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2012年3月

午後6時の経済学

午後6時の経済学 午後6時の経済学
竹内 宏

朝日新聞出版  2010-06-04
売り上げランキング : 481943

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「午後6時」というタイトルが特徴的である。「午後6時」というと大体就業時間を迎え「アフター5」ならぬ「アフター6」となり、ビジネスマンによっては勉強や他の仕事の時間、さらには仲間内での飲み会などで消費するような時間に充てられる。しかし最近は「不況」と呼ばれるせいか、終業後も仕事で残ることもあれば、まっすぐ自宅にもどり、夕食後は家でゴロゴロする、という人が多いように思える。
本書は戦後日本の一日の喩えとして「午後6時」ととらえられており、宵闇にさしかかっている日本経済を揶揄してこのタイトルにしているという。その経済の現状とそこから立て直すための糸口について追っている。

1章「経済が低迷すると、国民の希望を担って独裁者が現れる」
本章のタイトルの一例として1929年に起こった「世界恐慌」の後のイタリアやドイツの政治状態が今の日本にも起こるのではないか、と危惧している。確かにこの状態の中で小沢一郎や橋下徹といった政治家がメディアで重点的に取り上げられている。

2章「経済が国際化し、銀行の数は減った」
経済はバブルとともに「国際化」の傾向になり、崩壊後の「失われた10年」の中で銀行が相次いで倒産した。その大きな要因として、「護送船団方式」の崩壊にあるという。その後「金融ビッグバン」と呼ばれる銀行の大合併が重なり国際的にも競争力を持たせる銀行に仕上げたのだが、現実は競争力を持っているのか、疑問を持ってしまう。

3章「日本的経営の価値は、人材育成の巧みさにあった」
戦後日本は高度経済成長などにより、経済は急速に伸ばしていった。その大きな要因として「日本的経営」によるものが大きいという。しかしバブル崩壊後はその日本的経営が批判・否定され、アメリカからきた「成果主義」が取り上げられるようになったが、蟻地獄の如く悪化の一途をたどっていった。日本における経営の光明も見えていないという。
本章では「日本的経営」の価値とは何か、どのような利点があるのかを再評価している。

4章「豊かになり、みんながバラバラになった」
戦後、国民が豊かになったことにより、大量生産が行われるようになった。それと同時に日本人の購買指向も多様化・高級化していった。そのことにより日本人そのものがバラバラになった、という論調も出てきている。
本章では雇用体型や購買指向の変化に伴う国民性について論じている。

後書きに本書のねらいは私たちのような世代の「空想の不足」と「集団行動の欠如」、それを補完、もしくは解消するために作られた一冊だという。しかし自分自身の世代は政治に関して興味はないのか、というと、ないわけではない。しかし与党や野党など既成政党に希望が見えない。極端な話で「絶望」しかない、という印象が強い。絶望ではなく、私たちの世代で変える「希望」も持てる。本書はそのための一冊なのかもしれない。「絶望」と呼ばれる状況でも、小さくても「希望」はある。

数学のリアル

数学のリアル 数学のリアル
桜井 進

東京書籍  2008-06-14
売り上げランキング : 326639

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学校で学ぶ「数学」、しかしその科目を忌避する人は少なくない。ましてや学んだとしても、「生活の役に立たない」というほど、生活と直結しないと考えられている。
しかし、この数学は実際の生活に直結しているのだという。しかも私の生活の目に見えないところで。本書はその「目に見えない所」で活躍する数学を解き明かしている。

第1章「指数・対数は人間の命を守った!」
高校の時に学ぶ「三角関数」や「指数・対数」、前者は「天文学の計算」で、後者は航海で使われたという。後者は現在使われるかどうかはわからないものの、大航海時代(15世紀)の時に使われ、命も救ったのだという。

第2章「体のなかに潜むlog」
「log」は対数に使われる単位である。元々英語で対数は「logarithm」と言い、その頭文字3つから取られている。
その「log」という単位は音や光といった量を計ることができるという。

第3章「あなたの位置は数式でわかる!」
最近ではスマートフォンの需要が急速に伸び、かつGPSの機能の需要も増している。そのGPS機能はカーナビ、さらには戦闘機などで使われた歴史もある。第二次世界大戦から使われ始めたといわれると約70年ほどの歴史があるのだが、本章ではアインシュタインが提唱した「相対性理論」を用いて説明している。

第4章「パソコンを支える2進法の威力」
本職にもっとも近い分野であるが、パソコンそのものの成り立ちは「0」と「1」によって成り立っているため、そのことはよく知られている。その2進法も「0」と「1」は「ON」と「OFF」、私たちの用語で「I/O」と使われる。本章ではそのことが中心である。

第5章「ネットのセキュリティーは安全?」
最近ではシステム業界に限らず、様々な所で「セキュリティー」が叫ばれている。とりわけインターねっとのセキュリティーは顕著であり、ありとあらゆる手を使ってセキュリティーの向上をしているのだが、イタチごっこの如く、セキュリティーを作っては破られるという繰り返しの状態である。
本章ではそのネットにおけるセキュリティーの基礎である「公開鍵」と「秘密鍵」の仕組みについてを紹介している。セキュリティーはなかなか奥深い分野であり、専門用語も乱舞するため、そういった分野に関わっている人でなければちんぷんかんぷんになりやすいのだが、本章では基礎部分にとどめているため、初心者にとっては分かりやすい。

第6章「黄金比と白銀比」
本章のタイトルからしていきなり訳わからないように見えてしまう。しかし後者の「白銀比」はコピー用紙など身近な分野で使われており、コピー機で「拡大」や「縮小」の技術のカラクリについても追っているため、本書のなかでもっとも面白いところと言える。
また「黄金比」も絵や生け花、さらには和服など身近にあり、かつ見えるものの定義について語っている。

第7章「身近な「単位」の壮大なドラマ」
おそらくもっとも身近にある数学の単位の一つとして「メートル」がある。その「メートル」単位が誕生したのは、なんと「フランス革命」の時である。その革命政府で、「科学アカデミー」が誕生し、科学を用いた単位を誕生させたという。ではこれまでは、というと当時は「キリスト教(カトリック)」が絶対的な地位にあったため、科学もその下に屈しており、科学的な解明ができ、提唱したとしても、それが宗教裁判に掛けられることも少なくなかった。有名どころではガリレオ・ガリレイの地動説がある。

第8章「スピード・メーターと数学」
最後は微分・積分の話であるが、これをよく使う分野として工学や建設関係などがあることを聞いたことがある。

本章では自動車や飛行機から微分と積分について解き明かしている。
数学は一見生活に密着していない用に見えて、見えないところまで見てみると、密着しており、かつ役立っている。しかしそれを知らなければいけないか、というとその必要性はないものの、「知っているとおもしろくなる」というのがこの数学の面白さであり、本書のねらいと言える。

日本農業の底力~TPPと震災を乗り越える!

日本農業の底力 ~TPPと震災を乗り越える! (新書y) 日本農業の底力 ~TPPと震災を乗り越える! (新書y)
大泉 一貫

洋泉社  2012-03-06
売り上げランキング : 27725

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洋泉社様より献本御礼。
日本の農業は今、危機にさらされている。日本の食料自給率は平成22年現在でカロリーベース39%(農水省発表「食料自給率の推移」による)、さらには東日本大震災により、東北地方を中心に農業の生産高はかなり落ちており、食糧自給率は落ち込むことはほぼ確実視されている。そう考えていくと農業は衰退の一途をたどっているように思えてならない。では、農業の衰退している本当の理由はどこなのか。或いは、最近巷で騒がれているTPP とはどのようなものか。本書ではTPPについてはどちらかというと「賛成」のスタンスで、参加することによってどのような農業の環境作りが求められているのかを主張している。
第1章「TPP狂想曲」
ではTPPとは一体何なのだろうか。
簡単に言えば「環太平洋連携協定」のことを言い、ニュージーランドやシンガポールなどが発効させた貿易自由化を目指す枠組みのことを言い。現在ではアメリカやオーストラリアなども参加の意向を示している。(weblioより抜粋
ちなみに日本は2011年11月に米国へ参加をする意向を示した。正式な参加表明はしていない物の、実質的に参加の方向に進んでいることは確かである。しかしこの枠組み参加には賛成・反対論が根強く存在する(反対論の方が多いように思えるが)。その中で賛成・反対それぞれの代表的な意見を見てみる。

「参加」・・・「日本は米、小麦以外に関しては(すでに)世界でも指折りの関税率が低い国。その中でまったく問題なく利益を出している」ニコニコニュースより経済学者・飯田泰之氏の意見)

「反対」・・・「TPPで輸出は増えず、安い農産物の輸入が増えてデフレになる」「TPP反対派の本音」より、中野剛志氏の意見を抜粋)

しかし議論そのものが不毛なものとなっており、農協等それぞれの思惑が絡んでいる例えば農協の場合はTPPそのものも反対しており、かつ農業そのものも現状維持のスタンスとしている。
よく評論家はいう強い農業とは一体何なのだろうかというのも本書にて説明している。

第2章「震災からの復興と日本の農業」
昨年の3月11日に東日本大震災が起こり、東北を中心に甚大な被害を受けた。この東北からの復興は強い農業ための復興への支援として、モデルケースとして本書では取上げている。しかし放射能などの問題もあり、数年以内でできることではない。

第3章「日本のあるべきTPP戦略」
政府がTPP交渉に参加表明している以上、農業の国際化はもう止まらない。しかし日本はそういった農業の規制緩和を反対し続けながら、農業改革について後手後手に回っている状態にある。そういう意味では今回のTPPは、農業政策の大きな転換としての大きな起爆剤となることは間違いない。しかしその「強い農業」で行う政策を行うにしても、農協等の圧力はまず避けられない。ましてや国際交渉で果たしてリードできるのかという疑問もある。

第4章「日本農業の底力」
農協規制の緩和をしたからといって日本の農業衰退するわけではない。ましてや単価は高いが品質という日本の農産物をアピールすることができる絶好の機会となる。実際の一例として日本の米が挙げられており、中国や台湾の富裕層で人気があるという。ではなぜ日本の農業弱いという。それは弱いと思い込んでいるのではないだろうか。或いは、農業は弱いというマスコミが宣伝しているだけなのだろうか。それは定かではないが、農産物だけではなくの供給する輸出も行っているっていうところ考えると、日本の農業が強いともいえる。

