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2009年1月

日本経済を襲う二つの波―サブプライム危機とグローバリゼーションの行方

日本経済を襲う二つの波―サブプライム危機とグローバリゼーションの行方 日本経済を襲う二つの波―サブプライム危機とグローバリゼーションの行方
リチャード・クー

徳間書店  2008-07-03
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上武大学大学院教授の池田信夫氏は著者を「地底人」と揶揄した。
なぜ池田教授は彼を地底人だと読んだのか。著者は「定額給付金」と言った「バラマキ政策」と呼ばれるものを称賛したからだ。ではこの理由も兼ねて本書で検証する。本書はサブプライム危機とグローバリゼーションが波として日本経済に襲い掛かる。バランスシート不況の分析でもってこの不況の乗り切り方を提示している。
第一章「サブプライム問題は戦後最悪の金融危機」
世界恐慌の端を発したのはアメリカのサブプライムローンの焦げ付き問題、通称「サブプライム問題」である。第一章ではグリーンスパンが生んだサブプライムローンについての考察からである。前の所でも「グリーンスパン」が出てきたが今回は一寸この人について解説する。アラン・グリーンスパンは1987年、レーガン大統領の指名によりFRB議長となった。ちょっと脱線するがFRBとは一体何かと言うと「連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board)」と言われており、簡単にいえば日本での「日本銀行」と同じ役割を果たしている。グリーンスパンは87年から2006年1月まで約20年もの間FRB議長の椅子に座り、「ブラックマンデー」を独自の金融政策で切り抜けたことで脚光を浴びた人である。と同時にアメリカのサブプライムローン焦げ付きとなろう「住宅バブル」の仕掛け人であったのもグリーンスパンである。このサブプライム問題を機に「グリーンスパン批判」が起こっているが、これからまた様々な角度から批判されるだろう。20年も在籍したことなので歴代大統領を並べてみると、レーガン、ジョージ・ブッシュ(ブッシュ前大統領の父)、クリントン、(ウォーカー・)ブッシュの政権の中で経済政策を担った。レーガノミクスのような自由主義経済から、クリントン政権が推し進めた緊縮政策を行った。イデオロギーによる軋轢もあったのだが約20年にわたってアメリカの財政を支えてきたことはある。
さてこのグリーンスパンの時に行った「住宅バブル」によって起こった「サブプライム問題」であるが、後半ではサブプライム問題について専門的に書かれており私にはちょっと難しい内容であったが、公的資金の導入を例においてアメリカもそう言ったことを行うべきと主張している。しかし池田信夫氏にそのことについて批判されており前述のような「地底人」呼ばわりされているのは言うまでもない。
第二章「住宅バブル崩壊のアメリカはバランスシート不況」
「サブプライム問題」によりアメリカの住宅の先物市場は大きく下落したが、本書の図を見ると92年からずっと上がり続けていたという事実がおかしいとはいえ、日本も似ている道を辿っているため人のこと言えない部分もあるのだが。住宅市場によるバブルが崩壊した時にアメリカ・ドルへの信頼も大きく失墜し全面的なドル安となった。そのドル安にかけているのが現FRB貴重である(ベン・)バーナンキである。バーナンキは前のグリーンスパンとは違い、リフレ政策はとしても知られている。ではこのリフレ(政策)についてもちょっと解説してみる。リフレ(リフレーション)とは、需要を創出することで景気回復を図る政策である。池田信夫氏や「埋蔵金」で一躍有名になった東洋大学教授の高橋洋一氏が推し進める「周波数オークション」もそれに入る。しかし著者はこういった政策理論についても批判的である。「地底人」と言われる所以がここにもあった。
第三章「ドル危機に世界はどう対処すべきか」
「ドル危機」はある意味深刻な問題である。と言うのはこれまで世界経済の基軸通貨はアメリカ・ドルだからである。その信用が失墜した時にはその基軸が崩壊し新たな基軸を作らなければならなくなる。例えばロシアの横暴により基軸通貨が「ルーブル」になることでさえある。もっと言うとあるものには「円」を、あるものには「ユーロ」を…と言う風に基軸通貨が品物によってばらばらになることさえある。これを是とするのか非とするのかで大きく違うが、世界的に動いている以上「腐ってもドル」のほうがいいと私は思う。
第四章「日本はバランスシート不況を脱却できたか」
日本は過去に「バランスシート不況」と言うのがあったのだが、これは過剰な公共資金投入のために行われた弊害としてこう言うような不況に陥った。今となってはそれは改善されようとしているが、世界恐慌によりどうやら雲行きが怪しくなってきたようである。
第五章「日本に襲い掛かるグローバリゼーションの大波」
「グローバリゼーションの大波」とくると世界的なものと言われるようだが、その中心にいるのは中国であったり、EUであったりする。本書に書かれているとおり「グローバリゼーション」は日本にとってみれば「中国」と言っても差支えないだろう。
現在は世界恐慌の真っ只中におり、「定額給付金」の問題などの経済的政策の課題も山積している日本の国会、及び日銀は早急に対策を講じるべきであろう。野党や国民の批判は後でゆっくり聞くことにしてできる政策から片っ端からやっていかないとまた「失われた十年」のようになってしまう。

失墜するアメリカ経済―ネオリベラル政策とその代替策

失墜するアメリカ経済―ネオリベラル政策とその代替策 失墜するアメリカ経済―ネオリベラル政策とその代替策
ロバート ポーリン Robert Pollin

日本経済評論社  2008-11
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昨年10月にアメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが倒産し、世界恐慌がはじまった。もともとアメリカのサブプライムローンの焦げ付きから端を発したものであるが、世界的に景気が冷え込んだのがちょうどこのころであったのではじまった時が前述の時で差支えないだろう。
アメリカはサブプライム問題までは世界一の経済大国として各国に猛威をふるっていた。「大国」という言葉をまかり通らせるほどの軍事もさることながら経済も世界的に牛耳っていたほどである。しかしその世界一の経済大国と言う名もアメリカの手からこぼれおちそうなほどにまで凋落した。本書ではクリントン政権後期からブッシュ政権にかけて行われたアメリカ経済の「ネオリベラル政策」実証を行い、それに基づいて対代案を提案するという一冊である。ところどころ経済学を勉強しないと分からない用語や表現が出てくるのでとっつきにくいところもある。しかしアメリカ経済を実証で基づきながら考察しているところが面白い。
第1章「ネオリベラル合意(コンセンサス)――クリントン、ブッシュ、グリーンスパン、IMF」
第2章「クリントノミックス――虚ろな状況」
第1章では本書の構成、ネオリベラルの在り方を紹介している程度である。本格的にはいるのは第2章、クリントン・グリーンスパンチームでの経済政策の実績とあり方について検証している。クリントンが大統領に就任した時の経済は日本のバブルがはじけて間もない時である。それまでは日本は「バブル景気」と呼ばれるほどの好景気で日本の実業家らがアメリカをはじめ世界中の有名どころを買い占めたというほどである。このことから「ジャパン・バッシング」と呼ばれる非難を浴びせられるほどにまでなった。そういった状況からアメリカ経済を救うためにクリントンは日本企業に対する訴訟を起こし賠償金をもぎ取ったということもあり、さらに高額の関税をかけて輸入を規制させるというようなことを行った。
第3章「「素晴らしさ」の裏側」
「素晴らしさ」とは一体何かという考えに入るが、これは章の冒頭の「素晴らしき十年」と題したクリントン政権で働いた二人の経済学者の論文の題名である。クリントン政権就任時から経済政策の本命として掲げられたのが「赤字削減」の緊縮経済であった。失業率を抑えることによって経済の活性化を行い、さらに貧困の減少といったミクロの政策を行った。リベラル色の強い民主党が好んで行う政策と言えよう。
第4章「貨幣強奪と景気後退――ブッシュ経済」
ブッシュ政権になってからは経済政策ががらりと変わり自由主義経済へと変わっていった時だろう。このときはいまほどではないが世界的に不況に陥っていた時代にブッシュは大統領になった。最初の経済政策はうまくいかず、減税によって経済を盛り立てていこうと画策した。ブッシュの減税政策の始まりである。ブッシュの減税政策はとりわけ富裕層に対しては多く減税されている。民主党を対をなす共和党の経済政策と言えるのではないだろうか。
第5章「グローバルな緊縮の風景」
ここではちょっと世界に向けてみている。まず出てくるのは「アルゼンチンの経済崩壊」である。アルゼンチンは2001年にデフォルト(債務不履行)を宣言し、世界的な信用を失った。景気が良くなってからは再建へ向けて軌道に乗り始めたが、ここにきてまた壁にぶち当たっているようだ。アメリカ発と言われるこの世界恐慌は先進国以上に中国やロシアと言った準先進国、さらには新興国や発展途上国に深刻な打撃を与えた。
第6章「もう一つの道は可能だ」
ここで代替案が出てくる。
簡単にいえばブッシュの政策を反転すればいいということである。ブッシュの政策の反対と考えると民主党、クリントンが行った政策と似てくる。これで経済は回復するのかという疑問が強く残るし、世界恐慌の真っ只中でこういった政策をやるのはむしろ、経済政策に欠けるカネを溝に捨てるようなものである。ブッシュの政策を続けたらいいかと言うとこれも、サブプライムローン問題や世界恐慌の火付け役になってしまったのでだめと言うしかない。ではどのような政策をやればいいのかと言うと、私の頭の中では思い浮かばない。バラマキをやっても前述のような金を溝に捨てる行為になりかねない。では需要をつくらせる政策にすればいい(新しい規制緩和を行うことによって需要を活性化させる)のかと考えると説得力はあるが果たして需要が伸びるのかという疑問もある。だが疑問ばかり持っていても解決しない、と言うよりもむしろ悪化の一途をたどるのがこの経済であろう。試行錯誤を繰り返しながら経済を発展させる、あらゆる政策を講じる以外に道はない。アメリカも日本も同じことである。

グローバル・ジハード

グローバル・ジハード グローバル・ジハード
松本 光弘

講談社  2008-12-04
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もうすでに分かっていることだが「ジハード」と言うのはイスラム教の「聖戦」を意味している。ではなぜこのタイトルになったのかと言うと1998年に遡る。オサマ・ビンラディンがアメリカに対し「グローバル・ジハード」を宣言した年である。当時のアメリカ大統領はビル・クリントン。妻が誰とかはもう言うつもりはない。この時からすでに「テロとの戦い」はひそかに始まっていた。それが顕著となったのはあの9・11である。そこから急速に「テロとの戦い」が前面に現れアフガン侵攻、イラク戦争に発展した。ブッシュ政権による「テロとの戦い」は結局終わらず新しいオバマ政権がどのように終結していくのかというのが課題であるが、戦線を拡大するのかという危惧も捨てきれない。
本書はいまなお深刻な問題であるイスラムの「ジハード」の思想とイスラム過激派と言ったテログループを丸裸にした1冊である。「イスラム=悪」というような単細胞な論理ではない真正面から論じたものであるため重宝される1冊であろう。
第一部「ジハード主義の思想と行動」
「イスラム原理主義〜」「イスラム過激派」と言う名はいまとなってそれほど聞かなくなったが、9・11ごろからずっとTVや新聞ではこの言葉が連呼されていた。ではこのような集団は一体何なのだろうかという所から始まる。簡単言えばイスラムに関する用語解説と言ったところからであり、イスラムのことについて知らない人にとっては最初から読んだら以降の内容がすんなりと入っていける。ここまでが第一章、そして第二章からジハード主義に入る。イスラム教の聖典「コーラン」にはこのような文言が散見されている。
「神の道のために奮闘することに務めよ」
前後の解釈によるがジハードに通ずることはほぼ間違いない。「ジハード」と言うのは二種類あり、内面との戦い(内へのジハード)と外部との戦い(外へのジハード)と言うのがある。前者でもっとも有名なのは「ラマダーン」がある。世界的なイスラムによるテロと言われるのが後者。この後者の分析が第三章、事例が第二章に書かれている。
第二部「グローバル・ジハードの姿」
さてここからイスラムの中でも過激派にあたる組織について書かれる。まずは「アルカイダ」である。「アルカイダ」についてはこっちからでも調べられるのだが、本書では「元祖アルカイダ」からどんどん取り巻き、巨大化した「アルカイダ星雲」となる抗議のアルカイダまで紹介している。現在イラクにおけるテロについてもアルカイダが噛んでいるところもあり、またアフガン侵攻でもタリバンに加担、9・11テロを首謀し、さらに世界遺産であるバーミヤン遺跡の石像を偶像崇拝を理由に破壊したとされる。イスラムには向かう輩、そしてイスラムにそぐわない輩を徹底的に排除するというのが彼ら、そしてジハード思想のやり口であろう。前述の話に戻るが「アルカイダ星雲」と言ったが本格と言われているアルカイダの間に取り巻きがある、その中にはザルカウィなどといった者たちも含まれている。
後半には「グローバル・ジハード」に走る要因について書かれている。誰かがイスラムのためにジハードを起こす、すなわち海外に向けてテロを仕掛ける。それに感化したものが段々誘発し、それが一種の戦争や紛争となっていく。その他にも洗脳やネットワークの構築によるテロの参加と言うのもある。テロリストになるというのは様々な方法によってなされている。こうした仕組みを破壊することができるのかと言うと残念ながらそう言った方法がない以上不可能である。
第三部「グローバル・ジハードの闘い」
テロとの正しい戦い方、避け方のマニュアルと言ったところであろう。アメリカとの日米同盟を組んでいる以上、テロに巻き込まれる可能性はまずある。日本は八百万の神が祀られており、数多くの宗教の中で生きているとはいえ、イスラム人の中にはそれが気に入らない人もいる。そう考えると日本もそういった対策を講じなければならない…と言いたいところだが自衛隊が行うにしても憲法9条により身動きが取れない状態と言ってもいい(解釈によれば「集団的自衛権」を行使できるという論者もいるがまず無理と言っていい)。言い忘れていたが著者は警視庁公安課長であり、防衛庁(現:防衛省)にも在籍していた人である。さらに前職は「国際テロリズム対策課長」であったためか、こういった対策のエキスパートと言っていい。この部で書かれている対策は我々国民が行えることと言うより、警察や国の政策で行うべき対策と言ったところであろう。
本書はイスラムのテロリズムを考察した1冊としてはなかなかの作品であったのだが、第三部は正直いらないと思った。対策は政府や警察単位で行うべきでありテロリズムを完全に止めることができるのかと言うと、宗教概念から考えると「ノー」と言うしかない。イスラム教の根幹として「ジハード」を有するからである。しかしアルカイダやイスラムとテロについては詳細に書かれているのは称賛に値する一冊であろう。

悲しき横綱の生涯―大碇紋太郎伝

悲しき横綱の生涯―大碇紋太郎伝 悲しき横綱の生涯―大碇紋太郎伝
西 まさる

新葉館出版  2008-11
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横綱朝青龍が5場所ぶり23回目の幕内優勝を飾った今年の初場所。先頃までの横綱の品格や八百長問題が飛び交ったのを一気に吹き飛ばした感じであった。あれだけ批判していた漫画家のやくみつる氏も今回ばかりはさすがに称賛した(ただし、立ち振る舞いは非難したが)。しかしそのような状況でも角界の課題は山積の状態が続いていることは事実である。
さて本書の話に入るが、本書はいまから100年以上前の角界の様子、とりわけその時代に大活躍した大碇紋太郎の生涯についてスポットをあてた一冊である。大碇紋太郎の生涯についてはウィキペディアにも掲載されているが、いつ死んだのかについてはまだ分かっていない状態である。なぜなのかについては後ほど書くことにして、本書のタイトルで「横綱」と書かれているが、大碇は相撲界での最高位は「大関」であり、「横綱」にはなっていない。ちなみに大相撲で活躍していた時の「横綱」は「西ノ海」や「小錦(今のタレントで活躍しているKONISHIKIとは別)」である。
大碇は名実ともに横綱になれる資質を持っていた。しかしなぜなれなかったのかというのは当時、この相撲界を牛耳っていた高砂親方が西方を冷遇したことにあった(高砂部屋らは「東方」と言われ、大碇らは「西方」であった)。また、高砂の独裁による煽りで勝ち越したにもかかわらず関脇(しかも帳出)に降格されたりと言ったぞんざいな扱いに大碇ら西方は怒りが爆発した。その次の場所のほとんどをボイコットしたりと言った抗議活動を行い揺さぶりをかけたのだが、すでに高砂の私物化となってしまった相撲界ではびくともしなかった。こう考えると高砂親方は代々問題を起こしているのかと勘繰ることがあるのだが、たまたまなのかそれとも必然なのかというのは私にはわからない。
憤慨し一時は廃業寸前となったのだが京都相撲に移籍して「京都横綱」となった。前述の「横綱」の意味はここからきている。
しかし京都相撲は東京や大阪と比べてずっと小じんまりとしており、大碇を興奮させるほどの強い力士が皆無であった。当然大碇はやる気を失う。今度は海外巡業のためイギリスへ向かった。その巡業は大成功を収めたがそれによる収入はごくわずかとなり、苦しんだ末プロレスラーとして活躍した。このところを読むと敗戦間もない時期、意気消沈だった日本人を照らした太陽として力道山が挙げられる。力道山はプロレスにおいて「空手チョップ」でもって外国人レスラーを次々と倒していった。状況は違えどそれに通ずるところはあるのかもしれない。英国で活躍してからは海外を転々としたのだが大正2年に消息が途絶える。生年からもうすでに亡くなったのは明白ではあるがどこでなくなったのかについても明らかにされておらず、本書の前半においてマルクス経済学者の河上肇が自叙伝で老人姿の大碇を刑務所であったという記述があったが、詳細は明らかになっていない。
このことから大碇の生涯は悲劇と気概に満ちていたのだが、角界の歴史の中の淵にいることが何とも悲しいことか。
本書は大碇の生涯とともに当時の相撲界のならわしも知ることができる(「祝儀の羽織」や「預相撲」といったものである)。

世論調査と政治――数字はどこまで信用できるのか

世論調査と政治――数字はどこまで信用できるのか (講談社プラスアルファ新書) 世論調査と政治――数字はどこまで信用できるのか (講談社プラスアルファ新書)
吉田 貴文

