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2011年6月

TANOカフェ 第2回 「コミュニケーション」 感想

2日連続のセミナー記録です。

日曜日は「TANOJP」の運営メンバー主催の「TANOカフェ 第2回 「コミュニケーション」」に参加致しました。

TANOカフェはFacebookなどで見たり聞いたりしていましたが、実際に参加するのはこれが初めてです。

ではTANOカフェとはいったい何なのか、それは、

「日本を楽しくすることを目的とした、有志による集まり」

つまり、「日本をどのように楽しくできるか」をとことん突き詰める方々が集まるカフェです。TANOカフェの運営メンバーには錚々たる顔ぶれです。

横田尚哉さん上村俊彦さん勉子さんこばやしさんsugiyuzuさんtravelbookcafeさん仲野孝明さん

TANOカフェについて長々と語ってしまいましたが、今回のテーマは「コミュニケーション」というお題で、どのようにして「コミュニケーション」を楽しくしていくのか、自らの体験談を交えて各グループでシェアをするという形式でした。

コミュニケーションの得意な人、苦手な人、あるいはそもそもコミュニケーションとは何かわからない人も自分なりの「コミュニケーションを楽しくする方法」を話したり、そして学んだりすることができました。

勉強になりつつ、様々な角度で「コミュニケーションを楽しくする方法」を見いだせるというところを考えると、コミュニケーションがいかに楽しいかというのも見出してくれる、そんな会だったと思います。

今回この会を主催した「TANOカフェ」運営メンバーの皆様、ともにシェアをしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

出版記念セミナー『ずるい考え方 ゼロから学ぶラテラルシンキング入門』 感想

久々に参加したセミナー記録です。

先週の土曜日にはビジケン(ビジネススキルアップ研究会)主催の「出版記念セミナー『ずるい考え方 ゼロから学ぶラテラルシンキング入門』」に参加致しました。

講師は上記の著書を出版された木村尚義さん。

ビジネス書では「ロジカルシンキング」と並び「ラテラルシンキング」も重宝されておりますが、ロジカルシンキングよりもあまりピンとこない印象があります。私も本書に出会うまではその一人でした。

主にラテラルシンキングの入門ですが、読んでいくうちに思わず「ずるい!」と叫んでしまいたくなるようでいて、考えることがより楽しくなる一冊という印象を受けました。

今回の講演では「シンキング入門」なので、ワークやディスカッションが中心でした。早速今回取り上げられた問題を一つ。

・「オレンジ13個を3人で公平に分けるには、あなたなら、どうしますか?」

ラテラルシンキングはロジカルシンキングとは違い答えは数多くあります。考えていけば考えていくほど「固定観念」の箍(たが)が抜けていき、「発想」にも似た考え方をする事ができる様な感覚でした。

他にも時事的なことも含めて「考える」こと、そして「ラテラルシンキング」の楽しさを学ぶことができた1時間半でした。

今回この会を主催したビジケン代表のウィンさん。講師の木村さん。ワークやディスカッションでご一緒してくれた皆様、名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!

会社をつぶす経営者の一言 「失言」考現学

会社をつぶす経営者の一言 「失言」考現学 (中公新書ラクレ) 会社をつぶす経営者の一言 「失言」考現学 (中公新書ラクレ)
村上 信夫

中央公論新社  2010-06-10
売り上げランキング : 358261

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(株)イー・プランニング 須賀様より献本御礼。
企業の不祥事が後を絶たない、と言われているが果たして本当なのか。
統計からして増加傾向にあるわけではないのだが、「不祥事の報道が増えている」と言えば合点がいく。不祥事報道が増える前も、企業の不祥事は横行していったのだが、政治的な事柄などが多いことから、取り上げられることが少なかったのではないかと考えられる。
不祥事はあってはならないことであるが、いったん不祥事が起こってからどうするか、これは会社の顔である経営者として大きな仕事として重くのしかかる。
本書は会社を左右しかねない不祥事における記者会見の一言がどのようであり、そして会社が、世論が動いていったのかについて取り上げている一冊である。

第1章「部下、従業員に責任を押しつける経営者」
いわゆる「責任転嫁」の典型のことを指している。「企業の慣例だから」「部下(あるいは従業員)が勝手にやったことだから」という発言が繰り返し世論を顰蹙させることもある。
これは政治に関しても同じことが言え、ある種のプライド、あるいはエゴイズムを守ることに専念しすぎることによる。最近急成長してきた企業や長年の一族経営をやってきた企業に多い。
また、これは最近起こった「生肉食中毒」についても同じことが言える。この場合は業者のみならず国にも責任があると転嫁していた。その後の末路はすでにニュースにもあるとおりである。

第2章「世論を敵にまわす「KY」発言」
本章でも企業や大学などの発言を取り上げられているが、刑事事件では「光市母子殺害事件」にて弁護団の発言にて「魔界転生」や「ドラえもん」などの発言で世論が顰蹙を買ったことは、4年経った今でも有名な話である。そのことから懲戒請求が殺到するなど「扇動事件」もあったのだが、弁護団に対する怒りを象徴していたのかもしれない。

第3章「「殿」を守って会社をつぶす」
「殿を守る」ために見苦しいことをやる、というのは今に始まったことではない。「私たち」と「企業トップ」、同じ人間ではあるが、思考や価値観がかい離する点は数多くある。それが悪い意味で表面化した例がそこにあるのではないか、と考える。

第4章「「本音」むき出しの、居直り会見」
「居直り」「開き直り」と言った会見も存在するが、とりわけ多かったのが建築や食品にまつわる様々な「偽装」の中で起こった発言を中心に取り上げられている。

第5章「火に油をそそぐ、あんまりな一言」
「火に油を注ぐ」というと、雪印食中毒事件はあまりにも有名である。本章でも最初に取り上げられており、リーディングカンパニーになった事による「驕り」を垣間見ることができる。

第6章「あっぱれ見事な記者会見」
これまでは「残念」、もしくは発言が火種となったものを取り上げてきたが、逆に不祥事の火種を消したような会見もある。本章ではそういった例を紹介しているが、この章でも有名な企業の事例が挙げられている。

「その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際」「謝罪の研究―釈明の心理とはたらき」など企業不祥事にまつわる謝罪や記者会見について取り上げられた本はいくつかある。しかし本書は記者会見の内容よりも、むしろ「発言」にスポットを当てている所が特徴的である。

2011年 F1ヨーロッパGP ヴェッテルが圧倒的な速さを見せハットトリック達成!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round8_final

ヴェッテルの速さで前半のピットイン前後を除いてトップを譲らなかったレースでした。しかもFLも獲得していることからほぼグランドスラム(ポール・トゥ・ウィン+FL+全ラップトップ)に近いハットトリック達成となりました。前半戦の圧倒的な速さ・強さを象徴づける様なレースだったように思えます。

これでヴェッテルは8戦6勝、ポイントランキングでも2位のバトンを77ポイントと圧倒的な差をつけています。ヨーロッパラウンド後半のあたりでチャンピオンが決まるというシーズンになるかもしれません。

アロンソは意地を見せ4番グリッドから2位表彰台を獲得。ウェーバーに抜きつ抜かれつの戦いは今回のレースの中では特に見応えがありました。(逆に言えばそれしかなかったのですが)

可夢偉は連続入賞記録が途絶えてしまいました。次回こそ、もありますがこのままズルズルと入賞圏外が続くようでは、周囲の目も賞賛から批判に変わってしまいます。次戦の巻き返しが大きなターニングポイントとなりそうです。

あと今回のGPでは珍記録も生まれました。順位を見たらわかりますが、24台全車完走です。2005年のイタリアGPでも全車完走の記録が出ており6年ぶりではありますが、史上3例目。しかも今回は24台と過去最高の台数での全車完走という記録となりました。(しかも今回は1度も黄旗すらでていなかった。)

次戦は2週間後、イギリス・シルバーストーン!!

