目 柳家つばめ
元々の名跡は「柳家つばめ」であるが、本章で紹介される五代目の次である、六代目だけは「柳家つば女」という名跡だった(読み方は同じ)。
史上初の人間国宝に認定された五代目柳家小さんの懐刀として活躍しただけではなく、きっての新作派として政治などを風刺した「落語政談」などを世に残した。
柳家つばめの話ばかりではなく、戦後の新作落語について、五代目春風亭柳昇や四代目桂米丸、初代林家三平らが出演した「創作落語会」についても言及している。

三代目 三遊亭右女助
三遊亭右女助は三遊亭の中では新作派と呼ばれている。何せ師匠は新作派の闘将と呼ばれた五代目古今亭今輔であった。今輔門下には四代目桂米丸や三代目三遊亭円右らの新作派の落語家が名を連ねる。
右女助の代表的な演目として「出札屋」というのがある。駅員が全国津々浦々の駅名を挙げていくシンプルなものであるが、それがほぼ毎日のように寄席で演じられたことから右女助の代名詞となった。

橘家文蔵
橘家文蔵は主に古典落語が中心であったが、寄席よりもむしろ学校で一席演じることがほとんどであり、「文蔵が 東京にいれば 夏休み」という川柳が存在するほどであったという。

近年は「落語ブーム」と呼ばれるほど落語の本も数多く出版されており、ホールも「満員御礼」が出るほど人気がある。しかし落語家の名前を知っていると言えど、笑点や日本の話芸に出てくる様な名前しか出てこない人も多いのも事実である。だからでこそ、落語はもっと奥が深い、と言うのを教えてくれる落語家を本書では厳選して3人を紹介しているのである。

世界の食料ムダ捨て事情

世界の食料ムダ捨て事情 (地球の未来を考える) 世界の食料ムダ捨て事情 (地球の未来を考える)
トリストラム・スチュアート 中村 友

日本放送出版協会  2010-12-02
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皆さんは「食品ロス率」という言葉を聞いたことがあるのだろうか。簡単にいえば食べ物を食べずに廃棄する、とりわけ飲食業界や食品を販売する業界を対象に使われる数字である。
何を言いたいのか、というと本書にも直結しているのだが、食糧を生産しても、私たちの口に入らずに廃棄するケースも多いのだという。かと思えば貧困にあえいでいる地域では食糧を満足に得ることができず、餓死してしまう人も多い。
本書では世界中で起こっている「食品ロス」の事情を追っているとともに、その現状に警鐘を鳴らしている。

第1部
本章ではスーパーマーケットや農場などで棄てられる食糧の現状を写真とともに映している。主にイギリスを中心にしているが、日本でも同様のことが起こっていることを肌身で感じている。というのは、大学生の頃、アルバイトでスーパーの総菜売場を担当していたのだが消費期限のすぎたもの、もしくは売れ残ったものを廃棄することを何度もやったことがある。その度に満足に食糧を得ることができない所を思ったりしていたたまれない感情に苛まれた。
「食品ロス」が起こる現場として、農場やスーパーマーケットだけではなく、総菜食品や加工食品を大量生産する、「食品加工工場」などを代表する製造業、さらには「賞味期限」の現状についても語られている。

第2部
ここでは農場や漁場などの場において、生じる「無駄」についてを追っている。農場では「余剰生産」、漁場では尾びれなど余剰な部分が棄てられるという。
その余剰部分を廃棄せずに再利用させる一例として加工したり、豚などの家畜飼料にするなど、食糧廃棄を防ぐ手段も紹介している。日本でも小田原や相模原で豚用飼料に加工している事例を紹介している。

第3部
今となっては食糧も「バイオマス」など電力などのエネルギー生産として使われることがある。しかし本来食糧は食べるためにあるものであることを忘れてはならない。
とはいえ食糧のリサイクルや再利用という風潮は止まらないのも現実にある。本章では「食品ロス」低減のための一手段としてのそれらを紹介するとともに、韓国や台湾、そして日本での「食品ロス」防止の可能性について解き明かしている。

