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2011年10月

2011年 F1インドGP ヴェッテルが初開催のインドを完全勝利で飾る!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round17_final

ヴェッテルがPP獲得だけではなく、優勝のみならず、FL、さらには全周回トップという「グランドスラム」という形で勝利を収めました。

今季11勝目は2002年にミハエルが達成して以来の記録となります。史上最多勝の13勝(ミハエル、2004年)まであと2勝ですが、最多タイも見えてきますし、予選でも言っていましたが、年間最多PPもありますので、チャンピオンと言うよりも「記録」にむけてひた走ると言った方が良いのかもしれません。

可夢偉はバリチェロらに巻き込まれて1周もしないうちにリタイアとなってしまいました。ここ7戦ノーポイント続きでしたから、立場的にも危ういかもしれません。(というよりザウバーの競争力も弱くなってきたように思えてならないのですが)

次戦は2週間後、ドバイ・アブダビ!!

2011年 F1インドGP ヴェッテルが歴代2位タイとなる今季13度目のPP獲得!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round17_qualifying

お決まりと言っては難なのですが、ヴェッテルがPPを獲得致しました。今シーズン13度目はセナ(88・89年)やプロスト(93年)と並んで歴代2位タイの年間PP記録となりました。歴代1位はナイジェル・マンセルの14回(92年)。次戦以降にはブラジルとアブダビがあるため、両方でPP獲得となればマンセルの記録をも抜き、歴代単独トップに躍り出る可能性も出てきました。

2位にはハミルトン、3位にウェーバーとなりましたが、昨日及び今日もペナルティが相次ぎ、ハミルトンをはじめ5人がグリッド降格ペナルティを科せられることになりました。よって予選順位そのままグリッド順ではないため改めてグリッド順を見てみましょう。

1. ヴェッテル
2. ウェーバー
3. アロンソ
4. バトン
5. ハミルトン
6. マッサ
7. ロズベルグ
8. スーティル
9. ブエミ
10. アルグエルスアリ
11. ミハエル
12. ディ・レスタ
13. マルドナド
14. セナ
15. バリチェロ
16. ペトロフ
17. 可夢偉
18. コバライネン
19. トゥルーリ
20. ペレス
22. ダンブロジオ
22. リチャルド
23. カーティケヤン
24. グロック

実質フロントロー独占、と言った感じですかね。18番手と振るわなかった可夢偉も1グリッド繰り上がります。

このグリッド順を見て、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:ハミルトン、バトン

実質レッドブルとマクラーレンの一騎打ちになる様相になりそうですが、ラインから外れると砂埃が多く、コースアウトしやすいため、一騎打ちになるにしても波乱のレースが予想されます。

2011年 F1インドGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round17_free3

ヴェッテルが予選に向けてトップタイムをマークしました。今回のフリー走行でもラインによっては埃っぽい所があり、それによるコースアウトも見られるため、予選は少し順位が変わってくる可能性があるとのことです。

2011年 F1インドGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

2週間ぶりの開催の舞台は初開催となるインド。インドというと、F1と無縁なのではと考えてしまいますが、HRTのナレイン・カーティケヤンやヴァージンのカレン・チャンドックの母国でもあり、中堅チームであるフォース・インディアの母国でもあります。近年はタタ自動車など自動車産業にも力を入れ始めており、モータースポーツもこれから活発化していくという地とも言えます。

F1ドライバーにとっても未知の戦いが繰り広げられますが、ヴェッテルの好調が続くのか、あるいはハミルトンやバトン、アロンソ、ウェーバーが食い止めるのか、まさにどうなるかわからないレースとなりそうです。

ではフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round17_free1

2回目

Round17_free2

1回目では珍現象、2回目ではクラッシュにより赤旗が出る波乱がありました。ちなみに「珍現象」はコース上で野良犬が迷い込んだというもの。初めてのグランプリ…というよりも、過去にもこういった現象があったように思えます。先程と同じようにサーキットに犬が迷い込んだり、変人が進入しセーフティーカーが導入されたり…。

コース上は砂埃が多く、コースアウトをする車も多々見られたこともあり、不安要素も数多く残るフリー走行のように思えました。

さて、PP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:バトン

要注意:ウェーバー、アロンソ

ヴェッテルかバトンがPPを取ってくるのではないかと思います。一方ハミルトンもPPの可能性はあるのですが、かりにPPを取ったとしても今回のフリー走行で3グリッド降格ペナルティがあるためPPを取ったとしてもセカンドローからのスタートとなります。

30代を後悔しない50のリスト~1万人の失敗談からわかった人生の法則

ダイヤモンド社 市川氏より献本御礼。
「40代を後悔しないための50のリスト」がでてはや8ヵ月。その続編(?)にあたる一冊が本書である。30代というと、いよいよ実績的にも問われる年代である。さらに家族を持つようになり、仕事としてもプライベートとしてものっぴきならない状態になる。そういうときにこそ、自分の実力を身につけ、結果を残すチャンスである。
本書は30代にやるべきだった後悔を50のリストにして表している。

第1章「この一〇年で何より大切なこと」
30代の10年間は、まさに「働き盛り」と呼ばれる年代である。その年代の中で仕事や人生設計、人脈などが問われる年代である。その時代だからでこそ後悔することも多く本章では10項目取り上げられている。

第2章「プロフェッショナルとして絶対に必要なこと」
「プロフェッショナル」とは何かということを考えたくなってしまうが、定義はおいといて、ここでは30代として求められる能力についてを12項目取り上げている。
主に「コミュニケーション」や「努力」「時間」などがキーワードとなる。

第3章「人生を左右する決断について知っておくべきこと」
仕事において人生を左右することというといろいろあるが、30代となると「転職」「企業」「結婚」「家などの大きな買い物」が挙げられる。20代や40代などでもそのことについて大きな決断に迫られることもあるのだが、大概は30代にくることが多いため本章に挙げられたのかもしれない。
本章ではそれらのことについて8項目取り上げている。

第4章「「仕事以外」で必ず考えておくべきこと」
「仕事以外」というと、もちろんプライベートのことを想像するが、ビジネス以外の場でも活躍できる場を作ることもまた必要なことの一つである。
本章ではそのことを始め、「遊び」「自己投資」などについて9項目取り上げている。

第5章「「お金のこと」で知っておくべきこと」
「お金」というと「貯める」「消費を抑える」というのを想像したくなるが、本章ではそのことのほかに「使い方」について3項目取り上げている。

第6章「揺れ動く心を支えるためにやっておくべきこと」
30代では学歴や職歴に関わらず、本当の意味で「実績」での勝負がものをいう。本章では「心」「体」「好奇心」などについてを6項目取り上げている。

私はまだ20代であるが、30代を迎えるのも、もうまもなくである。気力も体力もともに充実し、仕事においても大きな役割を担うこととなる30代はどのような仕事、プライベートを過ごせばよいのかがよくわかるため、自らもし30代を迎えたらの準備となる一冊である。

「弱肉強食」論

「弱肉強食」は動物が生きていくにあたり、自然至極であり、かつ見えない「原理」である。では、その「弱肉強食」の原理はいつ頃から、そしてどのようにして生まれたのだろうか。
本書はその「弱肉強食」について生物学的な原理と人間、ひいては国家レベルでの「弱肉強食」の原理について解き明かしている。

第一章「生物の行動を決めるもの」
生物学における「弱肉強食」は「食物連鎖」によって成り立っている。いわゆる「食う」か「食われる」かの世界である。その世界の中での環境に応じた生活によって「生き残る」ことができる、いわゆる「適者生存」があるのも動物の世界としてある。
では人間はどうか。人間は動物にはない「理性」や「社会規範」というのが成り立っているため、「食物連鎖」や「適者生存」というものがないようにも見える。しかし人間にも人間の「弱肉強食」が存在する。それについては第五章以降の話となるため、ここでは割愛する。

第二章「弱い動物は一方的に食われているか」
「弱肉強食」と呼ばれる生物の世界であるが、はたして「弱者」は一方的に食われるのだろうか、という疑問を呈したのが本章である。
「弱者」も「強者」から逃れるための術や特徴を持っている。
たとえばタコやイカの場合は「墨」をかけて逃げる、などが挙げられる。

第三章「強いものだけが繁栄するか」
では「強者」はずっと反映し続けられるのか、というとそうではない。約8000万年前に絶対的強者であった恐竜が隕石の落下に伴った環境変化についていけず絶滅した。
それだけではない、弱者が束になれば「窮鼠猫を噛む」が如く、立場が逆転することもある。

第四章「弱肉強食の種々相」
「弱肉強食」そのものを見ていくだけでも奥が深い。その奥が深い理由の一つに本章では「同種間での弱肉強食」が挙げられる。餌を巡って強いライオンが弱いライオンを殺すというようなことがあるのだという。本章では「ライオンの子殺し」がそれに当たる。
また「共食い」も同類における「弱肉強食」にあたり、それについても本章で考察を行っている(もちろん人間における「カニバリズム」についても考察を行っている)。

第五章「進化の果てヒトは現代人にたどりついた」
さて人間における「弱肉強食」についてである。
人間も元々はサルやオランウータンなどから進化し、人間になった。当初は道具などを使って狩猟をしていたが、時代が経つにつれ自ら農耕などを行い、自ら食物を生産し、消費する生物にまでなった。

第六章「人間のなかの弱肉強食性」
人間は農耕を始めたあたりから、生物における「弱肉強食」の原理からはずれるようになった。さらには様々な動物を育てるいわゆる「家畜」などを育てることにも成功させた。そして人間が自分自身「飼い慣らす」ようになり「社会」という檻がつくられた。そのことから自然の「弱肉強食」ではない、社会における「弱肉強食」が新たに出てきた。

