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2009年3月

「書評の部屋」ボツネタ集その2

ボツ理由:批判の仕方があまりにも過激すぎて、さすがにバッシングされるだろうと思ったから。

新華僑 老華僑―変容する日本の中国人社会 (文春新書) 新華僑 老華僑―変容する日本の中国人社会 (文春新書)
譚 〓美 劉 傑

文藝春秋  2008-04
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本書は日中間の歴史、そして中台間の歴史について書かれている。ここでの華僑はというと本書では中国対隣国との関係について定義している。日中関係はというと尖閣諸島や歴史認識問題をめぐって事あるごとに対立している。しかし現在の日本の首相は親中(それよりも媚中という感じがしてならない)であるので対立自体は顕著に表れていないようだが。第一部では譚氏の長崎、神戸、横浜といった華僑にまつわる三都物語である。事実これについてはあまりいい内容ではなかった。中には本当にそうなのかという疑いさえ出てくるものもあった。もっと言えば日本人が中国人に対しての差別はあったのは事実である。日本人が中国人に対して過酷な労働を強いられたというが、これは事実であろうか、という疑いが出てくる。仮にそうだとしても日本人の労働事情が困窮としており日本人でも過酷な労働を強いられていることも容易に想像できる。そうなるとそういった主張というのは中国が日本に対する偏見の表れだといっても仕方がないと私は思う。虐殺に関して日本人がやったと言って日本を犯人に仕立て上げようとするのだが、逆に中国も1938年の通州事件で約200人もの虐殺を行ったことは知っているのだろうかと問いたいくらいである。
第二部では戦後の日中、及び中台関係について書かれている。戦後日中関係はあまり書かれていなかったのである意味新鮮であった。さて中台関係についてであるが戦後間もないころ中国大陸では共産党と国民党が内戦を起こしていた。ちなみに大東亜戦争後は日本だけではなく中国でも資金がない状態である。普通であればの話だが。しかし大東亜戦争後国民党は台湾を、共産党は満州にあるに旧日本統治下で栄えた資金やインフラなどほぼすべてをぶんどった、共産党がぶんどった金額はわからないが、国民党がぶんどった金額は当時で110億円と考えるとそれに匹敵、あるいはそれ以上に金額に上ったのだろう。それをもとにして数年間内戦がおこった。勝ったのは共産党で以降国民党は台湾にとどまった。ちなみに内戦の間台湾では二・八事件があったことも忘れてはならない。二・八事件は1947年に起こった国民党による大虐殺事件である。台湾国民の反乱によって放棄した国民を大量に虐殺した。その数は延べ2万8000人。ちなみに台湾の知識人は全員殺されている。これは国民党の独裁と内をやりやすくするためという考えが露骨に見える。それから台湾は国連を脱退し現在にいたる。中国はつい先日までオリンピックが行われたが事実経済の減衰が見えてきている。さらにはオリンピック中にはチベット人が140人虐殺したというダライ・ラマ十四世猊下の御報告があった。これからオリンピック中に起こった虐殺など黒い部分が見えてくることを期待する。そのうえでIOCはどのような総評を述べるのか注目である。

「書評の部屋」ボツネタ集その1

本来であれば昨年の12月31日に企画していたものでしたが、とある事情により断念してしまった企画です。

考えてみれば明日は「蔵前トラックⅡ」になって1年、書評を始めて2年、ブログを始めて3年となる節目です。

そこでこの日は書評のボツネタを取り上げていこうかと思います。

まずはこちら。

ボツ理由:辞典なだけにこれだけしか書けなかったから。経済はほとんど勉強していなかったもので(汗)。

経済学用語辞典―経済学入門シリーズ (日経文庫) 経済学用語辞典―経済学入門シリーズ (日経文庫)
佐和 隆光

日本経済新聞社  2006-05
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経済学を勉強したいがためにまずは用語からということで本書を手に取ったが…、まさに表題通りの辞書であった。一応買ったことには悔いはなかったが、本当の入門書を1冊ないし2冊買って本書を読んだら相乗効果で効果的になるのではと自分なりに思った。
実際経済学をやろうと思ったというのはこれまで多くの経済に関する文献を取り上げてきたが、実践的なものばかりだったが経済理論の勉強は大学ではそれほどやっておらず知識も疎かった。そこで経済学の勉強をしながら様々な経済を論じていく必要があったという経緯である。本書を読んでもあまりよく理解できなかったのでもう1・2冊経済の入門本がほしいところである。

青年ヒトラー

青年ヒトラー (平凡社新書) 青年ヒトラー (平凡社新書)
大澤 武男

平凡社  2009-03
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第二次世界大戦前後の中で最悪の独裁者とも言われるアドルフ・ヒトラー、今年の4月で生誕120年となる。ユダヤ人の大虐殺により歴史的汚点を築かせた張本人として今でも憎悪の的となっているのは周知の事実であろう。
この時期に本書が発売となったのだが、真正面からヒトラーのことについて書かれているものは珍しい。余談であるが、本書においてヒトラーの表記はファーストネームの「アドルフ」になっている。親しみをこめているのと同時に家族についても書かれているためである。
第一章「生い立ちの記、気ままな少年時代」
ヒトラーは1889年4月20日にオーストリアで生まれた。ここでは小学4年生の時から始まっている。当時から成績優秀であったヒトラーは雄弁で人をひきつけることを感じていたという。それが独裁者になって、大いに発揮されたのは言うまでもない。優等生だったヒトラーだったが気難しくあり、癇癪持ちであったために友人は1人しかいなかったその友人とは25年にわたる長きにわたって中断する者の、独裁者となった時に再会し、うれしい思いを手紙に綴っている。
気難しくどこか寂しげだったのだろうか。再開した時のうれしさにはヒトラーの人間味と言うのを垣間見る。
第二章「失意のウィーン時代」
その垣間見る人間味は別の面でも出てくる。この章では美術学校受験中の時のことについて書かれているが、その時に専ら趣味だったのがオペラ鑑賞、特にワーグナーの作品が大好きであった。ワーグナーの作品を利いている時のヒトラーについて友人はこう語っている。
「ワーグナーに耳を傾ける時のアドルフは、全く違った人間のようになり、彼のゴツゴツした面は消え去り、また彼の落ち着きのない不安定なそぶりは平静を取り戻し、柔らかい温かみのある姿に変容していった。(p.84より)」
ヒトラーは上記のように気難しく、繊細な性格をもっていることがわかる。しかし好きなものにのめり込んでいる時の側面は驚くほど違ったものでなる。
先に美術学校受験中と言ったがなぜそれにこだわっていたのかというと、独裁者となり自殺するまで、「建築家でありたい(p.85)」という夢を持ち続けていた。独裁者の時でも都市計画をずっと構想し続けていたほどである。しかし美術学校の受験はことごとく失敗し、別の道に進むしかなかった。
さらにこの若かりし頃にヒトラーのイデオロギーとなる「反ユダヤ」や「反ボルシェビズム」というような思想に影響を及ぼした時期でもあった。汎ドイツ主義者のゲオルグ・リッター・フォン・シェーネラーと当時ウィーン市長であったカール・ルエーガーの2人であったという。この2人の演説にヒトラーは大きく傾倒していき政治家としての思想の基盤となった。
第三章「幸せなミュンヘンの日々と戦場の勇士」
兵役から逃れるためにドイツに移住したのだが、逮捕されオーストリアに強制送還された。わずか1年のひとときではあったが、そこで画家として自分の水彩画を売り歩いていた。ヒトラーは主に建物の絵が多く、独創的ではないのだが、きれいな描写がなされている。インターネットでも閲覧可能なのでぜひご覧いただきたい。
強制送還され徴兵されるのだが、不適格と判定され兵役を逃れた。しかし同時期に第一次世界大戦が開戦され愛国心に駆られてオーストリア国籍のままドイツ帝国の兵士となった。そこから目覚ましい活躍となったのだが、自尊心の高さと指導力不足により昇進はある程度のところで止まった。
第四章「極右政治活動への突入と破滅への道」
第一次大戦でドイツは敗北し、国としての威信を取り戻すために建築家から政治家を目指すようになった。小さい頃に雄弁で人をひきつけることを感じていたことが多いに行かされた時期である。その雄弁な演説で「ドイツ労働者党(ナチスの前身)」の党首の目にとまり入党。それ以後については歴史の教科書に書かれているとおりである。
ヒトラーは第二次世界大戦最悪の独裁者であった。これは誰にも歪曲できない事実であり史実である。しかし、独裁者と片付けて人物像を見ないというのは本末転倒である。戦争があったからでこそ、この戦争や独裁者や背景に関して面と向かって論じたり、見たりしなければならないと私は思う。
本書はヒトラーを真正面に向かって良い面も悪い面もすべて書かれている良書である。

「聞くが価値」vol.07 感想

昨日は「ブック・ミシュラン」でおなじみの鹿田尚樹さんが主催する「聞くが価値 vol.07」に参加いたしました。

さっそくと行きたいところですが、私自身「聞くが価値」はvol.05以来2回目の参加です。この回では休憩後のアナウンスが伝説となりました。

伝説は繰り返されるのか…という考えも持ちつつ開始のアナウンス。淡々とアナウンスされていましたが、

「あれ?主催者挨拶は??」

違った形で伝説をつくりました。「聞くが価値」では名司会者が誕生する場として役立っているのかもしれません(笑)。

さて、本題に入ります。

①岡島悦子氏

岡島氏と言ったらこの1冊です。すでに書評済みです。

私同様、本を読まれた方が多かったので、本に書かれていた内容とあまり重複しないものでした。私自身本を読んで、ブログを拝見しての岡島氏のイメージは「ズバズバ言う怖い方」というものでした。

実際に会ってみると、時には穏やかに、ときには笑いを誘わせ、ときにはイメージ通りにズバズバ言う方でした。名刺交換された方の顔と名前を覚えるという凄さ、さらに例え話にも使うという巧みさ。

②田島弓子氏

今年1月の出版記念セミナー以来となります。著書はこちらです。

こちらは本書に書かれている内容を交えながらこちらは「プロ」とは一体何なのかについておっしゃられていました。

後半には、職場での経験から呼ばれていた名前についても言われていたのですが、これが講演後、懇親会でもネタになりました。

平野敦士カール

開口一番で爆笑を誘い、抜擢されなかったらという部分について言及されました。笑いを誘いながらも、「抜擢されたら」に傾倒していたところを修正するという所はカール氏ならではです。

懇親会では、田島弓子氏を囲んで著書のことなどについていろいろとお話しすることができました(ほとんど聞き役でしたが)。

私のちょうど向かいにはワクワークショップの竹原さん。次回の女性限定ワクワークショップのことについていろいろと話されていましたが…、

参加資格のない男性の私が言うのも難なんですが。

女性の方々はぜひ応募をお勧めいたします!

と言うほどすごいセミナーになりそうです。後日正式にエントリーページがUPされる予定だそうです。

今回このセミナーを主催してくださった鹿田さん、講師を務められた岡島さん、田島さん、カールさん、ありがとうございました!!

F1 オーストラリアGP ブラウンGPがデビュー戦1‐2!!

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・バトン ブラウンGP 1:34:15.784
2 R・バリチェロ ブラウンGP + 0.807
3 L・ハミルトン マクラーレン + 2.914
4 T・グロック トヨタ + 4.435
5 F・アロンソ ルノー + 4.879
6 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 5.722
7 S・ブエミ トロロッソ + 6.004
8 S・ボーデ トロロッソ + 6.298
9 A・スーティル フォースインディア + 6.335
10 N・ハイドフェルド BMW + 7.085
11 G・フィジケラ フォースインディア + 7.374
12 J・トゥルーリ トヨタ + 26.604
13 M・ウェーバー レッドブル + 1 laps
Did not finish
14 S・ヴェッテル レッドブル + 2 laps
15 R・クビサ BMW + 3 laps
16 K・ライコネン フェラーリ + 3 laps
17 F・マッサ フェラーリ + 12 laps
18 N・ピケ・ジュニア ルノー + 34 laps
19 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 41 laps
20 H・コヴァライネン マクラーレン + 55 laps

レース後に、トヨタのトゥルーリがセーフティーカー先導時に他のクルマをオーバーテイクしたことにより25秒加算ペナルティとなり12位に終わりました。

実は今日はセミナーのためほんの少ししか見ていませんでしたが、終始バトンの独擅場でした。

見れたのが第2スティント前後と、残り数周と言ったところです。

やはり開幕戦、やはりアルバードパークと言わんばかりの荒れた戦いでした。

とはいえ、ブラウンGPの速さはもう手がつけられないと言っていいんでしょうか。この開幕戦前のチャンピオン予想と、開幕戦後のチャンピオン予想がもうがらりと変わる人が多いかもしれません。

フリー走行ではウィリアムズが速さを見せ、決勝ではブラウンGPが速さを見せてくれました。

繰り上げで3位表彰台に上がったのはハミルトン。あまり調子が良くなかったようですが、荒れた戦いに強いということを実証したレースでした。

昨年の後半に調子の良さを見せてくれたトロロッソ。今回もそれが光り、今回デビュー戦のブエミが7位、ボーデが8位でフィニッシュでした。

一方レッドブルに移籍したヴェッテルは終盤まで2位を走る激走を見せましたが、BMWのクビサと接触しリタイア。しかも次戦は10グリッド降格のペナルティが課されました。

さらにフェラーリは散々で両者そろってリタイアという結果に終わりました。昨年の開幕戦も同じように両者リタイアでしたのでいかに今のフェラーリがアルバードパークと相性が悪いのかが窺えます。

次戦は1週間後、マレーシア・セパン!!

「法則のトリセツ」大増刷記念パーティー 感想

もう昨日と言うべきですか。水野俊哉さんが「法則のトリセツ」の大増刷記念パーティーに参加いたしました。

「法則のトリセツ」を読んでこれはすごいと思い参加。

参加陣はものすごく豪華豪華…。

ベストセラー作家の清涼院流水さん、オトバンクの上田渉社長、ディスカヴァー・トゥエンティワン干場弓子社長、「404 Blog Not Found」の小飼弾さん。マネックスユニバーシティの内藤忍さん。

さらには「俺と100冊の成功本」の聖幸さん、「さおだけ屋~」の山田真哉さん…、名をあげたらきりがないほど著名な方々が参加されました。

水野さんの人脈の凄さも人柄の賜物かもしれません。

インプット・アウトプット両方の面で勉強になり、そういった面で楽しかったばかりではなく、勉強になる側面もあった本当にいいパーティーでした。

ありがとうございました!

F1 オーストラリアGP ブラウンGPがフロントロー独占!! そして優勝予想

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 J・バトン ブラウンGP 1:26.202
2 R・バリチェロ ブラウンGP 1:26.505
3 S・ヴェッテル レッドブル 1:26.830
4 R・クビサ BMW 1:26.914
5 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:26.973
6 F・マッサ フェラーリ 1:27.033
7 K・ライコネン フェラーリ 1:27.163
8 M・ウェーバー レッドブル 1:27.246
9 N・ハイドフェルド BMW 1:25.504
10 F・アロンソ ルノー 1:25.605
11 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:25.607
12 H・コヴァライネン マクラーレン 1:25.726
13 L・ハミルトン マクラーレン no time
14 S・ブエミ トロロッソ 1:26.503
15 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:26.598
16 G・フィジケラ フォースインディア 1:26.677
17 A・スーティル フォースインディア 1:26.742
18 S・ボーデ トロロッソ 1:26.964
19 T・グロック トヨタ no time
20 J・トゥルーリ トヨタ no time

某イベントから帰ってきましたので、詳細な感想を述べさせていきます…と思いきや、帰ってきてから真っ先に飛び込んできたのが、トヨタの2台が現在違反となっているリアでの「フレキシブルウィング」使用により予選のタイムを全部はく奪され、失格になったことです。それだけではなく、ハミルトンはギヤボックス交換ペナルティにより最後尾(と言っても18番手)からのスタートとなります。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090328-00000113-ism-moto

グリッドの最新情報につきましてはこちらをご覧ください。

さて、昨年あれだけ騒がれていた旧・ホンダF1ことブラウンGPがフロントローを独占しました。ホンダF1を買収してからわずかな期間でこの位置に上ってきたということは合同テストの調子を見て、上位に食い込むとは思っていましたが、フロントロー独占とは予想できませんでした。

その後ろにはヴェッテル・クビサ・ロズベルグという若手が続きます。

マクラーレンはハミルトンはともかくコバライネンも中段に沈んでいるところを見ると、テストで開発の遅れが囁かれていましたがどうやら本当だったようですね。

フェラーリもQ3にくいこんだもののマッサが7位でライコネンが9位という位置。これまで上位でしたが、今年は苦戦するシーズンとなりそうです。

さて、優勝予想を。これも予選と同じスタイルをとります。

本命:バトン

対抗:ヴェッテル

要注意:バリチェロ、ロズベルグ

正直言って今回は予想できません。何せ開幕戦がアルバードパーク。ここ数年はどれだけ波乱のレースだったか。おそらくSCは2~3回程度くるのではないかと。そして完走は昨年は8台(失格者含む)でしたが、今年は10台程度かと。

抜擢される人の人脈力 早回しで成長する人のセオリー

抜擢される人の人脈力  早回しで成長する人のセオリー 抜擢される人の人脈力  早回しで成長する人のセオリー
岡島悦子

東洋経済新報社  2008-12-12
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明日の「聞くが価値vol.07」の講師を務められる岡島悦子氏。彼女はダボス会議Young Global Leaders2007に選ばれた人でもある。そのためか岡島氏のセミナーであるが単独でも数万円かかるようなセミナーばかりであり、セミナーによくいく私でも少し躊躇してしまう額である。それほど貴重な方が日曜日に聞けるというから心して聞こうという思いである。
本書はヘッドハンターの岡島悦子氏が抜擢されるための人脈を築くためにはどうすればいいのかについて書かれている1冊である。
第Ⅰ部「なぜ今、「人脈」なのか?――人脈の重要性再考と将来仮説」
今100年に一度の恐慌の真っ只中。その時こそ自分に磨きをかけるチャンスであるが、どれが一番モノを言うのか、ある人は「人脈」と言ったそうだ。ではこの「人脈」を築くにはどうしたらいいのか、どんな人と「人脈」を築いたらいいのかというのは巷には多くの人脈本があるが十人十色の如く、「十冊十色」と言ったところである。
本書は「抜擢」や「推薦」と言ったところをフォーカスした人脈作りにある。著者の人脈作りができたきっかけなのがハーバードでの経験であるという。ハーバードで関連する人と言うと著者の先輩である堀義人氏もハーバード大(MBA)での経験から「グロービス経営大学院」を開学した。ハーバードでは今のビジネスにとって本当に重要なものを教えてくれるというのが見て取れる。
著者がこれからしきりに述べられるのが「人脈スパイラル・モデル」というのがある。これについて詳細は第Ⅱ部で述べられている。
人脈構築とはいってもただ闇雲に名刺交換を行うことで人脈構築をするということは、陳腐なものになっている。本当の人脈構築は時間と労力がかかり、それをかけながらギブ&テイクを行うことだという。
以前私は「人脈は霞を食べるようなもの」と言ったが、なぜこう言ったのかというと人脈はものにしていくのには非常に多くの時間を要する。ただ単に名刺交換をしてあっていくだけではそれでもモノにならない。そして何よりも人脈があるという実感がわかないということで自分の持っているわずかながらの体験からこういった次第である。
第Ⅱ部「人脈スパイラルと人脈レイヤー――抜擢される人の戦略的人脈構築モデル」
さて本書の核心である「人脈スパイラル」についてである。これは5つのステップに分かれており、その循環によって人脈を構築していくというモデルである。
STEP1「自分にタグをつける」
「自分の訴求ポイント」ということである。例えば「〜の誰々」「〜と言えば誰々」「誰々と言えば〜をすることが実績がある」という「オンリーワン」、他の誰もが持っていない役割や力というのがタグとなる。
STEP2「コンテンツを作る」
コンテンツと言うとまず言えるのが、ブログなどの配信道具と思いがちであるが、本書ではこのコンテンツの定義が違い、「タグの裏付けとなるエピソード」というのがコンテンツであるという。いわゆる事例や実績と言ったところにあたる。
STEP3「仲間を広げる」
仲間を広げるという一つのコンセプトとして「勉強会」というのを紹介している。著者自身はハーバード大の先輩であり上司でもあった、現在グロービス経営大学院学長である堀義人氏主催の勉強会から、このステップ3では重点的に勉強会のことについて取り上げられている。
STEP4「自分情報を流通させる」
自分の情報を流通することはSTEP1,2で取り上げたタグとコンテンツを口コミにして発信させる。それを発信させるためにはどうすればいいのか、自分の目の前にいる相手、すなわち友人知人とのディスカッション、お土産話により口コミをつくるをつくり発信させるという。
さらにブログもレジュメやテスト・マーケティングと言った役割を担うと著者はいう。
STEP5「チャンスを積極的に取りに行く」
タグやコンテンツをつくり、流通させたら今度はチャンスがやってくる。著者の言う「上昇気流」や「人脈モテ期」というのがここで定義されている。そこでも油断は禁物で、上昇気流に乗ったらその役割に徹することをしないとスパイラルにならないという。
まずやるべきことは「タグ」をつくる、見つけることから始まるということか。
第Ⅲ部「人脈スパイラルの先には何があるのか?――戦略的人脈構築の本当の目的」
人脈スパイラルを紹介してきたがその先にあるのは何なのか。
それは「自由」であるという。
ここでは戦略的に人脈を構築し、オンリーワンとなる人材となったとき、抜擢され、(働き方や仕事選択の)自由を持つことができるという。
本書は戦略的な人脈構築について非常に具体的に書かれたものである。人脈と言うと相手に対して何をすべきかというのが多かったようだが、本書はそれとは違い人脈構築するためには「自分がどうすべきか」ということを重視している。
100年に1度の恐慌はむしろチャンスである。その中で自己投資をする人も増えていくことだろう。その中で戦略というのが重要視されていく中、本書のような人脈術が重宝される時が来ているのかもしれない。

F1 オーストラリアGP フリー走行3回目 結果

フリー走行3回目の結果です(GPUpdate.netより)。

ロズベルグが連日のトップタイム、どうやら自身初のPPも現実味を帯びてきそうです。さて次は予選。どうなる事やら。中嶋も好位置につけています。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:25.808 21
2 J・トゥルーリ トヨタ 1:25.811 19
3 J・バトン ブラウンGP 1:25.981 20
4 F・マッサ フェラーリ 1:26.020 17
5 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:26.078 18
6 R・バリチェロ ブラウンGP 1:26.348 19
7 M・ウェーバー レッドブル 1:26.355 16
8 T・グロック トヨタ 1:26.410 25
9 R・クビサ BMW 1:26.514 18
10 N・ハイドフェルド BMW 1:26.555 19
11 H・コヴァライネン マクラーレン 1:26.652 13
12 L・ハミルトン マクラーレン 1:26.714 18
13 S・ヴェッテル レッドブル 1:27.009 12
14 A・スーティル フォースインディア 1:27.062 12
15 S・ボーデ トロロッソ 1:27.152 16
16 S・ブエミ トロロッソ 1:27.192 17
17 F・アロンソ ルノー 1:27.357 18
18 G・フィジケラ フォースインディア 1:27.492 20
19 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:27.739 22
20 K・ライコネン フェラーリ 1:28.801 5

F1 オーストラリアGP フリー走行1・2回目とPP予想

ついに始まりました2009年シーズン。これから11月1日までほぼ月に1・2回F1レースがあります。当ブログではその都度取り上げていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします!!

