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2008年11月

反骨のコツ

反骨のコツ (朝日新書 69) 反骨のコツ (朝日新書 69)
團藤 重光 伊東 乾

朝日新聞社  2007-10-12
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「反骨」というと私としては良い響きである。私自身神奈川に住み始めてからあまりTVを見なくなった。北海道にいたときはローカル番組などで自分のみたい番組があったのだが神奈川(もとい東京)ではそういった番組も流れない(流れても数ヶ月〜数年前のすでにみたやつである)。在京キー局は一部の番組以外面白くないばかりであまり見たくないというのが本音である。北海道に帰ったときどこかの番組を見ていた時、「東京メディアに対する反骨精神」というのがあった。私自身在京メディアは「偏向報道の伏魔殿」という考えを捨てていない(むしろ様々な本によって事実といってもいいだろう)。それに過度の一極集中も私自身大嫌いである。東京ばかりが目立ちすぎていてほかの所は寂れっ放し。これでは地方が元気にならない。というより霞が関の官僚はそれを求めていないだろう。既得権益を逃したくないのだから。
かなり脱線してしまった。本書は最高裁判事、東大法学部長を歴任した「日本刑法の父」と言われる團藤重光氏と東大准教授である伊東乾氏の対談本である。
第1章「反骨から見る日本国憲法」
現在の日本国憲法はGHQによってつくられたと言われている。この憲法第一条には天皇について書かれているが、マッカーサーは日本に到着した当時は天皇制廃止を画策していた。しかしマッカーサーは昭和天皇との会見の時にその考えを改めた。天皇制を維持したうえで憲法草案にあたった。ちなみに東京裁判ではキーナン首席判事はマッカーサーの移行により天皇免訴の理由を東条英機から引き出そうとしたが判事側はウェッブ裁判長をはじめ何人かは天皇訴追に積極的であり、検事側にも天皇訴追をという意見がいた。キーナンと東条の駆け引きによりようやくその理由を引き出しマッカーサーは天皇訴追を決めたといういきさつである。
さらに国民投票法や自衛隊についても言及している。團藤氏は護憲派であるようだ。
第2章「死刑廃止は理の当然」
第3章「決定論をはね返せ」
日本の死刑廃止論議は非常に揺れており光市母子殺害事件(差し戻し控訴審は死刑判決)では被害者感情が非常に尊重され約8,000件にも及ぶ懲戒請求が出された。その一方で死刑存置か廃止かという議論に水を差すかのように国連の人権委員会では「死刑廃止の検討をすべき」との勧告が出された。国際事情で即死刑廃止や死刑停止のモラトリアムをつくることほど危険なものはないのは置いといて、このころ国連やEUは捕鯨にしろ、禁煙にしろ、環境問題にしろ、ポルノにしろ、この死刑廃止論議にしろ、何かと日本に対して圧力をかけてくる。そのことを考えると「グローバル化」という言葉で思想面、体制面の植民地化を行っているのではないかという考えも捨てきれない。そのことから前述のような譲歩は危険だと思っている。むしろ死刑廃止にする前にやる段階はいくつもある。例えば終身刑を入れる、刑罰制度を見直しを行う。「憲法九条」は改正しない憲法改正(ここで言うのは「恩赦・特赦について」)も行ったうえでというのが私の条件である。ゆくゆく死刑廃止はまぬかれない状況に立たされるのは明白であるが、その前段階としてやるべきことはまだまだ残っている。本書でも書かれているがなぜ元判事が死刑廃止論者が多いのかというと判決の時に死刑を言い渡すことほど神経や命が擦り切れることはないほどである。とりわけ最高裁の判事はそれが如実に出ており、團藤氏自身判決において傍聴席から「人殺し」と言われたことがきっかけであるという。團藤氏は同じく裁判員制度には反対であるが最大の要因はこれにあるという(ちなみに井上薫氏も同じ意見である)。さらにその終身刑・無期懲役にも異議を唱えているものもおり、強盗の前科を持っているクロード・ルーカスは、「刑期は20年以下とすべきである。それを超えてしまうと新たな人生を再開できない(p.116より)」と主張している。團藤氏のおっしゃるとおり日本では到底あり得ない、相容れられない主張である。それにも大きな理由がある。現在の刑務所事情、及び再犯率を照らし合わせても、どんなに重い刑罰を受けても人生をやり直ししたうえで再犯せずに人生を全うできるのかとルーカス氏に問いたい。日本では刑務所は他国に比べてそれほど劣悪ではない。それに再犯率は日本は6割と高い。それで人生を再開できるという詭弁はおかしく、犯罪はさらに増えることだろう。そして少し気になったのは東条英機の自殺未遂に関してである。團藤氏は「こめかみを撃った(p.115より)」と主張しているがこれは明らかな間違いで本当は胸、特に心臓に近いところを撃った。この理由については義理の息子である古賀陸軍中佐が自殺した時は拳銃を口にくわえて自殺した時に脳などが飛び散り原形を度止めないほどであったが、東条は見せしめを予想してあえて撃った。これがいきさつである。
第4章「裁判員制度は根無し草」
裁判員制度は来年5月21日にスタートする。もうすでに撤回不可能な状態までいっているため廃止は基本的に不可能と言っていい。但し、これから裁判員制度についての改正が頻繁に行われることを私は望む。英国や米国では「陪審員制度」が設けてありそれに似たような形となるが、裁判員制度で対象となる事件は確定に近いと言えど死刑か無期懲役に値するような殺人事件を取り扱うので裁判員自身も負担が大きい(ちなみに裁判官の負担は軽くなるそうだが、それでもたかが知れている)。裁判員制度廃止論の理由として挙げられるのが前述のような理由に加え、法律を学んでいないものが感情的に極刑を出すという法律関係者の危惧があることもまた一つである(私は「餅は餅屋理論」と呼んでいる)。さらに守秘義務も憲法(思想・良心・表現の自由)に抵触するのではないかという危惧もある。
第5章「憲法九条と刑法九条」
憲法九条はもうすでに認知されきっているためここでは明記しないでおく。刑法九条については知っている人はあまり多くないため明記しておく。刑法九条はこのような明文である。
第九条  死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。
つまり刑法九条改正論者は大概は「死刑廃止論者」であると考えてもいい。
第6章「お悩み解決は團藤説で」
第7章「革命のコツ・團藤陽明学」
第8章「若者よ、正義の骨法を掴め!」
ここでは刑法から離れて團藤氏自身の経験からの指南に変わる。まず表題の「反骨」精神のすすめについてである。團藤氏に言わせれば「不満を持つ子が伸びる」というがそのような精神を育てるには「陽明学」というのが書かせない。私自身この「陽明学」について勉強したいものだがそれに関する面白い本がないというのが実状である。「陽明学」について分からない人もいるのでちょっとここで説明する。
「陽明学」は中国の明朝の時代に起こした儒教の一派で、孟子の「性善説」の系統である。この陽明学の根本思想として
「心即理」…内情そのものが外在する事事物物の「理」であること
「致良知」…「良知(心のうちにある道徳のこと)」を全面的に発揮すること
「知行合一」…知ったことを行動に示すこと
「万物一体の仁と良知の結合」…人も含めて万物は根元が同じであると考え、自他一体とみなす思想と良知の結合を表す
「事上磨錬」…日常の生活・仕事の中で良知を磨く努力をしなければならないこと
以上の5つがある。とりわけ「知行合一」はビジネス書において重要なファクターである。知ったことを実践することにより価値が生まれるのだから。
「反骨」という言葉は響きがいい。当然反骨精神というのは養わなければいけないが、それをどのように養うのかというのは「陽明学」であった。陽明学はこれからのビジネスの上でも役に立つものであることがよくわかった。團藤氏自身も陽明学に関することを出版しようとお考えである。團藤氏の次回作に期待したい。

官僚との死闘七〇〇日

官僚との死闘七〇〇日 官僚との死闘七〇〇日
長谷川 幸洋

講談社  2008-07-31
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本書は小泉政権末期から安倍政権下での財務省の戦いを綴ったルポルタージュである。本書も著者自身は「戦場ルポ」という気持ちで書いた(P.1より)ように活字から財務省の既得権益を守る者たちと、それに対して懸命に闘う者たちの駆け引きが見えてくる。主人公の一人には現在東洋大学の教授である高橋洋一氏は後者にあたる。
本書の構成は以下の通りである
はじめに
第一章「安倍政権の極秘チーム」
第二章「官邸Vs.財務省」
第三章「大型補正の密謀」
第四章「人か、政策か」
第五章「公務員制度改革始動」
第六章「倒幕運動」
第七章「永田町が液状化する」
第八章「崩壊する「大蔵王朝」」
おわりに
安倍政権下での財政改革、そして渡辺行革担当大臣の公務員制度改革などが挙げられる。しかし財務官僚の反発は予想以上に強く、題目に書いてあるとおり700日の間ほとんどが既得権益を守る人たちの戦いであったことには間違いない。そこには、変革を求めずそのままで生きたい、そして既得権益を維持する勢力がうごめいている。これは政治にも国民生活にも同じことが言えるのではないだろうか。さらに考えると日本人の特性のひとつであるようにも思えてならない。

闘う書評

闘う書評 闘う書評
福田 和也

新潮社  2008-06
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本書は平成16年1月〜平成20年3月の「週刊新潮」で連載していた「闘う時評」より書評を中心にセレクトしたものである。
当ブログは書評を中心に投稿しているが、参考のために書評サイトのみならず新聞や雑誌の書評も読んでいる。今回はちょっと本格的な書評を読んでいこうと思う。
第一章「文学賞と死者の値打ち」
ここでは文芸作品の書評を行っている。当ブログでは小説の書評は行っていないため専門外であるが、小説を中心にあるいは小説も書評を行っている人にはぜひ読んでおいたほうがいいだろう。この章の前半では綿谷りさの「蹴りたい背中」から川上未映子の「乳と卵」などの近年の芥川賞・直木賞作品を取り上げている。そして後半では時折書評を交えながら文学に携わった人の追悼文を書いている。

第二章「話題作、さて、ホンモノかニセモノか」
こちらも文学作品であるが、ここではヒットした文芸作品の書評を行っている。これも当ブログでは専門外であるが伊坂幸太郎の「魔王」、リリー・フランキーの「東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン」というよく知られている作品をどのように切っていくのかが面白い。私自身ここしばらくは小説は読んだことがない(ただし古典作品はたまに読むが)。前身のブログ「蔵前トラック(Yahooブログ、既に閉鎖)」では何回か小説を取り扱ったきり、小説に対してどう書評していいのか見いだせなくなり、結局今のようになったのがいきさつとなって残っている。私は小説に対して書評するにあたっての「恐れ」をもっている。本当であればこの「恐れ」に立ち向かっていかなければいけないが、また嫌気がさして戻ってくるという変なサイクルにはまってしまいそうで怖い。

第三章「「下流社会」化する日本で」
ようやく自分が書評を行っている範囲に入ってきた。「一億総中流」が死語化してしまい、「下流時代」に入ってきたこの日本では、ある意味での変革が見えてきている。「メディアの右傾化」を危険視している左翼系論客がいるかと思えば、良くなったという保守系の論客もいる。私は今の考えであれば後者であるが、いまだに日本マスコミの愚かさというのは目を覆うような思いである。さてこの章では三浦展の「下流時代」のみならず、上杉隆の「官邸崩壊」、佐藤優の「国家の罠」などの作品が書評されている。本章の一番最初に「核武装提言」がインパクトが強かった。「核武装」に関する論議というのは本来であれば進めるべきである。「非核三原則」を再確認するためにでもあり、軍事的脅威から守るためにでもあり。しかし日本マスコミは何を履き違えているのかこの「非核三原則」は核を「持たず・作らず・持ち込ませず」であるのに、暗黙の了解で「議論せず」を入れているような気がする。これでは「非核四原則」にしてマスコミの連中はメディアに流すつもりなのだろうか。

第四章「仮想敵、中国・北朝鮮・アメリカを読む」
さて「核武装」が出てきたことによりいよいよ他国論に入っていく。前半は中国と北朝鮮(でもほとんどが中国)で、後半はアメリカに関してである。中国の軍拡は著しく、日本のそれをはるかに凌駕する。ちなみにミサイルのいくつかは台湾と日本に向けられているのは周知の事実であろう。軍事ばかりではなく中国も北朝鮮も反日教育が盛んである。さらにその反日感情がEUにも飛び火していることを考えると日本も手を打たなくてはいけないが一切手を打ってこない、というよりも怖気づいているようにしか思えない。そして後半はアメリカであるが、オバマ政権になってからまず言えるのは戦争に関してはブッシュほどではないが強硬派になるだろう。さらに民主党政権になると一応オバマ政権では親日派が多いように思えるが民主党は親中派が多いため日本にとっては日米関係の構築は難しくなるだろう。

第五章「「フラットな世界」を生き抜くために」
海外の本を取り上げている。自伝から、書評に値しないようなものまである。(11/30文献差し替え(官邸崩壊→ボブ・ディラン自伝))

本書に書かれている書評は、好評・酷評はっきりとしているが、論文に携わっている方にふさわしくオブラートに包んだりしている。私の書評はというと好評・酷評ははっきりとしているが荒削りで露骨と考えてしまう。本物の書評を読むの自分の書評と比べられるため勉強になる。

国際化時代の地域経済学

国際化時代の地域経済学 第3版 (有斐閣アルマ) 国際化時代の地域経済学 第3版 (有斐閣アルマ)
岡田 知弘 川瀬 光義 鈴木 誠 富樫 幸一

有斐閣  2007-04-16
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日本の経済はいまは急速に減速しているとはいえ、それまでは「戦後最長の好景気」と呼ばれていたが、地方からしてははた迷惑な好景気であったように思える。今経済は「グローバル化」の波が押し寄せており、地域経済ももはや他人事ではなくなっている。ただでさえ好景気のあおりを喰らって夕張市のように財政再建団体に入り、その予備軍もたくさんあるのにもかかわらず「グローバル化」の波が押し寄せれば埒があかない。しかしもうすでに押し寄せ始めている以上何らかの施策を考える必要はある。
本書はそんなグローバル化における「地域」についての考察とどうしていくのかという所にスポットを当てている(本からわかるとおり大学の教科書だが)。
第1章「グローバル化の中の地域経済」
本来「地域」というのにも解釈によって意味合いが非常に異なる。日本の首都東京でも「地域」と呼べるし、人口が数100人しかいないところでも「地域」と呼べる。非常に意味合いの多い単語である。では本書にある「地域経済学」上での「地域」とは一体何なのかというと「工業」というのが切っても切れないものになっている。産業や工業によって生産される場所やその一帯の所をおそらく「地域」と定義しているのだろう。
第2章「現代日本の地域経済と地域問題」
日本は戦後工業の発展により奇跡的な経済成長を遂げGDPでは世界第2位にまで伸ばしてきた。しかしその代償として一極集中が顕著となり、地域格差とともに深刻な問題となった。これこそ一刻も早く解決すべきであるその証拠として2001年にアルゼンチンがデフォルト(債務不履行)宣言を行い世界的に信頼を失墜したが、その原因の一つとして首都ブレノスアイレスへの一極集中が原因と挙げられる。
第3章「地域開発政策の検証」
地域開発はそれまでないがしろにしていたわけではない。バブル景気では87年に施行された「リゾート法(総合保養地域整備促進法)」により過疎地域の至る所にホテルやゴルフ場、スキー場の3点セットと呼ばれる大規模開発により経済を活性化しようとした。しかしそのツケが地方に集中し、軒並み財政赤字となり、2006年に北海道夕張市が財政破綻をした。それを促進した政府にも糾弾するのは簡単であるが、こうなったら地方財政をどうするかというのも課題の一つと言えよう。
第4章「地域づくりをどう進めるか」
このようになってしまった地方であるが、これからの「地域づくり」をどうしていくのかというのが大きな課題であろう。さらに住民投票や住民参加と言ったことも必要なもののひとつであるが、今一つ成果が上がっていないというのが現状である。地方財政も国以上に困窮となっており、いつどこで財政破綻が起こってもおかしくないところまで来ている。その中で地域独自の街づくりを行っているところもあるがごく少数であろう。
補論「地域を調べる」
地域政策を専門とする大学生にはぜひ一読いただきたい所である。それに関する論文を書くときにもこれはなかなか役にたつであろう。
第1章では「地域経済学」を学術的に見ているが、第2章以降はいま抱えている地方問題の背景について非常に詳しく書かれていた。とりわけ地方財政については統計的なデータを交えながらの説明であったため地方財政を専攻している人達には教科書にしては読みやすい内容と言える。

日本経済のしくみ

日本経済のしくみ (図解雑学) 日本経済のしくみ (図解雑学)
松原 聡(編著)

