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2010年7月

F1 ハンガリーGP もう誰にも止められない!! レッドブルがまたも1-2!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round12_qualifer

「速さのレッドブル」それを顕著に表れているのが予選と言えるでしょう。レッドブル勢の1-2は今期6回目、さらにヴェッテルは4戦連続のPPをたたき出しました。しかもコースレコードを更新してという驚異的な記録もたたき出しました。

しかもフリー走行3回目と同じく、トップのヴェッテルと3位のアロンソの間は1秒の差を付けての圧勝という予選でした。

しかしフェラーリも負けていません。3位にアロンソ、4位にマッサとつけ決勝ではレッドブル勢を脅かすことができるかどうか注目です。

もう一つ注目なのはルノー勢、来季のシート獲得に黄色信号が灯っているペドロフがチームメートのクビサを上回る7番手につけました。決勝ではどのような活躍を見せてくれるでしょうか。

可夢偉は予選Q1敗退となってしまい、さらにQ2では予選中のピットレーン赤信号無視で5グリッド降格処分で23番グリッドからのスタートとなります。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:ウェーバー、マッサ

スタートして最初の1コーナーでヴェッテルがいかに逃げ切れるかが勝負になりそうです。アロンソやマッサ、ウェーバーにしても最初の1コーナーでどのように仕掛けていくか見物です。

低速サーキットと呼ばれるハンガロリンクですが、ここ最近、ポール・トゥ・ウィンがないことでも知られています。ヴェッテルを本命に上げたのですが、ドライの場合にしても、ウェットの場合にしてもピット戦略で泣かされる可能性も大いにあり得ます。

F1 ハンガリーGP フリー走行3回目 結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round12_free3

レッドブル勢の勢いが止まりません。ウェーバーがトップ、ヴェッテルが2番手ですが、その後ろのアロンソを1秒以上突き放しています。

このままの勢いでPPも取る可能性が高そうですが、予選はどうなるでしょうか。

F1 ハンガリーGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

ホッケンハイムが終わって1週間、ハンガリーGPの開催地であるハンガロリンクにやって参りました。

この1週間はホッケンハイムで起った「チームオーダー疑惑」で持ちきりでしたが、それを払拭するには今回マッサは勝つ必要があります。昨年は同じコースで予選、大怪我をしてしまい、昨シーズンはそれ以降1度も出走する機会はありませんでした。今回はそのリベンジという意味合いもあります。

道端ジェシカとの復縁もあったバトンは、4年前、ホンダにいた時代に雨の中14番手から優勝をもぎ取った思い出深いコース、さらにはアロンソは当時の最年少記録で優勝をとったコースとそれぞれのレーサーに思い出が詰まったコースと言えます。

モナコと同じように抜きにくいコースと言われていますが、なぜかポール・トゥ・ウィンを勝ち取ったドライバーは過去5年間では誰もいません。

抜きにくいコースですが、それなりのドラマが詰まっているのがこのハンガリーGPの醍醐味です。さて今回はどのようなドラマを私たちに見せてくれるでしょうか。

さてフリー走行の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round12_free1

2回目

Round12_free2

前戦の引導を渡すべくレッドブルのヴェッテルが1・2回目両方でトップタイムをマークしました。低速コースであるだけにレッドブルのスピードでPPを取っておきたいところと言う気概が表れています。

チームメートのウェーバーも1回目3番手、2回目は2番手に付けました。こちらも前戦は蚊帳の外に出されてしまっただけに、トップに立ちたいところ。

フェラーリ復調のためには何としても2連勝を挙げたいアロンソも2回目は3番手につけ上々の滑り出し、マッサも1回目は4番手とこちらも順調と言った所。

可夢偉は1・2回目とも14番手とまずまずと言ったところですが、予選を考えてみるともう少しポジションを上げたい所でもあります。

では、PP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:アロンソ、クビサ

フリー走行でも出ているとおりレッドブル勢がトップを独占するのではないかと思います。ただ予選・決勝ともに雨の予報もあるので、フリー走行の結果だけでは一概に予想できませんが、雨も確実に速いヴェッテルがPPを取ると思います。

ただ雨脚によってはアロンソやスーティルなどもチャンスがあるかもしれません。

盲目の犬ぞりレーサー―私に見えるのは可能性だけ

夏真っ盛りというのにも関わらず、季節外れの作品である。しかし犬ぞりに魅入られ、そしてそれに可能性を欠けた盲目の女性の生き様に私は魅せられた。
TVでも時々取り上げられている「犬ぞり」であるが、レース競技としてもあるだけではなく、雪の中人間や荷物を運ぶ目的で使われることも多い。実用的に使われていたのは主に米国のアラスカやカナダの北部、さらにはグリーンランド(デンマーク領)などが挙げられる。

日本でも南極や北極の探検にも使われ、それを取り上げた映画「南極物語」はあまりにも有名になった。ちなみに南極体験に犬を使うのは1991年に「環境保護に関する南極条約議定書」により禁止されており、現在は南極体験に犬を使うことは見られない。

さて本書は盲目の犬ぞりレーサーであるレイチェル・セドリスの半生を綴った作品である。生まれながらに目に異常があり、ほとんど目が見えない状態だったという。目が見えないというギャップに関してのコンプレックスは持っていなかったが、小学校の時にそのことでいじめにあった。それに耐えながら、彼女は犬ぞりレースに出会った。父親もまた犬ぞりレーサーだったため、それに影響されてのことである。

犬ぞりレースは犬をひいて走るということで楽なように思えるが、実際は犬とともに、自分も走る必要がある。つまり自分が走ってくれるのを犬が補助をしてくれるというため、そりに乗る人も相当な体力を持たなくてはレースができないと言う。しかも彼女が走ったレースは短くて約6.4㎞(4マイル)だったが、やがて距離が長くなり、最も過酷なものでアイディタロード・レース(「アイディタロード・トレイル」とも呼ばれる)というのがあり、1160マイル(約1800㎞)にも及ぶ(当然1日では無理なので、その距離をやく約10日間で走るという形式)。

彼女はそれに出場し、優勝することを常に目標に持っていた。しかしそれに参加するには数多くの困難があった。難関と言われる予選レースに勝ち抜くこともあるが、それ以上に競技委員会と理事会を説得しなければならない。全盲のレーサーを出走させることに関してそれらだけではなく、レースのチャンピオン経験者も反対の声を上げていた。そのプロセスとして数多くのレースに参加したのだが、そのたびに参加登録などのトラブルが起った。それと同時に「盲目の犬ぞりレーサー」ということでマスコミも殺到した。過酷なレースの中、怪我や凍傷も絶えなかった。

それでも彼女はひたむきにアイディタロード・レースに向けてひたむきに邁進していった。2005年ついにそのレースに出走する夢を叶えたが、結果はリタイアだった。しかし彼女はその結果に甘んずることなく、これからもずっと挑戦を続けていく。

本書の著者であるレイチェル・セドリスは奇しくも私と同じ年に生まれている。そのことからか自分と同じ年に生きる人がひたむきに前に進む姿に心を打たれた。生まれながらにハンデがあってもそれを気にかけず乗り越える力、その力をひしひしと感じた一冊であった。

女性経営者が儲かる理由

女性経営者が儲かる理由 女性経営者が儲かる理由
菅原 智美

実業之日本社  2010-07-03
売り上げランキング : 193864

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(株)ダーナ 山本様より献本御礼。
女性の地位向上が著しい中、女性経営者と呼ばれる人は珍しくなくなった。
女性経営者の利点は様々な所で利点がある、それは本書の中身にていろいろと明るみになっていくのだが、日本の歴史から照らし遭わせていくと「女傑」といわれた卑弥呼や北条政子などもいる。男尊女卑と言われていた時代でも女性は尊きものであったことが窺える。
本書は数ある女性経営者の中からビジネスを加速させ、株式上場、増収増益や10年以上続いた会社、そして独自の技術やノウハウで切り拓いた経営者を中心に追っている。

第1章「今こそ、女性経営者のアイデア・独自化・パワーに、学べ!」
「女性の強さ」といったらなにがあるのだろうかと考えてみると、まずは「肝っ玉」というように度胸が据わっていることにある。経営者は大きな決断の連続でヒラの社員とは比べものにならないほどのプレッシャーに苛まれ続ける。そこに度胸が据わっていれば多少のプレッシャーも耐えることができる。
ほかにも流行に敏感、しゃべりの強さ、そしてなによりも助けを求める力もあるという。

第2章「「株式上場!」を成し遂げた成功法則」
「株式上場」とはいっても様々なモノがあり、一番レベルの高いもので「東証一部」がある。ここに上場すると、文句なしの一流企業といえるようになる。その下には「東証二部」や「JASDAQ」など様々なモノがある。上場するというところで共通するものは株式を公開することにある。公開をすることによって投資家が興味を持つ、日本国内のみならず海外にも企業のことについて認知することができるという利点がある。
本章では株式上場を果たした2人の経営者を紹介している。

第3章「「増収増益!」を続ける圧倒的な戦略」
「増収増益」はなかなかうまく行かないものであり、景気の変動や購買意識の変化を読まなければ、たちまち苦しい経営となってしまう。経営者の中でも「商才」と呼ばれる部分が発揮するかどうかで「増収増益」が達成するかどうかが左右される。
流行を読むことに優れている女性であると考えると、もしかしたらそのことに強みを置くことができるので増収増益は男性よりもたやすいのではないかと考えてしまう。
本章では独自にトレンドを読み、増収増益を果たした女性2人を取り上げている。

第4章「「創業10年以上!」安定成長の秘訣とマインド」
ある経営者の知り合いがメルマガにて書いてあったのだが、起業して10年以上続く会社は100社のうち10社あるかないかという。
長く続けられる会社は100年以上続く起業もあり、日本で最も長く続いている会社では大阪の○○社が約1500年続いているといわれている。
新しい企業が駆逐される中で、いかに続けられるか。これは女性に限らず経営者にとって大きな課題といえる。
本章では10年以上続いた企業の経営者6人を取り上げているが、チャンスをつかむ力、10年後も続くようなビジネスを見つける、継続をするなどが挙げられるが、続けるには「目の付けどころ」を大事にするとともに、それを見続ける力、養い続ける力が大切であるということを行っているのではないかと思う。

第5章「「独自化!」で道を拓いたビジネスモデル」
企業には様々なカラーがある。企業が行っていることから経営戦略、はたまた経営者の人格に至るまでいろいろな要素が詰まってできる。
本書はその中でも特に「独自」の事業で成功をした経営者を紹介している。「独自」の事業や戦略を行うことは表向きに奨励されているとはいえ、いざ実行となると様々な向かい風がある。その向かい風に立ち向かい続け、乗り越えることによって成功という果実を手に入れられた人たち6人を紹介している。

女性がトップになるという利点が詰まっているが、そもそも女性がトップになったことによる利点は邪馬台国で卑弥呼が女王立った時代のことを思い出す。男性が統治していたところは国によるが大概好戦的で戦争を仕掛け続けることが多かった。しかし卑弥呼が統治していたときは戦をすることはあったものの、仕掛けられた立場しか無かったのだという。むしろ自国の安全と活性を常に案じていた。そのことから争い事はほとんどなかったのだという。卑弥呼が死んだときに男性が統治したが、なかなかうまく行かず、わずかの間で卑弥呼の妹が統治するようになったという(ただしそれらに関しては諸説や論争も数多くあると言うことを補足しておく)。
女性経営者は現在に日本の経営者に比べても比率は5%と低いが、「女性経営者であればこそ」と呼ばれるようなところをというのを認知させるべきではないかと思う。その格好の材料が本書なのかもしれない。

ユーマネー Free<タダ>でお金と自分を成長させる方法

ユーマネー-Free<タダ>でお金と自分を成長させる方法 (講談社BIZ) ユーマネー-Free<タダ>でお金と自分を成長させる方法 (講談社BIZ)
中村 祐介

講談社  2010-07-16
売り上げランキング : 44351

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(株)オトバンク 上田様より献本御礼
かつては安ければよい時代があった。しかし21世紀になるにつれ購買志向が多様化した。そして2・3年前からは「Free」という新しいスタイルが出始めた。日本では「居酒屋革命」がそのスタイルの先端を行っていることで有名である。
本書は起業してわずか1年で年商1億円を達成した方がウェブのツールを駆使してほとんど費用をかけずに達成したノウハウについて語っている。

1章「知識を集める」
「情報を集める」ことと同じことであるが、ウェブがなかった時代は書籍やTV、雑誌、自分の足で見聞したことが主流であった。しかし今ではgoogleなどの検索機能一つでほぼすべてがかなうようになってきた。
しかし集めてばかりでは、せっかく得た知識は自己満足に終わるだけで、それをいかに醸成するかも大きな鍵となる。そのために本章でも紹介されているが情報を発信する、自ら得た知識をさらに深化させる為に、取材や質問力を鍛えることを謳っている。
googleでは検索できる情報からさらに深くしながら、googleで検索できない情報を得る。それをソーシャルメディアを介して行えるのだという。
ちなみに本章ではソーシャルメディアを基点に情報のインプットやアウトプットをするといっているが、数年前まではmixiやGREEなどが主であったのが、twitterやmyspace、Facebookが出てきたことにより、ソーシャルメディアを使う機械の頻度も高くなっている。

