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2009年4月

感じる道徳―感情の現象学的倫理学

感じる道徳―感情の現象学的倫理学 感じる道徳―感情の現象学的倫理学
佐藤 義之

晃洋書房  2009-01
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道徳というのは授業で「覚える」、「考える」のではなく、感性によって「感じる」ことにスポットを当てているのが本書の狙いである。タイトルからしてインパクトがあるのだが、感情における「道徳」や「倫理」を考察するというのが斬新で面白い。そもそも「道徳」や「倫理」は理性から来るものであり、自分自身の奥底にある(動物的)感情から「道徳」というのは生まれないと思ったからである。
本書は三部構成ではあるが章建てが少ないので五章構成で解き明かそうと思う。

第一章「共苦――その現象学的分析道徳的意義」
「共苦」というのは、
他人の苦しみに私が苦を感じる現象(p.3より)
という。「良心」というべきだろうか、「共有」というべきだろうかはっきりと定義をするのは難しいが、他人の苦しみを見ると自分の感情により、自ら持っている道徳(良心?)に傷つく。そこから自分の苦しみが生まれる。そう言うことから感情ではあるが「道徳」であることが成り立つ(ちなみに本書によると「共苦」と「良心」は違うと主張している)。
「共苦」は不思議ではあるが「感じる道徳」として最も相応しい言葉と言える。

第二章「義務と感情――その実態と解釈」
次は「義務」であるが、国語辞典の意味としてしかわからない私にとってこれが感情に入るのかというと疑わしい部分が多い。というのは感情抜きにしても「義務」というのは発生するものであり、それが道徳に反していても「行わなければならない」ことそのものだからである。
しかし本書ではそこに虚を突いている。義務という知的概念にとらわれる。いわゆる強迫概念によってその義務が支配される。そこに感情が入るというのである。「強迫概念」があることによって自分の意思とは反した感情が出てくることによってそれを守ろうと動いてしまう。「義務」というのは「〜ねばならない」というのがあるため感情になり得るということである。解釈は様々なであるがこの切り口はなかなか面白かった。

第三章「倫理的決断における二つの比喩」
章題にある「二つの比喩」について言うと、これは「ベクトルの比喩」と「天秤の比喩」のことである。

「ベクトルの比喩」…強迫的概念に押されてその中で自分が決断したこと(倫理的決断)をいう
「天秤の比喩」…自分の物差し(天秤)によって判断したものをいう。

簡単に言うとこのような感じになる。

第四章「意志の弱さ」
「意志の弱さ」というのは何なのかというと、自分の意見をはっきりと言えなかったり、決断できなかったりということをイメージする。本章ではこの「意志の弱さ」について「外在」と「内在」の2つの主義について論じている。簡単に説明すると、

「外在主義」…「自分」ではない他の物・事について原因があるということ。
「内在主義」…「自分の判断」や「心の内」そのものにある。どちらかというと自分自身に原因があるということ。

となる。しかし外的要因がるとはいえ「意志の弱さ」は自分に表れている感情にほかならない。

第五章「性格としての徳――その解釈と倫理的意義をめぐって」
人それぞれ違うものの代表として挙げられるのが「性格」であろう。「性格」は個人々々の持っている、「特徴」である。その性格であるが倫理的な意義によって成り立つとすれば、おそらく前章で述べた「外在主義」「内在主義」という定義に行き着く。自分自身の感情によって、あるいは外からの要因により自分の感情を替えながら「性格」をつくっている。

「感情の道徳」なのか「道徳としての感情」なのかはっきりしないところはあるが、自分自身の道徳が自分自身、もしくは他の要素から「感情」を取り込み、そこから自分自身の道徳を築かせているという答えになった。本書は感情にまつわる道徳について考察したものであるが、これほど面白い論考になるとは自分自身これほどとは思わなかった。倫理学についてもっと斬新な研究本を読みたい方には本書を強く勧める。あるいは自分の感情に向き合いたい方にも本書はなかなかいいと思う。

マクラーレン 処分留保も今後12カ月FIAの監視下に

マクラーレン 処分留保も今後12カ月FIAの監視下に(GPUpdate.net)

マクラーレン、執行猶予12カ月・3戦出場停止の処分(Yahoo!)

FIAは今日パリで「ライゲート」に関する会議を行い、マクラーレンを処罰しないことを決めた。マーティン・ウィトマーシュが誠実に情報を提供したとして、チームに対してすぐには処罰を下さないことにしたものである。しかし、マクラーレンチームは今後1年間、厳しい監視下におかれることとなる(上のリンクより一部抜粋)。

結論を言うと「出場停止3レース、執行猶予12か月」という判決になりました。

途中、ハミルトンの謝罪や公聴会を前にしたチーム代表、マーティン・ウィトマーシュの謝罪により情状酌量の余地があるとしてこのような判決に至ったそうです。

マクラーレンにとっては最悪の事態には至らなかったものの、今後1年の間に疑惑が出てくることは無きにしも非ずでしょう。どちらかというと出る可能性の方が高いように思えますが(チーム内の不満因子によるものが有力)。

一応オーストラリアGPからあった虚偽疑惑については一応ひと区切りと言いたいところですが、前述のような疑惑が出る可能性があるので、なかなか終わるように思えません。もしかしたら泥沼化の様相を見せるのかもしれません。

イワシはどこへ消えたのか―魚の危機とレジーム・シフト

イワシはどこへ消えたのか―魚の危機とレジーム・シフト (中公新書) イワシはどこへ消えたのか―魚の危機とレジーム・シフト (中公新書)
本田 良一

中央公論新社  2009-03
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私が子供の時、周りの友達の多くは「嫌いなもの」というと「イワシ」と答える人が多かった。しかし今となってはそのイワシも見るのが珍しいように思える。見たとしても100円ほどで売っている缶詰と言ったところである。本書を少しめくった所によると、現在の水揚げ量はピーク時の60分の1にまで減少しているという。数字自体は疑いはあるとはいえどそれに近いのは間違いないだろう。珍しいまでになったのだから。
その一方でサンマは豊漁であり、サンマの方が私たちの食卓に近いスタンスである。
「地球温暖化により生態系が変化した」と言えばおそらく多くは納得すると思うが、私自身それ事態釈然としない。生態系の変化によるものか、あるいは他の要素がはらんでいるのか、本書はそこについて考察を行っている。イワシに絞らず数多くの魚を例に挙げているので、飽きさせないところが本書のいい所である。

第1章「マイワシの巻」
マイワシはかつて全国的に多く採れ、刺身や蒲焼、塩焼きから煮付けに至るまで幅広く庶民に食されてきた。それ以外にも飼料や肥料にも使われることもあった。栄養も豊富で「海のニンジン」と呼ばれるほどである。
このイワシが激減したのは「海水温の変化」によるものだという。海水温の変化によりイワシの漁獲量、生残率が激増したリ激減したリする。

第2章「マサバの巻」
北海道釧路港は91年以後、漁獲量日本一の座を離れたがその以前にイワシばかりではなくマサバも豊漁であったという。イワシやサバなど様々な魚にはそれに適した環境があり、年々ごとに海水温の変化がある。時にはイワシの漁獲量が減り、アジやサバの漁獲量が増加する。その逆もまた然り。しかし90年代マサバの乱獲によりその循環が鈍ったという考えもできる。

第3章「アンコウの巻」
ここではちょっとイワシの話を離れるが、それと似たものについて挙げている。それはハタハタとアンコウである。ハタハタは年々現漁獲高は減少していたが、禁漁によって漁獲高は安定を保ったのだという。禁漁によってもたらされる効果というのがよくわかる。イワシの漁獲高が減っているとしたら禁漁も一つの手段なのではないかという所である。

第4章「スケソウの巻」
スセソウダラというと北海道では最も漁獲量の多い魚として有名である。そのまま食べずに魚のすり身にしたりして食べることがほとんどである。卵巣はタラコにもなる。ここでは海外のトロール船の影響について書かれている。ここはどう漁獲高を伸ばしていくのかというのが政府単位で行わなければならないというものが見えている。特に他国間の問題であるため用心せずして解決の道はないのだが。

第5章「サンマの巻」
イワシに代わって私たち庶民で最も食べられている魚というとサンマを挙げるだろう。サンマの漁獲高がなぜ上がったのかというばかりではなく、一昨年には政府と漁業団体とで勃発した「サンマ戦争」についても取り上げられている。おもに北海道の生産団体を中心に怒りの声を上げたというが、全国的にも地方的にもあまりニュースにならなかったことを覚えている。そう言う意味では水産庁と漁業団体などの対立が見えたというのは新鮮味があった。

第6章「水産庁の巻」
漁獲量は年々変化するものではあるが、漁獲可能量(TAC)というのを決める役割を担っているのが農林水産省、その外局である水産庁の役割である。前章のような「サンマ戦争」の渦中にあったりと何かと大変な役割を担っているが、国民の間にはその苦労が認知されていないというのが実情なのかもしれない。

第7章「人間の巻」
魚の乱獲などの人的な要因、気候の変化による環境要因と様々な要因がある。
本書の副題は「レジーム・シフト」である。3年前だか安倍内閣発足の時に「戦後レジームからの脱却」と言って話題となったあの「レジーム」である。
ではこの「レジーム」とは一体何なのか、いつもの辞書を開いてみた。見てみると、
「体制。政治体制。政権」
と書かれているだけ。本書では政治的な意味ではなくあくまで「体制」、もとい従来のシステムの変化について考察している一冊である。
最初はイワシの漁獲高の減った要因について書かれているが、後半になっていくにつれ他の魚ばかりが取り上げられ、結局は気候変動と乱獲によるものという結論に至ってしまう。その回帰が長いので、読んでいてちょっと疲れてしまう1冊であった。

3000人の指導実績を誇る人気No.1カリスマ講師が教える 資格試験の合格技術

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多田 健次

マガジンハウス  2009-04-23
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先日の「聞くが価値×UNDERGROUND」で飛び入り講師をなさった多田健二氏の1冊である。
著者は公認会計士に挫折し、その経験を生かして公認会計士を目指す人の指導者となった。関西では「人気講師ランキング」第1位となり数多くの公認会計士を輩出させた。
本書はそのノウハウをぎっしりと詰めた1冊である。
1「準備と計画の技術」
まずは試験の準備段階として試験の特長、傾向を知る必要がある。
孫子の名言でも、
「彼を知りて己を知れば、百戦して殆(あや)うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし。」
というのがある。自分の力を知ることも大事だが、相手(試験)がどれだけのむずかしさなのかというのを知る必要がある。
2「時間管理と集中の技術」
試験をやるにも時間配分は大事だが、それ以上にどう時間を使っていくのか、どう集中していくのかというのも重要なことであり、時間を使う醍醐味を知ることができる。
・「中長期の時間管理」
・「1日の時間管理」
・「睡眠時間管理」
・「隙間時間管理」
特に社会人となればこの時間管理というのが試験の合否に関してモノを言うのだろう。
集中では、
・目的
・継続
・メンタル
を上手に使い、集中力を高めて勉強することができるという。
これは勉強に限らず仕事においてもこのタイム・メンタル双方のマネジメントがモノを言うので資格試験でのタイムマネジメント術を学ぶことができる。
3「合格する技術」
本書のメインディッシュの勉強術である。
特長は「読み」と「5回転」である。
読み方にしても目次から読むものもあれば、読書術と同じように熟読、速読と言ったものまである。さらに繰り返し勉強をすることとして、
「5回転」
というサイクル暗記法も紹介している。ここから紹介したいのもやまやまだが、この中身はぜひ本書を買う方が得策であろう。度肝を抜くような暗記方法である。
4「本番力を高める技術」
いくら勉強しても本番の舞台で生かさなければ意味がない。
ここでは本番で最大限力を発揮する術、そして試験終了後、次のステップについてのフィードバックまで、試験に向けてだけではなく、試験の時、そしてその次はというフィードバックが今後の過程で大きな役割を果たす。
本書の巻末には様々な試験を挙げられているばかりではなく、今までの章がチェックリストが掲載されている。
実践しながらどれをやったというのが一目でわかるので、試験勉強の傍らにこの本があると使いようではあるが合格にぐっと近づけられる。
本書は著者が公認会計士を教えているので簿記に関連したことが多いが、ほかの資格でも十分に通用できると私は思う。資格は生かさなければならない。その生かせる資格を取るために本書でもって勉強してみてはどうか。

追憶のハルマゲドン

追憶のハルマゲドン 追憶のハルマゲドン
カート・ヴォネガット 和田 誠

早川書房  2008-08-22
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本書によるとカート・ヴォネガットの没後一周年を記念して出版された短編集であり、未発表のものを中心に編纂された一冊である。

ヴォネガットの作品は60年代ごろから次々と翻訳されてきたが、80年代にはブームにまで発展し、爆笑問題の太田光もファンの一人とされている。そう考えると本書はヴェネガットファンにとってはたまらない一冊だが、ヴォネガットの「ヴォ」の字も知らない私がこの本から入るのも変なのかもしれない。しかしブームとなり、多くのファンに愛されているヴォネガット作品を見ないわけにはいかない。短編集からアプローチしていくのは少し間違った方法かもしれないが。
短編集であるがそのほとんどが戦争にまつわる作品である。愛国心、日本への憎悪、戦争の苦しみ・悲しみが如実に表現されていることが印象づく。とはいえSF感のある作品もある。
SFと戦争の関連で言うと小松左京を彷彿とさせる。沖縄戦に駆り出されながらも運良く生き残り、生きることの責任としてSF作品を作るきっかけになったのだという。戦争という混乱の中でどうしてSF作品を書くきっかけになったのだろうかというのが気になる。これを心理学的に考えてみたら何か面白い論考になるのかもしれない。

本書は全部で11編ある。戦争の生々しさもさることあるがSF作品独特のスリルも併せ持ちながら楽しめるという不思議な作品であった。ヴォカネットの作品はあまり読んだことがないのだが、ヴォカネット本来の良さを知るためにはこれだけではちょっと難しいのかもしれない。もう少しヴォカネットの世界を知るために関連の本を読んで知る必要がある。
読みやすさと不思議さはあるのだが、私にはわからない奥深さというのがヴォカネットファンにはわかるのかもしれない。

F1 バーレーンGP バトンが今シーズン3勝目! トヨタ悲願の初優勝ならず!!

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・バトン ブラウンGP 1:31:48.182
2 S・ヴェッテル レッドブル + 7.187
3 J・トゥルーリ トヨタ + 9.170
4 L・ハミルトン マクラーレン + 22.096
5 R・バリチェロ ブラウンGP + 37.779
6 K・ライコネン フェラーリ + 42.052
7 T・グロック トヨタ + 42.880
8 F・アロンソ ルノー + 52.775
9 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 58.198
10 N・ピケ・ジュニア ルノー + 1:05.149
11 M・ウェーバー レッドブル + 1:07.641
12 H・コヴァライネン マクラーレン + 1:17.824
13 S・ボーデ トロロッソ + 1:18.805
14 F・マッサ フェラーリ + 1 laps
15 G・フィジケラ フォースインディア + 1 laps
16 A・スーティル フォースインディア + 1 laps
17 S・ブエミ トロロッソ + 1 laps
18 R・クビサ BMW + 1 laps
19 N・ハイドフェルド BMW + 1 laps
Did not finish
20 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 9 laps

Yahooはこちら(↓)。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090426-00000005-fliv-moto

前戦までの波乱のレースは有りませんでしたが、「戦略」の差というのを知ったレースでした。

予選における1発の速さではトヨタが上でしたが、ヴェッテルやブラウンGPの戦略に翻弄され結果的に表彰台に届いたものの、戦略の恐ろしさというのを痛感したのかもしれません。

バトンは通算3勝目。ブラウンというとフェラーリの参謀だったので、そこでの力がおおいに生きたレースだったように思えます。

ヴェッテルはこちらも速さもさることながら、戦略の相乗効果で中国の優勝とまではいかなかったものの2位。チャンピオン争いに名乗りを上げる勢いです。

ここ3戦ノーポイントだったフェラーリは、ようやく初ポイント。しかしマッサの周回遅れを見る限り上位陣とフェラーリの力の差をまざまざと見せつけられたように思えます。昨年だったら逆の立場だったのを考えるとTVの言う、

「F1戦国時代」

というのが、まさにぴったり合うシーズンのように思えます。

今回のバーレーンは完走率が高かったのですが、唯一のリタイアとなってしまったのが中嶋。油圧系のトラブルによりリタイアだそうです。スタート後も接触もあって散々なレースウィークだったようです。

日本にとって今週のF1は散々でしたが、その一つ下のカテゴリーではトヨタのサードドライバーである小林可夢偉がGP2アジアシリーズチャンピオンに輝いたというニュースが、唯一の救い、もとい宝でした。

http://sports.yahoo.co.jp/f1/article?a=20090426-00000112-ism-moto

次戦は2週間後、スペイン・バルセロナ!

聞くが価値×UNDERGROUND 感想

昨日はいつも行っている「聞くが価値」主宰の鹿田尚樹さん、築地朝食会及び「UNDERGROUND」主宰の美崎栄一郎さんの共催(という名のブライダル)セミナーに参加いたしました。

ふと思ったのですが、鹿田さんと美崎さんであるコンビができますね。

「SMコンビ」

決してソッチ方面ではありません(汗)。鹿田さんと美崎さんの頭文字をとったらこうなったということです(鹿田さんの感想ブログにもUPしていてさらに冷や汗)。

それはさておき、早速中身に入っていくことにしましょう。

主催者あいさつの後ゲストの方の御講話。今回はこの方です。

23日に発売となった本の著者である多田健二さん(ちなみに私の前の席に座っておりました)。資格試験にまつわる「記録」について取り上げられました。

Ⅰ.鹿田尚樹

カリスマ書評ブロガー、「聞くが価値」主宰と多くの肩書を持っていますが、今年の4月からブログコンサルタントと音学.comの企画プロデューサーという肩書を新たに加えたそうです。

本でも取り上げられ、さらに活躍の幅を広げられている鹿田さん。

鹿田さんについての「記録」は自らの書評をするにあたってどのように記録しているのかを公開。ちなみにブログにも一部だけ公開されています

鹿田さんはこの記録を長く続けつつ、実践を繰り返しつつ、そして「聞くが価値」を行いつつ、成長を続けていることがわかりました。

Ⅱ.美崎栄一郎

築地朝食会、UNDERGROUNDなど数多くのセミナーを主催している美崎さん。

ありとあらゆるものを記録し、参加者に喜んでいただくという。

そしてここで鹿田さんと美崎さん(セミナー同士)のケーキ入刀……かと思いきやある参加者が前日誕生日だったので、

会場が会場なだけに熱のこもった「ハッピーバースデー」を大合唱。相手に喜ばせるためにあらゆることを「記録」する凄さ。

私が築地朝食会とUNDERGROUNDという場でどのようにして「記録」を活かしたかと聞きたかったのですが…、もうこの講演で答えがありました。

相手を喜ばせるために、そして心に残る、記憶に残らせるように「記録」をする。

美崎さんの凄さを垣間見た講演だったと思います。

最後に「記録」についてのスライドですが…なんと私の書かれていた記事が引用されていたことに赤面(ちなみにこの記事から引用されていました)。

セミナー終了後の懇親会では、先週発売された「日経ビジネスAssosie」で文房具特集されていましたが、文房具についてアツいトークが印象的でした。

「記録」をするにあたり文房具あり…と。私もこだわりがあったのですが、いつも持っている筆記用具を忘れるという大チョンボ。恥ずかしい…。

最後に記録について明言

頭脳は過去の記録の博物館でもなければ、現在のがらくた置き場でもない。
将来の問題についての研究所なのだ。

17世紀イギリスの神学者であり聖職者であったトーマス・フラーの名言です。

記録というと頭脳においてストックする者もあればノートに記録するものもある。この明言は頭脳においてなのですが、これはノートについても同じことが言えるのではないでしょうか。

記録をすることで過去や現在を貯蔵する場ではなく、それを材料にしてさて未来はどうするべきかというのを考え、判断する材料になるというものです。

今回のセミナーを主催した鹿田さん、美崎さん、そして飛び入りで講師をなさった多田さん。名刺交換をしてくださった方々、記録・記憶双方に残るセミナー、本当にありがとうございました!

