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2009年11月

鹿田尚樹出版記念セミナー「録るが価値」 感想

昨日は懇意にしているさんどらさん主催の鹿田尚樹出版記念セミナー「録るが価値」に参加いたしました。鹿田さんと言えば先日この本を出版されました。

私もこの本は書評をいたしましたが、今回はこの本ができた経緯についてたっぷりと語った会でした。

メインが始まる前に会場での注意事項について説明されるのだが、「邪魔にならない程度にtwitterに記録していただければ」には正直吹いた(本当にtwitter上で「記録」ならぬ実況中継していた人もちらほらいました(笑))

前半は「読むが価値」を解説した経緯、そしてセミナー「聞くが価値」のエピソードなどを交えながら、鹿田さんが学んだことについて語られていました。

ちなみにこの「聞くが価値」は、第5回第7回第8回の3回参加いたしました。さらに言うと鹿田さんのブログ「読むが価値」を拝読し始めたのは昨年の9月半ば、ちょうどビジネス書にも目を向け始めたころでした。

そして私と鹿田さんとの出会いは10月、「ファンクショナル・アプローチ」で有名な横田尚哉さん出版記念講演会でした。

それからもう1年と1カ月。月日が経つのは速いものです…。

第5回は読書パーティーもあり、様々な著者の方々に出逢えたという思い出もあります。

(しかも何とその日に名刺を切らしてしまい、Masterさんからビジネスカードをいただき、名刺交換をするごとにつたない文章で自己紹介をし、名刺交換をしていたということは今も記憶に残っております)

休憩をはさんで後半は「大事なことはすべて記録しなさい」の編集者と質問形式での対談、そして本書で本当に伝えたかったことについてでした。

編集者との対談の中では、本の書き方についてのエピソード、さらに書店展開にまつわることなど、ためになるというよりも、「爆笑エピソード」という印象が強かったです。

そして最後は鹿田さんがこれまで「記録」をしてきたなかで、一番伝えたかったことについてアツく語っていました。

そして懇親会では、隣だった横田さんのエピソードで大盛り上がりでした。あまりに凄すぎるため今回はオフレコということで。

今回この会を主催したさんどらさん、講演をなさった鹿田さん、そして今回名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!

『宇宙とつながる働き方』出版記念パーティ 感想

昨日は天野敬之さん主催の「『宇宙とつながる働き方』出版記念パーティ」に参加いたしました。

ご存じかと思われますが、今流行している「Amazonキャンペーン」を行わずに総合1位を獲得した一冊です。

天野さんと言えば他にも出されています。

「宇宙」以外だと、「君を幸せにする会社」はおススメですね。

会場は中目黒にあるおしゃれなレストランで行われました。「自家製ピザ」がおいしいと言われていましたが、まさにその通りでした。

ちなみにこのパーティー、本のタイトルと同じような「つながる」奇跡が起こりました。

それは抽選会があったのですが……さすがにオフレコということで。

天野さんの心温まるミニセミナー、さらにはヨガ、そして素晴らしい参加者たちに、おいしいご飯とあっという間の2時間でした。

今回出版記念パーティーを開催した天野敬之さん、そして名刺交換をしてくださった方々、本当にありがとうございました!!

パワー・ディナー vol.16 in COLOR 代官山 感想

昨日はちばともさんこと千葉智之さん主催の「パワー・ディナー vol.16 in COLOR 代官山」に参加いたしました。ちばともさんと言えばこの本ですね。2月にもパワーディナーにも行ったので今回2回目の参加となりました。

ただ、今回は仕事の関係上大幅に遅れての参加となりました。限られた時間の中でどこまで愉しもうかで頭がいっぱいでしたが、ふたを開けてみたら名刺交換をしながら様々な話ができて充実した交流会だったと思います。

ちばともさんはというと、時折DJもやっていて、愉しんでいました。

限られた時間でしたが本当に楽しみ、家路に着いた時には日が変わっていました。

今回この会を主催した千葉さん、そして名刺交換をしてくださった方々、本当にありがとうございました。

国語教科書の中の「日本」

国語教科書の中の「日本」 (ちくま新書) 国語教科書の中の「日本」 (ちくま新書)
石原 千秋

筑摩書房  2009-09
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私たちが小学・中学・高校と学んできた「国語」。呼んで時のごとく日本語の在り方、そして日本の文学そのものを学ぶ機会としてあるのはこれまで学んできてわかることであろう。教育問題というと英語教育や「学力」というのが問われてきた。しかし戦後間もないときは「国語審議会」というのがあり、国語教育の在り方について議論された時があった。あれから数十年、日本語の変化(人によったら「退化」とも言うが)と同じように、文学や評論の在り方も変化し続けたといっても過言ではない。本書は国語教科書から見た日本像はどのようなものかを論じている。

第一章「<日本>という内面の共同体」
私のような活字中毒者が言うのも難だが、「活字離れ」というのが叫ばれているという。確か昨年、この「活字離れ」について私はそうではなく、それよりもむしろ「語彙離れ」の方が深刻ではないのかという主張をしたことがある。今もその意見は変わっていないが、この1年の間生じた変化がある。それは流行していた「ケータイ小説」の売り上げ部数が減少したことにある。私、またはそれよりも若い世代は「ケータイ小説」ですら目を向けなくなってしまったというべきだろう。そしてそういった世代は活字を見捨てたのだろうかと疑わしくもなる。
著者が疑わしく思っているのは国語教育からさらに進んだ、「国民化」にあるのだという。国語教育ばかりではなく、学校の「制服」や会社の「管理」という名の統一感、さらにはスポーツなどにあるが「ぷちナショナリズム」などもその「国民化」の一つとして挙げられている。
少し疑問に思ったのだが、著者は「国民化」という言葉の否定論者なのだろうか。それとも日本国の在り方にくぎを差したいのだろうか。本章ではそれらが見えてこなかった。

第二章「自然を内面化すること――小学国語」
小学校の国語では、よく動物や架空の物がでてきた。元々は幼稚園時代に読んだり聞いたりしてきた「童話」があるため、そこからアプローチをして擬人的な作品が取り上げられているのかもしれない。
このころの国語は「感覚」というのが重視され、言葉は基礎的な物しか学ぶことはない。いきなり古典的な文学にふれるのもいいのだが、語彙力の乏しい小学生では読み特のは難しいのかもしれない。

第三章「家族的親和性を内面化すること――中学国語」
では中学の国語はどのようなものだったかを考えてみると、前半は小学校の延長線上にあるといってもいいのかもしれないが、擬人的な作品、たとえば「オツベルと像」「クジラたちの声」という作品が頭に浮かぶ。しかし、そのような物から卒業し、本格的な文芸作品もちらほら出てくる。とりわけ太宰治の「走れメロス」は、誰でも1度は国語の教科書で学んだというほど定番中の定番として挙げられる。男女とも中学はもっとも揺れ動く時期であり、悩んだり、いろいろなことをやったりしたときでもある。「反抗期」というのもそのときに出てくる人もいることだろう。
そういうときに「心」や「家族」といったテーマにした作品が多く取り上げられているのも窺える。

第四章「『国語教科書の思想』その後」
「国語教育」は「道徳教育」である。
この言葉はいったい誰がいいたのだろうか。確かに文学作品などを読んでいくと自分の生き方などを見つめ直すことのできるいい機会であると思う。しかし国語を学ぶというのは「日本語」のボキャブラリーを学びながらも、活字本来の味わいや楽しさを学ぶということでもある。しかし現在の国語教育は果たしてそうさせているのだろうかというと疑わしいところが多い。国語でもなぜかその人の信条を読みとるような記述式の試験、読解力を問うような試験というのがあるが、読書好きで恥ずかしながら、私は中学・高校と国語の成績はよくなかった。センター試験の国語ですら5割に満たない点数だった(商業高校出身なだけに、古典はあまり授業で習わなかった)。今となってみたら読書好きになったのが不思議なくらいであると同時に、国語教育は本当に読書好きを育てているのかという疑問もある。

「国語教育」はいったい何のために、誰のためにあるのだろうか。
日本人としてなんたるかを学ぶことだろうか。それとも日本の文化を学ぶのだろうか。日本の心を学ぶのだろうか。あるいは「日本」そのものを学ぶのだろうか。まだまだ考える余地があるのかもしれない。本書はそれを考えさせられる1冊であった。

血の政治―青嵐会という物語

血の政治―青嵐会という物語 (新潮新書) 血の政治―青嵐会という物語 (新潮新書)
河内 孝

新潮社  2009-08
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政権を奪われてしまった自民党には昔、「青嵐会(せいらんかい)」という派閥が存在した。私たちのような世代は知っている人は少ないだろう。
私たちの父親の世代、40代・50代の世代であればはっきりと覚えているだろう。
この「青嵐会」のメンバーというと日本の保守政治を担うそうそうたるメンバーである。現東京都知事の石原慎太郎、今年亡くなった中川昭一の父親であり「政界のヒグマ」と呼ばれた中川一郎、首相を経験したことのある森喜朗、TVでは「ハマコー」という愛称で知られる浜田幸一など錚々たるメンバーである。本書はこの青嵐会の誕生、隆盛、崩壊の歴史について書かれている。政権を奪われた自民党が「真の保守」とは何なのかというヒントになるのかもしれない。

第一章「青嵐会、その誕生」
青嵐会は1973年に誕生した。ニュース上では「石原派」と呼ばれ、中川一郎らが代表世話人をつとめた。時は大阪万博が終わり、日本は「高度経済成長期」のまっただ中であること。政界でも「角福戦争」と呼ばれるほど自民党はあれにあれていたこと、さらには72年の沖縄返還、日中国交正常化に至るまで、日本の政治・経済関係なく、嵐が吹き荒れていた時代であった。その中での青嵐会の結成は新聞の炭に追いやられるほど冷ややかなものであった。

第二章「青嵐会と三島由紀夫」
青嵐会のメンバーを観てもご存じの通り「右派」や「真正保守」とも呼ばれるような派閥であったということは窺える。本章ではこの青嵐会と1970年に「三島由紀夫事件」を起し、その後に割腹自殺を遂げた三島由紀夫について書かれている。
三島は国、そして国防を憂い、陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地に籠城し、そこで自衛官やマスコミに向けての演説を行った。しかし、自衛官たちは感銘どころか野次が飛ばされ、結局クーデターは失敗し割腹自殺をした。それが青嵐会の発起人たちなどが影響を受けきっかけとなった。

第三章「青嵐会の闘い 一九七三」
青嵐会は結成後から目立った動きを見せていた。その年には党内のハト派との戦いがあり、先だって自民党有志による北朝鮮への訪問を阻止、田中角栄との問答など数々のことを実行に移した。
今となっては「政治的テロ」ともメディアで叩かれかねないようなことを行ってきたのだが、私自身そういった行動は政治、ひいては日本を憂うからでこそできる行動だと思っている。
しかし、青嵐会は当時の自民党の中では「どちらかというと」纏まりの強い方であった。その中で反乱因子もいたため、結成当時から離脱者が出てきていたということである。

第四章「青嵐会の戦い 一九七四」
青嵐会は活躍の場を新聞、さらには集会によって広げてきた。本章ではその活躍について、草の根的な活躍から表舞台に上がる準備を整えていた。しかし時は日中の国交正常化に向けて動いており、心中は議員や中国の関係者から非難の声を浴びることも少なくなかった。
時代の流れというのは恐ろしいが、その流れに逆らうというのも大事である。しかしそれを行うには規模にもよるが莫大な労力とコストになるということを忘れてはならないと感じさせた。

第五章「青嵐会のルーツ 戦後政治の中の核と改憲」
元々自民党が結党された時は「保守合同」をもとに、「憲法改正」というのが至上命題であった。しかし60年安保や国々の国交正常化、沖縄返還のゴタゴタにより、先延ばしにされていった。そしていつのころからか、自民党の中にもハト派ができ始め、さらに自民党の中でも「護憲派」というのも出てきた。憲法改正が先延ばしにされていく中で、自民党は本来あるべき姿を無くしつつあった。「青嵐会」はそれを正すためにつくられたと言っても過言ではなかった。

第六章「二つの別れ」
田中角栄がロッキード事件により逮捕され、三木政権が倒され、福田赳夫政権へ、そして大平政権と目まぐるしく変わっていった70年代後半の政治。その大平政権を倒さんと反主流派が首相退陣を要求することを条件とした「四十日抗争」が始まった。それを崩したのは青嵐会のメンバーであった浜田幸一であった。浜田はバリケードを崩している時にこう言った。
「いいか、断っとくけどなー。かわいい子供達の時代のために自民党があるってことを忘れるな!!お前らのためにだけ自民党があるんじゃないぞ!!!(wikipediaより)」
私はこの言葉こそ、本来自民党のあるべき姿を言っているのではないのだろうか。私たちの生活をどうすることもあるのだが、それ以上にこれからになっていくだろう子どもたち、孫たちの世代のために何を残して行くべきかというのを自民党は考えなくてはならない。遺して行くものが「国債」という名の借金では何者にもならないのだから。

かつて自民党には本来あるべき姿に戻そうとする志士たちがいた。その志士たちが結成したもの、その名は「青嵐会」といった。わずか6年の歴史であったのだが、本来の自民党とはどうあるべきかを示してくれた。解散して今年で30年を迎える今、政権が奪われ、野党に堕ちた自民党は本来の意味を見出す時が来たのではないだろうか。

就活のバカヤロー

就活のバカヤロー (光文社新書) 就活のバカヤロー (光文社新書)
大沢 仁 石渡 嶺司

光文社  2008-11-14
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「It’s a comedy!(これは茶番だ!)」
これは東京裁判において思想家の大川周明が精神異常の疑いがあるとみられ(後に「梅毒脳症」と判明)退廷させられる直前にはなった言葉である。この裁判は結局商社からの一方的な裁きによるものであり、茶番であると見抜いたのだろうか、もしくは精神異常により発狂して放った言葉なのだろうか、今でも論争は続いているが。
これから大学3年生の皆様は厳しい就職活動を始められることである。その中で死亡した企業、業界に入ればいいのだが、先日のニュースで大学4年生の就職内定率が過去最大の下げ幅であったというのがあった。昨年の同時期には「内定取り消し」のニュースが相次ぎ、それらの世代の就職活動に悪影響を及ぼしている。本書はその就活の現場とその茶番劇を暴きながら、若者にとって、企業にとっての就活の、本当の意味について考えた一冊である。

第1章「就活生はイタすぎる」
章題からしてまさにその通りといえる。自己PRを考えたり、自分の性格からどのような業界にはいるかという自己分析があったり、大学生の時にがんばったことを話したりして、面接官が就活性のどこをみているのかというのが知りたくなってしまう。
私も就職活動を経験してきた身であり、当時は小樽から札幌、または小樽から飛行機を使って東京に行ったり、したことがあった。
悲しきかな自己PRについてこう書けばいいなどの本は五万とあり、それに倣うかのように書いてしまう。学生にとっても採用担当にとってもうんざりしてしまうようなことがたくさんあるという。例えば質問における返答も学生側からの質問でも、である。

第2章「大学にとって「就活はいい迷惑」」
大学は学問を研究する場である。しかし、2004年以降国立大学行政法人化され厳しい状況に立たされ、商学部などでは産業との連携において学問を行うことで活路を見出して行こうとする学校もある。
さて就職活動は大学にとっては前述のようにそのことにより疎かになるということで「いい迷惑」だと思っているという。
特に大学3年生は論文や研究のテーマを決める所もちらほら出てくるため、インターンシップや就職活動の企業説明会、面接などによって講義やゼミを欠席し、せっかく学べる機会を水泡に帰してしまうというのが大学側の意見として挙げられる。
しかし大学を卒業した後、その知識をさらに深めるために誰しもが大学院に進学をするわけではない。仕事の上で役に立つことはあるのだが、それ以上に働くということが大事であろうというのが企業側の意見である。双方の意見の隔たりは縮まるようでなかなか縮まらないというのが現状であり、これからもそうなるのかもしれない。

