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2012年2月

南海の翼 ─長宗我部元親正伝

南海の翼 ─長宗我部元親正伝 南海の翼 ─長宗我部元親正伝
天野 純希

集英社  2010-11-26
売り上げランキング : 338031

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戦国時代には全国的に数多くの大名が生まれた。北から順に伊達政宗、上杉健信、武田信玄、徳川家康、今川義元、織田信長、豊臣秀吉と枚挙を挙げるだけでも暇がないほどである。

本書は土佐藩の盟主、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)であるが、私は僭越であるが本書に出会うまで全く知らなかった。

ここで「長宗我部元親」について説明する。土佐国の戦国大名である長宗我部氏の第21代当主であり、生まれた当時は土佐の国人の一つに過ぎなかった。当主となってからは瞬く間に土佐を統一、さらに阿波・讃岐・伊予へと侵攻し四国の統一を遂げた。しかしその中で織田信長との対立を生み、信長の遺志を受け継いだ豊臣秀吉の軍門を下り、晩年は秀吉の家臣として一生を終えた。「鬼若子」と呼ばれるほどの強さがある一方で、片意地を張り続けていたことにより、折角の築き上げた武功も失った引き金ともなった。

本書は知られざる長宗我部元親についてを創作ではあるが、長男である信親の視点から綴った一冊である。長宗我部元親を知らない私にとってもすっと頭に入っていけると同時に、土佐をこよなく愛しつつ、長宗我部家の名誉を広げるための侵攻と自らの仁義を大事にするがごとく織田信長との対立を起し、そして豊臣秀吉らによって滅亡に追い込まれた栄枯盛衰の姿がそこにある。そう言える一冊であった。

無理

無理 無理
奥田 英朗

文藝春秋  2009-09-29
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「無理」という言葉をある辞書で引いてみると以下の意味が出る。(「Goo辞書」より)

1.物事の筋道が立たず道理に合わないこと。
2.実現するのがむずかしいこと。行いにくいこと。
3.しいて行うこと。押しきってすること。

「無理」と言う漢字をそのまま見ていくと、1.が「道理」が「合わない」、もしくは「無い」しっくりと来るが、2.の意味が最も多く使われているように思えてならない。

本書のタイトルの話をするだけでも1日かかってしまうのでここまでにしておいて、本書の話に移る。本書は今の時代、そして私たちの世代の現状、そして地方の現状を忠実に描いていると言っても過言ではない。架空の地方都市の話であるが、過疎化が進み、そういった若者や中年、学生などがどこにでもいるように思えてならない。ドタバタとした展開もあるが、絶望にうちひしがれ、様々なことにかんしてタイトルにもあるように「無理!」と叫びたくなってしまう。

そういった状況になればなるほど「ケ・セラセラ」や「無責任」「やってらんない」という言葉を並べたくなってしまう。そういった感情も生まれてくる一冊であった。

奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」

奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」 (朝日新書) 奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」 (朝日新書)
中原一歩

朝日新聞出版  2011-10-13
売り上げランキング : 17326

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2011年3月11日 午後2時46分
宮城県沖を震源とした地震が起こった。その地震による津波は我々の想像を遙かに上回り、それにより約3万人以上の犠牲者を出した。
宮城県石巻市もその甚大な被害を受けた地域の一つである。「水の都」と呼ばれた石巻市はこの地震で美しい景観を失ってしまったが、そこで立ち上がる方々もいた。本書は石巻市で生まれ育った奇跡のボランティアを投影している。

第1章「「水の都」が消えた日」
石巻市は「水の都」と呼ばれるほど、海や川などの景観が美しい都市であった。とりわけ牡鹿半島を挟んでみる石巻湾の海の景観は「絶景」そのものである。
しかしその景観も3月11日の地震によって失われてしまった。石巻市の中心街はもはやにぎわっていた街の姿すら無く、光も灯も消えた。

第2章「石巻モデル誕生」
災害発生からしばらく経ち、ボランティアを行う人も出てきた。特にゴールデンウィークにかけては数多くの人が駆けつけた。石巻市では6万人を越えたという。
そのボランティアも、多数の志願者が出てくるとかえって「負担」となることさえある。
しかし石巻市は「石巻モデル」というボランティアのモデルを構築した。被害状況もさることながら、物資や食糧、さらには被災者の心など様々な課題が山積するなか「石巻モデル」は奇跡を起こした。

第3章「大学が拠点になった」
「石巻モデル」の拠点となったのは「石巻専修大学」である。専修大学の同列の大学であるが、地域に根ざした大学であり、避難所や最初にもいったボランティアの拠点にする事を快諾された。
かくして大学がボランティアの拠点となったが、そのボランティアならではの悩みも山積していた。しかしその悩みや課題を石巻モデル独自のスタイルが光った。

第4章「顔の見えるCSR元年」
企業も「CSR」を叫ばずにいられない時代である。しかしこのような時だからでこそ、この「CSR」そのものの意味が問われる。会社によっては全社を挙げて復興支援に尽力する企業や、「ボランティア休暇」を定めたもあれば、CSRというのは名ばかりで、復興支援は義援金だけにとどめる企業もある。本章では企業とボランティアの関係から「生きたCSR」の可能性について論じている。

第5章「行政とボランティアの連携」
「石巻モデル」で最も成功した要因には行政とボランティアとの連携であった。当初、及び阪神淡路大震災ではその連携がネックだったが、その経験をしていた人もおり、積極的にそれを解消したことは大きい要因となった。

第6章「災害ボランティアは企画力」
この「石巻モデル」を構築する要となるのが「企画力」であるという。過去の震災だけではなく、国際的なボランティアの経験から出たアイデアや、組織構成などが次々と展開された。

第7章「石巻モデルの教訓」
震災からまもなく1年を迎えるとはいえ、復興は「これから」という状態にある。奇跡と呼ばれた「石巻モデル」から復興のため、そして別の災害を迎えたときにどのような対応をしていけばよいのか、個人・企業・団体など様々な観点から指南をしている。

東日本大震災は数多くの人名や財産、そして景観など様々なものを奪い、失われていった。「得る」と「失う」という言葉が表裏一体であるように、私たちは「絆」を再認識させられた。そしてそのような時に私たちができることを問い、行動をし続けていく。

「今、私(たち)にできること」

その言葉は今も問い続けられている。

ネットとリアルのあいだ―生きるための情報学

ネットとリアルのあいだ―生きるための情報学 (ちくまプリマー新書) ネットとリアルのあいだ―生きるための情報学 (ちくまプリマー新書)
西垣 通

筑摩書房  2009-12
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インターネットが台頭したことにより、情報を傍受するだけではなく、自ら情報を発信することができるようになった。しかしネットが台頭することによって「うつ症状」にかかる人も出てくるようになったのだという。IT化が絡んでいるとはいえ、仕事のスピードも量も飛躍的に進化している。そのこともあってか人間関係も希薄になったことによることもある。
本書はネットとリアルの「私」についてを解き明かすとともに、そのような時代の中で「生きる」とは何なのかを追求している。

第1章「ITが私を壊す?」
ネットが進化し、ホームページやいわゆる「ブログ」と呼ばれる簡易ホームページも作られ、最近ではTwitterやFacebookなどのソーシャルネットワークも誕生し、様々な表現の場、自分を表す場ができた。しかしこれらが誕生することによって、リアルとネットとの「自分」を使い分けることができるようになった。ある種の「二重人格」がここでできる訳である。それだけではない。ネットゲームが誕生したことにより「ネトゲ中毒」や「ネトゲ廃人」が日本のみならず韓国でも出てくるようになり、それが「かい離性人格障害」という症状もでる人も出てきた。

第2章「生きることは創りだすこと」
人間に限らず動物は様々な情報を傍受し、発信することができる。その中でその情報を取捨選択し、理性でもって判断することができるのは人間くらいである。しかし、その理性も「混濁」に近いほどの情報が飛び交うことにより、判断を失い、理性も失いかねなくなる。
そのような現状の中でもっとも重要視されるのが、本来人間が持っている「つくる」ことにある。これは機械などを造るというよりも、行動をすることによって未来を創り出す事を本章では説いている。

第3章「未来のネット」
では未来のネット像はどうあるべきか。最近では「考える」ことよりもGoogleやYahooなどで「調べる」ことで事足りてしまう時代である。考える力、というよりも古代ギリシャで存在した「ソフィスト」のような状態の人が多い。そうではなく、ソクラテスやデカルトのように「考える」「無知の知」がこれからのネットにとって重要な役割を担うだろうと分析する。

IT化することにより、仕事や情報はスピードや量・質ともに格段な進化を遂げた。そして便利になった。しかしその便利や進化を遂げるあまり、「効率」ばかりが重視されてしまい、人間としてのあり方が軽視されてきたのかもしれない。これからのITは本来、人間として本来持っているものを生かすことが重要であるという。

2013年、日本型人事は崩壊する! 企業は「年金支給ゼロ」にどう対応すべきか

2013年、日本型人事は崩壊する! 企業は「年金支給ゼロ」にどう対応すべきか 2013年、日本型人事は崩壊する! 企業は「年金支給ゼロ」にどう対応すべきか
佐藤政人

朝日新聞出版  2011-03-18
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昨今では「高齢化社会」といわれており、段階世代は既に還暦を迎えた。もっとも年金の受給も60歳から65歳に引き上げられた。企業によっては定年後の再雇用制度も確立するなど、高齢化社会に関する対策も行われている。
本書のいう「2013年問題」は、年金の支給年齢の段階的な引き上げにより60歳になったとしても年金がもらえない。および起業にとっても65歳定年の義務化(定年制の廃止か定年延長などの選択肢はある)が課せられ、企業にとっても頭に重くのしかかる課題と言える。
本書はその2013年問題の全容と、その対策、そして日本における人事制度の変容についての考察を行っている

第1章「2013年問題と企業経営環境」
最初にも書いたとおり2013年には60歳になったとしても厚生年金が受給できなくなる。その一方で日本の雇用延長や再雇用制度が確立したとはいえ、それに関しては積極的でない企業が多い。しかも企業採用に関しても消極的で優秀で即戦力になるような人材しか欲しがらないような風潮となる。ましてや私たち、もしくはそれより下の世代は人事からみた印象についても本章にて述べている。