講談社  2008-11-21
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当ブログでも政治に関しての言及は多々ある。しかし世論調査に関しては私自身はいっさい関心がない、と言うよりは信じていない。世論調査は各新聞社やテレビ局によって数字がバラバラなのだが、局や新聞社それぞれのイデオロギーが見え見えだからである。またそれを「民意」とか「国民の意見」と言うものだから困りものである。それにより首相の意見野党の意見が振り回され、野党はそれを武器にする。常に国民を意識することが民主主義の根幹であるが、その意見に惑わされたのが福田政権や麻生政権であろう。
本書はこのような世論調査の仕組みと現状、そして世論調査の変遷について考察している。
第一章「世論調査はどうやって作られているか」
世論調査は内閣支持率や政党支持率ばかりではなく政策に関しての支持も含めると結構多くの質問項目で成り立っている。局や新聞社はなるべく国民の声が聞くことができるように細かな質問項目や答えやすいような質問項目を設定しているさらに、調査方法もいくつか存在する。有名な方法では、
「面接調査」
「郵送調査」
「電話調査」
「インターネット調査」
と言ったものがある。
第二章「吉田内閣から、麻生内閣まで、内閣支持率物語」
こちらでは歴代首相の支持率動向からどのような状況だったのかというのを考察しているところである。巻末には朝日新聞の統計開始から本書発売までの内閣支持率の変遷がそのまま載せてあるのでこちらも参考に見たほうがいい。
第三章「小泉内閣から支持率の注目度アップ」
支持率と言うのが如実に意識され始めたのが小泉内閣になってからである。小泉氏が首相に就任しての最初の支持率が78%ほどにまで伸びた、その勢いは衰えることもなく8割上げると言ったフィーバーぶりであった。田中眞紀子の外相更迭以降は大きく落としたものの、6年にわたって支持率を安定的に維持してきた首相も珍しいほどであった。小いずみ市の政策はほとんど国民の目を意識せずに自分が行おうとしている改革に邁進していったことが大きな要因であったように思える。
第四章「政権交代が見えてくる政党支持率」
世論調査と言うと首相の支持率ばかりではなく政党の支持率についても公表される。ここでは政党支持の意味合いや政党支持の変遷について書かれている。
第五章「選挙情勢調査の舞台裏」
今年は衆議院解散総選挙がある。この前にやった国政選挙はさかのぼってみると一昨年の参議院通常選挙である。内閣の閣僚の事務所費などが浮き彫りとなり、首相・自民党の支持率が芳しくなく、その不支持が民主党の支持に流れたという構図であった。結果は自民党の大敗。民主党が第一党になり、与野党逆転の「ねじれ国会」となった。この選挙では自民が負けるというのは大方予想通りであったが、自民・公明の与党が過半数割れするのはこれについて予想できた人はあまりいなかっただろう。選挙情勢で与党が勝利するか敗北するかというのはあくまで予想。選挙になってみないと分からないというのが事実であろう。
第六章「世論調査にどこまで信を置くべきか」
いま日本の政治は世論調査に冒されているという考えも捨てきれない。だが、国民がこう答えているのだからという論理も通じる。そのことを考えると「民主主義」と言うのは何なのかという疑問に行き着く。国民主権であるので世論の流れをくみこむのは必須なのか、あるいは自分が推し進めている政策を捻じ曲げずに国民に納得するために選挙を行うべきなのか(「郵政選挙」といったもの)と言うのもまた考え所であろう。ともあれ世論調査は国民の声の一つであるが、それを批判材料としている野党やTV局、新聞社がリテラシーを持っているのかと言うと首を傾げてしまう。本書の最後にも書かれているとおり、世論調査は必要であるが、

「マスメディアこそ高いリテラシーを(p.215より)」

これに尽きるだろう。

これから何が起こるのか

これから何が起こるのか これから何が起こるのか
田坂 広志

PHP研究所  2006-11-23
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ワークライフ“アンバランス”」の著者である田島弓子氏つながりということでもう一つ。
実は上記の著書を書評した時にお礼のメールが届いた。セミナーでも著書でも「智恵」を使っているということに疑問を持ったのだが、田嶋氏によると本書の著者である田坂広志氏のファンであることで、
「知識社会で活躍するのは、職業的な智恵で仕事をしている人」に影響を受けたそうである。
そのルーツを調べるため、田坂氏の著書を手当たり次第というのも語弊があるが目についた本でもって、「知恵」と「智恵」の違いについて追求していく。ほかにも「智慧」と言う書き方もあるのだがこれは仏教用語から出てきているものであり、ここから「智恵」と簡易化しているのかについてはわからない。
本書は何について書かれているかと言うと「web2.0」の革命によりこれから得られる「知」と言うのは一体どのような変革をもたらすのかというのを75の変化を著者は予測(確信?)している一冊である。
本書では「知恵」と「智恵」については明記されていなかった。しかし別の所で調べてみたらなかなかいいものがあった。
「日本人の使命」といった著書のある中杉弘氏がブログにてこう意味づけている。
「この智恵とはおもに仏法のほうで使う言葉で”仏の智恵”というように使います。”仏の知恵”とはちょっとおかしいからです。
仏は知識を売り物にしているのではありません。人生どう生きたらよいかという“智恵”を教えるのが仏なのです。」
すなわち仏教からきており、人生においての生きる術を「智恵」と主張している。
もっと調べていくともともと「智恵」と言う漢字は「智慧」であったことに行き着き、仏教に伝来するものと言われる。だが、なぜこの「智慧」が「知恵」となったのかと言うと、第二次世界大戦後GHQにより漢字の簡易化が強制されたためである。英語が急激に受け入れられ始めたのもその時からである(戦前でも外国語は取り入れられていたがわずかであった)。簡単にいえばアメリカの都合によりこのように変えられたということ。特段の違いはなかった。だが知恵袋では意味合いの違いが明記されているが、まだまだ追求する必要があるようだ。

やっぱ、「自分ブランド」でしょ。

やっぱ、「自分ブランド」でしょ。 やっぱ、「自分ブランド」でしょ。
蟹瀬 令子

講談社  2007-02-01
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本書を読んで、まず強く思ったのが、「本書は3年前に上梓された「ワークライフ“アンバランス”」です!」と口走ってしまう。それほど前述の作品に匹敵するほどインパクトのある作品であった。
著者の名前にピンとくる人はいるだろう。ジャーナリストとして有名な蟹瀬誠一氏の夫人である。本書は夫人としての生活とコピーライターから「ザ・ボディショップ」の社長までの人生を綴っている。
第1章「私と言う「ブランド」をつくろう!」
最近巷の書店では「ブランディング」と言うことを目にしない日はない。世界恐慌に巻き込まれているこの世の中自分の価値を高めるために「ブランディング」していこうという人たちも多い。本書のタイトルにも章題にも書いてあるがここでは「自分ブランド」と言うのを伝授している。ここでのブランディングをまとめると、
「一点長所主義」
「yes I can」
というものが目立つ。後半はオバマ大統領の名文句ではないのでご了承のほどを。
第2章「仕事なんだから、仕事だけなさい!」
本書を紹介する最初に「ワークライフ“アンバランス”」と述べたがそれが顕著に表されているところがここである。とにかく一生懸命仕事をし、給料と言う名の「生きたお金」でブランディングをするという人生設計がそこにある。
第3章「「女」という差異を活かそう――仕事も、家庭も、子育ても」
本章ではいきなり度肝を抜いた。なんと著者はコピーライター時代こうしていたという。
「実は博報堂に入社したときから、いつも胸に辞表を入れてきた(p.80より)」
いつでも辞められるようにと言うか前からだが、まるで相撲の行司である。相撲の行司は誤審をしてしまった時の責任をとって切腹するという決意を込めて、短刀を携えている(実際に切腹した人は過去1人もいない)。本書は女性ならではの差異を活かした仕事について書かれている。著者自身産休後の体験や、「母」と「会社員(もしくは社長)」との両立について赤裸々に書かれている。
第4章「「出し惜しみ」してちゃ、ダメ!」
会社員である以上、その会社についてのプロになることが鉄則である。それとともに自分が持っている能力を殺しては満足のいく仕事ができず左遷されてしまう。その左遷についても自分自身の好機として取り入れていく気概を持たなければいけないと本書では述べている。
第5章「メンターを持つ、メンターになる」
メンターについてはjoshibenさんのブログ苅谷さんのブログに書かれていることを思い出した。ちなみに私だがメンターは現在いない状況。メンターがいたほうが人生における姿勢や視点を学ぶことができる。ちなみに著者もメンターがおり、ここではメンターとのエピソードを紹介している。著者がコピーライター時代から社長時代にかけて心の支えになったという。
第6章「「人生の目的」を知る」
3年前に「ザ・ボディショップ」の社長職を退任してフリーとなったが、これまでのキャリアをもとにして人生の目的について、キャリアアップについて、そして著者自身のこれからについてが書かれている。
本書は著者自身の体験をもとにキャリアアップをどうするべきかということについて書かれている。どちらかと言うと女性向けの一冊であろうと思った。

元F1ドライバーが大統領選挙に出馬

これは投稿しないわけにはいかない。

元F1ドライバーが大統領選挙に出馬

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090127-00000000-fliv-moto

http://www.topnews.jp/f1/8886.html

アルゼンチンの新聞『Buenos Aires Herald(ブエノスアイレス・ヘラルド)』は、12回のグランプリ優勝経験者で、最後の優勝は1981年だったカルロス・ロイテマンが、アルゼンチンの2011年次期大統領選挙に立候補すると表明したと伝えている(一部抜粋)。

F1ファンでカルロス・ロイテマンといえば特に際立つのが「F1デビュー戦ポールポジション」でしょう。過去にその偉業を達成した人は4人(F1最初のレースでPPをとったジュゼッペ・ファリーナを除けば3人)で、マリオ・アンドレッティジャック・ヴィルヌーブと名を連ねています。

上記のように12勝したものの、1度もチャンピオンをとれなかったことから、スターリング・モスに匹敵する「無冠の帝王」としても有名でした。

ここまではちょっとF1としてマニアックな内容でしたが、調べてみたらロイテマンは以前にも大統領選に出馬していたので今回は2度目の出馬だそうです。もしロイテマンが大統領になったら・・・、現実的なものとしては「アルゼンチンGPの復活」を掲げるかもしれません。それと「最速の大統領」という異名までもらったりして(笑)。

白川静 漢字の世界観

白川静 漢字の世界観 (平凡社新書) 白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)
松岡 正剛

平凡社  2008-11-15
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白川静と言う人をご存じだろうか。私も本書に出会うまで名前だけしか知らなかった。
本書を読んでいくと白川静は3年前に亡くなられた漢文学者、漢字学者である。生涯甲骨文や金文と言った漢字や漢文を追求した学者として有名であり、漢字の研究そのものを愉しんだ人でもあった。本書はその白川静がどのようなことを遺してきたのかというのを「千夜千冊」で有名な松岡正剛氏が本を解き明かしながら考察している。
私は白川氏の研究については全くと言ってもいいほど知らない。まして白川静という人物は名前だけしか知らなかったほどである。
それはさておき日本語には大きく分けて3種類、平仮名・片仮名・漢字によって成り立っている。日本独自に発展したものもあれば、中国から伝来してきたとされているものまである。それが「漢字」である。しかし白川氏の言う所によると「漢字は日本の国字」と主張している。白川氏はこれを念頭に置きながらこの漢字研究を支え続けたという。漢字は中国からきているのがほぼ定説に近い状態であるが、それに一石投じているようで面白いと同時に日本人にとって感じがいかに重要であるかを説いた一言であると私は思う。
白川静氏の文献に関してはこれからいくつか読んでいく。
そして本書を読んで思ったことだが、最近の本は平仮名が多くごく平易な表現で書かれている本が多くなっている。ビジネス本書評の大家であり出版コンサルタントである土井英司氏はこう書いている。
「最近のビジネス書のトレンドを見ていて、危惧していることがひとつあります。
それは、こんなにわかりやすいものばかり読んでいて、考える能力が衰えはしないか、ということ。」(ビジネスブックマラソン「理系アタマのつくり方」より)
解釈は違うが、わかりやすい表現を用いて、わかりやすい図表を用いている本が多い(ビジネス本に限らず)。本来日本語と言うのは3種類から成り立っており、表現も星の数ほどある。しかし「正しい表現」「わかりやすい表現」ばかりがまかり通って、昔からあった難しい表現が跋扈される風潮があっていいのだろうかというのを、私はいま書店で出回っている本そのものに疑問を呈したい。
以前ブログでも言ったとおり日本は「活字離れ」「新聞離れ」と言われている。新聞は部数が減り、今週号の「東洋経済」でも書かれているように深刻な状況になっている。活字も出版社が倒産し思うように本が売れなくなっている。活字はどんどん見なくなるのではないかという見解だろう。しかし私がもっと深刻に思っているのが「語彙離れ」。つまり活字の表現が平易な作品が増えて言いること。そのことによって日本人の日本語の語彙や慣用表現と言うものが染みつかず、結局廃れていってしまう。それでいいのかというのが私がこれまで読んできた中で考えた持論である。
当ブログの書評は時折難しい表現をしたりするなど、堅苦しい書き方をしている。当然これは続ける。表現を愉しみながら、難しい表現をどんどん覚えていきながら、日本語を愉しんでいくというのが私のアウトプットのポリシーである。
本書と少し脱線したが、本書を読んでそのように感じ、再確認できた。

アメリカ人弁護士が見た裁判員制度

アメリカ人弁護士が見た裁判員制度 (平凡社新書) アメリカ人弁護士が見た裁判員制度 (平凡社新書)
コリン・P. A. ジョーンズ

平凡社  2008-11-15
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2009年5月21日から裁判員制度がスタートする。それに向けて、もうすでに裁判員候補者へのはがき送付が行われており、しかもそれが公表されるという騒ぎも発生している。裁判員制度に関して、まだまだ課題が山積しており、スタートに向けても前途多難な様相を見せている。
本書は日本の裁判員制度の参考とした一つである陪審制をとっているアメリカの弁護士であるコリン・P・A.ジョーンズが書かれた一冊である。ちなみにジョーンズ氏は同志社大学法科大学院教授であり、日本の大学院で修士を取得したほどである。それが何よりの証拠が訳者を介さず、著者自身が日本語で書かれているという本書自体であろう。
裁判員制度は仕組みからアメリカの陪審員制度と違う。陪審員制度は全員一致が原則であるが、陪審員の人数は州によって違う。アメリカでは憲法は国単位であるが、刑法は週単位でまちまちである。しかも州によって死刑が行われていたり、完全に廃止したりしているところがあるため、一元的に比較するのが難しい。
それはさておき、裁判員制度であるが本書にも書かれているように、霞が関の役人が作った法律である。そのため、裁判の在り方が「国民のため」であるのか「日本国のため」であるのかというのが分からなくなってしまう。裁判員制度の対象は、ほぼ有罪が確定的である重大事件(殺人事件など)である。裁判員参加によって被害者感情は反映されやすくなるだろう。だがちょっと待ってもらいたい。陪審員での判決は陪審員全員一致で反映される。裁判員制度は多数決判決であるが、裁判官が多い方が反映されるという、お飾り的な役割にしかならない。簡単にいえば裁判官3人が無罪と唱えたが、裁判員全員は有罪と判断した。結果は有罪になる。そのようなものである。
それ以前に日本の裁判制度自体ザルのようなものである。それを如実に表しているのがこの一文である。
「やっと判決が出た。だが判決はケツ拭く紙ほどにも役に立たない(本書p.29及び副島隆彦、山口宏「裁判の秘密」より)」
2ちゃんねるの管理人のひろゆき氏の裁判が有名であるがいずれの裁判もひろゆき氏が敗訴になり賠償金を支払うように命じられている。しかしひろゆき氏はこれに関して一切支払っていない。賠償債務は命じられていてもその期限が定まっていない限りその賠償責務は永久に成り立たないのである。上記の一文が如実に出ているケースと言えよう。
日本は法治国家である。だがこの状況で法治国家と言えるかと言うほど本書では裁判員制度のみならず日本の法律、そして裁判員制度を痛快につづっている一冊である。

体内リズム

もうすでに期末になり始めているせいか、夜勤が多くなった。
ある時は普通に出勤する。
ある時は昼から翌日朝まで出勤。
ある時は夜から翌日朝まで出勤。
こう言うようなスケジュールであったらどのようにリズムを来るのか難しくなる。
あたかも目隠して綱渡りするように。

ただ私自身それを楽しもうと考えているのだが、
いかんせん思うようにいかない。
時間が空くのでいろいろなネタを考える(ブログとか、仕事とかの)。
だが徹夜明けは最悪と言うほかない。
集中できない。

またとない体験だが、こういう時期の体内リズムを整えるのは難しい。

江戸っ子の教訓

江戸っ子の教訓 江戸っ子の教訓
桂 小金治

幻冬舎  2007-11
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噺の中には人生訓を学ぶことができる。本書は噺家の桂小金治師匠(もともと真打にはなっていないが、「師匠」と呼んでも差し障りない)が自らの半生を交えて江戸っ子、もとい元々日本人にあった粋や礼儀、人情といったものを綴った渾身の一冊である。
第一章「江戸っ子の人情」
著者が二代目桂小文治に入門してから前座時代で体験した人情、「怒りの小金治」として名をはせた「アフタヌーンショー」時代でのエピソードまでの人情についてである。印象に残ったのが「アフタヌーンショー」の話。交通事故での怒りから番組を持つまでになったが、「交通遺児育英会」の生みの親に発展するまでになった。著者の行動がここまで影響すると考えると、人々はあることに関して「許せない」というような怒りといった感情を持つが、そこから行動に移せるのかというとわずかしかいない。だが、自分が行動を起こさない限り何も変わらない。正義感や人情は行動を起こさなければ何者にもならない。
第二章「江戸っ子の粋」
前座時代の努力、「泣きの小金治」と言われるようになった「それは秘密です」のエピソードなどがこの章では書かれている。今日話題である教育問題は子供に対する躾の在り方が印象的であった。当ブログでも教育問題は何度か言及しているが、生徒(児童)に勉強に加えて躾も学ぶ場である。これは親とともに子供に教えるのが筋であるが、最近モンスターペアレントのように全て学校がやってくれるというような無責任な親が増えている。これは3章と6章でも主張する。
第三章「江戸っ子の互助精神」
江戸時代の教育を紹介している文献について以前書いたが地域・家族ぐるみでの互助精神について書かれている。とりわけ「おかげ」は「ひとりしずか」や「にんげんだもの」で有名な詩人、相田みつをが「おかげさん」と残すほど大事な言葉である。
第四章「江戸っ子の品格」
佐田啓二、川島雄三、笠智衆、石原裕次郎、柴俊夫、藤井フミヤ、安藤百福、杉原輝夫…、多くの人々との出会いによって「小金治」と言う名を磨いていった。
第五章「親から子どもへ」
子育ての在り方について書かれている。最近では子育てを学校にすべて頼るような親、他の家の子供を叱れない親が多い(後者はいざこざを避けたいということもあるようだが)。
第六章「家族のこと」
「子供は親の背中を見て育つ」と言うがまさにその通りと言ってもいい。第五章でも書かれているような体当たりでの子育て、挨拶、先人の声、そして著者の夫婦の憩いなどである。第五章・第六章は子育ての在り方が主であるが、この章の最後は惚気話や健康の話もあるので読んでて、嫌気さすこともなく、むしろ面白さがあった。

本書を読んでいくうちに、自分自身本書を評する資格があるのかという疑念が生じるようになった。それだけ自分の胸に突き刺さる言葉が本書には多かった。同時に自分自身、今までの行いを反省し、これから本書を教訓に生きようという気概があふれる。
本書はそんな気持ちになれる一冊である。

「一念発起は誰でもする。努力までならみんなする。そこから一歩抜き出るためには、努力の上に辛抱という棒を立てろ。この棒に花が咲く」(本書そでより)

善い言葉である。

コンピュータの名著・古典100冊

改訂新版 コンピュータの名著・古典100冊 改訂新版 コンピュータの名著・古典100冊
石田 晴久 青山 幹雄 安達 淳 塩田 紳二 山田 伸一郎

インプレスジャパン  2006-09-21
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私はSEであるが、プログラムやテストに関して本格的に勉強しようと一念発起したが書店に行ったらかなり多かったことと難易度にはピンキリの差がある。さらに職業柄かゆっくり腰を据えて探すのは難しい。とりあえず手当たり次第…と行きたいところだが名エンジニアはどのような本を読んだのかというのをちょっと見てみたくて本書を手に取った。
本書は名著や古典を「歴史」「人物・企業」「ドキュメンタリー」「思想」「数学/アルゴリズム」「コンピュータサイエンス」「アーキテクチャ/OS/データベース」「コンパイラ/言語」「プログラミング」「ソフトウェア開発」「インターネット」と枚挙に暇がない。
さらに往年の名エンジニアなどシステム開発の世界で有名な人たちが本を紹介したり、読書法を紹介したりしているので、今春からSEになる人たちにも興味深く書かれているところがいい。だんだん読んでいくうちにこういった本で勉強したくなる。本書にそう言った魔力をもっているのか、もしくは自分が本好きだからそうなっているのかどっちかだが。
最後に本書で紹介されていた中で最も興味深かった一冊をカテゴリごとに紹介する。

「歴史」

「人物・企業」

「ドキュメンタリー」

「思想」

「数学/アルゴリズム」

「コンピュータサイエンス」

「アーキテクチャ/OS/データベース」

「コンパイラ/言語」

「プログラミング」

「ソフトウェア開発」

「インターネット」

お前が若者を語るな!

