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2011年9月

日本の1/2革命

日本の1/2革命 (集英社新書) 日本の1/2革命 (集英社新書)
池上 彰 佐藤 賢一

集英社  2011-06-17
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西洋では「ピューリタン革命」「名誉革命」「フランス革命」「ロシア革命」など様々な革命が近世から近代のあいだで起こった。
では、日本ではどうか。ほぼ無いというに等しいかもしれない。唯一あったとしても1853年の開国から明治維新を指すことが多いだろう。
しかし著者の両人はその革命は「半分」であったという。ではなにが「半分」なのだろうか。本書ではそれについて解き明かしている。

第一章「日本人がフランス革命を語る意味」
「日本人はなぜ関係のないフランス革命を知る必要があるのか?」
その質問を問うてみると、答えられるひとは少ないように思える。答えられたとしても「知るべき歴史だから」といいう答えにならない答えが返ってくるだろう。
しかし本章では「日本人」だからでこそ「フランス革命」を分析する必要があるという。もっというと「慰安府問題」や「南京事件」など当事者同士の対立が後を絶たない事件についてはアフリカといった利害関係の無い「第三国」に研究を任せた方が解決が早いという。

第二章「「半分」だった明治維新」
最初に書いた「半分」に対する答えである。
明治維新とフランス革命の共通点と「違い」について表しているが、とりわけ「半分」という言葉が用いられるのは、その「違い」についてである。
「共通点」は体制をほうかいさせたことにあるのだが、「違い」は明治維新では行わなかった政治制度、及び国家のあり方まで変えたことが挙げられている。そのことから明治維新は「半分」であったという。

第三章「「半分」だった戦後の革命」
今度は「戦後の革命」である。これは1945年8月15日の集戦後、GHQによる様々な革命についてを指している。
この改革についても著者の両人は「半分」であったという。

第四章「言葉の時代、あぶない後半戦」
「言葉の時代」
これについてはあまりピンとこなかったのだが、最近政治家の失言がニュースとして挙げられることが多くなった。ある種「言葉狩り」がメディア主導で横行している感が拭えないのだが。
「言葉」というとネガティブな面ばかりではない。小泉政権時代では「ワンフレーズ」で国民の心をぐっとつかみ、高水準の支持率を得続けられたこともある。政治家は言葉の使い方で信用を得たり失ったりする事ができるのだろうか、と思いさえしてしまう。

本書は「フランス革命」を日本の革命との比較から日本はどのように変化をしたのだろうかを対談形式にて考察を行っている。思想の相違もあるのだが世界的な歴史を学ぶ理由を見つけられる格好の一冊であると私は考える。

3年後に生き残るクルマ

3年後に生き残るクルマ (宝島社新書) 3年後に生き残るクルマ (宝島社新書)
舘内 端

宝島社  2009-06-10
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約3・4年前までは「自動車王国」として日本が君臨していた。しかし景気は急速に減速し、やがてトヨタやホンダに対するリコールが相次ぎ、追い打ちをかけるかのような「超円高」がすすみ、自動車業界の衰退が著しくなったと言われている。
本書は自動車業界が生き残るためにどのようなクルマをつくるべきか、業界はどうあるべきかを提言した一冊である。

第1章「自動車の行方」
ご存じの通り、日本におけるクルマの販売台数は右か下がりである。とりわけ私たちの世代はクルマに興味はあっても、クルマを買いたいという購買行動に至っていない現実がある。購買欲がない、あるいは嫌消費といえばそれまでであるが。
とはいえ自動車業界も環境問題に向けての取り組みを強化しているのは事実である。本章でも紹介しているのだが、F1ではエンジンの馬力の規制を強化する代わりに「エネルギー回生機能」として「KERS」を取り上げている。
著者はレーシングカーにも携わっているせいか、F1を創としたモータースポーツへの思いもつづられており、モータースポーツファンである私も胸を打った。

第2章「ハイブリッド急変」
ハイブリッドエンジンとディーゼルエンジンのどちらが環境によいのか、という論争が自動車業界関係者の中でおこったのだという。それぞれの立場や考え方はあるのだが、蚊帳の外にいる私たちはCM、あるいは店頭や雑誌から見ることしかできなかった。
後にハイブリッドという言葉が乱舞し始めた所を見ると「ハイブリッドの勝ち」と言えるのかもしれない。

第3章「EV爆発前夜」
EVは簡単に言えば「電気自動車」である。私が仕事の関係で虎ノ門にいたことがあるのだが、今年の7月まで電気自動車の充電所らしき建物があった(現在では取り壊され、駐車場になっている)。たしかタクシーだったような気がするが。
それはさておき、本章ではEV戦争の構図とこれからの自動車について論じている。

本書は「NIKKEI NET」の日経ecologyの連載コラム「2010年に生き残るクルマ」で2年間連載されていたコラムの中から厳選し、かつ加筆修正したものである。2007年〜2009年のものを掲載しており、現在から見ても若干古い印象はあるものの、現在と当時とを比較するのには格好の材料となる。ましてや以前はこのようなことがあったということを見返すだけでも結構おもしろい一冊でもある。

皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能

皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能 皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能
山口 創

東京書籍  2010-05-20
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人体はまさに「不思議」に満ちている。その大きな理由の一つとして「人体」の解明は進んでいても、「すべて」解明できているというわけでは無いからである。まだまだ解明されていない部分があるため、「不思議」と言えるのである。
皮膚もその「不思議」の一つである。本書は未だすべて解明されていない「皮膚」の宇宙を見ることのできる一冊である。

第1章「露出した「脳」」
本書のタイトルにあるとおりある種で「脳」の感覚と捉えられる。たとえば「熱い」や「寒い」を直に捉えることができるのは脳ではなく「皮膚」だからである。代表的な運動の一つとして「反射」があるのだが、これは急激にあつい、もしくは寒いものに触れたりしたときに脳の命令を待たずして反応するところにある。
「熱い」「寒い」といった温度感覚ばかりではなく、様々な物質に触れ、そこから感覚を覚えることから「露出した「脳」」と言える。

第2章「五感はすべて皮膚から始まった!」
「視覚」「味覚」「触覚」「嗅覚」「聴覚」
いずれも皮膚を媒介している。「味覚」は口の中で感じる感覚なので少し当てはまらない部分もあるが。
本章では「聴覚」や「触覚」を中心に「五感」が皮膚から始まることを説いている。

第3章「皮膚は心をあやつる」
聴覚は耳の中の三半規管の振動によって音と捉えられる。結局は皮膚の振動によるものであることは第2章でも書いた。本章のタイトルを見ると疑わしくも見えるのだが、触れた瞬間「気持ち悪い」や「気持ちいい」という感覚に陥ることがよくある。触れることにより心情が変化することからそういったタイトルが名付けられたのではないかと考えられる。

第4章「豊かな境界としての皮膚へ」
本章ではややネガティブなものも含まれている。たとえば「いじめ」「リストカット」などがあげられるが、これは第3章にも述べているとおり、皮膚に触れることにより心が変化を生じていくことからにある。
またもの(こと?)が皮膚に触れることによる感情の変化の境界についても本章にて触れている。

日本の社会では「心の病気」が蔓延しているという。その多くは「触れる」機会が少なくなったことによる研究成果も出ているのだという。今となってはパソコンなど触れずに知ることのできる媒体は急速に増えているが、だからでこそリアルの場で「触れる」機会を持つことの重要性を「皮膚」の研究を通じて思い知らされる。

コーヒーを通して見たフェアトレード―スリランカ山岳地帯を行く

コーヒーを通して見たフェアトレード―スリランカ山岳地帯を行く コーヒーを通して見たフェアトレード―スリランカ山岳地帯を行く
清田 和之

書肆侃侃房  2010-10-18
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「フェアトレード」は簡単に言うと「公正な貿易」のことを言う。貿易立国と呼ばれる日本ではもはや「あたりまえ」と呼ばれるようなものであるが、バブル景気前後にはアメリカとの「貿易摩擦」などにより「ジャパンバッシング」が起こった記憶があった。それからだんだん「フェアトレード」の意識が高まった。
あらましはそこまでにしておいて、本書ではその「フェアトレード」についてスリランカ山岳地帯から生産されるコーヒーを通して見ている。

1章「「フェアトレード」との出会い」
本書を読みはじめて思ったのが「スリランカでコーヒーがとれる」ということ自体不思議であった。元々コーヒーの名産といえばブラジルやキリマンジャロ山脈がほとんどであり、スリランカ産のコーヒーは聞いたことが無いからである。
ただ本章に入る前のプロローグではスリランカとコーヒーの歴史について綴っており、およそ140年前まではスリランカの名産の一つとして数えられていた。しかしその140年前をきっかけにぱったりと消え、そのかわりに紅茶が台頭となった。なぜそうなったかという史料はほとんど見つかっておらず、「歴史の闇」の一つとして数えられている。
本章ではフェアトレードの重要性についてかつて「奴隷制度」があった歴史や植民地支配の歴史を追っている。