2章「注目を集める」
ソーシャルメディアがより身近になってきたことにより、使いやすく、そして誰でもが「メディア」を持てる時代となった。
しかし使うからには様々な人に観てもらいたいという願望はある。ブログやmixi、twitter、Facebookをやっている私も同じである。さて注目を集めるにはどうしたらよいかというのが本章である。
ウェブを介して有名になった人はたくさんいるが、本章でも取り上げられている「変な踊り」については私自身知らなかった。VISAのCMキャラになったほど有名になったというのだがYouTubeでも自分の趣味以外はほとんどみないので観ることは無かった。
自分のメディアでもって情報を発信をしたり、受け取ったりするため、それを広げるためには仲間や閲覧者が必要である。そのためにはまずプロフィールや顔写真を作ることが重要だと言われているが、プロフィールを10個作るというのが印象的だった。スーパーサラリーマンの美崎栄一郎氏は本を出す度にプロフィールを変えているという。出す本の傾向にあわせて自分のプロフィールを自在に変更するのだという。
ブログで2年やっている私にとってこれからブログの傾向やプロフィールを見直す時期に入ったと思うので非常に参考になる。

3章「評価を集める」
注目が集まれば、次は「評価」である。自分自身これがなかなか難しいと思っており、注目はされるのだが、あくまで通りすがりでなにも評価されることないままになってしまうことも少なくない。
ではどのようにしたら評価を集められるか、現状を観る上でページランクを使用したり、ネタになるような記事やつぶやきを意識するなど様々である。

4章「お金を集める」
「Free」でお金を多く稼いでいるのは著者ばかりではない、「404 blog not found」の小飼弾氏は書評で行うアフィリエイトで月60万円前後稼いでいるのだという。取り上げる書評もほとんどが献本されているものなので、実質書籍代はかからない。
「Free」でお金を稼ぐと考えると「ノーリスク・ハイリターン」と思われがちであるが、実は「ハイリスク・ハイリターン」である。お金がかからないのであればどこにリスクがあるのかと思いがちであるが、「時間」で大きなリスクを背負う、お金をかけない代わりに時間をかけなければいけないという。本章では成功者の3人紹介しているが、その中には友人の太田政文も取り上げられている。

「Free」の時代だからだろうか、それともウェブが一つのインフラとして可能性を広げたためなのだろうか、ウェブを介して収益・人脈を形成することのできる機会が多く、そしてより身近になった。本書はその時代をどのように歩んでいけばいいのかという道標になる一冊である。

ながれ星

ながれ星 (佐々木丸美コレクション12巻) ながれ星 (佐々木丸美コレクション12巻)
佐々木丸美

復刊ドットコム  2007-09-25
売り上げランキング : 433827

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本書は1981年に発売された同名の単行本を復刻したものである。本書の著者も2005年に逝去されたのだが、彼女の作風が人気を呼び復刻をしたものと言われている。
復刻された本書は「佐々木丸美コレクション」として過去に上梓された本を18巻にまとめたものの1つであり、本書は12巻である。

その本書は無人島が舞台で、3組のカップルと不思議な少女の共同生活を舞台にした物語である。
本書はファンタジー小説の範疇に入ると紹介の際にいわれていたのだが、どうも呼んでいくうちに「ファンタジー」という感覚がしなかった。最近読まれるライトノベルのファンタジー小説のことを連想してしまうのだが、この本が初版されたのは1981年のことを考えると、「時代のずれ」があるのかもしれない。

3組6人のカップルがそれぞれ学びながら生き抜く強さをはぐくませながらも、謎多き一人の少女と紡ぐ不思議な物語は、感覚を不思議にさせるばかりでなく、「生きる!」「死ぬもんか!」という感情を、静かに表しているように本書を読んで思えた。

F1 ドイツGP フェラーリ完全復活!!ホッケンハイムを1-2フィニッシュで制圧!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round11_final

フェラーリ勢圧勝!という感じのレースでした。

第1コーナーでヴェッテルがアロンソを牽制している隙にマッサがトップを奪い、ピットストップ前後をのぞいてトップを守っていました。49周目にアロンソがマッサに代わってトップに立ちましたが、コンスタントなレース運びを見せてくれました。

ただ…49周目にレースエンジニアがマッサに対していった言葉がスチュワードの審議の対象になったようです。

(1:28現在)

審議の結果が明らかになりました。フェラーリに100,000ドルの罰金となりました。ただしモータースポーツ協議会の決定はまだなので、あくまでレーススチュワードの決定によるものです。

PPを獲得したヴェッテルは最終周にファステストラップをたたき出し意地を見せましたが、1コーナーの失敗が尾を引いたと言う印象でした。折角の母国GPでしたが…残念でなりません。

同じ母国GPといえばミハエル。予選では11番手とふるわず、決勝でも目立った活躍もなくポイント獲得圏内の9位でフィニッシュでした。熟練した強さを見せて欲しかったのですが…ブランクと年齢が相まってそういえない状況と言えるかもしれません。

可夢偉は今回、我慢のレースと言えるものでした。序盤はポイント獲得圏内に入ったのですが、ピット後はポイント圏外すれすれを行き来していていました。3戦ぶりにノーポイントに終わりましたが、来週のハンガリーGPでは活躍してくれることを期待しましょう。

次戦は来週、ハンガリー・ハンガロリンク!!

F1 ドイツGP わずか1000分の2秒差でヴェッテルがPPの座をつかみ取る!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round11_qualifer

予選終了直前でヴェッテルが見せてくれました。1000分の2秒差でアロンソを逆転しPPを獲得しました。ここ1番の速さはレッドブルが速いという所を見せつけました。

フェラーリ勢は完全復活ののろしを上げるように2-3の位置につけました。その後ろにはウェーバーやマクラーレンがいるので、決勝では1コーナーまでのあたりでどこまで抑えられるか、そしてタイヤ戦略も重要になります。ただフェラーリはここ最近は戦略に泣かされてきているのでそれを払拭するレースになるだろうと思っています。

さて優勝予想と行きましょう

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:ウェーバー、ハミルトン

ヴェッテルがポール・トゥ・ウィンを飾るのではないかと。

F1 ドイツGP フリー走行3回目 結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round11_free3

ヴェッテルがトップタイムをたたき出しました。それに2回目トップタイムだったアロンソ、ウェーバー、マッサと今回はレッドブル Vs フェラーリの様相を見せています。

スーティルは開始わずか2分でコースアウト。マシントラブルでノータイムに終わりました。

第5回 新刊公開企画会議 (SK3) 感想

昨日は(株)実業之日本社主催の「第5回 新刊公開企画会議 (SK3)」、通称「ダダ本会議」に参加いたしました。

今回で5回目です。過去、第1回は本の出版について、第2回はタイトル・構成について、第3回では電子書籍について、第4回はバッファから「遊び」になったこと講演と議論されました。

書評ブロガー2人、「俺と100冊の成功本」の聖幸さんと「女子勉」の勉子さんがゲストパネラーとなり、すでに書き上げたゲラを見て、議論をすると言う形式でした。

会場では第1章を手に入れましたが、それだけではなく第4章もすでに公開されているそうです。

公式サイトにはありますが、私はそれに気づかず第4章を読みそびれてしまいました。さっきダウンロードしたのでこれから読むことにします。

本の内容について、そして装丁のことにまで及び、熱い議論となりました。

詳細に関してはtwitterのハッシュタグ「#dadabon」にて。

そして次回の第6回「ダダ本会議」は8月3日(火)に開催するそうです。私も参加いたします。

今回この会を主催した実業之日本社の皆様、美崎栄一郎さん、聖幸さん、勉子さん、そして今回名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

F1 ドイツGP フリー走行1・2回目 結果

F1サーカスは2年ぶりのドイツ・ホッケンハイムにやってきました。

F1シーズンもいよいよ後半戦に入っていきますが、速さではレッドブルが強さではマクラーレンが際立っている印象を持ちます。特にマクラーレンは安定感もあって、ドライバーズランキングではハミルトンがトップ、バトンが2位と1-2体勢を築いています。

しかし、速さはあるが信頼性に欠けるレッドブルも負けてはいられません。戦略に泣かされてきたフェラーリも逆転のチャンスを窺っているところです。

そして日本勢では可夢偉が2戦連続の入賞、さらなる活躍に期待と言ったところです。前戦のイギリスGPに参戦した山本左近も、チャンドックの代走として今回も出走するそうです。日本勢にも期待がかかります。

さてフリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round11_free1

2回目

Round11_free2

1・2回目ともにウェットコンディションでのレースとなりました。決勝も大雨の予報がある分、今回は波乱の戦いになる予感がします。

そのフリー走行でも波乱がありました。1回目ではフォースインディアのスーティルがトップタイム。「レインマン」という異名を持ち2008年のモナコGPや2009年の中国GPでは驚異的な追い上げを見せ、下位グリッドから入賞圏内にまで追い上げると言った活躍を見せました。

2回目は逆襲を狙うフェラーリのアロンソがトップタイムをたたき出しました。チームメートのマッサも3番手につけフェラーリ勢1-3で大雨になるであろう決勝に備えています。

さてPP予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:スーティル、アロンソ

レッドブル勢速し、と言ったところだと思います…と言いたいところですが、今回はヴェッテルがPPになるような気がします。一昨年のイタリアでは非力ながら雨のモンツァで初のPPを奪取し、勢いそのままに初優勝をかっさらいました。その再現を、マシンは競争力はあるのですが、速さと言うよりも強さを見せつけてのPP獲得、そして優勝をもぎ取るのではないかと思います。

ウェーバーも安定感があると思いますが、マシンの信頼性も相まって5分5分と言ったところだと思います。

そして雨に強いスーティルは予選でも活躍を見せてくれるし、アロンソもPPをとる可能性はあります。

北朝鮮はなぜ潰れないのか

北朝鮮はなぜ潰れないのか (ベスト新書) 北朝鮮はなぜ潰れないのか (ベスト新書)
重村 智計

ベストセラーズ  2007-07-19
売り上げランキング : 352930

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北朝鮮は日本の終戦後、当時のソ連のバックアップによって建国された国である。金日成がトップである主席となり、独裁政治を築いていった。金日成が92年に病気を理由に政治の世界から一線を退くと(94年に死去)、息子の金正日が総書記となり実験を握った。その金正日も容態が思わしくなく、近々実権が金正日の息子のどれかに継がせるというニュースもある。
独裁国家であり、かつ国民は強烈な貧困にあえぎ、「脱北」と称される亡命を行った民も少なくない。
本書は北朝鮮にまつわる様々な不思議、その中でも北朝鮮は潰れるのかという疑問について北朝鮮の内情に詳しい早稲田大学教授の重村氏が解説をした一冊である。

第1章「なぜクーデターは起きないのか」
北朝鮮でクーデターは実際に起ったことはない。ただしクーデターが計画されていたことは何度かあった。最近のクーデター未遂は1992年、にあった。ちょうど金正日が総書記に就任するあたりの頃である。主席である金日成の容態が思わしくなく、政権委譲もあり得るのではないかという憶測が流れる中、クーデターが計画されていたという。しかしその計画は首脳陣にばれ、関係者はほとんど処刑された。それ以来、総書記の側近に政治軍人を置き、クーデターが起らないよう監視しているという。
クーデターが起らずとも北朝鮮の崩壊の危機は金日成が死去した時、ブッシュ大統領から「悪の枢軸」と言われた時、そして経済制裁を受けた時など計4回にも及んだ。

第2章「後継者問題と影武者金正日」
今は沈静化しているものの、後継者争いは連日ニュースで取り上げられた時期があった。現在の所、有力なのは三男の金正雲である。長男の金正男はこれまで後継者の筆頭と言われてきたのだが、2001年には東京ディズニーランドに、さらにはマカオなど様々な国を渡り歩いていたという。そのことから側近たちは金正男の不信感が高まり、後継者争いという形で派閥争いを繰り広げた、それが世界のジャーナリストたちの耳に入り、連日報道されるようになったという。
後継者争いにも関わるが、金正日が重病により亡くなるのではないかと言う声もあった。さらには「金正日死亡説」も、現在でもまことしやかに囁かれている。北朝鮮の首脳は国と同じように謎が多い。

第3章「北朝鮮はなぜ崩壊しないのか」
貧富の差は日本と比べものにならないほど大きい国であり、かつ経済制裁などの圧力を何度設けている国である。第1章でも述べたように崩壊の危機は4回あった。金日成政権下でも何度かあると考えると、2桁に及ぶのかもしれない。
今でも経済制裁により財政的にも綱渡りの状態が続いていることは確かである。しかし、その綱渡り状態が長きに続いてもなお崩壊しない北朝鮮であるが、これはなぜなのだろうか。
一つは中国、今でも親交のある国である。財政的には微々たるものだが援助を行っており、北朝鮮を崩壊させようとは思っていない。しかしテポドンの実験などで友好国に逆なでするような行為を行っているのは確かで徐々に態度を硬化させつつある。
朝鮮の南側である韓国も同じく崩壊を望まないという。理由としては東西ドイツの統一が例に挙げられる。東西ドイツが統一した1990年を思い出すと、ドイツでは急速に経済が衰退し、失業も相次いだ。それを目の当たりにした韓国国民は統一への意欲が冷めてしまったという。
とはいえ著者はそう遠くないうちに北朝鮮は崩壊すると見ている。少なくとも5年、長くても15年以内には崩壊するという。「社会主義国は完全に敗北する。かつてのソ連や東ドイツと同じように」という考えであるそうだ。

第4章「なぜ拉致問題は解決しないのか」
昨日今日と北朝鮮の元工作員であり、元死刑囚である金賢姫(キム・ヒョンヒ)が来日し拉致被害者家族と面会を行っている。
拉致問題は2002年あたりに進展は見られたが、それ以降進歩すら見られないままである。拉致問題に進展が見られたのは小泉政権の時だけであるが、その時は拉致被害者の安否情報など私たちには相容れられないものだった。北朝鮮から拉致被害者を取り返したと言うことで支持率は上昇したものの、結局解決にすら至らない状況となってしまった。