第2章「日本型人事・報酬システムの課題」
一昔前は終身雇用制度で定年を迎えるまで、安定した雇用は保障された。しかしバブルが崩壊してからは終身雇用が否定され、「成果主義」が導入されたが、ある大手メーカーのように失敗したケースもある。報酬制度のみならず、人材育成に関しても課題が多く、かつ現在の世代にマッチしたもの、企業にとって核をなす人材を育成に手が回らない企業も多い。

第3章「報酬制度の転換」
そのような現状のなかで日本はどのような人事・報酬制度を設けるべきか。ここでは「報酬制度」にスポットを当てる。
かつてあった年功序列主義にも、最近取り入れられた成果主義にもメリットは存在する。本章ではそのメリットを「良いとこ取り」をするような雇用体型や報酬、昇給などを提示している。

第4章「人材育成の転換」
人材育成と企業の売り上げはリンクしているか、という質問であるが、必ずしもイコールとは限らない。しかしそれは「直近の売上」のことをいっており、10年後といった将来の売上を考えると、人材育成こそ、会社の将来を描くために重要な要素である。その人材育成の方法についてを事例とともに取り上げている。

第5章「キャリア開発の転換」
昨今の日本企業が取り上げるべき人材育成やキャリア開発として、女性や高齢者を挙げている。その人たちの任務遂行のフロー開発など企業が見逃しているチャンスも多々ある事を本章にて気付かされる。

第6章「日本企業に必要な価値観・風土」
日本企業としてあるべき価値観や風土、それはかつて忘れていた日本人そのものの価値観や考え方にある。そのことを本章にて語っているように思える。

時代は変わるがごとく、日本企業、そして人事制度は変容を遂げる。その変容が、日本企業にとってプラスになるようにするにはどうしたらよいのか、その要素が本書には詰まっている。

デフレと超円高

デフレと超円高 (講談社現代新書) デフレと超円高 (講談社現代新書)
岩田 規久男

講談社  2011-02-18
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現在では小康状態になったとはいえ、昨年末には1ドル76円を上回るほどの「超円高」の現象が起こっている。その原因はヨーロッパの財政危機によりドルやユーロの価値が失われたところにある。
円の価値が高まりつつある日本であるが、経済は逆に下り坂の一途をたどっている。リーマンショックから立ち直りかけたつかの間、東日本大震災や先述のヨーロッパの財政危機などの二重苦と呼ばれる状況にある。
本書は超円高によるデフレとデフレの現象を考察するとともに、著者の分析をもとにデフレの脱却をどう図っているかを提言している。

第一章「円高はなぜ起きるのか」
世界的に景気が下り坂になると円高になるという。あたかも嘘のような話のように見えるが、むしろ「下り坂」になっているからでこそ、円高が起きるのだという。
その要因には日銀などが決める「金利」が大きく関わってくる。

第二章「デフレは円高を生む」
円高になる要因としてもう一つあるのが私たちの生活に大きくかかわる「消費者物価指数」だという。これも第一章で述べた論理と同じであるという。

第三章「デフレと円高はなぜ悪いのか」
デフレになれば、消費が冷え込み経済が回らなくなる。円高にしても自動車や半導体など輸出頼りにしている企業に深刻な打撃を食らってしまう。その一方で円高は原料輸入や海外旅行が安価になる利点もあるかもしれないが、これも国内旅行や国内生産が減少するというデメリットも生じるという。

第四章「構造デフレ説の誤謬」
ここでは中国や銀行、生産性に関するデフレについての批判が中心である。

第五章「デフレは貨幣的現象である」
では著者の定義する「デフレ」はどのような現象なのだろうか。著者は「貨幣」の要因が大きいという。多くの資本主義経済は「貨幣」に夜ものが多いため、その流通量によって経済は動くのだという。

第六章「日銀の金融政策の目的は「デフレの安定化」」
デフレと呼ばれる経済の中で日銀はどのような金融政策を行っているのか。著者は「デフレの安定化」と定義している。バブルやインフレを極端におそれ、安定的なデフレを望んでいるため、後手後手にまわっているのだという。

第七章「インフレ目標でデフレも円高も止められる」
あまり聞きなれないが「インフレ目標」がデフレ脱却のために必要な政策であるのだという。本章では金融政策の提言をしているのだが、その中には人を代えるべきという議論があったが、著者は日銀総裁になった場合、その政策を実行するのだろうかと勘ぐってしまう。

超円高と呼ばれる現状にある日本経済であるが、日本政府や日銀など有効な脱却政策が打てていない現状にある。そのような現状の中で本書のような提言本は数多くあり、本書もそのうちの一つといえる。しかしその提言本を呼んでいくと、大阪市長である橋下氏が「じゃああんたやってみなさいよ」と返されたらどのような返答をするのだろうか。

残業ゼロ! 仕事が3倍速くなるダンドリ仕事術

残業ゼロ! 仕事が3倍速くなるダンドリ仕事術 (アスカビジネス) 残業ゼロ! 仕事が3倍速くなるダンドリ仕事術 (アスカビジネス)
吉山 勇樹

明日香出版社  2008-12-03
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仕事において重要なものであるが、教えられる事の無いもの、その一つとして「ダンドリ(段取り)」が挙げられる。仕事をいかに組み立て、進めていくか、によってスピードや成果の成否が分かれるという。
よく仕事で「鈍くさい」「スピードが遅い」といわれる人もいるのだが、訓練次第でダンドリを鍛えることができ、そのことによって仕事のスピードアップをはかることができる。本書はその技術を伝授した一冊といえる。

1章「時間をうまくコントロールする技術」
時間をコントロールするために、仕事のジャマとなるものを排除する、あるいは仕事の仕分けや認識合わせなどを変えることによってこれまでないといっていた時間を捻出する事ができる。
2章「劇的!スピードアップの技術」
仕事のスピードを図るには時間の重要性を知る必要がある。また、お客様との認識合わせためにメールだけではなく、直接電話、もしくはコミュニケーションを図る。また集中する仕事や時間を持つ必要もある。本章に限ったことではないが、本書は時間の重要性を重視しているため、その重要性を認識すべく、スピードアップの術を紹介している。

3章「プロジェクトをうまく動かす技術」
プロジェクトは1人で動かすことはできない。多かれ少なかれ数人を巻き込んで活動する必要がある。そのため段取りは最も重要な要素を持つ。
プロジェクトを進めるためにはまず目的及び目標を立てることが重要である。その目標を達成するための手段をいくつか取り上げる必要があるからである。手段をつくり、アプローチをしていくことになって関係者を巻き込み、味方につけ、サイクルを作り、漏れやダブりを無くすことにより、プロジェクトの達成を図ることができる。

4章「モチベーションをマネジメントする技術」
1人に限らず、数人いる職場にて、モチベーションコントロールするのは非常に難しい。その難しいモチベーションコントロールするために、著者が提唱しているのは、朝残業(前業)をする、緩急をつける、土台をつけるなどモチベーションを維持する、向上するエッセンスが詰まっている。

5章「考える力をアップさせる技術」
皆さんは「考える」ことをどう想像するのだろうか。多くは「ロダンの考える人」のごとく頭を抱えるなどをして考え込む事をイメージするかもしれない。
しかし、あれこれ考えるよりはアイデアや考えを紙に起こす、客観的・俯瞰的に考える、そのことによって物事の全体像を深堀することができ、自分の考え方、あるいは考える力を醸成することができる。

6章「ツールをうまく活用する技術」
スキマ時間を見つける、議事録を記録するために、身近にあるツールを利用する事によって時間を有効に使うことができる。

本書を考えてみると誰でも「ダンドリ不足」を痛感させられてしまう。今からでも遅くない。何せ「学ぶのに遅すぎる」ことはないのだから。

歴史を変えた火山噴火―自然災害の環境史

歴史を変えた火山噴火―自然災害の環境史 (世界史の鏡 環境) 歴史を変えた火山噴火―自然災害の環境史 (世界史の鏡 環境)
石 弘之

刀水書房  2012-01
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日本は「火山大国」と呼ばれるほど火山が多い、有名どころでは現在も噴火を続けている桜島、「霊峰」と呼ばれる富士山、そして北海道の大雪山(旭岳)が存在する。
火山噴火でもっとも桜島以外で直近のものでは2000年の有珠山(昭和新山)の噴火や三宅島の噴火が挙げられる。
本書では様々な火山噴火を挙げているが、それが私たちの歴史にどのような影響を与えたのかを考察している。

第一章「火山噴火と人類」
ここでは火山の原理、火山活動、火山噴火による被害など、火山に関する基礎知識を伝授している。

第二章「「火山の冬」と気候変動」
火山噴火により環境が破壊される、というロジックについて解き明かしている。火山噴火により火砕流や泥流、土石流により、周囲の森林や動物を破壊するためである。同時に火山噴火により、大量の火山灰が広範囲にわたって降り注がれる。降り注がれた火山灰が太陽光を遮ることにより、夏でも寒く、冬はもっと寒くなるような「火山の冬」ができてしまう、というわけである。

第三章「火山噴火が衣服を発明した」
本章のタイトルを聞くだけでも疑わしく思ってしまう。しかし服が誕生したのは約7万年前頃、それと同じくしてトパ火山が大噴火し、その火山灰により急速に寒冷化したという。そのことを考えてみると関連性はあるといえる。

第四章「九州南部の縄文文化を崩壊させた鬼界カルデラ」
かつて九州南部では独自の縄文文化が栄えていたのだという。そのことだけでも初耳であるが、その文化そのものを失ったのが、鹿児島県の竹島・硫黄島に位置するところの「鬼界カルデラ」と呼ばれるところの火山噴火にあるという。

第五章「文明を崩壊させたサントリーニ火山」
サントリーニ火山はギリシャ本土から200キロ南に位置する火山島である。その火山島には紀元前に「ミノア文明」というのが存在した。しかしその文明もサントリーニ火山の大噴火により、島中火砕流に呑まれ文明が崩壊したのだという。

第六章「タイムカプセルのヴェスヴィオ火山」
「世界で有名な火山」というと皆さんはどの山を想像するのだろうか。「霊峰」と呼ばれる富士山か、あるいは世界でもっとも高い火山の「キリマンジャロ山」だろうか。
しかし「歴史上」という言葉を一言加えると、イタリアの「ヴェスティオ火山」であるという。
この火山が歴史上有名になったのは紀元前800年の噴火にある。約3000年前に起こった噴火であったが、古代の大災害の中でも最も史料が多く、かつ克明に残されていたことにより、数多くの歴史本に取り上げられたほどである。

