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2011年1月

災害と福祉文化

災害と福祉文化 (新・福祉文化シリーズ4) 災害と福祉文化 (新・福祉文化シリーズ4)
日本福祉文化学会編集委員会

明石書店  2010-11-08
売り上げランキング : 686954

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「天災は忘れた頃にやってくる」

まさにその通りかもしれない。今年に入ってから立て続けに自然災害が猛威を振るっている。日本海側では記録的な大雪による被害が深刻化している。年末年始は山陰地方を中心に交通麻痺が起こり、帰省ラッシュ・Uターンラッシュに大きな影響を与えた。

つい先週には宮崎の新燃岳で噴火が起こり、飛行機では欠航も相次いだ。噴火の余波は今も続いており、今後も余談を許さない状況である。

両方にいえるのだが、災害が起こると規模にもよるが避難をする場合もある。そうなっては普段の生活に戻るには歳月がかかる。

本書はそのような災害への被害から福祉活動をどのように進めているのかについての考察を行っている。自然災害でもっとも被害に遭う可能性が高く、普段の生活に戻ることもままならないのが、医療福祉、社会福祉に頼らざるを得ない人たちである。

災害や防災にまつわる本はいくつか読んだことはあるが、災害と福祉をいかにして行えばいいのかについて書かれた本は初めてである。ましてや「重箱の隅」という表現が正しいかどうかわからないが、あまり知られていないが、災害の傷跡からどのように福祉活動が行われているかについて勉強になった一冊である。

絶対の自信をつくる3分間トレーニング

絶対の自信をつくる3分間トレーニング 絶対の自信をつくる3分間トレーニング
松尾 昭仁

あさ出版  2011-01-17
売り上げランキング : 63573

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あさ出版様より献本御礼。
トレーニングと一括りと言っても「筋力」や「思考」、「ビジネスマナー」に至るまで様々なものがある。「鍛え上げる」という点からではどれも共通しているのは確かであるが。
本書は「自信を作る」トレーニングはズバリ「心構え」である。著者は「ダメ社員」の烙印を押されたが、本書にあるトレーニングを続けた結果、「カリスマ講師」で全国津々浦々と活躍している。そのトレーニングメソッドを1冊の本に纏めている。

第1章「ストレッチ編 自信のないあなたの考えを変える」
まずはトレーニング前の「準備体操」である「ストレッチ」として、意識や考え方を変えることについて伝授している。
たとえば肩書きや学歴を考えない、あこがれのもの(こと)を体験してみると言うことが挙げられる。

第2章「トレーニング編 3分であなたの印象をアップさせる!」
次はいよいよトレーニングに入る。
まずは第一印象のトレーニング。「人は見た目が9割」という本が約120万部を売り上げる大ベストセラーとなったのだが、当ブログ(というよりも前身のブログ)ではあまり評価しなかった。しかしいざビジネスの世界にいってみると「確かにそうだな」と思ってしまう節もいろいろと感じるときもある。
身だしなみや言葉遣い、時間の使い方、お金の使い方に至るまでトレーニング方法を紹介しているが、よく見れば「細かいところまで気を使え」ということにある。仕事においても、プライベートにおいても「細部までこだわる」力を追い求めていくことで、信頼を勝ち取ることができたり、何よりも印象ががらりと変わっていく。そのトレーニングを続けていくことによって、自分では想像のできなかったチャンスや成功を体験することができる。

第3章「総仕上げ編 「絶対の自信」を手に入れよう」
「自信」は、何も根拠のないところからでもつくことができる。しかし経験やトレーニングの積み重ねによってその「自信」を「確信」に近づかせることもできる。

本書は「ごく当たり前」なことばかりが取り上げられている。「なんだ当たり前なことじゃないか」としらける読者もいるが、その「当たり前」なことを続けていくことによって、良い意味で「とんでもない」ところへ向かうこともできる。「当たり前なこと」は誰でもできる。しかしそれをずっと続けるのはそれを意識している、ごく一握りしかいない。とにもかくにもトレーニングを「続けていく」ことによって本書のことを「無意識」にできることが、後の大きな宝となる。

女友だちは自分を映す鏡です

「男と女」、同じ人間であるが、身体的特徴から思考まで異なる。よく「女友だち」や「男友だち」など異性の友だちを作っているという話しをよく聞くが、異なる特徴を持つものだからでこそ通じあえるものがあるのかもしれない。

ちなみに私はというと中学・高校・大学と、部活・サークル柄、「女友だち」が多かった。当時はごく自然なものだと考えていたのだが、今となっては「どうして女友だちができたのだろう」について意識し始めてきた。

そこで本書であるが、本書はむしろ女性がどのように「女友だち」とつきあえばよいのかについて書かれている。女性は同姓の友だちづきあいは多い一方で、気まずくなるととことん気まずくなってしまう。

本書はそうならないため、もしくは女性がもっと友好な「女友だち」をつくったら良いのか、について約1000人の女性たちの調査を元にして示している。

調査を元にして…と言う所である程度信憑性は出てはいるものの「果たしてそれは有効なのか?」と訝したくなる様な一冊でもある。とはいえ、女友だちに限らず、自分自身の思考や性格は自分自身の歴史の他に、友だちの量や質によって変化が起る。そういう意味で考えるとタイトルにあるような事は案外当たっている様にも見える。

フェラーリ F150を発表とフォースインディアのドライバーラインナップが正式発表

2011年初のF1記事です。

まずは、

フェラーリ F150を発表

フェラーリチームは、全チームに先がけて2011年シーズンを戦うF150をマラネロで発表した。イタリア統一150周年を記念してF150と名付けられた新車は、リアウイングの背面にイタリア国旗がカラーリングされ、エンジンカバー上に新しいロゴが描かれている。 (GPUpdate.netより一部抜粋)

イタリアが統一されたのは1861年2月(当時の国名は「イタリア王国」で、首都はトリノであった)。来月でちょうど150年を迎えるそうです。それを記念して母国であるイタリアに勝利と、栄光を捧げるため「F150」と名付けられたそうです。とりわけリアウィングの裏はイタリア国旗をモチーフにしているのも特徴的です。

第一印象としては「フェラーリらしさ」が存分に出ているような感じでした。一見目立ったデザインやラインも無く、「フェラーリ」の格好良さとシャープな強さを表しているという印象でした。

続いて…、

フォースインディア スーティルとディ・レスタの起用を正式発表

フォースインディアは、2011年のレースドライバーにエイドリアン・スーティルとポール・ディ・レスタを起用することを正式に発表した。昨年レースドライバーを務めたヴィタントニオ・リウッツィはチームを離れ、ウィリアムズを離脱したニコ・ヒュルケンベルグがリザーブドライバーを務めることになった。 (GPUpdate.netより一部抜粋)

5シーズン連続(前身のスパイカーも含む)でレースドライバーをつとめるスーティルと昨シーズンDTM(ドイツツーリングカー選手権)のチャンピオンとなったポール・ディ・レスタのラインナップとなりました。

ちなみに昨年のシーズンオフにウィリアムズを離脱したヒュルケンベルグはリザーブドライバーとしてつとめることが決まったそうです。

上位陣のドライバーに匹敵する強さで、とりわけ雨など荒れたレースに強いスーティルの初表彰台に期待したい所です。また、ディ・レスタもDTMチャンピオンがF1の世界でどこまで通用するのか試されるルーキーシーズンとなりそうです。

ラーメンを食べるとき、一口目はどっち?

ブログネタ: ラーメンを食べるとき、一口目はどっち?参加数拍手

ラーメンというと私の故郷である旭川の「旭川ラーメン」を思い出します。スープにラードを入れるのが特徴的ですが、それにも大きな理由があります。ちょうどこの時期の旭川は氷点下10℃以下になる日も多く、暖かい物だとすぐ冷めてしまいます。それを防止するためにラードを入れて膜をつくっているのです。熱さもダイレクトに伝わるスープは油断すると舌を火傷することがあるのでご注意を。

さて、今回のネタは「ラーメンを食べるとき、一口目はどっち?」です。普段でもラーメンはあまり食べませんが、一口目は…、やはり「麺」に走りますね。猫舌なので。

下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚

下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚 (朝日新書) 下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚 (朝日新書)
菅原健介+cocoros研究会

朝日新聞出版  2010-11-12
売り上げランキング : 114947

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下着に関してこだわりを持つ人も結構いるが、その多くは女性である。今ではファッションの一環として、下着のこだわりをもつ事が当たり前になってきたのだが、それが始まったのは1950年。百貨店に下着専門店ができはじめた頃だった。それからというものの下着のファッションショーや下着の広告が増え始め、下着も一種のファッションに進化をしていった。

本書は「下着」にまつわる歴史、機能、心理、とりわけ「心理」を重点的に考察している。女性目線からでも読めるし、男性目線からでも女性の下着はどのように見ているのか、についても読み解くことができる。

本書を読んでふと思ったのがあるマンガである。そのマンガは下着の機能やうんちくなど盛り込まれており、下着について詳しくない人でもためになりながらも、おもしろおかしく読める。ちなみに本書は機能を長々と説明しているわけではなく、「心理」の視点からの下着を見ている。

時計の時刻、いつもぴったりに合わせてる?

ブログネタ: 時計の時刻、いつもぴったりに合わせてる?参加数拍手

最近では携帯電話などのガジェットも多く、時計をする人も減ってきてはいるのですが、歩きながらでも、且つ危なげなく見ることができる物として「時計」は重宝されると思います。現に私も時計をいくつか持っていますが、お気に入り、と言うよりもいつもつけていないと気が済まないものが青いBaby-Gの腕時計。

かれこれ10年以上愛用しています。フィット感と言いますか、ものすごく馴染むし、かつこれが無いと落ち着かないほどです。

もしもこれが無くなったら…、あまり想像できませんがね。

さてネタのお題は「時計の時刻をぴったりと合わせる」かについてですが、私は少なくとも月に1度は合わせています。電車に乗る時間もありますしね。ぴったりでないと落ち着かない訳ではありませんが、ぴったりであった方が良いと言う考えでぴったりと合わせています。

インタビューの教科書

インタビューの教科書 インタビューの教科書
原 正紀

同友館  2010-11
売り上げランキング : 49555

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私は仕事柄インタビューをする機会はあまりない。とはいえ、本職のSEでも顧客から要件やその詳細に至るまで訪ねる事があるため、インタビューと通底する所はある。本書はインタビュアーを目指す人、もしくは取材する機会が多い人で、まだ駆け出しの人たちに読まれるような一冊であるが、営業をする人、あるいは顧客との折衝の時に使えるエッセンスが多い。

インタビュー前の企画やアプローチ、本番前の情報収集などがある。その中でも注目したのは「情報収集」。その量と質によって質問の深さも変わってくる。
また話の流れをコントロールするのもインタビュアーの役目である。おそらく質問と同じくらい重要な位置にいるとも考えられる。