第5章「北朝鮮は暴発しない」
北朝鮮の暴発、これは軍によるクーデターか、国民の反乱か、あるいは米国や日本からの圧力に対してテポドンや核を用いて報復するのか、どういった定義かは難しい。
しかし暴発論や感情論、さらにテレビや新聞による先導に惑わされず常に情報には疑って掛かりながら、正しい判断力を持つことが重要であると、長年北朝鮮研究を行ってきた著者は訴えている。

北朝鮮は謎の多い国である。確か60年安保から大学紛争の時の間では「北朝鮮は楽園」と語り、北朝鮮に渡った日本人もいたという。しかし数々の情報が浮き彫りになって行くにつれ、北朝鮮との国家間の緊張は高まり、現在も続いている。当然拉致問題の解決、核放棄など様々なことで北朝鮮と対話を通じて渡り合っていかなければいけないが、今の政府にその技量はあるのかと言うと疑わしい。

江戸の妖怪事件簿

江戸の妖怪事件簿 (集英社新書) 江戸の妖怪事件簿 (集英社新書)
田中 聡

集英社  2007-06-15
売り上げランキング : 161495

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新聞の馴れ初めは、江戸時代の「瓦版」と言うのがあった。俗に「讀賣」と呼ばれていたものであり、町民にとっては重要な情報源であった。しかしその瓦版は今のように事実が書かれていることもあったが、その中でもデマや妖怪が出たと言った話も多かったのだという。
江戸時代だけではないのだが、妖怪と人間にまつわる物語や話と言ったものは沢山あり、実話にあるのではないかと信じている人も少なくない。元々日本では「死者の国」と呼ばれ、現世もあの世も地続きであるという考えがある。そのことから妖怪や幽霊がいると信じている人も多く、それらにまつわる話が多い所以だったのではないかと思う。
本書は江戸時代における妖怪話を取り上げられている。

一章「江戸時代は、妖怪でいっぱい!」
江戸時代は妖怪の話が沢山あるという。本章で取り上げている幽霊話は沢山あるのだが、年代を見てみると江戸時代の後期、ちょうど「化政文化」が栄えていた時代に当たる。「東海道中膝栗毛」の十返舎一九や俳句では小林一茶、日本画では葛飾北斎や喜多川歌麿が取り上げられる。
時代劇の描写でもこの時代は多く使われており、怪談の舞台もその時代が多くあるというのは窺える。
本書で取り上げられる妖怪は主に猫、狸、狐といった動物の妖怪である。猫と言えば「猫娘」や「化け猫」があれば、狸は葉っぱを載せて自由自在に変化をする、狐も稲荷としてまつられているが、八尾の狐や狐の嫁入りなどがある。

二章「本木村化物騒動」
「本木村」というのは宗像郡本木村のことであり、現在の福岡県福津市に位置する。
この事件は1680年からはじまった。百姓の妻が獣の子どもを孕み、出産をしたが、その女性はその後になくなった。生まれた赤子も死産だった。その後も第二・三と立て続けに獣の子を産み母子共々死ぬと言う事件が相次いだ。
現在、知られている妖怪話の中でもとりわけグロテスクな話に当たる。「怖い」と言うよりも「気持ち悪い」という感情に駆られ、眠れなくなってしまうほどである。

三章「ゴシップとしての怪談」
妖怪のゴシップ話は最初にも書いたとおり瓦版かきているものもあれば、うわさ話として口伝いで広がることもある。最も現在の情報量とは比べものにならないほど乏しかっただけに、新しい報せが入ってくると飛び付く性は今日の日本人の性格を形成づけたと行っても良いかもしれない。

四章「狐の裁判」
妖怪話に限らず、日本神話でも「狐」の印象は様々である。悪い側面では「今昔物語」で若い女に化けた狐の話がある。女性ばかりではなく、男性や動物、さらに妖怪にまで化けるという話も現存しており、狸に勝るとも劣らずの化けの天才である。
今回は妖怪の話であるので、その関連で言うと「狐憑き」が挙げられる。本章でも1844年に起った事件について取り上げている。ほかにも本章では紹介されていないが、安土桃山時代に起った「長篠のおとら狐」の話もある。

五章「妖怪のいる自然学」
日本は生と死が地続きにあり、ちょうどお盆の頃には迎え火や送り火を行う。その間にはキュウリとなすとマッチ棒で馬や牛をつくる。言うまでもないが、早く来て、そしてゆっくりとかえって欲しいという願いからきている。
ほかにも2月には節分があり、そのときには豆をまいて鬼を追い出し、邪気を払う習わしがある。日本の習わしは多岐にわたるが、日本古来からある神道にまつわるものが多数を占める。
しかし妖怪や霊は実在するかというと、それを真っ向から否定する論者もおり、日本古来からある妖怪話を真っ向から否定する人さえいる。

六章「アメリカから来た狐」
妖怪話が栄えた時代は江戸時代後期以降であることは一章にて書いたが、その後幕末となりペリーが浦賀沖に来航すると言うことが起きてから、日本の鎖国は説かれることとなった。本章の題目である「アメリカから〜」という話が出てきても何ら不思議はない時代となった。しかしここでは幕末に蔓延したコレラのことを挙げていることを見ると、社会的なことを妖怪話にとらえている江戸時代の遊び心が見え隠れしているように思える。

妖怪を信じる人、信じない人それぞれ自由である。私自身はそれほど信じていないが、話を聞く限りおもしろいと言うだけの考えである。しかし本書を読むタイミングが見事だったなと自分ながら驚いてしまう。梅雨が明けてうだるような暑さの頃はまさに怪談ブームである。それによって引っ張りだことなる方もいると思うが。背筋も凍るほどの怪談に触れて涼しさを満喫するのも良いかもしれない。本書もその材料の一つと言えよう。

経済が世界一シンプルにつかめる本

経済が世界一シンプルにつかめる本 (アスカビジネス) 経済が世界一シンプルにつかめる本 (アスカビジネス)
木暮 太一

明日香出版社  2010-07-13
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明日香出版社様より献本御礼。
日本に限らず世界的にも経済はめまぐるしく変化を続けている。それは国単位に限らず、私たちの生活に関わっているだけあり、直視していかなければならない課題である。
とはいえ「経済」という言葉を一括りにしても、学問的な「ミクロ経済学」や「マクロ経済学」、「経済史」があれば、私たちの生活に近い「日本経済」などが挙げられる。そこからまた学ぶ分野も簡単なものから、私たちの生活から大きくかい離しているものもある。
経済学は取っつきやすいところと取っつきにくいところがあるのだが、本書は経済をより私たちの生活に視点を置きつつ、噛み砕いて説明している。元々著者は大学在学中に「気軽にはじめる経済学シリーズ」を自主出版しベストセラーにしたことがある。

第一部「ぼくらのための世界経済入門」
第1章「衣 商品にまつわる話」
日本の消費はほとんど飽和状態にあり、電気製品や自動車など海外に市場を置く企業は少なくない。とりわけソニーやパナソニック、トヨタなど「リーディングカンパニー」と呼ばれるトップ企業は海外に向けた商品も積極的に進めている。2003年から2008年の半ばまで続いた「戦後最長の好景気」はまさに海外に向けた市場が好調であったことからきている。企業は軒並み最高益を更新する中、平均給与は右肩下がりという現象も起こっている。そのことから「実感無き好景気」と揶揄されるところでもある。
景気の動向は海外の貿易だよりと考えると、韓国の経済もかなり外国に頼るところが多い、というよりいち早くそれに気づき実行しているだけあって、サムスン電子やLGが世界に名を連ねる企業にまでのし上がったというのがある。

第2章「食 食べ物にまつわる話」
日本の食糧自給率は2009年現在41%である(カロリーベースによる)。その中で「食」にまつわることはいろいろとあり、捕鯨問題、さらにはクロマグロの漁獲制限もある。ただし本章はそうではなく、日本人の「食」そのものについて説明している。世界経済は成長していく中で、中国やインド、ロシアなどの経済の成長は速く、日本を追い越すのも時間の問題といえる。その中で国そのものが豊かになり、食糧需要も増大していくことにより、それを懸念して政府は食糧自給率対策を行っているのである。

第3章「住 生活環境にまつわる話」
毎日のように変動するのは株だけではなく、ドルやユーロなどの「外国為替」も同じである。この「外国為替」は日本の輸出・輸入に大きく関わる。現在は円高傾向にあるのだが、円高であればいいものというと輸入する作物や原料は安価で手に入る。その一方で日本産業の大動脈と言える自動車や半導体と行った機械の利益が少なくなる。円安傾向になればその逆になる(あくまで一例である)。
そしてもう一つは移民や観光といった外国人の受け入れ環境によるものを挙げている。労働人口減少や高齢化も相まって働き手が不足していく中、外国人労働者の受け入れも増えていくことは確実である。しかし治安の悪化や伝統や文化の破壊、さらに失業など不安や批判もあちこちで見られるという。

第二部「ビジネスマンのための世界経済入門」
第4章「ヒト 人と力にまつわる話」
ここからは、よりビジネスにベクトルを置いた話である。ここでは人口の変動による影響について説明している。人口の変動は労働にも影響を及ぼすが、それに派生して貯蓄率の減少にも言及をしている。

第5章「モノ 国の持ち物にまつわる話」
次はモノである。「国の持ち物」と言うと私はてっきり石油や天然ガスといった「資源」に着目してしまったのだが、ここでは「輸出しているもの」「輸入しているもの」、つまり貿易にまつわるところを説明している。
日本の得意分野は何と言っても機械分野、とりわけ自動車や電化製品には強い。しかし天然資源はほとんどとれず、さらに食糧も国内ではまかないきれず、輸入に頼る。現在最大の貿易相手国は中国であるが、かつてはアメリカであった。そのアメリカとはバブル景気前後に深刻な「貿易摩擦」が生じ、「ジャパン・バッシング」の引き金になった。時の大統領であるビル・クリントンの政権下では在アメリカの日本企業に対し、多額の賠償金を支払わせるなど行ったことでも知られている。

第6章「カネ お金と為替にまつわる話」
最後はカネであるが、ここでは一昨年まで起り続けていた原油の高騰、いわゆる「第三次石油ショック」と呼んでいる。
これはアメリカでサブプライムローンがブームとなり、そこから世界中の投資家が「先物」の石油を大量に買い占め続けたことにより起ったものである。そういえば「戦後最長の好景気」の中でも「ハゲタカファンド」など経済ニュースを中心に叫ばれていた時代が合ったことを思い出す。

「数学」や「理科」と同じように「経済」という言葉だけで拒否反応を起こす人はいる。少なくとも私の大学時代でもそういう人はいた。しかし私たちの生きる中で「経済」というのは切っても切れない存在である。たとえ株取引などが行われた時代でも「経済」はあったのだから。そういった時代の中で、経済でわからないことがあった時にすぐに駆け込める「駆け込み寺」という存在が本書なのだと私は思う。

冷房の設定温度、何度にしてる?


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先週の後半からずっと晴れが続き、そして3連休から急に暑くなりました。いよいよ夏本番…と考えると、暑いのが苦手な私にとってクーラーどうしようと考える時期です。

そういった時期にクーラーの温度は何度にするか。

エコと言う観点では28℃を推奨しているのですが、さすがに28℃では、私は効果がなかったです(すでに実体験済)。

現在は25℃前後にしています。暑くもなく、だからといって涼し過ぎず、ちょうど良い温度にしています。

印象派の誕生―マネとモネ

印象派の誕生―マネとモネ (中公新書) 印象派の誕生―マネとモネ (中公新書)
吉川 節子

中央公論新社  2010-04
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フランスでは19世紀中頃に「印象派」というものがあった。代表的な人物として挙げてみると、本書の副題にあるマネとモネ、ゾラ、ルノワールと枚挙に暇がない。クラシック界でも同じように「印象派」があり、ドビュッシーやラヴェルが活躍した。本書は印象派の研究の中でもマネとモネの比較を中心に「印象派」によって美術の趣がどのように変わっていったのかを考察している。

第1章「印象派の成り立ちを見てみよう」
印象派が起こったのは最初にも書いたとおり19世紀後半である。ちょうど日本では幕末の激動の時代から明治維新を経て、近代化が始まった時代と言える。
印象派の特徴としてはタッチが非常に柔らかで、日常の描写が多く、親近感がわくような絵画が多いように思える(本書で取り上げられている作品を見る限りでは)。

第2章「スキャンダルの真相」
「印象派」の時代の中でもっとも有名なものとして「スキャンダル」がある。今では新聞や週刊誌がある芸能人や有名人を「すっぱ抜く」ことで取り上げることをスキャンダルといわれているが、ここでは1863年に発表されたエドゥアール・マネの「草上の昼食」を巡ってのトラブルを言っている。現在、叫ばれている「児童ポルノ法」の二次元画像の規制と言うのがあるが、それと似ている様に思える。当時のフランス皇帝のナポレオン三世が政府が主催する公募展の落選作品を展示しようと考えた、マネの作品も落選策の一つで、展示されたのだが、余りの卑猥な作品に「けしからん」と言う声があり、強烈な非難を浴びた。

第3章「マネのリアリズム」
マネの画風は鋭い人物描写や社会描写によるものであったという。その描写が現実に向けていることから「リアリズム」に向けた絵画であるという。本章ではマネだけではなく、一世代前に同じ傾向のある画家としてクールベを取り挙げており、その比較も行っている。