2011年 F1ヨーロッパGP もうこの速さは誰にも止められない!! レッドブルがフロントロー独占!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round8_qualifying

レッドブルの速さが止まらない!と言わしめる予選でした。レッドブルやマクラーレン、フェラーリなどがタイム的に拮抗している中でレッドブルが頭一つ抜けたという結果でした。

レッドブルの速さはもう誰にも止められない様な気がします。今シーズンの全予選PPを獲得しているだけに。しかもこの様相は1993年のウィリアムズの再現をしているかのようです(同年最終戦を除いて全グランプリにてPPを獲得)。

小林は予選14番手、フリー走行でも振るわなかったことを考えると妥当な位置かもしれません。しかし決勝では追い上げも何度も決めているため期待しましょう。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:アロンソ、ハミルトン

速さではレッドブル、しかし路面状況が鍵になりそうなレースと言えそうです。

2011年 F1ヨーロッパGP フリー走行3回目結果 + IRLで日本人初の快挙達成!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round8_free3

トップタイムはヴェッテルでした、どの車も予選に向けた走りをしており、面白くなってきそうです。

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さて、話は変わりまして、IRLの話題も取り上げますか。何せ大ニュースになっているほどですから。

「【IRL 第8戦】予選…日本人初、佐藤琢磨がポールポジション」

琢磨と言えば、2002年~2007年にかけてF1で活躍した選手です。何と言っても日本人史上2人目の表彰台獲得、

スーパーアグリの車で当時マクラーレンのアロンソをオーバーテイク、

など輝かしい活躍を残しました。その琢磨はF1シートを失ったもののIRLに移りましたが、ここでも活躍をするとは。しかも日本人として誰も為し得てなかった記録を達成致しました。このまま決勝でもポール・トゥ・ウィンを見せて欲しいですね。

2011年 F1ヨーロッパGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

北米ラウンドも終わり、いよいよ本格的なヨーロッパラウンドの戦いとなります。約3ヵ月もの長きにわたる戦いの中でチャンピオンが決まるか、あるいは大混戦の様相になるのか、長い長い戦いが楽しみになってきます。

本格的なヨーロッパラウンド第1戦、そのフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round8_free1

2回目

Round8_free2

1回目はウェーバー、2回目はアロンソがトップタイムをマークしました。ヴェッテルやハミルトンなども好位置をマークしていますが、曇りのコンディションであり、かつ路面も滑りやすい状況にあるので予選までの重要なデータになるのかというとちょっと難しいと思います。

では、PP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:ウェーバー、ハミルトン

おなじみと言えばおなじみの顔ぶれとなってしまいましたが、速さではヴェッテルが鉄板でしょう。今季2度目のホームGPとなるアロンソがどこまで執念を見せるかも注目です。

母性のゆくえ―「よき母」はどう語られるか

母性のゆくえ―「よき母」はどう語られるか 母性のゆくえ―「よき母」はどう語られるか
エリザベート バダンテール Elisabeth Badinter

春秋社  2011-03
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「母性」は不思議なものである。「母性」というのはどこからきているのだろうか、「母性」の歴史は何なのか、これまでそれを考察した本を私は見たことがない。
「母性」「母親」「女性」これはどこからきて、そしてどこへ向かうのか、本書はフェミニズム、ジェンダー論でも第一人者として知られる学者の考察である。

第1部「現況証明書」
「あなたはどうして母親になるのか」
それが本章の大きな意味を持つ質問である。子供をもうけることによるメリットを求める、孤独をなくすなど理由は様々であるが、母親になることの意義は様々であることには変わりない。
もう一つとして「母親」になることの現実が挙げられる。「母親」になることによって「自由」はどうなっていくのだろうか、という所にも考察のメスを入れている。

第2部「自然主義の攻撃」
「女性」と「母親」の違いとは何なのか。
本章の命題はこれに喩えることができる。これまで女性は政治的にも社会的にも、下として扱われてきた。だからでこそ、女性の社会進出や政治進出はまっとうであるというのが意見として挙げられている。
男女差別のことを主張しているようだが、果たして女性は蔑ろに扱われてきたのかというとそうとは限らない。そこに「母親」の役目が入ってくる。女性の立場と男性の立場は比べることができない。「母親」というのは特別な立場にあることを説いている宗教や哲学も少なくないのだから(例えば「儒教」など)。

第3部「重荷を背負いすぎて・・・・・・」
母親としての役割の「重荷」により、育児放棄に走ったり、虐待が起こったりするひとが多い。
では母親が背負う「重荷」とは何か。様々ではあるが、もっとも大きな所では「母親の使命感」があるのではないかと分析している。

女性学から「母性」と説きつつ、母親としてどのような役割があるのかを見ている。女性学の観点からの「母性」「母親」「女性」という新たな切り口を見ることのできた一冊である。

地域力だ!ボーイスカウト―「そなえよつねに」をモットーに

地域力だ!ボーイスカウト―「そなえよつねに」をモットーに 地域力だ!ボーイスカウト―「そなえよつねに」をモットーに
森屋 啓

日貿出版社  2011-05
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ボーイスカウトの名前は知っていても、どのような役割を担っているのか、どのような活動をしているのかわからない人も多いことだろう。私もボーイスカウトについて知ったのは大学生の時。ちょうど北海道に住んでいたが、あるローカル番組にてボーイスカウトの企画があったのだが、そのときに面白おかしく知ることができた(むしろ笑えた面が強かったのだが)。

ボーイスカウト(ガールスカウト)とはいったい何なのか、そしてどのような役割を担っているのだろうか。

その起源は1903年に少年向けに軍人の手引き書の教材を実践しようと思索した。その実験をカタチにしたのが1907年8月1日のことである。ちなみにこの日を「スカウト運動発祥の日」とし、その周辺の日を中心に4年に1回「世界スカウトジャンボリー」が行われているのである。

おそらく今年はボーイスカウトの役割がクローズアップされる。と言うのは4年に1度行われる「世界スカウトジャンボリー」がスウェーデンで行われるからである。もっと言うとその4年後には、その大会が山口県で行われる。イギリスで発祥したボーイスカウトは日本でも、知られるようになっていくだろう。

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する
レナード・ムロディナウ 田中 三彦

ダイヤモンド社  2009-09-17
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「今日の勝利はたまたまだよ」

この言葉はスポーツやギャンブルなど「勝負」の世界で良く聞く言葉である。確率論として低い場合に、こういった「たまたま」と言うのがある。しかしこの「偶然」にも必ず「確率」や「統計」はある。私も大学では確率や統計を専攻していたが「偶然」や「奇跡」という言葉を信じるのはこのためである。

十分あり得るだから出こそ、「統計」や「偶然」という言葉の働きを知る必要がある。折しも「日経ビジネスAssocie」にて「数学力」の特集が組まれるほどビジネスの場において「数学」は重宝され始めているのである。

本書はビジネスに強くなるような数学、と言う一冊ではないのだが、「数学」に抵抗のある人は是非読んだ方が良い一冊である。難しい単語もあるのだがそれ以上に「知的好奇心」、それも「数学的な」知的好奇心がこの上なくくすぐられてしまう。くすぐられてからビジネスの数学を見ていくと、まるで嘘のように頭の中に入っていくことができる。

言わば数学嫌いにとっての「特効薬」ならぬ一種の「ショック療法」と言える一冊である。

ゲームセンター文化論―メディア社会のコミュニケーション

ゲームセンター文化論―メディア社会のコミュニケーション ゲームセンター文化論―メディア社会のコミュニケーション
加藤 裕康

新泉社  2011-03
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「ゲームセンター」は最近あまり行かないのだが、大学生の頃はほぼ毎週のようにゲームセンターに通って、格ゲーなどをして遊んでいた。そのせいか本書を手に取ってみたくなった。
そもそも「ゲームセンター」はどのような歴史を辿っていったのか、そしてどのような文化を形成していったのだろうか。本書はそれを考察した一冊である。