インタビューの基礎、そして神髄だけではなく、会話の流れを掴みながら相手のことをうまく聞き出せるか、と言う観点からも学ぶべき所の多い一冊である。

戦後思想は日本を読みそこねてきた―近現代思想史再考

戦後思想は日本を読みそこねてきた―近現代思想史再考 (平凡社新書) 戦後思想は日本を読みそこねてきた―近現代思想史再考 (平凡社新書)
鈴木 貞美

平凡社  2009-12
売り上げランキング : 373756

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「戦後思想」と言っても一括りには言えないのだが、少なくとも「戦前」の日本、そして大東亜戦争のあり方を否定し、現在の日本はどうあるべきかを説いていた。その代表的人物として大江健三郎、吉本隆明、丸山眞男を挙げている。

もっとも日本における「戦後思想」とはいったい何だったのだろうか、と言うことから考えなくてはならない。戦後日本は戦争に対する嫌悪感、さらには「安保闘争」など政府などの強者に対する抵抗の激しさにより、「革命思想」が強まったとされる。前述の「安保闘争」の他には「大学紛争」などが挙げられる。

第二次世界大戦が終わって65年経つが、それでもなお「戦後思想」は蔓延している。ましてや日本に対し、快く思っていない国も「戦争責任」などに乗じて日本に対して不利な要求を突きつける道具にしている。「戦争」の記憶は忘れてはならないが、「戦後思想」という呪縛は早く解かなければならない、というよりも「戦後思想」を利用し、騙されていることに早く気づいた方が良い。

101歳のアスリート

101歳のアスリート 101歳のアスリート
下川原 孝

朝日新聞出版  2008-07-18
売り上げランキング : 430320

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日本は「高齢化社会」と言われて久しく、平均寿命も戦後間もない頃とは比べものにならないほどの長寿国となった。しかも「ただ長寿が多くなった」だけではなく、「パワフルなご年配の方が増えた」ということもある。
本書は御年101歳ながらやり投げと円盤投げのマスターズ世界記録を保持しているアスリートの自伝である。

今の時代となってはこういうご年配の方もいても不自然ではないのだが、何と言っても「若い」と言われるような生活、青春を送られている。マスターズ陸上に向けてひたむきに練習を史、自らの体力と相談しながらも元気な生活をし、それでいながら仲間と酒を飲み交わすなど謳歌した生き方をしている。

私はまだ25歳の若輩者であるが、もし私が定年を迎えた時、さらに80歳、100歳を迎えるまでに何をしたいのかという道標ができる様な一冊である。それだけではない。著者よりも若干年下の世代、そう定年退職を迎えた世代、もしくはこれから迎えようとしている世代にもぜひ読んでいただきたい一冊である。自らが年老いたとしてもそれを感じさせず、そして自らの余生を謳歌できる人生、人にもよるが私が年老いた時にそのような人生を送りたいものである。

辛い飴―永見緋太郎の事件簿

辛い飴―永見緋太郎の事件簿 (創元クライム・クラブ) 辛い飴―永見緋太郎の事件簿 (創元クライム・クラブ)
田中 啓文

東京創元社  2008-08
売り上げランキング : 693617

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「辛い飴」というと昔にハッカの飴をなめたことを思い出す。飴玉の缶には必ずと言っても良いほど入っていた。あまりにも辛くて小さい頃はあまり食べられなかった。今となっては食べられるのだが、ハッカの飴自体あまり見かけなくなった。時代は変わったものだとつくづく思ってしまう。

私事はさておき、本書は「永見緋太郎の事件簿」シリーズの第二弾の作品である。題目としては本書のタイトルにもなっている「辛い飴」を始め、「苦い水」「酸っぱい酒」「甘い土」「塩っぱい球」「渋い夢」「淡泊な毒」とある。「形容詞 + 名詞」のハーモニックが異様で、かつミステリアスな雰囲気を醸し出しているようである。

これまで読んだミステリーと大きく違う所は二つ、一つは形の見える所では「ジャズ」も主体の一つとして入っている。各賞の章末には「参考レコード」があり、章に合わせた曲を紹介している。その曲を聴きながら本書を読んでいくと味わいが一段も二段も違ってくるのかもしれない。

もう一つは自らの感覚なのだが「泥臭さ」と言った方が良いのだろうか、「古臭さ」と言う風に表現したらよいのだろうか、どちらにせよ「臭さ」と言うのを漂わせている。しかしそれらはジャズを引き立たせるため、そう良い意味での「臭さ」が漂わせている。ミステリーとだけ遭って「きな臭い」というのもある。

寿命論―細胞から「生命」を考える

寿命論―細胞から「生命」を考える (NHKブックス) 寿命論―細胞から「生命」を考える (NHKブックス)
高木 由臣

日本放送出版協会  2009-01
売り上げランキング : 313341

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人間にも例外がないように、動物・植物などありとあらゆる「生きる」ものには「寿命」が存在する。しかし生物によってはわずか数秒で寿命を迎えたり、あるいは「鶴は千年、亀は万年」という言葉の如く長生きする。

本書は「細胞」という観点から寿命のメカニズムに迫った一冊である。同時に神話における人物の寿命についても述べられており、旧約聖書における人物の中では900歳台まで生きた人物(ノア・アダム・メトセラなど)は7人にも上る。昨年の秋頃言われていた所在不明の高齢者もびっくりと言えるほどである。ただ細胞学など生物の観点から前述の物を見るのはなかなか難しい。もしそれができたら「不老不死」も夢ではないのだから。

それはさておき、昨今では人間の寿命も延びてきている。衛生環境が良くなったのかからと言えばそれまでかもしれないが、もしかしたら環境の変化により、細胞にも変化が表れ、寿命が延びたのではないか、とも考えられる。細胞と寿命の相関関係はまだ解明されていない所が多いとなると、本書だけに終わらず、さらなる「寿命論」が見られるのかもしれない。

なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか

なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか
中崎 隆司

彰国社  2007-06
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「ハコモノ行政」が始まったのは高度経済成長期、時期的に言うとちょうど田中角栄が首相だった時に遡る。日本の至る所に道路が敷設し、高速道路が造られ、さらに美術館や音楽ホールと言った物が乱立した。また東京を中心とした首都圏では高層ビルが建てられ「一極集中化」に拍車をかけた。しかしそれはずっと続かず、バブル崩壊頃からは「ハコモノ行政」も減少していった。ただその名残は未だに残っている現状がある。

本書はそのことについて考察をしながらも批判も行っている一冊であるが、ちょっと興味深いのが、「大規模再開発に、なぜ建築家は関われないのか」である。東京では秋葉原や虎ノ門など様々な所で「再開発」が行われている。最も規模の大きい所だと丸の内と言った所だろう。だがこの建設に携わっている多くは建築家と言うよりも外資の建設事務所が携わっているのだという。大規模開発は日本人には向かない、もしくは信用できないと言うのだろうか。

著者は建築をテーマに取材や執筆を行いながら、生活環境にまつわる街づくりや都市計画を行っている。とりわけ地方の街づくりに関しては思い入れが強かったように思える。現に街づくりのプロデュースを行った所のエピソードも交えているため、都市計画を専攻、もしくは都市計画にまつわる企業に勤められている人であればおすすめである。

カラヤンがクラシックを殺した

カラヤンがクラシックを殺した (光文社新書) カラヤンがクラシックを殺した (光文社新書)
宮下誠

光文社  2008-11-14
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昨年・一昨年とカラヤンの生誕記念、没記念の時期にCDショップのクラシックコーナーではカラヤンフェアが行われたほどである。ヘルベルト・フォン・カラヤンは指揮で観客を魅了しただけではなく、音源を数多く残し、没後20年経った今でも世界的指揮者の名声を放ち続けている。
しかし著者はそのカラヤンがタイトルにあるとおりクラシックを殺したと断罪している。

第一章「音楽の悪魔―プロレゴーメナ」
カラヤンの音楽は著者に言わせれば「音楽の悪魔」であるという。DVDの音源のみならず、映像も容易に手に入れられる時代となった今、カラヤンの指揮の光景は私も何度も見ている。全盛期と呼ばれていた時は指揮をする時、よく目を瞑っている。自らの表現を想像しながら指揮をしている様に見える(本人は暗譜で指揮をしていると言うことを強調したかったとか)。

第二章「流線型の美学―ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜1989)」
指揮者は理想の響きを求めるべくあらゆる手法で奏者に伝える。同じく世界的指揮者として有名だったカール・ベームは高圧的な態度で奏者へ要求し、アルトゥーロ・トスカニーニはリハーサルにて徹底的に鍛えるという手法をとった。
ではカラヤンはどの様な手法をとったのか。自らの響きが出るまで奏者を説得していたと言われている(カール・ベームの証言による)。
また演奏にもこだわりを入れ、低音を充実した(コントラバスを10人以上にしたと言われている)ことにより、緻密、且つダイナミックな音楽に仕立て上げたとも言われている。

第三章「孤高の絶対音楽―オットー・クレンペラー(1885〜1973)」
第二次世界大戦後ではウィーン・フィルで6年、1955年からはベルリン・フィルで34年もの間主席指揮者を務め、いつしか「帝王」「鉄人」と呼ばれるようになった。
しかし本章以降ではカラヤンの音楽と対比すべく、趣の違う指揮者を紹介している。
ここではオットー・クレンペラーを紹介している。クレンペラーは身長2メートルにも上る大男でありながら、怪我やうつ病に悩まされることが多かった。また演奏者や観客とのトラブルも数多くあり、文字通り「波乱」に満ちていた。
波乱に満ちた人生の中でもマーラーの「復活」によって名声を得た。もっともその「復活」をピアノ版に編曲をした時、マーラー本人から推薦文が送られたのは逸話として知られている。

第四章「絶望の音楽―ヘルベルト・ケーゲル(1920〜1990)」
同じ「ヘルベルト」でもヘルベルト・ケーゲルを知っている人物は少ない。ケーゲルはオーケストラと言うよりも合唱団で有名になったと言える。世界的に有名な合唱団「ライプツィヒ合唱団」を世界的に広めたことが大きかった。
元々ドイツの指揮者であったのだが、東西ドイツ統一を絶望視し、拳銃自殺という悲劇的な最期を遂げてしまった。そのことから「絶望の音楽」「自殺したくなる音楽」と評している。

本書のあとがきには編集者から「好きな事書いて良いよ」というメールで励まされたという下りがあった。本書はまさに「好きなことを書いた」と言うような一冊だったように思える。私もクラシックを良く聴くが、カラヤンの音楽は他の指揮者がつくる音楽よりもずっと鋭く、且つ重みのある音楽という感じだった。著者はカラヤンの音楽に対する断罪、というよりもむしろカラヤンよりもこういった音楽の方が良いと言うことを主張したかったのかもしれない。となるとタイトルなどに難があったように思えてならない。