ナツメ社  2008-05-21
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日本経済の今現在の仕組みについて書かれているが、本書が出版されたのが、今年の5月ごろである。そのあと、リーマンブラザーズの破綻により急激な株価の下落、急速な円高などにより私たちが想像をはるかに超えて経済は減速した。
本書は日本経済の仕組みを8章構成で解説しているが、出版が半年前であるので現在の状況を交えながら説明していこう(どれくらいリンクできるかどうかは分からないが)。
第1章「日本経済のいま、がよくわかる!」
もうすでに終わったがこれまでは「戦後最大の大型景気」と呼ばれていた。その景気拡大は2002年の2月から始まったが昨年の夏ごろに終焉した。それでも約5年半にも及ぶ好景気だったが、私たち消費者にとっては「実感無き好景気」であったことは忘れてはならない。小泉政権下での経済改革によることでそのことによる所得「格差」の拡大、地域「格差」の拡大が露呈した景気であった。現在のように急激に経済が減速しても、この「格差問題」は生き続けている。ただ資本主義というのはそういったことを甘んじていかなければ成り立たないのは事実であるし、それでも日本は世界から比べたら格差は小さい。だからと言って楽観しすぎるのもよくない。富裕層にかたまりすぎて、庶民たちの層にお金が回ってこなければ消費活動もできなくなるし、それが経済減速の引き金となりかねない。だからと言って格差縮小をやると日本人特有の行動「預金・貯金」に走ってしまう。ではどうすればいいのやらと考えると、「思考のデフレスパイラル」に陥ってしまう私がいる。ただ今回の経済の減速は失業といういやなものを背負う反面、原油高が落ち着き、スーパーなどでは「円高還元セール」を行っている。そう考えると景気が良くなってもいいところもあれば、減速してもいいことはあるようにも思える。
第2章「日本の企業はどんな問題に直面しているか、がよくわかる!」
年功序列が崩壊し成果主義がどんどん入ってきたこの時代、「キャリア」という言葉も頻繁に使われてきており、もはや企業が人を育てる時代ではなくなり、自分自身で力をつけていかなければいけない時代となった。出版業界は軒並み倒産が相次ぎ発行部数も減少している今ビジネス本が人気を集めている。私のいく書店ではランキングもあるが、そのうち何冊化はビジネス本である。それだけ勉強意欲を見せなければこの時代はやっていけないという証拠であろうか(そういう私もその一人である)。転職も当たり前と化しており、これから雇用の流動化は避けられないだろう。企業は「株主重視」となってきているのは事実であり、社員の給料はなだらかに右肩下がりしているのに対し株主配当は右肩上がりを続けているという現象を起こしている。株主の役割が見直され始めたその一方で、会社法とリンクするが外国投資ファンド(スティール・パートナーズなど)が軒並みM&Aにかかってくるのも事実であるが、現時点で成功した例は2例しかない(ケン・エンタープライズとソリッドグループホールディングス、M&FCと日本精密)。さらにその買収や合併を恐れて上場しない株式会社(非上場企業)が増えているのも事実である。
第3章「日本の銀行・証券はいま、がよくわかる!」
2000年にいわゆる「金融ビックバン」が起こりメガバンクが次々とでき始めた、金融業界では「許可制」から「登録制」となり次々と銀行が入ってきた。コンビニを中心とした業界も銀行に参入してきたというのもある(「セブン銀行」がそう)。こういった業界を変えた要因は小泉改革、ホリエモン、村上ファンドが関わっていると言っても過言ではない。ただFX等の投資も最近では多くなり、投資に関する本も多くなったのは金融商品が簡単に変えるようになった恩恵なのか。
第4章「日本の財政はいま、がよくわかる!」
日本の借金は850兆あると言われている。収支の比率からすると異常である。しかしこれでもやっていけるというのはなかなか恐ろしいもので、どこかへそくりみたいなものがあるのだろうか邪推をしていたら、元財務官僚の高橋洋一氏の「埋蔵金」があるということに発端となりそれを利用して経済成長によってこの借金を返済していこうとするいわゆる「上げ潮派」が誕生した。本章では国債のでき方や国の予算のできた方について解説されている。
第5章「日本経済を取り巻く話題、がよくわかる!」
「少子高齢化」「人口減少」「年金」「地球温暖化」といった問題について書かれているが、もっとも今では「雇用問題」と言ったほうがいいだろう。むしろ本書が出版されるときでも「日雇い派遣」などの問題も抱えているような「雇用問題」はネックになるのではと考える。ここでは「地球温暖化」であるが地球温暖化を防ぐ手段はあるのかと模索しているが、結果的にはCO2削減ばかりが表に出ている。ではこのCO2を減少したらどうなるのかというのも根拠が薄く、もしかしたら別の所に原因がある(別のガス、もしくは太陽光など)のではと考える論者もいる。しかし今はまだ論議が行われているからいいが、少し前まではこの地球温暖化懐疑・否定論を見つけることさえ難しいほどであったため、盲信的に信じてしまう人がほとんどであった。こういった議論が活発になっていく方が地球温暖化解決に向けていいのかもしれない(ただし何らかの対策は講じなければいけないのは事実である)。
第6章「日本の経済政策がいま、がよくわかる!」
本書を読むよりも今のほうがホットなのはここだろう。今麻生政権下では「定額給付金」というのが話題となっているが、相次ぐ失言問題などのゴタゴタで雲散霧消と消えるような感じがしてならない。もっともそういうのはメディアの煽動が大きなウェイトを占めているように思えるのは私だけか。
さて「定額給付金」であるが、ある種の「バラマキ」であるのは間違いない。昔のことを知っていれば「地域振興券」に似ても似つかぬようなものである。一人当たり1万2000円もらえるという優れモノであるが、私は「受け取らない」。受け取らなければ国庫に返るがむしろそのほうが私としては良いと思う。私自身1万2000円をもらえるのはうれしいが、働いてもらう方がまだ良い。働かずして国の事情でもらうというのは自分としてもプライドが傷つくような感じがしてならない(ほかにももっと理由はあるが)。
第7章「日本経済をどう変えなければならないか、がよくわかる!」
「構造改革」「郵政改革」「道州制」と言った改革について触れられているが、最も変えられるものは「政権交代」であると私は思う。実際に衆議院解散総選挙は先延ばしされておりおそらく来年の3月にやる見通しだがこれを逃すと任期満了になる可能性は非常に高くなる(任期満了は来年の9月)。しかし与党の公明党はそれを許さない。というのは公明党にとっては来年に行われる都議会議員選挙がある。それと選挙を重ねたくないというのがあるが、過去に都議会議員選挙と総選挙が近い日にやった時は決まって自民党が勝っているデータがある。それを狙っているのかという自民党幹部の考えもあったりして。
第8章「グローバル化の中の日本経済の課題、がよくわかる!」
サブプライムローンの焦げ付きにより景気が減速し、ドルの信頼も失墜した。中には基調通貨はドルからユーロになるのではという人もいたほどである。昨今アメリカは経済大国となったが、EUの巨大化、そしてBRICsの経済成長によって脅かされているのも事実である。日本にとっても他人事ではなく、中国に追いつかれそうになっているが、「グローバル化」と呼ばれている中で日本はどうすればいいのかと考えても、国際的な風にどうかすればいいのかというと私はそうではない。むしろ日本が煽動することが先決なのではと私は思う。

キミがこの本を買ったワケ

キミがこの本を買ったワケ キミがこの本を買ったワケ
指南役

扶桑社  2007-03
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一見不思議な本である。
本書は一体何なのかというのを見たくなったが、広告についての本である。とはいえ度購買意識や心当たりの心理学と言ったものも含まれる。
第1章「さて、心あたりありませんか?」
「ダイエット中にもかかわらず自分へのご褒美としてケーキを1個。しかし翌日には2個に増えている」
「ついで買いが多い」
「デパ地下やコンビニへふらっと行き結局何も買わなかった」
ということに心当たりのいる人はいるだろうか。私はダイエットに全く興味がないが、後ろ2つはかなり心当たりがある。本を買うときでもついでに買ったものが一番うまく書けているものがある。書評家の定めなのか。最後のコンビニは間違いなく私もその一人である。ちなみにあの方も。私に絵の近くにはローソンがある、もっと行けばセブンイレブンもある。またさらに行けば24時間営業のスーパーもある。しかし最寄りの駅まではあのスーパーよりも遠いというのがオチ。それは置いといて、書評や資格試験の勉強に煮詰まった時は決まってコンビニによることが多い。そこでパンを買ったりシュークリームを買ったりして食べながら帰る。そのことで思いもつかないネタを閃いたり、本について考えたりすることができる。モノを買うことと歩きながら考えること両方ができるのでコンビニは止められない。こう考えるとこういったコンビニもふらっと立ち寄らせると言った心理を働かせている。
第2章「ずばり、広告って参考にしてますか?」
よくTVのCMや最近ではサイトでの広告媒体を頼りにして買おうという購買意識を持っているのかという所について書かれているが、TVのCMが印象的であるが実際に購買意欲があるのかというとそうではないという。売り上げが広告に直結しないことはないものの、印象の残るCMが売り上げに直結しないのは明白な事実である。本書にも書かれているが長年親しまれてきたCMが突然変わっても売り上げに影響しないというケースもある。ただし、長年愛されてきているCMは効果がある、本書では桃屋が挙げられているが、もう一つ私が挙げるとすればお線香の「毎日香」のCMだろう。長年五代目三遊亭円楽が語り手、もしくは出演してCMを行っていることから「毎日香=三遊亭円楽」という構図ができている。最も詳しい人であれば「笑点=三遊亭円楽」という人もいるだろう。
第3章「ところで、なぜ、これを選んだんでしたっけ?」
衝動買いでついつい買ってしまったもの、衝動で買いたくなってしまうものがある。実際私自身ためらう時もあるが「なぜこれを選んだろう(選ぶのだろう)」と考え込むこともある。たとえどうしても欲しいものでも、だ。口コミで面白い本を進められることもあるが大概は面白くはないが、中には面白いものもある(「速読勉強術」がいい例」)。でも「なんで」を突き詰めれば自分らしい買い物ができるし、この商品が面白いのかもわかるようになる…のかもしれない。
第4章「けっきょく、売るのも買うのもむずかしい。」
つくづく考えてみたらこの題目の通りである。売るのにも「売り文句」や売れるためのキャッチフレーズをつくる、そしてほかの商品との差別化を図るためにも努力が要る。逆に買う方も流行にとらわれてばかりではいくらお金があっても足りない。最後に自分自身に聞いてみる。
「君がこの本を買った本当の理由は?」
読む前も読んだ後でも難しい質問である。でもやっぱり表題に惚れた。これでいいかな?

すごい!電話術

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電話というのは声で人柄が伝わる。コミュニケーション力を鍛えるには格好の手段であるが、言い方ひとつで顧客の信頼を得たり、失ったりすることがある。コミュニケーション力を鍛える一つとして電話であるが、この電話術にもコツがいると言うので本書を手に取った。
第1章「あなたの電話の基礎力はどれくらい?」
電話をするにあたって基礎的なことを測ったほうがいい。この章での「基礎力テスト」はぜひやった方がいいと思う。自分がどれだけやっているのかというのを踏まえたうえで本書を読んだ方が身につき方が違う。
第2章「電話を制する者が仕事を制する」
電話は究極のコミュニケーションであるがこの電話の仕方にもいろいろあるもので、「外出中の同僚あての電話を取った場合」や「困った相手の対応の仕方」、「不満を言い続ける相手の対応の仕方」と言ったものまである。後者の2つは厄介なものであるが、しっかりとした対応で信頼を生むのみならず、時間の無駄を防ぐ。本書の正しい例のような切り返し方を学ぶことは社会人として生きることで、備えあれば憂いなしと言っていいだろう。
第3章「聞くスキルが電話の成否を分ける」
コミュニケーション力の中でも「聞く力(聴く力)」は重要なウェイトを占める。そのため大概の企業は新人の機関は「電話番」をやらせるという。本書には「聞き上手への道の10カ条」がある。
1.電話のマナーを知る
2.相手の声の調子を聞き取る
3.相手の話に集中する
4.相手の話を遮らない
5.相手の話を先入観で聞かない
6.相手の話に共感、受容する
7.相手の話を否定、拒否、批判しない
8.相手の話に相槌を打つ
9.自分の言葉で質問する
10.メモを取り、復唱する
私は聞き下手になってしまっているような感がある。SEである以上コミュニケーション力というのは非常に重要である。特に4、5、7は意識したほうがいいと私自身思った。
第4章「相手を動かす電話術」
相手を動かすための電話術について書かれている。とく営業の方にはこれはもってこいと言っていい。「道案内」や「提案」と言ったものから「相手を不安にさせない」「説得」と言ったものまで例示されている。
第5章「苦情・クレーム電話を力に変える」
クレームというのは電話でも会話の中でも非常に嫌な部類に入る。私もアルバイト時代はクレーム対応に苦しんでいた時があり、そのことによって店の信頼を崩してしまった失敗もある。ただクレームというのは対応次第で信頼感を勝ち取ることができる大きなチャンスと言える。さらに電話においての「聞く力」、そしてコミュニケーション能力を鍛えるうえで格好の訓練となるのがこれだと私は思う。この技術を鍛えたら鬼に金棒、百人力と言っていい。
電話は声で伝えるコミュニケーションの手段である。その中でどのような電話をしたらいいのかというのは実践を通しながら、そして本書を学びながら上達することが非常にいい手段である。

ダメなら、さっさとやめなさい! ~No.1になるための成功法則~

ダメなら、さっさとやめなさい! ~No.1になるための成功法則~ ダメなら、さっさとやめなさい! ~No.1になるための成功法則~
セス・ゴーディン/神田昌典:解説 有賀裕子

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壁にぶち当たる時がある。その中で成長する過程があればどんどん這い上がっていけばいいのだが、壁にぶち当たると言っても、潮時の壁にぶち当たったのであればその壁を破っても衰退という憂き目にあう。当然引き際も大切である。No.1と呼ばれる人はやめ方がうまいと言う。ではNo.1は本当に必要なのかと考えてしまう。あまり好かないのだがSMAPの(作詞・作曲は槇原敬之)「世界に一つだけの花」のようにNo.1にならなくてもいいのではないのかと邪推する人だっている。
「「世界で最高」になろう!」
ナンバーワンになるためには「引き際」が大事になるが、それについて「無限の可能性がある」という幻想にとらわれがちになったり、「あきらめない」ということも時と場合がある。さらにこの章では学校の勉強の過ちを糾弾している。本書では「幅広くいろいろなことを身につけるのが、成功の秘訣(p.26より)」を批判している。当ブログでは幅広い本を書評しているが、これは間違いかと疑い深くなってしまうが、よくよく考えてみたら幅広い本を通して成功しようというのではなく、(知識の)引き出しを増やす、読書を通じて物事の本質を見抜く力を身につけることを目的としているため上記の批判にあたらないのかと考えている。
「進むも引くも見極めが大事!」
運命と引き際というのは非常に難しい、ではこの見極めというのは言いたいどこで見分ければいいのかというのが知りたいが、ここでは「運命の谷」「行き止まり」「絶壁」を紹介している程度である。
「運命の谷に立ち向かえ!」
運命の谷に立ち向かうことも大事である。「経営の神様」と言われたジャック・ウェルチはこのチャンスで「ナンバーワンかナンバーツーになれなければ撤退する(p.42より)」ということはあまりにも有名である。それだけチャンスを見極めてそれを逃さないという意気込みがある。
そうでなければ引きかえすが、人は悪い意味で執着心があるもので、なかなか引きかえさない。本書はそれについて恐れているのではないか、未練があるのではないのかという考えがある。
「運命の谷を見極めろ!」
さてこの「運命の谷」を見極める方法に入る。本書では八つのタイプに分かれている。
・モノづくりの谷
・セールスの谷
・スキルアップの谷
・リスクの谷
・人間関係の谷
・発想の谷
・自我(エゴ)の谷
・流通の谷
それぞれの谷があるが、その谷にぶつかった時がチャンスがある。当然そこで這い上がれることができるのかが勝負どころである。しかしそこで平均点以下であれば今までの努力も水の泡と言える。
「運命の谷を這い上がり、頂点を見極めよ!」
頂点を目指すにはあきらめも肝心である。「小」を捨て「大」を狙うことも厭わないことである。さらにこの「運命の谷」はいよいよ最後のほうに向かう所にあるという。苦しい暗闇から脱出し、光が見えた時がチャンスである。でも人はその光を想像できるのか、もし暗闇ばかりでなかなか抜け出せない陥穽の中であるならばそこから脱出できるのかともおもう。「見切り」が大事と言えようか。
「やめることは恥じゃない!」
「やめる」というのは一見ネガティブなイメージしか持たない人が多い。企業においてある社員が辞めるとなると場合によれば社員生命をかけて引きとめる人もいるだろう。で、やめると言った社員は本当に辞める理由は何なのかである。本書ではダグの話があるが型にはまったときであるという。やめることは恥ではないが中には「やめてはいけない」ことはある。それは前述のようにこの後見込みのある壁がある時である。
「引き際を見極めろ!」
引き際を見極めるには以下の3つを問いかける必要があるという。
・パニックに陥っていないか?
・誰に働きかけようとしているのか?
・目に見える進歩があるのだろうか?
その問いかけを踏まえることと、あらかじめ決めておくことも手段の一つである。私自身も決めているが…、今言ってしまうと会社の人から見放される可能性が高いので時期が来たら言おうと思う。それまでは口を噤もうと考えている。
「突き進むべき方向を見定めよ!」
自分の目指すべき分野はどのようなものかということを見極めることが必要である。
自分の進んでいる世界が、もしかしたら潮時になっているかもしれない。もし自分が進みたかった世界ではない、ちがう世界で、しかもその世界が前述のような潮時であったのならばあなたはどうするべきか。私であればある程度学んだあと違う世界に突き進みたいというのが本音であるが、何年間いたほうがいいのかというのが見極めも大事であろう。
引き際というのは非常に難しいが、難しいだからでこそ究極の戦略が必要であろう。