第七章「岐路に立つ現代人」
社会における「弱肉強食」とはいったい何か。喩えはいくつもあるが、「負け組」や「格差社会」というのがある。これらは社会における「弱肉強食」の勝者と敗者を分けることができる。あともう一つ悪い喩えでいうと「いじめ」も、社会における「弱肉強食」の一つである。

「弱肉強食」は元々生物的なところで使われるのだが、いつしか私たちの生活のなかでも「弱肉強食」が使われている。しかし前者と後者とで意味が全く違っている。前者は文字通り「食う」か「食われるか」の世界、後者は社会的に「勝つ」か「負ける」かで使われており、ある種「俗用」とも見て取れる。本書は「弱肉強食」を生物学、哲学、社会学など学問の垣根を越えて考察を行っているため、非常に興味深い一冊であった。

魔優

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鈴木 詠崇

泰文堂  2010-07
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「松田優作」と「ファウスト」

まさに異色の組み合わせといっても過言ではない。元々著者は松田優作を心酔し、かつゲーテの「ファウスト」に衝撃を受け、この組み合わせを考案したのかもしれない。

松田優作の作品というと、私の中では「探偵物語」と「太陽にほえろ!」を想像してしまう。とりわけ後者は今にも語り継がれるほど有名な台詞も残っているほどである。

では本書ではどのように組み合わせられているのかというと、舞台は松田優作のホームグラウンドといえる「映画」である。その映画が作られるまでのプロセスを描いているのだが、その中で「ファウスト」の作風が漂ってくるという形である。

松田優作の作品を見て、それでいてファウストの雰囲気にも慣れていくことによって本書の魅力が表れるため、なにも知らない人が読むよりも松田優作ファンの人たちに受けやすい一冊である。いわゆる「通」好みの一冊といえる。

メジャーリーグのWBC世界戦略

メジャーリーグのWBC世界戦略 (PHP新書) メジャーリーグのWBC世界戦略 (PHP新書)
古内 義明

PHP研究所  2009-04-16
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再来年の3月に第3回WBC(World Baseball Classic)が開催される。しかし前回・前々回覇者の日本代表は参加するかどうかのところで主催者側と揉めている状態で、参加するかどうかですら微妙なところである。
本書の最初の部分でも述べられているようにこのWBCの収益システムはMLBにかなり有利に働いているようであるが、そのメカニズムをどのように構築し、さらにMLBはWBCを通じてどのような戦略を組み立てているのだろうか、というのを追った一冊が本書である。

第一章「マネジメント」
MLBも例外なく「ビジネスモデル」の一つとして挙げられている。進化なくしては「ビジネス」は成り立たない。そう考えると日本球界は「ビジネス」なのか、と問われるとそうだという側面とそうではない側面の両方が存在するように思えてならない。
日本球界については別の本で詳しく紹介することにして、本章ではメジャーの進化とグローバル化を狙いWBCの構想に至った思惑について考察を行っている。

第二章「マーケティング」
日本もそうであるがアメリカでも野球は国民的スポーツの一つであるが、その確固たるものとしてMLBがある。MLBはNFLやNBAとならび国民的スポーツを支える屋台骨といえるが、選手層ではほとんどがアメリカ人である一方でその比率は4人に3人であるという。さらにアメリカの経済急降下により球場の命名権を売ることもあり、もはやアメリカだけのMLBではなくなった。

第三章「ブランディング」
MLBを支えているのはアメリカ人ばかりではない、アメリカにとって「助っ人外国人」と呼ばれるドミニカ人やベネズエラ人もいるが、松井秀喜やイチローら日本人も「助っ人外国人」の一部である。
もっとも、第1回WBCにて、ヒットや盗塁などを生かした「スモール・ベースボール」が話題を呼び、MLBビジネスのターゲットが日本にシフトしつつある。

第四章「ストラテジー」
アメリカンスポーツの選手スカウトターゲットの目がアジアに向きつつある。その一つとして第三章で述べたMLBでの日本人の活躍や、ヤオ・ミンの活躍もあったNBAなどが挙げられているのも窺える。

第五章「トレンド」
MLBはトレンドを的確に捕らえながらMLBの市場規模を育て上げている。一方日本球界はどうなのだろうか。本章では「時代遅れ」と断じている。第一章のところで述べたように、ビジネスの側面とそうでない側面が存在する現実がある。日本球界に嫌気を指している日本人球児も少なくなく、社会人野球からMLBに入った田澤純一(現:ボストンレッドソックス)もその一人である。

MLBがいかにWBCによって戦略が立てられているかがよくわかる。ではWBCは誰のための大会なのか。全世界の野球人のためなのか、あるいはMLBのためなのか。そう考えると間違いなく後者のように思えてならない。

「苦しい」が「楽しい」に変わる本~「つらい」を科学的になくす7つの方法~

「苦しい」が「楽しい」に変わる本 ~ 「つらい」を科学的になくす7つの方法~ 「苦しい」が「楽しい」に変わる本 ~ 「つらい」を科学的になくす7つの方法~
樺沢 紫苑

あさ出版  2011-10-11
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あさ出版 吉田様より献本御礼。
仕事のみならず、人生において「つらい」ことは誰にでもある。それを「つらい」ままにいしてしまうと「あきらめ」や「いらだち」など「負の感情」の連鎖となり得る。本書はストレスにもなる「つらい」感情を「楽しい」に変えさせるヒントを精神科医が科学的な実験に基づき、紹介している。
ちなみに著者はこれまで「Gmail仕事術」「Facebook仕事術」などソーシャルネットワークを利用した仕事術などが有名であるが、本職は精神科医である。本職を最大限に生かした作品は私もあまり見たことがないので楽しみである。

第1章「「苦しい」と「楽しい」の基本」
「苦しい」とは何か、「楽しい」とは何か、そして「苦しい」感情のなかに「楽しさ」はあるのか、について分析をしている。本章はいわゆる感情の「概要」について説明をしている。

第2章「「苦しい」が「楽しい」に変わる7つの方法」
「言葉」も「思考」も「紙一重」で、たったこれだけでネガティブがポジティブになる方法があるという。「苦しい」から「楽しい」にすることも例外ではなく、

第3章「「苦しい」をモチベーションに変える技術」
「苦しい」状況に陥っても「モチベーション」に変える方法があるという。たとえば「締め切り」や「感謝の言葉」「ご褒美」などが挙げられる。本章では「モチベーション」につなげられる術を紹介している。

第4章「「嫌い」を「好き」に変える人間関係を改善する5つの技術」
「うつ」といった精神的な病にかかる原因の多くが「人間関係」によるものであると言われている。人間関係の中には「好き」「嫌い」があるが、それが悪い意味でストレスとなることも多い。本章ではその「嫌い」と呼ぶ人を「好き」にさせる考え方や方法について伝授している。

第5章「変えられない「苦しい」を「楽しい」に変える方法」
「深刻な苦しみ」というと皆様はなにを想像するのだろうか。私の場合だと「借金苦」もあるが、会社員であれば「リストラの危機」、あるいは「倒産の危機」というのもある。
列挙をするだけでもきりは無いが、本章では本当に「深刻」な苦しみについての解決方法を紹介している。そういった状況に陥った場合は一つ一つ実践する事によって「苦しい」感情を解き放つことができる。

第6章「究極の「苦しい」解消法」
「苦しい」感情は何かに起因することが多いのだが、言われようのない「苦しみ」も少なくない。そういうときのための解消法としていくつか紹介している。

「苦しい」ことは誰にもある感情である。その「苦しみ」を「苦しみ」のままで終わらさずに「楽しみ」に転化していくことによって精神的に滅入ることもなくなる。本書は「苦しい」と思っている人には是非読んだ法がよい一冊である。

ニワトリ 愛を独り占めにした鳥

ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 (光文社新書) ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 (光文社新書)
遠藤秀紀

光文社  2010-02-17
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ニワトリほど日本人にとって親しまれた動物はない。ニワトリの卵は江戸時代の頃からあった(ただし、この時代は高価であったが)。
日本人だけではない。宗教的に牛や豚を食べることのできない国でもニワトリの肉を食べたり、家畜として育てるなど人類の中ではニワトリを忌み嫌う人はほとんどおらず、むしろ愛されていたほどである(ただし日本では「日本書紀」によると、短期間であったが天武天皇の肉食禁止令より食べることが許されなかった時期がある)。
本書はなぜニワトリは人々の愛を独占することができたのか、そのメカニズムについて追っている。

第1章「なぜ人はニワトリを愛でるのか」
宗教的なことで食べることを禁ずる国が少ないことは最初にも言ったが、有名な逸話として日本におけるウサギの数え方の由来である。ウサギは「1匹2匹」と数えず「1羽2羽」と数える。これはウサギはピョンピョンはねることから「鳥」となぞらえて数えられ、食べることができたという話である。つまり日本人は仏教の禁食の掟からニワトリなどの鳥類ははずされていたことになる。
また養鶏をすることも容易であり、かつ一度に何百羽、何千羽と飼育することができる点でも「愛されている」といいうことになる。

第2章「家畜の最高傑作、ニワトリ」
「なぜニワトリは鳥類なのに飛べないのか」
おそらくニワトリを知ったら、必ず一度はこのことについて疑うだろう。本章ではニワトリが最高の家畜となった理由とともに紐解いている。

第3章「ニワトリの栄光と苦悩」
ニワトリの数は他の鳥類より多く、世界一だと言われているが、確証といえるものが存在しないのが事実であるため信憑性は薄い。
本章で紹介されているニワトリの種類が豊富にあること。日本でも「ブランド鶏」があるように同じ国の中でも育て方や環境によって異なる。