 

F1 バーレーンGP トヨタが史上初フロントロー独占!! そして優勝予想

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・トゥルーリ トヨタ 1:33.431
2 T・グロック トヨタ 1:33.712
3 S・ヴェッテル レッドブル 1:34.045
4 J・バトン ブラウンGP 1:34.044
5 L・ハミルトン マクラーレン 1:34.196
6 R・バリチェロ ブラウンGP 1:34.239
7 F・アロンソ ルノー 1:34.578
8 F・マッサ フェラーリ 1:34.818
9 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:35.134
10 K・ライコネン フェラーリ 1:35.380
11 H・コヴァライネン マクラーレン 1:33.242
12 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:33.348
13 R・クビサ BMW 1:33.487
14 N・ハイドフェルド BMW 1:33.562
15 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:33.941
16 A・スーティル フォースインディア 1:33.722
17 S・ブエミ トロロッソ 1:33.753
18 G・フィジケラ フォースインディア 1:33.910
19 M・ウェーバー レッドブル 1:34.038
20 S・ボーデ トロロッソ 1:34.159

トヨタが久し振りのPPを史上初フロントロー独占という形で決めました!

トヨタファンにとっては待ちに待った瞬間といってもいいかもしれません。この速さであったら決勝でも大暴れする可能性大です。

その下には前戦中国GPで優勝したヴェッテル、開幕2連勝のバトン、ディフェンディング・チャンピオンのハミルトンが続きます。

開幕3戦ノーポイントのフェラーリも両方ともQ3なので決勝では何が何でもポイントをとっておきたい所、

中嶋は12番手、ポイント獲得のためには巻き返しが必要です。

なお16番手のスーティルはウェーバーの走行を妨害したため3グリッド降格ペナルティを受けました。

さて優勝予想です。

本命:トゥルーリ

対抗:ヴェッテル

要注意:バトン、ハミルトン

こんな風になるのではないかと。

F1バーレーンGP フリー走行3回目 結果

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 T・グロック トヨタ 1:32.605 16
2 F・マッサ フェラーリ 1:32.728 20
3 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:32.906 18
4 L・ハミルトン マクラーレン 1:32.975 16
5 K・ライコネン フェラーリ 1:32.986 18
6 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:33.176 19
7 R・クビサ BMW 1:33.195 13
8 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:33.302 17
9 J・トゥルーリ トヨタ 1:33.397 19
10 N・ハイドフェルド BMW 1:33.415 14
11 S・ヴェッテル レッドブル 1:33.443 16
12 H・コヴァライネン マクラーレン 1:33.478 12
13 F・アロンソ ルノー 1:33.482 13
14 A・スーティル フォースインディア 1:33.534 17
15 J・バトン ブラウンGP 1:33.586 17
16 R・バリチェロ ブラウンGP 1:33.686 17
17 S・ブエミ トロロッソ 1:33.720 15
18 M・ウェーバー レッドブル 1:33.726 14
19 G・フィジケラ フォースインディア 1:33.962 15
20 S・ボーデ トロロッソ 1:34.990 7

トヨタのグロックがファステストでした。2番手には左回り(コース)に強いマッサが上がっているのを見ると、フェラーリ、特にマッサの逆襲があるのかもしれません。

F1 バーレーンGP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

中国GPからわずか1週間。もうすでに第4戦バーレーンGPとなりました。

もう3戦終わったのかというのを忘れさせるくらい、波乱尽くしのレースばかりでした。さて今回はバーレーン。果たしてどのようなレースになるのか楽しみです。

早速今日のフリー走行の結果をまとめ、PP予想をしたいと思います。

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)

1回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 L・ハミルトン マクラーレン 1:33.647 19
2 N・ハイドフェルド BMW 1:33.907 17
3 R・クビサ BMW 1:33.938 17
4 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:34.227 24
5 J・バトン ブラウンGP 1:34.434 15
6 H・コヴァライネン マクラーレン 1:34.502 24
7 R・バリチェロ ブラウンGP 1:34.531 18
8 F・マッサ フェラーリ 1:34.589 17
9 M・ウェーバー レッドブル 1:34.827 21
10 K・ライコネン フェラーリ 1:34.827 19
11 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:34.880 24
12 S・ヴェッテル レッドブル 1:34.938 21
13 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:34.974 21
14 A・スーティル フォースインディア 1:35.021 18
15 J・トゥルーリ トヨタ 1:35.036 22
16 G・フィジケラ フォースインディア 1:35.042 16
17 T・グロック トヨタ 1:35.333 20
18 F・アロンソ ルノー 1:35.348 24
19 S・ボーデ トロロッソ 1:35.353 22
20 S・ブエミ トロロッソ 1:35.369 15

2回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:33.339 36
2 F・アロンソ ルノー 1:33.530 25
3 J・トゥルーリ トヨタ 1:33.616 37
4 S・ヴェッテル レッドブル 1:33.661 29
5 M・ウェーバー レッドブル 1:33.676 32
6 J・バトン ブラウンGP 1:33.694 35
7 A・スーティル フォースインディア 1:33.763 30
8 T・グロック トヨタ 1:33.764 37
9 R・バリチェロ ブラウンGP 1:33.885 30
10 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:33.899 36
11 L・ハミルトン マクラーレン 1:33.994 30
12 G・フィジケラ フォースインディア 1:34.025 23
13 S・ブエミ トロロッソ 1:34.127 37
14 S・ボーデ トロロッソ 1:34.366 26
15 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:34.411 29
16 F・マッサ フェラーリ 1:34.564 34
17 R・クビサ BMW 1:34.605 31
18 K・ライコネン フェラーリ 1:34.670 28
19 H・コヴァライネン マクラーレン 1:34.764 35
20 N・ハイドフェルド BMW 1:34.790 33

1回目はハミルトンが、2回目はロズベルグがファステストでした。見た限りではブラウンGP、ウィリアムズ、前戦1‐2だったレッドブルがコンスタントに良いタイムを出しているように見えます。

フェラーリとBMWは1回目はまずまずにしても、2回目は下位に沈むという悲惨な滑り出しになりました。

さてPP予想といきましょう。

本命:バトン

対抗:ロズベルグ

要注意:ヴェッテル、マッサ

バトン、ロズベルグ、ヴェッテルはもうフリー走行や以前の予選の速さで証明されていますが、マシンの信頼感はあまりないものの、左回り(コース)に強いマッサが上位陣を脅かすかというところです。PPは難しいにしても、上位陣にくい込む可能性はあると思います。マシンがよほど悪くなければの話ですが。

自然と人間―哲学からのアプローチ

自然と人間 自然と人間
大東俊一ほか

梓出版社  2006-05-10
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科学や経済の進歩によりモノが豊かになり、生活も便利になった。しかし人間として生きていくにあたり、肝心の「心」が失っているように思えるのは私だけであろうか。科学や工業の発展の反面、森林伐採により自然が失われている。「21世紀は「心」の世紀」であり「「環境」の世紀」だろう。その時にこそこういった哲学のアプローチというのが必要不可欠になる。本書は哲学、特に自然哲学を交えながら自然について、哲学史の感じで人間について解き明かす一冊である
第Ⅰ部「古代ギリシア」
本書は哲学の中から「自然学」についてピックアップしている。哲学というとその祖となったのがタレスである。「万物の根源は水である」と唱えた哲学者でもある。タレスだけではなく「(万物の根源は)火である」「空気である」といった自然からの根源をなす学派の中で最古の「ミレトス学派」の祖でもあった。この自然学もこの「ミレトス学派」から始まっている。これが第1章。
第2章ではソクラテスが出てくる。ソクラテスといえば「エイロネイア(皮肉)」や「無知の知」として有名であるが、「自然哲学批判論者」としての役割を担っていた。それも一つの要因であったがソフィストたちの怒りを買い、死刑に処せられ、亡くなった。
第Ⅱ部「ルネサンスから近代へ」
ここでは14〜17世紀、ちょうどルネサンスが始まった時期である。その時はアリストテレスの哲学が絶対といわれていた。「ガリレイの地動説裁判(ガリレオ裁判)」が有名な話である。その反動もあったかどうかはわからないが哲学に大きな空白ができてしまったようである。ここで最も重視されているのはデカルト、スピノザである。「近代哲学の祖」といわれるデカルト、「汎神論」や「エチカ」による論考で有名なスピノザ、ともに「合理主義哲学者」として知られる。デカルトは数学的、科学的に自然の在り方について論考したため、「自然哲学」と「自然科学」とが分離される結果となった全長であったとされている。
第Ⅲ部「近代――十八、十九世紀」
近代にはいってくるとさらに自然哲学に対する関心の動きが強まった。とりわけ近代において代表的なのがカントであろう。カントと言えば「純粋理性批判」が有名である。自然哲学との関連性は初期にあたり、その時はニュートンが唱えた自然哲学に関心を寄せていたが、やがて懐疑主義に強い衝撃を受け批判哲学論者になったという経緯がある。
そしてもう一人はヘーゲルである。ヘーゲルの哲学は特に難解で知られているため、私でもあまり手を出すことができない。ちなみに彼も自然哲学を論じられているが、主にニュートン批判を論じたあたりからカントと対極をなしている。
第Ⅳ部「現代」
現代といっても数十年前に唱えられた哲学である。サルトルやハイデッガー、フッサールについて取り上げられている。
第Ⅴ部「日本」
日本が自然について意識し始めたのは近代以後、おそらく明治時代あたりからと推測される。それまでは自然というのを意識しなくても、それらへの畏敬の念は無意識の中にあり、共生しながら育んでいった。そのことから「自然」に関して哲学的・合理的に考える必要がなかったと言える。
日本人で「自然哲学」について真っ向から論じたのは和辻哲郎である。「風土」の特徴について考察をするとともに日本における自然の「あり方」について解き明かしている。
「自然哲学」についてスポットをあてた一冊であるが、「哲学史」の色が濃かった感じが否めない。それであったら、哲学史を見たらいいのではないかと考えてしまう。今であったら新書版も発売されており手に届かないほどではない。しかし「自然哲学」を中心とした哲学史というのはこれまで読んだことがなかったためそう言った意味では一読の価値はあった。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本 (講談社現代新書) 思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本 (講談社現代新書)
郷原 信郎

講談社  2009-02-19
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よく「コンプライアンス」というのが叫ばれている。確かに法令や倫理を守ることは重要なのだが、時としてこの「遵守」というのが法令よりも広がり、幅が利かなくなる、思考が停止するのではないのかと著者は危惧している。確かに「コンプライアンス」という言葉自体がまかり通っている、悪く言うと「独り歩き」しており、なんでもかんでも「コンプライアンス」であれば企業としてもいいだろうという風潮がある。むしろこういった短絡的な現象により日本が「思考停止」に陥っているのではないかというのが著者の見解である。本書は様々なことについて思考停止になるのではないかと訴える一冊である。
第1章「食の「偽装」「隠蔽」に見る思考停止」
一昨年の1月には不二家、夏場には白い恋人や赤福、さらにはミートホープや比内地鶏、船場吉兆など数々の「食品偽装」というのが発覚した。食品偽装の多くは長年行われてきたことを隠蔽し、この年になって明るみに出たものがほとんどである。トップダウンの組織によることにより上司からの指示・命令により思考停止の組織構造がこの食品偽装を引き起こした要因の一つではないのかという声もある。著者は事実の公表や捜査の観点から思考停止なのではないかと主張している。
第2章「「強度偽装」「データ捏造」をめぐる思考停止」
4年前の秋ごろからは耐震偽装問題が大きな社会問題となりその渦中にあった建設会社社長と一級建築士が逮捕された。さらに昨年の5〜6月には鉄鋼業界での試験データ捏造も社会問題となった。法令遵守をしたと言うが、この偽装があいついているとするならば「コンプライアンス」の本当の意味、広く言っては「法」そのものの意味が問われるのではないだろうか。
第3章「市場経済の混乱を招く経済司法の思考停止」
市場経済というと3年前の1月に起こったライブドア・ショック、村上ファンド、相次ぐ敵対的M&Aとその攻防というのが話題となった。これ自体は法律の抜け穴、そしてそれに関しての規制の甘さが露呈したと言っても過言ではない。経済に関してどれだけ法律が疎かったのかというのは簡単であるが、ではこの経済司法の思考停止を食い止める方法は何なのかという所にも政治をはじめ、国民も考えなくてはならない時期に来たのだろう。
第4章「司法への市民参加をめぐる思考停止」
いよいよ来月21日に裁判員制度がスタートをする。そんな今でも課題が山積しているというのは言うまでもない。危険な考えではあるがいったんやってみて、そこから連続的に法のあり方について軌道修正をかけたほうがいいと考えるが、それ以外にも事前に食い止めるべきところもあり今国会で裁判員法の軌道修正についての論議を期待したい所であるが、裁判員法の在り方自体にもまだまだ意味が分からないところが多い、というよりも国民の我儘という感もぬぐえないというのもある。というのは数々の刑事事件により感情的になり、「あいつに死刑判決を出したい」という意見が多かったはずが、それが現実味を帯びてきたときには掌を返したかのように「裁判員になりたくない」や「裁判員制度を廃止せよ」という意見が大多数となった。裁判員制度に関しては政治が悪いという意見もあるが、むしろそれについて直前まで反対や賛成といった意見を言おうとしなかった我々国民にも罪があるのではと思う。
第5章「厚生年金記録の「改ざん」問題をめぐる思考停止」
年金記録問題は一昨年の夏ごろから出てきたものである。参院選での歴史的敗北後、安倍改造内閣が発足し、新しく舛添要一が厚生労働大臣に就任し、全力を挙げて取り組むと表明した。それ自体を発見したのは民主党の長妻昭であるが、期間までにすべて解決できたわけでもなく現在ではうやむやになっている状況である。
第6章「思考停止するマスメディア」
私は「思考停止」に陥らせた最大の要因はマスメディアではないだろうかと思う。データのねつ造や現在でも起こっている虚偽報道を是正すればするほど隠蔽体質があらわになってくる。田中眞紀子の言葉を使うと、「日本のマスメディア業界は伏魔殿」というような状態なのかもしれない。
ただマスメディアでも正直に報道している所から、その業界にいても、自らこの事件を取材し、視聴者にいい情報を与えるような正義感を持った人もたくさんいる。しかしそれがつぶされる、もしくはそう言った正義感を喪失させるような組織づくりになっているのではと疑心暗鬼してしまう。
もう一つ問われるべきなのは我々国民であろう。マスメディアの報道にあおられて感情的になり短絡的に何かと決めつけ、最後には掌を返す。マスメディアのピエロと化しておりこれこそ「思考停止の根源」ではないだろうかと考える。
第7章「「遵守」はなぜ思考停止につながるのか」
法律なり規範なり定められている。しかしただ守るだけでいいのだろうか。守るのだから信頼がわくのだが果たして何のため、誰のため、なぜなのかということを「考えた」ことがあるのだろうか。ただし「法律だから」や「規範がそうなっているのだから」というのは理由にはならない。
ただ「遵守すればいい」ということなので結局その真意や理由といったことを考えずに「コンプライアンス」というのをつくる、「思考停止」の状態で法律を守るというのだから危険極まりない。
「思考停止」をどのように脱却すべきなのかというのは答えは一つである。「5W1H」である。
「なに、だれ、いつ、どこ、なぜ、どのように」それを「考える」だけでも違う。どれくらいあるのか分からない答えを自分たちで導き出して、コンプライアンスとは何か、なぜ法を守るのかということを一人一人考える。考えることにより思考停止から脱却できる。

最後に余談であるが今日SMAPのメンバーである草磲剛が逮捕されるという事件が起こった。その時に上武大学の池田信夫教授が自身のブログにおいて「思考停止社会」を絡めてコンプライアンスの過敏性を痛烈に批判していた記事を書かれた。この事件におけるTVや新聞といったメディアの対応もまた「思考停止」に陥っている要因であろう。

人間を守る読書

人間を守る読書 (文春新書) 人間を守る読書 (文春新書)
四方田 犬彦

文藝春秋  2007-09
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タイトルからしてインパクトが強烈である。ちなみにこのタイトルは批評家ジョージ・スタイナーの「言語と沈黙」でとなえられた言葉だという。
読書というのは人それぞれであり、愉しみのために読書をする人、仕事や人生の目的のために読書をする人それぞれ違う。著者自身の読書観はこうである。
「多くの人たちが誤解していると思いますが、仕事や研究のために本を読むことは読書ではありません。私はこれを「調べる」と言っています。決して読んだとは言わない。その理由は簡単です。だって楽しくないから。仕事とは関係なく純粋に楽しみで読むのが読書の本当のあり方です。(pp.8-9より)」
著者は「愉しみ」で読書をしている。よく履歴書では「趣味:読書」と書く人も多いが、どのような本を読むのかというのが気にかかる。ただし、本当に読書が好きな人もいれば、ベストセラー本しか読まないと言う人もいるのであまりあてにならないが。
本書は読書の紹介であるが一味違った読書紹介となっている。第1章~第3章までのタイトルが「生のもの」「火を通したもの」「発酵したもの」とまるで料理を食べるかのように読書を紹介している。著者自身読書とは「料理を食べる」かの如く、日常的であり、かつそれぞれの味を吟味するかのように読書を愉しんでいるように見て取れる。
第1章「生のもの」
「生」という言葉にはいろいろ込められているのかもしれない。「生々しいもの」「生きているもの」などの解釈が可能である。しかし本章を見る限りでは確かに「生」というものが見て取れるが、はたしてどこの所に「生」を覚えるのか、著者自身はこれらの文献を通して「生」を見出すのだろうかというのだろうか。章のタイトルから本の羅列を見てとるのはなかなか難しい。
第2章「火を通したもの」
「生」であれば様々な解釈ができる。しかし今度は「火を通したもの」である。これは「炒める」「煮る」「焼く」というのがあるが、本章では補足を加えたり、ちょっと変わった解釈を入れてみたりと言ったところかもしれない。著者自身の解釈通りに紹介するのではなく、違った角度で解釈をしてみる。そうすることによって一味も二味も違ってくる。
実際に書評は一人一人違ってくる。ある人はこの角度、もう一人は別の角度から評している。同じ本でも受け方の違いというものがたくさんある。
書評の見比べの如く本章はいろいろな書評と読み比べしてみたら違いというのがわかるのかもしれない。
第3章「発酵したもの」
「発酵」というと微生物や菌を使って食品を製造することを指す。僅かな時間で発行する者もあれば、時間をかけてゆっくりと発行する者がある。特に後者は深みのある味わいになることが多い。発行というと好き嫌いはあるのだが独特の味わいで、それでいて深みが出ているという。本章では独特の表現の本、深みのある本を取り上げていると言って差し支えないだろう。
第4章「読むことのアニマのための100冊」
成毛眞氏が「読書は遊びである」と主張していたことを覚えている(成毛眞「本は10冊同時に読め!」p.72より)。著者は成毛氏に似ており、気の向くままに読書をすることを勧めている、というよりも目的をもって読書をすることを痛烈に批判している。
本章は「アニマのための」と書かれているが、これは、
「アニマの読書はたくさん読む。貪るように全世界を読み尽くそうとする。アニマの読書は、子どの時代に戻って、ひとたびに見失われた道をたどるかのようにして読むことである(p.261)」
と定義している。つまり活字中毒なほど読書好きな人のための100冊を案内している章である。100冊の中にはこれまでに取り上げたものはあるがそれもわずかしかない。なぜならば読書好きのために、一癖も二癖もある本を選んでいるのだから。
私の読書観は本書の著者と通ずるところがあるように思った。セミナーに参加しはじめてからビジネス書を読むようになったのだが、それまでは人文や社会科学といった一般書、専門書といったものを読むことが多かった。本職であるSEの本もあまり読まない。理由は簡単である。読書が好きだからである。ではこの読書に目的があるのかというと、目的はあるにはあるが、本当に言うと目的は、ない。あるという目的は「本を出すため」や「自己成長のため」といったものである。もともと書評をやるにしても、楽しい(苦しい時もあったが)から2年続けて来れた。
本書は読書案内であるが、著者の読書観と自分の読書観を照らし合わせ、自分の読書観を再確認できた一冊であった。