さて、開幕戦はオーストラリアGPですが、フリー走行1・2回目の結果をUPいたします(どちらもGPUpdate.netより)。

1回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:26.687 19
2 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:26.736 21
3 K・ライコネン フェラーリ 1:26.750 24
4 R・バリチェロ ブラウンGP 1:27.226 21
5 H・コヴァライネン マクラーレン 1:27.453 15
6 J・バトン ブラウンGP 1:27.467 12
7 F・マッサ フェラーリ 1:27.642 24
8 T・グロック トヨタ 1:27.710 24
9 A・スーティル フォースインディア 1:27.993 20
10 F・アロンソ ルノー 1:28.123 16
11 N・ハイドフェルド BMW 1:28.137 20
12 J・トゥルーリ トヨタ 1:28.142 21
13 R・クビサ BMW 1:28.511 22
14 G・フィジケラ フォースインディア 1:28.603 16
15 S・ブエミ トロロッソ 1:28.785 27
16 L・ハミルトン マクラーレン 1:29.042 18
17 M・ウェーバー レッドブル 1:29.081 7
18 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:29.461 25
19 S・ボーデ トロロッソ 1:29.499 21
20 S・ヴェッテル レッドブル 1:32.784 4

2回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:26.053 36
2 R・バリチェロ ブラウンGP 1:26.157 38
3 J・トゥルーリ トヨタ 1:26.350 42
4 M・ウェーバー レッドブル 1:26.370 30
5 J・バトン ブラウンGP 1:26.374 38
6 T・グロック トヨタ 1:26.443 42
7 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:26.560 33
8 S・ヴェッテル レッドブル 1:26.740 19
9 A・スーティル フォースインディア 1:27.040 29
10 F・マッサ フェラーリ 1:27.064 35
11 K・ライコネン フェラーリ 1:27.204 32
12 F・アロンソ ルノー 1:27.232 28
13 G・フィジケラ フォースインディア 1:27.282 32
14 N・ハイドフェルド BMW 1:27.317 34
15 R・クビサ BMW 1:27.398 36
16 S・ボーデ トロロッソ 1:27.479 36
17 H・コヴァライネン マクラーレン 1:27.802 35
18 L・ハミルトン マクラーレン 1:27.813 31
19 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:27.828 35
20 S・ブエミ トロロッソ 1:28.076 33

見たらわかると思いますが、1・2回目ともにウィリアムズがトップです。フェラーリ勢はライコネンがなんとか頑張っている模様ですが、2回目を見るとブラウンGPに後塵を拝しているようです。違法ディフューザーの使用の疑惑があるとして抗議されたチームが上位を占めています。一応抗議は却下されたそうですがすぐに控訴。今回のレース自体暫定扱いされる可能性が出てきたそうです。

それはさておき、PP予想と行きたいところですが、昨年までは「本命1人、対抗2人、要注意3人」という感じで決めていましたが、今年から変更しまして、「本命1人、対抗1人、要注意2人」ということにします。理由は単純に対抗や要注意ばかり多くて、本当に予想として成り立っているのかという疑問を持ち始めたからです。

さてPP予想を、

本命:ライコネン

対抗:ロズベルグ

要注意:バリチェロ、中嶋

昨年上位にいたチームが軒並み中段、もしくはその下にいるので正直言って予想しにくいです。おそらくライコネンがPPを取るのではないかと。最後の最後でトップタイムを記録するのではないかと。

がんばらないで成果を出す37の法則―アライアンス人間関係術―

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「もうひとりではがんばらない」
本書で最も言いたい言葉であろう。平野敦士カール氏は「アライアンス仕事術」以来約10か月ぶりの最新作である。冒頭に書いた言葉だが私自身最も胸に突き刺さる言葉であった。自分自身これまで一人で頑張ってきた感じがあり、職場でも気がついてみたら自分ひとりで頑張ってしまう結果。生真面目なのか、自分が動かなければ気が済まない性質であるのだが、私自身冒頭の言葉を胸においてもっと肩の力を抜いてみようと思った。
個人的なことはさておき、本書は「人間関係」に特化したアライアンス術である。もともとアライアンスは人を巻き込み、人に巻き込まれながら進めていく、掴んでいくというのがアライアンスの意味であるので仕事術の応用もあるが、人間関係と考えると「アライアンス」の核となるのではないかと私は思う。
1章「21世紀はアライアンスビジネスパーソンの時代」
20世紀は高学歴や有資格者と言うのがモノを言わせた時代であった。しかし21世紀はメールやインターネットの技術の進歩によりリアルでのコミュニケーションが重宝される。人脈を持ち、社外の人から信頼を得られる人が重宝され、さらには多くの企業に抜擢される人材となる。さてアライアンスビジネスパーソンとなるにはどうすればいいのかということでここでは基礎編と言ったところである。他人から信頼を勝ち取るためには礼儀をわきまえたりすることも大事だがこの章で印象に残ったのは著者が定義する「ネオ・ビジネスパーソン」についてである。大きく分けて3つある。
1.「人を出し抜くよりも助け合って仕事ができる人」
2.「創意工夫・メキキができる人」
3.「自分のブランドを持つ」
競争ではなく「助け合い」を持ち自分にしかできない役割や目利き・工夫ができる人がネットワークをつくりやすく、何よりも人脈を築きやすく、会社にとって重宝される人材となる。
2章「誰でもできるアライアンス・コミュニケーション術」
アライアンスは本書での意味では「誰と一緒に仕事をする」ということである。「巻き込む」ことも、「巻き込まれる」ことも大事だが、まずは「巻き込まれる」ことからアライアンスが始まるという。そうした中で相手の要求に応えながら好感を持たせる。それだけではなく直接会いに行ったり、レスポンスを早くするということだけでも相手にとって交換を持つことができる。最後には「アライアンスブログ術(?)」なるものまであった。
3章「誰も教えてくれなかったアライアンス人脈術」
さてここでは人脈術。「人脈の達人」の一人である著者はどのような人脈術を述べるのかというのに期待がかかった所である。まず、
20代のうちはとにかく様々な人と付き合うことが大切だという。取捨選択は「良い・悪い」の判別がつく30代からでいいとすることから、積極的に人と出会うことが大切であるという。このことを「人材のベンチャー投資」と言っている。
著者の特徴的な人脈術として代表的なものでは「ランチ」。これは先の「仕事術」の情報収集でも取り上げたが人脈術でもランチを取り上げている。しかもお勧めの店も紹介しているほどなのでどれほど熱意がこもっているのか見て取れる。
4章「ワンランク上のアライアンス人間関係術」
人間関係を築く上には相手のメリットを優先する、もっと行くとみんなのメリットを考える、すなわち「win-win」をつくることこそ人間関係を築く上で大切なことであるという。
人間関係というとまず直面するのは自分にとって苦手な人との付き合いや、噂・いじめと言ったこともあるがその付き合い方についても紹介されているのでそれらに悩んでいる人にとっておそらく大いに役に立つであろうと私は思う。
5章「ワンランク上のアライアンス仕事術 [実践編] 」
ここでは前書の「アライアンス仕事術」の実践編と言うべきだろうか。
「交渉術」やプレッシャー克服、モチベーションと言ったことについて紹介している。
最後には「がんばらないで成果を出す37+1の法則」と「おススメ書評メルマガ&書評ブログ」について取り上げられている。おそらく大体の読者は「+1」というのが気になるが、だんだん読んでいくうちに自ずとわかってくるので是非ご購入を。そしておススメ書評には数多くの書評メルマガやブログが満載であり、何度か交流したことのある方の書評も載せられている。ビジネス本に限らず多岐にわたる本を取り上げている方もいるので是非アクセスを。
こう言ったインターネットなどのバーチャルが進歩しているほど「人間関係」というのが希薄になる。希薄になるからでこそこれから重要になってくる。本書はリアルに人を使いながらワクワクできる、非常に薄く、読みやすく、やさしい値段でありながら人間関係に関して大きなカンフル剤となり得る一冊である。

環境問題の杞憂

環境問題の杞憂 (新潮新書) 環境問題の杞憂 (新潮新書)
藤倉 良

新潮社  2006-11-16
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今日では環境問題について耳や目にタコができるほど聞く。確かに地球温暖化やそれによる海面水位の上昇、森林の減少など様々なところで実害を追っている私たち。しかし環境問題は企業や個人、国を挙げて「エコ」に取り組んで解決できるのだろうかという疑問もある。さらには武田邦彦氏を筆頭とする懐疑・否定派がこぞって地球温暖化のウソなどを暴き始めている。これまで一方的だった議論が均衡に保ち始めているようだが、環境問題について誤解があることも確かである。
本書はその環境問題の誤解について迫っている。
1.「日本も捨てたものじゃない」
環境問題について日本も例外なく槍玉に挙げられている国である。とりわけヨーロッパと比較して日本が悪いというような論調が多々あるように思える。しかし日本はもう30年以上も前から環境対策を行っていたことはご存じだろうか。30年以上前というと1974年に起こった「第1次石油ショック」というのがある。先頃のような原油高が急速に値上がりし、軒並みトイレットペーパーやティッシュが品薄になるという事態に発展した。原油高のために原油が原材料であるナイロン、それを使う工場の作業着が環境にやさしく薄手にし、さらに水俣病などの公害病の対策のために水の浄化や排気ガスの規制もいち早く行った。
槍玉に挙げられている日本だが、世界一の長寿国であることはもう周知の事実であろう。日本に次ぐ長寿国はというと、アイスランドやスペイン、スウェーデンなどのヨーロッパ諸国が連なっている。それでもなお環境について悪いニュースが飛び交うのか、本書では否定する証明ができないとされているが、その理由についてTV局の現実について書かれているが知識の欠乏をある種の開き直りとしてとらえられているところが許し難い。
2.「健康不安に打ち勝つ」
最近ではあまり聞かないが昔「環境ホルモン」というのが話題になったのをご存じだろうか。「環境ホルモン」は非常にわかりやすく言えば外的物質によるものにより男性化や女性化を阻害するような物質であり、「男らしい」や「女らしい」ではなくなってしまう物質である。微量でも著しい効果を表すのでメディアは大げさに広めたという。
さらにガンも全体的には死亡率が上昇しているが、高齢者の増加に伴うことから高まったのではないかというのが著者の意見としてあるという。これはなかなか面白い指摘である。
本書は3年前に出版されているためここでは中国産商品について書かれていなかったが、おう吐などにより死んだ例はないということだけは釘を刺しておく(ただし、中国産は気をつけなくてはいけない面はある)。
3.「所詮は人が決めたこと」
1.で槍玉に挙げられている理由としてあるのが「京都議定書」。これは1997年に議決され、昨年から適用期間に入った。日本は90年に比べて温室効果ガス (CO2含む)を6%削減を義務付けられたが2007年には8%も増加しており、世界的に非難を浴びている。1.でも言ったとおり90年は日本では二酸化炭素の排出量は少ない。ヨーロッパでは東西ドイツ統一や独立などの冷戦によって環境問題に着手できる状況になかった。90年代比というのは実のことを言うとヨーロッパにとっては好都合のものである。つまりは政治的に環境問題の対策を決めてしまったということ。それを決めたのは国の政治家。
「所詮は人が決めたこと」それに尽きる。
4.「暮らしやすい地球のために」
では二酸化炭素の排出量は上がっているのかというと、急激に増加している。それは人口増加も一端を担っているということを忘れてはならない。さらに森林伐採も人々がより住みよいものにしたい、そして物的に豊かにしたいということから伐採などを行っている。人口増加も伴っているためそこには家も建つ。環境問題は人々全員が豊かになれば解決できないという暴論ではあるがその答えに至ってしまう。
持論展開はここまでにしておいて、今巷は「温暖化」「温暖化」と一点張りになっている。しかし20年以上前は「温暖化」のフレーズは使われていなかった。むしろその逆の「寒冷化」と言われていた時である。二酸化炭素が増加しているにもかかわらず、である。さらに一昨年では記録的な猛暑、昨年ではゲリラ豪雨となったが、ここでも環境問題と連結する議論になってしまっている。異常気象と言えば異常気象であるが、異常気象自体は環境問題と関係があるのかというとあまり関係のないことである。というのはずっと同じ異常気象が続くかというとそうではないからである。これは本書の意見と同じである。
5.「環境の「常識」に惑わされない」
環境問題については科学的に立証しているものが少ない。むしろ「仮説」だらけである。ただビジネス書には「仮説力」という名がついている本がある。仮説を立てれば、思考の方法によって最適解に行き着くというものであるが、これを環境問題にリンクできるのかというと非常に難しい。自然の原理を仮説づけて解決に至るには毎年変わる環境をどのように見ていくのかという作業も必要なため仮説をつくるたびに対策を行うというのは近視眼的な気がしてならない。しかも仮説の中から「常識」化しているのだから環境問題の扱いは怖い。
私たちにできることは二つ。環境問題に関心を向け、そしてそこから疑いを持つこと。もう一つは自分自身納得のいくものであれば少しでも取り組んでみること。そこからではないかと私は思う。何よりも疑うこと、そして自分で考えることが何よりも惑わされない唯一の手段である。

日本の英語教育に必要なこと―小学校英語と英語教育政策

日本の英語教育に必要なこと―小学校英語と英語教育政策 日本の英語教育に必要なこと―小学校英語と英語教育政策
大津 由紀雄

慶應義塾大学出版会  2006-06-29
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最近は小学校でも英語の授業が行われ始めるなど英語教育の低年齢化が進んでいる。私自身は日本語が十分ではない時分に英語を教育して何のメリットがあるのか、そして中学・高校で英語教育をやって本当に英語力が身につくのかという疑問がある。著者自身もこう書いている。
「言語の認知科学を生業としながらも、学校の英語教育の在り方に大いなる関心を持ち続けていた筆者は、小学校英語の問題に英語教育が抱える問題の多くが凝縮されていると直感しました。(p.3より)」
本書は英語教育の重要性を述べたのではなく、英語教育を踏まえながら「本当の英語教育とは何か」「英語教育では何が必要となるのか」ということについて三回のシンポジウムの内容と番外編の記録である。
Ⅰ.「英語教育政策を考える」
「英語教育ほど社会からの要請に翻弄され続ける学科目も珍しいでしょう(p.17)」
最近では鳴りを潜めているが、歴史教科書をめぐっての「教科書問題」というのが話題となった時期があった。しかし英語教育に関してはそれはほとんどない。見えない形での「教科書問題」。それは「英語」ではなかろうか。
なぜ「英語教育」が重要視されてきているのか、おそらく企業にとっても、経済にとっても、外国の目を無視することができなくなった。いわゆる「国際化」「グローバリゼーション」の波が押し寄せたからだという。しかし「国際化」であり、外資企業が続々と日本に入ってきたことによって果たしてそう気に英語を使うべきという論理には無理があるのではと思う。以前に聞いたことがあるのだが早期に英語を行った場合習熟が早くなるというが、これも根拠があまりなかった。
ただ英語に関して最も需要が高かった時期があった。明治時代である。その時は鎖国から解放され続々と西洋文化が取り入れられてきた。そして政治や経済の形態も西洋化を進めるため必死に英語を学び、留学等を行い、取り入れていった。高度経済成長ではアメリカに追いつき追い越せと言った時代からバブルが崩壊したが、諸外国の文化を取り入れずとも近代的に確立してきたという感はある。それでもなお英語教育は早期化を進める人がいるというのはどうしてだろうか。
この「英語教育政策を考える」のシンポジウムは2003年12月6日に行われた。
Ⅱ.「<小学校英語>を考える」
外国語の早期教育は日本に限ったことではない。アメリカでは小学校教育で中国語を取り入れている学校があるほどである。これには2つの理由があると推測される。ひとつは中国系移民がいること。もう一つはこれからは経済繁栄のために中国と手を結ぶ必要があるということである。中国では、現在世界恐慌により成長は鈍化しているものの未だに日本より伸びはよく、最近ではGDPでドイツを抜き3位にまで上昇した国である。このままでは日本を淘汰するのも時間の問題という人もいる。さらに中国の人口は13億人おり、諸外国への移民政策も積極的だという。アメリカでも中国系移民を受け入れているところもある。
小学校教育は反対だが、もっともな必要性と、そして具体的な教育指針があれば考える余地はあるのだが、中学・高校における英語教育の前倒しという感じがぬぐえないというのも現実としてある。教育要領がない2005年の時にはほとんどの学校で何らかの形により英語教育を行っていることが分かったが、それを必修科目化の一つとして挙げられる「教育格差の是正」というのが如実に出ている。これが理由であればむしろ英語教育はいらないと思う。学校単位が決めることであれば、むしろ差別化により競争することによって、教育の充実を図ることが教育にとっていいことであると私は思う。
この章題のシンポジウムは2004年12月18日に開催された。
Ⅲ.「ことばの教育を考える」
ことばの教育に関しての議論がここで行われている。2006年2月15日に行われたものを収録している。ここでは「認知科学」におけることばへの関心、学校の英語教育、そして言語教育の審議について、最初に論評、後半に対談が載せられている。
私個人の意見であるが中学・高校のうちから、ましてや小学校のうちから必須として英語教育を取り入れることには反対である。むしろ母国語である日本語が十分でなくなったのは戦後日本の教育があったことも要因の一つとして考えられるからだ。「国語」を学ぶということは「自国」を学ぶことと同じである。それと同時に英語も「諸外国の文化」を学ぶことができる。しかし、今日本人は日本のことをどれだけ知っているのだろうか。そこに疑問点が生じる。英語を勉強することは社会人になっても、時間を使えばだれでもできることである。最近では英語のハウツー本も多数存在するため、英語をはじめ外国語を学ぶ環境はむしろ良くなっている。早期教育を行うのはむしろ「国語」であるべきと私は思う。

時の歩みに錘をつけて

時の歩みに錘をつけて 時の歩みに錘をつけて
山口政昭 白石洋子

梓書院  2009-02-10
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本書はニューヨークでレストランを経営している方が書かれた長編小説である。著者は単純に計算する限りで67歳であるわけだが、彼の自伝的作品と言っても差支えないと私は思う。
本書のタイトルにある「時の歩みに錘(おもり)をつけて」だが著者が生きた約67年間の歩みにどのような「錘」と書いてあるとおりにどのような重みが付けられていたのかというのがひしひしと伝わる作品である。アメリカに限らず世界中様々な国を旅し、その中で数多くの体験をしてきた。
本書の中である質問に関しては考えさせられた。イエス・ノー形式である。
1.税金や財政などの問題でアドバイスが必要な時は男のところに相談に行く。恋愛問題でアドバイスが必要な時は女のところに行く。
2.ソフトな声で話す女は上品でいいが、ソフトな声で話す男は弱々しそうで政治やビジネスに向かない。
3.他人、特に同性の人間と抱き合うのは気持ち悪い。
4.男と女が同じ車に乗るときは、男が無能力者ではない限り男が運転すべきである。
5.離婚や別居のとき、もし女が子供を引き取りたければ、子供は自動的に女のほうにゆくべきである。なぜならば女の方が子育ては上手だから。
6.女を保護したり女のために物を提供するのは男の義務である。なぜならば女の方が男より弱く、脆いというのは生物学的事実である。
7.男の方が政治に向いている。
8.子供のことか妻の仕事に関すること以外は夫が決定を下すべきである。(pp.87-89より)
答えに関しては本書を参照されたいが、それはないだろうというのがほとんどであろう。ちなみに答えは伏せておくが「もしもあなたがイエスと答えたなら…」という文切りになっているところから全部が「ノー」という方が正解だろうというのだろうか出題者は。
世界を旅したことがほぼ中心に書かれている作品であるが、著者ならではの心情の描写がなかなか面白い。量も多くそれでいて研究本並みの大きさであるが、案外読みやすく書かれているため、あえて苦難があるとするならば持ち運びづらいという所くらいだろう。

火山爆発に迫る―噴火メカニズムの解明と火山災害の軽減

火山爆発に迫る―噴火メカニズムの解明と火山災害の軽減 火山爆発に迫る―噴火メカニズムの解明と火山災害の軽減
井田 喜明

東京大学出版会  2009-02
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今月の上旬に鹿児島にある桜島が爆発的噴火をした。小規模ではあるが頻繁に噴火しているという。直近の噴火というと2000年の有珠山での水蒸気爆発があり(私事ではあるがこれにより修学旅行のルートが変更された)、同年には三宅島で大規模な噴火が発生したことが印象的である。本書はこの火山爆発がどのようにして起こるのか、科学的な見地から分析を行っている。
第1章「観測から火山を知る」
火山の構造には様々なものがある。有珠山(昭和新山)のようにあまり頻発せず溶岩ドームができるほどのものもあれば、ハワイのキラウェア火山のように頻発で溶岩流というのが存在するものもある。噴火でも最初に述べたように有珠山の水蒸気爆発もあれば、三宅島の大噴火、桜島の小噴火まで噴火と一口にいっても様々な種類がある。
本章の最後には新しい火山観測機器として、火山探査移動ステーション「MOVE」というロボットがある。これは91年に雲仙普賢岳が噴火したことをきっかけに制作されたものである。具体的なデータは採られているものの、実用化されているのかは定かではない。
第2章「実験から噴火のメカニズムを知る」
爆発、噴火について高温高圧装置など様々なものを用いて実験を行っている。噴火は爆発する噴石や火山灰のみならず、有毒な火山性ガスも発生させる。ここでは噴火の仕方のみならずガスの噴出のされ方についても書かれている。
第3章「噴火現象のシミュレーション」
こちらはシミュレーターを用いて、噴火現象の予測を行っている。
第4章「火山災害と予測と軽減」
先ごろでは地震予測のために「緊急地震速報」が出てきた。2006年8月に緊急地震速報が導入されて2年半以上たち事例も出ているが、具体的にそれが役立てられているのかというとまだないが、導入が少ないことと、まだ誕生したばかりであるので未知数と言える。
本章では火山活動の予測についてどのようなことを行うべきなのかという重要性を政治的に提言している。火山活動は地震と違って火山性の地震が立て続けに起こって噴火や水蒸気爆発などが起こる。政府は火山活動について予想はいくつか行っており、最たるものでは国土交通省の「火山災害予測図(火山ハザードマップ)」というのがある。
本書は火山爆発について科学的にまとめたものなので、火山に関する研究を行っている方、もしくはそれに近い学問を専攻している方にしかわからないような用語や公式が数多く出てくるので数学アレルギーを持っている方などにはあまりお勧めできない。
日本は火山を多く有しており、過去に幾度も噴火に遭った国である。こう言った学者や政府がどこまで予測できるのかというのは未知数であるが、火山災害を最小限に食い止めようという動きは不可欠なものだろう。

1の力を10倍にする アライアンス仕事術

1の力を10倍にする アライアンス仕事術 1の力を10倍にする アライアンス仕事術
平野敦士カール

ゴマブックス  2008-05-30
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平野敦士カール氏は今春3作連続して出版される。まず明後日発売される「がんばらないで成果を出す37の法則―アライアンス人間関係術―」、来月の8日発売される「アライアンス「自分成長」戦略」、そしてもう1作あるということなので、今春はカール氏の本で成長に弾みをつける時にしてみたらどうか。

さて、この本を期待をかける前にその原動力となった1冊を紹介しなければならない。今回は昨年5月に発売された「アライアンス仕事術」である。周りの書評ブロガーたちも大絶賛した1冊である。アライアンスを見直すということで紹介してみる。
第1章「アライアンスで仕事も人生も劇的に変わる――そもそもアライアンスとは何なのか?」
「アライアンス」とは一体何なのか、それは「同盟」や「連合」を表しているという(p.18)より。英語で表すと「alliance」と書く。さて、著者の言うアライアンスは「同盟」を組む、そのためには人を巻き込んだ仕事、思考、情報整理、人脈、勉強、キャリアアップに役立てる。それだけではなくお互いに「win-win」の関係を持つことによって相乗効果を生み立たせるというのがこの「アライアンス〜術」というものである。著者はこの術を「おサイフケータイ」のクレジット機能を発案し、それを実現させた。
第2章「アライアンス・シンキング――「抜きんでる人」でなく「助けてもらえる人」になる」
さっきも書いたとおり著者は「おサイフケータイ」を発案した。自分のアイデアを会社に持っていくことは非常に難しいが、まずは行動を起こさない限り人を巻き込んでの連鎖反応はない。そしてその考えが初めて現実のものになろうと動いた時に、共有された想いとなり、壁をぶち破るためのイニシアチブをとった。
このアライアンス・シンキングにより助けてもらえる人になるためにはもらう以上に多く「与える」ということが大事である。ここでの「与える」というのは他者にとっての「メリット」のことである。
第3章「アライアンス情報整理術――「ひとりでに情報が集まる人」に自分を変える」
「情報は人に乗ってやってくる」
昨年の11月、及び今年の2月に開催された「出会いの大学」の千葉智之学長が仰っていたことである。アライアンスによる情報整理術もこのことが言えるだろう。
著者が最強の情報収集として役立てているのは「ランチ」。誰と会い、どのような情報を集めるのかを決めたランチほど強い情報収集はないという。私は最近そう言うのはなくなったが、よく仲間内で「これからお昼にしよう」ということで半ば偶然、半ば惰性で一緒に昼ご飯を食べる。その中では世間話やバカ話と言ったもので盛り上がる。しかし著者の言う「アライアンス・ランチ」は惰性ではなく、綿密・計画的に決めて情報収集を行うためにランチを行う。
そして情報整理の要となるメール整理や情報管理いったところはメールやグーグルで行っているという。
第4章「アライアンス人脈術――「いつも助けてもらえる人間関係」を効果的につくる」
「説明書は5行で書け(p.141より)」
人脈術でありながらいきなり仕事術かという突っ込みは置いといて、
この章では人脈の磨き方もさることながら交渉術に至るまで書かれている。とりわけ印象づけられたのが「自分の魅せ方」
「「デキる人」になるよりも、「スキのある人」。「切れる人」よりも「ちょっと抜けた人」。「格好いい人」よりも「愛嬌のある人」を目指すということです。
例えば私の場合、アライアンス仕事術を駆使していくうえで、都合がよかったのは、誰が見ても間違いなく“太っている”という体系でした。(p.151より)」
著者が講師のセミナーのみならず、様々な場で私はお会いするが、ふくよかな体系でありながら笑顔で接してくれることと愛嬌の良さには圧倒される。人脈の形成はこれで成り立っているのかと考えさせられる自分がいた。
第5章「アライアンス勉強術――楽しさと効果が10倍アップする学び方」
自分自身の価値を高めるために学ぶ対象を設けないで頭の容量を広げたり、「アライアンス」なのでお互いに切磋琢磨できたりすることによって勉強は相乗効果で何倍も大きな効果をもたらす。
第6章「アライアンス・キャリアアップ術――自分の想像を超えた“ワクワクするキャリア”を手に入れる」
自らの「価値」を知り、高めていくことこそキャリアアップの神髄でありそれを高めるために相手を巻き込むことである。アライアンスは自分を知ること、自分が何をしたいのかを考え・想い、相手を知って巻き込んでいくことが著者のいう「アライアンス」である。
本書は「アライアンス仕事術」と銘打っているが、様々な「アライアンス」の根幹を成している1冊である。最初に述べたようにこの春は怒涛のように「アライアンス」が乱舞する時期である。その時のために前もって本書を持っている人は復習を行ない、買っていない人、これから「アライアンス」を究めたい人はぜひ買うべき1冊である。

