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気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる

気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる 気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる
櫻井 よしこ

小学館  2006-07
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日本国憲法は1948年5月3日に施行されて間もなく61年になる。これまでの間、憲法改正論議については第九条(戦争放棄)が主であるが、タレントの永六輔のように「九条以外は改正してもいい」という論者もいることも忘れてはならない。
本書は改憲論者の一人であるジャーナリストの櫻井よしこ氏が自身が提起した憲法改正草案を現憲法と比較して今の憲法の欠点、そして憲法改正のメリットを述べている。
第一章「なぜ憲法改正か」
櫻井氏ほど今の国、そして今の憲法について憂いている論者はいないだろう。もう60年以上たっても未だに改正されない憲法に、生活様式や習慣が時が経つにつれ様変わりした日本国民、その差異の大きさというのは目に見えないが、条項によっては計り知れないほど大きいものがある(第一・九条が特にそう思える)。
多くの論者が主張しており、私もそう思うのだが、日本の文化そのものは1945年以降GHQによって断絶された。それから教育などの日本における方針そのものが変わった。櫻井氏はこう言ったことが在りし日にあった思いやりや武士道といった概念が消え去ってしまい、中国・北朝鮮・ロシアなどの領海侵犯を黙認していると考えている。私もその通りである。
さて本章の後半には「五箇条の御誓文」と「十七条憲法」を挙げている。「五箇条の御誓文」で思い出したのだが、陸軍大将でA級戦犯で終身刑となった荒木貞夫が時の首相である佐藤栄作に遺言を口述したものがある。
「日本の未来像は、維新の五箇条の御誓文を主とし、つまらぬことを付け加えずこれを達成すること(Wikipediaより)」
「五箇条の御誓文は」明治維新の時に明治天皇が発布した天智地祇に誓うという形で宣明した。
大日本帝国憲法はドイツのプロイセン憲法を参考にし、日本国憲法はおおよそアメリカによってつくられたことを考えると、純粋に日本で作られた「十七条憲法」や「五箇条の御誓文」はどれほど重要な位置を占めているのかというのがわかる。
第二章「前文」
憲法の前文はお国柄というのが反映されるという。どういうようなスピリットをもって、どういった国でというのがここで書かれているところから、これを根幹に憲法が成り立っていることがわかる。
第三章「天皇」
差異が大きいところの一つである。というのは象徴天皇制と形式的にはなっているが、約2650年もの間万世一系の系統を続けてきたところは日本以外にはなかろう。しかしその系統も危機に立たされており、悠仁親王がご誕生されてから皇室典範問題は鳴りをひそめたが、いまだに解決の糸口すら見えていない。皇室典範問題はこれからの日本そのものに反映される問題なので慎重になるしかないというのもわかるが。
第四章「第九条」
さて最も論じられている第九条である。今この九条では戦力保持が禁止されている、のにもかかわらず自衛隊を保持しているという矛盾がまかりとっている。著者の言うとおり何のために九条があるのだろうか、誰のために九条があるのかというのは考えるべきであろう。国を守るために自衛隊があるとするのであれば九条は改正すべきであるし、恒久平和のために九条があるのであれば自衛隊が要らなくなる。しかし諸外国は絶えず軍拡を推し進めており、中国では日本に向けてミサイルを、北朝鮮ではノドンやテポドンを開発している。その矛盾をどのように解消していくのか護憲論者に問いかけたい所である。
第五章「政教分離」
こちらも矛盾がある。例えば公明党と創価学会である。民主党衆議院議員の石井一をはじめ多くの議員がこれらと政教分離の矛盾、もしくはダブルスタンダードについて批判している。所変われば首相の靖国参拝についての憲法違反ではないかという訴えもある。政教分離はフランス革命後に初めて明記されたものであり、もうすでに先進国の多くは取り入れられている。しかし首相の靖国参拝をこの政教分離というのであれば、アメリカの大統領就任演説の時に右手に聖書を載せることは政教分離に反するということにもなりかねない。政教分離ははっきりとしていて、あいまいなところが多いのもまた事実として挙げられる。
第六章「教育と家族」
教育に関する批判を昔あった「教育勅語」を例にとっている。これについては教育に関する文献でさんざん取り上げているので今更取り上げる必要はない。
第七章「国会」
著者は今の国会は「両院に「優劣」を付けた世界唯一の二院制(p.220より)」と位置付けている。憲法上では「衆議院の優越」や「三分の二条項」がある。私自身は、三分の二条項よりも参議院を無所属制にしたほうがいいのではと考えている。もともと参議院は「良識の府」といわれている。しかし政党色が付いている参議院は果たして「良識の府」と言えるのだろうか。私はとても言えない。そうであるならばいっそ参議院議員を全員無所属にして、当のしがらみにもまれることなく、議員の彩行のみで可決したリ否決したリしたほうが、よっぽど良心的になると私は思う。
第八章「基本的人権と表現的自由」
「人権」という言葉はいやというほど聞いてきた。確かに憲法で保障されている以上「人権」は保障されるべきであろう。しかし先にも話題となった「人権擁護法案」も含めて、ある意味で「エゴイズム」と化しているものも少なくない。それをどのようにして排すべきか難しいところだが人権に対するガイドラインははっきりとすべきであろう。
最後に私自身、櫻井氏のコラムや文献はいくつか読んできたが、櫻井氏の表現は非常に好奇心がくすぐられる思いである。というのは櫻井氏の表現の中には常用外の表現がいくつかある。例えば「強く」は「勁く」と書くことがある(ちなみにこう言った者には必ずルビが振られている)。常用外ではあるにせよ、何か特別な思いからこう言った書き方になったのだろう。それと同時に私自身その意味も調べたくなる。櫻井氏のコラムや文献を見るたびためになり、かつ面白い。

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