第七章「西暦五三五年に何が起きたのか」
歴史の中で地球が最も大きな異変をきたしたのが「535年」である。これも大噴火で起こった、火山灰による「寒冷化」により、異常寒波が起こったのだという。

第八章「夏がこなかった年」
今では滅多に起こらないのだが、「夏がこなかった年」があったのだという。日本でも有名なものでは1993年、記録的な冷夏により、コメが大凶作に陥り、タイや中国からコメを輸入せざるを得なくなったほどである。
それに限らず、第二章などでいったように大噴火により、夏の暑さがこなかった年も他にあった。

第九章「史上最大級の噴火」
史上最大の噴火は1883年、インドネシアのズンダ海峡にあるクラカタウ島にある3つの火山が一度に噴火した時である。火山灰はおろか、回りの島々に火砕流や噴火による衝撃による大津波も押し寄せ、インドネシアどころかコロンビアや日本など、約10カ国25万人の命を奪った。
約40年後に東京で起こった「関東大震災」と2倍以上の死者を出した大災害であった。

第一〇章「二〇世紀の火山噴火」
20世紀の噴火ではいろいろなものがあるが、日本では1991年の雲仙岳、2000年には有珠山や三宅島がある。

自然災害はいつ起こるかわからない。昨年には東日本大震災や台風、そして現在進行形では豪雪もある。火山や地震がよく起こる日本では、その自然の中でどのように防止するか、そしてどのように教訓にするか、本書は火山活動と歴史の本であるが、そのエッセンスも詰まっている印象がある。

危険学のすすめ

危険学のすすめ 危険学のすすめ
畑村 洋太郎

講談社  2006-07-26
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著者は「失敗学」であまりにも有名である。先日も福島第一原発事故に関する第三者機関「事故調査・検証委員会」の委員長に指名されたときには、報道で「失敗学で有名な~」といわれるほどである。
その失敗学から派生してできたのが、「回復力」や本書で紹介する「危険学」である。
この世はまさに「危険」と隣り合わせであるが、本書はその「危険」とはいったい何なのか、そして社会のためにどのように役立つのだろうか、回転ドア事故からできた「ドアプロジェクト」とともに解き明かしている。

第1章「「失敗学」から「危険学」へ」
著者が「失敗学」の本を上梓したのは、今から10年前の11月であった。そこから「失敗学」は瞬く間に浸透してきたが、著者自身その学問に限界を感じてきた。それを確信づけたのが次章にあるドア事故である。そこから「危険学」が誕生し、ドアプロジェクトが発足された。

第2章「「プロジェクト」発足」
事の発端は2004年3月26日、六本木ヒルズの「森タワー」の大型回転ドアに6歳の男児が挟まれ亡くなった事件が起こった。当初政府・経産省が調査を進め、「事故防止ガイドライン」を作成し、6月末に発表した。
しかし、事故の真相究明は闇の中に包まれる事を危惧した著者は勝手連として「ドアプロジェクト」を発足した。

第3章「ドアプロジェクトの手法」
ドアプロジェクトの目的は回転ドアの真相究明ではなく「すべてのドア」についてのまつわる危険を発見することにあった。
そのプロジェクトとして、数多くの企業の賛同や協力が必要としていたが、思いの外多くの企業が参加・賛同してくれた。とりわけ回転ドア事故の舞台となった「森ビル」も全面的に協力してくれたという。

第4章「実験でわかった真相Ⅰ」
7月に事件の舞台となった森タワーで自動回転ドアの実験が行われた。その中で回転ドアがいかに「殺人機械」なのか、手動回転ドアやシャッター、スライドドアにはらんでいる「危険」について発見した。

第5章「技術の系譜」
回転ドアの技術がいかに進化してきたのか、について実験の中でわかったことについて述べている。

第6章「実験でわかった真相Ⅱ」
実験は電車のドアや新幹線のドア、自動車のドア、学校のシャッター、事務所や家のドアなどにはらむ危険について、実験を通して明らかになった。

第7章「「勝手連事故調」の勝利」
約1年に及ぶ調査の中で出た成果を総括するとともに、警察や検察が中心となって動く「原因究明」、省庁や政府がつくる「ガイドライン」、社内調査それぞれの限界について述べている。本章のタイトルで少し違和感があった。「勝利」とあるが、今回の調査を元に裁判を起こした形跡も無ければ、論争を起こした形跡も無かった。いったい何に「勝利」したのだろうか。

第8章「その後のドアプロジェクト」
「ドアプロジェクト」はわずか1年足らずで解散となったが、そのプロジェクトによって蒔かれた種は現在でも息づいている。それは医療から安全啓発、さらには「危険学」の形成などが挙げられる。

第9章「「危険学」をどう生かすか」
危険学を通じて、子供たちだけではなく、私たちがいかに「人工物」とつき合っていけばよいのか、あるいはどのような危険があり、回避できるのか、私たちは知る必要がある。

事件や事故について責任を追及するのは誰でもできる。しかしそこに「なぜ起こったのか」「どのような危険がはらんでいるのか」を知る責任がある。昨年3月11日に起こった大地震で福島第一原発がメルトダウンし、現在進行形でその災いは続いている。原発にしても私たちが作られた人工物はその例に漏れない。本書にある「危険学」は出るべくして出てきた学問と言える。

シャーロック・ホームズの愉しみ方

シャーロック・ホームズの愉しみ方 (平凡社新書) シャーロック・ホームズの愉しみ方 (平凡社新書)
植村 昌夫

平凡社  2011-09-16
売り上げランキング : 163200

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推理小説は幅広い世代から読まれている名作から、ニッチの作品までゴマンとある。以前ブログにて書いたのだが、私自身、中学の頃は推理小説にはまっており、とりわけ「刑事コロンボ」のファンであった。推理小説にはまった大きな理由には「少年サンデー」で連載中の「名探偵コナン」にある。連載が始まったのは今から18年も前、ちょうど小学2年生の頃である。主人公である江戸川コナンは、「明智小五郎シリーズ」の作者である江戸川乱歩と「シャーロック・ホームズシリーズ」のコナン・ドイルの両方をとっている。
それはさておき、本書は架空の人物とされていたシャーロック・ホームズについて、これまで邦訳されたことのなかった文献を元にシャーロック・ホームズのことについて考察を行っている。

第一章「ホームズは実在の人物だった?」
いきなり我が目を疑うようなタイトルである。架空の人物として有名になったのにも関わらず、実在しているというのは事実か奇天烈な物なのかと疑いさえする。
その証拠となったのが「S・C・ロバーツ」が著した「ホームズとワトソン」である。原作は1953年に上梓されたのだが、邦訳されたのは本書が初めてである。それほど魅力がなかったのか、片隅にあって見つからなかったのか不明である。

第二章「意外な愛読者たち」
「シャーロック・ホームズ」シリーズは世界を代表する推理小説として幅広く愛されてきたのだが、その中でも批評家や雑誌編集者、あるいは文学者、詩人などの愛読者もいた。本書はその愛読者について紹介している。

第三章「ホームズ、漱石、嘉納治五郎」
シャーロック・ホームズと日本人の関係について綴っている。本章のタイトルの最後にある「嘉納治五郎」は講道館柔道の創始者で「柔道の父」と呼ばれるほどの存在であり、本章でも柔道、もしくは柔術に関する記述も登場している。

第四章「皇太子、チャーチル、ホームズ」
シャーロック・ホームズが登場したのは19世紀後半のことである。そう考えると本章に出てくるチャーチルは誰なのか、と気になってしまう。読んでみると本章に出てくるチャーチルは首相を経験したウィンストン・チャーチルの母親である「ジェニー・チャーチル」のことを言っている。

ホームズの作品は昨今でも世界中でもっとも愛されている推理小説の一つである。本書はそのホームズの世界をさらに広げるためのうってつけの一冊と言える。

カジノの文化誌

カジノの文化誌 (中央選書) カジノの文化誌 (中央選書)
大川 潤 佐伯 英隆

中央公論新社  2011-11-09
売り上げランキング : 129345

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「カジノ」というと、現実ではラスベガスやマカオのカジノを連想するだろう。カジノに縁がなくてもあるロールプレイングゲームでカジノを知った人もいる。
本書はめくるめく「カジノ」の世界と世界中にあるカジノ、そして日本の「カジノ構想」について取り上げている。

第一章「カジノの基礎知識」
まずは「カジノ」そのものについてである。カジノで有名な所では最初にも書いたとおりラスベガスなどが存在する一方でヨーロッパもカジノが存在するという。さらにいうと元々カジノの原型ができたのは16世紀にヨーロッパでできたという。そのときは階級社会であり、貴族階級のものであるため「お高い」印象が強かった。
また、本章では「ルーレット」や「バカラ」などカジノゲームの基礎についても取り上げている。

第二章「カジノを巡る神話とカジノの運営」
「人の往く 裏に道あり 花の山」
これは日本における相場の格言である。本章では紹介されていないのだが、カジノや相場、博打にまつわる金言や神話、またカジノの運営者となった場合に心がけることについて紹介している。

第三章「世界のカジノ市場―欧米編」
本章と次章にかけて世界のカジノについて紹介している。本章では欧米のカジノについて取り上げているが、日本人が連想する「カジノ」とは主にラスベガスであるが、欧米に枠を広げてみるとカジノがない国の方が珍しいというくらい、欧米の国々には必ずといってもいいほどカジノが存在するという。

第四章「世界のカジノ市場―アジア編」
カジノ市場規模が世界一であるアメリカに次いで大きいのがアジアである。それを際だたせているのがマカオである。中国大陸の南岸に位置しており、目面積は東京の千代田区と新宿区を合わせた程度でありながら世界中から観光やカジノ目的で訪れる人が後を絶たない。
ほかにもアジアのカジノとしてシンガポールや韓国についても取り上げている。また本章では取り上げていないがフィリピンもゼブ島にカジノが存在しており、2005年の「笑点」という番組にて取り上げられた。

第五章「日本のギャンブル市場とカジノ導入への道」
では日本ではどうか。日本では「刑法」の「賭博罪」により禁止されており、もし行おうとすれば懲役を含めた罰則が課せられる。
しかし、その「賭博罪」として適用が除外されているのが、競馬・競輪・オートレースなどがある。ほかにもパチンコや宝くじなどカジノではなくとも「合法な賭事」は存在している。
日本でも「カジノ構想」があり、それに向けての議論も進んでいるのだが、未だに足踏みをしている状態にある。むしろカジノよりも政局、あるいは昨今では消費税などの議論が活発化しており、カジノの議論は埋もれている状態にあるといっても過言ではない。

日本に「カジノ」は必要なのか、というと私は必要であると考えるが、現実的に立地や費用に関する所で厳しいところがある。ましてや日本人そのものの性格や価値観からそれが構築されることも難しい。しかし、ラスベガスのようなスタイルではなくても日本独特の賭事をアミューズメント化した独自のカジノがある方が、観光としても役立つのではないか、と思う。

私の考えはここまでにしておいて、本書は「カジノ構想」の議論を始める前にしるべき「カジノ」にまつわる知識を得る為の一冊と言える。

まずは、「つき合う人」を変えなさい!