「伝説の社員」になれ! 成功する5%になる秘密とセオリー

「伝説の社員」になれ! 成功する5%になる秘密とセオリー 「伝説の社員」になれ! 成功する5%になる秘密とセオリー
土井 英司

草思社  2007-04-17
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先月下旬に行われた出版記念パーティーにおいて名刺交換した方である土井英司氏。「ビジネスブックマラソン」というメルマガにおいて毎日1冊ビジネス書の書評も行っているだけではなく、ビジネス書出版にまつわることにも大きくかかわっており、数々のビジネス書出版の裏方として非常に有名である。
さて本書は「伝説の社員」となるためにどのようなセオリーがあるのかということを著者自身のエピソードを交えて提言している。本書ではいくつか名言を取り上げながら書くことにする。
第1章「自分の値段は自分でつける!」
さてここでいくつか名言を紹介する
「ここぞという場所では自分は安く売る、
 その方が後で、何倍ものリターンがある(p.17より)」
「年収300万円として、1000万円は自分で稼ぎ出さないと社員として失格(p.21より)」
「時間と引き換えに、初めて成功を手にできる(p.30より)」
まず自分を安く売ってみる。企業はその価格の裏で何ができるのかどうかというのが自分の本当の価値である。就職するにあたり企業は約200万なり400万もの金をつぎ込んでいる。さらに年収何100万ものお金を企業に投資している。では自分はそれに見合った仕事をやっているのだろうか。そしてそれの3倍や4倍にもリターンのできる社員になっているのだろうかということを考えなければならない。「自分は何をしているのか」「何をすべきなのか」ということを自分なりに考え、そして切磋琢磨していかなければならない。時間がたつにつれそのことにより成功に導くだろうという。その期間は著者によれば「9年」である。著者自身の体験談であるが「継続は力なり」というのがひしひしと伝わってきた。
第2章「付加価値をつければ人生が変わる!」
「人は生まれたばかりの「原価の自分」に、さまざまなかたちで「付加価値」をつけています(p58より)」
「だからこそ彼らは、つねに「仕入れる」ことを忘れませんでした(p.59)」
人は常に成長し続けることで初めて価値が見出される。上記の名言の通り原価に付加価値をつけるために。それを「自分への投資」というが、それを投資するために金は働きながら成長し、得た金の中で成長し続ける軍資金として成り立つ。さらに時間も管理しなければならない。1日24時間の時間の中でリスクを恐れずにチャレンジしていくことが大切である。しかし会社は毎回のようにリスクのかかるような仕事を振ることは限らない。時には書類の整理やコピー作業などの雑務も頼まれることがある。だがこれも、いやこれこそ自分を磨く手段であり、その中でどのように効率的な仕事をこなすのかということを考えると今の仕事にも工夫すべき点はたくさんある。当然それに関してのエキスパートになればもっと質の高く、そして上のレベルの仕事をもらうことができる。
第3章「最強の自分マーケティング」
「あなた自身が希少品となるために、ふさわしい自己投資をし、ふさわしい場所を発見するために全力を尽くすべきです(p.111より)」
それは読書でもセミナーでも、あるいはちょっとした飲み会でも自己投資となり得る。その自己投資の中で、自分はどのように成長したいのかによってどのように変わるのかが違ってくる。
第4章「「伝説の社員」になれ!」
「人が苦手とすることを、トイレ掃除でも力仕事でも、率先してできる人は貴重です(p.156より)」
まさにその通りである。もっと言うとこれらの苦手とする仕事の中にも仕事上でも、人生上でも意味を見いだせる人もそうではなかろうか。
非常に中身の濃い1冊であった。強調されているものを列挙したかったが、あまりにも多すぎるため、1部だけ取ることにした。著者自身の体験と長年ビジネス書を読んで出した答えがここにある。本書を読んでその価値を見出し、どのように行動していくのかは自分たちの心がけ次第であることも忘れてはならない。

天気予報いまむかし

天気予報いまむかし (気象ブックス) 天気予報いまむかし (気象ブックス)
股野 宏志

成山堂書店  2008-09
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ニュース番組でも新聞でもインターネットでも必ず流れる天気予報は流れる。この天気予報はどのような歴史があるのかというのを見てみたいがために本書を手に取った。
本書は天気予報についての今昔について書かれている1冊である。
第1章「天気予報の文化的側面」
よく天気予報で「今日は暦の上では…」というのが多い。実際「暦」というのは全部で二十四節あり代表的なもので言うと「立春」や「秋分」といったものがあるだろう。とりわけ「春分」と「秋分」は祝日として扱われており、これらの日には「御彼岸の中日(ちなみに前後7日間を「彼岸会(ひがんえ)」という)」となっている。
さてここで少し豆知識であるが「お天気」はよく晴れるなどの好天を現しているのだが、これは日本に限ったことであるということははじめて知った。では西洋での「お天気」はどうなのかというと、悪い天気のことを表している。
第2章「天気予報の学問的背景」
気象学に関しては、だんだん正確になってはきたものの、自然というのは恐ろしいもので今年の夏の「ゲリラ型豪雨」など予想できないものまで存在する。本書ではこういった気象学の状況について都都逸になっている
 地球の空気はひねくれものよ。温めりゃ上がって冷えていき、冷やせば下がって温まる。
 押せば勝手にそれるしね。本に気骨が折れること(p.71より)。
第3章「天気予報の技術的側面」
アメダスや百葉箱などについて詳しく書かれている。でもよく考えてみたらアメダスは昔どのように使われていたのかというのが不思議でならない。ちょっと調べてみたら、アメダスは1974年に運用が始まったが、それまでは気象観測地点として、現在で言う地位気象観測所や区内観測所しかなく、おおむね100㎞程度間隔でしか観測できなかった。今のように網羅できたのは1979年のことである。百葉箱は19世紀ごろからできてきたと言われており、日本に渡ってきたのが1874年のことであり、気象観測として正式に使われ出したのが1886年である。アメダスは「露場」という百葉箱を田敦士機などの温度計や湿度計と言ったものが使われている。より詳しい気性を把握するという観点は機会が進化しても変わらない。ありのままの技術の範囲を伸ばしながらこの気象情報は進化しているのだなと考えられる。
第4章「情報通信時代の天気予報(情報通信気象学)」
情報通信の時代になって飛躍的役的に早く、そして簡単に手に入るようになった。気象情報は絶えず進化している。しかしその根本というのは百葉箱の如く変らないものであるが、その延長線上として進化しているのだろうと私は思う。
最後に余談であるが、北海道では20年ぶりに氷点下20度を下回ったという。北海道(特に内陸部)では毎年12月~2月にかけて氷点下20度を下回ることが多いが、今月に下回ることは私の中でも初めてである。冷凍庫よりも寒いこの温度、他の人たちはどのように感じるのか聞いてみたいものだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081125-00000008-yom-soci

不況に負けない再就職術

不況に負けない再就職術 (岩波アクティブ新書) 不況に負けない再就職術 (岩波アクティブ新書)
中井 清美

岩波書店  2002-04-05
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本書は今から約6年前に出版されたが今の就職活動状況とやや似ているところもあるので購入した。想像を絶するリストラ劇から、どのように転職をするのかという所について克明に描かれている。自債に中小企業では「派遣切り」と言ったことや、それより上の企業でもリストラが相次いでいる。悲惨なものと言えばまだまだあり、大学卒業を控え企業から内定をもらった大学生はそろそろ卒業研究、もしくは卒業論文を執筆している矢先に「内定取り消し通知」が来たことにより、就職活動をやりなおさなければならないという事態にまでなっている。
これについて端を発したのがリーマンブラザーズの倒産による株価の急落であるが、それについて割を喰らっているというと労働者や中小企業であろう。さらに円高のニュースや株価の急落ばかりで日本の景気が悪くなるというニュースばかりであるが、消費者にとっては必ずと言ってもいいほど悪いものではない。特にレストランや日用雑貨店では「円高還元セール」と言ったものから、原油高の高騰が落ち着いたことによりインフレが小康状態となった。
それはさておき、これから派遣切りやリストラのあらしが吹き荒れることだろう。その時に派遣会社から、そしてハローワークでは本書でのルポのように殺伐とした状態になるであろう。
ではどうすればいいのかということになる。当然この状況下で転職をするとなると相当なリスクを背負わなくてはならないのは明白である。その中でまずやるべきなのは、「自分自身の棚卸」であろう。自分が仕事をどのようにして成功にしたのか、これからどのようなことをしたいのかというのを考えるべきである。
本書にはちょっとおもしろい「裏」ワザが載せられていた。
・手土産を用意する
・社訓の暗誦
・応募企業に日参
と言ったものである。最初にもいったが本書が出たのは今から約6年前であるためもしかしたら通用しないこともあるし、さらに言うと人事担当者もこれを読んでいる可能性が高いのでやるには細心の注意を払ったほうがいいかもしれない。とはいえこういう本が出ている担当者は何人いたか知らないためこの裏技が通用するかも知れないと考えたり。
経済が急激に減速したことにより路頭に迷う人もいれば、就職難にさらされる人も出てくるだろう。そういった中で自分のキャリア、そして自分自身を見つめなおすこともまた大切である。その中で自分は何に向いているのかというのが大切になってくるが、だからと言って過度の選り好みは禁物である。自分の首を自分で絞めることになりかねない。

人は誰もがリーダーである

人は誰もがリーダーである (PHP新書) 人は誰もがリーダーである (PHP新書)
平尾 誠二

PHP研究所  2006-11-16
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組織を生きていく上でリーダーは存在するが、自分が何の役割を担いどのような行動をしていくのかというのをリーダーにすがりつくようでは組織としては成り立たない。自分にはこういった役割があることを認識したうえで行動していく、本書の表題「人は誰もがリーダーである」というのはこういうことを言っているのではないかと私は思う。ちなみに著者は伏見工業高、同志社大、神戸製鋼のラグビー部とわたり、ラグビー日本代表としても活躍した。現在では神戸製鋼ラグビー部のゼネラルマネージャーとして勤めている。
第1章「弱さを知ってはじめて「強い個」は生まれる」
人には必ずと言ってもいいほど「弱さ」は存在する。その「弱さ」を否定する人間も「弱い」。しかし人はその「弱さ」からより「強くありたい」と意識し、本書の述べている「集中力が生まれる」ということにつながる。「弱さ」があることにより、より強くありたいという考えが生まれるものだが、悲しきかな人間はそういう風にできていないことが多く、むしろ相手の弱みを漬け込んで自分を優越するという感情が心の奥底である。そしてその弱みを恐れないと同時に「恥」と「失敗」を恐れない人こそ強くなれるという。日本人はこの2つを恐れてしまっている。当然2つを経験するリスクはピンキリはあるものの計り知れないものである。しかし得るものは大きい。この章の大きな狙いは「リスクを恐れない」こと。そのことによって「強い個」は生まれるのだから。
第2章「部下の弱さを克服させ、強さを生み出すリーダー力」
モチベーションにも2種類存在しており、本書では「内発的」と「外圧的」に分かれている。
「内発的」は自分の成功によって形成されるモチベーションであるが、一方で「外圧的」はコーチなど上司からの指摘や叱咤から来ることからくる。それにも上司はどうやって自分で気づかせるのか、そして部下を見抜くのかというのが肝心になる。さらに部下自身もやる気にさせることも必要であるが、やりようによっては部下のモチベーションを低下させる要因となってしまう。これについてはコーチングが肝心となるだろう。
そして「若者がヤワになった」と言われるが、これは「反発」が足りないと著者は指摘している。現に私たちの世代はそういった悔しさを表に出さないのか、それともどうでもいい、もしくは「なんくるないさ」というような感情が出ているのかどっちだろうか。ちなみに私の考えは前者の方が強いと思える。
第3章「人は生まれながらにしてリーダーである」
リーダーシップとは一体どのような能力であろうかと考える。自分から動く行動力もさることながら、プロジェクト全体を見据える大局観と、先を読む先見力や洞察力、コミュニケーション力(特に「聞く力」)が必要となろう。その能力をもってのリーダーの仕事は競争相手と戦うためにどうするのかというのである。
第4章「強い組織は成熟した個人の集まりから生まれる」
組織ではたくさんの「個」があるがその中でも異端と言われる人もいる。しかしそれを排除するというのが心理として働くが、あえてその異端を許すことこそが強い組織として成り立つのではないかという。
第5章「個人と組織の力を最大限に生かす戦略とは」
個人の力をリンクさせながら組織の力を最大限に生かすという。そして外との勝負を明確にし、状況を客観視できることが肝要である。
本書は技術的なリーダー論の中でも著者がラグビーの日本代表を務めていたことからの観点で書かれたリーダー論であり、技術的なことにとらわれない斬新なものであった。組織を生きていくにあたって一人一人がリーダーとして何をやっていくのかということを考える、そのことからこの表題になったのだろう。

予兆発見 百の小話―デジタル・ネット家電で身の回りはこう変わる

例のやつがどうやら調子が悪いみたいなので今回はこれで我慢することに。
本の表紙から見るに「小話」というよりも「小咄」という表現のほうがいいのではと思った。表紙からして落語だろう。
それはさておき、IT化が著しくなったこの時代であるが20年前にこれほどのIT化を予想した人、もしくはそう考えた人はいたのだろうか。おそらく誰もいないだろう。証拠とは言わないが、手塚治虫の「鉄腕アトム」は21世紀の日本について描いていたが、これほどまで露骨にハイテク化にならなかった。一方で「アトム」では電話が黒電話だったのに対し今では携帯電話がもう1人1台といわれるほどまで進化を遂げた。さてこれほどまでに急激にIT化してきたわけだが、今後どのようなことが変わるのかについて小咄にしたのが本書である。
いくつかピックアップしてみよう
第7話「カラオケと知財権」
まず出てくるのが「カラオケ」の語源である。カラオケは和製英語かなと思ったらどうやら違っていて、昭和31年にあるオーケストラの楽団員によるストライキの影響で、松下電器産業(現:パナソニック)がテープ演奏を提供したことから始まる。ストライキをしていたことから「オーケストラ」ピットは「空っぽ」、それにより「カラオケ」となったのである。カラオケは「空っぽのオーケストラ(ピット)」の略字というわけか。でここからがまじめな話。「知財権」ということを絡んできていることか、このカラオケ以後著作権問題が活発化していることは周知の事実である。最近では動画共有サイトがJASRACに著作権料を支払うことで決着がついたというものがあるが、著作権関連のことでまだまだ課題が山積していることは間違いない。
第14話「ITと新日本語」
「最近日本語が乱れている」という人が多い。しかしこれは今も昔も変わらないことである。そもそも日本語の変化というのはめまぐるしいと考えると乱れているのはいいことかと思うのだが、IT化や戦後日本文化の崩壊によるものが顕著ではなかろうか。
第47話「新聞休刊日も良いが、テレビ休報日とネット休信日は?」
こういうのもあったほうが良いかもしれないと思った。だがネットについては毎年2月か3月に1日だけパソコンをやらない日という催しがあったのだが、これが広がれば「ネット休信日」というのは始まるのではないかと考えられる。
第56話「IT教育はコミュニケーション教育である」
まさにそのとおり。IT業界やITにまつわるものについてはメールやチャットなどのコミュニケーションが肝心である。IT化によりコミュニケーションがはく弱化したことによるものなのかもしれない。
第85話「動物とITはどちらが役に立つのか」
地震に関しては動物の本能が正確といって良いだろう。緊急地震速報が導入されたが、正確化というとそうではない。もっというと台風や津波などの災害で動物は強い。水牛やカバが津波によって死んだという例がほとんどないという。それだけではなく、地震の予兆として動物の行動によりわかるということをTV番組で知った。そのことを考えるとITにより正確に測れるのは非常に難しく、むしろ動物の本能のほうが正確であろう。ちなみにそういった本能はもともと人間にも備わっていたが、心の豊かさと同様にモノの豊かさによって失われた。
IT化はまだまだ行われることだろう。しかし全部が全部IT化することができない。例えば緊急地震速報は完全に予知することは不可能といってもいい。もしその余地ができたとしても未然に災害を防ぐことができるのかというとそうではない。ITの進化は止まらないが、この時代にこそ必要なのが「コミュニケーション力」や「人間力」、そして「足るを知る」力なのではないかと私は思う。

キャリアが高まる1日15分 速読勉強法

キャリアが高まる1日15分 速読勉強法 (エスカルゴムック 247) キャリアが高まる1日15分 速読勉強法 (エスカルゴムック 247)
松田 真澄

日本実業出版社  2008-10-25
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私自身、資格の勉強に明け暮れている一人である。今日も朝から資格試験を受けに行くため、読書の合間に勉強したりしている。当然テキストの速読から問題演習までやっている。一応実感はわいているが、やっぱり速読を生かした勉強がしたい。
以前smooth氏の記事にてちょっと興味がわき本書を買ったのだが、「BTRメソッド(Basic Training for Readers Method)」による速読トレーニングだという。
以前にも書いたのだが私は我流で速読力を磨いたのだが、この速読本はなかなかに面白い。
ありきたりのトレーニングなのかと思って甘く見ていた私が間違っていたと確信するほどトレーニングが面白くできている。私は一遍騙された気持ちでやってみたほうがいい。面白いように本が早く読めるだけではなく、論理的に物事をとらえることができ、勉強にも役に立つ。速読は継続か肝心なのだが、このメソッドを行えば面白いように本が早く読めるかもしれない。というよりもこのトレーニングメソッドが非常に面白いところに惹かれる。「数字ランダムシート」や「漢字一行パターンシート」などがお勧めである。

江戸歌舞伎の怪談と化け物

江戸歌舞伎の怪談と化け物 (講談社選書メチエ) 江戸歌舞伎の怪談と化け物 (講談社選書メチエ)
横山 泰子

講談社  2008-09-11
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今日はちょっと縮小といった感じで。
当ブログの題名は「蔵前トラックⅡ」であるが、これの起源は落語の演目からきている。四代目(自称九代目)鈴々舎馬風が「蔵前駕籠」という題目の「駕籠」を「トラック」に改変して口演したのである。詳細はウィキペディアのほうが詳しいが、ただし今も馬風はいるがそれは五代目である(芸風はよく似ているが)。上記の四代目馬風で調べたほうがいいだろう。
さて怪談と言えば落語にとっても欠かせない。とりわけ有名なのが初代三遊亭圓朝作の「怪談牡丹灯籠」や「真景累ヶ淵(しんけいかさねがぶち)」である。最近ではこの噺が演劇になったりと落語を知らなくてもこの作品を知っている人もいる。
本書は落語ではなく歌舞伎の怪談について書かれているが、歌舞伎の怪談でも小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の怪談とよく似ているのでそれほどとっつきにくくない。