ろんだいえん―21世紀落語論

ろんだいえん―21世紀落語論 ろんだいえん―21世紀落語論
三遊亭 円丈

彩流社  2009-06
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もはや落語界ではアンダーグラウンドの論争の様相を見せている「円生後継問題」。円生襲名に名乗りを挙げたのは三人。一人は円生の弟子の六代目三遊亭円窓、一人は五代目円楽の一番弟子の三遊亭鳳楽、そして円生最後の直弟子である三遊亭円丈である。
前の二人は本格的な古典派である一方(円窓は五百噺など創作落語にも力を入れていることも付け加えておく)、円丈は徹底した新作派として有名であり、現在売れている春風亭昇太や柳家喬太郎らの落語に多大な影響を与えた噺家である。最近では円生ゆずりの古典にも力を入れており、大ネタを披露する機会が多くなった。
前説が長くなってしまったが、本書は今話題の三遊亭円丈が築いた落語論を余すことなく紹介している一冊である。

第一章「落語を考える」
「古典も最初は「新作」です」
新作落語の「闘将」と呼ばれた五代目古今亭今輔の言葉である。その言葉を地で行った一人として著者がいる。
本章では著者の生い立ち、円生の弟子になり、新作落語に励む所まで綴っている。
新作派であるのに今輔ではなく円生に入門したのか、円丈の落語を聴きながらふと疑問に思ったのだが、「基礎から学べるから」だという。円生は面倒見がよく、直弟子はもちろんのこと、孫弟子の鳳楽、さらには柳家小三治らにも基礎を教えたとして知られている。

第二章「円丈のギャグ進化論」
私の趣味は落語鑑賞であるが、寄席で聴く機会は年に一・二度あるくらいである。それ以外はすべてCDで購入したものを聴いている。
著者の落語は聴いていくうちに不思議な感じがする。現代にタイムスリップしたのかと思いきや、それとは全く違うせかい、一言で言うと言葉では言い表せられない「円丈ワールド」に自ずと引っ張り込まれている感覚だった。
著者は常に新しいギャグを考え続けているのだと言う。お笑いもギャグと同様で進化を続けている。しかしギャグも魚と同じように「生物」なのですぐ腐っていく、廃れてしまうわけである。

第三章「落語はどうやって作るのか」
第二章と重複するものもあるが、基本的に落語はどのように演じられていくのかについて、過去に作り、演じた新作をもとに綴っている。

第四章「発想による落語のストーリー構築法」
ここでは今昔の新作落語を読み解きながら、自ら行っている「新作落語」のメカニズムについて分析を行っている。
著者に言わせれば新作落語は思いついたギャグやストーリーを記録し、そこからパズルの如くちりばめる。またストーリー構成も様々なものがあり、「誇張法」や「IF法」など様々である。落語のみならず、ビジネスの場でも使える要素がありそうで面白い所である。
後半には著者に教えを乞うた噺家の特徴から、昔の新作派と呼ばれた噺家たちのことについて取り上げられている。

第五章「円丈の落語演技論」
落語づくりが終わったら、今度はお客さまの前で演じるというところ、ここでは落語の「演技」、「仕草」と言った所について論じられている。
本章の冒頭には声質に関するこだわりがあったのだが、五代目古今亭志ん生が最初に稽古をつける時、終始「えー」という発声(?)の特訓で終わったという逸話があることを思い出した。落語は独りで何人もの役を演じる、そのため声質を使い分ける必要があるため、「声」が非常に大事な要素になる。
他にも仕草、間、まくら、稽古など演技にまつわる諸々について語っている。

昨年の春に「円生争奪杯」が開催され、円生ゆかりの噺を著者と三遊亭鳳楽がそれぞれ演じた。しかし円窓も襲名に名乗りを挙げたことから円生襲名問題は混沌と化している。遺族側は円窓を正式に襲名のため話し合いを行っているとしているが、現状の所進展は全くない。それどころか襲名話は明らかに頓挫している様にしかみえない。
本書の巻末に少し書いてあったのだが、大名跡と呼ばれる名前が30年以上襲名されていないケースは多く、中でも「春風亭柳枝」は50年以上襲名されていない。大名跡の重さ、偉大さというのはわかるが、名跡を受け継ぎ、代々大きくしていくことこそ「伝統」なのではないだろうか。著者は円生を襲名することによってそれを体現させようとしているのかもしれない。

家族という視点―精神障害者と医療・福祉の間から

家族という視点―精神障害者と医療・福祉の間から 家族という視点―精神障害者と医療・福祉の間から
滝沢 武久

松籟社  2010-10
売り上げランキング : 638203

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本書は精神障害者を持つ家族を医療や福祉など様々な観点から描いた一冊である。21世紀は「心の世紀」と呼ばれるが如く、精神障害者を抱える家族は増えていくことだろう。その中で普段ある生活に戻すためには、もしくは、精神障害とのつきあい方をどうしたらよいのか、本書は精神障害者を抱える家族のライフストーリーを基に、精神障害について、そしてそれに対するケアに至るまで考察を行った一冊である。

第一章「精神科医療との出会い」
本書は著者自身の家庭で起こった実話である。父の死をきっかけに著者の兄が「神経衰弱」で入院してした。そのことがきっかけとなり、精神障害に関して関心を持ち始めた、持ち始めざるを得なかったと言う方が正しいかもしれない。
当時(昭和30年頃)、「精神病」に対する認知はあまりなく、むしろ野獣扱いされる始末だったという。当時の背進化病院は刑務所のように木の格子があり、患者はその中で入院生活を送るそうである。

第二章「家族として、ソーシャルワーカーとして」
兄の精神病により、精神病に関しての疑問が長年続き、やがて、精神科病院に勤務するようになった。精神科病院での修業時代などをつづっている中で「ライシャワー大使事件」の後にでてきた「精神医学論争」も取り上げられている。40年以上も前の論争であるが、形や規模は違えど、現在も同じような論争が行われている。

第三章「「精神障害」から何を学ぶか」
民間で初めて「精神科リハビリテーション」ができた川崎市社会復帰医療センターに勤めたことについて、そして精神病を抱えた兄の最期について生々しく綴っている。
その中で当時の精神病患者に対する労働環境についても指摘している。現在では度重なる崩壊性により「精神障害者」でも働ける環境が整備されてきている。しかし兄が存命だった時代は精神障害は単なる「病気」として扱われる。労働安全衛生法(第68条)により労働が禁じられていた。
第四章「精神障害をめぐる歴史と制度」
精神障害の歴史については当ブログで紹介した「やさしい精神医学入門」を始め、精神医学の歴史に関する文献が多いため、ここでは割愛しておく。
もっとも本章では「刑法39条」について少しふれる必要がある。刑法39条は

「1.心神喪失者の行為は、罰しない。
2.心神耗弱者の行為は、その刑を減刑する。」

と記述されている。つまり精神的な疾患によっては刑が軽くなったり、無罪となったりする事があるのだという。精神障害が増加していく今、法律、及び社会的な議論が活発になっている。本章では精神障害者の犯罪率の低さ、さらにその人たちが無罪になるよりも有罪になる人が多いといいう現状について言及している。この議論は非常に難しく、ましてやそう言った人たちによる事件を大々的に取り上げるメディア、さらにはそれに乗じてしまう私たちにかんしても考える必要がある。

第五章「家族会運動の役割」
ここでは著者が推進している運動の一つである「家族会運動」について焦点を当てている。簡単に言うと精神障害者を持つ家族同士が様々な考え、ノウハウを共有することにより、家族だけで悩みを抱えることを無くす。ひいてはそのことによって少しでも負担を減らしながら、精神障害とのつきあい方と対策を模索していくという形である。
精神障害をもつ苦しさを持つもの同士だと、それ以外の人たちと話すことよりわかりあえることが多い。そのことにより、精神的な負担や自立への苦労も和らげられる所からして、役割は大きいように思える。

第六章「家族の抱える困難」
精神障害者を抱える家族には様々な困難がある。本章では法律とともに論じられているが、精神障害にかかるとまず、家族から隔離され、強制的に精神病院に入院させられるケースがあった。最近では患者の意思で入院するかどうか決められる「任意入院」となり、それがなくなった。しかし精神病院に入院することにより金銭的な負担も強いられるだけではなく、周囲の目も冷たくなってしまうと言う困難もある。

第七章「暮らしを取り戻す」
大学における精神医学の研究の規模が減少し、精神医学研究に当てられた場所もゲノム研究に代わってしまったという大学があるという話を聞いたことがある。
精神医療は進んでいるものの、治療後のケア、精神障害を克服し、社会的に「自立」できる環境がまだ整っていない現実もある。精神医療は進んでいるとは言え、まだまだ課題が山積しているという他ない。

著者の実体験が伴っているせいか、「精神障害者」の抱える家族の現状が生々しく伝わってきた。そのことにより、精神医学の現状、「精神障害者」について私たちはもっと考える必要があるというのを色濃く認識させられた一冊と言っても過言ではない。

【Reading-Lab】「3周年記念特別企画@汐留」感想

昨日はまさ@blueさん主催のリーラボに参加致しました。

リーラボ自体は昨年の1月以来、ほぼ毎月のように参加しておりますが、リーラボの感想を書くのは…約4ヵ月ぶりですね。

それはさておき、私のテーブルではこのような本が紹介されました。

ちなみに私はこの本を紹介しました。

ノマドに関して、さらに著者の上田氏についてなど様々な事を語りました。唯一の心残りはTSUTAYAにてこの本に関する講演のDVDがレンタルで出ると言うことを言っていませんでした。たしか来月・再来月になるという話を聞きましたが…。

感想はというと、リーラボに参加してまだ1年ですが、この1年の中で他のセミナーではお会いすることのできない方と本について語ることができ、実りの多かったです。しかしプレゼンスキルなど磨ける要素もまだリーラボの中で沢山あるので継続参加しながら磨いていきます。

今回この会を主催されたまさ@blueさん、スタッフの方々、私と同席された皆様、名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

静かなる改革者―「しなやか」に「したたか」に組織を変える人々

静かなる改革者―「しなやか」に「したたか」に組織を変える人々 静かなる改革者―「しなやか」に「したたか」に組織を変える人々
デブラ・E・メイヤーソン 北川 知子

ダイヤモンド社  2009-07-03
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「改革」というとそれに関して「抵抗」をする人は必ずいる。「抵抗勢力」や「既得権益者」といわれている。それらの抵抗によって改革にも波風立つことが多いのだが、本書の改革は多種多様な価値観やアイデンティティを尊重しながらも、タイトルにあるように「静かに」改革を進める術について紹介している。