ギリシア神話入門―プロメテウスとオイディプスの謎を解く

ギリシア神話入門―プロメテウスとオイディプスの謎を解く (角川選書) ギリシア神話入門―プロメテウスとオイディプスの謎を解く (角川選書)
吉田 敦彦

角川学芸出版  2006-06
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誰もは一度「ギリシャ神話」というのを聞いたことがあるだろう。「ギリシャ神話」についてはもっと深く学ぼうとすると日本神話に匹敵するほど奥が深く、さまざまな神の名前などを知る必要があるので結構とっつきにくいものがある。本書はギリシャ神話を学ぶ「入口」としてとらえるといいだろう。
第一章「ヘシオドスのプロメテウス神話」
ギリシャ神話と言っても一口で語ることは難しい。これは日本神話も同じことが言える。さて、日本神話で「古事記」や「日本書紀」にあたるもの、すなわち古典は何なのかというと数多く存在するが、もっとも古いものでは「イリアス」や「オデュッセイア」の二篇の叙事詩からである。紀元前八世紀にできた作品である。さらに古い作品では「神統記」というのも存在している。作品はほかにも多数存在するが、作品を紹介していくと日本神話よりもはるかに長く読まれ続けられていることがわかる。
さてこの章ではヘシオドスの「神統記」及び「仕事と日」の中からプロメテウス神話について解説している。
まず出てくるのが「メコネの事件」である。プロメテウスが天界から日を盗んで人類に与えたことに怒ったゼウスが、人間の女性、パンドラを造らせ、プロメテウスの弟であるエピメテウスの元に連れて行かせた。そのパンドラはエピメテウスのところで箱をうっかり開け世界中に災厄を撒き散らせた。「パンドラの箱」と言われるエピソードである。
本章ではゼウス・パンドラといったところが多く出ているのでパンドラの箱についてのエピソードを知っておく必要がある。
第二章「アイスキュロス劇のプロメテウスとペルシア戦争」
ここではアイスキュロスの「縛られたプロメテウス」について書かれている。余談であるが、この作品はほかに2編(「解放される-」「火を運ぶ-」)あるがどれも失われてしまうため3部作としてもう成り立つことはない。あらすじは第1章の「メコネの事件」の冒頭のあとカウカソス山の山頂に縛り付けられる。しかしプロメテウスは祖父や父と同じように子から追われる運命にあることなどを予言されたという話である。
プロメテウスはヘラクレスによって解放されたが、縛り付けにされた期間は不明である。その間はハゲタカに鑑三をついばまれると言った拷問が続いた。
続いてヘロドトスの「歴史」の中からペルシア戦争について取り上げている。イオニアの反乱へのアテナイ人の介入により起こった戦争と言われている。有名なものでは「マラトンの戦い」であるが本書で重点的に取り上げられていたのは第8巻の「サラミスの海戦」である。
第三章「ソポクレスの『オイディプス王』」
アイスキュロスと並んで三大悲劇詩人の一人とされたソポクレスの「オイディプス王」を取り上げられている所である。これはギリシャ悲劇の中でも最高傑作と位置づけられている作品である。ストラヴィンスキーの「エディプス王」のモデルともなっている。
テバイの王であるオイディプスは父親を殺害し、母親と性的な関係を持ったことを追及するが、自分だとわかり、自ら目をつぶし、王位を退いたという物語である。
最大の悲劇に相応しく、本章では細かい部分の謎ときがメインとなっている。ギリシャ神話についてあまり知らない人にとってはこの章は最もとっつきにくい所である。
第四章「ペロポネソス戦争と二篇のオイディプス劇」
第三章で述べたオイディプス劇はほかにもう一つあり、同じくソポクレスの「コロイスのオイディプス」というのがある。
そして本章のタイトルの前半にある「ペロポネソス戦争」についても取り上げられている。「ペロポネソス戦争」は紀元前431〜404年まで続いた戦争であり、ペリクレスやアテナイ人らのデロス同盟とスパルタ率いるペロポネソス同盟との戦争であり、結果で言うとスパルタ率いるペロポネソス同盟が勝利したということである。本章ではデロス同盟側の所にスポットを当てている。
私はギリシャ神話に関してあまりよくわからない。そのため文献のみならず様々なツールを使って調べることにより段々と神の名前や事柄について勉強になる。本書は入門書であるが、入門書にしては調べることがあるほど読みごたえがある。そして神話に限らず様々な哲学や宗教を学ぶこともまたおもしろいと気づいたものである。

決弾 最適解を見つける思考の技術

決弾 最適解を見つける思考の技術 決弾 最適解を見つける思考の技術
小飼 弾 山路 達也

アスペクト  2009-03-23
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404 Blog Not Found」の小飼弾氏、ITジャーナリストの山路達也氏の1冊。このコンビは昨年発売された「弾言」とまったく同じである。
人は誰しも「決断」を下すときがある。
00.「決弾」
日本経済が潤沢になったことにより、選択が多様化する時代となった。この中で決弾をする前に目移りしてしまい「あれもやりたい」「これもやりたい」という人が多いのではないかと思う。
著者は「決断とは捨てること」としてあるが、では某辞典で、この意味について調べてみると、
①きっぱりと心を決めること。
②是非善悪を見定めて裁くこと。
本書では①の意味を言っているのだということがよくわかる。ほかの選択肢をすべて捨て去って決めるということであるから、「決断とは捨てること」というのは正しい。その決断をするためには考える時間を増やし、いつ死んでもいいという決断をする。こう言った決断が大切だという。
01.「男女」
ここからは短いQ&A形式のお悩み相談のあと補足の説明がある。補足の説明の方がページ数が割かれている。ちなみにお悩み相談の答え方がかなりぞんざいなのが気になることろだが。
それはさておきここでは「異性にもてない」「配偶者」「親」「同性愛」についてである。「モテ」の範囲に入るようだが、ビジネスは恋愛に喩えられることを考えるとビジネス的な要素もある。
02.「親交」
「友だち」「人間関係」「人付き合い」「コミュニケーション」についてである。
03.「楽習」
「勉強観」についてである。勉強術というのがごまんとあるが著者が作った造語、「楽習」というのが斬新で面白い。
04.「仕事」
「仕事観」についてである。特に仕事のやり方や会社でどのように働けばいいのかというのが印象的であった。
05.「育児」
本書の中で本章がビジネスに関して最も縁遠いように思える「育児」。最近では教育問題や俗流若者論が評論家、すなわち大人だけの立場から見ていることが多い。しかし本章はきちんと子供の視点から書かれている。
06.「人生」
人生のみならず、仕事、政治に関してもここで書かれている。特に「格差」「自分探し」「命」など著者にしかできない
最後に経済評論家の勝間和代氏との対談が載せられている。小飼氏と勝間氏との対談はダイヤモンド・オンラインでも行われていたが(全6回:123456)今回はそれとは違い「知的生産性」というのが大まかなものであるが、細かく言うと仕事や読書と言ったものが中心であった。
小飼氏自身がブログなどで本を挙げ、さらに数多くの仕事をこなした中で得たものをすべて集め、独自の切り口で世の中にあるモノ・コトを斬っているそんな1冊である。
昨年の「弾言」では著者の考えについて結構批判したのだが、今回は批判する箇所がほとんどない。むしろ同意見のものがほとんどのようにおもえる。正論とは違う小飼氏にしかできない「飾らず・気取らず・妥協せず」の論調はむしろ小気味よく思えてきた。
最後に余談であるが、カバーをとった表紙には、天使と悪魔が乗っている天秤がある。その真中で天秤を支えているのはもしかして小飼氏であろうか。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51188045.html

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http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51191268.html

アジア三国志

アジア三国志 アジア三国志
ビル エモット 伏見 威蕃

日本経済新聞出版社  2008-06-06
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元「エコノミスト」編集長で知日派ジャーナリストのビル・エモット氏の1冊である。本書は日本・中国・インドの三国のこと、それぞれの国の戦略・思惑について書かれている。日中関係は政治的にはそこそこといった状態であるが小泉政権時は冷え切っていた。では日印関係はというとマハモティ・シン首相が日本において演説したときにパール判事を引き合いに出した。確かにその所以は無きにしも非ずであり、歴史を振り返ってみると日本はインド独立のために尽力したといってもいい。「中村屋のボース」ことラース・ビハリ・ボースを英国の手から匿い、スバス・チャンドラー・ボースらもインド独立のために日本に協力を要請したことでも知られている。
第1章「アジアの新パワー・ゲーム」
おそらくこれからの世界情勢にまつわる問題の中心はアジアになるだろう。アジアといっても東アジアもあればアラブやイスラエルのような中近東もアジアである。大国アメリカもアジア政策なくして外交政策はありえなくなるほどの位置づけになっている。今アジアはよくも悪くもホットである。
第2章「アジア創造」
「アジア創造」と書かれているがここではアジアの政治・経済についてである。ここでは大まかなことについてしか書かれていないので3章以降の足がかり的な役割をしている。
第3章「中国――世界の中心の国、問題の中心」
昨年北京オリンピックがあり、さらには悪い側面ではチベット問題も挙げられている。中国は良くも悪くも中心の国となりつつある。しかし悪い問題については中国共産党自体歯牙にもかけていないようである。
本書では経済的なことばかり書かれているが、今中国では密かにではあるが民主化運動も行われており、民主活動家の胡佳がノーベル平和賞候補に挙がり、サハロフ賞を受賞するなどしている。当局はそれについて弾圧をするという強硬な動きを見せているが、確実に民主化の声が高まり始めているといっていいだろう。
第4章「日本――パワフル、脆弱、老齢化」
本書で取り上げられている三国の中で最も経済成長が低い。しかしもう30年前から急速に成長し続け、GDPでも世界第2位の位置にいる日本だが最近では高齢化や、経済も低成長に陥っており今脆弱化というのがネックになっている。そうさせている大きな要因は政治家であり、官僚であり、メディアであり、国民である。私の意見であるが戦後GHQによる政策によるものであると考えられる。そういった脆弱化の要因として著者はこう挙げている。
「日本では、一度も革命が起きていない。(p.147より)」
革命を起こそうとしていないわけではない。革命を起こそうとしてもすべて未遂に終わってしまっている。なぜ革命が起こっていないのだろうかと考えると、日本人の特性という観点から見てみないとわからない。
第5章「インド――数が多く、ごたまぜで、勢いに乗っている」
数年後には人口世界一の国となるであろうインド。インドもまた経済的に急速な成長を遂げている国である。とりわけIT産業で強みを持っている。民主主義国の中では世界一の人口を誇る国ではあるが、階級意識の厳しいところでも知られており、特に「カースト」が未だに残っている。国際関係で言えば、日本ではある程度良好ではあるが、中国とは中印領土紛争もあるため必ずしも良好とはいえない状態である。
第6章「環境問題――中国、インドの成長の壁」
日本では京都議定書の関係で厳しい制限を強いられているようだが、もっと環境問題が深刻なのは中国とインドである。インドについてはまだ私にもわからないが、中国についてはもうTVのニュースでも明らかになっているとおり、特に内陸部では環境汚染により、以前のようにまともな生活ができないほど凄惨たる状況に陥っているという。急速な経済成長による負の遺産というべきであろうが、これに関しての政策は行っているのかどうかは不明である。
第7章「横たわる歴史問題」
三国の間には「第二次世界大戦」以外にも多くの歴史が存在するが、本書ではこの「第二次世界大戦」、とりわけ「日中戦争」について取り上げられている。未だに歴史認識問題が残っており、従軍慰安婦、南京大虐殺、七三一部隊に関することについてあげているが、著者はあくまで喧嘩両成敗のスタンスを取っている。何かというと中国は南京や七三一について誇張しすぎだとしており、日本も謝罪していないとして糾弾している。
私個人の意見であるが、上記のことが浮き彫りに出たのは80年代以降である。その前に戦争については1972年の日中平和友好条約のときに謝罪している。それから10年以上たってなおくすぶっているのかが不思議でならない。しかも謝罪して解決へ進んでいるのかというとむしろ逆方向に進んでいる。そのことも忘れてはならない。
第8章「発火点と危険地帯」
今度は軍事に関してである。いうまでもないが中国は年々急速な軍拡を行っており統計的な軍事費だけでも450億ドル(p.279の表より)となっているがもっと軍事費を費やしているのではないかという疑いもある。日本も中国に近い金額で軍事費を投入している。
第9章「アジアのドラマ」
これから中国もインドも急速に経済成長を続け、日本を追い越し、アメリカを脅かすほどの存在になるだろう。ではその中で日本は小さくなってもいいのかというとそうではない。日本は高齢化により労働人口が急速に減少し続ける。ちなみに中国も団塊の世代、中国では「産めよ殖やせよ」と呼ばれた世代が高齢化しており、日本に若干近くなってきている。高齢化しつつある中イニシアチブを取るのはどこの国なのかというのも世界中で注目を集めていることだろう。
書評をするにあたり、ある国について調べてみたらこんな記述があった。
「近代以前の日本では、中国を経由して仏教関連の情報とともにインドについての認識があったが、情報は非常に限られていた。そのころはインドのことを天竺と呼んでいた。また日本・震旦(中国)・天竺(インド)をあわせて三国と呼ぶこともあった。(wikipediaより)」
著者はこれを意図して「アジア三国志」というタイトルにしたのかもしれない。仏教的な観点で言えば、このタイトルは非常に縁深いものであるといえる。

F1マシンの秘密

F1マシンの秘密 (図解雑学) F1マシンの秘密 (図解雑学)
青山 元男

ナツメ社  2009-03-10
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2008年シーズンが終わって約5か月経つ(最終戦は特にすごかった…)。そうこうしているうちにもう来週には2009年開幕戦、オーストラリアGPが行われる。
今年のチャンピオン争いはおそらくフェラーリのライコネンを筆頭に争われることであろう。
さて、開幕戦を心待ちにする前にまずF1のことについてちょっと知るべきことがあるとして本書を手に取った。
本書はF1マシンの秘密について図解形式で説明されているものである。
F1マシンに限ったことではあるが、図解形式で詳しく、かつわかりやすく書かれている。しかし物理や車についてさっぱりわからない人にはちょっと向かないかもしれない。F1好きでマシンのことについて勉強したい人がいたらうってつけの1冊である。

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※ 編集後記という名の嘆き節

来週開幕するF1GP。開幕戦の予選・決勝をTV放映時間確認いたしました。

さて見れるのかというと…、

予選…かろうじて見れる(15:50~16:40)

決勝…見れない(泣)(理由は右のとおり)。録画決定。(16:00~17:45)

せめて夜11時あたりで放送してほしかった。ワンセグ持ってないし…。

それはさておき、使用曲が変わりました。

GOTA YASHIKIの「God only knows」だそうです。

まだオープニングは見ておりませんが、音楽としては、昨年・一昨年のやつよりは悪くないなと。

詳細はこちらにて。

李登輝の実践哲学―五十時間の対話

李登輝の実践哲学―五十時間の対話 李登輝の実践哲学―五十時間の対話
井尻 秀憲

ミネルヴァ書房  2008-09
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おそらく私の尊敬する李登輝の本の中でこれほど本懐を示したものはないだろう。彼自身自分が学んだ哲学を実践し、学んだ学問を政治の世界で昇華し、台湾民主化を実現させたのだから。本書はその哲学の実践を李登輝自身が学び、実践したものを井尻氏との対談によって明らかにした一冊である。李登輝のことについて学びたい人にとっては若干とっつきにくいので、「李登輝学校の教え(小林よしのりとの共著)」、または漫画で「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論」から読んで本書に入られることをお勧めする。

序章「李登輝の思想と実践」
李登輝が総統の座を退いてもうすぐで9年になる。その後も日本のチャイナロビーの政治家たちからは警戒視され、中国共産党も要注意人物としていまだに挙げられている。
ここではなぜ李登輝を取り上げたのかについて書かれている。李登輝が台湾民主化を果たしたのは言うまでもないが、なぜ彼が民主化を果たせたのか。そこには哲学気なし層がバックグラウンドとしているに他ならないという。
李登輝自身は学生のころから日本文学や哲学などを愛読し、そして哲学を徹底的に実践して行った人である。李登輝ほど、哲学を実践した政治家はいない。そう確信しているのだろうか。
第Ⅰ部「実践哲学とは何か」
第1章「李登輝の「死生観」」
李登輝はずっと「死」と向き合っていた。その中でも最たるものは「自我の死」についてである。我が強いと悟った李登輝は中学の時には冬の日には毎朝池に入って瞑想したり、剣道の練習でも自分の体力の限界まで一生懸命練習したり、毎朝トイレ掃除をして自分の死と向き合っていたという。本章で薦められた本を紹介すると、倉田百三の「出家とその弟子」、カーライルの「衣装哲学」、ゲーテの「ファウスト」である。
余談であるが李登輝に言わせれば中国の古典は役に立たないという。自身の経験からによるものだが、ちょっと衝撃的であった(それに関する文献は第3章で紹介している)。

第2章「李登輝の心に残る本――その資質と実践哲学、政策との基本概念」
実践哲学を語る上で第1章で紹介した本が参考になったと李登輝は言う。そのほかにも、西田幾多郎の「善の研究」と新渡戸稲造の「武士道」を挙げている。武士道というと6年前に李登輝自身が「武士道解題」という本を出版されたほどである。

第3章「漱石、魯迅と李登輝」
夏目漱石と魯迅の本について紹介している。夏目漱石は「私の個人主義」にて「則天去私」を唱えているが、当時は明治維新により西洋文化が大量に取り入れられていること、まねしていることを憂いて晩年この言葉を多用した。第1章の最後で述べたものだが魯迅の「阿Q正伝」というのを取り上げている。これは中国の面子を守る文化を嘆いた作品である。これは今の台湾についても少しいえることであり、独裁者であった蒋介石も面子を汚すことを激しく嫌っていた所以なのかもしれない。本章ではこの作品は取り上げず、「一つの偶然」との共通伝でもって取り上げられている。
第4章「指導者とは」
ここでは「最高指導者の条件」と重なる部分はある。日本の指導者のあるべき姿、日本のあるべき姿に関してである。李登輝が指導者としての素養を育ませたのは蒋経国(蒋介石の長男、李登輝が総統になる前の総統)によるものだという。この経験から指導者としての素養を学び、台北市長、副総統と駆け上がり、88年に総統になった。
第Ⅱ部「12年の施政とその後の台湾」
第5章「民主化の陣痛――1988〜94年」
さてここからは李登輝が総統になった歴史にすいて書かれている。李登輝が総統になった機関は88年から2000年までの12年間である。最初は88年から94年について書かれている。当時は傀儡になるのだろうと誰もが予想したのだが、周囲の考えを大きく裏切り、それまでずっと規制されてきた言論の自由を認め、軍の実権を掌握し、1992年には事実上万年国会を解消し議会選挙を解消した。
第6章「中国の軍事圧力に抗して――1995〜2000年」
それから台北など主要都市長の選挙も行われ、96年には総統選挙が行われほぼ完全に民主化にいたった。しかしその民主選挙の最中、中国では軍事演習と称してミサイル実験を行い、威嚇をしたことも忘れてはならない。李登輝が台湾総統となってから台中関係の緊張状態はいっそう強くなったといってもいい。
そして政権末期に大きな事件が起こった。1999年の台湾大震災(921大地震)である。台湾大震災のときは総統自身迅速な行動により、多くの命が救われた。
第7章「陳水扁当選・再選とその後」
2000年に総統選が行われ陳水扁が当選したことにより台湾初の政権交代となった。与党となった民進党は少数であり、しかも政権を担当したことがなかったため四苦八苦の船出となり、終始瞑想し続けてしまい、8年後政権を失った。
第8章「台湾が歩む中道路線とは」
台湾が歩む路線はいったいどこなのか、中国と仲良くなればいいのか、それとも台湾を独立させたほうがいいのかというのはまだまだ迷走している。現在の総統は国民党の馬英九であるが、日本の報道によれば彼はかなり中国よりであるとしている。しかし李登輝に言わせれば馬英九ははっきりとした意見を持っておらず、かえって中国にとって危険人物視されているという。
第9章「2008年立法委員選と総統選挙」
2008年の立法委員選も総統選挙でも国民党の圧勝に終わった。これについて李登輝氏は馬英九氏には古い国民党意識を改革させるよう言及している。ちなみに李登輝は対日などの政策において馬英九を支持しているが、沖縄での講演において暗に批判している。
終章「李登輝巡礼」
李登輝はどのような人物なのか、哲学的分析しても著者自身でもってしてもわからない部分があるという。私もこれまで李登輝についていろいろと文献を読み通してきたが、まだまだ李登輝についてわからないところがある。おそらくそれ自体、結論を得ることができないのか、結論が得られるとしてもかなり時間のかかることになるのだろう。
だが私は李登輝を尊敬しており、まだまだ李登輝について知りたいところがある。そのためにの努力は惜しまない所存である。

ブログ改造のお知らせ

当ブログを訪問したらわかると思いますが、現在ブログを改造中です。皆様方に葉大変ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。

現在やっている改造について説明いたします。

<カテゴリー編集>

「時事評論○番勝負!」を廃止いたしました。最終更新が6月19日以降ずっと書評ばかりに行っていたため、もう役目を終えたということで廃止することにいたしました。

「書評の部屋」のカテゴリーを分割することにいたしました。大きく分けて5つに分けました。

・人文…哲学や言語、歴史、芸術の本を取り上げています。

・社会科学…政治・経済、外国事情(ただし歴史はのぞく)、メディアについて取り上げています。

・理数系…数学や科学といった理系に関することについてです。

・ビジネス…主にビジネス本です。

・文芸・評論…小説、そして書評に関する本を取り上げています。

「セミナー&パーティー出席記録」を新たに追加いたしました。昨年晩秋ごろから行っているので、新たにカテゴリー化したほうがいいのではないかと思い追加にいたりました。

これからどんどんと改造していきます。ちょっと見づらくなるのかもしれませんがご了承ください。よろしくお願いいたします。

「蔵前トラックⅡ」管理人:蔵前

台湾意識と台湾文化―台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷

台湾意識と台湾文化―台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷 台湾意識と台湾文化―台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷
黄 俊傑 臼井 進

東方書店  2009-01
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本書は中国語による「台湾意識与台湾文化(台湾大学出版中心、2007年)」より1・3・4・6・7章を抜粋して日本語に翻訳したものである。台湾の意識というのは時代とともに大きく変わった。戦前には日本の植民地として日本人意識を学び、蒋介石率いる国民党での政策により、中国寄りになるが民主化への運動が活発になり、李登輝が相当になってから民主化され、2000年には台湾初の選挙による政権交代、2008年にも政権交代とおそらく日本以上に民主主義的な国となっている台湾がある。しかし中国とは独立問題でいまだに緊張状態である。その危険意識から「東アジアの火薬庫」と言われている。本書は台湾人にあるアイデンティティーと歴史問題について考察したものである。
第一章「「台湾意識」の発展およびその特質――歴史の回顧と未来への展望」
1987年に「世界最長」とも言われた戒厳令が解除され、「台湾人」としての意識が問われ始めた。あれから22年、どう変わっていったのかは私にもよくわからない。しかしこれだけは言えるのは、台湾に住んでいる人達は何人かと聞かれると、「台湾人」「中国人」「どちらでもある」という人に分かれる。それ以外の人もいるが一応大きく分けてということなのでそこのところは御愛嬌ということで。
台湾人としての意識を歴史的に紐解いていくと「清」の時代に遡る。日本で言う所の江戸時代中期〜明治時代と言ったあたりであろう。その時は四害の一つとされており、アヘンや伝染病などの宝庫とされていた。さらに民族も多く言語や通貨もバラバラであった。清王朝は対策は立てているのか分からない状態で、あたかも法治の状態を続けていたのだろう。
1895年に日本による台湾統治が始まったが最初は抵抗を武力でもって鎮圧を行っていたが結果は実らなかった。しかし第四代総督児玉源太郎の時からは後藤新平を総督府民政官に携え防疫やインフラ整備からのアプローチによる政策を行ったことにより、一気に治安は良くなった。またバラバラだった言語や通貨も統一された。差別はあったものの、当時のことで日本に対して礼賛している台湾人もおり、日台友好関係の一つの要因となっている。
日本敗戦後は前述の通り国民党統治下に置かれ、二・二八事件の後、戒厳令が敷かれた。その間はほとんどが思想教育や弾圧など行われたくらい社会となってしまった。87年に解除され民主化の道を辿り現在にいたる。
第二章「「台湾意識」における「文化アイデンティティー」と「政治アイデンティティー」との関係」
台湾の歴史が主だった第一章に続くのが意識、文化と政治の両方のアイデンティティーの関係を考察しているところである。今台湾が外交上最大の問題を抱えているのが前述にある「独立問題」である。中国は「一つの中国」と譲らない姿勢を取り続けている。台湾は国民党統治下、とりわけ蒋介石独裁時代は中国と国交を結んだら、中華民国との国交を断交すると迫ったという。中国か台湾のどちらかを結ぶ、双方とも国交を結ぶことができないというような状態であった。今は中国側が圧力により双方の国交を結ぶというのが不可能である。
政治的な要素ばかりになってしまったが、本章で考察しているのは「政治」「文化」のアイデンティティーの不可分性と緊張性があるという結論に至ったという。第一章の前半にも書いたがアイデンティティーがそれぞれ違っており、はっきりと親日・反日という人、文化的にも中国から取り入れているものから日本から取り入れられたものまである。
台湾ほど他国の軋轢にもまれた国は珍しいことを象徴付ける章である。
第三章「日本統治時代における台湾知識人の大陸経験――「祖国意識」の形成、内包およびその変化について」
第四章「日本統治時代における台湾知識人の中国前途に対する見解――1920年代「中国改造論」を中心に」
この2章では日本統治時代における台湾知識人の見解や経験について書かれている。日本統治時代の台湾知識人は二・二八事件でほぼ全員が殺されてしまった。
二・二八事件について少し説明する。
日本が敗戦し、国民党は大陸での国共内戦(国民党と毛沢東率いる中国共産党との内戦)の一方、台湾を統治下におこうとしている時である。国民党に対する不満を爆発させ市庁舎を占拠して抗議デモを起こしたのが1947年2月28日ということで「二・二八事件」と名付けられた。その後はというと国民党の弾圧・虐殺により約28.000人殺され、台湾統治をやりやすくするために知識人をほぼ全員計画的に全滅したとされている。その後戒厳令が敷かれ恐怖政治が続いた。
さて本章の話題に戻るが、日本統治時代の台湾知識人は日本の統治の良さを評価する一方で同じ中国系として中国を思う人も少なくなかった。それがある要因は二等国民という烙印を押された差別意識にあるのだろう。敗戦後、大陸から中国人が来るということで歓迎ムードであったが、あまりのみすぼらしさ、そしてモラルのなさに「豚」と揶揄したということはあまりにも有名な話である。
さてもう一つは1920年代における「中国改造論」についてである。これについては1920年に創刊された「台湾青年(後に「台湾」→「台湾民報」となる)」が1926年8月に起こった論争であり、中・日・台との関係による改造論を唱えた論争である。期間、規模ともに小さなものであったが、歴史敵意が大きいため本書で取り上げたという。
第五章「戦後台湾における文化変遷と主要方向――個体性の覚醒とその問題」
戦後台湾の変遷は「激動」という言葉に相応しかったのではないだろうか。とはいえ他の国でも米・ソなどとの軋轢に巻き込まれた国も存在しているので、台湾だけがというわけではない。ただし政治的に見たらの話である。
しかし文化的に見たらどうだろうか。もともとは民族も通貨も、ましてや文化もバラバラであった台湾が日本統治により統一になり、戦後は国民党独裁により中華思想が植え込まれ、李登輝が総統就任により多様な文化が取り入れられた。今台湾は中国の要素も、日本の要素も、西洋の要素も取り入れられている数少ない国である。しかし「台湾」のアイデンティティーの根幹は何なのかと聞かれると答えに窮する。それだけ他国の影響を受けている国は少ないのだから。
台湾は政治的にも文化的にも日本と密接な関係にある。
最初に台湾は「東アジアの火薬庫」といった。
しかし日本人への感謝など、昔あった「日本人」としての意識が残っているとするならば私は、「台湾は日本にとっての宝箱」という。
もう忘れかけられそうなもの。戦前なった日本人のアイデンティティーがここ、台湾で今も生き続けている。

ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界

ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書) ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書)
中村 逸郎

講談社  2008-11-19
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昨年の5月にロシアの大統領がネドベージェフとなり、8年間大統領の椅子に座っていたプーチンは首相の座に座った。しかしロシアの政府では「首相」こそ最高権力者である。しかも大統領と決定的に違うのが、人気がない、つまり何年でもその椅子に座れるということである。ネドベージェフは表向きではロシアの「顔」になったのだが、実際はプーチンの傀儡になっているという様相もある。プーチン政権時代は豊富な資源を用いて経済を潤沢にさせたが、昨今の急速な景気の悪化はロシアにも響いているのは確かである。その難しい時にネドベージェフは難しい公開となったが、本書は8年間のプーチン政権を振り返りつつ、現在のロシア政治について迫ったものである。
第一章「ガリーナ・ヴラジーミロヴナの長い一日」
序章は大統領交代について触れられている。さて本章ではネドベージェフが大統領選に当選する話、2007年秋〜冬の状況について第1〜2章にかけて書かれている。ここでは選挙活動について書かれている。日本では「公職選挙法」があり、平等な選挙により国会議員なり、都道府県・市町村議員が決められる。万が一不正があればほぼ必ずと言ってもいいほど取り締まれるという。ロシアはどうなのかというと、表面上は民主主義であるが、いかんせんロシアが民主主義国になってから選挙は行われているのだが、それに対する取り締まりがない、もしくはあってもそれが機能しきれていないのだろうか、不正が横行しているという。
第二章「税関ブローカー・イーゴリの憂鬱な日常」
選挙でも賄賂工作などの不正が行われていると言ったが、警察などでも賄賂が進んでいるという。民主主義となったのだが、まだ間もないのでこれからどのようにして取り締まるのかというのがカギとなるが、国民意識がどのようになっているのか分からないのでそのアプローチをどのようにしていけばという考えもある。
第三章「こんにちは、ヴラジミール・ヴラジーミロヴィチ!」
「ヴラジミール・ヴラジーミロヴィチ」というのは誰かというと、プーチンの名前、プーチンを正式にいうと、「ウラジミール・ウラジーミロヴィチ・プーチン」である。大統領を辞してもなお人気の根強いプーチンがテレビ番組にて国民の質問に答えるものを一部公開しているところである。中にはプーチンのそっくりさんがインタビューに答えたり、写真にとられていたりというのもある(体がちょっと大きいのを除けばそっくりに見える)。
第四章「タンデム聖デモクラシー」
国民の間でのプーチンの評価は高い。それまでの大統領(エリツィン)が、強権と政治腐敗などにより国民の生活が逼迫したという要因もあるが、資源を有効に活用して経済を潤わせ、国民の生活を豊かにさせ、世界的な地位も高めさせたということによる評価だろう。その反面黒い噂も絶えなかった。プーチンを執拗の如く批判したジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤが射殺され、反体制運動家のアレクサンドル・リトビネンコが毒殺された。これはプーチン政権の陰謀による疑いもあるが真相は闇の中である。
第五章「皇帝(ツァーリ)を待ちながら」
最近ロシアにおける重大事と言えば2008年8月、ちょうど北京オリンピックの時期であったが、それに合わせるかのようにロシアがグルジアに侵攻したということが起きた。グルジアから分離独立を目指す南オセチア自治州がある。それを阻止せんとグルジア軍が南オセチア自治州に侵攻し、それを守るという名目でロシア軍は南オセチアに侵攻したという。
国際的に非難を浴びある意味で孤立状態となったロシアである。さらに10月のリーマン・ショックにより経済が急激に悪化。ネドベージェフの支持率は下降線をたどっている。もしかしたらプーチンがふたたび大統領の椅子に座るのではないかという見方もありプーチンが民主主義国家の皇帝(ツァーリ)の立場になるのではないかという声もある。
ロシアについての内情を詳しく述べた一冊であるが、ロシアと日本でネックになっている「北方領土問題」、ネドベージェフ政権では解決に全力を注ぐという姿勢を見せているが、さて四島一斉に返還できるのかというのがまだ謎である。この問題について深く知るため、そしてロシアを知るために本書を手に取った。北方領土問題はその歴史も注目すべきであるが、それに匹敵するようにロシアの歴史についても知る必要がある。

小飼弾の 「仕組み」進化論

小飼弾の 「仕組み」進化論

著者:小飼 弾

小飼弾の 「仕組み」進化論

404 Blog Not Found」でおなじみの小飼弾氏の1冊。今年は「仕組み」の年なだけにまさに狙っていたかのような1冊である。
では小飼氏の言う「仕組み」とは一体何なのかということについて紐解いてみよう。
Part0「仕組みづくりが仕事になる」
「20世紀の歴史は、「仕組み化」の歴史でした。
 今、その仕組みを見直す必要が出てきています。(p.12より)」
「仕組み」という言葉は、今の私にとっては新鮮な響きであるのが嘘のようである。20世紀の社会そのものが「仕組み」であったということを聞かされたことには衝撃を受けた。よくよく考えてみると戦後の日本の高度経済成長を支えてきたのは馬車馬のように働き、そして数多くの技術革新を行ったことにより「仕組み」が形成され経済を活性化させた。しかし「仕組み」には寿命がある。その寿命はバブル崩壊前後に寿命になり、経済は減速し、「失われた10年(よっては「15年」という人もいる)」時代遅れとなった「仕組み」をいつまでも手放さない日本の体質。それをどのようにして「仕組み」を考えていくか。ビジネスの場でも、社会の場でも「仕組み」を変える時がきた。
だからでこそ「仕組み」の年と言われているのだろう。
Part1「仕組みの仕組み」
さてこの「仕組み」とは一体何なのか。当ブログおなじみの「ある辞典」で調べてみた。
①機械などの組み立てた物の構造。
②物事の組み立て。仕掛け。
③戯曲・小説などの筋の立て方。趣向。構成。(goo辞書より)
ここでは①の意味になるだろう。著者は①の意味に、「テコ」と「奴隷」を用いて双方とも楽に、かつ効率的に生産をし、利益を作ることが「仕組み」とされている。
あたかも本田直之氏が「レバレッジ仕組み術」を書いたという感じがしないでもない。
Part2「仕組みを作り直す」
著者はプログラマーであるので、プログラマーの観点から「仕組み」作りについて書かれている。私はシステムエンジニアであるが、プログラマーの役割もしているためここで言っていることは分からないでもない。
プログラムを書く(「コーディング」と言っている)のはプログラム設計通りに単純に書くものから、独創的なプログラムまでたくさんあるがここではプログラムの観点から見た「仕組み」であるので先ほど書いた辞書の①の意味にあたる。著者が言うにはプログラマーには「美徳」というのがあるというが、意味合いは分るがこう言うので「美徳」というべきかという懐疑が私の頭を動き回っている。著者は「悪徳・背徳の間違いでもありません(p.51より)」というがその感じがほんの少しあるように考えられるのは私だけであろうか。
Part3「仕組みを使う」
システム開発で言う「テスト」や「見積もり」がここにあたる。それを普段のビジネスにどう当てはめていくのか見てみたが、コストの掛け方と安全性という所である。利益を出すことが前提であるが、利益を出すためにはそれなりの費用がかかる。その費用をどのようにして圧縮していくのか、そして安全性を高める、「win-winの関係」を築くことにもつながる。
Part4「仕組みを合わせる」
「仕組み」はつくるだけではなく、チームでもって仕組みを「合わせる」というのがある。電池の配列のように「直列」と「並列」というのがあるが、違う点は電池で言うパワーは「リスク」、持続性は「安全性」と置き換えられている。仕組みは絶対安全で確実に利益が入るわけではない。時にはトラブルを生じることもあるという。
「仕組み」はメリットの面ばかりしか見ていなかったが、リスクという面が垣間見ることのできた所である。仕組みの魅惑にのまれそうになった時にこの章を注意書きとして見ておくといいだろう。
Part5「仕組みと生物」
ちょっと不思議なタイトルである。「仕組み」と「生物」の接点なのか、それとも「仕組み」を「生物」と見立てているのだろうか。本章を読むと後者だということがわかる。生物は激しい生存競争の中で進化を遂げている。「仕組み」もまた「仕組み」同士の激しい生存競争を繰り返しながら生き残るために進化し続けている。ブルー・オーシャンとなる「仕組み」を見出しても当然ブルー・オーシャンを見つけるのにも労力は要る。それを見つけてもそれと類似したものができはじめ、そこからレッド・オーシャンとなる。それの繰り返しであるが、そのレッド・オーシャンの中からブルー・オーシャンとなり得る部分を探すというのもまた一つの手段である。そのためにはアイデアを練る必要がある。ブレインストーミングがいい例だろう。
ここで重要なのがミスや採用されなかったものを「残す」ということ。反省材料や後々に大きな材料になり得るので保存する、いわゆる「残す」ということである。
Part6「仕組みの未来」
なぜ格差が大きくなったのかそれは、「コト」の増加によるものであると指摘している。「コト」というのはすなわち「情報」である。情報は今やインターネットの普及により誰でも、労力を使わず、簡単に手に入ることができるようになった。簡単に手に入ることと、目に見えないものの価値が高まることによって一種の「モノ」扱いになる。そのことで価格がつき、「コト」や「モノ」を作り出せている人ばかりにお金がいく。買いたい人は買いたくても買えない。資金という名の血流が止まる。経済という人間が致死に至る、という構図になる。この格差をなくすためにはどうするか、著者は「リソース効率重視」が格差をなくす最高の方法であると主張している。つまり「使えるものをどれだけ使うか(p.206より)」であるが、こう見る限り「足るを知る」と違っているようで結構似ているように思える。
これまで学んできた「仕組み」がまた違った角度でとらえることができたように思う。世の中そのものが仕組みであるならば、いま日本を減速させている古い「仕組み」の繰り返しを脱却し、新しき「仕組み」に組み替えること。今年話題となる「仕組み」の終着点の一つがそこにある。
仕事にしても、ビジネスにしても、生活にしても、政治・経済にしてもこれから「仕組み」が注目されることだろう。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51184476.html

老いの身辺をさわやかに生きるための言葉

老いの身辺をさわやかに生きるための言葉 老いの身辺をさわやかに生きるための言葉
曽野 綾子

イーストプレス  2008-12
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日本は高齢社会となり、やがて「超高齢社会」となる。
高齢人口は日本の人口の4割を占めることになる。
健康的な高齢者がいる中で、明日の人生も分からない人もいる。
高齢になるのを怖れている人もいる。
ではどのようにして老いたらいいのか。
「老い」との付き合い方とは何なのか。
本書は作家の曽野綾子氏がこれまでに書いた作品の中から「老い」と「生き方」をテーマにして選りすぐりの言葉を1冊に詰め込んだものである。
言葉を詰め込んだだけのように見えるが、著者自身の「老い」と「生き方」の考えと、これから「老い」に入る人たちの考えを近づけるものであるように思える。
私はまだ20代なので「老い」や「死」については程遠いところにいる。しかし今はこうでもいずれ「老いる」と気が来ることを考えると、私の所に本書があってもいいのではないかと考える。

会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く

会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く (光文社新書) 会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く (光文社新書)
勝間和代

光文社  2009-03-17
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勝間氏の新刊を見るとこう思えてならない。
「中谷彰宏ばりになってきたなぁ」と。
中谷彰宏と言えば当然自己啓発本など800冊以上を世に出している。年齢がもうすぐ50歳なので、著者としていつデビューしたのかはわからないが、一応85年と概算する。というのは博報堂に入社したのが84年だとしての計算なのであまりあてにならないが。85年と概算すると24年間、だいたい1年に33冊ほど出している。月に概算すると3冊。かなりの頻度である。勝間氏は今のところ1〜2カ月に1冊のペースであるがこのままいったらもしかしたら中谷氏に近いペースで出されるのではないかとさえ思ってしまう。
それはさておき、本書は人生などあらゆる面での「リスク・リテラシー」について説いた一冊である。さて企業にいることによるリスクというのを皆さんはどう考えているのだろうか。そしてそのリスクをどう生かすかというのを考えているのだろうか。私はリスクは考えているがどのように利用するという所まで手が回らなかった。さてめくるめくリスクの付き合い方を見てみよう。
プロローグ「リスク・リテラシーと終身雇用制」
第1章「会社に人生を預けるな」
これまで日本の企業・経済は「終身雇用制」と「年功序列」の恩恵により力を育んできた。しかしそれが実らなくなりはじめたのはバブル崩壊の頃から、さらに日産でのゴーン氏就任以降のリストラの嵐。もう企業はサラリーマンを守る時代ではなくなった。さらに追い打ちをかけるかのように昨年のリーマン・ショックによる世界恐慌の始まり、それによる派遣切りもさることながら、リストラや内定取り消しまで相次いでいる。ではこの時代の中で日本人の意識は変わったのかというと変わらないわけではないが、ほとんど変わっていないというのが現状であろう。未だに「年功序列」「トップダウン」という風潮がまかり通っているように思える。あと自分自身職場に行って感じたことであるが、「残業=善」という体質がいまだに残っている。今ビジネス書では「残業ゼロ」のノウハウがよにたくさん出回っている今でも、である。経営ではあれだけ「効率化」と叫ばれているのにもかかわらず、である。作業の効率化とかいうのであればまずは自分の時間を作るのではないかともう。残業や長期労働により、自分の人生をふいにしかねない。さらに若い世代や女性に厳しく、「ワークライフバランス」はあって無き様なものとなっており、さらにリストラの対象のほとんどが入社間もない若い世代となることが多く、これからなのにと割喰ってしまう。その理由は経験がないから、知識がないからという。
悪い意味での「高齢にやさしく、若者(と女性)に厳しく」というのが出来上がっている。
第2章「リスク・リテラシーを磨く」
まず出てくるのが「なぜ、貯蓄から投資が進まないのか」である。日本人の特質によるものかもしれない。日本人ほど貯蓄が好きな民族はいない、それが何よりの証拠なのが、昔「きんさんぎんさん」が話題となった。その「きんさんぎんさん」が100歳の長寿とCMの出演料でいくらかもらった時「何に使いますか」と質問されて双方は「老後のために貯金します」と答えたという。
突っ込みどころがあるがそれはさておき、今世界恐慌にあり自分の雇用も保証されなくなった時代、若者は貯蓄に走っている。これはもう午堂氏の著作で取り扱ったのでここでは割愛させていただく。
恐慌の時代だからでこそ投資をすべきであるが、それにもリスクは負う。それ以外にも食生活など身の回りでもリスクがある、しかしどのように理解して、リスクを知るかというのがカギとなる。
第3章「「お上」に人生を預けるな」
「お上」というと多様にある。自分の勤める会社の社長、政治家、官僚を言っているだろう。自分の経済が困窮すると必ずと言ってもいいほど、メディアは政治家や官僚をたたく。国民もそれに乗じてたたく。だから「経済は一流・政治は二流・国民は三流」と呼ばれる所以である。しかしどんなに政治問題や企業問題を他人事にしても結局戻ってくるのは自分事となる。それは「お上」に頼りすぎたツケによってこうなったのであろう。なので、お上に頼らない自分らしい生き方というのが大切になる。自分の価値は「自分で創る」ことを行うこととなろう。ほかにも支配構造や、勝間氏お得意の福祉改革の言及について書かれている。
第4章「21世紀のパラダイムシフト」
「人生はコントロールするもの」
第4章最初の言葉である。人生はうまくいかない時も有れば、捨てたものでもないという時がある。それはリスクによってのコントロールと同じようなものかもしれない。それをコントロールするためにはまず自立すること。自分で考え、自分で行動し、自分の力を身につけ、自分を育てることが21世紀の中で最も大事なものとなる。高度経済成長期のように乳母車や温室で育てられる時代は終わった。これからは自分でリスクを考えることが重きになってくる。
最後に私のリスクに対する考え方だが、あまり変わらなかった。もともと本と出会って、セミナーを受けてから、自分の足で勉強し、自分でスキルを身につけるということが主になっていたからだ。それからどのようにして社会に還元していくのかというのは行動は先になるかもしれないが、必ずや何らかの形で還元していこうと思っている。
本書は「学んだ」というより「再認識できた」一冊である。

21世紀の国富論

21世紀の国富論 21世紀の国富論
原 丈人

平凡社  2007-06-21
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アダム・スミスの「国富論」を21世紀版にして書いたのが本書である。「国富論」のことについてちょっと簡単に説明しておく。
「国富論」は略称であり、正式には「諸国民の富の性質と原因の研究」という。これはアダム・スミスが1776年に出版された著作である。出版された時は産業革命が起こっていた時であり、工業、特に手工業(マニュファクチャル)というのが盛んだった時である。
ちなみにここで出てきた有名なものは「神の見えざる手」とも呼ばれる需要・供給曲線の交差する部分のことを定義たことでも知られている。
さて21世紀はというと、この「国富論」の理に適っているかというとちょっと無理があるように思える。「国富論」というのはあくまでモノの生産性を重視し、そこから資本化の利潤を追求し、分配される学問である。しかし21世紀である今の日本ではモノがまだ需要があるとはいえど一通り需要が飽和されており、逆に心的な欲求が高まっているのが事実である。その時にこの「神の見えざる手」などをいかにして使うのかというのが本書を読む前から気にかかった。
第1章「新しい資本主義をつくる」
本書は昨年話題となったIBMのパソコン部門売却から始まっている。現在世界のパソコン業界ではDELLやHPを筆頭に日本ではNECや富士通、東芝などが鎬を削っている
それはさておき先に断わっておくが、本書が出版されたのは2007年5月。サブプライムローンの焦げ付きがあったかなかったかという時であり、好景気の踊り場に差し掛かったころである。その時の経済状況は大きく変動していったのかというと、天然資源の面から見たら変わっていなかった。ロシアや中東諸国などは天然資源豊富だということで大いに経済が潤ったのは事実。しかし、日本などの先進諸国の面では若干形態が変わっているという。その背景にあるのが「数字」である。モノから「数字」に変化したのが先進諸国の資本主義であろう。おもに数字、M&A、株、肩書きと言ったものに淘汰された「資本主義」だと指摘している。確かに経済や経営を見るにあたりそう言ったものを見ない日はない。特に指標としてきたのがROE(株主資本利益率)、大学のビジネススクールでも、株や経済誌でも指標の基準の一つになっている。簡単に言うと「日米ROE至上主義」になっているのではと著者は指摘している。
第2章「新しい技術がつくる新しい産業」
これまでは「モノ」中心として社会は動いてきた。しかし今日では物的にも飽和状態となり、追い打ちをかけるかのようにインターネットの普及により「知的工業製品」がこれから反映してくるだろうとしている。著者によるとこれからはPUC(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)、つまりコミュニケーションに基づいたアーキテクチャが出てくるのではないかと予測している。これまではコンピュータなどの機械の力によって築いたものが、今度は人間の血が通うコミュニケーションと言ったものがコンピュータのソフト・ハードの両面をもったものを統合する技術が栄えるのではないかとしている。
第3章「会社の新しいガバナンスとは」
「コーポレート・ガバナンス」はご存じだろうか。日本語で表すと「企業統治」とされており、理念上では株主総会により取締役が選任され、その中からCEOが選任されるシステムになっている。日本ではどうなっているのかはわからないが、アメリカではほとんど機能せず、ほぼCEO独裁といった模様になった。つまり取締役選任までCEOがやり、株主はCEOからの承認を与えるという役割にすぎなかった。ここではガバナンスというよりももっぱら会社の在り方をざっくりと説明したところである。
第4章「社会を支える新しい価値観」
今は世界恐慌の時代となり、また新たなブームが巻き起こる。もしくは不況の波を壊すべく新たなベンチャー企業が続々と出てくるのではないかと私は考える。今と様子は違うが2000年ごろにはIT革命が起き、数多くのベンチャー企業が誕生した。だが景気の回復や革命の終焉により次々と倒産し、生き残ったベンチャーはほとんどいなくなった。おそらく私はこの構図によく似た形となって続々出てくるのではないかと思う。
第5章「これからの日本への提言」
ではこれからの日本はどうあるべきか、本書の主張の根幹を占めるのは第2章で述べたPUCであるとしている。ではこのPUCはどのようにして広めていくのか、それの格好足るものが「地上波デジタル」だとしている。しかしちょっと待っていただきたい。2003年から地上波デジタルがスタートして、2011年の7月にアナログ放送が終了する。それなのに地上波デジタル対応型TVとチューナーを合計しての普及率は2009年1月の総務省による調査では49.1%しかない。さらに地域によっては受信できないところもある。アメリカなどいくつかの国々でも地上波デジタルの移行は進んでいるものの、普及が芳しくなく、完全移行を見送ったり、延ばしたりしているところもある。これについては総務省の柔軟な対応が求められるが果たしてこれから軟化していくのか、あるいはそのまま進んでいくのかというのが焦点となるだろう。
「国富論」と書かれているだけあって資本主義の変遷なのかと考えると期待外れの部分もあった。しかし、どのような産業、もしくは工業、企業になっていくのかというのであればなかなか面白い。

本質を見抜く「考え方」

本質を見抜く「考え方」 本質を見抜く「考え方」
中西 輝政

サンマーク出版  2007-11
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京都大学の教授であり、国際政治学者である中西輝政氏が政治学としての「考え方」を伝授した一冊である。本書のまえがきで、
「私たち学者は、常にこの(他人のゆがんだ視点などの支配)危険に身をさらしていると言えます。」
つまり他人の考えを鵜呑みにしてしまい、自分の思考が停止され、本来学者であるべきの考え方が破壊されてしまう恐れがあるのではないかというのである。これは学者に限らず、私のように書評を行うものにも言えることである。「書評家はあくまで中立性を求める」というのは自分自身嘘話だと思っているが、「自分自身の観点を持つことを失うこと」こそ思考停止、もしくは自分自身の文章を殺してしまうものはないと思う。そう言う意味では中西氏が言う「考え方」と私が見ている「考え方」と通底するものがある。
第1章「考え始める技術」
考え始める前に自分とは何か、そしてそれを取り巻く「敵」は何なのかということから始まるあたり、「孫子の兵法」によく似たものが出てきている。考え始めるので当然答えは出てこないので、場合によっては手探り、迷走状態になることが多い。ゲーテの言葉にある、
「自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う」
とはこのことであろう。迷っている状態だからでこそ書いて言葉にしたりそのことから行動を押したり、間違ったって大丈夫というような気持ちを作りながら考えることが肝心になる。
第2章「考えを深める技術」
考えを深めることについて書かれているところ、ここでは「歴史」がネックになる。「歴史認識問題」もあるが考えを深めるには「歴史」を鑑みることが大事にあるという。こう見るとジャーナリストである櫻井よしこがよく「歴史力を磨け」というのが裏付けされる一つの論拠となる。
第3章「間違いを減らす技術」
間違いを減らすためにはまず「論理」のとらえ方にあるだろう。「論理」というのは今となっては重宝されるが、その原理については理解しなくてはいけない。本来「論理」というのは自然にできたものではなく、数学から出てきたものとされている。論理的に解明して正しいと得られていても、実際の場所では必ずしも正しいとは言えないというのが現状である。しかし「論理」は完全に否定しているわけではなく、答えの裏付け、検算という形での「論理」がいいという。「論理」と共に「効率」というのも重宝されてきたがこれに関しても疑わなくてはいけない。「効率化」というのは全体的な効率化というのは非常に難しく、一方で効率化を行うと、他方では非効率化になるというモグラたたきのような状態になる。端的にいうと効率化は全体にはできず、あるところで犠牲にしての効率化であれば納得がいく。
第4章「世の中を考える技術」
中国の故事に「人間万事塞翁が馬」というのがある。これは良いことも悪い事もあるというたとえとして使われる。さてどんなにうまくいく考え方があったとしても必ずしもうまくはいかない。
それだけではなく国単位での考え方について書かれており、国の文明や歴史、神話知り、そして日本の問題を自分自身の問題としてとらえてこそ、政治や経済の問題に初めて考えるというのが著者の見解である。
第5章「疑問を抱く技術」
誰しも疑問はある。その疑問を封じ込めていてはせっかく解決できるものも解決できなくなってしまう。さらに疑う対象としては正しい日本語、美しい言葉、論理的、結論ありき、という所にまで及んでいる。
特に私が言及したいのはここではなく著者が主張する「東京一極集中が最大の問題(p.185より)」というところである。
前にも何回か取り上げたが、日本において最たる問題なのがこの「一極集中」になっているところである。著者は実体験を元に、
「東京中のどこの場所へ行って、別のどんな人に会っても、たとえばお役所に行っても、新聞社に行っても、テレビ局に行っても、国会に行っても、見事に全く同じ言葉で聞くことがよくあります。(p.185より)」
私は昨年に神奈川に住むことになったが、引っ越しをするにあたりまず東京に住むということを拒んだ。なぜかというと一極集中でふんぞり返っている東京をみんなと一緒に住むのが嫌だったからだ。しかし別に東京自体は嫌いではない。下町風情や江戸情緒あふれる風景は大好きである。何よりも嫌いだったのは誰もがみんな「東京」ばかりに目が行くということ。特に死者を抱えている企業の多くは東京に本社を置いている。さらに就職でも多くは東京に移り住む。それが嫌だから神奈川に住んだというのが大きな理由である。
第6章「情報を考える技術」
情報をもって考えるには変化を見ることよりも何より変わらないものを見出すことから始まり、そして日本人である意識を持つことが大切であるという。
本書での「考える」は論理的ではなく、あくまで「考える精神」を身につける本である。「思考術」というような本がごまんとある中、本書の役割というのはそれを束ねるものと位置づけられる一冊であろう。

常識崩壊

常識崩壊 常識崩壊
牛島 信

幻冬舎  2008-09
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「食品偽装問題」「サブプライム」「ねじれ国会」など、日本の常識が崩壊していると元検事(通称、モト検、ヤメ検)の国際弁護士牛島信氏が、弁護士からの目線で今の事件や事柄について常識の欠如・崩壊を危惧しているエッセイ集であるが、本書自体は「Lexis 企業法務」や「月刊ザ・ローヤーズ」などの法律系の雑誌において連載していたものに追記をしたものである。
著者の専門はコンプライアンスや企業法務と言ったところにあるせいか、それに関連した指摘が多いように思える。そう考えてくると「食品偽装問題」やライブドアや村上ファンドと言ったところはコンプライアンスにかかわってくる。
企業法務となると最近話題となった「内部統制」や 「買収」などがある。買収と言ってもかなりの種類があり、「M&A」は一般てきで、「TOB(株式公開買付)」、「MBO(経営陣買収)」と言った用語が出てくるので結構難しい。
弁護士の視線から、巷でニュースとなった事柄、とりわけ自分の専門領域に関しての評論を行っており、今の常識に関して疑問視しているようだが、そもそも常識は誰を基準にしているのかという所から疑わなければならないそれを解き明かすのならば日垣隆氏のこの1冊をお勧めしたほうがいい。

さまざまな常識についてウソを見抜いた一冊である。上記の本も確かに法律的観点からウソを見抜く良書ではあるが、タイトルのような衝撃的な内容ではなかったのが期待外れである。日垣氏の本はそれはまず裏切らない。良書で言ったら後者の方がはるかに上であろう。

08年度卒 社会人1年目限定同窓会 感想

最近セミナーに行って思うことが、

「同期がほとんどいない」

ということ。

そこでMasterさんがJOBWEB主催の同窓会に参加したということをupしたことに一念発起して、私は社会人1年目ということなので

「08年度卒 社会人1年目限定同窓会」

に参加してきました。

社会人1年目ということなのでこれまでにどんな仕事のエピソードがあるのか、

半年後の自分はどうなっているのかというさまざまなお題が出され、そこで共感したり、ときには大爆笑だったりとあっという間の3時間でした。

その中でも名刺交換をいたしましたが……私のプライベート名刺がなかなかに受けがよかった(?)、というよりも天然記念物に見えていたように思えました。

同期で異業種との関わりというのがほとんどなかった私。「それぞれの1年目」を見ることができ、とても刺激になりました。

主催したJOBWEBスタッフの方々、そして名刺交換された皆様。本当にありがとうございました!!