第4章「光の画家モネ」
「印象派」として代表される人物としてモネが挙げられる。なぜ彼は「光の画家」と呼ばれたのだろうか。モネは作品を作る場所として専ら外で行っていたという。太陽に降り注ぐ中で自ら感じた自然や描写を絵に起こすことからそう名付けられたのだという。最初にも言ったように「印象派」の作品は暖かみがあるといったが、モネはそれがもっとも際だっていた。

第5章「マネの「印象」とモネの≪印象≫」
「印象派」の画家たちはグループ展を次々と開催していき、「印象派」の作品は徐々に広がりを見せた。
ここでは前々章で紹介したマネと前章で紹介したモネ、それぞれの印象についてを比較している。鍵カッコの違いを観るが、マネの「印象」は他のそれとは一線を画しており、独自の「印象」である。マネの作風が元々リアリズムに徹しているからである。一方のモネは印象派ならではの≪印象≫を持っている。

印象派を代表する画家であるマネとモネを比較した一冊であるが、名字のスペルが一字違いで起こったことを紹介する。マネは展示会で落選の憂き目に何度も遭ったことはすでに第2章で書いたが、モネは1866年に「カミーユ」という作品で入選を果たした。そのときにマネが作者として誤って喝采を浴びたことが遭ったという。にもかかわらずマネとモネは互いに友人であり、マネの葬式にモネも参加していた。印象派の中でも知られざるものがある、マネとモネの中でそれを感じ取った一冊であった。

野球(ベースボール)の街ニューヨーク

野球(ベースボール)の街ニューヨーク (平凡社新書) 野球(ベースボール)の街ニューヨーク (平凡社新書)
宇佐見 陽

平凡社  2008-08
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野球の街というと日本でも様々なところが存在し、アメリカでも本拠地のあるところは軒並み「野球の街」といわれる。今回紹介するのはヤンキースやメッツなどを本拠地に
置いているニューヨークが舞台である。とりわけヤンキースはワールドシリーズを1998年〜2000年まで3連覇を達成したことのある名門として知られる。
野球が盛んであり、アメリカ経済の大動脈を担うウォール街、さらにはミュージカルの中心地と言えるブロードウェイのあるニューヨークから野球の詩情について迫っている。

第1章「ブロンクス―「ニューヨーク・ニューヨーク」に聴きほれて」
ニューヨーク・ヤンキースの本拠地であるヤンキースタジアムが存在する。著者の最初の目的地である。ヤンキースタジアムへのアクセスは車や地下鉄の「4号線」と言うのを使う。
話は変わるが「ブロンクス」はニューヨーク市内に5つある地区の一つでマンハッタン島の北東に位置しており、唯一アメリカ大陸にある。
ヤンキースにちなんだ話であるが、ここでは先日亡くなられた「お騒がせオーナー」のジョージ・スタインプレナーも取り上げられている。

第2章「マンハッタン―野球の記憶に満ちた「島」」
アメリカのことをあまり知らなくても「マンハッタン」という地名はわかる人が多いだろう。
マンハッタンで真っ先に思い浮かべるのはタイムズ・スクエア。ちょうど新年を迎えるときにそこに大勢の人が集まり、花火が揚がるのを見ながら新年を祝うことで有名であり、毎年正月にそのようなニュースが流れる。バブル景気の時には日本の企業がタイムズ・スクエアの買収を行おうとしたことにより、強烈な「ジャパン・バッシング」になったと言うこともあった。
ここではジャイアンツのことについて触れている。ジャイアンツは現在、本拠地はサンフランシスコであるが、元々はニューヨークだったという。それを考えると「野球の街」がニューヨークであることに何ら間違いはないと感じてしまう。

第3章「ブルックリン―「最も愛された球団」の記憶」
ここではドジャースのことについて書かれている。ドジャースも現在の本拠地はロサンゼルスであるが、元々はニューヨークのブルックリンに本拠地を構えていた。

第4章「クイーンズ―ナ・リーグ野球の伝統を引き継ぐ」
本章ではメッツを取り上げている。現在もニューヨークに本拠地を置くチームの一つであり、かつて五十嵐亮太や高橋尚成が現在在籍している。かつて阪神タイガースに在籍し、新庄剛志や松井稼頭央もかつて在籍していたとしても知られている。
そのチームも球団創設当初から数年間は万年最下位と呼ばれていたチームであり、創設1年目では40勝120敗というさんざんな成績であった。このことから本書で紹介するときに「大リーグ版楽天」と書かれている。

第5章「スタッテン・アイランド―ニューヨークらしくないニューヨーク」
日本のスポーツニュースでは専らメジャーリーグばかり取り上げられるが、その一つ下にはマイナーリーグがある。本章ではマイナーリーグについて取り上げている。日本球界でいえばイースタンリーグやウェスタンリーグに位置するが、マイナーリーグではファンと選手との垣根を低くするようにしており、「毎試合がイベント」と言うのを合い言葉にしている。さらに経営構造もメジャーリーグとは独立している点でも日本球界と違いがある。

ニューヨークは経済の中心地と呼ばれるだけではなく、野球の中心地と呼ばれていることがわかる。現在ではサンフランシスコやロサンゼルスに移っているチームも元々はニューヨークだったと言うことは私も知らなかった。野球ファン、とりわけMLBなどアメリカ野球のファンにとっては知識を知るばかりではなく、実際にMLBを観戦するガイドも兼ねているので一石二鳥の一冊と言えるのではないかと思う。

常用漢字の事件簿

常用漢字の事件簿 (生活人新書) 常用漢字の事件簿 (生活人新書)
円満字 二郎

日本放送出版協会  2010-05-07
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すでに国語の授業で習っている人も多いと思われるが、常用漢字は、普段文字を見る中で最低限覚えるべき感じのことであり、その漢字数は1945字にものぼる。高校までに覚える漢字の数であり、日本漢字能力検定の2級の範囲に相当する。
普段から使われる常用漢字を時代背景と事件をもとに漢字にまつわる「事件」を本書では追っている。

1.「無邪気な子どもの物語」
常用漢字が採用されたのは1973年のことである。それまでは「当用漢字表」と言うのが戦後間もない頃に制定された。当時は賛否両論も多かったものの、今となっては一般社会に深く浸透している。
現在「教育問題」はかなり叫ばれており、自分の名前を漢字で書くことのできない小学生や中学生がいるということを聞いたことがあるが、本章でも紹介されているが連続テレビ小説「おしん」の時代、ちょうど明治時代の半ば頃は識字率はそれほど高くなかった。将棋界では関西の名人と呼ばれ、舞台や歌にまでなった坂田三吉(土の下に口。「つちよし」という)は小さい頃から丁稚奉公に出されていて、字が読めなかったが気にしなかったというエピソードがある。時代と比較するのはあまり好ましいことではないが、その時代と比べて今は学べる機会があるというと幸せなのかもしれない。

2.「かい人21面相と昭和戯賊」
「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」
1984年の4月に新聞社に届いた脅迫文が送られた。グリコの商品に毒を混入したというものである。俗に言う「グリコ・森永事件」の始まりであった。犯人は「かい人21面相」と名乗った。江戸川乱歩の「明智小五郎シリーズ」に出てくる「怪人二十面相」を捩って名乗ったのは見てもわかることであるが、その犯人はグリコのみならず、丸大食品や森永にも移動した。上の文章がスーパーにある森永製品に貼られてあったという。この事件で日本中を恐怖のどん底に突き落とした。犯人は捕まらず、結局2000年に時効が成立し、全容は迷宮入りとなってしまった。
模倣犯も多かったもののこの事件とは違いすべて捕まっている。いろいろな理由があるかもしれないが、本章では脅迫文の作りかたに目を付けている。模倣犯はワープロで書かれているのに対し、「グリコ・森永事件」の犯人はパンライターと言うのを使っていたという。

3.「爛熟する消費社会」
漢字にまつわる法廷闘争について書かれている。ここでは焼酎と投入に出てきた「純」の商標権について、さらに育毛剤「大森林」の商標権侵害裁判について取り上げられている。

4.「バブルとワープロ専用機の二重奏」
今となってはパソコンで事足りるのだが、昔は機械で文書を作成するものとしてワープロと言うのがあった。誕生したのは1970年代後半であるが、日本経済がバブル景気になるにつれて出荷台数は急激に伸ばしたが、バブル崩壊とともに減少していった。

5.「ねえ、バラって漢字で書ける?」
バラは漢字で書くと「薔薇」である。それを鉛筆で書けるかというと私も自信がない。
本章ではバブル時代の真っ只中であった時代のCMや芸能界、さらにはお見合いブームと呼ばれた時代のことについて書かれている。

6.「新党十勇士とネット時代の夜明け」
「55年体制」と呼ばれた38年にもわたる自民党政権時代に終わりを告げたのは1993年、そのときはおめでたいものとして皇太子のご成婚のニュースもあれば、私の地元である北海道では北海道南西沖地震があり、奥尻島では津波により約230人の死者・不明者がでた。さらに相次ぐ台風、記録的な冷夏による「1993年米騒動」が起こった。
本章では最初に述べた政権交代について取り上げられている。「新党十勇士」は自民党を離島し、新しく「新党さきがけ」を作った十人の若手議員の人たちを指す。1993年からの「非自民八党連立政権」で与党の一つとなったが、翌年に自民党が政権に戻ったときも、「自社さ政権」で奇しくも離党した自民党とともに政権の舵取りを担ってしまった。

7.「平成大不況を生き抜くためには」
平成大不況を勝ち抜くためにPRをつくる、その中で漢字は重要な役割を担っていると言うことを主張している。

8.「漢字は正しく書かなくちゃ!」
ここでは旧字体のことについて述べられている。昔使われていた漢字のことを指しているが、たとえば「会」の旧字体は「會」と書かれる。ではなぜこの旧字体と新字体が混在しているのかというと、戦後GHQによるものとされている。

9.「情報化社会の暗い穴」
情報化社会は様々なものを便利にしてきた。しかしその陰で、漢字を書くことができなくなったと言うものから、私が勤めている業界でもプログラムの間違い一つでシステムが誤作動を起こしてしまうニュースもある。漢字もそうで読み方が多くなる一方で同音異議の漢字が増えてきており、コンピュータが追いつかないと言うのもある。

10.「中国から、そして中国へ」
中国と日本はともに漢字を使う国である。ちなみに韓国もハングルと漢字を両用する事がある。
ここでは漢字というよりも日本と中国大陸の歴史と言った方がいいだろう。

11.「漢字を知らない総理大臣」
確か一昨年から昨年にかけて務められた麻生太郎氏のことをいっているのかもしれない。記者会見や演説や答弁の中で漢字の間違いを新聞や雑誌は軒並み取り上げている。その矛先が麻生氏本人ばかりではなく、出身である小学校や大学にまで飛び火をしている有様である。麻生氏に限らずたった一言の「失言」を取り上げては「辞めろ」といったことをいうような揚げ足取りメディアがそこにあると言うほかない。むしろ言論の自由の中にはびこる「言葉狩り」をしているような気がする。

私も小学校の頃から漢字に親しみ、高校の時に漢検2級をとったこともある。当ブログでも漢字を多用することがある。それだけ漢字の思い入れもある。本書も常用漢字ということで飛びついたが、漢字にまつわるおもしろいエピソードで漢字に対する面白味が増してきたように思えた。

1年間、同じものしか食べられないとしたらどれにする?

ブログネタ: 1年間、同じものしか食べられないとしたらどれにする? 参加数拍手

昨日・一昨日は久しぶりに晴れて、今日の天気、さらには週間予報もこれから晴れの天気が続くそうです。週間予報を見たら、最高気温が33℃前後がずらり…。梅雨が明け、いよいよ本格的な夏が始まろうとしています。

さて、今回のブログネタは「1年間、同じものしか食べられないとしたらどれにする?」と言うのがお題です。以下の中から一つ選ぶ形式です。

・「ラーメン」
・「カレー」
・「ハンバーガー」
・「パスタ」
・「寿司」

この中で私が選んだものは「カレー」でした。ほかでも1年間食べられる自信はありますが、日本人特有のご飯があると言う点では寿司と同じように無難で、さらに栄養の偏りが少ないと言うところもありますね。

ちなみに今はどきどき食べていましたが、新人の頃はほぼ毎日カレーだった時期がありました。ちょうど近場のスーパーでレトルトカレーが大安売りしていたので、思わず、20袋買い上げてしまい、しばらくの間朝飯がカレーでした(汗)。

本当に1年間同じものを食べるとなると…飽きっぽい性格なので、途中で挫折してしまう気がしますが、皆さんは1年間同じものを食べるとしたら何を食べますか?