第Ⅰ部「静かなる改革者とは」
「リーダーとは孤独な立場である」とリーダー論について取り上げたときに何度か書いたことがある。孤独な環境の中でメンバーとの距離を置きながら組織改革を進めていくことからそう言われている。
しかし「静かなる改革者」における「リーダー」は少し違っており、様々な形で他者との変化をさせていくという。むしろ現実的でありながら、様々な価値観を理解し、距離を縮めていくということが多い。悪く言うと「八方美人」という言葉がしっくりくるかもしれないが、その八方美人がうまくいく秘訣なのかもしれない。

第Ⅱ部「静かなる改革者の手法」
第Ⅰ部の所でも書いたのだが、「様々な価値観」を共有するといったのも一つにはある。
しかし「改革」というだけあって抵抗を示す人もいる。それは「ネガティブ」であり、かつ「ステレオタイプ」な人の主張である。その主張に関しては毅然と抵抗するのではなく、組織が崩壊しない程度に寛容な態度をとることで対応をするという。何でもかんでも禁止するのではなく、「許す」範囲を示すことが大事であるという。何でも「取り締まろう」という日本でも取り入れる必要があるのではないかと考える。
ほかにも「個人的な問題」、たとえば文化や性的嗜好と言ったところに関するものについても改革者は積極的に介入していく。それが対立や組織崩壊の火種となってしまうのを未然に防ぐためである。
「組織」を前に進ませていくためには大きな実績を言うよりも「小さな勝利」が肝心になる。たとえば「パソコンの設定」や「ゴミ捨て」に至るまで小さなことでも変えられたことで自信につながっていくと言う論理である。小さなことかもしれないが「塵も積もれば山となる」という諺があるように、それが大きな成果につながるのである。

第Ⅲ部「静かなる改革者の挑戦」
「静かなる改革者」でも大きなリスクはある。もっとも抵抗を最小限に抑えながら改革を進めていく、そのことによって「八方美人」や「偽善者」という烙印を押されることが多い。また他者との調和をはかりながら改革を行っていくため、前述のレッテルや抵抗も相俟ってフラストレーションもたまってしまう。それを避けるのはほぼ不可能だが、ある程度予防できる方法、もしくはそれに耐えられるようなねばり強さを持つ必要がある。

他者との「調和」や「価値観の共有」というところからよくある「リーダー像」と違うところがある。アメリカでは民族や宗教、文化など価値観のほかにも様々な違いがあり、組織の対立は日本のそれよりも多く、かつ複雑である。ましてや日本でも外国人労働者の増加、さらには企業のグローバル化に伴い、外国人の上司や部下を持つ人も増えていく。当然文化などの違いがあり、それが対立要素にもなりかねない。本書もそう言った環境の中でできた一冊であるが、日本でもそう言った時代が必ずくるのでくるべくして日本に入ってきたと言ってもいいのかもしれない。

究極の選択! パソコンと携帯、なくなると困るのは?

ブログネタ: 究極の選択! パソコンと携帯、なくなると困るのは?参加数拍手

今の時代だからでこそ「究極の選択」と言えるでしょう。

ちなみに私はどちらか。

そりゃ「パソコン」を選びますよ。商売道具ですからね。

そう考えてみると携帯電話も進化をしており、パソコンと遜色ないほどにまでなりました。

もし、携帯電話がパソコン以上の性能や利便性になっていたのであれば…今は「パソコン」でしたが、答えが変わったかもしれません。

大学破綻 合併、身売り、倒産の内幕

大学破綻  合併、身売り、倒産の内幕 (角川oneテーマ21) 大学破綻  合併、身売り、倒産の内幕 (角川oneテーマ21)
諸星 裕

角川書店(角川グループパブリッシング)  2010-10-09
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2004年に「独立行政法人制度」が始まって7年を迎える。東大などのブランド大学であればさほど心配する必要はないのだが、地方の大学では産学連携など様々な対策を立てなければやっていけない。ほかにも「大学全入時代」と言われるが如く、大学が乱立をしているのもその原因として挙げられている。本書は、様々な受難を抱える大学の現状とこれからについて考察と提言を行っている。

第1章「崩れ始めた日本型「大学ビジネス」」
高度経済成長期の大学進学率はだいたい2割程度だった。そのころ社会人になった人の中には中卒や高卒が多く、「大卒」であること自体大きな武器を成し得た。
やがて大学進学率も上昇の一途をたどっていった。しかしそれまでは緩やかに伸びるというものであったが、バブル崩壊以後は一気に進学率が伸び、2007年についに「大学全入時代」が到来となった。

第2章「教育力は再生するのか?――脱「旧帝大モデル」という活路」
大学教育の現状について述べるとともに、「旧帝大モデル」を基調とした新しい教育モデルについて提言をしている。
大学の現状として挙げられるのが「なんとなく大学生」が多いと言うことにある。法律や経営分野を学びたいからという理由で大学に進学をした、というわけではなく、なんとなく進学をした人も多いことにあるという。
しかしこれは大学生ばかりのせいではない。進学を勧めている高校にも原因はある。というのは、大学進学のデータによって進学校のブランド化を押し進めるあまり、成績順に大学進学を割り振ったり、内心により進学先を指定したりする高校もある。個人の自由はある程度入っているが、大概進路指導の圧力によりなんとなく進学したという状態が作り出されてしまった訳である。

第3章「タイプ別・日本の大学それぞれの「いま」」
大学にもいくつかの「タイプ」に分かれている。たとえば「早稲田」や「慶応」、「日大」は「マンモス校」と呼ばれており、全校生徒だけでも数万人にも及んでいる。学費もかなりはいるため経営的には潤うようだが、教員1人が抱える学生の数も自ずと大きくなる(だいたい60〜70人ほど)。教員も学生1人1人、細やかな指導ができず、十分な教育を受けることができないという弊害が生じているという。
マンモス校であれば大学競争の中ではある程度有利にたっているが、むしろ不利なのは中小の大学、とりわけ短大や女子大などが挙げられる。大学独自の色を強く出していかない限り生き残れない。事実私が生まれ育った北海道でも私が大学を卒業するまでに約半分の短大が大学に変わったか、募集停止となった。

第4章「受講生はなぜ「大学選び」を誤るのか?」
第2章で学校の成績から大学志望の圧力がかけられ、しかたなくその大学を受験する人もいるが、中にはオープンキャンパスなど大学の中身について触れて、この大学で勉強したいと思い、志望する人もいる。
私も大卒であるが後者であった。元々商業高校だったため、受験勉強で進学をしたのは私くらいで、あとは学校が持っている「指定校推薦」を使って推薦入学した(ちなみに私はセンター試験経由の推薦入学だった)。
大学に関する情報もあまりなかったところだったが、たまたま大学の「オープンユニバーシティ(※)」で魅力に触れて、学びたいと思い進学をした経緯がある。
本章では大学選択失敗の理由としてパンフレットなどからの情報収集のみに終わってしまうのではなく、実際に大学に足を運び、大学の空気に触れてほしいと提言している。

※ 従来の「オープンキャンパス」とは違い、大学とは違う会場を借りて実際の大学講義を体験するというもの。北海道のように移動時間のかかる所でも交通費があまりかからず、大学の雰囲気を味わうことができる。

第5章「大学から日本がよみがえる」
あまりにも誇大し過ぎているような気がするが、大学と会社のあり方とはいったい何なのかは考えさせられる。大学と企業を挙げてみるとして、
大学→「知的研究」もしくは「学問」を究める場
企業→「ノウハウ」や「アイデア」などを駆使して利益を得る場
となる。この2つの間には言うまでもなく隔たりがあるように見える。企業と大学の関係を埋める、そのためには大学の授業をもっと活性化した方が良いと言っている。

第1章〜第4章はなかなか面白く、かつ自らの大学時代について語ることができた。しかし第5章は「産学連携」や「ノーベル賞」の様に、産業との連携や学問を究めることにより学生にあこがれを持たせる、と言うことを想像していた。しかし第5章は大学における「教育」で日本を救えというもの。現実味があるように見えるようだが、それで日本が救えるかどうかは疑問のように思えてならなかった。ただ、現実として活気のある「講義」と考えると、ハーバード大学の「これから正義の話をしよう」のマイケル・サンデルの講義がその理想の一つと言えるのかもしれない。日本でそれができるのかどうかは疑問であるが。

1万回の体当たり

1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ 1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ
大元 よしき

ウェッジ  2010-01
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私はあまりラグビーを見たことがないのだが、ラグビーでもっとも有名なものといえば、ドラマ「スクールウォーズ」がある。これについては全部ではないものの観たことはある。最近では今年の花園の決勝戦、東福岡対桐蔭学園くらいである。
本書は熱きラガーマン石塚武生の生涯とラグビーにかける熱い思い、ラグビー哲学、そしてラグビーで得た人生論など生前の石塚氏を追いかけた一冊である。

第1章「石塚武生の原型」
石塚氏がラグビーに出会ったのは高校2年の冬のこと、それまではサッカー部に所属していたという。当時は助っ人でラグビーの試合にでたのだが、ラグビーの魅力にはまり、転部したのだという。
そこから早稲田に入り、そこでもラグビーで活躍、実業団へ入り、さらに日本代表としても活躍を遂げた。

第2章「再生の道」
しかしエリートコースは長続きしなかった。度重なる怪我、当時は「大型化」を押し進めていった日本代表構想から外れ(石塚氏の慎重は170cmしかなかった)、どん底に陥った。現役への思いを捨てきれず、他チームへの移籍、選手・指導者としての二足わらじでの活動、やがて監督にもなった。しかし突きつけられていた現実は「辞任勧告」という残酷な形であった。

第3章「プライド」
それでも指導者としてラグビーへの情熱は捨て切れていなかった。イギリスのクラブで指導を行い、帰国。全日本代表監督をつとめながら後に書く「タグラグビー」について教えた。

第4章「タグラグビーで全国行脚」
このタグラグビーを小学生にも教えることがあった。
では「タグラグビー」とはいったい何なのか。それは、

・ラグビーを基にした球技で、タックルの代わりに腰につけた2本の「タグ」を取り合うゲーム。(p.23より抜粋)

タックルなどの危険がないため小学生でも安心して遊べる。そして何よりラグビーの愉しさを教えることができる。
全国の小学校を行脚して教えたことがきっかけとなり、小学校の教材になったのだという。

第5章「少年院で体当たり!」
小学校への指導を続けながら、少年院の人たちに「タグラグビー」を教えるという全国初の試みも行った。ラグビーを通じて、自らの過ちを改め、前向きに生きていくことを教え込む。そして自ら日本代表の思いでについても話すなど院生たちの心の琴線を触れさせた。
そして高校ラグビー部監督も勤め、生徒たちを花園へむかう半ば、この世を去った。57歳というあまりにも早すぎる死だった。

スポーツに限らず様々なものを通じて「生き方」や「人間」を学ぶことができる。石塚氏はそれを子供たちにラグビーを通じて熱く教えた。本書を読むと石塚氏の「ラグビーに対する思い」は言葉では言い表せないほどだったと言っても過言ではない。