まずは、「つき合う人」を変えなさい! まずは、「つき合う人」を変えなさい!
山本 亮

すばる舎  2009-09-18
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人との「縁」はその人となりを表しているという。あなたの周りの人にはいったいどのような人がいるのだろうか。人との出会いによってはその人の考え方や生き方も変わることもできれば、働き方にも影響を与える。「つき合う人」によって、自らそのものを変えることができる、というが本書ではどのように変わるか、どのつきあい方で変えるのか、について自らの体験をもとに示している。

PART-01「仕事もお金もない私が、ドツボから抜け出せた理由」
著者は高校卒業し一浪してから社会人生活が始まった。しかし気がついたら派遣社員となり、先の見えない生活を送っていた。そこで自らつきあっている人に原因が合ったことを発見した。新しい人と出会うことなく「類友」ばかりつきあっていたことだったという。

PART-02「"こんな出会い"で一気に感化された!」
今はその頻度は減ったもののセミナーやパーティーなどに足を運ぶことが多い。人との新しい出会いによって仕事やプライベートで様々な化学反応を起こすこともある。もっとも出会った人々の話を聞くと仕事でもプライベートでも役立つ話やおもしろい話がある。
出会いによって人に感化することによって変わることができる。本章ではニート寸前から様々な人と出会ったことで変わったエピソードとともに紹介されている。

PART-03「人生が好転する「出会い方」&「つき合い方」の法則」
人と出会うことによって好転することはわかったが、どのように出会えばよいのか。本章では会合やセミナーでの出会いやつきあい、さらにはメンターに至るまで紹介している。

PART-04「年収アップできる!"はじめの一歩"はココから」
ここでは「出会い」というよりも目標や夢、モチベーション管理といったところが中心となる。

PART-05「人生がうまく回り出す「仕事・お金・勉強」のヒント」
著者が起業してからも様々な人と出会い、メンターからの助言によって仕事がうまく回り出すエピソードをつづっている。仕事とプライベート、その区分けや労働観の変化も取り上げている。

「人との出会い」は仕事や考え方、習慣も変わる。子供が親の背中を見て育つように、様々な人と出会うことによって変わる。著者はどん底時代から人と出会う、つき合うことによって影響を受け、変わることができた。その証しが本書と言える。

ブルーハーツ

ブルーハーツ (ピュアフル文庫) ブルーハーツ (ピュアフル文庫)
前川 麻子

ジャイブ  2009-03-10
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85年に結成し、95年に突如解散した「THE BLUE HEARTS」。このグループが残した歌の数々は今でも私たちの心に強く残している。

「リンダリンダ」「TRAIN-TRAIN」「終わらない歌」・・・と挙げるだけでおきりがない。

「THE BLUE HEARTS」が結成された頃に生まれた私は、彼らのライブは聞いたことがない。しかしCMなどで聴く機会はある。聴く度に「若く」「青臭く」、それでいて「爽快」な感覚に陥る。「THE BLUE HEARTS」はボーカルである甲本ヒロトが「意味は無く、誰もが呼びやすい小学生でもわかるような英語で、バンドの音楽性が見えないような名前」にとそう名付けたが、グループの曲一つ一つが、まさに「ブルーハーツ」と言うべきである。

話が大きく反れてしまった。本書は伝説のロックバンドグループ「THE BLUE HERATS」の歌詞もちりばめられているような短編集である。会社員やOL、小学生など様々な主人公によって描かれているが、それらの共通点は本書のタイトルにある「ブルーハーツ」であること。ケータイ小説が単行本化されているのだが、ブルーハーツのような「メタル」の感覚がダイレクトに伝わる一冊であった。

はじめて学ぶ生命倫理~「いのち」は誰が決めるのか

はじめて学ぶ生命倫理: 「いのち」は誰が決めるのか (ちくまプリマー新書) はじめて学ぶ生命倫理: 「いのち」は誰が決めるのか (ちくまプリマー新書)
小林 亜津子

筑摩書房  2011-10-05
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「命」あり方に関する考察は哲学や倫理学、宗教学など多くの角度から考察を行っている。本書はあくまで「倫理学」の立場から見た「命」を論じているが、「命」そのものの定義のみならず、「生」と「死」の定義や誰が決めるのか、についても論じられている。

第1章「いのちの「終わり」は誰が決めるのか」
「尊厳死」ということばが幅広い学問から議論がなされている。それだけはなく「安楽死」に関しても議論の対象となっているほどである。
本章では「死」の決定権について論じている。

第2章「子どもの医療は誰が決めるのか」
第1章で述べられた「いのち」の決定権の延長であるが、ここではもし「子ども」の場合はどうなるか、という議論である。「意思決定能力」が確立できていない「子ども」の医療はどうなるのか、本章ではイギリスで起こった2つの事件を取り上げている。

第3章「判断能力は誰が決めるのか」
今度は大人の場合の生死の判断を決めることができるのか。大人でも「成年被後見人」など判断能力が欠如している時はどうなるのだろうか。本章ではそれについて取り上げている。

第4章「いのちの質は誰が決めるのか」
週間少年ジャンプで連載していた「GTO」にでてくる神崎麗美を引き合いに出し、「いのちの質」について議論をしている。

第5章「双子の生死は誰が決めるのか」
ここでは「結合双生児」と呼ばれる奇形児の生死について論じている。「結合双生児」で有名なのはベトナム戦争の時に生まれた「ペトちゃん」「ドクちゃん」が有名である。

第6章「いのちの「優先順位」は誰が決めるのか」
「いのち」の優先順位というと、「トリアージ」という災害や重大自己において、最善の究明高価を得るために、治療の優先度を決定する方法がある。これは「JR福知山線脱線事故」や「秋葉原通り魔事件」で使われ、ニュースにて話題となった(特に前者はNHKスペシャルなどで取り上げられるほど)。本章ではそれについては論じられておらず、あくまで「種差別」による優先順位について論じている。

第7章「いのちの「始まり」は誰が決めるのか」
「いのち」にまつわる議論の中でもっとも多く対象となっているのが、「人工妊娠中絶」である。現在では国によって許されているところもあれば、未だに禁止しており、もし行えば刑事罰に処される国もある。本章でも「いのちの始まり」と「人工妊娠中絶」を両天秤にかけて議論を行っている。

「生命」に関する議論は様々な学問から議論されているものの、確信たる結論は未だにない。結論のでない「永遠の課題」という印象も捨てきれない。しかし倫理学的な観点から「生命」はどのように定義されているのかは本書にてよくわかる。

温泉からの思考―温泉文化と地域の再生のために

温泉からの思考―温泉文化と地域の再生のために 温泉からの思考―温泉文化と地域の再生のために
合田 純人 森 繁哉

新泉社  2011-09-28
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世界中は広しと言えど、「温泉文化」を持つ国は少ない。その少ない中に日本があるが、日本ほどその文化が盛んである国はない。もっとも地域活性化のシンボルの一つとして温泉文化がある。
本書は歴史として、原点、未来、復興として「温泉文化」はどうあるべきか、を2人の対談形式にて考察を行っている。

Ⅰ.「温泉的思考をめぐって」
温泉の役割は様々である。地方への観光もあれば、レジャー、あるいは医療などにも役立てられている。
しかし、「温泉」は火山の活動で作られた副産物の一つであるが、現在のように使われ始めたのはいつ頃からなのだろうか。
温泉の歴史はかなり古く、神話の時代にまで遡る。「日本書紀」や「万葉集」などに玉造温泉や有馬温泉などの表記もあるのだという。

Ⅱ.「温泉地の現在」
日本の歴史とほぼ同じくらい長い歴史を持つ温泉ではバブル崩壊以後に進行している「過疎化」に悩まされ、「シャッター街」が目立つようになった。それを回避、もしくは回復すべく、街おこしなどの策を練っている。とりわけ「伊豆温泉」や「熱海」のある静岡県では「温泉ミュージアム」が挙げられる。

Ⅲ.「原点としての温泉」
そもそも温泉の「原点」はどこにあるのだろうか、という考察が必要である。遡る先は「古代四大文明」や「古代ローマ時代」にまで遡る。あたかもマンガ「テルマエロマエ」の舞台である時代に。

Ⅳ.「温泉の未来像をさぐる」
これからの温泉のあるべき姿、それは温泉療法にある「体」としての「癒し」だけではなく、「心」としての「癒し」が必要なのではないかという意見がある。21世紀は「心」の世紀と呼ばれるほどであるため、「心」の充足や癒しを求める声が日に日に強くなっている。
そのため温泉ではパワースポットや森林浴などへの招待も行うほどである。ほかにも温泉による健康づくりを取り組む活動も活発である。

Ⅴ.「温泉からの復興―東日本大震災と東北の温泉地」
2011年3月11日の東日本大震災により、東北・北関東を中心に甚大な被害を受けた。これは温泉も例外ではない。宮城県の「松島温泉」や福島県の「いわき湯本温泉」など温泉の名所がいくつか存在する。そこの地域ではなくても、西日本の温泉などでは震災直後には水位が下がったり、温泉そのものが濁ったりする事象が発生したという。

いま「温泉」の立場からできること、その問いは今でも投げかけられており、その解を出し続けている。
温泉は私たちへどのような役割を担うのか、私たちの社会にどのような役割を担っているのか、本書はそれらを問う「温泉学」の誘いを行う一冊である。

浅草のおんな

浅草のおんな 浅草のおんな
伊集院 静

文藝春秋  2010-08
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先日「男の流儀」や「作家の遊び方」にて豪快な一面を世に送り出した伊集院静氏。著者の師匠である阿佐田哲也(色川武大)の下で作家としてだけではなく、麻雀などの遊びも教えられた。その兄弟子にはミスター麻雀・小島武夫がいる。