選ばれる人財! 愛嬌力トレーニング

選ばれる人財! 愛嬌力トレーニング 選ばれる人財! 愛嬌力トレーニング
祐川 京子

TAC出版  2009-03
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今日の最初に書評した「人に好かれてうまくいく「愛嬌力」」のトレーニング版の一冊である。本書は元となった「愛嬌力」の中から問題集形式で、解答を「松・竹・梅」のケースに分けて説明しているという1冊である。「愛嬌力」について今すぐ知りたい人、実践的に知りたい人であればここから入ったほうがいいだろう。「愛嬌力」についてもっと深く学びたい人であれば本書のほかに本日最初に書評した一冊を読むとさらに「愛嬌力」の凄さを知ることができる。
第1章「キホンの愛嬌力トレーニング」
褒められたり、叱られたり、おごられたり、ごちそうされたりしたときのケースが紹介されている。
特にセミナーで質問するときや講演会場で座る位置にも「愛嬌力」が試される。普段から愛嬌力を身につけるためにはこの基礎はきっちりと押さえておきたい所である。
第2章「朝から夜まで1日の愛嬌力トレーニング」
こちらも基礎であるが、今度は会社における1日の流れから「愛嬌力」の磨き方にフォーカスしている所である。最初の挨拶、電話応対、帰りの挨拶などがある。新入社員は会社にもよるが現在研修中であるところが多いだろう。配属されてこれからいよいよ本格的に仕事という時こそ、本章の力を身につければ一味も二味も違った社会人になれるだろう。
第3章「人間関係を築く愛嬌力」
最初に紹介した愛嬌力の第2章に「愛嬌力は人間関係の潤滑油になる」と書かれていた。人間関係を潤滑油にするためにもこの章は押さえておきたい所。本章では著者のホームグラウンドの一つである「ほめ言葉」もあれば、名刺交換からのアプローチ、講演に対する姿勢という所まで突っ込んで書かれている。
第4章「ご機嫌な職場の愛嬌力」
「愛嬌力は人間関係の潤滑油」であれば「職場の潤滑油」とも言えるのがこの愛嬌力。雑用や打ち合わせ、叱り方や非礼の詫び方についてである。
第5章「取引先・お客様への愛嬌力」
取引先やお客様の所へ営業に行くということはあまりないのだが、仕事柄客先で働くということもしばしばある。毎日のように取引先にいることなので身につけると相手にとっても好印象を持たれ、次の商談や営業が有意義になる。
相槌やメモの取り方、そしてプレゼンテーション術について伝授する所である。
第6章「宴席・イベントの愛嬌力」
宴席やイベントというのは会社内外問わずして行われる。私も社内・社外の場において宴席やパーティーと言った者には参加するのでここは押さえておきたい所。
特に「飲み会における気配り」は強くお勧めする。
宴席では大皿料理が多く、自分たちで料理を取り、そして大皿を消化していくのが理想であるが、会話などでそうはいかないのが現実である。そう言った会場は店にとって離れているとはいえど、やはりここは料理と会話を両立さるように、気の利いたことを行う。会話により相手を喜ばせ、気遣いによって相手のみならず店員にも喜ばせる。真の意味で「win-win」を築かせるのがこの「愛嬌力」なのかもしれないと思ったところである。
第7章「メール・はがきの愛嬌力」
メール一つでも「愛嬌力」があるかどうかというので違ってくるという。特に「CC」についてが印象的であった。確かにその他大勢という印象が強い「CC」や「BCC」のメール。返信をすると相手にとってもうれしいという。CCやBCCはと言ったものはたくさん送られてくるがそのたびに返信をすることによって相手への礼儀にもなり、何より印象づけられるという。
本書は前書「人に好かれてうまくいく「愛嬌力」」をより実践的にするために「Q&「松」「竹」「梅」A方式」にてケースごとに紹介している。新書サイズなので荷物になることもないので持ち運びも楽である。愛嬌力を鍛えるためには鞄と共に本書を携帯し、時間の合間に復習・実践することで力は磨かれていく。

人に好かれてうまくいく「愛嬌力」 はずむ人間関係をつくる仕事のしかた

人に好かれてうまくいく「愛嬌力」 はずむ人間関係をつくる仕事のしかた 人に好かれてうまくいく「愛嬌力」 はずむ人間関係をつくる仕事のしかた
本間 正人 祐川 京子

大和書房  2008-04-17
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「男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経」という故事成語がある。しかし今の社会では「男は愛嬌、女は度胸」というようなあべこべの感じがしてならない。私もそうだが男はもっと強くなれ…と言いたいところだが、昨今の社会状況を見る限りではどうやらこの「愛嬌」や「ユーモア」と言った人間的な要素が欠落しつつあるのではないかと危惧してしまう。インターネットの普及により人間間での生きたコミュニケーションというのが疎遠になってしまったというのが一つの要因かもしれない。逆に言うと「愛嬌力」をつけるとビジネスの場においても、人生においても有益なものになるチャンスなのかもしれない。
プロローグ「愛嬌力のある人が、運と縁を引き寄せる――「あの人」が可愛がられるのにはワケがある」
第1章「愛嬌力に必要な三つの要素――弾む人間関係をつくる「ゴムまり」の法則」
まず最初にあるのが「「可愛がられ度」診断」である。ここではチェック形式で全20問の質問を答えるというものだが、私の場合、全部で12個。ギリギリ普通と言ったところである。とはいえ「とっつきにくい人」と言われる可能性が大きいので、「愛嬌力」が重要だということを痛感する。
さて第1章では、愛嬌力に必要な要素を取り上げるにあたり「ゴムまり」を喩に出している。「適度に空気が入っていて、弾んで、それでいて丈夫」というのが3つの原則であるが、カドの立たない人、会話の弾む人、ちょっとしたことでもへこたれない人という風に言える。
「ゴムまり人間」が愛嬌力の要素をもっている、ということ。
第2章「あなたが愛嬌力を身につけるためのヒント」
今度は愛嬌力のメカニズムについてである。相手を肯定し、明るくいることによって愛嬌が生まれる。しかし「愛嬌≠媚び」であること。というのは断り方にも愛嬌があるということがある。一方の「媚び」は何が何でも「Yes」で片付けてしまう「イエスマン」、さらに言うと気の合う相手の意見ばかりそうだそうだを言う人を指す。しかし「愛嬌力」は断り方、反論の仕方にも通用する。相手を立たせながらも自分の意見を言うことができる、それでいて相手との衝突が限りなく0に近づく。
その愛嬌力を身につけさせるためには相手にカドを立たせるような言葉、ネガティブな言葉はタブーで、相手をポジティブにさせることが鉄則とされている。
第3章「人の心をひきつける「見方、考え方」――素直な人こそ、チャンスをつかむ」
「素直」
文字に起こせば簡単なのだが、これが実にやっている人が少ない。例えばほめ言葉を受けてどう返すにも自分を謙遜するような言葉を使う、もしくは否定するような言葉を使うということが多々ある。「日本人が「謙遜」を美としている文化」と直結しているのかもしれない。
しかし、褒められたら素直に喜ぶことが、相手にとっても自分にとってもいいのだという。確かに相手に気を使っていては、相手もいい気はせず、お互いにストレスをためることになる。ストレスをなるべく減らすのであれば素直になることがいい。
第4章「相手の関心を引きとめる「聴き方、話し方」――ちょっとした一言で印象ががらりと変わる」
「聴く」にしても「訊く」にしても「相手を知る」姿勢が必要だという。相手に声をかける時、返答の仕方など愛嬌を見せるためにどうすればいいのかということについて書かれている。
第5章「人に可愛がられる「人間関係の磨き方」――場の空気が読める人、読めない人」
相手への歩み寄りと謙虚な姿勢というのが大事であることを説いた章である。そのことによって本章では「ラポール」を築くという。「ラポール」とは、
「フランス語で、「互いに親しい感情が通い合う状態」のことをいい、複数の人々の間で構築される共通理解と信頼感を意味する心理学用語です。(p.154より)」
という。歩み寄りと謙虚な姿勢が自然に人の輪ができる。姿勢のみならず、お礼や「おかげさま」などの言葉においても使うことができる。
「礼はいくら尽くしても、尽くしすぎることはない」
というのがひしひしと伝わる所である。
第6章「愛嬌力をアップさせる「自分の磨き方」――「あの人いい感じ」と思われる人の共通点」
「しゃれっ気」を持ったり、積極的に決断をし、長所を伸ばすことで愛嬌力を伸ばすことができる。最初に書いてあったが「「愛嬌力」で欠点を相殺する」というのが具体的に示されているところとも言える。
「愛嬌」というと女性が似合う言葉ともとらえられるが、男性においてもこの「愛嬌」というのが必要である。「ムードメーカー」という存在が稀有とされる、もしくは不況で会社内の士気がなくなる中「愛嬌」を磨いたもの勝ちと捉える事もできる。
この時にこそ、「愛嬌力」。それに尽きるだろう。

今日からできる 上手な話し方

今日からできる 上手な話し方 今日からできる 上手な話し方
臼井 由妃

中経出版  2008-12-25
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「コミュニケーション力」を鍛える本というのはどこの書店に行ってもあり、しかもその種類は山ほどある。「コミュニケーション」と言っても話し方や聞き方、訊き方などが一括りとなっているためどのように鍛えればいいのか分からない人も多いことだろう。本書は「話し方」について書かれている一冊だが、私の中では「「話し方」本の白眉」と言える一冊である。著者自身が吃音症で人前で話すのが苦手だった時代が長く続き、17年という長い年月をかけて築き上げてきた力である。それを余すところなく書かれているのでコミュニケーションが苦手な人から、新入社員に至るまでお勧めの一冊と言える。
第1章「「話し上手」でなくてもいい」
まず本書は「話し上手」になるためではなく、「伝え上手」になるための一冊である。「話す」というのは言葉をごたく並べが上手であること、言葉を巧みに操り気持ちがなくても上手に話せることをいう。それに対して「伝える」は言葉を使って「気持ち」を相手に渡すことで、それが人を動かし、信用をつけ、収入に直結するのだという。
第2章「最高の第一印象を与えるには」
ここでは挨拶と自己紹介についてだが、自己紹介の所に重きを置いている。自己紹介をするにもTPOとユーモアで人を引き付けさせる。自分の名前を強調したリ、「3つのあい」で伝える力をつくるという。つかみという所でどのように印象を与えるかというのが肝心である。
第3章「「話し上手」になるためには、まず「聞き上手」」
人の話を聞くというのは当たり前なことであるのだが、これがなかなか意識する人が少ないというのが現状である。本章は「聞き上手」とあるが質問と聞き方から「聴き上手」と「訊き上手」とに分けることができる。「聞き上手」の中で特に印象的だったのがこの文章である。
「知っていることでも、人に聞けばもっと他の面を知ることができるでしょう?(p.97より)」
知ったかぶりにならず、知っていることでもあえてその話を聞くべきである。私自身欠けていた所である。
第4章「「結論5秒! 1発言1分」で早く正確に伝える」
発言は短すぎても自分の意見をあまり伝えることができず、長すぎるとかえって聞く方も疲れるか飽きられてしまう。プレゼンテーションにしても、説明にしても簡潔に、そして人を動かすために物語や数字を交えるとぐっと「伝わる」という。
第5章「「沈黙2秒」で人を動かす」
ここでは交渉やセールストークにまつわる「伝え方」についてである。著者が参考にしているのが討論番組であることに驚いたものの、確かにコメンテーターのまとめ方はすごいと思う。私もあまりTVは見ない人である。東京に住む前は討論番組はよく見ていた。丁々発止の中でどのようにして自分の意見を言うのか、そして対論とのやり取りの仕方、主張と言ったものの宝庫だったというのを覚えている。ほかにも間の置き方、感謝の気持ちなどが書かれている。
第6章「1人に伝われば、1000人に伝わる」
吃音症であった著者が年間100回以上の講演をこなしている。その講演の中で経験した話し方すべてがここに詰まっている。
第7章「「伝え上手」になれば、人生が好転しだす」
第1章でのべた「気持ちのキャッチボール」をより詳しくしたものが本章で書かれている。「話す」ではない「伝える」話し方。相手の気持ちになってどのように話していくのかということと、相手自身を思う会話をすること、そしてコミュニケーションは他の例外もなく「失敗を恐れずひたすら数をこなす」ことが「伝え上手」になる大きな一歩であるという。
セールストークや社会の場ではコミュニケーションというのは避けて通れない。それはどの業界にいても同じことである。しかもコミュニケーション力というのは正しい方法というのはなく、一生をかけて磨かなければならない「永遠の課題」である。
本書はコミュニケーションの根幹である「伝える」ことの重要性を説いた一冊であるところ、著者自身が昔、吃音症により話すことが大の苦手なところから克服したところを考えると最初に言ったように「「話し方」本の白眉」と言える一冊である。新入社員はもちろんのこと、今までコミュニケーションが苦手だった人は必読の一冊である。

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本来であれば書評だけで終わるべきなのだが、本書のストーリーはこれだけでは終わらない。
本書をもとに「ありがとうの気持ちを伝えたい」思いを届けに今年は2月に第1回が行われました。私も参加いたしました
そしてそのプロジェクトの第2回が開催されます。内容は以下の通りです。

開催日:2009年5月24日(日曜日)
会 場:品川区大井町 きゅりあん小ホール
開 場:13:20~17:20(開場13:00)
参加定員:280名  チケット2000円
主催:有限会社ドクターユキオフィス 臼井由妃
後援:NPO法人読書普及協会  臼井由妃会
司会:新間竹彦氏
特別ゲスト講演 
岩崎剛史氏 清水克衛氏 吉田浩氏
スペシャルプレゼント 音楽で思いを伝えよう~
Yanagiman & Missing Link



イベント詳細とお申し込み方法は、こちらからご覧ください。
「Books for CHILDREN 本の軌跡」

私も参加いたします!

大きなゴミ箱を買いなさい―幸運とチャンスを呼び込む「捨てる」法則

大きなゴミ箱を買いなさい―幸運とチャンスを呼び込む「捨てる」法則 大きなゴミ箱を買いなさい―幸運とチャンスを呼び込む「捨てる」法則
臼井 由妃

ダイヤモンド社  2009-04-10
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「捨てる技術」というのがあるほど、捨て方にも方法がある。
私自身ものをとっておくタイプであるので「捨て方」というのは学ぶ必要がある。
本書はモノに限らず様々な捨てるものを取り上げている。捨てるものがたくさんあるので本書のタイトルは「大きなごみ箱を買いなさい」となっている。
第1章「捨てれば「幸運体質」に変わります」
幸運やモノは循環する。まるで血液が循環しているかのように。いらないものはさっさと捨てることによって新しいものに切り替えることが大事であるが、捨てるのに躊躇する人、捨てても未練たらたらの人が必ずいる。いらないもの、後ろめたいものはすべて捨てる。例えば嫌なことや後ろめたいことがあったら紙に殴り書きして破って捨てるという手もある。しかし愛着のあったものは「ありがとう」を言って捨てる。これだけでも未練がましくはならない。私自身も引っ越しなどごみを大量に捨てる時にどれだけ「ありがとう」といってゴミ袋に送り出した事やら。
第2章「「成功」を引き寄せる捨て方」
前章では「捨てる重要性」というのが主であったが、ここからは具体的な「捨て方」である。「「捨てる!」技術」という本があるように、捨てるにも技術がいるという。自分の成功体験などの「過去の遺産」を捨てる、「プライド」を捨てる、「一生懸命」を捨てる(私自身一番の課題)、「がんばること」を捨てる(ある方の著書と似ているような)、「情報」を捨てるなど…、挙げていくだけでも枚挙に暇がない。「捨てる」と言っても様々なものがあるということには驚かされる。
第3章「「豊かさ」を引き寄せる捨て方」
「お金は「使ってくれる人」を選ぶ」という。同時期に発売された一冊を言っているのだろうかと考えてしまった。「金は天下の回りもの」「金はさびしがり屋」と言うが、「金は大事に使ってくれる人」を求めているという。お金はさびしがり屋で、繊細な性格をしているという、まるでか弱い女の子のように。
そして「ダラダラ時間を捨てる」は著者のもっとも言いたかったところであろう。「時は命なり」「時間価値」と言うが如く、時間の大切さというのを知っているからでこそこう言える。お金はいくらでも手に入るが、時間は誰でも24時間もっている。それをどのように生かすかで人生にしても大きく変わってくる。
第4章「運を引き寄せる「外見」のつくり方」
外見づくり。ダイエットなどによって自分自身を健康に保つことだという。
ゲンの良い服、自分の運気が上がる服を着ること、そして薄着を着ることによって自分に運を引き寄せ、自信を持たせるという。
第5章「運がいい人は知っている「人付き合い」のコツ」
「人」を捨てるというのが捨てるものの中で最も困難なものだという。簡単にいえば「縁を切る」。どのようにして円を切るのかというのが非常にシビアになる。そう言った時こそ「断り方」というのを身につけることが何よりも大切というように思えた。
最後に本書を読んでいる時ある言葉が頭をよぎった。
人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。
ぼくは逆に、積み減らすべきだと思う。
財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、
かえって人間は自在さを失ってしまう。
『自分の中に毒を持て』岡本太郎)」
「芸術は爆発だ」で有名な岡本太郎の言葉である。解釈は違えど蓄えや積み重ねによって自分で自分の首を絞めるという結果になりかねない。そのことによってせっかく得られるチャンスをみすみす逃してしまう。
「捨てる」のは確かに薄情なのかもしれない。しかしその思いっきりが後に大きな幸運を連れてくるということになる。
前にも言ったとおり、幸運やモノは循環する。自分でそれに歯止めをかけないようにしようと思った一冊であった。

伝わる化

伝わる化 伝わる化
大塚 寿 姥谷 芳昭

PHP研究所  2008-07-23
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会社内でのコミュニケーションが減っているという。確かにそれもあるのかもしれない。コミュニケーションにしろ、様々な場で「伝える」ことがあってもそれが「伝わる」ことが少なくなっているという。「沈黙は金」という故事成語があるのだがむしろこの通りに言っていないのが企業の実情であろう。「不況だから」など言っていられない。「活気や熱意なくして成長なし」というような某元首相の受け売りではないのだが、そう言った気概と方法がなくては、企業は元気にならない。
本書は「コミュニケーション」の重要性や「伝わる」「伝える」ことをどのようにして行っていけばいいのかという道筋を照らしてくれる。
Ⅰ.「声のないオフィスで増えるウツ病」
「21世紀は「心」の世紀」というのもあるが、売上やコストダウンに目が行きすぎて社員への満足の向上がなされていないという企業もあるだろう。不況のあおりで確かに売り上げが下落し、コストダウンが急務になっているのはあるが、それと同時に社員同士の人間関係に溝ができるようにもなった。それが「ブラック企業」と言われたり、「労災」の要因にもなったりする。人間関係が疎遠になった原因は何なのか、一つに限るとちょっと無理があるが、掛け合いがなくなっている、もしくはどのような時間でも会話を交わす、雑談をするというのが少なくなっている、もしくはそれを嫌がったり規制したりするところもあるのだろう。
「日本人だから」というのも理由の一つなのかもしれない。日本は多様な語彙のある日本語があるのだが、むしろ視覚文化、もしくは「「型」の文化(p.96より)」を重視してきた要因もあるのかもしれない。ただ日本人の特性については私も分からないところが多いのでここまでにしておく。
Ⅱ.「なぜ「伝わらない」のか」
前も言ったとおり、日本は「視覚」を中心においた文化で形成されてきた。なぜなのかというのはまだまだ検証をする必要がある、歴史、文化、民俗学の観点から検証しないといけないので、「仮説」は出せるにしても、短絡的に「結論」を出すことができないからである。ただ言葉で「伝わる」というよりも言葉を使わずして「伝える」というのが生きているから、「話す」というのが重要視されなかったのかもしれない。
Ⅲ.「「伝わる化」を成功させる知恵」
「営業」「他部門との調整」「上司―部下」の3つのケースに分けて「伝わる化」を伝授する所である。私はSEで営業に行くことはほとんどないので後の2つ、特に「上司―部下編」が肝心であるとおもう。特に新入社員の方々にとっては最も重要視するところであろう。営業職であればそれに加えて「営業編」をマスターするといいかもしれない。
Ⅳ.「ニッポン・カンパニー復活のカギは「伝わる化」にあり」
「上司―部下編」で取り上げなかったが、おそらくコミュニケーションの疎遠化を担っている要因は「ジェネレーション・ギャップ」があるのかもしれない。ほかにもインターネット普及により現実の場でコミュニケーションをする必要がなくなったというのも要因の一つである。
コミュニケーションの海にそれほど泳いでいなかった若者だけに、先輩や上司がどのようにして導き出すのかというのも課題の一つと言える。
そして日本は「地域」や「コミュニティ」によって形成されてきた歴史があるように「カイシャ村」復活構想を著者は主張している。世界に通用し、かつ「日本人」にしかできないことだからでこそこの構想に賛同したい。
Ⅴ.「コミュニケーションを制する者はビジネスを制す」
「リフレッシュルーム」や「社内運動会」など、フラットな場を提供し、そこでコミュニケーションを輪を広めるというのも活気を持たせるための一つの手段である。仕事でコミュニケーションを行い、そこで結果を収めることが会社人としての使命であるが、緩急という概念なしにずっと仕事ばかりというのは酷のように思える。こういった不況だからでこそ活気が必要、活気をどう作るのかというとコミュニケーション、それを育む場として上の2つと言った「場」が必要なのではないだろうか。
「コミュニケーションを征する者はビジネスを征す」
と本書のサブタイトルに書かれている。活気ある職場を目指すためには活気づける場と機会を設けることが経営者としての使命ではなかろうか。