日本経済新聞を読む朝食会。(第47回) 感想

昨日は愛妻家・大田正文さん主催の「日本経済新聞を読む朝食会」に参加いたしました。

今回も当日に朝刊を買い、どれを話そうかと言うことを考えながら会場へ。

ちなみに会場はいつもの、有楽町駅近くにある「帝国ホテル」

今回はいつもの記事の感想+フリートークという形式(一巡のみ)。

私のいたテーブルでは以下の記事が取り上げられました(一部のみ)。

・3DS国内出荷 1ヵ月で150万台計画(9面)
・“寺子屋”で先生の育成を(5面)
・竹灯籠で照らす冬の風物詩(23面)
・参列者は“私たち”だけ(27面)
・ガンダム酷似像 遊園地が撤去(26面)

ちなみに私はこれを取り上げました。

・関西で素読教室 漢文を知れば新たな発見(26面)

漢文の素読の記事についてを取り上げながら、論語や孟子の解釈本について、原文を読んだ経験などについて皆に聞きながら…という形式で行いましたが、途中詰まる所もあり、あまりうまくいきませんでした。「これは!」と言う記事もなく、選ぶのにも苦戦したことも原因でした。。。

今回も様々な視点・観点を知ることができ、かつ学ぶことができました。

今回この会を主催した愛妻家・大田さん、一緒にディスカッションをしたグループの皆様、名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

だから人は本を読む

だから人は本を読む だから人は本を読む
福原 義春

東洋経済新報社  2009-09-11
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私も読書家の端くれであるが、私のまわりには「読書」に関して「二極化」が進んでいるように思えてならない。ほぼ毎日のように本を読んでいるか、もしくは全くといってもいいほど読んでいないかという違いしかない。
私事はここまでにしておいて、本書は著者自身の読書遍歴を紹介しつつ読書の効力について、さらに書籍界の現状についても触れている。

第一章「私の読書体験」
著者の読書体験について生い立ちとともに綴っている。生まれながら、というわけではないが、幼稚園のころに母親、もしくは保育士から絵本を読み聞かせられたことが読書のベースになることが多かったという。
これは私も同じことがいえた。幼稚園のころは読み聞かせられただけではなく、実家には絵本がたくさんあったため、自分で読んだりすることもあった。その中でお気に入りだったのは「さるかに合戦」だったかな。
それから小学生から会社員、そして社長になるまで(著者は資生堂の名誉会長まで歴任された)どの本と巡り会えたのかというのがわかる。「読書即ち人生なり」と言いたくなるような章である。

第二章「読書と教養」
「読書をすると教養が身に付く」と言われている。
これは強ち間違ってはいないのだが、全部が全部そうなる訳ではない。しかし読書をするとどのような本なのかもわかり、その中で自分がどう思っているのか、というのを考えることができる。
読書のあり方、たとえば読み方にしても読む媒体、もしくはアウトプットの方法など枝葉の部分での変化はあるが、「読書」そのものの根幹は変化していない。

第三章「仕事は読書によって磨かれる」
読書は仕事に直結することを言っているが、実際に実践をしなければ何者にもならない。そのことを主張している人は私のまわりには多い。読み手は人それぞれなので私はそれについてあれこれ言うことではない。
実際に私自身読書による実践は普段の生活の中に織り交ぜるという意識をもってやっている。あまり大きな変化をつけてばかりでは、逆にリズムについていけず、実践が破綻してしまいかねないためである。
それはさておき、先ほどの実践だけではなく、座右の銘など「心がけ」といった部分でも役に立つのも読書の醍醐味である。

第四章「私が影響を受けてきた本」
ここでは著者が影響を受けた本を紹介しているのだが、「ガリア戦記」や「方丈記」など粒揃いといえる中、もっとも気になったのは寺田寅彦の「電車の混雑について」である。本書が出版されたのは大正11年、今からちょうど90年も前の頃である。そのころから「満員電車」について考えていたとなると、「満員電車」に関する不満(?)は90年の時を経ても治っていない、むしろ満員電車を少しでも解消するということができていないということを痛感してしまう。

第五章「読書と日本人」
日本語、そして「本離れ」と言われている世の中について言及している。
日本語は英語など他国の言語と比べてもユニークであり、表現の幅も広く、繊細なところまで表現をすることができる。しかしその繊細さが「非論理的」と言われる所以の一つになってしまっているが。
もう一つ「本離れ」は「活字離れ」と同じように言われているが、どちらかというと出版売り上げの右肩下がりによるものが大きい。実際の読書による統計では、読書数は変わらないどころか増えている。しかし表現や語彙が落ちている理由はいったい何なのだろうか。一つは「本の表現の簡易化」、もう一つは「読書数の二極化」がある。
「本の表現の簡易化」は本による原因というよりもむしろ、簡単な本に走ってしまう私たちにある。というのは古典の難しい表現が忌避されてしまっている。
「読書数の二極化」は文字通り読書中毒になっているか、もしくは読書嫌いになるかのどちらかである。

第六章「出版・活字文化の大いなる課題」
本の価値観や「活字離れ」、さらには若者へのメッセージについて述べられている。

読書は表現もふくめていろいろな場面で「豊か」になる。またこれまでの人生の中での読書遍歴で人間が形成される。本書はそれを実証している。

中国ビジネスとんでも事件簿

中国ビジネス とんでも事件簿 (PHP新書) 中国ビジネス とんでも事件簿 (PHP新書)
範 雲涛

PHP研究所  2008-08-19
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中国へビジネス進出する日本の企業が増えている。北京オリンピックや上海万博などがあり、経済成長にも拍車をかけている。日本のみならず世界中のビジネス市場は中国を感化することができないのは事実である。
しかし、諸外国へのビジネスをする中で中国ほど警戒をしなくてはならない国はない。用心をしないと、中国進出を失敗するどころか、ケツのケバまでむしり取られるが如く、何もなくなってしまう可能性もある。
本書はそうならないための中国ビジネス進出対策本として気をつけなければならないこと、さらに中国人とのビジネスの傾向などが詰まっている。

第一章「実録! 日本人がはめられた上海ガールの罠」
中国ビジネスの場で実際にあったトラップについて綴っている。おそらく色仕掛けにかかり、会社の信用のみならず、プライベートも完全崩壊されたというエピソードが生々しく綴られている。
以前話題となったのだが、政治の場でも「ハニー・トラップ」と呼ばれる政治的な罠がある。これは金を詐取するというよりは、政界の要人を色仕掛けで惑わせ、機密情報を入手しようという手段である。日本の政治家や官僚がかかったりしたという話を聞いたことがある。日本人の特性上そういった色仕掛けはとりわけ気をつけなくてはならない。

第二章「唖然! 中国ビジネス交渉風景」
ビジネスに限らず国によってしきたりや文化は違っている。当然日本と中国にも違いはあるが、その「違い」について理解をしていなければ痛い目に遭ってしまう。
特に現地でのビジネスの際には現地の法律やローカルルールに精通している人、簡単に言えば弁護士と現地人を据えておかないといけないと著者は主張している。中国にも当然「法律」は存在するものの、それの「抜け穴」をねらう人、あるいは平気で違反をするものは後を絶たない。その規模は日本のそれよりもはるかに多く、用心しなければならないほどである(むしろ逆に日本の方が法律を遵守しているという見方もできる)。
それが難しい人でも最低限のルールが紹介されているため、一度目を通した方がよいのだが、あくまで「最低限」であり、これだけでは足りないと言うことを肝に銘じた方がよい。

第三章「かつ目! 日中契約文化の相違」
中国企業や人物に対する「契約事」や「交渉」のやり方について綴っている。
交渉スタイルから契約トラブル事例に至るまで網羅されている。

第四章「実践! 中国でトラブルを起こさないために」
最後は中国の現状をまとめている。中国へのビジネス進出は他国のビジネス進出よりもリスクを伴う。国のことについてある程度の理解を持たなければ、最初に何度も書いたように「痛い目に遭う」。そればかりか、他社、もしくは他の業界にも影響しかねない。企業を守ることとして弁護士の選定などは細心の注意を払う必要があるという。

中国ビジネスの実態とそのビジネスに進出する日本企業がどうあるべきかと言うのを紹介しているのだが、本書を読むとどうやら「弁護士の選定」が大きなキーポイントになっているように思えた。文化の違いや法律体系などのシステムの違い、と言うのはあるかもしれないが、身を守るために必要なことなのかもしれない。本書がそう言っているのだから。

哲学は人生の役に立つのか

哲学は人生の役に立つのか (PHP新書) 哲学は人生の役に立つのか (PHP新書)
木田 元

PHP研究所  2008-10-16
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私は思うのだが「哲学」という学問は生き方にどのように役立つのだろうか。おそらく人間が生きていくに「思想」という考えの根底が必要なのだが、それを担っているのかもしれない。最近ではニーチェやゲーテなど哲学に関する本も売れてきている。「思想の見直し」を哲学者の言葉や考え方をもとに、私たちは思想そのものを考え始めたのだろう。
その大きな要因としては「格差」が大いにある。貧困により「生きる希望」を見いだせなくなり、明石家さんまのCMの「幸せって何だっけ?」というのが復活した。希望の世の中が見いだせなくなった今、幸せという言葉を考え出し始めた。そのことから「哲学」本が売れだしたと推測できる。
著者は中央大学で長年教鞭をとってきた哲学者がこれまでの人生を哲学とともに振り返っている。

第一章「混乱の時代を生き抜いてきた」
最初に「生きる希望」を失ったから「哲学」にのめり込みだしたと書いたが、著者の青年時代と似ている部分がある。著者の青年時代はまさに終戦を迎えた前後のことであり、日本が混乱し、国民は現在とは想像できないほどだったという。

第二章「思いきり悩み、迷えばいい」
著者が高校から大学に至るまでの経緯について、さらに自ら「哲学」を専攻し始めた理由についてをあかしている。紆余曲折の中で決めたのだが、本章では哲学専攻を決めるまでどのような本を読んできたのかも含めて紹介されている。
当時は夏目漱石やドストエフスキーなどを乱読し、そこから哲学にもシフトしていったという。

第三章「頭より体力が基本だ!」
著者の人生経験を元にした体力論の話であるが、私自身「できていない」ということを痛感してしまった所である。体力というとサラリーマンをやっている私も「ビジネスマンは体力が必要」という言葉にグサリと来るがごとく、毎日の出勤、もしくは出張による移動でバテてしまい、仕事にならない時間ができてしまう。どうしようもないと言うと、それまでになってしまうため、移動しながらも運動に読書にと、様々な策を講じている。

第四章「哲学者だって女性に惑った」
確か名を打つ人物には派手な女性遍歴があったと言われている。昭和の名人と言われた五代目古今亭志ん生は結婚した当日に女郎買いを行っていたし、八代目桂文楽に至っては二股・三股を長年やっていたといわれている。女性の場合でも、小説界の大御所として知られている瀬戸内寂聴は若い頃は「色盛り」として知られていた。
哲学者も例外ではなかったという。本章でも取り上げられているが、ニーチェも幾多もの女性関係があったことでも有名であり、自らの妹ともインセストの関係にあったという。