第1章「ゲームセンターへの視線」
ゲームセンターが一躍脚光を浴び始めたのは1970年代、ちょうど「スペース・インベーダー」がブームになった時の頃である。
そのころからゲームセンターの店舗数が増えていったのだがそれも長くは続かず、ファミコンなど家庭用ゲーム機の誕生により現象の一途を辿っていった。
「スペース・インベーダー」の誕生と同時に誕生したものの一つに「ゲーム批判」もある。これは30年以上経った現在絵も続いているが、当時は流行だった「スペース・インベーダー」に乗じたものが多かったのだという。

第2章「ゲームセンター文化の生成」
時代とともにゲームセンターの文化も変容していく。スペース・インベーダー誕生の頃は一人で楽しむものだったのが、「格ゲー」の誕生などにより見ず知らずの人たちと楽しむことができるようになった。現在ではオンライン対戦もあり、不特定多数の人たちと戦ったり、楽しんだり、コミュニケーションをとったりする事ができるようにもなった。
ゲームだけではない。雰囲気やきょう体にも変化が生じていった。本章ではその変遷も描いている。

第3章「コミュニケーション・ノート」
ゲームセンターもあるが、おもちゃ屋でもカードゲームの対戦ができるデュエル・スペースと呼ばれる所にも「コミュニケーション・ノート」は置かれていた。私はそういったところにも行ったことはあるのだが、むしろデュエル・スペースに行く頻度の方が高かった。そのためコミュニケーション・ノートと言うと。それを思い出させてしまう。
ゲームセンターでも同様にコミュニケーション・ノートがあるのだが、どのような役割を担っていたのだろうか。
当初は店員と客とのコミュニケーションとして使われていたのだが、いつの間にか「客」と「客」とのコミュニケーションにも一端を担うこととなる。

第4章「イラスト・ノート」
これはゲームセンターだけに限らずコミュニケーション・ノートのある様々な場所にも共通していえることかもしれないが、章のタイトルに出てくる「イラスト・ノート」もコミュニケーション・ノートの一つとして挙げられる。自己表現の場としての役割を担っている。

第5章「快適な居場所とするための戦略」
「コミュニケーション・ノート」はインターネットでいう「掲示板」の役割のはしりの如く大きな役割を持っていたのだが、悲しきかな「誹謗中傷」の道具に使われることもあった。そのためか、「客」と「店」、あるいは「客」と「客」の対立も目立つようになり、居心地が悪くなることさえあった。
その対策として締め出しなども行っているのだが、それも「イタチごっこ」にしかならなかった。

第6章「伝言・掲示板」
第3章以降からは「ゲームセンター」そのものよりも「コミュニケーション・ノート」の所が語られることが多い。これはいったいなにを意味しているのだろうか。
私の推測からして、「コミュニケーション・ノート」が誕生したのは、少なくともインターネットが普及し始める前であり、そのときは見ず知らずの人たちとコミュニケーションをとれる手段はせいぜいパソコン通信かコミュニケーション・ノートくらいしかなかったのだろう。そのコミュニケーション・ノートがインターネット普及により、そこにシフトしていったように思える。

ゲームセンターの空間ではゲームを楽しむだけではなく、「客」と「店」、そして「客」と「客」とのコミュニケーションにより成り立っているのかもしれない。「コミュニケーション・ノート」の存在がゲームセンターにとってどれほどの役割を示しているのか、本書はそれを教えてくれる。

メディアと日本人――変わりゆく日常

メディアと日本人――変わりゆく日常 (岩波新書) メディアと日本人――変わりゆく日常 (岩波新書)
橋元 良明

岩波書店  2011-03-19
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最近「メディア批判」が盛んに行われている。しかし日本人はメディアとはどのように付き合っているのだろうか、と角度を変えて考えてもみたくなる。最近ではウェブの隆盛により、新聞やテレビから「ネット」とニュースをみる手段が増える、またはシフトしている印象が強い。
日本人はメディアとどのように「付き合っていったのか」、そしてその付き合い方がどのように変容していったか、というのを考察したのが本書である。

1章「日本人はメディアをどう受け入れてきたか」
「日本人とメディア」
その歴史は江戸時代に遡る。当時は「瓦版」がニュースとして世に流布されており、数少ない情報源の一つとして扱われていた。ただ、ほかにもキリシタン版の「西洋式活版」も室町から安土桃山時代には伝来して、浸透していったが、キリシタンへの弾圧により薄れていった。
開国をしてからは活字印刷もめまぐるしい速さで取り入れられ、やがて新聞が一大メディアとなった。やがてラジオ・テレビが浸透し、インターネットが浸透し、情報を得るメディアも増えていった。

2章「メディアの利用実態はどう変わってきたか」
では、日本人のメディア利用はどのように変わっていったのだろうか。
インターネットの浸透もあり、私たちの世代の「新聞離れ」や「テレビ離れ」といわれている。しかし本章ではそもそも新聞にしても、テレビにしても全体的に離れている傾向にあることがわかる。
また本章ではほかにも「活字離れ」「書籍離れ」は果たして本当なのか、についても統計的な検証を行っている。

3章「メディアの「悪影響」を考える」
確か小学生の時に聞いた話であるがTVを2時間以上見るのはいけないのだという。というのはTVを見すぎることによって思考力が落ちるのが理由だという。
しかし本書ではこれを始め、TVやゲーム、インターネットにより少年犯罪が起因しているかどうかも検証している。ただし、新書なのであくまで「さわり」の範囲でしか検証は難しい。より詳しいものだと「ゲームと犯罪と子どもたち ――ハーバード大学医学部の大規模調査より」がある。
インターネットの普及によって世論の傾向も極化していると本章にて指摘している。「リスキーシフト」や「フレーミング(炎上)」が大きな要因としてあげられるが、私の持つ印象として見ると、「リスキーシフト」はコミュニケーション論の中でよく使われる用語であるため、インターネットもコミュニケーションの手段として担っている、というのがよくわかる。

4章「ネット時代のメンタリティー」
インターネットの浸透により人間関係が希薄化したか、といわれると、確かにそうかもしれないが、希薄化した要因は別にインターネットのせいばかりではない。むしろインターネットでは不特定多数の人にどう見られているか気になってしまう。ブログを投稿している私にも同じような感触を持っている。
もう一つ挙げられるのが「政治意識」である。TVや新聞では「受信」でしか情報を享受する手段はなかったのだが、最近では、自分の意見を発信する、あるいは一般紙ではふれることの出来ない情報も受け取ることができるという利点から政治に関する関心は、ありとあらゆる情報が手に入ったことによって関心が薄れてしまったのではないか、とも見て取れる。

「メディアが悪い」というのは誰でも言うことができる。しかしどのように悪いのか、あるいはどのように付き合っていけばよいのか、その傾向を知り、自分はどのようにメディアと付き合って行けば良いのかの道標を考える糧となる一冊であった。

団地の女学生

団地の女学生 団地の女学生
伏見 憲明

集英社  2010-04-05
売り上げランキング : 330451

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「団地」と言う言葉はもはや死語になりかけているのかもしれない。公営の集合住宅がコミュニティをつくり、「団地」と言う言葉が広がりを見せた。高度経済成長期の頃である。しかし現在は高級マンションなど集合住宅は増加していったが、当時「団地」という言葉が広がりを見せた頃の面影もなく、住人は多くても「つながり」が希薄化してしまった。