第5章「成長産業となるためのビジネスモデル」
日本の農業成長するための活動を一つ紹介している。主にオランダやデンマークを参考にしており、その農業政策のケースを紹介している。

第6章「農業経営を健在の5~10倍へ増やせ」
「農家」はどのように定義されているのだろうか。その定義は曖昧なものである。では農業経営もまた、一部の企業には関心があるものの、浸透していない現実も存在する。農業経営は「農業」に特化したビジネスモデルを構築できる、かつ「強い農業」に限りなく近づくことができる材料として、その農業経営の規模と数を5~10倍に増やすことを提言している。

本当の意味で「国家」とは何か、本当の意味で「強い農業」とは何か。本書は農業やTPP問題をピンチとしてとらえるのではなく、むしろチャンスとして「強い農業」にシフトして行くことの提言も含めて考えさせられる1冊である。

サラリーマン誕生物語~二○世紀モダンライフの表象文化論

サラリーマン誕生物語  二○世紀モダンライフの表象文化論 サラリーマン誕生物語  二○世紀モダンライフの表象文化論
原 克

講談社  2011-02-16
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今となってはほぼ「あたりまえ」の存在であるサラリーマン、かく言う自分もサラリーマンのはしくれであるが。サラリーマンはいつごろ誕生し、どのような背景があったのか、そしてサラリーマンそのものがどのように進化していったのか、本書は現在のサラリーマンの原型を映し出している。

第一章「通勤電車に乗る」
通勤電車と聞くと大概は満員電車にすし詰めの状態で通勤、仕事終了後の帰りも同様の状態になり、そして家に帰る頃にはそれによりクタクタの状態になる。
この満員電車は現在では度重なるダイヤ改正や増便、増線などにより満員は多少緩和されているものの、未だにその状態は保ったままである。
満員電車の歴史は古く、物理学者の寺田寅彦が1922年(大正11年)の9月に「電車の混雑について」を取り上げた時代から続いている。本章ではそれ以降の電車混雑や電車広告、あるいは電車について取り上げられている。

第二章「午前の勤務につく」
会社によってまちまちであるが、大概は朝9時に始業のベルがなり、仕事が始まる。その始業前の出社、もしくは終業後の退社時にはタイムレコーダーにタイムカードをかける会社も少なくない。最近ではセキュリティーカードを使って始業・就業時間を管理するところも出てきている。本章ではその出社・退社時に使うタイムレコーダーの歴史について紹介しているが、70年以上の歴史があるのには驚いた。

第三章「仕事に追っかけられる」
仕事に追われる状態は今も昔も変わらない。私も本職で仕事に追われることは少なくない。
で、本章であるが、仕事に追われることそのものではなく、「社員食堂」や「通信」の歴史を取り上げているが、もっとも特徴的なのが前者のことが中心になっている。「社員食堂」というと「質素」なイメージがもたれやすいが、最近ではタニタなどのヘルシーな食事も扱われる。ちなみに本章で取り扱われている「社員食堂」は「ベルトコンベアー式」などの技術の歴史を表している。

第四章「やっと一日の仕事が終わる」
仕事が終わる時間は、仕事の量や質によってまちまちである。しかし最近になっては夜遅くまでかかることも少なくなく、終電までかかることもある。
終業後の楽しみというよりも、銀行などで使われる「マイクロフィルム」などの記録媒体の歴史が中心である。

二十世紀最大の産物であるサラリーマン。そのサラリーマンがいかに進化していったのか、そしてサラリーマンが日常使われるものがいかに進化していったのか、戦前からの長い間たどった道がよくわかる一冊である。

私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日

私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日 私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日
安田 佳生(やすだ よしお)

プレジデント社  2012-02-28
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千円札は拾うな。」「検索は、するな。」「ぐっとくる?」など数多くの著書を生み出してきた方であり、新卒採用コンサルティングとして一世を風靡したワイキューブの安田佳生氏であるが、昨年の3月30日に民事再生法の適用の申請を受け、社長の座から降りた。
その社長の座から降りて1年経とうとしたとき、改めて、著者自身の社長時代だけではなく生い立ちを見直し、「禊ぎ」として綴っている。

1章「満員電車からの脱出」
満員電車は私もネガティブな印象が持ってしまう。著者もまた高校時代に過酷な満員電車を体験し続けた。その中で著者は満員電車を嫌い、アメリカへ渡ったが、そこでもうまく行かず、わずか1年で日本に戻ってきた。

2章「営業カバンからの脱出」
日本に帰国して、大手人材会社に就職、そこで飛び込みなど様々な営業を経験したが、そこでも長続きせず会社を興した。しかし最初の頃は人材が長続きせず流動化していった。

3章「劣等感からの脱出」
設立時のワイキューブは新卒採用していない、会社の立地があまりよくない、という劣等感に苛まれていた。ある程度経営に軌道が乗り始めたとき、それらを同時に行い始めた。そして当時珍しかったデジタル媒体にも進出していった。

4章「アポ取りからの脱出」
アルバイトなどの人海戦略でもって、様々な企業とのアポイントメントをとって営業を行ったが、そこからシフトをし、DMによる集客も行い始めた、21世紀に入ってからは、経営的にも登り調子に鳴ったが、2000年代後半、それも踊り場に差し掛かっていった。

5章「資金繰りからの脱出」
踊り場に差し掛かったとき、経営や戦略的にも行き詰まりを見せ始めた。それを打破すべく、社内外で様々な戦略を打ち出してきたが、どれもヒットせず、ますます行き詰まり感が強くなっていった。

6章「引け目からの脱出」
アメリカではサブプライムローンの焦げ付き問題により、日本の好景気も踊り場に差し掛かった。ワイキューブもいよいよ右肩下がりの状態に差し掛かったとき、著者自ら銀行回り、さらにはリストラなどの「苦肉の策」を続けていった。右肩下がりの回廊は果てしなく続き、著者自身の気も滅入り始めたとき、経済を揺るがす大きな出来事が起こった。

7章「社長からの脱落」
「リーマン・ショック」
「とどめを刺された」という言葉がまさに似合うとおり、経営も急速に傾き始めた。その2年半後に民事再生法の申請、そして自らの自己破産、下り坂でずっと転がり、ようやく止まった先にはまさに「どん底」と呼ばれる世界が待っていた。しかしそのどん底の中で学んだことがある。そして著者は人生における答えを見つけるために、今日も歩み続けている。

本書の帯紙に

「私たちは本当に子どもだった。そして私利私欲の塊だった」

とある。自らの半生を象徴させているのだろうか、もしくはワイキューブの頃の自分を映しているのかどうかはわからない。ただこれだけはいえる。人は誰しもこの言葉を意識せずともそうさせてしまっていることはある。無論、私もそのような状態に陥ることは幾度となくある。
著者自らの「禊ぎ」を見ることによって、私はどのように行動していけばよいのかは分からない。ただこれだけは言える。「失敗から学ぶ糧は必ず存在する」ということである。自らが著者の「失敗」をどのように学ぶのか、その答えは、未だ見つかっていないが。

2012年 F1マレーシアGP 豪雨中断の大波乱の中、伏兵・アロンソが優勝、可夢偉のチームメートであるペレスも2位表彰台獲得!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round2_final

8番手スタートのアロンソが9周目の豪雨中断を経て、16周目あたりからトップをとり、途中ピットでトップが変わり、かつペレスの追い上げもありましたが、見事優勝しました。前戦まで評判の芳しくなかったフェラーリなだけに、この勝利はかなり大きなものだったように思います。

「波乱のレースは何が起こるかわからない」当ブログの優勝予想でも、波乱に強いドライバーを選びつつもそういった事を行っていましたが、良くも悪くもその通りになってしまいました。

しかもその波乱には2位であるペレスの活躍もあったかと思います。後半はアロンソとペレスの直接対決でしたが、終盤にペレスのオーバーランもあり、勝負あったかと思いましたが、最後まで諦めず挑んでいったところは見事でした。

しかし、この波乱に悪い意味で巻き込まれたのは可夢偉やヴェッテル、ミハエルや前戦オーストラリアGPで優勝したバトンでした。

特に可夢偉は予選ではサスペンション・トラブルにより思うように走れなかっただけではなく、決勝でもブレーキのトラブルにより良いとこなしでリタイアに終わってしまいました。

今回はトラブル続きで良いところが無かったと言いたいところですが、チームメートが2位表彰台を獲得しただけに、焦りが出始めるかもしれません。そうなってしまうと本来の走りができず、ましてやトラブルやミスが多発してしまい、ザウバーから追い出される、という悲しい結末にならなければ良いのですが・・・。

次戦は2週間後、中国・上海!!