ジャーナリズムの政治社会学―報道が社会を動かすメカニズム―

ジャーナリズムの政治社会学―報道が社会を動かすメカニズム― (SEKAISHISO SEMINAR) ジャーナリズムの政治社会学―報道が社会を動かすメカニズム― (SEKAISHISO SEMINAR)
伊藤 高史

世界思想社  2010-04-17
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先日11日は参院選が投開票され、与党の民主党が惨敗し、与党が過半数割れを起こす結果となった。逆に自民党は躍進をしたが、私の中では投票率が前回2007年に比べて57.92%と前回より0.72%下回ったという所にあると私は考える。
政治とジャーナリズムは切っても切れないほどであり、国民が政治の現場をみる手段の中でもっとも使われるのが新聞やTV、雑誌やインターネットなどの「メディア」である。
しかしそのメディアも記者や会社の先入観により歪曲されることが少なくない。政治とメディアについて書評するときによく佐藤栄作の退陣会見のことを例に出すがそれに起因している。
しかし政治や社会をみるとしたら結局「メディア」に頼るほかないのだが、果たしてメディアのジャーナリズムはどうあるべきで、どのような役割である必要だろうか。そしてジャーナリズムとしての力は強大であるが、その矛先をどうあるべきか、本書は過去の事件の分析とともに考察を行っている。

第1章「ジャーナリズムが社会を動かすメカニズム」
「ジャーナリズムには社会を動かす力がある」(p.15より)
簡単に言えば、政治や社会の出来事を私たち国民に伝えることにより、社会を動かすことができる。「メディアは拡声器である」という言い換えもできる。しかしジャーナリズムに携わっている人の思惑やしがらみなどにより歪曲されることがある。ここで言う「しがらみ」とは政治であれば政治家や官僚、社会的なモノで言うと事件で言えば警察や検察といった所に当たる。新聞社や雑誌の出版社などの「しがらみ」もあるのだが、本章ではそのことを言っていないので割愛する。
政治報道の中心にある記者クラブだが、海外を始めとしたフリージャーナリストに対して閉め出している様相が長きにわたってある。どこの馬の骨もわからないジャーナリストが突如質問にこられても、怪しい人物なのかどうかもわからないままにしてしまっては、そういった人たちが身の危険を被る可能性もあると言うのが記者クラブを始め既存の報道関係者の言い分であろう。
本章ではジャーナリズムと権力者のパワーシステム、そして市民を合わせた三角関係の構図を考察している。

第2章「ウォーターゲート事件―ジャーナリズムの神話」
本書は3つの事件を事例にジャーナリズムについて何なのかを考察している。最初に取り上げるのは「ウォーターゲート事件」である。3つの事例の中で唯一日本以外の事件を取り上げている。1972年にウォーターゲート・ビルに不審者が盗聴器を仕掛けた事件である。何と当時はニクソン政権にあったが、野党の民主党の情報を盗聴しようとしたとして、時の大統領であったリチャード・ニクソンがアメリカ大統領制にして史上唯一の辞任に追い込まれた。
ここでは「組織ジャーナリズム」と言うのを中心に書かれている。

第3章「栃木リンチ殺人事件―「主張」を「事実」にする力」
1999年に起った「栃木リンチ殺人事件」であるが、警察の不手際が社会問題となり、ジャーナリズムのあり方について再認識させられた事件と言える。猟奇的なリンチもあるのだが、それ以上に中心となったのが警察の怠慢にある。事件が発覚したのは12月4日、しかしリンチや監禁はそれよりも2〜3ヶ月も前から行われていた。
不審に思った被害者の両親は次々と警察に取り合おうとしたが、冷たくあしらわれて取り合おうとすらしなかった。
犯人の自首により明るみに出て、一審の初公判が行われた時から警察の怠慢が明るみに出て、世論で猛烈な批判となった。
ここではスクープに関してである。当初発表された事件の全容と初公判で語られた事件の内容とあまりの乖離が見られ、それがスクープの火種となった。スクープとなると飛びつきたくなるのが私たち日本人の表れの一つであるが、それが本当に効果的かというと両方の側面がある。真実を糾弾する力もある一方で「報道被害」というのもある。過熱報道により被害者、もしくは加害者の近隣住民にひっきりなしと報道陣が囲み執拗に質問が飛ぶ、それへの圧力に耐えられず、ノイローゼになったりするなどがある。スクープはいわゆる「両刃の剣」と言える。

第4章「桶川ストーカー事件―ジャーナリズム界の力」
第3章で取り上げた事件と同時期に起った事件として「桶川ストーカー殺人事件」がある。警察のあり方についての批判として二大巨頭というと、これらの事件のことを言うのかもしれない。
ここでの警察の怠慢は第3章は取り合おうとしないものだったが、ここでは「供述調書改ざん」というものだった。それによって告訴状がつくられるが公文書である告訴状も改ざんしていたとして元警察署員3人が有罪判決を受けている(その前に懲戒免職処分も受けた)。
ここでは独自の取材を行った週刊誌「フォーカス」(現在は休刊中)と、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が取材を行った「ザ・スクープ」をきっかけにした国民への関心の高まりについて考察を行っている。

第5章「薬害エイズ事件(1)―孤立したスクープ」
ジャーナリズムはいったい何なのだろうかと考えてしまう。ジャーナリズムが賞賛される時は国家権力など大きな権力を持つ者の悪事を暴く、もっと言うと対象の首を刈り取る様なことを行ったときであるという。ジャーナリズムの賞賛ばかりするような人もいるが、先ほどのような考えで行くと、ある種の「賞金稼ぎ」というような感じが拭えない。
さて、次に取り上げる事件は2章にまたがるものであるが、まさに国家権力を糾弾するものである。血友病患者が濃縮血液凝固因子製剤を投与されたことによりHIVに感染したと言う事件である。毎日新聞が中心となって報道をしていたが、その限界について考察を行っている。

第6章「薬害エイズ事件(2)―情報戦とジャーナリズムの界」
その一方で、新聞とは異なり、漫画でもってそれを訴えた人がいた。漫画家の小林よしのり氏である、この薬害エイズ事件は「新・ゴーマニズム宣言 脱正義論」にも書かれているが、小林氏は積極的に支援の会に関与し、原告たちの支えとなった。しかし1996年に原告側が勝訴をすると一転、支援の会は小林氏に批判していった。これ以降小林氏は団体との関与を完全に断ち、漫画家として、現在に至る。
話は変わるが、この薬害エイズ事件を起こしたのは「ミドリ十字(現:田辺三菱製薬)」であるが、同じ起こした事件として薬害肝炎訴訟などが挙げられる。

第7章「民主主義社会とジャーナリズムの課題」
民主主義だからでこそ「報道の自由」ができている。しかしその「報道の自由」や「言論の自由」がプライバシーの侵害や、先ほどにも述べた「報道被害」という負の側面もある。

ジャーナリズムに関する本は今まで数多く読んできたのだが、ジャーナリズムのあり方をここまで考えさせてくれる本は今まで無かったと思う。今までの本は単に新聞批判やTV批判と言ったものが多かったのだが、本書はジャーナリズムそのものはいったいどうあるべきかが焦点となっている。

台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア

台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア (講談社選書メチエ) 台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア (講談社選書メチエ)
丸川 哲史

講談社  2010-05-07
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台湾と日本は切っても切れない関係である。1894年、日清戦争により台湾が日本に割譲されてからというもの、「四害」の一つと言われるほど腐敗していた島を、先進国並に発展させた。しかし戦後、台湾は国民党独裁政治、厳密にいったら(しょうかいせき)独裁政治となった(史上最長の「戒厳令」が続いたのもこの時期である)。それを経て、李登輝が総統(台湾政治とトップに位置する)になったとき、民主化に向けて大きく動いた。
台湾ほど中国大陸と日本に大きな影響を受けた国はない。親日もあれば、国民党独裁時代に受けた教育により反日担っている人もいる。親日と反日の狭間にある台湾のナショナリズムはいったい何なのか、そして大陸と統一するべきか、それとも「台湾国」として独立すべきなのか、本書はその狭間を読みとくことと、「台湾問題」の本質を歴史とともに見ていこうという一冊である。

第一章「日本が見た台湾」
台湾問題について私が関心を持ったきっかけが漫画家の小林よしのりの「ゴーマニズム宣言 台湾論」を読んだところにある。それまで台湾の歴史すら知らなかった私に台湾のことについていろいろと教えられ、さらに後に尊敬する人物となる李登輝氏を知ったのもこの本である。しかしこの本は台湾で論議を呼び、小林よしのり氏が台湾への入国が禁止されてしまったほどである(1ヶ月足らずで解除)。
最初に書いたように日本は台湾と大きな縁があり、日清戦争後に台湾が日本に割譲された時からである。「四害」の一つとされてきた島が急速な近代化となった。その一方で「霧社事件」という影を落としている。台湾の原住民の一つである「タイヤル族」が日本人の学校を襲撃したことから始まる。その後、日本軍や警察が鎮圧に当たったが、日本人約140人、タイヤル族など約700人が死亡・自殺した。当時日本は原住民族を軽視してきたが、この事件を機に原住民たちへ野抜本的な改革を行ったと言われている。

第二章「大陸中国が見た台湾」
中国大陸が「中華民国」を建国した孫文、国民党を長らく支えてきた蒋介石はともにある共通点がある。それは両者とも日本に関わっており、孫文は一回目の革命に失敗した時、日本に亡命しており、玄洋社の頭山満の支援で中国に戻り、辛亥革命を起こし、中華民国を建国した。
蒋介石は軍事のためにいったん日本に留学をしたが、その後孫文と合流、革命を起こしたが失敗し孫文と同じく日本に亡命した。孫文と同じように頭山満の支援を受けた一人である。
現在の中国は毛沢東率いる中国共産党によって建国されたが、その前の「中華民国」が建国したのは日本との関係は深かった。と同時に戦後50年以上にもわたって支配し続けた国民党も日本と縁が深いことがわかる。

第三章「東アジア冷戦/ポスト冷戦が見た台湾」
第二次世界大戦が終わって、朝鮮戦争が始まった時に「冷戦」が始まった。およそ50年という長きにわたり、かつ世界大戦のように武器で激しくやり合うような戦争では無いものだった。厳密に言うと核実験を行い、軍事力を拡大し、誇示すると言うのが狙いであった。
ちょうどその頃、台湾では国民党支配が続いた時代であった。国民党支配が始まった時は台湾人は蜂起し、国民党支配から脱却しようとしたが、鎮圧により大虐殺され、国民党支配はさらに強固なモノとなり、同時期に「戒厳令」が発令された。1947年のことである。

第四章「東アジア近代が見た台湾」
戒厳令が解除されたのは1987年、約39年にもわたった。1988年に李登輝が総統に就任、様々な改革が行われ、国民党支配の時代から民主主義政治へと変貌を遂げた。2000年には初めて政権交代が行われ、民主主義への息吹が活発化してきたが、2008年の総統選挙で再び国民党が政権を握ることになった。しかし、馬政権では災害時の不手際などで支持率が低下し、現在台湾は中国からの独立か、中国との強調かで世論は二つに分かれている。

台湾の歴史は最初に述べた「台湾論」をきっかけにいくつか学んだことがある。台湾は日本と物質的にも精神的にも距離が最も近い国である一方で、第四章に述べたように中国との協調か台湾の独立か、親日か反日かで真っ二つになってしまっている。日本として台湾に対してどのように接していけばいいか、考えなければならない時がきたのかもしれない。

キミが働く理由

キミが働く理由 キミが働く理由
福島 正伸

中経出版  2009-02-28
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戦後からバブル経済まではタイトルのことについて考える人はほとんどいなかった。しかしバブルが崩壊し、終身雇用神話も崩れ、明日にも会社や仕事が無くなってしまうような時代である。「生活のため」という人もいるだろう。「失われた10年」を経ても、働いても生活費がままならない、すなわち「ワーキング・プア」に苛まれている人もいると考えると、その考えは仕方がない。

しかし「働く」というのは本当に「生活」しか考えられなかったら、奴隷になってでも稼げるのであれば満足できるのだろうか、もしくはあなたが突如10億円が手元には言った場合、働かなくても良いと思うだろうか。

私は一攫千金の富を得たとしても、仕事を引退するつもりはない。なぜならシステムエンジニアの仕事でも、書評家としての仕事でも、自ら楽しみとして仕事をしているからである。
著者は現在様々な人のメンターとして、さらには企業コンサルタントとして、そしてコンサルタント育成者として今日も東奔西走の日々を送っている。日本を元気にするために、そして自分も相手にもワクワクさせるように。

そんな著者も大学を卒業したときは、「働く意味」は全くわからなかった。最初に就職したところもわずか1ヶ月も経たないうちに辞めてしまった。それから様々な事業に挑戦をし、失敗を重ね、現在はコンサルタントとして活躍をしている。

さて、本書であるが、働くことについて珠玉のメッセージが25個詰まっている。その言葉一つ一つに説明があり、エピソードがあることで、メッセージにさらなる重みができる。エピソードがふんだんに盛り込まれているせいか、読んでいくうちメッセージ一つ一つが私の脳天を突き抜けるかのような錯覚に陥るほど衝撃的であった。

本書を読むと「日本一のメンター」と呼ばれている理由がよくわかり、かつ働く活力をこれでもかというほど与えてくれる一冊である。

ザ・バースデー 365の物語<7月~12月>

ザ・バースデー 365の物語<7月〜12月> ザ・バースデー 365の物語<7月〜12月>
ひすいこたろう 藤沢 あゆみ

日本実業出版社  2010-01-15
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本日7月12日は私の25回目となる誕生日である。もう25歳かと思ってしまうのだが、25歳になりより引き締まる思いをするときもある。

さて、本日誕生日ということなので誕生日にちなんだ一冊を紹介するのだが、恋愛マニアリーダーである藤沢あゆみ氏の一冊を紹介する。藤沢氏といえば最近ではtwitterやFacebookなどで活躍しており、とりわけ目立つものでは元衆議院議員の「ハマコー」こと浜田幸一氏とともに「TEAM DAU」というのを結成している。ちなみに浜田氏は最近twitterに関する本も出版されている。

本書は365日を一日ごとに珠玉の物語が書かれているのだが一日々々が誕生日である人物、もしくは記念日となる日に合わせている。

私の誕生日である7月12日と同じ日に誕生日を迎える芸能人は梅垣義明、小林麻耶、韓流スターではイ・ビョンホンがいる。本書で取り上げられているのは中村玉緒、「勝新」こと勝新太郎の妻であり、240年ぶりに関西歌舞伎界の大名跡を継いだ四代目坂田籐十郎の妹である。勝新太郎の生きざま、演技については最近出た新書に詰まっているのですが、妻・中村玉緒の苦労の支えも大きな要因となった。勝新太郎は今から14年前に亡くなられた。それでもなお、中村玉緒はTVで活躍をしている。

もう一つ印象的だったのが8月14日、現在落語芸術協会の会長であり、笑点の司会者である桂歌丸師匠の誕生日である。
歌丸師匠と言えば、最近言われなくなった「恐妻家」であり、笑点でのネタにはほぼ毎週と言っていいほど入っているほどだった。妻殺しのネタは「後生鰻」という落語の演目でも使われており、大爆笑の噺にしてしまっている(本来は子供であるが)。

本書だけではなく、1月〜6月までを収録した上半期バージョンもある。それらと一緒に見ると1年がより楽しくなるのでおすすめする。

F1 イギリスGP ウェーバーが今季3勝目1番乗り!! 可夢偉は2戦連続6位入賞!!