第3章「企業の「採活」の真相はこうだ」
少し前の話であるが、採用期間となる4月1日前に有能な人材を引き抜いて内定者をいち早くそろえるといういわゆる「青田買い」というのが存在した。
しかし経団連と国立大学行政法人との協定により、4月1日以降にするようにという通達があったのだが、いかんせんそれを実行している企業もあるが、経団連に所属していない企業は無視であるのが現状である。
それだけではない。採用活動は筆記試験や面接ばかりではなく、企業説明会、さらにはインターンシップに至るまで「採用活動(採活)」が行われているといっても過言ではない。
さらに就活生を引きつけるようなレトリックも存在しており、若い私たちであればやりがいがあることや福利厚生、チャレンジングなことをしてくれるなど、様々な裏があることを忘れてはいけないがこれに気づける人がいるかどうか疑わしいところでもある。

第4章「インターンなんてやりたくない」
第3章にて「インターンシップ」も採用活動の一環となっている企業もあると書いてあったのだが、ではこの「インターンシップ」はどのような効果をもたらしてくれるのかと言うのも考えなくてはならない。実際にこの「インターンシップ」が「採用活動」と直結している大きな理由としては、「学生の囲いこみ」というのがあるというが、学歴差別というのがあるだけでこれから就活に向けた影響はそれほど無いのだという。

第5章「マッチポンプで儲ける就職情報会社」
インターネットが飛躍的に進化され、就職活動においてもインターネットを無くしては無力に近いものであったことは大学時代に痛感したことである。大学時代私はパソコンはあったが「Windows98」がOSであり、しかもインターネット環境がなかった。インターネット環境のある大学のパソコン室か、ゼミ室しかインターネットを観ることができなかった。ちなみにエントリーシートや履歴書もアルバイト終了後に大学に戻って書いたほどであった。下宿に返ったのは早いときは深夜の1時、下手したらゼミ室で一夜をあかしたということは何度かあった(実は就活前後もゼミの論文やレポート作成のために同様のことがあった)。
インターネット上ではリクナビや日経ナビ、マイナビなど就職情報サイトなど数多くお世話になった。企業の説明会から、エントリーシート提出に至るまでいろいろな側面でお世話になった。しかしこの就職情報サイトはほぼ寡占状態にあり、採用に関わる利益でかなり賄われている。
しかし就職情報サイトも最近では不況の余波による採用窓口の減少により期待されていた利益を下回っているのだという。就職情報サイトも「経済」という一つの怪物に踊らされているのだろうか。

今の時期、大学3年はいよいよ就職活動の準備を始め、大学4年は焦りを感じている。しかしこの就職活動はある種の茶番劇のように著者は思えるのだという。私も今となってみたら、今の職業に入れてよかったのだが、就職活動は果たしてよかったのかというと疑わしいし、就職活動自体に疑問を抱くこともあった。就職をしたいという考え、もしくは修飾という言葉が続く限りこの茶番激発付くのかもしれないが、それを断ち切るというのもなくてはならない。ではそれはいつの日になるのか、定かではない。

離婚の心理学―パートナーを失う原因とその対処

離婚の心理学―パートナーを失う原因とその対処 離婚の心理学―パートナーを失う原因とその対処
加藤 司

ナカニシヤ出版  2009-09
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現在日本の離婚率は、厚生労働省の調べによると2002年をピークに減少の一途をたどっている。ただしこれは組数によって測れている。減少しているとは言っても価値観の違いや家庭内暴力など離婚が絶えないというのも事実として挙げられる。本書は心理学的観点から離婚について考察を行っている。

第1章「二人の関係を終わりにするということは」
日本の離婚率は高いといわれているが、世界的にみたら韓国やアメリカ、ロシアと比べても低い(本書が採用している統計による)。ましてや最初にも書いているように日本の離婚件数は減少傾向にある。経済的な理由もあるのかもしれないが、もっとも離婚をすることにより精神的に苦しめられる理由も、逆に家庭内暴力から解放されたかのように精神的に解放され、鬱病などの病をいやすこともあるという。カップルそれぞれであるが、離婚によって慰謝料を受け取ることにより裕福になるものもいれば、貧乏になるものもいる。もしくは婚姻関係は解消されるが、完全に縁を切るカップルもいれば、「別れても好きな人」でいるようなカップルもいる。
「離婚」は良いものなのか悪いものなのか、カップルによってまちまちである、というしかない。

第2章「なぜ離婚してしまうのか」
離婚の理由は様々であるが、本章の最初にでてくる統計、アメリカの大規模調査というのがあるが、そこでは予想として浮気がトップと思っていたのだが、なんと「性格の不一致」がトップとして挙げられていた。「浮気」はその次に多かった。
離婚という一括りでも、家庭内暴力もあればセックスレスによる原因、もしくは片方が働きたいという理由で離婚をするケースもある。若くして結婚して、すぐに離婚というケースもあれば、結婚して何十年もたって、もうすぐに金婚式だというのに熟年離婚をするというカップルもいる。
本書では離婚をする原因を年代、結婚年数、さらには性格、財力に至るまで、事細かに調査されている。
そこでどのような傾向を持ったカップル、人だったら離婚をするのか本書の一部を抜粋してみると

・神経質な人
・パートナーの報告があるカップル
・若年層

などが挙げられている。

第3章「浮気でもしてみなさいよ」
統計的にもっとも多いわけではないのだが、大池以降にあるのが「浮気」である。その浮気について、男性がその傾向が強いといわれているが、それはなぜなのか。
本章では「雄牛理論」を採用している。「雄牛理論」は映画「恋する遺伝子」がきっかけとなって定義され「男性は必ず浮気をし、女性を捨てる(p.103より)」という理論である。
実際に男性の浮気が挙げられやすいのは、女性に関して敏感な女性の直感によるものである。おそらく目移りしやすい男性を振り向かせないため、もしくは捕獲した獲物(男)を離さないために与えられた力なのかもしれない。

第4章「別れさせないために」
離婚は仕方がないのかというとそうではない。離婚を未然に防止をすることのできる方法は本章にて「コーピング理論」を中心に取り上げられている。「コーピング」は簡単にいうと「ストレス解消法」である。夫婦生活を送っていると、ストレスが解消される時もあれば、ストレスを蓄積してしまうというときが少なからずある。しかしそのストレス解消法も、ストレスが蓄積される原因、もしくは夫婦喧嘩となる原因を明らかにしなければ、ストレス解消どころか逆にストレスが蓄積され、最悪の場合離婚となってしまう。
ここでは口論や暴力、浮気などケースごとにどのようなストレス解消を行うべきかについて書かれている。

最終章「離婚から立ち直るためには」
いくら手段を講じても離婚という道しかなかった。当然愛し合うことによって結婚という道を開き、そして喜べた反動からか、離婚するとどこと無い寂しさや苦しみというのがある。当然ストレスとなって返ってくるため本章もやはりストレス解消法が存在するがここでは再婚や結婚以外の女性とのつきあい方などが紹介されている。

「離婚」は夫婦生活のピリオドであると同時に精神的なリスクを背負ったり、解放したりすることでもある。それを防ぐこと、そこから立ち直ることは山ほどあるが、「自らの傾向を知る」ことによって離婚を未然に防ぐ手段も存在することが本書の中で理解できる。

多読術

多読術 (ちくまプリマー新書) 多読術 (ちくまプリマー新書)
松岡 正剛

筑摩書房  2009-04-08
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読書好きであるとしたら「松岡正剛」の存在は知らない人はいない。もとい東京の丸の内にある「丸善 丸ノ内本店」を利用している人であればだれでも彼の名前なら聞いたことがあるだろう。その書店の4階には松岡正剛がプロデュースした「松丸本舗」というのが10月23日にオープンしたからである。
松岡正剛都言えば「千夜千冊」でおなじみであるが、間違わないでいただきたいのは、「千夜千冊」は書評を行っているわけではない。あくまで「体験記」や「読書案内」を取り上げているまでと本人は語っている。

第一章「多読・少読・広読・狭読」
松岡氏は何十万冊ほどの読書を経ている。「千夜千冊」の中には今まで読んできたエッセンスが本の紹介とともに詰まっており、紹介されている本を読むに加えて、松岡氏の論考も味わうことにより、ほんの楽しみを何倍、何十倍にも高めることができる。
著者の読書は至ってシンプルであり、繰り返して読んだり、違うジャンルを読んだりしながら和夫奥の本を読むことにより、複眼的な視点から本の紹介を行うことができる。松岡氏はまさしく「酒仙」を肖った「読仙」もしくは「読聖」と言うにふさわしい方である。

第二章「多様性を育てていく」
松岡氏の生い立ちを読書とともに振り返っている。
私も小学生の頃からほぼ毎日のように図書館に入り浸っていた人間である。平日は放課後に小学校の図書館に足を運び、童話などたくさんの本を借りる。そして週末には市立図書館に足を運びそこでも様々な本を借りた。司書の手違いにより、返却の督促が何度もきたことは今となってはよい思い出である。

第三章「読書の方法をさぐる」
いよいよ読書論の核心に入っていく。松岡氏は読書に関してこう主張している。
「その前にふたたび強調しておきますが、読書はどんな本をどんな読み方をしてもいいと思います。(p.64より)」
読書をするのは人それぞれである。他人の読書術をひたすら実践をする、もしくは独自の読書術を試行錯誤を繰り返しながら試してみることによって、自分にあった読書術を確立していくと言うことをやった方がいいと思う。ちなみに私の読書は前者で失敗したため、専ら後者を繰り返して確立した。
たとえば読書によって感じたこと、気づいたことというのはたくさんあることだろう。そこからどのようにして記録していくのか、残しておくかも人それぞれであるが、著者は本をノートであるかのようにマーキング、で記録をしていくという方法を行うことによって、著者の癖、主張を見極め、「千夜千冊」に転化させている。

第四章「読書をすることは編集すること」
松岡氏は「編集工学研究所」の所長である。その読書を編集をすることによって新たな知識を蓄えるにはどうしたらいいのかや、書き手の技術を鵜呑みにしながらも書き手と読み手とのコミュニケーションをとっている。

第五章「自分に合った読書スタイル」
「読書は個性である」
それは読み方にしても、その感想文や書評の書き方、主張のくせにしてもそれぞれ「個性」がある。目的を持つ「実読」、それを持たない「楽読」にしても細かいところで個性がある。読書は読む本から、読み方までそれぞれ「個人」が現れていると言ってもいい。実際当ブログも最新の本や流行の本を紹介しようと言う気は無く、むしろ自分が気に入った、興味を持った本をありのままに書評という形を取っている。

第六章「キーブックを選ぶ」
多読をしている人には、必ずと言ってもいいほど陥る罠がある。自分の思考が振り幅が広くころころと変わる。それをさけるために、自分の考えの根幹になっている「キーブック」を選びそれを基準にして、どのように思ったのか、と言うのをみていく必要がある。思考のぶれは誰でも生じることであるが、思考の「軸」や「根幹」がぶれてしまっては読書は「劇薬」になりかねないのである。

第七章「読書の未来」
21世紀になってから紙媒体はデジタルに駆逐され始めてきたと言ってもいい。新聞の発行部数や本の出版部数も減少傾向にある。追い打ちをかけるかのように本も「kindle」という電子書籍が日本に上陸してきたことにより、それに拍車をかける心配もある。
しかし様々なところで主張してきたことと同じく私は改めて、「紙媒体はなくならない」と主張することと同じように、「読書はなくならない」と主張したい。たとえ電子化されようとも、紙からデジタルに変わると言うだけで、読書をすると言うことに何ら変わりはないからである。

松岡氏独自の読書術と言うよりも、読書はどうあるべきかと言う考え方が本書にある。ノウハウではない、私たちのような読書人がこれから辿るであろう読書人生にどのような影響を及ぼすのか、長い間ほんとつきあってきた著者が示しているのかもしれない。

結果を出す人の勉強法 - 評価、信頼、報酬、ワンランク上の仕事を手にする学び方

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水野 浩志

こう書房  2009-10-02
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先日のセミナーで講師をなさった方の一冊である。
巷にはたくさんの勉強術が存在しており、こういったご時世なのだろうか勉強をする社会人は非常に多い。たとえば私のように読書によって仕事を糧にする人、セミナーや勉強会に参加することで学ぶ人も増えており、経済誌やビジネス紙でたびたび取り上げられている。
しかし、それが自ら血肉として、自ら仕事に落とし込み、結果に変換していけた人はあまり聞かないという。本書は「結果」を出す、そのために検証をすると言うような勉強の心構えについて書かれている。

第1章「あなたは【成果を生み出す仕組み】を持っていますか」
ビジネスは「価値」の交換といわれている。
しかし、「1,000円あげるから1,000円ください」というような等価交換ではなく、いただく価値以上のものを提供するにほかならない。その方法は量であれ、質であれ存在するのであるが、価値以上のものを提供するためにどうしたらいいのかという勉強を行い、実践を行う必要がある。その心構えは次章以降に書かれている。

第2章「成果を生み出す【勉強サイクル】を身につける」
勉強によって実りを得るためには、勉強後の「行動」を行わなければならない。行動をしなくても得られるものはあるのだが(知識を得る程度である)、それを自分の行動によって成果を得たり、方法のフィードバックを行うことができるという観点から、「行動」がテストといっても過言ではない。

第3章「実践を目的とした勉強術①「本」から効果的に勉強する方法」
ここではあくまで「実読」によるアウトプットについて書かれている。よく勉強書では読書をもとに行動をしていくということが大切といわれているが、度のように行動を行い、検証をすることによって身につけるべきなのかというのが書かれている。
それだけではなく、読書によって身につけられる文章術や読解術というのも紹介されている。

第4章「実践を目的とした勉強術②「人」から効果的に勉強する方法」
「アイデア」や「知識」、「生き方」に至るまで、本で生えられないようなものが人と出会うことによって得られることがある。
本章では他人の技術を得るにはから始まり、他人の失敗談、そして自分の話し方など人と出会わなければ気づかない所をどのように学べばいいのかというところについて書かれている。
日本の職人芸は専ら修行によって学ぶこともあれば親方や先輩のやっていることをみてその技術を盗むということもある。本書は後者を勧めながら、教師であり、反面教師とみながら自らの血肉にしている。

第5章「効果的な【検証方法】を身につける」
勉強にしても「PDCAサイクル」というのがあり、本章では「C(Check)」や「A(Action)」をいかにすべきか、ということを紹介している。勉強もビジネスと同じように最初からプロセス、そして結果に至るまで完璧になるということはあり得ない。
結果がよくてもプロセスの中でうまくいかなかったこと失敗したことは必ずある。それは勉強方法、もしくは実践方法に間違いがなかったのか、手順を入れ替えたり、学習方法をカスタマイズすることによって学習や実践に磨きをかける所といえる。おそらく勉強法の中で根幹をなすところといえる。

第6章「勉強する【モチベーション】を維持するために」
勉強や情報収集、実践術はある主「経営」の在り方に近いものがあるように思える。
勉強にしても100を完璧に知識に落とし込むよりも、60でも70でもいいから見切り発車の形で実践に移し、それをフィードバックすることによって新たな学びを身につけるというような形を取る。それが上昇のスパイラルとなり、「知っている」から「している」へ、そして「できる」へと進化していく。人は進化するように、仕事も進化を続けていく。それをいかに早めさせるか、具体化させて結果に結びつけていくかはあなた次第である。

世の中には資格勉強や、仕事術に関して勉強をするという方法は山ほど存在する。スケールが大きすぎると思うが星の数といっても過言ではない。しかし、それをどのようにして仕事に生かすのかというのは、おそらく、どこまで屋っていていても実感のわかないものといえる。もっというと勉強は「パンを食べる」という喩え方をするが、勉強後の実践術は「霞を食べる」ようで実感のわかないところが多い。定年になって、もしくは死ぬまで勉強であるが、それをどのようにして実践を重ねていけばいいのかという一つの道標が本書にある。

目立つ力

目立つ力 (小学館101新書 49) 目立つ力 (小学館101新書 49)
勝間 和代

小学館  2009-10-01
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小学館新書が創刊されて1年になるが、創刊時に勝間氏も「読書進化論」を引っ下げて名を連ねた。その読書進化論で書評を公募したことも有名な話であるが。ブログの可能性を一気に広めた立役者であり、ビジネス書の可能性を広げた立役者でもある。現在は経済的な会議のメンバーに選ばれるなど、まさに「引っ張りだこ」とも呼ばれる状態である。
本書はインターネットを通じて自己表現をすることにより、「人生ブランディング」もとい「人生のモビルスーツ」をどのようにして構築していけばいいのかということについて書かれている。