2012年 F1マレーシアGP ハミルトンが2戦連続PP獲得! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round2_qualifying

ハミルトンの調子が良く、あっさりと2戦連続PPをたたき出しました。それだけではなく2位にはバトンが入り、2戦連続でフロントロー独占を獲得、マクラーレン勢の調子の良さを窺わせます。

3位にはミハエルが入り、こちらも調子の良さを窺わせました。フロントローに入れなかったのは残念ですが。

可夢偉はQ2にこそ進んだのは良かったものの、全く調子が上がらず、チームメートのペレスに大きく水を開けられた格好となりました。決勝での巻き返しを期待したいところです。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:バトン

対抗:ハミルトン

要注意:ウェーバー、ミハエル

天気は曇り時々雨のため、ウェットコンディションになる可能性があります。そのことを考えるとドライコンディションだった予選通りにレースが進むとはとても思えません。大きな番狂わせがあることも考えられますし、ましてやレース途中で赤旗中断、そしてレース終了、というパターンも考えられます。雨が降るときは「スコール」といわれる豪雨になるため、雨に強いといわれるドライバーでも足下をすくわれることもあります。そういう意味では今回も見所の多いレースとなると考えられます。

2012年 F1マレーシアGP フリー走行3回目の結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round2_free3

予選前だけに、1・2回目とトップだったハミルトンは様子見といったポジションでした。ただ、このセッションは前半がウェット、後半がドライと異なるコンディションだっただけに、予選の参考になるものもあればならないものもある、といったセッションだったかもしれません。

2012年 F1マレーシアGP フリー走行1・2回目の結果、そしてPP予想

波乱のオーストラリアGPから1週間、戦いの地は赤道直下であるマレーシア・セパンにやってまいりました。F1としても有名なレースですが、国内カテゴリーであるスーパーGTも開催されており、過去にはフォーミュラ・ニッポンも開催された地でもあります。

赤道直下であるため、暑さも半端ではありません。その一方でいったん雨となれば「スコール」といわれる豪雨状態となり、豪雨によりレース途中で中断どころか、そこでレースが終了するケースもあるほどです。

さて、フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round2_free1

2回目

Round2_free2

両方のセッションともハミルトンがトップタイムをマークしました。マクラーレン勢やメルセデス勢らが上位に食い込んでおり、調子の良さを窺わせます。

可夢偉はともに14番手と低迷、さらに2回目はギアボックストラブルと不安要素の残るセッションでした。

さてPP予想といきましょう。

本命:ハミルトン

対抗:バトン

要注意:ロズベルグ、ヴェッテル

フリー走行1・2回目の結果を見ても、ハミルトンがいかに調子がよいかはわかります。PPを取らずしても少なくともフロントロー以内には入るでしょう。(トラブルが無ければのはなしですが)

あとはヴェッテルも1回目は2番手と調子はまずまずと言った所ですが、Q3の最後の最後でトップタイムをマークする、と言うことも何度もあるので油断はできません。

ちなみに可夢偉は・・・Q3進出は非常に難しいでしょう。Q2通過も五分五分といった感じです。

ココロ医者、ホンを診る―本のカルテ10年分から

ココロ医者、ホンを診る―本のカルテ10年分から ココロ医者、ホンを診る―本のカルテ10年分から
小西 聖子

武蔵野大学出版会  2009-10-10
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精神科医の観点から本を「診る」、というのもユニークである。本書の著者である小西氏は10年以上も前から毎日新聞の「毎日の本棚」欄にて書評を書き続けた。その書評のヴァリエーションは著者の専門である医学のみならず、小説や雑学に至るまで幅広く、難易度も問わず、あらゆるの書評を行っている。
本書は10年以上続いた「毎日の本棚」にて掲載された書評を独自の観点からカテゴリーに分けて紹介している。

第1章「隣の芝生はホントに青い?」
「隣の芝生」それは自分とは観点も身なりも違う赤の他人。その人は清廉なのだろうか、それとも荒んだ人なのだろうかはわからない。しかしそれらも本を通して「診る」と見えてくるものもある。本書は自らの専門分野から少し近い位置に当たる本を中心に紹介されている。

第2章「あなたと私は遠くて近い」
著者と読者の距離は作品によって近かったり、遠かったりすることもある。「遠くて近い」も強ち間違いではない、と様々な本を呼んでいる私でも思っている。
ごく日常にある人間の話や私たちでは想像し得ないような人物など、それらも本を読めば誰しも距離が縮まる。本章では様々な人物にまつわる本を紹介している。

第3章「プロの世界」
最近ビジネス書のコーナーでは「プロフェッショナル」を冠する本が乱舞している。それ以前から「プロフェッショナル」という言葉について色々と考えるのだが、その度に十代目柳家小三治の言葉を思い出す
それはさておき本書では古今東西、様々なプロフェッショナルな人にまつわる本を紹介している。

第4章「心の居心地」
著者の専門分野である精神医学や「心」にまつわる本が多い。本書では小説や教育、精神にまつわる本をさらに専門的に掘り下げて斬り込んでいる。

第5章「読み出したら止まらない「お楽しみ」」
「お楽しみ」という言葉ほど、好奇心をくすぐるようなものはない。それにお楽しみと呼ばれる本ほど「読めば読むほど」おもしろさが増してくる。そういった文章に出会うほど読者冥利に尽きるものはない。
本章ではそういった本を紹介しているが、「ハリーポッター」や「ナルニア国物語」など世界的にベストセラーと呼ばれる本が中心である。

精神科医に限らず、医者や学者が本を評するとなると、自らの専門に関する本に偏りがちになる。しかし著者は偏食にならず、様々な本を時事的なものを絡めながらおもしろく斬っている印象がある。10年以上書評を行っている賜物という印象を、本書を読んで思った。

独立完成への苦闘

独立完成への苦闘 (現代日本政治史) 独立完成への苦闘 (現代日本政治史)
池田 慎太郎

吉川弘文館  2011-12-05
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戦後GHQによる統制により、日本国憲法が発布・施行されることとなった。それからGHQの統制から1952年にサンフランシスコ講和条約が結ばれ、解放された。そこから「独立日本」として再出発するが、本書では政治的に「激動」と呼ばれた独立日本の出発から安保改定の闘争までの歴史を描くとともに、昨今の日本政治で学ぶべきことを提言している。

第Ⅰ章「独立日本の出発」
GHQの占領から事実上解放されたのが、最初にも書いたのだが1952年の話である。このころから戦犯として逮捕・勾留されていた人々が仮釈放されていった。後に4度目の外務大臣に就任する重光葵もその一人である。
時の首相は「ワンマン体制」ともてはやされた吉田茂
吉田政権の中で「警察予備隊(後に保安隊、自衛隊)」をつくった。しかし「ワンマン政治」を行うあまり暴言により内閣不信任案可決による衆議院解散(バカヤロー解散)も起こった。

第Ⅱ章「政権交代の試練」
「ワンマン体制」の吉田政権が終焉を迎え、時代は鳩山一郎の時代へと移っていった。そのときには「日本社会党」の「左派」「右派」統一や「自由党」と「民主党」が合体し、「自由民主党」が誕生など政党にも大きな変化が起こった。やがて「五五年体制」となり38年にも及ぶ「1と2分の1大政党制」ができた。

第Ⅲ章「「親米」と「自主独立」のはざま」
鳩山一郎の時代が終わり、時代は石橋湛山や岸伸介の時代へシフトしていった。今でも火種の一つとされている「沖縄問題」も「親米」や「自主独立」という言葉の狭間に挟まれているが、このころから顕著に表れていた。もっとも「プライス勧告」による反対運動は第Ⅳ章の闘争にも近いほど大規模なものであった。ちなみに、「プライス勧告」とは、

米下院軍事委員会特別委員会が行った沖縄に関する調査報告書。1956年6月に発表されたものであり、沖縄基地の重要性を指摘して具体的に11項目が挙げられている。とりわけ軍事的統治の正当性を主張しており、住民感情が爆発。「島ぐるみ闘争」と呼ばれる大規模な抗議活動の起爆剤となった。「琉球新報」より一部改変)」

である。なお「プライス」はその委員会の委員長の名前から名付けられた。

第Ⅳ章「安保改定と反対闘争」
戦後日本の中でもっとも大きな闘争となったのは「60年安保」である。先頃、評論家・詩人であり、戦後日本思想の巨人と謳われた吉本隆明氏が亡くなられた。吉本氏の思想の根幹としてもっとも大きかったのが「安保反対」の思想であり、闘争の参加者たちの「理論」や「思想」の柱にもなった。

後に安保闘争から大学紛争、さらに沖縄返還となっていったのはこの後の話である。「独立日本」その国家が形式的に完成されたのは1952年であるが、実質的な「独立」は未だ「未完」と呼ばれる状態である。ほんとうの意味で「独立」と呼ばれる時代は来るのだろうか。

道教の世界

道教の世界 (講談社選書メチエ) 道教の世界 (講談社選書メチエ)
菊地 章太

講談社  2012-01-12
売り上げランキング : 113353

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「道教」は聞いたことはあるのだが、いざこれは宗教なのか、というと首を傾げてしまう。ちょっと調べてみると、

中国固有の宗教。儒・仏と並ぶ三教の一。不老長生をめざす神仙術と原始的な民間宗教が結合し、老荘思想と仏教を取り入れて形成されたもの。後漢末の五斗米道(ごとべいどう)に起源しているWeblio辞書より、一部改変)」

むしろ宗教と言うよりも「思想」というべきなのかもしれない。本書では、知っているようで知らない道教の世界に誘うとともに、どのように成り立っていったのかを解き明かしている。

第一章「しいたげられた心の救い」
「道教」は人生や職業などの「道」についての教えを説いたものである。
本章ではその「道教」の源となった「老子」が「道」についての教えを説いたことからである。
また「道教」には「儒教」や「神道」に似て「自然観」と言うのがあるのだという。

第二章「転変する世界の肯定」
「キリスト教」は生まれながらにして罪が存在する(原罪)。「道教」にもそれと似ていて、「罪」や「罰」が人生の中で蓄積されるという。しかもその「罪」は生まれ変わったとしても、それへの罰を受け続けるという。「末代まで許さない」という中国大陸にある思想はそこからできたのかもしれない。

第三章「その喧噪のただなかで」
道教の大きな特徴には山岳信仰にある。「仙人」の考え方も道教からきている。

第四章「陰気が陽気を犯すとき」
本章では道教にまつわる伝説を綴った文学や怪異話、さらには灯籠祭りなどの民俗行事などを綴っている。本章のタイトルにあるものは魂にまつわるものであり、魂がいかに孤独なのかを描いている。

第五章「体のなかは虫だらけ」
気持ち悪いタイトルの印象を持つが、これは中国医学における病のことを「虫(寄生虫)」に喩えられているからである。
それだけではなく、この道教がいかに日本文化に影響を及ぼしたのかも柳田国男をもとに考察を行っている。

第六章「十中八九でたらめでも」
日本から見た中国は宗教や文化、さらには法律などが「でたらめ」と言われることがある。
本章では道教研究の歴史や学術について紹介されているが、道教の研究者の中にも中国嫌いな人もいるのだという。

道教は不思議な学問であり思想であり、かつ宗教である。しかし人生における「道」を説くものであれば一度は見てみるべきことを、教えてくれる一冊であった。

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール
ドナ・ウォン 村井瑞枝

かんき出版  2011-04-09
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「わかりやすさ」が重要視される時代のなかで「図解表現」は相手を伝えるための大きな武器の一つとして挙げられている。その中で「図解表現」にまつわる本はいくつもでているが、本書はその一つとして「ウォールストリート・ジャーナル」という世界的に有名なビジネス誌で、長年グラフィックの責任者として活躍したドナ・M・ウォン氏が著し、美大から戦略プロデューサーに転身した移植の経歴を持つ村井瑞枝氏が訳した二人の図解のスペシャリストが「図解思考」を提示している。