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round10_final

 

すべてはスタートの1コーナーで決まりました。

ウェーバーがヴェッテルを1コーナーで抜き去り、そのままピットに入っても順位を落とすことなくそのまま優勝しました。トップを取った後の安定感はウェーバーの持ち味で、追突やアクシデントが無ければずっとトップを維持できる力はさすがの一言です。

一方PPを獲得したヴェッテルは1コーナーで抜かれ、さらにはコースオフ、タイヤバーストもあり、散々でしたが、その後着実に順位を上げ、7位フィニッシュ、ノーポイントは免れました。

フェラーリ勢は今回も散々。むしろ前戦より今回の方がその度合いが強いように思えますが。マッサはチームメートの接触によりタイヤバースト。それに伴いピットに入り最下位から追い上げることになったのですが、結局思った以上のオーバーテイクショーにならず、15位フィニッシュ。アロンソはスタートでポジションを落とすも、オーバーテイクやピット戦略により順位を上げる要素がありました。しかしクビサとの接触でドライブスルーペナルティを受けてしまい、14位フィニッシュ。ファイナルラップでファステストを出し気を吐いたのですが…。

マクラーレンの強さも際立ってきています。ハミルトンは4番手からスタートで2位にポジションを上げて、そのまま2位でフィニッシュ。さらにバトンは予選で憂き目にあっても安定した走りを行い、4位フィニッシュで、ドライバーズ・コンストラクターズランキングトップを堅持しました。予選の速さではなく、決勝での安定感が持ち味と言えるでしょう。

可夢偉は前戦オーバーテイクショーで7位フィニッシュだったのですが、今回はスタートから1コーナーへの飛び込みで見事に順位をポイント圏内に引き上げるとそこから安定感のある走りで6位フィニッシュ。またもポイント獲得となりました。

次戦は2週間後、ドイツ・ホッケンハイム!!

選ばれる人になる「ブランディング文章術」 感想

昨日は(株)日本ファイナンシャル・アカデミー主催の「選ばれる人になる「ブランディング文章術」」に参加いたしました。

今回の講師は知り合いである小川晶子さん。

小川さんと言えばブログ「さむらいコピーライティング道」としても有名であり、今年に入って(株)さむらいコピーライティングを設立したとして知られています。

コピーライティング業を務められているだけあり、文章へのこだわりが大きいと思いますが、今回は「ブランディング文章術」について、相手に「伝える」文章は何なのか、そしてどのように書くべきかについてワーク形式の講演でした。

書評をやっている私ですが、小川さんの講演で、色々と学べるところがあり、収穫の多い講演でした。

今回このセミナーを主催した(株)日本ファイナンシャルアカデミーの皆様、講師の小川さん、今回名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

F1 イギリスGP 勢い止まらず…レッドブル勢またも1-2!! そして優勝予想

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round10_qualifer

レッドブル勢は強かったと言いざるを得ないという予選でした。マシンの大幅なアップデートに成功し、他のチームが追いついたかと思ったら、はたまた圧倒的な速さを取り戻したと言う格好です。

フェラーリ勢も追いついているという印象があり、アロンソも3番手につけましたが、マッサの7番手がちょっと気がかりです。早いとはいえ、ロズベルグやクビサに後塵を拝してしまっていると言うことを考えると、見劣りが著しいように思えます。

マクラーレン勢は明暗が分かれてしまった結果となってしまい、バトンがQ2脱落という波乱でした。マシンが苦しいという印象があり、タイムが伸びなかったように思えます、原因はタイヤなのか、マシン自体なのかはまだ不明と本人は言っていますが…

可夢偉は惜しくもQ2敗退、しかしチームメートのデ・ラ・ロサがQ3に進出し9番手を獲得しました。予選が課題と言っているだけに力をつけてきたようです。

そしてHRTの山本左近は最後尾からのスタート、目標は完走といっているそうなので、是非達成して欲しいと思います。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:ウェーバー、ハミルトン

あまり順位は入れ替わらない様に思えます。レッドブル勢が圧倒的に早いとはいえ、ヴェッテルが若干チームメートより速いように思えます。スタートの1コーナーでアロンソがウェーバーをどう料理していくのかにも注目です。

F1 イギリスGP フリー走行3回目 結果

結果は以下の通り。(「F1通信」より)

Round10_free3

レッドブル勢が1-2体勢、その後ろをアロンソ、ロズベルグが追う形となりました。予選ではどうなるでしょうか。

F1 イギリスGP フリー走行1・2回目 結果

シーズンも折り返し地点を迎えたイギリスGPが始まりました。今回はHRTに山本左近が出走することで、期待大です。

さて、フリー走行1・2回目の結果を見てみましょう。(「F1通信」より)

1回目

Round10_free1

2回目

Round10_free2

レッドブル強し、マクラーレン、フェラーリ、メルセデス勢も負けていない状況です。

さて、PP予想といってみましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:ウェーバー

要注意:ハミルトン、アロンソ

月並みですが…。

クーラーと扇風機、どっちが好き?


ブログネタ: クーラーと扇風機、どっちが好き?参加数拍手

まだまだ梅雨真っ盛りですが、先月末からあまりの蒸し暑さにバテてしまっている蔵前です。北海道からこちらに来て3年目ですが…、過去2年間以上に蒸し暑さでやられています…。

ここ最近ブログやtwitterがおざなりになっていますが、大丈夫です、生きています。

さて、今回は「クーラーと扇風機」どっちが好き、と言う質問ですが、住んでいる場所によって変わってきますね。

北海道にいた頃はクーラーは必要なく、扇風機でまかなうことができました。北海道も暑い時は暑いですが、空気はそれほど湿っているわけではないので、扇風機があればしのげると言った暑さでした。

いま住んでいる川崎だとしたら…、間違いなくクーラーがないときついです。気温もそうですが、それ以上に湿度の高さでノックアウトしてしまう様相です。

梅雨が過ぎれば、今度はうだるような暑さを迎える夏。暑さ対策はしっかりと行いたいものです。

日本語は本当に「非論理的」か

日本語は本当に「非論理的」か (祥伝社新書 179) 日本語は本当に「非論理的」か (祥伝社新書 179)
桜井 邦朋

祥伝社  2009-09-29
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日本語は「情緒的」で英語は「論理的」であるという言葉をよく聞くが、半分正解で半分間違っている。英語にも間投詞や単語だけで通じるものがあり、日本語には主語がなくても伝わることができるといった言葉があるからである。しかし「日本人は論理力がある」というのもあるが、私からみると疑問である。というのは室町時代後期に鉄砲やキリスト教が伝来してきたとき、その信仰者が質問責めにあったという資料もある。
話は変わるが論理的な書き方や考え方、話し方に関する本は書店に行くと山のようにある。企業において「論理」が重要であることはよくわかる。
そもそも「論理的」というのは国語からきていると主張する人がいる。しかしこれは完全に間違っており、元々は数学や哲学からきている。論法の一つである三段論法はアリストテレスによって「大前提」「小前提」「結論」を組み立てたと言われている(ちなみに例示しているのは、彼の大師匠にあたるソクラテスであるのは皮肉なことだが)。
本書の中身に移る。本書は物理学の権威が日本語の優位性と欠点についてを語ると共に、日本語に足りないもの、日本語を育ませる方法について主張している。

第1章「「思う」が破壊した日本人の論理力」
よく日常でも、職場でも「〜だと思う」ということを口にすることが多い。この表現はあくまで断定でもなく、自らの推測によって基づかれるものであり、「論理」とは言えない。「論理」はあくまで事実や数字などを表すところで使われるため、「思う」「感じる」といった自分自身の観点や感想、推測が論理に入るわけではない。

第2章「ディベートが生まれない知的風土」
「ディベート」という言葉をはき違えている人が結構いる。本来「ディベート」も同様に語られるのが、それらを「ボクシング」よろしく相手の意見をなぎ倒して、自分の主張を押し通すのではなく、議論で戦わせるのだが、その中で互いの一致点、つまり妥協点を見いだすことが本来のディベートであるという。

第3章「日本語のすぐれた性格を見直す」
「論理」や「英語」が重宝される中で、日本語独特の表現を完全否定する、または日本語を廃止せよと主張する論者がいる。本章によると明治時代初期に文部大臣を務めた森有礼がそのことを主張していた。
果たして日本語はもう機能しないのか、と言うと私は相ではないと確信する。あくまで本書で「非論理的」と言っているのは性格や「思う」という言葉だけであり、漢字や表現の多様性そのものを批判していない。

第4章「日本人の非論理的な思考を直すには」
日本人は「論より証拠」「百聞は一見にしかず」という言葉があるように「モノ」から入ってくる考え方や話し方にある。「非論理的」と言われている特徴の一つである。しかし、日本人にも他国の言語よりも多彩で、かつ繊細な「日本語」を持っている。
その一方でその繊細さ、独特さが仇となりどのように組み立てていけばいいのか、難しい印象も捨てきれない。さらには同じ理由として、日本人が英語を習得しづらい理由の一つに挙げられている。

第5章「すぐれた文章から学ぶ論理力」
「文章力」と同じことが言えるのかもしれないが、「論理力」を鍛えるにはどうしたら良いか。著者によれば「すぐれた文章」から学ぶことが良いとされている。
では「すぐれた文章」とはいったい何なのか。一言で言うと、日本文学の名作、たとえば夏目漱石や福沢諭吉などの作品を読んだり、自らなぞったりしてみる。印象に残った文章を写し書きをする。そのことによって作者の表す表現や論理を身につけることができる。
落語や歌舞伎の伝統芸にしても師匠らから教えられた息づかいや言葉をまねていきながら、最終的には自分のモノとして会得する。その形は文章や論理にも同じことが言える。

第6章「ことばが文化を育む」
日本には「日本語」という独特の言葉があり、その言葉の変化によって文明が栄えてきた。その変遷によって日本人としての性格は変化していったという。

日本語は論理的か、非論理的かと言うと私はどちらでもないと考える。結局言葉は道具であり、その使い方一つによって論理的にも非論理的にもなる。日本語はひらがな、カタカナ、漢字と単語だけでも多彩であり、その言葉一つ一つに意味、感情、風情などがあふれている。英語などの外国語では言い表せられない独特な表現もある。日本語は大いなる可能性を秘めている。

男はつらいらしい

男はつらいらしい (新潮新書) 男はつらいらしい (新潮新書)
奥田 祥子

新潮社  2007-08
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最近、女性の地位向上が叫ばれているが、果たして地位は弱いのかとふと考えてしまう。1985年に「男女雇用機会均等法」が施行される以前は女性が働ける職場は限られていた。しかし働く男性の妻として家庭を支える強さと、夫に対してこれほどまで威張れる存在はほかにいるだろうかと思ってしまう。さらに遡っても、内助の功で有名になった人もいれば、女性が活躍した時もあった。前者では前田利家の妻であるまつ、山内一豊の妻である千代(見性院)が挙げられる。後者でも天璋院篤姫や北条政子が代表的である。
女性の地位向上もあるのだが、昔から「男」は実際の所、つらい立場にいるという。私は結婚もしていないのであまりわからないが、本書は女性記者の立場から見た男のつらさというのを描いている。

第1章「結婚できない男たち」
今から4年前に阿部寛主演の連続ドラマに「結婚できない男」があった。当時もそうであるが晩婚化の進んでいる現状を描いているが、それ以上に現在では「結婚できない」というよりも「結婚もしたくない」という男性が出てきている。下の話でも性的な興奮を音楽をするなどに転化をしており、女性にすら興味を持たなくなったほどである。
女性の側も、様々な理想を突きつけ、高嶺の花のように見せたがる人もいる。男性はそれに引いてしまい、結局恋愛成立せず、という様相もある。
「恋愛よりもやりたいことがある」という言葉というか歌詞も聴いたことがあるのだが、果たしてそれが当てはまっているのかどうかは私にもよくわからない。

第2章「更年期の男たち」
「更年期障害」という病気は女性特有の病気だけではなく、男性でも罹る病気であるという。更年期障害にも様々なものがあるが身体の症状と性機能の症状に大きく分けると2つである。医療が進んだばかりではなく、社会的に認知された要因なのかもしれない。と言うのは昔は男性には更年期障害というのが無く、一種の「ぜいたく病」と呼ばれていたほどである。

第3章「相談する男たち」
「男は黙して一人で困難なことに立ち向かう」
「昔からあった」男としてのあり方である。「昔からあった」という言葉にぴんと来た人もいるかもしれない。最初の言葉はもうすでに過去のものとなってしまい、今となっては男性も仕事・家庭など色々と相談したいのだという。最近では男性対象の相談窓口やホットラインと言うのだから、「強くなければいけない」という呪縛に悩まされ続けたと言う現状が浮き彫りになる。