第一章「インターネット・メディアの可能性と威力を知る」
インターネットは90年代に誕生してから、目にも止まらぬ早さで進化を続けてきた。著者の勝間氏もインターネットによって、自己をブランディングしたことによって、和夫奥の著書を生み出し、現在に至っている(ちなみに勝間氏は90年代に「ムギ畑」というコミュニティで有名だったという)。
インターネットによってメディアの双方向化も遂げることができ、自分の考えや意見を全世界に伝えることのできる画期的なツールとなった。それだけではなく、ブログやツイッターの誕生により、それが簡単にできるようになったというのも一つの功績であり功罪と言うべきかもしれない。

第二章「ステップ1  Plan――戦略を考える」
ここまで進化を遂げたブログであるためそれを最大級に広げる、表現するためにはどうしたらいいかという「戦略」を考える必要がある。ここでは主に「ブログ」をどのような戦略でもってターゲットを絞り、アクセス数を増加させたらよいのかと言うところにスポットを当てている。

第三章「ステップ2  Do――表現する」
次はどのように書いたらいいのかそして、記事の作成についてである。
ブログの書き方は人それぞれであり、たとえば「人が集まるような文章」や「売れる文章」はあるようで無いというのが現状である。書籍でもそう言った本は存在するのだがそれはあくまでそのとき、その場合にあった文章の表現方法であり、絶対的に「売れる」というのは存在しないと私は考える。
ではどのようにして表現したらいいのか。私は「自分らしい表現」でかくことを心がけている。そのことで極端に長文になっても、短文になっても、簡単な表現になっても、難しい表現であっても、「自分」を表現することに変わりはない。
なので「分かりやすい文章」や「読者にとって読みやすい文章」よりも「自分を表現する文章」をすることが私、もとい当ブログの考えである。

第四章「ステップ3  Check & Action――改善・継続する」
ブログにおいてもっとも重要なのが「続けること」にある。実行している人で最たる人と言えば、書評ブロガー仲間のすぎさんの「ほぼ日blog」である。このブログはなんと1000日以上1日も休まずに更新を続け、2000記事を突破するほどである。おそらく「αブロガー」にもっとも近い存在であると私は確信する。
ちなみに私も毎日更新を続けているがまだ1年たっておらず、足下にも及ばない。
毎日更新をする良さというのは、続けることにより、文章をどのように改善していけばいいのかと言うのがわかること、そして、毎日更新することによって認知が広がることにある。ブログは進化を続ける。その進化を毎日でも勧めることによって「塵も積もれば山となる」がごとく、大きなリターンとなって返ってくる。

第五章「達人に学ぶ」
巷には「αブロガー」と呼ばれているブロガーがいる。そのブロガーが書いた記事は社会的にも影響を及ぼす、たとえば本の紹介をいったんしたことにより、売り上げが変動するという力を持つブロガーのことをいう。たとえば「404 Blog Not Found」の小飼弾さん「俺と100冊の成功本」の聖幸さん「マインドマップ的読書感想文」のsmoothさん「ネタフル」のコグレマサトさんなど枚挙に暇がない。本書ではその中から小飼さんと「らむね的通販生活」の村川らむねでおなじみの青山直美さんの対談が収録されている。インターネットの変遷、ブログの在り方、ツイッターの在り方などインターネットについて縦横無尽に語り尽くされている。

インターネットは今書いている時間でも進化を続けている。その進化の中で、自分はどのように売ればいいのか、自分をどのように表現したらいいのかを追求し続けることによって本書のいう自分のブランド、もとい自分の藻ビルスーツを手に入れることができる。本書はその可能性を見出した一冊である。

元国税が教える会社を救う!5つの社長力―中小企業のためのウラ経営書

元国税が教える会社を救う!5つの社長力―中小企業のためのウラ経営書 元国税が教える会社を救う!5つの社長力―中小企業のためのウラ経営書
久保 憂希也

ビジネス社  2009-11-10
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先日のセミナーで主催・講師をされた久保氏の一冊である。
久保氏と言えば元国税庁で働いたというよりも数多くのプロジェクトを成し遂げた。その実績を引っ下げて昨年独立を果たし、今ではコンサルタント事業を行う傍ら、年間50回ものセミナーで講演を行っている。本書は経営コンサルタントで数多くの企業を観てきており、かつ自らも社長業を行っている経験を駆使して、社長として会社を救う力が五つあるという。本書はその五つの力を一つずつ紹介している。

一章「直感力」
新しい商品や企画、考え方は論理の元で考えられるものもあるが、既存のものなどからふと考えるとでてくるものである。「ブレーンストーミング」などをもちいた会議を採用している所もあり「アイデア」を出す考え方、方法は広まりつつある。しかし中には、「アイデア会議」と称して突発的に行い、他人の出したアイデアをだめ出しして自分の考えを押しつけさせる。机上でウンウン考えさせる会議も存在するかもしれない。それと同じように社長も新しい企画、経営を行うために机上などで四苦八苦している。
しかし社長だからでこそ、直感を大事にすべきだと著者は主張する。それは「論理」からただしていくよりもふとひらめいた「直感」は、後に論理付けをすることができる。「思いつき」と勘違いする人がいるが論理に落とし込める違いがあることから直感は大事であるという。
また社長は「ワンマンで当たり前」はおそらく経営を知らない人にとっては毛嫌いしそうな言葉かもしれない。しかし、いざというときに船頭に立つ人が誰がなるべきかというときに皆の意見を聞いてばかりいて、「船頭多くして船山に登る」と言うことを避ける、もしくは社員たちに思い切ってプロジェクトを築けという親分肌を持つと言うところから「ワンマン」は必要なのかもしれない。

二章「モチベート力」
社長にとっても、社員にとっても必要なものであるが、なかなか身に付かない力と言うのがこれである。
さて社長は社員に対してどのようにやる気を出させるにはどうしたらいいのかと言うところについて書かれている。
有能な社員がどんどんやめていく原因はいくつかあるのだが、その中でもモチベーションの観点でやめていく人も多い。社員にモチベーションを高めさせることが必要であるが、しかし昔のように「給料」を上げることではモチベーションを上げることができなくなった(今であれば、若干であるが上がるかもしれないが)。それ以上に「働く意味」「働く信条」という、心的な意味で働く人が多くなった。それに応じるかのごとく社長は理念と働く意味を諭す、共感させる力を持つ時代に入っていったのかもしれない。おそらく社長力の中でこれからもっとも重要視されるのではないかと考える。働く意味を見出し、お金ではない、新年で働ける、そして若者たちのモチベーションを上げる力を持つ会社が強くなるだろうと私は考える。

三章「PDC力」
経営用語に「PDCAサイクル」と言うのがある。
「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(検証)」「Action(改善)」の頭の大文字をとった用語であり、経営の場に限らず、ビジネスにおいて幅広く使われている。
しかし本章ではこの中から「A」を除いた「PDC」で使われている。「A」はすでに「C」の段階で検証が行われ、改善店を見出していることからいらないのだという。「P」の段階では数字も合わせて計画を立てるが、だいたいのめどをつける、簡単にいえば見切り発車できるところで計画をやめ、実行に移すことを著者は勧めている。というのはいくら綿密な計画を行ったとしても、たとえそれが目標に到達したとしても、思い通りのプロセスにならないからである。プロセスの修正は「C」の段階でできるのだから「P」をいかに時間をかけないか、と言う観点でたててみるといいかもしれない。
そして「Check」も「A」が無い分大事になってくる。数字やプロセスを分解し、改善点を見出し、次の計画を立てていく。その中で、どこまで細かく分解できるのかが至上命題となる。

四章「現金力」
ビジネスたるもの現金はないと話にならない。借金や売掛金も程々でなければ、自ら不渡りを出したり、相手方の不渡りなどによる倒産もある。
ある噺家は「借金はせなあかん」と言っていたがここはビジネスの世界。借金一つ間違えると命とりになりかねない。
ここでは「会計学」も兼ねたところである。数字嫌いの人もいるかもしれないが、数字嫌いでもある程度の会計の知識を砕いて説明されているのである程度の知識を得ることができる。そこから、会計入門など数字に強くなる本もでているので、会計の知識を身につけた方がいい。
本書は「最低限」知っておくべき所について書かれている。

五章「ストック力」
経営にもいろいろな種類の経営がある。ここでは大きく分けて「ストック型」と「フロー型」に分けて、「ストック型」の優位性について説明されている。
「ストック型」・・・長期的にノウハウやキャッシュを蓄積し、安定的な経営をする形態。簡単にいえば「仕組み化」と言うべきか。
「フロー型」・・・流動的でありながら短期的に増益がはかれる経営。簡単にいうと「一発屋」と言うところか。
創業100年以上続いている企業には前者のような「ストック」も存在しており、安定的な経営を果たすことができている(時折、フローに走る起業もある)。しかし起業の中には「一発屋」のように「フロー型」に走る会社があるが、その起業は大概、衰退とともに会社を畳むというところが多いのかもしれない。
「安定的」であるとすれば、蓄積をすることによって仕組みに落とし込むことが重要とされる。

会社を続けるためにどうしたらいいのか、社員が活気づかせるにはどうしたらいいのか、と言うのがめいっぱい詰まった一冊である。これから起業をしたい方、経営がうまくいっていない方にはおすすめの一冊である。手法を説明するばかりではなく、活を入れられたかのようにはっとするような一冊である。

上村光弼氏・水野浩志氏 出版記念W講演会 感想

昨日は上村光弼氏と水野浩志氏の出版記念W講演会に参加いたしました。上村氏とは9か月前のパーティーにて名刺交換をし、さらに9月には新刊を上梓されたということで是非と思い参加いたしました。

それでは見てみましょう。

Ⅰ.水野浩志

「結果を出す人の勉強法」が昨月に上梓され、それを記念しての講演でした。著書は私も読みましたが(近日中に書評をUPする予定)、著者の波乱の生い立ちが著書の根幹、そして水野氏の思想の根幹を担っていると思いました。

勉強法も素晴らしかったですが、それ以上に水野氏の生い立ちが強烈でした。

Ⅱ.上村光弼

EQコーチングなど、上司の力を上げるにはどうしたらいいのか、幸せになるためにはどうしたらいいのかという本が出ている中、一昨月に「一流の部下力」という、上司が部下に対して読ませたい一冊を上梓されました(こちらはすでに書評済)。

本の内容も抜粋して紹介されていたのですが、「ちょっと脱線しますが」という所の話が、「一流の部下力」をそれ以上に引き出させてくれ、さらには上村氏の身ぶり手ぶりが面白くもためになるものでした。

最後には質問タイムがあり、そちらでは水野氏・上村氏の両方の観点からの答えが返ってきていましたが、最後の最後は…ある職業の話ですが、おそらく今回のセミナーの全てを物語っていると言っても過言ではありません(むしろその話で全部持って行かれたような気がします)。

講演会終了後は同じ建物で懇親パーティーが行われました。人数もそれほど多くなく、アットホームなパーティーでしたが、水野氏がアツく語られていたり、セミナーを開くきっかけであったり、ローカルトークであったり…とあっという間の2時間でした。

今回主催されたガイアモーレ株式会社様、素晴らしい講演をなさった水野様・上村様、そして名刺交換をしてくださった方々、本当にありがとうございました!!

乳豚ロック

乳豚ロック 乳豚ロック
森田 一哉

小学館  2009-10-28
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「ロック」と言えば今年「ロックンロールボス」と称される矢沢永吉が還暦を迎えた。還暦を記念して様々なロックフェスに参加したり、ライブに参加したりと還暦を感じさせない、むしろ還暦を喜ぶかのように、YAZAWAロックを邁進している。
「ロック」という言葉、そしてそれをかもす世界は言葉では言い表せない高揚感と不思議さがある。
その高揚感と不思議さに可笑しさを加えた感じがしているのが本書である。
本書はロックの聖地であるイギリスで起こる関西弁ストーリーというべきだろうか。読んでいてあまりのおかしさに、馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。しかしその馬鹿馬鹿しさが良い意味で妙な高揚感があり、明日からがんばれるという力がある。誰しも生き方を見失うときがある。その時に馬鹿馬鹿しさの漂う本書を読んだら、その見失った苦しみが馬鹿らしくなり明るくなってしまうように思える。そんな一冊である。

著者は大阪府出身で、バンド活動を続け、40代でイギリスロンドンの生活を続けている。本書は実体験をもとに書かれた作品であるのだが、ここまで可笑しく書かれたのは実体験なのか、それとも小説用のフィクションなのか、首をかしげてしまう。

だんだん決まっていくシート争い

しばらくぶりにF1の記事をということで、今回はドライバーシート争いを見て行きたいと思います。先ごろにはチャンピオンのバトンがマクラーレンに移籍し、シート争いに負けたライコネンが来シーズン休養をほのめかし(さらにはWRCのチームに移籍という話まで出てきた)、ドライバーシート争いはヒートアップしております。

白熱化しているシート争いをちょっとここでおさらいしてみたいと思います(mixiのコミュニティより)。

マクラーレン
ルイス・ハミルトン
ジェンソン・バトン

メルセデスGP (旧:ブラウンGP)
○ ニコ・ロズベルグ
○ ニック・ハイドフェルド
△ ミハエル・シューマッハ

レッドブル
セバスチャン・ベッテル
マーク・ウェバー

フェラーリ
フェルナンド・アロンソ
フェリペ・マッサ

ウィリアムズ
ルーベンス・バリチェロ
ニコ・ヒュルケンベルグ

ルノー
ロバート・クビサ
△ フランク・モンタニー
△ ロマン・グロージャン
△ 中嶋一貴

フォースインディア
○ エイドリアン・スーティル
△ ヴィタントニオ・リウィツィ

トロロッソ
セバスチャン・ブエミ
○ ハイメ・アルグエルスアリ
△ ブレンドン・ハートレイ

USF1 (※1)
TBA
TBA

マノー
ティモ・グロック
△ ルーカス・ディ・グラッシ

カンポス
ブルーノ・セナ
△ ペドロ・デ・ラ・ロサ
△ パストル・マルドナド
△ ヴィタリー・ペトロフ
△ ネルソン・ピケJr

ロータス
○ ヤルノ・トゥルーリ
△ 小林可夢偉
△ 佐藤琢磨
△ ジャック・ヴィルヌーヴ
△ ネルソン・ピケJr
△ ファイルズ・ファウジー
△ 中嶋一貴

ザウバー(※2)
TBA
TBA

 無 確定、残留
 ○ 濃厚、最有力候補
 △ 噂、比較的有力


※1:不参戦説が十分に拭い去られていない為、現段階では不透明
※2:13番目のチームとしてFIAからの承認が現段階ではまだ降りていない

現在このような状況です。

フェラーリ・マクラーレン・ウィリアムズ・レッドブルはすでにシートは確定していますが、他のチームはまだであり、誰が入ってくるのかも不明といった状況です。日本人も確定と呼ばれるドライバーは1人もおらず、噂であったり有力候補までにしかなっていません。

翌年3月まで続くシート争い。来年の開幕戦、バーレーンGPまでに日本人のシート確定というニュースが来てくれることを願うしかありません。

一瞬で相手の心をつかむ「声」のつくり方

一瞬で相手の心をつかむ「声」のつくり方 一瞬で相手の心をつかむ「声」のつくり方
秋竹 朋子

ぱる出版  2009-10-16
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ビジネスの場では他愛のないコミュニケーションや会社の命運をかけるようなプレゼンテーションなど「声」を出さない日はほとんどないほどである。私が働いているIT業界でさえでも、である。声色やイントネーション一つで相手に対する印象が変わると言っても過言ではなく、コミュニケーション術のなかでも最も見落としやすい所の一つとしても挙げられる。ではこの声をどのようにして変えていけばいいのか、本書は声楽家であり、ボイス・トレーニング・スクールの講師を務められている秋竹朋子氏が伝授する一冊である。