Chapter1「読み手にとってわかりやすい図表とは」
図表の重要性はわかったが、いざ図表をつくろうとしたら「どのように図表を作ればよいのかわからない」という人も多いことである。本章では「分かりやすい図表」についてを、数字や図表、さらにはフォントや色の使い方まで細かいところまで及んでいる。「分かりやすい図」だけではなく、形や色の意味合いまで変わることは興味深かった。

Chapter2「データを正しく表現する図表のつくり方」
図表をつくるために、作成する材料となるデータを取るのだが、その取ってきたデータの解釈を間違えないように「図表」を作成することが必要である。取得したデータの量や割合を割り出し、線や棒、さらには円や表、ピクトグラムや地図などに落とし込む。落とし込むためにそれぞれのグラフにてどのように描けばよいのかを示している。

Chapter3「図表に必要な統計とマーケットの知識」
図表で使う数字をどのように計算したらよいのか、あるいは為替や株価、あるいは通貨などマーケットにおける独特な数字や統計の知識について取り上げている。

Chapter4「図表作成で発生する問題の解決方法」
図表作成をすることにより、データそのものからどのような問題があるのか、解決の糸口とは何なのか、を示すことができる。データを加工することによって足りないものどこが問題か、解決点かを強調する方法について本章では図表の作り方の応用編として示している。

Chapter5「プロジェクト管理に役立つ図表」
プロジェクト管理は図表にすることは数字で示すのとは異なるため、なかなか難しいが、その図表を作れば、組織や関係そのものの「見える化」する格好の武器となる。本章ではプロジェクト全体から進捗、さらには予算配分に至るまでどのような表を作成すればよいのかを示している。

本書の大きな特徴は「色」や「フォント」といった視覚的にどのように示せばよいのかを伝えているところにある。色の濃さや使い方によって相手の見方も変わることを考えると、図を作成することは思考や説明の道具に限らず、「センス」を作る役割を担っているのではないか、と本書を読んで思った。

2012年 F1オーストラリアGP バトンが今季初戦を制す!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round1_final

「勝負は最初の1コーナーで決まる」

その言葉がそっくり当てはまるレースだったようにスタートの1コーナーで2番手だったバトンがトップを奪い、そのまま優勝しました。

その後ろでは、まさに「オーストラリアGP」というが如く多重クラッシュ、さらにはセーフティーカー導入により、リタイアだけでも8台という波乱含みのレースでした。

可夢偉は13番手スタートでしたが、勝負強さを見せ6位フィニッシュ。波乱のレースを見事ポイント獲得で終わりました。

次戦は1週間後、マレーシア・セパン!!

2012年 F1オーストラリアGP 波乱ずくめの予選をハミルトンがPP獲得!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round1_qualifying

私事により、記事のUPが遅れてしまいました。申し訳ありません。

予選は見たのですが、やっぱりオーストラリアだなぁという印象を受けました。2007年チャンピオンであり、今年からロータス・ルノーで参戦するライコネンは調子が良くなく、またミスもありQ1落ち(チームメートのグロージャンは3番手)、また2005・2006と連覇しているアロンソも今年のマシンがあまりに遅い+コースアウトもあり、まさかのQ2落ちと波乱の様相を見せました。

その中でハミルトンらマクラーレン勢が速さを見せ、1-2を獲得しました。波乱と呼ばれる中でのマクラーレン勢の強さを窺わせます。

その影でHRT勢は今年もここで107%ルールの壁を突破することができず、予選で姿を消すこととなりました。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ハミルトン

対抗:バトン

要注意:ウェーバー

いつもであればヴェッテルが来るように思えますが、むしろヴェッテルよりも、母国開催に燃えるウェーバーを推します。波乱のレースといわれますが、ハミルトンもバトンも、あるいは後ろを走るミハエルもチャンスがあるため、気の抜けないレースとなりそうです。

開始まであと1時間を切りました。いよいよ開幕戦の決勝、胸の高鳴りが止まりません。

2012年 F1オーストラリアGP フリー走行3回目の結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round1_free3

1・2回目とは違い、ドライコンディションのフリー走行でした。例年は上位に食い込むフェラーリ勢の不調気味が気になります。またディフェンディング・チャンピオンのヴェッテルも途中スピンするなど、波乱の様相を見せています。

まもなく予選ですが、どうなるのか期待です。

2012年 F1オーストラリアGP フリー走行1・2回目の結果、そしてPP予想

2011年シーズンが終わって5ヵ月近く経ちましたが、これまでF1に関する記事を書いたのは僅か1つ。関心は無いわけではありませんでしたが、それ以上に書きたい記事が沢山あったがために、ずっと後回しになりっぱなしでした。

後回しになりっぱなしにして、久しぶりに書くのが2012年とは。。。

私事はこれまでにしておいて、2012年のF1シーズンがいよいよ始まりました。今年は過去最高の年間20戦行われます。また細々としたレギュレーション変更がレッドブル優位だった勢力図からどのように変化するのかも注目です。

さて、フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round1_free1

2回目

Round1_free2

今回のフリー走行は両方ともウェットコンディションでした。しかし1回目は雨のレースでは良い成績を残すバトン、2回目も雨のレースに強いミハエルがトップタイムをたたき出しているだけに、雨の強い・弱いドライバーがくっきりとまでは行かなくても、見えてきているように思えます。

ただでさえ波乱の多いオーストラリアGPですが、決勝で雨が降るようになれば、荒れようも増してきます。その中で予選も中々読めませんし、今回のフリー走行もあまり参考にならないのかもしれません。

このような状況の中で、PP予想を立ててみましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:バトン

要注意:ハミルトン

中々難しい予想ですが、今回は速いドライバー、というよりも雨に強いドライバーがPPを取るのかもしれません。明日の予想も見たのですが、どうやら雨の予報が出ているので、フリー走行の結果も若干の参考になりますが、あとはタイヤ戦略もものをいうかもしれません。

めざすは貧困なき世界―政府と市民の国際開発協力

めざすは貧困なき世界―政府と市民の国際開発協力(Ferris Books(18)) めざすは貧困なき世界―政府と市民の国際開発協力(Ferris Books(18))
高柳 彰夫 FOUNTAINHEAD

フェリス女学院大学  2011-12-20
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日本における「貧困」と世界における「貧困」は異なる。日本における「貧困」は、「格差問題」などの所得や雇用によるところから生じるものであり、世界は戦争における難民など、もしくは強固な資本主義や独裁主義などから生じるものである。もっともよく似ている意味合いであるが、貧困の「質」そのものに違いがある。
本書は世界的にも「貧困」をなくす機関を担う「国際開発協力」の活動について紹介するとともに、「貧困」そのものの問題についても考察を行っている。

第1章「「開発」とは何だろうか」
貧困を低減・撲滅を図るための「開発協力」や「開発援助」について本書は取り上げているが、その「開発」とはいったいどのようなものだろうか。
「貧困」における「開発」は資金を使って、公共料金の見直しや、経済的な改革、雇用対策などを行うことを指している。その一例として「世界銀行」と「途上国政府」との関係を取り上げている。

第2章「政府による開発援助」
本章では「ODA(政府開発援助)」をもとに政府主導による開発援助についてを述べている。
日本はODAとして2010年現在で110,5億ドル(約8兆円)の予算を計上しているが、その110億ドルある予算の中でどのように配分し、使われているのか、そして日本におけるODAの歴史とは何か、と言うところを解き明かしている。

第3章「市民の国際開発協力」
本章では民間の「国際開発協力」として「NGO(非政府組織)」を中心に取り上げられている。東日本大震災から1年を迎えたのだが、国内外のNPOやNGOが様々な復興支援を行っており、政府とは違い、私たち国民との距離が近い組織という位置づけである。本章ではあまり聞き慣れない「北」と「南」のNGOの役割や成り立ちの違いについても取り上げられている。

政府や民間問わずして「貧困」の解決に向けての動きを行っている。では私たちに何ができるのか、本書を出版したフェリス女学院大学ではカンボジアで活動を行っているNGO「かものはしプロジェクト」なども行っているという。そういったNGOに参加しなくても、今着ている衣料の多くは開発援助を受けている途上国で作られたものである。その国の現状を本などから調べてみる、もしくはそれに詳しい人から話を聞き、関心を持つことから「貧困」の解決への第一歩となる。

若者の労働運動―「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学

若者の労働運動―「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学 若者の労働運動―「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学
橋口 昌治

生活書院  2011-04
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昨今「貧困」や「格差」に関して中心に挙げられているのは私達若者世代である。そういった世代の労働運動も昨今耐えないが、その意見は二部している。本書のサブタイトルにあるのだが、かたや「働かせろ」というもの、かたや「働かないぞ」としているものその二つが挙げられる。本書では昨今の若者労働事情、そして労働環境の変化、そして労働に関する考え方の変化について社会学の観点から考察を行っている。

第1章「労働社会の変容と「若者の労働運動」」
労働社会の変容は今に始まったことではない。高度経済成長で中心となった終身雇用もあれば、バブル崩壊以後には
「成果主義」が採用されるようになった。そして現在では「企業」にいるだけではなく、労働中心とした社会への批判もでてきており、そういった労働運動も起こっている。

第2章「「若者の労働運動」は何をしているのか―「ユニオンぼちぼち」の事例から」
本章ではその労働運動を行う機関の一つとして「ユニオンぼちぼち」を取り上げている。名前からして関西のように見える通り、京都に本部を置いている。

第3章「企業社会のオルタナティブ―首都圏青年ユニオンの事例から」
では首都圏ではどのようなユニオン活動があり、それを行っているのかを紹介している。若者世代の労働運動の意味は労働環境改善、というよりもむしろ「コミュニティ」や「居場所探し」という意味合いも込められている。

第4章「経験運動としての「若者の労働運動」―フリーター全般労働組合の事例から」
「経験運動」というと仕事の経験、ということに目を向きがちであるが、本章でいう「経験運動」は労働運動としての「経験」を言っている。フリーターやニート、さらには派遣労働者の情報共有も意味している。