おまえが若者を語るな! (角川oneテーマ21 C 154) おまえが若者を語るな! (角川oneテーマ21 C 154)
後藤 和智

角川グループパブリッシング  2008-09-10
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本書は日本に蔓延る「(俗流)若者論」「世代論」を徹底的に批判している。よく言ったというものが多い反面、痛快とも覚えるものが無かったのが残念でならない。著者が最も批判のターゲットにしたのが社会学博士の宮台真司である。次いで多かったのが精神科医の香山リカである。本章はその人たちを中心に批判しながら「若者論」の現状について糾弾している。
第一章「「転向」した若者論者――若者論「で」10年が失われた」
ここ15年の少年犯罪における「若者論」を批判している。この15年の少年犯罪というと「酒鬼薔薇聖斗」事件、池田小学校連続殺害事件、「ドクター・キリコ」事件、光市母子殺害事件…と挙げてみると枚挙に暇がない。宮台氏は「酒鬼薔薇聖斗」事件において犯人は「脱社会的存在」と評している。またそういった犯人たちはそう言った「自分だけの世界」に囚われる、もしくは殻に閉じこもりそこから脱出しない。
第二章「ナショナリズム論を煽った論者――若者を食い物にする」
ナショナリズム論の台頭としては香山リカの「ぷちナショナリズム」というのが挙げられる。「ぷちナショナリズム」は例えばサッカーにおける日本サポーターやオリンピックで日本を熱心に応援するという人たちや、特定のことに関して過剰に感情的になる人たちのことを指している。人間の本能として、あるいはその国に生まれ育った人たちの誇りとしてそういった感情が萌芽していくのだろうと私は思っている。特にそう言う感情が若者には多いというのが香山などの学者たちの分析らしいが、私はナショナリズムというのはよほどの事情がない限り日本人誰もがもっているものであると思っている。その国に生まれ育った人が国を捨てるということをためらわずにできるのかという疑いさえするからである。「若者=ナショナリズム」は著者に言わせても、私に言わせても意味がないのではないかという感じさえする。
第三章「サブカルを使い捨てにした論者――インターネット論を食い物にする」
おそらく「サブカル=悪」ととらえだしたのは「宮崎勤事件」からであろう。その時にはアニメや漫画にはまりこんでいくオタクをあたかも犯罪者のように扱い社会的も差別というのをメディアが生み出していった時代である。余談であるがこの「オタク」という言葉はかつてNHKでは差別用語として放送自粛用語の一つであったほどである。今は「オタクブーム」もあってかそう言うことは平然と言えるようにはなったのだが。そんな今でもオタクを誹謗・中傷するような論者は少なくない。オタク批判(「檄」と言うべきか)をしている岡田斗司夫氏にも本著では批判の矛先になっている。
第四章「教育を実験道具にした論者――子供の人生を食い物にする」
教育論とともに若者論が語られる。藤原和博氏をはじめとした教育論者を批判しているのがこの章である。さらに昨年・一昨年の新入社員の世代をこき下ろした本まで紹介されている。私のような世代が、だ。ちなみに私が入社するときにTVで言われたことがある。
「カーリング世代」
という名前だったか。指導の駆け引きが難しいということから喩えられたことだという。
第五章「世代論を「清算」する――ニヒリズムを打ち破る」
「俗流若者論」と言われる今日の「若者論」。世代間での差別と言うべきだろう。当然この差別には立ち向かわなければならないのだが、これを完全になくす、もしくはこういった「若者論」のない世界をつくることができるのかと言ったら不可能と言うほかない。これは部落問題や民族問題などの「差別」を論じるのとよく似ているのだが、人間は生きていくにあたり優位性を求めるために、劣等性を必死に見つけたがる。それが見つかった時にその差別をひけらかすことによって自分は優位に立てるというものである。これは人間のみならず動物にもそう言うことが起こり得る。弱肉強食とはちょっと言葉が違うがそれと若干似ているものがこの世にはある。簡単にいえば「人類皆平等」と言うのは真っ赤な嘘話に過ぎない。根拠なき若者論は批判するべきではあるがこれを撲滅するというのは未来永劫できないことである。それでも立ち向かうべきと言うことこそが、本書、そして著者の使命なのだろう。

環境問題、 ウソとホントがわかる本

環境問題、 ウソとホントがわかる本 環境問題、 ウソとホントがわかる本
造事務所 杉本 裕明

大和書房  2008-12-09
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今、環境問題があたかもヒステリックに叫ばれている。ここ最近では環境問題対策について肯定・否定・懐疑それぞれの意見の本が多数出版され、「環境問題」という名の本を見ない日が無いほどである。
さて、本書は上の3つのうちどれなのかと言うと、おそらく「懐疑」に入るだろう。しかし本書ほど環境問題について上の3つを取り入れながら合理的に検証している文献は無いと私は思う。では中身に入っていく。
Chapter1「「エコブーム」のウソとホントを大検証!」
例えば以下のことをやったり信じたりした人はいるだろうか。
・マイ箸を持ち歩く
・冷房の温度を28℃にしている
・プラスチックは燃やすと有毒なガスが出る
・地球温暖化は地球にとって害である
・温暖化の原因は二酸化炭素である
・海面上昇・異常気象の原因は温暖化である。
・バイオエタノールは環境にいい・再生紙は環境にいい
・牛乳パック・トレイ・ペットボトルはリサイクルされている
・エコバックは環境にいい
・環境問題に関するキャンペーンはもっとやるべきだ。
私は「信じない」(笑)。ただしこの中で別の理由でやっていることはいくつかある。
それはさておき、検証については補足や反論をしようとなるときりがないので1つだけ取り上げることにする。
私が取り上げるのは「海面上昇・異常気象」についてである。海面上昇と言うとツバルやモルディブ、日本では沖ノ鳥島や厳島神社がよく例に出される。特にツバルは水没の危機にあると言うが、実はツバルが水没の危機にある原因は海面上昇もあるが、その影響は少ない。もっと深刻な原因は地盤沈下であると、オーストラリアのツバルに関して特化した研究所が明らかにした。現に海面上昇は起きていることは否定できないが、それを二酸化炭素排出量削減によって温暖化を食い止め海面上昇を止めることができるという根拠がほとんどない。例えば1日ごとに満潮・干潮があるように数十年・数百年周期でそう言った長竜の減少によって海面が上昇しているのではないかという説も存在しているため安易に温暖化によるものであると決め付けるのはどうかと思う(気温上昇等についても同様である)。
Chapter2「これから地球にやさしいプロジェクトはコレだ!」
しかし、だからと言って環境対策は行わなくていいというのは無責任である。二酸化炭素を削減するや温暖化を食い止めるばかりが先行してしまっては、環境に対して何も変わらない、むしろ悪くなる一方である。ではどのような環境対策を立てていけばいいのか。
本書ではまず太陽光について取り上げられている。急激な人口増によりいまでは原子力・火力を中心に発電によってまかなわれているがこれから温暖化によってはこれでは賄いきれなくなってしまう。一家に1つ太陽光発電があれば環境問題ばかりではなく、電気代のコスト削減など一石二鳥にもなる。またちょっとおもしろいものであるが、「発電床」とも呼ばれるものをJR東日本が実証実験を行っているというニュースがある。またJR西日本でも強風地域での強風対策を逆手にとって風力発電の開発を行っている。それぞれの特性を生かした新エネルギーによる発電というのは私はどんどん事件を行い、そして実用化すべきである。
私が最大の環境対策として考えるのは「海水の淡水化」を挙げている。「環境問題ではなぜウソがまかり通っているのか」で有名な中部大学教授の武田邦彦氏は環境問題は「食糧問題」としている。その食料問題をさらに深化していくと「水問題」となる(食糧をつくるには水がないといけないので)。その水は温暖化により深刻な水不足に陥ることとなる。しかし海面は上昇するという事態になる。そこで救世主となるのが海水を淡水化する技術である。淡水化することによって海面を若干ではあるが沈降させることができ、水不足もどれくらい効果があるのかは想像できないが、いくぶんは解消されるだろう。
環境問題はもはや私たちの中では看過できない問題となっている。今の環境対策は私自身は納得できない。当然企業のコスト削減が環境対策に直結するというのは真っ赤なウソに過ぎず環境問題について真っ向から議論する以前に、真っ先に出たものが独り歩きしているようでならない。環境問題こそ真っ向から議論しながらも新技術でもって対策を講じていくことが大事だと私は思う。

石油の支配者

石油の支配者 (文春新書) 石油の支配者 (文春新書)
浜田 和幸

文藝春秋  2008-10
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今は世界恐慌の煽りを受けて落ち着いているが、そうなる前までは原油高の高騰が深刻な問題として挙げられた。近くのガソリンスタンドでは1リットルあたり180円台後半までいったほどである。
本書は原油生産に関する政治的な駆け引きと、原油高の高騰の元凶とメカニズムについて迫っている。
第一章「原油価格高騰の真相」
半年前であったか、石油に関して営業を行っている人と呑む機会があった。その時に原油高の高騰について過剰に投資を行ったことによって卸値が暴走し、コントロールが利かなくなった事で起こったという。本書ではこのような暴騰の元凶は投機筋だとしている。
第二章「石油世界地図の読み方」
この章の最初に世界地図が載っているがこれは石油がどの国(地域)に売買されているのかを表している。その規模は1京7000兆円にも上るという。その投機筋の正体についても言及しているがあまりにも衝撃的なのでここで書くのはよしておく。知りたければ本書を購入するほかないだろう。
第三章「原油高騰と世界危機を結ぶ見えざる糸」
ここまで原油が高騰した、その要因はアメリカによる横暴への反発よるものだという。
第四章「石油はいつまでもつのか」
皆さんは原油は有限か無限かと問われたらどちらを選ぶか。現状では有限だという人が多いだろう(ハーバード博士の「ピークオイル説」が有名)。しかし蓋を開けてみると、有限説・無限説とも有力な証拠が無い。ましてやその論議でさえ政治的な要素が絡んでいる。その中心にいるのがロシアである。その証拠となっているのが1980年代に旧ソ連で行った枯渇油田の再開発にある。
第五章「石油埋蔵量データはインチキだ」
ニュースで原油の貯蔵量が発表される(「IEA(国際エネルギー機関)最新データ」と言われているもの)が本書によるとこれにはカラクリがあるという。ではこれはどこから出てくるのか。「大本営」とされているもの、もっと言うと国営石油会社がデータを独占して、メディアに流している。つまりここで言われているのは安易にメディアで出てきた情報を鵜呑みにするなということ。
第六章「原油をめぐる「熱戦」のはじまり」
ロシアと中国。本章では両国にスポットを当てている。
まずロシアであるがプーチン政権以降資源を有効に使い超大国として名乗りを上げた国である。本書では昨年8月に起こったロシアによるグルジア侵攻の背景についても言及している。イラク戦争と同じ石油がネックになっていた。
次は中国である。こちらは資源はロシアに比べ、それほど多くはない。だが東シナ海(尖閣諸島など)では日本とアフリカ大陸ではアメリカと争奪戦を繰り返している(特にナイジェリア)。
第七章「「京都議定書」なき日本の失敗」
今、日本は「京都議定書」における二酸化炭素排出量削減目標を達成するために躍起になっている。活動において私は否定する気はないが、京都議定書が締結した政治的要因については否定する。本章を読んでその色がさらに濃くなった。京都議定書はアメリカの会計会社「エンロン社」によるものであるという。エンロン社ときて思いつく人もいるだろう。エンロン社と言えば2001年巨額の不正経理を行い2002年に当時アメリカ史上最大の企業破綻をした。後に会計や投資に関する法律「SOX法」がつくられるきっかけとなった会社である。
第八章「いかに第四次オイルショックに対応すべきか」
原油の高騰に終始した「第三次石油ショック」が終わった。政府の対策は行われたとはいえ単なる付け焼き刃に過ぎなかった。今度また石油ショックが来るのかわからない。政府はこの事を教訓にして、シミュレーションなどの戦略を講じるべきなのは著者と同意見である。しかし、戦略を立てても国民の抗議に弱く、コロコロと政権が変わり、せっかく立てた戦略も違った政権が頓挫させては何物にもならない。小泉純一郎のようなカリスマ性があり長期に政権を維持できる人を選ぶことが上記の戦略の第一歩である。

敗者から見た関ヶ原合戦

敗者から見た関ヶ原合戦 (新書y) 敗者から見た関ヶ原合戦 (新書y)
三池 純正

洋泉社  2007-05
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1600年、徳川家康と石田三成との合戦が行われ、徳川氏による江戸時代の礎となった関ヶ原合戦。ちなみに徳川氏を「東軍」、石田氏を「西軍」となっている。よく関ヶ原合戦は徳川氏の「東軍」ばかりがスポットにあたるが(歴史的背景を考えたら仕方のないことだろう)、本書はその逆の「西軍」石田三成側にスポットを当てている。歴史的に検証を行ったうえで書かれている。ただしあくまで「石田三成側」、いわゆる「西軍」のことを検証したものであるので石田三成を検証するものではないことだけは本書でも断ってある。
序章「敗軍の将・石田三成の通説的解釈は間違い」
1600年、関ヶ原合戦に敗れた石田三成は刑場の露と消えた。その後終章でも述べるように家康の陰謀によって石田三成は大悪人、もしくは名ばかりの将軍に貶められた。しかし史料は嘘をつかなかった。石田三成に関する史料が発見される旅にその汚名という名のメッキがどんどん剥がれていくように、ありのままの石田三成が見えてくるようになった。
石田三成は知将として有名であり、とてつもない戦略化であった。事実関ヶ原合戦は、最後の最後まで分からないほどの激戦であり、家康率いる東軍もあと一歩で降伏するところであったという。ターニングポイントとなったのは「忍城水攻め」での実戦能力のなさが露呈したときであった。
第一章「豊臣秀吉の不安と家康の野望」
秀吉は家康に政略結婚させ三河から当時はそれほど発展していなかった江戸に移させた。それによって秀吉は天下統一を果たし、太閤となってからはご存知の方も多かった。だが順風満帆だった秀吉が目の上のたんこぶの存在、もとい頭が上がらなかったのが家康である。もちろん家康にとっても秀吉以外に邪魔ものが何人かいた。前述の石田三成のほかにも7年前に大河ドラマで人気を博した前田利家、会津の大名・上杉景勝という名を連ねている。
第二章「三成挙兵と全国諸大名の動向」
秀吉の死後、家康はさっそく伏見に移り、その後会津へ上杉氏討伐に向かった。だが石田氏の奇襲によりその作戦を中止せざるを得なくなりその後関ヶ原合戦となった。余談であるが東軍の総帥は徳川家康であるが、西軍は石田三成と思いがちだがあくまで参謀として中心的に活躍したに過ぎない。では西軍の総帥は誰かというと毛利輝元である。ほかにも西軍で取り巻く人物が多数登場するのがこの章である。
第三章「東軍動く、戦いの焦点は岐阜・大垣城攻防へ」
さて西軍に押されっぱなしであった東軍が反撃にでる。ついにがっぷり四つの戦いとなったがキーポイントとなる戦いが章のタイトルに書かれているとおり「岐阜・大垣城の攻防」である。岐阜城は西軍が救援に失敗したことによって陥落し、徳川の手に渡った。そのことにより形勢は大きく動き出す。
第四章「西軍布陣をめぐる多くの謎を検証する」
関ヶ原合戦については詳しい文献はいくつかあるが西軍についての謎について迫っているところはあまり見当たらない。毛利氏や石田氏の戦略についての謎を事細かに分析している。
第五章「小早川秀秋の動静と三成の「一大作戦」」
章のタイトルの小早川秀秋とは一体誰なのかという所から入っていかなければいけない。小早川秀秋は生死ともに謎の多い人物である。1582年に木下家定の子として生まれ、若くして備前国岡山藩主となり、関ヶ原合戦では西軍についた。しかしその途中で裏切り。江戸時代に入る少し前に21歳という若さで謎の死を遂げた。今だに死因については諸説あり、有力なものがない。本章では徳川に接近した時のことについて書かれている。そして石田三成の「一大作戦」についても言及している。
第六章「息を呑む決戦・関ヶ原合戦」
ここでは全体的な関ヶ原合戦について迫っている。本書が本書なだけに西軍からの視点で見たダイジェストと言ってもいいだろう。
終章「歴史に埋もれた知将・三成の実像」
おそらく関ヶ原合戦に関する文献の中で石田三成などの西軍にかかわる文献はそれほど多くない。しかしありのままの石田三成や西軍について迫るような文献がこれからも出てきてほしいと私は思う。まだまだこういった歴史には謎が多い。この謎を諸説や発掘を交えて展開することこそ歴史科の使命であろう。
本書は敗者の石田三成を中心とした西軍にスポットを当てた作品である。関ヶ原合戦というと東軍ばかり目について西軍は無様に負けたのではないかという観念があるのかもしれないが、実際に読んでみたらそうではなかった。西軍があとひと押し有利に立てば、徳川氏が跋扈する江戸時代が来なかったし、現在の状況も変わっていただろう。

3時間で読める!ビジネス新書900冊

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新書マップ編集部

光文社  2008-04-23
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本書はビジネス書を70のテーマに分けて紹介している900冊も紹介するわけであるから紹介できるのかという疑いさえするがここは「新書マップ」の編集部。本書を通じて多くのことを学びとれる凄さを秘めている。
「新書マップ」なだけに新書の傾向についても書かれている。私の解釈と交えながら紹介しよう。
「岩波新書」…主に左寄りと言っていいだろう。だがレパートリーがなかなか広いので思想抜きにしても楽しめるところが多い。
「中公新書」…新書を読むにあたって初心者はあまり立ち入らない方がいいかもしれない。ここの新書は学術的なものが多く、そう言ったことをある程度わかっていなければついていけなくなる(わかっていなくても理解できるものもあるが、わずかと言っていい)。だがある程度の教養を深めている人にはこれほど面白い新書はないだろう。
「文春新書」…近現代史を得意としている。昨年東京裁判の類では結構お世話になった。
「朝日新書」…「朝日新聞」自体好かない私も私だが…、ここは告発系のものが強い。
「PHP新書」…「PHPビジネス新書」と言ったものもあるとおり主にビジネス中心。ビジネス書評者にはお世話になっている人も多いことだろう。
「新潮新書」…簡単に読めることと「バカの壁」などの大ベストセラーもある。初心者向け。
「講談社+α新書」…当ブログではお勧めの新書。なんといっても雑学的、趣味的なところが強み。
「講談社現代新書」…現代に関することについてが強い。歴史や哲学と言った人文科学を重視している。中には500ページ超えるような新書も存在するので読みごたえがある。
「光文社新書」…社会科学が強い。
「集英社新書」…翻訳が多い傾向にある。だが翻訳版もさほど難しくないように書かれているのでわりと読みやすい。
「ソフトバンク新書」…ITやサブカルチャーにまつわることが中心。特にITにかかれば右に出る新書はないほど。
他にも新参ものでは「ベスト新書」「マイコミ新書」というのが私としてはお勧めである。読みつかれた時は「2ちゃんねる新書」というようなナンセンスもの(?)を読むといい。
新書は読みやすいこと、かつ安価で買えることで有名である。本書と「新書マップ」でもって興味のある新書を選んでamazonに行くのもよし、リアル書店に行って読み比べて買うのもよし、新書は読みさすさでもって大きな可能性を秘めている。

ルノーとウィリアムズ

さて昨日はルノーとウィリアムズが新車発表しました。

ルノー R29を発表

ルノーは前までスポンサーからかボディが青いことが多かった(とりわけ3年前まではマイルドセブンがスポンサーだった)ですが、昔から知っている人から見たら昔のルノーのボディに戻ったという人もいるでしょう。もともとルノーのマシンの色は黄色。原点回帰という感じもあります。

ラインナップは昨年と変わらずアロンソとネルシーニョ。昨年の後半はアロンソが2勝するなど大活躍でしたがその勢いはシーズンをまたいでも続くかというところです。

ウィリアムズ FW31を発表

続いてウィリアムズ。カラーリングは暫定であるのでまだカラーリングについては批評は避けておくとして、2009年モデルはほかのチームとは結構違って見えます。新車発表はルノーはそれなりにやったのに対しウィリアムズはテストドライバーのみが立ちあうという質素なものとなりました。世界恐慌がここにもという印象もありますが…果たして真相は。

さて次はBMW!!