「仕組み」祭り 感想

昨日はシンクロニスト、中山マコトさんが主催する「仕組みまつり」に参加いたしました。

講師の面々もさることながら会場の熱気と多さ…に圧倒。

さて、いつものように講師ごとに内容はそれほど触れませんが感想程度にまとめておきました。

1.中山マコト

いつもは「シンクロニスト」という肩書なのですが、今回は「仕組みづくり」ということなので

「シクミニスト」

として公演をなさるということで…。

中山さんの独擅場であるキャッチフレーズなど、言葉にまつわる「仕組み」についてでした。

キャッチフレーズによる「仕組み」づくりは一見楽しそうに思えますが…、中山さんの著書を読んで勉強して実践するのみですね。

2.荒濱 一&高橋 学

…司会からか「仕組みブラザーズ」など、「マンザイコンビ」など言われていたようですが、

仕組みセミナー」に踏襲する内容以外というと…、ここでは話せない「仕組み」についてでした。

しかし、「Just do it!」という名の如く諦めずに行動をするというのが重要だということを教わりました。

3.午堂登紀雄

先の「仕組みセミナー」とかぶる内容が多かったため内容については割愛。前回のセミナーに関して実践された方もいたようです。

4.三浦辰也

「塩竈のスイーツ王子」という異名を持つ三浦さんの講演です。

塩竈だからでこそ作れるスイーツを販売している三浦さん。「地域活性化主義」や出店やメディア戦略など細かい所から、

スイーツのユニークさまで事細かでありながら面白く、思わずスイーツを食べたいと言いだしそうな内容でした。

ブレイクタイムとして、司会の一人である秋竹朋子さんが発声、そして呼吸の仕方の身に講演を行われました。呼吸+発声でずっと聞いていたばかりであったのでリラックスできました。

5.俣野成敏

こちらは時計でもって「仕組み」をつくった方です。

特に「採用活動」のこだわりについて、共感と驚嘆とがありました。

6.田中正博

「見た目もスゴイが、中身もスゴイ」というつかみからです。

本人も鏡で自分を見たら驚いたというそうです。

7.平野友朗

平野さんとは昨年から何度かお会いしたのですが、実際にセミナーを受けたのは初めてでした。

メルマガにまつわる「仕組み」という内容でした。

「メルマガ」についてはやろうと考えてなかった私ですが、もし自分がメルマガをつくるとしたら…、

タイトル…「蔵前トラックめもりある」

内容…「今までの書評再掲」「思い出のF1レース」

というのが変に自分の頭でできてしまいました(それを実行するのかどうかは別として)。

8.臼井由妃

「仕組み」というよりも「ビジネスマン」としての心構え、仕組みづくりの基礎という構成でした。

キーワードも強調されており、やさしく、時には厳しくという緩急織り交ぜた話し方は「上手な話し方」で得た力がいかにすごいかというのが窺えました。

全部で4時間、休憩時間もわずかしかないというハードなものでしたが、それは時間的なもので実際にはその間に「どう仕組みづくりしていこう」ということをずっと構想を練りながら、講演を聴いていたので、4時間というのを感じさせない、充実したセミナーでした。

懇親会では読書、ブログ、「仕組み」とまさにアツい懇親会でした。

今回セミナーを主催・講演してくださった中山さん、荒濱さん、高橋さん、午堂さん、三浦さん、俣野さん、田中さん、平野さん、臼井さん、そして今回名刺交換した方々、本当にありがとうございました!!

F1 中国GP レッドブル初優勝を1‐2フィニッシュで飾る!!

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 S・ヴェッテル レッドブル 1:57:43.485
2 M・ウェーバー レッドブル + 10.970
3 J・バトン ブラウンGP + 44.975
4 R・バリチェロ ブラウンGP + 1:03.704
5 H・コヴァライネン マクラーレン + 1:05.102
6 L・ハミルトン マクラーレン + 1:11.866
7 T・グロック トヨタ + 1:14.476
8 S・ブエミ トロロッソ + 1:16.439
9 F・アロンソ ルノー + 1:24.309
10 K・ライコネン フェラーリ + 1:31.750
11 S・ボーデ トロロッソ + 1:34.156
12 N・ハイドフェルド BMW + 1:35.834
13 R・クビサ BMW + 1:46.853
14 G・フィジケラ フォースインディア + 1 laps
15 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 1 laps
16 N・ピケ・ジュニア ルノー + 2 laps
Did not finish
17 A・スーティル フォースインディア + 6 laps
18 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 13 laps
19 F・マッサ フェラーリ + 36 laps
20 J・トゥルーリ トヨタ + 37 laps

結果からいえばレッドブルの1‐2で、ヴェッテルがポール・トゥ・ウィンで通算2勝目、ウェーバーが自己最高位の2位でフィニッシュしました、と言えば済むのですが、

全部を語ると本当に語りつくせないほど荒れたレースとなりました。今年は3戦とも荒れたレース展開。この先何が起こるか分からない。そう見えます。

予選もさることながらレッドブルは別次元の早さを見せつけました。前の2戦はブラウンGPでしたが今回はレッドブルが独擅場でした。

ブラウンGPも食い下がり、3‐4フィニッシュで、トップとの差を広げました。

そしてその後ろにはマクラーレン2台。ハミルトンもコバライネンも先の2戦では散々な思いでしたが、ようやく軌道に乗り始めたと言ったところです。

トヨタはトゥルーリは散々な結果に終わったのですが、ピットスタートだったグロックは7位入賞だったのが唯一の救いでした。この悔しさを次戦につなげ、初優勝に向かって頑張れというしかないですね。

中嶋はギアボックストラブルでリタイア。残念です。

もっと気がかりなのがフェラーリ。3戦連続ノーポイントは1981年以来28年ぶり。低迷期だった80年後半~90年代前半でもポイントとれていたということを考えると、15年ぶりの未勝利というのが現実味を帯びてきそうでなりません。

次戦は1週間後、バーレーン・サクヒール!!

F1 中国GP レッドブルのチーム初PPをヴェッテルがもたらした!! そして優勝予想

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 S・ヴェッテル レッドブル 1:36.184
2 F・アロンソ ルノー 1:36.381
3 M・ウェーバー レッドブル 1:36.466
4 R・バリチェロ ブラウンGP 1:36.493
5 J・バトン ブラウンGP 1:36.532
6 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.835
7 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:37.397
8 K・ライコネン フェラーリ 1:38.089
9 L・ハミルトン マクラーレン 1:38.595
10 S・ブエミ トロロッソ 1:39.321
11 N・ハイドフェルド BMW 1:35.975
12 H・コヴァライネン マクラーレン 1:36.032
13 F・マッサ フェラーリ 1:36.033
14 T・グロック トヨタ 1:36.066
15 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.193
16 S・ボーデ トロロッソ 1:36.906
17 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:36.908
18 R・クビサ BMW 1:36.966
19 A・スーティル フォースインディア 1:36.669
20 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.672

ヴェッテルが昨年イタリアGP以来のPPとなりました。しかしQ2ではギリギリまでは知らなかったのでどうなったのかと思ったのですが、きっちりと仕事をしたという感じでした。Q2・Q3でトップタイムを記録しました。チームメイトのウェーバーと共に脅威となるでしょう。

アロンソがその間に入りましたが、決勝ではどのような戦略を立てるのか楽しみと言ったところです。

トヨタ勢は8位にトゥルーリ、12位にグロックとちょっと雲隠れの様相を見せてしまった結果になりました。決勝ではどう巻き返してくるのか…と言ったところです。ただグロックはギアボックス交換で5グリッド降格で17番手からスタートで、かなり不利な所からどう上がっていくのかというところも注目です。

さて、優勝予想と行きましょう。

本命:ヴェッテル

対抗:アロンソ

要注意:バトン、ウェーバー

こんな感じです。

F1 中国GP フリー走行3回目 結果

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:36.133 17
2 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.272 22
3 L・ハミルトン マクラーレン 1:36.330 17
4 J・バトン ブラウンGP 1:36.463 16
5 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:36.464 16
6 F・マッサ フェラーリ 1:36.528 18
7 H・コヴァライネン マクラーレン 1:36.547 13
8 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.560 17
9 K・ライコネン フェラーリ 1:36.588 17
10 R・バリチェロ ブラウンGP 1:36.642 17
11 N・ハイドフェルド BMW 1:36.702 14
12 R・クビサ BMW 1:36.742 14
13 S・ブエミ トロロッソ 1:36.742 16
14 S・ボーデ トロロッソ 1:36.834 17
15 M・ウェーバー レッドブル 1:37.330 8
16 S・ヴェッテル レッドブル 1:37.349 7
17 A・スーティル フォースインディア 1:37.534 17
18 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.732 18
19 F・アロンソ ルノー 1:38.003 6
20 T・グロック トヨタ 1:39.110 6

フリー走行では相変わらず、ロズベルグが強いといったところです。

11位~18位までチームごとという感じがしてならないのですが。

ヴェッテルとアロンソ、レッドブルの2台が集会を重ねていませんでしたが、そのうちグロックとヴェッテルはトラブルによるものだそうです。アロンソとウェーバーはわかっていないため何か秘策があるのではと疑るところですが、

ともあれ予選はどうなるのでしょうか。

F1 中国GP フリー走行1・2回目結果 そしてPP予想

昨日でディフューザー問題がとりあえず決着がついたということなので、かたのにが一つ降りたところで第3戦、中国GPが開催となりました。さてフリー走行の結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

1回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 L・ハミルトン マクラーレン 1:37.334 22
2 J・バトン ブラウンGP 1:37.450 18
3 R・バリチェロ ブラウンGP 1:37.566 19
4 H・コヴァライネン マクラーレン 1:37.672 23
5 M・ウェーバー レッドブル 1:37.752 20
6 J・トゥルーリ トヨタ 1:37.764 19
7 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:37.860 24
8 T・グロック トヨタ 1:37.894 21
9 F・アロンソ ルノー 1:38.089 19
10 S・ボーデ トロロッソ 1:38.195 24
11 K・ライコネン フェラーリ 1:38.223 23
12 S・ヴェッテル レッドブル 1:38.274 20
13 S・ブエミ トロロッソ 1:38.307 26
14 A・スーティル フォースインディア 1:38.319 18
15 F・マッサ フェラーリ 1:38.418 20
16 N・ハイドフェルド BMW 1:38.456 21
17 G・フィジケラ フォースインディア 1:38.460 19
18 R・クビサ BMW 1:38.463 18
19 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:38.730 25
20 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:38.825 20

2回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 J・バトン ブラウンGP 1:35.679 35
2 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:35.704 36
3 R・バリチェロ ブラウンGP 1:35.881 35
4 M・ウェーバー レッドブル 1:36.105 32
5 S・ヴェッテル レッドブル 1:36.167 22
6 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.217 42
7 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.377 32
8 T・グロック トヨタ 1:36.548 40
9 H・コヴァライネン マクラーレン 1:36.674 34
10 S・ボーデ トロロッソ 1:36.800 34
11 A・スーティル フォースインディア 1:36.829 30
12 F・マッサ フェラーリ 1:36.847 34
13 L・ハミルトン マクラーレン 1:36.941 28
14 K・ライコネン フェラーリ 1:37.054 33
15 S・ブエミ トロロッソ 1:37.219 34
16 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:37.273 36
17 R・クビサ BMW 1:37.491 34
18 N・ハイドフェルド BMW 1:37.544 28
19 F・アロンソ ルノー 1:37.638 28
20 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.750 31

1回目は王者の意地というのでしょうかハミルトンがトップタイムですが、マクラーレンの間に2台のブラウンGP。ハミルトンにトップタイムは譲ってもきちっと仕事をしています。

2回目はブラウンGPのバトンがトップタイムという結果となりました。

フェラーリ、BMW勢が完全に苦戦の様相を見せているのに対し、マクラーレン、ブラウンGP、レッドブル、トヨタの調子は良好に見えます。

それを踏まえた上でPP予想といきましょう。

本命:バトン

対抗:ハミルトン

要注意:ロズベルグ、ヴェッテル

バトンがここ2戦PPとっているので無難に取るように思えますが、今週末の上海は雨。雨というと荒れたレース展開になる様相を見せる。それに強いのがハミルトンだとしたら彼がPPになる可能性大といえます。

要注意勢もどうなるかわかりません。一発の早いロズベルグとヴェッテルですからPPもさることながらフロントローを抑える可能性もあります。

コースの得意不得意よりも天候次第という感じになりそうです。

0円販促を成功させる5つの法則

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米満 和彦

同文館出版  2009-03-05
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著者の米満様より献本御礼。
「100年に1度の不況」と呼ばれる時代。この不況を恐れてか人件費や広告費などの経費を大幅に削減する企業が目立っている。しかしコストカットというのは今に始まったことではなく「戦後最長の好景気(もしくは「実感無き好景気」)」と呼ばれた時代でも利益を最大限にするためにコストカットをしている。もはや「コストカット」というのは常套句の様相である。
広告費、もしくは販売促進費というのがカットされる中、耳を疑うような販促戦略で成功を収めているというのがある。
それが本書の「0円販促」である。ある意味反則のような販促方法かもしれないがそこには「情熱」があり、何よりも面白い「アイデア」が盛り込まれている。そう、この2つの相乗効果によりより面白い販促になることができるのだから、
「反則的な値段(0円)でできる面白い販促」
と言える。さてそのメカニズムを紐解いていく。
法則1「素人でもできるインターネット販促で商売繁盛」
昔は、口コミくらいでしかできなかったが、パソコンの普及によりメーリングリストやホームページなどを利用して「0円」に抑えることができる。本章はこの中からメールによる販促方法を紹介している。
顧客のメールアドレスが最も重要な販促ツールとなり、そしてリピーターがリピーターを生むという仕組みを作る。地道ではありながらも、草の根の如く集客を増やし、売上をつかめるからでこそパソコンはなくてはならないものになったのは言うまでもない。
法則2「集客が半永久的に継続するツールで商売繁盛」
「半永久的に継続するツール」
これについてピンときた方はいるだろうか。「口コミ」も、さきにのべた「メール」も一過性のものなので「半永久的」とは言えない。では「半永久的」に継続して効果のある販促ツールは何なのかというと、
「看板」
である。看板は0円では当然つくれない(学園祭のようなものであったらつくれなくもないが)。しかし一度つくってしまえば半永久的に集客を呼び込むことができると考えると、「限りなく0円に近づくことができる」販促ツールであることには間違いない。
法則3「店の「個性」を打ち出すだけで商売繁盛」
その店にしかない「個性」を持ち、それを生かすこと。「〜と言えば○○」というような文句があればそれだけで販促道具となるという。これをコンセプトという。
当ブログだったらこういうコンセプトだろうか
「書評とF1、両方見ることができると言えば蔵前トラックⅡ」
最近では「ある意味」定着しつつある。書評は2年、F1関連のものは2年半やっているので、それもいいかなと思ったりして。
その他にもテーマカラーなど個性を打ち出す方法がここで書かれている。
法則4「考えて!考えて!考えて! 商売繁盛」
最初に「アイデア」と言ったが、本章ではこの「アイデア」をどのようにして生み出し、取り込むのかについて書かれている。そのアイデアを生ませる要因は、
「毎日1時間考えること」
だという。
法則5「「人」、「情熱」を付加した最強クチコミで商売繁盛」
「0円販促」の常套句である「口コミ」。インターネットが普及しても口コミというのはなくならない。ここでは「口コミ」の方法についてケースを交えながら書かれている。
「終章」
成功にはいくつもの「物語」がある。ここではその販促に関して感動物語「太郎の涙」が掲載されている。物語というとフィクションの要素が多いように思えるが、この作品は著者自身の実話で、唯一違うのが配役と言ったところである。これまでの著者の営業活動が血のにじむほどの苦労ばかりであったということ。そしてこの「0円販促」はコツコツと積み上げていった結晶であること、「0円」でできるのだから楽なのかと思わない。0円でできるからでこそその中で数々のアイデアや努力、情熱をつぎ込んでこそ成り立つ。
本章ではそう言ったことを教えてくれる。
アイデアと情熱、そして積み重ねがあってこそこの「0円販促」が成り立つという。ほとんどが販促に関する具体論なので誰でも簡単にできるというのを植えつけさせておいて、最後にガラリと著者のエピソードも交えてリスクも書かれている。バランスが取れていながら、これからどのように販促を進めていこうかという気にさせる1冊である。

ディフューザー問題、合法性を認める。

FIA ディフューザーの合法性を認める

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2009/04/15/210278/

FIAは、ブラウン、トヨタ、ウィリアムズが使用しているディフューザーを合法と判断し、今シーズンのチャンピオンシップで使用することを認めた。この決定は、フェラーリ、ルノー、レッドブル、BMWの抗議を受けて火曜日にパリで行われた公聴会の後で出されたものだ。
問題のディフューザーについてはすでにFIAのスチュワードが4回に渡って合法と認めていたが、予想通りの結果が水曜日の午前に発表された。ダブルディフューザーがレギュレーションの範囲内と認められたことにより、他の7チームも早急に同様のディフューザーの開発に取りかかることが予想されている。また、今回の発表によりオーストラリアGPとマレーシアGPの結果は正式なものと認められた(上記リンクより)。

オーストラリアGPからくすぶっていたこのディフューザー問題が決着しました。

結局「合法」を認められたようです。

ブラウンGPやトヨタ、ウィリアムズはほとんどトップとは追いつけないほどのタイムでしたから違法性があると考えられていたと思います。

合法と認められたためさっそく他の7チームも取りかかる模様です。7チームすべてがこのディフューザーを装着したら…、タイトル争いに影響が出るのかというのが気になります。

天誅と新選組―幕末バトル・ロワイヤル

天誅と新選組―幕末バトル・ロワイヤル (新潮新書) 天誅と新選組―幕末バトル・ロワイヤル (新潮新書)
野口 武彦

新潮社  2009-01
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幕末は激動の時代だったと言われている。かたや倒幕のために動き出す志士達、かたや天皇を担ぎ出そうとする人達、かたや幕府、もとい保身のために志士達を根絶やしにする者もいた。その時代は本書のタイトルとなっている「バトル・ロワイヤル」に相応しいと言っていい。
本書はそんな幕末の中でも「文久」の3年間で起こった事柄を紹介している。
第一部「文久天誅録」
1603年に江戸幕府ができ、1616年から鎖国が始まった。大きく離れて1853年にペリーが浦賀沖に黒船4隻を率いて開国を要求したことから激動の時代が始まった。とりわけ1858年に日米修好通商条約締結前後には尊王攘夷派の過激な運動が起こり、それを幕府が大々的に鎮圧をするという構図であった。とりわけ「安政の大獄」がその最たるもので吉田松陰らが刑場の露と消えた。それを行った大老・井伊直弼への批判がさらに高まり「桜田門外の変」で暗殺された。尊王攘夷のほかにも「外国の輩に刀の味を味あわせてやろう」とする志士も出てき始めそれが、「生麦事件」に発展し、「薩英戦争」にまで及んだ。この戦争によって薩長同盟は大きな武器を手にし、ついに倒幕したといういきさつである。
ここで気になったのは「幕末の外国語ブーム」である。鎖国状態であった当時の日本人には珍しかったようであり、英語通訳できたのは日本ではジョン万次郎(中浜万次郎)ともう一人の2人だけであった。その英語を学ぶ場、通訳を育成する場として「蕃書調所(ばんしょしらべしょ)」ができたという。もともとは「蛮書和解御用(ばんしょわげごよう)」という翻訳機関であり、東京大学の起源の一つとなったとされている。英語教育に関して問題は山積しているが、最も英語に関しての需要が高かったのはこの時代であろう。明治時代における西欧化の一端を担ったと言っても間違いない。
さらに本書では島津久光も取り上げられているが、こちらの方がより詳しく書かれているためここでは割愛しておく。
第二部「文久殺陣録」
ここでいよいよ新選組が登場する。1863年に結成された(当時は「浪士組」と呼ばれていた)。この新選組の活躍の中で「大和屋焼き打ち」「八月十八日の政変」「池田屋事件」が挙げられている。
「歴史は物言わぬ死者にもう一度語らせる作業である(p.229より)」
歴史を学ぶ意味・あり方については人それぞれである。おそらく著者は歴史を鑑みるために、そのためにはなくなった先人の声を文献を通して聴き、これからどうするのか、どんな時代背景だったのかというのを延々と繰り返しながら考察を行う。間接的であるが死者に語らせるということにほかならないと考えているのだろう。
文久の3年間はまさに「激動」と言われるように様々な事件が起こった。これを細やかに述べたほうがいいとしてしまうともはや新書どころでなくなってしまう。新書にまとまっており、かつ要点がよくまとまっている本書がこの激動時代を見る入り口としては良書であると思う。

