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友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル

友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書) 友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)
土井 隆義

筑摩書房  2008-03
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私は「友達」という言葉ほど甘美でありながらも危険な言葉はないと考えている。周りに「友達」がいれば当然親身になること模でき、相手との距離も縮められる。しかしその反面、相手が悪事に手を染めていることによって、それにつられて手を染めてしまい、人生の落とし穴にはまるということにもなりかねない、甘美な響きでありながらも危険な要素もはらんでいる。
さらに昨今では「空気を読め」というような言葉も乱舞するなど、「異質」な物を排斥するよ名風潮を助長している。元々日本はそういった気質なのかというと、まだまだ疑問が残っており、考察を深める以外は、無い。
本書は「友達」にまつわる壮絶な現状について追っている。

第一章「いじめを生み出す「優しい関係」」
「いじめ」は10数年前、そして約3年前に大きな社会問題として話題となった。そうでなくても今もとあるところで起こっている「いじめ」これを食い止める手段はないのかというのもあるのだが、そもそもどのようにして「いじめ」が出てきたのだろうかという所についても考える必要がある。
「俗流若者論」を振りかざす人たちにとっては「常識が通じない」や「モラルの欠如」といった自分たちにとって都合のいい道具を振り回しながら、若者たちを批判、と言うより貶めることに躍起になる。
子供たちが「いじめ」を興すようになった原因は果たして子供たちなのかというと私は疑問に思う。親たちの世代、それ以上に社会そのものの変化についても見る必要があるが、本章では「いじめ」の現場の変遷について書かれている。
「いじめ」というといじめっ子がいじめられっ子を殴ったりけったり、いやがらせをするといったことが想像できる。しかし現代の「いじめ」はそういったこと以上にむしろ精神的なダメージを興すようなもの、しかもいじめに関係ない周りを巻き込んで「優しい関係」に持ち込ませながら快楽的、もしくは「遊び」の感覚で起こしているのが実情だという。
確か自民党の安倍政権の時には「KY」という言葉が流行したのだが、それに通じているのではないかとも考えられる。

第二章「リストカット少女の「痛み」の系譜」
今の世の中は「空気」という名の独裁者に支配されているかのように「生きづらい」世の中になっていると考えられる。それは感受性の強い少年・少女の時代からさらされ続け、やがて複雑な場所にいつくこととなってしまう。
本書では1969年に列車に飛び込み自殺をした高野悦子と1999年に服毒自殺をした南条あやの青春日記から少女におかれた現状の今昔についてかかれているが、共通して言えるのは「わたし」という存在についてである。
「わたし」はもっと認められたい、「わたし」の方が優れていると知らしめたい、「わたし」は独立したい、などといった感情のはざまの中で両氏はなぜ自殺に追い込まれなくてはいけないのかということについて両者の日記「二十歳の原点」「卒業式まで死にません」をもとに迫っている。

第三章「ひきこもりとケータイ小説のあいだ」
私は「ケータイ小説」はあまり見ないのだが、「ケータイ小説」が隆盛した時期というと最初に挙げられるのは2002・03年ごろであろう。その時はYoshiの「Deep Love」が、ケータイ小説ではないが「セカチュー」で有名な片山恭一の「世界の中心で、愛を叫ぶ」などが空前のヒットとなった時代である。当時高校生だったので、周りにはそういった作品を読んだ人も多かった(ちなみに私は読まなかったが)。これらの作品の中で語られるのは「愛」であるが、それ以上に少年・少女のおかれた残酷な現状というのを如実に書かれている。大人たちが醸している複雑であり、かつドロドロとしたものを排除し、自らは愛に限らず「純粋さ」というのを追い求めているという傾向が強い。

第四章「ケータイによる自己ナビゲーション」
もはや携帯電話は、電話機能ばかりではなく様々な機能が追加され、独立した「ケータイ」に変貌していった。さらにケータイは「使う」のみならず、「飾る」という役割もある。
「話す」携帯電話から「使う」携帯電話にシフトして行ったが、少年・少女たちにとっては「わたし」を表現できる、本来の自分、あるいはつくることのできる「自分」が得られるからである。
しかしこういった空間の大きなリスクには、それそのものを「否定」する人も必ず出てくる。そのことにより激昂し、下手したら凶行にまで及ぶというケースも存在する。「つながる」オアシスであると同時に、そこにはとてつもない闇がはらんでいる。

第五章「ネット自殺のねじれたリアリティ」
日本における自殺者数は三万人を超えると言われているが、そのうち毎年数十人は「ネット自殺」というのがあるという。年齢の中で最も多いのは若者であり、自分には生きる道がないという絶望感に打ちひしがれて自殺の道に進むという人が多いという。
これに関しては哲学的、心理学的な考察などの議論が行わなければなかなか見えてこないものであるが、自殺者数の増減はあれど、自殺の新しい切り口であることは紛れもない事実である。

「友だち」という言葉に潜む闇もあるのだが、それ以上にその言葉を使う私たちの世代の闇ということについてが多かったようであった。親の世代が悪い、若者が悪いというのは簡単であるが、現状を踏まえて私たちはどうするべきか、親たちの世代は私たちにどう接していけばよいのかという歩み寄りがなければ、水かけ論の堂々巡りに終わってしまう。そういうことだけは起きてほしくないと私は考えている。

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