第4章「日本人とニワトリ」
第3章でも言ったとおり日本では「ブランド鶏」が存在するほど品種を数えるだけでも数え切れないほど存在するという。本書はその中でも代表的な品種を紹介している。

第5章「答えのない旅」
ニワトリはどのような生き物なのか、それは人間と同じように解明されていないところは多々ある。本書でも「ニワトリ学」という学問をうたっているが、その学問があってもおかしくない(もうできているのだろうか)ほど解明できる箇所が山のように残っている。そうニワトリを完全に解明するという終わりなき旅である。

生物には学問的にも解明されていない様々な「謎」が残っている。本書でも解明できていないところがあると認めており、「ニワトリ」の謎がどんどん解明されはじめ、本書の第二弾が出てきたときにはどのような発見があったのか、期待してみたい。

教養としてのゲーム史

教養としてのゲーム史 (ちくま新書) 教養としてのゲーム史 (ちくま新書)
多根 清史

筑摩書房  2011-08-08
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ゲームの歴史を教養として書かれた一冊は珍しい。パーソナルコンピュータ(パソコン)という言葉が使われ出したのが1962年、そしてビデオゲームが誕生したのが1972年、来年でちょうど電子ゲームが誕生して40年となる節目に、ゲームの歴史をおさらいする。そのおさらいをしながらも「ゲーム」の凄さを垣間見ながら、これからのゲームについても見据えている。「ゲーム史」という学問を新たに作られるとしたら、本書は「草分け」といえる一冊である。

第1章「固定画面の中で」
今となってはあまりないのが「固定画面」である。「固定画面」とは、簡単に言えば画面背景が「固定」されている画面を指している。主にビデオゲーム誕生のときから80年代前半まで使われていた。主要な作品では「ドンキーコング」や「マリオブラザーズ」、「スペースインベーダー」などが挙げられる。
「固定画面」が主流だった時代の中ではアクションやアドベンチャー、シューティングなどのゲームアイデアが続々と誕生し、単純ではあるものの、独特の面白さを感じさせるような作品が数多く誕生したともいえる。

第2章「スクロールが生み出す世界」
スクロールがでた頃は定かになっていないがだいたい70年代後半と見て取れる。スクロール型のビデオゲームがでてくると、シューティングやアクションゲームが隆盛し始める。「ゼビウス」や「スーパーマリオブラザーズ」が出始めたのがこのころであり、ちょうど「ファミリーコンピュータ」も誕生し始めた頃には、前章の「固定画面」と本性の「スクロール」の両方が主流だった時代といえる。

第3章「RPGと想像力のデザイン」
RPGの元祖と挙げてみると、アメリカで生まれた「ウィザードリィ」や「ウルティマ」が挙げられる。国民的人気を博した「ドラゴンクエスト」も元々は「ウルティマ」や「ウィザードリィ」を参考にしている。
スクロールでは飽きたらず、ユーザ自らスクロールをしたいという願望が強くなったときと重なる。RPGが出現する前にあった、「D&D(ダンジョン&ドラゴン)」などの「TPRG(テーブルトークRPG)」が重なり「RPG」が誕生した。
本章にて驚いたのが、今となってはネットゲームRPGのメジャーであり、アニメ化もされた「ドルアーガの搭」は1984年に誕生したのだという。しかし現在のようなRPGではなく、RPGのファンタジーをアクションゲームに移植した作品であった。

第4章「シミュレーションと欲望」
ゲーム技術が進化していくとともに新たなジャンルのゲームも誕生する。本章では「シミュレーションゲーム」を取り上げている。「信長の野望」や「ダービースタリオン」「ときめきメモリアル」など主要なシミュレーションゲームも、シミュレーションゲームの概念が誕生した90年代に誕生している。そして時代はすすみオンラインや同期をとるゲームなどが誕生し、一人や二人だけではなく、リアルな場では見えない人たちともゲームするという時代となった。

ゲームの歴史を紐解くと、ゲームの歴史はそのまま、パソコンやインターネットなどの歴史と重なるところもある。今となってはウェブの進化により、オンラインゲームも多数世に出ている。最初にも書いたようにビデオゲームが誕生して40年を迎える。そういうときにこそビデオゲームの歩んだ道を見返す必要があるのではないだろうか。

バカでも年収1000万円

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伊藤 喜之

ダイヤモンド社  2010-07-30
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「バカ」とはどのような定義で言っているのかにも言及する必要はあるが、ここでは「スキルや学歴、資格がない人」と定義している。そのような人でも年収1000万円を得ることができるという。
本書はその方法と法則、スキルを紹介している。

<「バカ6大奥義」で1000万円>
本章では本書の根幹である「6大奥義」を紹介している。
「成功」「行動」「弱点」「貯金」「逆さま」などがキーワードとして挙げられるが、それだけでも目から鱗の内容であるが、その根幹をさらに発揮させる法則やスキルを次章以降で紹介されている。

<「バカ15法則」で大逆転!>
「バカ奥義中級編」と位置づけられるところである。
まずは「バカ6大奥義」を実践し、ある程度マスターできたら、その効果をさらに増大させるために15の法則を紹介している。主に「考え方」といったところが中心である。

<「バカ16スキル」で超速成功>
「バカ6大奥義」も「バカ15法則」を極めたら、今度は「バカ6大奥義」の効果を究極的に高めさせるためのスキルを16個紹介されている。その一つ一つを実践してみると「6大奥義」の効果がどんどん表れる。

「バカでもできる」というよりも「バカだからでこそできる」強さで実践することで、いつの間にか頭の良い人たちを追い抜くことができる、以前、別の本の書評で言っていたが、「もっとも頭の良い人は「バカになれる人」」と言ったことがある。バカであることはコンプレックスになるかもしれない。しかしバカだからでこそ本書で実践することによって「バカ」が大きな武器となる。そう「コンプレックス」は武器になるのだから。

1日10分であらゆる問題がスッキリする「ひとり会議」の教科書

1日10分であらゆる問題がスッキリする「ひとり会議」の教科書 1日10分であらゆる問題がスッキリする「ひとり会議」の教科書
山崎拓巳

サンクチュアリ出版  2010-08-23
売り上げランキング : 4889

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「これからひとり会議を始めます」
「会議」というと複数人集まっていろいろなことを決めたり、情報共有したり、とやり方は様々であるが、たいてい多く集まれば集まるほど「船頭多くして船山に登る」が如く、なかなか決められないケースが多くなってしまう。そのことによって「会議」というとなにかしら嫌なイメージがまとわりついてしまう。
しかし本書は「会議」とは言っても「ひとり」で行うものである。「ひとり」でおこなうのに何で「会議」なのと疑ることもあるが、そこで本書の内容に入ってみよう。

CHAPTER1「ひとり会議をはじめる」
「ひとり会議」という言葉をきくと不思議である、たった一人でやるのに「会議」と名付けられるのだから。
「ひとり会議」とはいったいなにをやるのか。それは、

・「やるべきこと」を「やりたいこと」

に変えることにある。そのために今「やるべきこと」を整理し、これからの「やりたいこと」に転化していくことが「ひとり会議」の根幹である。

CHAPTER2「5つのひとり会議」
「ひとり会議」には様々な種類がある。本書では5つのパターンを挙げており、それぞれ

・テーマ
・問題対策
・フリー
・スケジュール
・情報収集

という役割によって会議の内容も変わってくる。ちなみに「フリー」は言葉の如く、特にテーマを決めずに行うものである。
それぞれの会議のあり方も紹介されているため、ひとり会議についてやってみたい、もしくはネタがない時などでも、楽しむことができる。

CHAPTER3「ひとり会議後の仕事術」
「ひとり会議」をおこない、いよいよ「やりたいこと」が見えた後のフォローの方法もある。フォローの中でのアイデアがでた、もしくはその中で返事を書くときなどが取り上げられている。

CHAPTER4「自分を見つめるひとり会議デラックス」
「自分を見つめ直したい時」というのは、いつ何時になるかについて個人差はあるもののかならずある。そのなかでなにを見たらよいのかわからず、結局もとのまま、というオチになってしまう。
ましてや今のビジネスマンはまともに時間が取れない。たまたままとまった時間の中で自分を見つめ直したいときには、本章にある「ひとり会議DX」がある。テーマは本章にも例としていくつか取り上げられており、その中から選んでみるのも手である。

人生は一度しかない。だからでこそ自分の生きる道に悔いを残したくない。一日一時を「楽しくさせる」「わくわくさせる」「やりたいことをみつける」ために「ひとり会議」は大きな役割を持つ。本書はなかなかやりたいことが見つからないとき、忙しいひとにとっては大いに役立つ一冊である。

実存と構造

実存と構造 (集英社新書) 実存と構造 (集英社新書)
三田 誠広

集英社  2011-09-16
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二十世紀を代表する思想として「実存主義」と「構造主義」が挙げられる。

「実存主義」…人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。あるいは本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)の優位を説く思想。

「構造主義」…現代思想から拡張されて、あらゆる現象に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を理解し、場合によっては制御するための方法論を指す言葉。
(どちらもWikipediaより)

本書は「実存主義」や「構造主義」の解説ではなく、そこから派生して文学や生き方、国家までどのように広がり、変遷していったのか、について二十世紀の歴史を中心に考察を行っている。

第1章「実存という重荷を負って生きる」
実存主義の歴史は深く、古代ギリシャ時代に遡っているという。古代〜近代にかけて作られた哲学や文学はいずれも実存をベースにつくられている。