民主党―野望と野合のメカニズム

民主党―野望と野合のメカニズム (新潮新書) 民主党―野望と野合のメカニズム (新潮新書)
伊藤 惇夫

新潮社  2008-11
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今年は衆議院解散総選挙が行われるが、その中で最も注目されるのが、民主党による政権交代であろう。早くも小沢代表の資質などの批判も絶えない。正直言って私も民主党は頼りない部分が色濃く出ているが、16年ぶりとなる政権交代がおこることを考えると民主党をいったん支持して政権交代をして政権を担当させてみたらいいのではと思う。それはさておき本書は1996年に民主党が結党した前後から今に至るまでの党の中枢と内情について事細かく書かれている。
Ⅰ.「野望と野合の10年――結成前夜から小沢時代まで」
民主党は自民、公明、社民などの幅広い政党から集まった党であるが、これだけ思想的に混在する政党は存在しない。もっとも自民党も派閥内、もしくは派閥外で意見が割れることが度々ある。そのことから意見が割れることにより、政党としての意見を進化することができる側面と党内がバラバラとなる側面が出てくる(後者のほうが色濃く出ているが)。著者によればこの10年を大きく分けると「旧・新・現」の3つに分かれるという。「旧」と言われるのは結成した96年9月から98年4月に民政党などの党が合流するまで。「新」はここから自由党が合流するまでのことをいう。今の民主党は小沢一郎中心にできていることは紛れもない事実であるがその色になり始めたのはごく最近になってからである。
Ⅱ.「なぜ代表がすぐクビになるのか――代表交代劇と人事抗争」
民主党ほど自民に匹敵するほどトップが変わる党はない。だが代表交代劇は96年から2004年に岡田克也が代表になるまでは菅直人か鳩山由紀夫が代表になるという体制だった(党結成当時は2人が共同で代表を務めた)。岡田克也が代表になっても衆議院総選挙で最初の敗北を引責に辞任、その後の前原はいわゆる「堀江メール問題」で永田博康議員を擁護したことによる引責で辞任(永田元議員は1月3日に飛び降り自殺をした)。その後は小沢代表体制となったがここ最近の代表選は無投票で代表選出されている。反小沢のグループもいるのだからせめて代表選でも盛り上げる気はないのかという考えさえ起る。
Ⅲ.「「5勝1敗2分」の通信簿――選挙」
章のタイトルの通り選挙の通信簿である。見るからにも高勝率ではあるがほとんどが自民党不振のおこぼれと言ってもいいかもしれない。それを言ってしまっては身も蓋もないので、ここでは民主党に肩を持つように書くが、こういった勝利の背景に与党の不振はある、その不振があるからでこそ民主党には政権をとってほしいという願いもあるのではと見ている。唯一の敗北は分かっている人も多いが、小泉旋風が最高潮に達した2005年の衆議院解散総選挙。通称「郵政選挙」の時である。このときも民主党は有利という見方が強かった。ところが蓋を開けてみたら
Ⅳ.「「寄り合い所帯」を解剖する――主要人物・グループ図鑑」
自民党には町村派(清和会)、古賀派(宏池会)、津島派(平成研)と言った派閥が存在する。民主党にも「グループ」という形で存在する。ここでは主要の3グループのみ取り上げる。
小沢グループ(一新会)
鳩山グループ(政権交代を実現する会)
菅グループ(国のかたち研究会)
Ⅰ.でも書いたとおり上記では右派が多いように思えるが実は社会党から民主党に移った人も多く右派と左派があたかも呉越同舟のように混在している。
Ⅴ.「バックにいるのは誰か――機構・地方組織・資金力」
バックにいるのは、機構で言えば大きなところで言えば自治労であろう。次いで立正佼成会と言ったところ。資金力では本書によると96%が税金で賄われているという。
Ⅵ.「あらためて理念と政策を検証する――公約・マニフェスト」
個人的に最も良かったマニフェストは小泉劇場で大敗した2005年のものである。理由は簡単で、これだけの政策を起こすにあたってのリスクまできちんと明記しているところにある。例えば社会保障を行うがその分を消費税3%上げるというものである。一般消費者であればまた搾取するのかと肝癪を起すだろう。だが、社会保障を行うにも当然資金が必要である。公共投資などの削減と言ったことは毎年のように行われており(圧力により行われていないところもあるが)、景気によるところが非常に多いので安定しないところもある。これを言ったら失礼をこうむるかもしれないが政策をやるにあたって何かを犠牲にしなくてはいけない。国民のために福祉をやるのであってもその跳ね返りが増税に来るのは至極当然である。そう言ったことを念頭に置かなければ国民の声によって国家が滅びるという事態になってしまいかねない。マニフェストは国民にどのようなことをするのかというのも大事だが、それ以上にそれをやるにあたってのリスクを明記しなければ、少なくとも私は納得できない。
本書は民主党のありとあらゆるところについて説明しているに過ぎない。だが民主党がどのような正当化ということについて政権交代が近い時期だからでこそ理解する必要がある。本書は民主党の基本的なところを理解するのにはもってこいの1冊である。
今年は衆議院解散総選挙がおこなわれる。政権交代は同時に「ねじれ」を断ち切る大きな機会と言えよう。

仕事はストーリーで動かそう

仕事はストーリーで動かそう 仕事はストーリーで動かそう
川上徹也

クロスメディア・パブリッシング(インプレス)  2008-11-12
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昨年のパーティーにおいて名刺交換をした方であり、右のリンクにも張った川上徹也氏の1冊が本書である。
タイトルに惚れたというのが本書を読む前の印象であった。中身を読んでもその期待を裏切ることなく「ストーリー」というのを一貫したものとなっている。ちなみに本書を上梓した時からすでに川上氏のストーリーは始まっており、それは現在でも続いている。本書は「3幕」構成となっている。劇構成というべきだろうか。
第1幕「なぜ、今、“仕事にストーリー”なのか?」
まず最初に出てきたのがこれである。
「ロジックやデータだけでは人は動かない(p.18より)」
「ロジック・データ至上主義」となっている。当然ロジックやデータを示すと説得力というのは格段に違うのは事実である。だがこれで人が動くのかというのは別の話である。ストーリーはロジックに比べて説得力はないが人は動くことができる。また解釈も多面的にできるというメリットもある。またストーリーは人は誰もが好きなものであり、たとえば日本人からしてみれば高校野球の筋書きのないドラマもまたストーリーである。ではストーリーを使うメリットとは一体何なのか。
・興味が持てる
・感情が動く
・記憶に残る
誰もがこういったことについて詳しく聞きたがる人も出てきており何より印象が強いため、記憶に残りやすいメリットがある。
・差別化できる
・共感できる
・感情移入できる
・イメージが共有できる
・口コミが広がる
・伝説になる
最後はさすがにそうなのかと疑いたくなるが、残りの8つのメリットは共感できる。最後にはストーリーの書き方も紹介されている。
第2幕「こんなストーリーが人の心をつかんだ!」
ここでは実例を紹介している。
まずはボルヴィック「1ℓ for 10ℓ」、パイク・プレイスの魚市場、松下幸之助の「水道哲学」…と紹介されているが、魚市場も水を使うことを考えたら全部「水」に関連しているのではと邪推する私。
第3幕「で、具体的にどうすればいいの?」
ストーリーをつくるには動かす相手が必要である。例えば上司や部下、取引先や消費者と言った人たちが挙げられるだろう。ストーリーを描くには自分がどのようなことを提供することによってお客様(得意先や消費者などがあるがここでは「お客様」に統一)に感銘を受け、共感し、乗り気にさせるにはどうすればいいのかというのが肝心であるという。
これを「ストーリーブランディング」についてどのようにしたらいいのかも取り上げられている。ブランディングに困った時には見ておいて損はない。
さて本書を上梓したこともストーリーであるが、このストーリーはまだ途中段階にある。右のリンクにあるとおり、本書が30万部売り上げるストーリーが進行中である。
この「ストーリー」が語り継がれる「伝説」となるよう私も祈っている。

仕事をしながら鍛えてみる方法

最近は仕事柄運動不足に悩んでいる。システムエンジニアの中でもデスクワーク中心なので、休憩中にはgoogleを利用してデスクワーク中にストレッチをしたり体を鍛えたりする方法を模索している。

デスクワークの合間を縫ってストレッチをやるくらい。あとは時間があれば終業後川崎の街をぶらぶらと歩いて、書店に立ち寄って、立ち読みというくらい。最後は運動でも何でもないのだが、運動不足に悩んでいる理由は、肥ったからではなく(もともと肥っているし、これから痩せようという気はさらさらない)、単に体を動かしながらデスクワークに励みたいというわけである。デスクワークをやると腕や頭だけつかれてあとは使っていないので疲れない。だが体を動かしているとある程度リフレッシュになるのでいいと私は考えている。なのでちょっとこれを読んでみようかと思う。

ただ本書をちょっと読んでみると、こう書かれていた。

「メタボな体型がダメ社員のアイコンになる?」

私も「ある意味」メタボなので内心びくびくしている。「ある意味」というのはちょっと前に体脂肪など多くの機能を備えた体重計で計ってみたら体脂肪率は18%しかなく、しかも「かた太り」と診断されたという理由からである。

だがダイエットは抜きにしても体は鍛えたいと思うので本書をちょっと実践してみようかなと画策中である。

太郎が恋をする頃までには…

「蔵前トラックⅡ」になって初めて小説の書評を行う(ただしノンフィクション作品を除く)。今年から月に一回以上は小説を書評するが前身のブログ以来となるのでうまくできるかはわからない。しかし自分が思った事をそのまま書くことがその第一歩と言えよう。
さて、最初に取り上げる作品は「太郎が恋をする頃までには…」である。この作品の著者はフジテレビのプロデューサーである栗原美和子氏だが、小説は大概はフィクションであることが多いが、本書は著者自身の体験をもとに書かれている(「私小説」とも言うべきか)。というのは著者の夫は猿まわし師の村崎太郎氏であり、被部落出身者である。結婚の話でも、著者の親らが心配、もしくは反対されたと言われており、今でもそのことについて心配していたそうである。
本書の内容とわずかに絡むが、ここで部落差別問題について簡単に解説する。部落差別問題というのは私の知っている限りでは在京キー局の番組ではあまり聞いたことがないだろう。というのは差別問題というのは抗議の電話やメールが来ることが非常に多く、また市民団体からの抗議も殺到しやすいためあまり触れたがらない内容であるからだ。部落差別問題をちょっと紐解いてみると江戸時代に扱われた「エタ」・「非人」がそれである(また「在日」という差別も、)。ちなみに「被部落」「未開放部落」というのは差別用語に近い存在であり、そうしないように「同和問題」という名でメディアでは流れている。
さてこの差別はいまも続いているかというと、確かに続いてはいるが深刻に差別が起きているわけではない。むしろ深刻な問題としてとらえるべきなのは「同和利権」や「エセ同和」があるという存在である。まだ差別は起きているがそれが深刻にとらえなければいけないという幻想にとらえさせ国や地方からカネや権力をもぎ取ろうとする輩がいるということは忘れてはならない。それと同時にこれらが作り出す差別、通称「逆差別」ということもある。差別をつくりそれを利用して詐取する。そう言ったことが横行すれば被害者感情にのまれ、逆差別に加担してしまう。ではこれに気づくにはどうすればいいのかという話になる。本やインターネットで「知る」という以外にないと思う。非部落出身者の今の話についても聞ける機会があれば聞いた方がいい。とにかく「知る」というのが大切である。

真空国会―福田「漂流政権」の深層

真空国会―福田「漂流政権」の深層 真空国会―福田「漂流政権」の深層
読売新聞政治部

新潮社  2008-04
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それは3年前の9月から始まった。
小泉劇場が終焉を迎えたこの年の秋に安倍晋三が第90代内閣総理大臣となった。小泉の後継者として多大な期待を寄せられての船出であり支持率は8割をゆうに超えた。しかしその歯車は瞬く間に崩れ、最終的には2割にまで落ち込んだ。翌年(2007年)の参院選では大敗してしまい総理にも責任問題が及んだが結局続投となった。参議院では与野党逆転の「ねじれ国会」となり法案もそう簡単に通らないほどとなってしまった。強く意気込んで改造内閣の船出をしたのだが、健康上の理由から9月に辞任した。そのあとは福田康夫が首相となったがこちらは私にとってはほとんど支持できない内容であった、というよりも理解に苦しむ内容であった。まず日中交流はほとんど媚びに走り、解散総選挙もどんどん先延ばしにされ、しまいには北海道洞爺湖サミットでは親の無念を晴らすためだけの場(父は福田赳夫で首相にまでなり、サミットも意欲的であったが参加できずに辞任したという過去がある)となってしまった。結局この首相も9月に辞任して、麻生太郎が首相となり現在にいたるということである。
本書は安倍政権から福田政権にかけての国会の現状を刻々と書かれたものである。ちなみに本書は昨年の4月に上梓されたものである。福田政権下の時であるため上の段落の後半の部分は当然書かれていない。
第1章「安倍政権の失速」
安倍政権失速の最大の原因は人選ミスであろう。「お友達内閣」と譬えられたほどである。このときには次々と閣僚の事務所費問題が明らかとなった。ちなみにこのときの幹事長は中川秀直であったが、安倍首相はもともと麻生太郎を幹事長に抜擢させたかったのだという。その無念は改造内閣で晴らしたが、胃の病気で辞任に追い込まれるのは何とも皮肉である。閣僚の人選は万全かに思われたが、野党の事務所費問題への追及が連日のように報道されるや否や5人の閣僚を交代することとなってしまった。とりわけ大きなダメージだったのが松岡利勝元農水相の自殺であろう。また安倍氏自身の根幹であった考えとは裏腹に公明党との関係や、日中融和など積極的に押し出す場面が見られた。また郵政造反組の自民党復党問題も安倍政権のもろさ、安倍氏のお人好しさを露呈することとなってしまった。ただ後者のことに関してはある人を除いては批判されるべきであったと私は考える。「ある人」とは平沼赳夫である。当時から無所属でありながら安倍の心情を理解しており安倍氏にとっても平沼氏は兄貴分の存在であった。政治に関する精神的支柱がほしかった安倍氏にとって平沼氏の復党は、切実な願いであったのかもしれない。
第2章「参院選ショック」
参院選は自民が負けるというのは火を見るより明らかであったが、これほどまで大敗したというのは予想できなかった。この原因は安倍首相にあったのかというと確かにあるだろう。だがこの責任をとって辞任をして、一体だれが後継できるのか、民主も勝ったとはいえ自民の不手際のおこぼれをもらっただけであり今回の総選挙後に政権交代する可能性はあるが、民主党に政権担当能力があるのかというと強い疑問を持つ。だが議会制民主主義を行っている日本において政権交代があまり行われていない。いったん政権に任せてみて信頼できなかったら自民党に戻せばいいという話である。いったん民主党に政権を任せてみてはどうかと私は思う。
第3章「福田政権の誕生」
話を戻す。改造内閣発足後わずか1カ月足らずで安倍政権が崩壊した。健康上の理由であった。その後引き継いだのが福田康夫であったが安倍氏以上に頼りなかった、というよりものらりくらりとしていて大きな決断をできないという印象の方が強かった。結局中国との機嫌を窺うという印象でしかなかったと私は感じている。
第4章「ねじれ国会の迷走」
昨年の参院選以降ずっと「ねじれ国会」が起こっている。これの影響というとイラク特措法改正がずれ込んだことや、日銀の後任人事で異例の空席になり世界的な非難を浴び、揮発油税の暫定税率の期限が切れ4月に大幅に値下がったが翌月に戻ったことがあった。民主党は民主党で政権取るために与党に攻勢を仕掛ける。だが大連立構想による小沢代表の辞任未遂(?)ということが起こり、民主党の弱さを露呈したこともあった。
第5章「衆院戦前夜」
本書が上梓されたのは昨年4月。前述のように揮発油税の暫定税率問題で揺れていた時期である。このとき私の知っている限りでは暫定税率のことで解散総選挙になるだろうというのが大方の見方であった。しかし解散せず今度は洞爺湖サミット後に解散するだろうとされていたがここでも解散しなかった。今度は福田政権が崩壊し、麻生政権での冒頭解散が予想されたがここでも見送られた。あれよあれよという間に2009年となり今度は3〜4月に解散するのではという声も出てきた。しかしこれが見送られれば公明党の関係上、任期満了による解散総選挙になる。ここで「公明党の関係上」というのが出てきたがなぜかというと、今年の7月に東京都の都議会議員選挙がおこなわれるが公明党はその時期にはどうしても解散総選挙に力を入れられないという事情がある。東京都の都議会議員の数によって公明党の将来が大きくかかわるというのである。と考えるとこのままの様相では三木内閣以来となる。有権者にとってはいよいよ国の将来にかかわる総選挙だと期待しているのにもかかわらず、もどかしさだけが独り歩きしているような感じがしてならない。
麻生政権になっても「定額給付金」問題などで大きく空転しているように思える。本書のタイトルである「真空国会」は福田政権から麻生政権になった今でも続いている。「真空」から脱し、実りのある「国会」になるのはいつになるのだろうか。

グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略

グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略 (Harvard Business School Press) グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略 (Harvard Business School Press)
シャーリーン・リー ジョシュ・バーノフ 伊東 奈美子

翔泳社  2008-11-18
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ハーバード・ビジネスの本はいくつか紹介してきたが、本書はブログなどのソーシャルテクノロジーを使っての企業戦略について書かれている。ブログ戦略に関してはこう言った本もこのような本もあるのだが、本書は前述のようにハーバード・ビジネスであるので企業視点の戦略であるので、当ブログのような個人ブログでは関係ないのではないかと思うかもしれないがもしかしたら当ブログにも関連するところがあるのではないかと思い本書を手に取った。
第一部「グランズウェルを理解する」
本書では目が痛くなるほど「グランズウェル」という用語が出てくる。ではこの「グランズウェル」について用語を解説しよう。
「グランズウェルとは社会動向であり、人々がテクノロジーを使って、自分が必要としているものを企業などの伝統的組織ではなく、お互いから調達するようになっていることを指す(p.13より)」
つまり「グランズウェル」は社会が動かしているものであり、自分一人では動かすことができない。これをサーフィンのようにどのようにして載るのかというのが本書の狙いであろう。「大きなうねり」と言っているくらいだから。このグランズウェルをどうやってとらえるのか。本書ではソーシャルテクノロジーと言われていることからブログやSNS、ウィキペディアやRSSなどと言ったものが挙げられる。
第二部「グランズウェルを活用する」
さてこの「グランズウェル」をどのようにとらえ、どのようにして活用していくのかに入ってくる。ここでしきりに出てくるのは「話をする」「聞く」と言ったことである。パソコンを介しているからそうのはないのではないかと思うかもしれないが、ブログにおいても投稿したりコメントしたりと「会話している」。企業も広告媒体としてブログを用いることができ、新刊を持っている人にとっては私の本がこのブログで取り上げられましたというようなことだってできる。
第三部「グランズウェルで変革を促す」
ここではグランズウェルで成功した企業を中心に書かれているが失敗例も書かれている。ほとんどの本では成功例ばかり取り上げられているがこういった失敗例というものも教訓として見ておいたほうがいい。最後には「グランズウェル的思考」が取り上げられていたのでここで紹介する(pp.329-331より)。
1.「グランズウェルでは、すべてが「人対人」であることを忘れない」
2.「良い聞き手になる」
3.「辛抱強くあれ」
4.「好機を待つ」
5.「柔軟であれ」
6.「協力する」
7.「謙虚であれ」
ブログに限らずこういったことはほとんど「当たり前」のことである。だがこれに気づいている人(もしくはブロガー)は少ない。こういったことを根底に本書で書かれていることを実践するのもよし、私のように独自の考えで運営するのもよしである。ブログは無限の可能性を秘めている。その力をどのように動かし、最後には自分が何をしていきたいのかというベクトルに持っていく。そして最後は3.に似ているのだが「続けること」が大事になってくる。
最後に余談であるが私がいつも愛読しているブログにsmoothさんの「マインドマップ的読書感想文」があるが、この記事において、Z会の寺西氏
「ウェブをやっている人なら常識な本」と言っていた。
常識であったのなら、私ももう1回読んだ方がいいかもしれない。まだまだつかみきれていないところがあるはずだから。