第五章「人生ずっと、まわり道」
著者の哲学読書遍歴、というべきか、もしくは「哲学研究遍歴」といえるような所である。
目標に向けて最短経路を追い求めるばかりも人生である。しかし時間はかかれどまわり道の中で得られるものもあると言っている。

第六章「遊びも一所懸命」
今では「一生懸命」という四字熟語の方がまかり通っているようだが、本来は「一所懸命」が正しい。しかしピンポイントだけ懸命になってもしょうがないので「一生懸命」という言葉が俗用され始めたのかもしれない。
ここでは著者の趣味遍歴というべき所であるが、読書や映画、音楽鑑賞などをとことんやっていたというのが見て取れる。

第七章「好きなことをして生きる道」
あなたには「好きなこと」はあるのか?ということを問うことからこれからの時代を担う若者に向けてのメッセージとしている。「好きなことをやれ」ということを言うと目くじらをたてる人もいるようだが、子供の頃、好奇心でいろいろなことに首を突っ込んだり、好きなことにのめり込んでいった経験があるだろう。それを大人になったときでも大事にした方がいいと言うことを言っている。

著者の半生を自ら綴った物であるが、その中でも自ら学べる所は色々ある。自叙伝にしても、伝記にしてもまた然りである。タイトルが「哲学~」とあったため哲学に関する考察かと思ったが、そうではなかったためそういう意味ではガッカリしてしまったが、自らの人生がまさに「哲学」に通じていることを見て取れる一冊である。

リーダーの修行ノート

リーダーの修行ノート あのとき、僕を奮わせた言葉 (アスカビジネス) リーダーの修行ノート あのとき、僕を奮わせた言葉 (アスカビジネス)
田中 和彦

明日香出版社  2010-12-16
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明日香出版社 藤田様より献本御礼。

「名言集、および格言集は社会人にとって最高の宝である。もし前者を適宜の場合に会話の中に織り込み、後者を適切なときに記憶に呼び起こすならば」(ゲーテ「格言集」より)

これはゲーテが名言や格言のことについて言った言葉である。おそらく本書にもそのことがいえるのかもしれない。本書はリーダー修行の中で出会った言葉をまとめているが、リーダーという立場でなくても本書に掲載される名言は多かれ少なかれ必ず役立つ。

第一章「「リーダーとしての心構えの言葉」の章」
リーダーはメンバーとは違いどのようなことについて心がけを行ったらよいのかについて記されている。本書は「名言集」とは一線を画している所がここにあると言うべきかもしれない。
というのは先人の言葉だけではなく、研修や先輩から教えられた言葉まで余すことなく掲載している。

第二章「「迷いや悩みを乗り越えるための言葉」の章」
人間は40歳になると不惑となり、迷いが無くなると言われているが、誰かが言っていたが「40でも迷う」という。それからか「不惑」と言う節目の年の意味がある種形骸化していると思ったのは。
それはともかく、本章では「迷い」「悩み」を乗り越えるための言葉であるが、言葉一つ一つを見てみると、リーダーだけではなく、その立場にないメンバーでも使えることが多いように思える。とりわけ小林一三の名言はリーダーがメンバーに伝えるところで大いに役立つと言える。

第三章「「挑戦する勇気をもらえる言葉」の章」
挑戦をするには当然リスクを背負う必要がある。しかし企業はそのリスクについて避ける傾向にある。とはいえ企業は利益を出しつつ、人が育つ環境を与える場でもある。享受すると言うよりも、様々な仕事に「挑戦」をすると言うことが大事であるが、著者は名言を並べながら自らのリーダー経験での挑戦についても綴っている。この体験で名言の意味が身体の随まで浸透しているようにも見えた。

第四章「「メンバーのやる気を引き出す言葉」の章」
リーダーはそれを支えるメンバーを育てていくのもそうだが、そうさせるために「やる気を出す」事も必要である。しかし「やる気」は一度火を点ければ良いのだが、点け続けられる空気をつくっていく必要がある。そのために本章ではそのような金言を取り上げている。

第五章「「人生を変えるきっかけになる言葉」の章」
人には「座右の銘」や「金言」など、人生において糧になる、もしくはチャンスを掴む、人生が変わるきっかけとなった「言葉」は多々ある。本書は著者が最も感銘し、人生の糧となった名言を紹介している。

言葉の力は絶大である。最初のゲーテの名言にあるように名言も使い方、考え方一つで自らの人生が大きく変わる事さえある。著者は仕事をしながらも名言とふれあい、それが大きな糧になって現在がある、と言える。

命の値段が高すぎる!

命の値段が高すぎる!―医療の貧困 (ちくま新書) 命の値段が高すぎる!―医療の貧困 (ちくま新書)
永田 宏

筑摩書房  2009-07
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「命の値段」とは何なのかというと、簡単にいうと「医療費」のことをいっている。医療費をつぎ込むことにより自分、もしくは他人の命を持続させるということから「命の値段」と形容している。
しかしその医療費もだんだん高くなっている。医療の高度化、さらに国から捻出される医療費が削減されることによって国民負担額が増額の一途を辿っている。
本書はそのような医療の現状について、なぜそうなったのか、そしてこれからの医療はどうなるのかについて考察を行った一冊である。

第1章「「医療の終わり」の始まり」
医療制度が大幅に改革されたのは2000年代に入ってから、ちょうど「IT革命」が言われた時である。それから様々な改革が行われる中、一昨年に「後期高齢者医療制度」が成立され、施行された。現在は民主党政権となり、その制度が廃止される動きとなっている。
しかし医療の財政状況、および環境は悪くなっていく。高齢者の比率が増えすぎたことにより医療機関への負担が大きく、就職難により大卒から看護学校に入学する人も増えている。

第2章「小泉医療改革が目指したもの」
現状でも同じであるが、日本の医療は少ない負担で高度の医療ができるという強みがある。
しかしその「強み」も財政が逼迫していくことにより限界が生じてきた。
第1章でも語っているが高齢者への医療費の増大により、現役世代への負担は強まっていく一方である。

第3章「医療費負担の世代間対立」
本章では「後期高齢者医療制度」に関して詳細に言及している。
高齢者の増大に歯止めをかけることができず、かつ国・国民双方での医療費が増大する一方だった。「後期高齢者医療制度」は財源や保険料など複合的に考えた結果出てきた法案であるが、法案の名前も含めてマスコミや野党はこぞって「差別」などを用いて批判し、かつその批判を煽動した。そのためか、後期高齢者医療制度そのものに関して論じられるマスコミは皆無に等しかった。
後期高齢者医療制度の他にも、日本が行っている「国民皆保険」についても言及している。

第4章「メタボリック狂想曲」
最近では啓発ポスターから病院に至るまで「メタボ」という言葉が氾濫しているように見える。「メタボ」とは略さずに言うと「メタボリック・シンドローム」と言われており、高血圧・高血糖・高脂血症の三症状のうち2つの症状に疑いがある場合に定義される呼称である。
基準としては血圧や血糖値、さらに腹囲が挙げられており、とりわけ「腹囲」のことについて取り上げられることがほとんどである。
前身の「蔵前トラック」にて本章で参考文献にしてある「メタボの罠」という本を取り上げたことがあるのだが、「メタボ」として扱われる腹囲の範囲が世界的な基準からみても奇異なるものであると論じたことがある。あれから3年経つがその基準について変わる気配がないと考えると、利権や基準について論じる状況や見込みが内容に思えてならない。
本章の最後に「ハンバーガー税」の導入について論じているのを見たとき、あることを思い出した。ハンバーガー店似たいしコーヒーが熱すぎることによって火傷してしまい裁判になったことが話題(マクドナルド・コーヒー事件)となって、その後ハンバーガーの食べ過ぎによって太りすぎたことによって訴訟を起こした事件である。言うまでもなく原告の敗訴となった(裁判長から「おまえの食べ過ぎだ」と言われる始末だった)。もしかしたらこの訴訟もハンバーガー税が導入されたら訴訟は起こらなかったのではないかと邪推してしまった。

第5章「「善意の医療」が消える!?」
本章ではメディアであまり取り上げられなかった「レセプト並み領収書」について言及している。「レセプト」とは患者が受けた診療によって氏名や性別などの個人情報や過去に診療を受けた医療機関など月単位でありながら、事細かに作成される。医療書の電子化を行うにあたり、医療費の算出について重要な要素となる。
しかし、このレセプトも大きな罠がいくつかある。一つは事細かに点数化されているのかと思いきや、病名の判断などに至るまで病院の裁量が重視されている。さらに「混合医療」を認めないという意思表示にもなると言及している。
「混合医療」とは簡単に言うと、国から保険料として支払われる項目は限られており、その範囲内の医療と、保険では認められていない医療が複合的に行われることである。歯のインプラントなどがその例として挙げられている。

第6章「健康監視社会の到来」
多くの会社では年の頻度はあるにせよ、健康診断というのがある。ちなみにあるニュースをみたのだが、全体的に健康であると診断された人は1割しかいないというのを見ると、いかに不健康なのか、それとも不健康として扱われてしまったのかというのが窺える。
たとえばメタボと診断されたときに生活改善の推奨、もしくは指導が入るとする。健康診断でもいっこうに改善されない場合は、それに関する督促が執拗にやってくるというものである。
他にも過去に病気を患って通院したことも履歴として残り、どこの病院のどの医師に診断されたのかというのが一目でわかるようになる。まるで国が推奨する医療機関の公式ストーカー行為にも見える。

第7章「保険は国や会社に頼るな!」
医療は国や会社によって保護されているかと思いきや、「監視」され、「強制」されているというのがよくわかる。では任意で国の保険に加入する制度、簡単に言うと「国民皆保険」をなくせというとそうではない。しかしある程度自分の裁量で治療方法や医療を選ぶ権利を与えなければ、自分にあった医療を求めることができない。もっと言うと人間はロボットではないことはわかっているが、ロボットのように同じような治療で万人を治療させるようなことはあまり効果がない、かえって逆効果を生み出すということである。

第8章「日本の医療に「希望」はあるのか」
では日本における医療の未来は真っ暗なのか、というと解決方法は様々である。しかし「完全な解決」はなり得ない。というのは理想の医療は国、もしくは国民それぞれ違うものであり、それが国民全員にとってかなう医療など存在しないからである。むしろ国が主導で行い、国民はなにもせずただついて行くだけというよりも、むしろ国民だけで医療がまかなえるという環境を私たちが作るべきではないかということにある。医療はインフラといえる、そのインフラを私たちが作り、支えていくことがこれからの医療で重要なことではないだろうか。

