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科学コミュニケーション論

科学コミュニケーション論 科学コミュニケーション論
藤垣 裕子

東京大学出版会  2008-10
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科学と言うものがあるが、皆さんは科学についてどう思っているだろうか。私自身「科学」は結構好きである。ただし「科学」を好きになったのは大学生の時でようやく自由に勉強できた時からだ。
しかし、今の子供たちはどうか。というよりも今の教育はどうか。子供たちに科学について興味を持たせるような仕組みになっているだろうか。本書は科学に対してあらゆる問題について考察を行っている。今回は日本のことについてピックアップしてみる。
第3章「日本における科学コミュニケーションの歴史」
この「科学コミュニケーション」施策が行われるようになった大きなきっかけとして挙げられるのが「科学離れ」である。大学全体での入学数は少子化とともに落ち込んでいるが、とりわけ落ち込んでいるのが理数系の大学である。さらに言うと学生の中で最も苦手な科目は数学に続いて英語、そして理科が多いというのも悩みの種である。ではなぜこれほどまでに離れていったのかと考える。私なりに考えた原因としては受験戦争の激化により「科学→用語や公式を覚える」というような図式になったことだろう。科学は確かに法則や公式というのは大事であるがもっと大事なのは実際にやって見せて、じかに触れてみる、驚くべき体験を行うことにより科学に対する好奇心を持つことこそが科学発展に向けての教育の一つであろう。
第8章「出張授業に見る科学コミュニケーション」
科学の出張授業というのが最近増えているという。私自身そういうのは知らなかったが、科学離れが起っている今、こういうのが重宝される。ではこの出張授業にはどういうのがあるのかというと、簡単なもので「科学館」というのがある。最近出てきたもので言えば「サイエンスカフェ」もある。研究者になるためにもっと勉強したいということであれば「SSH(Super Science High School )」や「SPP(Science Partnership Program)」というのがある。「SSH」は研究者向けではあるが、「SPP」はどちらかというと理系の学生を対象としている。
第11章「科学教育」
日本では「学力低下」が叫ばれており、科学も例外ではない。この学力低下は日本では90年代ごろから言われたものであるが、アメリカでは1960年代から言われ始め、その間様々な対策を講じてきた、この章の前半ではアメリカの科学教育の変遷と日本の科学教育について書かれている。そして後半ではPISAという国際学力調査やTIMSSの理科に対する国際的アンケートをもとに日本の科学教育の現状について考察している。後半の国際学力調査はさておき、TIMSSの「理科に対する国際的アンケート(p.223より)」が興味深かった。本書では日本とアメリカ、イギリスの3カ国の結果を示しているだけだがこの比較でも十分と言えるほど顕著に表れている。まず「理科の勉強は楽しい」というのはアメリカ(73%)、イギリス(82%)に比べて日本は半数をちょっと上回った程度(53%)である。私自身これは深刻だと思ったのが「理科はやさしい」という質問と「理科は生活の中で大切だ」という質問である。「理科はやさしい」は日本はたったの15%程度しかなく(アメリカは53%、イギリスは23% )、「理科は生活の中で大切だ」と思っている人はアメリカでは80%、イギリスでは81%なのに対して日本は48%しかない。科学は生活の中でも切っても切れないものであるが科学への関心が少ないこと、そして授業ではそういった生活との関連性について興味深く教えられていないということがこの統計でも見てとれる。事実大学入学者数は少子化により減少の一途をたどっているが、理系の学部への入学者数が減少している方が顕著のように思える。科学への興味を根付かせるような教育をしなければならない。
第13章「科学者の社会的責任と科学コミュニケーション」
さてちょっと話は変わって「企業の社会的責任」というのはあるが科学者にも「科学の社会的責任」というのがある。当然科学者は研究者であるわけで、研究を重ねてはじめて論文などの成果物を出すことができる。しかし最近では研究の捏造問題もあれば、今度は「あるある問題」のように捏造してまで提供しようとする番組まで出てきたほどである。こうなると「科学の社会的責任」というのは叫ばれ始めなければならないが、いかんせん日本ではそういった声が少ないように思える。
本書はまさに「科学コミュニケーション」に関しての本であるが、一見取っ付きにくそうに思えるが、実は科学にまつわる諸問題について書かれている1冊であったように思える。タイトルの割には読みやすかった。

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