権力に迎合する学者たち―「反骨的学問」のススメ

権力に迎合する学者たち―『反骨的学問』のススメ 権力に迎合する学者たち―『反骨的学問』のススメ
早川 和男

三五館  2007-08-23
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学者という職業は自らの学業を論文という形で学会に発表したリ、大学で教鞭をとったりすることが一般的だが、ほかにも論壇でも活躍することや政府の諮問機関の委員に選ばれ、そこで自らの意見を述べたりする人もいる。とはいえ大学教授の中にもそう言った権力志向の人が強く、漫画家の小林よしのりが特定の評論家たちのことを「バッジのない国会議員」と揶揄していたが(新ゴーマニズム宣言11「テロリアンナイト」より)、学者の中にもまさにその通りと言われる人がいるという。本書は前述のような「権力に迎合した」学者を批判しつつ、20年以上研究に携わってきた目線から「学問」や「学者」のあり方について定義している。
序章「格差社会論・護憲平和論の盲点」
著者の専攻は住居に関すること、「すまい学」の第一人者である。格差社会論や護憲論よりもまず住宅に関する提唱からなされるべきだと主張している。特に憲法第25条の「生存権」に関しては居住福祉と共に担保されるべきだとしている。しかし現在は朝日訴訟の例のように名ばかりの条文である「プログラム規定説」となってしまっている現実もある。
第1章「権力に迎合する学者たち――権力追随の諸相」
権力に迎合する学者の実態は80年代の中曽根内閣の時、加速的に進行したとされている。当時はというと国鉄(現:JR)、電電公社(現:NTT)などが民営化した時期でもある。もっと言うと公共施設や再開発などが行われた時期でもある。こうした事態に対して反論の声を上げた学者は少なく、むしろ行政機関に好意的なコメントを寄せている学者が多数であったと指摘している。私見であるが現在では半々と言ったところであるが、「土建国家」と揶揄され出した時であるからでこそ著者はこういった者たちに迎合する学者を批判したかったのだろう。
第2章「知識人の震災責任を問う――続・権力に迎合する学者たち」
1995年1月17日神戸・淡路島などを中心とした大地震、「阪神・淡路大震災」が起こった。死者は約7000人にも上るという大惨事であった。これに関しては当時神戸県知事であった貝原俊民氏への批判もあるのだが実際は兵庫県警がまとめていたが、報告を怠ったことが原因とされている(理由については明らかにされていないが、その報告者が県政に批判的で、その恨みからかという説もある)。
本章では市政・県政のトップと識者(特に地震学者)を批判しているが、後者の批判がどのようなケースがあるのかという例示がされていなかったのが残念である。
第3章「学問が「カネ」に支配される時――市場原理導入の中の大学」
私は2004年に大学入学し、昨年卒業したのだが入学した当時の掲示板では「国立大学法人化反対」のポスターが貼られていたことを今もはっきりと覚えている(しかもその年は国立大学法人元年にあたる)。これまでは国によって学業に関係なく研究資金をもらうことができたのだが、この時から業績(研究など)に応じて資金が分配されるという仕組みになってしまった。自助努力をしなければいけないという考えではいいことかもしれないが学部統合、もしくは大学の統廃合という危険性もはらんでいることは間違いない。これが研究に負担がかかるだけであればいいのだが、受験生獲得や産学連携に躍起になってしまったため、学問を「カネ」で売られているという見方もできる。本章はそう言った見方をしている。
第4章「なぜ学者は迎合するのか?――知の閉塞からいかに脱するか」
大学の研究機関においても封建的な社会というのは成り立っている。教授というのがピラミッドの上にきて、准教授、助教と言った順である。そう言った権力ピラミッドが創造的な研究を壊し、権力に迎合し、「知の閉塞」を起こしているという。
第5章「研究の方法についてのノート――自らの創造のために」
ここでは批判よりも研究のあり方を述べた所である。本章の最後には江崎玲於奈氏と著者の五カ条について定義している。一部を紹介してみる
・今までのゆきがかりにとらわれてはいけない。しがらみ、という呪縛を解かない限り思い切った創造性の発揮は望めない(p.145より)。
・他人の言いなりにならず、自分の主張を貫くためには、闘うことを避けてはいけない(p.145より)。
・「感動力」を養う(p.147より)
・他人の悪口(批判と悪口は違う)ばかり言っている人は敬遠せよ。(p.147より)
他にもいろいろある。私は様々な本の書評を行っているが「書評スタンス五箇条」というのもやって見ようかなと頭に浮かぶ(できたら公表しようと思っている)。
第6章「学問復権への道――対談・西山卯三×早川和男」
学者の現状、本当の「学問」のあり方などが議題である。
学者に限らず様々なかたちで「迎合」というのが蔓延しているように思える。日本は集団社会であり、その中で「否定」や「反駁」と言ったことが通じない、もしくは駆逐される風潮になっており、外国から見たらそれが非難の対象になったり不思議がったりする。
その中で「反骨」という言葉が使われていたため本書を手に取った。
私の中にもいろいろな形での「反骨」というのがあるためそれに共感したというほかない。ただ「反骨」のベクトルが私と著者とで少し違っていたようだ。

強者のしくみ 論理的思考と全体最適を徹底する会社

強者のしくみ 論理的思考と全体最適を徹底する会社 強者のしくみ 論理的思考と全体最適を徹底する会社
磯部 洋

ダイヤモンド社  2005-03-11
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2009年はまさに「仕組み」の年である(これは以前にも同じことを言ったのだが、この際だから今年は「仕組み本」を書評するたびにこれを言おうと思う、ただ飽きるかどうか心配)。
さて本書は仕組みの作り方とはちょっと違い、セブン・イレブンしまむらと言った経済的にも強者と呼ばれる「仕組み」についてピックアップするというものである。ノウハウ本というよりもむしろ、経営学における「仕組み」について本書では迫っている。しかし「仕組みづくり」において役立つことには変わりはないだろう。
第1章「セブン・イレブンとしまむらは他の日本企業とどこが異なるのか」
「セブン・イレブン」はアメリカから入ってきたがそれを日本独自の経営スタイルを確立して急速に店舗数を増やしていった。90年代には親会社であったサウスランド社を経営危機からわずか2年で黒字転換させる異常を成し遂げる原動力となったことでも知られている(現在は完全子会社化)。一方「しまむら」も「ファーストリテイリング」と双璧を為す衣料品チェーンストアとして有名であり、「しまラー」と呼ばれるほど定着しているチェーン店である。それと日本企業とどこが違うのか。
「仕組み」が確立されていることである。
「仕組み」というとあまりいい気がしない人もいる。「仕組み」というとコントロールをするということが必要になる時が多いので、ある意味で「独裁」や「独断専行」があるというような考える人もいるという。しかし自動的に利益を生み出すものがなければ会社というのが成り立たなくなる時代だからでこそこういった「仕組み」というのが必要となったのではなかろうか。
第2章「セブン・イレブンとしまむらの似ている所と違っている所」
両社の共通点というとまず「トップ」。両方とも中途入社で今の位置に上った。しかも畑の違う所から転身したというのだから、異業種からの角度ではいった業界を見る力というのが強い要因であったように思える。
経営に関する考え方についても比較されていた。セブン・イレブンでは「変化対応」「経験」「朝令暮改」「発注」「システム」などを、しまむらは「経営技術」「しくみ」などについて独特の意味を定義している。本書はそこから経営やビジネススタイルの比較を行っている。
第3章「強者のしくみ」
さて強者としてのしくみの構図がついに明かされる。ここでは「セブン・イレブン」のしくみにページ数が多く割かれている。ただセブン・イレブンの流通の仕組みについては「プロジェクトX」でも取り上げられているため本書ではほとんど扱われていない。では何を扱っているのかというと「FC」、つまりチェーン展開について、ロジスティックスの効率化など、FC業界についてスタンダードのはるか上を行くモデルが成り立っている。
一方しまむらの「仕組み」はというとコンピュータ中心であるという。コンピュータによってさまざまな情報を一元的に管理するばかりではなく、割引などの融通も聞きやすくなっているのがしまむら流「仕組み」の特徴であるという。
どちらも「コントロール」という共通点があるが、本書では大東亜戦争の「バターン死の行進」を例にとったコントロール論について展開している所が気になった。これ自体は現地をマネジメントできなかったばかりではなく、中枢が捕虜の人数を予想しきれず、迅速に指揮を行えなかった。さらに部下の暴走により虐待沙汰にまで発展したという点でコントロールの面で大きな欠陥があったと指摘している。当時の日本にはこういった統率力や戦略を持っていなかったわけではないが、それをうまく利用できなかったという一面もあったのは事実であろう。
第4章「両社のベンチマーキングから導き出されること」
両社のベンチマーキングから導き出されるもの、著者は「論理性」を挙げている。経営形態、そして利益を生み出す仕組みには必ずと言ってもいいほど「機能」で構成されており、それぞれの役割というのが確立されている。ほかにも顧客主義や仕組みを持っていることが挙げられている。
本章で私が興味を持った所というと、実はここではなくそう言った「論理性」と対極をなす「情緒性」の欠点として日本の歴史の非論理性をついている所である。とりわけ第二次世界大戦や大東亜戦争を例に出している。確かに大東亜戦争は「とりあえず」という要素もあったのだが、正確に言うと「ハル・ノート」によりにっちもさっちもいかなくなったこと、さらに国内世論の大多数が開戦論であったこともまた要因である。さらに日本と西欧の文化にもその理由付けを広げているが、あくまで私的な観点であるが「仕組み」や「機能」を語るにあたり、日本のあり方そのものを否定しているように見て取れたのは私だけであろうかさえ思った。
強者と呼ばれる企業は必ずと言ってもいいほど、利益を生み出す、組織を円滑化する「仕組み」を持っている。しかし他の大多数の企業はその仕組みの利点に気付いていないのがほとんどであろう。本書は強者である、もしくはなれる要因を見つけるのには格好の1冊であろう。

愛され力―本当のあなたはもっと愛される。

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山口 洋子

青萠堂  2009-03
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まず先に断わっておくが、本書は女性が「愛されるため」にどうすればいいのかというのを伝授している一冊である。男性の立場から見て本書は役に立たないのかというとそうではない。むしろ女性がどのような方法であれば愛されるのと裏かえしのように男性にも「愛される」ためのヒントが隠されている。
1章「愛される理由を知ってますか」
「男の優しさには真実(まごころ)があり、女の優しさには利己主義(おまえ)しかない…(p.12より)」
男は真実、もしくは純粋さを語る。女は自分自身の尺度でもってそれを見抜こうとする。女は男に尽くすことよりも逆で、男の方が女に尽くすという。男の立場からすると精一杯尽くしたほうがいいということだろうか。男は女性を求めるためには純粋にでもなるということなのだろうかと考えてしまう所である。
2章「愛のトラウマの抜け出し方」
「恋愛」というのは何なのかというと星の数ほど解釈できるのかもしれない。しかしこの恋愛にもトラウマがあるという。時として恋愛は泥沼に陥りやすく、さらに甘い夢であり、そこから覚めると冷たい孤独が待っている。特に彼(もしくは彼女)をふったりふられたりしたときのトラウマの解消法、そして予防法について書かれている。
そして後半には男の立場の恋愛を隅から隅まで知り尽くした作家の渡部淳一氏との対談が載せられている。男と女の恋愛の相違について熱い議論が交わされている。
3章「愛を引き寄せる女は「幸せにする男」を知っている」
「こんな男を恋人に選びましょう(p.100より)」の如く、男性も「女性に選ばれるためにこうなりましょう」ということについて見てとれる。
男が女性にもてるため(?)には身だしなみ、声、お金の使い方諸々、すごいと言われるものを身に付けたほうがいいとしている。
本章の最後には「女に騙されやすいパターン」というのが書かれている。その中に
・憂国の志士
があった。
騙されやすいのですか(泣)。
でも騙されていいほど器量の大きい男になってやろうと思った人が中にはいたりするのかもしれない。
4章「愛の実践ノウハウがわかりますか」
恋のノウハウというのがここに詰まっている、と同時に男もこのノウハウでもって自らを反省しなくてはいけない。とりわけ著者が一番叫んでいたのは、
「出でよ断言男(p.147より)」
だろう。優柔不断な男もいれば、きっぱりと言う人もいる。どちらが女性にとって受けがいいのかというのもちょっと考えさせられるが、きっぱりと断言してしまったほうが男と女のわだかまりがなくなるというのであればむしろそちらの方がいいのかもしれない。
5章「心とからだの上質な愛、もってますか」
さすがにこれはあまり触れすぎると「R-18」の要素も出てくるためあまり触れないようにしておく。要は男と女の関係は心や身なりばかりではなく体での感じ方というのもあるという。
本書の内容ではないのだが目次前の著者の詩の冒頭部分が異様に気になった。
「男と女は合わせ鏡」
男は女のために、女は男のために様々な形で磨き続けその合わせ鏡はより細やかに映えるようになる。「愛する人のため」と言えるような存在がほしい今日この頃である。

医者を信じると病気になる-「常識」破りの養生法

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丁 宗鐵

講談社  2009-02-20
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今や「健康ブーム」とまではいかないものの「健康」に関することがもはや当たり前のようになってしまった。私はあまりいい気がしない。「健康のため」だからと言って自分の生活観が捻じ曲がってもいいのだろうか、長生きは良いことだろうかとつくづく考えてしまう。私自身、昨年の健康診断において、まだこの年なのに肝臓で引っかかってしまった。再検査の結果、異常はなかったものの油断は禁物と言われてしまった。自分の生活スタイルを壊さないようにいろいろと対策を模索している。
私事はこれまでにしておいて、本書は前述のような「健康」の在り方について、漢方医学の観点から疑問を呈し、批判をするというものである。
第1章「賢者は自分の体質タイプを知る」
例えば万人が万人健康になれる方法は存在しない。たとえそれを謳っていようとも、それが自分の体質に合わないことがある。逆に「これは健康に良くない」というものでも人によっては健康的に生活できるというモノ(もしくは方法)がある。健康法というのはまさに人によってあうものはそれぞれ違う。TVではよくなったという人がいるというからといって実践をしまくるというのは良くない…と言いたいところだが、試行錯誤を重ねて独自の方法を見つけるということを考えるとやりまくったほうがいいのかもしれない。ただし自分の体質を知ってからという大前提ではあるが。
さて「自分の体質」を知るというと、すべて知るのは難しい。本書では機転の利いた能動的なタイプの「実証」と、その逆である「虚証」のどちらに傾いているのかを知ることが可能である。
第2章「病気にならない年の取り方」
合わない健康法をしたら体が毒になるという。当然自分の体質は全部わからないので時として自分に気づかない健康法をズルズルと行い続けていることがあるがいかにしてその健康法を止めるべきか、そしていかに気づくかということも大事になる。
他にも「ストレス」「健康にいい靴」「照明」「酒の肴」などについて書かれている。
第3章「体にいいと思うものが危ない!」
ここでは野菜やお茶などの食べ物、飲み物の健康法批判が中心となっている。
「野菜は体にいい」ということなので野菜ジュースを飲むという傾向の人が多い。私もその一人である。特に仕事で疲れた時には野菜ジュースに酢を少しだけ入れたものを、ほぼ毎日飲んでいる。毎日仕事の疲れをとるのには格好のものであり、のちに書評を行うのに糖分が必要なのでこういった形となった。しかし本章の最初にはこの野菜ジュースはよくないと警鐘を鳴らしている。糖度が高いためであるという。さらに野菜ばかり食べている人は動物の例をとって太りやすいという。
またお茶の飲み方などが印象に残った。
第4章「ラクに生きるための体づくり」
食べ方、育て方、病気の治し方、それを総称して体づくりについて書かれている所である。特に後半は赤ちゃんの離乳の仕方について印象に残ったが、いかんせん結婚する、そして子供を授けるのは先の話になりそうなのでこれを印象付けられて身につけ、実践できるのはどれくらい先になるのだろうかと考えてしまう。
第5章「ガンを副作用なく治したい」
ガンは今となって、若い世代でも発症するようになったが、がんは温めて攻撃をし、漢方の力でもって壊すという方法がベストと著者は主張している。
私は健康法など、健康に関することはみだりに飛びつくことは嫌いであり、そこまでして健康になろうとは思っていない。さらに長生きしないと言われても平然とする自信はある。というのは限られた時間の中でことをなして死ねたのなら本望だからと悟ったのである。私はまだ人生はそれほど歩んでいないため人生論を言うのはおこがましいが、ただ長く生きているよりも、短くてもいいから自分の考えを表しながら、そして自分が納得のいくまで働き、生きていくという意味を知りながら死ぬというのが私にとっていい死に方である。
病気は確かに怖い、死も確かに怖い。しかしそれを乗り越えられるような思考を私はもちたいと思っている。

熱狂するシステム

熱狂するシステム (シリーズ社会システム学) 熱狂するシステム (シリーズ社会システム学)
中井 豊

ミネルヴァ書房  2009-01
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人は誰もが熱狂する者を持っているだろう。とりわけ日本人は「熱しやすく、冷めやすい」というのが的確なのか、「熱狂する」と連日のようにメディアで取り上げられる。少し前であったら「冬ソナ」を引き金とした「韓流ブーム」というのが社会現象にまで発展するほどにもなった。メディアのせいというのもあるが、そう言った者につられる国民性だからかもしれない。
本書はその「熱狂」を科学的に考察をする何ともユニークな一冊である。科学の力で「熱狂」を解析するのだからどのような分析を用いて行ない、導き出しているのかというプロセスが面白そうに思える。なお、本書は結構勉強しないとついていけない内容なので、あくまで素人目線読んだものとしてとらえたほうがいい。
第1章「熱狂を科学する」
さっそく難しい用語が出てきた。本書は「エージェント・ベースド・シミュレーション」を用いて「熱狂」を考察しているという。いわば研究に入るための狙いと概略にあたる所である。解説している論文はあるのだが、これも定義の仕方がちんぷんかんぷんなので端的にいうと、人間の思考や行動というのは多種多様であり、それを人工的に作り出すというのは到底不可能である。しかしこのシミュレーションでは数多くの人間の思考・行動パターンをベースにしたものであるという解釈で差支えない。
第2章「連鎖する熱狂」
本書から具体的な考察が始まっている。「流行」の方法にもいくつか種類があるのだが、本書では3種類に分けて流行を分析している。
「ファッション」…流行のあとに、社会に浸透していく現象。「パソコンブーム」がその一例。
「クレーズ」…社会現象を起こすほどの流行のことをいう。
「ファッド」…特定の分野での流行を指す。
である。下に行けばいくほど流行する時期が短くなる。中でも本書は「クレーズ」をよく使っている。さらにこの「クレーズ」には1回で終わるもの、間をおいて発生するもの、連続して発生するものの3つに分かれる。
第3章「進化のモデルで熱狂を表す」
ここでは研究者のモデルを解析し、考察を行っているところである。ある程度専門性のある人にとってはためになるが、私のような素人はこの章は読み飛ばしても構わない。
第4章「熱狂を人工社会に再現する」
いよいよ熱狂を「シミュレーション」する所である。全部で136人をサンプルとしてその思考法をシミュレーションしている。流行の発生規模から流行に敏感な人はどれくらいいるのかというのがここで考察されている。
第5章「熱狂に潜む物語」
第4章で統計した熱狂についてさらなる要因を探す、つまりどのような筋書きがあるのかという所について考察している。
第6章「熱狂の理論と歴史に探す」
第5章までのシミュレーションから少し離れてもっと身近な事柄で熱狂のメカニズムを考察している。ここでは警察庁がまとめた「犯罪白書」をベースにこれまで使ってきた理論を当てはめていくという所である。
第7章「熱狂を生む社会構造」
流行は国々によって起きやすさ、起きづらさというのがあるという。どのような社会構造が起きやすくて、どのような社会構造が起きにくいのかというのをここで考察している。
第8章「自己組織化する熱狂社会」
戦後目覚ましい経済成長により、モノが豊かになった。バブル崩壊のあとは欲求の多様化が目立つようになったと言われているが、流行などもあるため全員が全員バラバラになったとは言い切れない。「自己組織化」というのは難しい表現であるが、あるところで同じ価値観になるということから流行や熱狂と当てはまる面がある。
第9章「社会や歴史の新しい見方」
今や「情報社会」と呼ばれているが、これから「流行の構造」がどのように変化するのか分からない。本書でもあまりページ数は割かれておらず、新しい見方を見るにはまだ時間がかかりそうであると物語っている。
日本人は新しいもの、インパクトのあるものに弱い。一度流行が起こると規模によるが、「みんな持っている(ある)」というような理由から誰もが同じ要求を求めることが出てくる。これは日本人特有なのだろうか、古来日本はそういう性格なのかというのが頭の中で引っかかる。
科学的に熱狂を考察できるのかというのは、本書を読んだ後でもまだまだ疑問に残る。136人をベースに考察を行っていたわけであるが、このサンプル数が増えればより綿密な結果が返ってくるのかというと、研究者の側にとってもサンプルを集めるということで途方もない規模になる。人間の心理を科学的に考察するほど難しいものはないということを悟った一冊であった。
本書は科学的に考察を行ったまでだが、日本人と流行の考察について、人文学的に考察しているものがあればぜひ読んでみようと思う。