2章「幻のスリランカコーヒーを探して」
先ほど140年前からは紅茶の生産が中心となった、と言ったが現在でも「セイロン紅茶」を中心に生産しており、世界第2位の紅茶生産国とも言われている。
第1章でも書いたが、その国はかつてコーヒーが生産されていたがその原因として「さび病」が挙げられている。「さび病」とはコーヒーの葉に菌が付着してしまい、コーヒーの木を枯らしてしまうといわれるものである。それがぱったりなくなった起因となっているかどうかについては不明であるため「歴史の闇」のひとつと言われている。
本章ではその消えたコーヒーの謎を追うため、スリランカに足を運び、「幻のコーヒー」と呼ばれるアラビカコーヒーに出会う。その出会いを通じてスリランカコーヒーがなぜ消えたのかを解き明かしている。

3章「ほんとうの「フェアトレード」とは」
本書はそれを解き明かすだけではなく、コーヒーの名産地を復活させるべく、工場を建て、日本など外国へ輸出することを目的としている。
本章では工場を完成させ、いよいよ生産・取引に入ったのだが、ここで立ちはだかる壁があった。生産者と消費者の壁の隔たりである。

4章「されど、コーヒー」
フェアトレードなど様々な課題を抱えながらもアラビカコーヒーの輸出・輸入に向けて突き進んでいる。

私もコーヒーが好きでほぼ毎日飲むのだが、「アラビカコーヒー」の存在も知らなければ、かつてスリランカでコーヒーが生産されていたことも知らなかった。本書で行っているプロジェクトが実りとなるのはまだ先となりそうだが、これを通じてスリランカのアラビカコーヒーが世に広まることを願ってやまない。

2011年 F1シンガポールGP ヴェッテル3連勝も、チャンピオン決定は日本GPに持ち越し

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round14_final

ヴェッテルは終始トップを譲らずの3連勝でしたが、バトンの活躍によりチャンピオン決定は日本GPに持ち越されました。最後の最後までチャンピオンを争っていたウェーバーやアロンソ、ハミルトンは今回でチャンピオン争いから外れることとなりました。

とはいえ現在の差で考えるとヴェッテルはあと1ptだけ獲得できればチャンピオン決定なので、2連勝中で最も得意とする鈴鹿で取るという可能性はほぼ確実と言っても良いでしょう。

ミハエルの大クラッシュによるSCの波乱もありましたが、ヴェッテルはその状況でも冷静に対処できたというのが今シーズンの強さの一つだったように思えます。

可夢偉は青旗無視によるドライブスルーペナルティが尾を引きポイント獲得ならずでしたが、ミハエルとのバトルなど見せ場はありました。

次戦は2週間後、日本・鈴鹿!!

2011年 F1シンガポールGP タイトル獲得を賭け、ヴェッテル渾身のPP獲得!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round14_qualifying

最短でも今回でチャンピオン獲得が決まるだけに、ヴェッテルの気合いも半端ではありません。予選Q3最初のアタックでベストタイムをたたき出し、それ以降は誰もこのタイムを上回れずすんなりPP獲得となりました。

この決勝では以下の条件でヴェッテルのチャンピオンとなります。

「ヴェッテルが優勝、かつアロンソが4位以下、バトンとウェーバーが3位以下」

予選のポジションを見るとウェーバーは2番手なのでチームメートの5位か6位後退、バトンとアロンソはこの順位のままであればいい。反対にマッサやハミルトンが2位に上がるとなると、優勝条件のできあがりとなりますが…逆転チャンピオンの可能性が残っているのでそううまくはいかないでしょう。

今回は優勝だけではなく、こういったようにアロンソやバトン、ウェーバーのポジションにも注目が集まりそうです。

しかし、今回はコースに難があります。フリー走行では開始時間遅れ、はたまた赤旗中断の起こった緩くなる「縁石」が、ドライバー達を苦しめるようです。

この予選でも可夢偉がその餌食となりました。Q2進出はなったのですが、終了9分前でこの縁石に乗り上げクラッシュ。赤旗中断となってしまいました。

決勝はチャンピオン争いだけではなく、コースの面でも一筋縄ではいかない。そういった戦いになりそうです。

では、優勝予想と行ってみましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:アロンソ、バトン

おそらくこの4台のポジションが大いにクローズアップされるレースとなりそうです。マッサやハミルトンなどはその4台に食い込みチャンピオンレースを演出させてくれるかも期待できそうです。

2011年 F1シンガポールGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round14_free3

レッドブルのウェーバーが僅差でトップタイムをマークしました。可夢偉も9番手と悪くないポジションです。

2011年 F1シンガポールGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

日本GP前最後の戦いとなる、シンガポールGPが始まりました。長かったヨーロッパシリーズも終わり、いよいよチャンピオン決定に向けてそれぞれが動き出す、という時期に来たのではないかと思います。

ヴェッテルは最短であればこのシンガポールでチャンピオンが決まります。

さて、フリー走行はどのような結果になっているでしょうか見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round14_free1

2回目

Round14_free2

今回のフリー走行では特に1回目に波乱が起こりました。最初のフリー走行でしたが、コースの不具合(縁石が緩んでいたこと)により走行時間が短縮。おまけに赤旗中断が2回も起こると言ったものでした。

2回目はそれほどではありませんでしたが、コチラもコース上の不具合があり、修復してからセッション開始ということがありました。

それが予選・決勝の大波乱の引き金にならなければ良いのですが…。

さて、PP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ハミルトン

要注意:バトン、アロンソ

速さではヴェッテルなので、ここはすんなりとPPを獲得してくれそうです。あとはハミルトンやアロンソらがどのポジションにいるかどうかかもしれません。

アイデンティティと暴力~運命は幻想である

アイデンティティと暴力: 運命は幻想である アイデンティティと暴力: 運命は幻想である
アマルティア・セン 大門 毅

勁草書房  2011-07-09
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本書の冒頭に「二一世紀は暴力に満ちている」とある。
強ち間違っていない。その背景として日本ではロシアが空爆機を日本一周して権力誇示させたり、中国や韓国では軍隊を用いて領土誇示をしている。
海外に目を向けてみると有名どころではイラク戦争もあれば、アメリカやイギリスで同時多発テロがあり、リビアやシリアでは軍による大量虐殺もある。欧米とイスラム国の対立も然り、である。
文明や宗教、さらには人種にまつわる衝突は後を絶たない。本書はそれらのアイデンティティによる対立と暴力への影響についての考察を行っている。

第1章「幻想と暴力」
「幻想」は本章ではどのことを言っているのかというと「宗教」や「文明」によって惑わされてきた「思想」そのものを指している。
その「幻想」によって戦争や紛争などの「暴力」が起こっているのだという。

第2章「アイデンティティを理解する」
「宗教」や「文明」などの要素によってそれぞれの国や民族の「アイデンティティ」が形成されている。その「アイデンティティ」を理解するためにはどうすれば良いのか。アイデンティティの背景を理解するところにあるのかもしれない。

第3章「文明による閉じ込め」
「文明」という言葉を「戦争」などの題材として扱われたものはアメリカでは2回ある。一つは本書でも取り上げた「9.11」、そしてもう一つは「東京裁判」にて「文明の裁き」と用いられたことにある。

第4章「宗教的帰属とイスラム教徒の歴史」
イラク戦争にしても「9.11」にしても、さらには2005年に起こったロンドン同時多発テロに関しても「イスラム」と「西洋」の対立が鮮明になっている。本章ではそのイスラム教とその教徒の歴史について迫るとともに、どうして対立が起こったのかを解き明かしている。

第5章「西洋と反西洋」
二項対立の様相を見せているが、本章ではその対立構造がなぜできたのか、について歴史的な観点から探っている。確か中世〜近世の時代、もっと言うと第二次世界大戦が終わるまでの時代は「欧米列強」の名の如く西洋が隆盛を極めていた時代であった。イスラム教の国々も王国をつくり、繁栄はしたものの、西洋との戦争も数多く、それによる対立が根深く残っているように思える。

第6章「文化と囚われ」
ここでは文化の固執と発展について日本・韓国・ガーナを中心に考察を行っている。

第7章「グローバル化と庶民の声」
近年ではビジネスでも政治でも「グローバル化」という言葉が言われはじめている。しかし本章では「反グローバル」の意見を取り入れながら「グローバル化」と庶民の在り方について考察を行っている。グローバル化は「善」か「悪」か、という考えを超越して、「グローバル」とは何かについて追っている。