第1章「声を調律して自分を変えてみませんか?」
私は中学・高校と吹奏楽部に所属しており、練習の一環として「ソルフェージュ」という発声練習・合唱練習を行っていた。1日平均で30分程度であったが「声」について様々なことを学んだことが印象的である。
私的なことはこれまでにしておいて、著者は音大大学院卒で社会人としての経験はそれほど長くない。音楽漬けの毎日の成果、社会人として学ぶ機会もあまりなく、そこでの失敗談も赤裸々に書かれている。
ではなぜ「声」の調律というビジネスを行おうと思ったのか。
それはあるメーカーの売り込みで、高い成績を収めたことにあるという。それから今まで学んだ「声楽」、さらには「声」についてのビジネスを始めようと志した。
ボイストレーニングはコミュニケーション力を鍛えるなかでも重要なようその一つとしてあげられるが、悲しきかなそれに気づける人はなかなかいない。

第2章「声のお悩みケース相談・解決編」
ここではどういった声で悩んでいるのか、どのような声にしたいのかをトレーニングメソッドも交えて解決法を紹介している。
掠れた声から、ダミ声、しゃがり声、モテ声、威厳のある声・・・など様々な声があるのだという印象だった。

第3章「相手に好印象を与える話し方、言葉の使い方」
ここはおもしろかった。声色や発音もあるのだが、語尾やアクセント一つで、相手の印象ががらりと変わるのである。
本章は接客用語や誤り方などから、プレゼンテーションにも役立つような例文の読み方に至るまで紹介されている。どこをアクセントにしたら印象がよくなるのかも事細かにアドバイスされているため、アクセントを鍛えたい人には最適なところといえる。

第4章「美声をつくるためのエクササイズ」
本章では軽い体操からいよいよ発声法、口の開き方の所である。呼吸をする方法もあり、専ら「腹式呼吸」であるが、日本人の苦手なところの一つと言えるが、練習できれば誰でも習得できる方法であるのでぜひやってみた方がいい。
また発声法では「イ・エ・ア・オ・ウ」のような方法を用いられているが、確か高校の時に声楽の発声法の教科書で観たことがあるという親近感があった。

「声」はビジネスにおいて、幅広く使われる。自分の声が嫌いになった人、様々な場で魅力的な「声」を出したい人に是非お勧めの一冊である。

アエラ族の憂鬱

アエラ族の憂鬱 アエラ族の憂鬱
桐山 秀樹

PHP研究所  2009-09-16
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「AERA」はバリバリに働くキャリアウーマン(バリキャリ)のためのオピニオン誌である。一部の人にはこの雑誌を「女尊男卑」というひともいるが。
本書は「戦後最長の好景気」とも呼ばれる時期に活躍した雑誌「AERA」の功罪について迫っている。

第一章「「超高級ホテル」から若い女性たちが消えた」
バブルだろうか、それとも一つのステータスだったのだろうか、若い女性の間で流行していたというのは私はあまり聞いたことがなかった。
バリキャリや仕事・家庭をものの見事に両立する女性、もっと言うと「女性があこがれる女性」の姿が「AERA」にあったのだろう。
理想が高すぎるせいなのか、晩婚化も進んでおり、「おひとりさま」と言う言葉も出始めている。時代の潮流がそう言っているのか、もしくは「AERA」がそうさせているのか、定かではないが。

第二章「男=女」
「男尊女卑」のなか虐げられたと、女性の権利を主張する方がしきりに言うが、実際に男性は権利はあれど、結果的に一番威張れるのは女性だと思っている。「尻に敷かれる」「カカア天下」と言う言葉もあるくらいだから。
ただいえるのは女性の価値観は
女性の価値観がここ数十年で、明らかな変貌を遂げたと言っても過言ではない。昔であれば「大和撫子」であったり、女性は家庭的と言うようなものに加え、今では社会的に活躍をする場が増えている。女性の地位向上はめざましいことであるが、はたして女性にとって、社会にとって有益なものかと言われると首を傾げる。

第三章「アエラ族は、不幸になる」
ほんの少し前から「婚活詐欺」と言うのが話題になり、逮捕されたある女性についてひっきりなしに報道されている。「婚活」と言う言葉は昨年からでてきているが、今となっては書籍でも、ドラマでも話題に上るほどであり、一時期「婚活ブーム」にまでなった。しかしこの「婚活」と言う言葉の意味と、現状の解釈を巡って「婚活時代」の著者と「AERA」とで違っており、「AERA」ではよりネガティブに捉えているという。

第四章「「アエラ族」に告ぐ」
それでも「アエラ族」は後を絶たない。「理想の女性」にあこがれそれにひた走る、男にも媚びず、孤高のバリキャリウーマンを貫こうというような人生に思える。その代表格が東京大学教授の上野千鶴子である。元々はフェミニズム論者であるが、一昨年に「おひとりさまの老後」がベストセラーになり、社会現象にまでなった。
しかし「おひとりさま」について、様々な論者の意見を交えながら著者は批判している。昨今では「孤独死」というものもあるので私も、それに関してはあまり快くないと考えている。

第五章「行き過ぎた「女尊男卑」の果てに」
「男女平等」や「女性のための」と謳っているが、裏を返してみたら徹底した「女尊男卑」ができていると著者は主張している。「「男尊女卑」のなか女性たちは虐げられたから、今度は私たちの番だ。」と言っているようなものである。ハンブラビ法典を変なところで出しているのである。
しかし、「AERA」は新たなバリキャリウーマンに目をつけていた。
そう、経済評論家で公認会計士の勝間和代である。
現在女性を中心に「カツマー」を目指す人が多く、それに関する批判本も出てきているほどである。

第六章「「アエラ族」の品格と孤独」
では「AERA」はどのような立ち位置になるとよいのか、これまで「バリキャリ」や「おひとりさま」など数々の女性の在り方について論じてきたわけであるが、ここで著者は「良妻賢母」を提案している。女性としてのキャリアを持ちながらも、良妻賢母としての母性でもって家庭を築いていくというような姿を理想としてほしいというのが著者の願いかもしれない。

第七章「「女」に生まれたことは本当に損か」
「男女格差」という言葉もある。しかし私は男性に無くて女性にある者もあると考える。韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」で医女チャングムが皇太后に治療を受けさせるためにある問いを出した。その答えは母であるが、経国大典にも定められているとおり徹底した「男尊女卑」であった時代において、女性の役割を見出させている。女性は男性と比較するべきではなく、むしろ「女性」であるからでこそできることもあるのではと考えさせられたところでもある。

「女性」は男性にないものはたくさんある。しかし悲しきかな「男女格差」で女性の待遇が測られ、女性の地位向上は時として価値はあるが、その一方で新たな「女女格差」というのもできている。「女性」の在り方はこれからも問われ続けるが、本書はそれを考える上での一つのヒントという位置付けに相応しい。

人生の短さについて

人生の短さについて 人生の短さについて
セネカ 浦谷 計子

PHP研究所  2009-02-21
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セネカはローマ帝国のユリウス・クラウディウス朝に生きた哲学者であり、政治家であった。セネカの生きた時代はちょうど紀元に当たる年であり、ちょうどローマ帝国が「パクス・ロマーナ」と呼ばれるほど覇権を手にしていた時である。
セネカはそのローマ帝国内で皇帝ネロのバックボーンとして活躍をしたが、晩年は様々な疑惑にかけられ引退の身となった。本書は政界から引退し、文筆業に精を出していた時に書かれた一冊である。同時期に書かれたものはいずれも「〜について」と言われ、哲学的な随筆作品が残されている。一方でセネカは悲劇作品も10作発表しているが、偽作である作品、偽作と疑われている作品も存在する。

本書は「人生の短さ」であるが、今や高齢者社会となり、日本人の寿命は世界的にも長い。しかしそうであればあるほど、「時」が経つこと、やがて来る「死」への恐れがやってくる。寿命は長くなっているとはいえ、人生は有限であり、気化つけば短いものだと知る。しかしその時間を有効に使うにはどうしたらいいのか、おそらく永遠の課題と言える。
最近では「時間管理術」のビジネス書がわんさかあるが、2000年もの過去からそれを真っ向から批判する人は今までにいたのだろうかと本書を読んで錯覚してしまう。

多忙であればあるほど、生きるために大切なことについて学ぶことを忘れてしまう。
他人に奪われているのを気付かずに時は過ぎて行く。
自由である、「悠々自適である」と錯覚されて、時間は奪われていく。
多忙であれば、自由な時間を得ることを求める。しかしその自由な時間を悠々と過ごしているほど時間を奪われてしまう。

ではどうしたらいいのか、と思ってしまう。セネカはこう主張している。

「万人のうち哲学に時間を割く人間だけが、
悠々自適する、真に生きる人間なのです。(p.118より)」

哲学を学ぶことであるという。
人は誰しも何のために生きるのか、誰のために生きるのか、いかに死ぬかをふと考えたことがあるだろう。哲学のなかには生きる喜びや、善く生きるためのヒントというのがたくさん隠されている。文学、化学、数学、歴史学など様々な学問があるのだが、哲学はそれらの学問の根源に位置づけられる。とはいっても、様々な哲学書を読むというと肩が凝る。しかし一つだけ方残らない方法がある。ちょっと危険な方法かもしれないが、何も考えずそのまま読み流せばいい。哲学は考えれば考えるほどまだら蜘蛛糸のように思考ががんじがらめになりやすい。それを回避するために哲学書は読み流すという方が私は適していると思う。
「時」を支配するのではなく、「時」といかに生きるかを考えさせられる一冊であった。

大事なことはすべて記録しなさい

大事なことはすべて記録しなさい 大事なことはすべて記録しなさい
鹿田 尚樹

ダイヤモンド社  2009-11-13
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「記録」は様々な場で重要な効果を発揮する。
例えば資料を研究する時、ビジネスの場での参考資料、アイデアの材料、さらには事件の証拠など、過去のものであるが、そこから未来の物を創るためには記録は欠かせないものである。
記録のノウハウであれば様々な本はあるが、本書はノウハウもあるが、それよりも「記録」をすることの重要性というのを伝授した一冊である。

第1章「大事なことはすべて記録しなさい」
大事なこと、新たに発見したこと、閃いたこと、様々なところで「記録をして」おきたい所はある。著者はそれを時系列に、そして「すべて」記録をするようにしているという。

第2章「効率よく情報収集できる」
とにかくあらゆるところで記録をすることだが、メモを取るだけに限らない。たとえば携帯メールを利用してパソコンのメールに送信し、家に帰ったらそれをストックするということもできる。また自分の声を記録することも一つある。さらにどこで誰とあったかを記録するために写真を取ることも著者は行っている。あらゆる手段を用いて効率よく「記録」をするということがここに書かれている。
また書いて記録をする方法も紹介している。
ちょっと余談になるが、「記録」や「メモ」というと歴史上の人物で東条英機を思い出す。大東亜戦争時の首相として言われているが、実は陸軍に入った時からある異名があった。「メモ魔」である。東条はあらゆることをメモに残し、3種類のカードに分けて保存したと言われている(具体的にどのように分けていたのかは不明)。それが活かされたのは二・二六事件の時、皇道派を支持する青年将校たちが相次いで省庁を占拠し、閣僚を暗殺したとして知られている。その時東条は憲兵を利用して、あらかじめメモによってマークしていた人物を一斉に捉えることにより、皇道派は一気に弱体化し、3日で鎮圧した。その功績が称えられ、それまで感触をたらい回しにされていた所から一気にエリート街道を突き進んだ。その後はもう御承知の通りである。

第3章「速く読めて、忘れない「記録読書術」」
「記録」や「メモ」・「ペン」の話になるとついついこういった話が出てしまった。
さて、今度は読書術であるが、著者の真骨頂と言える。というのは著者は書評ブロガーであり、書評のなかにはそれに類する本のワンフレーズを引用することが多い。その秘訣は「読書ノート」にあるが、著者が行っている読書ノートは一味違っている。これは著書を観てのお楽しみといったところである。
ちなみにこの読書ノートは活字に限らず漫画でも行っているという。

第4章「記録を使って、可処分時間を2倍にする「記録時間術」」
時間は誰でも24時間受け取ることができる。お金と違いその時間をどのようにして有効的に使うかという力量も試されているだけに時間管理の本はたくさん出回っている。
本書は「記録」ということなのでここでも「記録」が役に立つ。時間は気付かぬうちにあっという間に無くなってしまう。気がついた時にはもうすでに年老いていたということにならないために、時間も「見える化」する必要がある。
本章ではこの「見える化」を行い、無駄な時間をどのようにそぎ落として行くのかというのを伝授している。

第5章「心と体も書くだけのすっきり記録健康術」
著者は自分をさらにブランディングするべく(?)ダイエットを行っているという。健康術・ダイエット術も「記録」というと岡田斗司夫の「レコーディングダイエット」もある。本章ではそれに似たものが一部あるが、専ら体重と体脂肪を測ることが強調されている。

第6章「記録で人脈が10倍に広がる「記録コミュニケーション術」」
ここでは「記録人脈・コミュニケーション術」について書かれている。鹿田さんは「気配りの人」であるが、その所以がこの「記録」にあるという。
プロフィールシートで自分自身を記録することによって、より自分自身をアピールし、受け取ったものや、写真を撮ることによって出会ったことを忘れない。1度名刺交換をして出会うのだが、名刺整理中に名刺を観ると「誰だっけなぁ」と思いだすのに時間のかかる人もいることだろう。相手と出会ったことを忘れない、何日何時に出会ったのかというのも忘れないと相手の自分に対する印象も良くなる。

「記録」

それは重要なことだけれども、緊急ではないもの。それをやり続けることによって、相手にも、自分にも有益な価値をもたらすもの、これからの人生の足跡として、人生を見直すためのものとして、そしてこれから来るべき未来のために身につけて行くもの。
著者はこれまでも、これからも「記録」を続け、さらに大きな宝を作っていく。私も「記録」の在り方を見つめ、私なりの「記録」を作っていこうと考えている。

あなたが選ぶ2009年の漢字

今年も早いものであと2カ月となりました。

そういえば毎年末にやるのが日本漢字能力検定協会が「今年の漢字」を12月12日に発表をするというのがあります。毎年ハガキやインターネットなどから募り、最も票数の多かった字が「今年の漢字」に選ばれます。

過去にさかのぼってみると、

2006年は「命」…小中学生のいじめによる自殺が多発し、臓器移植事件もありました。そして秋篠宮殿下に悠仁様が誕生された年でもありました。命の大切さというのをあらためて知る年でした。

2007年は「偽」…食品偽装問題、さらには捏造問題などが際立った年でした。特に食品偽装問題は「白い恋人」から始まりましたが、これほどまで食品偽装が発覚したとは思わなかったと思います。

2008年は「変」…「Yes We Can」や「Change」という言葉で多くの支持者を集めたオバマ大統領、さらに今年の秋にはリーマン・ブラザーズの破綻から始まった「100年に1度の恐慌」というのがありました。良くも悪くも「変わった」年でした。

さて、今年は何が当てはまるのか…、

1.民主党が政権を獲得した。

2.著名人が数多く亡くなられた年だった。

そのことを考えると今年は「別」という言葉がいいかと考えております。

1.は「代」がいいかなと思いましたが、長らく続いた自民党政権からの「別れ」ということで、この2つに共通する一字にしました。

皆様は今年1年、どのような漢字を想像しますか?

ブログネタ: あなたが選ぶ2009年の漢字を教えて?イベントも開催予定!参加数

BEYONDロジカルシンキング 人を動かすビジネス力 感想

昨日は株式会社InspireConsulting主催の「BEYONDロジカルシンキング 人を動かすビジネス力」のセミナー、及び「合同出版記念パーティー」に参加いたしました。

今回はInspireConsulting代表の久保憂希也さんの出版記念を兼ねたセミナーであり、パーティーといった形でした。

さて、まずはセミナーから言ってみましょう!