本書の舞台を浅草に選んだのも伊集院氏らしい。浅草には寄席である演芸ホールやストリップ劇場のある六区もあれば、近くには吉原もある。江戸の中でも娯楽が豊富である場所と言える。

本書の話に戻す。浅草の小料理屋の女将が主人公であるが、その女将は男を追ってはるばる東京へやってきた。しかし悲しい別れがあった。

「江戸情緒」

本書ほどこの言葉の似合う小説は今まで見たことがない。その情緒を肌で感じるどころか、その小料理屋で日本酒を呑みながら女将の話を聞いたり、色々なお客さんと話をしているような感覚で読める一冊であった。

カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン―神の食べ物の不思議

カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン―神の食べ物の不思議 カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン―神の食べ物の不思議
佐藤 清隆 古谷野 哲夫

幸書房  2011-10
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今日2月14日はバレンタインデーである。女性は本命の男性には「本命チョコ」を、そうでない男性に対しては「義理チョコ」を送る習慣となっているが、最近では女性同士、男性同士、もしくは男性から女性にチョコを送ることも珍しくなくなっている。
そもそも「バレンタインデー」はどのような日なのか、というと「269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日」のことを指す(wikipediaより)。その処刑の日が偶然にも恋人である女神ユノの祝日であることから「恋人の日」として扱われてきたのである。さらにいうと、欧米ではケーキやカードなどで祝うようになったのだが、日本では菓子店の販売戦略の材料としてチョコレートを扱われた
バレンタインデーの話が過ぎてしまったため、話をチョコレートに戻す。本書はめくるめく「カカオ豆」と「チョコレート」の科学について迫っている。

第一章「チョコレートの故郷と風景」
もはや「お菓子の王様」と呼ばれるほど有名になったチョコレートであるが、そのチョコレートの原料であるカカオ豆の故郷は様々あるが、もっとも有名な所ではどこにあるのだろうか。本章ではコロンビアやブラジルなどアマゾン川流域にあるのだという。

第二章「カカオ豆の発芽」
本章と次章にてチョコレートの原料であるカカオ豆の生涯について取り上げている。本章では種から発芽するまでを取り上げている。

第三章「カカオの花の受粉とポッドの生育」
カカオが成長し、花が咲き出す。そこから花粉が出てきて受粉するまで、またカカオ豆の木の病害についても本章にて取り上げている。

第四章「カカオ豆の発酵と乾燥―チョコレートは発酵食品」
カカオ豆からチョコレートができるまでのプロセスだけではなく、「カカオ酒」などカカオ豆から作られるものも紹介されている。もっとも意外だったのが、本章のサブタイトルにあるとおり、現在私たちがよく食べるチョコレートは、カカオ豆を発酵して作られる「発酵食品」だという。

第五章「カカオ豆の焙炒と香りの誕生」
コーヒー豆は焙炒すると香ばしくもほろ苦い香りが立つ。これがコーヒーの香りとなって私たちの鼻に届く。カカオ豆もこれと似ており、発行したカカオ豆を焙炒して香りを引き立たせている。

第六章「メソアメリカの人々がカカオを飲む」
「メソアメリカ」は南北アメリカ大陸の真ん中部分、「中米」と呼ばれる地域であり、おもにメキシコやグアテマラ、パナマなどの国々がある。そこの地域では古代からカカオを飲む習慣があったのだという。

第七章「ヨーロッパ人がカカオと遭遇」
十五世紀まではメソアメリカの地域でしか飲まれていなかった。ヨーロッパ人が初めてカカオに遭遇したのは、「新大陸発見」でアメリカ大陸をヨーロッパ人で初めて発見したコロンブスである。そのコロンブスら船隊は北中米の金銀をはじめカカオ豆もヨーロッパに持ち帰ったのだという。

第八章「メソアメリカから世界へ」
そこからヨーロッパ人がアメリカ大陸を征服し始めた。金銀などの新大陸の資源を根こそぎ持ち去ったのだが、そこにはカカオ豆も含まれていた。ヨーロッパ人の制服によってメソアメリカの地域のカカオ豆が世界に広がった。

第九章「カカオがヨーロッパで華麗に変身」
メソアメリカの地域では「カカオを飲む」習慣があったのだが、ヨーロッパではその習慣はなく、むしろどのように使うのか苦慮した。その中であるスペインの修道院ではバニラや砂糖を使ってカカオ豆を粉末にし、「飲むココア」の様なものをつくるのに成功した。メソアメリカにある「飲むカカオ豆」とは別の味となったのかもしれない。

第十章「「飲むココア」と「食べるチョコレート」の誕生」
スペインで生まれた「飲むココア」はたちまちヨーロッパ中に広がった。そしてそこから現在でもよく食べられている「食べるチョコレート」がつくられるようになったのだが、つくられるようになった場所はオランダであった。

第十一章「現代のチョコレートの完成」
「食べるチョコレート」の原型が完成し、やがてチョコレートの形も現代の形となっていった。そうなったのは19世紀、スイスで生まれた。

第十二章「チョコレートの未来」
チョコレートは脳の活性化に良い食べ物であるが、「太る」「鼻血が出る」「ニキビが出る」などの声がある。その声について科学的な観点から答えるとともに、チョコレートがいかに健康的によいか、について説いている。

今日のバレンタインデーではなくとも、私も含め私たちの生活の中でチョコレートは欠かせない。私たちの生活の中にあるチョコレートがいかにして生まれたのかがよくわかる一冊である。

・・・ところで、今年は私にチョコレートはもらえるのだろうか。

二宮尊徳の遺言

二宮尊徳の遺言 二宮尊徳の遺言
長澤 源夫

新人物往来社  2009-02
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かつて小学校では「二宮尊徳(金次郎)像」を建てた所が存在した。しかし最近になって予算の関係から、もしくは現在の様相と馴染まない、本を読みながら歩くことが危険であることを理由に撤去をする所も多いという。
私が二宮尊徳のことを知ったのは小学4年生の時に、あるTV番組にて神奈川県小田原市のある小学校の話にて二宮尊徳を取り上げたときのことである(TV番組名は忘れましたがNHK教育で放送されていたのは覚えています)。そのときは尊徳の生い立ちと哲学の「さわり」だけ教わっただけであり、正直なところ二宮尊徳については名前くらいしか知らない。
昨今の日本ではまさに「国難」と呼ばれる時代と言える。そのような時代になぜ「二宮尊徳」が必要なのか、本書は尊徳の生い立ちとともに、日本内外での尊徳の印象について述べている。

第一章「尊徳の少年時代」
二宮尊徳が生まれたのは1787年、現在の小田原市に農家の子供として生まれた。そのことから小田原市の小学校では「尊徳先生」といわれる所以なのかもしれない。
しかし小さい頃に農地は洪水によって失い、幼い頃から奉公として薪を売り歩いた。「二宮金次郎像」もその奉公の時代に立派な百姓になるために勉学を励み続けた時の姿を移したものである。
しかし尊徳が勉学に励んだのは立派な百姓になるためだけではなく、お人好しの父親を反面教師として、父の轍を踏みたくないという重いからであるという。

第二章「成田山の開眼」
様々な勉学を励み、現在の栃木県の一帯の復興に尽力したが、武士の妨害により、いっこうに進まなかった。そこで成田山不動尊にて断食などの苦行に出たという。
そこから尊徳は有名な「一円の心」の悟りを開いた。

第三章「烏山に一人の餓死者もなし」
悟りを開いた尊徳は、桜屋にもどった。しかし、その頃には「天保の大飢饉」が起こり、とりわけ烏山藩(現在の栃木県那須郡)は未曾有の凶作に喘いだ。烏山藩の老中は尊徳に仕法の教えを請うたが、追い返される。しかし烏山のある武士の真摯な姿勢により「二宮仕法」を請うことができた。その仕法を忠実に実行したことにより、もっとも凶作が酷かった所でありながらも、一人の餓死者を出さなかった。

第四章「尊徳の実を継ぐ人たち」
前章のような尊徳の「二宮仕法」だけではなく、封建社会でありながらも「人間主義」や「合理主義」など様々な思想や実学、道徳が鈴木正三をはじめ、後藤新平、渋沢栄一などに大きな影響を与えた。

第五章「外国人から見た尊徳」
尊徳は日本でも多くの人物に影響を与えたが、海外ではどうか。アメリカでは「日本のリンカーン」と賞賛する人がいれば、イギリスではサッチャーの国家再建が「心田開発」の根本を参考にしている。

第六章「今、尊徳を受け継ぐ人たち」
尊徳の教えは現在でも受け継がれている。その事例として、現在日本の企業や団体で尊徳の教えを実践している方々を本章にて紹介している。

尊徳について知ったものの一つとして内村鑑三の「代表的日本人」が挙げられる。内村鑑三がもっとも代表的な日本人を5人取り上げているが、中でも二宮尊徳は古代ギリシャの哲学者であるソクラテスに肩を並べるほどの存在であるという。国難の時代にあるからでこそ、二宮尊徳の教えは必要である、それを痛感した一冊が本書と言える。

会社ごっこ

会社ごっこ (本人本) 会社ごっこ (本人本)
泉美 木蘭

太田出版  2008-06-11
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2000年代初頭もそうだったが、現在でも起業する方々は少なくない。

あらかじめ言わなければいけないのだが、本書は小説であるが、著者自身のリアルな実体権を架空の人物やもの、会社に当てはめているだけである。それを考えると、まさに「ナンセンス」と言われる作品でも笑い事ではなくなってしまう。

本書は自ら上京し、就職したが、倒産の憂き目に遭い、一念発起して起業するも、またも倒産の憂き目に遭った方の実話をもとにした作品である。もし自分が本書のような人生を歩んだらどうなるか、と言うのを想像してしまう。堪えがたい苦しみがあるのだが、そのような苦しみの多い人生があれば、どんなことがあっても怖くない、というある種の自信(?)がついてしまう。

仕事のムダを削る技術

仕事のムダを削る技術 (ソフトバンク新書) 仕事のムダを削る技術 (ソフトバンク新書)
こばやし ただあき

ソフトバンククリエイティブ  2012-01-19
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普段、朝から晩まで仕事を行っているのにも関わらずやりがいや実感がない。でも忙しい、という人が多々いる。
仕事のツールもさることながら、環境そのもののIT化が著しく、それによるムダ作業やムダ時間の浪費が増えてしまったことも要因として挙げられる。
本書は増えてしまったムダ、もしくは捨てきれないムダをいかにして削り、効率と余裕を生ませる技術について著者自身の体験をもとに伝授している。