第8章「多文化主義と自由」
「多文化主義」というとあまりピンと来ない方も多いことだろう。簡単に言うと様々な文化を取り入れる、ということを謳うための「政治的な発言」として取り上げられることが多い、と言う方が良いだろう。
しかし本当に「多文化」を取り入れられている国はあるのだろうか、と勘ぐってしまう。

第9章「考える自由」
「文化」や「思想」、「民族性」などあらゆる要素が醸成されて、考えの根本が形成されるわけだが、それが単純化してしまうことによって、わかり合えない民族や国とのいがみ合いとなり戦争などの「暴力」に発展する。それを食い止めるためには「考える自由」を持つことが大切であるという。

「運命は幻想である」という副題があったのだが、それはいったい何を指しているのか本書を見る限りは謎であったのだが、さっきも書いたのだが文明や歴史、さらには宗教といった要素が相まって「思想」やその根本が形成される。その思考がすべてとなって「暴力」になるという。けっして「運命」といった不確実な要素が入っている訳ではないので「幻想」と断じたと言えるのかもしれない。

見えない復讐

見えない復讐 見えない復讐
石持 浅海

角川書店  2010-09
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もしも他人があなたを「将棋の駒」として扱われたことに気付いたらあなたはどのような感情になるのか、あるいはどのような行動を示すのだろうか。
私であればすぐに咎めるが、咎めたとしても相手はしたり顔で「使われるあなたが悪い」「騙されるあなたが悪い」と返すだろう。

本書はある投資家が投資を介して怨恨を持つ大学関係者に復讐を遂げるという物語である。
探り、探られ合いとなるようなスリルと歪みきった人間関係が交錯しており、読みながらでもハラハラしてしまうほどであった。

そこまではよかったのだが、解せないところも存在する。本書の終わり方である。「終わりが良ければすべて良し」ではないのだが、釈然としなかった。むしろ「見えない復讐」の第二弾がでるような意味深な終わり方をしているのである。もし続編がでてくるのであれば読みたいのであるが。

芸のこころ

芸のこころ 芸のこころ
坂東 三津五郎 安藤 鶴夫

三月書房  2011-07
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「芸」とは何か。それを考える前に日本における「演芸」には様々なものがある。たとえば「能」「狂言」「浄瑠璃」「文楽」「歌舞伎」「落語」と様々である。
本書は歌舞伎の先代(八代目)板東三津五郎と安藤鶴夫の対談形式にて芸・日本人・世間の諸々を語った一冊である。

一.「芸のこころ」
芸を極める最初のプロセスとして「模倣」から始まるという。相手から口伝いで教えてもらうことや、教科書から学ぶというのがあるが、それは滅多にない。むしろそれをやるのはほとんどなく、むしろ相手から「(技術や仕草などを)盗む」ことで模倣の第一歩と言われている。
ちなみに本章ではそれだけではなく「落語」や「歌舞伎」など幅広い範囲での「芸」とそのものの歴史にまつわることについて掘り下げている。

二.「日本人のこころ」
日本人の在り方・歴史・文化についての対談である。とはいっても、時事的なものではなくむしろ「文学」や文化に待つわる内容がほとんどである。

三.「世間のこころ」
むしろ時事的な内容に関してはこちらのところに収められている。板東三津五郎氏は有名な歌舞伎役者であることから執筆も交友も広い。その中でも政治家やメディアに関するエピソードも盛り込まれている。

本書の初版は昭和44年6月。おおよそ40年前に出版されたものである。もちろん対談を行っている両者はすでに故人であり、没後40年を越えている。その40年の時を越えて語り継がれるべきものがあることから本書は復刻されたのではないか、と私は思う。

小栗上野介―忘れられた悲劇の幕臣

小栗上野介-忘れられた悲劇の幕臣 (平凡社新書) 小栗上野介-忘れられた悲劇の幕臣 (平凡社新書)
村上 泰賢

平凡社  2010-12-16
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歴史には光と闇がある。「光」というとまさに歴史の教科書や歴史書の主人公に描かれる人物のことを表す。反対に「闇」は史料といったものには載せられておらず、歴史とともに忘れ去られてしまった方々のことを指す。
本書で紹介される小栗上野介(小栗忠順)もまたかつてその一人であった。しかし彼にまつわる史料が見つかっただけではなく明治末期に日本海海戦の英雄として知られる東郷平八郎により名誉回復を機にその名は再認識され始めた。
とはいえ小栗上野介を知っている方はそれほど多くない。というのはそれにまつわる作品は世に出ているがまだ少数である。本書は近代化に向けた改革を進めながらも、刑死した悲劇の幕臣・小栗上野介の生涯の考察を行っている。

第一章「日本人初の世界一周」
今となっては「世界一周」をする事は珍しくもなくなった。インフラの面でも充実しているからである。しかしマラソンなど違った形で世界一周をしようとするならば話しは別である。
そんな世界一周の夢を世界で初めて実現をしたのはマゼランであるが、日本人では小栗上野介であるという。
本章ではその世界一周の旅について記されており、その中には、勝海舟やジョン万次郎(中浜万次郎)、福沢諭吉が搭乗した「感臨丸」についても述べられている。

第二章「幕末期の構造改革」
世界一周により世界のあらゆる見識を培ってきた小栗は衰えの色が見えてきた幕府の構造改革を手がけ始めた。
その中でも「勘定奉行」と「外国奉行」にまつわることが多いのだが、本章では「外国奉行」となった前後のことについて、を記している。
有名どころでは「ロシア軍艦対馬占領事件」の事件処理を挙げている。とはいえ、この事件は小栗では解決できず、「外国奉行」を辞任する引き金となった事件であった。
その後、横須賀に製鉄所や造船所を建設し、海軍・陸軍双方による軍力の増強を行ったとされている。明治時代における「富国強兵」の礎ともなったと言われている。後に1862年に「勘定奉行」となり、次章で挙げられる経済の立て直しに尽力した。

第三章「経済による立て直し」
「日本近代化の父」というと明治天皇をはじめ様々な人物が挙げられる。しかし「日本経済近代化の父」と言われると、余りにも少ない。「資本主義の父」と言われる渋沢栄一が挙げられる以外はなかなかいない。
しかし小栗もその「日本経済近代化の父」と呼べる。そのひとつとして日本人で初めて株式会社やホテルを設立したことにある。

第四章「上州に夢をはせて」
様々な近代化を図ってきたのだが、やがて時代は大政奉還を経て「鳥羽・伏見の戦い」が開戦された。後の「戊辰戦争」となった。やがて勘定奉行を罷免され上州(現在の群馬県)に移住した。それも束の間官軍により捕縛され、1868年閏四月に斬首された。戊辰戦争の中でも人と戦わずして斬首された幕府側の人物は小栗ただ一人であった。

小栗が亡くなってから時代は「明治」となり「文明開化」「富国強兵」の道を突き進んだ。あたかも小栗が行った道を誰かが行ったかのように。本書を読んでいくと小栗の行った功績はまさに明治時代に行われた近代化の礎、というよりもそのもののように思えてならなかった。ある人物が「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」と発言をしていたがまさにその通りと言う他ない。日本の近代化、それは明治時代ではなく、むしろ小栗上野介によるものが大きかった。そのことを知る格好の一冊である。

ずるい考え方~ゼロから始めるラテラルシンキング入門

ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門 ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門
木村 尚義

あさ出版  2011-05-24
売り上げランキング : 2868

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これまでビジネスにおける考え方は「ロジカル」というものが罷り通っていた。私は仕事柄良く本屋に立ち寄ることがあるが、そのビジネス書コーナーには「ロジカル」を関する本は多く、タイトルにある「ラテラルシンキング」に関する本は少なかった。
もっと言うとビジネス書としてその考え方はある程度認知されているのだが、実際のビジネスの場では図らずも軽視されてしまっているのかと思ってしまう。
本書はめくるめく「ラテラルシンキング」の世界を実践も交えて紹介している。

第1章「ようこそ! ラテラルシンキングの世界へ」
「ラテラルシンキング」は文字通り直訳すると「水平思考」であるが、これはどのようなものか。そして「ロジカルシンキング」とはどのような違いがあるのだろうか。
「ロジカルシンキング」は一つのことに関して垂直に「深く」掘り下げることで唯一の「正解」を見いだす手法である一方で、「ラテラルシンキング」はいろいろな角度から、多くの「解答」を見つける方法である。ある種「ブレインストーミング」にも似ている。