本書は「20年前」と「現在」の話を交錯しているように作られている。団地で育ち、そしてその中でできた思い出を綴りながら現在を見つめているようだった。

記者クラブ―情報カルテル

記者クラブ―情報カルテル 記者クラブ―情報カルテル
ローリー・アン フリーマン Laurie Anne Freeman

緑風出版  2011-01
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日本のメディアには「記者クラブ」という、諸外国からして「いびつな」組織が存在する。この「記者クラブ」の歴史は長く「明治維新」の時からすでにあったとまでいわれるほどである。
しかし最近になって「言論」や「情報」に関して「記者クラブ」における批判が後を絶たない。本書もその類の一冊であるが、面白いのが本書は日本の政治や経済について研究をしている方で、記者の経験が無い人の目線から「記者クラブ」を観ているため、斬新さがあるという所がある。

第1章「メディアを取り込む」
日本は諸外国と比較した調査「メディア自由度」があるのだが、比較的自由とは言える状況にない。民主党政権になってからは、「記者クラブ」における「情報統制」が露呈されており、大物政治家の中には一般の記者会見の他に、どのメディアにも門戸を開放する形の会見を別に開いたことでも有名である。
しかし「記者クラブ」にも重要な役割がある。よく週刊誌が行う「スッパ抜く」というもので訴訟問題になることが少なく、より価値のある情報を、よりリスクを冒すことなく得ることができる点がある。
しかし日本のメディアの大きな問題点には情報の制約が大きなネックとなり、新聞社独自の「思想」が紙面を大きく割いていることが多い。「東日本大震災」ではそのことが大きく露呈されており、アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」では、震災の惨状をありのままに写真を公開しているのに対し、日本の一般紙では新聞おろか新聞社のサイト上でも公開されなかったほどである。

第2章「歴史にみるプレス、政治、市民」
日本の「記者クラブ」の誕生については最初にも書いたのだが、世界的にはどうなのだろうか。
新聞自体は17世紀にイギリスで誕生した。そこから新聞や雑誌が栄え「コーヒーハウス」が誕生し、評論やジャーナリズム誕生の起源にもなったのはあまりにも有名である。
本章の冒頭には日本と西洋における「新聞」の位置づけの差を取り上げられているのだが、これはかなり興味深い。

第3章「日本の情報カルテル―第1部 戦争と排除」
ここから本書の核心に入り、「情報カルテル」のメカニズムについてを2章にわたって取り上げられている。ここでは「記者クラブ」のメカニズムと排他性についてを取り上げている。
「競争」と「排除」、後者の「排除」であれば察しがつくことが多いのでここでは割愛するが、「競争」は簡単にいうと一般紙でも「読売」「朝日」「産経」などがあり、それぞれしのぎを削っているところから「競争」といわれている。

第4章「日本の情報カルテル―第2部 規約と制裁を通じた関係の構築」
本章の内容については「はじめに」を読めば分かりやすく入ることができる。というのは著者がなぜこの「記者クラブ」について考察を行えたのか、というのがこの「はじめに」に記されているからである。
本章ではそれを基に「規約」と「制裁」について紹介している。どれも記者クラブとして重要な要素を担う二つのフレーズであるが、気にかかるのは「制裁」である。しかし「検察」と「メディア」に関することを考えると頷くことができる。というのはこのことに関しては某討論番組にて取り上げられているからである。

第5章「網の目の拡大―新聞協会と系列の役割」
一般紙やTVといった情報網について取り上げられている。

第6章「なぜ情報カルテルが問題なのか」
日本のメディア批判が後を絶たない。それでもいっこうに改善しないのはなぜなのか。既得権益なのだろうか、あるいは情報の混乱を避ける為なのか、その真偽は未だ闇の中である。
しかし日本の情報カルテルによってもたらしたものは負の側面がある。本章はそれを紹介しているのだが、ではここからどのように「開かれた」ものにしていくのかを示してほしかったのが残念である。

メディアは誰のためにあるのだろうか。記者クラブは誰のためにあるのだろうか。これはメディア関係者のみならず、それを視聴している私たちにも課せられている課題と言えよう。メディアはどうあるべきか、ネットの隆盛により開かれつつある時代の今、議論できるものではないかと考える。

30分で英語が話せる~99%の人が英語が話せる方法~

30分で英語が話せる 30分で英語が話せる
クリス 岡崎

ダイヤモンド社  2011-05-13
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(株)オトバンク 上田様より献本御礼。
本書のタイトルを見て、思わず「嘘!?」と叫んでしまいたくなるような一冊である。
私も中学・高校・大学と英語を学んできたのだが、それが為になったことは少なかった。実を結んだとしても部活でカナダに遠征旅行に行った時、及び大学の頃のスーパー業務で外国人との接客に役だった程度である。
そのときは単語の羅列ばかりで文法といったものはほとんどなかったことは今でも覚えている。それだけ英語を話すことは苦手だった。その英語を「たった30分で話せる」というのはどのようなメカニズムがあるのだろうか見てみよう。

第1章「あなたの知っている「700語」で英語が話せる」
英語で言う「700語」というと受験勉強の時に思い出す「基本英文700選」である。この本が受験勉強でどれだけ役に立ったか。
私事はさておき、「700語」というと単語に置き換えても中学の3年間で学ぶ量以下である。だいたい中学2年生までか中学3年生の夏頃までくらいである。
英語は単語さえ抑えておけば良いのだが、それにしても700語は少ないと言う印象がある。しかしそれだけ覚えることができればシンプルで、かつ伝わりやすい英語に組み立てることができる。

第2章「「6つの発音」を直すだけで英語が通じる」
日本人が英語を話す時に、最もネックになるのが「発音」である。発音の仕方は中学の時に学ぶことが多いのだが、高校・大学とレベルが高くなっていくほどそれが蔑ろにされていく。それなりに英語を学ぶのと反比例するように発音そのものも忘れてしまうのである。発音がキチンと鳴っていないと英語圏の方々には通じない。
そのために発音を治すことに重点を置いているが、ここでは重要な発音を「6つ」ピックアップしている。

第3章「文法で大切なのは「1つ」だけ」
英語が苦手な人というと大概は「文法」で苦しめられる人が多い。私もかつてはその一人であり、中学・高校と英語はあまり良くなかった。最も文法を学ぶことが苦痛で仕方がなかったくらいである。しかし本章ではそれほど文法は重要ではなく、「1つ」覚えれば十分であると言い切っている。さてどの文法を「1つ」学べばよいのか、ヒントは「基礎の基礎」が教えてくれる。

第4章「楽しみながら英語を学ぶ方法」
よく英語は「文法」や「単語」がものをいうと聞いたことがある。しかしいざ使ってみると、せっかく学んだ文法も単語も使ってみると、「絵に描いた様な餅」の如くまるで使えなかった、と言う人も多いことだろう。
そういった「辛さ」を体験することで英語アレルギーを持つ人がいるのだが、その「アレルギー」にかからずして楽しく学ぶ方法を伝授している。至ってシンプルであるが、周りに学べる要素が沢山揃っていることも教えてくれる章である。

第5章「最新の「700語」をチェックしよう」
本章ではよく使われる英単語を700語紹介している。本当の意味で基本的な単語が揃っているだけに、これを覚えるだけではなく、「使える」ようになれば、発音も合わせて「通じる」英語にすることができる。

タイトルからして「嘘!?」と思ってしまうが、方法は至ってシンプルである。30分詰め込みで苦しく学ぶよりも「楽しく」「続け」、かつ「実践する」ことによって英語は磨くことができる。本書はそれを教えてくれる一冊である。