第5章「「労働/生存組合」の誕生―フリーターユニオン福岡の事例から」
本書では福岡を中心に活動しているフリーターユニオンを紹介しつつ、フリーターといった「労働」と「生存」を標榜したユニオンである。
ここも労働状況改善、というよりもむしろ「働かない」ということを語り、それを前提に権力に対してNoと言う機関として、そこに通う人たちはどのような心境や環境の中で育っていったのかがよくわかる。

かつて労働についての本を読んだときには、労働組合について、私たちの世代は関心が薄れ、労働組合そのものは弱体化しているのではないか、と書いたのだが、本書を見る限り「形」や「主張」そのものは変化してはいるものの、労働組合自体は滅びたわけではない、というのがよくわかる。そういった一冊である。

ひきこもりと大学生―和歌山大学ひきこもり回復支援プログラムの実践

ひきこもりと大学生ー和歌山大学ひきこもり回復支援プログラムの実践 ひきこもりと大学生ー和歌山大学ひきこもり回復支援プログラムの実践
宮西照夫

学苑社  2011-11-25
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「ひきこもり」と呼ばれた現象は1970年代から叫ばれはじめ、1990年頃には社会問題にまで発展した。そのひきこもりを解消すべく、行政・民間問わず様々なプログラムがあるが、本書もその一つであり、和歌山大学が1991年から引きこもりにまつわる研究を行い、2002年に開発した引きこもり回復支援プログラムについてまとめている。

第一章「ひきこもる若者」
なぜ若者は「ひきこもる」のか。
その根本原因は第五章にて明らかにするが、本章では著者自身の不登校体験や思春期と「ひきこもり」について述べている。

第二章「苦悩するひきこもり」
「ひきこもり」は私たちのような世代にある傾向だが、それに限らず精神に関する病は「うつ」など形を変えながらも、幅広い世代にかかるのだという。

第三章「優等生のひきこもり」
1980年代にはメディアで大々的に取り上げることは90年代ほどではないものの多いという。
80年代の「ひきこもり」の傾向として、優等生であればあるほどひきこもりになったのだという。

第四章「ひきこもりと精神症状」
社会問題として取り上げられ始めた90年代以降の「ひきこもり」は、「人格障害」や「発達障害」、「アスペルガー症候群」など様々な精神疾患により、ひきこもる傾向もでてきた。

第五章「ひきこもりの原因」
本章では80年代から現在までひきこもりの人を調査し続け、そこから得た傾向について取り上げている。約28年の長期にわたる調査から見えてきた傾向を、心的・社会的など様々な要因に分けて考察を行っている。

第六章「和歌山大学ひきこもり回復支援プログラム」
その調査をもとに導入から社会参加までのプロセスを構築し、実践を行った。本章では28年にも及ぶ調査をもとに「ひきこもり」の回復支援を行うプログラムを紹介している。(誕生したのは2002年なので、誕生した当初は20年間の結果をもとにしている)

第七章「インターネットとひきこもり」
最近ではインターネット隆盛により、ネット依存症やってくるストレス症候群等によるひきこもりが増えている。本章ではその予防方法や、現況について考察を行っている。

第八章「なぜ、日本の若者はひきこもるのか」
日本の若者はひきこもりが多いと言われている。その現状として、昨今の社会状況元米に警鐘能力低下していることそして優等生と期待されること等原因を上げている。

最初にも書いたのだがひきこもりは現在社会問題とかしているが、その解決に向けてのプログラムは沢山あるものの、根本的な解決の糸口は見えていない。本書で提唱しているプログラムもひきこもり対策のための一つの手段として挙げられているだけである。ひきこもりは根本的解決すること困難であるということは、日本人の若者をはじめ日本人そのものの性格の変化が表れているのかもしれない。

IT帝国の興亡~スティーブ・ジョブズ革命

IT帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命 IT帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命
村山 恵一

日本経済新聞出版社  2009-07-17
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昨年の10月にAppleの創業者であり、CEOであるスティーブ・ジョブズ氏が急死した。彼の死は世界中で大いに報道され、IT業界のみならず全世界が悲しみに包まれた。ライバルだったビル・ゲイツやマイケル・デルなどから哀悼の意を示したほどである。
本書はITの潮流をつくった立役者の一人であるスティーブ・ジョブズの革命とはいったい何なのか、ジョブズの波乱の歴史とともに考察を行っている。

第一章「歴史をつくる」
アップルもウィンドウズもすべてガレージのパソコン製造から生まれた。やがて一大企業へと成長を遂げるのだが、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツは90年代、正反対の人生を歩んでいった。ビル・ゲイツは「Windows95」以降、世界を席巻する人物として長年取り上げられた一方、ジョブズは自ら作った会社から追放される憂き目にあった。
しかしそれは2000年代後半、思わぬ形で逆転を遂げた。ビル・ゲイツは2008年に経営から完全に一線を退いた後、リーマン・ショックなども相まって経営は降下し始めた。一方ジョブズは第一線に立ち続け、次々とヒット商品を生み出していった。

第二章「揺らぐ帝国」
第一章の後半にてジョブズ率いるAppleが復調していくのと同時にGoogleも急速に成長を遂げていった。それがビル・ゲイツ率いるWindowsを脅かすほどにまでなった。
それだけではない。欧州ではWindowsがあまりに猛威をふるったことにより「独立禁止法」に抵触する、という嫌疑がかけられるようになった。Windowsは隆盛と法律の挟み撃ちに遭遇した。

第三章「デルモデルの解体」
「安価で高性能」として有名だったデルモデルは2006年を境にトップをHPに取られた。その状況を打開すべく、創業者であるマイケル・デルが経営トップに復帰し、リストラや直販モデルの見直しなどを行うようになった。

第四章「iPodエコノミー」
iPodが誕生したのは2001年の話である。これまでは携帯音楽媒体ではSONYのWalkmanの独擅場と呼ばれる状態が、iPod誕生からわずか2・3年で逆転した。そして衰退の一途を辿っていたAppleが息を吹き返した。

第五章「iPhone狂騒曲」
CEOに復帰したスティーブ・ジョブズは次々と新商品・新技術を誕生し、様々なところで革命を起こした。iPhoneも例外なく携帯電話業界に嵐を呼び起こしたと言っても過言ではない。iPhoneの誕生により、スマートフォンの潮流ができ、iPadを作り出してからタブレット端末が急速に伸びていった。
新しいものを生み出し、それとともに新しい潮流が作り出される。そのような時代がiPhone誕生に到来した。

第六章「マイクロソフト対ヤフー」
Appleが隆盛した傍らで、マイクロソフトはヤフーと一戦を交えていた。それはシェア争いではなく、合併を巡って、それを行うか否かの争いであった。

第七章「カリスマたちの転機」
Apple、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、デルと様々なカリスマがアメリカで誕生し、IT業界を席巻した。しかし先にも書いたがマイクロソフトの創業者の一人であるビル・ゲイツが2008年にCEOを退き、経営の第一線からも退いた。そのことにより巨頭たちの転機が訪れた。

第八章「ネット世代」
ネットの隆盛により、ヤフーやグーグルも急成長を遂げた。そしてそれがマイクロソフトやApple、デルなどの三代巨頭から五大巨頭へと変化を遂げた。

第九章「I'm a Mac. I'm a PC.」
リーマン・ショックにより世界中で消費が落ち込んだ。PCは軒並み「ネットブック」の潮流にあったが、Appleはあえてその潮流に乗らず、ノートPCなどを発表、さらにはブラウザ争いなどにも加わった。
そしてジョブズは2010年の初頭、療養のため休養を取った。

第十章「新しい波」
iPhoneの誕生により、パソコンの在り方が劇的に変わった。それは「スマートフォン」という新しい携帯端末が誕生し、そしてそれが新しい波となっていった。

新しい波、新しい潮流をつくる至高のクリエイターであり、Appleを創業者であるスティーブ・ジョブズは2011年10月にこの世を去った。今まで作られた潮流とモノは今もいき続けている。そしてジョブズの逝去やゲイツの引退により今までのIT帝国は大きく変わりつつある。さてITはこの後どのような変化となるのだろうか。

首長パンチ―最年少市長GABBA奮戦記

首長パンチ--最年少市長GABBA奮戦記 首長パンチ--最年少市長GABBA奮戦記
樋渡 啓祐

講談社  2010-12-08
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佐賀県武雄市
齢42を迎える市長がいる。その市長は官公庁、武雄市長の人生の中でまさに「パンチ」を浴びせられ続けた市長であったという。
著者の42年間の半生を綴るとともに、武雄市長としての今後の意気込みと、武雄市の未来への思いも綴っている。

第一章「沖縄のおばあに泡盛をかけられた」
いきなり衝撃的なタイトルである。
著者は大学卒業後、総務庁(現:総務省)に入庁した。しかし慣れない「霞ヶ関ルール」が仇となり、沖縄に出向(見るからに「左遷」という言葉が似合う)する事となった。しかしそこでも沖縄そのものの問題に直面した。そして本章のタイトルである「泡盛事件」も起こった。その背景はまさに昨今の日本そのものの事情がひしひしと表れているように思えてならない。

第二章「官邸から大阪へ」
沖縄出向から戻り、再び官公庁へ、そして大阪へと渡った。そこで「放置自転車」にまつわる対策でネットなどのメディアで鰻登りとなり、一躍「時の人」といわれるようになったのだが、敵も作った。それだけではなく将来の伴侶にも出会ったという。

第三章「最年少市長と佐賀のがばいばあちゃん課」
著者の故郷である武雄市の市長を志したのは2005年末、その翌年には立候補、そして初当選し、当時の最年少市長が誕生した。市長就任当初から市職員や市議会議員との対立が相次いだ、あたかも知事・市長と歴任している橋下氏と同じように。
様々な改革と「佐賀のがばいばあちゃん」のロケ招致活動など精力的に武雄市をアピールしていった。そして武雄市の改革の中で最も大きく、かつ過酷な改革となる市民病院改革に取り組み始めた。