現代若者犯罪史―バブル期後重要事件の歴史的解読

現代若者犯罪史―バブル期後重要事件の歴史的解読 現代若者犯罪史―バブル期後重要事件の歴史的解読
間庭 充幸

世界思想社  2009-01
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TVニュースや新聞では枚挙にいとまがないほど取り上げられている若者犯罪。実際に若者の犯罪数は「少年をいかに罰するか」という本では増えていないという。しかしなぜこれほどまでピックアップされるのかというと生活の多様化や家族間の距離が離れていったという。犯罪の要因については前述のように時代の変化というのもあるが、親との確執など何年も変わらないものまである。

本書はバブル期後、80年代後半から今日までの若者犯罪について考察している。
第一章「犯罪の解読と犯罪史の方法」
前述のように犯罪の動機の在り方は不変のものもあれば時代とともに変化する者もある。
本章では「宮崎勤事件」と「和歌山毒入りカレー事件」、そして1986年の「葬式ごっこ事件」を中心に犯罪解読の方法について説明している。
犯罪動機のメカニズムについては「犯罪心理学」という学問があるほど、動機の変遷について論議は活発化しているほどである。ちなみに本書の著者は心理学者ではなく「社会学」として、犯罪を引き起こした時の社会背景をもとに考察を行っている。
第二章「高度情報社会の若者犯罪――ゲーム型犯罪の構造」
本書で最も取り上げられていたのは「ゲーム型犯罪」と「ネット型犯罪」である。どちらも言われるのが「感化」と、「コミュニケーションの疎遠」であるが、はたしてそうなのだろうかという疑問も禁じ得ない。
この「ゲーム」がブームとなったのが90年代。ちょうど「失われた10年」で、バブルがはじけ長い不況時代に陥った時である。90年代で最も際立った事件というと「地下鉄サリン事件」が挙げられる。それ以外にも少年犯罪が「ゲームによるもの」という論調が強まった時期でもある。その先になるが森昭雄の「ゲーム脳の恐怖」や岡田尊司の「脳内汚染」という本によってそれを実証づけようとした例がある。しかし科学的な根拠が乏しく、こういった犯罪をゲームを理由づけられるほど短絡的ではないと私は考える。
第三章「電子ネット社会の若者犯罪」
第四章「ネット型犯罪の構造と背景」
第五章「ネット裏側に集積する内向性犯罪――いじめ自殺と親殺し」
これらの章では「インターネット」が絡んでいる。とりわけ匿名性の強い掲示板によって誹謗中傷されたのを逆恨みに殺人事件に発展したリ、最近のものとしては掲示板に犯行予告を行い、それを本当に実行した犯罪(秋葉原通り魔事件)も存在するほどである。しかしよく叫ばれるのは少年犯罪は増加傾向にあるとか、凶悪犯罪は増加傾向にあると言われている。だが本書では警察庁がまとめている「犯罪白書」をもとに93年〜2006年のデータを挙げているが、93年より前はどうだったのかというのがはっきりとしない。それにこのデータを見る限りでは2000年までは増加しているものの、それ以降は横ばい、もしくは減少している。ここ最近TVのニュースで取り上げられているが、それが増加になった根拠というのは実は虚妄であり、むしろメディアがストーリーを描きやすいという思惑もあるのかもしれない。
ネット型犯罪に関してはまだまだ検証の余地があると私は思う。というのはネットが直接の要因となるもの(例えば誹謗中傷などが原因)、間接的な原因となるもの(噂話)と言った者はネットという新しい「ツール」によってもたらされたものであり、ネットのような誹謗中傷などはネットが存在しなかった時代でもこういったことは起こりうるのではいかとさえ思う。例えば昔の学園ドラマであるような机やノートによる悪口の落書きや噂話によって犯罪になったり、被害者が不登校になったりというのがある。それがネットという新しい「ツール」によって変化したと考えれば、形態が変わったとはいえど、動機の要因はそれほど変わっていないのではないかと私は考える。インターネットによって犯罪が増えた、だからインターネットはなくそうなどという考えや論調は、極めて短絡的であるようにしか思えない。
余談ではあるが第四・五章では小泉政権がもたらした新自由主義についての批判をしている。社会額から見た犯罪ではあることは分かるが、それが若者犯罪をさせたきっかけになっているという理由付けはおかしい、とはいえ、先にのべた秋葉原通り魔事件はその理由も捨てきれない。しかし政治が悪いから少年犯罪が植えたというのもいかがなものかと思う。
終章「若者犯罪の凶悪化とは何か」
「若者犯罪は凶悪化しているのか」
というと私は変わらないと思っている。というのは少年の凶悪犯罪は戦前の時代からずっと起っているだけでメディアが騒いでいるにしか過ぎない。これについては以前、少年犯罪の書評の時にunrarさんが「少年犯罪データベース」というのを紹介してくれた。それによると今もさることながら昔の方がもっと惨い殺し方を行ったケースが数多く存在した。このサイトの情報を提供してくださったunrarさんに改めて感謝を申し上げる。
若者犯罪はなくなるかというと無くなりはしない。それは家族や地域間が今より疎遠ではなかった時代からずっと起っていることである。では少年犯罪を未然に防ぐ手立てはあるのかというと、子供に目を向け、親身になって聞くことと言うしか私が思いつくことがない。

脱スラ!―スランプ脱出!プロが教える超鉄則

人は誰しも「スランプ」というのは必ず出てくる。恥ずかしながら私も年度初め前後はスランプであった(たまたまF1があったので毎日継続できたというのは御愛嬌であるが)。
そのスランプというのはもがけばもがくほどその泥沼にはまっていってしまう厄介なものである。本書はそのスランプの脱し方をケーススタディを兼ねて紹介している。
第1章「スランプとは何か」
スランプの意味は上記のとおりである。しかしスランプに陥った時、著者はこう口にするという。
「君のスランプは山で言うと、どんな山だと思う?(p.13より)」
先週までのスランプの場合を考えると、エベレストという喩えもできるし、山登りが非常に難しいマッターホルンという喩えもできる。しかし本書を読んでいる時は、有名な山の名前に喩えることはできないが、ロッククライミングしかできないほどの絶壁しかなく、標高の高い山を想像した。苦しい道しかなく、その道は長く険しいことを喩えたまでだが。しかしそれがスランプを形にしていかに脱出するのかという入口になっているのである。その山と自分の位置を見て、どのようにして頂上までたどり着けばいいのかということを想像して挑戦する。時にはくじけるときはあるけれども、楽観的に、ときには頑張りを弱めてもいい。自分のペースで挑戦していくことが第一歩であるという。
第2章「スランプの特効薬」
「スランプの特効薬」は端的にいえば「休み」である。とは言っても寝たり、ただダラダラとしたものではなく、違う分野で時間いっぱいスケジュールを組み、スランプの原因を考える時間をなくすことが肝心である。
そしてよほどのスランプの場合は「捨てる勇気」を持つことも大切であるという。本書では元フジテレビアナウンサーの大橋マキを例に出している。アナウンサー、とりわけ女子アナは精神的にも肉体的にも重労働とも言える。それはそのまま映し出されるTVにどんなに疲れていてもそれを絶対に見せない、周りの方々に気配りをする、さらに不況のご時世であるから仕事の量が格段に増える。そういった苦しみがある。本書では良い例を紹介しているが逆に、悪い例としては一昨年自殺した元TBSアナウンサーの川田亜子の例がある。彼女も人気女子アナとして旋風を巻き起こしたのだが、フリーに転向。その後は散々足るもので、アナウンサーの心労が重なり自殺に追い込まれたという。ストレスやスランプ社会の象徴の一つと言えるアナウンサー。そこからどのように脱して生きていくのかというのは人それぞれだが、大きなカギとなっていることは間違いない。
第3章「スランプ脱出力」
一生に一度のチャンスを失っても命まで奪われることはない。さらにピンチの状態だとしても天変地異が起こらない限り命を失うということはない。人生はいくらでもやり直すことができる。そう言った気概がスランプを脱する一つの方法である。前章では、楽観的になったりすることについて書かれていたが本章ではそれだけではなく、自分の「一番」を見つけることも、厳しさにつかるのもスランプを脱する一つの方法であるという。
第4章「成功する人のスランプ抵抗力」
トラブル、マンネリなどは必ずやってくるものである。それが大きなスランプの入口ともなりかねない。しかし一度それを脱することができれば、「壁」のようにそれが試練ではなくなり、平常心で立ち向かうことができる。人は誰しもスランプはある。そのスランプにどんどんなっていくのと同時に、はまったらあせらずに乗り越えていく、ときには視点を変えたり投げ出したりすることでもいい。
スランプの時期に本書をすかさず手に取ったのだが、誰しもあるスランプの脱し方をただ読んだだけでもスランプを脱することができた。気分が楽になれた。あとはこののちにまたスランプがあるのかもしれないのでその時にはもう一度この本を読み返すというのもいいかもしれない。
スランプの時、傍にあったほうがいい一冊と言えよう。

最小限の数字でビジネスを見抜く 決算書分析術

最小限の数字でビジネスを見抜く 決算書分析術 最小限の数字でビジネスを見抜く 決算書分析術
望月 実 花房 幸範

阪急コミュニケーションズ  2009-04-09
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著者の望月様より献本御礼。
大方の企業は決算処理が終わり、財務諸表の監査も大詰めと言ったところであろう。その財務諸表でもって株主総会で昨年度の業績や要員の一つのツールとなっていく。当然財務諸表は数字が多いため、数字が苦手な人にとってはストレスの発生源となり得ることだってある。
本書は数字の苦手な人のために決算書の分析の仕方を伝授している。株主総会が近付いているだけあってナイスタイミングだと私は思う。
第1章「決算書を分析するための情報源」
まずは決算書を入手するのが必須である。ではどうやって手に入れることができるのかというと企業のHPからでも可能だが「EDINET」というサイトでも手に入る。リアル書店などでも手に入れることはできるのだが、煩わしくしない方法として私は「EDINET」をお勧めする。様々な企業の有価報告を閲覧することが可能で、競合企業との分析も可能だからである。当然膨大な数字なので数字アレルギーの人にはお勧めできない。
決算書を分析するのはなにも財務諸表ばかりではなく、企業によっては質疑応答資料を公表しているところもある、さらには口コミや新聞・本・雑誌からでも企業情報を手に入れることができるため、数字の苦手な人はそこからアプローチをかけてみるというのもいい。
第2章「決算書分析の基礎知識」
本書の決算書分析は2つ挙げられている。第3章で紹介する「時系列分析」と第4章で紹介する「競合他社分析」である。本章ではこの2つの分析方法についてはさわりしか取り上げていない、詳細は次章以降で取り上げているためである。2つの分析方法をより理解を深めるために分析の仕方と財務3表(損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書)の見方をわかりやすく解説している。
第3章「時系列分析の基本  NTTドコモの決算書を分析してみよう」
時系列分析はというと、1期毎(だいたいの企業は1期は1年間である)の会計を過去数期に遡って、変化の要因を探りながら利点や懸念要素をあぶりだしていこうという分析方法である。ここではNTTドコモを例に出して分析方法の説明を行っている。
第4章「競合他社分析の基本  NTTドコモ、au、ソフトバンクの決算書を比較する」
ここでのケーススタディは競合他社。前章に続きNTTドコモのほかにauとソフトバンクという競合他社と比較して、他者はどのような戦略を持っているのか、そして自社はどのような戦略でもって差別化していけばいいのかという所で使える分析である。
第5章「ケーススタディ 有名企業の決算書分析」
今までの基礎を踏まえてのケーススタディである。大恐慌時代、まさに「独り勝ち」の様相を見せている任天堂、アパレルのユニクロとH&M、黒字経営を続け経営としても順風満帆に見えたのだが昨年8月に倒産してしまい、「黒字倒産」として話題に上がったアーバンコーポレーションなど全部で6つのケースを紹介している。
第6章「知的生産力を高める会計の使い方」
最後は決算書分析から離れて、会計士から見た知的生産術を紹介している。著者の知的生産の方法としては以下の4つを意識することから始める。
1.目的の明確化
2.情報の収集・分析
3.解決策の作成
4.解決策の伝達
特に会計士の立場である以上、問題解決の目的を明確にして、解決策を導き出す、プレゼンにおいても本の執筆においてもこういったプロセスというのは切っても切れないものである。それを踏まえて、一瞬離れていたと思った「決算書分析」のポイントとうまく伝えるにはどうすればいいかというのが肝心となってくる。
「うまく伝える」の中に「ストーリーを作る」というのがあるが。以下の本を参考にしてストーリーを作成していくのも一つの手段ではないかと思った。ストーリーはいかに数字を羅列にしたものよりも相手に伝わりやすさは雲泥とまではいかないもののそれに近い差はあるだろう。

最初にも言ったように株主や経営陣の中で会計に関してよくわからない人、数字アレルギーの人にはもってこいの1冊である。これから株主総会が続々開催していく中で財務諸表とにらめっこをする人も出てくるだろう。そうなった場合分析の方法についても書かれているのでより確実に分析したい方にも本書はお勧めである。
こういう時期だからでこそ、本書はタイムリーな1冊と言っても過言ではない。

アライアンス「自分成長」戦略

アライアンス「自分成長」戦略 アライアンス「自分成長」戦略
平野敦士カール

日本実業出版社  2009-04-09
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平野敦士カール氏3作連続出版の2作目。今回は私の周りではよく叫ばれている「ブランディング」の方法をアライアンスによって形成付けるという一冊である。
あまり言いたくないことだが今や100年に1度の「恐慌」と言われている時代である。その時に会社は自分を守ってくれるかというと、大概の場合「No」という答えを返されるだろう。明日首切られるかどうかは分からない、会社以外の場でも活躍できるような強みがあるのかどうかというのが試される時代。こういったご時世だからでこそ「ブランディング」というのが重要な要素になってくる。
本書は自分を成長するためにアライアンスを用いて戦略を立てるというものである。
第1章「景気に左右されないキャリアをつくる「自分成長」戦略」
ここでは「自分成長」の概略について書かれている。
「自分成長」というわけであるから目標に向けて長期的な戦略でもってチャンスを見つけ、掴んでいくというものであるが、本書での特色が表れている一つとして著者自身の紆余曲折の体験がある。その体験によって形成された戦略であるという。長期的ではあるものの、寄り道で行き当たりばったり、実はその「寄り道」の中にもキャリアを形成付けられるという、「思わぬ」という表現がいいのか分からないが、宝を拾うことができる。自分の夢を実現させるにはプロセスは必要であるが、それが最短でも長くてもプロセスはプロセス。もしかしたら著者自身が体験した「紆余曲折」こそ成功以上に代え難い大きなものを得ているのではないのかと考えてしまう。
第2章「企業戦略に学ぶ「自分成長」戦略のつくり方」
「自分成長」は「企業戦略」でも学ぶことができるという。自分を成長するというのは企業を成長するのと同じで、会社では決算によって利益を洗い出すように、自分自身も棚卸によってどのようなキャリアをつくっていったのか、何を得ていったのかのを洗い出す。戦略も同じである。「企業だったら〜」というのはと書くと長すぎてしまうのでこれ以上はしないが、企業戦略の中でも本書は3つ紹介している。
1.「競争の戦略」
2.「ブルーオーシャン戦略」
3.「プラットフォーム戦略」
今までの著者の本のように、本書では3.に重きを置いている。何せ「アライアンス」であるからでこそ、プラットフォームというのが不可欠と言える。人や企業を巻き込んで成長し、目標を達成するにほかならない。
第3章「チャンスをつかむための「自力」のつけ方」
戦略的に自分の力を身につけるための方法として、
「なりたい自分をイメージする」
「自分の履歴書をつくる」
「得意分野等の明確化」
「上記の方向性の明確化」
を踏まえたうえで実践を行うという方式でやってみる。本書の最後にこれを実際にできるよう巻末シートがあるため、それらのページをコピーしてやってみる。「アライアンス」ということなのでそう言ったことを実践した後に人に見せるということで、より強く、深く身につける一助となるのかもしれない。
第4章「本質をつかむための「目利き力」の鍛え方」
情報と言ってもいまの情報化社会では様々な情報が流れる。噂や本当の話や嘘話と言った者がまさに玉石混淆と言った感じで流れてくる。その中から本当の情報を取り出すためにはどうすればいいのか。前書の「人脈」や「人間関係」がモノを言うという。本章では「出会いの大学」の千葉智之氏と「ビジネスブック・ミシュラン」でおなじみの鹿田尚樹氏が取り上げられている。
第5章「半径3mからはじめる自分の動き方」
「読んだら即実践」
様々な本やセミナーで何度も聞いたことだろう。当然実践には様々な手段はあるのだが、これは古来中国の思想からできていることは結構知っている人も多いだろう。
そう、「陽明学」である。その中での「知行合一」がそれにあたる。本章はこれを解説しているわけではないので詳しく知りたい方はリンクで詳細が解説されているので参照されたい。
ここでは自分だけの「キャッチフレーズ」を持ち、簡潔に自分を表現でき、そして「人間力」を身につけることが「アライアンス」をはじめとした「自分成長」の大きな礎となる。
本書は「自分成長」を題材にしているが、とりわけ特徴的だったのが「寄り道」である。自分の思った通りに事は運ばないものの、事が運ばないだからでこそ、そこで得るものを得るというのも一つの自分成長に導ける。宝はいろいろなところに散らばっている。自分はこういうプロセスを歩むと言ってそれを拾わないで言ってもいざ成功したとしてもその後はどうするのかというのが見えてこない。それよりも融通を利かせて、目標が思うように近づけなくてもいいから宝をどんどん拾っていくことが成功すること以上に得るものは大きいという。
成功することばかりが人生ではない。その前に「大切なもの(人)」は何かを考え、本当に大切にしているかを自問自答しながら歩んでいくことも大切である。
普通の戦略本とは違った、融通の利ける凄さがここにある。本書を読んでそう思った。