日本一の「実行力」部隊 ユニクロで学んだ「巻き込み」仕事術

日本一の「実行力」部隊 ユニクロで学んだ「巻き込み」仕事術 日本一の「実行力」部隊 ユニクロで学んだ「巻き込み」仕事術
田中雅子

ダイヤモンド社  2011-05-27
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ダイヤモンド社 市川様より献本御礼。
おそらく「ユニクロ」はアパレル業界でもっとも「嵐」を起こした企業と言える。今となってはトップ企業にも連ねているが、その企業の土壌はどうであるかを紹介している本はあまり観たことがない。むしろ会長兼社長の柳井氏の経営学が数多く、かつベストセラーとなっているために、それがあまりフォーカスされないのではと邪推してしまったりする。
そう考えると、本書は本当の意味で「現場」を知ることのでき、かつその中での仕事術を学べる格好の一冊と言える。

第1章「「ないないづくし」でも必ず変化は起こせる!」
「ないないづくし」といえる集団から変化を起こした例は大小問わず数多くある。もっとも大きいものでは日本における「セブン・イレブン」の誕生・成長は15人のずぶの素人によって作られたと言われているほどである。
「ないないづくしでも」、と言われるが「ないないづくし」だからでこそ様々な改革ができた。しかしその中で弊害や障害は少なくなかった。

第2章「中間から「中心」になってメンバーの「データベース」を集める」
ユニクロは少数精鋭であることは有名な話であるが、一人当たりの仕事量も人の2倍・3倍もあるため、周りの協力なくしてこなすことは非常に難しい。
そのため、部課や役職の壁を取っ払い、プロジェクトして「中心管理職」という新たな位置づけを持つことが大切であると言うことを説いている。
そして「中心管理職」となったプロジェクトにてメンバーや周りの人々などをどのようにまわすかを判断するための材料をストックする、いわゆる「データベース化」についても取り上げている。

第3章「「巻き込み」で大ヒット商品誕生の土壌をつくる」
第2章で作った「データベース」を利用して、ヒット商品を誕生するまでのプロセスについて紹介している。新たなプロジェクトを立ち上げるとき、とりわけ社長といった最高権限を持っている方々を説得するためにはどうしたら宇良いのか、というのも「ユニクロ流」の方法も交えて紹介している。

第4章「できない・やらないと言わせない「巻き込み強化法」」
「巻き込み」とはいってもいったいどの方向からアプローチをかけたらよいのかに迷う人も多い。本書ではそういった巻き込み法について伝授しているが、著者自身が体験した中でもっとも規模の大きいプロジェクトのプロセスも紹介している。

第5章「ユニクロ流「プロフェッショナルマネジャー」五つの条件」
「マネジャー」に関する本は数多く出版されているが本章ではそこから一つ上を行く「プロフェッショナルマネジャー」とはいったい何なのかということを「五つの条件」をもとに表している。

第6章「伝え方を激変させる! 即効「巻き込みフレーズ19」」
人を巻き込もうとしても、どのような言葉をかけたらよいのかわからない人も多い。そこで本章では、どのように巻き込むための特効薬となるフレーズを19個紹介している。どうしても他人を巻き込みたい時に是非使えるフレーズばかりである。

「三人寄れば文殊の知恵」という諺がある。一人では処理しきれない仕事があっても、二人三人に振り分ける、あるいはその専門の方々に「任せる」ことによって仕事が効率化することができる。日本でも屈指の「効率化」を行っているユニクロの現場がいかに動いているのか、仕事術ともによくわかる一冊である。

ザ・パニック~1907年金融恐慌の真相~

ザ・パニック ザ・パニック
ロバート・ブルナー ジョン・カー 雨宮 寛

東洋経済新報社  2009-08-26
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3年前の恐慌は「100年に1度の恐慌」と言われており、1929年の「ブラック・サースデー」と比べられることが多い。しかしノーベル賞受賞の経済学者は今回の恐慌と類似点があるのはむしろ「1907年の金融危機」と類似点があると指摘している。これについて取り上げたメディアは少ないおろか、そもそも「1907年金融恐慌」について知る人は果たしているのだろうか、と言うのも疑問に思えてならない。「リーマン・ショック」と「ブラック・サースデー」という単純な比較から脱し、他に起こった金融恐慌とをどのような類似点があり、どのように脱したのかという格好の材料となるのが本書である。

では「1907年金融危機」はいったいどのようなものだったのか、あまり表沙汰になった事が無く史料も僅かであるため、端的にしか言えないのだが、独占的支配を目論む大企業群に対して不満が噴出した、これにより「反トラスト運動」が起こり、独占的支配を目論む大企業は軒並み分裂。そのことにより企業の株価は暴落してしまった。

この金融危機でウォール街の投資家らの資本投入により未然に防がれ、国際的な騒ぎは未然に防がれたと言われている。しかし当時は「日本銀行」や「FRB」のように中心的な銀行が無かったことが大きなネックとなった。その教訓から1913年に「FRB」が誕生した。

その100年後の現在ではまるで違った金融危機を迎えている。1907年以後の1929年でも、ブラック・マンデーでも、それぞれ形の異なった「恐慌」が起こっている事実がある。では「恐慌」に特効薬はあるのか、と言うとほぼ皆無に等しい。むしろ「セオリー」というものは存在しないのかもしれない。本書は解決のための特効薬を教えてくれるのではなく、「恐慌とはこういうものだ」という事実を教えてくれるに過ぎない。しかしその現実を受け止めるための「教訓」としての役割があるとすれば、大いに役立つ1冊である。

時間・習慣・人脈 「伸び悩み」を脱出する3つのスイッチ

時間・習慣・人脈 「伸び悩み」を脱出する3つのスイッチ 時間・習慣・人脈 「伸び悩み」を脱出する3つのスイッチ
山田 玲子

大和書房  2011-06-04
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同じ書評ブロガーの「勉子」さんとして有名な方の一冊である。処女作は「読書案内」の一冊であったが、本書はそれとは違い「時間」「習慣」「人脈」についてどちらかというと「自己啓発」が中心である。

スイッチ1「時間がない人のための「時間術」」
まずは「時間」である。「時は金なり」という言葉は今でも諺として有名であるが、著名なビジネスマンは「金」以上の価値と位置づけている。数多くの著書がある臼井由妃氏は「時は命」と定義しているように。
本章では「時間」のスイッチと題して「時間意識」「手帳」「使い方」などのスイッチを細かく分けて説明している。書評ブロガーらしく様々な本の中で得たところをもとにどのように変えていったのかがよくわかる。

スイッチ2「続かない人の「習慣術」」
仕事や時間といった仕事に関連することのなかで、もっとも変わりにくいもの、時間のかかるものとして「習慣」がある。その習慣も「日々の生活」や体験の中で醸成していくわけであるから、その醸成する方法を取り入れていったり、やめたりしたらどうなるか、というある種「実験」のようにやっている。
では勉子さんの場合はどうなのか。本で得たことを実践する、他人の行動を学ぶといったいわゆる「まねぶ(真似る + 学ぶ)」ことを意識的に実践し続け習慣に落とし込んでいるという印象である。

スイッチ3「めんどくさがりでもできる「人脈術」」
勉子さんと同じく、私も勉強会に参加し始めるまでは「人脈」という言葉にはあまりピンとこなかった。むしろ勉強会に参加し続けて「人脈」について興味を持ち始めた位である。
勉子さんの場合も勉強会の参加から、ランチ、そして勉強会の主催に至るまでどのように人脈を手に入れたのか、について記している。
本書の最後には自ら行っている書評ブログのブランディングについて紹介している。勉子さんがどのようにブログを作っているのかがよくわかる。

誰しも「伸び悩む」時代は必ずくる。そのなかでいかに「伸び悩み」を脱するのか、勉子さんが「伸び悩んだ」状態からいかに脱したかを示しながら方法を伝授している一冊である。

2011年 F1カナダGP 豪雨中断・SC導入の大波乱のレースをマクラーレンのバトンが大逆転で制す!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round7_final

PP予想・優勝予想では荒れるレースになると予想していました。予想通り荒れたレースになったのですが、豪雨中断や最終周の大逆転となると想像を遙かに超えるレースだったと言うことが窺えます。

その荒れたレースの中でも終始リードしていたのがヴェッテルでしたが、その波乱に巻き込まれたのは最終周、ターン6のコーナーでスピンを喫してしまい、優勝を逃してしまいました。

その優勝をもぎ取ったのは辛酸を舐め続けてきたバトン。ぐんぐんと追い上げて、最後はヴェッテルのスピンで大逆転で今季初優勝をもぎ取りました。最後の最後で魅せてくれました。

魅せてくれたと言えば、可夢偉もそうです。豪雨の中タイヤ選択がマッチし、赤旗中断の頃には2番手を走行。あわや日本人最高位更新、もしくは優勝とまでと考えられたのですが、結果は7位フィニッシュ。それでも連続ポイント獲得は値千金と言っても過言ではありません。

次戦は2週間後、スペイン・ヴァレンシア!!