トヨタとマクラーレン

フェラーリに続いて、一昨日はトヨタが、昨日はマクラーレンが新車を発表しました。

トヨタ TF109を発表

フェラーリもさることながら、見た目はこちらも思ったより悪くなかったです。

トヨタのラインナップはヤルノ・トゥルーリとティモ・グロック

8シーズン目となりますが、世界同時不況によりトヨタは久しぶりの赤字で、F1にも少なからずダメージを受けている模様です。しかも8シーズンでこれだけ投資しているのにもかかわらず1勝もしていない。ドライバーで言うとトゥルーリはもう1勝したいところ。グロックはGP2王者の意地、と昨年のブラジルGPの失策のことを考えると1勝はここで生き残るには必須条件と言えるでしょう。

続いて、マクラーレン。

マクラーレン MP4ー24を発表

こちらはちょっとシャープなイメージでした。上記の記事では横しかわからないのでこっちを見たほうがわかりやすいかと。

あくまで私の予想ですが、チャンピオンのハミルトンはこの年から崩れ始めるでしょう。表彰台は取れても優勝できるかどうか…といったところ。1年目に4勝して、2年目にチャンピオン。確かジャック・ビルヌーヴもチャンピオンをとった翌年からずっと優勝から遠ざかってしまったという例があります。もう一つの証拠としてモントーヤもそうでしょう。1年目ではミハエルをオーバーテイク、さらにフェラーリの地元で初優勝を飾ったが、コンスタントに優勝しててもチャンピオンには届かないといったことがありました。

コバライネンはハミルトンにギャフンと言わせるチャンスになりそうですが…状況次第といったところでしょう。

さて次は、ウィリアムズとルノー。

ジャーナリズム崩壊

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書) ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)
上杉 隆

幻冬舎  2008-07
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今でも新聞やTVニュースを見ない人は少ないと言われるほどであるが、今の日本のジャーナリズムは目に見えて危機的状況に陥っている。しかし本書にかかれているようなことは昔からずっと起こっているようであるが、インターネットの普及により情報の双方向化ということになれば日本のジャーナリズムは変革を行わなくてはならない状況になる。そのため本書のように悪い意味で「ガラパゴス化」している日本のジャーナリズムを糾弾する本が増えていけばと思っている。
第一章「日本にジャーナリズムは存在するか」
著者が言うに、
「日本に『ジャーナリズム』はある。ただしそれは日本独自のものであり、海外から見ればジャーナリズムとは言えない(p.19より)」としている。
日本のジャーナリズムと海外のジャーナリズムの違いについてここで知りたくなってきたが、これも本章で紹介している。まず海外のジャーナリズムは間違いなく一般的な意味での「ジャーナリズム」と言える。記者自身が自分の記事で勝負を行い、悪い記事であったら赤書きでもっと検証しろとかと言うことを言われる。いい記事であれば褒められるというような形であり、どんなにベテランでも地位の保証は無い。それに引き換え日本では、記事のネタ元や供給源を独占的にとっており、さらに記事の検証を行うにも権力の圧力により封殺、もしくは歪曲されると言うことがしばしばあるという。コラムニストの勝谷誠彦氏があるTV番組で在京キー局や全国紙などメディアの状況について、
「もう平壌ですよ!東京は!!」と発言したことを思い出す。まさに日本のジャーナリズムの現状はこのひと言で表せるだろう。
第二章「お笑い記者クラブ」
コラムニストの勝谷誠彦氏が利権談合共産主義の最たる象徴として記者クラブを挙げている。私もいくつかの本で記者クラブの現状について取り上げてきたが目を覆いたくなるほどあきれ返るようなシステムである。そもそも記者クラブの歴史は明治初期にさかのぼっているためこれをどのように変革するかと考えるとちょっとやそっとでは難しい。
第三章「ジャーナリストの誇りと責任」
ジャーナリストとは一体何なのかと言う考えに移る。海外のブロガーと日本のブロガーと比較は同じように海外のジャーナリズムにおいては実名で責任を持って公表をすることが絶対原則としてある。一方の日本では朝日新聞夕刊の「素粒子」のように匿名で幅を利かせたような報道を行っている。これは海外と日本の体質の差というところまで発展していかないと見えないところかもしれない。
第四章「記者クラブとは何か」
第二章でも書いたが日本の記者クラブの歴史は結構長く、明治時代に誕生したものである。戦前の言論統制やGHQによる検閲と言った変遷もあったのだが今のような体質になったのは上杉氏の見解では1978年、ちょうど「角福戦争」の時であろう。記者クラブの見解を変更したときからであり、取材全般にまで言及してきているところできな臭くなり始めたのだと言う。
記者クラブはまさに言論統制の陥穽の場とも言えるようになったのだが、東京都庁での「火曜日記者会見」がその最たる例と言えよう。
第五章「健全なジャーナリズムとは」
健全なジャーナリズムとは一体何なのかと言うのはいささか疑問が残ってしまう。だが以下のことを挙げてみたら明快に思える。
・実名を用いて記事に責任を持つ
・誤報だと分かった時点で、検証を行い逐一新聞で公開をする。
アメリカなどの海外の新聞では国々の差はあれど大概行っていると言う。日本でも検証報道と言うのは行っているものの、これは名ばかりで、結局自分に非が無いと言う主張を突き通すという、きわめて欺瞞に満ちた報道になっていると上杉氏は指摘している。昔であれば告発と言う媒体は限られてきたので、こういったことを突き通せれば突き通すことができた。しかしインターネットが急速に普及してきた今、双方向でありピンキリはあるものの信憑性のある報道も行われていることによって、嘘と言う化けの皮はいとも簡単にはがれてしまうようになった。それでも日本の主要メディアはそれを認めない、むしろ批判しまくっている。
健全なジャーナリズムになっていくためには上杉氏は記者クラブの開放を行うべきとしている。そのために内閣記者会にそういった提案を行っているが、私たちにもできることがあるのではないかと思う。それは上杉氏の手助けとしてこれまでの報道の欺瞞をインターネットと言う媒介で暴くことにある。今では2ちゃんねるなどで行われているが、そればかりでは信憑性が薄い。今では「PJニュース」というようなところでどんどん暴いていき、記者クラブの開放をやりやすくすることもそういった手段のひとつと言えるのではないかと私は思う。

ウィキペディア革命―そこで何が起きているのか?

ウィキペディア革命―そこで何が起きているのか? ウィキペディア革命―そこで何が起きているのか?
ピエール アスリーヌ フロランス オクリ ベアトリス ロマン=アマ デルフィーヌ スーラ ピエール グルデン Pierre Assouline

岩波書店  2008-07-25
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「web2.0」の代表的なものの一つとされている「wikipedia」。私も参考源としているツールである。オンラインでみることができ、無料であり、何よりも百科事典特有の「辞書を引く」労力を省いてくれる格好のツールである。
序「情報ソースに何が起きているのか」
第1章「動揺する教育現場」
しかし、ウィキペディアの発展により大きな弊害をもたらしたのは言うまでもない。とりわけ大学生のレポート作業に、である。レポートを作成するには多くの文献と出会い、参考にしつつ、自分の意見や答え(結論)を導いていかなければならない。しかしウィキペディアは、そういった「調べる力」を奪ってしまったという。ウィキペディアの情報によってすべてがかなってしまう。何が起こるかというとウィキペディアの記事をそのままコピペ(コピー&ペースト)を行うことができる。そのことが横行してしまうことによってレポートや試験が似たり寄ったりの答えや内容になってしまう。そのことを危惧してか学者や論者が「ウィキペディア」を批判することも少なくない。友人の大学の話であるが、レポート課題の時に参考として「ウィキペディア」を使うことを一切禁じたほどである。
第2章「判定の判断―ネイチャー誌調査の真実」
科学雑誌の権威である「ネイチャー」が2005年12月に調査を行い、「世界的に有名な百科事典「ブリタニカ」と同じくらい価値のある情報源である(p.26より)」と結論付けた。著者はこのお墨付きにもかみついている。調査方法などについて疑問を呈しているようだが、ブリタニカは果たして信頼できるのかという疑問を呈した記事をつけて、それで疑いないとお墨付きをもらい、ウィキペディアも同様のことを得られたら信頼できるのかというと必ず言ってもいいほど解決はしないだろう。疑いがなくなるというよりも嫉妬心が無くならない限りこういったことは解決できないのだから。
第3章「ウィキペディアの裏側」
第4章「間違い、改ざん、虚偽」
ウィキペディアを批判するもう一つの理由として「記事の信憑性」というのがある。ウィキペディアはアカウントさえあれば誰でも書き込みや編集ができる。その弊害からか特定の人物・項目の誹謗・中傷・罵詈雑言が横行する。今では管理人がそういったものを取り合いまったり、信憑性の向上や罵詈雑言をなくすために「ノート」という項目を設けたり、「保護」をかけるようになった。これが功を奏しているのかというと奏していることも有れば奏していないところもある。簡単にいえばわからないというのが現状であろう。だがやらなくてもよかったわけではないというのは確かな話である。
第5章「百科事典の興亡」
ウィキペディアは今となっては代表的なサイトの一つとして挙げられるが、そもそも百科事典の在り方そのものを覆すようなものができたのである。ではなぜできたのだろうかというと、パソコンやインターネットの誕生からさかのぼっていくと戦争などの混沌の状況下から出てきたものである。ウィキペディアができた前後というとイラク戦争であるが、これによって誕生したのかというのは私は分からない。
第6章「ウィキペディアの先駆者」
第7章「ウィキペディアの賢い利用法」
ウィキペディアを使うにあたって本章で2つのタイプに分けている(p.101より)。
・すぐに利用できる情報を検索し増大する情報量を確認する方法
・情報を集め、個人的な考察をくみ上げる方法
というのがある。私としては後者の方をお勧めする、というのは百科事典であれどウィキペディアは「完全な百科事典ではない」のだから。記事ごとに信憑性がピンからキリまで存在する。そのためウィキペディアで調べたことを出発点として情報を集めて個人的に考察を行ったほうがウィキペディアを2倍も3倍も活用できるのではないかと私は思う。
解説「ウィキペディアと日本社会」
ここではウィキペディアと日本社会について訳者が解説しているところである。気になるのがこの解説のページ数自体、1章ごとの平均ページ数を上回っている。もしかすると解説のほうが多いのではないかといういかにも本末転倒な1冊になりかねない。ただ日本の身でスポットをあてると看過できないものが一つある。2007年8月に首相官邸や文部科学省、宮内庁からのIPアドレスから編集されていたというニュースがあった(p.122より)。当公官庁のみならずゲーム作品も編集していたという。日本だけかと思ったらアメリカでもCIAなどの機関で編集されていたことが明らかとなっている。こういった公官庁からの編集をどのように防止すべきかということは日本社会のみならずウィキペディアとしての課題の一つと言える。これは日本に限ったことではなかったが、こちらももしかしたらそうかもしれない、特定の芸能人や項目に関して個人的なプライバシーに抵触するようなこと、あるいはエピソードが過剰に書かれていたりする記事が目につく。これもまた前述のような課題の一つであろう。
「ウィキペディアは完全ではない」インターネット上でやっており、アカウントがあれば大概誰でも編集が可能なツールである。そうであるが故に前述のような課題や弊害が生じることが現状と言えよう。解決の道は並大抵のものではない。

3時間で「専門家」になる私の方法

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佐々木 俊尚

PHP研究所  2007-09-11
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インターネットは急速に進化しており、ウィキペディアなど参考となる文献が段々と増えてきた。情報収集でもインターネットというのは重要なツールの一つとなりつつある。その反面インターネットしか調べていないという杜撰な方法で行われることも多くなった。本書はインターネットを利用した情報収集の方法を佐々木氏独自の手法で紹介している。
第1章「激変した「情報をめぐる環境」」
ここではインターネットを中心とした情報の環境の変化について書かれている。
第2章「新聞記者は無意識に「マトリックス」を描く」
本書の中心となる方法の一つとして「マトリックス」が取り上げられている。このマトリックスは横軸は必要な要素について、縦軸は取材対象についてを表にまとめる方法である。この要素についてどこで調べるのかというのをわかりやすくまとめる。それの事例として佐々木氏が取り上げた「中華航空機墜落事故」の特ダネ記事の取材の体験について書かれているところがわかりやすい。
第3章「クオリアを身につけよう」
脳科学者の茂木健一郎氏が「クオリア日記」というブログを持っているほど「クオリア」という言葉にこだわっている。ではこの「クオリア」というのは一体何なのか。本書ではこう書かれている。
「簡単にいえば、人間の経験のうちで、最後まで数値化できない感覚のことです。(p.64より)」
ちなみに「クオリア日記」によると「感覚質」とされている。つまり「クオリア=感覚」と言われても差支えないだろう。
ではこの「クオリア」はどう使うのか、そしてどのように身につけたらいいのだろうか。「クオリア」の使い道は自分の専門外の分野を感覚的に身につけることにあり、それは
新聞や雑誌→一般のウェブサイト→ブログ→ネットカキコミ(pp.68-69より)
と言った順から調べていくと言いという。
第4章「実践・3時間で専門家になる PART1」
第5章「実践・3時間で専門家になる PART2」
さてここから実践編である。前章までの技法などを駆使してどのように専門家になったらいいのかということについて書かれている。情報を取り入れるためには検索エンジンを使う必要はあるがでは一体どうすればいいのか、正しい方法についても言及している。特に陥りやすいのは特定のテーマからスタートしていくと当然枝葉のように事柄が広がっていく。自分が調べたい範囲から広がらなければいいが、そこから外れることが多々あることが欠点である。そうならないためには興味の対象をあまり広げず、キーワードを深く調べていくことによって、深い知見を得ることができる。要は知的な「浮気」はしないことだ。
第6章「ニューロン型情報収集のノウハウ」
第7章「セレンディピティを実現する」
「セレンディビティ」とは一体何なのか。本章を調べてみると、
「偶然をとらえて幸運に変えてしまう能力(p.189より)」
偶然をとらえるには、「web2.0」が格好のツールとなる。キーワード検索によってブログの記事やタグ検索、RSSなどと言ったものによって貴重な情報源になる。また時事に関して調べる時もこのセレンディビティを使えば新聞やテレビでは取り上げられなかった情報を得ることができる。
「3時間で専門家になる」というのはちょっと言いすぎかなというのが本書を読む前の印象であったが、インターネットの発展によりそれが言いすぎと言えない状況になっている。だが、インターネットはあくまで(強力な)ツールである。インターネットを利用しつつもその情報を時には取り入れ、ときには疑いながら他の情報に目をやることが大切である。疑いながらその情報を調べていくことこそ、考える出発点である。

聴き上手

聴き上手 (PHP新書) 聴き上手 (PHP新書)
永崎 一則

PHP研究所  2008-02-14
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コミュニケーションにおいて「聞き上手」と言うのは重要なことである。では話を正確に聞き取ればそれでいいのかと言うと、「聞き上手」と言うのは甘くはない。「きく」と言うのは漢字に変換するだけでも「聞く」「聴く」「訊く」「利く」「効く」とある。
本書では今変換した「きく」と言う漢字の中から前者3つのことについて書かれている。ただ前者3つを応用して「利く(気が利く)」と言うことも可能であるのでこういう力は社会一般でも非常に大事なウェイトをしめるだろう。
第一章「私たちにとって聴くとはどんなことか」
本書では日常的な「きき方」について全部で6つに分けられている(pp.18〜19より)。
①聞こえてくる
②聞かされている
③聴こうとする
④聴きとる
⑤聴き分ける
⑥訊き出す
全部「聞く」に統一していないところが本書の鍵になる。①,②の「聞く」は本当に耳で聞いただけで自分の気持ちとは裏腹に聞こえてくる、聞かされているということになる。「聴く」は自分から聞きたいという能動的な意味合いとなる。積極的にヒトの意見を「聴く」と言うのがこの③〜⑤にあたる。最後は、「聴き取った」ものからさらに掘り下げて「ききたい」というときに「訊き出す」、つまり掘り下げられるように質問するというのが必要になる。ここまでくると「質問力」も「コミュニケーション能力」の一つと言えるかもしれない。
第二章「聴くことは多くのメリットをもたらす」
「話し上手」は「聴き上手」と言われる。話を「聴く」ことによってどのようなメリットをもたらすのかと言うのを本章でかかれている。勉強になるばかりではなく、追体験、仲間との調和…と言うような効果をもたらすところを考えるとこの「聴く」ことを学ぶ技術は学ばないわけにはいかない。
第三章「あなたをひとまわり大きくする」
ここも「聴く力」の良さについて書かれている。正しいコミュニケーションを行うことによって話を脱線・聞き違いによって生じるタイムロスを防いでくれる。さらに自分が気付かなかったところも気付けるというのがある。
第四章「話しやすい聴き手になる心がまえ」
「聴き上手」のテクニックをいくら教えるにもまず心構えが大事である。とにかく心から「聴く」、意識を集中して「聴く」と言うのが無ければ何者にもならない。
第五章「聴き上手になるためのテクニック」
ここでようやくテクニックの話に入る。相手との向かう位置から、相槌の打ち方など結構言葉の使い方と言う気遣いもやらなければとも思ったところであった。
第六章「なぜ聴き違えが起こるのか」
「聴き違え」は私の中でもかなりある。もちろんコミュニケーションの中で直しておきたいところだが、いまいち原因を特定できないでいた。しかし本書を読んでそれを特定することができた。私がコミュニケーション不足となった、コミュニケーションの向上の障害となったのは、
「慢性拒否症」
と言うものだった。そうなったものの理由として討論番組の見過ぎであったり、当ブログでの書評において批判的に取り扱ったりするなどがあった。それが癖になってしまってこういったことになったのだろう。この性格を改めることを今年の目標にしよう。いろいろと迷惑になりそうだ。
第七章「真意をつかむ聴き方をしよう」
相手の真意はメモをとることとされているが、私自身はコミュニケーション能力向上のためにメモをとることを日課にしている。自分の与えられた仕事、言われたこと、学んだことを全てメモにしてノートに写している。そのことによって度忘れを防いだり、繰り返し聴かれることが無いようにすることを自分でやろうと思ったからだ(やり始めたのはほとんど思いつきだが)。
真意をつかむ聴き方であるが、よく大臣や企業の幹部の失言をメディアは取り上げる。しかしその前後の発言を見てみると完全に正論である発言がほとんどである。メディアこそ「聴く力」を身につけるべきではと思ったが、いかんせん面白がることや官僚体質を抜け出せなければ意味が無い。
第八章「訊き出すための努力」
「コミュニケーション力」の中でももっとも難しく、それを見につければ敵なしと言うようなものが「訊く力」、すなわち「質問力」であろう。相手に気持ちよく話してもらえるのが「聴く力」とするならば、その話をもっと深く話してくれることが「訊く力」である。
第九章「訊くときに気をつけたい質問法」
「訊く」にも当然気をつけることがあるが本章ではそういった質問法について説明している。質問は時と場合、そして話して欲しい内容を間違えると後で取り返しのつかないことになってしまう。
話をうまくするためのコミュニケーション術はあれど「聞く」と言うことを徹したコミュニケーション術は珍しい。コミュニケーションで口ばかりがうまくとも、相手の歩調を合わせるために人の話を聞くことが大事であり、よく先輩方や親からそういうことを口酸っぱく言われているのにもかかわらず出来ていない人が多い。そういうことを考えると、こういった「聞く技術」を身につける本はこれから増えていくべきではないかと思う。

