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戦争責任とは何か―東京裁判論争をめぐる50問50答

戦争責任とは何か―東京裁判論争をめぐる50問50答 戦争責任とは何か―東京裁判論争をめぐる50問50答
清水 正義

かもがわ出版  2008-09
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今年東京裁判の結審及び7人の処刑執行60年を迎える。この60年経った今もこの東京裁判の定義に関する論争は後を絶たない。当ブログでは東京裁判にまつわる書評はいくつも行ってきた。私自身の意見としてはこの裁判は結局連合国の都合で終わったと言える。少なくとも「東京裁判は平和のために役に立った」のは完全な間違いであったというのは周知の事実であり、マッカーサーも同じように語った。本書はこの東京裁判、及び戦争責任について50の質問と50の回答について書かれている。
第1章「戦争責任とはどういう概念か」
「戦争責任」という言葉が政治的にも、歴史学的にもよく使われているが、これは一体どのような意味を持つのか、そして定義は一体何なのかというのがよくわからない人が多い。
「戦争責任」というのはいくつか定義があり、
・「戦争を起こした責任」
・「侵略戦争をした責任」
というのが一例にあるだろう。それを訴えている人は主に後者のことを言っている。ではこの「侵略」という定義であるが、国際法上違法なのかそうでないのかというのもはっきりとしていない。確かに朝鮮や満州などの大陸に侵攻し、植民地したとされている。一方そうではない人たちは、朝鮮は「併合」、満州は「建国」という名をもって侵攻ではないと主張している。「侵攻」の定義についてもあいまいなところが残っている。他国に攻め入るのは明らかな「侵攻」だが、そうではない目的で他国に入るというのは「侵攻」なのかというと首を傾げる。
第2章「東京裁判の評価をめぐって」
東京裁判は「第二の侵略」と主張する論者もいるが、まさにその通りである。検察側が有利な証拠はどんなに怪しくても採用され、被告側が提示した証拠はいかに明瞭であれども却下された。また弁護側が平等な主張を行ってもウェッブ裁判長が「すべての動議を却下する。この理由については将来闡明する」と言って明確な理由を示さずに却下した。またもう一つ言うとドイツのニュルンベルク裁判と重ね合わせて検察側が「共同謀議」というのを訴因にしようと思ったのだが、ドイツと全く違う点は戦争にいたるまでの過程の間一貫して中枢にかかわっていた人が誰もいない。また東条内閣で大蔵大臣を務めていた賀屋興宣は、
「なにせアンタ、ナチと一緒に、挙国一致、超党派的に侵略計画を立てたと言うだろう。そんなことはない。軍部は突っ走ると言い、北だ、南だ、と国内はガタガタで、おかげでろくに計画もできずに戦争になってしまった。それを共同謀議などとは、お恥ずかしいくらいのものだ(小林よしのり「いわゆるA級戦犯」p.80より)」
と恐縮して発言した。つまりこの東京裁判は平和のための役に立っておらず、連合国の都合で、しかも事後法でもって戦犯を裁いていたということを考えると「裁判」として成り立たず、むしろ敗戦国への「第二の侵略」という位置づけは正しいと言えよう。
第3章「靖国神社、戦後補償、教科書問題をめぐって」
必ず歴史認識問題で出てくる「3点セット」である。「戦後補償」を除いては敗戦からずいぶん経って叫ばれ始めた。なお「戦後補償」については敗戦後から言われていたのだが、今のような定義になったのは90年代に入ってからである。それまでの「補償」というのは戦犯の遺族たちへの「補償」のことを表しており、今のように近隣諸国への「補償」ではなかった。この戦後補償についてはもうすでに解決しているが、「従軍慰安婦」や「虐殺」への補償や謝罪要求はまず消えることはない。とりわけ中国は江沢民政権末期に「謝罪要求を永遠につきつけろ」というようなものまである。謝罪でもって国際協調できるというほど国際関係は甘いものではない。それに関して日本の政治家や外務省はそう言ったことを知らない、もしくは知っていても国際関係重視の良い子のお坊ちゃんのようにお人好しで、自分の国のことなど全く考えていないことを見ると…おそらくこう言った問題はずっと長引くだろう。
第4章「ドイツと日本」
第二次世界大戦後数多くの戦犯に対する裁判が行われたが、その最たるものは「極東国際軍事裁判(東京裁判)」と「ニュルンベルク裁判」がある。また戦後の戦争責任問題についてもドイツを引き合いに出している。ドイツでは1985年のヴァイツセッカー演説を引き合いに出すことが多い。しかしこの演説自体はホロコーストによる大虐殺の罪は認めても、それがドイツ人全体がその罪を負っているわけではないという内容のものである。また戦後補償などの歴史認識問題についても日本に似ているところも多く、ドイツも日本同様に歴史認識が揺れている。
第5章「国際社会と戦争責任」
「戦争責任」という言葉について必ず引き合いに出されるのは日本やドイツである。そう考えると敗戦国は第二・第三の屈辱を味わっているようでならない。しかし戦勝国や準戦勝国には戦争責任がないのかと聞かれるが、口が裂けてもないとは言えないだろう。それは戦争に直結した理由にもなる。例えば日中戦争(支那事変)が起こった要因としては「通州事件」や「上海空爆」、「盧溝橋事件」が挙げられる。大東亜戦争も「アメリカの石油禁輸」や「ハル・ノート」というのがある。日本にも開戦責任はあるのだが、その周りの国々がないとは言えない。もっと言うとアメリカは「東京・大阪大空襲」や「広島・長崎への原爆投下」に関して責任がないとは言えないだろう。特に後者については東京裁判でも引き合いに出された。
いまでも東京裁判の論戦は絶えない。だが東京裁判など戦前の歴史を知らなければ、これから日本はどうするべきかの道標が立たない。また歴史を学ぶことによって日本人としての在り方を学ぶ、日本人としてのアイデンティティを学ぶこととしても重要なことである。歴史認識問題は政治的、学術的にこれからも揺れるだろう。その中だからでこそ、我々は歴史を学ぶ必要がある。

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