第一章「ムダを削ると決める」
仕事においてムダであることを実感するが、そのムダをの話していることが多い。
ムダを削る第一歩は、ムダを削ることを「決める」ことにある。

第二章「仕事を仕分ける」
ムダを削ることを決めたら、今度は今ある仕事を洗い出し、重要な仕事か、ムダな仕事かを仕分ける必要がある。
そして「ムダ」と呼ばれる仕事を断ったり、相談したり、選んだりする事によって、「ムダ」と呼ばれる仕事を減らすことにある。
しかししゃにむに断るばかりしてしまっては、せっかく得た重要な仕事も逃してしまうことになり、本末転倒である。減らすにしても「正しく」行う必要がある。

第三章「同時に行う」
「マルチタスク」は時間術などのビジネス書でよく言われる。しかし「マルチタスク」も選び方によって、時間を短縮することもできれば、逆に時間の浪費につながることもある。マルチタスクをするにも相性の良い仕事を同時に行うなど「選び方」も大切である。

第四章「仕組みをつくって改善する」
仕事をムダを削減する、もしくは時間を短縮することとしてもっとも重要な役割を担うのが「仕組みづくり」にある。
「仕組みづくり」となるとそれを作るのにも甚大な労力が必要な印象を受けるが、それほど大それたものではない。改善スケジュールをつくり、ムダと呼ばれる作業を「マニュアル化」することによって、ムダの時間を削減する、というより、ムダな仕事の仕事時間を圧縮することができる。

第五章「コミュニケーションのムダを省く」
コミュニケーションのムダを省く、はどの仕事よりも難しい。メールチェックや会議などあるが、これは「他人」の時間やペースも含まれるため、ムダを省くのは難しい。
ここでは会議時間やメールについてのムダ削減法を伝授している。

ビジネスマンにかぎらず、様々な所で、よく「時間がない」と聞く。だがはたして本当に「時間がない」のか。皆様が今行っていることを洗い出すと良い。どこかで「ムダ」と思う仕事などが見えてくる。本書は著者のメルマガ「知識をチカラに」でビジネス書を多数紹介してきた結晶がここに詰まっている一冊と言える。

利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵

利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵 利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵
大山泰弘

WAVE出版  2011-04-22
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読書以外でも、色々な所で考えるのが「なぜ働くのか?」である。多くは「生活のため」だの「キャリアのため」だの「なんとなく」だの答える人が多い。
私の場合は「やりがい」「楽しさ」を求めて働いているのだが、それについても考え直さなければならないことがある。
私事はさておき、本書では「働くこと」「幸せ」の本質を働きながら考え続け、そして「利他」の心であると考えたか方がいる。その方はチョークの製造・販売を行っているのだが、その中で知的障害者を積極的に雇ったことにより注目を浴びた。

第1章「何千年たっても変わらないこと」
時代は変わるが如く、働き方、労働館も変化する。しかしどんなに変化の起こる時代でも、「変わらない」ことがある。本章では「お釈迦様」の知恵とあるが、これは「仏教」に通ずる考え方であろう。
その裏付けとしてある槃特の話を取り上げている。

第2章「誰かの役に立ってこそ、幸せ」
直接・間接関係なく仕事には「誰か」の役に立つ。その対照は会社の中か、社外、それも私たちの生活に役立つものもある。
またその人の役に立つことにとって「幸せ」を感じることもできる。働くことによる「幸せ」は結果もそうであるが、働く人の成長も、感じ取る「幸せ」の一つと言えよう。

第3章「「利他の心」が人生を拓く」
「働」という言葉は「人」のために「動く」からである。
本章の冒頭に述べられたことであるが、それこそ本書のいう「利他」の精神の根幹を成している。
「人の役に立つ」「人の幸せをつくる」ことを根幹に障害者採用を積極的に続けてきたが、それは決して平坦な道ではなかった。保険組合からの白い目もあれば、社会の無理解による事実無根の中傷も度々あった。それでも著者はめげずに障害者採用を続けていった。

第4章「「幸せな自分」をつくる」
世間一般における、「幸せ」とは何かと考えるときりがない。しかし自らの「幸せ」とは何か、と考えると、色々と出てくる。
その「幸せ」をつくる、あるいは「幸せな自分」を作るにはどうしたら良いのか、それは「一隅を照らす」ことにあるという。

76年間の生涯、さらには知的障害者の雇用によって見つけた「働くこと」「生きること」「幸せ」の答え、その答えが本書には詰まっている。社会通念も常識もすべて捨てて、一つこれまでやってきたことと、幸せと働くことを考え直す機会となる一冊であった。

チューバはうたう―mit Tuba

チューバはうたう―mit Tuba チューバはうたう―mit Tuba
瀬川 深

筑摩書房  2008-03
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私は中学・高校と吹奏楽に入り、チューバを担当した経歴を持つ。そのことから本書ほど親近感を沸かずにいられなかったことから本書を手に取った次第である。

なぜ私がチューバを吹くことになったのか。簡単にチューバを吹く人が足りなかった(というよりいなかった)からである。別に好きだからというわけではなかったが、吹いてゆくうちにだんだんとチューバの魅力に飲み込まれ、気がついたら高校まで続けていた。大学に入ってからはさすがに楽器を買うこととなるとお金とスペースの関係から断念せざるを得なくなった。チューバをやめてからもう8年経つが、それでもチューバを見るとなぜか懐かしみ、かつ心を躍らせる自分がいる。

さて、チューバの楽器についてを取り上げるのを忘れた為、ここで述べておく。チューバが誕生したのは諸説あるが、最も有名なものでは1835年にベルリンのプロイセン軍楽隊長と楽器製造職人がピストン・バルブ式のものを初めてつくり、特許も取得したことが始まりとされている。そこからチューバという楽器が認知され、今日では吹奏楽、オーケストラなどで使われている。

チューバの歴史はここまでにしておいて、本書の主人公である女性もそれに似た理由からチューバを始めた。私と同じようにチューバ独特の魅力にのめり込まれ、10年以上続けている。そう、現在進行形で。チューバの魅力にのめり込めたからでこそ見える世界があり、本書でもそれを忠実に表現している。

本書はそれだけではなく、2編の短編集も盛り込まれている。

ビジネスパーソンの街歩き学入門

ビジネスパーソンの街歩き学入門 ビジネスパーソンの街歩き学入門
藤巻 幸夫

ヴィレッジブックス  2010-12-10
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私は最近仕事の昼休みには散歩を行う。プロジェクトにより職場が変わるため、変わった先のことについて調べることもあれば、仕事ではあまり触れることのない外の空気に触れることがなによりの楽しみである。
著者の藤巻幸夫氏も街歩きを行ったことにより、様々な発見をし、ビジネスに直結させてきた、人脈も広げてきたという。
一見ビジネスに直結しないような「街歩き」について本書は感性・思考力・目の付けどころ・人脈などを磨くための方法として紹介している。

1.「感性を磨く街歩き」
街にはいろいろな情報が溢れている。看板広告や店、あるいは木々や橋など、地図でも見つからないスポットなど街歩きをするといろいろな発見がやってくる。
私が街歩きを行う楽しみの一つとして今のような発見を手に入れるためにある。
その発見の連続によって仕事のヒントやアイデアを得ることができる。

2.「世の中の流れを見抜く街歩き」
売れるものや良いもの、あるいは現在流行しているものなど商店街の広告や書店で平積されているものなど、「流行」のものが歩き続けていくとよくわかる。

3.「人脈が広がる街歩き」
「街歩き」と「人脈」は直接関係がないように見えて、密接な関係がある。たとえば「行きつけの店」「常連店」をつくることで、店の人と知り合うだけではなく、常連の人にしかできないサービスを受けることができる。
レストランなどの飲食店ではなくてもパーティーなどで初対面の人と出会う時のきっかけを作ることもできる。
そういうことから街歩きは人脈づくりのスパイスともいえる。

4.「考える力をつける街歩き」
歩けば歩くほど、考えさせられるようなものに出くわすことが多い。そうでなくても私は、ビジネスとして「壁」に直面したとき、深く考えたいときに歩くこともある。
考えるネタが街には眠っている。いろいろな建物や広告をみて、「色」や「物」、「人」について「なぜ?」と問い続けることによって、「仮説」を組み立てたり、物事を深く見ることができる。

5.「発見力を鍛える街歩き」
街には色々な発見がある。前章までのところでも同じ事を書いていたが、街を俯瞰して見たり、あるいは電車内の広告を見たりする、あるいは実際に店に入ってみることによって歩くだけとは違った「発見」も得ることができる。

6.「審美眼を養う街歩き」
人それぞれに「美学」があり、「美」と感じる所も異なる。本章ではインテリアショップは古道具屋などを紹介しているが、ほかにも宝石店など「美」を考えられる所で「違い」を感じ取る事の繰り返しによって「審美眼」を築くことができる。

7.「気持ちを切り替える街歩き」
もちろん「気分転換」としての「街歩き」も欠かせない。仕事で疲れをリフレッシュする役割としてある。歩くだけではなく、歓楽街や公園、カフェなどの憩いの場も紹介している。

「街歩き」と言って侮ってはいけない。街歩きこそアイデアを生み出すこともあれば、リフレッシュをする役割も、果てまでは人脈は感性を磨くこともできる。
本書を読み終わったとき「さあ、街に出ようじゃないか!」と感じずにはいられない。

マイル~極貧からCAへ芸能界へ、階段をのぼる私~

マイル 極貧からCAへ芸能界へ、階段をのぼる私 マイル 極貧からCAへ芸能界へ、階段をのぼる私
松尾 知枝

講談社  2012-02-07
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水野俊哉様より献本御礼。
先月の26日に「1日5分で夢が叶う 日記の魔法」を取り上げた。10歳の頃から21年以上にわたって日記を書き続け、CAをはじめ様々な夢を叶えたものであった。
しかし、夢を叶えたプロセスは決して平坦なものではなかった。むしろ「波瀾万丈」という言葉が似合うほどに。
本書はその夢を叶えるための「波瀾万丈」と呼ばれた松尾知枝氏の人生をありのままに綴っている。