Ⅰ.柏木吉基

柏木さんと言えばこの一冊です。

以前書評を行い、コメントをいただいただけではなく、柏木さんのブログにも取り上げていただきました。

主に行動経済学について書かれていたのですが、その本の内容に加え、最近の事柄についてどのように当てはめて行くのか、そのうえで正しい考え方とは何かという所でした。

前述のように現在の事柄をケースにしていたので、「行動経済学」が浸透しやすい内容でした。

Ⅱ.久保憂希也

こちらはインプットとアウトプットの間にある「変換(スループット)」の質をいかに上げるのかというものでした。

今回発売された本の内容も交えながら、さらに仕事の上で重要なこととは一体何なのかということも広げながら、「これからどうしていくか」というのを自ら問いかけられたような気がします。

セミナー終了後は「出版記念パーティー」へ、

会場から歩いて10分ほどある所でした。

着いた時にはまだ開始前か参加者がまだまばらでしたが、だんだん時間がたっていくうちに集まり、開始。

「合同出版記念パーティー」ということで、久保さんのほかに、

川島康平さん

富田英太さん

三方愛さん(…は来年出版予定だそうです。)

らが、出版されたことによるパーティーでした。パーティーでは同時期に出版された鹿田さんをはじめ、小川さん横田さん社内自由人さんらとともに久保さんの出版経緯など本当に面白い話がてんこ盛りでした。

鹿田さんの本はこちらです。

今回このセミナー・パーティーを主催した久保様、パーティー発起人の川島様、富田様、三方様、そして名刺交換をしてくださった皆様、本当にありがとうございました!

中島敦「山月記伝説」の真実

中島敦「山月記伝説」の真実 (文春新書) 中島敦「山月記伝説」の真実 (文春新書)
島内 景二

文藝春秋  2009-10
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中学か高校の国語の授業でおなじみの「山月記」。私は高校の時に山月記に出会い、テストの向けて暗記をするほど何度も読み返していた事を昨日の事のように覚えている。
その著者である中島敦はそれほど有名にならず33歳の短い生涯に幕を下ろした。
中島敦はどのような生涯を送ったのか、そして名作「山月記」はどういった経緯で生まれたのか、本書はそれらのことについて迫っている。

第一章「カメレオンと虎」
山月記に出てくる動物は「虎」であるが、官吏として優秀な成績を残していたのだが君主にひざまづくよりも後世に名を遺したいと思い詩を書き始めた。しかし名声は得られず結局官吏に戻ったが、そこで自尊心を傷つけられ発狂し、人喰い虎になった。
しかし彼は自らを「虎」とは呼ばず「カメレオン」にたとえている。発言や考えが一貫せず、変わることが多いからであるという。

第二章「虎の咆哮」
中島敦は複雑な家庭環境の中で育てられ、若いころに喘息という大病を患い始めた。後にそれが原因となり、33歳の若さでこの世を去ったと言われ、「早逝の天才」と言われている所以となっている。
前述のような環境のなかで「正気」と「狂気」を共に育ませ、どちらか傾きかねないような綱渡りの感情のなかで、小説のなかにありのままをぶつけて行った。
友に飢え、生に飢えた感情が「山月記」や「李陵」に込められており、今日でも愛されている。

第三章「伝説誕生の裏側」
山月記の主人公は李徴であるが、狷介で自尊心の強く、扱いにくい人間であった。その男の数少ない友人に袁傪という人物が登場するのだが、そのルーツは中島の人生のなかで、どのように醸成して言ったのだろうか。
その真相は中島が大学に在籍していたころに遡る。中島が大学を卒業したのが昭和8年。彼の動機であり、同じ研究室で過ごした2人の友人がおり、その人物が後の袁傪の下地となった。

第四章「友情と嫉妬の渦」
大学の同期外でも、少ないながら友人は存在した。その中から二人を本書は紹介している。その友人も同じくして文学者の道を歩み始めたのだが、途中で中島の文学に触れ論評を行っている。

第五章「有名だった種本」
この山月記にはもととなった本、つまり「種本」が存在していたことは私自身知らなかった。
中国の「人虎伝」である。中国の文学から文芸作品が誕生したのは本作ばかりではなく、芥川龍之介の「杜子春」も「杜子春伝」が種本とされている。この「杜子春」も名作の一つとして挙げられるが、「山月記」がこれほどまでに人気が上がり、高校の教材で使われるようになったのか、当時は「人虎伝」の翻訳書がブームであったこと、そして数少ない友人の支えに他ならなかった。

巻末に「山月記」の全文が掲載されている。旧字体で書かれており、それに慣れていない人にとっては若干読みづらい印象であるが、高校の時に触れたことがある私にとって、妙な懐かしさを感じた。袁傪が下吏に命じて漢詩を書き取らせたシーンは今でも自分が学ばなければならないこと、自分が心がけなければならないことが詰まっている。
「山月記」は私の文学作品における「心の郷」だと考える。

仕事と日本人

仕事と日本人 (ちくま新書) 仕事と日本人 (ちくま新書)
武田 晴人

筑摩書房  2008-01
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近年は労働基準法の改正や「ワーク・ライフ・バランス」が提唱されたことにより、若干ではあるが日本人の平均労働時間は減少しつつある。しかし、それでも過酷な残業やサービス残業というのは後を絶たない。労働状況というのもあるが、自ら進んで残業をやる、残業代が出るからという理由で無駄な残業をするという人もいる。あれだけ「残業を減らそう」と唱えていてもこういう状況ではある種の無駄骨と言わざるを得なくなるが、日本人の労働観にもそれはあるのかもしれない。
本書は日本人の労働観や仕事の接し方など、労働改善という考えなしで真っ向から考察を行った一冊である。

第1章「豊かな国の今、問われる選択」
豊かな国には働ける場所がたくさんある…という考えが一瞬にして崩れ去る時が来ている。日本では派遣切りや大規模なリストラにより明日仕事できるかという保証がない。
海外でも2006年フランスで25歳以下の若者に対し理由のいかんを問わずに解雇をすることができるという法案が可決された。そのことをうけてフランス全土で大規模な抗議デモが起こり法案可決が取下げられるというニュースがあった。
若者は働ける場がいくらでもあると言われているが、大人達のエゴイズムによりそれがはばまれているというのも事実としてある。
さらには働いても生活が良くならない「ワーキングプア」、働きすぎであるにも関わらず、まだ仕事への欲望が強い「仕事中毒(ワーカホリック)」というのも存在する。
これらのことを挙げると働く意味、働くことの喜びが見出だすことができないのではとつくづく思ってしまう。

第2章「「労働」という言葉」
では働くにちなんで「労働」という言葉をとある辞書で調べてみた。

(1)からだを使って働くこと。特に賃金や報酬を得るために働くこと。また、一般に働くこと。
(2)〔経〕 人間が道具を利用して自然の素材を目的に応じて加工し、生活に必要な財貨を生みだす活動。(いつも利用している辞書より)

身体を使って、賃金といった報酬を得るために働くということにある。時間内にどの程度働き、どれらけの成果を得たのかというのも賃金を支払われるバロメーターとしてある。
本書では、日本人の特性についても興味深く「日本人は怠惰である」は印象的であった。享楽的であり、小さなことで満足をするということからこう主張しているが、江戸時代での鎖国とその影響による保守的・守旧的な考えが蔓延っているからであろう。

第3章「「仕事」の世界、「はたらき」の世界」
労働の概念は時代とともに変化していったというのはあるが、それ以上に平穏が維持されているときは祝祭日が増え、革命など時代大きく変化をするときには減少するという。前章において「日本人は怠惰である」は鎖国の傘の下で革命も起こらず平穏にあったことからとも言える。

第4章「「労働」概念の成立」
そもそも「労働」という言葉は日本でいつ頃できあがったのだろうか。
江戸時代は身分の差がはっきりとしており鳶職や飛脚、商人といった「職人」がそれぞれ腕を競い合った。効率や生産性、はたまた賃金は二の次であった。
しかし明治になってから海外、特に欧米列強の技術や思想を学んだ事により、労働の近代化も進んだ。効率や生産といった概念がここで生まれ、そこから「労働」という概念が生まれた。

第5章「時間の規律」
労働における「時間」という概念はあまり馴染みがない。朝起きたら働き、日が暮れたら家に帰る。仕事によれば四六時中働くということもあった。日曜日や土曜日の休日はそれほど多くなかったものの仕事を一つの「生業」という観点でとらえていたのかもしれない。
しかし海外から見て日本の労働は「時間に無頓着」に見えていた。実際に現在の「定時」や「時間労働制」というのは明治に入ってから、もとい鎖国が解放され、日本人が欧米列強の技術を取り入れられ始めたときから形成されていった、といってもいいのかもしれない。

第6章「残業の意味」
時間外労働は現在では当然「残業」として扱われる。「残業」は労働法上違反しない限り許されているが、昨今ではワーク・ライフ・バランス、効率化というような文句で残業をなるべく減らそうと動いている企業が多い。しかしこの「残業」を忌避する概念は今に始まったことではない。
明治以降に入って時間労働が浸透し始めた。それまでは「残業」という概念がなかったので、自由な時間帯(というより時間の「どんぶり勘定」といったのが正しいか)で働くことができた。
また、日本では「残業」という言葉自体も誕生したのは昭和に入ってから、戦前の軍需から始まったものである。

第7章「賃金と仕事の評価」
「労働」の対価として支払われるのが「賃金」である。この「賃金」も言い方を変えれば「給料」であったり、「お給金」という呼ばれ方もする。
この「賃金」も20世紀に入ってから使われ始めた言葉であるが(使われ始めた当時は「賃銀」であった)、ここでは賃金の国語的な意味から戦前・戦後にかけて「賃金」の変遷について書かれている。

第8章「近代的な労働観の超克」
「近代的な労働観」というと皆様は何を想像するだろうか。
労働観は人それぞれあるのだが、「近代的」というと「効率化」「生産性の向上」「ワーク・ライフ・バランス」と響きがいい。ただそれが伴っているかどうかというと良い意味で為し得ている企業もあれば、そうでない企業もある。
また「会社に縛られない」働き方も、増えてきており、「労働観」も他に例外なく多様化している。

「働く意味」「働く喜び」というものはいくつもある。しかしこれまで日本人が「働く」ことに関してどのような考えを持ったのか、そして現在のような言葉の乱舞はいつから始まったのか、本書はそれを教えてくれる。現実を見据えながら、これからどのように発展していくのか。本書はその「現実」と「歴史」を表している。

UNDERGROUND_GARAGE 感想

昨日は美崎栄一郎さんが主催するUNDERGROUNDの最終地点、「UNDERGROUND_GARAGE」に参加いたしました。

しかし今日は夜勤明け+午後から急に仕事が入ってきたため、約1時間遅れの参加となってしまいました。

大まかな流れとしては、主催者である美崎さんの講演と、今までUNDERGROUNDにおいて講師をなさった方々とのインタビューをまとめたものでした。

講師の方々はこの方々です。

私もその中からいくつか参加いたしました。

ワクワークショップ Vol.01(UNDERGROUNDと併催)

ロジカル・パーソナルブランディング@UNDERGROUND

聞くが価値×UNDERGROUND

普通の人がどうやって年収1000万円に?@UNDERGROUND

山田真哉7:59@UNDERGROUND

アライアンス@UNDERGROUND

前述の理由により、何人かしか見れませんでしたが、「働く」ということ、そしてその醍醐味、人生について本当に勉強になりました。

重大発表もありましたが、当ブログでは語らないことにしておきます。

懇親会は「築地朝食会」拡大版(?)というべきですか、著者がテーブルごとに回っていくという形で、著者とのトークも面白かったです。

これから1年先、5年先、10年先、私はどうなるかまだ想像できません(目標はありますがね)。

その中でこのUNDERGROUNDがどのように役立つのか、そしてどのような自分になっているのかを見出し、突き進んでいきます。

今回この会を主催した美崎さん、スタッフの方々、これまでUNDERGROUNDの講師をしてくださった方々、そして名刺交換をしてくださった方々、本当にありがとうございました!!

テレビは見てはいけない

テレビは見てはいけない (PHP新書) テレビは見てはいけない (PHP新書)
苫米地 英人

PHP研究所  2009-09-16
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本書のタイトルを見て「ドキッ!」とした方はどれくらいいるのだろうか。
今の私は特別なこと(とはいっても「F1」くらいしかないのだが)以外はTVを観ない。TVを観るよりも本を読んだり、ネットサーフィンしたりしている方が好きだからである。もっともTVも最近はあまり面白い番組がないことも理由の一つとして挙げられるが。
ふと時間が空くと必ずTVを観るという人は今も昔も少なからずいるだろう。しかしTVは非常に恐ろしいものであることを本書は語っている。

第1章「テレビを見てはいけない」
テレビ業界ほど、良い意味でも悪い意味でも不思議な業界は存在しない。現在の状況を言うと在京キー局は軒並み業績不振に陥り、とりわけTBSでは開局以来初となる赤字に転落した。視聴率でも特に苦しんでいる局であり、番組編成や出演者の起用などでコラムに掲載され大騒ぎになるほどである。
しかしテレビ業界は広告収入以外にも収入源が存在する。番組におけるグッズやDVDの販売の収入、さらには不動産や建物の家賃収入もある。
さらにいうと、この業界は新規参入の壁が厚いことでも有名である。というのは電波の管轄が総務省にあり、そこの認可を受けないと参入できない。認可を受けるためにも膨大な書類が必要であるため新規参入が難しい要因とされている。

第2章「脱・奴隷の生き方」
テレビは自分の知らない間に奴隷にさせる力を持っているという。しかも当の本人はテレビに隷属されていることに気づかないのだからなお恐ろしい。
さて、本章ではそのような隷属状態からの予防法・脱出法というのを紹介している。自己満足せず、自分を過小評価せず、目標を決めて邁進するというものなどが挙げられている。

第3章「日本人はなぜお金にだまされやすいのか。」
金は時として人生に恵みを与えられる。しかし時として隷属の輩となる。
私自身お金に考える時、つくづくそう思ってしまう。
特に他人のお金を使う場合は油断してしまうと後者になってしまう。何が言いたいのかと言うと、現在、国の借金は約900兆円にのぼる。雪だるま式に膨らんだ理由として公共投資の過剰化が挙げられる。先程述べたそのことがそうさせてしまったのかもしれない。
本章では他に「差別」の心理についても書かれているが、人種差別や部落差別ではなく「KY」、すなわち「空気」における差別を取り上げているところが印象的である。

私たちの生活の中で、私たちの知らないところで「洗脳」されている。テレビのように私たちが気づかず、さらに洗脳されていることに気づかないことだと非常に厄介である。
ありとあらゆる「洗脳」という呪縛からいかにして気づき、解き放つべきなのか、本書にはその一助が隠されている。

マスメディア 再生への戦略

マスメディア 再生への戦略 マスメディア 再生への戦略
世古 一穂 土田 修

明石書店  2009-08-31
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当ブログでは新聞やTVなどのマスメディア批判や考察を扱っている本を書評したことが何度もある。私自身はどうかというとTVはそれほど見ず、新聞もほとんど見ない。ニュースはインターネットで事足り、わからない情報、もう少し深く掘り下げたいものであれば雑誌がある、他にも本があるので必要としないと考えているためである。
しかし、批判はするが、完全に無くなれとは言っていない。むしろ「変われ」と言っている他ない。「マスメディア」の本来あるべき姿は公共の発信源としてあるべきことを伝えるというのが常であるが、報道被害・偏向報道というのが罷り通っている今、それの信憑性も揺らいでいる。さらにはインターネットの台頭により、新聞の信用低下、部数低下がさらに拍車をかけてしまった。
双方向化の潮流がやまない今、マスメディアどうあるべきなのか、どのように変わるべきなのか本書は「変革」という観点から見ている。

第Ⅰ章「マスメディアに必要な「市民の視点」」
マスメディアにとった大切なもの、
それは最新の情報や機密情報そのものではなく、「市民の視点」からその情報をいかにして伝えるべきか、というものであるという。
今や双方向化されるインターネットなどのメディアではそうでもないと考えるが、新聞は相にはいかない。とはいえ、新聞も全国紙を上げるだけでも、読売・朝日・産経・毎日・日経がある。それぞれ思想や得意分野が特化されているように思えるが、日経は経済分野で長けているからよしとして他の4紙は、思想は若干の違いがあるだけで、ほとんど記事の内容は同じである。
新聞業界が全体的に減少の一途をたどっているのはこれにも原因の一つとして挙げられる。元凶の一つには「記者クラブ」という完全閉塞的なものが機能しているからにある。この「記者クラブ」の歴史は明治維新から、約140年以上にもなる。現在民主党はこの記者クラブの開放も政策の一つとして挙げているのだが、やろうとしているのかというのがまだはっきりしていないのが現状である。