「食品ロス」についての日本の現状は農業や食品にまつわる本で何度も紹介してきたのだが、これは先進国でも同じことが言えるという。とりわけアメリカやイギリスなどでは日本と同じような状況にある。この現状に私たちはどうしたらよいのか、単純である。「食べ物を粗末にするな」ということである。

日本的ソーシャルメディアの未来

日本的ソーシャルメディアの未来 (PCポケットカルチャー) 日本的ソーシャルメディアの未来 (PCポケットカルチャー)
濱野 智史 佐々木 博 ソーシャルメディア・セミナー

技術評論社  2011-02-04
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今やソーシャルメディアはTwitterやFacebookを中心に発展を遂げており、それによって災害や政治運動に使われることも少なくない。日本ではアメリカやヨーロッパといった国々ほどではないものの例外ではない。
本書ではソーシャルメディアの未来と日本の未来、そしてインターネットの未来を予見するとともに、ソーシャルメディアの光と影について二人の著者が対談形式にて迫っている。

第1章「コミュニティ(共同体)とソサエティ(社会)」
インターネットが隆盛したことによって、「コミュニティ」や「ソサエティ」の在り方が変化を遂げた。本章ではインターネットの定義と本章のタイトルにあるものの定義の変化を読み解いている。

第2章「インターネットを「時間」から考える」
インターネットはある種の共同体ではあるものの、「社会」なのか、という議論は絶えない。ソーシャルメディアが誕生し、成長してからはその議論は活発になる一方である。
本章ではTwitterなどの「選択同期」から「時間」を読み解いている。「選択同期」というと簡単に言うと、あることをすると、他の人が同じことをしていることを主張する、という連鎖を指す。

第3章「ソーシャルメディアと日本人」
日本人とソーシャルメディアは他国と比べて疎遠の存在の印象がある。しかしそうではなく、日本人そのものの価値観の違いを共有、あるいは共生することができることを再認識させられる。それだけではなく自らの「キャラ」、と言う名のアイデンティティなども取り上げている。

第4章「「ミクシィ疲れ」はなぜ起こる?」
その「キャラ」を作ることによって、自分を演じることに「疲れ」が生じてしまう側面もソーシャルメディアには存在する。本章では「ミクシィ疲れ」を例示しているが、「Twitter」や「Facebook」にも同じことが言える。

第5章「学校教育とソーシャルメディア」
社会学では「ムラ社会」と呼ばれる共同体がよく定義される。
「ムラ社会」とは簡単に言えば「集落における社会構造」を指し、外部とは乖離した空間で上下関係や価値観の統一などありとあらゆるところまで遵守する傾向にあり、異端なものは積極的に排除しようとする空間である。日本では「ムラ社会」といわれる構造が昔から主流であるせいか、「KY」という言葉も盛んに言われる。
学校教育における「クラス分け」もその一つとされている。またソーシャルメディアもまた然りであるが、形は異なる。本章ではそのことについて論じている。

第6章「質疑応答―50年後、どうしてる?」
今更気づくのは遅すぎるのだが、本書はソーシャルメディアセミナーでの対談を取り上げている。そのため、本章では対談後の質疑応答があり、その中でソーシャルメディアそのものよりも、皆の「50年後」の姿とソーシャルメディアの姿、50年後のあなたはソーシャルメディアを使っているのか、を観客とともに対談をしている。

日本におけるソーシャルメディアは他国のそれとは異なり、「共同体」という意識を再認識させられる一大メディアと呼ばれる。それだけではない。いざというときの「団結力」や「絆」の強さを東日本大震災にて知らされた。
ソーシャルメディアはすでに社会とは切っても切れないほどの存在であるが、それはまだ発展途上なのか、それとも成熟しきっているのか、それらも兼ねて未来は様々な可能性があると言える。

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