2011年 F1カナダGP ヴェッテルがフェラーリ2台を振り切りPP獲得!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round7_qualifying

申し訳ありません。UPが遅れてしまいました。

Q1・Q2では鳴りを潜めておき、PPを決めるQ3で速さを見せつけたヴェッテルがきっちりとPPを獲得していきました。「いつも速い」ばかりではなく、「ここぞという時」というタイミングのとらえ方も見事だったと思わせる様な予選でした。

フェラーリ勢も息を吹き返しつつある2-3。アロンソはともかくとして、ここ最近調子の悪かったマッサもそろそろ優勝の欲しい所。

可夢偉は予選13番手と中団ですが、そこからいつもポイントを獲得しているのでまずまずの位置と考えても良いかもしれません。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:マッサ、ハミルトン

コースの特性もさることながら、天候も考えると今回は荒れたレースになる可能性は高いです。ヴェッテルもその波乱に巻き込まれる可能性も少なくないことから、今回このレースをポール・トゥ・ウィンすると2年連続ワールドチャンピオンの可能性が一気に高まる、という位置づけのレースとなりそうです。

その面では波乱に強いハミルトンやアロンソが巻き返すという形もあり得ますし、ここ最近調子の悪かったマッサも土壇場の強さを見せつけると言うこともあり得そうです。

2011年 F1カナダGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round7_free3

フリー走行1回目でクラッシュを喫してしまったヴェッテルが調子を取り戻したと言えるフリー走行でした。

気がかりなのはチームメートのウェーバー。このセッションではトラブルにより1度もコースに出られず、ノータイムに終わってしまいました。予選までには間に合うか心配です。

1・2回目のフリー走行に続きこの回でもクラッシュがあり、赤旗中断もありました。予選もどうやら波乱の予感がします。

まもなく予選が始まります。PPはいったい誰が獲得するのでしょうか。

2011年 F1カナダGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

モナコGPが終わり、次は北米カナダでの戦いが始まります。モントリオールと言えばオーストラリアと並んで波乱のレースが多いとして知られており、2007年には当時BMWザウバーのクビサ(現:ルノー)が大クラッシュを喫した所としても知られています(しかも翌年には同じサーキットで初優勝を獲得)。

モナコGPに続いてSCも入る荒れたレースになるのかどうかも注目が集まりそうです。

さてフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round7_free1

2回目

Round7_free2

1回目はロズベルグ、2回目はアロンソがトップタイムをマークしたのですが、それ以上のハイライトとなったのは1回目はヴェッテル、2回目は可夢偉が大クラッシュを喫してしまいました。

ヴェッテルに至っては「チャンピオンの壁」と言われる最終シケインでのクラッシュ、と考えると連続チャンピオンに向けての試練(?)となりそうな気がしますが。

それは置いといてPP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:ウェーバー、ハミルトン

ヴェッテルは1回目はクラッシュしたとは言え、2回目には2番手の好位置につけています。速さは十分にあるのでPPはほぼ確実ではないかと考えられます。

しかし今回はカナダGP、フリー走行と同じような波乱が予選・決勝でも起こりそうな気がします。

一日だけ小学生に戻れるとしたら、何をする?

ブログネタ: 一日だけ小学生に戻れるとしたら、何をする?参加数

今日のネタは「一日だけ小学生に戻れるとしたら、何をする?」です。

小学校の頃というと、ゲームもそうなのですが、2週間に一度土曜日が休日だった時でした。その時は土曜日の午前中は学校の体育館が開放され、そこでバレーボールやバスケット、さらにはサッカーまでの球技を楽しむことができました。

夏頃には休日、プールも開放されていたので休日の時はほとんどプールで泳いでいたことも覚えています。

体を動かすことがとにかく好きだったのですが、唯一苦手だったのが器械体操、とりわけ鉄棒は大の苦手でした。逆上がりもできなかったくらいでしたから…。

「一日だけ小学生に戻れるとしたら」、色々とやりたいことがありますが、あえて一つあげるとしたら「逆上がり」をしたいですね。さすがにこの苦手は克服したいものです。

ドラッガーと松下幸之助

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渡邊 祐介

PHP研究所  2010-07-17
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「ドラッガー」と言えば20世紀を代表する経営学者であり、彼の理論は経営学の枠を超え、ビジネスや組織の舞台でも大いに発揮している。最近では岩崎夏海氏の「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が200万部を超える大ベストセラーとなった事により、ビジネス以外の場でも、ドラッガーの理論が使われるようになったほどである。

一方で松下幸之助は日本における「経営の神様」である。松下電器産業(現:パナソニック)を創立し、わずか一代で大企業へと成長させた立役者でもある。

二人の共通点、大まかなものでは理論にしろ、実践にしろ「経営」に大きく携わっていることにある。他にもイノベーションや組織についての在り方にも存在する。

一方として「違い」もあるのだが、それ以上に「ドラッガーと日本」をテーマとしたものも取り上げられている。欧米の「経営」と日本の「経営」はどちらとも長所も短所もある。本書はその二つの「経営」を鑑みつつ、互いの良い所を学べる一冊と言える。

黙読の山

黙読の山 黙読の山
荒川 洋治

みすず書房  2007-07
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「批評とは何か?」「書評とは何か?」

その答えはまだまだわからない。もしかしたら一生その答えを見つけに、本を通じて旅に出るという形なのかもしれない。他の方はどう答えるかわからないが、私だったらそう答える。
本書は現代史作家のエッセイ集であるが、本をはじめとした様々なことについて「批評」をしながらまとめたエッセイ集と言える。

様々な文学作品を一冊紹介していくようなものではなく、むしろエッセイの中に作品が数冊ちりばめられており、それに関連して様々な事柄とともに批評を行っている。「こういった評し方もあるのか」とさえ思った。

本書を読んでつくづく思ったのが、とにかく「面白い」「感動した」と言う言葉を使わず、本の中身を突く。しかしあまりネタばらしはせず、様々な事柄をまぶしながら評していくというスタイルであったということである。私も様々な方法を試しながら書評をすることが多いのだが、本の核心には触れずにも、「これはここが良い」と言うのを暗に表現していく、と言う重要性を知った一冊と言える。

山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か

山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か (平凡社新書) 山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か (平凡社新書)
羽根田 治

平凡社  2010-01-15
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そろそろ山開きのシーズンである。登山家をはじめ登山を趣味にしている方々、最近では「山ガール」と呼ばれる方々もおり、登山は一大レジャーとなっている。

しかし山には様々な危険やリスクを背負うことを忘れてはならない。本書では「山の遭難」と題して、山にまつわる遭難の歴史、さらには登山のリスクを事細かに紹介している。

ちなみに私は登山はあまり経験してない。友人とのハイキングで北海道の黒岳を登山したことだけである。その時は友人から色々と手ほどきされ、何とか山頂に登ることができ、達成感はあった。しかし翌日から三日間激しい筋肉痛に悩まされたことは、今でもはっきりと覚えている。