想い出のブックカフェ 巽孝之書評集成

想い出のブックカフェ 巽孝之書評集成 想い出のブックカフェ 巽孝之書評集成
巽 孝之

研究社  2009-01-24
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今日は日曜日。
特段の例外がなければこの日の主要新聞は必ず「書評」の欄、読書案内の欄がある。書評をやっている私にとって勉強にもなり、参考にしているほどである。
著者は慶応義塾大学文学部の教授であるが、朝日新聞や読売新聞などで書評を担当したばかりではなく、学術誌・学会誌での書評も担当した人である。
よく新聞や雑誌の書評欄を見た方はいると思うが、新聞や雑誌の書評の文字数はそれほど多くない。ただ、「多くない」といっても自分のブログを基準で言っているため、人によっては「多い」という人もいるだろう。そして本の魅力をどのようにして語るのかという工夫はそれぞれである。
最近では私のような書評ブログが増えており、それによって購買意識が変わり売上変動に影響が出るというブログもある(どことは言わないが)。
本書のタイトルは「思い出のブックカフェ」というが、最近ではインターネットの普及により喫茶店の数が減少しているという。私自身、学生の頃から社会人に至るまで「喫茶店」は切っても切れないものであった。時にはテスト勉強や試験勉強のために喫茶店を利用することもあれば、高校の時には図書館で勉強できない場合は必ずといってもいいほど喫茶店を使っていた。店の人に迷惑ではないかという声もあるのだが、1〜2時間ごとにコーヒーをおかわりするので、コーヒー1杯で入り浸りということはない(それ以外の理由では迷惑だったかもしれないが)。
そして社会人生活でも喫茶店をはじめ、ドトールやスターバックスでコーヒーを飲みながら勉強したり、書評のネタを洗ったりすることがある。インターネットが淘汰される時代だからでこそこう言った空間がどうしても欲しくなる。そしてその空間の中で練った書評をインターネットの場でぶつける。
私は元来、うるさい環境の中で勉強すると余計に集中してしまう。そのためかだれもおらず1人だけの環境の時はなぜか怠けてしまう性質である。
それはさておき、本書のあとがきにはこの書評を出すことについての思いがつづられていた。著者自身この書評集を出す意欲はなかったという。
その理由はこうである。
「しかし学者研究者にとって、書評というのはノートブックにもひとしく、いずれ時が来たら利用すべき一種のデータベースだから、本来はそうした集積など決して表面に出さず、そこで得た見識は、やがて論文を書く時を待って生かすべきものだろう(p.331)」
書評を行う人が大学教授と言った学者が多い理由がここにある。つまり学者にとって書評はあくまで「データベース」に過ぎず論文のテーマによってその書評を道具として使うということに過ぎない。一方の書評家はどうなのか。本の魅力を語るのか、それとも読者に購買意識を高めるための道具にすぎないのか、それとも読書好きだから単なる評価にすぎないのか…、その定義は難しい。

「ワクワークショップ」Vol.02 感想

昨日は「読書ノススメ〜読書とは「読んだら書く」〜」でおなじみの竹原健一さんの「ワクワークショップ」に参加いたしました。Vol.01に続いての参加でした。

参加者はというと前回よりはやや少なめでしたが、前回講師であった「ワンランク上の問題解決の技術」の横田尚哉さん、「仕事はストーリーで動かそう」の川上徹也さん、「頭のいいお金の使い方」の午堂登紀雄さん、「考具」の加藤昌治さん、そして「ワークライフ“アンバランス”の仕事力」の田島弓子さんらが参加されました。

今回の講師は前回「出会いの大学」でも講師であった小山龍介さん。

「出会いの大学」で小山さんの講義を受けた人も多かったのでかぶる部分もあるのでとことわっていたので、さらに「出会いの大学」でも教えられなかったところもありました。

副題が「クリエイティブ ハック!」ということなのでアイデアを引き出すことを中心でした。「出会いの大学」でもグループワークはありましたが、今回のセミナーはそれ以上にワークがありました。制限時間が短くその中でアイデアを出すのは難しい。だんだんアイデアを出していくと「笑点」のようなバカなアイデアが出てきてしまう。ワークをやっていくうちにふと思ったのが、

「林家木久扇は天才だった。」

ということ。噺家でありながらラーメンを売ったり、歌を出したり、ダブル襲名の時に自分の名前を公募したり…。どこかの新聞で書いたのだが「アイデアマン」と評していたが、まさにその通りだなと。

そんなこんなであっという間の2時間でした。ワークをやっていくうちに楽しくなってしまって、時間を忘れさせるようなセミナーでした。

交流会を経て懇親会へ、

第二の「アイデア」セミナーということで加藤昌治さんが講師に…、ということで酒を飲みながらご飯を食べながらアイデアのことについてのみならずさまざまなことで盛り上がりました。

今回はプロジェクターの関係で開始が数分遅れた程度で済んだだけで、特に目立った「事件」はありませんでした。ともあれ、

竹原さん、小山さんありがとうございました!

愛する者の死とどう向き合うか―悲嘆の癒し

愛する者の死とどう向き合うか―悲嘆の癒し (京都大学こころの未来研究センターこころの未来叢書) 愛する者の死とどう向き合うか―悲嘆の癒し (京都大学こころの未来研究センターこころの未来叢書)
カール ベッカー Carl Becker

晃洋書房  2009-01
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愛する者の死。
それはあなたを育ててくれた親族であったり、あなたの支えになってくれた伴侶・恋人であったり、あなたと共に頑張ってくれた友であったり…。
「愛する者」というのは「誰」と一概には語れない。
しかし人の「死」というのは必ずやってくる。
私は残念ながら人の「死」に直面したことはほとんどない。
しかしこれからやってくるだろう。
もしもあなたの目の前で、あまりに突然なことで、愛する人が死んだらあなたはどうなりますか?
悲しみますか?
茫然自失になりますか?
トラウマになりますか?
私は想像できません。
体験したことがないから。
しかし世界は広い。天変地異や戦禍に巻き込まれて親や愛する人をなくしてしまい、あれから心を閉ざした人、ちょっとしたことで発狂してしまうなど様々トラウマを抱えてしまった人もいる。
ではその人たちをどういやしたらいいのか、そしてその死の悲嘆をどう向き合うのかということについて本書は書かれている。
第1部では現状について書かれている。娘の自死のこと、息子の死、阪神淡路大震災における娘の死、それぞれが違えど子息の死というのは肉親よりも耐えがたいものだという。というのは肉親であれば自分が生きている間に死が訪れることは薄々予測している。しかし自分よりも年下であることが明らかである娘や息子が自分よりも先立たれた苦しみというのは、もっと人生があるのにという寂寥感と、傷が悲しみを強くしているのかもしれない。
第2部では悲嘆をどう向き合うかのことについてケーススタディとして紹介されている。
第3部は理論編。感情論を一切無視して哲学的に人の死とは何なのかということについて書かれている。
今回はちょっと簡単になってしまったが、人の「死」をどのようにして体系づけていくのかというのは哲学的に語るのは非常に難しく、わかりやすく語るのにはちょっと無理がある。というのは自分がその直面にしていなければわからないものを只々理論づけて述べるのは、できはするが、そこに感情は通っているのかというと通っていない。「死」を理論的につけるほど残酷的なものはない。本書を読んでそう考えてしまった。

ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子

ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子 ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子
赤羽 礼子 石井 宏

草思社  2001-05
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先日のイベントにおいて買った一冊。手書きのPOPでビジネス書と書かれていて、しかも「特攻の母」と呼ばれる鳥濱トメのことの関連性に不思議と好奇心がわき購入した一冊である。
本書は鳥濱トメが「特攻の母」として、そして戦後は「アメリカ兵の母」として贈った生涯について書かれている。トメのみならず、彼女を取り巻く兵士たちの模様が生々しく書かれていた。
「ホタル帰る 戦中編」
ここでは「特攻の母」としての鳥濱トメが描かれている。
当時は日中戦争時代であったこと、そして兵隊としての心構えと技術をたたきこむことが急務とされたのだろう。しかしそれと同時に「お国のために」という精神が強く芽生えた。少年兵はその訓練で何度も怒鳴られ、ボコボコに殴られてしつけられた。
トメは少年兵ら、若い兵士たちの母親役となった。何をやったのかというと話の相手といったことが主だった。しかし親元を離れて日本のため闘うために訓練をする。当然親を思わない日はないだろう。そこでトメが話し相手となり故郷の話や家族の話、思い出話など様々なことで心を開いた。そのことによってトメが訓練地での母親的な役割を担った。
戦局が厳しくなるにつれ、特攻隊というのができはじめ、トメの住む鹿児島・知覧も基地の一つになた。トメはまた同じように兵士に焚いて母親的役割を担った。「特攻の母」となった。しかし「特攻の母」という名は良い響きではあるが、実際は一度出撃したらほぼ二度と戻ってこない。万が一戻ってきても国辱というレッテルで戻ってきた兵士は罵られる。そのためトメはその感情との戦いというのは日常茶飯事であった。また後半には朝鮮兵のことについても触れられている。今では「従軍慰安婦」や「竹島」の問題などでギクシャクしているが、植民地時代はいざこざはあれど日本人としての誇り、朝鮮人としての誇りの2つを持ち戦場に赴いた。その感情についても書かれているのが非常に貴重である何よりの証拠である。ちなみに特攻のことに関しては同所に「知覧特攻平和会館」がある。
「ホタル帰る 戦後編」
敗戦となり、鹿児島・知覧にも米軍が押し寄せてきた(進駐軍)。トメはアメリカの文化と日本の文化の違いに驚き、憤慨したものの、日本兵と変わらないふるまいを見せ、米兵から「ママさん」と呼ばれるようになった。進駐後も前科七犯をもった男を引き取ったというエピソードもある。
「母は強し」というのがこれほど如実に出た本はほかにあったのだろうか。
鳥濱トメの胆力の強さを垣間見たのと同時に、在りし日の日本の雄姿、日本が破れ去りアメリカ兵に淘汰されてもなお、日本人であることの光があったということを教えられた。あれから約64年、その光はだんだん小さくなっているように思えてならない。しかしその光はなくならない。
在りし日の歴史を学ぶことでその光は消えることなく保ち続けている。
その光を強くさせるのか、弱くさせるのか…それは我々にかかっているのである。

国定忠治を男にした女侠 菊池徳の一生

国定忠治を男にした女侠 菊池徳の一生 (朝日選書 832) 国定忠治を男にした女侠 菊池徳の一生 (朝日選書 832)
高橋 敏

朝日新聞社  2007-10-10
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国定忠治といえばもうすでに講談や劇で非常に有名な人物として挙げられるようになったが、実際の国定忠治は博徒(賭博を行うものとされているが、無法者、アウトローを呼ぶ場合にも使われる)であり、対立する博徒を次々と殺害、挙句の果てには関所を破った。そのことを咎められ磔にされ壮絶な最期と遂げたという人物である。
しかしこの国定忠治をヒーローとしてよみがえらせた人物がいる。それが本書で紹介される菊池徳である。彼女の活躍なくして今日まで「国定忠治」が語ることができなかったと言っても過言でない。本書はこの菊池徳という人物、そしてどのようにして国定忠治をヒーローに仕立てたのかについて探っている。
Ⅰ.「自儘から自立へ――菊池徳の前半生」
「極道の仁侠」といわれた国定忠治。清水次郎長と並んで代表する侠客として有名である。最初にも言ったが、国定忠治(以下、国定)を有名にさせたのは菊池徳(以下、徳)である。徳が国定を関わったのは殺人などの罪でお縄になり囚われの身となった時からである。徳は鼓舞させるなどして国定に自信をつけさせ壮絶な最期に仕立て上げた。
徳は今の群馬県の茶屋の娘として生まれた。若い時分から茶屋の看板娘として活躍し、その勝ち気でてきぱきと切り盛りする徳は女侠としての素養を自ら育てた。さらに男尊女卑の社会の中では非常に珍しく読み書きも堪能であったという。江戸時代の風潮では考えられない性格と素養を身につけていた反面、それがネックとなり我儘な性格が如実に表れ、トラブルを起こすことが度々あった。
Ⅱ.「国定忠治を男にする――女侠の誕生」
いよいよ国定を男にした所である。国定が処刑された1851年、捕縛されたのは1850年。徳が国定と出会い、激励したのはその辺りになるが、国定とであるのが本章では1846年とされている。ではどんな激励をしたのかというのが当然気にかかる。徳は国定を自分の屋敷に書くまい、岡っ引きなどを追い払いながら守りつづけた。しかし国定は1850年に中風に倒れ、結局とらえられる。同時に徳も囚われの身となったのだが、国定を男にしたという所の本丸にいよいよ入っていっている。
物語で見た国定は当然勇敢に潔く磔の刑を受けたのだが、実際磔の刑を受けたときには完全に怖気づいていたという。これでは面目が丸つぶれとなる徳は潔く死ぬというストーリー立てをきめ細やかにプロデュースしたという。ビジネス書に「仕事はストーリーで動かそう」という本があるのだが、そのヒントとなるのがまさか国定忠治のところにもあるとはと思ってならない。
国定の死後、国定を英雄に仕立てた代償は大きく、財もコネも失ってしまった。
Ⅲ.「女侠の明治維新――徳とその一族」
徳が財もコネを失った後でも、何人かの兵士や志士に便宜を図った。それと同時に村の子女に「女大学」を講じたというような証拠もある。
国定忠治は英雄となって死んでいった。しかしそれは菊池徳がプロデュースしたおかげである。そう考えるともっと賞賛すべきな人物は彼女ではないかさえ思うのだが、人間は美学に伴った者が好きでどうも国定忠治に行く、そのおかげか国定忠治に関する文献は山ほど存在するが菊池徳に関する文献はそれほど多くない。
「ヒーローあれば、裏方あり」
裏方にもスポットライトが当たってもいいのではないかさえ私は本書を読んでそう思った。

トロロッソ STR4を発表

トロロッソ STR4を発表

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2009/03/09/207966/

ようやく最後(?)の新車が発表されました。ドライバーは周知の通り、セバスチャン・ボーデとセバスチャン・ブエミ。

Wセバスチャンです。

昨シーズンはヴェッテルの活躍もあって本家のレッドブルを凌ぎコンストラクターズでもドライバーズでもいい成績を残しました。

今年唯一のルーキーとなるセバスチャン・ブエミはどのような活躍を見せるのか期待したいところです。

ボーデは……まぁ頑張ってくれるでしょう。というよりも今季頑張らないと来季はまずシートはないでしょう。

今季開幕戦は29日、オーストラリア・メルボルン!

公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日

公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日 (朝日選書) 公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日 (朝日選書)
鷲巣 力

朝日新聞出版  2008-10-10
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今やもう当たり前のものとなったコンビニエンスストア(以下、コンビニ)。1974年に東京の江東区にセブンイレブンの1号店が誕生した。それ以前には1971年にココストアとセイコーマートの1号店ができた。コンビニは1971年に誕生したが実質知られるようになったのは74年といっても差支えないが、解釈はココストア・セイコーマート、ファミリーマート(1973年)、セブンイレブンとがあるためどれが本当なのかというのは定かになっていないのが現状である。コンビニの誕生による流通革命についてはプロジェクトXの「日米逆転!コンビニストアーを作った素人たち」で詳しく紹介されているのでここでは割愛する。
本書はコンビニがもたらしたものの中で、食習慣などの生活習慣や商習慣にスポットを当てている。
第1章「コンビニ24時」
もともとコンビニは24時間営業ではなかった。セブンイレブンが最たる例で1974年の開店当時は朝7時から夜の11時まで、ちょうど「セブンイレブン」という名前の由来がそうである。では24時間営業になったのはいつごろかというとその1年後の1975年であるが、どこからやったのかというのは定かではない。
本章ではなぜ24時間営業なのかというよりもコンビニの24時間の流れ、それ以外にも店舗数、売上高の変遷、地方別のコンビニ状況といったところに重きを置いている。章題がこう言うものであったのなら、前のパラグラフの疑問に答えてほしかったところだが。
第2章「なぜコンビニは日本社会に流行るのか」
コンビニ誕生については最初にも述べたとおり諸説あるが、ここでは便宜上、セブンイレブンが誕生した1974年にしておく。というのはセブンイレブンはアメリカの氷屋から発展したコンビニエンスであり、数十年かけて店舗展開をしてきた。日本ではこのコンビニは浸透しないだろうという見解が多かったが、もうすでにセブンイレブンだけでも11,000店以上、ローソンなどすべて合わせると42,000店以上にもなる。当時から見たらこのようになるのは思ってもいなかったことだろう。コンビニが成長した理由として流通的な要素もあるが、ここではサービスの充実、総菜のみならず雑誌、新聞があるばかりではなく、コンビニで預貯金を引き出したりすることが可能になり、銀行振り込みも可能になり、電子マネーも使うことができるようになった。時代とともに新しいサービスができてきており、新しい物好きの日本人はマンネリ化せずにコンビニは生き続けてきている所以である。その反面あらゆることがコンビニを使って解決することができるため、依存しがちになる。モノの豊かさに反比例するかのように心が貧しくなった。
第3章「コンビニが日本社会を変える」
コンビニによって良くも悪くも変化が起きた。食生活でもコンビニのおにぎりや弁当で済ます人も急速に増え、生活習慣の減少する要因の一つになった。ここまでは本章で取り上げられた「悪い面」であるが、ここで取り上げなかったもので最も深刻に思うのが「足るを知る」の欠如である。今では24時間営業により、限りはあるが何でもいつでもモノが手に入るようになった、つまり便利になった。しかし便利というのは弊害が生じる。便利になったことによりできないことをコンビニなどの他の所に依存する。要望・要求するようになる。満足する感覚を失ってしまうというような状況に陥る。また「足るを知る」ことにより、思考の低下も本章で指摘している。こう考えるとコンビニによる功罪というのは大きいように思える。
最初に「良くも悪くも」といったように、日本の産業構造はがらりと変わった。POSシステムの導入や共同配送の流通革命が例にある。
第4章「曲がり角を迎えたコンビニ」
マーケティングでも企業の成長曲線で「成熟期」というのがある。古典文学でいうと「平家物語」の冒頭にある「盛者必衰の理をあらわす」というのもある。急速に成長していった業界でも必ず陰りを見せる時が来る。これはコンビニといえど例外ではない。コンビニも集客は増加しているものの、競争の激化により、閉店する店舗も出てきている。では生き残り、かつ競争に勝つための戦略をどうしているのか、コンビニによって、コンビニの中でも場所による戦略も行い始めている。本章ではコンビニの戦略を紹介している。
第5章「明日のコンビニ、または「暮らしのネットワーク」の拠点」
コンビニは絶えず進化している。その進化の方向は前章でも述べたとおり企業の事情、もしくは地域の事情によって進むベクトルは違ってくる。本章で言う「どことも違う」というのがそれにあたる。
今や日常生活においてコンビニはなくてはならない存在となっているのは紛れ無き事実である。しかしその中で24時間営業など見直すべきところもある。また災害において食料面でコンビニが大いに役立った事例もある。
コンビニはこれからも生き続ける。その中でどのように変貌するのかは誰にもわからない。だがこれだけは言う必要がある。コンビニが本当の意味で「駆け込み寺」になってしまったら日本が「コンビニ国家」となってしまう。便利な響きのように思えるが、安易な選択により取り返しのつかないことになってしまうという弊害が生じる。このまま進めば「コンビニ国家」になってしまうような様相だが、これは何としても避けたい所である。

プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる

プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる (PHPビジネス新書) プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる (PHPビジネス新書)
田坂 広志

PHP研究所  2007-04-19
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「プロフェッショナル」という言葉は日々進化しているという。著者の田坂広志氏は「個人シンクタンク」の時代が始まるのではないかという見解だ。ではプロフェッショナルはなぜ進化するのか、そもそも「個人シンクタンク」というのは一体何なのかという所を本書をもとにして迫ってみようと思う。
第一部「「個人シンクタンク」の時代が始まる」
いきなり本書の結論から入る。
「これから、すべてのプロフェッショナルは、「個人シンクタンク」へと進化していく。(p.12より)」
シンクタンクというのは「知の集団」であるがこれを個人が運営することになるのだろうと著者は予言している。その背景にあるのが1995年の「インターネット革命」とその10年後、2005年の「Web2.0革命」にあるという。これについてはまず否定することは不可能であろう。ネットワークを介して「知」の共有に成功し、誰しもが様々な「知」を積み上げることができるデータベースを増強させることが容易になった。
さて「個人シンクタンク」へと進化していくと言ったが、この「シンクタンク」の機能を大きく7つに分けられており(p.20より)、
「インテリジェンス力」
「コミュニティ力」
「フォーサイト力」
「ビジョン力」
「コンセプト力」
「メッセージ力」
「ムーブメント力」
が「個人シンクタンク」を築く上で大事なこととされている。
ネット革命により誰でも情報を自由に取り入れることにようになり(情報バリアフリー)、情報を取り入れ方というのが課題となってきた。そこで情報をどのように取り入れたほうがいいのかという戦略について、著者は探求や集中、もしくは師匠と私淑できるサイトがあるといいとしている。世の中には「情報術」というのがごまんとあるがそれを自分が最適にあうものは本よりも自分自身の価値がモノを言うのかもしれない。本書は手法というよりも基本的な手段を提言しているだけであり、こうしたほうがいいということまではいっていないので融通が聞きやすい。
さてネット革命でもう一つもたらされたのが、「個人メディア」を持つことが可能になったことである。「個人メディア」というのは簡単にいえば、ブログ・メルマガ・SNSといったものである。要はアウトプト・ツールのすそが広がったことにより誰でも簡単にいろいろなことを主張したり批判したりすることが可能になったのである。これの弊害などについては第二部で詳しく取り上げられている。
さて、「ネット革命」により情報を自由に、かつ簡単に取り入れられることにより「知識」の価値はおそらく減少しただろう。では「プロフェッショナル」における価値は一体どこにシフトしていったのか。著者によれば、
「言葉で言い表せない智恵(p.44より)」
がモノを言うだろうとしている。智恵は確かに情報を得るだけでは身につかない。身につけた知識や技術をどのようにして結び付かせ、ユニーク、かつ斬新なものに落とし込んでいくのかというのが智恵をつくりだす醍醐味と言っていいだろう。
第二部「「個人シンクタンク」への進化 六つの戦略」
ここでは大きく分けて六つの戦略にしている。ちなみにこれは各話毎に分かれている。
「コンセプト・ベース」の戦略
「パーソナル・メディア」の戦略
「プロフェッショナル・フィールド」の戦略
「アドバイザリー・コミュニティ」の戦略
「ムーブメント・プロジェクト」の戦略
「パーソナリティ・メッセージ」の戦略
そこから枝葉のように細々とした戦略はあるが結構多いのでここでは割愛する。さて第一部でちょっと言及したブログなどの「個人メディア」による批判の弊害についてであるが本書ではこう書かれている。
「「批評」においては、その評者の「人間性」が、恐ろしいほどに出る。(p.96より)」
この言葉に私は衝撃を受けた、と同時にその通りだと考える私がいた。批判のみならず表現自体その人の人間性というのが露呈される。それはたとえ虚飾の多い表現であったとしても言い回し一つでその人それぞれ違ってくる。批評の仕方はその中でも顕著なものであろう。例えば抗議文でも紋切り型であろうとしても本文一つで「売り言葉に買い言葉」の様相にしたり、和解の手立てになったりする。言葉は「諸刃の剣」といわれているが、ネガティブな要素の多い批判こそそれが顕著に出ているからでこそ著者はこの言葉を残したのだろう。
本書はビジネス・パーソン論という位置付けで書かれているのだが、その中で、ウェブの要素が大きいように思えた。しかし「ただのウェブ論」とは一味も二味も違う。
本書は仕事に関してもウェブに関しても、必ず「哲学」を取り入れているように思えたからである。本書は戦略論を具体的に書かれているようにみえて、最初に結論を書いておいてその中で少し落とし込んだ良い意味での「抽象論」になっている。なぜ「良い意味」なのかというと、「哲学」であるが、記述自体が非常にわかりやすく書かれているからである。そう言う意味では「ビジネス・パーソン論」というよりもむしろ「仕事哲学」の教科書という表現の方がむしろいい。