第Ⅱ章「「公共する」ジャーナリズムとは何か」
新聞やTVニュース、コラム・オピニオン誌などの雑誌は一般に「公共ジャーナリズム」と呼ばれている。簡単に言えば公共の電波や媒体を用いて私たち市民に情報を提供する立場にある人たちのことを言っている。しかしこの「公共ジャーナリズム」が時に大きな権力となり、または、最新の情報を集めるあまり惨事の加害者にもなり得る。特に後者については「公共ジャーナリズム」のなかで大きな過ちとなることが多いのだが、それらは非を正すことはほとんどない。
その象徴たる出来事の例として本章の前半ではオウム真理教(現:アーレフ)による「松本サリン事件」「地下鉄サリン事件」、そして14年前に起こった大地震「阪神・淡路大震災」が挙げられている。
後半は全国一律から離れ、地域に根差した「公共ジャーナリズム」について、NPOやNGOなどの活動などを中心に取り上げている。

第Ⅲ章「参加協同型市民社会へのパラダイムシフト」
「参加協同型市民社会」という聞き慣れない言葉が出てくる。簡単に言えば「市民が市民のための」コミュニティづくりやジャーナリズムの形成といったことを行う社会にすることである。本章では市民ボランティアにおけるマスメディア再生について、特にNPOを中心とした「開かれた」ジャーナリズムやマスメディアの有用性、さらにはそれを為し得るためにはどうあるべきか、ということについて書かれている。

第Ⅳ章「マスメディア改革に必要な「公共(する)哲学」――哲学者・金泰昌氏との対話」
ここでは「公共哲学」という学問を専門としている金泰昌氏との対談を掲載している。新聞の現状、新聞社の現状、一市民としてのマスメディアの在り方を哲学的でありながらも、社会学的な要素も含んで対談されている。取っつきにくそうに思えるのだが、私たちの身近な「社会学」も入っているため、取っつきにくさは若干マイルドな形になっている。

変化は様々な場で起こり得るものである。それは新聞などのジャーナリズム・マスメディアにおいても例外ではない。

三つ星レストランには、なぜ女性シェフがいないのか

三つ星レストランには、なぜ女性シェフがいないのか 三つ星レストランには、なぜ女性シェフがいないのか
左門 新

徳間書店  2009-08-27
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本書の著者である左門様より献本御礼。
ミシュランガイドの日本語版が2007年に初めて発売されてから、今年で早くも3回目である。今年は何やら大阪・京都バージョンも発売されるのだが、はたしてどのように格付けされているのか、ミシュランガイドを観たことがない私にとってはどうでもいい話であるが。
本書のタイトルは非常に気になる。ミシュランガイドで三ツ星の乗る店と言えば名店中の名店と言われている(ピンキリはあるものの)。その中で女性シェフが果たしていないのかというときになるところである。
本書は上記のことも含めた、男と女の身体の秘密を現役小児科医である著者が医学的見地から紐解いている。本書の帯紙に「デキるビジネスマンの知的エロトークに必携!」とあるが、それはご愛嬌というべきだろうか。

第一章「男と女はなぜ正常位を好むのか――男性を魅了する女体の謎」
男と女は正常位を好むという。正常位というとスタンダードであり、あまりよくわからない人でもできるような体位であるが、なぜと言われると何かあるのではないのかと勘繰ってしまう。
セックスをするときにする運動として男性としても得意な運動ができ(本書では「回内運動」)、女性も男性の運動に順応できるようになっているのだという(本書では「回外運動」)。
他にも女性の身体について男性が(動物的に)最も反応する所についても書かれている。

第二章「三ツ星レストランには、なぜ女性シェフがいないのが――男女の「五感」はこんなに違う」
五感はもう言わずもがなであるが「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」であるが、男性と女性で感受性が違ってくると言うが、本章ではそこについて書かれている。おまけと言って何なのだが、第六感も男性と女性で違ってくる。むしろ女性の方が強いじゃないかと考える(男性の浮気を見つけるのに最適)。
本書のタイトルにある「なぜ」はどうやら「味覚」にあるという。思わず「嗅覚」というのを想像したのだが、そうではなかったようだ。
それだけではなく、「視覚」「聴覚」など様々な角度から男性と女性の違いについて解き明かしている。

第三章「睾丸はなぜ左右どちらかが下がっているのか――男女の生殖器に潜む謎を解明する」
次は男性の身体の秘密についてである。特に男性器のことについてが中心であり、睾丸や男性気にまつわる病気のあれこれが多かった。

第四章「セックスの好きな女性はなぜ子宮がんになりやすいのか――病気から考えられる男女の体の違い」
性行為における病気はいろいろあるが、「淋病」や「梅毒」といったものは昔から存在しており、薬などから来る「HIV」は世界的にも多く、寄付などにより根絶に向けて動いている。
本書では膣けいれんや子宮がんの謎を中心に男女の性行為による病気について書かれている。

本書のタイトルは「三ツ星レストラン〜」であるが男女の違いというよりも、生理学、「セックス進化論」としての男女の違いを余すところなく書かれた一冊と言える。

空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法

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小飼 弾

イースト・プレス  2009-10-22
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本書を手に取って一言。
「小飼さん、ついに出しましたか!!」
と言わんばかりの一冊である。というのも小飼氏のブログ「404 Blog Not Found」による献本が後を絶たず、年間だけで1万冊にも及ぶほどであるという。ウィキペディアにも記載されているが、1時間に10冊もの本を読むことができ、知り合いの会では献本してわずか5分で読破・書評を行ったというほどである。数多くの読書を行ってきた賜物と言える。私には足物にも及ばない。
さて小飼氏の読書術は速読以上に謎に包まれており、本書は小飼氏の読書メカニズムに触れる初めての機会と言える。小飼氏がこれまでどのような読書を重ね、どのような方法、思想を持ったのかというのがぎっしりと詰まった一冊である。

第1章「本を読め。人生は変わる」
私は本を毎月50〜70冊読んでいる。読書と入ってもビジネスに直結するものもあれば、個人的に楽しみたいからという形で読んでいるものもある。
読書は知識や教養を与えると言われるが、それ以上に読んだことによってどう思ったのかというのも考える機会にもなる。
最新の情報を得るために新聞を読むのもあるが、それ以上に識者の考えを見てみることのできる本は費用対効果が高いといえる証拠である。

第2章「本を読め。答えは見つかる」
ドイツの宰相ビスマルクの名言に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉がある。
本には他人の知識や経験がたくさん詰まっており、他者の経験が自らの経験に落とし込むことができる(これを「疑似体験」と言う)。疑似体験をすることによって他人よりも一歩抜き出る、またはより自分に磨きをかけると言うところで差が出る。
本は答えを見つけることもあり、かつその答えのなかで考える力を身につける最高の道具となる。

第3章「「手」で読め。そして「脳」で読め」
「本を読む」と言うと大概は「1字1句」一つも漏らさず読むと言うのを想像する。「速読」と言う類も「目」で読むと言うことに他ならない。しかし小飼氏は違う。小飼氏は「目」ではなく「手」で読むという。驚きつつも5分で1冊読むとしたら確かにそうせざるを得ないかもしれない。

第4章「本を読んだら、「自分」を読め」
「本を読んだら」と言うのも重要な要素である。小飼氏は素早いインプットばかりでなく、ブログ上のアウトプットも有名である。むしろ後者の方で知名度を上げている。小飼さんの本業はプログラマーであるが、それ以上に「書評」という形のアウトプットで稼いでいる。
数多くの本を読んでいくうちに「クソ本」、つまり「駄本」というあまり内容がよろしくない本も出てくる。読書家であれば避けたい人も出てくるがあえてそれを「青汁」として味わい、そして良本につなげていくという意気込みがあるといいかもしれない。

第5章「本は安く買え。そして高く飛べ」
本の値段は結構差がある。お手頃なものでは古本屋で100円の本でも古典から、少し古い本、過去の話など宝庫である。当ブログでは新着の物よりもむしろ一昔前であり、隅っこにあるような1冊を取り上げている。そのためにはほぼ必ずと言ってもいいほど古本屋に足を運ぶ。心観でも学ぶこととは違った「学び」と「刺激」というのが味わえる。

第6章「エロ本も読め。創造力を養え」
「今日から小飼弾さんは、dankogaiさんに改名いたします」
本章を読んでそう言いたくなった。
女性の方々がこの章を見たらどう反応するかと言うのを見てみたいものだが・・・。
エロ本は、男性だと誰でも1度は見て興奮したことがあるだろう。自らエロの世界には言ったという幻想に性的な興奮を持ったことだろう。
本章ではこの「創造」をすると言うところにある。一般所であればともかく、頭のなかでイメージを創ることで自らの頭を活性化するという。

第7章「マンガを読めば「世界」が変わる」
漫画に関する本の書評で書いたのだが、私は活字ばかりではなく漫画もよく読む。ジャンルは様々なものを読んでいる。漫画のいい所は本書にも書いてある通り、あらかじめ画が描かれているため容易に想像をすることができ、印象にも残りやすい。しかし、これは幅広く読まないと、価値観が偏向してしまう恐れがある。

本書を読んだとき、小飼氏は「本に愛されてここまで来ているのか」と感じずにはいられなかった。小さいころから本に親しみ、今では書評によって本業よりも稼いでいるのだから。小飼氏がこれから5年・10年とどのように本を愉しんでいくのかというのも見てみたいものである。

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ) 裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ)
山口 絵理子

講談社  2009-10-01
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株式会社オトバンク 上田渉様より献本御礼
本書は「裸でも生きる」の続編であり、著者がバングラデシュで更なる葛藤、そしてバングラデシュを離れ、ネパールに移り、また事業を興すという話である。前書「裸でも生きる」からの3年間の生きざまをまとめたものである。

第1章「情熱の先にあるもの」
最初にも書いたとおり本書は一昨年に東京の下町にてバングラデシュ発のブランド直営店を回転させたところから始まる。
ブランドものが並ぶ店にしては下町であるため的さないところであるが、発展途上国から生まれたブランドであること、江戸情緒あふれる人情によって生まれ、育まれるということを考えてここでオープンしたという。
「バングラデシュ発」が大いに反響を生み新聞・雑誌・TVにと大活躍をした。
その矢先にバングラデシュでサイクロンによる被害が相次ぎ、復興援助も著者は行った。
さらに著者の夢であったデパートの一角に直営店を回転させ、順風満帆と言われるようになった。

第2章「バングラデシュ、試練をバネにして」
しかし、バングラデシュにおいて、自ら始めた工場が退去通告されるという報せがあった。当然反発はしたが、賄賂が横行し腐敗しきっていたバングラデシュではムダという他なかった。
それでもめげずに新しい工場を探すが、その中で仲間たちが辞めて行くということもあった。バングラデシュの現場は他と違い、「社員」というよりも「家族」という感じが強かった。一つになってバングラデシュ発のブランドを築き上げようという力が強いように思えた。そこから「辞める」というのだから悲しみは強い。

第3章「チームマザーハウスの仲間たち」
バングラデシュで育ったマザーハウスはまさに「家族」であり「仲間」であるという。マザーハウスで働いている魅力、そして新たにチャレンジをしていく希望と勇気がそこにあるというのを伝えるところである。

第4章「そして第2の国ネパールへ」
マザーハウスはバングラデシュだけではなくネパールでも新たに生産の場を設けることになった。
ネパールは中国のチベット自治区に接する細長い国で、世界最高峰の山エベレスト(チョモランマ)のあるヒマラヤ山脈に位置している。中国ばかりでなく、インドとも接しているため多民族・多言語・多宗教国家でも有名である。国家としては2006年まで君主制であったが、民主化運動により民主国家となり、翌々年に初となる大統領選挙が行われた。民主化の歴史はまだ浅く試行錯誤の状態が続いている。
著者がネパールに訪れたのは2008・09年辺りであろう。その時は先に書いたように初の選挙であったが、民主化の息吹は始まったばかりのせいか、政局などが混乱しており、抗議運動は後を絶たない状態であった。その中で著者はネパール独特の織物に出会い、新たなバッグの製作にも取り掛かった。

第5章「ネパール、絶望と再生の果てに」
ネパールでもバングラデシュと同じく「裏切り」は待っていた。それも誕生したばかりでありながら、新たなバッグ製作工場ができた最中に。それでもひたむきに製作をし、今年の9月に「マイディガル」というブランドを誕生させた。

2007年にバングラデシュ発のブランドを完成させたが、それでも満足せずただひたむきに歩み続ける著者の姿がそこにあった。これからバングラデシュ・ネパール以外にも様々な国で事業を興すのかもしれない。それがどこの国になるのか、そして新たな発見・成長があるのか…見守っていきたいと思う。

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ) 裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)
山口 絵理子

講談社  2007-09-22
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株式会社オトバンク 上田渉様より献本御礼
本書の著者は小さいころいじめに遭い、非行に走り、偏差値のギャップをはねのけ慶応大に合格、その後発展途上国を救うためにバングラデシュで起業をしたという波乱万丈の25年間を送った方である。
短的に著者の25年を記したが、それでは語り尽くせないほどの困難や受難を乗り越えてきた女性の姿が本書にある。等身大の著者の姿、等身大の半生がここにある。この人生があったからでこそ今の私がいる。本書はそう語りかけるようだった。

第1章「原点。学校って本当に正しいの?」
著者は小学校の時にクラスの子にいじめられ、中学校では非行に走り、高校では工業高校に入り柔道に明け暮れた。本章で印象的だったのが高校時代のことについてである。著者は工業高校の柔道部に入ったが、そこには男子柔道部しかなく、そこで鍛えたという。過酷な練習、度重なる怪我や挫折……それでも著者は最後までひたむきであった。それが後に女性起業家として活躍する原動力の一つとなった。
後に工業高校という大きなハンデを乗り越えて、慶応大に合格を果たした。

第2章「大学で教える理論と現実の矛盾」
大学における研究発表やアメリカ留学をしていた時のエピソードである。その留学中に途上国に行こうと志した。

第3章「アジア最貧国の真実」
アジアのなかでも最貧国と呼ばれる地、バングラデシュ。
バングラデシュについて簡単に説明するが、独立戦争を経て1971年にパキスタンから独立を果たした。人口は日本よりも多い1億5千万人である一方、国土が日本より狭く、世界でも有数の人口密集国である。
独立後長らくクーデターによる政権交代が行われていたが、1990年以降に選挙が行われ始め民主主義国として歩んでいる。
しかし政治汚職が絶えず、各国から国際援助を受けているものの貧困化脱出の糸口が見えないでいる。
本章では初めてバングラデシュの地を踏んだことについて生々しく書かれている。衝撃と自分自身どうして生まれたかの葛藤が自分の胸に突き刺さるようだった。

第4章「はじめての日本人留学生」
バングラデシュで日本人留学生として大学院に入学した。その後大学院を通学しながら日本の商社(バングラデシュにも支社があるという)にも就職した。バングラデシュの大学院というと世界的に見ても「無名」といってもおかしくない。しかし「無名」であろうとも大切なことを教えてくれると確信して、そしてここでしか学べないところがあると考えて著者は入学したのだろう。

第5章「途上国初のブランドを創る」
商社で働いている時のこと、あるブランドに出会い、バングラデシュ発のブランドバッグを創ろうと志した。バッグのデザインはすぐにできたのだが、そこからどのように売るのか、どのようにつくるのかという課題が山積していた。
大学という学びの畑に、事務という畑にいた著者だったのだが、初めてビジネスという厳しい「壁」に出会った瞬間であった。

第6章「「売る」という新たなハードル」
自分のブランドを創り、ようやく売る所に入って行った。飛ぶように売れたというわけではないのだが、「売る」という喜びに浸った様子を書いている。

第7章「人の気持ちに甘えていた」
しかし「売る」だけでは商売は成り立たず、人の気持ちにも甘えていた。著者がそのことについて痛感したところである。バッグを知るため、もっといいバッグを創るため職人のもとで修業を行っている。そこでバッグのつくり方だけではなく、人間としても又学んだという感じがあった。