その経験からかぱったりとやめてしまったのだが、長い人生である。いつ登山を経験するのかわからない。だからでこそ本書を読んで事前練習と行きたい所である。

魅せるひとの極意

魅せるひとの極意 魅せるひとの極意
asta*編集部

ポプラ社  2009-06-03
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演出、美術、通訳、音楽、衣服、写真…と様々な世界で「魅せる」方々が何を愛読しているのか、と言うのを紹介した一冊である。

様々な世界で「表現」をし、人々を魅了させる人たち。その表現を醸成させるために何を読み、糧にしてきたのかがよくわかる。

紹介されている本も結構面白く、「名作」と呼ばれる本はほとんど無い。むしろ「スミ箱」と言えるような本が多い。まるで焼き魚の美味しい所の如く、その「スミ」である所の本がいかに面白く、深いのかと言うのを示している。個人的にも本書を読んでみたい本はいくつかあった。

本は読み方もそうであるが、「どのような本を読んだか?」と言うのも大きなプロセスとなる。ある人は専門的に極めようとその類の本ばかり読むひともいることだろう。ある人は私みたいに様々な種類の本を掻い摘んで読むひともいることだろう。

「なんの本を読んだか」というプロセスがその人の人生や表現が変化をする。書を読み、様々な人・ものと出会うことによって人の表現は無限に変わるのだ、と思える一冊であった。

バーレーンGPとインドGPと来年のスケジュール

次戦のカナダまではあと1週間はありますが、今回は今年、及び来年のF1についてニュースがありました。

「バーレーンGP 2011年のカレンダーに正式復帰」

FIAは、バーレーンGPが2011年のF1カレンダーに復帰することを正式発表した。金曜日にバルセロナで行われた世界モータースポーツ協議会で、反政府デモによる混乱で中止となったバーレーンGPが10月30日に開催されることが正式に決定し、インドGPが最終戦として12月に開催されることになった。「GPUpdate.net」より一部抜粋)

楽しみが増えることに関して言えばうれしいのですが、この決定によってチームやドライバーとしては負担が増えます。

しかも例年12月はテストや休暇などポストシーズン真っ只中。しかも来シーズンのマシン開発も手がけなければならない時です。この決定で12年仕様のマシン開発に影響を及ぼすのは必至です。そのことを考えるとあまり良い決定では無いように思えてなりません。

続いて、

「FIA 2012年の暫定カレンダーを発表」

早くも来年度の暫定カレンダーが発表となりました。あくまで「暫定」なので決定ではありませんが…。

来年度は今年よりも多い21戦。コチラもチームやドライバーの負担増必至の日程ですね。見所が増えるのは観る人にとっては良いのですが…。

ちなみに暫定スケジュールは以下の通りです。

3月11日 バーレーンGP
3月18日 オーストラリアGP
4月1日  マレーシアGP
4月8日  中国GP
4月22日 韓国GP
5月6日  トルコGP
5月20日 スペインGP
5月27日 モナコGP
6月10日 カナダGP
6月17日 アメリカGP
7月1日  ヨーロッパGP
7月15日 イギリスGP
7月29日 ドイツGP
8月5日  ハンガリーGP
9月2日  ベルギーGP
9月9日  イタリアGP
9月30日 シンガポールGP
10月14日 日本GP
10月28日 インドGP
11月11日 アブダビGP
11月25日 ブラジルGP

鏡の向こうに落ちてみよう 有栖川有栖エッセイ集

鏡の向こうに落ちてみよう 有栖川有栖エッセイ集 鏡の向こうに落ちてみよう 有栖川有栖エッセイ集
有栖川 有栖

講談社  2008-05-22
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ミステリー作家として有名な有栖川有栖のエッセイ集である。有栖川有栖の小説は読んだことがなく、彼の作品に触れるのはエッセイが初めてである。小説だとストーリーによって話を展開していくものであるが、エッセイはそれとは違い、著者自身の「体験」や「感想」、「思索」と言ったものが多くなる。それだけあって、著者自身の作風で日常や嗜好を愉しむことができ、かつあまり触れられることのない著者の意外な一面について触れる事ができる。

本書は主に台湾での体験談や自ら触れた作品の感想を綴っているが、著者自身のミステリー観を軸にしながら綴っている。自身の考えをあたかも「鏡」と喩え、そこから体験談を投影していっているように見える。

それがとりわけ際立っているのが阪神タイガーズの話題。著者の生まれ故郷をホームとしており、かつ著者の作品の舞台の多くが関西であるという。関西としての誇りか、関西人であることの誇りか、それを熱く、かつミステリアスの描写は何か引き込まれるものがあった。

絶対に信用できない言葉はどれ?

ブログネタ: 絶対に信用できない言葉はどれ?参加数

「言葉」を一括りにしても、色々なものがあります。個人的な感情から言葉によって好き嫌いもあるでしょう。私の場合は「頑張れ」や「忙しい」は嫌いで、ブログなどプライベートでは極力言わないようにしています。

「頑張れ」は当ブログで何度も書いていますが、頑張っている人にその言葉を言われるほど無責任な仕打ちがないこと。方向性が見えないことを挙げられます。

「忙しい」は簡単に言えば「心」を「亡」くすこと。忙しさにかまけて「心ここにあらず」の状態をつくってしまうことにあります。

話が大きくそれました。では今回のネタは「絶対に信用できない言葉」です。以下の中から選ぶ形式です。

・誰にも言わないからね…
・今、連絡しようと思ってたとこ
・後で必ず返すから!
・全然勉強してないよ
・そのほか

で、私は「後で必ず返すから!」を選びました。学生の頃はこの言葉で何度騙されてきたことか…。さすがに信用できなくなりますね。

ろくでなし 伝説のミスター麻雀、酒と女とカネの無頼75年

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小島武夫

徳間書店  2010-12-17
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様々な人の「生き方」「人生」という本は目にしており、当ブログでも取り上げられているが、著者ほど「生きざま」といえるような一冊を目にしたことはない。あったとしても本書の帯紙にあるように無類派の囲碁棋士として知られた藤沢秀行くらいである。

前置きはもう少し続く。私は現在はそれほどやらないものの、小学生の頃から麻雀をやったことがある。小さい頃はあくまでTVゲームで育った程度であったが、大学になると何度か雀荘に足を運んで麻雀をすることもあった。麻雀をもっと勉強したいがために、著者の麻雀術を買い漁ったこともあれば、DVDで著者の参加しているタイトル戦のDVDを買ったり借りたりしたこともあった。著者の人生も少しは知っていたのだが、それ以上に雀風に魅せられたと言った方が良いのかもしれない。そのこともあって、麻雀をあまりやっていない今でも著者の記事を見ると思わず「小島先生」と口に出してしまうほどである。
そのこともあって本書を見た瞬間、即買いだった。それほど著者の人生を見てみたかったに他ならない。では、著者の「生きざま」とはいったいどうだったのだろうか。

第一章「男の原点」
小島先生は福岡・博多にて生まれた。幼少期はまさに「複雑」と言う言葉が似合うほどだった。中学生になると「飲む・打つ・買う」を覚えはじめ、現在でいう高卒の頃になると本格的に足を踏み入れた。

第二章「男の咆哮」
まさに「波瀾万丈」「はっぽうやぶれ」という言葉がよく似合う章と言える。十代から三十代に至っては「飲む・打つ・買う」の全盛期と言える時代だった。と同時にヤクザとの代打ちや自己破産といった衝撃的な内容なものまである。

第三章「男の運命」
小島先生は麻雀を始めた頃から「玄人」と呼ばれる存在であった。そこから「プロ雀士」になるまでの過程を綴っている。しかしそれは決して平坦なものではなかった。むしろ「茨道」という言葉がよく似合うほどである。結婚や兄弟のこと、そして「プロ雀士」になってからのTV出演までの裏話を赤裸々に綴っている。