気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる

気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる 気高く、強く、美しくあれ―日本の復活は憲法改正からはじまる
櫻井 よしこ

小学館  2006-07
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日本国憲法は1948年5月3日に施行されて間もなく61年になる。これまでの間、憲法改正論議については第九条(戦争放棄)が主であるが、タレントの永六輔のように「九条以外は改正してもいい」という論者もいることも忘れてはならない。
本書は改憲論者の一人であるジャーナリストの櫻井よしこ氏が自身が提起した憲法改正草案を現憲法と比較して今の憲法の欠点、そして憲法改正のメリットを述べている。
第一章「なぜ憲法改正か」
櫻井氏ほど今の国、そして今の憲法について憂いている論者はいないだろう。もう60年以上たっても未だに改正されない憲法に、生活様式や習慣が時が経つにつれ様変わりした日本国民、その差異の大きさというのは目に見えないが、条項によっては計り知れないほど大きいものがある(第一・九条が特にそう思える)。
多くの論者が主張しており、私もそう思うのだが、日本の文化そのものは1945年以降GHQによって断絶された。それから教育などの日本における方針そのものが変わった。櫻井氏はこう言ったことが在りし日にあった思いやりや武士道といった概念が消え去ってしまい、中国・北朝鮮・ロシアなどの領海侵犯を黙認していると考えている。私もその通りである。
さて本章の後半には「五箇条の御誓文」と「十七条憲法」を挙げている。「五箇条の御誓文」で思い出したのだが、陸軍大将でA級戦犯で終身刑となった荒木貞夫が時の首相である佐藤栄作に遺言を口述したものがある。
「日本の未来像は、維新の五箇条の御誓文を主とし、つまらぬことを付け加えずこれを達成すること(Wikipediaより)」
「五箇条の御誓文は」明治維新の時に明治天皇が発布した天智地祇に誓うという形で宣明した。
大日本帝国憲法はドイツのプロイセン憲法を参考にし、日本国憲法はおおよそアメリカによってつくられたことを考えると、純粋に日本で作られた「十七条憲法」や「五箇条の御誓文」はどれほど重要な位置を占めているのかというのがわかる。
第二章「前文」
憲法の前文はお国柄というのが反映されるという。どういうようなスピリットをもって、どういった国でというのがここで書かれているところから、これを根幹に憲法が成り立っていることがわかる。
第三章「天皇」
差異が大きいところの一つである。というのは象徴天皇制と形式的にはなっているが、約2650年もの間万世一系の系統を続けてきたところは日本以外にはなかろう。しかしその系統も危機に立たされており、悠仁親王がご誕生されてから皇室典範問題は鳴りをひそめたが、いまだに解決の糸口すら見えていない。皇室典範問題はこれからの日本そのものに反映される問題なので慎重になるしかないというのもわかるが。
第四章「第九条」
さて最も論じられている第九条である。今この九条では戦力保持が禁止されている、のにもかかわらず自衛隊を保持しているという矛盾がまかりとっている。著者の言うとおり何のために九条があるのだろうか、誰のために九条があるのかというのは考えるべきであろう。国を守るために自衛隊があるとするのであれば九条は改正すべきであるし、恒久平和のために九条があるのであれば自衛隊が要らなくなる。しかし諸外国は絶えず軍拡を推し進めており、中国では日本に向けてミサイルを、北朝鮮ではノドンやテポドンを開発している。その矛盾をどのように解消していくのか護憲論者に問いかけたい所である。
第五章「政教分離」
こちらも矛盾がある。例えば公明党と創価学会である。民主党衆議院議員の石井一をはじめ多くの議員がこれらと政教分離の矛盾、もしくはダブルスタンダードについて批判している。所変われば首相の靖国参拝についての憲法違反ではないかという訴えもある。政教分離はフランス革命後に初めて明記されたものであり、もうすでに先進国の多くは取り入れられている。しかし首相の靖国参拝をこの政教分離というのであれば、アメリカの大統領就任演説の時に右手に聖書を載せることは政教分離に反するということにもなりかねない。政教分離ははっきりとしていて、あいまいなところが多いのもまた事実として挙げられる。
第六章「教育と家族」
教育に関する批判を昔あった「教育勅語」を例にとっている。これについては教育に関する文献でさんざん取り上げているので今更取り上げる必要はない。
第七章「国会」
著者は今の国会は「両院に「優劣」を付けた世界唯一の二院制(p.220より)」と位置付けている。憲法上では「衆議院の優越」や「三分の二条項」がある。私自身は、三分の二条項よりも参議院を無所属制にしたほうがいいのではと考えている。もともと参議院は「良識の府」といわれている。しかし政党色が付いている参議院は果たして「良識の府」と言えるのだろうか。私はとても言えない。そうであるならばいっそ参議院議員を全員無所属にして、当のしがらみにもまれることなく、議員の彩行のみで可決したリ否決したリしたほうが、よっぽど良心的になると私は思う。
第八章「基本的人権と表現的自由」
「人権」という言葉はいやというほど聞いてきた。確かに憲法で保障されている以上「人権」は保障されるべきであろう。しかし先にも話題となった「人権擁護法案」も含めて、ある意味で「エゴイズム」と化しているものも少なくない。それをどのようにして排すべきか難しいところだが人権に対するガイドラインははっきりとすべきであろう。
最後に私自身、櫻井氏のコラムや文献はいくつか読んできたが、櫻井氏の表現は非常に好奇心がくすぐられる思いである。というのは櫻井氏の表現の中には常用外の表現がいくつかある。例えば「強く」は「勁く」と書くことがある(ちなみにこう言った者には必ずルビが振られている)。常用外ではあるにせよ、何か特別な思いからこう言った書き方になったのだろう。それと同時に私自身その意味も調べたくなる。櫻井氏のコラムや文献を見るたびためになり、かつ面白い。

風呂と日本人

風呂と日本人 (文春新書) 風呂と日本人 (文春新書)
筒井 功

文藝春秋  2008-04
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おそらく「風呂」という沐浴文化がある国は非常に少なく、日本はその一つにあるが、宗教性よりも、日課・レジャーの要素が多岐にわたる「風呂」文化があるのは日本ぐらいであろう。今となっては観光として温泉を愉しんだり、家庭でも戦闘、もしくは楽しみや癒しのための入浴剤があるほどである。単に風呂と言っても楽しみ方は人それぞれである。
ではなぜ日本にはこのような「風呂」の文化が栄えたのか、もともと「風呂」の起源は一体何なのか。本書をもとに探っていこうと思う。
第一章「里の石風呂、海辺の石風呂」
まず最初に紹介されるのが香川と愛媛の石風呂についてである。この2か所は写真を見る限りでは風呂というよりも何やら「窯」に見える。「湯」につかる風呂というよりも、どちらかというと「サウナ」という方が難しくないだろう。
第二章「伊勢と豊後の風呂遺構」
今度は三重県の伊勢と大分の豊後に移る。まず日本式サウナのある三重県伊勢市にある「伊勢風呂」が紹介されている。江戸時代において最初の「銭湯」であったという。とはいえまだ湯につかるものではなく、あくまで「蒸し風呂」と言ったところである。余談であるが、この蒸し風呂はまたの名を「小風呂」とも言う(「広辞苑」第六版より)。p.53には第1章・本章及び次章以降に出てくる風呂について図にしてまとめてある。実際にこのページを見て本書の第一章から見ていったほうがすっと頭に残ると思ったのは私だけであろうか。もう一つの豊後があるのは大分県。大分というと別府や湯布院があるように、温泉の都の一つとして有名であろう。豊後の風呂は火を使った熱気浴である。
第三章「文献でたどる日本沐浴史」
さて、ようやく私の知りたい所に入ってきたと言ってもいい。本章は沐浴の歴史についてである。ではこの沐浴はどれほどの歴史があるのかというと「魏志倭人伝」のころまでさかのぼる。「魏志倭人伝」が出たのは3世紀末。今から1700年以上前の作品である。日本では弥生時代の末期にあたる時である。その頃からと考えると沐浴の歴史は非常に深い、と同時に「日本人=風呂」の関連性が切っても切れないものであることが証明される一つの材料となる。ただし本章ではあくまで「沐浴」であり「風呂」ではない。第一・二章、そしてそれ以降にも書かれるとおり蒸し風呂などで汗を出すことを「風呂」と呼んでいた。沐浴は水を頭から浴びたり、身体につかることを意味しており、日本では神道でいう「禊」での清めがこれにあたる。だが仏教の伝来によって俗化したことから、宗教性があるとは決して言えなくなってきたのは間違いない。
ちなみにこの第一・二章で「風呂」をなぜ蒸し風呂などの発汗浴になったかというのが民俗学者の柳田國男の論文「風呂の起源」にて証明していると著者は主張している。
第四章「重原と東大寺再建」
また石風呂の話に戻るのかというかもしれないが、第二章で「次章以降に」という記述があるため結局取り上げざるを得ない。さて次の石風呂はというと山口の野谷という所にある石風呂である。これは(俊乗房)重源が築造したことでも知られている。重源というと鎌倉時代初期に東大寺再建の中心的な役割をしていたところから本章のタイトルがこうなった。
第五章「風呂があった場所についた地名」
「風呂」によって場所がついた地名があるという。しかし著者が認めているが文献や口碑が不足していることから風呂にまつわる地名についても関連性の不明点が多いという所を指摘している。こう言った観点から日本の歴史を見ていくのには、推論を駆使しなければならないという難しさを垣間見た所である
第六章「中世の山城と風呂」
ここでは高知県の風呂地名を歩いたことを記述している。ちなみに場所は高知県土佐市山城である。
第七章「東日本の石風呂」
ずっと西日本ばかり取り上げられてきたが、ここでようやく東日本にスポットが当たることになった。とは言っても関東をすっ飛んで東北、しかも津軽まで行ってしまう。津軽では外ヶ浜の雁風呂を紹介ししている。ほかにも大分の別府にある「鉄輪の蒸し湯」などが挙げられている。
第八章「蒸し風呂から温湯浴へ」
第三章以外、蒸し風呂などの「発汗浴」ばかり取り上げられたが、ようやく温湯浴に入っていく。では一般社会において温湯浴が出たのは江戸時代中期、井原西鶴の「好色一代男」で取り上げられている。その時は風呂とは言わず「湯屋」「湯殿」といって区別されていた。古典落語の世界でも江戸っ子が風呂に入るというのを「湯」という言葉を用いるのがその所以であろう。
第九章「八瀬の窯風呂と朝鮮の汗蒸(ハンジュン)」
窯風呂などの発汗浴や蒸し風呂についてはいろいろと取り上げてきたが最後に取り上げられるのが京都の八瀬という所である。ちなみに千利休もこの八瀬の窯風呂に入ったという。そしてもう一つには朝鮮でも古来あった日本の風呂とそっくりである。「汗蒸(ハンジュン)」といわれる発汗風呂が取り上げられている。
第十章「風呂が来た道」
日本でも朝鮮でもたどってきた道はほとんど同じように思える。というのは日本の風呂の起源は「石風呂」、韓国でも「汗蒸」といわれる発汗風呂がある。発汗による風呂が起源であった。しかしその石風呂の起源は一体どこからきているのか、著者の見解によればシベリアから来た可能性が強いとされている。ロシアには「バーニャ」という蒸し風呂があるのだが、そこから来ているのではないだろうか。さらに拡大するとフィンランドのサウナが起源になるのではということも考えられる。
ごく当たり前にある「風呂」を歴史に紐解いて見てみると面白い。しかしそう言った史料や文献が少ないだけにこう言った文献が出たことは非常に貴重である。風呂について詳しく知りたい方にはお勧めの一冊である。

評伝 川島芳子―男装のエトランゼ

評伝 川島芳子―男装のエトランゼ (文春新書) 評伝 川島芳子―男装のエトランゼ (文春新書)
寺尾 紗穂

文藝春秋  2008-03
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日中戦争時代、この二国間の狭間で生き抜いた二人の女性がいた。一人が山口淑子、「李香蘭」と呼ばれた女性である。もう一人は本書で取り上げる川島芳子(本名:愛新覚羅 顕シ ※シは王ヘンに子)、「男装の麗人」として名をはせた女性である。
本書はこの川島芳子にスポットを当てているが、今から25年前にジャーナリストの上坂冬子が上梓した「男装の麗人・川島芳子伝」を例に挙げながら、この本で取り上げられなかったところから川島芳子の一生を辿るという手法をとっている。上記の本は読んだことはないのだが、本書はこの本を結構意識したのではとも思う。とはいえ、川島芳子の生涯を見てみたい私にとってはこう言ったものから始まったほうがいいのかもしれない。
Ⅰ.「誕生から幼少時代」
川島芳子(以下、芳子)が生まれたのは1907年であるが本章では1900年、義和団事件の所から始まっている。ちなみに肅親王と川島家とのかかわりが書かれている。芳子の父親は川島浪速、肅親王のフィクサー役として活躍した人である。
Ⅱ.「復辟と養父」
芳子の養父は第十代肅親王の肅忠親王(善耆)である。ちなみに肅忠親王は5人の妻を持ち、子女は全部で38人も作ったとされている。肅忠親王は最後の肅親王であり、その時には辛亥革命などの多くの波乱があった。袁世凱による独裁に反対し、日本からも資金援助を受け、宣統帝(愛新覚羅溥儀)の退位から戻らせる(いわゆる「復辟」)ために尽力したことでも知られている。それをかなえるために38人の子女に日本に留学させるなどの便宜を図ったとしても知られている。芳子はその一人であった。
芳子は恋愛に関しても騒動を起こした人物とされており、田中隆吉との交際から「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれ、さらに右翼の笹川良一と交際したという噂まである。本章では恋愛騒動により、ピストル自殺未遂から断髪したところまで言及している。
Ⅲ.「マス・メディアの中の川島芳子」
さてここでは舞台や歌手活動としての芳子と「男装の麗人」のことについて取り上げられている。wikipediaでも取り上げられているが、「川島芳子=男装の麗人」という印象が非常に強い。特に戦前に取り上げられた作品に「婦人公論」で連載された小説に「男装の麗人」というのがあった。本章ではその前に「男装の王女」という2つを紹介しているが、今の状況で考えると「男装の麗人」と言ったほうが差支えないだろう。しかしこの男装について当時から賛否両論の声が相次ぎ、「エロ・グロの権化」という批判もあった。
Ⅳ.「詩歌と裁判」
芳子は帰化手続きを行っていなかったために「漢奸裁判」にかけられ、漢奸と認められ銃殺刑となった。ちなみにこの「漢奸」というのは中国語で「売国奴」という蔑称である。
日中戦争を辛辣に批判した芳子は軍部からも監視対象になるがひるまずに持論を主張し続けた。当然漢奸裁判でも同じであった。著者はそこに「武士道精神」があるのではないかという見解をもっている。
川島芳子は私自身あまり知らなかったので勉強になった、それと同時に日中戦争をはじめ、第二次世界大戦の視点がまた広がったような気がした。女性の観点から歴史を探ってみるとなると夫人運動を起こした平塚らいてうなどが挙げられるが、こう言った激動の中で生きた女性を挙げるとなると李香蘭、川島芳子は外せない。本書を読んでそう思えた。

お金の流れを呼び寄せる 頭のいいお金の使い方

お金の流れを呼び寄せる 頭のいいお金の使い方 お金の流れを呼び寄せる 頭のいいお金の使い方
午堂 登紀雄

日本実業出版社  2009-02-17
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著者の午堂様より献本御礼
社会人になって10万以上の給料をもらえば必ず何かに使いたくなる。しかし「戦後最大の好景気(実感無き好景気)」以降、やたらに貯金をする若者が増えているという。1カ月で平均で3〜5万、中には10万円貯金している人がいるという。いくらやっても報われないという風潮か、それとも消費をした所での見返りが期待できないのかというのがあるのではないかというのが私自身見ていてそう思った。私も「若者」の類に入るのだが貯金はセミナーに出始めるまではかなりやっていた人である。1ヶ月で3万円程度貯金していたので銀行口座には結構お金が貯まっていた。
それはさておき本書は「お金の使い方」について伝授している。「お金の稼ぎ方」というと著者が行ってきた不動産もさることながら、FX、投資信託という所までありとあらゆるものがある。しかし「お金の使い方」となると、それほど多く出回っていない。もしそれがあったとしてもそう言う名の「節約術」という本である。
しかし本書は違う。本書は「自己投資術」の本である。「自己投資」について言及した本に限定してもほとんど見当たらない、もしくは1冊もなかっただろう。それだけ斬新さが溢れている。では中身に入っていこう。
第1章「貪欲にお金を使おう」
まずここではお金を使おうということを言っている。前述のようにやたらと貯金しまくる若者が多いが、そう言う時こそ「お金を使う」ことが大切であるという。ただし誤解してはいけないのがそれが自分にとってプラスとなり、さらにこれから社会人として生きていくための糧となるようなお金の使い方、いわゆる「自己投資」そして「生きたお金の使い方」をしようということを言っている。
第2章「自己投資にお金を使おう」
自己投資の金額としては自分の収入の半分をあてるのが最適であるという。それに関連して20代のうちは自己投資に専念して、貯金はしてはいけないと著者は提言している。私自身20代のため「そうしたほうがいいのかな?」もあれば「もしものことがあったら大変」という考えさえある。
さらに著者は、パソコンや携帯電話は常に最新のものにしているという。私のような書評ブロガーであったのであればせめてパソコンは最新のものを使ったほうがいいかもしれない。パソコンも最近では安くなっているのでそう難しくないだろう(それでも10万以上はするが)。
第3章「他人のためにお金を使おう」
私たちは今日までに親から、会社から、その先輩・上司から見えない形、もしくは見える形で投資されて生きてきている。とりわけ会社では採用費用から、交通費、研修費など何百万も投資されている。そのためにどんどん働いて、その人たちに還元するという志を忘れてはならない。それだけではなく、相手のために金を使うということもまた自分を高めさせる一つである。
本章を読んである人物を思い出したので紹介する。趣味が落語鑑賞なので噺家になるが、「九代目桂文治」を紹介したい。
九代目は「噺家一の吝嗇家」として有名であり、大安売りの日には早く切り上げるように寄席の席亭に要求したことでも有名である。しかしその反面、他人に対しては多く(お金を)包むことでも知られ、とりわけ有名なのは、お座敷で腹いっぱい御馳走された後に腹痛により若い前座に荷物を持たせ、地下鉄へ帰った。その後小さな包みを若い前座に挙げた。その包みの中にはタクシー代よりも多額のお金が入っていたという。
吝嗇であれど、他人に対しての恩義をもって多くのお金を使う美学をもっていた。他人のためにお金を使うというのはそれは自分の性格にも帰ってくるのかもしれない。
第4章「自分基準の価値にお金を使おう」
どのようにしてお金を使い、買ったものを使い倒す、使い倒せることができるものを買ったほうがいいとしている。自分自身の価値観に合致するか、そして価値観を向上させられるかというのを考えて消費をする。ただ単には流行だからという理由で衝動買いをするのは余りにもそんな使い方だと著者は思うし、私もそう思う。
第5章「子供より、まずは自分自身にお金を使おう」
ここは妻子持ちの人を対象にした所と言えるだろう。自分への投資と子供への投資のバランスについて書かれている。特に教育費に関する言及が多い。
第6章「お金が集まる人の習慣を自分のものにしよう」
お金は使い方によったら神にも悪魔にもなれるいわば「諸刃」の要素をもっている。「神」の側面に行かせるためにはこの使い方をマスターしなくてはならない。そのためには「お金耐性」を身につけたり、好奇心を持ったり、衣・住に投資したりということを行うこともまた自分の価値を高めさせる一つの手段であるという。
お金は使い方によっては自分を高めさせる「投資」にもなり、ただお金を使うだけの「消費」や「浪費」にもつながる。まずは自分の使っている財政状況を洗い出してどこが無駄かというのを見出していく、作家の岡田斗司夫氏「いつまでのデブと思うなよ」のレコーディングダイエット、よろしくレコーディング節約術でもって、無駄を省き、その省いたお金でセミナーや書籍をはじめとした「一流」のところに「投資」をしていくことこそお金の使い方であろう。せっかく給料としてもらったお金を投資しないわけにはいかない。

源氏物語、〈あこがれ〉の輝き

源氏物語、〈あこがれ〉の輝き 源氏物語、〈あこがれ〉の輝き
ノーマ・フィールド 斎藤 和明

みすず書房  2009-01-23
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著者のノーマ・フィールド氏(以下:ノーマ氏)は大学時代にいやというほどその名を聞いた。ちなみに私ので他大学は小樽商科大学で、今はブームは去ったが「蟹工船」で有名な小林多喜二の母校である。ノーマ氏はシカゴ大学教授であり、日本研究者である。そのノーマ氏は最近小林多喜二について研究を行っており、私の大学でも上げられ、ノーマ氏も1〜2回ほどその大学で講演を行った。そのことから私は「ノーマ氏=小林多喜二研究」という固定観念があったのだが、本書に出会って、その観念が崩れ去った。
ではなぜ、ノーマ氏は「源氏物語」を取り上げたのだろうか。裏表紙に書かれていたのだがノーマ氏は「小説の熱心な読者」であるという。そして解釈によるあらすじの歪曲化に少なからず危機感を抱いていたという。さらにあとがきにも書かれていたのだが、これは何を意味するのかというと、
「源氏千年紀であると同時に、予期もしなかった「蟹工船」ブームとなった年でもある(p.454より)」という。偶然であろうか、必然であろうか、本書は「出るべくして出た」作品とノーマ氏は位置づけている(しかもノーマ氏は同じ時期に小林多喜二に関する本を上梓している)。
さて本書は源氏物語をノーマ氏自身の切り口で分析している一冊である。
第一章「三人のヒロイン、そしてヒーローの形成」
ここでいうヒーローはもう分かってのとおりであろう。光源氏である。では「三人のヒロイン」とは一体誰なのかだが、「藤壷」「紫の上」「六条御息所」を指している。本章ではこのヒーローとヒロインの形成であるが、ここでは「藤壷」と「六条御息所」が中心となっており、「紫の上」はあまり出てこない。ちなみにここでは一帖から二十一帖の解釈について書かれている。
第二章「脇役のヒロイン、そしてヒーローの後退」
脇役のヒロインというと本章の前半と最後で代表的なもので「玉鬘(たまかずら)」が出てくる。玉鬘は夕顔と光源氏の間に生まれた娘であり、玉鬘の帖については彼女の半生について書かれている。
後半は六条院が出てくる。
第三章「すべての季節の代役」
源氏物語には3人のヒロインのみならず、脇役のヒロインとしてたくさん登場する。そのヒロインの名前は「彼女たちの本質を余すところなく表している(p.218より)」という。
第四章「都の彼方の女たち」
物語では光源氏が亡くなった所からであろう(「幻」の帖から)。そして「雲隠」で第二部が終わる。そしてヒーローが変わり源氏の次男である「薫」が第三部(最終部)の主人公である。
本書は歴史物語の解釈論なのである程度「源氏物語」を読んでおかないと本書の内容にはついていけない。簡単なものからで言うと瀬戸内寂聴がわかりやすく全訳したものがあるのでそこからストーリーを頭にたたきこんでから入るのもよし、「あさきゆめみし」という漫画から源氏物語の大筋をつかんでから読むのもよしであろう。
ただ解釈論として本書を考えるとなかなかに面白い。源氏物語の良さをあらゆる角度から批判的にとらえている。こういった角度で読んでみたいという気持ちになれる一冊であった。