第2章「ラテラルシンキングに必要な3つの力」
「ブレインストーミング」に似ていると考えると「固定観念にとらわれず疑う力」も頷ける。
さらに「ラテラルシンキング」をつけるに必要な力として「抽象化」や「偶然」も重要なキーワードとして挙げられる。必要な力をみてみると「ロジカルシンキング」とは正反対の考え方と言っても過言ではない。

第3章「最小の力で最大の効果を出す」
本章のタイトルを見ると、「レバレッジ(てこ)」の原理であるがラテラルシンキングは他者の考えや作業を組み合わせることによって大きな成果を生み出すことができるといいう。

第4章「相手の力を利用する」
前章にある「他者の考えや作業を組み合わせる」ことの一つとして「利用する」こともラテラルシンキングの醍醐味の一つである。本書では「コバンザメ」「寄生虫」「ヤドカリ・イソギンチャク」と定義している。どちらも相手の力を利用しているのだが、その方法によって違いがあるという。

第5章「異質なもの同士を組み合わせる」
アイデア術でも本章のタイトルのような方法を採用している方法はある。
ラテラルシンキングもそれと同じであるが、組み合わせにも相性を意識するところに違いがある。

第6章「先の先を読む」
「先の先を読む」というのは、目先の利益を追わず、最終的に大きな利益を収めるにはどうしたら良いのかを見いだすというところにある。ここでは別の章とは違いケースを3つと多めに取り入れられている。

第7章「ムダなものを捨てない」
偶然から新たな考えやアイデアを見いだすにはムダなものも捨てない方法にあるという。おそらく合理的に働きやすい日本人にとってはなかなか馴染みが薄いのではないかと考えてしまう。
しかしムダなものから新しいアイデアや発見で世界的なある「賞」を取っている方もいる。本章にも事例で紹介されている。

第8章「マイナスをプラスに変える」
企業にしても個人にしてもプラスな側面もあれば、マイナスの側面もある。そのマイナスの面をプラスに転化するにもラテラルシンキングの醍醐味であるという。本書でもマイナスの側面を武器にして成功をさせた事例を紹介している。
たしか誰かが言っていたが「コンプレックスは武器になる」という言葉を聞いたことがある。本章はまさにそのようなことを言っているのかもしれない。

第9章「ラテラルシンキング力を試してみよう」
8章までは理論編として様々な方法を紹介したのだが、ここでは今まで学んできたものの実践編として演習問題を4つ紹介している。一人でやるのも良しだが、仲間で一緒にやると様々な答えがでるのでおもしろい。「正解」が無いので色々な答えを作ることができるし、そこから連鎖して答えが出てくるので、考えることが面白くなる。

「ラテラルシンキング」には正解がなく、ロジカルシンキングではまずできない突飛な答えを導き出すこともできる。それが思わぬ成功のもとになることから、思わず「ずるい!」と言いたくもなる。だからでこそ「ラテラルシンキング」は「ロジカルシンキング」と並んで是非身につけるべき技術、というのを見いだせる一冊である。

ゆきの、おと ~花嫁の父~

ゆきの、おと ~花嫁の父~ ゆきの、おと ~花嫁の父~
井沢満

講談社  2011-09-01
売り上げランキング : 73862

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「万華鏡」
本書はまさにそれに当てはまるような内容だったように思える。ようは、主人公は予めいるのだが、登場人物によってのストーリーが成り立っている。

本書の舞台は新潟・山古志と東京・浅草である。とりわけ前者を見てピンときた方もいるかと思うが本書は新潟中越地震前後の家族と愛の物語であるが、最初にも言ったとおり登場人物によっての感情が繊細に描かれている。それだけではなく暖かみのある臨場感もあり、物語が進むにつれて涙なしでは読むことができない。

ちなみに本書は今冬スペシャルドラマ化されるという。本書は新潟中越地震の時期を舞台にしており、その7年後である今年の3月にも東日本大震災が起こった。その意味ではタイムリーな部分があるのかもしれない。本書をみて、今冬のドラマを観ると、おそらく泣かないようにする方が難しいと私は思う。

オケ老人!

オケ老人! オケ老人!
荒木 源

小学館  2008-10-01
売り上げランキング : 285221

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「もしもあなたが、年を取ったら何をやりたいか?」

私だったら、迷わず音楽をやりたい。それもかつて大学でやっていたオーケストラや、中学・高校とやっていた吹奏楽などを。

私事はさておき、本書はとある高校教師が飛んだ勘違いから平均年齢世界最高齢(?)のオーケストラに入団してしまってから物語が始まる。
オーケストラ経験者だからでこそわかるようなところもあれば、アットホームなところもあれば、ミステリーなところもある…という、まるで「小説のバイキング」と呼ぶことができるような内容であった。

本来だったらそういった展開だと支離滅裂になりやすく、面白味も半減してしまうのだが、それをものの見事に「オケ老人!」の世界に引き込むので、とても支離滅裂には思えない。
最初にも書いたように、かつてオーケストラを経験していることから頷けることもあれば、ドタバタ感があって面白い所もある。あたかも深みのあるギャグ漫画を読んでいるかの錯覚に陥る一冊であった。

「昨日の疲れ」が抜けなくなったら読む本

「昨日の疲れ」が抜けなくなったら読む本 「昨日の疲れ」が抜けなくなったら読む本
西多 昌規

大和書房  2011-05-16
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私自身「睡眠不足」に陥ることがよくある。
もっともプロジェクトが朝から日が変わる時間まで稼働していることから帰りも「午前サマ」となることも珍しくない。ただ充実しているだけになかなか直せないでいる。
業界によって、もしくは小さくプロジェクトによっては私と同じ、もしくはそれ以上に深刻な状況に陥っている方々もいることだろう。本書は人間の生活の中でももっとも重要な要素をもつ「睡眠」の重要性とそれをいかにして「疲れ」を「癒す」ことができるのか、について41個の習慣にして取り上げている。

1章「眠りを変えて疲れを癒す9つの習慣」
「疲れ」を取るとは言っても単純に「睡眠時間を長くする」だけでは疲れを取ることができない。環境面や疲れの度合いも含めてどのような睡眠習慣を整えたらよいのかについて「する必要のあること」「してはいけないこと」を9つに分けて紹介している。

2章「こころのパワー不足を乗り切る11の方法」
人間はパソコンとは違ってスペックが無限にあるという考えの人もいるかもしれないが、むしろそれは間違いであり、むしろスペックそのものは「個人差」があり、かつ限界も存在する。
処理能力もさることながら「こころ」もまた然りである。
本章ではその「こころ」のスペック不足を乗り切る、広げるというよりも負担を和らげる方法について紹介ししている。

3章「自分に心地よいリズムをつくる9つのコツ」
「疲れ」は私たちのような働き手にとっては大敵の一つとして挙げられているものの、それについて軽視をしている人が少なくないと言うのも事実として挙げられる。
本章では疲労回復、あるいは体のリズムづくりのためのメソッドを紹介している。

4章「こころとからだの不調をリセットする12のレシピ」
心の不調は最近認知され始めているが、まだまだという印象が強い。私の周りではあまりそういうことはないのだが、知人の同業者の中にはそれが原因で職場復帰できずに退職に追い込まれたケースもあった。
外部的な「疲労」もあるのだが、「心労」というのも看過できない。本章ではそのような疲れへの予防法について紹介している。

「疲れやすい」とも言われている今日の日本における労働環境、だからでこそ「疲れ」について向き合い、そして睡眠をはじめとして予防や対策を行う必要がある。本書はそのことを教えてくれる。

もの書き貧乏物語

もの書き貧乏物語 もの書き貧乏物語
坂口 義弘

論創社  2007-10
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「作家とは儲からない職業である」
果たしてそうなのだろうか。当てはまると思う方もいれば、そうではなく儲かる職業だと思っている人もいるのだという。「人間もいろいろ」であるとするならば「作家もいろいろ」なのかもしれない。
本書は週刊誌の記者・編集者を経て、フリー・ジャーナリストとなった方のもの書きに関する雑記と呼ぶべき一冊である。これから「もの書き」になりたいひと、もしくは「もの書き」になっている人にとってはある種での「自戒」と呼べる一冊であろう。
なお、本書は15の章立てに分かれているが、当ブログではそこから選りすぐりの5つを紹介することとする。

一.「収入のこと」

「一発当てれば蔵が立つ」(p.3より)

作家やライターに対する世間のイメージのことをいっているのだが、私自身、本の著者との関わりがあるため「そうなのかなぁ」と思ってしまう。
というのは、ある人は10万部近くのベストセラーを挙げたものの、販売促進などの諸費用により印税が相殺され、結果的に儲からなかったという。
ましてや「一発」を当てること自体、難しくなっているこのご時世である。そのような状況の中で作家という稼業は不安定な様相を持っている。その成果「専業作家」ではなく、「兼業作家」を選ぶ人も多いのだという。