第2章「実存を包み込む国家という概念」
実存主義の国家や哲学、文学とともに「実存主義」の概念について第1章に続き考察を行っている。

第3章「隠された「構造」の発見」
「実存」と「構造」は日本の経済成長と重ね合わせることができるという。高度経済成長期は働けば働くほど収入が入る「実存」によるものであったが、その経済や体系が崩壊し、目に見えないところで消費してしまう「構造」の時代が到来した。
本章では「構造」を解き明かしているが、それが解き明かされ始めたのは、レヴィ・ストロースがそれについて発表してからのことである。

第4章「実存から構造へー大江健三郎の場合」
実存から構造へと文学としてシフトしていった人物が2人いる。一人は日本人二人目のノーベル文学賞を受賞した大江健三郎、もう一人は次章にて紹介するが中上健次である。
大江健三郎の作品について私は見たことがない。しかし、彼の生い立ちや思想については、レジオンドヌール騎士勲章やノーベル文学賞は受賞しているが、「文化功労者」や「文化勲章」は自らの思想をひけらかした上で固辞したという。このことからみてもおそらくどの思想かはわかるであろう。

第5章「実存から構造へー中上健次の場合」
最後は中上健次である。「枯木灘」という作品で一躍スターダムに躍り出た中上健次の作品を解き明かしている。

「実存主義」と「構造主義」を文学的に考察した一冊であるが、おそらく私が読んだ集英社新書の中ではもっとも「集英社新書らしい」一冊である。集英社新書マニア、もしくは新書をこよなく愛する人であれば、「集英社新書らしい」と言う意味は自ずとわかる。

ブログ、どのくらい更新してる?

ブログネタ: ブログ、どのくらい更新してる?参加数

久々のネタです。今回のテーマは、

ブログ、どのくらい更新してる?

です。

もう答えるまでもないでしょ。「毎日」更新しております。その内訳はF1の時期以外は大概書評に費やし、シーズンになってくると結果、もしくはPP予想や優勝予想などもおこないます。

2009年1月5日からずっと毎日の様にブログを更新し続けてきましたが、続けに続けて…

1017日

連続で更新しているそうです。もう1000日以上毎日更新しているのですか…。月日が経つのも早いものです。

思えばその間は書評もさることながら、仕事が多くなるとネタに走ったりする事も多く、何でブログをやっているのかわからない時もありました。

しかし、様々なかたちで様々なものを発信し続けることができた。それだけでも宝になっているのかもしれません。

もしかしたら文章も成長しているのか…と言われると、私としては実感がありません。とにかく「書き続けること」で、自らの考えや本やF1のすばらしさをお伝えできたら、と思っております。

これからもまた発信のマラソンを続けていきます。ゴールはまだ先かもしれないけれども新しい発見と面白さを見つけながら邁進して参ります。

2011年 F1韓国GP チャンピオン獲得しても容赦なし!! ヴェッテルが今季10勝目獲得!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round16_final

チャンピオン確定となっても、ヴェッテルはヴェッテルでした。オープニングラップの4コーナーでハミルトンをオーバーテイクすると、ピットストップの間以外はトップを譲らなかった横綱相撲と言えるレースでした。今季二桁勝利となる10勝目。二桁勝利は2004年のミハエル以来(13勝)となりました。それだけ今季のヴェッテルは昨シーズンでは見違えるほどの安定感がある、と言っても過言ではありません。

ヴェッテルの強さもあり、レッドブルのコンストラクターズタイトルも確定致しました。もうすでに次戦以降の戦いは来シーズンに向けた戦いとなっていきそうです。

ハミルトンは、ヴェッテルに抜かれ、途中ウェーバーに抜かれることがありましたが、2位を死守。最近なかなか表彰台が見えなかっただけに今回の表彰台獲得は次戦に向けての大きな布石となるのではないでしょうか。

可夢偉は今回散々だったという他ありません。ブエミとのバトルではフロントウィングを損傷し、そこで緊急ピットストップ、2台オーバーテイクを見せるもペースは上がらず15位となってしまいました。次戦は初開催の地であり、未知の領域ですので、そこで勝負強さを見せて欲しい所です。

次戦は2週間後、初開催のインド・ノイダ!!

2011年 F1韓国GP レッドブルの連続PPを阻止したのはハミルトン!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round16_qualifying

昨シーズンのアブダビGP以来続いていたレッドブルのPP記録がついに止まりました。あわや史上初の同一チーム全戦PP獲得となるかと思いましたが…

それでも連続記録は16でしたか。最強と謳われたウィリアムズ・ルノーは1992年~1993年シーズンまで24戦連続の記録(1992年フランスGP1993年日本GP)だったことを考えると、それには及ばない記録でしたが、それでもレッドブル、そしてヴェッテルの強さとしての大きな証明になってくると思います。

その牙城を崩したのが、ここ最近では物議を醸しているハミルトンでした。ここ最近ではヴェッテルやバトンの影に埋もれてしまい、ベストなシーズンと呼べなかったのですが、来シーズンに向けて大きな一歩となるPPを獲得しました。決勝でも日頃の鬱憤を晴らす様なレースを期待したい所です。

可夢偉は予選14番手。チームメートのペレスよりは前とはいえ、ひさびさのポイント獲得を期待するしかありません。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ハミルトン

要注意:バトン

ここ最近のヴェッテルは速さもあるのですが、同時に「安定感」も強く出てきています。そうでなければ日本GPでチャンピオン獲得はできなかったでしょう。今シーズンが始まってリタイア0ですから、安定した力でハミルトンに打ち勝つという戦いとなりそうです。

反対にハミルトンは在りし日の堂々としたレース展開が要求されます。少し前のレースのように他車とイケイケの状態で審議にかけられるレースとなってしまっては目も当てられなくなります。もしかしたらマクラーレンにとどまることすらできなくなるかもしれません。そういった意味ではこのレースは大きな試金石となりそうです。

2011年 F1韓国GP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round16_free3

マクラーレンが1-2と調子を上げてきています。来年に向けた戦いを見据えるべく、バトンもハミルトンも勢いに乗りたい所です。

2011年 F1韓国GP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

日本GPにてヴェッテルがチャンピオン獲得となりましたが、来シーズンに向けて最後の戦いも激化していきます。バトンにとっても、アロンソにとっても、ウェーバーにとっても、ハミルトンにとっても不本意だったシーズンであっただけに、来年に向けた走りにも期待をしたい所です。

今回の舞台は日本とお隣の国である韓国。昨年初開催されたのですが、さてどのようなレースとなるでしょうか。

フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round16_free1

2回目

Round16_free2

両日とも雨に見舞われ、ウェットコンディションの状況でのフリー走行となりました。予選では雨の可能性もありますが、決勝は晴れの予報でしたので、PP予想では若干参考にはなるものの、決勝はアロンソのコメントでも言っていたのですが「出たとこ勝負」となりそうです。

さてPP予想と行きましょう

本命:バトン

対抗:ヴェッテル

要注意:ウェーバー、ミハエル

PP予想と考えると、「本命:ヴェッテル」というふうになるのが常になるのですが、そろそろマクラーレンやフェラーリあたりがPPを取ってくるかもしれないと考えます。今シーズンの15戦はヴェッテルかウェーバーしかPPを獲得していません。

おそらく予選ではレッドブル勢は速さはあるのですが、チャンピオン獲得の余韻からかPPを取ろうという気概は前よりは薄れるかと思います。

そこに勢いづけ始めているバトンが入り込んでくるのではないかと。

渋沢栄一――社会企業家の先駆者

渋沢栄一――社会企業家の先駆者 (岩波新書) 渋沢栄一――社会企業家の先駆者 (岩波新書)
島田 昌和

岩波書店  2011-07-21
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「日本実業界の父」と言われた渋沢栄一。その活動範囲は会社経営のみならず、経済政策に関する提言まで積極的に行うまでに及んだ。
その中で「論語と算盤」「道徳経済合一説」など現在のビジネスにも多大な影響を及ぼし、現在もなお「渋沢栄一研究」が進んでいるなかで、渋沢栄一はどのような人物かについて本書にて紹介している。

第一章「農民の子から幕臣へ」
渋沢栄一は武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市)に生まれた。農村の出身であるが、農民の中でも身分の高い「豪農」であり、どちらかというと裕福な身分であった。
その身分からか幼少の頃から四書五経などの教養を育ませた。
「血洗島村」と聞くと、大変失礼であるがおどろおどろしいような感じがしてならない。この地名の由来は諸説あり、一つは利根川がよく大雨や台風により氾濫し、地面が荒れることから名付けられたのと、上杉氏を中心に数多くの合戦があり、将兵たちの血が流されたことから流されたのとがある。個人的には名前からして後者の方がしっくりとくる。

第二章「明治実業界のリーダー」
明治時代に入り、新政府の下で経済の基盤を構築した後、官界を離れて実業界に進出した。第一国立銀行(後の第一勧業銀行、みずほ銀行)を創設を皮切りに東京ガスや帝国ホテルなど多種多様なかいしゃを設立・経営を携わった。

第三章「渋沢栄一をめぐる人的ネットワーク」
渋沢栄一は実業界に進出してから、毎日のように様々な人と面会し、会合のための移動の連続していた。この文章を見ると現在の経営者とも変わらない。分刻みの日程の中で、当時は当然インターネットは存在せず、通信インフラといえば郵便・電話・電信などしかなかったがそれをフルに活用し、官民問わず様々な人と意見交換を行った。移動中でも同乗した人と談義を行うなど精力的であった。
それだけではなく、後継者の育成にも力を入れていた。