理系のための恋愛論 理系脳 v.s. 女子脳

理系のための恋愛論 理系脳 v.s. 女子脳 (マイコミ新書) 理系のための恋愛論 理系脳 v.s. 女子脳 (マイコミ新書)
酒井 冬雪

毎日コミュニケーションズ  2008-08-30
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先日の読書会で取り上げた1冊。
本書の帯紙からもすでにノックアウトと言ってもいいかもしれない。何が書かれているかというと
「すべての男子は「理系」である」
真面目で流行に乗るのが下手で、ちょっとオタクであるというのが著者の言う「理系」であるという。これだけでもちょっとわからないので中身を見てみよう。
第1章「男子が女の子をいつまでたっても理解できない理由」
よく「女ってわからない」って言われるが果たしてそうなのかと疑ってしまう自分。しかし本書ではそういったことを前提にして出発することが大事としている。「女ってわからない」という理由の一つは本書でも書かれている(p.35より)。
男→人の悪口言う人、なぜか自信満々で態度が偉そうな人
女→いつも堂々巡りの同じ愚痴をいう人、自分の意見をはっきりと言わない人
これは男・女の「地雷」というものである。「地雷」は簡単にいえばタブーとしていることであり、これをやってしまうと怒らせたり口を利いてもらえなかったりするという恐ろしいものである。
また女性は第一印象にこだわるというのでそれをよくするための方法も書かれていたが…ごく当たり前なことなのでここでは割愛。コラムでは男性の「ストライクゾーン」が狭いわけについて書かれている。もし該当する人があったら読んだ方がいいかもしれない。
第2章「恋愛が苦手な自分を見つめる・変えてみる」
「彼女いない歴=年齢」という人も私の友人の中に入る。私はそこまで長くはないが、恋人を長い間もったことはない。でもわたしは彼女を持つことよりもやりたいことがたくさんあるので不自由はしないが。さてここではなぜ自分が持てないのかというのを見つめる所である。そういった人は自分の容姿のせいにしたり、「最近の女は…」と責任転嫁する。しかし著者に言わせれば私の理由も含めて変なプライドを持っていると断じている。持てる、もしくは彼女を持つ入口の一つとしてそのプライドを捨て行動を起こすことが第一だという。
第3章「サカイ流恋愛アプローチ基礎論」
恋愛アプローチについてここで伝授していると言いたいところだがここでは特徴は判別の仕方について挙げている。ただ見ておいて損はない。女性がどのような行動をしたらこういったことなのか、男性だったらこうかというのがわかる。
第4章「「いい恋愛」を続けるために」
本章の最初のところには
「甘える男子と不満いっぱいの女の子たち」と書かれている。これについてちょっと思い当たる節があった。ある番組で、「男はみんなマザコンだ」という発言である。昔は「亭主関白」というようなことが常識としてあったのだが最近では女性の立場が強くなり、むしろ「カカア天下」や「恐妻」、最近では「鬼嫁」という言葉をよく聞く。また女性は非常に直感が鋭く、何をするにしてもお見通しというようなこともある。例えば浮気とかがそうだろう。この章の最後には失恋の立ち直り方まで書かれている。
恋愛というのは難しい…と言いたいところだが、私はそれほど恋愛経験がないのでわからない。だが男性から見れば「女心」、女性から見れば「男心」は分からない。本書はそう言った架け橋の一つとして挙げられる一冊であろう。

F60と今シーズンのエントリーリスト

今年もそうこうしているうちに新車発表会の時期に入ってきまして、さらにエントリーリストも発表され、新シーズンに向かってスパートをかけてきたところです。

さてまずは一番最初の新車発表会になるのかな、フェラーリの新車発表会です。

フェラーリ 2009年用マシン「F60」を発表

見た目からして、ひどい形になるのではという噂はちらほらあったものの思ったよりもよかったです。ほかのチームはどうなっているのかも楽しみになってきました。

ちなみに「F60」と言われているが、「F2009」と思ったら、何と今年フェラーリがF1参戦60周年を記念してこの名になったそうです。

さて今度はエントリーリストですがこうなったそうです(GPUpdate.netより)。

マクラーレン・メルセデス
1 ルイス・ハミルトン
2 ヘイッキ・コヴァライネン

フェラーリ
3 キミ・ライコネン
4 フェリペ・マッサ

BMWザウバー
5 ロベルト・クビサ
6 ニック・ハイドフェルド

ルノー
7 フェルナンド・アロンソ
8 ネルソン・ピケ

トヨタ
9 ヤルノ・トゥルーリ
10 ティモ・グロック

STRフェラーリ
11 セバスチャン・ブエミ
12 TBA

レッドブル・ルノー
14 マーク・ウェーバー
15 セバスチャン・ヴェッテル

ウィリアムズ・トヨタ
16 ニコ・ロズベルグ
17 中嶋一貴

ホンダ
18 TBA
19 TBA

フォースインディア・メルセデス
20 エイドリアン・スーティル
21 ジャンカルロ・フィジケラ

※ホンダは2008年12月5日にF1からの撤退を表明したが、ホンダレーシングチームは2009年のF1ワールドチャンピオンシップのエントリーから外れていない。

こんなラインナップとなりましたが、トロロッソは先にブエミが決まったそうです。残った椅子を、ブルデーや琢磨らが狙っていますがさて結末はいかに。ホンダもエントリーから外れていないようですが、買い手がつかなければ外れる可能性もあるのでこれもまだ何とも言えない状況。

フェラーリはマッサが3、ライコネンが4になると思っていましたが違ったようですね。チャンピオンを取ったか取っていないかの違いでこうなったのでしょうか。

ともあれ3月29日の開幕戦まで目が離せなくなりました。

おかみさん

おかみさん (文春新書) おかみさん (文春新書)
海老名 香葉子

文藝春秋  2008-12
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先日の読書会で取り上げた1冊。
時に「昭和の爆笑王」と言われた初代林家三平の妻として、時に林家一門を支えた経営者として、時に九代目林家正蔵や二代目林家三平たちの母親として、時に戦災孤児の体験者として、一門や家族を支え続けた海老名香葉子氏の自伝である。
第一章「「妻」として」
林家三平の妻となったのは1952年のことである。しかし当時の三平は浮気や朝帰りが絶えず、破天荒生活の代名詞でもある「飲む・打つ・買う」を地で行くような存在であった。三平が朝帰りする度に、物を投げつけたりしたという。三平は家にお金を入れなかったことや著者一人で子育てをしていた苦労についてここで書かれている。
第二章「「おかみさん」になるまで」
おかみさんとなったのはこん平が弟子入りになってからのことである。この章ではそれぞれの弟子のエピソードについて書かれている。
第三章「孤児だった」
よく終戦記念日前後に著者が番組に出演して戦災孤児の話、戦争の話について語る。著者は東京大空襲により家族6人を失った。身寄りのなくなった著者は三代目三遊亭金馬に引き取られるまで親戚をたらい回しにされたという話まで書かれている。今生きている私にとっては到底考えられない話であったが、戦後間もない時まではそういった人がちらほらいたほどであり、寄席芸人の大御所としても知られる玉川スミは14歳までに13回親が変わったという逸話まである。
第四章「林家一門」
本書で一番強調されている部分だと思ったところである。
林家一門のおかみさんとして長年支えてきた。三平の死後、唯一の真打であったこん平が一門の師匠として、総領弟子として支えていくことになったのだが当時の教会の幹部でもそう言ったことに反対の人が多く、一門を解散し別の師匠の当ても模索していたほどであった。だがその意見もはねのけ三平一門はこん平を師匠となって一門を支えた。そうなった後の噺家たちや協会関係者からの冷たい風にさらされながらも必死で支え続けたこん平の強さを垣間見るところであった。
余談であるがこん平は一番弟子ではなく珍平という兄弟子がいたのだが俳優に転身したことにより総領弟子になった。
第五章「「母」として」
ここでは家族のことについて書かれている。もっぱら書かれているのは長男の九代目正蔵、二代目三平のことが中心であり、昨年話題となった泰葉についてはさらりと書かれているだけなのでそれ関連で知りたい人にはお勧めできない。
本来であれば「二代目林家三平」と書くのは時期尚早であり、「林家いっ平」と記述するべきだった。だが今年の春には「三平」を襲名することが正式に決まり、大名跡に負けないようファンの立場から頑張ってほしいというエールからこういった記述にした。三平一門の結束の強さ、そして総領弟子として必死に「三平一門」を守ってきたこん平が最も印象的だった一冊であった。

コンチネンタル朝食会 DE めざまし読書会HYPER

昨日、後藤たくひろさんかずさん共催の朝食読書会に参加いたしました。
私は大概休日と言えば朝は結構遅く起きるタイプなので、こう言った朝に行われるイベントに出て意識改革してみようと…と言いたい所ですが、実は朝にこういったイベントを参加することによってボーっと過ごしているのがもったいないということ、それと何人かの書評ブロガーがやっていたのでこう言った朝読書というのに興味を持ったことがきっかけでした。

今回は有楽町・帝国ホテルでした。東京のホテルにはあこがれがありますが、帝国ホテルと言えばホテル御三家の一つとして有名なホテルです。

さてこの朝食読書会の中身に入っていきましょう。
今回は2冊
1冊目「おかみさん」

林家三平の妻であり林家一門のおかみさんとして、さらに戦争孤児となった体験を語る人として有名な人が書かれた1冊です。
もともとそう言ったことについては得意だったためプレゼンはすんなりいくかなと思いましたが、しかし思ったよりもできなかったなと。

2冊目はこれ。

昨日、書店で面白いと思って買ったものです。すべての男子は「理系」とバッサリと切り、さらにそう言った男たちの行動について、そのうえで酒井氏の恋愛のやり方について…男の恋愛の傾向と指南をみっちり書いた1冊です。
本来は2冊目は取り上げずに自分で楽しもうかなと思ったのですが、短い時間での読書とプレゼンに魅力を感じ、もう一回やってみようと思い、今回は2冊取り上げました。

今回私以外で上げられた本の中には有名な築地朝食会で取り上げられる本や、ビジネス書が多い傾向にありました。こう言ったような新書を取り上げるのは私くらい…。でもこういった本を取り上げてみることも面白いかなと自分で思いました。

名刺交換の際も皆さん積極的だったことが印象に残ります。
またこういったような読書会に参加して、互いに切磋琢磨するというのも自分を成長できる手段の一つではないかと思います。

ありがとうございました!

これでいいのか日本 戦後60年の失敗

これでいいのか日本 戦後60年の失敗 これでいいのか日本 戦後60年の失敗
上坂 冬子

大和書房  2007-08
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1945年8月15日、日本がポツダム宣言を受諾して玉音放送が流れておおよそ63年と半年が経過した。この間日本政府は数々の政策や外交を行ってきた。しかし今、日本はよくなっているのかと言うと、良くなったところもあるが、悲しきかな悪くなったと言う声が強い。それに経済的・政治的にも「年々悪くなっている」と言う声がが大多数だと思うが、それはいつものことであろう。新聞や雑誌では毎年、歴代総理誰しもを批判、非難している。賞賛しているのはそれを支持している雑誌くらいであろう(新聞はまったくないと言っていいくらいである)。
本書はこの約60年間の政策の失敗をジャーナリストの上坂冬子氏が舌鋒鋭く批判している。
第一部「新憲法、ねむれる世論が問題だ」
1947年11月3日に公布し、1948年5月3日に施行された日本国憲法。見てわかるとおり昨年施行60年となった。この日本国憲法は第9条をめぐって論争が絶えないほか、アメリカの押し付け憲法と言う声もある。私は改憲は行われるべきではあり9条はともかく、恩赦や生存権と言ったものの改正も行われるべきではないかと思っている。本書で指摘している点は「第9条」「第24条」である。本書の最初では婚姻にまつわること(24条)については明治時代に条文化された旧民法750・772条を挙げて指摘している、第9条は永世中立国のスイスを上げて批判している。
他にも改憲論者いじめや少子化といった問題まで言及している。上坂氏は少子化問題は主立って取り上げる必要がないとしているが、私もそのとおりだと言いたい。確かに日本の人口は減少しており、これからどんどん減っていくが、これは大量生産大量消費時代で数多くの人手を要してばかりいた日本経済の構造の甘さを露呈しているとしかいい様がない。さらに言えば結婚をしなくとも何でも自由に暮らすことのできる日本の現状がそうさせているのは周知のとおりである。少子化を憂いて今のように産めよ殖やせよの政策を行うべきなのか、少子化だからでこそ日本の構造をそこにシフトしていくべきか、私は後者を推し進めるべきである。
第二部「気迫なき教育論議」
昨今では「学力低下」「モンスターペアレント」「いじめ」といった教育問題が後を絶たない。本書で扱う教育問題は「教科書問題」「性教育」「いじめ」を扱っている。
「教科書問題」は近隣諸国との歴史認識問題やロシアとの北方領土問題、アメリカの歴史観と言ったものまで言及しており、私の世代で走ることのなかった「ちびくろ・さんぼ」母取り扱っている。
「性教育」はインド・スウェーデンを例にあげて今の日本の「性教育」の不道徳さを糾弾している。
「いじめ」については、「いじめられたほうが悪い」と一貫しており、いじめや殺人事件の後のカウンセラーに頼るのも否定的な構えである。
第三部「自衛隊は自衛軍か、それとも国軍か」
田母神論文問題で自衛隊の現状がさらにクローズアップされたが、私自身田母神論文は個人的な思想までを文民が制約させるほど危険なものはないと思っている。それにもし田母神論文がその懸賞で最優秀賞に輝くどころか落選していたら同じように扱っていたのかと言ういささかの疑問をもってしまう。これの詳細は「WiLL」の1月号にて詳しく扱われているので参照されたい。
日本では憲法9条により軍隊を持つことを禁じられているが、1950年の朝鮮戦争を機にGHQの命令により「警察予備隊」というのが結成された。やがて「保安隊」と名称を変え、1954年に今の「自衛隊」という名に落ち着いた。
本書では海上自衛隊にスポットを当てている。著者自らの取材によって海上自衛隊について、そして今の国防の現状について生々しく書かれている。
第四部「いったい、北方領土は何なのだ」
本書、もとい著者の主張の中で最も根幹にあるのはここであろう。その理由にあるのは著者の本籍にある。著者の本籍は「北海道国後郡泊村大学泊村字ウエンナイ一番地」である。つまり著者は国後島に本籍を持っているのである(ただしそこに家があるわけではない、北方領土問題を訴えるべく、あえて本籍をそこにしたのである)。北方領土問題については過去に散々取り上げてきたので、ここでは簡単に取り扱うことにするが、まず北方領土へビザなしでわたれるのかと言うとまず無理としか言い様がない。今北方領土には日本人は居住しておらず、ロシア人が1万7千人住んでいると言われている。北方領土へ渡るにはビザを取り、モスクワからサハリンを経由していかなければならないと言う、読んでいるだけでも面倒でくたびれるような移動を行わなければならない。
本書では他にも2006年10月に起こった「ロシアによる日本人漁師殺害事件」を重点的に取り上げている。この殺害事件については既に風化していると言うのを憤ると同時に北方領土問題の無関心さを嘆く気持ちであった。もっと言うとプーチン首相が2015年から北方領土のインフラの開発を行うと発表したことから、北方領土問題は早急に取り掛かるべき問題のひとつと言える。
第五部「歴史認識より時代認識」
歴史認識問題や愛国心について取り上げている。特に後者については2006年に教育基本法が改正されたが、その中で「愛国心」が盛り込まれているところを抜粋して載せられている。
本書全体を読み通すと戦後60年以上にわたって日本の政治は一体何をしてきたのかがわかった気がした。戦後からこれまで政府は池田勇人内閣における所得倍増計画をスローガンに、国民は豊かになろうと馬車馬のように働き経済的にも潤った。しかし国際関係や歴史認識といったものは行ってはきたものの肝心の領土問題はほぼ置き去り状態であった。さらに歴史認識問題なども暗い影を落とした。それが今世界中に蔓延っていると言う始末である。戦後60年戦争を行わなかったことにより、日本の国民性及び政治的にも「現状維持」もしくは「変革を求めない」といった風潮が蔓延している。「真の日本人」とは何か、これからの政策はどう改革すべきなのかと言うのを考えるのは未来永劫の必須条件である。確かに景気が急速に悪化しつつあり先行き不安とされているが、混沌の時代だからでこそ失敗を見直し、手を打っていく必要を迫られている。

教育の3C時代―イギリスに学ぶ教養・キャリア・シティズンシップ教育

教育の3C時代―イギリスに学ぶ教養・キャリア・シティズンシップ教育 教育の3C時代―イギリスに学ぶ教養・キャリア・シティズンシップ教育
杉本 厚夫 水山 光春 高乗 秀明

世界思想社  2008-11
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昨今の教育事情は「学力低下」や「教師の質の低下」、「モンスターペアレント」など数多くの問題が山積している。本書はそれらの教育問題をイギリスの教育を参考に糸口を提示したり、そういった教育が日本でも行っているケースを紹介したりしている。本書のタイトルの「3C時代」とあるが、これは「Culture(教養)」「Career(キャリア)」「Citizenship(シティズンシップ:「公共性」の教育)」と3つの頭文字のCをとっている。
第1章「教養教育――「自尊意識」と「自律」を育てる」
日本はイギリスと違い自尊心を持たず、勉強が嫌いである。また自律する教育は行っていても日本では所詮学習指導要領に則り、教科書と言うマニュアルに沿っていけばなにも問題にされないが、結局その教育は名ばかりで自律の心が育たない。さらに大学の教養は、今はそれほどでもなくなったものの昔は「デカンショ(デカルト・カント・ショーンパウエル)節」で揶揄されるほど哲学漬けであったとも言われている。日本の教育とその現状をあたかも罵詈雑言のように批判している。それはそれでいいのだが、本章を読んで最も気に食わなかったのはイギリスの教養教育を過度に礼賛しまくっており、日本の教育をこき下ろしていると言う偏屈ぶりである。日本の教育にも強いていいところを挙げたり、イギリスの教養教育にも悪いところはある。そこを取り上げて表を取り上げてくれれば、もっとイギリスにおける教養教育の見方が変わるのではないかと思った。
第2章「キャリア教育――「自立」と「社会参画」を育てる」
ここではイギリスにおけるキャリア教育について取り上げるとともに、そういった教育が日本で取り上げられている。そのケースについても紹介しているところである。キャリア教育とはあまり聞きなれない人もいるため簡単に言うと、子供達は学校を卒業した後に必ずと言っても良いほど企業に就職をする。そうなると当然「学生」としてではなく「社会人」として扱われる。その「社会人」になるためにどのようなことを身につければいいのかというのがこの「キャリア教育」である。今日本でそういった教育を身に付けられる一つの手段としては「インターンシップ」というのがあるほかは、ほとんどないに等しい。日本の教育問題の中で学力低下に埋もれてて、蔑ろになっている問題のひとつとしていえるだろう。そういった意味ではイギリスで行われているキャリア教育(「アントレプレナーシップ教育」も含む)は、参考までに取り入れてみるべきであろう。
第3章「シティズンシップ教育――「公共性」と「民主主義」を育てる」
「シティズンシップ」については最初の部分において書かれているとおり「公共性」もしくは「民主主義」と言う意味合いとして使われる。では日本の教育においてこういった「シティズンシップ」が育てられるのかと言うと私でも首をかしげる。少なくとも中学校や高校ではそういったことはほとんど学ぶ機会と言うのは無いに等しい。ほとんどが科目勉強、中間や期末、もっと言うと受験勉強に費やされる。そういったことで「シティズンシップ」を育てられる訳が無いと言っても良いかもしれない。
本章では当然のようにイギリスの教育を紹介しているが、その中身は討論や社会活動を通じていることが多い。日本でもこういった「シティズンシップ」を養う授業は昔はあった。それは「修身」という科目であり、その中で社会のルールやマナーと言ったことを実践を通じて行ったとされている。具体的なものについては私もまだわからないが、もしかしたらこの「修身」の中にイギリスでも行われず、かつて日本で行われたであろう「シティズンシップ教育」があったのかも知れない。これについては「修身」の研究本があればいいのだが。
本書は日本における教育問題をイギリスの教育と言うことを駆使して紹介しているに過ぎない。と言うのはこれをやったからと言って日本の教育問題が解決できると言うのはまず無いだろうと考えるからである。日本の教育は世界的に高水準にあろうとも、必ずと言っても良いほど問題ははらんでいる。それは今注目されているフィンランド、本書で紹介されているイギリスの教育でさえも例外ではない。日本でも教育問題についてさまざまなアプローチで取り組んでいるところも少なくない。当ブログでも取り上げた例もある。それをフォーカスしながら解決方法を模索していくことこそ、月並みなことしか書けないが、そうするしかないというのが現実であろう。