政府が掲げるマニフェストはいつしか「国民の生活」を機軸にしていることがほとんどになってしまった。私たちがやるべきことを国に任せて、国がそれができないと挙って批判の声を上げるようになってしまった。マスコミの煽動におどらされて、私たちの役割を忘れてしまい、このことが諸外国から「国民は三流」と言われてしまっている要因となっている。国に頼らず、自ら考え、動いていくことがひいては日本を変える大きな一歩となるのではと考える。

ノマド出張仕事術

ノマド出張仕事術 1時間のプチ移動から本格出張まで ノマド出張仕事術 1時間のプチ移動から本格出張まで
上田 渉

実業之日本社  2010-12-16
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著者の上田様より献本御礼。
昨年の夏に「「どこでもオフィス」仕事術―効率・集中・アイデアを生む「ノマドワーキング」実践法」が話題となった。カフェの選び方から使い分け方、さらには道具といったところまで幅広く紹介されており、実践でも(書評を書く機会のみ)大いに役立った。
本書は主に長短問わず「出張」する人が多い人のための「ノマド仕事術」といえる。最近ではスマートフォンやノートパソコンなどのデジタルガジェットが誕生しているのだが、それを仕事、それも出張の場で生かすことにより、より効率的に、いつでもどこでも仕事ができる環境にする秘訣について紹介している。

chapter.1「事前準備編」
本書にはいる前に著者が「ノマド仕事術」を始めたのは10年以上も前のことである。当時はスマートフォンどころか無線LANすら無かった時代である。そのころから著者は当時の環境下で「ノマド仕事術」を実行していた。
さて本章の話にはいるが、「ノマド出張仕事術」を行う「3種の神器」を早速紹介している。「3種の神器」は、

・ノートパソコン
・スマートフォン
・iPad(またはモレスキンノート)

さらに準備としてアプリのダウンロードを行う必要がある。たとえばEvernoteのダウンロードやGmailの準備などの準備について事細かに記されている。
ただし本章でちょっと言及しておきたいのがGmailについて、保存容量は無限ではなく約7GBまでは無料で使うことができる。一般的なビジネスパーソンでは余裕があるため「無限」と表記している。それ以上使う場合はドル単位で区切られており、最大16TBもの容量を持つことができる(樺沢紫苑「Gmail仕事術」p.207より。ちなみに16TB使いたい場合は月々4,096ドルかかる。あとこちらも)。

chapter.2「移動編」
続いて移動である。「ノマド出張仕事術」の中では最も根幹をなす分野といえる。移動時間やそれまでの待ち時間は「隙間時間」と呼ばれるものであり、それを使う使わない一つでオフィス内の仕事量・スピードとも遜色ないものになる。むしろ時間に追われない所を考えると、むしろ効率的に仕事できることもある。そのためには出張までのプロジェクトマネジメントや往・復路での仕事の仕方から電車・飛行機でのセッティングといったところまで紹介している。

chapter.3「現地行動編」
現地での行動や客先へのプレゼンの秘訣について紹介している。特に出張先でのピンチはいろいろあるのだが、資料出力や目的地検索といったところまで網羅されている。さらに宿泊や休憩時間中のひと工夫についても紹介している。

chapter.4「出張勉強法」
「出張先で勉強?」と訝しがる人もいるのだが、出張だからでこそできる勉強もある。むしろ違った環境の中での勉強は刺激的である。異なる土地で得られたものをメモを取り、新たなアイデアや考え方を得て、成果物に昇華する事ができる。

デジタルガジェットの紹介もあるのだが、それ以外にも出張先でしか得ることができないものを確実に得る方法についても紹介されているところが「出張仕事術」の醍醐味である。出張の機会が多い方、とりわけ長距離の出張が多い人であればあるほど、本書の実践効力は大きくなる。

いちばんシンプルな問題解決の方法

たった2つの質問だけ! いちばんシンプルな問題解決の方法―「タテの質問」で掘り下げ、「ヨコの質問」で全体像をあぶり出す たった2つの質問だけ! いちばんシンプルな問題解決の方法―「タテの質問」で掘り下げ、「ヨコの質問」で全体像をあぶり出す
諏訪 良武

ダイヤモンド社  2010-12-10
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ダイヤモンド社様より献本御礼
「問題解決術」のノウハウ本は様々な類のものがある。しかし大概の問題解決本は「論理」と呼ばれるものが多く、「なぜ」といわれるような質問が多いようだが、それは原因を探るだけで根本的な問題解決にはならない。
では原因を探るのみならず、問題の本質と全体像を探りながら解決策を導き出す方法は無いだろうかと考える。
本書は「タテ」と「ヨコ」の要領で問題の全体の広さと深さの両方を補えるような問題解決術について伝授している。

第1章「シンプルでパワフル! タテ×ヨコの問題解決法」
トヨタの「カイゼン方式」にて使われる「5回のなぜ」。この方法は書籍に度々取り上げられるほどである。問題の本質をつかむために「なぜ」と頻りに聞いて掘り下げるといったことを行う(「5回」はあくまで基準であり、けっして5回でなくてはならないわけではない)。しかしそのカイゼンにも欠点があり、複数の原因があるときが見えなくなってしまうことがあるという所にある。そこの欠点を補うためにヨコを使う。ヨコの質問の仕方については第4章で取り上げる。

第2章「問題をモレなく分解すると解決策が見える」
ビジネスのみならず様々な場で「問題」はつきものである。その「問題」とは何なのかというと、ビジョンや目標と現状のギャップのことをいっており、それが目標に達するまでになにをしなければならないのかということをリストアップしたものであるという。
そのギャップの原因を探り、次章以降で紹介する「タテ」と「ヨコ」の問題分析にて解決方法を見いだすということを行ってみよう。

第3章「「タテの質問」で掘り下げ原因を見つけだす」
タテの質問は「一つの原因を深堀り」していく方法である。第1章で述べた「5回のなぜ」がその方法の一つとして挙げられている。

第4章「「ヨコの質問」で問題の全体像を把握する」
では「ヨコ」の質問はというと、「タテ」で一つ挙げた質問で解決できるのかを聞くところから始まる。もしできないとすると、もう一つ原因を見つけ、また同じように深堀をしていく。解決法と原因が列挙しきった所で、質問を終える。

第5章「身近な問題を「タテの質問」と「ヨコの質問」で解決してみよう!」
では紹介した「タテ」と「ヨコ」の質問を身近な所から原因を探ってみようというのが本章である。本章では例として「学校の成績がよくない」という問題を取り上げている。

第6章「職場の問題を「タテの質問」と「ヨコの質問」で解決してみよう!」
おそらく職場の問題の方がタテ・ヨコとも根深く、広い。問題解決を列挙することが多く、やりがいのあるものはない。実践するならば第5章の身近な問題を行い、そこからスライドする形で職場で行うと良いだろう。

第7章「職場の問題解決の落とし穴」
職場の問題解決では身近な事柄に関する問題解決よりもずっと難しい。というのは解決するのに人員が必要であること、さらにその人選によっては結果が大きく変わってしまうためである。簡単にいうと議論や結論に「偏り」ができてしまうためである。その「偏り」を無くすためには幅広い分野からの人選が必要になるが、そこでも落とし穴がある。ただ幅広い人選を行ったとしても表層的な議論や決断しかできない。「広く深く」物事を見ることのできる人、さらには、幅広いデータを用いることが必要である。

最初にも書いたとおり、問題解決方法はゴマンとある。本書はどのようなものだろうか。原因分析であることから「なぜ」という言葉を重要視している。その一方で「他にないか?」というもう一つの柱を使っている。「タテ」と「ヨコ」となるため問題解決の方法が線一本にならず、「面」でとらえることが可能になる一冊といえる。

雑草軍団の箱根駅伝

雑草軍団の箱根駅伝 雑草軍団の箱根駅伝
岡田 正裕

ファーストプレス  2006-10-07
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昨年の10月に立川で行われた箱根駅伝予餞会にてトップ通過した大学があった。その名は拓殖大学。拓殖大学は箱根駅伝の常連ほどではないのだが、数年に1度出場するほどの大学であった。しかし今年は今までの体躯燭台学とは違った。主砲と呼ばれる外国人選手、ジョン・マイナを擁し、さらに監督も4年前に亜細亜大学を総合優勝に導かせた岡田氏である。今年の台風の目となるかどうか注目である。
本書はその岡田氏の生涯と優勝した時のレースの回顧録の一冊である。

第1章「箱根駅伝の伝統と戦略」
箱根駅伝が行われるのは今年で87回目、おそらく駅伝レースの中ではもっとも歴史の長いレースと言える。一方TV放送が行われたのは87年である。その前にもテレビ東京系列で一度だけ箱根駅伝の模様が放送されたのだが、人気は芳しくなかった。一年後に日本テレビが放送されたのがうけ、以後日本テレビ系列の放送として、さらには正月の風物詩として定着していった。

第2章「じっと我慢の往路5区間」
優勝した年の箱根駅伝にて亜細亜大学の走りにある特徴があったことが印象的だった。10km、15km地点、ちょうど節目となるところでランナーは腕を回すのである。監督の教えなのか、亜細亜大学の伝統なのかと勘ぐることがあったのだが、本章ではそのことについてもふれている。その腕回しには「選手とのコミュニケーション」があるのだという。レース途中では運営管理車から監督の指示や檄が飛び出すことが何度もある。腕回しはそのことについて「聞こえている」という意思表示のために使っているのだという。

第3章「絵に描いたような逆転の軌跡」
亜細亜大学が優勝する前は前に紹介した駒大の「黄金時代」と呼ばれるほど強かった。2000年の優勝を皮切りに、2002年〜2005年まで4連覇を果たしていた。その年も調子が良く史上2校目の5連覇も手に届くほどだった。
では亜細亜大学はというと、優勝候補にも上がらないほどの存在ではあったものの、昨年はシード権を獲得していることから実力はあった。
本章では2006年に優勝をもぎ取った大逆転劇について回顧した所である。

第4章「駅伝との出会い」
ここでは著者の生い立ちについて綴っている。駅伝人生の中で恩師と呼ばれる存在の中でシドニーオリンピックにて高橋尚子を金メダルに導かせた名監督、小出義雄との出会いについても言及している。

第5章「営業課長の出向監督」
大学を卒業した後、就職するが、それと並行して陸上活動も続けていた。営業を続けながら出向先で陸上部を立ち上げ監督に就任した。本章のタイトルのようになった。
その中で後に10000m、及びマラソンで活躍した松野明美ら有名女子陸上選手を育て上げた。
本章ではそのことに加え、亜細亜大学就任当初の話についても綴っている。

著者の生い立ちと亜細亜大学が初優勝を決めた秘訣というのがぎっしりと詰まった一冊であった。著者は昨年の春に拓殖大学の駅伝監督に就任し、おそらく同じこと、もしくはそれに拓殖大学の形に合わせるようカスタマイズをしたのかもしれない。どちらにしろ今年の台風の目となっている。さて、今年の箱根はその「岡田マジック」を見せることができるのだろうか。いよいよ復路が始まる。