第四章「「民」のための政治をめざして」
「政治は誰のためにあるのだろうか」
ニュースではほぼ毎日のように政局に関するニュースが流れる。昨年か一昨年に行われた選挙の時にもたしか「国民の生活」などをうたったものが散見されたように思える。私たちに聞こえのいい言葉ばかりのマニフェストが乱立し、あたかも国民に媚びを売れば票は入るというようなことなのだろうか。
能書きはここまでにしておいて、経営者になる前は政治家として、新政府の経済の礎を築いたのは最初にも言った。それだけではなく経営者の立場でも政治に対して積極的に提言を行い、それを実行したこともあった。もっとも大きかったものとして日清戦争後の経済対策などを取り上げられている。
興味深かったのは渋沢は外国債の募集によって民間への資金投入には一貫して反対であったことがあげられる。言わば「公的資金投入」であるが、それを行ってしまうと日本は長期的に国際競争力が低下することにあるのだという。現在の国際競争力から考えるとまさにその通りのように思えてならない。

第五章「社会・公共事業を通じた国づくり」
渋沢の活躍は官民だけではなく教育にも「実践」を重きに置いたものとして力を入れた。実業界から引退後は慈善事業にも注力したという。これまで活躍した実業界、政界、あるいは日本そのものへの恩返しという意味合いが強い。

渋沢栄一の生涯は官民そのものに捧げた一生である一方で、多くの後継者を育て、実業界の礎を築いた。そのなかで西欧から学んだことや、日本古来からのものを併せ持ちながら近代日本を育て上げた功績は100年以上経った今でも学ぶ人々は後を絶たない。

回転寿司の経営学

回転寿司の経営学 回転寿司の経営学
米川 伸生

東洋経済新報社  2011-09-16
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(株)オトバンク 上田様より献本御礼。
回転寿司には一生のうちに行った回数は数えるほどしかない。安価であるとはいえ大食漢である私であるだけにレストランで食べるよりも高くなってしまうからである。
そんな話は置いといて、回転寿司のビジネス、そして経営はいろいろなカラクリが多いと言われているが、その実体は私にもよくわからない。
そこで本書である。本書は全国約3000店以上の回転寿司店に足を運び、回転寿司のあらゆるところまでを知り尽くした回転寿司のエキスパートが経営にまつわる「いろいろなカラクリ」を解き明かしている。

第1章「流行る店は何が違うのか?」
回転寿司というと「競争が激しい」「(客などの)回転率が高い」というイメージがある。その大きな理由として日本テレビ系列の「スーパーテレビ」という番組で回転寿司特集でそのイメージは植え付けられた(何時放送されたかについては不明ですが、たぶん2001・2002年頃に放送されました)。
回転寿司というと安価であることは有名であるが、そのカラクリの一つとして「仕入れルート」の改革や接客サービスの向上にあった。

第2章「回転寿司・進化の軌跡を追う」
「回転寿司」が誕生したのは1958年のことであったという。約50年前のことであり、高度経済成長に差し掛かり始め、日本人の食生活そのものも大きく変わりだした時である。
回転寿司の進化は日本経済そのものの変化により明と暗があったのだが、その中でも順応した変化を作りつつ一大産業へとのし上がっていった。

第3章「「ご当地回転寿司」に見る回転寿司の未来図」
回転寿司と言われると「チェーン店」化しているかのごとく、どこの店に行ってもサービスや質の違いはあるが、ネタはどこいっても同じ、という固定観念が存在してしまう。
しかし回転寿司は以外にも奥が深い。郷土料理やご当地グルメがあるが如く、回転寿司にも「ご当地ネタ」などが存在する。本章では金沢や北海道などのご当地寿司が紹介されている。回転寿司を食べに地方を旅することもまた回転寿司の奥深いところである。:

第4章「回転寿司の「マグロ経済」」
「マグロ」の「マクロ経済」ならぬ「マグロ経済」というのだろうか。
それは置いといて、昨今では「クロマグロ」などの漁獲規制がかけられているほか、各国で「日本食」の需要が高まっていることからマグロの輸入需要も高まっている。その一方で養殖マグロの研究も進んでおり、タマゴから養殖を始める「完全養殖」の研究成果も出始めてきている。
回転寿司でも「マグロ」が看板ネタであることが多く、「解体ショー」も行われるという。

第5章「原価率八〇%のトロと一〇%のツナマヨコーンに見る商品バランス」
安価である回転寿司でも原価率にはネタによって大きなばらつきがあるのだという。
本章ではその原価率と各回転寿司店の戦略について迫っている。

第6章「大手一〇〇円寿司業界に異変」
ここでは大手回転寿司チェーンの変化についてを追っている。とりわけ「スシロー」を紹介しているのだが、私がよく行く川崎駅周辺でもスシローの店を見かけるようになった。本章ではそのカラクリが見えるのかもしれない。

第7章「回転寿司を「経営学」する」
ここでは「F/Lコスト」をもとに回転寿司の経営についてを見ている。
「F/Lコスト」とは食材原価(Food)と人件費を(Labor)をあわせたコストのことをいう。フランチャイズの時にはさらに「R(ロイヤリティ)」を加えた「FLR」が重要視される。とりわけ原価や定価が安価であり、客回転の高い店になればなるほどこの数字が重要視されるという。

第8章「回転寿司界の黒船「グルメ系一〇〇円寿司」の明と暗」
「一〇〇円寿司」でありながら、鮮度の高い寿司を楽しむことができる「グルメ系一〇〇円寿司」が勢力を伸ばしつつあるという。とはいえ鮮度の問題からか、全国区になるのには時間がかかっており、現状として漁獲が行える県にしかできていないというのが現状にある。

第9章「最新回転寿司事情」
とはいえ安価やチェーンなどに頼りすぎてはこの先の成長はあまり見込めないという。回転寿司に新たな価値はなにがあるのか、その一つとして「人間力」があるのだという。

第10章「グルメ系回転寿司大激戦区」
回転寿司の激戦区について書かれているが、「回転寿司」というだけであれば東京などの首都圏が激戦区となる。しかしここでは、前章で紹介した「グルメ系回転寿司」の激戦区についてを取り上げられていることから北海道や石川県が中心となる。

回転寿司は歴史・経営など様々な角度から掘り下げてみると奥が深い。安価なグルメと言って侮ってはいけない。むしろ食にこだわりがあるからでこそ回転寿司がおすすめである、と言うべきか。

贈答の日本文化

贈答の日本文化 (筑摩選書) 贈答の日本文化 (筑摩選書)
伊藤 幹治

筑摩書房  2011-07-13
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贈答の文化は世界中に形は違えど存在する。日本でもその例外ではなく、夏の「お中元」やもうそろそろやってくる「お歳暮」などが代表的である。ほかにも「結婚祝い」や「出産祝い」、「快気祝い」などの祝い事にも贈答の文化が根付いており、その「お返し」もまた根付いている。
日本の文化に「贈答」が根付いたのはいつの時代だったのだろうか。そしてなぜ「贈答」の文化が根付いたのか、本書は民俗学、宗教学、哲学などの観点から解き明かしている。

第一章「贈答の過去と現在」
本書では贈答の歴史、というよりも明治時代からの「贈答」の変遷について述べられており、贈答の歴史は一部分しか述べられていない。しかし本書から見るに、明治時代以前から日本は「贈答文化」があることが見て取れる。明治時代は生活面でも近代化や合理化が叫ばれ、その一巻として贈答の文化の廃止を明文化する趣意書があれば、「贈答廃止会」という団体があったほどであるという。

第二章「贈答の仕組み」
ここでは「贈答」そのものの定義について、哲学的な観点から論じている。
「贈与」というと日本では民法で明文化されているが、哲学的に論じているのはレヴィ・ストロースやマルセル・モースなどが挙げられており、「贈答」がいかにして構成されていたかが解き明かされている。
ほかにも日本においての「贈答」や「贈与」の成り立ちについても民俗学・言語学的な観点から考察を行っている。

第三章「贈答の諸相」
ここでは「贈答」がいかにしてそれらの文化が成長したのか、民俗学などを裾を広げて考察を行っているが、ここからは学問的なところよりもむしろ「バレンタインデー」など最近できた行事についても論じているため、どちらかというと身近なところである。

第四章「贈答と宗教的世界」
日本における贈答の文化は「宗教」としての色よりも、むしろそれぞれの「習慣」や「慣例」などによって形成された色が強い。民俗学でいう「ハレ(本来改まった生活状態)」と「ケ(普段の生活状態)」という言葉により、贈答の慣例が「贈答」の文化として形成されるというストーリーであるが、本章では日本では関心が薄いが、私たちの生活の中に染み込んでいる「宗教」としてのアミニズムの観点から贈答の文化を考察している。

最初にも「お中元」や「お歳暮」などを引き合いに出したが、日本人の風習として「贈答」は切手も切れないものである。しかしそれがどのような歴史でもって形成されたのかは未だに解明されていない。おそらくこれらの文化は本書にて多く扱われていた民俗学や宗教学など歴史では語りきれず、むしろ風習などが変化していきながら形成していったという方がよいと、本書を読んで言える。

看護崩壊~病院から看護師が消えてゆく

看護崩壊 病院から看護師が消えてゆく (アスキー新書) 看護崩壊 病院から看護師が消えてゆく (アスキー新書)
小林美希 著

アスキー・メディアワークス  2011-01-08
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現在の医療制度について「医療崩壊だ」と叫んでいる論者も少なくない。現在の医療制度ばかりではなく医療業界でも悲鳴を上げているのだが、その一つには「看護師不足」が挙げられている。
「白衣の天使」と呼ばれる看護師であるのだが、その実態は「過酷」という言葉が似合うほどである。本書はその「看護師不足」や「過酷労働」などの実態、さらには本当の看護師のあり方について迫っている。