第四章「医師会というパンドラの箱」
市民や国民の生活に密着に関わっていながら、彼らとの距離は完全に離れている、あたかも国民にとって「伏魔殿」のようにも見える「医師会」。市民病院改革はまさに「医師会」との全面対決の様相を見せた。
経営事情が最悪であったため、そこにメスを入れるやいなや医師たちからの猛烈なシュプレヒコールがあがった。そう、本書のタイトルにある「パンチ」を打たれ続けるが如く。

第五章「リコール、そして全面戦争!」
やがて対立は激化し、ついに医師会から市長のリコールが起こった。それだけではない。自民党や共産党などの既成政党も医師会側につき、ついに辞職に追い込まれ、再選挙となった。2008年11月の話である。そいて再選挙となった。市民の民意が完全に二分した修羅場といわれた選挙だったものの、再選を果たした。

第六章「武雄から風を起こす」
再選直後から市民病院改革に尽力した。その中でも対立や修羅場はあったものの、ようやく大筋でまとまった。それでも医師会などの対立は続いている。それも現在進行形ともいえる形で。
武雄市は医療ばかりではなく、様々な課題が山積している。それは他の市町村と同じようなものであるが、今日も武雄市の改革の為に奔走を続けている。

本書の表紙の如くボクシングで打たれ続けながらも改革を続ける樋渡市長。彼は市長をしながら、ブログやTwitterを通じて武雄市の諸々を紹介しているという。武雄市の名物を紹介しているだけではなく、2010年には本書のサブタイトルにある「GABBA」というおばあちゃんボーカルグループのプロデュースをするなどユニークなアイデアを放ち続けている。打たれ続けながらも武雄市は進化を続けている。それが疲弊している市町村の一筋の光となることを夢見て。

花の冠 ~ 震災から一年、今も咲き続ける絆と言う名の「花」

花の冠 花の冠
大越 桂

朝日新聞出版  2012-02-17
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―2011年3月11日 14時46分
日本全土が揺れ、東北で大津波に遭い、多くの命が失われ、家々も失った。
「安全」といわれた原発もメルトダウンを起こし、故郷を失った人々もいる。
地震や津波、それはありとあらゆるものを失ってしまう。
その失ったところに咲く一輪の花。
その花はやがて大輪の花へと広がり「花の冠」となる。
そこには「津波」も「地震」も、「震災」も「がんばろう」もない、
心に花を咲かせる「詩」がここにある。
そう、「絆」という名の花を―。
まもなくあの震災から1年を迎える。
震災直後から咲かせた「絆」という名の「花」は日本だけではなく、海を越え、世界中に咲かせている。
そしてそれが「冠」となり、今も復興を願って咲き続ける。
あれから1年―
「今、私(たち)ができること」
それを改めて問い直すときが来ている。
そして、著者のできること、それは「詩」を通じて皆の心の花を咲かせること。
そのことを体現している。
一日も早く、「もの」と「心」の復興を願って・・・。

海の石

海の石 海の石
大越 桂

光文社  2012-02-16
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彼女は「石」のように何も動くことができなかった。
そう、筆談に出会うときまでは。
未熟児として生まれ、様々な病を併発し、命の淵に立たされ続けた。
しかし、筆談に出会ってから、かすかな光が見えた。
暗闇の海に見える、一筋の光のように。
病床の中で出会った筆談、
そこからいのち、言葉、自分、感情、家族・・・
様々なことを「詩」という名の命を吹き込んだ。
「石」は他人の力で無ければ動かない。
しかしその「石」は光り輝くことができる。
本書は著者が初めて詩を書いた時から震災までの時の詩を綴っている。
かつては路傍の「石」の如く、家族や仲間以外、誰も相手にされない「石」だったが、
詩と出会って海から差す日光の如く海の中に光り輝く「石」のようになった。
そしてあの震災―
その「石」は、苦しみ、嘆き、迷える人々の光となった。

精神の哲学・肉体の哲学~形而上学的思考から自然的思考へ

精神の哲学・肉体の哲学  形而上学的思考から自然的思考へ 精神の哲学・肉体の哲学  形而上学的思考から自然的思考へ
木田 元 計見 一雄

講談社  2010-03-11
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「哲学」はどのような学問なのか。端的に言うと、

「問題の発見や明確化、諸概念の明晰化、命題の関係の整理といった、概念的思考を通じて多様な主題について検討し研究する、学問の一分野」(wikipediaより)

という。この説明だけではどれを題材にしているのかはわからないが、もっとも数学も心理学も「哲学」から派生したことを
そして「哲学」そのもののあり方も時代とともに変わっていき、古代ギリシャ時代にて活躍したソクラテスやプラトン、アリストテレスからへーゲルまで活躍した時代は「魂」や「精神」を論じられる「哲学」が中心だった。しかし、十九世紀末以降の哲学は「精神」ばかりではなく、「肉体」についても論じられることになった。
本書は「哲学」について「精神」のためなのか、「肉体」のためなのか、哲学者と精神科医の二人が対談形式について2000年以上の歴史をもつ「哲学」を解き明かしている。

第一章「身体の上に精神を置く思考の伝統」
古代ギリシャの哲学からデカルトの時代までは、身体の哲学よりも精神を礎にした「思考」の哲学によって成り立っていた。また、当時はキリスト教(カトリック)が絶対的な存在としてあげられており、哲学もそれをベースとしたものであった。

第二章「世界を認識する理性、世界を形成する精神」
本章ではカントからへーゲルの哲学をもとに十九世紀末までの哲学の変遷について論じている。カントの哲学はデカルトの提唱した哲学を批判するのではなく、バックアップや補足を行おうとした。しかしそれは間違いだと言うことに気づき「純粋理性批判」というものを発表したのだという。

第三章「十九世紀末人間諸科学の大転換」
冒頭に「十九世紀末より大きく変わった」と言ったが。どのように変わっていったのだろうか。
本章ではヘーゲルやニーチェ、ハイデッガーのところを論じるとともに理性や精神、目に見える「現象」や「自然」といったものを論じられるようになった。

第四章「知覚・行動・身体への哲学の関心」
哲学は「精神」という形のないものから「自然」や「生」、「実存」など形のあるものにシフトしていった。本章ではマッハをはじめ、ベルクソン、フッサール、サルトルと形の見える「肉体哲学」の変遷についてが中心となる。

第五章「心理学・現象学・プラグマティズム」
「哲学」から派生してできたものは数多くあり、数学や論理学をはじめ、本章にある「心理学」や「現象学」からも根は「哲学」である。本章では各国における「心理学」の違い、さらには「心理学」や「現象学」から見た「哲学」とは何なのか、というのを解き明かしている。

第六章「物質・生命・精神という階層」
より肉体的な議論から哲学は何を命題に動くべきなのか、と言う、「これからの哲学」についてを論じている。

「哲学」は2000年以上の歴史はあるのだが、「数学」や「心理学」「現象学」などの学問に派生し、発展していった。すべての学問の根幹は「哲学」から、と言っても過言ではないほどである。最近では哲学者の言葉の本が売れているのだが、それが学問にしろ、人生にしろ「原点」を見直す機会である。そのことを本書では言っているのではないだろうか。

何度でも君に温かいココアを

何度でも君に温かいココアを 何度でも君に温かいココアを
小瀬木 麻美

ポプラ社  2009-01
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季節は春になりつつあり、寒さも和らいでいくが、ついこの間、真冬に逆戻り。東京では雪が積もるほどだった。まだまだ寒い今日この頃は温かい飲み物がよく似合う。

ちょうどこの書評をしていた時、奇遇にもそのときに飲んでいたのが温かいココア。チョコレートのような甘さでありながらも、体の芯から温まる。チョコレートは脳に良いと言われているが、ココアもその一つといえるのかもしれない。ココアを飲みながらの書評をすると捗るからである。

私事の話が長くなってしまった。本書の話に戻す。本書はある少女が叔父と一緒に、母親を捜す物語である。その少女は小学生であるが、少女と母親の暖かい思い出、それはまるで淹れたばかりのホットココアの如く暖かく、かつ胸が熱くなる。

「家族」、そして「絆」という言葉がひしひしと伝わる。あたかも「日常」のような形のようにみえて日常ではない。そのような錯覚に陥る一冊であった。

すごい和食

すごい和食 (ベスト新書) すごい和食 (ベスト新書)
小泉 武夫

ベストセラーズ  2011-11-09
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今でこそ「日本食」は世界的にも認知されている。しかしそれを生み出した国である日本では、日本食離れが著しいという。その一方でアンチエイジングやダイエット効果などが解明されており、再評価の動きも出てきている。
本書は「絶倫食」でおなじみであり、「食の冒険家」として知られる小泉武夫氏が和食の凄さについてコラムとともに力説を行っている。

第1章「和食はこんなにすごい!」
日本人は「水」と「粒」を食べる民族であるという。
「水」+「粒」
皆様は何を想像するのだろうか。
答えを言うのももったいないのでここでは割愛するが、日本人を代表する「主食」と言えば誰でもわかるだろう。
本章では日本食ができた成り立ちについてを紹介している。

第2章「和食が持つ魔法の力」
日本人元来ある「和食」、それは根菜や青菜、青果や山幸、豆、海草、魚、そして主食とある。
その主食のおみおつけとして「梅干し」や「漬け物」、さらには干物、鍋物、さらには日本酒があげられるが、本章ではそれらの効能を歴史・科学と両方の分野から紹介されている。
「質素」と言われている日本食であるが、まさに「特効薬」といえる食事なのかがよくわかる。

第3章「和食の土台骨・発酵食」
日本ほど発酵食の多い国は存在しないと力説する。確かに「納豆」「醤油」「漬け物」「味噌」など、日本食には欠かせないものばかりである。
発酵食の効能は食せば体によいばかりではない。「保存食」としても役立てられる。
また、本章では「保存食」の手法を紹介しているが、発酵だけではなく、「干物」「塩漬け」「薫製」「葉包み」も紹介しているが、本章では紹介されていないものの、魚などを保存する方法として「酢漬け」もある。