ポスト・プライバシー

ポスト・プライバシー (青弓社ライブラリー) ポスト・プライバシー (青弓社ライブラリー)
阪本 俊生

青弓社  2009-01
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個人情報保護法が施行されて今年で5年目となる。ただこれが法制化される前も「プライバシー」というもので個人情報保護というのはあったのは事実である。上記が法制化されたのはP2Pソフトをはじめ、様々な手段による情報漏洩というのが起こっていることが背景の一つと言える。しかし何でもかんでも「個人情報保護」になると、昔からあった「地域性」というのが疎遠になってしまう、壊されてしまうのではないかという危惧が私にはある。
本書はちょっと違う観点からプライバシーの在り方について疑問を抱いている。プライバシーの変化を考察しながら、新しい「プライバシー」というのは何なのかについても迫っている。
第1章「変容するプライバシー」
「プライバシー」の概念とは一体何なのか。ある辞書ではこう書かれている。
「個人の私生活に関する事柄(私事)やそれが他から隠されており干渉されない状態を要求する権利」
日本国憲法では第13条(個人の尊重)によって保障されていると解釈できるものである。しかし個人情報保護とプライバシー、同じ意味のようで実はその範囲というのは明確に違っている。プライバシーの定義は結構広いが、個人情報に関しては生年月日や氏名など個人を識別できるものに限っている。しかし個人情報とプライバシーの混同は当たり前のようにあることに未だに疑問に思うのは私だけ得あろうか。
第2章「データ・ダブルとファンタジー・ダブル――情報生産の問題としてのプライバシー」
プライバシーと言っても別に誰にも知られたくないからということでそれを使うのは「権利の濫用」となる。
一方でプライバシーをめぐって裁判になったものもある。有名なものでは三島由紀夫の「「宴のあと」裁判」や柳美里の「「石に泳ぐ魚」事件」というのがある。フィクション作品ではあるが、その人物の経歴がある政治家であったり、人物と限りなくそっくりであり、裁判では「侵害」と認められた。こういった者は本章では「ファンタジー・ダブル」としている。
一方で、個人情報保護法に抵触する者というのは「データ・ダブル」という。
従来のプライバシーは前者であったが、個人情報保護法が施行されて「データ・ダブル」が主流になりつつあるというが、まだまだ両輪のどちらかによって成り立つということも考えられる。
第3章「<私>は誰がつくるものなのか――生産の主体の問題」
プライバシーと個人情報保護における<私>の変化について書かれている。インターネットの普及により、「私」の情報を過剰に保護しようとする人もいれば、公に流そうとする「私」も存在する。そうなってくると個人情報保護やプライバシーの在り方そのものが問われてくる。
第4章「内面からデータへ――生産の拠点と問題」
プライバシーが第2章のように変化した時に人間の心理というのはどのように変わっていくのだろうかという所を描いたところである。
第5章「脱親密の社会――自己を支えるものの変遷」
プライバシーの保護、個人情報保護によって親密さというのが段々疎遠になってしまうのではないのかというのが私の中にはある。確かにインターネットが当たり前となっている時代だからでこそセキュリティや個人情報保護というのは厳重に扱わなければいけないのはあるが、それは企業によるものであって、個人は法律の範囲内で保護すればいいものの、それを敏感に思い、過剰に保護するということに陥る。それは何をもたらすのかというと「地域の弱体化」や「疎遠化」をもたらす。
第6章「身体とプライバシーの変容――身体がもつ社会的意味と変化」
身体とプライバシーというのはあまり接点がないように私は思ってしまう。しかし外見や容姿と言ったら話は別である。どういった印象を持つべきかというのが自分自身開示できない。もしくは自分に自信を持っているからでこそ思いっきり開示するという2通りに分かれる(自信がなくても開示する人もいるが)。
第7章「個人と聖性のプライバシー」
プライバシーは保護する範囲が広く曖昧である。個人情報保護法のように自分がわかるもののみをプライバシーとする人もいれば、不必要なところまでプライバシーに仕立て上げる人もいる。清壱岐は人それぞれであれど、普遍的、一般論的な「プライバシー」の範囲はこれから論ずるべきところだろう。
第8章「個人記号の計量学」
「個人」という言葉にも重さはそれぞれ違う。これはプライバシーのことについてまとめたものであるが、結局「個人」の意識の変化によるものではないのか、個人の計りによってプライバシーの範囲も違ってくるのではないのだろうか。
「プライバシー」という言葉は被害者が保護意識を述べるための言葉のように思えるが、反対に悪くいうと「侵害」する立場から見ての「プライバシー」というのは何なのかというのも問い詰めなければならない。
「プライバシー」の範囲が人それぞれ違うので、普遍的な「聖域」はつくれない。しかし今後、それが議論の標的になるだろう。そうなれば本書はその一助を担うべきものとして大いに役立つであろう。

Googleが消える日―情報学序説

Googleが消える日―情報学序説 Googleが消える日―情報学序説
小山 雄二

カナリア書房  2008-04
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今やもっとも有名な広告媒体、もしくは検索エンジンとなった「Google」だが、これがなくなるというのだがら本書のタイトルはにわかに信じがたいものであるが、不況により営業およびマーケティング部門を中心に約200人削減を行った。急成長を遂げたGoogleでさえも不況の波には勝てなかったようだ。
さて本書はというとGoogleを中心とした個人情報などの情報学についての序説を考察している、という所から考えると本書のタイトルは「見かけ倒し」という印象が拭えない。出版社が付けたのかもしれないが明らかにインパクト勝負の感じがしてならない。もしも私が本書にタイトルをつけるとしたならば「情報学としてのGoogle」というのが最適だろうと思う。
第一章「グーグル的社会とは何か」
インターネットが民間解放され、ウィンドウズ95発売され、空前のパソコンブームとなり、今日ではなくてはならないものとなっていった。特にインターネットはわずか10数年余りで生活や仕事にこれほど深くかかわると予見した人はどれくらいいたのだろうか。
インターネットが出てきて、ホームページが急激に増え今や1億サイト以上存在するようになった。事実上の「情報社会」である。情報が洪水のように押し寄せるものの、そこに「Yahoo!」や「Google」などの検索エンジンの役割は大きい。しかしその情報社会に「無料化」という歪みができている。それだけではなく、個人情報や著作権について暗い影を落としている。個人情報については第二章で取り上げられている。
第二章「個人情報とは何か?」
個人情報保護法(正式には、「個人情報の保護に関する法律」)」が全面的に施行されたのは2005年4月1日、今年で5年目となる節目である。今こそ改めて問いたいのがこの「個人情報」である。個人情報と言っても氏名や生年月日と言ったところまではわかる。しかしその個人情報をどのように保護をするのか、そしてどういった狙いで活用するのかというのははっきりと明記されているとはいえ個人情報を保護する範囲というのがまだまだあいまいなところが多い。とりわけ地域の催しものや署名と言ったもので「個人情報保護」なのでできなくなるということもこれからあるのかもしれない。そうなってしまうと法律と本来ある生活とのギャップというのも浮き彫りになる。法律は完璧にはならないが、ある程度の線引きはあったほうがいいのではと考える。
第三章「アップルがつぶれない秘密(わけ)」
マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツは昨年引退したが、アップルスティーブ・ジョブズはまだまだ現役のトップとしている。しかし、今年の1月に病気によりCEOを休職しており、これから後継者問題などの所にも着手しはじめることだろう。とはいえ1970年代後半から一時期はマイクロソフトの陰に隠れる時はあったが、飛ぶ鳥落とす勢いはいまだに衰えていない。アップルとして最初にセンセーショナルを巻き起こしたのは家庭用PCである。ウィンドウズが出る前の時はアップルが圧倒した。しかし90年代ウィンドウズが出始めてから圧倒される立場であったのだが、その時から「Mac派」「Win派」で二分され現在に至っている。しかしアップルも黙ってはいない。今度は「iPod」や「iPhone」などをつくりまたもや盛り返し始めた。片方は引退したとはいえど、まだまだアップルVsマイクロソフトの戦いは続いている。
第四章「通信と放送が融合する本当の意味」
通信と放送というのは融合されるべきではあるが現実問題として放送業界の既得権益のこともあってか、あたかも水と油のような様相となっている。しかしNHKは広告の既得権益がないためNOD(NHK on demand)を立ち上げインターネットによる「見逃し番組サービス」という過去放送の提供を行うようになった。通信と放送はある意味で融合しはじめたのかと思ったのだが、通信と放送という役割が混ぜこぜになるのではないかというのが著者の意見としてある。例えば放送では、「地デジ」と呼ばれるもので視聴者参加で投票を行ったり、クイズに参加したりすることが可能になる。こういう面でも双方向とも言える。一方で通信というと携帯電話やインターネットというのもニュースを見たりTVを見ることができるため放送の特徴である一方向という役割を担っている。
第五章「グーグル的社会の限界とは?」
わずか数ページしか書かれていなかった。本来このタイトルであればこれをもっとページ数を割くべきではないかと考える。それにグーグル的と言っても「匿名性」と「ウィキペディア」しか論じておらず、本書のタイトルの割に落胆してしまう最大の要因がここであると推測できる。
第六章「知の品格を求めて」
これから「ナレッジ・マネジメント」というのが必須になってくる時代であろう。どのようなマネジメントであるべきかというのが気にかかるのだが、情報発信や受信と言ったことはそれほど多く書かれておらず、多くはGoogleとYahoo!のことばかりのように思えてならない。
結論を言うと情報学を学んでいる人にとってはお勧めできず、そうでない人にとってもちんぷんかんぷんで終わるような1冊である。「期待外れ」や「見かけ倒し」というのはこのことだろう。タイトルと内容の一貫性が見られず、傍論ばかりが目につく1冊であった。

お葬式―死と慰霊の日本史

お葬式―死と慰霊の日本史 お葬式―死と慰霊の日本史
新谷 尚紀

吉川弘文館  2009-01-30
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「日本は死者の国である」
これは怪談で有名なラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が日本のことについていった言葉である。日本人は宗教によっては違えど、大概はお葬式は葬儀業者に頼んで通夜・告別式を経て四十九日というような順序で亡くなった人への供養をするという慣わしである。
このお葬式はどのような経緯でこうなっていったのか、民俗学的観点から考察している。
Ⅰ.「死と葬儀の歴史と民俗――高野さんの安居会公演より――」
本書は葬式の歴史であるが、民俗学というのは難しい学問だと思いがちだが、この章の冒頭には民俗学について非常にわかりやすく解説されているので、これから民俗学を学びたい方にはここから読み始めるといいだろう。民俗学を専攻して、これから葬儀の歴史の身を深く学びたいのであれば最初は読み飛ばしておくことをお勧めする。
当ブログでは「民俗学」の本はいくつか取り上げているのでちょっと簡単に解説する。
「民俗学」とは柳田國男が創始された学問で、主に各国の習慣がどのような経緯で意味があるのかというのを考察した学問である。学問であるから文献などの書物を読んで考察が中心とされていたが、柳田國男は文献は読んだものの、研究のほとんどが実学、いわゆるフィールドワークによって研究を行った。日本には数多くの慣わしがあるので、難しさはあれど親近感はある学問と言えよう。
その後はひたすら「葬式」ということについて書かれている。さて「死」というのが学問化されたのは20世紀に入ってからとされているが、これは社会学的に見たものである。哲学的に「死」について考察はされているが、おそらく本書では「哲学」という空論というよりも、現実世界としてある考察を重視したのだろうと考える。
「死」というとまず頭に浮かぶのが、死装束や、墓、霊柩車、火葬、出棺…。笑点のように笑い飛ばせられるようであればいいのだが、何せ本書は「葬式」にまつわるもの。挙げていくたびに縁起悪いように思えてならない。
Ⅱ.「慰霊と軍神――言語の文化と翻訳――」
第1部では葬式にまつわるものが紹介されていたが、第2部は少し視点を変えて、戦没者という所について民俗学的に考察を行っている。戦没者というと日本では靖国神社、アメリカではアーリントン国立墓地が存在する。ほかの国々にも戦没者慰霊の墓が存在するのだが、日本と他国で決定的に違う点がある。靖国神社では戦没者は祀られているが、それらは「軍神」や「英霊」と呼ばれている。一般的に日本のために殉死したものを「英霊」として祀られるが、日露戦争の時代においてよく使われ、特別壮絶な戦死者を美化して神化させたのを「軍神」として祀った。第二次世界大戦でも「真珠湾の九軍神」というのがある。
「日本は死者の国」であるが如く、葬式というのは宗教的なものであれど手厚く行われ、末代まで供養される。その葬式のスタイルも多様なものになった。そしてその葬式に関連した「おくりびと」という映画が注目を集めている。「おくりびと」は納棺にまつわる物語であるが、これも葬式での儀式の一つである。
葬式は宗教によりしきたりや形式は違えど誰にでもあるものである。本書は日本の、それも仏教や神道の葬式について取り上げたが、葬式がいかにしてなったのかというのも辿ってみれば面白い。
最初には言わなかったが、私自身「民俗学」は「旅の学問」と定義づけたくなる。この学問の創始者である柳田國男は文献のみならず、フィールドワーク、すなわち全国津々浦々を渡って研究してきた結晶を意味している。さらに普段あるものを辿ってみるとそれが様々なところから起源が出てくるのである種の「旅」になる。
民俗学は難しいように思えるが、そこには「旅」というのがあればけっこう面白い学問なのかもしれない。

新聞再生―コミュニティからの挑戦

新聞再生―コミュニティからの挑戦 (平凡社新書) 新聞再生―コミュニティからの挑戦 (平凡社新書)
畑仲 哲雄

平凡社  2008-12
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当ブログではこれまで散々新聞のことを批判してきた。そう言ったことからか現在私は新聞を見なくなった。記事や社説を信用できなくなったことと、毎日130円前後払ってまで価値があるのかというのに疑問を持っているからである。
そんな私でも「新聞はなくならない」と思っている。ただし今と同じような形ではなく、多かれ少なかれ違った形に変化するだろうと私は考えている。それが具体的にどうなるのかはさすがにわからない。いつもの紙媒体ながら、内容がPJニュースのようなパブリック・ジャーナリズムが占める可能性もあれば、電子媒体のみで存続するという形もあり得る。
新聞に関して私自身も批判しているが、これ自体は、読売や朝日をはじめとした大手紙に関してであり、地方新聞は大手紙があるようなしがらみは若干少ない(TV局と似ている)ので面白い部分もある。本書はこの地方紙の試みから見た新聞再生について迫っている。
序章「新聞とは何か」
まずここで本来の「新聞」とは何なのかについて立ち返っていかなければならない。新聞は国内外などの地域内などで情報を伝達するための手段であり、英語では「news」に相当する。現在この「新聞」を意味する英語は「newspaper」とされているがなぜこれが「新聞紙」ではなく「新聞」と訳されるのか、おそらく新聞業界の圧力による要因もはらんでいるように思えてならない。
第1章「新聞という「場」を再生させる――旧鹿児島新報社OBたちの闘い」
新聞業界が「新聞離れ」と定義付けるように全体における新聞の発行部数が軒並み減少している。とりわけ割喰っているのが地方紙であり、軒並み休刊・廃刊が相次いでいるという。本章で紹介している鹿児島新報は2004年5月5日に廃刊になった。部数低下が要因であるが、鹿児島新報は「地域密着」というのを最も重視してきた新聞である。この「地域密着」というのを地で行く新聞というのは今どれくらい残っているのかというのは分からない。もしかしたらわずかしか残っていないのかもしれない。全国紙ではまずできない独自性、地域性に富んだ新聞がだんだん減っていっているが、一方では非営利団体での活路を見出そうとしている。
第2章「コミュニティに回路を開く――神奈川新聞社カナロコ編集部」
「神奈川新聞」は神奈川県およびその周辺の地域ではよく読まれる新聞である。地方紙のように思えるが実は朝日新聞のグループ企業であるため、スタンスは全国紙に近い。その一方で「カナロコ」というコミュニティサイトが注目を集めているという。コミュニティなので双方向型の情報提供を行っているためブロガーのみならずネット界では称賛の嵐であったという。ニュースに対して市民の意見を述べることも容易で、市民とともにニュースをつくるという点でも斬新さがある。
市民側にも、新聞社側にも課題は残っているがどう成長していくのかというのも気になる所である。
第3章「<新聞>を創るということ――「みんなの滋賀新聞」の挑戦と挫折」
滋賀県は1978年に地方紙が休刊してから25年以上にわたって地方紙がなかった。経済界の要望や市民の協力もあって2005年4月に創刊された。地方性に富んだ話題で盛り上げる意気込みであったのだが新聞発行部数減少というのが大きな逆風となり、わずか半年で休刊となった。地方新聞をつくるのも難しければ、それを存続させるという難しさもある。とりわけ新聞業界は斜陽産業と言われている分その難しさというのは、言葉では表せないほど厳しいものである。本章はそれを伝えたかったのだろうか。
第4章「新聞を救う」
私は新聞は変化すべきであると散々言ってきた。その背景にあるのは「ウェブによる双方向化」が進んだためである。その時代に後れをとっている、もしくは逆行し続けているからでこそ減少しているのではないのかというのもある。
一方もう一つの側面から見ると、「社会」という意識が失われているのではないのかという見方もある。これは、
「<新聞>の再生を、産業規模の再生という小さな枠にとどめるのではなく、江京憲のような社会空間の再生として考えようとするとき、序章で触れた戸坂潤の「新聞現象論」がよみがえってくる。戸坂は<新聞>を社会現象としてとらえ、「新聞は新聞紙でもなければ新聞社でもない、まして読者層でもない。こういう諸項目のある関係が新聞の現象なのである」という見方を示した。(p.173より)」
日本人としての新聞の在り方であろう。アメリカなどのその他の国々と違った点は「地域」や「世間」、「社会」に対する意識がこの日本に存在する。その象徴として「新聞」が今日まで存続したのではないか。
その意味を考えてこれから新聞を救う要素は「パブリック・ジャーナリズム」にほかならないと私は考える。地域の方々でしか知り得ないことを新聞に載せ、双方向のかたちで議論を進め一つの新聞を形成していく。それがこれからの日本の新聞の在り方なのではないかと私は思う。
これまで新聞批判に関する本を読んだ私にとっては新聞の在り方をどう変化させて再生していくかという所で刺激的な部分があった。とりわけ日本人と新聞との関係は業界として、国として以上に「社会」という一つのカテゴリーとしての存在が強かったことには驚いた。
新聞は絶対になくならないが、違う形に進化をする。それはどのような形になるのか分からないが、多様な新聞があり、地域性に富んだ新聞があってこそ、本来の日本を取り戻す一つの手段なのかもしれない。

F1 マレーシアGP 豪雨赤旗中断もバトン2連勝!!

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・バトン ブラウンGP 1:10:59.092
2 N・ハイドフェルド BMW + 22.722
3 T・グロック トヨタ + 23.513
4 J・トゥルーリ トヨタ + 46.173
5 R・バリチェロ ブラウンGP + 47.360
6 M・ウェーバー レッドブル + 52.333
7 L・ハミルトン マクラーレン + 1:00.733
8 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 1:11.576
9 F・マッサ フェラーリ + 1:16.931
10 S・ボーデ トロロッソ + 1:42.164
11 F・アロンソ ルノー + 1 laps
12 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 1 laps
13 N・ピケ・ジュニア ルノー + 1 laps
14 K・ライコネン フェラーリ + 1 laps
15 S・ヴェッテル レッドブル + 1 laps
16 S・ブエミ トロロッソ + 1 laps
17 A・スーティル フォースインディア + 1 laps
18 G・フィジケラ フォースインディア + 2 laps
Did not finish
19 R・クビサ BMW + 30 laps
20 H・コヴァライネン マクラーレン + 31 laps

Yahoo!についてはこちら。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090405-00000110-ism-moto

今年初のウェットコンディションでしたが、それにしてもこの波乱の凄さは予想できないでしょう。

赤旗中断でレース終了は2003年のブラジルGP以来です。

バトンが2連勝ですが、今回規定周回(全体の75%以上、今回の場合は42周以上)に満たしていないためポイントは半分となります。というわけでポイント配分は以下のようになります。

1位 バトン(ブラウンGP) 5
2位 ハイドフェルド(BMWザウバー) 4
3位 グロック(トヨタ) 3
4位 トゥルーリ(トヨタ) 2.5
5位 バリチェロ(ブラウンGP) 2
6位 ウェーバー(レッドブル) 1.5
7位 ハミルトン(マクラーレン) 1
8位 ロズベルグ(ウィリアムズ) 0.5

91年のオーストラリアGP以来、現行のポイントシステムとなったのが2003年なので、当然このポイントシステムでは初です。

余談ですが84年(モナコ)も同じような事態に遭い、このことにより0.5ポイント差でタイトルに明暗を分けたということもありました。

もしかしたら今年はこの84年の再現というのが来るのかもしれません(あくまで予測ですが)。

トヨタはトゥルーリが中盤調子を落としましたが、何とかポイント獲得圏内、その代わりチームメートのグロックが表彰台に入ったので、ブラウンGPに多少は肉薄したという所です。

悲惨なのはフェラーリ、ライコネンがチーム采配ミスによりウェットタイヤ選択しても数周ドライコンディションで走ったわけですから、結局タイヤが悲鳴をあげた状態で雨を迎えたことになってしまいました。マッサでの予選ミスもあるので、チームミスが色濃いようです。

次戦は2週間後、中国・上海!!

教育破綻が日本を滅ぼす!