第1章「医療崩壊を加速させる「看護師不足」の深刻さ」
日本の医療では「医師不足」が深刻であるが、その陰に「看護師不足」も隠れているという。ではなぜ看護師が少ないのだろうか。
その原因には看護学校の門戸の狭さと離職の多さにある。本書では2006年のデータを用いられているが新卒就業で4.6万人に対し、離職は10.2万人に達している(そのうち半分以上は再就業するが)。
医師や看護師の不足ばかりではない。患者の増加も相俟っての「病床不足」も挙げられる。
「無い無い尽くし」をするだけでもきりがないほど医療業界は深刻な状況に陥っている。

第2章「夜勤と2交代勤務の増加が現場をむしばむ」
医師もそうかもしれないが、看護師の勤務も過酷である。もっとも女性の多い看護師では「出産」にたいして冷遇されるという。
ほかにも「夜勤」の長さも指摘されており、それによる「過労死」や「過労自殺」も相次いでおり、労働・健康の観点でも「危険」と言われているのにも関わらず、それに関する対策が行われいていないと嘆いている。

第3章「制度に翻弄される看護師と患者の悲劇」
医療も制度によって統制されているが、その制度に翻弄されて医療業界も揺れているそうである。元々医師や看護師には国家試験や研修によってはじめてその資格を持つことができる。さらに医療にしても「点数」によって医療費が変わるためそれにより、病院にしても患者にしても受ける恩恵が変わってくる。
医療の内容ばかりではない。地域医療そのものも法や制度により現象の一途を辿っている。

第4章「やりがいと苦悩のはざまでー看護師が消える理由」
看護師の抱えるものの中には、夜勤ばかりではなく、一人当たりの患者数の増加がある。患者の増加もあるのだが、それ以上に病院でのリストラや退職などにより看護師の数も減少しているのだという。
なぜなのだろうか、と本章を見てみると「潜在看護師」という文字が目に浮かんだ。
おそらく看護崩壊における医療の現状の一つとして大いに挙げられるべきものであるが、メディアにはそれについて全くといっても良いほど取り上げられていない。
「医療はビジネスなのか?」
その言葉が脳裏によぎりさえもした。

第5章「命を守るため今こそ看護問題と向き合おう」
看護学校で学ぶことについて細々としたことは不明だが、看護に関する技術ばかりではなく、心構えも学ぶ。前者は現場に行っても発揮されることはあるのだが、現状として後者はどちらかというとなかなか発揮されなかったという声も本書にはあった。
本書は医療問題を訴える本であるが、もっとも本来の看護としてあるべき姿を描いている節もある。本書でも看護師と患者との暖かいエピソードをちりばめられている。
もちろん本章にもそれがある。

医療は果たして何のためにあるのだろうか。医療は「ビジネス」なのだろうか。私はこう言った本に出会う度に常に考えさせられる。ある医師の友人が言っていたのだが「医療は「インフラ」である」という発言をしたのを今でもはっきりと覚えている。まさにその通りである。ビジネスなのかもしれないが、もっともそれらを必要としている人は地方も含めてたくさんいる。国が誇れる医療を目指すこと、そしてそれが地域のみならず私たち国民にとっての大きな「インフラ」となること、それこそが医療の在り方では無いのか、と考えさえした一冊であった。

世界を、こんなふうに見てごらん

世界を、こんなふうに見てごらん 世界を、こんなふうに見てごらん
日高 敏隆

集英社  2010-01-26
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動物の見る「世界」は実に不思議なものである。本書は動物行動学者が綴った動物の視点と自らの視点をあわせ持ったエッセイ作品集である。

全部で10編のエッセイと1編の講演録が収録しているのだが、チョウをはじめサル、クラゲ、イルカなど多種多様な動物についても描いており、どの動物一つ一つの紹介をしている文章に動物そのものの躍動感を感じてしまうことさえある。動物を見る愉しさ、そしてその行動を知る愉しさを優しいタッチで教えてくれるような作品であった。

惜しくも著者は本書が完成する直前に肺ガンの為亡くなられた。あとがきの部分だけは著者ではなく、著者の研究室を引き継いだ今福道夫教授が著者への感謝と追悼の念を綴っている。

「生涯動物を愛し、そして動物の研究とともに生きた証」それがこの10編のエッセイと1編の講演の中にすべて詰まっているように思えてならない。

2011年 F1日本GP バトンが「第二の母国」で初優勝も、ヴェッテルが2年連続ワールドチャンピオン獲得!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round15_final

バトンはスピードの勝負よりもピット戦略で見事勝利を収めました。スピード勝負で勝って欲しかったのはありましたが、ヴェッテルの速さは別格であるだけに、様々な戦略をかけて勝つしかないという思いが強かったように思えます。

ヴェッテルは「あと1ポイント獲得」でチャンピオン獲得でしたが、できれば3年連続ポール・トゥ・ウィンでもってチャンピオン獲得を決めたかったのではないでしょうか。チャンピオン獲得時のチームラジオでも返答が無言であっただけに…。しかし、今年のシーズンは速かっただけではなく、リタイアもないことから速さもあり、安定感もあったと言えるようなシーズンだったと思います。

今回のレースではヒヤリとした様なシーンもありました。スタートダッシュ時にはヴェッテルがバトンに幅寄せ行為、さらに24周目あたりにはハミルトンとマッサの接触などにより審議がかけられるということもありました。どちらもお咎めなしでしたが、後者のハミルトンとマッサはシンガポールGPでも接触ががあっただけに、コース外の舌戦も激しくなりそうです。

可夢偉は途中オーバーテイクを見せてくれましたが、タイヤ戦略に難があったのか、後半はペースを落としてしまいポイント獲得を逃してしまいました。それに対し、チームメートのペレスが9位フィニッシュなだけに、前半戦とは違い立場の厳しい状態となりそうです。

次戦は1週間後、韓国・霊岩!!

2011年 F1日本GP ヴェッテルが僅か1000分の9秒のバトルを制しPP獲得!! そして可夢偉も大活躍!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round15_qualifying

今回は見所満載の予選でした。フリー走行で言っていたクラッシュによる波乱は起こらなかったものの、可夢偉の活躍と接戦の戦いで興奮しきりの予選でした。

可夢偉がこのQ1でトップタイムをたたき出し、予選Q2でもライバルであるスーティルとの勝負で僅かに勝利し、久々にQ3進出となりました。フリー走行では13番手・16番手と振るわなかったのですが、肝心となる予選では見せてくれるところは昨年の日本GPを彷彿とさせるようでした(個人的にはQ3の走りも期待していたのですが)。10番手と好位置となりましたが、決勝でもこの勢いに期待をしたい所です。

※ 23:23 追記
予選Q3では可夢偉を含め4台がノータイムでしたが、審査委員会によると可夢偉がタイム計測を試みていたとして、10番手から7番手に繰り上がったそうです。7番手は自己ベスト。

ヴェッテルは今季12回目のPP獲得でしたが、今回ほど薄氷のPP獲得は無かったように思えます。ヴェッテルが速くなかったのではなく、むしろ「第二の母国」と呼ばれるほど思い入れのあるバトンの速さが光り、ヴェッテルを肉薄したのではないか、と思います。フリー走行でも言ったのですが、バトンはチャンピオンの可能性は残っているとはいえ絶望的と言うほかありません。しかしかすかな望みをつなげるためにもこの日本GPを優勝する必要があるだけに、優勝への執念は並々ならぬものがあるでしょう。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:バトン

要注意:ミハエル、可夢偉

今回の決勝は予選と同様かそれ以上に見所が満載と言っても過言ではありません。

・ヴェッテルのチャンピオン獲得か、あるいはバトンが渾身の走りで阻止するか。
・そして10番手スタートの可夢偉は久々のポイント獲得と昨年の再来なるか。
・過去6度優勝しているミハエルも鈴鹿を知り尽くしたドライバーで、どのようなオーバーテイクを見せつけるのか。
・そしてKERSやDRSの新機能が難攻不落の鈴鹿でどのようなオーバーテイクを演じてくれるのか。

列挙するだけでもきりがありません。決勝は明日の15:00からスタートです。

2011年 F1日本GP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round15_free3

フリー走行1・2回目の結果で言い忘れていましたが、1・2回目ともバトンがトップタイムでした。今回もトップタイムはバトン。日本GPとあってか、絶望的とは言えどチャンピオンの可能性を残しているか、理由は様々だと思いますが、バトンの調子が良さそうです。予選も勢いに乗り、レッドブル独占状態のPPに風穴を開けて欲しいものです。

しかし今回の予選は一筋縄ではいかないようです。フリー走行1・2回目でもヴェッテルやバリチェロがクラッシュを喫してしまいましたが、3回目でも別の場所ですが、セナがクラッシュを喫してしまい、一時赤旗中断となってしまいました。

こうなってくると天候に恵まれても思わぬ番狂わせがあるのかもしれません。

可夢偉は13番手とこちらはまずまずですが、「調子よい」とは言えないようです。予選ではQ3進出、あるいは自己最高グリッドを目指して欲しいものです。

2011年 F1日本GP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

いよいよこの時期がやって参りました。日本人のF1ファン、もとい世界中のF1ファンに取っても待ちに待った日本GPです。

舞台はもちろん、鈴鹿サーキット。

130RやS字セクションなど、ドライバーにとっても観客にとってもたまらないコース作りとして有名です。

さらに今回はヴェッテルの2年連続ワールドチャンピオンが決まるレースとなりそうです。日本GPにてチャンピオンが決まるのは2003年のミハエル以来8年ぶりのこと。ほぼ確実な様相ですが、これも見所がありそうです。