100億円はゴミ同然―アナリスト、トレーダーの24時間

100億円はゴミ同然―アナリスト、トレーダーの24時間 (幻冬舎新書) 100億円はゴミ同然―アナリスト、トレーダーの24時間 (幻冬舎新書)
坪井 信行

幻冬舎  2007-07
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大富豪とある職業を除いて、「ふざけんな」という題名である。
ある職業とは「証券アナリスト」や「証券トレーダー」といった証券マンがそれにあたる。就職活動の時に「証券会社は激務だからやめたほうがいい」と友人からよく言われた。何せ時間的にも金銭的にもものすごい激務である。本書はその証券に携わる「証券アナリスト」や「トレーダー」と言った人たちがどのような仕事を子なっているのかについてスポットを当てている。
第一章「投資関連業界の構造」
著者はこの業界に入って約20年経つ。その体験とこの業界の細部まで書かれているというのがここでよくわかる。ここでは「バイサイド」「セルサイド」「ヘッジファンド」等の用語が出てきている。簡単に言うと投資モノについて資金を預かって運用する側(投資信託もその類か)を「バイサイド」で、注文を取り次ぐ側を「セルサイド」という。「ヘッジファンド」については本書では「定義が存在しない」というが「絶対リターン」をするファンドのことを言っている。私なりの解釈であるが「絶対リターン」を求めて潤沢な資金を運用し、さまざまなところに投資を行い、結果的にリターン(利益)にして帰っていくファンドのことを言うのではないだろうか。
第二章「証券アナリストの実態」
証券アナリストはどのような仕事をしているのか私は知らなかった。
「証券アナリスト」とは金融のみならず、債券や景気など金融にまつわる様々な動向を分析する人のことをさし、業界の中では高収入の類に入る。とりわけ特定の業界について詳しい証券アナリストのことを「ファンダメンタルズ・アナリスト」という。ちなみにニュースなどでコメンテーターとして経済のことを話す人らはこの人たちのことをたいがい指す。
第四章「アナリストの生活」
高収入でTV番組に出ることもしばしばあると考えると華があると思わせるが、現実はそう甘くはできておらず、サラリーマン特有の電車通勤だけではなく「ハイヤー通勤」もざらにあるという。これは終電を乗り過ごしたり、市電では到底間に合わない時にこの「ハイヤー通勤」というのが使われる。さらにオフィスにつくのは非常に早く、開始直後から機能の仕事やレポート等の作業を片付け、レポートや上司のサポート等めまぐるしい日々であり、しかもそれが毎日続くという(平日・休日関係なし)。「年間5000時間」労働というから驚きである(1日に換算すると約13.7時間!)。まさに「ハイリスク・ハイリターン」である。
第五章「トレーダーの生活」
トレーダーの生活もまた同じである。トレーダーも始発ごろに出社する。そこで市場のチェックなど数多くの仕事はあるが、アナリストと違う点は翌日の準備ができれば帰ることができる。早い人では午後5時に帰れるという。そう考えると翌日の準備の量というのが天と地ほどの差があるのではないかと自分なりの推測になってしまう。
こういった業界は激務であることがわかる。しかしそういった激務を通じて経済についての膨大な情報を得ることができ、数多くの人脈を構築することができる。本書は証券のことに関して著者の体験した限り詳しく書かれているため、証券業界志望の人にとっては必読の1冊である。また証券業界に内定した人もその企業の1日についてイメージトレーニングのために本書を買ってみるのもいいのではないかと思う。

新しい太陽系―新書で入門

新しい太陽系―新書で入門 (新潮新書) 新しい太陽系―新書で入門 (新潮新書)
渡部 潤一

新潮社  2007-11
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2006年夏に冥王星が「準惑星」に格下げされたことで「太陽系」というところから外れた。私の世代では太陽系を覚えるにあたっては「水金地火木土天海冥(すいきんちかもくどってんかいめい)」と教わっていた。余談であるが親の世代は「水金地火木土天冥海」と教わっていたというが、このときは周机上太陽からの距離が冥王星と海王星で逆転していたことからである。さらに音楽になるとグスターヴ・ホルストの組曲「惑星」に「冥王星つき」というものも数多く世に出たときでもある。しかしこの「冥王星」はホルスト自身は作曲しておらず2000年にホルスト協会の理事であったコリン・マシューズが作曲したものである(内容は「惑星」の最終楽章「海王星」の終結部を少し書き変えたものである)。ちなみにこの「惑星」の中で皆が特に聞きなれているのは第四主題の「木星」であろう。平原綾香の「Jupiter」もこの曲を広く認知させた立役者の一つであろう。
それはさておき、本書はこの新しい太陽系を一つ一つ見ていくといういわゆる太陽系に関する「入門書」として位置づけられている1冊である。
<太陽>
太陽系の親玉と言われている。第二章にあたるがこの題目に「大家族の中心にある“ストーブ”」と言われているがここで思い当たる節が一つ。今年の春までずっと北海道に住んでいたが(むしろ北海道で生まれ育った)秋ごろにはよくストーブのCMが流れている。中でも「コロナの石油ストーブ」が私の中でも印象に残っている。この「コロナ」というのが太陽周りを取り巻く薄くて非常に熱いガスである。なんと表面の温度が大体6000〜8000度であるのに対し、コロナは約100万度もする。なぜ100万度にできるのかは科学的にも、宇宙学的にもまだ解明されていない謎の一つである。題目の「ストーブ」と来るとこういうのをネタにしたい私。渡部潤一氏のネーミングにはある意味でやられたものである。
<地球>
地球は人間が生き永らえる唯一の惑星である。それは酸素と水である。これがどのようにしてできたのかというのも38億年前の生命の誕生が起源となる。それがどんどん蓄積されてきたことにより現在の地球になったが、これが天動説なのか地動説なのかという論議も昔はあった。「天動説」は地球を中心にした説であり、「地動説」は太陽を中心に地球は回っているという説である。この地動説を提唱し、宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイの名言「それでも地球は回っている」がこの地動説を表している。
<月>
1961年アポロ11号が月面に着陸し、その中で月面の調査を行い、さらに月の石を持って帰ってきた。ちなみにこれは1970年の大阪万博で展示されたというのは有名な話である。
<火星>
地球から少し離れた惑星であるが、この火星に生命の根跡があるとかないとかという議論が今も絶えない。ただもしこの火星に生命の根跡があるようだったら、数10年後宇宙開発が進歩され、火星がもう一つの地球になるのかもしれない。それまでに私が生きていればの話であるが…。
ここで紹介しているのはごく一部である。ほかの惑星については興味がないとはいわないが、悲しきかな私の知識が薄弱なだけに語れるものではない。ただ太陽については知識をひけらかすよりもネタになってしまった(すべてはあの題目のせいと言いたいが)。しかし太陽系に限らず宇宙はまだまだ謎が多い。すでに解明されたとしても「Newton」誌など最新の宇宙理論で変わることだってある。相関がると宇宙というのは本当に「わからない」。「わからない」からでこそもっと知りたくなるというのが私の性なのかもしれない。

私が愛した官僚たち

私が愛した官僚たち 私が愛した官僚たち
横田 由美子

講談社  2007-02-27
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官僚というのは事あるごとに槍玉に挙げられる人たちである。ただやっていることのほとんどは槍玉にあげられても仕方のないことだからしょうがないこともしょうがない。しかし官僚の中には非常に侠気もあり、日本のために身を削りながら働く官僚もいることは確かである。とりわけそういう人は若い世代に多いが、階級競争が激しいせいかそういった人たちが真っ先に第一線から身を引き、民間会社に移るなどのいわゆる「天下り」や大学の教授、あるいはノウハウを生かして国会議員になる人もいれば、中には昔の職業と関係のない俳優をやっている元国交省官僚もいる(誰とは言わないが)。
本書は官僚についてのリポートを寄稿するライターがありのままの現・元問わずの官僚を描いている。本書では数多くの官僚が描かれているが、とりわけ目についたのが官僚から政治家に転身した人が多い。当選した人もいれば中には落選した人もおり、元官僚でありながら落選した人の地道さというのをひしひしと伝わる場面もあり、官僚とはいえど一度「落選」という地に落ちた者が這い上がる姿はおそらく次の選挙ではやってくれる(当選してくれる)だろうという感じさえもした。とはいえ官僚の世界で育ってきた人たち。当然庶民の感覚とのかい離があるのは否めない。そこをどのように埋めていくのかというのが元官僚たちへの課題ではなかろうか。

北方領土交渉秘録―失われた五度の機会

北方領土交渉秘録―失われた五度の機会 北方領土交渉秘録―失われた五度の機会
東郷 和彦

新潮社  2007-05
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著者の東郷和彦は戦前・戦時中に外務大臣を務めていた東郷茂徳の孫である。祖父の後を追い著者も外交官としてロシアにわたり、数多くの北方領土交渉にあたった。本書はその五度の機会を含めた北方領土交渉を克明に描いたものである。
まず2月7日とは一体何の日なのか知っているか。北海道の人でもこの日はピンとこない人が多い。この日は1981年に「北方領土の日」として定められた日である。来年で28年経つ。この日を北方領土問題について国民の関心と理解を深めるために定められたのだが、これが1855年のこの日に「日露和親条約」が結ばれた日なのである。このときに国境線が惹かれたのがちょうど日本地図の東端の択捉島までが日本の領土としていたからである。
今この北方領土問題は暗礁に乗り上げているが、それ以前に日本人の中で北方領土返還を望む声は果たしているのだろうかという所にも疑問が生じる。もっと言うと北方領土はすでに日本の領土だから交渉する必要がない人が多いのか、それとも各国との関係の軋轢を深めないように北方領土は放棄したほうがいいといるのかというのがよくわからないというのが困りものである。少なくとも北方領土返還に関して政府は早く返還すべきというのは一致していることだろう。しかしその中で「四島一括返還」や「二島分割返還」、あるいは「共同統治」や「面積二等分」と言ったものまで出てきている(ちなみに共産党は、千島まで返還を要求しているという)。ロシアとの関係は天然資源等による経済的な観点から波風立たせたくないという気持ちはわかる。だがそれに気を取られすぎて北方領土のみならず、竹島や尖閣諸島といった領土問題にも言及できない政府、とりわけ外務省の弱腰姿勢のほうがもっと困りものである。
しかし東郷氏は違った。こういった交渉を16年もかけて粘り強く交渉をし続けてきたことには、外交官としての誇りが伝わってくる、と同時にこういった新進気鋭の外交官はほかにいるのだろうかという疑いさえ出てくる。
北方領土問題は竹島、尖閣諸島等の領土問題同様、日本政府に任せっきりばかりではなく、日本全体が束になって「ここは日本の領土だ!」と叫ぶようになれば、韓国や中国、ロシアと同等に渡り合えるのではないだろうか。隣国との関係は良好は至極当然であるが、これはあくまで経済的なことであり、政治的なことになるとどうしても妥協のできないところは妥協してはいけない。しかし日本政府や官僚はしてはいけないところまで妥協してしまう。中国や韓国人の政府関係者はこういったという
「日本は押せば引く民族である」と。
そういったレッテルを貼られている今日本人として、世界と対等と渡り合える民族として恥ずかしくないのかとさえ思ってしまう。竹島や尖閣諸島、北方領土を返還させる思いを持つこと、日本領土に誇りを持つことこそ、真の日本人ではないだろうか。

大卒無業―就職の壁を突破する本

大卒無業―就職の壁を突破する本 大卒無業―就職の壁を突破する本
矢下 茂雄

文藝春秋  2006-05
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世の中には様々な就職活動本が出回っており、さ来年卒業の2010年度版の就職活動本が大勢を占めているところを見ると今の大学3年生はすでに本格的な戦いが始まったと言ったところだろう。その一方で来年3月に卒業する者たちにとって、今日の株価の下落をまともに受けた人たちは、今もなお就職活動を続けているという人も少なくない。恐らく2010年度生にとっては非常に厳しい就職戦線になりそうな様相であることは間違いない。
さて本書は就職活動本であるが読んでほしい対象者が「就職活動を控えた学生を持つ親」であることによりただの就職活動本でないことがよくわかる。就職活動も親のサポートもあればいいのだが、今日の受験戦争(「お受験」も含む)も親自身の自慢の材料、もしくはその家柄の向上の道具となってしまっていることがある。それが就職活動においてもネームバリューだけで子供のことをあまり考えない親も中にはいる。そういう親も困りものである。自分はこういう業界を目指しているのにもかかわらず、親の猛反対により、仕方なく有名会社に就職した子供もいる。当然親は子供の将来を思ってのことであるが(そう思っていない親も中にはいる)それが裏目に出てしまい、結局子供の自由を束縛し、自分の首を自分で絞めるようなことになってしまう。これに気づく親がいればいいのだが、悲しきかなそれに気づかない親がほとんどである。
それはさておき、内容はそれほど難しくなく、これと言った秘策については書かれていない。むしろ子供たちの就職活動のやり方について知ってほしいという狙いでつくられている。エントリーシートの書き方や面接のやり方などどういうようなことをやるのか、子供が志望する業界とは一体何なのかというのが普通の就職活動本よりもわかりやすく書かれていることがいい。
では本書を読んで親は何をすべきなのかというと、私なりの意見であるが、もし子供がお金に困ったらその分だけ親が助けることをやってほしいと思う。これは私自身の就職活動の体験からであるが、首都圏やその近郊であったならば出費は余ほどでない限りそれほど多くない。ただし平均でも4〜5万円くらいはかかると見ていい。しかし私のように北海道からだと、北海道に就職する場合は前述の学と同等であるが、それが首都圏になると航空運賃や宿泊代もかさみ大体10万を超える(中には30万以上かかる学生もいる)。当然アルバイトで生計を立てている学生にはあまりにも酷な話である。さらに言うと資金不足で就職活動を縮小したり、断念するという話ほどシャレにならないものはない。僅かなお金だけで、子供たちの未来を閉ざしてしまうというのは、これからの人生にとっていかに損をもたらすのかというのがある。それに順調に就職でき、それなりの収入を得ることができれば子供からの親孝行もあることになるので、ある意味では「投資」という概念もある。子どもの未来のための投資として、そして子供が前向きに働けるためにお金を提供すること。子供が自立する最後の子育ての一つとしてこのことが必要なのではないかと私は思う。

文明開化失われた風俗

文明開化 失われた風俗 (歴史文化ライブラリー) 文明開化 失われた風俗 (歴史文化ライブラリー)
百瀬 響

吉川弘文館  2008-08
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「ザンギリ頭を 叩いてみれば 文明開化の 音がする」
明治時代の文明開化を象徴する非常に有名な都都逸(どどいつ:七・七・七・五の音数律で歌われるものであり、江戸時代末期に誕生した)である。
1853年にペリーが浦賀沖に来航したことをきっかけに明治維新への潮流が巻き起こり、その一方で様々な外国文化が日本に入ってきた。とりわけ文明開化の時代では「牛鍋」というのが大流行した。江戸時代まではこういった「肉」を食べる文化というのが根付いておらず、牛や鳥、豚は神から与えられたもの、もしくは共に働く仲間としていたからである。しかし文明開化により新鮮な文化が栄えた反面、日本古来からあった風俗が失われたのもまた然り。
本書は文明開化によって失われた風俗とは一体何なのかについて探っている。この文明開化において禁止されたものもある。刺青や混浴、裸体絵と言ったものから、アイヌ文化にまつわることの諸々まで統制にかけられてしまった。本書では事例研究としてこの北海道における風俗統制について書かれているため今回はここにスポットを当てていく。
繰り返し言うがアイヌ民族の生活は「漁労」や「狩猟」、「採集」が主である。生産性は低い者の自然と共生する文化ということで今ではエコロジーの観点から高い評価を受けている。しかしこの文化も「違式詿違条例(いしきかいいじょうれい:現在で言うところの「軽犯罪法」であるが、地方によってばらつきがある)」により様々な文化が否定され、「和人(本州以南の日本人の呼称)」と同化することを余儀なくされた。上記の文身(これも「いれずみ」という)や混浴のほかにも、アイヌ民族の象徴の一つである耳輪の禁止もその一つとして挙げられている。これ以降アイヌ文化を根付かせること自体が禁止されたが、時代が経つにつれそういった規制が緩和されつつある。
しかし今でも「アイヌ」というだけで差別をしたり、暴力にあったりするというケースが後を絶たない。差別に関しては徹底的に撤廃すべきなのは私自身もそう思う。しかし差別は完全になくならないかというと、まず「無くならない」というしかないだろう。人は自分より優位に見せたがることとして、そして競争原理に勝つ手段として「差別」は存在する。その差別がなくなったらどうなるのか、完全に平等なものとなってしまったらどうなるのか。答えは簡単である。全員が差別意識がなくなり、上昇指向がなくなり、国民が廃れていく。それを解消するために「差別」があるのではないだろうかというのが私の意見である。
話を戻す。伝統文化は復刻しつつあるがしかし過去にこういった文化を否定するようなことがあったことは忘れてはならない。これは政府に謝れというのではなく、過去の過ちとしてこれからそういった差別を起こさないという戒めの意からなるものである。

わしズム 2008年 11/29号

わしズム 2008年 11/29号 [雑誌] わしズム 2008年 11/29号 [雑誌]