第8章「裏切りの先に見えたもの」
おそらく本書のなかで、最も衝撃的なところである。
本章はパスポート盗難事件から始まっているのだが、そこから著者と工場との不信感が増大して言った。そして本書で最も衝撃的な事件が起こった。
デモによる外出禁止令が解かれたある日、著者は工場へ向かった。何とそこはもぬけのがらであったという。
本書のなかで最大の「裏切り」。私がその場にいたらどのような感情であったのだろうか分からない。
絶望の淵のなかにも希望を見つけ、そこからまた再スタートをしていった著者はいよいよ日本に帰国した。

第9章「本当のはじまり」
バングラデシュ発のブランドの直営店が日本に誕生した所である。
場所は東京の下町・入谷という所に一昨年の8月21日に誕生した。
単身でバングラデシュの地を踏み、そこから様々な裏切りや悲しみ、困難を経験し、バングラデシュ発のブランドを創る、そのことに胸にひたむきに作り上げたブランド、その名は「マザーハウス」。

本書を読んだ直接的な感想を言うと、「面白かった」や「感動した」とは言い表せない、それ以上に「チャレンジをすること」「どんな困難でも乗り越えて行こう」という気持ちが高まっていくように思えた。
著者は涙を流した経験は数知れず、逃げ出したくなった時も数知れない。それでもひたむきに前に進む姿は、年の近い私から見るとこれ以上ない「強さ」を覚えた。本書のタイトルは「裸でも生きる」。その姿は飾りも何もない、著者そのものの「強さ」というのを学んだ。
今年読んだ本のなかで、最も衝撃を覚えながらも、感動と勇気を与えてくれた本であるということは否定できない。

「萌え」の起源

「萌え」の起源 (PHP新書 628) 「萌え」の起源 (PHP新書 628)
鳴海 丈

PHP研究所  2009-09-16
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今ではそれほど聞かないものの、日本のアニメは国内外問わず人気は根強く、独創的な画力と面白さに定評がある。その影響もあってか実写版では日本・ハリウッド問わずにリメイクされているなどアニメにおける可能性も広がり始めたと言えるが、あまりにリアル過ぎるのもアニメ好きの私としてはどうかと思う。
昨今では「萌え」を中心としたアニメも続々できてきており、その定義について哲学的に考察を行う本も出始めてきている。本書は哲学ではないが、アニメ作品からチャンバラ映画に至るまでいわゆる「メディア」におけるサブカルチャーの観点から考察を行っている。

第一章「手塚治虫とグローバリズム」
一般的な漫画は明治時代の頃からあったのだが、それについて最も発展させたのは手塚治虫である。彼のデビュー作は昭和22年に発売された「新寶島」である。戦後の漫画において少年・少女漫画双方言えることだが、手塚治虫の活躍なくして語れない。
単行本における漫画が誕生したのは戦後であるが、新聞や雑誌の4コマ漫画などは戦前もあり、有名なものでは田河水泡の「のらくろ(1931年)」がある。
手塚作品で有名を言うと枚挙にいとまがない。「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「どろろ」「ブッダ」「三つ目がとおる」など私も子供の頃よく読んだ。

第二章「変身するヒロインの系譜」
土曜か日曜の朝にやっていた特撮ヒーローを思い出すのだが、本書はそれについて触れていないため割愛する。
返信するヒロインというと「秘密のアッコちゃん」や「キューティーハニー」といったものを想像するが、本章ではそれだけではなく、実写による「男装の麗人」について取り上げている。漫画で言ったら「リボンの騎士」や「ファウスト」があり、実写では「歌姫」と呼ばれている美空ひばりが昭和32年に「ひばりの三役/競艶雪之丞変化」、さらには松山容子、志穂美悦子などがある。

第三章「「萌え」とは何か」
以前サブカルチャーにまつわる書評のなかで「萌え」について古文にある「萌ゆる」という文章から出てきており、恋愛などの感情が育まれ表に出てくると書いたことがある。この考えについては変わることはない。
本書は「萌え」の意味というよりも「萌え」そのもののヴァリエーションの変遷について書かれており、最近から言われ続けていた「萌え」が「メガネ」「獣耳」「ツンデレ」「絶対領域」などが「萌え」の源となる「草木が萌える」の如く、枝葉のように成長していったと言える。

第四章「和声エンターテインメントの不思議な世界」
「和声エンターテインメント」というとなかなかピンとこない人もいるようだが、ヒーローやヒロインものを観る時にほとんど共通して言えるのが「人類に平和をもたらす」というようなものがある。最近では「ご当地ヒーロー」のようにとある地域を守るというものもあるようだが、日本のアニメや特撮の傾向として多いのがそれである。また自分を犠牲にして主人公を守るというシーンも多いが、これは武士道精神につながるものがあるという。

第五章「ここがヘンだよ日本のヒーロー」
「ヘン」と言われる所はいくつか挙げられているが、本章の冒頭で取り上げられているものには「男同士の友情」が強く表れているところである。「侠気」に近いところも否めない。その最たるものが最近実写化された「DRAGON BALL」である。それだけではなく「旅」にまつわるものもあり、歌に時代劇にドラマなどに挙げられている。こちらでは「水戸黄門」が最たるものであろう。

第六章「マンガを支えるテレパシー文化」
「以心伝心」という四字熟語が存在するが、日本人は空気や表情からメッセージを読み取るのが他国の人より長けている。本書で言う「テレパシー」に通底するものがそこにはある。また心に伝わるものもあれば、宇宙人のように本当にテレパシーでもって会話をするという映画も好まれる傾向にある。

「アニメ」や「漫画」は様々な観点から考察が行われてきたわけであるが、本書はそこにある「萌え」を日本の漫画・アニメの傾向に準えながら見出している。アニメや漫画に限らず映画や小説にまで裾が広げられているためアニメや漫画にはまっている人たちにとっては新しい発見があり、そこから様々な世界に入り込めるように仕向けているように思えた。

恋愛哲学者モーツァルト

恋愛哲学者モーツァルト (新潮選書) 恋愛哲学者モーツァルト (新潮選書)
岡田 暁生

新潮社  2008-03
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本書のタイトルからして「?」という印象であるが、モーツァルトが書いた歌劇を見てみると「なるほどな」と言う印象であった。モーツァルトと恋愛は歌劇から連想されることがあるのだが、モーツァルトは歌劇を制作するに当たりどのような恋愛観を持っていたのかというのも知りたくなる。本書はモーツァルトと恋愛、その知られざる関係について、歌劇を中心に考察を行っている。

第一章「モーツァルトとオペラ史における愛の発見」
モーツァルトが生きていた当時オペラやクラシックは、王族や貴族らでしか聞けない高嶺の花であった。そのためか、クラシック音楽が敷居の高い理由の一つとして挙げられる。
それはさておき、モーツァルトに限らず歌劇では「愛」という言葉や表現が多い。例えば私のお気に入りであるプッチーニだと「トスカ」ではまさに激情の愛、「誰も寝てはならぬ」で有名な「トゥーランドット」でも第3幕でトゥーランドット姫が「彼の名は…『愛』です」という名ゼリフを残している(個人的には第1幕の方が好きである。プッチーニらしいから)。
他にも数多くの歌劇において「愛」を表現することが多いことから、歌劇と「愛」は切っても切れないものであることが窺える。

第二章「愛の勝利――<後宮からの逃走>と青春の輝かしき錯覚」
さて、ここからはモーツァルトのオペラを一つ一つ見て行くこととなる。本書ではモーツァルトと歌劇、しかも「四大オペラ」を取り上げている。
最初は「後宮からの逃走」であるが、これは全編ドイツ語によって書かれたオペラである。(純粋な)ドイツ語オペラはいくつか存在するが、この作品が初めてであると考えられる。
ここで取り上げている愛のヒロインはコンスタンツェと呼ばれているが、モーツァルトの妻の名前と同じである。意図してなのか、偶然なのかどうかは定かではないが。

第三章「「昔はあんなに愛し合っていたのに」――<フィガロの結婚>と喜劇の臨界点」
続いては「フィガロの結婚」である。この作品は非常に長い作品として有名であり、一説には4時間以上かかる対策であったと言われている(現在流通しているものは全4幕で約3時間である)。ちなみにこの作品はフランスの劇作家カロン・ド・ボーマルシェが風刺的な戯曲として書いたものをオペラ化した作品である。
非常に長い作品であり、その意味でも有名であるが、もっと有名なものでは「序曲」の旋律が美しく、クラシックコンサートでも序曲の実を取り上げるケースが多いほどである。歌劇は観たことも聞いたこともないが、序曲だけなら聞いたことがあるという人は少なからずいる。

第四章「悪人は恋人たちの救世主――<ドン・ジョヴァンニ>と壊れた世界」
モーツァルトのオペラのなかでも、最もダークなイメージなのが「ドン・ジョヴァンニ」である。モーツァルトが作曲した歌劇の傾向として「オペラ・ブッファ」というのがある。
「オペラ・ブッファ」は簡単に言えば市民的なオペラと呼ばれており、宮廷や貴族たちの傾向にあるものとは一線を画していた。この作品群の傾向の一つとして「明るさ」や「可笑しさ」のようなものがあふれている。
しかし「ドン・ジョヴァンニ」はそれがなく、むしろ反対の「悲劇」や「暗さ」というものが強い。とはいえその中にある「愛」があることについて考えるとモーツァルトの傾向に反していない。

第五章「臍をかんで大人になる?――<コシ・ファン・トゥッテ>と男女の化学結合」
次はモーツァルト・オペラについてある程度知っている人でなければ分からない作品かもしれない。私もこの作品は本書に出会うまで知らなかった。
この「コシ・ファン・トゥッテ」の正式名称を日本語訳すると「女はみなこうしたもの」や「恋人たちの学校」であり、「恋」や「愛」を前面に打ち出している歌劇である。内容が不道徳であるためか評価は芳しくなかったが年を重ねて行くうちに良くなり、今となってはモーツァルトの代表する歌劇にまで、のし上がった。

第六章「清く正しく美しく――<魔笛>と市民社会のイデオロギー」
章題だけ見ると「宝塚音楽学校」のことを想像するのは私だけだろうか。
それはさておき、四大オペラから外れて、もうひとつモーツァルト・オペラとして代表的な作品を上げるとしたら「魔笛」という他ない。こちらも「フィガロの結婚」と同様に序曲が非常に有名である。

「恋愛哲学者」と考えるとあまりピンとこない印象であるが、オペラとして「愛」を語る者としては、モーツァルトが代表格と言える。オペラファンにとってはまた違ったオペラを愉しむことができ、オペラが分からない人でも、「モーツァルトはこんなオペラを書いたのか」という感じを持つことができる一冊である。

「説明責任」とは何か

「説明責任」とは何か (PHP新書) 「説明責任」とは何か (PHP新書)
井之上 喬

PHP研究所  2009-07-16
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今や「謝罪会見」のニュースを見ない日はわずかしかない。謝罪会見と言うと社長といった重役の人たちがまずは陳謝の形として深々と頭を下げてから、釈明とお詫びをする。そして新聞やニュースの記者たちから執拗な質問が待っている…と言うような構図であるが、この中で「説明責任」という言葉も本書でも書かれているようにある種の「妖怪」という形で蔓延っている。本書はその「妖怪」のメカニズムを解き明かすとともに、「説明責任」の問題点を明快に洗い出している。

第1章「日本を徘徊する「説明責任」という妖怪」
昨今「説明責任」を問われなかったニュースを探すだけでもひと苦労するほど、この言葉は罷り通っている。むしろそれなくして日本のニュース・メディアは成り立たないといってもおかしくないほどにまでなった。
本章で挙げられているものでは今年の春に民主党幹事長の小沢一郎の公設秘書問題などが挙げられている。

第2章「「説明責任」の原義と歴史的流れ」
この説明責任の源となった言葉は「accountability」という単語にある。「account」とある様に会計において使われる言葉で、60年代あたりからアメリカで納税者に対して受け取った税の使い道を説明するという考えから生まれたものである。
日本でも会計でも使うことがあるのだが、メディアによっていつのころからか疑惑追及による「説明責任」という言葉に変わってしまった。

第3章「日本人の民族性が「説明責任」を複雑にしている」
日本人の特性の一つとして「阿吽」の文化というのがある。言葉のコミュニケーションを交わさなくても相手の表情や空気を察知して返事をするという独特の所作がある。
外国人が日本人に対して不思議の念を抱いているものの一つとして挙げられている。これについて私は肯定的であるが、「説明責任」や「風化」「言い逃れ」「曖昧化」という点で悪用されているのも事実である。

第4章「日本における「説明責任」の実態」
日本における説明責任といっても様々なものがあり、明らかな悪意がある事柄に対する説明責任というのは追及されるべきであるのだが、困ったことに日本の風土の一つとして「完璧主義」が挙げられている。
たった一つのミス、約束事を一つでも守れなかったら一斉に蜂の巣の如く叩く、追及するというようなことばかりである。しかしその追求から逃げずに立ち向かい、まっとうとした姿勢を貫けば失敗も利益になる。

第5章「危機管理と「説明責任」」
「備えあれば憂いなし」という言葉があるが、本章ではそのことを言っている。
企業の不祥事やミスといったことに早急に対応できるように、企業や個人単位でどのように低減させるべきなのかという概念や枠組み、さらには松下幸之助、ジョンソン&ジョンソンのケースに至るまで網羅されている。
特に松下幸之助のエピソードは圧巻である。

第6章「パブリック・リレーションズの中の「説明責任」」
パブリック・リレーションズ。略したら「PR」と書かれるため、パブリック・リレーションズという言葉にピンとこない人はそのまま「PR」と考えても差支えない。
説明責任を果たすためにどのようなことを為すべきかの一つに「PR」をどのようにして築いていくのかという重要性を主張しているところである。
個人の倫理観や戦略、それを裏付けるためにターゲットやリサーチを行い、プログラムを構築するというものであるが、説明責任をうまくしていくためには…というビジネスの部分もはらんでいる。

第7章「日本におけるパブリック・リレーションズの流れ」
「PR」はアメリカで形成されたものである。では日本では「PR」は形成できていないのかというとそうではないようだ。明治時代にはすでに誕生していたが、「PR」に拍車がかかったのは戦後になってからと言われている。

第8章「パブリック・リレーションズはいま」
企業の「PR」活動は活発化しているものの、海外の目から見て発展途上にあることは否めない。隠蔽体質と言えばそれまでであるが、日本には「門外不出」という文化が根強い国の一つである。その証拠の一つとして江戸時代の象徴の一つであった「鎖国」にある。あらゆる文化や視野を謝絶し、独自の文化を創り出した点は良かったのだが、それによる閉鎖的な体質が形成されてしまったのは皮肉と言える。

「説明責任」はどこの世界でもいわれるようになったのだが、それにどう立ち向かうのかというのが分からないということもある。それだけではなく、「正しい果たし方」をしても結局つついてくるメディアもあることから、メディアとの向き合い方というのもまとめて学んだ方が「説明責任」を果たすうえでいいかもしれないと本書を読んで思った。

トヨタ F1撤退を正式発表

トヨタ F1撤退を正式発表

トヨタ自動車は4日、豊田章男社長が東京都内で会見を開きF1から撤退することを正式発表した。世界的な不況により、今年度も巨額の営業赤字に陥る見通し のトヨタは、F1撤退によるコスト削減を決断した。会見に出席したチーム代表、山科忠氏が言葉を詰まらせ涙を見せる場面もあった。

トヨタは2002年にF1に参戦し、当初は2012年まで継続する方針であったが、去年秋以降の急激な自動車の販売不振で経費の削減を迫られ、年間数 100億円とも言われるF1参戦についても検討を重ねてきた。その結果、最悪の時期は脱したとはいえ、2期連続の赤字となる見通しのため、来年以降の参戦 を断念し、今年限りでF1から撤退する方針を固めた。(GPUpdate.netより一部抜粋)

昨年のホンダ、今シーズン半ばのBMWに続きトヨタまでF1から撤退を発表しました。トヨタだからというよりも日本のF1チームがこの撤退により無くなってしまうからです。