三.「筆力のこと」

「書き続けることしか道はない」

これは今から8年前に亡くなられた作家の黒岩重吾氏のコラム「どかんたれ人生塾」の中で、作家志望の方に対していった言葉である。
文体や書き方のイロハに関してはビジネス書に限らずともいろいろあるが、本当に文章力を成長させるためには・・・と聞かれると私もこの言葉しか浮かばない。
他人の文章を書き写すのもそうであるが、小説にしても、エッセイにしても、そしてこの書評にしても「書き続ける」ことによって様々な試行錯誤ができる。そしてその中から時間をかけて自分の「色」を見つけだす。それがずっと続くのだから「もの書き」はやめられない。

八・九.「酒色のこと」
昔は噺家や作家などで「飲む、打つ、買う」の三拍子をずっとやっていた人が数多くいた。しかし世間はそれを許さなくなっていった。ただ、作家の伊集院静氏の「男の遊び方」がベストセラーになっているところを見るとまだまだ許されている部分もあるのかもしれない。
本書では「飲む、打つ、買う」の中からとりわけ「飲む」と「買う」が取り上げられている。

一一.「充電のこと」
芸能人にしても、作家にしても「充電期間」があるのだという。その「充電期間」はいったいなにをしているのか、というと「材料集め」と次回作の「原動力」をつくる、という点で大事な位置づけをしているのだという。
とはいえ情報収集でも「インターネット」や「テレビ」、雑誌ではなく「実体験」をいろいろとする事を言っている。そうでなければ味わいや臨場感を生み出すことができないのである。

一五.「挑戦するということ」
作家やライターとして「挑戦すること」といえば何か、著者なりの考えが詰まっており、なかなかユニークと言える。
事実、本章にピンときた大きな理由として、私自身にある。もともと「もの書き」を目指していた時分、書評ばかりではなく、エッセイや小説も書いてみようという考えを持っている。現在もいくつかの公募にエッセイを提出しており、それが次へとつながる原動力となっている。それと同時に「文章」そのものの奥深さを「知る」という観点からもぜひやってみたかったのである。

「もの書きは貧乏である」

という考えは著者の実体験に基づいて言われているが、それは金銭的なことであり、本書の中身からして著者はその中でも「しあわせ」に思っているのだという。
貧乏は決して不幸せなことではない。むしろ不幸せなのはどんなに金持ちであっても自らの本心とは裏腹なことばかりやっている人たちなのでは、と考えてしまう。
私の「幸せ」の定義とは何か。サラリーマンではあるが、こうやって色々と文章で「表現」できる場を持つことにある。むしろ「今」こそ幸せである、と言うべきか。

日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか

日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか 日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか
小峰 隆夫

岩波書店  2006-03-24
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日本経済は混迷を極めている。先ほどでも外国為替市場の円相場は戦後最高値を更新し、輸出だよりである製造業界では大きな痛手を負ってしまった。「失われた10年」から解放された今でも日本は「閉塞感」が拭えない。かつて江戸時代では「鎖国」により他国との関係を絶っていたが、この閉塞感では他国どころか他人との関係をも絶っている印象が強い。
与太話はここまでにしておいて、本書では日本経済の構造の変化について追っている。

第1章「日本型雇用はどう変わるのか」
「日本型雇用」は単純に言うと、バブル崩壊まで続いた「終身雇用制度」のことを言っている。バブル崩壊の後にはその雇用のあり方が大きく変化し、「非正規雇用」が急増した。とりわけ私たちの世代が割を喰らっているようにも見えるが、実はそうではなく雇用構造全体に対して変化をしているため、私たちだけではなく、その上の世代も割を喰らっているのが事実である。

第2章「多面的に進行する企業経営改革の行方」
ここでは「日本的経営」がいかにして成長を遂げ、バブル崩壊後には「功罪」となってしまったことについて取り上げられている。企業経営の変化も海外の経営の変化により変容している印象にあるが、そのまま模倣するような「外国かぶれ」ではなく、日本的経営の良いところと海外の経営の良いところを試行錯誤を繰り返しながら進んだ方がいいという。

第3章「産業構造の変化」
今でこそ日本では「ものつくり」や「観光立国」を主軸に産業が変化をしている。しかし著者はその両者とも批判的であり、その問題点を突いている。

第4章「脱バブル後の日本型金融システム」
金融システム、というよりも金融業界そのものが変化したのもバブル崩壊後であった。北海道拓殖銀行や山一証券が倒産し、2000年頃には大規模な合併が相次いだ「金融ビッグバン」も起こった。
本章では金融システムのあり方について「ミクロ」「マクロ」の双方からの変化について考察を行っている。

第5章「構造変動の最終ランナー」
構造変動を行う為には「官」「民」それぞれの形で改革を行っていく必要があるのだが、本章ではその「最終ランナー」、いわゆる「GOサイン」を出す者は誰かについて論じている。

第6章「中央依存から自立へ」
「中央依存」というと、言うまでもなく「霞ヶ関」、完了や政治家がすべてを権限を握るという構図を連想する。
本章ではそのような体制から地方でも自立できるような経済の構造にしていく必要があることについて論じている。

第7章「少子・高齢化と日本の経済社会の構造変動」
ここでは少し視点を変えて、人口構造から見た経済のあり方について考察を行っている。

本書が出版されたのは2006年3月。ちょうど「失われた10年」を乗り越え、再び上昇気流に乗ろうとしているところであった。あれから5年、日本経済は再び下降の一途を辿っている。その中で本書のような構造変化がどのように変化していったのか、どのような逆効果をもたらしたのかも検証する必要がある。本書はそのことについて考えさせられる一冊であった。

人材の複雑方程式

人材の複雑方程式(日経プレミアシリーズ) 人材の複雑方程式(日経プレミアシリーズ)
守島 基博

日本経済新聞出版社  2010-05-11
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「人材はどのように扱われるのか」

人材のことについて悩む方々であればそれに直面することも少なくない。しかし人材問題ほど問われるものは高度であり、かつ複雑なものである。それは個人々々の価値観や考え方がバラバラである人間を扱っているのだから。
本書はその人材マネジメントのあり方の現状と、働き手・経営者双方の視点で見た「働き方」や「関係性」について解き明かすとともに、その関係を良好にしつつ、双方にとって「Win-Win」となるような人材マネジメントについて提示している。

第一章「問われる日本企業の職場とリーダーシップ」
かつては高度経済成長もあり頑張れば頑張るほど、経済状況も良くなるという時代があった。しかし「バブル崩壊」が起こってからその考えが通用しなくなり始めた。長期雇用も崩壊され路頭に迷う労働者も増えてきた。
経営者の人材観などについて本章で考察を行っているが、この中ではトヨタ自動車代表取締役(現:同相談役)の奥田碩氏について取り上げられている。それと同様なものを「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏が述べた記事も覚えている。それと対極に会ったのが日産自動車、そしてルノーの会長であるカルロス・ゴーンであろう。

第二章「なぜリーダーが育たないのか」
日本の職場はリーダーが育たない環境にあるのだという。
その大きな理由として「責任の重さ」や「業務の多忙さ」が大きくあげられているのだという。逆にとらえるのであればそれだけ「やりがいがあるのでは」とも考えられ留かもしれないが、見返りなどが期待されないような状況ではやりがいがないという意見もある。ほかにも「プレイングマネジャー」という現場で働きながらリーダーをするという人もいるのも現状として挙げられる。
しかしもっと大きな要因となっているのは「期待」を過度にかけていることにあるのではないか、という。これは企業に限らずとも私たち国民全体の問題としてもとらえることができるのでは、と思う。

第三章「人と組織の関係をどう考えるか」
本章では「人間関係」というよりも「組織」、さらには「人材育成」についての考察を行っている。
バブル崩壊の頃まであった「終身雇用」に関する「回帰」、人材教育についてを述べている。

第四章「働き方革命の始まり」
第三章までは日本における労働の現状を考察してきたが、本章では働き方をいかに改革すべきか、の提示を行っている。
昨今では「ワーク・ライフ・バランス」や「成果主義」の失敗や、誤解、うまく行かない理由を取り上げながら、正しいあり方について紹介している。

第五章「働きやすさと働きがいを目指して」
「働きやすさ」と「働きがい」、それぞれ相反している印象に思えるのだが、本章ではその双方ともかなえることができることを前置いたうえでその両方についてをどのように叶えるかを提示している。

「人材マネジメント」もそうであるが、本書では「働き方」や「教育」にまつわるところまで言及している。それでいながら解決案も提示されており、それがどのような効果をもたらすのかわからないがやってみる価値はあるのではないか、と私は考える。