そして何と言っても可夢偉の凱旋でしょう。昨年はオーバーテイクショーを見せ世界中から賞賛の声を浴びましたが、今年はどうなのでしょうか。

盛りだくさんの日本GPですが、さてフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう(「F1通信」より)

1回目

Round15_free1

2回目

Round15_free2

1回目はチャンピオンに王手をかけているヴェッテルが、2回目は「鉄人」バリチェロがクラッシュを喫してしまいました。ともに「デグナー」と呼ばれるコーナーにてのクラッシュ。予選での波乱の火種にならなければ良いのですが…。

可夢偉は本人も「苦戦している」と語っているとおり、1回目は13番手、2回目は16番手と苦しい立ち上がりとなりました。ここ数戦ではチームメートに負けることもあり、クラッシュや戦略ミス、あるいは自らのミスもあり、ノーポイントが続いていますが、この悪夢を母国で払拭できるでしょうか。

さて、PP予想と行きましょう

本命:ヴェッテル

対抗:バトン

要注意:ハミルトン、ウェーバー

鈴鹿とは言えど、ヴェッテルのPPは鉄板でしょう。あと、バトンは「第二の母国」と呼んでいるだけに、力のこもったレースをしてくれそうな気がします。

ウェーバーも油断できません。かつて日本GPでは結果を残せなかったものの、予選では上位に食い込むほどの活躍を見せているために、コチラも上位に食い込む可能性があります。

見所満載の日本GP。明日のフリー走行や予選も期待できそうです。

部下には数字で指示を出せ 儲ける課長の会計力

〈NJセレクト〉部下には数字で指示を出せ 儲ける課長の会計力 〈NJセレクト〉部下には数字で指示を出せ 儲ける課長の会計力
望月 実

日本実業出版社  2011-09-29
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著者の望月様より献本御礼。
今年の夏のビジネス書は「数字」や「数学」で乱舞したといっても過言ではない。その理由は様々であるが、一つにはビジネスを行っていく上でそれらが、いかに重要であるのか再認識され始めたのかもしれない。
本書も「数字」の需要性についてかかれているが、あくまで「勘定」としての「数字」の重要性を説いている。

第1章「「値引きはどこまでしてよいか」がわかる売上と利益の関係」
経営や商売を行うとき、つきものと呼ばれるものとして「数字」はある。これは直接お金の動く営業ばかりではなく、私が勤めている業界でも「開発費」についても同じことが言える。

第2章「資金繰りで困らない運転資金の計算法」
資金繰りの重要性について述べているが、その中で重要な例として英会話教室の「NOVA」を取り上げている。

第3章「会社の実情をつかむキャッシュ・フロー計算書の読み方」
財務諸表の一つとして「キャッシュ・フロー計算書」がある。本章ではそのキャッシュ・フローの中でも「営業」「投資」「財務」と3つに分けて定義している。さらにそのキャッシュ・フローによって事業の成長度合いについても紹介している。

第4章「どんなときでも儲けるための「コスト」の基本」
昨今では景気が低迷しており、これまで利益を出た会社でも一気に赤字転落に陥った企業も少なくない。
本章ではそのような時代でも利益が出るようなコスト基本について紹介している。ヒントは「変動費」と「固定費」である。

第5章「予算がわかれば"会社"が見える」
ほとんどの企業は予算を立てる。しかしその「予算」を立てると一口にいっても半期、一年、もしくは3年なり5年なりと長期経営目標など数字目標を立てることもまた「予算」の一つであるという。
本章では企業が行っている予算の構成のイロハをはじめ最後に述べた経営計画の重要性について述べている。

第6章「予算を達成するための数字の見方・使い方」
おそらく多くの企業では予算を達成するのに苦心をしているだろう。とりわけ新しく部課を管理する人にとって、この「数字」に悩まされることが多い。
本章では勘定における「目のつけどころ」を紹介している。

第7章「勝ち組企業に学ぶ利益を増やす発想法」
売り上げや利益を上げる方法は様々な方法はある。しかしそのうちどれを行ったらよいのかわからない、という方も多いことである。
本章では「勝ち組」と呼ばれる企業の売り上げ方、利益計上の方法を様々なパターンという形で紹介している。

第8章「予算よりプロセスを重視する未来の管理会計」
「管理会計」という言葉を初めて聞く人も少なくないだろう。すくなくとも簿記を勉強した方を除けば。
本章ではあまり聞き慣れない用語「管理会計」を予算計上の問題点と解決方法とともに取り上げている。

「ビジネス」と「数字」は切手も切れないものである。とりわけそれを身にしみてわかるのが課長以上の「管理職」、もしくは「経営者」と呼ばれる方々であろう。戦略や指示を出していく上で、だからでこそ「会計」のノウハウを持つべきと著者は主張している。

たった一度の人生を記録しなさい~自分を整理・再発見するライフログ入門

たった一度の人生を記録しなさい  自分を整理・再発見するライフログ入門 たった一度の人生を記録しなさい  自分を整理・再発見するライフログ入門
五藤隆介

ダイヤモンド社  2011-09-30
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ダイヤモンド社 市川様より献本御礼。
「もし人生が二回あればお母さんの言う通りに高校へ行くけど、 一回しかないんだから自分の自由にさせてください。」
これはプロレスラーを経て総合格闘家として活躍し、現在は全日本プロレスで活躍している船木誠勝が中学卒業後、新日本プロレスに入団しようとしたときに放った言葉である。
少し話がずれてしまったが、本書は「人生の記録」の方法の一つとして「ライフログ」を紹介している。「クラウド」の時代だからでこそ、思い出を残す幅が広がっている。本書は自分自身の思い出をより簡単に、そして色濃く残すことのできる「ライフログ」の魅力と使い方を紹介している。
たった一回の人生である。その人生のログ(記録)を残さない手段や考えはないだろう。

第1章「デジタルを活用してラクに記録する」
「ライフログ」は何なのか、というと聞くまでもなく「ライフ(生きる)」と「ログ(証跡・記録)」をあわせ持ったものであるが、この「ライフログ」はPCだけではなく、徐々にメジャーなものとなりつつある「スマートフォン」を用いても作る方法について紹介している。そしてPCやスマートフォンを使って「クラウド」を用いて「記録」をしていくことこそ、本書のいう「ライフログ」のあり方である。ノートや写真を撮るよりも遙かに記録をすることが楽であり、かつ検索できるなどのメリットが挙げられる。

第2章「生活を記録するともっと「自分」が見えてくる!」
「ライフログ」について使用するアプリは様々なものがある。中でも紹介されているのが「Evernote」である。
本章では自分の生活におけることについてデータベース化して残す方法について紹介している。

第3章「面倒にならない「仕組み」記録術」
本章では「記録」を「仕組み化」する方法について紹介されているが、「自動的」にすることではなく、あくまで「手動」を前提とした「継続」としての「仕組み」を前置きしている。

第4章「情報はすべてEvernoteにまとめなさい」
「ライフログ」として著者が最適なものとして「Evernote」を挙げている。本書でも本章までの間にEvernoteの文字が頻繁に出てきていることから「ライフログ」を行う上でいかに重要なのかどうかはよくわかる。
しかしこれはあくまで序の口であり、本章では「ライフログ」にEvernoteが重要なものという「核心」を突いている。

第5章「ライフログを楽しく続けるコツ」
これまでは「ライフログ」の方法について紹介されたのだが、継続していくといつかは断念したくなるようなことは1度や2度は起こることだろう。本章ではそれをできる限り防止するためのコツ、簡単にいえば「見返す」ことや、続けにくい部分をやめることにより「楽しく」そして「楽に」続けられる方法を提唱している。

第6章「記録したものを人生に生かす」
「ライフログ」で記録することの意味。それはデジタルで記録することによって新たな考え方や改善への材料となる。「本当の自分の姿」を映し出すことにより、どこを改善したらよいのかが見えてくる。

繰り返すがたった一回の人生である。「ライフログ」という手段で自ら歩いた道もまた、明日への糧とするために始めようではないか。

20代でムダな失敗をしないための「逆転思考」

20代でムダな失敗をしないための「逆転思考」 20代でムダな失敗をしないための「逆転思考」
上田 渉

日本経済新聞出版社  2011-09-23
売り上げランキング : 230817

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著者の上田様より献本御礼。
このごろ「思考法」の本がビジネス書の中でとりわけ多い。その大きな要因としては、ビジネス書の本当の価値となる「実践」を容易に行えるところにあるのかもしれない。
本書は若くして起業し、幾多の失敗を重ね、現在では「Febe」や「朗読少女」で成長が著しいオトバンクの上田渉氏が幾多の失敗を重ね、身につけた「逆転思考」についてを伝授している。

CHAPTER1「まずは"志"を立てる!」
まずは自らの目標であり、行動指針となる「志」を立てる重要性を説いている。
「志」というと吉田松陰や高杉晋作をはじめとした幕末の志士たちを彷彿とさせるのだが、それとは少し違い身近なことへの問題や不満を見つけ、掘り下げ、解消していきたいという考え方、そしてそれを「天命」だと考えることで「志」となし、それを大きくさせる。
もちろん「志」だけでは大成できないが、大成する根幹と言える。

CHAPTER2「基礎知識を身につける!」
「志」を見つけたのであれば次は「基礎知識」である。最初にもいったとおり「志」だけでは大成できない。お金や知識など必要になるものを持ったり、身につけていかないと話にならない。
とはいえ知識ばかりでは単なる「頭でっかち」や落語でいう「やかん」になりかねない。
基礎知識とはいえど、どの会社で通じる基礎力、あるいは思考力などを本章では挙げている。もっとも業界の基礎知識ではなく、ビジネスマンとしての「基礎」知識といった方が良いかもしれない。ましてやビジネスマンの「基礎」は知識、というよりも「基礎力」というべきか。