平成落語論─12人の笑える男

平成落語論─12人の笑える男 (講談社現代新書) 平成落語論─12人の笑える男 (講談社現代新書)
瀧口 雅仁

講談社  2009-02-19
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今月8日に林家いっ平が「二代目林家三平」を襲名した。1980年に初代三平が急逝して、約28年もの間空位となったこの「三平」の名前が復活する。ちなみに初代三平はご存じのとおり「どうもすいません」「体だけは大事にしてくださいよ」という名セリフがあるが、二代目はそれよりも古典落語に比重を置いているという。私自身落語は聞くが二代目三平の落語はまだ一度も聞いたことがないのでどういった落語かというのは説明できない。しかし兄の九代目林家正蔵は数多くの大ネタを挑戦している。二代目は明るい芸風を持っていることから、どんな落語を披露してくれるのか楽しみである。
平成に入って20年、現在落語界では襲名事が相次いでいる。この二代目三平や九代目正蔵もあるが、2006年には二代目林家木久蔵林家木久扇の「親子ダブル襲名」が話題となった。さらに人間国宝の五代目柳家小さんの息子で弟子の三語楼が六代目柳家小さんを襲名した。そしてこれからやってくるのが、「笑点」の番組で腹黒キャラで有名な三遊亭楽太郎が来年の春に「六代目三遊亭圓楽」を襲名することになっている。これからもどんどん名跡が襲名するあたり、落語界は大きな変動と共に面白さを見せていると私は思う。
さて本書は「平成落語論」というタイトルだが、平成に活躍する若手・中堅の噺家を取り上げており、著者独自の観点で批評している一冊である。
本書で挙げている噺家は、「立川談春」「柳亭市馬」「柳家花緑」「三遊亭白鳥」「立川志の輔」「柳家喬太郎」「春風亭昇太」「林家たい平」「林家正蔵」「笑福亭鶴瓶」「春風亭小朝」、そして「二代目三平」、「三遊亭王楽」「二代目木久蔵」「四代目三遊亭小圓朝」「三遊亭兼好」の「二(三)世の噺家」を含めて全部で16人を挙げている。
筆頭に立川談春を挙げているのが印象的である、というよりも当然というほかないだろう。芸では同業者、もしくは落語評論家の間では絶賛のあめあられというべきである。さらに著書「赤めだか」も「講談社エッセイ賞」をとるなど文才にも長けている。もし今、立川談志が亡くなったのであれば、次に談志を継ぐのは彼であろう。
もう一つ印象に残ったのは昨年、一昨年とワイドショー取り上げられていた春風亭小朝。「金髪豚野郎」と罵られたことで有名であるが、小朝の芸は結構見ているが心地よいスピード感と聞きづらさを感じさせない話し方と清涼感で、古典というのを感じさせない凄さをもっていたように感じた。数々の襲名事に関してプロデュースを行うことでも有名であるが、小朝自身にも襲名が噂されていた。落語界の間では有名な話であった。昨年の5月に元妻の泰葉が暴露したのだが三代目三遊亭圓朝の襲名である。「三遊亭圓朝」は「牡丹灯篭」や「真景累ヶ淵」などの演目を誕生させた、「近代落語の祖」の名前を襲名するのだから落語界にとっては衝撃的なことである。小朝自身はあいまいな態度を取り続けていたため結局立ち消えとなってしまった。著者はこの名前よりも「春風亭柳枝」を襲名したほうがいいと提案している。私は思わずうなった。確か「春風亭柳枝」という名は八代目がなくなって約50年もの間、誰も名のっていない。しかも落語協会が持っていること、もうすでに名人の粋を達していることを考え、それなりの名跡が必要ということを考えると私は著者の提案に賛成である(本人次第だが)。
本書を読んだ率直な感想としては、注目している噺家を批評するもので、どちらかというとミクロの観点で批評している一冊であって、今の落語界全体についての批評がされていなかったことが残念である。しかし取り上げられている噺家はどれも粒ぞろいなので挙げられた噺家狙いで寄席に行くというのもありだろう。

実践!「仕組み」作りセミナー Vol.1 感想

昨日は2冊の「仕組み本」の著者である、荒濱さんと高橋さんのセミナーに行ってきました。

これまでいくつかのセミナーでお会いした方が主催するセミナーなので、心待ちにしていたセミナーでした。

さて、それぞれの感想に行ってみましょう。

第1部 荒濱一&高橋学

上記の本の内容だけではなく、発展的な概念に至るまで説明されていました。

第2部 田中正博

保険での「仕組み」を作った田中さんの講演。以下の本があります。

まず印象的だったのがレジュメの厚さ。それだけ思いが強かった内容でした。「仕組み」のみならず田中氏がやっていることのありとあらゆるところまでさらけ出された内容でした。

第3部 午堂登紀雄氏

著書も多数出されています。今回は不動産に関する「仕組み」についてです。

主に左上の著書の内容及びその延長といったものですが、私自身「不動産」に限らず株などの「投資」についてはマイナスイメージしか持っていませんでしたが、この講演でそれが完全というわけではないのですが払しょくできました。

「仕組み」を使って収入を得るというのは、決して楽に儲けるというのではなく、アイデアを具現化し、そしてそれを収入をどのように直結していくそうです。しかしこれも短期的なものではなくいかにして長期的に収入を得ることができるのかも重要な要素だそうです。

今回のセミナーはまさに「目からウロコ」でした。それと同時に明日からどのような「仕組み」をつくっていこうという気概にさせるセミナーでした。

さてセミナーの感想はここまでにしておいて、今回はちょっと懇親会についても感想を、

懇親会は臼井由妃さん坂田篤史さん竹原健一さんらと同じテーブル。あるときではためになり、あるときでは笑いというような内容でした。後半には「お悩み相談室」という感じになっていましたが。

今回このセミナーを主催してくださった荒濱さん、高橋さん、講師の田中さん、午堂さん、そして名刺交換をしてくださった方々、ありがとうございました!!

ジャパンクールと江戸文化

ジャパンクールと江戸文化 ジャパンクールと江戸文化
奥野 卓司

岩波書店  2007-06-28
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ジャパンクールについては取り上げたばかりで(「ジャパンクールと情報革命」)、しかも江戸文化と共通するところがあるという考察がされている内容も含まれていたのだが、偶然というのは恐ろしいものでそれを銘打った本がほかにあった。本書は今大流行している日本アニメ・マンガの「ジャパンクール」とこちらも流行となっている江戸文化の関連性について考察している一冊である。
第1章「ジャパンクールから見える江戸文化」
今や日本文化は世界的にも大人気である。それに加えて日本のアニメやマンガも流行していることから「ジャパンクール(Japan Cool:日本格好いい)」という用語が誕生したほどである。マンガ・アニメばかり取り上げるが今回はちょっと角度を変えて落語・歌舞伎と言ったところをついていこうと思う。
近年は「タイガー&ドラゴン」や「しゃべれどもしゃべれども」というのがあるとおり落語を題材にした作品が使われ、さらにアニメでは「落語天女おゆい」という所から落語に興味を持ち始めた人が増え、「落語ブーム」となった。歌舞伎の世界でも「スーパー歌舞伎」のみならず海外公演を積極的に行うことに外国人の歌舞伎好きも出てきている。この歌舞伎や落語と言った者が今の「ジャパンクール」との関連性についても図に表して説明されているが、「生類憐みの令」と「ペットブーム」は共通点はあるものの、動物を殺していいのかいけないのかというのが決定的に違う(ただし、法律的観点で)。
第2章「コミュニティを再生する江戸文化」
この章はちょっと「ジャパンクール」から離れて江戸文化そのものに目を向けていく。「こんぴら歌舞伎」などによるまちづくりから、昔からあるコミュニティの象徴である「祭」について取り上げられている。戦後日本のコミュニティは疎遠になってしまっているが、こうした文化を基軸にして再形成、もしくは復古していくこともまた在りし日の日本に戻るための一つの手段で香川県琴平町で毎年公演されているという。「金刀比離宮」の文字をとって「こんぴら(金比羅)」と呼ばれるようになったのだが、琴平町も「こんぴら」と呼ぶことができると思ったのは私だけであろうか。
第3章「ジャパンクールとしての江戸文化」
ここでは「ジャパンクール」と「江戸文化」の関連性について書かれている。「ジャパンクールと情報革命」でさんざん説明しているので省かせていただく。
第4章「江戸文化の「モエ」の構造」
「萌え」とは一体何なのかという人が多いが、なぜか辞典に明記されているようだ。それの語源については「燃える」という所からきているようだが、私なりの解釈ではおそらく「草木が萌える」というのが語源ではなかろうかと思う。
第5章「京都・大坂・名古屋のコンテンツ戦略」
コンテンツ戦略と言っても本章で言っているのはアニメ戦略ではない。3つの場所独自の上方の文化をどのようにして売り込むかという戦略のことを言っているところである。
第6章「江戸という近未来」
江戸時代は近未来の日本とほぼそっくりであるという。江戸時代はどのような社会だったのかということについてはまだ学者の間で見解が様々であるが、今なお残っている日本の社会構造の問題に一筋の光を見出すことも可能なのがこの江戸時代ではなかろうか。
「クールジャパン」と見た瞬間、正直言って「またか…」という感じは最初だけで中身は、アニメ・マンガに限ったことではなく、歌舞伎や落語といった江戸時代から根付いている文化全般に際して本書では紹介している。そう言う意味では新鮮味があった。

旧・ホンダ、新しいチーム名は…

新チーム「ブラウンGP」が誕生

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2009/03/06/207861/

ホンダとロス・ブラウンは、旧ホンダレーシングF1チームの存続について合意に達したことを金曜日の午前に発表した。ホンダはチームの保有権を新チーム代表のブラウンに手渡すことになる。

全株式をブラウン氏に売却=F1撤退のホンダ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090306-00000063-jij-spo

昨季限りで自動車レースのF1世界選手権シリーズから撤退したホンダは6日、チーム代表を務めていたロス・ブラウン氏(英国)にチーム運営会社の全株式を売却したと発表した。新チーム名は「ブラウンGP・F1チーム」。売却額は明らかにされていない。

ちなみにエンジンサプライヤーはフォースインディアと同じメルセデス。

ドライバーも決まり、旧・ホンダと同じバトンとバリチェロだそうです。

ついにホンダF1の売却先が決まりましたが…「やっぱり」という考え半々。驚き半々でした。ドライバーのラインナップはセナかと思いましたが、ロス・ブラウンが代表ということを考えるとバリチェロが入るのはわかるかもしれません。

バリチェロはフェラーリで6年、ホンダで1年の計7年もの間ブラウンの下にいたのですから。ブラウンの親心というのだろうか、それともバリチェロのほうが使いやすいというのか。

邪推はここまでにしておいて、今シーズンのラインナップが全部決まりました!

あとは29日まで首を長くして待つだけです。ただ、その日は別の予定が入っているため見れるかどうか不安といったところ。

島津久光=幕末政治の焦点

島津久光=幕末政治の焦点 (講談社選書メチエ) 島津久光=幕末政治の焦点 (講談社選書メチエ)
町田 明広

講談社  2009-01-09
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1853年にペリーが浦賀沖にやってきてそこから明治維新までの約15年の間、「幕末」と呼ばれ様々な事柄・事件、人物が乱発した時期であった。閉廷、もしくは安定した時期に偉人と呼ばれる人物が生まれることはごくまれのことであるが、幕末などの時代の変わり目や戦争における混沌の時代は歴史に残る有名な人物がよく出てくる。混沌の時代だからでこその産物であろう。世界恐慌と言われる今、経済界ではまさに混とんの時代であるが、それが単なる不況に終わるのか、アメリカや中国が渦中となった「第三次世界大戦」の序曲となるのかはまだ分からない状況であるが、どちらにしろ混沌の時代であるのでこの中で志士が生まれることは間違いないだろう。
本書の話に入る。本書は幕末に活躍した人物の中から島津久光にスポットを当てている。幕末というと坂本龍馬や吉田松陰、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎(木戸孝允)という人物が容易に想像できるが本書はこう言った人物が出てくるのはあまり出てこない。西郷と同郷であれど幕末の混沌の時代を先立って攘夷運動の先だった男こそ島津久光である。
第一章「久光体制の確立と上京戦略」
久光の国政観を憂い、これから久光を上京するための体制を確立させた、それを「久光四天王」と言われるが、そのうちの一人として「小松帯刀」がいた。以下の本がある
第二章「錯綜するイデオロギー」
幕末のころに「尊王攘夷」という志士が誕生したのだが、その中でも意見が割れていた。簡単にいえば「内ゲバ」状態にあったという。天皇に渡って「親政」か「親裁」と分かれていた。同じように思えるが天皇の意思だけで動けるのかどうかという所で相違があった(すなわち「天皇勅令」が出せるかどうか)。
第三章「率兵上京と中央政局」
さてここからは実際にどう動いたのかという所である。ちなみに「上京」は今のように東京に行くのではなく、「京の都」、京都である。当時天皇家がいる朝廷は京都にいた。大政奉還の後に天皇家は旧江戸城を皇居とした。
第四章「寺田屋事件の真相」
寺田屋事件」について本書を引用して解説する。
「(1862年)4月23日、久光を擁して倒幕挙兵を西国志士らを画策する有馬新七らの薩摩藩尊王志士を、久光によって派遣された鎮撫士が寺田屋において鎮圧した事件で、これによって朝廷における久光の声望が大いに高まった(p.94より)」
島津久光を語るにあたりこの「寺田屋事件」は切っても切れないのがよくわかる。しかし本書はこの寺田屋事件の真相についてまだまだ本質をついていないと考えているという。史料自体はまだまだ解明されていないところがあるのだろうか、あるいは解釈が不十分であったのだろうか、それはさておき本章ではこの「寺田屋事件」を著者独自の解釈を解説している。
第五章「久光VS. 京都所司代――朝廷での政争」
朝廷における声望の高まった久光であるが、それと同時に京都所司代との対立を意味していた。そう言った中で朝廷は一体どんな立場であったのか。
第六章「朔平門外の変――薩摩藩最大の危機」
朔平門外の変についてちょっと解説する。
「江戸時代末期江戸時代末期の1863年、尊王攘夷を唱える過激派公卿として知られた姉小路公知が、京都御所朔平門外の猿ヶ辻(さるがつじ)で暗殺された事件である(wikipediaより一部改変)」
次章の八月十八日政変のきっかけともなるが、久光はどのようにかかわっていたのかというと、実は同年の生麦事件の処理により地元・鹿児島から離れられなかった。
第七章「八月十八日政変――首謀者は誰か?」
同年8月18日に一橋慶喜(後の徳川慶喜)や薩摩藩・会津藩などの公武合体派が、長州藩と三条実美ら過激派公家などの尊王攘夷派を中央政局から追放したクーデターである(p.170より)。
この時に処刑された人物は上記の三条実美ら三人であるが本章はその首謀者は誰かについて迫っている。
第八章「元治・慶応期の久光・薩摩藩」
ここはそれほど取り上げるものではない。薩長同盟を結び幕末に向けて動き出した。その時代の中での島津久光について迫っている。ちなみに島津久光は明治20年に亡くなった。
島津久光に関しての学術的な考察をしている一冊ではあるが、幕末というと西郷隆盛などを挙げる人が多いが、こう言った人物を取り上げてみてみるとまた幕末のことが見えてくる。有名なものもあるが、マイナーなところにも手を広げてみてはどうだろうか。

江戸人のしきたり―日本橋、天麩羅、三社礼、寺子屋、歌舞伎、吉原…日本人の知恵と元気の源泉

江戸人のしきたり―日本橋、天麩羅、三社礼、寺子屋、歌舞伎、吉原…日本人の知恵と元気の源泉 江戸人のしきたり―日本橋、天麩羅、三社礼、寺子屋、歌舞伎、吉原…日本人の知恵と元気の源泉
北嶋 廣敏

幻冬舎  2007-05
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江戸時代というと様々な文化が栄えた時代でもある。しかし鎖国状態であったため海外からの文化を取り入れるということではなく、日本独自に築き上げた文化であったため、幕末に外国からきた者たちは非常に珍しがり、かつ畏敬の念を払ったとも言われている。その江戸文化は落語の世界、とりわけ古典落語の世界から存在しているため、江戸文化というのはわりととっつきにくいというわけではない。本書はその中から江戸人のしきたりをピックアップしているが、江戸文化も同時に学ぶことができるため江戸時代のことについて学びたい人であれば、格好の1冊と言えるだろう。
第1章「大江戸の春夏秋冬」
ここでは行事と食について取り上げられているが、行事についてはいくつか取り上げられているためここでは「食」について取り上げる。江戸は大坂(現在の大阪)ほどではないものの食材は豊富であった、とりわけさんまは今の目黒でよく採れたと言われている。噺の演目に「目黒のさんま」があるほどなのがそれの証明になっているのだが。それのみならず「鰻丼」や「浅草海苔」についても言及している。この章の中で最も衝撃的だったのが「江戸時代、鮪は低級な魚」と位置づけられていたところである。今となっては大人気の鮪が、である。
第2章「江戸っ子の生活模様」
江戸っ子の生活環境とは一体何なのかというのが本章で説明されているが、あまりにも多岐にわたるため、1つないし2つ取り上げるだけにする。後半で天麩羅(てんぷら)というのが出てくるが、江戸時代ではてんぷらは屋台、しかも立ち食いで食べられるものであったという。そう言えば今では「立ち食いそば」というのがあるがそこでも「てんぷらそば」があったらそこからきているのではないのかと推測できる。
そしてもう一つは大食い。江戸時代にも大食い大会があった。本書では1815年で行われた「大食の会」が取り上げられている。
第3章「江戸っ子の教育と豊かな文化」
本書の副題にある「寺子屋」がある。「寺子屋」の教育体系についてはすでに当ブログでも取り上げているが、ここでは川柳から見た寺子屋の実像を考察している。たとえば、
「大不出来 清書も顔も 赤くなり」(p.123より)
「薄墨の 外へ気の散る 手習子」(p.128より)
川柳は江戸中期に流行したためにこう言った川柳が残っているという。俳句は五・七・五のほかに「季語」というものを含まなければいけない。そのため読まれるのが風流できれいなものが多い。川柳はというと「季語」の概念がないため社会風刺や滑稽モノまで何でもありである。
第4章「恋と情事と吉原と」
「※R-18指定」とかけたくなるが、江戸文化にこう言った文化が栄えていたということを考えると無粋ではあるが切っても切れないのがこれである。この頃からソープランドやラブホテルの概念が生まれたと言っても過言ではない。
第5章「将軍と鬼平」
まずは江戸の象徴とされる日本橋の由来から。日本橋は1604年に東海道の起点となったが、「日本橋」の由来は諸説あるが、日本橋が江戸の中央、今では東京の中心となっていると証明付けたものは江戸時代の書物ではっきりと明記されている。ここでは他に将軍の生活から、罪の量刑について書かれている。
「江戸人のしきたり」というタイトルであるが、「しきたり」というだけでも多岐にわたっている。中には「しきたり」とは言わないだろうというのもあり、江戸時代の雑学といった方がいいのではないかと私は思う。

チョコレート

チョコレート チョコレート
モート・ローゼンブラム 小梨 直

河出書房新社  2009-01-16
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本来であれば先月の14日に取り上げるべきだったのだが、なぜかこの日に取り上げることになった。バレンタインデーと言ったら「チョコレート」を女性から男性に挙げるというのが慣例だが今年はなぜか「逆チョコ」というのが話題となったようだ。しかしバレンタインデーの元は紀元前にさかのぼり、ローマ皇帝の迫害下で処刑された聖ウァレンティヌスに由来する記念日であると言われている。そのことからあまり縁起のいい日ではないようだが、日本ではチョコレートを贈る日になっているのだが、欧米ではそれに限らず贈り物を送る習慣があるという。どちらにしろ菓子業界の陰謀というとそれで終わりとなってしまうのだが。
さて本書はチョコレートの起源や物語に限らず、チョコレートにまつわる貧困や政治問題、最新の科学研究までチョコレートにまつわることすべてを一冊にまとめたものである。チョコレート好きな人、チョコレートについてマニアックでありたい人にはお勧めと言っていいだろう。全15章で構成されており、全部取り上げたいと思うのだが、書いている方も読むほうもしんどくなるのでいくつかピックアップして取り上げることにする。
第1章「神々の朝食」
この章題を見たとき、一瞬ローマ神話やらギリシャ神話やらが出てくるのではないのかと邪推する私がいた。ここではチョコレートの歴史について書かれているが第3章に詳しく書かれているのでここでは中・近世ヨーロッパ時代でチョコレートの位置付けから、アメリカ独立戦争の時のチョコレートとは一体何なのかという所に焦点を当てているようである。高校で世界史を学ぶなかで最も色濃い部分をチョコレートにスポットを当てながら学んでいる感じがした。歴史好きであればこう言った傍流の歴史を垣間見るのもまたおもしろい。
第2章「ショコラ――その魅力に取りつかれた人々」
「ショコラ」はフランス語なのだが、この意味は「チョコレート」ばかりではなく「ココア」も表している。今では子供からビジネスマン、老人に至るまで食べられている。科学的にも脳に良いことが証明されているが、これは第15章で詳しく語られている。余談であるがチョコレートを愛する人を「ショコラティエ」と呼ばれている。
第3章「種の起源――チョコレートの誕生と進化」
さてチョコレートの歴史に入るが、チョコレートの歴史は世界的に見たらかなり古く、紀元前2000年にまでさかのぼる。当時はメキシコ南部(「オルメカ文明」で栄えた所)チョコレートの原料であるカカオを原料として様々なものを加え強壮剤という名目で飲まれていた。ただまだまだ解明されていない部分が多い。ヨーロッパ大陸に入って今のようなチョコレートになったのは16世紀の話である。
では日本はどうなのかというと江戸時代中期にオランダ人から買ったものにチョコレートがあったというのが始まりであるが、庶民の間で登場したのは明治に入ってから、ちょうど文明開化のころである。
第4章「チョコレートと七面鳥」
第5章「ほろ苦い町ハーシータウン」
第6章「チョコレート海岸」
第7章「プリンシペ島のクラウディオ」
第8章「チョコレートの殿堂ヴァローナ」
第9章「フランスの名ショコラティエ」
第10章「ベルギー――ホビットのチョコレート」
第11章「女王のお召し物――ゴディバ社の謎」
第12章「バラのクリームと代替油脂」
第13章「伝統のスイスと新生ロシア」
第14章「ヌテッラをさがせ!」
第15章「身も心も――チョコレートは体にいい?」
第2章で述べたようにチョコレートを食べるのは体にいいということは証明されている。ではどういった効果をもたらすのか、それが証明されるまでは一体どのような位置づけだったのだろうか。科学的に証明されるまでは、「食べると太る」「ニキビができる」というのがあった(証明された今でも謝った常識として挙げられている)。
科学的に証明されていると繰り返し言ってきたがでは、度に様な照明がなされてきたのかというのを説明する。カカオには「脂肪分」があるのだが、これらは直接コレステロールに影響せず、さらに不飽和脂肪酸であるため直接太る要因にはならない。カフェインは若干入っているのだがコーヒーやお茶ほどではないとも言われている。さらにカカオ・ポリフェノールというのが含まれており、老化を防いだり、血圧を下げる効果をもたらす。ポリフェノールについてはまだまだ研究の余地があり、これからどのような効果が表れるのか期待されている。
第16章「合衆国チョコレート革命の兵士たち」
第17章「キャンプ・カカオ」
本書は最初から最後までまさに「チョコレート」であった。チョコレートにまつわる歴史・文化・効果というのがこの1冊で学ぶことができる。これ1冊だけでチョコレートについてありとあらゆること学ぶことができるため知識は欲しいけれどそれほどお金をかけていられない人にとってはお勧めだが、チョコレートについてもっともっと研究したい、多くの文献を読みたいという人にはちょっとお勧めできない。というのはこの1冊だけで研究が終わってしまうからである。それだけ内容が網羅されている1冊である。

日本で「一番いい」学校―地域連携のイノベーション

日本で「一番いい」学校―地域連携のイノベーション 日本で「一番いい」学校―地域連携のイノベーション
金子 郁容

岩波書店  2008-10-24
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「一番いい」という基準は一体どこからきているのかというのが分からない。もしかしたら著者自身が「これが日本で一番いい学校だ」という独断で決めたのだろう。
それについて、とやかく言うつもりはないのだが本書の内容は副題のほうが的を射ており、地域連携による教育を行っているケースを紹介しながら「いい学校」の在り方について考察している。
第1章「地域連携の原点」
地域連携での教育を行っている原点、それは徳島県南町伊座利という所にある。場所からしてかなりの山奥ではあるが、まさに「林間学校」、もしくは「山村学校」と言っても差支えない。本章はこの伊座利にある小中一貫校「伊座利校」にスポットを当てている。過疎化の激しい山奥であり、当然その余波もこの学校に来ているわけであるが、地域連携が話題を呼び廃校の危機を免れるどころか「山村留学」という形で入学する人も少なくないという。全体の生徒数は2008年現在約25人なので少ないものの、もともと人口の少ない伊座利だけあって一人一人が地域のコミュニティや自然と遊ぶことによってすくすくと育っているのだという。最近ではこういった自然と戯れることが少なくなっただけにこう言った学校が重宝されるのだろう。
第2章「コミュニティスクールの戦略的活用」
戦略的にコミュニティスクールとして活用している4校のケースを紹介している。
第3章「さまざまなツールを活用して「いい学校」をつくる」
ケーススタディはここでいったん一休みと言ったところである。今日本では「学力低下」というのが深刻な問題として位置づけられている。しかしこの学力低下というのは果たして「是」なのか「非」のかというのも疑いがある。それは教育とは「学力」という物差しで測られるべきなのかという疑問から入らないといけない。学力を育むだけの機関であるとするならばいっそ学校をすべてなくして「学習塾」を公営にして学力を育てていけばいいわけである。しかし「学校」は学力を育てるばかりの役割ではないのは周知の通りである。最近では「モンスター・ペアレント」や「いじめ」と言った問題もある。これはコミュニティの観点から語られないといけないが。
能書きはここまでにしておいて、本章は学力テストを利用しての学力向上を狙ったツールはどうすべきかというのを提示している。「モノは使いよう」というのはこのことだろうが、本章で紹介されていることを行い、これで学力向上できたら学力問題について苦労しないだろうと思うのは私だけであろうか。
第4章「京都市のイノベーションと日本文化の「型」」
最後のケーススタディと言っていいだろう。京都市の教育施策にスポットを当てているが、なぜここなのかというと本章の冒頭に書かれているが、京都市御所南小学校が「学力日本一」だということが新聞・雑誌・TVで話題になったことから本章で取り上げたのだろうか。
第5章「すべての学校を日本で「一番いい」学校にするために」
学校というのは果たして勉強をする場だけなのかというとそうではない。だとすると、躾を学ぶ、友達と切磋琢磨する、地域と連携して子供を育てる場、安心して子供を預ける場…、さまざまな役割を担っている。最初にも書いたがその中で「一番いい」という尺度はあって無き様なものだと私は思う。本書で紹介されているケースはそれぞれの事情に合わせて、作り上げたモデルなのだろう。それと似た環境であればこう言った学校を参考にして独自のモデルを創り上げるべきである。学校の在り方が問われている今、地域が一体となって子供を育てる概念がどうも欠如しているように私は思えてならない。ニュースを見る限りでは学校は学力を育てる場という概念が色濃く見えており、それだけなのかとメディアを疑ってしまう。
教育問題は学力一色単になってしまっているようだが、いじめやモンスター・ペアレントの対処もある。しかしそれに目がとらわれすぎていて「どういった教育にするか」というのが野放しになってしまっては本末転倒である。