第四章「男の極意」
古くから小島先生のファンであれば「麻雀新撰組」という言葉を聞いたことがあるだろう。私はまた年端も言っていないため小島先生のことについて調べ始めたときに初めて知った。社会人になってからのことである。本章ではここでのエピソードを綴っているほか、「20年間無敗」という伝説を築き上げた桜井章一との出会いについても取り上げられている。

第五章「男の逆境」
「無冠の帝王」
小島先生はかつてそう名付けられていたらしい。私が小島先生のことを知ったのはタイトルを数多く獲得してからのことだから無理もないのだが。
プロ雀士となってからタイトルには恵まれていなかった。ようやくタイトルを獲得したのは第三期最高位戦、昭和53年のことであった。これについては第六章にて詳しく述べることにする。

第六章「男の決断」
ここでは「日本プロ麻雀連盟」が創設されるまでのいきさつを綴っている。その大きな理由として最高位戦でのある「事件」が起こったことがきっかけである。本章ではそのことについても述べられている。

第七章「男の矜持」
麻雀界の「これまで」と「これから」、これまでともに苦労をしてきた「戦友」や「友」への感謝、そしてこれから活躍する人たちへの「激励」を込めたメッセージを送っている。
本書の最後には著者なりの「死にざま」を描いている。確か一昨年亡くなった囲碁棋士の藤沢秀行が「野垂れ死に」を出版された。そこでも「野垂れ死んでやる」と文末に綴っていたのだが、小島先生も勝負師さながらの死に方を望んでいた。折しもその考えを本書の最後に書いていようとは・・・。

「波瀾万丈」「はっぽうやぶれ」「破天荒」と、小島先生の人生をたとえると枚挙に暇がない。しかし心から麻雀を愛し、麻雀の神から「愛されている」ように思えてならない。その確固たる証拠が今年の3月に麻雀グランプリMAX-2010で優勝していること。御年75歳での優勝だからその凄さがどれほどのことか。
小島先生はこれまでも、そしてこれからも麻雀界で輝きを放ち続け、麻雀界に大輪の花を咲かせ続けることだろう。「はっぽうやぶれ」な生き方と、そして心から見せてくれる麻雀とともに・・・。

ニッポンの書評

ニッポンの書評 (光文社新書) ニッポンの書評 (光文社新書)
豊崎 由美

光文社  2011-04-15
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著者の豊﨑氏の前書はいくつか呼んだことがあり、「正直書評。」など当ブログにて取り上げているものもある。日本でもっとも有名な書評家の一人であり、過激かつ痛快に評していることでも知られている。これも「本が好き」だからと言う言葉の裏返しなのかもしれない。
その豊粼氏が書評のあり方についてAmazonレビューや私のやっている書評ブログにまで言及をしている。「ガター&スタンプ屋」である著者がどのように書評を論じているのか見てみよう。

第1講「大八車(小説)を押すことが書評家の役目」
第2講「粗筋紹介も立派な書評」
正しい「書評」とはいったい何なのか、「書評」と「批評」の違いとは何か、「書評家」の存在とは。
私も「書評家」の端くれであるが、それを名乗り始める前後から葛藤は続いている。今でもそれを答えを求めようと様々な書評を読んだり、自らも書評を書いたりしているのだが、いっこうに結論は見えない。
小説に関しても「書評家」という肩書きのある方は軒並み「小説」を書評している。「小説」以外にも土井英司氏はビジネス書専門の書評家であり、その道の「大家」である。
若輩者の私がいうのも何なのだが、書評家は「小説」だけを書評していれば良いのだろうか?とつくづく思ってしまう。
あと書評は小説など書籍を取り上げながら私見を述べていくものである。オリジナル作品を描くよりも本の内容や粗筋といったものを紹介しながら、と言うのがほとんどであるが、それらを「どこまで取り上げるか」というところが非常に難しい。しかし粗筋や内容の取り上げ方こそ「書評家」の腕の見せどころと言える。

第3講「書評の「読み物」としての面白さ」
第4講「書評の文字数」
第5講「日本と海外、書評の違い」
「書評は一つの文芸である」
書評界では大御所中の大御所といえる丸谷才一氏の言葉である。それを形にすべく「毎日書評賞」が毎年のように開催されており、書評文化の発展に貢献をしている。
書評文化は様々な形で形成づけられていることは否定できない。
書評というと避けて通れない媒体では新聞や雑誌といった活字媒体がある。著者はメジャー・マイナー問わず様々な書評欄を分析しており、しかも文字数に関しても細かく分析されている所は勉強になる。あとそのことに関して毎日新聞のことを絶賛されているが、これは丸谷才一氏の影響によるところもあると推測できる。
字数もそれなりにあるのが日本の書評であるが、海外と比べてみるとどうやら「多さ」と「深さ」にかけているのだという。第5講にてそれを分析しているが、海外のそれと近い位置にあるものというと、書評ではないが松岡正剛氏の「千夜千冊」を連想してしまう。

第6講「「ネタばらし」はどこまで許されるのか」
第7講「「ネタばらし」問題 日本編」
「ネタばらし」というと第2講の「どこまで取り上げるか?」と連結しているところがある。私の知り合いである「書評ブロガー」の話である。私と彼と彼の友人らが参加したあるセミナー後の懇親会にて、彼の友人が、彼のブログに対して
「あなたのブログを読むだけで満足。本を買う必要がないのだから」
と言われた。
彼がこのことに対してどう思ったかは知らない。しかしそれが私に対しても向けられていたら、これほど不名誉な言葉は無い。なぜなら書評を媒介として本の購入への欲望を引き立たせるために書評を書いているのが私、ひいては当ブログのポリシーである。
一見関連性が内容に見えるが、「ネタばらし」という観点でも、これは関連できる。私も小説に限らず様々な書評に関してはもっとも気をつけていることである。ばらす内容をあらかじめ決めながらどこを引き立てていくかを意識している。読んでいくうちに著者とも何か共通しているように思えてならない。

第8講「書評の読み比べーその人にしか書けない書評とは」
第9講「「援用」は両刃の剣―「星家族」評読み比べ」
第10講「プロの書評と感想文の違い」
第11講「Amazonのカスタマーレビュー」
第12講「新聞書評を採点してみる」
同じ本でどのように書評をするのか。ここでは豊﨑氏の観点から、書評ブログやAmazonレビューについて評しているが、前にも先にもこれらを書籍にて取り上げた人は私の知る限りでは誰もいない。むしろ初めてのことではないだろうか。それだけ書評にたいして「思い」があるという裏返しなのかもしれない。

第13講「「1Q84」一・二巻の書評読み比べ」
第14講「引き続き、「1Q84」の書評をめぐって」
ここでは大ベストセラーとなった村上春樹の小説「1Q84」の第一・二巻のプロの書評を比較して著者も書評を交えて解説を行っている。時には批評者との場外乱闘(?)もあり、という激しく、かつ痛快と言える内容である。

第15講「トヨザキ流書評の書き方」
豊﨑氏の書評術がついに公開される!と言える所である。他人の書評に関して批判しているが、自分はどうなのかというのを明かさないと示しがつかない(?)為であるという。

最後になるが、おそらく本書は私たちに送られた「疑問書」と言えるものなのかもしれない。著者もその葛藤が遭ったのかもしれない。そのことを考えると本書ほど「私が書評すべき一冊」と言える。ほぼ毎日のように様々な本を書評しているのだが、それについて様々な「疑問」や「不満」を持っている。私は2007年に書評を始めて4年数ヶ月しか経っておらず、書評のイロハに関してもまだまだわからないところが多かった。本書はすべての書評家・ブックレビュアーに対して学ぶ要素の多い「必読」の一冊である。

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