日銀はだれのものか

日銀はだれのものか 日銀はだれのものか
中原 伸之 藤井 良広

中央公論新社  2006-05
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財団法人アメリカ研究振興会理事長(本書発売当時)で、石油問題の権威として知られ、日銀審議委員も勤めた中原氏の日銀人選にかかわる自叙伝である。
第一章「金融政策に向き合う」
本書の話の始まりは「失われた10年」の真っ只中であった。山一證券が倒産し、北海道拓殖銀行が破たんした後から本書の話は始まる。
第二章「ゼロ金利への挑戦」
第三章「ゼロの攻防」
第四章「ゼロ金利解除」
ここのあたりで景気回復のための策として「ゼロ金利」というのが紛糾した。さらに言うと「金融ビックバン」によりメガバンクが続々誕生した。本職はシステムエンジニアであり、生まれもちょっと早いのであまり金融の知識は乏しいものであまりうまく説明できない。「ゼロ金利」は99年あたりから始まったが、アメリカのブッシュ政権が誕生した時に日本につきつけたことの一つとして「ゼロ金利」の解消があったことを思い出す。
第五章「量的緩和策導入への道」
第六章「量的緩和以降」
ここで出てくる「量的緩和(策)」が出てくる。さてこれは一体何なのかというと正式には「量的金融緩和政策」と言われ、2001年3月半ばから約5年にわたって行われた政策で日本銀行が国債や手形を買うことによって資金を供給し、資金を出回ることにより経済を活性化させるという政策である。これが功を奏したのは2・3年後のことであり、それまでは経済は見る見るうちに減速していった。「失われた10年」を脱出したときでもある。
第七章「原油高を読む」
「失われた十年」を脱し、「戦後最長の好景気(当ブログでは「実感なき好景気」としている)」となったが経済が好景気になったことによる弊害も生じた。「実感無き好景気」を物語るが如く「格差」という言葉が乱舞しはじめたときである。さらに章題からわかるように急速な原油高騰が深刻になり始めたとでもある。ちなみにこの原油高は好景気が終わっても続き、今年の初秋にようやく値下がった。
第八章「日本経済と日銀の将来」
日本経済のみならず世界経済は急速に減衰している。日本でも今国会において第二次補正予算が通るか通らないかという所でもめている。さらに今年は解散総選挙が控えている。そう考えると今年の日本は政治的にも経済的にも「変革」の時であろう。そう、アメリカの「change」と同じように。本書は3年前に発売されたためちょっと内容とずれるところが多いが、本書で書かれている時では私の知っている限りでは「村上ファンド」の問題で福井総裁(当時)の資質が問題となった時である。日銀総裁と言えば昨年の2〜3月の時には新総裁の選出に与野党が対立し前代未聞の総裁の椅子が空席となる事態に発展した。これにより世界的にも嘲笑の的にされ、世界的に有名な雑誌「エコノミスト」には「JAPAiN」と書かれる始末であったことは記憶に新しい。
経済が混迷にある今だからでこそ麻生首相をはじめとした政府、白川総裁をはじめとした日銀の舵取りにかかっていると言っても過言ではないが、どうも頼りないというのが現状と言うほかない。批判の的になろうとも自分の決断でもった大胆な策をつくり、決断することが日本を背負うリーダーの務めではないだろうか。

読んだ、飲んだ、論じた

読んだ、飲んだ、論じた―鼎談書評二十三夜 読んだ、飲んだ、論じた―鼎談書評二十三夜
鹿島 茂 松原 隆一郎 福田 和也

飛鳥新社  2005-12
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本書は3人が1夜三冊ずつ、計23夜にわたって三冊の本について鼎談を行ったものである。3人は書評でも有名であり、鹿島茂氏は「子供より古書が大事と思いたい」とはじめ多くの書評の著書も書かれており、福田氏は文芸評論家で「作家の値打ち」や最近では「闘う書評」も上梓されており、松原氏も経済から格闘技まで幅広く論じられる人である。
本書は全部で69冊の本の書評を行っているが、鼎談のなかで枝葉のように次々と参照する文献を数えると100冊をゆうに越えるものとなる。1冊で100冊,200冊味わえるものに仕上がっているところを見ると、書評家を代表する方々の賜物だろう。
この鼎談について表紙のハードカバーをめくるとその語源が出てくる。もともとこの鼎談は英語で「シンポジウム」と訳される。この「シンポジウム」はギリシャ語のsyn(一緒に)とponein(飲む)の合わさった、ことばを派生してできた単語である。シンポジウムは討論であったり鼎談を行うだけと言うのが今の状態であるが、本来の意味を紐解いてみるとまさに飲みながら論じていくと言う形となる。鹿島氏はこの言葉の通りに、本書のタイトルにしたという。
3人の論者を互いによって1夜1夜ごとに本について論じると言うのは、ひとりで書評を行うよりもはるかに実りがある。最近では朝や夜に読書会と言うのがいたるところで開催されており、読書を媒介にしてさらに人の輪が出来上がる。読書は必ずしもひとりで読んでひとりで論じて終わるようなものではないと言うのは昨年からセミナーに参加して思ったことである。
さらにちょっと面白いことを考えてみた。書評ブロガー、もしくは読書家を集めてバーで酒を飲みながら未読本を持ってその本について数時間にわたって論じつづけると言う企画も頭に浮かんだ。
酒を飲みながら読書をし、その本について何時間も論じる。なかなかいいものではないだろうか。

<鹿島氏の著書>

<福田氏の著書>

ワークライフ“アンバランス”の仕事力

ワークライフ“アンバランス”の仕事力 ワークライフ“アンバランス”の仕事力
田島 弓子

ディスカヴァー・トゥエンティワン  2008-11-19
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先日、セミナーがあったのだが、セミナーを受講するに当たり本書を購入した。
本書の中身を読む前の印象としては、「仕事=人生」と書かれているところからすでに、ほかの仕事術といったビジネス書と違うと感じた。ただ「仕事好きになれ」といわれるのと同時に、「プライベートの時間を割いてまで仕事をしろ」というようなことさえ考えた。
本書は仕事にアツくなれ、仕事が人生そのものでもいいのではないかと奨励しているが、だからといって「過労になるまで仕事をしろ」とは決して言っていない。また周りが見えなくなるまで没頭しろとかも言っていない。「仕事にアツくなりながら」も「頭は冷静」でいることが「ワークライフ“アンバランス”」であるという。最近では「効率化」「残業ゼロ」というような本が乱舞している。それはそれでいいのだが果たして「仕事」とは何なのか、「仕事」は悪なのかという疑念さえ生じてしまう。本書は「効率化」とかという本を頭ごなしに批判せず、「仕事」をすることの良さを熱弁している。
PART1「“アンバランス”のススメ」
著者がこの“アンバランス”に目覚めたきっかけからはじまる。よく「ワークライフバランス」というのを耳にするがその違いとはいったい何なのか。「ワークライフバランス」とは仕事、プライベートなどを両立をすること。自分自身が仕事の主導権を握りその中でバランスを整えることを言っている。では本書で言う「ワークライフ“アンバランス”」とは「会社」が主導権である。会社目線で仕事をこなす。仕事ばかりやることだけではなく、「仕事にハマること」によって自分の人生をよくしていこうという発想である。
PART2「アドレナリン出っぱなしの「アンバランス働き術」3つのルール」
3つのルールはこうである。
1.「現場主義」
2.「目の前の仕事を完璧こなす」
3.「ハマる」
仕事上の知識や智恵(※)というのは現場の中で得られるものであり、その上で技術なりキャリアなりを身につけることが大事になる。その近道は目の前の仕事を完璧にこなす。ここではどのような仕事をもらい会社はどのようなことの望むのかというのを踏まえた上でこなしていく。働き続けるにはどうすればいいのか、「ハマる」ことにある。当然仕事の中には単純作業や汚い仕事と言ったことがたくさんある。私の考えであるが、その仕事の中でも覚えられることや会社のためになることがたくさんある。その仕事の中にもどうやったら要領よくできるのかというのを考えることができる。そうなると仕事はだんだん「ハマる」。
PART3「キツい仕事にハマる!」
キツい仕事というのは社会人1年目の私ではまだあまり体験していない。量的にキツい仕事であれば体験したことはある。体力的・精神的にキツい仕事はこれから体験する。「キツい仕事」は仕事が好きな人でない限りできるだけ避けたいという人が多い。ちなみに私はというと、むしろ勉強・経験になるのでやってみたいという好奇心が強いので快く引き受ける。ではこのハマるにはどうするか。
1.「目的・目標を見失わない」
2.「「命までは取られない」と考えること」
3.「シミュレーション」
目的や目標がなくなってしまうといくらキツくても無駄なものとなってしまう。
後半は失敗したとき、叱られたときどうしたらいいのか。失敗した時のリカバリーや叱られた時の対応の仕方と言ったところがここで書かれている。
PART4「もっと仕事が面白くなる!「超・アンバランス働き術」」
本章の副題には「さらに本気編」と書かれている。その「本気」をつけていくには人と仕事をすること、すなわち「人交力」が必要である。この部分はコミュニケーション力など人と交わることに関して必要な力のことをいう。
PART5「キャリアアップもアンバランスに!」
キャリアデザインと言った言葉をよく聞くが、著者はこのキャリアは「つくられるもの」だと考えている。仕事をする上で必要なことや実績というのはすべて現場でもって形成されていく。ちなみにこのキャリアというのは専門知識や経験と言ったことよりも「仕事の基礎力」というのがモノを言う。この「仕事の基礎力」というのは現場の経験、キツい体験と言ったところである。
本書の読んで思ったことはセミナーの記事とほぼ同じである。社会人1年目でまだ経験が乏しいからでこそ仕事をやる、現場における経験を積むと言った姿勢が大事である。私は経験が浅いからでこそ本書のような「アツく」働くことに尽くすことが最大のキャリアアップと言えるだろう。

※本来は「知恵」と書く。先日のセミナーで「智恵」と書かれていたため使ったが、「智恵」と書くのはあながち間違いではなく常用外として扱われている。ただ「智恵」と書かれていると何か深い意味があるように思える。辞典でも調べてみようか。

ワークライフ”アンバランス”セミナー 感想

昨日も申しましたとおり、ワークライフ”アンバランス”の出版記念セミナーに参加いたしました。

会場に来る前は土砂降りで水溜りのないところを歩くのがやっとのところでしたが、2人の働くことへの熱い思いが伝わったのか、帰るころには雨はほとんどやんでいました。

天候をも変えるようなといったらちょっと語弊はありますがそういうことを考えてしまうほど有意義でかつ考えさせられるセミナーであったと思います。

さて、ここではさわりだけ

第1部・第2部は著者である田島弓子氏の講演。著書「ワークライフ”アンバランス”」を考えたきっかけから、仕事に「ハマる」ことの良さ、「キツイ」仕事にはまって得られること、はまることでの「智恵」の絞り方など、

「会社目線」で働くということ、アツくも「冷静」に働くこと、

キャリアについて約1時間半が長くて短く、「働く」ことの楽しさを見いだせるきっかけを作れた講義であったと思います。

第3部ではディスカヴァー・トゥエンティワンの名物社長である干場弓子氏の特別講演でした。

ブログでも本書を大絶賛していましたが、田島氏同様、いや彼女以上に「働くこと」「ハマること」を熱く語ってくださいました。

この講演の冒頭で著者の夫の某「レバレッジ」を一言「嫌い」とおっしゃったところはまさにバッサリ。

そしてディスカヴァーの社員を巻き込んで(?)「仕事」のメリットについても語っていただけました。

余談で新しい本についても紹介していました。ほんのちょっとしか言われてませんでしたが、なかなか面白く、思わず「買った」と言ってしまいそうな感じでした(まだ発売されていないのですが)。

第4部では田島氏と干場氏の対談……というよりは質問コーナーといったところでした。質問者それぞれの悩みを打ち明け、両者がアドバイスをするというようなあたかも…

「W弓子のワークライフ”アンバランス”的お悩み相談室」

というようなコーナーでした。

さて、ここで率直な感想を。

私はまだ社会人になってようやく1年経とうかというところ。当然仕事とは何かというのはやり始めたばかりなのでわからないことがたくさんある。とにもかくにも目の前の仕事をこなすということを今までずっとやってきている。その中で得たものもたくさんあり、著書のように仕事に「ハマる」といったことも体験している。

ただ、1年目ということなのでやっている仕事は文書の整理やコピーといった単純作業は半分を超える。ただ、単純作業は大好きなのでこれといって問題はない。単純作業の中でどうやったら効率的になるのか、この作業はどのように役に立つのかということを頭で考えながら単純作業をやるので単調にはならないからだ。

それはさておき、この講演では得たことよりも自分が置かれている状況を「再認識」したというべきだと思った。

つまり今、目の前にある「仕事」に没頭すること。ただ、没頭するばかりではなくどうやったらより良いものとなるのか、どのようにしたら会社のために役に立つのかということを考えながら仕事をしていく。

つまり今のことをこのまま、突き進めばいいという考えになれた。そういう意味で、今回この講演を聞くことができてよかった。

田島弓子さん、干場弓子社長、本当にありがとうございました。

ひとすじの蛍火 吉田松陰 人とことば

ひとすじの蛍火―吉田松陰 人とことば (文春新書) ひとすじの蛍火―吉田松陰 人とことば (文春新書)
関 厚夫

文藝春秋  2007-08
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「尊敬する人物」と聞かれると、幕末の志士を答える人も少なくない。当然本書で紹介する吉田松陰も例外なく多い。吉田松陰を尊敬する人は多く、代表的な人では小泉純一郎や安部晋三などの歴代首相経験者も上げている。私も吉田松陰は尊敬する人物のひとりとしてあげている。
ではなぜ幕末の代表的人物でありわずか29までしか生きられなかった吉田松陰が未だに尊敬の念が絶えないのか。それは陽明学における知行合一を行ったこと。そして何よりも大和魂であろう。
本書は吉田松陰の生涯を綴っているが、その生きた時代の中での珠玉のひと言を交えている。
第一章「春」
21歳と言う若かりし頃の松陰を描いている。ここでは師匠となる佐久間象山との出会い、書物にふけるまでである。ここで一つ良い言葉をちょっと紹介する。
「吾れ平生、飲を貪らず色に耽らず、楽しむ所のものは好書と良友とのみ(p.74より)」
私は、飲食や女性には貪らず、良書を友人を楽しみにすることだけだと言っている。まさに私と同じだと言いたいところだが、飲食はパーティーで結構食べる人であるが、女性にはさしずめもてていない。本は好きだが友人はそれほど多くはない。と言う人なので、まだまだ私も修行が足りないなと。
第二章「夏」
1853年にペリーが4隻の黒船をひっさげ浦賀沖にやってきた。この前後に松陰は「猛」を発した。ペリー来航により他の国のことに興味を持ち、そして日本の刀の味を海外でも知らしめたいという野望に駆られていたときである。そのために松陰は友人と共にアメリカの船に乗り込もうとしたが未遂に終わってしまった。そのことを咎められ、野山獄に投獄された。ここでも一つ良い言葉を紹介する。
「衆人から蔑まれ、虐げられたときにこそ、真の英雄か否かが分かる(p.178より)」
このことばを見て、ある人の短歌を思い出した。
「願わくば 御国の末を 栄え行き 我が名を蔑む 人の多きを」
これは1945年の12月にミズーリ号で降伏文書を調印に赴くときの重光葵が書いた歌である。日本においてよいことを行うが、その中でも無鉄砲であったり、他人が嫌がることを率先してやりそれで蔑まれてはじめてその人の真の価値を見出すことができる。賞賛されてばかりではその人の真の価値は高いとは言えない。そのことを言っているのではないだろうか。
第三章「秋」
野山獄から釈放された松陰は松下村塾を開き高杉晋作や桂小五郎、伊藤博文ら幕末から明治維新にかけて活躍する人物を輩出した。傑出した人材を輩出して順風満帆と行きたかったところだが、ここで松陰の天皇観や思想により悪い意味での「狂」に陥り再びとらわれの身となった。
第四章「冬」
再び野山獄に投獄され、後に江戸に引き渡された。当時の江戸は井伊直弼大老による「安政の大獄」の真っ只中にあり、松陰も例外無く死罪とされた。
第五章「春、再び」
その日のうちに処刑(斬首刑)は執行され松陰は29の若さで帰らぬ人となった。しかしこの松陰の熱き思いは松下村塾の門下生に伝わり、明治維新への原動力となった。さらに吉田松陰の人とことばはあれから150年近く経った今でも私たちの心を揺り動かしている。
吉田松陰は時代の開拓者のひとりであったことは誰も否めることはできないだろう。そして松陰を心酔,もしくは尊敬するものたちがこれからの日本を引っ張っていくことだろう。