日本の風俗―起源がよくわかる本

日本の風俗―起源がよくわかる本 日本の風俗―起源がよくわかる本
樋口 清之

大和書房  2007-06
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普段当たり前にやっている挨拶などの礼儀作法やマナー、年中行事と言った者は一体どこからきているのか、なぜこれを行っているのかというのを皆さんは考えたことがあるか。本書はこう言った起源をわかりやすく解説されている一冊である。民俗学的にも入門書であるのでこれからこう言った学問に入るという人でもすんなりと前知識を取り入れていける。さらにこれを読めば普段やっていることをもっと心をこめて行える、はずである。
1.「礼儀作法の起源」
礼儀作法の起源となったものは一体どこなのか、それは「古事記」からきているという。神話時代にイザナギノミコトとイザナミノミコトの2つの神が高天原に登っていくという祭りからきているという。歴史を見ても、礼儀が何であるのかはよくわからなかった。
2.「出会いの作法」
ここではお辞儀、座る位置・方法(上座や正座といったもの)から握手の期限がここで書かれている。
3.「言葉の作法」
なぜか「すみません」から始まっているところが不思議であるが、著者自身もこれに関しては疑わしいような表現をしているようだ。「すみません」はお詫びするのにも結構軽い表現のように思える。実際に心をこめる場合「すみません」ではなく「申し訳ありません」というのが通例であろう。ではなぜこの「すみません」ができたのかというのを追求したくこの章の筆頭においたのだろう。
4.「飲食の作法」
尾頭付きや赤飯などの祝い事の料理から精進料理、お茶にまつわる歴史がここで出てくる。
5.「服装の由来」
ここでは着物・和服・扇など日本の民族衣装の由来や作法について書かれている。日本が作り上げてきた民族衣装の由来が簡単だが明らかになっているところがなかなかいい。詳しいところはそれにまつわる専門書に丸投げというのもまた一つの手段である。
6.「婚礼の由来」
婚礼を一口で言っても、昔は政略結婚というのがあり、今では恋愛結婚(できちゃった結婚も含む?)や婚活と言ったものもあれば、中にはお見合い結婚と言ったものもある。本書ではお見合い、結納、結婚式でよくある仲人、お色直し、角かくしと言ったものから、縁起が悪いとされている「丙午(ひのえうま)」や「大安」「赤口」と言った日の吉凶まで本章で書かれている。
7.「葬礼の起源」
葬式ではもう当たり前にある、通夜、戒名、忌中、香典についてがここで書かれている。
8.「贈答の作法」
水引・のし、結び方、中元と言ったことが書かれているが、マナーを学ぶ一環としてここは読み流したほうがいいかもしれない。
9.「年中行事の由来」
1月1日の正月から大みそかまで順を追ってその由来を説明している。
10.「共同体の起源」
子供にまつわること、祭り事と言った者は共同体の概念なくして成り立たないというのが事実である。さらに悪い側面で「村八分」というのもあるが、これも共同体の中でできたものである。良くも悪くも日本人というのは「共同体」という概念なくして成り立たない。たとえ個人化というの風潮が成長していっても、である。
日本ではもう当たり前になっていることを起源や由来を知るだけでも視点が変わるはずである。そう言った意味では本書の役割は非常に重要である。

観光人類学の挑戦―「新しい地球」の生き方

観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方 (講談社選書メチエ) 観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方 (講談社選書メチエ)
山下 晋司

講談社  2009-01-09
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学問で「観光学」や「人類学」というのはあるものだが、本書のタイトルにある「観光人類学」というのは初めて聞く。本書はこの「観光人類学」とは一体何なのかというのを述べつつ、「観光」における地球人としての生き方を考察していっている。
第1章「「新しい地球」の生き方を探る」
「グローバリゼーション」という言葉を旅行的観点から見ている。この「ブローバリゼーション」というのは90年代初頭から言われ始めた言葉であり、ちょうど冷戦が終わった時期なので「国際協調」という言葉がさけばれはじめ、これに伴って「グローバル化」というのが意識され始めたという。ただ政治的な背景が強く、国民意識の強い人たちにとって耳障りな言葉である。
第2章「越境する日本人女性――女たちのグローバル化」
今年は景気の後退により海外旅行に行く日本人は大きく減少するだろうがそれでも海外旅行に行く日本人はいると言っても差支えないだろう。本章ではその中での日本人女性にスポットを当てている。さらにその中からバリやカリフォルニアの事例をもとにグローバル化の真意について迫っている。
第3章「フィリピーナたちの夢――移民が普通に暮らせる日」
外国人労働者に関しては当ブログでも取り上げており、特に出稼ぎのため日本にきた外国人は様々な仕事、とりわけ製造という仕事につくが、そのうちフィリピン人にスポットを当てているのがこの章である。「ジャパゆきさん」や「フィリピン人婚外子国籍訴訟」がこの章で紹介しているところである。ただ私の固定観念というのか医療関係に従事する外国人女性がいるがとりわけ看護師はフィリピン人が多いというイメージがあるようだがそれだけではないようだ。
第4章「世界遺産という文化資源――バリ・白川郷・麗江」
上記の3つの世界遺産の事例を「グローバル化」を交えて紹介している。
第5章「熱帯雨林のアイロニー――マレーシア・サバのエコツーリズム」
「エコツーリズム(エコツアー)」というのはご存じだろうか。エコツーリズムとはその土地の生態系などの環境を維持しながらその文化や自然に触れるという農村滞在や自然探訪というような観光のスタイルである。本章ではマレーシアの東部にあるサバ州をモデルにしている。
第6章「「南」の観光歴史学――ミクロネシア・パラオにおける観光と植民地主義」
今までは東南アジアを中心に取り上げたがちょっと離れてミクロネシアと呼ばれる群島にスポットを当てている。本章ではパラオにおける観光について書かれているが、このパラオは昔は日本の植民地となった過去があり日本人が来ても日本語で対応できる。日本人がパラオへ観光に行く人数までは分からないが、戦争のこと、そして日本人が何をしてきたのかということがわかる(良い側面でも悪い側面でも)。日本史探訪の一つとしてパラオを挙げてみるのもいいだろう。
第7章「ロングステイ――暮らすように旅をすること」
数日間の旅行でなければ、永住でもない、数ヶ月間「旅行」として滞在する「ロングステイ」というのが本章で取り上げられている。日本という喧騒な社会につかれて海外へ長期間旅行し、自らを「癒す」というスタイルはおそらくこれから増えていくことだろう。
第8章「新しい地球、新しい日本――一つの世界に共に生きる」
外国人の日本で移住、逆に日本人が海外で永住する、もしくは前章のように「ロングステイ」をするというスタイルの幅が広くなる中、日本は諸外国と共に生きていくという風潮がある。いわゆる「グローバリゼーション」というのはまさにこのことであろう。
しかし世界が共に手を取り合い、仲良くやっていこうというほど危険なものはないと思うのは私だけだろうか。数千年にわたって数え切れないほどの戦争を行い、今更嫌悪な中となっている国々に対して「仲良くなりましょう」というほどお人好しにもなれないし、さらに国々の文化そのものを否定するという動きのある国だってある。「グローバリゼーション」というのは一見響きは良いものの、国々の個性を失うという側面もあるのではないかと私は思う。
「だから」と言っては難であるが、安易に「グローバル化」や「グローバリゼーション」というのは私としてはいけ好かない。ただし本書は観光の多様化、移民の多様化を教えてくれたということを考えれば決して悪い本ではない。むしろ、考えさせられる本であると私は思う。

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす
マーカス バッキンガム ドナルド・O. クリフトン 田口 俊樹

日本経済新聞出版社  2001-12-01
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経済評論家兼公認会計士の勝間和代氏が強く推薦した一冊であるが、そのことにより書評ブロガーの多くは本書にある「ストレングス・ファインダー」を行い、自分たちの「強み」を活かしながら生きているということを聞く。私は今までこう言ったことをやろうとは考えていなかったが、書評がてら興味半分、面白半分でやってみようと考えたので本書を手に取った。
前半ではいつもの通り書評を行うが、後半は実際に私が「ストレングス・ファインダー」をやった感想と私の強みを紹介する。
第1章「強固な人生を築く」
強固な人生を築くためには自分の強みを知らなくてはいけない。世界的に活躍しているタイガー・ウッズやウォーレン・バフェットといった人物はどのように強みを見つけ、それを仕事に活かして、楽しみながら、ときには苦しみながらも成功を得たのかというのが書かれている。
第2章「強みを築く」
強みを築くこと。これは「知識・技術・才能」であるという。ではこの知識とは一体何なのか、これは本を読んで学んだことのみならず現場で得た経験も材料になる。ちなみに後者を体系化したのが技術だという。ここまでは分かった。最後の「才能」とは一体何なのか、これは、
「繰り返し現れる思考、感情および行動パターンであり、何かを生み出す力を持つ資質(p.56)」
としている。生まれつきのものではなく、芽生えてくるものであるという。強みを知ってそれを強固にするにはというのが本章であろう。
第3章「強みを見つける」
ではこの強みを見つけるにはどうすればいいかというのが本章である。
3章を読んでちょっと気づいたのだが、これまでの本では本書を例にとって、「強みを見つける」そこから強みを伸ばして、そして人生設計を固めるというのがセオリーとなっているのだが、逆になっている。おそらく最初の部分では分からないところがたくさんあるのだが後半になっていくにつれそれを解消させていこうという目論見だろうか。
第4章「34の強み」
34の強みを取り上げている。これは後半で結果の5つを紹介する時に同時にピックアップしてみることにしよう。
第5章「疑問を解く」
「ストレングス・ファインダー」はほかの適性テストと同じように統計的な要素が強いため必ずしも当てはまらないという注意をしている。とはいえ180もの質問でもって34の強みのうち5つが出てくる。その組み合わせのパターンを計算したら膨大なものになるためあながち間違っているとも合っているとも言えない。中途半端であると言ったらそれで最後だがその通りとしか言いようがない。
第6章「強みを活用する」
強みを活用するためにはどうすればいいのかというのがこの章であるが、前半はこれまでのように、実在している人(著者の周りにいる人?)を例にとってどのように強さを活用していったのかについて述べている。具体論はその後半で、それぞれの強みを持った時にはどのような役割で発揮するのかというのが書かれている。
第7章「強みを土台にした企業を築く」
強みを発見した後の実践ガイドと言ったところである。ここでは様々なクエスチョンが設けられているのでそれに答えながらやってみるといいかもしれない。
強みを見出すためにはどうすればいいか、そして強みを見つけたことによってこれからどう生きていくか、仕事に結び付けていくのかという道しるべになる1冊である。
さて後半は実際に私が「ストレングス・ファインダー」を行った。結果はこうだった。

「収集心」
「内省」
「最上志向」
「包含」
「学習欲」

さて、第4章で省略したところを私の「強み」をもとに解説していく。
「収集心」…実際にあるモノに限らず、知識や情報を集める。興味深いものであれば何でも集める。
「内省」…考えることが好きである。頭脳労働を惜しまない。
「最上志向」…優秀であること、頂点に向かって努力を惜しまないこと。
「包含」…人種といった特定的に限らず誰とでも仲良くなり、その中で輪を広げていこうとする意識。
「学習欲」…勉強好き。関心の持ったところでは特にそう。
この5つの強みをまとめてみると、知識や情報を収集するための学習を惜しまず、その勉強や情報を自分の頭で考え、より良いものに創り上げていく。それでいて誰とでも仲良くなることも惜しまない。
こんな感じでしょう。実際に当ブログは1年で400冊以上書評をやっているのでこう言ったことが「収集心」と言っても差し障りないだろうと。「学習欲」と言っても差し障りないだろうと。
そう言う意味では、当ブログのスタイルを貫き通すのが「強み」を活かす、もしくは育てる一つの手段とも言える。
率直な感想を言うと180の質問がこれほど多いとは思わなかった。即答できるものもあれば、これは1〜2分ほしいと思った質問まであったので、時間制約があると結構答えるのも難しくなるし、何も考えずに思うがままに答えているので、この質問は実はこうじゃないだろうというものがたくさんある。とはいえ、結果がこうなったのだから率直に受け止める。というよりも自分自身のやっていることに偽りはないのだから、この「ストレングス・ファインダー」の凄さであろう。

選ばれ続ける社員の法則77 出世が早い!にはコツがある

選ばれ続ける社員の法則77 出世が早い!にはコツがある 選ばれ続ける社員の法則77 出世が早い!にはコツがある
浜口直太 澤田且成

出版文化社  2009-01-30
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浜口直太氏自身50冊目の本である。昨年から景気が急速に減速し、企業も倒産やリストラが相次いでいる。その中でどのようにして選ばれ続けていくかというのが書かれている。当然こういう時代だからでこそ勉強なり、自己啓発なり頼るが、まずはいったんリセットしたうえで本書を読むことをお勧めしている。
第1章「不況だからでこそ「選ばれ続ける人」に」
不況の時代だからでこそ成り上がれるチャンスである。むしろこう言った混沌の時代だからでこそ優秀な人材が上り詰めるチャンスと言える。
「最悪の時こそ最高のチャンスである」
という人もいるのだから。この章では「選ばれ続ける人」はどのような人であるのかという分析の所である。特に企業が求められており、各社員が不足しているのが「主体性」と「課題発見力」が多い。「計画力」や「状況把握力」というのが次いでいる模様だが、これをつけることも大事であり、個人的に力をつけながらも、チームワークとして貢献していくのかというのもまたカギとなる。
第2章「選ばれ続ける法則の原理原則」
「本書の命題は、「選ばれる」だけではなく「選ばれ続ける」ことです(p.34より)」
「選ばれる」ための本であればごまんとある。選ばれるのはたった1度だけの達成だけで終わり。でもその後はどうするの?というようなことにもなる。しかし本書は続けることが肝心である。そのためにはこの章の原理原則を学ぶ必要がある。これを学べばいよいよ3章以降の方法論に入っていく。
第3章「選ばれる社員の心技体<心>」
心・技・体の構成で選ばれ続けるための具体論を伝授する所である。
まずは「心」。ここでは「心構え」をどうするべきかという所である。
嫌な時や会議の時といった具体論から、挨拶の重要性、誠実の大切さ、失敗を恐れない心と言ったところまで網羅されている。本書ではここが多くページを割いている所から著者が「いかに心構えが大切か」というのが窺える。
第4章「選ばれる社員の心技体<技>」
ここでは小手先の技術を伝授している。営業のために「自分をどう売り込むか」から始まり「話し方」、タイムマネジメント、整理術、マナーに至るところが本章で書かれている。
第5章「選ばれる社員の心技体<体>」
体調管理、言動、挑戦心と言ったところを言及している。
第6章「自分を身につけるセルフブランディング」
これまでは具体的なものを紹介したのだが、この章は大きなまとめと言ったところである。今では「ブランディング」という言葉の自己啓発書が乱舞している今であるが、ではブランディングをするためにはどうすればいいのか、企業で生きていくのにブランディングは必要であるのかという疑問の声は少なくない。しかし企業の倒産やリストラが相次ぎ、企業の信用価値が落ちている今だからでこそ企業を利用して、仕事を行っていく上で「個」の力を身につける、こう言った「ブランディング」の形成ができる大きなチャンスになる。それをつかみ取るかどうかというのがあなた次第にかかっている。そして最後ある賢人の言った言葉がある。
「心こそ大切なれ」(P.226より)
第3章が最もページ数が割かれていたが、この理由は上記の名言にあったということか。
あらゆる勉強や仕事における心構えが多かったような気がするが、しかし具体的にどうやっていくかというよりもまず自分が成功しよう、もしくは選ばれ続けていこうというのは誰しもある。しかしそうするためにはこう言った心構えが大事であるという本はあるにはあるが、中小論ばかりで面白くないものが多い。しかし本書は具体論に入っていく前段階としては格好の1冊である。これから社会人になる人でも本書があれば、一歩抜きんでる力が手に入るかもしれない。

知っているようで知らない 「法則」のトリセツ

知っているようで知らない 法則のトリセツ 知っているようで知らない 法則のトリセツ
水野 俊哉

徳間書店  2009-02-26
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著者の水野氏と言えばほかにも以下の本も出されている。

すなわち成功本やマネー本で有名であり、1年で1500冊ものビジネス本を読破したというほどである。さらに書評も行っており、今年の2月下旬から雑誌「SPA!」で書評が掲載されているという。私も見たことはあるが、やはり書評をやっていく私にとっても勉強になる。
本書はこれまで読んできた、もしくはこれまで書評したものをまとめながら社会にまつわる「法則」として紹介している。成功本やマネー本をひとまとめにしたものもあるがそれとは違ったまとめ方をしており、読む限り、ほぼすべてのビジネス本の法則をこの1冊で網羅している、この本でもってビジネス本の根幹を成していると言っても過言ではない1冊である。これからビジネス本を本格的に読みたい方、そしてビジネス本を読んでもあまりピンとこない方にはお勧めと言っていいだろう。
PART1「職場の法則」
まずは職場にまつわる法則についてであるが、職場についてまずあるのが「役割」について、これは桃太郎の役割を例にとっている。その他にも「バンドワゴン効果」や「メラビアンの法則」などなどPART1だけでも枚挙に暇がないほど多くの用語が取り上げられている。
PART2「仕事の法則」
PART1以上に取り上げられているところ、本書で最もページ数を割いているところがこの章である。仕事を行っていく上での、「やる気」「時間管理」「集中力」「目標設定」「判断」という機能論から精神論に至るまで網羅されているので、どっちかに悩んであったとしても本性がすべてまかなってくれる。
PART3「ビジネスの法則」
主に営業や新規開拓と言ったところである。ここでは有名な「ブルー・オーシャン」や「ジョハリの窓」、「NLP理論」などが出てくる。
PART4「勉強の法則」
さてちょっとずつ仕事から離れてきた。ここでは勉強を行っていく上での法則について書かれているが、法則よりも書評ブロガーたちのメインはここになるだろう。
ブロガー・マトリックス
著者が昨年末にこのマトリックスを取り上げ、書評ブロガーの間で話題をさらった。当ブログは掲載されていないが、他の書評のブログを見るのに格好の材料になることは間違いない。
PART5「心の法則」
心にまつわる法則。組織活動を進めていく上での意識から、自分自身個人としての意識という所まで網羅している。「リスキーシフト」や「囚人のジレンマ」といった難しいところも分かりやすく解説されているので読みやすい。
PART6「成功本の成功法則」
著者が最も得意なところであろう。何せ上記の前書が「成功本」の紹介が多かったのでこう言った法則を立てるのは、本書を書く上で最もとっつきやすかった作業であったのかもしれない。私のお勧めはp.241-242の「本当に夢は実現するのか」という所。著者自身の目標が書かれているが、いくつかがあるいみで妄想めいたところが面白かった。
根幹を成しているだけあって、法則の数が多く、かつ読みごたえがほかの本とは比べ物にならない。たった2・3回読み返してみただけでは本書のすべてを読み取るのは非常に難しい。10回20回読み返して、そして参考文献を読みあさってはじめてこの本の意味がわかるのではないかと思う。そう言う意味で本書は数多くの本を読むための入り口として重要な役割を担っていると言っていい。

※なお本書は小飼さんをはじめ、smoothさん鹿田さんMasterさんも取り上げられていた。

ライフハックのつくりかた

ライフハックのつくりかた ライフハックのつくりかた
小山 龍介

ソフトバンク クリエイティブ  2007-03-27
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先月の「出会いの大学」のセミナーで講師をされていた小山龍介氏の1冊。元祖Hacks!だけあって目から鱗の作品である。
はじめに「天文学から気象学へ」
天文学と気象学はもともとある学問であるが、小山氏によればこの天文学と気象学をライフハックのようにこう喩えている
「天文学」は大規模で予測が容易であること。
「気象学」は予想したくても予想できない複雑な世界であること(いずれもp.7より)。
つまり予測が容易であるかどうかである。学問的に解説するとくどくなるのでここでは割愛するが今の時代ほど予測できない「気象学」が似合うときはないと思う。ただ昔の時代は「天文学」なのかというと似ているところもあれば違うといえるところもあると思う(学問的な理由によるが)。
第1章「自分ハックを持つ 仮説から実行へ」
自分ハックを持つのはきわめて単純であり、それでいて大胆に実行できるために「仮説」というのが使われる。「仮説力」というような本がいくつか存在するが、それと似ているような気がする。
第2章「ライフハックルール① フィードバックしてパターンを認識する」
情報をとらえシステムを動作するために以下のフローで行う。(p.50より)
インプット→アウトプット→フィードバック
ここではフィードバックであり、インプットは第3章、アウトプットでは第4章で説明されている。インプットやアウトプットのみでは不備があっても、機械のようにずっと同じようなことになる。それではより良いモノがつくれない。特にインプットとアウトプットのパターンを改良するためにどのようなフィードバックをすべきかというだけでも、効率化のみならず楽しさが違ってくるので順番で言ったらこれは3・4章を身につけたら読んだ方がいいと思う。
第3章「ライフハックルール② 情報受容体を増やす」
ここではインプットである。情報受容体という情報を取り入れるものを増やすにはどうすればいいのかというのがかれているが、「「カレーのにおい」は何色?(p.107より)」や感情というのを利用するとなると五感を利用するのが肝心であるという。実際覚えるのは黙って覚えていてもすぐ忘れるのでこう言ったことが結構重要である。例えば音読や共感によって物事を覚えると結構忘れにくいと言われているが本章はまさにその通りを言っている。
第4章「ライフハックルール③ アウトプットする空間を作る」
何に対してもアウトプットしなければどのように情報を捕らえているのかというのがわからない。このアウトプットをするにはどこでやればいいのか、どうやればいいのか。格好のツールとなるのがブログである。おそらくアウトプットの要素だけで考えてみたらブログやHPはインターネットの媒体の中でも最大の発明であろう。アカウントさえあれば誰でも簡単にアウトプットが可能である。文字や画像などを用いて様々なアウトプットが可能である(ただし機密情報漏洩などの公序良俗に反しない限りで)。
ブログだけではなく、勝間氏が提唱している本で書かれている内容を愚直に1つだけでも実行するというのもまたアウトプットの1つである。アウトプットをすると言っても様々な方法があるが、今のようにアウトプットをする機械やツールが多い時期はなかろう。だからでこそアウトプット力をつける。そのことによって第2章のフィードバック・第3章のインプットを増強できる。
第5章「第三世代ライフハック つながりから創発へ」
これまでのまとめのこれからのハックについてであるが、「第三世代」というのが非常に気になった。「第三世代」があるとしたら「第一世代」と「第二世代」が存在する。それらと比較して何が違うのか。「第一世代」と「第二世代」の特徴とはについてもっと具体的に明示してほしかったのが私自身心残りとしてあった。
「TIME HACKS!」や「IDEA HACKS!」の集大成のようでいて、それとは違った仕事生活におけるHACKS!が本書に詰まっていた。さてこれを体系的にどう学んでいくべきか…
それを可能にするのが今月14日(土)のワクワークショップvol.2であろう。詳細はリンクにて。

フォースインディア VJM02を発表他

フォースインディア VJM02を発表

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2009/02/28/207507/

昨シーズンは1ポイントも獲得できないまま終わったこのフォースインディア。

今回の新車はまずまずといったところじゃないでしょうか。ドライバーは昨シーズンと変わらず、スーティルとフィジケラ。

フィジケラはともかく、スーティルには今シーズンポイント圏内に入ってほしいものです。フィジケラは今年いっぱいで引退ですかね。もうピーク過ぎてますし。

3月に入りいよいよ29日に今シーズンの開幕戦、オーストラリアGPがあるのですが、まだまだ気になる情報が入ってきました。

旧ホンダ F1のグリッドへ

http://f1.gpupdate.net/ja/news/2009/02/27/207482/

今年はどうにか旧ホンダがグリッドに入るということなのでホッとはしていますが、内部買収によってどういったチーム名になって、どのようなラインナップになるのかというのが依然不透明のままです(↓こんなものもありましたが)。

救済後のホンダF1の名称は“ブラックリー F1”

http://sports.yahoo.co.jp/f1/article?a=20090301-00000003-fliv-moto

ラインナップ予想で言うと、大方はバトンとブルーノ・セナといったところでしょう。私もそう思えますね。

旧ホンダの話題は絶えませんが、ともあれ開幕戦が待ち遠しくなりました。

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