日本のメーカーと言うと、ホンダのみならず、パリダカで活躍している三菱、WRCでチャンピオンにも輝いたスバルもありました。スバルに至ってはホンダと同じように昨年WRCから撤退したニュースがありましたし、三菱もワークスとしての参戦を今年いっぱいで終了する見通しを発表しました。

世界に誇る日本のメーカーが相次いで技術の最高峰の地から撤退するということは業界にとっても深刻なダメージになりかねません。

ブリヂストンも来年いっぱいで撤退すると発表しています。

さらに言うと可夢偉や中嶋の来シーズンのシートも心配になります。今季ノーポイントだった中嶋は、有力な移籍先を失ったことにより、移籍先が見つからなくなる可能性が高まってきました。さらに可夢偉は最終戦で初ポイント獲得などの活躍を見せ、片鱗を見せ始めた矢先の出来事です。

来シーズンは3ないし4チームが新たに参戦しますが、ストーブリーグ争いは厳しさの様相を見せており、信じたくないのですが、来シーズンは日本チームも日本人ドライバーもいないという私たちにとってはさびしいシーズンになる可能性があります。

悲壮感ばかりが漂ってしまいますが、可夢偉や中嶋がどこかのチームで来シーズンは知ってくれることを願うばかりです。

ボクたち、ワタシたちが身につけたいイマどきのチームマネジメント

ボクたち、ワタシたちが身につけたいイマどきのチームマネジメント (アスカビジネス) ボクたち、ワタシたちが身につけたいイマどきのチームマネジメント (アスカビジネス)
福村 泰司 清水 輝幸

明日香出版社  2009-10-07
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明日香出版社様より献本御礼。
会社や職種によって違いはあるとはいえど、チームで動くということが多い。特に私が働いているSE業界では最も該当しており、これがネックになることが多い。プロジェクトリーダーやマネージャークラスになるとどのようにチームを動かして行けばいいのかに四苦八苦する。チームに従順であればいいのだが、協調性があまりよろしくなく、周囲になじめない人、周囲の意見に反感を持つ人をどう引き込ませるかと言うのも悩みの種と言える。本書はチームマネジメントとは何か、そしてそれをどのようにして運営をしていけばいいのかというのが詰まった一冊である。

第1章「“イマどき”のチームをマネジメントするための基本スキル」
チームマネージャーとしての心得は様々であるが、メンバーに教えるべきこと、どのような目標を持つべきか、そしてその目標に向けてどのように努力を行えばいいのかと様々である。また目標をもとに成果を出すことも仕事の一つであり、チームリーダーよりも上の立場の人から「結果」や「成果」について問い詰められることもある。板挟みの役割を果たしながらも問題点を抽出し、チームをよりよいものにしていく役割もある。

第2章「チームに一体感をつくる」
チーム運営の中で最大の課題と言えるのが価値観の違うメンバーたちと「一体感を作る」ことにある。メンバーが目標意識などを共有しながら、適材適所で人を配置させるということも行う必要がある。しかし、数字がビジョンになったり、できもしないことをビジョンに掲げたりしてするといったビジョンでの失敗、コミュニケーションによる連携不足から生じる信頼感の欠如、不穏分子を同チームの一員にさせるかといった課題もある。

第3章「イマどきのコミュニケーションとは?」
第2章でちょっと書いたが、チーム内の連携を行うためにはコミュニケーションは避けて通れない。会議の場においても、仕事においての連携も仕事を円滑に進めていくために必要不可欠なものとしてコミュニケーションがある。しかしこのコミュニケーションを見につけるというのは話す力もさることながら、相手の意見を聞き、考えを汲み取る力も含まれているが、価値観や性別など多種多様な「違い」からかみ合わないということもしばしばある。
そのためにリラックスして話しこめる場所につれて行ったり、ブレスト(ブレイン・ストーミング)をするなどの活性化策が本章で盛り込まれている。

第4章「メンバーのモチベーションをUPする!」
これまで様々なチーム術を紹介していったが、先ほどのこともチーム連携を深めていくために、運営を円滑化するために必要なことであるが、最後に笑うのは「やる気」、「モチベーション」である。
一つ一つ仕事をこなして行く時にマネージャーは具体的なフィードバックをする。できているところでほめる、かけている所は具体的にどうしたらいいのかということを話したり、示したりして、「よしやるぞ!」とさせる。難しく、かつ面倒なことかもしれないが、モチベーションをアップさせた者勝ちという意気込みで行うことも又一つだろう。

第5章「最近マネージャーたちを苦しめている悩ましい問題の数々」
マネージャーたちが苦しめられている要因はいくつか挙げられるが、本章では代表的なものとして20の例を挙げている。協調性を苦手とするような一匹狼だけではなく、男女の隔たり、さらには近年言われている「効率化」や「成果至上主義」と言うのもチーム運営に重い足枷としてのしかかっている。

第6章「目標達成ができるマネジメントの仕組み」
「マネジメント」という言葉は非常に簡単な言い方をすると「管理」である。「管理職」のことを「マネージャー」と呼んだりすることがあるだろう。しかし「管理」をするだけであればだれでもできるが、「管理」を行ったうえでチームを、そして人を成長させる、目標を達成させるために策を講じる。特にそれを明確化するためには「数字」と言うのがカギとなる。但し第2章で書いたような「数字至上主義」のように、数字そのものが目標やビジョンにならず抽象的なビジョンをこなすうえでの「目標」としての「数字」と言うのが良い。

チームを運営するという日はいつか来るだろう。特に私が働いている業界では数年、もしかしたら来年にもその機会が訪れる可能性がある。そうでなくてもチームの歯車としてリーダーやマネージャーをどう支えていけばいいのかというヒントにも本書は大きなヒントを持っている。マネージャーのみならずメンバーにも当てはまることの多い一冊である。

史上最大の伝染病牛疫―根絶までの4000年

史上最大の伝染病牛疫―根絶までの4000年 史上最大の伝染病牛疫―根絶までの4000年
山内 一也

岩波書店  2009-08-27
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先ごろから「H1N1」という新型インフルエンザに酔って騒がれているが、この時期になって季節性のインフルエンザも出てき始めるころである。「パンデミック」の様相になっている新型インフルエンザであるが、過去にもインフルエンザをはじめとした伝染病によるものがあった。代表的なものでは「スペイン風邪」「ペスト」「天然痘」などが有名である。
さて本書は「牛疫」であるが、これは牛や豚などの家畜に対してかかる感染症の一種であり、はるか昔から存在していた病である。ちなみに日本では1932年以来発生例はないという。本書はこの牛疫が日本において廃絶された経緯について迫るとともに、昨今話題となっている「新型インフルエンザ」に対して、どういったヒントをくれるのかというのを解き明かした一冊である。

第1章「牛疫とはどんな病気か」
「牛疫」の病気について詳しく書かれているが、本書の最初で紹介したように牛や豚などの家畜に対してかかる病気であるが、とりわけ牛に対しては高い死亡率と感染例があり、通称「牛のペスト」とまで呼ばれていた。

第2章「古代から中世にかけての牛疫」
本書のタイトルにもなった4000年とあるが、具体的にいつ頃からかかり始めたのかと言うと紀元前2130年辺りにパピルスが見つけたと推測されていることからタイトルになったという。
また旧約聖書にも古代ローマにおいても「牛疫」が登場しており、悩みの種にあったという。

第3章「牛疫が近代獣医学の出発点をもたらす」
この牛疫は獣医学の歴史とともに歩んでいったのだろうかとも考えてしまう。確かに獣医学はこの病気から歩み始めたわけであるが、脚光を浴びたのは18世紀になってからである。イタリアのパドゥア近郊で市債の牛に「牛疫」が発生し、司祭の友人とパドゥア大学の医学教授のもとで解剖などによる原因究明を行い、対策を行った結果、9か月で牛疫はなくなったと言われている。効果的な対策の中で最も古いものとされているが、現代においてもそれに近いことが可能かもしれない。

第4章「世界中に広がり始めた牛疫」
牛にまつわる病気は牛疫だけではなくBSEと言われる「狂牛病」、さらには「口蹄疫」などが挙げられおり、共通して言えるのはイギリスから世界中に発症例が広がったということである。牛疫もまた例外ではなかった。

第5章「牛疫の原因はウィルス」
医学は進歩を重ね、ようやく明確な原因を特定することができるようになった。章題にもあるとおりウィルスであったという。

第6章「牛疫予防への道のり」
原因が特定できれば、あとは予防であるが、これはウィルスの血清を作りワクチンを作るといった手法は現代にも通用している。

第7章「日本でも大きな被害をもたらしていた牛疫」
イタリアやイギリスにおいて猛威をふるった。では日本ではどうだったのだろうか。
日本では文献によると17世紀末期辺りにから猛威を振るったと判明されている。しかし当時の慣習では牛肉を摂取することは禁忌を犯すこととされていたため、それほど影響がないように思えるが、食べる手段以外で支障をきたしていたのは確かである。

第8章「牛疫対策を中心として進展した日本の家畜伝染病対策」
最初にも述べたが日本では1932年以降発症例はないとされている。この約250年のあいだにどのような対策を講じてきたのだろうか。
明治時代末期に、牛が外国から輸入される港において、検疫所を設けるなど海外からはいっていく動物に対し様々な検査を行い、それを通ったものが初めて輸入されるという方法を行った。現在における「検疫」の原型が明治時代から確立されてきたわけである。

第9章「朝鮮半島と満州での牛疫対策」
韓国併合や満州事変により、日本の領土を広げていた時代、当然その場所においても本土と同じ、あるいはそれ以上の権益を行ったと言われている。

第10章「第二次世界大戦後も最も重要だった日本の牛疫対策」
しかし第二次世界大戦後、当時の検疫体制が崩れ、密輸入が増えるなど、牛疫がふたたび流行をするのかという心配が政府や農林省などで囁かれていた。またGHQからの指令もあったために、難航したこともあったのだが、早急なワクチン製造と検疫体制の強化により難を逃れた。

第11章「牛疫と生物兵器」
第二次世界大戦の話になるが、敗戦食濃厚であった時、緊急作戦として「風船爆弾」を投下するものがあった。TVでも何度か取り上げられているが、何重にも重ねた和紙をこんにゃく糊で貼り合わせた気球で爆弾を搭載してアメリカ大陸まで飛ばして攻撃をするというものである。
作戦自体、そこそこ効果はあったものの、アメリカ側の情報操作(それに関する死亡ニュースを出さないなどのこと)に惑わされ、雲散霧消となった。

第12章「日本人科学者の活躍」
戦前、朝鮮半島や満州、台湾において牛疫の宝庫とも言われてきたがそれを根絶し、中国からの感染流入に歯止めをかけたと言われているが、第二次世界大戦後もカンボジアやエジプトなどでも効果があったのだという。日本が牛疫根絶の先駆者であり、科学者によって牛疫という言葉が「死語」とさせた功績は大きいと言える。

第13章「世界的牛疫根絶計画」
先進国では牛疫の撲滅が進んでいるが、アフリカ大陸では根絶されたものの、ふたたび流行するといった循環が絶えなかった。それを断ち切るために1987年全アフリカ牛疫撲滅作戦と銘打って先進国の協力を得ながら根絶を行っているが、見込みでは来年にも根絶宣言が出されるまでに至ったという。

第14章「私と牛疫」
著者は狂牛病やプリオン病といったウィルス研究を行っており、牛疫に関する研究も例外なく行っている。著者が牛疫ウィルスに初めて出会ったのは1965年、本書は35年にも及ぶ研究の集大成と言える。

本書に出会うまで私は「牛疫」という言葉は知らなかった。獣医学の進歩によりこの言葉が聞かれなくなったと言える。医学は絶えまなく進化しており、もはや聞かれなくなった病気も数多くある。しかしその一方で新たなウィルスや病気も出てきていることは確かである。あたかもイタチゴッコであるかのように。医学が進化をするのと同じくしてウィルスや病気も進化する。しかしそれを食い止めるべく医師や医学研究者たちの戦いも終わらない。

中山マコト新刊連発記念イベント「本の市 vol.Ⅱ」 感想

一昨日はシンクロニスト、中山マコトさんのイベント「本の市vol.Ⅱ」に参加いたしました。

中山さん主催と言うと半年前の「仕組みまつり」が行った他、今年も上記の2冊を含め3冊出されるということで、まさに「多作」の年となります。

それらの本出版を記念してのパーティーですが、とにもかくにも「斬新」と「刺激的な出逢い」に尽きる会だったと思います。

まずは……Missing Linkのライブ!

まさに圧巻のライブでした。歌詞一つ一つが心から明るくなるような感じでした。

さらにはkaedeさんのライブも。

こちらはしっとりとしていながら、歌詞一つ一つが心に伝わるような感じでした。

他にもたくさんあったのですが、あまりにも多すぎて書ききれなくなってしまうほどでした。

その中でも様々な人との名刺交換の中で、「出会い」や「仕組み」の発見、そして新たな仕組みづくりの礎となるようなものもたくさん見つけてきました。

「縁」

その力を愉しみながら再認識したパーティーだったと思います。

パーティーを主催、そして今年3冊本を出された中山マコトさん、素敵な歌を歌ってくれたMissing Linkの方々、kaedeさん、そして名刺交換をしてくださった方々、本当にありがとうございました!!

F1 アブダビGP レッドブルが最終戦を1‐2で飾る!! 可夢偉も6位入賞の快挙!!

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 S・ヴェッテル レッドブル 1:34:03.414
2 M・ウェーバー レッドブル + 17.857
3 J・バトン ブラウンGP + 18.467
4 R・バリチェロ ブラウンGP + 22.735
5 N・ハイドフェルド BMW + 26.253
6 小林 可夢偉 トヨタ + 28.343
7 J・トゥルーリ トヨタ + 34.366
8 S・ブエミ トロロッソ + 41.294
9 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 45.941
10 R・クビサ BMW + 48.180
11 H・コヴァライネン マクラーレン + 52.798
12 K・ライコネン フェラーリ + 54.317
13 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 1:59.839
14 F・アロンソ ルノー + 1:09.687
15 V・リウッツィ フォースインディア + 1:34.450
16 G・フィジケラ フェラーリ + 1 laps
17 R・グロージャン ルノー + 1 laps
18 A・スーティル フォースインディア + 1 laps
Did not finish
19 L・ハミルトン マクラーレン + 35 laps
20 J・アルグエルスアリ トロロッソ + 37 laps

ヴェッテルが見事に最終戦を勝利に収めました。ハミルトンの圧勝かと思いましたが、予期せぬトラブルにより無念のリタイアと言うのには驚きました。

今年のF1を象徴づけるレッドブルの1‐2、さらには最後の最後までウェーバーと争ったバトンも今シーズンのチャンピオンとなりました。

F1最多出走記録を更新しながらもチャンピオン争いに食い込んだバリチェロも4位と、後半はマクラーレンなど他のチームが強い中、最初にも言った通り今シーズンの象徴となったレースでした。

ハイドフェルドが5位、クビサが10位フィニッシュ。昨年・一昨年と衝撃を与え、これからチャンピオンになるのではないかと予想されたBMWザウバーも今シーズン限りで撤退。今シーズンはクルマの出来が良くなかった年でしたが、それでも両者は果敢に攻めて行ったと思います。

可夢偉が6位フィニッシュ。デビュー2戦目で見事ポイント獲得となりました。GP2アジアシリーズチャンピオンもひっさげて来シーズンのシート入りに大きな弾みをつけたレースでした。

その一方、中嶋は13位フィニッシュ。今シーズン安定した走りを見せるも結局ノーポイントに終わりました。走りは悪くないのですが…ウィリアムズがトヨタとのエンジン契約を満了したことを考えると、中嶋のウィリアムズ残留は非常に難しいという他ありません。

ライコネン、フェラーリ・ラストランは12位フィニッシュ。来年はどこのチームで走るのでしょう。

フィジケラは15位フィニッシュ。来シーズンはテストドライバーとなるため、おそらく今シーズン引退と言われています。お疲れさまでした。

今シーズンは予想をはるかに覆されるシーズンでした。今シーズンの感想についてはおいおい書くことにいたします。

さてこれからストーブリーグも本格化していきます。誰がどこのチームに行くのか、そして新たなドライバーがどこのチームで走るのか、楽しみです。

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