第4章「和食の危機は国家存亡の危機」
和食に限らず、国や民族としての「食」がなくなるとその国の文化そのものが失われてしまう。そのため和食の危機となると国家存亡の危機につながることは、強ち間違いではない。
戦後日本は急速に食の洋食化が進んだ。江戸時代から明治時代にかけての文明開化よりも遙かに早いスピードである。その追い打ちをかけたのがファーストフードやコンビニ、スーパーマーケットの勃興にあり、それが日本人として大切な和食の意識を希薄化したと指摘する。
また昨今は平均寿命が延びてきているが、それも今の食文化により急速に下がるのだという。
それだけではなく、本章では政治に対する原因もついており、それに対する対策も提言している。

第5章「幼き頃の「食体験」を語る」
著者の幼い頃の話であるが、戦後間もない時代であっただけに、どこも貧しかった時代であった。著者は福島出身であり、出版時期が時期であっただけに福島の思い出がほとんどである。

第6章「食の世界遺産登録へ」
食の世界遺産として「日本食」を登録しようという動きが見られている。著者はその動きに賛同しつつも、著者独自の選択基準を設けている。その基準を元に、日本と海外の食の世界遺産を紹介している。

「食」は人間に限らず、動物にとって大切な行動の一つである。そして食はその国、地域の主食や名物、さらには食べ方も兼ねて「民族性」を表している。日本食もまたその例外に漏れておらず、日本そのものを表していると言っても過言ではない。今の日本を問い直すと同じように、日本食も問い直す必要がある時代に来ている。著者はそれを本書にて指摘している。

組織エスノグラフィー

組織エスノグラフィー 組織エスノグラフィー
金井 壽宏 佐藤 郁哉 ギデオン・クンダ ジョン・ヴァン-マーネン

有斐閣  2010-12-18
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「エスノグラフィー」は何かというと、邦訳にすると「民族誌」であり、
「調査対象に深く入り込み、参加者を考察することによって、内部の見解を解明するためのフィールドワークの方法」
のことである。この言葉は近年使われ始めたためか、その言葉を聞く人はほとんどいないが、だんだん使われ始めているのだという。
本書はその「エスノグラフィー」を様々な「組織」を対象にどのようなものかを伝授した一冊である。

第Ⅰ部「導入―組織エスノグラフィーとは何か」
さて、「エスノグラフィー」という意味は理解できたのだが、「組織エスノグラフィー」とはいったい何か。ここではそこについて解き明かしている。
とはいえ「組織」とはどのようなものを指しているのかは、ここでは示されていない。広義についての「組織」を指しており、会社や団体など特定したものではない。その中でエスノグラフィーの方法についてここでは論じられている。

第Ⅱ部「3つの告白―組織エスノグラフィーの実態」
本来は最初に書くべきであったが、本書は日本内外でエスノグラフィーに関する研究をしている4人の学者の共著である。4人それぞれの研究者が自らの研究人生を明かしながら、どのような組織で「エスノグラフィー」という手法を用いて研究したのか、について記されている。もっともここで研究対象となった組織は「矯正施設」「暴走族」など見るからに物騒なものから、演劇界と言ったところを対象にしている。
それぞれの世界をエスノグラフィーにより、浮き彫りとなった疑問や考察が浮き出てきており、それらを論文にするまでのプロセスは斬新でありながら、かつ、ここでも言われている通り「黒い報告書」のようなものになってしまう、という研究者自身の葛藤も出ているため、忠考察を行った論文よりも人間味があるため、新鮮味があった。

第Ⅲ部「組織エスノグラフィーの過去・現在・未来」
これから「エスノグラフィー」の手法を用いたい人、そしてエスノグラフィーのこれからを第Ⅰ・Ⅱ部の考察をもとに提言をしている。考察、というよりも学生のためのアドバイス、といえるような所である。

「エスノグラフィー」は最近できた研究手法であり、民族学でよく使われる「フィールドワーク」が中心である。そう考えると亡き梅棹忠夫氏が提唱した「知的生産の技術」にも似ているのではないか、と思いさえする。とはいえ、エスノグラフィーの手法は学問のみならず、ビジネスでも使える可能性があるのではないか。本書ではそのような可能性を見いだせた一冊である。

後藤新平の「官僚政治」

官僚政治 (シリーズ 後藤新平とは何か―自治・公共・共生・平和) 官僚政治 (シリーズ 後藤新平とは何か―自治・公共・共生・平和)
後藤 新平 後藤新平歿八十周年記念事業実行委員会

藤原書店  2009-06
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後藤新平の存在、それは東日本大震災を機に再評価され始めているように思えてならない。というのはその80年以上前、「関東大震災」が起こったがそのときに復興の中心人物だったのが後藤新平その人である。それだけではなく、統治する前は「四害」の一つと呼ばれた台湾を劇的な発展にも貢献した。
本書は後藤新平没後80周年を記念して後藤新平の足跡や論文を元に、後藤新平の人生や思想などを読み解きながら今の日本はどうあるべきかの道標を示したシリーズのうち、官僚政治のことについて言及した一冊である。

Ⅰ.「後藤新平のことば」
官僚政治にまつわる言葉(名言?)を紹介しているが、ここでいう「官僚政治」は官庁だけではなく、会社や政党などの団体など、幅広く意味している。その官僚は自ら民の中にいなければならないが、官庁や政党も、ましてや会社も同じことがいえる。
また、後藤新平は官僚政治の弊害についても展開しているが、これは現在の官僚政治についても言えることと思えてならない。

Ⅱ.「後藤新平「官僚政治」を読むー識者からのコメント」
後藤新平の論文の一つである「官僚政治」について識者が言及した一冊である。なお、官僚政治の本文は次章にて取り上げられているが、なぜ「官僚政治」という名の論文が作り上げられたのか、後藤新平が見た「官僚」とは何か、識者は「官僚政治」を通じて分析を行っている。

Ⅲ.「官僚政治―後藤新平」
後藤新平が官僚政治についての論文を発表したのは2つある。一つは1911年、ポーランドの社会活動家・評論家のオルツェウスキーの「官僚政治」を邦訳化した論文、もう一つの論文を発表したのは1912年にその官僚政治を読み解いた論文である。当時はちょうど明治時代末期にあたる。山縣有朋が築き上げてきた官僚が、いかに醸成されていったのか、そして自ら官僚として働き、そこで得たもの、そしてその官僚政治の現状と弊害を批判しているが、それだけではない。「官僚」という存在を肯定しながらも、官僚政治のこれからについても提言をしている。

「いまこそ後藤新平を再評価する必要がある」

先の東日本大震災でも、「国難」と呼ばれるほどの財政危機とも呼ばれている。かつて日本でもそういった「国難」は何度も起こっており、その度に奇跡的な復活を遂げてきた。その立役者の一人である後藤新平からなにを学び、何を教訓とするのか、本書は官僚政治のことであるが、後藤新平を知る必要がある、ということを認識された一冊である。

超高齢者医療の現場から - 「終の住処」診療記

超高齢者医療の現場から - 「終の住処」診療記 (中公新書) 超高齢者医療の現場から - 「終の住処」診療記 (中公新書)
後藤 文夫

中央公論新社  2011-12-17
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バブル崩壊のころから日本は「高齢化社会」と言われてきた。そして現在では総人口に対する高齢者の比率は20%に迫る勢いを見せ、「超高齢社会」と言われてもおかしくないほどにまでなった。
その時代だからでこそ「医療」や「福祉」が重要なものとなるが、本書は病院や「老人ホーム」などの高齢者施設の現場と現状を鑑みながら、これからの「超高齢社会」の医療のあり方を提言している。

第一章「実の娘の介護放棄」
「介護放棄」は本章に限った話ではなく、介護の需要が急速に高まっている時代だからでこそ他人事ではなくなっている。
本書はあくまで一例ではあるが、このようなことはどこでも起こっていると言っても過言ではない。

第二章「おだやかな死と「死の質」」
「死の質」という言葉は最近になって聞く言葉である。ガンなどの生活習慣病が増加したとともに、医療は様々な形で進化を遂げた。それと反比例して家族を含め、人間同士の関係が希薄となり、家族に看取られて亡くなるケースが少なくなっている。いわゆる「死の質」は誰かに看取られて亡くなる人がいるかどうか、と言うことを問われている。

第三章「認知症の合併症による家族とのトラブル」
かつては「ぼけ」「痴呆症」というような表現で使われた。しかしその言葉が「差別用語」として扱われ、患者やその家族、そして評論家がヒステリックを起し「差別」という言葉でシュプレヒコールを上げる。それが原因となってか、「痴呆」という言葉から「認知症」と言う名となった。

第四章「認知症患者の悪口雑言とクレームに疲弊する介護職員」
「認知症」患者が介護者や医者、もしくは患者の家族は疲弊を起こすケースが多い。とりわけ介護職員が悲鳴を上げているのだという。

第五章「在宅介護と介護ストレス」
「介護」は様々な世話をするのだが、それが続くと疲弊する事もあり、最悪の場合、虐待や殺人など物騒な事件に発展するケースも少なくない。本章ではその現状について綴っている。

第六章「入院三ヶ月・これからどこへ?」
悲鳴を上げているのは患者ばかりではない。医療機関も地域格差などにより悲鳴を上げているという。知り合いの医師の方は「医療はインフラである」と主張している。私もその通りであると考えるが、現実はそういっていないのがありありと見える。

第七章「要支援・要介護数の急増に対応できない介護政策」
高齢化による事象の一つ要介護や要支援を受ける人が急増している。それにより介護給付金の支払い額も急増し、介護者やその家族だけではなく、国そのものも悲鳴を上げている。

第八章「姉が妹の障害年金を流用」
ここでは「障害年金」の話であるが、まさに「法律の抜け穴」とも言える制度の脆さを露呈しているように思えてならない。本章の障害年金に限らず、私たちが払う年金や保険、あるいは生活保護など「抜け穴」と呼ばれるものは少なくなく、それを悪用するケースもあり、ニュースで取り上げられる。

第九章「超高齢者に多い病気」
80歳や90歳、100歳にまでなると「超高齢者」と呼ばれるようになる。超高齢者になると生活習慣病だけではなく、様々な「合併症」にかかりやすくなるのだという。

第十章「認知症の種類と症状」
「認知症」と一括りにしても様々な種類があるという。「脳血管」によるものもあれば、「アルツハイマー」などもある。様々ある認知症の評価方法もいくつか存在しており、本章ではそのうち有名なものを2つ取り上げている。