小学館  2008-10-29
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まずこのアイヌ問題が取り上げられた理由が2つある。ひとつは中山元国交相の「単一民族」発言。もう一つは今年の6月6日に「アイヌ先住民族決議」が衆参両院で全会一致で採決された。しかしこれでよかったのだろうかという疑いは残る。「SAPIO」でアイヌが取り上げられたことに感化し、そしてこの「わしズム」を書評するに至った。
今回取り上げるのはアイヌにまつわることだけなので後半に関しては一切取り上げない。
さてこのアイヌ民族であるが6月6日の決議もさることながら編集長である小林よしのり氏がウタリ協会への取材申し込み拒否への怒りがひしひしと伝わる内容であった。さらにこのアイヌ論はまだまだ続く。「ゴー宣EXTRA」でもこの続きが書かれるというので私もそれについて是非見ていきたいと思う。
そして漫画では分かりにくいアイヌ民族の歴史を事細かに、そしてわかりやすく書かれている。ここでちょっとピックアップしてみる。
アイヌ民族は擦文文化以降につくられた民族であるが、千島、樺太、本州から流れてきた多民族の地域であった。民族性が玉石混淆となってそのことによって生まれたのがアイヌである。江戸時代には松前藩が北海道の南部につくられた。その時にアイヌ民族と対立したとされているが小林氏に言わせれば
「和人化した蝦夷」と「和人化が進んでいなかった蝦夷」との対立であったとされている。
さて江戸時代には「シャクシャインの戦い」、「クナシリ・メナシの蜂起」などアイヌと和人の戦いが起こった。これは松前藩の不公正な貿易と民族同化に反発する戦いが起こったがいずれも松前藩の前にアイヌは敗れた。このことから松前藩はアイヌに対して同化政策を促していったのだが、これにも確固たる理由があった。帝政ロシアの南下政策をどうしても防止する必要があったのだ。
当時ロシアでは「不凍港」を領土にすべく躍起になっていた。そのため目をつけたのが北海道であり、20世紀に入る前には朝鮮半島を支配下にしようと画策していたのである。これについて日本は阻止した。明治時代以降はアイヌ民族に対する様々な規制はかけられ、日本人と同様の教育を行っていったのである。
さて権利主張をする「アイヌ民族」であるが小林氏によれば政治的意図によってつくられていると主張する。これに関して首をかしげることもあったのだが、実際に純粋にアイヌの地を持っている人はほとんどいないといってもいい。ましてやアイヌ語をしゃべることのできる人は今では80歳以上に限られてしまっている。
そしてウタリ協会(来年4月から「北海道アイヌ協会」)であるがその構成員はほとんどが和人である。小林氏の取材を拒否したこともあるが、それだけではなく「単一民族」発言にことごとくかみついているのもこの「ウタリ協会」である。またアイヌ民族としての特権を訴えているのもその方々である。
しかしアイヌ民族としての「特権」とは何なのかという疑問に行く。民族として特別扱いしてほしいのかという考えさえも起こる。しかしこれこそが「差別」ではなかろうか。差別撤廃を求めている協会はそれを利用して特権を求めているのならば、それは明らかな矛盾としてか言いようがない。
ほかにも書きたいところはあるが、これについては「ゴー宣EXTRA」が出たときにまた改めて書こうと思っている。小林氏の作品に期待したい。

日中戦争下の日本

日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ) 日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ)
井上 寿一

講談社  2007-07-11
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日中戦争は1938年に開戦となったが、開戦当時は早急に終わると政府や軍も簡単に思ってしまっていた。しかし蒋介石率いる中国国民党はアメリカを始め欧州からの武器と資金の援助により泥沼化させ、最終的には勝利を収めた。ちなみにこの日中戦争までの道のりは国民の世論は開戦が大多数であった。しかし戦争が泥沼化し始めると政府の首脳陣への批判が後を絶たなかった。敗戦後はあたかも自分は平和主義者のように開戦をした人たちを白眼視し、戦勝国に媚びるようになった。日中戦争下の日本は国民党・共産党による満州へのテロが多発した。特に通洲事件により世論は激昂し、開戦派が大多数であった。もっと言うと日中戦争中の南京制圧では日本で提灯行列で祝ったという記録も残っている。日中戦争下の日本は開戦一色であったことは言うまでもない。
しかし政府はというと当時は近衛文麿内閣であった。大東亜戦争1年前には東条英機が陸相に就任した。軍部も開戦一食であったのは言うまでもないが、政府内では和平交渉や戦争回避にまつわる交渉を行っていた。しかし相手国はそれに消極的か、聞き入れてもらえなかった。とりわけ近衛政権はアメリカのフランクリン・ルーズヴェルトとの日米首脳会談に積極的に働きかけたが頓挫し政権を投げ出したという経緯がある。さらに言うと次の東条政権も、陸相時代は強硬な開戦論者であった東条英機が、天皇が「戦争を回避せよ」という御言葉で一転戦争回避に尽力したというのは有名な話である。数々の提案を行い極限まで譲歩をした結果、突きつけられたのは中国大陸撤退など到底飲めることのできない「ハル・ノート」であった。しかし妙なことに東条と犬猿の仲で知られていた石原莞爾(陸軍中将、満州事変における首謀者の一人)が戦争回避に向けての打開策はこの「ハル・ノート」と一致するものだった。歴史に「もし」はタブーではあるが、もし「ハル・ノート」を完全に飲んで中国から撤兵を行ったとしても、アメリカは日本を植民地化するというような最後通牒を突きつけ、日本側から戦争を起こさせる工作を行っただろう。というのはフランクリン・ルーズヴェルトが大統領になったときの公約で絶対に戦争を起こさないというのが第一に挙げられていた。そのためアメリカから戦争を起こすとなると戦争に協力する人が少なくなり、逆に敗戦してしまうと読んだのだろう。実際ルーズヴェルトは「戦争を行うためであれば何にでも嘘をつく」と発言している。
日中戦争のことについては今「田母上論文問題」が話題となっているが、日中戦争が侵略戦争であったというのは、両義的になる。確かに国際法上「侵略」であったことは確かである。しかし田母上論文について、田母上氏の言い分は分からないでもない。というのは自虐史観により戦前の歴史を暗黒化、全面否定化させるということはいかがなものかと思う。台湾に対しての統治は差別や少数民族の弾圧はあったものの、言語や通貨がバラバラ、アヘン戦争によって病原菌や麻薬等によって四害のひとつとされていた。統治によってインフラが整備され、「四害」と呼ばれていた衛生状態を奇跡的に改善したということで台湾でもそのことを評価する人が多かったということは忘れてはならない。戦前日本は諸外国に悪いことをしたのはあるが、反対に上記のことを含め、アジアによる欧米諸国の桎梏(植民地化による自由の束縛)からの開放を行ったという観点では誇るべきものではなかろうか。
日中戦争は悪い戦争だったのだろうか、戦前日本は西欧の植民地政策と同じことをやったのか。それは歴史書を読めばその答えは自ずと見えてくる。私自身もこういった歴史史観になったのは数多くの歴史書を読んだためであったことは間違いない。歴史を学ぶことは日本人としてのアイデンティティを学ぶこととイコールである。だからでこそ「田母上論文問題」で提起されたのはこのことではなかろうか。

地域の社会学

地域の社会学 (有斐閣アルマ) 地域の社会学 (有斐閣アルマ)
森岡 清志

有斐閣  2008-03-12
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昔は「地域」というのを意識しなくてもそこには必ず「コミュニティ(世間体)」というのがあった。その中で地域間で情報交換を行い、子供を育てることでそれをより強固にすることが可能であった。しかしこの「地域」や「コミュニティ」も核家族化、そして他人の興味が薄れてきたことにより薄くなっていった。本書はこういった地域について学問的に勉強していく人たちへの教科書として位置づけられている。
第1部「地域を考える」
始めに出てくるのが「地域」の意味についてである。「地域」を辞書で引っ張ってみると、
(1)区切られたある範囲の土地。
(2)政治・経済・文化の上で、一定の特徴をもった空間の領域。全体社会の一部を構成する。
(3)国際関係において一定の独立した地位を持つ存在。台湾・香港など。(goo辞書より)
となっている。しかしあくまで「辞書で調べた結果」であることを付け加えておく。では本来の意味合いはどのようであるのかということになる。私自身のイメージでは「生活圏」にかかわるのではないかというのが考えられる。「生活圏」というのは普段私たちが買い物に出かけたり、井戸端会議を行え、さらに子供であれば友達と遊び、学ぶことができる区域のことを指しているのだと私は思う。要するにごく当たり前の生活ができる区域を表し、その中で助け合いなどを行えるということを「地域」というのだろう。しかし今日の生活事情はそうではない。核家族化が進み、近所への関心も薄れ、「コミュニティ」という概念が崩壊しつつある。しかしこの「地域」や「コミュニティ」が注目しされ大切なものになっている。医療問題にしても、教育問題にしてもそのプロフェッショナルが精力的に働いただけでは根本的に解決に至ることは難しいように考える。とりわけ医療問題に関してはその最たる例と言えよう。特に「兵庫県立柏原医療病院」の小児科医に関しての患者の親たちの協力により石の負担をなるべく減らそうとする運動については地域、コミュニティの観点から解決できるのではないのかとも考える。今こそ日本がかつて持っていたコミュニティ精神というのを復活させるべきではないか。
第2部「地域を見る」
昨今の地域の現状について書かれている。とりわけ未婚率や核家族世帯数の増加は顕著である。さらに非正規雇用の急激な増加により、働いても最低限生活できない世帯も増えている(「生活保護」を受けている世帯も同じく増えている)。さらにニートや引きこもり、非行、校内暴力、家庭内暴力と言った子育てに関する問題、商店街に関する問題について地域社会に関する問題は山積している。その背景にあるのは「利益至上主義」や「個人至上主義」にあるようだ。また高齢者問題に関しても「地域」や「コミュニティ」というのは切っても切れないものである。それらの協力がないと老人1人で「孤独死」ということになりかねないのである。今や高齢化社会、個人化社会になっているからでこそ、「地域社会」や「コミュニティ精神」といった昔当たり前だと思っていたことを見直すいい機会であるように思える。
「地域」というのは定義はあいまいであるが、国語辞典で書かれている以上にもっともっと地域に関する意味合いというのが大きい。今日消費者にとって悩まされている問題も地域ぐるみで解決できる手段はもしかしたらあるのかもしれない。そのことを念頭においてこれからの「地域」に関する議論が活発になればいいと私は思う。

図説吉原入門

図説 吉原入門 図説 吉原入門
永井 義男

学習研究社  2008-05
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当ブログは「蔵前トラックⅡ」であるが、落語の演目から取っているため、今回の書評は落語の演目にある吉原について紹介する。
落語の世界でも「吉原」は多く扱われており、「明烏」「お見立て」「紺屋高尾」がその最たる例である。その吉原は現在の台東区千束3丁目・4丁目のことを表しているが、ちなみにここは日本日のソープランド街として有名であり、今でも「吉原」の名残が残っている。ちなみに吉原のほかに品川もかつては遊郭で有名だった(「品川心中」等の噺もあるとおり)。
本書は「吉原」に関するもろもろのことを説明している1冊である。
吉原というと遊女たちが集う場であり、その中でも上級の遊女を「花魁」という。さらにその中でも階級がありその最高位が「紺屋太夫」と呼ばれた。ちなみに前述の「紺屋高尾」の噺にもこの「紺屋太夫」が出てくる。
吉原は幕府公認の遊郭であり、江戸では最もよく知られたところの一つであるが、遊郭で勤しむ遊女やその客にとっての起きても厳しいものであった。まず遊女には前述のように階級が付けられ花魁になれるのも一握りでしかなく、さらにその上級にいる「太夫」は吉原に限らず、江戸に2・3人いるかいないかという世界である(ただし、この太夫とその一つ下である「格子」は18世紀半ばに姿を消した。なぜ姿を消したのかというのはいまだに分かっていない)。さらに細々とした規律があり、とりわけ男女心中はご法度であった。それをするようではまず心中を為したとしても、土葬はさせてもらえない。未遂に終われば日本橋のもっとも人通りの多いところで3日間見せしめにされその後「非人」という身分に落とされる。また掟に限らず、吉原でもう一つ深刻な問題であったのが「性病」であった。特に遊女のほとんどがこの性病に悩まされ医学で非常に有名なシーボルトでさえも「日本でこんなに深く根を下ろしたこの病気」と述べたほどである。
余談であるが、現在児童ポルノ法等性表現に関して国際人権委員会等で批判を受けているのは明らかである。しかし日本の文化的観点から考えて性表現や風俗関連を完全に撤廃してそれによって犯罪が減少したり、日本人の生活が健康的になるかというとそうではないだろう。吉原の文化もあれば、戦後間もない時には「赤線」という性分化が根付かれている以上、風営法等の規制強化を打ち出したとして健全化を名ばかりとして、性表現に厳しい西欧の事情に譲歩しているようにしか思えない。こういうことやその他歴史認識問題など様々な問題については日本ははっきりと主張すべきである。実際に主張せずに相手国の顔色を窺ってばかりでは弱肉強食の国際社会では笑い物、もしくは食い物にされるだろう。
話を戻す。今花魁や吉原について知っている人はそれほど多くないことだろう。しかし落語において吉原や花魁などの廓については切っても切れないものである。さらに日本文化に関してもこういった性風俗というのも縁が深い。日本文化は堅苦しいところはあるものの、男にとってこういったところで興奮(?)するようなものもある。落語もまた江戸の情緒や芝居のみならずこういったことを勉強できるいい機会なのかもしれない。

日本は財政危機ではない!

日本は財政危機ではない! 日本は財政危機ではない!
高橋 洋一

講談社  2008-10-10
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表題からして衝撃的である。
本書は日本の財政についてを明かしている。まず先に日本の借金は約850兆円以上ある。しかし高橋氏に言わせれば財政危機ではないと主張している。その理由の一つに「埋蔵金」が隠されていること、そのほかには財務省が行っている数字のレトリックがあるという。本財務相官僚である高橋氏だからでこそ語れることがたくさん書かれている。
序章「「日本は財政危機」の嘘」
現在日本は未曾有の大赤字を抱えている。それを為した最たる機関は官僚である。その官僚の経済音痴で積み重なってしまったのだと著者は主張している。さらに政治家も強調という名の媚びすぎにより諸外国に利益を持っていかれた形である。国際社会は著者も述べているとおり弱肉強食である。自国の利益を最優先にしなければならないが、どうも日本政府、及び官僚のお人好しの体質が国益優先になっていないようである(ただし、一部の政治家や官僚はそうではないということだけは付け加えておく)。
第一章「財務省「増税キャンペーン」」
財務省の「増税キャンペーン」についてこきおろしている。増税派の最たる人と言えば与謝野氏であるが、増税が必ずしも悪いというわけではないのは私も同じである。何が何でも増税反対、減税すべきという人もいるが、ではこの財源はどこから持ってくるべきなのかというのをあえて問いたくなる。確かに消費者にとっては消費税増税は死活問題になりかねない。しかし増税の前にやることがあるのではないか。上げ潮派も著者も同じ意見である。それの証拠に埋蔵金と経済成長が挙げられる。
第二章「埋蔵金をめぐる政官の攻防」
しかし財務官僚は埋蔵金の実態を否定し続けている。さらにそれをひた隠しにしながら、いまだに国民に向けて増税しなければ財政破綻するという煽動を行っている。この第2章では特別会計が載せてある。これを見ると黒字がほとんどであり、黒字分はどこで使われているのかというのが知りたくなる。官僚がこの黒字を食い物にしているのだろうか。あるいは献金という形で政治家に配分されているのか。
第三章「埋蔵金の全貌」
埋蔵金の全貌について書かれており、「霞が関埋蔵金50兆円リスト」という図表もある。その中で最も多いのが独立行政法人の「出資金」への売却が全体の約3割を占めている。それ以外にも細々と内訳が書かれており、どこから捻出しているのかがよくわかる。そしてここでもう一つ気になる文言があった。
「完全民営化」と
「完全に民営化」である。
この2つの文言は一見意味は同じように見えるが実は意味合いが異なる。
「完全民営化」は民有・民営を携帯に取る民営化である。要するに国有、もしくは特殊保有ということから完全に脱し、本格的に民に委ねることになる。「完全に民営化」であるがまず「民営化」の意味合いから変わってくる。「民営化」にもいくつか意味があり、一つは「完全民営化」と同じ意味合い、もう一つは「特殊法人化」(JRの初期形態などがこれにあたる)、さらにもう一つは政府が根拠の法律だけを持つ形態(農林中央金庫など)がある。この「完全に民営化」は2つ目、もしくは3つ目の意味にあたることが非常に多い。つまり民営化は名ばかりで「民営化はするが官僚の管轄内に入ること」になる。ここが官僚のあざといところと言えよう。
そしてもう一つは「周波数オークション」について書かれているが、これについては私自身あまりよくわからない。池田信夫教授のブログに詳しく書かれているのでそちらを参照されたい。
第四章「増税を行う前に行うべき税制改革」
よく「増税」というと消費税が挙げられることが多い。しかし本当の「増税」というと我々消費者が喜ぶ法人税の増税もあれば、最近では「後期高齢者医療制度」のように「老人の切り捨てか」と言われるような相続税の増税、酒を飲む人への反発も多い「酒税」など様々な増税ができる。しかし永田町の政治家は「消費税」にこだわる。それはなぜか「自民党の古参が容認しやすい」からであると著者は言う。所得税の増税はどうかというと応援してくれる団体が反発しやすいからであるという。ここに応援団体と政治家の異様な駆け引きがあるように思える。応援団体はある程度所得をもっている人たちが多い。それにより富裕層を搾取するつもりかと反発し、次回選挙では応援するし地蔵が激減してしまっては政治生命が絶たれてしまう。それを防止するために所得税や法人税を増税することができないという。
第五章「日本がよみがえる金融政策」
第六章「官僚帝国の逆襲」
第七章「官僚内閣制の脅威」
終章「道州制で変わる日本の財政」
埋蔵金にまつわる様々なことについて新たな事実が明らかになった。そう考えると日本は財政危機ではないというのはその通りかもしれない。しかし埋蔵金があるからと言って、それを逆手にとってバラマキ政策の連続を行っているようでは純粋な赤字の増加に伴って、いよいよデフォルト(債務不履行)になってしまっては意味がない。霞が関の役人は自分達が行った過失を認めるべきではないのか。そして赤字を減らす、もしくは予算を黒字に持っていかせるためにどうすればいいのかというのを活発に議論すべきではないだろうか。赤字まみれの大阪府が橋下知事による財政の抜本的改革を今度は国主導で行うべきではないだろうか。いくらでも手段はある。

タイミングをつかみとる人、はずす人 ―最良の「タイミング」がわかる22の実践場面

タイミングをつかみとる人、はずす人 ―最良の「タイミング」がわかる22の実践場面 タイミングをつかみとる人、はずす人 ―最良の「タイミング」がわかる22の実践場面
坂本 敦子