2011年 F1イタリアGP ヴェッテルが序盤オーバーテイクされるも、ポール・トゥ・ウィンで今季8勝目!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round13_final

トップ争いは、というと序盤はアロンソがヴェッテルやマクラーレン勢を見事にかわし、トップを獲得。しかし後方では多重クラッシュとなりSC導入の波乱のレースに。(このクラッシュで一気に6台がリタイアとなった)

しかしSC解除後には小競り合いはあったもののヴェッテルがオーバーテイクし、そこから見ての通り1度もトップを譲ることなく完勝。ポイントランキングも2位のアロンソとの差を112ptに広げたことから速ければ次戦にもチャンピオンが決まる様相となりました。

トップ争いがこのような中、見せ場をつくったのがハミルトンとミハエルのチャンピオン対決、もといメルセデスエンジン対決と言われる競り合いでした。前半と中盤にて抜きつ抜かれつの争いでしたが、同じメルセデスエンジンであるだけに、後は空力とドライバーの技術という戦いはなかなかシビれました。

可夢偉の活躍は…というと、今回は多重クラッシュの煽りを受けフロントウィングを破壊され、そしてギアボックストラブルでリタイア。リベンジと誓っていただけに残念なレースとなってしまいました。モンツァは昨年は1周もできずにリタイアしていただけに相性が悪いサーキットという印象を植え付けられてしまった。そんなレースだったように思えます。

次戦は2週間後、シンガポール・マリーナベイ!!

イタリアGP 超高速の戦いの主役はやっぱりヴェッテル! 2年連続の2桁ポールの大台に!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round13_qualifying

超高速サーキットならではの「速さ」が魅せた予選だった印象です。ヴェッテルは他のドライバーよりも頭一つ速さがずば抜けていたと言う予選だったと思いますが、マクラーレン勢もメルセデスエンジンの強さが光り2-3とヴェッテルを囲う形となりました。

アロンソやウェーバー、マッサと続き、さらにはルノー2戦目となるセナも10番手につけています。

可夢偉はQ2までは言ったものの17番手と後方に沈みました。決勝のオーバーテイクショーを期待したい所ですがここ数戦は戦略ミスなどもあり、中々ポイント獲得できないでいるため、正念場と言えるかもしれません。

では、優勝予想です。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:ハミルトン、バトン

速さが光るサーキットなだけにヴェッテルは鉄板でしょう。しかしティフォシの声援もあり、フェラーリのお膝元であるが故にタダでは終わらない、そのようなレースになると思います。

2011年 F1イタリアGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round13_free3

いよいよ予選に向けて各ドライバーの調子が上がってきています。

2011年 F1イタリアGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

ヨーロッパラウンドもそろそろ大詰めとなります。舞台はイタリア・モンツァ。伝統と超高速の戦いが繰り広げられます。

イタリアと言えばフェラーリのお膝元、「ティフォシ」と言われる、フェラーリファンで埋め尽くされるサーキットはフェラーリにとっては追い風に、反対に他のチームに取っては向かい風になるような様相を見せる、そんな戦いとなりそうです。

さて、フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round13_free1

2回目

Round13_free2

1回目はハミルトン、2回目はヴェッテルがトップタイムをマークしましたが、両方を見るとハミルトンの調子が良さそうに見えます。お膝元であるフェラーリの2台は1・2回目ともにまずまずの走行だったように思えます。

フェラーリのお膝元であると同時に、ヴェッテルにとってはレッドブル移籍前にトロロッソで初PP、そして初優勝を成し遂げた思い出深いサーキットでもあります。ヴェッテルにとっても思い入れは強いことかもしれません。

さて、PP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ハミルトン

要注意:ウェーバー、アロンソ

速さがものを言うのか、それともこのフリー走行1・2回目の調子の良さがものを言うのかにかかっている予選になりそうです。

可夢偉のフリー走行1・2回目はまずまずでしたが、Q3に上がることができるのか、と言うと微妙なところでしょう。

モレスキン~人生を入れる61の使い方

モレスキン 人生を入れる61の使い方 モレスキン 人生を入れる61の使い方
堀 正岳 中牟田 洋子 高谷 宏記

ダイヤモンド社  2011-09-09
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ダイヤモンド社 市川様より献本御礼。
前昨「モレスキン 「伝説のノート」活用術〜記録・発想・個性を刺激する75の使い方」以来のモレスキン本の登場である。モレスキンノートは私も使っており、主に、本の中で思ったことを綴っている。ある種「書評のネタ集め」と言えるようなモノであるのだが。
モレスキンノートは高価ではあるものの、使い勝手とノートの感触は他のノートとは一線を画しており、ノートマニアにとってはたまらない代物である。本書はめくるめくモレスキンノートの世界を61人のユーザーの使い方をもとに紹介している。

Chapter1「モレスキンと記憶」
自らの記憶をノートにして、忘れることのない「記録」にして残す。
本章では備忘録、構想、格言、アイデアなどを様々な形で「記録」をしている方々の使い方を紹介してる。
「記録」なのに「様々な」使い方があるのか、と疑いを持つ人はいるかもしれない。しかし「記録」の方法は写真・絵・音声など様々であるとおり、ノートに「記録」する方法も様々である。本章ではそのことを示してくれる。

Chapter2「モレスキンと日常」
言わば「日記」と呼ばれる所であろうか。
本章では日々の行動記録、からTODOリストなどを日常記録として残している方々のノートを紹介している。

Chapter3「モレスキンと旅」
「旅」の記憶は新鮮なものである。私も5月頃に4泊5日の間、萩・神戸・名古屋と旅行した。その時の記録は写真といて別のノートに収めている。
感性や新鮮味などありとあらゆる所で刺激を与えてくれる「旅行」。本章では「旅行」にまつわる諸々をモレスキンノートに記録している方々のノートを紹介している。

Chapter4「モレスキンと私」
「私」というと結構広い範囲であるが、日記や計画帳、または言葉や写真のコレクションなど様々である。
本章では「私」にまつわる記録をしている方々のノートを紹介している。

Chapter5「モレスキンとアート」
モレスキンに限らず「ノート」にはこれという使い方は存在しない。だからでこそ目的や考え方に会わせられるように様々な使い方が存在する。
本章で紹介される「アート」も例外ではない。本章ではモレスキンノートでどのようなスケッチをしているのかを紹介している。前作にて私がもっとも衝撃を受けた「iPhone入れ」として使う方法にも似た方法が本章でも紹介されている。

Chapter6「モレスキンと人生」
「あなたにとってノートはどのような存在か?」
ある人は「仕事の一部」と言い、またある人は「備忘録」と言い、ある人は「人生の足跡」と定義する。本章でもノートを「人生」と定義しながら、職業、趣味、嗜好など様々な方々の記録を収めている。

「モレスキンノート」

それは少し高価であるが、「人」「思考」「記録」を描くことにより心の豊かさを育む設計図といえるような者である。その使い方もノートのそれよりも幅広くする事ができる。すでにモレスキンを愛する方々がそれを実証しているように。

マネジメント信仰が会社を滅ぼす

マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書) マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)
深田 和範

新潮社  2010-12
売り上げランキング : 164330

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「マネジメント」
これは以前からあったのだが、「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの「マネジメント」をを読んだら)」という本がミリオンセラーとなってから様々な「実践法」などが紹介されるなど話題沸騰となった。
しかし、著者は「マネジメント」の概念は否定していないが、安易に「マネジメント信仰」に陥っていることに警鐘を鳴らしている。それは「マネジメント」に限らず、安易に良例に頼ろうとする私たちに対しての警告でもある。

第1章「症状① 意見はあっても意志はなし」
ある種「評論家」と呼ばれるような様相を見ているかのようである。
いわゆる「消去法」で物事を考え、そのことによって「リスク」を避けたがるのだという。

第2章「症状② 都合のよいことばかり考える」
これはビジネス書を読んでいる私たちへの「自戒」というべき所である。
ビジネス書には「こうすればうまくいく」という本が多い。その価値を知るために私たちは日々実践を続ける。しかし使い方を一歩間違えると「盲信」に陥ってしまい、肝心なことになりかねない。
そのほかにも理想論を振りかざす人もこれに当たる。

第3章「症状③ 管理はするけど無責任」
しっかりしたいのか、形だけ見せたいのかわからないのがこれにあたる。むしろ形づくろうというのが多いかもしれない。
本章ではそういった厳しい管理を行いながらも、結局は新しいチャレンジを阻害してしまっているのでは、と著者は危機感を覚えている。