第1章「養護施設で過ごした8年間」
彼女の小さい頃はまさに「地獄」という言葉が当てはまってしまうほど壮絶なものであった。
そう、赤貧・DV・いじめ・犯罪・・・と挙げてみてもきりがないほどに。耐え難いような冷たくも残酷で、それでいて厳しい「現実」という二文字が彼女の心を蝕んでいった。
8年間の「地獄」の中で初めて「日記」を手にし、施設でくれた言葉「あなただからでこそ、与えられる試練がある」は、そこから脱出する一筋の光明を見いだす糧となった。

第2章「貧乏女子大生、CAになる」
貧乏を脱出するために必死に稼ぎ、大学にも進学したが親の裏切りにより、再び貧乏に戻った。しかし彼女は諦めない。様々なアルバイトを行い、学費を稼いだ。その中でCAになるきっかけも見つけ、それに向かって邁進し、そして夢を叶えた。

第3章「亀CA、頑張る」
「就職氷河期」と呼ばれた時代にCAの夢を叶えた。が、お客様の命を預かる仕事であるだけに研修の厳しさはかなりのものであった。その厳しい研修を越えると晴れてCAとなった。まるで亀の如く愚直に一歩進んだサービスを行う。それを続けることによって亀の様な速さだが着実にお客様と同僚、先輩からの信頼を得るようになった。
やがてその仕事から派生して合コンに参加するようになり、次章で中心となる合コンタレントの礎を築いた。

第4章「合コンタレント」
CAとしてのキャリアを歩んだ最中、芸能プロダクションのスカウトを受け、晴れて芸能人となった。しかし来る日も来る日も仕事は来ない。ようやく頂けた仕事も非難囂々だった。そして彼女は再起し、「合コンタレント」「コラムニスト」の道を歩み始めた。

まさに「ジェットコースター」のような人生、しかし彼女は諦めずにひたむきに生きてきた。彼女の側には長年付けてきた日記と、

「あなただからでこそ、与えられる試練がある」

という言葉があった。その彼女の「生きざま」こそが辛さ、苦しさに喘いでいる女性の方々にとって心の支えとなる様に思えてならない。
そして生きるのにつらく迷える時に誰でも一度は読むと良い。かつて壮絶な苦しみを体験してきた女性の背中は常に試練と隣り合わせでありながら生きている姿は、必ず生きる光明を見いだしてくれるのだから。

リーダーシップは「第九」に学べ

リーダーシップは「第九」に学べ (日経プレミアシリーズ) リーダーシップは「第九」に学べ (日経プレミアシリーズ)
小松 長生

日本経済新聞出版社  2011-09-09
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「リーダー」=「第九」
という図式は他の人から見たら何か違和感を覚えてしまう。
なぜリーダーシップは第九がいいのか。またオーケストラや指揮者、或いは、「第九」とリーダーシップ、という違和感のある関連性について、本書では分析を行っている。

第1章「組織としてのオーケストラの率い方」
オーケストラと会社の組織は、似ている部分が多い。組織は団体として行動や計画を練るが、これはオーケストラでも同じことがいえる。では指揮者はリーダーと呼ばれる人なのだろうか、というところが気になる。

第2章「リハーサルに大切なマネジメント力」
本章では、オーケストラにおけるリハーサルの重要性について説いている。リハーサルに必要なものとして最も大切な物マネジメント力であり、本番の流れをスムーズにするために、本番さながらの練習もしくは段取りを組み立てていくことを目的としている。私も中学・高校と吹奏楽を、大学ではオーケストラを経験していることからリハーサルの重要性についても十分に理解している。

第3章「指揮者は棒を振るだけではない」
だいたい指揮者というと、「タクト」という指揮棒を振るだけの存在であると言われているが実際はそうではない。話は少し変わるが指揮棒の歴史は16世紀に誕生した「指揮杖」と呼ばれる杖で地面を打ち付けてリズムをつくり、指揮していたことから始まるちょうどバロック時代のことであり、ルイ14世の快気祝いのために「テ・デウム」を演奏した時に誤って自分の足を強打し、その傷をもとで死亡した指揮者もいた程である。
話を戻す。指揮者は指揮棒(または手)を振るだけの存在のような印象を持つ人が多いようだが、実際は演奏者とのコミュニケーションや信頼などのコネクターと言われているという。

第4章「リーダーはどうやって育つのか」
本章では著者自らの生い立ちと指揮者修行時代、そして東日本大震災への思いなどを綴っている。

第5章「ベートーヴェン交響曲第九番(「第九」)の魅力」
「第九」は日本でも特に有名な交響曲であり、年末には恒例として取り上げる所が多い。もっとも最終楽章で歌われる「歓喜の歌」はCMなどで多々使われるため、クラシックがわからなくてもどこかで聞いたことがあるだろう。
さて、本書のタイトルの話の核心が書かれている本章であるが、毎年末に演奏される理由は何か、それは「第九」そのものの曲想にあるのだという。

全4楽章で約70分にも及ぶ長編の交響曲「交響曲第九番」は演奏する側にとっても聴く側にとってもハードな内容である。それを指揮者のリーダーシップによって「第九」の世界を広げている。本書はそのことを言っているのでは、と考える。

警察の誕生

警察の誕生 (集英社新書) 警察の誕生 (集英社新書)
菊池 良生

集英社  2010-12-17
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「警察」というと最近では賞賛や敬意よりも「非難」の標的になってしまっている。警察に関する批判や非難の本に関しては巷の本屋では見ないことがないほどである。
本書は警察にまつわる一冊であるが、前述のそれとは毛並みが異なる。それは世界の歴史の中で「警察」がいかにして誕生したのか、本書では古代ローマ時代から現代に至るまで幅広い時代における「警察」の存在について紹介している。

第一章「古代ローマ「警察」制度」
警察制度が誕生した古代ローマ時代では絶対的な階級制度の中だった。
その制度のなかでの治安維持や警察の扱われ方は「嫌われ者」という点で現代に通ずるものがある。

第二章「中世の「警察」制度」
時代は大きく跳んで「中世」ヨーロッパ時代として11世紀のフランク王国の警察制度について紹介している。

第三章「中世の都市の発展」
中世ヨーロッパの都市は「要塞都市」と呼ばれるが如く都市の周りには高い壁が囲まれていたのだという。冷戦時代の「ベルリンの壁」に近い形と言える。
「要塞都市」と言われるだけあって外部からの攻撃は遮断できるのだが、家禽などの疫病や悪臭などが多発したのだという。

第四章「嫌われるウィーン市警備隊」
十五世紀のウィーンでは「ウィーン市警備隊」が誕生したが、この警備隊は悪名が高かった。その大きな理由には警備隊の取り締まりではなく、警備隊のモラルの低さにあった。もっとも安月給の警備隊は酒売りなどの副業に手を染めていったことが大きな要因とされている(当時は酒類販売自体が禁じられていた)。

第五章「パリ「警察」の成立」
十六世紀半ばのパリは「絶対王政」の時代であり、そのときの警察は王族や「ブルジョワ」と呼ばれる権力者階級の夜回りや自警が中心であった。いわゆる「夜警」である。
しかしその絶対王政の中でも王権争いに巻き込まれることもあった。

第六章「警察大改革前のイギリスの旧警察」
舞台をイギリスに移す。
警察大改革が行われたのは19世紀前半に入ってからのことである。それまでは2つの革命で国家は大きく変化したものの、犯罪に対する調査などはすべて私費をかけて行う、もしくは犯罪に対して自分の身は自分で守るしかないほどの有様であった。

第七章「「ありがたき警察」と警察国家」
「ありがたき警察」はあまり聞き慣れない。今の日本の警察はその通りか、と言われるとそうは思えない状態にある。
日本警察の現状についてはここまでにしておいて、「ありがたき警察」は15世紀頃にフランスで誕生した。そのときは秩序や治安が悪かったため、被害者になることの多い一般市民は、警察当局に依存するしかなかった。その警察が近代に入り、権力が強くなり、警察による恐怖政治、監視社会となっていった。

世界的にも「警察」そのものの歴史は2000年以上にも及ぶ。その警察は批判の標的になる時代もあれば、依存の対象になることもあった。私たちの生活の中で安心して暮らせる役割の一端として警察があるのだが、その歴史は権力者に左右されながら行き着いた産物と言えるのかもしれない。

「IT断食」のすすめ

「IT断食」のすすめ (日経プレミアシリーズ) 「IT断食」のすすめ (日経プレミアシリーズ)
遠藤 功 山本 孝昭

日本経済新聞出版社  2011-11-10
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私の中でもっとも大きな課題としてあげられるのが「IT中毒」である。とりわけネットサーフィンやメールチェックなどで時間を使い果たし、書評をはじめ自己研鑽や趣味に楽しむ時間、もしくはリフレッシュをする時間も無碍にしてしまう。かねてそれを防ぐ対策をしようと試みたものの長くは続かなかった。
私事はさておき、本書は「IT依存症」を脱却するための処方箋の一つとして「IT断食」を取り上げている。ビジネスの場でもプライベートの場でも依存症に悩まされている私にとってはうってつけの一冊である。

第1章「本当は恐ろしい職場のIT」
「IT」によって仕事のスピードが劇的に上げることができ、効率化も急速に進んでいった。しかしその中で犠牲になったものもある。たとえば、

・実際にあっての会話
・オリジナルの考え方
・職人技

などが挙げられる。もっともITを使うことによって「職場の活気」そのものが失われているようになったのだという。

第2章「世代で異なる副作用」
「IT中毒」は私たちのような世代だけではない。元々パソコンで仕事をすることが少なかった世代でもパソコンを使われ始めたことにより、経営層では安易な放置や丸投げが、管理職では調整やメールさばきに追われ、一般社員では口頭のコミュニケーションが減少し、自分のコミュニティに逃げ込んでいるのだという。

第3章「「IT黒船来襲」に踊る人々」
ITが急速に増加し、「IT中毒」が広がってしまった原因、それは日本の特色の一つである「猿真似」がある。アメリカで生まれ、急速に広がった。それが経営手法とともに日本でも使われたのが2000年前後、ちょうど「IT革命」と呼ばれた時代である。生産性や効率が急速に伸びる、アメリカに追いつくという理由から安易に鵜呑みにしたことにより、生産性や効率、スピードは格段に上がるどころか、便利さにかまけて仕事の質や生産性が低下していった。