第十一章「安楽死・尊厳死を考える」
高齢者に限らず、「死に方」を選ぶ人もいる。難病となった時に「延命措置を断る」ことや「尊厳死」「安楽死」を自ら選ぶのだが、それは医学や倫理、宗教からの議論は絶えない。

高齢者の医療はもはや日本における医療の中でも、1・2を争うほど重要なものとなっている。法制度のあり方や国に頼るよりもむしろ、民間や私たちのなかで医療を考え、本当の意味で「すみやすい」「インフラ」と呼ばれるような医療を目指す必要がある。本書は医療の現状を知るとともに、それを感じさずにはいられない思いを馳せた一冊である。

日本でいちばん簡単な年金の本

日本でいちばん簡単な年金の本 (洋泉社MOOK) 日本でいちばん簡単な年金の本 (洋泉社MOOK)

洋泉社  2012-02-27
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数年前から年金についての改革が始まったが、その変化が最たるものとして2013年に厚生年金の受給年齢が変わり始めるのだという。これについては先日書評した「2013年、日本型人事は崩壊する! 企業は「年金支給ゼロ」にどう対応すべきか」で取り上げられているためここでは割愛する。
それだけではなく「年金」について不明な点、見えない点がおいと言われているが、本書は年金についての基本的なところ、もしくは見えない所について紹介している。

PART1「いまさら聞けない年金の本当のところ」
年金の基本の基本と言えるところである。誰もが加入させられる(強制加入)「国民年金」や、民間企業のサラリーマンが加入する「厚生年金」、公務員が加入する「共済年金」だけではなく、任意加入できる「付加年金」や「企業年金」もあるが、本章では各年金制度の概要から、今もかつても話題となった「消えた年金」や「年金未納」などについても紹介している。

PART2「将来の年金解消のための、公的年金以外の方法」
「年金対策」は別に「国民年金」や「厚生年金」など公的な年金ばかりではない。民間の「年金」もある。
国民年金は満額でも約6万6000円、厚生年金を加えて約14万円である。この額では生活に苦しい人が多い。
では老後を安心して暮らせるにはどうしたら良いのか。
解決手段の一つとして本章では「民間年金」として「個人企業保険」や「リバース・モーゲージ」などが紹介されている。

PART3「あなたはいつから、いくら貰えるのか」
いわゆる受給年齢である。先の厚生年金は2006年の法改正により年齢によって受給する時期が変わる。
受給年齢だけではなく、受給額や支払い額から家計の収支のケースを2人のファイナンシャルプランナーの視点からアドバイスを送っている。

PART4「年金のエキスパートに聞く!年金改革の行方」
昨今では国民年金など頻繁に年金改革を行っている。とりわけ公的年金は「破綻するのでは」や「少子高齢化」によってどのようなものをもたらすのか、そして年金改革はどのように進めばよいのか、本章では年金に詳しい新聞記者と大学教授の視点から考察・提言を行っている。

年金は私たちの世代ばかりではなく、現在働き盛りの世代、もしくはこれから年金をもらう世代など幅広い世代にとって看過できないものである。まだ見えない先を見据えながら公的な年金だけに頼るばかりではなく、自ら「知る」、そして知ることによってどのような老後を迎えたいかのモデルを自ら構築する必要がある。本書はそのプロセスの中で「知る」ためのトリガーとなる一冊である。

醜聞の作法

醜聞の作法 (100周年書き下ろし) 醜聞の作法 (100周年書き下ろし)
佐藤 亜紀

講談社  2010-12-21
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「醜聞」とは何か。辞書で調べてみると、

「その人の名誉や人格を傷つけるような、よくないうわさ。男女関係や金銭に関する評判など。スキャンダル。」(goo辞書より)

名誉毀損や人格否定などをするような醜聞は現在でも起こっており、とりわけネットではコメントやブログなどが顕著に表れている。

本書の舞台は18世紀のフランス、ちょうど「フランス革命」に近い時代である。当時は階級社会であり、貴族などの高い階級での「政略結婚」も横行していた時代であった。その時代のなかで相思相愛のカップルがいた。

そのカップルを巡ってあたかも「ブログの炎上」の如くの「悪評」や「醜聞」の応酬のやりとりを描いている。「ブログの炎上」は誹謗中傷合戦もそうだが、陰湿な印象を与えられるものがほとんどであるが、本書のような誹謗中傷合戦は、むしろおかしさが魅力的といえる。

利他主義と宗教

利他主義と宗教 利他主義と宗教
稲場 圭信

弘文堂  2011-11-28
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先日「利他のすすめ」という本を読み、評した。
元々「利他」の精神は仏教からきているものであるが、企業にとって大事なことになりつつある。東日本大震災が起こってその精神はよりいっそう強いものとなった。
本来仏教にある「利他主義」だが、本書はその利他主義を宗教の側から考察をするとともに、宗教(団体)がこの状況の中でできることを見出している。

第一章「東日本大震災と宗教」
人間社会、いわゆる「俗世」から離れて生きている宗教者であるが、宗教団体の現状は人間社会と何ら変わらないという。もちろん東日本大震災でも例外ではない。震災後、宗教者や宗教学者らがネットワークや災害対策本部をつくり、被災者に様々な支援を行ったという。

第二章「宗教的利他主義・社会貢献の可能性」
「利他主義」は、ものすごく簡単にいうと「他者への「思いやり」」、英語にすると「アルトルイズム」という。最近叫ばれている主義であるが、学問的にこの言葉が使われだしたのは定かではない。
宗教における「利他」が問われだしたのは、日本で聖徳太子の時代にまで遡る。そもそも宗教は「貧・病・争」のどれかが起こるとすがる機関や場所と言われている。いわゆる「弱者」を救うために心を救うための役割がある。そのため宗教による社会貢献も行われることが多い。

第三章「宗教的利他主義の構造」
では少し難しいところに入る。「宗教的利他主義」とは何か。本章では数多くある宗教団体の社会貢献活動をケーススタディとして考察を行っている。

第四章「無自覚の宗教性」
日本人ほど「宗教」に関しての意識の薄い民族はいない。しかしそれは日本独自に育った神道が自らの生活と隣り合わせになっているが如く、わざわざ宗教そのものを意識していなくてもその宗教が生活と同期している、と私は考える。
本章では「利他主義」から少し離れて、日本人独特の「無宗教」についてを論じている。

第五章「宗教の社会貢献活動に関する文化・歴史的背景と法制度」
ここではイギリスやフランスなどの欧米各国の社会貢献活動について、宗教や文化・歴史背景とともに考察を行っている。キリスト教がほとんどでありながらも、文化や歴史によって社会貢献活動の在り方や形そのものが変わっているところが面白い。

第六章「グローバル化とシェアすることの意味」
グローバル化に伴い、「利他」という言葉をその行動を共有(シェア)する人や団体も出てきた。本書ではそのこと、及び意味について取り上げている。

元々は仏教からきた「利他」という言葉が「利他主義」として変容を遂げ、世界的にも叫ばれてきている。東日本大震災という未曾有の災害が起こった今、世界的にも「利他」という言葉が認知され始めている。そうした中で、日本は、宗教はどのような「利他」を描いていけばよいのか、それを本書は問うているのではないのだろうか。

7人家族の主婦で1日3時間しか使えなかった私が知識ゼロから難関資格に合格した方法

7人家族の主婦で1日3時間しか使えなかった私が知識ゼロから難関資格に合格した方法 7人家族の主婦で1日3時間しか使えなかった私が知識ゼロから難関資格に合格した方法
原 尚美

中経出版  2012-02-01
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著者の原様より献本御礼。
著者の原氏とは勉強会などで何度もお会いしており、税理士のみならず、起業に関しての著作もされている方である。
その原氏は税理士である一方で7人家族の主婦も勤め、主婦をするだけでも時間は僅かしかとれなかったのだという。本書のタイトルにあるとおり1日3時間しかなかった。
そんな彼女が合格率10%以下と呼ばれる難関資格である「税理士」を合格し、現在も活躍している。本書は1日に僅かしかない状態でいかに試験を合格できたのか、そのエッセンスが詰まった一冊である。

第1章「「何を考えて、どう勉強すれば本番で点をとれるか」を整理する」
資格試験は大学・高校受験とは違って「合格点」、もしくは「合格率」が存在する。そのラインを超えれば全く勉強していなくても、数千時間勉強しても同じである。
そう考えると、時間がない人はさらに尻込みをしてしまいそうであるが、標準時間を基準にして1年や2年という長期戦を鑑みることができれば、それなりに時間になるのだという。

第2章「絶対に集中力が途切れない「勉強環境」のつくり方」
しかしその長期戦となると、よほど高いモチベーションや集中力がないと、継続するのも難しいように思えてならない。その集中力が切れた場合の対処方法について、「時間」「空間」「仲間」など多岐にわたる。
それだけではなく、参考書や専門学校などの投資のあり方についても述べている。

第3章「本当に時間がなかったからこそ編み出せた「超合理的」な勉強法」
本書のもっとも根幹をなす所といえる。著者は主婦業もあったため1日3時間しか勉強時間を捻出することができなかった。
その3時間をいかに使うかを、ノート、予習・復習、勉強の手の付け方など細かい方法が紹介されている。

第4章「本番で確実に稼ぐ「受かる人」の考え方」
ここからは本番の試験に入る。
今まで培ってきたものを生かし、本番に臨むのだが、解く箇所や時間配分、見直しの方法が詰まっている。

第5章「重圧に負けない「メンタル」の鍛え方」
様々な方法で合格まで力をつけていっても、最後の最後で緊張の糸が切れてしまっては何者にもならない。本章では模擬試験など、「本番」に向けてのメンタルを鍛えるか、そして本番直前の心構えについて紹介している。

社会人誰もが欲しがるもの、それは「資格」であるのだという。国家資格を含め「資格」を一括りにしても、実益や趣味だけなどレパートリーは多岐にわたり、難易度も様々である。資格の中でも、本書で紹介された「税理士」などの難関資格になればなるほど、勉強する時間も多くなる。その場合、取るにも「時間がない」「お金がない」などの悩みが付きものである。その中でも「時間がない」は解決が可能である。本書はそれを教えてくれる。

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