第4章「顧客よりも組織を重視する」
「社内派閥」や「仲良しグループ」と呼ばれるものが、いるのだという。本章ではそのような組織のあり方について糾弾している。

第5章「日本企業の危機的状況」
日本企業における「マネジメント信仰」は危機的な状況にあるのだという。しかし釘を指しておきたいのだが「マネジメント」はそれぞれの企業によって「正しく」使えていれば、よい方向に向かうことは間違いない。
但し、それはそれらの「マネジメントを自らおかれている環境を鑑みながら正しく使う」という大前提がつく。本書で紹介されている事例はまず、自分たちのおかれている状況を鑑みない、もしくは誤った解釈によって陥っている、もしくはそれが「絶対だ」と感じて「過剰な」マネジメントをしていることによって、「マネジメント」を「目の敵」にしたり、うつに陥ったりする人も多いという。

第6章「経験と勘と度胸を重視せよ」
では、マネジメントに代わるものは何なのか。
シンプルに言うと「経験」と「勘」と「度胸」にあるのだという。本章ではそれらによって成功をした事例を紹介している。

第7章「他人を変えるより自分が変われ」
「変われよ!」と他人から言われて変わった例があったとしても、それはごく少数であろう。自らが変わらない限り相手に対する見方や自分の考え方も変わっていかないからである。

ビジネスは常に何らかの形で「変化」を遂げていく。「現状維持」では衰退の一途をたどってしまう。「マネジメント」も確かに良いのだが、「ビジネス」なくして「マネジメント」は成り立たない。これを肝に銘じなくてはならない。

デッドライン決断術-ムダな仕事はネグれ!

デッドライン決断術-ムダな仕事はネグれ! (祥伝社新書 175) デッドライン決断術-ムダな仕事はネグれ! (祥伝社新書 175)
吉越 浩一郎

祥伝社  2009-09-29
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前作「デッドライン仕事術」に続いての一冊である。リーダーと呼ばれる人物に求められるものとしてもっとも大きいのが「決断力」である。しかし昨今では「日本はゆすりの名人」という発言で有名になってしまったケビン・メアの著書に「決断できない日本」があるが如く、素早くかつ正確な「決断」を下せない日本人が多い。むしろ「考えます」「検討します」と答えを先送りしてしまうのが常になってしまっている。映画「コクーン」にある名言「考えすぎると人は臆病になる」という言葉を知らないように。
本書では日本の労働の現状から、デッドライン、そしてその中で「決断」をすることの重要性を説いている。

第一章「なぜ頑張っても幸せになれないのか」
かつて高度経済成長期は働けば働くほど「豊かになる」ようになっていた。言わば「やりがい」も「裕福」も達成できるため、自ずとがむしゃらに働くことができた。
しかし現在ではいくら「勤勉」であっても、「がむしゃら」に頑張っていても「報われない」時代となってしまった。ましてや「報われない」どころか「失業」してしまうような現状である。そのことから「過労死」や「自殺」が深刻な社会問題となってしまっている。

第二章「こんな時代にこそ求められるデッドラインの発想」
そのような時代にこそ「デッドライン」の考え方が重要であると著者は主張している。簡単に言えば「締め切り効果」であり、ある時間内に仕事を終わらせること、あるいは決断をすることによって、効率や生産性が上がるというものである。
元々その発想は以前から言われ続けているのだが、本書がでている限り、「わかっちゃいるけど、できない」というあきらめの概念、もしくは先入観があるのでは、と考えられる。
「案ずるより、生むが易し」
この言葉を肝に銘じて実践することが大切である。

第三章「リーダーは判断するのが仕事」
リーダーは決断力が大事であると言われている。その決断を高めるためにも「デッドライン」が大いに役立つという。さらにリーダーは平時は全体を見て、適宜指示や助言を行う程度でよく、むしろ有事の時にこそ前面に立って陣頭指揮を行うことが大事であるという。

第四章「「ネグる力」を身につけよ」
本書の副題に「ムダな仕事はネグれ!」とある。この「ネグれ!」とはいったい何なのか、というと「ネグレクト(無視)」からきており、要は「仕事をいかにして見切るか」というものである。
とは言っても、「どこからネグるのかわからない」もしくは「ネグるなんて甘ったれている」という考えを持たれる方もいるかもしれない。
しかし、本章ではそのことについて真っ向から否定している。むしろ情報の取捨選択を行う、その中で重要な情報を見極める力を短時間で集めるという点で重要な要素となり、かつ具体的な成果を短時間で得られるという。

第五章「個人もこの国もデッドラインで立ち直れる」
ここでは仕事と言うよりも、日本の政治といったマクロの観点から「デッドライン」の重要性を主張している。

第二章でも言ったとおり「デッドライン」は本書がでた以前からもそれに似た考えは存在している。しかし私たちはそれを形にしていなかったことから、重要性ばかり主張されても馬耳東風の如く、なにも成長できなかった。だからでこそ本書の重要性を学び、そして行動によって形にしていくことが本当の本書の価値に繋がる。本書はそのような一冊である。

骨の記憶

骨の記憶 骨の記憶
藤原 智美

集英社  2011-06-24
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「骨」
私たちには様々な骨によって形成づけられている。これは人間に限らず骨を持つ動物、さらには店や会社では「屋台骨」という言葉があれば「骨格」という言葉があるなど「形」をつくられるためにおいても重要な役割を担っている。

それはさておき、本書は2部構成に分かれており、タイトルにある「骨」は第2部に書かれている。それぞれフィクションとノンフィクションに分かれている。とりわけ後半は実在した人類学者をモデルとしたノンフィクション作品である。

前半は「空に舞う君へ」というフィクション作品であるのだが、時間軸が激しく替わっており、あたかも「短編集」のような感じであった。後半は前述のとおりにある人類学者の実際の物語であるが、「骨」に関する探求ロマンは魅力的であった。

ノンフィクションとフィクションの両方を収録した珍しい作品であるが、著者もあとがきにて語ったとおり「骨」をテーマにしているのだという。フィクション・ノンフィクションと両方の世界からみた「骨」をこれほど味あわせてくれる作品は他には見たことがない、と言えるほどの一冊である

どう伝わったら、買いたくなるか

どう伝わったら、買いたくなるか どう伝わったら、買いたくなるか
藤田康人

ダイヤモンド社  2011-05-20
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マーケティングとしての「手法」は様々ある。例えば事前にリサーチをしてターゲットを絞る方法があげられるのだが、本書では販売促進を中心としたマーケティングとしてどのように「伝える」ことで、集客や売り上げにつなげていくか、それを「絶対「スルー」されない」ためのメッセージ術を紹介している。

Chapter1「伝えて、動かすマーケティング」
昨年か一昨年前から「白く染まった街」となった。これは何なのかというと、都市部ではかつて巨大広告が乱舞していたのだが、その広告も募集が減少し「広告募集中」という白い看板が目立つようになったといわれるのが所以である。
もともとそのような巨大広告は宣伝効果はあるものの、費用が高くついてしまうため、コスト削減に躍起になっている企業にとっては、コスト面からも広告面からも複雑な心境を持ってしまう。その巨大広告離れに拍車をかけたのがインターネット、とりわけソーシャルメディアの成長によりより安価で効果的な広告ができるようになったことにある。
とはいえ既存の広告だけでは多角化、個性化している消費者の心を動かすことができなくなった。そこで本書では消費者の心に「ぐっとくる」ことで、購買行動を促すような広告とは何かを見つつ、その方法も伝授している。

Chapter2「ワコールプロジェクトでの次世代IMC戦略」
「IMC」という言葉は私も初めて聞く言葉である。「IMC」とは一言でいえば「統合型マーケティング」のことを指し、従来の広告とは違い「口コミ」「ウェブ」「店頭でのプロモーション」などをすべて組み合わせる、統合することで消費者に伝えるアプローチのことを言う。
本章ではワコールが行った「IMC」戦略を紹介している。主にブラジャーの広告であるが、ユーザーの傾向を顕彰しながらの戦略などが紹介されており、かなり興味深い。

Chapter3「コミュニケーションはここまで変わった」
ここでは広告から消費者に対しての「コミュニケーション」のことを言う。
しかし従来の「広告」では同じようなメッセージを不特定多数の消費者に対して行っても簡単には受け取ってもらえず、それどころか「目障り」呼ばわりされてしまうようになってしまっている。
傾向が変わりやすく、多角化している消費者の本音を知り、それに見合った広告をする必要がある。本章ではそのような消費者の本音をうまく捉えた広告手法を紹介している。

Chapter4「トリプルメディアと次世代IMC」
「トリプルメディア」とは「買う」「得る」「所有する」メディアのことを指している。本章ではその3つのメディアをどのように扱えば良いのか、というのを成功例とともに紹介している。