第4章「父親になりたい男たち」
「父親像」は何だろうか。子どもに対して厳しく接するようであるべきか、友達のように距離は近くあるべきか、逆に距離を置くべきか。父親像への葛藤は続いている。

最近、ニュースに限らずメディアは「女性」視点でものを言うことが多くなっている。女性の方が良いという優越なのだろうか、はたまた「女尊男卑」の言葉を当人の意図を介せずとも自然にできてしまったのだろうか。それは私にはわからない。ただ、本書を読んでこれだけのことは言える。男性も同じように苦しんでいる、そのことを私たちはもっと気づくべきではないだろうかと言うことである。

ザ・ラストチャンス―絶望からはじめる奇跡の起こしかた

ザ・ラストチャンス―絶望からはじめる奇跡の起こしかた ザ・ラストチャンス―絶望からはじめる奇跡の起こしかた
池松 耕次 海堂 利巳

太陽出版  2010-05
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(株)オトバンク 上田様より献本御礼。

「絶望と希望」

正反対ではあるが、それについて如実に体験をしている人は少なく、むしろどん底の経験をしたいという人はほとんどいないことだろう。しかし本書の著者である池松氏と海堂氏はそれぞれどん底の経験をした後、大成功をつかみ取った経験がある。そのどん底経験も本書を読むと自らの想像を遙かに越えるほどであった。「死」を本気で考えてしまうほど身の危険にさらされそうになったほどであったそうである。本書は著者の二人がなぜ壮絶な体験をしながらも成功をつかみ取ったのかについて伝授をしている。

第1章「強い願望をもつ」
「一念通天(いちねんてんにつうず)」という四字熟語がある。これはただ一つのことを思い続けることによってその願いが叶うということを意味している。
私が高校生の時、吹奏楽部の練習の傍ら受験勉強に励んだ、その結果、自ら志望した大学に合格をした。その後高校を卒業するわけであるが、そのときに吹奏楽の先生からある四字熟語をもらったのがその言葉である。
願望が強ければ強いほど、そのための努力の度合いも変わってくる目標に向けて続けられる力になる。

第2章「法則からはずれない」
自らかなえた法則がある。そこからはずれないと言うことであるが、それ以上に「人を殺してでも」「他人を蹴落としてでも」といった「悪」のエネルギーをもってかかってはいけないという。

第3章「ゴミをかかえこまない」
記憶にしても、ものにしても所有できる量は限られている。その中でどのようなものを持つか、そして新たに所有できるものはどうするかということを成功者は考えている。

第4章「過去をリセットし、自分を取り戻す」
いくら過去を恨めしくみてもそれを変えることはできない。変えられるのは自分自身と現在である。しかし他人がみるものは結局「過去」しか手がかりはない。しかし他人の忠言を取り入れることはあまりせず、むしろ自分の可能性と現在にかけろと本章では言っている。

第5章「プレイヤーになろう」
著者は「人間には3つのタイプがある」と言っている(p.84より)。

・「観客」
・「評論家」
・「プレイヤー」

これらの比率でいってもっとも少ないのが「プレイヤー」であろう。「プレイヤー」こそ、観客や評論家の格好の標的になる代わりに、一歩間違えたら解雇や人生の危機になりかねない。しかし人は「リスクを取りたがらない」と言うところで「観客」や「評論家」に逃げ込んでしまう。「プレイヤー」は批判やバッシングのリスクは大きいが、大きな利益のある、すなわち「ハイリスク・ハイリターン」と言う言葉がよく似合う。

第6章「「ドツボ」にはまらないために」
「どうして自分にはツキがないのだろう」
「どうしてこんな目に遭うのだろう」
という考えを持つ、あるいは現状維持をずっと続けていると「ドツボ」という奈落の底に突き落とされるようなことが起こってしまう。

第7章「すべての成功は考え方から」
成功への考え方は過去にはこだわらず未来にこだわるという。よく仕事においても「なぜ」という考え方を奨励するところが多い。これは原因分析の観点でよく使われるが未来に向けた思考としてはこの考えだけではいけない。過去ばかりに目をつけるからである。ではどのような考えが必要なのか、「どのように」「何のために」「誰のために」を常に問いかけることを心がける。

第8章「ギブ&テイク」
よく人脈術で「ギブ&ギブ」や「ギブ&ギブ&ギブ&テイク」を言われる。人脈に限らず、仕事においても人と関わるところには必ず「ギブ&テイク」がある。ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサを引き合いに出している。神様への愛情や慈しみはすべて「彼女の無償の愛」の原動力となっている。

第9章「人は4つのランクに分かれている」
人間には4つのランクに分かれているという。前章の「ギブ&テイク」のバランスによって成功者になったり、普通の人になったり、ドツボにはまったりするという。

第10章「種をまこう」
成功は一朝一夕で結ぶものではないものがほとんどである。一朝一夕で実を結ぶ成功はその後に出でくるのは凋落という言葉しかないのだから。
成功をするために自分で種を蒔くことにあるという。これは勉強でも、きっかけでも、様々なことでも同じことのように、蒔いた種を育て続けることによって大きな木となる。

第11章「無意識を鍛える」
無意識の力と意識的な力、「潜在意識」と「顕在意識」である。「潜在意識」を引き出そうというのだが、どうしたらいいのか。無意識の状態に持って行くことにある、たとえば寝ぼけている状態に直接的に自分に語りかけることだという。

第12章「誰かがあなたを見ている」
「誰も見ていないから」といって過ちを犯す人がいる。しかし見えないところで誰かが見ている。ある種幽霊のようで怖いのだが、そうではないのだが、見えないところで見られており、その人たちに賞罰を与えるというもの。ここまでくると宗教めいているように思えてならない。

第13章「成功のビジョンを持つ」
「成功をする」といっても色々ある。大金持ちになる、その道のナンバーワンになる、自由になる、好きな職業に就くなど、大小様々であるが、人それぞれ違ってくる。しかし成功する動機、それに伴って何が必要か、どのようなプロセスをたどっていけばいいのかを明確にする必要がある。

第14章「夢までの地図をつくる」
それを基に具体的な計画に落とし込んでいく、到達点を決めたら、プロセスを描く。つまり計画を練ることにある。しかし、計画をつくるにしても、緻密すぎたり、高望みしていては「計画倒れ」に終わってしまう。あくまで到達点に向けての地図であって方法は一つではないのだから。

第15章「「夢」を現実にする」
最後は成功に向けて続けていくことにある。途中でうまくいかなかったり、投げ出してしまったりすることがあるだろう。しかしそれはなんてことはない、良くなる時にはうまくいかなかった時の埋め合わせをしてくれる。そのことを信じてただひたすら突き進んでいくことである。

成功と失敗は紙一重ということを聞いたことがある。本書は成功をするにも心がけ、地図、継続と心一つで大きな変化をすると言うことを教えてくれる。人や国を変える、つまり他者が変わることを心待ちにする以前に、まず自分の心を変えていくことが大きな一歩では無かろうか。

とっても不幸な幸運

とっても不幸な幸運 (双葉文庫 は 18-1) とっても不幸な幸運 (双葉文庫 は 18-1)
畠中 恵

双葉社  2008-03-13
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「不幸」と「幸運」は言葉で言うと正反対を意味している。これは辞書を調べなくてもわかることだが、それらは心がけ一つでどうにでもなる、言わば「紙一重」であろう。

本書の舞台は「酒場」である。ちょうど先週の金曜日に会社の同期と飲み会をやり、深夜2時までずっと飲んでいた。そのときにワールドカップのブラジル対オランダ戦をみたり、仕事やプライベートの話をした。
私は仕事仲間と飲みに行くことはほとんどなかったのでとてもいい刺激となった。

酒場と言うと場所によるが、様々な人間模様をみることができる。特に「酒」を通じてざっくばらんに会話をする、その中でいろいろなものをさらけ出すことができることをお考えると、同じく人間模様をみることができるファーストフード店や喫茶店に比べると「酒」の面で趣が異なるのではないかと思う。

本書はタイトルである「とっても不幸な幸運」という名の缶を開いたことから物語は始まる。「缶」というのもなかなか面白いのだが、名前をみてみると「パンドラの箱」を連想してしまう。「パンドラの箱」は文字通り、ギリシャ神話で人間であるパンドラが開けてはならない箱を開けたことにより、「恨み」などの「災厄」が飛び出したという話である。パンドラは慌ててその箱を閉じたものの時すでに遅しだった。しかし様々な「災厄」のなかでも希望を見いだすことができたという話である。

ちなみにこの缶を開いたときに死んだ母親がでてきたり、開けた人に関連して様々な人が見えるという話である。ある種ホラー話の用に思えるのだが、むしろホラーには思えず、人間模様というような趣が強かった。人情というよりも一癖二癖ありながらも素朴で温和で、かつドタバタもあり、そして何より読者にも考えさせられるような「謎」もある、読んでいくうちにその謎をいろいろと考えさせられてしまう一冊である。

働く意味とキャリア形成

働く意味とキャリア形成 働く意味とキャリア形成
谷内 篤博

勁草書房  2007-02-17
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高度経済成長期は「働くことの意味」を考えることなく、只々目の前の仕事に対して一生懸命になることで生計を立てたり、生き甲斐と思ったりすることがあった。転職もあまりなく、一度就職した会社に約40年間勤めることもできた。「24時間働けますか」という時代でも誰しも不満に思うことが少なかった。
しかし高度経済成長も終わり、バブルが弾けた頃から「働くこと」への意義を見いだすことが始まった。ただ「労働観」に関して世界に視野を広げると紀元前から時代、宗教とともに変化をしていることは最近書評した本の中で明らかになっている
本書は働く意味を見いだす、もしくはキャリアアップをするような本とは少し異なっており、世代や時代における「働くこと」、そして「キャリアアップ」の考え方について統計をもとに考察を行っている一冊である。

第一章「働く目的と職業の意義」
日本の労働時間は世界に比べて長く、さらに残業時間も長いと言う指摘がある。統計上でも表れているが、欧米では残業と言うよりもむしろ「前業」といって、翌日の朝に自宅で仕事をすることを行っている。そのため統計では表れないほどの労働時間を行っていることを考えると、日本人も欧米人も労働時間はさほど変わらないように思える。ただ、仕事をどこでいつやるのかという考えが異なっている。
日本では私たちの世代とそこから一回り・二回り上の世代の仕事や会社に関する考え方が違っている。上の世代は「組織人」もしくは「会社人」と言う考えが強いが、私たちの世代ではむしろ「仕事人」もしくは「自由人」という傾向が強い。ただ私とほど近い「ゆとり世代」はむしろ「会社人」と「仕事人」、「自由人」がそれぞれドッキングをしている感じがある。労働観も時代とともに変化をしており、とりわけバブル崩壊以後、そして「リーマン・ショック」前後ではまるで違っている。

第二章「仕事の条件と職業倫理」
組織の固定化、会社の固定化の澱が出ているのだろうか、企業による偽装や不祥事が後を絶たない。特に経営陣の固定化により、組織的な不祥事や偽装が起こっている傾向にある。日本の官僚がバッシングされているのと同じように、民間企業でも官僚よりたちの悪いものがあるのではと考えてしまう。
ほかにも「企業の利益」を過度に追求してしまうことによるものも一因としてあげられる。最近では企業の目的として「全体の利益」や「社会貢献」を第一優先にしている企業もあり、企業のあり方も少しずつではあるが変化をしている。

第三章「企業意識と職業意識」
私は会社の活動以外でセミナーや交流会に足を運ぶことが多い。そこの場で名刺交換をする機会もあるが、その中で傾向があるのは職業が先か、それとも会社名が先かと言うものである。ほかにも名前だけしかないものもあるが、本章では割愛する。前者は主に自らの仕事を前面に押し出すスタイル、欧米ではそれが多いという。逆に後者は企業のブランドを前面に押し出すものであり、日本ではその傾向が強い。日本では就職する、もしくは部課に配属した時点で名刺が支給されることからきているのではないかと考える。

第四章「多様な働き方の光と影」
今となっては正社員ばかりではなく、派遣、アルバイト、フリーランスなど労働のスタイルは多様化している。しかし多様化はいいところばかりではなく、派遣切りや貧困を招く要因にもなってしまっている。企業も人件費の削減にもってこいとして派遣に切り替えたり、アルバイトしか雇わないというところもある。
ほかにも不況になることによってブームとなっている「週末起業」や自宅など働く場所を選ばない「ノマドワーキング」などが挙げられる。
但し、労働の変化による影は付き物であるが、それをどのように解消するのかにも目を向けていく必要があるのは確かである。

第五章「プロフェッショナル志向の高まりと転職行動」
もはや同じ会社にとどまると言うことが少なくなった今、転職市場は活況である・・・と言いたいところだが、実際の転職市場は求人が集まらないという。ましてや職歴や経験など、シビアにみるところも多く、なかなか思うとおりな仕事に就くどころか、仕事すら見つからない。
転職をすると言っても職場環境になじめない、倒産やリストラ、キャリアアップなど様々である。
特にキャリアアップの中でも、仕事においてスペシャリスト志向、もしくはナレッジ・ワーカー志向の傾向にあると著者は指摘している。

第六章「組織内キャリアとキャリア開発」
こうした労働の多様化に関して、会社の中で社内ベンチャーをする、もしくは会社内でのキャリアアップを計画すると言ったことも行っている。