タスキを繋げ!―大八木弘明-駒大駅伝を作り上げた男

タスキを繋げ!―大八木弘明-駒大駅伝を作り上げた男 タスキを繋げ!―大八木弘明-駒大駅伝を作り上げた男
生江 有二

晋遊舎  2008-07-18
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正月になるとこのシーズンがやってくる。昨日には実業団対抗の「ニューイヤー駅伝」、そして本日と明日の2日間行われる「東京箱根間往復駅伝競走」、通称「箱根駅伝」が開催される。
本書は優勝候補の一つと目される駒沢大学の駅伝監督、大八木弘明の伝記といえる一冊である。大八木弘明(以下:大八木)はかつて弱小集団と呼ばれた駒沢大学を常勝軍団にまでし、出雲・全日本・箱根と通算15勝獲得した闘将と、闘将の下で陸上に励む駒大駅伝部について2007〜2008年の約2年にわたり取材してきた記録である。

第1章「山下りに魔物がいた」
6区、復路最初の区間であるのが、「山下り」と呼ばれるところである。上位陣が例年1時間を着るスピードレースとなる区間は想像以上に過酷である。というのは山下りはスピードは伸びるが足の負担が平坦な道や上り坂よりも強いため、走り終えるとタコや血豆を作るほどであるという。
思っている以上に過酷な区間である6区に2年連続で挑んだランナーについて綴っている。大八木はタイムについても見るが、それ以上に選手からでるエネルギーもみて叱咤激励を行うという。
確か昨年放送された「もうひとつの箱根駅伝」という番組にて、9区〜10区にかけて大八木が選手たちに檄を飛ばしている姿を思い出す。たしか「男だ!」ということを言っていた記憶があるが、調べてみると、その言葉で走る足が軽くなったというランナーもいたという。

第2章「決戦前夜」
箱根駅伝に向け最後の調整が行われるのは例年クリスマスから年末にかけてである。それはどこの大学も同じかもしれないが、調整練習の中でタイムやモチベーションを見て、当日のエントリーを誰にするのかを決める。監督としてはもっとも細心の注意をはらう時期である。練習メニューから調整に至るまで自らの経験と学んだ理論を元にきめ細やかに作られているところが印象的だった。

第3章「「鬼」がやってきた」
大八木が駒大のコーチとしてやってきたのは1996年、それ以前にも選手として箱根路を経験したことがある。実業団でも活躍していたが、当時の駅伝コーチの懇願によりコーチになったのだという。
当時の駒大はシード圏内すれすれの所におり、本命と目されることは無く、下位をさまよっていた。さらに選手の環境はというと荒廃し続けていったのだという。大八木が最初に行ったのは「選手の意識改革」であった。本章でも意識改革のエピソードについていくつか紹介されているが、ドラマ「スクールウォーズ」のようなシーンもあり、家族を犠牲にするというシーンもありと生活をすべて「駅伝」に捧げる姿があった。

第4章「記録会の夜」
「記録会」とは日本体育大学が運営する陸上の記録会のことを言っている。横浜の青葉台にある「健志台キャンパス」がその舞台である。大学のみならず、高校や実業団がエントリーされる。厳密なタイムをはかることができ、しかもインターネット上に公表される。大会に向けてのバロメーターや、ライバル団体の選手の実績も一目でわかるところから意義は多い。
駒大も例外ではなく、記録に向けて、大八木は選手に檄を飛ばすことも少なくなかったという。

第5章「「大砲」なきたたかい」
「大砲」というのはいったい何なのかというと、主力選手、とりわけ集団から大砲のごとく差を広げていくような速さで走る選手のことを言う。
著者が取材した時期(2007〜2008年)は駒大には「大砲」と呼ばれるべき選手がおらず、むしろ東海大には佐藤悠基、早稲田大には竹澤健介、日大にはキダウ・ダニエルなどが揃っていた。
その「大砲」が出雲駅伝では如実に活躍をする(ただしコンディションにもよるが)。しかし当時の駒大には「大砲」と呼ばれる存在がいなかった。それが足枷となり4位に甘んじてしまった。

第6章「伊勢路に凱歌あがる」
「伊勢路」といえば「全日本大学駅伝」である。例年11月に行われ、今シーズンは早稲田大学が制覇した。
伊勢路を駆け抜ける全日本大学駅伝は文字通り全国から予選を勝ち抜いた大学が参加する。なお出雲駅伝は全国ではあるが、アメリカのアイビーリーグが参加することで氏られ、箱根駅伝は関東が中心と言われている(確か第80回のみ学連選抜として全国に門戸を開いたことがある)。
駒大は過去7度の優勝を誇り、箱根駅伝と同様相性の良い駅伝として知られていた。
本章はその全日本大学駅伝について綴っているが、ちょうど取材されたときは駒大に凱歌が上がったときであった。

第7章「直前合宿」
2つの駅伝が終わると、ほとんどの大学は箱根駅伝に照準を合わせる。とりわけ年末に向けては最終調整や直前合宿で、第2章でも述べたように箱根路で走るランナーの選抜の材料とする。
駒大の直前合宿は伊豆大島の模様を綴っているが、本章ではさらに箱根駅伝とは別に北京オリンピックを目指すランナーについても取り上げている。大八木は箱根駅伝のみならず、駒大OBがマラソンに挑む時も駒大生とともに指導をしていたという。

第8章「遙かなロード」
いよいよ箱根駅伝である。箱根駅伝は日本の駅伝レースの中で最長であり、かつ歴史も最長である。駅伝よろしく歴史の襷も長きにわたって続いている。今年で87回目となる。
本章ではその箱根駅伝の歴史、そして2008年に行われた箱根駅伝の顛末を綴っている。

駒大は箱根が終わってもレースは続いている。全国で開催される駅伝やマラソンに続々とエントリーをし、実績を積む為である。それがよくシーズンの駅伝へのバロメーター、さらには卒業した後には実業団でマラソンを行う者もいる。96年から続いている指導は今年で15年を迎えるわけであるが、その指導は変わることなく、燦然と駒大駅伝部とともに輝きを放ち続けている。箱根路の往路が行われている今日、この日も。

リーダーのための7つのステップ49のコツ

リーダーのための7つのステップ49のコツ リーダーのための7つのステップ49のコツ
小倉 広

日本能率協会マネジメントセンター  2010-11-27
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新年、あけましておめでとうございます。今年も「蔵前トラックⅡ」をよろしくお願いいたします。早速新年1発目の書評と行きましょう。

(株)オトバンク 上田様より献本御礼
企業やプロジェクトにおいて「リーダー」と呼ばれる人は必ずいる。しかしいざリーダーとなるとメンバーをまとめるだけにとどまらず、進捗、外部との調整など一メンバーとは比べものにならないほどの仕事が待っている。仕事能力のみならず、マネジメント、人格など様々な分野で資質が問われることが多い。
本書は初めてリーダーとなった者にはもってこいの一冊と言える。
Step1「チームの信頼関係を築く」
チームは様々な価値観や性格を持った人たちによって構成されて成り立つ。たまにリーダーとメンバー1人という2人だけのチームはあるのだが、大概のチームは数人、多くて数十人規模になる。
リーダーはメンバーに対して「信頼関係」を築くために、どのように関わっていけばよいのか、リーダーとしてどのような振る舞いであるべきかについて書かれている。
Step2「チームのビジョンを共有する」
チームは一つの目標、ビジョンに向けて邁進している。しかしビジョンが提示された当初はそれを下に進めばいいのだが、しばらく日が経つと忘れてしまいがちになり、進むべき道がわからなくなってしまい、組織崩壊につながりかねない事態に陥ってしまう。
リーダーはそのビジョンを描いたり、言葉に発したり、メンバーに伝搬させる役目を持っているのだが、そのビジョンをメンバーの体に覚えさせる。決して体罰をしろと言うことではなく、参加者とともにビジョンを作り、行動に落とし込むというところで「体で覚える」ことをするといい。チームはリーダーだけが孤軍奮闘するのではなく、メンバーとともに成長していくのだから。
Step3「メンバーのやる気を引き出す」
メンバーはメンバー自身がモチベーションの維持する事も大切だが、リーダーはそれに対して「背中を押す」ことも大切である。リーダーはメンバーを見ながら、良いところ、伸びしろをみてそれを相手に伝えることが役割の一つであるが、いろいろとスパイスを与えることによってメンバーのやる気を引き起こさせる起爆剤を作ることも組織活性化につながる。
Step4「メンバーを育てる」
人が育つ要因の一つとして他人との刺激によるものがあるという。他人のなりや振る舞いによって学ぶ(真似ぶ)とべきところ(教師としても、反面教師としても)ができる。
さてメンバーを育てるのもリーダーの役割の一つと言われるが、具体的にどのように行えばいいのかわからないと言う人も多い。自由にやらせる、もしくは自分が過去に行った成功例を相手にたたき込ませる、やり方は様々なのかもしれないが、肝心なことはメンバーの裁量を任せる余白を作ることにある。
Step5「仕事を仕組み化する」
リーダー以外にもチーム全体に関わる仕事はたくさんある。しかし中には「仕組み」化できる仕事はいくらかある。分野によって違う仕事を振り分け、それを分かりやすい形(フォーマット)にし、それを誰でもできる仕事にすることで、仕事における生産性を改善する。
さらに、メンバーとリーダー、さらにメンバー同士のコミュニケーションの場を持たせることで、組織の円滑化を行うことができる。
Step6「自ら学ぶ組織にする」
リーダーはメンバーをコントロールをするという幻想にとらわれがちであるが、本当はメンバーを成長する、もっと言うと「メンバーが成長する」機会を与えさせることも役割の一つである。
本章では経営や実務の場でよく使われる「PDCAサイクル」をもとに、「計画」「学ぶ」「フィードバックする」などの道標を示している。
Step7「人としての魅力を磨く」
リーダーは「器」と言われることがあるが、その「器」をいつ、どのようにして成長したらよいのかについて記されているのが本章である。しかし周りには公言せず、むしろ一人でこっそりとやることを進めている。ではどのようなことで「器」は大きくしたらよいのか。ゴミを拾う、挨拶をするといった「心がけ」を大切にすることにある。「一日一善」という四字熟語があるが、それを行うことによって人間としての「器」は形成づけられるという。
本書で一番感銘を受けたのはStep.7である。仕事のやり方であれば課長本などゴマンとあるのだが、最後の「器」の成長の仕方についてはあまり見かけない。それよりも「人」としてどのような心がけをやればいいのか、あたりまえかもしれないけれども、それを実行する人の少なさ、それが難しいということを垣間見ることができる。

最初にもありましたが、今年も「蔵前トラックⅡ」をよろしくお願いいたします。

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