商品や購買欲求など広告も例外なく時代とともに変わってゆく。とりわけ購買に関しても「モノの裕福」から「ココロの裕福」にシフトしていっている。本書はその「心」にぐっとくるような広告とはいったい何なのか、そしてそれはどのようにして行えば良いのかを教えてくれる。

871569

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箭内 道彦

講談社  2010-08-06
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「名言」という言葉は誰が作ったのだろうか。
「名言」は「格言」と同じ意味で、

「人間の生き方、真理、戒め、武術、相場、商売などの真髄について、簡潔な、言いやすく覚えやすい形にまとめた言葉や短い文章。」wikipediaより)

とある。私は名言を集めることが好きで、毎年使う手帳の上部には必ず心に残る名言を書き写している。それを続けてもう3年くらいになるのだが、毎回違う名言に出会うことを今でも楽しみにしているほどである。
本書は広告のクリエイティブディレクターが様々なメディアにして残した言葉を159個収めている。

1.「走る」
159の名言を六章に分けて紹介されている。ここではどちらかというと「行動」という位置づけなのかもしれない。
私がもっとも印象に残った言葉は、
「死ぬ瞬間に貯金が一円でも残っていたら、負け」
であるが、これに少し似た名言がある。

「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。
仕事を残して死ぬ者は中だ。
人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ。」

これは関東大震災で復興の陣頭指揮をとり、さらに台湾統治でも陣頭指揮をとった危機管理や復興のカリスマと言われている後藤新平が病魔に倒れる前に言った言葉である。意味合いは少し違えど先の言葉を見る限り後藤新平の言葉を思い出さずにいられない。

2.「変わる」
変化のことについての名言を集めている。ここでもっとも印象に残ったのは、
「東京の一番の利点って、「生まれ変われる」こと。」
である。私は仕事で東京に来てもう3年の月日が流れる。住まいは東京というよりも、川崎であるのだが、実質的に東京にいる時間の方が長いといっても過言ではない。その3年間の中で仕事にしても、人脈にしても、勉強にしても、私自身はその感覚はないのだが、いろいろな「変化」をする事ができた。東京は他の地域と違い「変化」の速度は速い。その中でいろいろなことを学ぶことができるのではないか、と感じてしまう。

3.「漂流する」
「時代の流れに乗る」「世渡り」という解釈でいいのだろうか。
本章において私がもっとも印象に残った言葉は、
「風が吹いていなかったら
僕が風になるだけ
道がそこに無いなら
僕が道になるだけ」
であるが、その中でも最後の2行は魯迅の「阿Q正伝」にある「故郷」の最後の一文を見ているかのような印象であった。しかし本質的にはそれと違っており、この名言は「自分が道をつくる」という意思表示から成り立っているのかもしれない。

4.「つくる」
著者は広告のクリエイティブディレクターであるが、その根幹をなす「クリエイティブ」とは何かの名言を残している。どのようにつくるのか、どのようにつくられるのか、一つ一つの言葉が「クリエイティブ」の種にもなる。
私が一番印象に残ったのは、
「「いつクビになってもいい」
と思いながら会社で働けるか否か」
である。他にもぐっときた言葉はあるのだが、これを取り上げると迷惑TBが乱発される危険性が非常に高いのであえて取り上げない。
私はサラリーマンであり、こんにちは不安定な雇用状況である。そう考えてしまうと安定した状況がほしいためか、新しいチャレンジに対して「臆病」になってしまう。しかし、常に懐に辞表を携えていく、相撲の行司が審判を真剣に行うために短刀を携帯するが如くの態度で望むことにより思い切った行動を起こすことができるという。

5.「ドキドキする」
「モチベーション」という解釈で正しいだろうか。クリエイティブな仕事だけではなく、淡々とこなす事務作業でも、やり方によっては「ドキドキする」様な感覚を覚えることがある。単純作業でもそういった興奮を私は覚えてしまう。
私事はさておき、本章では「モチベーション」についての名言について取り上げられている。
私が、本章でもっとも印象に残っているのが、
「東京は、僕にとっては海外」
である。私が初めて東京の地に足を踏み入れたのは4年前の2月。ちょうど大学3年生の冬である。東京のイメージはまるで「海外」にいるような感覚であったということを今でもはっきりと覚えている。北海道という島に22年感間もいたのだからその感覚に陥るのも無理無いのだが。
しかし著者は私のような「異世界」のような感覚ではなく、あくまで「広く捉える」観点から「海外」と例えているのではないか、と考える。

6.「生きる」
「生き方」なり「生きざま」なり、「どのように生きているか」の答えは世界人口の分、あるいはそれ以上のパターンがある。本章では失敗や成功など生き方に関しての名言を集めている。

名言は歴史上の人物といった偉人ではなくともつくれる。たとえばマンガにでてくるキャラクターの一言が名言になることだってある。本書はインパクトの強い言葉ばかりではあるが、その中で名言もいくつかある。座右の銘にするのもよし、印象に残った言葉の一つに添えるのもよし、ビジネスに限らず様々な用途で「使える」一冊とも言える。

森林異変~日本の林業に未来はあるか

森林異変-日本の林業に未来はあるか (平凡社新書) 森林異変-日本の林業に未来はあるか (平凡社新書)
田中 淳夫

平凡社  2011-04-16
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森林破壊が進んでいる・・・といいたいところだが、本書は環境問題のことについて書かれているのではなく、「林業」という業界の衰退について書かれている。国産の木材が林業従事者の高齢化により、人・モノともに現象の一途をたどり、数少ない資源である、木材がとれないということを本書では警鐘を鳴らしている。

かつて日本人は森林とともに育っていた「共生」の概念があった。木々を育て、伐採して木材として使い、そしてまた伐採したところに新しい木々を育てる。そういったサイクルによって森を守ってきた。

今年2011年は「国際森林年」である。環境問題として「森林」を捉えるのも一つの手であるが、本書のように林業のあり方、これからを論じながら、私たち日本人はどのように森林とつきあっていけばよいのかを考えることも必要なのではないか、という問題提起をしてくれる。

1989年-現代史最大の転換点を検証する

1989年-現代史最大の転換点を検証する (平凡社新書) 1989年-現代史最大の転換点を検証する (平凡社新書)
竹内 修司

平凡社  2011-03-16
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「1989年」

その年は日本においても、世界においても「変革」の大きかった年と言える。
その年の始め、長年続いた「昭和」の時代の終焉を告げる昭和天皇の崩御から新しい年号「平成」に変わり、日本では初めてとなる消費税が導入された。

海外に目を向けてみると、変革・革命は大きなものでは「マルタ会談」が行われ約40年にも渡った「冷戦」が終わりを告げる。その象徴の一つであった「ベルリンの壁」が破壊され、やがて東西ドイツ統一に繋がった。
隣国の中国では「天安門事件」が発生し、民主活動家や民主化運動参加者の多くが人民解放軍に虐殺された。

1989年、私はまだ4歳。幼稚園に入ったばかりの頃であり、物心はあったが、記憶はそれほど残っていない。あるとしても先の記事で書いた「笑点」くらいである。その時に起こった事件については後に学校の授業や読書の中で知ったことばかりである。

自覚はないのだが「昭和」から「平成」に変わったのと同時に世界的にも本当の「現代」が始まった年、それが「1989年」と言える。

タネも仕掛けもございません 昭和の奇術師たち

タネも仕掛けもございません  昭和の奇術師たち (角川選書) タネも仕掛けもございません  昭和の奇術師たち (角川選書)
藤山 新太郎

角川学芸出版  2010-09-18
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「タネも仕掛けもございません」

マジシャンがマジックを行う際に使われる名門句である。最近では驚かせるようなマジックやイリュージョンが乱舞しているようにも見える。「すごい」と言える反面、それをやり続けるとだんだん飽きられてくるのではないか、とさえ思ってしまう。マジックはマジックでもナポレオンズやマギー司郎のようなマジックだと驚きと「笑い」があるので、むしろそちらの方が長く続けられるという印象がある。(どちらも2・30年以上続いているのではないかと思う)

能書きはここまでにしておいて、本書は昭和時代に脚光を浴びた奇術師・マジシャンを紹介している。プリンセス天功(二代目引田天功)の事務所の先輩である初代引田天功やアダチ龍光などが取り上げられている。

マジシャンはある意味「催眠術」に似ているかもしれない。そう考えると日本における「催眠術」の歴史は明治時代に遡る。初代快楽亭ブラックが行ったことが事始めとされている。あれから約110年、マジックやイリュージョンをはじめとした「奇術」は変化をしながらも、常に

私たちに「驚き」と「笑い」を与えてくれる存在である。これまでも、そしてこれからも。

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