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新聞再生―コミュニティからの挑戦

新聞再生―コミュニティからの挑戦 (平凡社新書) 新聞再生―コミュニティからの挑戦 (平凡社新書)
畑仲 哲雄

平凡社  2008-12
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当ブログではこれまで散々新聞のことを批判してきた。そう言ったことからか現在私は新聞を見なくなった。記事や社説を信用できなくなったことと、毎日130円前後払ってまで価値があるのかというのに疑問を持っているからである。
そんな私でも「新聞はなくならない」と思っている。ただし今と同じような形ではなく、多かれ少なかれ違った形に変化するだろうと私は考えている。それが具体的にどうなるのかはさすがにわからない。いつもの紙媒体ながら、内容がPJニュースのようなパブリック・ジャーナリズムが占める可能性もあれば、電子媒体のみで存続するという形もあり得る。
新聞に関して私自身も批判しているが、これ自体は、読売や朝日をはじめとした大手紙に関してであり、地方新聞は大手紙があるようなしがらみは若干少ない(TV局と似ている)ので面白い部分もある。本書はこの地方紙の試みから見た新聞再生について迫っている。
序章「新聞とは何か」
まずここで本来の「新聞」とは何なのかについて立ち返っていかなければならない。新聞は国内外などの地域内などで情報を伝達するための手段であり、英語では「news」に相当する。現在この「新聞」を意味する英語は「newspaper」とされているがなぜこれが「新聞紙」ではなく「新聞」と訳されるのか、おそらく新聞業界の圧力による要因もはらんでいるように思えてならない。
第1章「新聞という「場」を再生させる――旧鹿児島新報社OBたちの闘い」
新聞業界が「新聞離れ」と定義付けるように全体における新聞の発行部数が軒並み減少している。とりわけ割喰っているのが地方紙であり、軒並み休刊・廃刊が相次いでいるという。本章で紹介している鹿児島新報は2004年5月5日に廃刊になった。部数低下が要因であるが、鹿児島新報は「地域密着」というのを最も重視してきた新聞である。この「地域密着」というのを地で行く新聞というのは今どれくらい残っているのかというのは分からない。もしかしたらわずかしか残っていないのかもしれない。全国紙ではまずできない独自性、地域性に富んだ新聞がだんだん減っていっているが、一方では非営利団体での活路を見出そうとしている。
第2章「コミュニティに回路を開く――神奈川新聞社カナロコ編集部」
「神奈川新聞」は神奈川県およびその周辺の地域ではよく読まれる新聞である。地方紙のように思えるが実は朝日新聞のグループ企業であるため、スタンスは全国紙に近い。その一方で「カナロコ」というコミュニティサイトが注目を集めているという。コミュニティなので双方向型の情報提供を行っているためブロガーのみならずネット界では称賛の嵐であったという。ニュースに対して市民の意見を述べることも容易で、市民とともにニュースをつくるという点でも斬新さがある。
市民側にも、新聞社側にも課題は残っているがどう成長していくのかというのも気になる所である。
第3章「<新聞>を創るということ――「みんなの滋賀新聞」の挑戦と挫折」
滋賀県は1978年に地方紙が休刊してから25年以上にわたって地方紙がなかった。経済界の要望や市民の協力もあって2005年4月に創刊された。地方性に富んだ話題で盛り上げる意気込みであったのだが新聞発行部数減少というのが大きな逆風となり、わずか半年で休刊となった。地方新聞をつくるのも難しければ、それを存続させるという難しさもある。とりわけ新聞業界は斜陽産業と言われている分その難しさというのは、言葉では表せないほど厳しいものである。本章はそれを伝えたかったのだろうか。
第4章「新聞を救う」
私は新聞は変化すべきであると散々言ってきた。その背景にあるのは「ウェブによる双方向化」が進んだためである。その時代に後れをとっている、もしくは逆行し続けているからでこそ減少しているのではないのかというのもある。
一方もう一つの側面から見ると、「社会」という意識が失われているのではないのかという見方もある。これは、
「<新聞>の再生を、産業規模の再生という小さな枠にとどめるのではなく、江京憲のような社会空間の再生として考えようとするとき、序章で触れた戸坂潤の「新聞現象論」がよみがえってくる。戸坂は<新聞>を社会現象としてとらえ、「新聞は新聞紙でもなければ新聞社でもない、まして読者層でもない。こういう諸項目のある関係が新聞の現象なのである」という見方を示した。(p.173より)」
日本人としての新聞の在り方であろう。アメリカなどのその他の国々と違った点は「地域」や「世間」、「社会」に対する意識がこの日本に存在する。その象徴として「新聞」が今日まで存続したのではないか。
その意味を考えてこれから新聞を救う要素は「パブリック・ジャーナリズム」にほかならないと私は考える。地域の方々でしか知り得ないことを新聞に載せ、双方向のかたちで議論を進め一つの新聞を形成していく。それがこれからの日本の新聞の在り方なのではないかと私は思う。
これまで新聞批判に関する本を読んだ私にとっては新聞の在り方をどう変化させて再生していくかという所で刺激的な部分があった。とりわけ日本人と新聞との関係は業界として、国として以上に「社会」という一つのカテゴリーとしての存在が強かったことには驚いた。
新聞は絶対になくならないが、違う形に進化をする。それはどのような形になるのか分からないが、多様な新聞があり、地域性に富んだ新聞があってこそ、本来の日本を取り戻す一つの手段なのかもしれない。

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