  「かくすれば かくなるものと 知りながら
               やむにやまれぬ 大和魂(p.181より)」

ワークライフアンバランスセミナー

本日ですが、

上記のタイトルのセミナーに参加いたします。

講師の方はもちろんのこと、ゲストの方も非常にアツい方ですので、心して聞きに行きたいと思います。

あと、先月あたりに行っていたかどうかわかりませんが、今回から新しい名刺を交換することになりました。

ほぼ完全なプライベート名刺です。表には自分の名前とか、そして裏にはプロフィールやブログの由来など書いております。

ただ、ちょっと不安な要素が一つ。

私の名刺の肩書が…、ある意味で偉そうに見えてしまいそうかもしれません。

はたしてどんな名刺なのかというのはお楽しみということで。

それでは。

※ セミナーの詳細は下記アドレスにて。

http://www.f-academy.jp/seminar/2376.html

1分間心理学

1分間心理学 1分間心理学
岡村 美奈

PHP研究所  2008-11-13
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一昨年に「KY」ということばが流行語となった。今の首相でも言われているが意味合いが異なる。一昨年に流行したのが「空気が読めない」で、今の首相ではこうではなく「漢字が読めない」であろう。
それはさておき恋愛において「KY」というのはあまり好ましくない。とはいえ私自身、恋愛はともかくとして世間一般がこのことばが蔓延しているということはいかがなものかと思う。改革や進化を常に希求しなければならないのにもかかわらず空気を呼んでばかり。その場しのぎ。これでは「経済は一流、政治は二流、国民は三流」と言われ続けてしまっている。一方のアメリカでは頻繁に政権交代が行われ、昨年の総選挙で「CHANGE」と言うことばを掲げた民主党のバラク・オバマが次期アメリカ大統領となった。日本でも政権交代の様相を見せようとしているが、果てさてそのようになるのかと言うのを見てみたいところだ。
マクラはここまでにしておいて、恋愛における「KY」は関係をギクシャクさせてせっかくのチャンスを逃してしまう。それを避けるために女性はどのようなテクニックを身につけたほうがいいのかと言うのを書いているのが本書である。男の自分が読んで書くのもどうかと思うが。
第1章「彼の気持ちを確実に引き寄せる!」
彼が彼女に気があると言うところのチェックを行い、彼女はその彼の気持ちを引き寄せる方法をここで説明している。前半の部分はこれから彼女を作りたいと思う男も見たほうがいいと思う。女性の見るところはここだと言うことを理解しないと、捕らえたい獲物を捕らえることができない。
第2章「ラブラブな時期だからこそ気をつけることって?」
男のハートを捕らえ、ようやく恋人同士になったらデートを重ねたり、メールで交流したりとラブラブの時期になるが、そのときも気をつけなければいけないことがある。特に合う頻度やメールの返信と言ったところは自分勝手になってしまうとせっかく掴んだ男を逃がしてしまう結果となって失意のどん底となってしまう。
第3章「「ずっと一緒にいたい」と思わせる女になる!」
恋人同士になってしばらくたつとマンネリとなる。ここではマンネリを解消するためのテク、結婚などこれからどう発展すればいいのかと言うことについて説明している。
第4章「恋愛以外に使える愛され心理テク」
ここでは恋愛の話をいったん離れて、恋愛におけるテクを仕事や友情などに置き換えて説明している。よく「仕事は恋愛と同じ」と言うようなことを聞くが、この小を見るあたりそのとおりかもしれない。
本書は女性が愛されるためのテクを紹介している。だからと言って男性が見て役に立たない訳ではない。ほぼ全て男性に置き換えることができるばかりではなく、第1章の前半にある女性の見る目がわかるほか、第4章ではビジネスの場でも通用できるテクも書かれている。女性のための本でも男性が役に立つところは必ずと言ってもいいほどある。そう感じた1冊であった。

スマイルズの名著『品性論』

スマイルズの名著『品性論』―古典には、「自分を変える力」がある スマイルズの名著『品性論』―古典には、「自分を変える力」がある
サミュエル スマイルズ Samuel Smiles

三笠書房  2008-08
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人生設計や自己鍛錬の方法を書いた本についてはごまんとある。しかし本書ほど読めば読むほど心躍る気持ちになった本は今までにあっただろうか。
本書はサミュエル・スマイルズの「品性論」を「ユダヤ人大富豪の教え」で有名な本田健氏が翻訳した1冊である。
1.もっと熱く生きよ、道は開ける
自分が今どこにいいるのかを見定め、そしてどのような試練が起ころうとも楽天的であること。他人に対して献身的であること。そうして生きていくことによって自分の人生を熱くすることができる。自分で希望と言う財産を使いつつ、他己主義であれと言うのがこの章の肝と言えよう。
2.使命感の燃える
自分を動かす原動力となる「人格」、そしてそれを形成するための「誠意」や高潔な「精神」を持つこと。それを培っていくにはかなりの年月を要するが使命感をもち、誠実、両親を尊びながら成長していくことこそ最良の人間、成功者としてのプロセスである。
3.仕事をやり抜く
私はまだ社会人一年目だがこれまで頂いた仕事に全て誇りを持っている。それは大袈裟に言っているわけでもなく、本心で言っているまでだ。その根拠となるのがこの章である。何も考える暇も無いような単純作業でもその中でどのようにしたら効率的になるのかなと考えてしまう。難しい仕事でも周りに走っている先輩がいたり、インターネットや文献も存在しており、調べる媒体はそろっている。その中で自分はどのようにこなすのかも考えることができる。仕事は自分にとって誇りでもあり成長の糧となる。ただ一つだけ仕事の中でつらいものがある。それは「暇」があることである。暇があると言うのは何もしない。何もしなければ自分にとって成長できる機会を逃してしまうばかりではなく、自分自身を退化してしまう危険なものとなる。本章では自分が思っていることのほとんどが書かれており、自分の仕事観が間違っていないことを再認識できた。
4.見識を高める
見識を高める最良の手段は「読書」である。読書で見識を深め、思想を醸成し、教訓を修める。私は今まで数多くの本を読んできたのだが、まだまだ続けることに意義があると考えることができた。
5.よい人間関係をつくる
人間関係は人脈も含まれるが、人脈形成は実際それほどやっていないため分からないが、普通書物を読むときは「パンを食べる」ように身につくが、人脈は「霞を食べる」ようにちょっとやそっとでは形成されないと私は思う。しかし人脈を形成、及び人間関係を形成するためには「誠」を尽くすことが肝心であるという。
6.人生に勝利し、人生を楽しむ
人生に勝利をする、楽しむひとは常に努力家で信念を持ち、そこに向かって希望の灯を絶やさない人にある。それが「虚仮の一念(本書では「コケの一念」となっていたが、こっちのほうが正しいだろう)」を生じることが可能になる。人間は誰しも奇蹟を求める。しかしその奇蹟は努力をし、新年をもったもののみ与えられる恵みである。
1度しかない人生だからでこそ楽しみ、かつ明るく生きること。それを念頭に置き勉学や人脈形成といったことを励む。そして自分の周りに虚飾を持たず、只々まっすぐとした視線、姿勢で生きていく。そういうことを本書で入っているのではないかと思う。
本書を読んでの感想はこまごまとしたものは私はいらないと思っている。理屈は本当に抜きにして、自分が信じられなくなったとき、迷ったときはぜひ読んでみたほうがいい。必ずや道は開けるだろう。

経営戦略の基本

この1冊ですべてわかる 経営戦略の基本 この1冊ですべてわかる 経営戦略の基本
(株)日本総合研究所 経営戦略研究会 手塚 貞治

日本実業出版社  2008-11-13
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昨年秋から世界恐慌に陥り、派遣切りやリストラ、内定取り消しなど日本における雇用状況はますます不安定になっている。「失われた10年」の教訓もあってか厚労省や地方では職を失った人たちへの就職先の斡旋や、民間と通じて無料,もしくは安価で住まいを賃貸したりなどさまざまな手を打っている。このことについてはまだ手が尽くせていないところもあるが、まだ手は打っているといってもいいかもしれない。
一方で企業は…と考えると、策を練ってはいるもののほとんどの削減の矛先が人件費,もしくは経費の削減ばかりに集まってしまう。もっとも「実感無き好景気(いわゆる「戦後最長の好景気」)」の時にはあまりにも輸出関連の品目がとぶように売れるため、イマまでの雇用では追いつかず、派遣労働法ができたことにより派遣として迎え入れることにより生産を向上させた。その反面「格差社会」というのが形成され、「ワーキングプア」や「貧困」ということばさえ出てきた。これは日本経済、及び大企業の経営者たちの労働者の層への関心の薄さによるものではないかと思う。
資本主義・新自由主義によるものではあるにせよ経営に関する知識はどの層も把握はしたいところ。そこで本書である。本書は経営戦略という分野の基礎を学べる1冊である。経営戦略というと大学の経営学を専攻する人や大学院ではMBAを取得しようとする人だけのもので私たちはあまり関係ないのではないかといわれるかもしれないが、雇用状況や企業の状況が把握しきれない今だからでこそ、経営に関する基礎がわかっていれば、明日倒産するかも知れない、もしくは今日からこの会社の舵取りをやってくれないかという…極端すぎるかもしれないが会社の従業員は経営者目線や顧客目線、自分達の目線を使い分けながら行動を行う。その一つの手段としてこの経営戦略というのを学んだほうがいいと思っている。中身はよく見る入門書よりも噛み砕いてかかれているので、経営を専攻する人意外でも用語さえ気をつければすんなりと身につけるようにできている1冊である。
第1章「経営戦略の役割と特徴」
経営戦略とは一体何かを紹介している。経営専攻の方である程度わかっている人であれば読み飛ばしても構わない。
第2章「経営戦略の理論を俯瞰する」
第1章からもっと深く入り込んで経営戦略理論について書かれている。ここでは用語が多数出てくるので初心者の方にはここだけで骨の折れる内容だと思う。
第3章「戦略を動かすための仕組みづくり」
ここでは組織や戦略そのものにおける仕組み作りについて説明されている。目標達成に向けてのPDCAサイクルなども紹介されている。
第4章「企業全体のパフォーマンスを向上させる全社戦略の実践」
さてここからが実践である。ここではマクロ、すなわち企業全体の経営戦略を円滑に進めるための実践について書かれている。
第5章「個別事業の競争優位を構築する事業戦略の実践」
こちらはミクロ、企業が持っている事業単位の分析方法を紹介している。分析方法が全部でプレ・現状合わせて8つあるため、いっぺんに全部覚えることよりも一つ一つやってみながら覚えていくといいだろう。
第6章「不確実性の時代における“新しい”戦略論の潮流」
これまでは「一般的」な経営戦略について学んでいったが、全ての企業戦略が5章までのとおりで目標達成できたらこの第6章は必要ない。しかし世の中何が起こるのかわかったものではない。特に昨年の状況を見ればわかるだろう。そのときにこそこの第6章が役に立つ。

いま、すぐはじめる地頭力

いま、すぐはじめる地頭力 いま、すぐはじめる地頭力
細谷 功

大和書房  2008-06-11
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無事神奈川に戻りました。当ブログも今日からいつもの書評に戻ります。
今年1冊目はこの本です。

地頭力とは簡単にいうと
「「地頭力」とは、仕事や人生の問題をスピーディに解決し、さらには新しいものを想像することができる「考える力」です(p.1より)」
この地頭力というのは「考える」事を前提にしている。最近ではインターネットが急速に普及したことにより、「思考能力の低下」というのが叫ばれ始めたところだと思う。さらにもう一ついえばあまりにも物事がスピーディーに動くことによって考える「時間」が奪われている、もしくは考える暇がないといえるかもしれない。
ただこの地頭力というのは一見難しいように思えるが、この力は後に「フレームワーク力」というように全体的に単純に考えるということなのでそれほど難しくない。
ではこの「地頭力」を鍛えるにはどうすれば良いのかというのを見てみよう
第一章「「地頭力」を自己診断してみよう」
自分の地頭力はどれくらいあるのかを調べることができる。「思考停止度」「仮説思考力」「フレームワーク思考力」「抽象化思考力」の4種類合計40の質問をyes/no形式で行える。これについて自分の結果を出そうかなと思ったがさすがに書評なのでやめることにした。自分自身の楽しみとしてこれは解いたほうが良いと思ったからだ。
第二章「「地頭力のある人」と「ない人」の違いを考えてみよう」
地頭力がある人、もしくは職業とは一体何なのかということが気になった。この地頭がいいのは「「棋士」や「数学者」(p.29より)」だという。棋士も数学者も過去の棋譜や公式から当てはめて考えているのだから知識を醸成して考える。自分の持っている「知識」を疑ったり、そこから新しいことを考えたりというのが非常に上手なのでこういった位置付けになっていると私は考える。「思考停止度」の結果がここにかかれているが、自分の気持ち、もしくは意見を言うことができない
第三章「「考えはじめる」ために、三つの「意識」を持とう」
ここでは「考えはじめる」ための意識作りとして幾つかの意識をもつことを提言している。その3つとは
①時間感覚
②知的依存がないこと
③「思い込み」の認識
の意識をつけることである。時間感覚はビジネス本ではよく言われていることなので省くが、それ以外に地頭力を身につける方法として恵まれていない環境、もしくは新しい分野に取り組むということがその一つであるとしている。前例がない、まったく新しい方法を考えるというのは非常に危険だという人も多いが、新たなアイデアを捻出したり、新しいビジネススタイルを見出す方法があるという考えがあると考えると、「恵まれている環境」にある人にとっては思考的に恵まれておらず、「恵まれていない環境」にある人にとっては、よりよい環境を作っていくために思考できるための「環境」がそろっている、というわけであろう。
第四章「眠っている地頭力を呼び覚まそう」
この章では「仮説思考力」について取り上げている。「仮説」と聞くと大学で聞いたような論文やレポートで取り上げるものかと思うのだが、それをビジネスの舞台に結び付けているといっても良いかもしれない。「仮説思考力」とは結論から過程を考える力のことをいうが、ここで一つ注意しなければならないのが「完璧主義にならずに漠然であること」である。
第五章「フェルミ検定を説いてみよう」
フェルミ推定とは一体何なのか。
フェルミ推定物理学者のエンリコ・フェルミによっての質問によって名づけられたものである。よく就職試験や会社の昇進試験で
「東京駅の1日に利用する人は何人」
「世界中にレストランは何件ある」
などといった問題を目にした事はあるだろう。それがこのフェルミ推定を利用した地頭力を図る問題である。漠然とした命題の中から、限られた時間・情報をもって仮説を立て、方法・概算といったことをつかむというのがこのフェルミ推定である。日常生活の中でも漠然としたものはあるので、好奇心があれば結構地頭力というのが身につきやすいのかもしれない。
第六章「よく聞かれる疑問にお答えします」
これまでは「地頭力」の定義と良さについて説明したのだが、ここではデメリットや疑問点についてQ&A形式で書かれている。
最後にちょっとひょんな意見になってしまうのだが、第4章で「もしも人間くさいカーナビがあったなら」の話があるが、まるで落語に出てきそうな話である。もしも古典にそういった噺があるのではと思ってしまう。また著者は落語好きなのではとも考えてしまう。ともあれ、昨今の世の中はほぼ「思考停止」状態に陥っているといってもいい。その中でビジネスに限らずさまざまな場でこの「地頭力」をつける機会を身に付けていくこともまた重要であろう。

今年の抱負

改めまして、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて、ここでは本年の抱負について述べさせていただきます。

昨年は何か企画をやると言って結局やらなかったのですが、今年の当ブログはこうしようかなと思います。

まずはF1について。
PP予想と優勝予想については昨年どおり、
本命:1名、対抗:2名(場合によっては3名)、要注意:3名(場合によっては2名にも4名にもなる)
と言う形で行きます。
ただし、今年から変わるのは昨年は試験的に日本GPとブラジルGPにてフリー走行を当ブログでupしましたが今シーズンからは全GPにフリー走行をUPいたします。更新がちょっときつくなりますが、F1好きと公言しているのでフリー走行も余すところなく伝えていく所存でございます。

次に日常生活など徒然的な記事について。
昨年の前半はかなり書いていましたが、後半は書評とF1にかまけすぎたせいかほとんど書いていませんでした。今年は最低週1回でも徒然の記事を書いておこうかと。ただ寝たになるようなことが起こってそれが書けるのかというのが不安ですが。

次に書評について、
昨年は1日に2書評がほとんどでした。おかげで「書評の部屋」のカテゴリーが350記事以上になりました。今年も仕事の関係で時間が許せば継続していこうかと思いますが、忙しくなるようであれば1日1書評となるかもしれません。ただ、毎日書評は継続していきたいと思います。書評は書きつづけることが大事ですから。
新しいこともやります。それはずっと読まないと言っていた「小説・文芸作品」の書評をはじめようと思っております。最低月に1回程度書評を行っていこうと考えております。
そして今年の春頃には「書評の部屋」のカテゴリーをいくつかに分けようかと思っています。具体的にいつになるか、どうするのかはまだ決まっていません。

最後に今後について、
まず最初に、当ブログは時間の許せる限り、そしてどんなことがあろうとも書評を続けていくことを宣言いたします!書評を通してさまざまな方と出会うことができました。さまざまなことを行う材料にもなりました。書評は私の人生の一部のようになったと思います。「書評家」と名乗るのは差し出がましいと思いますが、何年・何十年経つか分かりませんが、書評及び書評の勉強を続け、必ずや本物の「書評家」を目指して行きます。他の職業と兼業してでもなっていこうと思います。書評に関する本を出版したりも考えています。
今年は新たな試みを前述のほかにもいくつか考えております。
・コラボレーション書評(他の書評ブロガーとコラボして書評を行う)
・新聞、雑誌書評紹介
・インタビュー企画
一応思いついたものをただ羅列して書いただけですが、新たな試みとして思いついたものを一つでもやっていこうかと思っております。

最後になりますが、本年も当ブログの御引き立て、御贔屓の程よろしくお願い申し上げます。

年末企画vol.4 「F1レース」ランキング

さて年を越してしまいましたが、今回は「F1レースランキング」と行きましょう。

当ブログでもずっとやってきましたがPP予想、優勝予想を経て決勝結果といった感じでF1を楽しみ、そしてたくさんの方々ともTBしてきました。

当ブログの看板のひとつがこのF1といっても過言ではありません。今回は昨年18戦行われた中から厳選して3つ、そして印象に残ったニュースを1つ取り上げていこうと思っています。

それでは行きましょう!

1.ブラジルGP

2.イタリアGP

3.カナダGP

リンクしているページはどれも決勝です。

昨年は一昨年以上に波乱のレースが多かった年でした。なんといっても昨年はウィナーが7人。その中でも初優勝が、クビサ、コバライネン、ヴェッテルと新しいチャンピオンが出てくるのではないかとも言われた年でした。

チャンピオンレースはハミルトンとマッサの一騎打ちでした。中国GPが終わりブラジルGPが始まるまではハミルトンのチャンピオンがほぼ確定の位置までいたので淡々としたレースになるだろうと思っていました。

しかし、

ふたを開けてみたら波乱に満ちた今シーズンを象徴するかのように雨に始まり雨に終わり、周ごとにチャンピオンが変わりハミルトンのチャンピオンが確定したのはハミルトンがチェッカーフラッグを切るわずか1・2コーナー前でした。

昨年はTC禁止といった規制から波乱のレースが予想されており、ハミルトンやライコネンがチャンピオンを取るだろうと誰もが思っていました。しかしライコネンは前半はよかったものの後半はリタイアやポイント圏外に泣いたとしか言いようがありません。

イタリアGPでは誰も予想できなかったでしょう。雨のレースでヴェッテルが燦然と輝き、優勝までもぎ取ったというのは本当に予想外でした。ただでさえPPをとったというだけでも奇跡に近かったのですが、しかしヴェッテルとトロロッソ、アロンソとルノーの後半戦は非常によかったように思えます。特にヴェッテルは今年親チームのレッドブルに移籍ということを考えると今後の活躍に目が離せなくなりました。

そしてシーズンオフですがショッキングなニュースもありました。

ホンダがF1から撤退するニュースです。

まさに青天の霹靂というほかありません。景気の急速な後退が最大の影響であったようですが。現在ホンダは売却先を求めているようですが、売り手がついたりつかなかったりの状態です。

ともあれ、今年のF1はどうなるのかまだまだわからない状況にあります。このシーズンオフ中でも、そして3月末のF1開幕からも全力で当ブログでは取り上げていこうかと思います。

遅くなった謹賀新年

遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。

昨年末から昨日にかけましてインフルエンザで寝込んでいました。12月28日に規制した日の夜から体調がおかしくなり、翌日には病院で風邪と診断され一応直るという前提で携帯にてランキングを更新しました。ところが体調が一向に直らず、次の日の朝に再び病院に行きましたが、ここでインフルエンザと診断され、「お知らせ」といたった次第でございます。

ランキングや年末年始企画等を画策していましたが、私の体調管理の不十分さによりこのような事態になってしまいました。

お詫びのことばをどれくらい申したらいいのかわからないくらいです。そのような状態にもかかわらず、年末には横田様、元旦にはゆうすけサンタマリア様からコメントを頂きました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

さて、インフルエンザにより更新が滞っておりましたが、本日よりまた平常に更新をいたしたいと思っております。

これからの更新を考えているのが、まず「年末企画」の最後となる、「F1レースランキング」をまず取り上げていこうかと、そして新年の抱負を述べることとして、平常の更新にもどらさせていただこうと思います。

これからも当ブログの御贔屓、御引き立ての程をよろしくお願い申し上げます。

                                                                              

                                          「蔵前トラックⅡ」管理人:蔵前

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