ダイヤモンド社  2006-12-15
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企業に生きる人に限らず、コミュニケーションや仕事上の決断を行うときにもタイミングというのはつき物である。でもそのタイミングを察知していけるのかという本は残念ながら少ないというのが現状である。本書はそのタイミングを掴み取る術について書かれている。
全部で22の方法あるが全部羅列すると、
「挨拶のタイミング」
「ほめるタイミング」
「叱る&フォローするタイミング」
「誤るタイミング」
「声がけをするタイミング」
「始めるタイミング」
「捨てるタイミング、やめるタイミング」
「断るタイミング」
「指示を出すタイミング」
「情報を共有するタイミング」
「意見を聴くタイミング」
「相談するタイミング」
「報告するタイミング」
「確認するタイミング」
「連絡するタイミング」
「質問するタイミング、質問を受けるタイミング」
「意見を言う(発言する)タイミング」
「我慢させるタイミング、我慢する(待つ)タイミング」
「リフレッシュする(させる)、リラックスする(させる)タイミング」
「贈るタイミング、誘うタイミング」
さまざまなところでタイミングが大事になってくる。しかしこのタイミングはすべてここから出てきているものである
「タイミングをつかむアンテナを常に立てておく(P.7より)」
アンテナを立てることによって相手の状況を判断することができ、それにより上記のような22のタイミングが成り立つ。それを呼んでいないと「KY」のように浮いた存在になったり、空気をドン引きにさせたりと様々な面でマイナスの要素を生んでしまう。それにより関係がギクシャクしてしまう。それを防止、そして良好な関係を築き、そしてタイムマネジメントなどの相乗効果を生ませるためにこの「タイミング・マネジメント」がある。ではタイミングをつかむにはどのようなものを身に着ければいいのかというと、
「行動力・スキル」
「観察力」
「予測・判断力」
の3つである。それに「価値観・ビジョン」が乗っかる感じである。その3つがリンクしあって「タイミング・マネジメント」が生まれる。それをつかむための道具として
「メモ帳」
がある。思い立ったときにこれをメモして、それによって行動を起こすというのが「タイミング・マネジメント」を作るひとつの手段である。
「タイミング」を察知することは難しいが、メモを取るというのもタイミングをつかむ手段であるとするならば、もう行動を起こすのは簡単である。100円ショップへ行ってメモ帳を買って明日から思い立ったことをメモするということでタイミングが生まれるのだから。

差別禁止法の新展開―ダイヴァーシティの実現を目指して

差別禁止法の新展開―ダイヴァーシティの実現を目指して (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書) 差別禁止法の新展開―ダイヴァーシティの実現を目指して (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書)
森戸 英幸 水町 勇一郎

日本評論社  2008-09
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日本には「男女雇用機会均等法」をはじめ、差別を禁止するという法律が多々存在する。さらに差別の撤廃を訴える学会や運動団体というのも世界中に山ほどある。
ではなぜ差別というのが起こるのだろうか、本書の表題のように差別禁止法を展開できれば差別のない社会ができるのか。差別のない社会は果たして「幸せ」なのだろうか。本書を読んでいると中に去来した考えである。
第1部は序論であるが、ここでは今日起こっている様々な差別について簡単に説明を行いながら本書の構成について書かれている。
第2部は総論について書かれている。
第1章は日本における「差別」のほうに関する問題と、「差別」の根本である。
まず日本では前述のように「男女雇用機会均等法」をはじめ様々な差別撤廃に関する法律がある。これは憲法に基づかれている「法の下の平等(憲法第14条)」というのに属しているとみられる。つまり日本では法律の範囲内での平等は担保されている。また憲法上では貴族制度や特権の廃止などが挙げられているが天皇の問題の解釈にも言及されることもある。しかし今回はそれに関しては述べることはない。今日の日本で今なお根付いている「差別」は部落、民族、そして最近出てき始めた「(所得等の)格差」にまつわる差別である。前者の2つは法律がつくられてもその間の隔たりを消すことは非常に難しい。
ちなみにアメリカでは人種差別はいまだに根強く残っており、KKKと呼ばれる人種差別団体(白人優越団体)もあるほどだ。今回の大統領選に当選し、来年1月20日に新大統領となるバラク・オバマが暗殺されるという報道までされているため、人種差別がいまだに残っているということが窺える。アメリカの差別でももう一つあるのが宗教差別である。アメリカ内部での宗教差別もさることながら、先のイラク戦争ではイスラム教に対して侮辱的な扱いを行ったことによりイスラム教を主とする国々がブッシュへのデモが起こったことも有名なことである。さらに経済学、心理学、哲学、人事管理的観点からの差別というのもあってなかなか面白い。経済学的に行くと、差別というのは競争原理において非常に役にたつものである。「差別」という考えは非常にネガティブなイメージを取られやすいが、これは人道的なものであり、経済学から考えるとそうではない。むしろ良いことである。最たる例が今までの動物園のモデルから一線を画した旭山動物園がいい例だろう。差別化を図ることによって上野動物園を抜き日本一の集客数を獲得できたのである。
そして心理学的にみる「差別」は日本における「差別」やアメリカにおける「差別」と同じような観点で語られるだろう。
哲学的になると度の哲学から考えていけばいいのかというので「差別」に対しての姿勢は大きく変わってくる。ここでは差別を排した「個人の尊厳」、社会全体の利益を最大化する「功利主義」もあれば、アリストテレスの「正義」観にまで言及している。では哲学的に何をもって差別になるのかというのも主義によってまちまちである。
第3部は各論に入ってくる。ここでは「年齢」「障害者」「性的指向」「美醜・容姿・服装・体型」「雇用」「社会保障」といった差別について書かれている
とくに本書には書かれていなかったが似ているものとしては第4章の「美醜・容姿・服装・体型」であるが、最近撤廃され始めている中で時代を完全に逆行しているところがある。人材派遣業である。一部の人材派遣業者は派遣企業を求めている人を見た眼をチェックリストにして、どこの企業に割り当てるのかというのを決めているという。その中には明らかに差別ととらえかねないような内容まで書かれていることから社会問題となった。社会問題になったことによって解消はされてきているものの、まだあちらこちらでやっている。派遣業に限らず企業の闇は深い。
第4部は差別を解消するための企業の取り組みについて紹介している。以前までの企業では女性の社会的地位が低かったがために女性が昇進する機会というのが少なかった(今でも欧米から比べても少ないのは事実である)。とはいえ差別撤廃が進んだことにより女性の社会的地位が向上した。しかし肝心なことを忘れてはいないだろうか。女性の社会的地位向上はいいとしてもそれに伴って晩婚化、少子化が進んでしまっている。最近では育児休暇等の充実も図っているものの、実際に結婚願望の薄弱化が根本原因にあるようだ。障害者採用も取り入れられているところもあると考えると、日本の労働状況はよくはないが悪くもない状態にあると考えてもいい。とはいえ差別の撤廃は底をつき始めていると私は思う。今度は企業自身がその制度をフルに使えるような環境を提供することが最大の課題と言えよう。差別の禁止を今度イニシアチブを取らなければいけないのは企業である。

私のなかのよき日本―台湾駐日代表夫人の回想五十年

私のなかのよき日本―台湾駐日代表夫人の回想五十年 私のなかのよき日本―台湾駐日代表夫人の回想五十年
盧 千恵

草思社  2007-04-07
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日本統治時代の台湾を知っている人は今どれくらいいるのだろうか。
台湾にとって日本人というのは2つの意味合いを持っている。ひとつは上記の統治時代により、「日本精神(リップンチェンチン)」を教わったことへの感謝の念と、日本文化への憧れ。もう一つ、これは戦後中国から渡ってきた台湾人のことだが(いわゆる「外省人」と呼ばれる人々)、彼らは日本は憎悪の的として見ている。実は彼らは日中戦争や国共内乱の時に国民党についた人たちだからである。そのリーダーが蒋介石であり、台湾において戒厳令をしき二・二八事件で2万8千人もの台湾人を虐殺したとして知られている。しかし蒋介石も悪いところばかりではなく若いころは日本に留学した経験があるほどの親日家であった。しかし共産党から国民党の弱点を突きながら反日に転じたといういきさつがあった。もし中国共産党がなかったら中国と日本が本当に手を取り合ったのかもしれない。
話を戻す本書は台湾駐日代表夫人から見た日本像を描いている。
第1章において台湾人が「旅行したい国」「移住したい国」「尊敬する国」はどこかというアンケートでどれも日本が1位であったことを挙げている(ほかにも「留学したい国」も挙げているがこれについて日本は2位だった)。日本統治時代の恩というのははるか遠く昔のことで忘れ去られたのかと思った。蒋介石・蔣経国(蒋介石の長男)の独裁の時代がありそこで反日教育が行われた。そして李登輝が相当になってから一気に台湾は民主主義国家となった。あれからまだ20年経つか経たないかというのにもなぜという考えがしてならない。ただ言えるのは日本ではやったものについて、台湾が見聞きする機会が多く、それを肌で触れたいという気持ちからあるというのは言えるのかもしれない。「言論の自由」が担保される要になってから祖父から日本統治時代のことをよく聞かされて日本に憧れをもった人もいるかもしれない。「隣の国は仲が悪い」というのは国際関係上で自然のことであるが、両国は例外であるといってもいいだろう。しかし現在の馬英九総統政権下でそれが維持できるのかというと疑わしくなるのはあるが。
第2章は1955年に日本の地にわたった著者自身のエピソードである。
著者はこの地で日本語と日本の文化を学んだ。その時は鳩山一郎内閣(鳩山由紀夫・邦夫兄弟の祖父)で、いわゆる「55年体制」が出来上がったのもこの時である。その翌年に日本は国際連合に加盟した。
高度経済成長期に入り始めたころではあるがまだ貧しかった日本に移り住み日本の文化に触れこんだという。そのころ台湾は蒋介石政権下であった。
第3章は夫の出会いと同士の出会いについて書かれている
第4章は祖父・父・母の世代における日本像について書かれているが、その時代の台湾は日本によって統治されていた。日本は台湾に対し衛星の管理やインフラの構築など様々なことにおいて貢献したのは言うまでもない。それによってこのことを知っている世代は日本を愛しているという。ただし差別はあったというのは認めざるを得ない。同じ植民地下にあった朝鮮人を日本人と同じ権利を所有させたが、台湾人は「二等国民」として扱いエリートコースを歩むこともできず、台湾人が企業経営を行うことも許されなかった。また政治運動もあちこちで起こっており、死刑等の弾圧もあるかに思われたが、ある事件において弁護についた、のちの東京裁判において東条英機の弁護人となる清瀬一郎の涙を流しながらの発言により(「祖国で生まれ育った人を、祖国から出ていけというのは、法律上、人道上暴論である」)共感を呼び、逮捕されることにはなったものの、「食事つき無賃宿」というよううな懲役生活にさせることになった。拘留される時は英雄扱いで釈放される時には凱旋将軍となったという。政治運動は活発に行われたが弾圧を行っているという恐怖は見かけ倒しのようなものであったという。ちなみに大東亜戦争が始まってから台湾人も徴兵制の対象となり、そのことから帝国議会議員への可能性もあったのだが結局終戦によりオジャンとなってしまった。こういう人たちはこの歴史もよく知っており、さらに日本語がペラペラである。
第5章は台湾へ帰るという話である。まず言論弾圧により死んだ人の話から入る。李登輝政権初期のころの話であり、この言論人の話を見て、そのころの李登輝政権はどのようであったのかということも考えなければならない。とはいえその後言論の自由は法律の改正によって担保されたというのは言うまでもない。
第6章では著者が大学の教師を辞職をした後のことについて書かれている。ここで重要なものは「サヨンの鐘」と「霧社事件」である。まず「サヨンの鐘」は1941年に台湾全土で流行し、43年に李香蘭(山口淑子)主演で映画化されたものである。台湾では当時大流行であったが、現在日本でこの映画を知っている人はそれほど多くないだろう。「サヨンの鐘」は戦後国民党により撤去されたが、台湾民主化によって復元されており、台湾でも観光名所の一つとして知られている。台湾旅行をした暁にはぜひ見てほしい名所である。「霧社事件」は台湾の先住民族「タイヤル族」が小学校襲撃により日本人約140人(それに加え和服を着た台湾人2人)殺された事件である。これにより日本軍は弾圧を行ったが、これについては議論が分かれており毒ガスを使ったというが、どれくらい殺されているのかというのは定かになっていない。15歳以上のタイヤル族全員が殺されたと書かれている本まである。台湾統治をしている日本にとって先住民族の扱いを再考させる事件であったことには変わりはない。ちなみに国民党による「反日教育」でもこのことが重視されていた。
台湾は日本から程近い国であり、台湾統治時代のあと何年かは隔たりがあったものの日本と台湾が同時に歩んでいった時代があった。民族も多く言語も通貨もばらばらだった台湾を民族の尊厳を尊重させながら統一できたというのも日本の功績であった。私は戦前の日本を美化するつもりは全くない。差別もあったという事実もあった、統治がうまくいっていない時は弾圧もあり沢山の民族を殺したという過去もある。しかしそのことだけではなくまだまだ日本がやってきた功績というのはまだまだあるはずである。それを見つけることにより、真の日本人というのを見つけるべきではないだろうか。

痴漢冤罪の恐怖―「疑わしきは有罪」なのか?

痴漢冤罪の恐怖―「疑わしきは有罪」なのか? (生活人新書) 痴漢冤罪の恐怖―「疑わしきは有罪」なのか? (生活人新書)
井上 薫

日本放送出版協会  2008-10
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日本で最も多い冤罪事件というと痴漢である。しかも痴漢の立証責任は被害者やその周りの証言ばかりが取り上げられることが多い(状況判断によりソフトを使ってシミュレーションというのもあるがいかんせんこれが高いという)。痴漢は当然取り締まらなければならない一方で、援助交際まがいにわざと痴漢を誘導させ、逮捕されなければカネよこせという人もいたり、こういった痴漢冤罪を逆手に取り示談金を荒稼ぎするようなグループもいる。無論これについても取り締まらなければいけないが、これらの人たちに対しての検挙率が高くない。というのは被害者の証言があれば痴漢の立証が成り立つというシステム自体も困りもので、出まかせに「この人痴漢よ!」と言われただけで、犯人扱いされる。さらに取り調べなどの勾留期間も否認をすればするほど長くなるという理不尽なものである。
本書は裁判所の醜態や裁判員制度について鋭く言及している井上薫氏が痴漢冤罪について裁判所の告発と共に書かれている。「それでもボクはやっていない」という本書のような内容も紹介しながら書かれている。
この痴漢冤罪の原因はというと、上記の映画の監督である周防正行氏は「満員電車」を挙げている。私もその通りであると思う。私も毎日満員電車で通勤しているが、そのような場で「痴漢」とも言われても実際に身動きが取れない。身動きが取れない中で「痴漢」と言われてもそれが冤罪であるかどうかも分からない。満員電車によって日常暮らしているサラリーマンでも冤罪になってしまう可能性というのはあるということを考えるとゾッとする。その満員電車にしている最大の理由は本書の内容とはずれるが東京の中央集権体制にあるのではないのかと考える。東京都(特に23区)の人口のみならず他県から通勤のために移る人も非常に多い。また主な駅では1日の駅の出入りする人は100万人以上にもなりとりわけラッシュアワーでは4・50万人にもなるという。それを政府は認識しているのだろうか。霞が関の官僚のように中央集権をもっとやろうとする人ばかりに目が言ってばかりでは、アルゼンチンのように経済が衰退してしまう。アルゼンチンは戦後間もない時は南米で最も豊かな街であった。しかしブレのスアイレスでの中央集権体制強化により経済が減速し、2001年に国の債務不履行(デフォルト宣言)に陥ってしまった例がある。当然日本の借金も800兆以上ある。今の状態では何とかやっていけてもこれがまたどんどん雪だるまのように広がれば、日本も債務不履行の状態に陥ってしまうということも考えなくてはならない。
話を戻す。痴漢冤罪がここまで社会問題となり、今刑事事件の中でも頭を悩ましている「痴漢」。当然痴漢は許されるべきではないが、このような痴漢冤罪を解消するというのは上記の理由のように並大抵のことではない。それと同時にここまでしていた政府や官僚の責任も大きく、やや飛躍となってしまうが、政府や官僚こそが痴漢冤罪を創り上げてしまったという論理につながるのではないだろうか。

仕事で頭ひとつ抜きん出る裏トーク術

仕事で頭ひとつ抜きん出る裏トーク術   ―日本一高いコンサルタントと心理臨床家が教える 仕事で頭ひとつ抜きん出る裏トーク術   ―日本一高いコンサルタントと心理臨床家が教える
佐藤 昌弘 堀之内 高久