CHAPTER3「業界知識を学んでみる!」
基礎が身に付けば、次は業界の知識である。業界の知識出あれば入門書をはじめ、専門書、業界紙(誌)など座学で学べるものから、その業界に携わっている方々に会って質訊くこともまた業界知識を学ぶことのできる方法である。むしろ後者の方がより分かりやすく、かつ「生」の声であり何者にも代え難い「一次情報」が手に入る。

「失敗は成功の元」もしくは「失敗は成功の母」という諺がある。著者は本書だけでは紹介しきれないほど数多くの失敗をしてきて、現在がある。当然失敗するとマイナスの感情で支配される。しかしそこからなにを学んだのか、何が「ダメ」だったか、その「ダメ」をどう改善していけば良いのか、とマイナスな感情を「逆転」することによって、失敗の連続から「逆転」でき、人生においても「逆転」することができる。本書はそのことを教えてくれる。

アキバを創った12人の侍

アキバを創った12人の侍 アキバを創った12人の侍
柳下要司郎

グラフ社  2009-01-26
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かつてから電気街と言われ、今となってはオタクの聖地の一つと言われている秋葉原、通称「アキバ」。そのアキバは現在のように変容していったのか。そしてこれからのアキバはどのように変容していくのかについて、本書では実際に現在のアキバに変容させた方々、そしてこれからのアキバを構築させ、挑戦する方々を「侍」とし、紹介している。

1章「常識はずれの発想が"アキバ"を創った」
おそらく現在において、アキバほど「オタク」などの文化が生まれたところは見あたらない。東京でもっともホットなスポットといっても過言ではない。時々アキバに幾私でもあまりのホットぶりに度肝を抜くばかりか、道が混雑してしまい、目的地までなかなか進めなかったことさえあった。
それはさておき、「オタクの聖地」と呼ばれる所以の一つに「フィギュア」や「コミック・同人誌」「メイド喫茶」があるが、本章ではそれらについて紹介されている。

2章「アキバ・スピリットは変わらない」
私が初めてアキバの地を踏んだのは大学4年生の時、ちょうど就職活動の頃である。北海道の大学だったため、東京に行くことは月に1回くらいであったが、ニュースや友人の話などでアキバに関する印象はあった。しかし実際にアキバの地を踏んだときにはその文化とホットぶりに圧倒され、「ついていけなくなってしまった」とさえ思ってしまった。
最初にもふれたのだが、アキバはかつて「電脳街」と言われるほど電気製品が乱舞する街であった。昭和では「家電」、21世紀に入る頃までは「パソコン」のメッカとしても知られており、いわゆる「固い」部類でトップをひた走る街であった。
今となってはオタク文化のメッカにもなったものの、かつての面影を残す側面がこのアキバにある。本章ではその「残す」部分で活躍している方々を紹介している。

3章「しなやかに変容するアキバの電気店」
2章では、かつてのアキバは固い部類でトップを走っていたというが、その固い部分も含めて、緩やかにでもしなやかな「変化」を続けている街でもある。
例えば「おでん缶」の誕生も本章にて挙げられているが、おでん缶の誕生秘話など「常識」を疑い、次々と覆すことの文化を物語っているように思える。

4章「なぜ外国人観光客はアキバに惹かれるのか」
現在のアキバには外国人観光客も多い。第1章でも書いたが、私も時々アキバに足を運ぶのだが、外国人の方がごった返しているところもあり、驚いたこともある。
外国人観光客がアキバにいきたがる理由、本章では免税店などの外国人観光客戦略が著しいアキバの侍を紹介している。

5章「アキバの野望と挑戦」
就職活動をしている時期はどちらかというとオフィス街を見ていた。秋葉原の(後で調べる)出口をでると、オフィスビルが立ち並んでおり、平日の朝はビジネスマンでごった返す。文化だけではなくビジネスの先端を担うところの一つという側面もある。
それだけではなく、本章では「産学連携」も、アキバでは積極的に行われており、日々その研究と実践の繰り返しを行っている。

「常に変化を続ける場所」
「新しい文化が誕生する場所」
「その文化を日本に、世界にと広げられる場所」

アキバにはオタクや電気ばかりではなく、それらの側面を持っている。世界的にも経済やビジネスなどは絶えず「変化」が求められる。アキバはその変化に呼応できる最後の「砦」と言える場所である。

象の背中で焚火をすれば

象の背中で焚火をすれば 象の背中で焚火をすれば
広瀬 隆

NHK出版  2011-06-03
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「地震」と「原子力」
今年はこの2つの単語が頭から離れられないと言っても過言ではない。3月11日に起こった「東日本大震災」は東北どころか日本全体にとっても大惨事と言える。そこから復興をしている矢先に台風12・15号が日本を直撃し、復興の道のりが遠のいている印象にある。
本書は阪神淡路大震災をはじめとした地震、原子力、そして政治を風刺したエッセイ集である。

<像の背中で焚火をすれば>.
1995年1月17日に起こった「阪神淡路大震災」とその後の金融大恐慌についての風刺である。阪神淡路大震災が起こってもう16年半経ちほとんど復興しているのだが、まだまだ爪痕が残っているところも残っている。16年経ち、別の所でまた新たな大地震が起こったという報せを聴いたとき、16年前の被災者は何を思ったのだろうか。

<二番目の陽もまた沈む>
原子力のことについてであるが、「陽はまた沈む」は1990年、当時ロンドン・エコノミストの編集長であったビル・エモット氏が日本経済の未来についてを予測し、ベストセラーになるばかりではなく、その通りとなってしまった。その後2005年に「陽はまた昇る」を上梓されたが予想通りになったのかは謎である。
原子力の話に戻す。原子量発電が始まったのは1963年10月26日に茨城県東海村にて実験炉にて原子力でもって発電に成功したことにある。そして1966年の「東海発電所」にて初めて「原子力発電所」が誕生した。その後北海道から鹿児島に至るまで全国各地にて原子力発電所が建設された。現在稼働している発電所のほとんどは70年代に着工が決められ、80年代あたりに稼働が開始したものである。その後スリーマイル島原子力事故やチェルノブイリなどをきっかけに「原発反対」や「脱原発」、さらには原発リスクの関心が高まった(ただし、伊方原発や浪江・小高原発のように70年代以前にも原発反対のデモは起こっていた)。

<自分の墓穴を掘る人々>
本章では政治家や有識者の批判が羅列されているが、もしかしたら著者自身「自戒」をこめて、あえて書いているというようにも捉えられる。
現在の政治は混迷を極めており、ましてやメディアが行う揚げ足取りによってそれを増長させているのも事実である。そういう時代だからでこそ低い支持率でも信念を持ち続けられる剛胆で辛抱強い政治家が必要であるが、現状からしてその政治家も生まれさせない。たとえ生まれようとしたらメディアや有識者が出る杭を打ち、社会的に抹殺する。
ましてや国民も国民で、様々な愚考や愚行を平然と放映し続けているのだという。
「経済は一流、政治は二流、国民は三流」と言われているように。

<開かれたパンドラの箱>
人間は「善」なのか「悪」なのか、という哲学・宗教に関する批判について綴っている。
おそらく著者の主張と私の考えはほぼ正反対である。代表的なものとしてPKOとPKFの自衛隊派遣について、私は賛成であるが著者は反対している。私は後方支援であれ人道支援であれ、国際貢献をする必要が国連の一員であること、さらには自衛隊の存在意義として軍隊ではないものの様々な形の支援を行うことができるという観点で賛成である。これに対し著者は派遣先の「歴史」を知らないで安易に派遣していることに怒りを表している。「タマゴが先か、ニワトリが先か」という不毛な議論になってしまうのでここまでにしておく。

東日本大震災から半年、原発への思いから編纂して出版された訳であるが、一昔前のものをそのまま引っ張りだして出しましたという印象が強く、言葉は悪いかもしれないが「お粗末」と呼んでもおかしくない一冊であった。現在のことのエッセイについても取り上げていただければ、もう少し違ったものとして見ることができた、という思いもあった。

雪姫(ゆき)―遠野おしらさま迷宮

雪姫(ゆき)―遠野おしらさま迷宮 雪姫(ゆき)―遠野おしらさま迷宮
寮 美千子

兼六館出版  2010-09
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岩手県の遠野というと「河童」が有名である。私だけかもしれないが「遠野=河童」という固定観念に支配されているのかもしれない。

元々は「遠野物語」の説話により生まれたものであるが、この作品は最も有名な民俗学者の一人である柳田國男が1910年に発表した作品である。昨年はその発表100周年を迎えることを考えると、「遠野物語」フィーバーと呼ばれるのかもしれない。事実昨年は「遠野物語」に関する作品が次々と取り上げられている。

本書も昨年出版されていただけに、その波に乗っている印象も拭えないのだが、本書はいつも出てくる様な「河童」や「座敷童子」ではなく、「雪姫(ゆき)」や「おしらさま」が登場する。後者の「おしらさま」は東北地方では「家の神」として知られているが、それ以外の地方ではあまり知られていない(私も初めて知った)。

本書はその「遠野物語」と現代とを重ね合わせ、あたかも怪談の如く描いている。遠野物語は有名であるが、主人公を含め現代そのものがその作品の中に飲み込まれていくように、悲しさと暗さ、そして日本人そのものの描写が鮮明に描かれていた。

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