教育破綻が日本を滅ぼす! (ベスト新書) 教育破綻が日本を滅ぼす! (ベスト新書)
尾木 直樹

ベストセラーズ  2008-12-09
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教育問題は今もなお、深刻な問題として位置づけられている。その教育問題について数々の著書を上梓し続けているのが教育評論家の尾木直樹氏である。本書の副題は「立ち去る教師、壊れる子ども達」である。今回の教育問題について教師、子ども、そして教育委員会の3つの側面から教育の現状を取り上げ、それを踏まえて「教育委員会改革論」を説いている。専ら「教育委員会」について割かれているところから「教育委員会論」というような名前でも差支えなかったと思う。
第1章「壊れゆく教師と子ども――誰のための「教育改革」か」
教師のモラル欠如、子供らによる学級崩壊、いじめの陰湿化、モンスター・ペアレント…、
今TVなどで話題となっている教育問題について挙げてみたら枚挙に暇がないほどである。そうなってしまった根本原因、尾木氏によれば教育委員会によるものだろうという結論に至ったという。
第2章「子供の心が見えない教育委員会」
さてここからは教育委員会の現状について3章にまたがって取り上げている。
ここでは「佐世保小6女児同級生殺害事件」での教育委員会の対応の杜撰さを他の事件を例に出して扱き下ろしている。
第3章「教師もうんざり――教育委員会との対応」
大分の教師採用をめぐる汚職事件をはじめ、全国学力テストをめぐって大阪などでは知事と教育委員会との激しい対立がある。
その他にも教育委員会にまつわる教師側にとっては命令ばかりする機関、もしくは書類ばかり送られてくる機関のように感じているという。
とりわけ教師たちにとって一番の重荷となっているのは文書である。数も膨大であり、中には期限の厳しいものまであるそうだ。
第4章「「教育偽装」事件簿――密室の中でのヒエラルキー」
教育偽装の実態について明らかにしているところである。
第5章「教育委員会ってなに? 教師の期待は?」
これまでずっと批判してきたがここでは「教育委員会」の仕組みについて解説している。
第6章「今こそチェンジ! 教育委員会――尾木直樹「5つの提言」」
尾木氏の本というと大概は批判ばかりで終わるのだが、本書はそれだけではなくこうしたらよくなるのではないかという5つの提言をしている。この5つを挙げてみる。
1.もっと現場の声を聞け!
2.教育にもっとお金を!
3.教育委員会は全力で教師をサポートせよ!
4.風通しの良い教育委員会にせよ!
5.議会からきっぱりと分立せよ!
最後によれば、本書はわずかな時間で仕上げた緊急出版という形であろう。短期間でありながらアンケートの集計やそれにまつわる声の編纂は評価できる。
しかしそれを踏まえての提言は私から見て斬新さがほとんど見られないように思えてならない。

F1 マレーシアGP バトンが2戦連続PP! そして優勝予想

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・バトン ブラウンGP 1:35.181
2 J・トゥルーリ トヨタ 1:35.273
3 S・ヴェッテル レッドブル 1:35.518
4 R・バリチェロ ブラウンGP 1:35.651
5 T・グロック トヨタ 1:35.690
6 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:35.750
7 M・ウェーバー レッドブル 1:35.797
8 R・クビサ BMW 1:36.106
9 K・ライコネン フェラーリ 1:36.170
10 F・アロンソ ルノー 1:37.659
11 N・ハイドフェルド BMW 1:34.769
12 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:34.788
13 L・ハミルトン マクラーレン 1:34.905
14 H・コヴァライネン マクラーレン 1:34.924
15 S・ボーデ トロロッソ 1:35.431
16 F・マッサ フェラーリ 1:35.642
17 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:35.708
18 G・フィジケラ フォースインディア 1:35.908
19 A・スーティル フォースインディア 1:35.951
20 S・ブエミ トロロッソ 1:36.107

追記が遅くなってしまい申し訳ありません。予選は見たのですが、つい気するのを忘れてしまい寝てしまいました(汗)。

結果から言うとバトンが2戦連続のPPでした。チームメイトのバリチェロも4番手につけました。なお、バリチェロはギアボックス交換ペナルティにより5番グリッド降格。決勝は8番手からのスタートとなります。

便宜上3番手から紹介します。3番手はヴェッテル、いい位置につけたのですが、彼は前線のオーストラリアGPでのペナルティにより10番グリッド降格。決勝は13番手からのスタートです。

トヨタはトゥルーリがフロントロー、さらにグロックも5番手のタイムですが上記のペナルティにより2列目3番手からのスタートとなります。PPのバトンの周りに2台のトヨタなわけですから、トヨタの初優勝もぐっと近づいたのかもしれません。

一方残念なのがフェラーリ、マッサはチームの判断ミスによりQ1脱落ということになってしまいました。決勝は1ストップ作戦に出るのかということも考えられますが…。

さて、優勝予想はこんな感じです。

本命:バトン

対抗:トゥルーリ

要注意:ライコネン、ロズベルグ

バトンが2連勝になるのかと。ただトヨタも黙ってはいないでしょう、トゥルーリが途中でバトンを追い詰める場面が出てくるのかもしれません。

F1 マレーシアGP フリー走行3回目結果

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:35.940 19
2 M・ウェーバー レッドブル 1:36.048 13
3 F・マッサ フェラーリ 1:36.089 13
4 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.132 21
5 T・グロック トヨタ 1:36.189 22
6 S・ヴェッテル レッドブル 1:36.194 14
7 K・ライコネン フェラーリ 1:36.235 14
8 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.325 18
9 R・バリチェロ ブラウンGP 1:36.519 19
10 J・バトン ブラウンGP 1:36.541 17
11 R・クビサ BMW 1:36.563 18
12 L・ハミルトン マクラーレン 1:36.657 15
13 H・コヴァライネン マクラーレン 1:36.742 13
14 F・アロンソ ルノー 1:37.004 16
15 N・ハイドフェルド BMW 1:37.026 18
16 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:37.032 18
17 A・スーティル フォースインディア 1:37.118 18
18 S・ブエミ トロロッソ 1:37.282 17
19 S・ボーデ トロロッソ 1:37.322 16
20 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.398 19

相変わらずロズベルグがファステスト。前戦のオーストラリアと通算したらもう5回もファステストを記録しています。

F1 マレーシアGP フリー走行1・2回目結果とPP予想

昨日はある事件により、話題騒然でした。

その熱も冷め止まぬ中第2戦のマレーシアGPが開幕いたしました。

フリー走行1・2回目は以下の通り(GPUpdate.netより)。

1回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:36.260 27
2 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.305 25
3 J・バトン ブラウンGP 1:36.430 20
4 R・バリチェロ ブラウンGP 1:36.487 22
5 F・マッサ フェラーリ 1:36.561 21
6 K・ライコネン フェラーリ 1:36.646 18
7 L・ハミルトン マクラーレン 1:36.699 16
8 M・ウェーバー レッドブル 1:36.703 23
9 S・ヴェッテル レッドブル 1:36.747 25
10 T・グロック トヨタ 1:36.980 27
11 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.982 26
12 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.025 20
13 R・クビサ BMW 1:37.039 18
14 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:37.199 20
15 A・スーティル フォースインディア 1:37.241 18
16 F・アロンソ ルノー 1:37.395 12
17 S・ブエミ トロロッソ 1:37.634 22
18 N・ハイドフェルド BMW 1:37.640 17
19 S・ボーデ トロロッソ 1:38.022 19
20 H・コヴァライネン マクラーレン 1:38.483 7

2回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 K・ライコネン フェラーリ 1:35.707 40
2 F・マッサ フェラーリ 1:35.832 38
3 S・ヴェッテル レッドブル 1:35.954 40
4 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:36.015 39
5 M・ウェーバー レッドブル 1:36.026 36
6 R・バリチェロ ブラウンGP 1:36.161 37
7 J・バトン ブラウンGP 1:36.254 31
8 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:36.290 35
9 H・コヴァライネン マクラーレン 1:36.397 40
10 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:36.401 35
11 L・ハミルトン マクラーレン 1:36.515 30
12 J・トゥルーリ トヨタ 1:36.516 34
13 S・ブエミ トロロッソ 1:36.628 32
14 T・グロック トヨタ 1:36.639 29
15 F・アロンソ ルノー 1:36.640 20
16 A・スーティル フォースインディア 1:36.875 36
17 R・クビサ BMW 1:37.267 38
18 S・ボーデ トロロッソ 1:37.278 30
19 G・フィジケラ フォースインディア 1:37.432 27
20 N・ハイドフェルド BMW 1:37.930 37

木曜日の午後から土砂降りだったようですが、金曜日は水たまりも乾いてドライコンディションのフリー走行でした。見た限りでは今週末はブラウンGP、ウィリアムズ、フェラーリがダンゴ状態。その後ろにレッドブルが追うという様相となりそうです。

昨日失格処分となったマクラーレンや、BMWはどうも調子が上がらない模様。

さてPP予想といきますか。

本命:ライコネン

対抗:ロズベルグ

要注意:バトン、マッサ

但しドライだったらの話です。ドライだったら今回は先の通りの構図になりそうかと。その中で一発の早さに定評のあるライコネンがPP取れるのではないかと。

さて、マレーシアに関してちょっと余談ですが、

マレーシアでは今日3日にナジブ氏が第6代首相に就任したというニュースがありました。マレーシアは今、政治にF1にとホットな話題満載なのかもしれません。

F1 オーストラリアGP ハミルトンとマクラーレンが結果から除外!!

今年の開幕戦はここまで尾を引きますか。

正直言ってびっくりしました。

マクラーレン オーストラリアGP失格

ハミルトンは、トヨタのクルマがターン15でコースを外れて芝生に飛び出したときにこれを抜いたことを認めた。そして、このときチームが彼にトゥルーリを抜くようにと指示したと説明した。
しかし彼のこうしたコメントに反して、レース後にこの一件を調査したスチュワードたちは、ハミルトンがトヨタを先に行かせるためにスローダウンした事実はなかったと述べ、ハミルトンがそのときこの件について触れなかったと主張している。マクラーレンのレース中の無線交信記録を入手したFIAは、「故意に誤解を招くような情報を提供した」として、チーム全体をレース結果から除外した。
FIAはまた、トゥルーリのペナルティを取り消した。このため、彼はオーストラリアGPの本来の順位である3位を再び手にすることとなった。(上記リンクより一部抜粋)

yahooはこちら。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090402-00000004-rcg-moto

トゥルーリのペナルティは不問となり3位表彰台。

マクラーレンはフェラーリと同じようにノーポイントで開幕戦をスタートしたということになります。

私自身正直言ってこのシーンは分かりませんでした。録画していてもオーバーテイクしたということしかわからないものですから…。

昨シーズンが劇的な幕切れ。そして今シーズンはここまで尾を引く波乱のスタート。今年のF1はどうなるかわかりません。

エア新書―発想力と企画力が身につく“爆笑脳トレ”

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もしも本書の帯紙を私が書くとしたらこうだろう。
「注意:本書は絶対に電車の中で読まないでください。
笑い過ぎて周りから変な目で見られても責任は一切の責任は負えません。」

これは絶対に家で読むべき一冊である。そして壁の薄いアパートに住んでいる方はなるべく笑いをこらえながら読むことをお勧めする…というほど抱腹絶倒の1冊である。
ここ最近では新書が毎月100冊に限りなく近いほどにまで発行され続けている。新書の種類は、非常に学術的で普通の人には疲れるようなものから、雑学でわかりやすく活字にあまり触れていない人でも読めるもの、極めつけは2ちゃんねる新書まで出ているのだから新書は非常に奥が深い。細かな傾向については本書でマトリックスにてまとめられているが、本書で「エア新書」と呼ばれるものはどちらかというと知識欲・金銭欲問わずあっさりしている傾向にある。
「エア新書」の著者人は本当にそうそうたる顔ぶれである。
麻生太郎
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など、全部取り上げるとなると羅列しすぎて、著者からお怒りが来るためここで割愛する(とはいっても羅列したのは中でも特に面白かったタイトルのものを取り上げているだけだが)。
発想というのはなかなか面白い。時には役に立つものもあれば、ときにはナンセンスなものまである。本書で取り上げられているものは
「役に立つ:ナンセンス」=「2:8」
という比率であろう(独断と偏見により)。
発想術もさることながら、新書で爆笑できたというものはこれ以外にほとんど見当たらない。
本書を読んでくらい世の中を一度笑い飛ばしてみたらどうか。

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「蔵前トラックⅡ」に移転して一番最初に取り上げたのが本書である。当時はこう書評していた。

皇太子殿下の恩師であり、元学習院初等学科長である川嶋優氏が日本の教育について説いている。本書を読んでわかったのは、非常に的を射ていた。今の子供たちが大人をなめているようになったのは子供にも悪い部分はあるが多くは大人に非があると私は思う。とりわけ、いまは「叱らない」大人が増えているように思える。今の子供は目標とできる大人、そして心から叱ってくれる大人に飢えていると考える。でも子供をしかることを大人たちは恐れている。そして古くからの常識・礼儀を知らない子どもと大人もいる。日本人がどれだけモラル、そして日本独特の風格を失ってしまった最大の要因は戦後GHQによる日本の解体にある。日本は独自の民主主義があったがアメリカスタイルを押し付けられてしまった。ちょっと飛躍になるが憲法を改正し、日本独自の憲法と民主主義を持つべきである。

本当に飛躍してしまったと正直に反省(笑)。
一番最初であったが、今の書評も上記の文章が冗長的になったというだけになってしまっていると我ながら反省している。ただこの書評からスタートをして1年。どう変化したのか、どう成長したかというのは自分自身は分からない。成長したという評価自体は閲覧者に委ねるとしか言いようがない。ただずっと前に進んでいた分、最初を見返すというのはこれからの書評にとって、何らかの成長道具になっていくのであろう。
上記の本の話に戻る。本書は日本の教育というよりも教育を通じた子育ての在り方を問い質したものである。最近の教育・子育ての状況は全体的に見たら本当に一日本人として育つのだろうかという疑いは禁じ得ない。
この問題を真正面からといた本書は子育てをする親や学校教師にぜひ読んで頂きたい一冊である。

ブラバンキッズ・オデッセイ 野庭高校吹奏楽部と中澤忠雄の仕事

節目を迎えるにあたり、これまで書評したものの中から選りすぐりのものを2つ選ぶ。
一つは「蔵前トラック」「蔵前トラックⅡ」を通して最も思い出に残る一冊を、
もう一つは「蔵前トラックⅡ」で一番最初に取り上げたものを再掲して、自ら振り返るということを行う。

ブラバンキッズ・オデッセイ 野庭高校吹奏楽部と中澤忠雄の仕事 ブラバンキッズ・オデッセイ 野庭高校吹奏楽部と中澤忠雄の仕事
石川高子

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企画その1として今回は今までの書評の中から一番思い出に残る一冊を紹介する。
本書は前身の「蔵前トラック」の時、一昨年の秋ごろに書評したものである。
本書はどんな作品なのかと言うと、とある高校の吹奏楽部を取り上げたルポルタージュ作品であるがこの学校自体、2003年に統廃合され学校そのものがなく なった。さらに遡るとこの学校の指揮により幾度も全国大会に進んだ指導者も96年に亡くなった。色々な意味はあるが、今や吹奏楽をやっている人達の間では 「伝説の高校」として崇める人も少なくない。私自身も中学・高校と吹奏楽をやってきた一人なのでこの高校に対する思い入れは強い。本書に出てくる高校は本当の意味で「青春」をしたのだろう。いや、したに違いない。
申し遅れたが本書に出てくる高校は今は無き「神奈川県立野庭(のば)高校(現:神奈川県横浜南陵高校)」そして今や亡き指導者の中澤忠夫と子供たちによるルポルタージュである。
第1章「プロが学校にやってきた」
中澤は82年に吹奏楽部の指導者として迎えられた、その時の野庭高校は地区大会落ちの常連で全国大会など夢のまた夢であった。中澤はこの高校に全国大会出場という夢をかけた。
さて、ちょっとここで閑話休題といく。というのは先ほどから「地区大会」や「全国大会」というような言葉が出るが、このことについてはwikipediaの「全日本吹奏楽コンクール」の項目で詳細に述べられているが、ここでは簡単に紹介する。
吹奏楽コンクールは「地区(予選)大会」「県大会」「支部大会」「全国大会」の4つに分かれる。それぞれ大会で推薦された団体が右の上位の大会に進むことができる。「全国大会」は部門によって分かれるが、中学・高校では東京の「普門館」で行われる。「普門館」は元々宗教団体立正佼成会の施設であるが、中高生の吹奏楽部にとっては「吹奏楽の甲子園」と言われており憧れであり、目標である。私も高校は全国大会に出場したことのある団体で、コンクールには毎年出場したが、1度も普門館のステージを踏む事無く終わった。
第2章「コンクール狂詩曲」
野庭高校は83年に全国大会初出場・初金賞を獲得し、全国大会の常連街道まっしぐらの時についてである。この時の野庭高校ではよくA.リードの曲を取り上げていた。「アルメニアンダンス・パートⅠ」「ハムレットへの音楽」「オセロ」「春の猟犬」というようなタイトルが名を連ねる。
しかし、その街道も長くは続かなかった。
第3章「オーケストラサウンド誕生」
88年に全国大会に出場してから3年もの間出場できないというスランプに巻き込まれていた。とはいえ野庭高校のレベルは落ちたわけではない。暗中模索の時代が続いていた。そのとき中澤はある編曲家に出会い、そこから考えを改め、全く違う曲をコンクールの曲に選んだ。80年代に活躍した音楽とは全く違ったものであるが、全国大会に返り咲いた。
93年には今となってはコンクールの間で大流行の曲であるコダーイ作曲「ハンガリー民謡「くじゃく」による変奏曲」を初演した。
第4章「私たちは決して諦めない」
これ以上ないサウンドを手にした野庭であったが今度は指導者の中澤が胃がんとなり入退院を繰り返した。病床についたり離れたりと繰り返しながらも、指導する態度は変わらなかった。それとは裏腹に病魔は中澤の体を確実に蝕んでいった。
95年、野庭高校自身最後の全国大会もそれは同様であった。しかし、その先生に恩返しをしよう、先生のために「日本一」のサウンドをつくろうという思いがこれ以上ない曲となった。95年、この年の自由曲はレスピーギ作曲の「シバの女王ベルキス」である。下記に動画をリンクした。ニコニコ動画であるためアカウントは必須でありますがぜひご覧ください。上はコンクール時の演奏、下はその約半年後の定期演奏会のものです(21:37掲載)。

第5章「最後まで指導者」
別れは突然やってきた。96年8月、またもう一度全国大会を目指そうと思った矢先に中澤はこの世を去った。
第6章「再結成」
最初にも述べたとおり野庭高校は2003年の統廃合により無くなってしまった。その灯を消さないためにも、そしてあのころの青春を取り戻すためにも、元部員たちは結束し、「ナカザワ・キネン野庭吹奏楽団」というOBバンドを結成した。彼らのみならずこの高校でプロとして、中学校の教師としてまい進している人もたくさんいる。
今回これを思い出の一冊とした理由は、前にも述べたが中学・高校時代は吹奏楽部に所属していた。その中で何度もコンクールに出場した。吹奏楽にのめり込んだ時代はまさに「青春」という言葉で言い表せることができる。本書を読んでそのようなことを思い出すのと同時に、自分自身吹奏楽で学んだことを思い出し実践しようという気概にあふれさせる。
本書はまさに「青春」そのものである。

節目の御挨拶

昨日のボツネタ集の冒頭にも申し上げましたが、

当ブログは「蔵前トラックⅡ」に移行して1年、書評をはじめて2年、ブログそのものをはじめて3年という節目を迎えました。

これも日頃アクセスした方々の賜物と言えます。

そして書評ですが、今回「蔵前トラックⅡ」に投稿したもので1年間数えますと、

475冊(ただしボツネタを除く)書評いたしました。

後ろを向かずひたすら前に向かって書評をし続けここまでに至りました、言いかえれば、

「書評し過ぎました(笑)」。

最初を見ると400字詰め原稿用紙半分は言っているのがやっとというような量ばかりでしたが、数をこなしていくうちにだんだん文字数が増えるようになり、気がついてみたら1書評につき平均原稿用紙3~5枚程度、多い時には7・8枚というほどになりました。

ただ単に長いだけではダメなのですが、これだけ書評をするにあたって気づいたところ、考えさせられるところが増えたという表れかも知れません。

F1は先月から始まりましたが、当ブログでF1予想を始めたのが3年前のイタリアGP、ちょうどフェラーリの「赤き皇帝」、ミハエル・シューマッハが引退発表した時のことです。

あれからもう2年半経ちましたが、はじめは本当にすきというだけでこの予想を始めましたが、いつの間にかこれだけの方にTBされ(反対にTBし)、勉強になることも否めません。

もはや趣味というよりも一つのライフワークみたいなものになったような気がします。

こういった経緯がありましたが、この節目を迎えても変わりなく「蔵前トラックⅡ」は続けていきますので、

どうか応援の程をよろしくお願い申し上げます。

「蔵前トラックⅡ」管理人:蔵前

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