ダイヤモンド社  2006-09-23
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トークというものにも様々な方法ややり方がある。仕事をしていく上で社員であれば、営業での人間関係をより円滑に動かすことができ、上司はリーダーシップ力をつけることが容易になり、社長となれば名声を上げることも可能である。方法論は違えど社会に生きていく人たちにとってトークの技術を上げるというのは、永遠の課題と言えよう。本書は日本一高いコンサルタントである佐藤昌弘氏と臨床心理家の堀之内高久氏がトークのやり方とケーススタディを伝授する1冊である。
第1章「第一声で相手を自在に操る方法」
著者の一人であるコンサルタントの佐藤氏は第一声をこの3つに使い分けている(p.35より)
「さて、今日はどんなことに悩んでいらっしゃるんですか?」
「さて、今日は何をお知りになりたいのですか?」
「さて、今日はどんなお手伝いをさせていただければよろしいですか?」
一見似たり寄ったりのように思える。しかしその言葉の違いがわからなければコンサルタントが勤まらないという。その他にもDMなどの広告のフレーズも相手を自在に操る方法の一つである。
第2章「その場をしのぐ8種類の裏トーク術―「近づく、売る、断る、謝る、怒りを鎮める、言い訳をする、誤解を解く、許す」」
様々な場合分けをしてどのように話したらいいのかというのについて書かれている。
第3章「トイレ休憩―日本一高いコンサルタントのシークレット・ファイル」
コンサルタントがコンサルを行った3つのケースを紹介している。主婦、工務店の2代目、起業家と言った人たちだが、コンサルタントというのは成功や解決の方法について伝授する立場だが、ケースがケースなだけにここの中に裏トーク以上のヒントが隠されているとなると本書の3章が最大の肝といってもいいだろう。
第4章「「人間関係の達人」だけが知っている! コミュニケーションの裏側」
「人間関係の達人」といってもパッと浮かんでこないが、人間関係が円滑に進められる人を表していると自分自身で解釈する。その中でより円滑にするにはどのようなコミュニケーションをしていけばいいのかというのが著者自身が編み出したテクニックについて書かれている。
第5章「第六感を磨く3つのトレーニング法―「共感覚・身体直感・ミラーリング」」
上記のようなこともコミュニケーションの一つである。
「共感覚」…気持ちや感情を色や絵、味で表してみると言った方法。これがなかなか面白く、感性を磨くということと通底する。例えば音楽をやっていた人であればあの人の性格はこの曲のようであるとか、小説を読むのが趣味であればあの人はあの小説のあの人物だなとか、映画鑑賞が趣味であれば…という感じである。コミュニケーションを身につける方法は本書を読んだりすることも大事だが、それ以外にも様々なことに触れ、感性を鍛えるのもいい。
「身体直感」…「自分の体でどのように感じるのか」というもの。自分の体に喩えるというのはコミュニケーション能力だけではなく「決断力」や「意思決定力」の向上にもつながるという。
「ミラーリング」…相手の身になって考えることである。3つの中では私の中では最も難しい。というのは自分で話すとなるとどうしても主観的になる。当然自分自身で考えることになる。相手の身になって考えるとなっても当然自分が相手はどう思ってどう考えているのかというのは私見も入っているため齟齬が生まれやすい。しかし、コミュニケーション能力の向上の最後のカギがこれである。相手の気持ちを正確に読み取り、考えることこそ人間関係構築のための最大の武器となる。
コミュニケーションにも様々な方法がある。それと同様にコミュニケーションを向上する方法はごまんとある現在、コミュニケーション能力というのが重要な位置づけを示している。本書は技術本ではあるが、第3章のような特殊なケース、第6章の「第六感を磨く方法」という所で他のコミュニケーション本とは一線を画している。私の中では非常にいいコミュニケーション本であったと思う。

歴史探索の手法―岩船地蔵を追って

歴史探索の手法―岩船地蔵を追って (ちくま新書) 歴史探索の手法―岩船地蔵を追って (ちくま新書)
福田 アジオ

筑摩書房  2006-05
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歴史というのは教科書や文献から出てくるだけが歴史ではない。本書では歴史探索の手法の一つとして岩船地蔵を追うという過程についてを書いているのが本書の狙いである。
さて「岩船地蔵」というのは私自身初めて聞いたので説明しようと思ったらインターネットでもあまりないが、見つかったものの中から紹介する。
「大和国飛鳥の里、春日の宮に安置されていたものを、730年前の第91代御宇多天皇の建治元年(1275)9月、時の中納言藤原兼貞卿が、感ずるところあり、ご本尊および75柱の霊神を奉じ、東国辺土遊航の途中、図らずも台風に遭い、一同船中で一心に尊像を念じたところ、不思議やしばらくして、当浦(当時小千谷村)釣師に漂着し、一漁夫の助力により安らかに上陸することが出来た。(いずみ情報局-なびっぺ 「岩船地蔵尊」より抜粋)」
いずみ市は千葉県の房総半島南部に位置するところで「平成の大合併」により2005年12月に誕生したばかりの市である。上記はこの観光キャンペーンの一環として紹介している。鎌倉時代後期に台風にあった所を念じたところ、とある岩陰に漂着した。それが現在のいずみ市である。そこに霊石も同時に出現したころから、岩船地蔵と言われ始めたのである。
それに限らず岩船地蔵は関東を中心に日本中いたるところに存在している。「岩船地蔵」の本当の由来は何なのか、なぜこの地蔵が生れ、至る所にあるのだろうかというのは今のところ定かになっておらず。それにまつわる研究も少ないというのが実情である。著者の福田アジオ氏は民俗学者であり、主に柳田國男研究の第一人者として知られている。そう考えると柳田民俗学の中にこの地蔵について民俗学の観点から品とが見いだせるのではないのかとも考えられる。民俗学については当ブログでも少し取り上げられており、代表的なのが「捨て子の民俗学」がある。最近ではアイヌにまつわるものも読んでいるためちょっとそっちに行ってしまっているが、近々こういったものを追ってみるというのも面白い。

デキる人は皆やっている 一流の人脈術

デキる人は皆やっている 一流の人脈術 (アスカビジネス) デキる人は皆やっている 一流の人脈術 (アスカビジネス)
島田 昭彦

明日香出版社  2008-11-07
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先日のセミナーにおいて神田氏とお話しする機会があった。その時に本書が紹介されたので、その日のうちに買い、そして読了。
本書は「一流の人物」たちと多数面識を持つ方の人脈術である。
著者が語る人脈術についていくつかピックアップしてみる
まず島田流人脈三つもポイント(p.19より抜粋)
「好奇心」
「フットワーク」
「現場主義」
簡単にいえば人(いろいろな)やモノ(コト)に興味を持ち、人と出会うことに厭わず、現場へと足を運ぶということ。特に最初の好奇心がなければ人脈をつくることは到底不可能だろう。好奇心があればフットワークと現場主義に発展できる。これをもとにしておもてなしや報告と言ったテクニックに入っていける。
さて人脈作りのテクニックの一つに挙げられるのが、話題を引き出すために異性のファッション誌を読むことを勧めている。さらには「日経MJ」と言った新聞や様々な雑誌などに目を通すというのもある。情報収集を行いそれを引き出しとし、話題に事欠かずにしておくことも大切になる。そしてそれにより会話が弾みもっと和気あいあいとなる。
そして会話の中に「なぜ」という言葉を使い理解を深めることも言葉力や質問力を磨くことで大切なことである。ジャーナリストの田原総一朗氏はよく討論において「なぜ」を多用するという。それは施策や考えをより掘り下げてどうしてその考えに至ったのかその経緯について理解ができると本人は語っている。議論と会話の違いではあるものの、「なぜ」という重要性は変わらない。
著者は変わった名刺ケースを持っている。先日の懇親会で見せてもらったがたちまち撮影会になってしまったことを今でもはっきりと覚えている。いったい何なのかについては本書を購入してからのお楽しみであるが、著者は人脈を固めるため、忘れられない「つかみ」の一つとして行っているという。さらにお礼のメールでも相手の興味を読みそれに対応したメールを返すというのも一つのつかみである。ちなみに私もお礼のメールが届いたが当ブログを見れば自ずと私の趣味は大体分かる。しかも著者は元スポーツ誌の編集者だけのことあって中嶋一貴やフランク・ウィリアムズとの2ショットをもらえたというのは脱帽と感謝の気持ちでいっぱいである。
島田様、この場を借りて御礼を申し上げます。
本書ではちょっとおもしろいグラフがある。「オモシロい人の脳内グラフ」とあるが映画が強いというがこれは広い知識であり、時々専門知識を備えているという人がオモシロいという。ちなみにここではグラフにはできないが10段階で私を測ってみた
IT…5
F1…9
歴史…5
ビジネス知識…4
政治…3
その他…1
当ブログが書評とF1ブログなんでこんな感じ。書評は多岐にわたるが、ビジネス書であったり歴史に関する(特に第二次世界大戦あたり)ものばかり読んでいた自分を反省。
そして最後は藤巻幸夫氏との対談。当然彼も人脈の達人である。人脈についてエピソードを交えて話されている。なかなかに濃い内容であった。
一流の人脈をつくるというのはなかなか難しいように思えるが、常におもてなしの心を持ち、礼を尽くし、アンテナを張る。飾らない自分を前面に見せ、出会った後も定期的に誘ったり、メールを送ったりして人脈をより強固なものにする。
すなわち「人に尽くす」ことである。
恋愛も人脈形成も同じように思えてきた。
本書は人脈をより強化する技術を提供し、その中で一流の人脈を身につけていくという人脈を大事にしていきたい人にとって、まさに最大のバイブルである。

ビジネス説得学辞典―交渉を支配する986の戦略・理論・技法

ビジネス説得学辞典―交渉を支配する986の戦略・理論・技法 ビジネス説得学辞典―交渉を支配する986の戦略・理論・技法
内藤 誼人

ダイヤモンド社  2008-09-27
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ビジネスにおける説得について様々な方法があるということをまざまざと見せつけられた1冊である。
何せ全部で986の戦略・理論・技法があるというから驚きである。
本書の中でも印象に残ったものを紹介する。
「愛国心メッセージの効果(p.3より)」
「愛国心」については散々当ブログでも取り上げていたが、まさかこれが説得の範疇にはいるとは思わなかった。しかし分からないでもない。愛国心をもっていることは自然の原理であるが、それに乗じていくというのも説得の一つと言えよう。
「イエロー・ジャーナリズム(p.22より)」
簡単にいえば信憑性のないものを大衆化すること。もっと簡単に言うと当ブログの代名詞。自虐的になってしまった。
「カクテル・パーティ現象(p.66より)」
騒がしい状況にあっても関心のあることは、耳に入るという。セミナーの懇親会、もしくは飲み会ではよくあることかもしれない(少なくとも私はある)。
「ことわざ(p.155より)」
これは結構重要。ことわざを知っていれば知っているほど人生が豊かになる。そしてそれだけ語彙が広まるので説得力向上には持ってこい。お気に入りの1冊に「ことわざ辞典」なんて言うのも一興かもしれない。
「身長(p.246より)」
身長が高いほど権威や強さを表すという、と同時に私の最大のコンプレックスである。周りが身長の高い人ばかりだと私は当然雲隠れの存在に。私みたいな身長低い人には痛い単語であった。
「デマ(p.355より)」
ビジネスとはちょっと離れるが戦後日本がこれだけ貶められている大部分はデマによるものである。当前戦時中、日中戦争や大東亜戦争において数多くのデマによる抗日・侮日運動が行われた。しかしデマをつくるというのも一つの戦略として挙げられる。国民党や中国共産党はこのデマを巧みに操りアメリカなどの列強国から多大な武器や資金等の融資があり日本との戦争を泥沼まで追い込んだといっても過言ではない。そう考えると日本の国家は戦前・前後ともにデマというのに非常に弱い。それを見破り、逆にデマによって相手の国を貶めるすべを国家はなるべくなら身につけていただきたい所である。最低限デマを見破る能力だけは、である。
「バーナム効果(p.395より)」
「○型自分の説明書」がいい例だろう。
ほかにも説得学の中で面白いものから使えるものまで出ているため、交渉や説得を生業としている人にとっては1冊あれば鬼に金棒である。

出逢いの大学

出逢いの大学 出逢いの大学
千葉 智之 中川 ミナ

東洋経済新報社  2008-05-15
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本書は人脈とは何なのか、そして千葉氏の人脈の築き方について伝授している。著者は地元の建設会社からリクルートに転職したという異色の経歴の持ち主。さらに「宴会」という豪快な趣味の持ち主である。
第1章「人脈について考えてみよう」
まずは「人脈」とは何なのかという疑問から。千葉氏はこう主張している。
「自分ブランディング」
「将来への漠然とした不安病の特効薬」
「自分を映し出す鏡」
自分は他人から見たらどうなのかという客観的な視点から見ないと分からないこともある。それを見つけに行くことも然り、そしてこれからの人生は何が起こるか分からない。人脈を築いておくと新たなビジネスヒントやとんでもないチャンスがめぐりこんでくる。しかもそれは上限がない。人脈には無限の可能性を秘めている。
第2章「毎週知らない人に会いなさい」
サラリーマンの人脈は狭い。とりわけ私のようなシステムエンジニアはほとんど同じ業界の人の付き合いしかないというサラリーマンよりももっと狭い世界にいる。その時こそ人脈を築くことというのが重要になってくる。人脈をつくるにはセミナーに参加することも重要であるが、一念発起してセミナーを主催することも一つの手段である。例えば異業種交流会と題うって宴会を行うこともその一つ。そして千葉氏が行っている「パワーディナー」も紹介している。
第3章「黄金の人脈をつくる振る舞い方」
黄金の人脈をつくるための鉄則として挙げられるのが「楽観的になること」が一つである。人脈を広げると王前嫌いな人も出てくる、自分の性格と合わない人も出てくる。しかし人脈を広げることによってそういう人もいるのだと考えるようになる。人脈ブランディングのメカニズムにはまるという。要は好きな人でも嫌いな人でも人脈を広げ世の中にはいろんな人がいる、そして興味を持つ、また広げたくなるというスパイラルをつくっていける。
第4章「黄金の人脈をつくるテクニック集」
最後は人脈をつくるためのテクニックである。SNS活用したり、時間管理、名刺管理、そして私のようにブログを活用しながら広げていくというのもあり。テクニックであれば時間管理や名刺管理の本も紹介されているのでそれも併用して読むのもいい。これらはすべて人脈に直結する。
本書を読んでみてわかったことだが、人脈というのは非常に奥深く、かつ面白い。セミナーで名刺交換を行うだけではなくSNSを使ったり、宴会を開いたりとありとあらゆる方法がある。しかしその人脈を広げるのかどうかはあなたにかかっている。サラリーマンという狭い人脈から抜け出し、多くの人脈を築き上げることによってまた違う世界を見出す事も社会人生活をより面白くできるファクターであり、最高のビジネスチャンスに直結できる最高のツールとなる。

最後になりますが、先日の「「出会いの大学」特別講座」で主催の千葉様をはじめ名刺交換をしてくださった皆様、この場を借りて厚く御礼を申し上げます。また次回(来年2月になるそうです)お会いできることを楽しみにしております。どうもありがとうございました。

アイヌの歴史―海と宝のノマド

アイヌの歴史 海と宝のノマド (講談社選書メチエ 401) アイヌの歴史 海と宝のノマド (講談社選書メチエ 401)
瀬川 拓郎

講談社  2007-11-09
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11月12日号の「SAPIO」の「ゴーマニズム宣言(以下、ゴー宣)」や「わしズム(後日書評予定)」においてアイヌ問題について取り上げられていた。実際アイヌのことについてはなけなしではあるが知識はある。北海道出身であること、小学校時代アイヌの歴史について数多く授業で扱われたために知識を得ることができた。しかし大学に入ってからアイヌの歴史や文化についてそれほど勉強していなかったためアイヌについての突っ込んだ内容まで言及した「ゴー宣」のなかで初めて聞いたものもある。そしてもう一つは「ウタリ協会」(来年4月から「北海道アイヌ協会」)の存在である。ウタリ協会の存在とは一体何なのか協会が訴える「権利」というのは何なのかというのが知りたくなる。
冗長的になってしまったが小林氏の問題提起によって自分の中にある北海道人としての血が騒いだ。もっと北海道を知りたい。そのためにはアイヌとは一体何なのかを解明する必要がある。その理由から本書を手に取った。
本書は表題のとおりアイヌの歴史について書かれている。アイヌがなぜ誕生したのか、アイヌの生活はどのようなものなのか、和民とアイヌとの戦い(シャクシャインの戦いなど)についても取り上げられている。さらに環境問題も叫ばれている中、自然と共生を目指しているアイヌの生活が注目を集めている。本書の第7章にてモデルを2つ紹介している。
第1章「アイヌ文化のなりたち」
アイヌ文化が成り立ったのは1100年代とありちょうど本州では平安時代後期にあたる。それ以前も北海道では沖縄と同じくして独自の時代を築いていった。特に縄文時代が道南では700年まであり、その後は「擦文時代」があり、さらに道東では「鈴谷文化」「オホーツク文化」「トビニタイ文化」と言った文化が形成された。ちなみに最近モデルとなってきているエコとしてのアイヌ文化は「擦文時代」の後期9世紀から10世紀にかけて成立したものと言われている。
第2章「格差社会の誕生」
まず驚いたのはアイヌの人たちにとって「貧乏=悪」という文化が根付いていたことである。今の日本社会においてもそれと似たようなことが起こっているが、もしかしたら昨今の「格差社会」の形成はそれがルーツになっている可能性も捨てきれない。
第3章「「サケの民」の成立」
北海道の名物の一つに「ちゃんちゃん焼き」というのがある。「ちゃんちゃん焼き」とは北海道の名物料理であり、鮭と野菜を味噌を鉄板で焼いた料理である。それだけではなくサケを使った料理は北海道料理では欠かせない食材である。当然アイヌの生活においても欠かせない食材であり、生産地としても有名である。本書でも書かれているが、石狩川や忠別川の扇状地はサケが遡上するところでも有名である。その酒を食べるだけではなく交易品として、そして飾りとして使われたことは言うまでもないだろう。
第4章「ワシ羽をもとめる人びと」
アイヌ人と羽というのは切っても切れないものである。羽根をまとうことや狩猟をするために羽根を使うことが多いという。とりわけワシ羽は多く使われたということはなかなか面白い。
第5章「侵略する北の狩猟集民」
第6章「境界をみる」
第7章「アイヌ・エコシステムの世界」
ここでは上川アイヌの自然の暮らしと縄文エコシステムなどについて取り上げられている。
最後になるが北海道ではアイヌのことを授業で取り扱っているくだりはあるが、最近北海道のTV番組でもアイヌ民族を取り上げられることはそれほど多くない。ましてや北海道でアイヌが住んでいたということを知っている人はいても、アイヌの生活はどうであるのかというのを知っている人は少ない。ウタリ協会やアイヌ民族の人たちは権利を訴えるよりも先に北海道の人たち、あるいは全国の人たちにアイヌのことを知ってもらうという啓もう活動を積極的に取り組むべきである。学校の授業で取り上げろということだけでも違うはずである。そうすれば民族の権利を訴える人も多くなり、そしてアイヌ民族の関心も増えるのではないだろうか。
ただ、一つ疑問に思うのはウタリ協会やアイヌを伝える人が権利と訴えるのだが、アイヌ民族の人権を訴えたいのか、政治にかかわる権利を持ちたいのか、民族として憲法で担保される権利を持ちたいのか、そしてどこまで権利を持てばウタリ協会として、アイヌ民族として満足なのかというのが疑いをもつ。そして文化遺産となるような啓蒙活動をしていくということも大事になる。それによって権利や認識がつくのではないかと考える。そのことからウタリ協会は始めるべきではないだろうか。