第七章「ワークキャリアとライフキャリアの統合に向けて」
仕事と家庭を大切にすると言う考えは最近になって強く叫ばれてきている。「ワークライフバランス」と言うのがある。しかし最近となってはワークキャリアだけではなく、ライフキャリアと言うのも重要視されてくると言う。ライフの部分では仕事以外の部分、たとえば趣味や生活の面でどれだけ濃い体験をしたかどうかも要素に入るという。「ワークライフバランス」をみてみると仕事も生活も程々に、という考えになってしまうかもしれないが、「そうか、君は課長になったのか。」でおなじみの佐々木常夫氏のように仕事・家庭それぞれ壮絶な体験をしている人もいる。「ワークライフバランス」を一概にいってもそれらをどのように充実していくのかというのも労働の課題の一つとなっていく。

日本人の労働観はここ最近劇的に変化をしている。その辺かの中で自らはどのような労働をしていけばいいのか、仕事や生活の中で見いだす時がきたのではないかと本書を読んで思った。

謝罪の研究―釈明の心理とはたらき

謝罪の研究―釈明の心理とはたらき (人文社会科学ライブラリー) 謝罪の研究―釈明の心理とはたらき (人文社会科学ライブラリー)
大渕 憲一

東北大学出版会  2010-04
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企業に限らず、政治の場でも「陳謝」や「謝罪」、「お詫び」と言った言葉をほぼ毎日目にする。謝罪の内容によって、信用を取り戻す所もあれば、逆に怒りを増幅してしまうこともある。謝罪会見の中でもTV局や新聞社の一部による横柄な態度、もしくは感情混じりの質問によって歪曲されることもあることを差し引いて見る必要はあるが。
本書は心理学における「謝罪」のあり方、釈明のあり方に至る所を考察した一冊である。

第1章「釈明の研究――謝罪とは何か」
「謝罪」という言葉をとある辞書で調べてみると、

「罪やあやまちをわびること。」(goo辞書より)

とある。自分自身やそれに所属している所に過失があった場合のことを言う。その「謝罪」にしても、「ただ謝る」というだけか、今後の対策も含めて提示する謝罪か、それとも赦しを乞うようなものなのかと言うだけでも意味合いや表現の仕方が違ってくる。それだけではなく謝罪する人や団体へのイメージも変わるのが確かである。謝罪の仕方というと「その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際(日本経済新聞出版社)」という本があるのだが、謝罪会見で開き直りをして会見そのものが殺伐としたものになる事例がある。10年前に起った「雪印集団食中毒事件」がある。これは当時の社長の一言で世間の批判が一気に高まった例として有名であるが、最近で言うと宮崎県の「口蹄疫問題」で東国原知事が激怒した会見もあれば、野球賭博問題で武蔵川理事長が「撮り続けると会見やめるよ」となり、こちらも殺伐とした会見になったことで有名である。

第2章「釈明効果の研究――謝罪に対する被害者の反応」
謝罪の仕方によって相手からの非難されるか、むしろ好意的に受け入れられるかといった研究を本章ではしている。謝罪会見とはいっても、自らを正当化させるような会見もあれば、罵り合いや責任転嫁の応酬と言った会見もある。
本書を読んで気になったのが、日本と諸外国の謝罪風土の違いにある。4年前にシンドラー社製のエレベータで高校生が建物と天井の間に挟まれ死亡する事故があった。その後にスイスのシンドラーグループ本部の会見にコメンテーターが怒りを覚えたという。なぜかというとこの会見で語られた内容は乗客の過失か他社が行っている保守点検が悪いという、自ら正当化させるようなものであった(後に社長自ら謝罪した)。日本では「まず謝罪ありき」というところでいったん謝り、今後の対策を講じると言うところにある。一方国によっては日本と逆で検証から入り、自ら非のある場合は謝罪する、あるいは一貫して自らを正当化し続けるような所もある。

第3章「釈明選択の研究――謝罪する人の心理と行動」
謝罪をする人の心理と言うことで、これまでは謝罪の意味合いについてを述べてきたが、ここでは心理学的な観点から、謝罪の方法、要素を考察している。
謝罪をする心理の中に大きく分けて「戦略的要素」と「非戦略的要素」というのがある。
さらに細かく分けてみると、以下の通りになる。(p.112より)

○「戦略的要素」
・自己利益
・自立的アイデンティティ
・協調的アイデンティティ
・責任否定の成功期待
○「非戦略的要素」
・私的責任判断

ここでは個人的な謝罪について表しており、団体になってくると少し違ってくる。
謝罪をするとなると、私情が挟んでしまうが、これは「私的責任判断」という所に入ってくる。個人的なお詫びの場合は「私的責任判断」と「アイデンティティ」が混同してしまうこともあるように思える。

第4章「釈明指導の研究――日本における謝罪傾向の伝承」
日本人の謝罪傾向を見た上で、これからの釈明指導のあり方について論じている。

日本にとってはもう当たり前にある謝罪会見、それだけではなく、普段私たちの生活の中でも多かれ少なかれ「謝罪」と言うのはあるだろう。謝罪をする時にどのような心情で行っているのだろうか、さらには謝罪の種類などを見ることを本書では見ることができる。

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介

角川書店(角川グループパブリッシング)  2010-06-10
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角川書店 岸山様より献本御礼。
一昨年の「リーマン・ショック」で世界的に経済は減衰した。その中で日本は低い位置で浮き沈みを繰り返している様に思える。今週一週間もアメリカの経済をうけ日経平均株価が続落をした。その煽りのせいか、派遣切りや失業のニュースも後を絶たない。さらに「失われた10年」にもあった「デフレ」が再びやってきている。
景気回復の特効薬とは何かという本も色々あり、私もいくつか読んでいる。さらには当ブログでもいくつか紹介している。玉石混淆といえる様な経済書ばかりであるが、本書はデフレは「人口の波」のせいだと言い切っている。その理由と対策について本書の中身を見てみよう。

第1講「思い込みの殻にヒビを入れよう」
「リーマン・ショック」以前はこれまで期間最長だった「いざなぎ景気」を超える長さの好景気、「戦後最長の好景気」と呼ばれるようになった。しかしその一方で「格差問題」が勃発するなど、別名「実感無き好景気」とも言われている。好景気か不景気か、さらには経済規模の判断はよくニュースで使われるGDPを指標にしているのだが、それだけを本にするのはどうかと著者は苦言を呈している。

第2講「国際経済競争の勝者・日本」
現在不況と呼ばれており、その脱出方法について様々な議論となっている経済界であるが、日本の経済回復が遅れているということも叫ばれている。しかし、著者は日本の金融資産は不況になった今でも減少していないことについて指摘している。2010年春号の「資本市場クォータリー」の統計でもあまり減少していないのがよくわかる。さらにもっと言うとこれからGDPの規模では中国に抜かれるが、これまで「量」で経済に勝負をかけていたところから、「質」に転化をする時がきたのではないかという。

第3講「国際競争とは無関係に進む内需の不振」
今から80年前に起きた世界大恐慌と「失われた10年」、そして現在のデフレの違いは「世界大恐慌」はお金が無く、買えなかったことにより経済が急速に冷え込んだものである。一方後者の2つはむしろ「お金はあるが、買わなかった」、つまり内需の不足からきているものであるという。

第4講「首都圏のジリ貧に気づかない「地域間格差」論の無意味」
「格差問題」のなかで、最も言われているものの一つとして「地方格差」というのがある。これは首都圏に対して地方にいる人はもっと貧困にあえいでいるというものである。しかし、必ずと言ってもこれは当てはまっているものではなく、首都圏の経済が衰退している時、逆に経済が衰退することなく、横ばいとなっているところもあるという。本章では「小売販売額」を基に東京と青森を比較しながら、「地方格差論」の無意味について論じている。

第5講「地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」」
ここから「人口の波」の話に移る。戦後生まれの「団塊の世代」、または「全共闘世代」とよばれる世代がリタイアをすることによって労働力は激減するのは明白である。
それだけではない。結婚などを行うためお金が必要になる世代にお金が回ってこない。つまり内需不振が強まることにより、経済は減衰の一途をたどるということも言える。

第6講「「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀」
「人口の波」というのは別に日本で起っているわけではない。とある国では停電が頻発した年は出生率が高いそうである。停電を例に挙げたが、逆に出生率が極端に落ちる年もある。日本では十干十二支のなかで「丙午」の年は極端に出生率が減少している。最近では1966年であるが、そのときは妊娠中絶を行った婦人も多かったという。
日本での「人口の波」は前章で述べた「団塊の世代」、さらに「ベビーブーム」の世代などがある。

第7講「「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる」
労働者の人口は減少の一途をたどっている。世代交代の波というのもあるのだが、その一方で大量のリストラ、さらには「就職氷河期」などが挙げられている。そんな中で企業がよく叫ばれていることとして「ムダ削減」「効率化」「生産性の向上」というのがある。少ない時間でアウトプット力の量や質の向上を目指すというのであるが、上げるにも労働者の個人差があるため、なかなか難しい。むしろそれが「錦の旗」のごとく、それを言えば労働者は従うだろうと言うような幻想に陥っている経営者がいるのではないだろうか。

第8講「声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち」
出生率の低下、内需の減少など様々な要因がはらんでいると言われている「デフレ」。その対策として政府のバラマキに期待を寄せたり、さらに技術革新が最重要であると主張したりするなど、本当に相なのか、と疑いたくなるようなものがある。

第9講「ではどうすればいいのか① 高齢富裕層から若者への所得移転を」
さて、ここからは「提言」に移る。最初に高齢富裕層から若者に対しての所得移転であるが、様々な経済提言の中で最も賛成したい提言といえる。
なぜかというと高齢富裕層は所得も多いが同時に貯蓄額も多い。少し古いデータであるが、2006年の世帯主年齢別貯蓄額では20代が平均で171万円、団塊の世代に当たる60代では何と1601万円にも上っている。貯蓄額にしてもかなりの差が出ている。
これから必要になる若者世代にスライドしていくような経済の流れをつくる、高齢者を対象にしたビジネスをすると言うのもひとつの手段と言える。

第10講「ではどうすればいいのか② 女性の就労と経営参加を当たり前に」
もう一つは女性就労である。これは昔からある固定観念の脱却と言っていいのだろうかと思えるが、女性の労働状況の改善は85年からずっと行われているものであり、これをさらに発展すると言うものである。年収や貯蓄の格差がある分、既婚で夫婦そろって稼ぐと言う考えが増えていく中で、女性の労働状況の改善は良策に思えるが、企業側からの反応と扱われ方の根幹から変えていかないと難しい。

第11講「ではどうすればいいのか③ 労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受け入れを」
最後は「観光立国」である。観光はこれまで民間が主導になって行ってきたが、政府でも「観光庁」を設置するようになったほどである。しかしそれでは足りず、もっと観光立国のために予算を上げるべきと主張している。日本は世界でも有数の観光立国であるが、そこからの経済効果をどのように高めていくべきかと言うのはまだまだ見えてきていないのも事実である。

「デフレ」の時だから消費は落ち込むのではなく、デフレの時だからでこそ、新しい対策が必要であるが、その矛先、根本原因は果たして正しいのか、これは政府に限った問題ではない、私たち民間で行えることも必ずある。政治に頼るばかりではなく、自らもどのように進めていけばいいのか考える時代に入ったのではないだろうか。

雨の休日、何して過ごす?


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7月に入っても、まだ梅雨の時期。私の生まれた北海道では梅雨はほとんどありませんでした。何年かに1回は、7~8月頃に「蝦夷梅雨」と言われるような飴が多い時期が来るからです。そのときはあまり暑くならないので、不快感はそれほどでもありませんが…。

関東に来て3年目がたつわけですが、今年ほど梅雨と暑さにやられた年はありませんね。出勤する時は滝のように汗をかきながら会社に行くかとおもったら、夜もそれほど気温は下がらず、汗だくのままで家に帰ると言うこともあります。

さて、こういった雨の日が続くと休日も雨と言うこともよくあるでしょう。そのときはどう過ごすか、と言いますと、別に雨だからと言って特別に何かをやるわけでもありません。

晴れと雨で区別がつくというと、洗濯。

外に干すことができないので、部屋の中、厳密に言ったらアパートにある乾燥室で干すことにしています。部屋干しをしなくて良いのでまだ洗濯物が溜まりつづけると言う心配は無くなります。

今月の半ば~下旬には梅雨が明け、いよいよ本格的な夏が到来。体力は持つかな…と考えてしまう今日この頃です。

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実業之日本社  2010-06-19
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(株)オトバンク 上田様より献本御礼。
私は前身のブログ「蔵前トラック」、そして当ブログを合わせて3年2ヶ月書評を行ってきたが、まさか漫画を書評するのは夢にも思わなかった。もともと漫画もよく読んでいるが…。
それはさておき、本書はバブル世代、氷河期世代、そしてゆとり世代の3兄弟を描いている。バブル世代というと、ちょうど就職戦線は圧倒的な「売り手市場」と言われており、説明会だけで即内定、人によっては10社以上の内定をもらったという。物欲も多く、物的なブランド志向も強い世代と言われている。氷河期世代は「自分らしく生きる」というのもあるが、「失われた10年」の煽りを最も被った世代と言える。今で言う「貧困」「ロストジェネレーション」という言葉がつきまとわれる世代である。最後に「ゆとり世代」である。「失われた10年」が過ぎ、「戦後最長の好景気」半ばあたりに就職をした世代である。ちょうど私の世代と言える。好景気も続くはずだったが、一昨年の「リーマン・ショック」により急速に景気は悪化、「内定取り消し」が相次ぎ、その被害を被った世代と言える。バブル世代の就職率と氷河期世代の就職率の間と言えばわかりやすいが、様々な要素が入っているため一概に言えない。
それらの3世代が同じ兄弟の中で社会、恋愛、就活、仕事と渡り歩くドタバタコメディである。おもしろおかしく描かれているが、なんと言っても「痛快」と言う一言に尽きる。

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