第4章「依存症克服への「処方箋」」
「IT中毒」のもっとも恐ろしい所は「自覚症状がない」ところにある。まずは今ある仕事の状況を「見える化」する、そして自ら「IT中毒」であることを理解する、理解することによって「IT」に頼ったところを削り、「IT」を主役ではなく「ツール」や「手段」という認識でもってメールやSNSを見る時間を減らす、コンピューターを使う時間を減らすなどの実行をする事で、結果や問題点が見え、そこからまたフィードバックし、さらなる「IT断食」を行っていく、ようは「実践」あるのみである。

ITの悪い側面が見え始めた今だからでこそ、アナログとデジタル双方のよいところを一端ITから離れて見る。そのことにより、自分が「IT中毒」であることがよくわかる。本書は会社単位での実行のみならず、個人としても「IT中毒」を自覚するためのきっかけとなる一冊である。

人生がラクになる数学のお話43

人生がラクになる数学のお話43 人生がラクになる数学のお話43
柳谷 晃

文芸社  2011-11-01
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最近ビジネスの場では「数学力」が注目を浴びている。現にビジネスに役立つような数学本も世に出ており、「数学=ビジネス」という構図も出来始めている。
その数学は学問の範疇の身ならず、ビジネスに裾を広げているが、今度は人生においての数学の話が出てくるという。それが本書である。本書は人生に有効な数学の話を43個紹介している。

第1章「世の中は偶然に支配される」
「数学」と「偶然」はイコールではない。確率論も数学の範疇にあり、その確率は「偶然」という言葉を否定しているのだから。
しかし、本章では偶然を肯定しながらも数学と偶然、数学と自然についてを論じている。
個人的には、偶然と自然とを連結しているところに面白味がある。

第2章「数学的な算段が命を守る」
命に関わるもの、たとえばガンなどの病気にかかる確率、あるいは10年後に地震が起こる確率、あるいは、日本では起こることは少ないが地雷や不発弾が起こる確率など、命を守るための確率論がある。
本章ではそのことについてを記している。

第3章「人を不幸にするシステム」
人を不幸にするようなものとしてどのようなシステムがあるのだろうか、と考えてしまう。
本章を読むとそのシステムはわりと身近なところにある。もしかしたらそのシステムを使っているひとは多いかもしれない。
本章ではそのようなシステムをいくつか紹介されている。

第4章「社会は男と女の仲で決まる」
男女の相性なのか、それとも結婚率や離婚率のことを言っているのか、本章では男女の関係について統計的に考察を行っているが、結婚にまつわるものの中でアウトローな話題が多いように思えた。

第5章「幸運は偶然と必然がもたらす」
働くこと、生きること、そしてそれらが第一章で述べられていた「偶然」についてのことについて論じられている。

本書は数学本と標榜しているが、数学を交えながら「数学らしからぬ」ようなことを言っている。数学本の中でこれほど「異色」という印象を持った本はみたことがない。数学アレルギーを持っている人にとってはこれほど数学に面白味のある一冊はなく、かつ数学が好きな人でも数学観が変わる一冊と言っても過言ではない。ただ唯一残念なのが、本書を読んでラクになるかと言うと、本書のタイトルの通りになる人もいれば、むしろ重荷となる人もいるかもしれない。

Windowsの時代は終わったのか?

Windowsの時代は終わったのか? (マイコミ新書) Windowsの時代は終わったのか? (マイコミ新書)
阿久津 良和

毎日コミュニケーションズ  2011-06-23
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仕事・プライベート問わずとも私のパソコンのOSはWindowsである。しかしスマートフォンはWindowsかというと、そうではなくGoogleからつくられているAndroidを使用している。スマートフォンが隆盛している中でWindowsは取り残されている状況にある。
スマートフォンやタブレット端末の隆盛によりWindowsの時代は終わってしまうのだろうか、もしくは違った形で進化していくのか、本書はWindowsをはじめとしたOSの進化とともに解き明かしている。

第1章「コンピューターに必要不可欠なOSとは?」
今の時代となっては「OSのないコンピューター」は、きわめて珍しい存在と言える。「人工記念物」とも言えよう。
OSは元々コンピューター上でワープロや表計算などのアプリケーションソフトを起動するのに欠かせないソフトウェアであり、コンピューター本体を有効に動かす為に欠かせないソフトでもある。

第2章「OSの歴史はIT業界の進化過程そのもの」
OSそのものが誕生したのは1965年の「OS/360」と「マルティクス」であるが、私たちがパソコンを使いはじめた時はWindows3.1や95が出てきた頃、つまり90年代前半あたりであった。
私のような技術者としてOSを使われ始めたのは70年代の「UNIX」の誕生だった。このUNIXでの開発OSによりアプリケーションソフトや基本ソフトの誕生をする事ができた。そう考えると開発そのものの進化がOSの歴史を彩っていると言っても過言ではない。

第3章「GUIの世界へ移行したマイクロソフト」
マイクロソフトの核となる基本ソフトウェアが誕生したのは1984年、それ以前にも「MS-DOS」が1981年に誕生した。
84年に誕生したウィンドウズ1.0やその後に誕生したウィンドウズ2.0などはGUI(マウスなどをデバイスを用いて、文字入力などの操作を行うインタフェース)を採用したOSは誕生したものの、浸透するにはほど遠いものであった。
しかしそのGUI採用のOSが格段に進化し、広く受け入れられ始めたのが1992年に発売されたウィンドウズ3.1であり、95年に爆発的なヒットを記録し、OSそのものの概念が変わったウィンドウズ95も出てきた。このときからマイクロソフトの天下が始まった。

第4章「32ビット化で躍進するウィンドウズOS」
そして世界を代表するOSを決定づけたのが「32ビット化」であった。これまでは「16ビット」のOSであったが、そもそも「ビット」とは何なのか、という疑問を持つ方が移送なので、ここで説明しておく。
OSにおける「ビット」は簡単に言うと「一度にデータを読み書きできる個数」のことを言っている。つまりビット数が多ければ多いほど並行した処理をすることができるようになり、処理速度も速くなる。
話を戻す。では「32ビット化」したことにより極限まで進化したもの、最大級の要因は「ウィンドウズXP」に他ならない。このXPも現在では開発、ユーザも含め幅広く使われている。32ビットでありながらもシンプルであり、かつスムーズな処理が行えることが要因だったのかもしれない。
この躍進が後のバージョンアップに大いなる重荷となって帰ってきたのは、言うまでもないが、これからそれがマイクロソフトにさらにのしかかる課題と言えよう。

第5章「OSからの脱却」
そのOSも性能が過剰に進化した。それだけではなく「クラウド」の技術も発展し、私たちの生活に浸透してきたことにより、OSそのものの存在価値も下がりつつある。ましてやOSそのものがインターネットでまかなえ始めてきており、かつそれによるブラウザー戦争がOS以上に過熱化してきている現実がある。

第6章「ウィンドウズが不要になる日」
ウィンドウズは現在最新のOSである「ウィンドウズ8(仮)」を開発中であるが、スマートフォンやタブレットPもあり、幅広く受け入れられるのか、あるいはそれが認知されるかで大きく後れをとってしまっている。

第6章にある事情からしてもウィンドウズはもはや「衰退」の一途をたどり始めているといっても過言ではない。とはいえ急速に衰退するわけではなく、今後10年かけて緩やかに終わりが訪れるだろう。その大きな要因として開発の場でも未だにウィンドウズが使われることが多いからである。

ホワイトハウス・フェロー―世界最高峰のリーダーシップ養成プログラムで学んだこと

ホワイトハウス・フェロー―世界最高峰のリーダーシップ養成プログラムで学んだこと ホワイトハウス・フェロー―世界最高峰のリーダーシップ養成プログラムで学んだこと
チャールズ・P・ガルシア 池村 千秋

ダイヤモンド社  2010-05-28
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アメリカ政治の中枢であるホワイトハウスだが、この中で働いている人の中に「ホワイトハウス・フェロー」がいるという。その職業はどのような仕事を行っているのか、その職業に就くまでにはどのようなことが必要なのか、本書はホワイトハウス・フェローのOBの方々の取材をもとに知られざるホワイトハウス・フェローのすべてを明かしている。

第1部「「ホワイトハウス・フェロー」プログラム」
そもそも「ホワイトハウス・フェロー」ができあがったことから始まる。その職業ができたのは1964年、日本では東京オリンピックが開催された年であり、アメリカの大統領がリンドン・ジョンソンの時代である。政治家や国家の中枢に働こうと志す若者が一年間に渡り政治の中枢で実務を経験する機会を与える制度である。ホワイトハウス・フェローの実務を通じて、政治・経済・軍事にまつわるネットワークを築き、今日のアメリカ国家の中枢にいる人も少なくない。

第2部「フェローから学んだリーダーシップ」
ホワイトハウス・フェローは政治的なリーダーの下で実務経験を行うことが多い、むしろそれがほとんどである。「政治的なリーダー」は簡単に言うと、大統領や政府高官、あるいは閣僚のことを指しており、ここではコリン・パウエル、バラク・オバマ、ジョージ・W・ブッシュなどのリーダーの側面を紹介しつつ、彼らがどのようなリーダーシップを持っているのか、そして彼らの共通点とは何かを探っている。

第3部「ホワイトハウス・フェローになるには」
ホワイトハウス・フェローになるための敷居は公務員や国家資格を得ることよりも遙かに高い。
書類選考からすでに過酷な選考は始まっている。それは何なのかというと、記入しなければならない書類の数が多いこと、さらには自分自身の経歴や他の推薦文も数多く必要になるなど、応募書類を作成するだけでも膨大な時間と労力を要する。そこから通っても油断はできない。今度は悪い喩えだが、警察の取り調べのような形の面接が地域ごとで行われる。約一日半にも及ぶなかで身辺や考え方、さらには先ほどの喩えを言ったほどのプレッシャーの中で答えることが求められている。最終選考も面接であるが、ここでは面接以外のところでも監視され、審査されているのだという。
そしてフェローとして採用されても油断はできない。今度は配属先を決めるための面接があり、それを経て晴れてフェローとしての仕事が始まる。

ホワイトハウス・フェローは政治の中枢にいるため、私たちでは知り得ないような業務や情報を得ることができる。簡単に言えば刺激や多忙にまみれた毎日を送るため充実度は高い。しかし誰でもなれるわけではなく、肉体的にも精神的なスタミナが強く求められる。それでもなお政治の中枢を働きたい志があること、そしてその制度があるからでこそ政治に対する関心事がアメリカの若者には強いのかもしれない。本書はそのことを垣間見た一冊と言える。

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