クリエイティブ・トレーニング・テクニック・ハンドブック

クリエイティブ・トレーニング・テクニック・ハンドブック[第3版] クリエイティブ・トレーニング・テクニック・ハンドブック[第3版]
ロバート・パイク 中村 文子

日本能率協会マネジメントセンター  2008-09-20
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クリエイティブスキルを身につけるためにはどうすればいいかというのをハンドブックにしたのが本書であるが、何せデカイし分厚い(420ページ)。クリエイティブ研修で1カ月以上研修をする時には格好の教材となるが、いかんせん私は書評をする立場。これについての内容は本当に教材の例示ややり方が事細かに書かれているためやってみないと分からない状態である。しかし面白いのがこれを使ってセミナーを開いてみたいという野望もできてしまう1冊である。少人数制のセミナーにしてこれに沿った内容をトレーニングを行う。そしてそのあとは楽しい飲み会、という考え。そういうのもありかもしれない。
さて本書で印象に残るものというと「先達の言葉」が印象的であった。いくつか紹介する
「優秀な講師は、学習者が新しい情報を学ぶ際に必要な、具体的な予備知識があるかを考える(p.50)」
「目新しいものやサプライズがあると、学習者は研修にますます興味を持つ。研修のトピックを想定外の方法で紹介した場合、学習者の興味やモチベーションは高まる(p.62)」
「学習者には、集中力と教えてもらう事柄の重要性を把握しておくことが必要です(p.64)」
講師は必ず学習者のレベルを気にする。学習者のレベルというのは多ければ多いほどそれに合わせることは難しいが、それらのレベルをいちいち判断するのは難しい。しかし事前にレベルを判断することによって行使者もどのように教えればいいのか考え、学習者も高氏の教えることに理解を示すことができる。さらにサプライズをちりばめられることにより学習者は淡々とした空気から抜け出し、自ずと興味を持ってしまう。講師の真骨頂であるが、これを出すタイミングというのもなかなか難しい。講師もクリエイティブな職業かもしれない。
「図法を使って研修を進めると、教える時間を28%短縮できるという研究結果が出ている(p.105)」
プレゼンでもわかりやすい教材でも図表がちりばめられている。とりわけ私たち漫画等で育ってきた世代はそういった感受性が備わっている。そのため図表を用いると理解が早く教える時間も短縮でき、さらには限られた時間の中で内容を凝縮できる効果があると考えられる。
「優秀な講師は、学習者に新しい情報を活用し、練習できるような場を提供する(p.190)」
研修に限らず学ぶということはインプットとアウトプットの連続である。いくらインプットしてもアウトプットできるところができなければ意味がない。そこで得た新しい情報をどのように使うのか練習を盛り込んでいくのも講師が行う役目の一つであろう。
クリエイティブというのは「創造」ということであるがではそれをどのように想像するのかというのは難しい。しかし江周は様々な方法が乗せられていたため実践する価値は非常に高い。

千円札は拾うな。

千円札は拾うな。 千円札は拾うな。
安田 佳生

サンマーク出版  2006-01-20
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表題からしてインパクトがある。
「はじめに」の所で理由が書かれていた。
「千円札を拾うと目線が下がり、ほかのものが見えなくなる(p.4より)」
簡単にいえば目先の利益にとらわれるな。それを見逃していいからもっと大きな利益の所に行けということ。そういうことを言っている。大きな利益を得るためには成長すること、しかしその成長は変化がないといけない。成長という利益を得るためにはそれに値する犠牲が必要である。そう、何も犠牲がないまま成長や利益を得ることはこの世にはない。
第1章「成果を生み出す「時間」のとらえ方」
お金は手に入れようと言えば手に入れられる。しかし時間は24時間あるからそうにはいかない。忙しい人もたくさんおり、その中で時間をいかにやりくりしなければいけない。本書では
「勤勉は悪、努力は報われない」
「残業をやめれば給料が増える」
「自分でできることは自分でしない」
と言ったことが書かれている。タイム・マネジメントは大事であり、かつ時間に対してどれだけのことをつくりだせるのかも重要な要素である。本書で書かれている内容は若干突飛なように見えるが、日本の労働に欠けているものをうまくとらえられている
第2章「利益をもたらす「お金」の上手な使い方」
お金というのは使いようにより、さらなる利益を生むこともあれば、逆に大損をしてしまい破産に追い込むこともある。
第3章「大成する「いい男」「いい人材」の見抜き方」
「いい男」というのは絶えず自分磨きに奔走する。それはビジュアル面でも教養の面から言っても同じことかもしれない。若いうちから自分をどんどん投資していく。最近私を含めた若い人がお金を使わなくなった。もっとも毎月8万〜10万預ける人もいるというほどである。今は落ち着いてはいるが昨今のインフレーションがあったために遊ぼうと思っても高くつき、さらには消費しても見返りがあるという保証はだんだんなくなっている。ただ言いたいのは預金をするのは自由だがその預金の半分でも自己投資をすべきなのではと私自身セミナーや本を買っている身からして思った。
第4章「トレンドを捨て、「本質」を貫く考え方」
特に印象的だったのが「「似合うスーツ」を着てはいけない」である。似合わないスーツを着る、それを長く続けることによっていつの間にかそのスーツが似合う人になる。地味な人がものすごくワイルドな服装をいきなりしたら違和感があるが、そのことにより外見や印象もだんだんと変化していく。なるほど、印象を変える手段はいくつでもあるということか。
表題の意味は前書きの時点でわかったが、その本質が本書になっているという構成である。小さい利益を犠牲にしても後々の大きな利益をかけたほうがよっぽどいい。若い時分から目先の利益にとらわれずもっと自己投資を行い、未来の利益のためにまい進していくことも重要であるが、これに気づく人は一体どれくらいいるのだろうか知りたいところだ。

『出逢いの大学』特別講座 vol.1 感想

もうすでに昨日になってしまったのか。

昨日は「『出逢いの大学』特別講座 vol.1 〜ブランド人の作り方!〜」に参加いたしました。

客員教授も参加者も非常に濃い面々でした。

まずはいきなり名刺交換タイム。これまでは講座終了後に名刺交換タイムでしたが、この固定観念がもろくも崩れおちた瞬間でした。逆に考えてみれば名刺交換をしてお互いに和気あいあいの状態でさあ講義に入りますかという千葉学長の気配りがあったのかもしれません。いやはやすごい。

さて最初の講義は「アライアンス仕事術」で有名な平野敦士カール氏

ブランド人になるためにはどうすればいいのかという内容でしたが、時折爆笑を誘い、時折質問を行いと緩急織り交ぜた講義に私も引き込まれました。

明日から、来週月曜日からできることまで言われたので「感即動」です。

次の講義は「ほめ言葉」シリーズの祐川京子氏

祐川氏といえば「ほめ言葉」シリーズで有名ですが、今回はそれとは違い愛嬌力や夢といった内容でした。

しとやかで才色兼備のイメージであった祐川氏ですが、今回の講義はとにかくマシンガンと言っていいくらいのトークでした。それでいて内容も非常に面白いということであるので会場は熱気ムンムン。予定よりも長く話されましたがそれでも内容が本当に濃いものでした。

最後は千葉学長

時間が押してしまったためさらっと講義を行うというものでしたが、最後の最後で学長の著書の紹介(笑)。見事なオチでした。

しかしこの「出会いの大学」はそのあとが本番でした。

「出会いの大学」というわけですから当然名刺交換をしながら交流を深めていくということで一次会へ。

そしたらテンションの高さ、そして周りの方々のトークに圧倒。そして最後の講義からいらっしゃったこの方とも名刺交換いたしました。

当然買いました。後ほど書評いたします。

それだけではありません。数々の著者、書評ブロガーと名刺交換いたしました。簡単ではございますがここでお礼を申し上げます。

ありがとうございました!

教育格差の真実~どこへ行くニッポン社会~

教育格差の真実‾どこへ行くニッポン社会‾ (小学館101新書) 教育格差の真実‾どこへ行くニッポン社会‾ (小学館101新書)
尾木 直樹 森永 卓郎

小学館  2008-10-01
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本書は教育問題に関して教育評論家の尾木直樹氏と経済アナリストの森永卓郎氏の対談をまとめたものである。
教育問題について様々な提言があるのかと思ったらほとんどが批判ばかりで救いようがないほどコテンパンにしているようにしか思えなかった。
まずは森永氏の発言
「日本は間違いなく壊れると思ってるんです。おバカな学者たちが、少子化対策として…(p.13より)」
誰のことを言っているのだろうか。もしかしたら自虐的に言っているのかもしれない。
さらに尾木氏の発言
「経済の評論家の世界というか、学者の世界も現状肯定か容認論なんですよね(p.39)」
誰も現状を肯定したり容認したりしていない。現状はまだまだ言いにしてもこれからのことを考えて変えなければいけないというのが尾木氏の言う肯定論や容認論の意見である。
続いて第2章では和田中学が行った「夜スペ」について批判を行っている。「公立中学校の民営化・私物化」を批判しているが、では公立中学校がどれも同じ画一的な教育を行ったほうが両氏にとってはいいのだろうか。和田中の「夜スペ」の内容についての言及はあまりなかったが、夜スペの内容を吟味したうえで議論したほうがいいのではと思う。ちなみにこの夜スペを実行したのは現在大阪で教育関連における特命顧問を行っている藤原和博氏である。大阪の学力は「全国学力テスト」でも見る限り低い位置にいることは明白である。橋下知事が教育の底上げを図る有能な人物として推薦を行い、地方での教育改革を行っているわけであるからこれから大阪の教育についても見ておかなくてはと思う。
最後に教育格差というのは解消していかなくてはいけない問題である。しかし完全になくしたほうがいいとは私は思わない。みんなが同じ学力で同じ力をもって卒業するということを人間が機械になっているように画一的になっているようにしか思えない。優劣の差が付いているからでこそ個性があり、そのうえでの競争が成り立ち、お互いに切磋琢磨ができるのではないのだろうか。
最後に教育格差とはであるが、これについてはまだ変わる気はない。「ゆとり教育」や「詰め込み教育」と提唱する論者は子供たちをどう考えているのだろうかを知りたい。世界的にも恥ずかしくない人材を育てたいのか、子供たちがもっと楽しく勉強に興味を持てるようにするという意図さえもわからない。でもわたしが考える教育問題の解決の糸口の一つは後者ではないだろうか。学力テストやPISAというのはむしろそれを測るバロメーターの1つでしかない。子供たちが勉強をする、そして「知る」ことの楽しさをいかにして伝えていけばいいのかというのが真の「教育問題」ではなかろうか。

検証・長崎市長射殺事件―断て!暴力

昨年の話になるが、2007年4月27日に長崎市長選に立候補していた伊藤一長市長(当時)が暴力団幹部に銃で撃たれ殺される事件があった。ちなみに長崎市長が狙撃された事件は過去にもあり1990年1月には本島等市長(当時)が右翼団体幹部に狙撃され、重傷を負った事件があった。長崎というと広島とともに原爆の被害にあった都市の1つである。
ではなぜこのような都市が、射殺事件に遭わなければならなかったのだろうか。原因は市役所が私と折り合ってくれなかったことが原因だったという。以前に物損事故で死と何度も交渉をしたのだが、市は「不当要求」と判断し、これ以降一切対応しなかったという。ちなみに2000年の事件も話し合いに応じなかったことが原因だったと本島元市長は語っていた。両事件から共通して未然に防げた点は「話し合いの場を持つべきだった」という考えに行き着く。しかし「バカの壁」のように「話せばわかるというのは大ウソ」という考えからするともっと何か別の方法で回避できたのではとも考えられる。
以前にも右翼団体が政治家宅に火事を起こしたり、器物損壊を行ったりする事件が何度かあった。暴力による威嚇というのは、右翼特有という考えはまず間違っている。左翼だって昭和40年代、まだ60年安保が冷めやまぬころに愛知の殉国七士廟が爆破される事件があった。このときの犯人が左翼過激派のであったという。このことから考えると暴力的に物事を推し進めるのは右翼も左翼も同じであると考える。しかし暴力によって政治を威嚇する、国民を威嚇するということは右翼でも左翼でもない。中国共産党の「政治は銃口から生まれる」と同じ原理ではないのだろうか。暴力を解決することは上記の「バカの壁」があろうとも、まずは話し合いの場を持たせること、そしてメディアもそのような人たちに発言できる場を設けることから暴力をなくす第一歩であると私は思う。抑圧させるばかりでは当然暴力を抑えられるという考えは捨てたほうがいい。帰って増幅させるだけであるから。

F1 アロンソがルノーで2年契約、ピケも残留 2009年のF1カレンダー修正版発表

今年のF1シーズンが終了したばかりなのにもうすでに、新たな情報が入ってきました。

まずはこちら

ルノー アロンソとピケの残留を発表

ルノーF1チームは、来シーズンもフェルナンド・アロンソとネルソン・ピケ・ジュニアが残留することを発表した。チームはドライバーラインナップを変えないことを水曜日に明らかにし、アロンソのホンダ移籍の噂にピリオドが打たれた。アロンソはルノーとの契約を2010年まで延長し、ピケは1年契約を交わした。

残留濃厚かと思われたのですが、予想どおりでした。ピケも残留でルノーの来年のラインナップは決まり。これでフェラーリ、BMW、マクラーレン、ルノー、レッドブル、ウィリアムズ、フォースインディアが両ドライバー決定といったところ。気になるのがトヨタ、トロロッソ、ホンダといったところでしょうか。

続いてこのニュース。

FIA 2009年の修正カレンダーを発表、中国GPが4月に移動

このような日程となりました。

2009年シーズンのF1カレンダー
 3月29日 オーストラリア
 4月 5日 マレーシア
 4月19日 中国 
 4月26日 バーレーン
 5月10日 スペイン
 5月24日 モナコ
 6月 7日 トルコ
 6月21日 イギリス
 7月12日 ドイツ
 7月26日 ハンガリー
 8月23日 ヨーロッパ(ヴァレンシア)
 8月30日 ベルギー
 9月13日 イタリア
 9月27日 シンガポール
10月 4日 日本
10月18日 ブラジル
11月 1日 アブダビ

まず中国が4月に移動、続いてフランスGPがカレンダーから姿を消しました。前々のやつから言われていたカナダも消えこれで来年は今年よりも1戦少ない17戦で戦われることとなります。ファンにとってみればなくなるのはさびしいですが、今年は新たにアブダビがあります。これがどうなるか、そして4年連続チャンピオンが決まった地とされるブラジルではチャンピオンが誕生しなくなるのかといったところもひそかに注目といったところでしょう。

今シーズンが終わったばかりなのに、もうすでに来年に向けて楽しみ全開といったところです。

汚名―B級戦犯刑死した父よ、兄よ

汚名―B級戦犯 刑死した父よ、兄よ 汚名―B級戦犯 刑死した父よ、兄よ
向井 千惠子 野田 マサ 惠美子クーパー

ワック  2008-07
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戦後63年を迎える今、歴史認識問題は絶えず論議の的になり、外交の大きな隔たりの要因の一つとして挙げられることが多々ある。本書は特に取り上げなければならず、かつ遺族の苦痛は戦時中以上のものであった、本多勝一ら朝日新聞をはじめ政府では社民党や共産党はそう言った胸中を知っているのだろうか。むしろ中国や韓国に謝れという以前にそう言った人たちの陳謝と保障を訴えることから歴史認識問題について論議するというのが筋ではなかろうか。
本書は「百人斬り競争」においてBC級戦犯で刑死し、その後報道被害に立ち向かい戦った遺族たちがつづった1冊である。
「百人斬り競争」にまつわる裁判は一昨年の12月22日に結審したが原告側の上告棄却(遺族側の完全敗訴)に終わった。ちなみにこの「百人斬り競争」の発端を発したのが当時朝日新聞の記者であった本多勝一の「中国の旅」が朝日新聞に連載したことから始まった。そしてそれが1冊の本となるや、野田氏、向井氏の家族は崩壊し、世間では常に白い目で見られるという苦痛に苛まれてきた。それでも気丈にそれらとたたかい、本多勝一をはじめ朝日新聞、毎日新聞を相手取り訴えを起こした。結果は一真・控訴審・上告審ともに敗訴となったがこれについての詳細は後ほど書くことにする。
本書の構成は以下の通りである。
はじめに
第1章「「百人斬り訴訟」で父たちの無念を思う」
第2章「野田毅の三度目の死」
第3章「父・向井敏明の魂は大八洲に帰った」
付録「向井・野田両少尉の遺書」
「稲田朋美弁護士の一審最終意見陳述」
「恵美子クーパーの陳述書」
「野田マサの陳述書」
「向井千恵子の一審最終意見陳述」
謝辞
すでに事実となっているがそれでも誤解する人が多いためあえて言う。この「百人斬り競争」の記事は、兵士の高揚のためにつくられた創作記事だということは当時それを取り上げた記者も認めている。ちなみにこれを発行したのは毎日新聞社であり、そのことについて以前まで認めていた。ところが「中国の旅」以降、朝日新聞・毎日新聞はそれに関しての説明が行われていないのがおかしい。もっとも過去の記事についての説明責任は果たさなければいけないのにもかかわらずである(説明はしているものの、「二人の少尉を貶めているものではない」というすでに事情を無視したような説明をしている)。さらに裁判でも被告である本多は一度も出廷しなかったという。しかも被告側の敗訴であり、判決の理由もその証拠の立証自体杜撰なものであった。
本書では若者たちにも言及しており、いま「百人切競争」について関心のある人はそれほど多くない。そして向井、野田両少尉のことについても日教組や朝日新聞が仕組んだ「悪」という印象しかないのが現実である。若者から逆に本を読むことによって著者らの事情を知ることから歴史認識問題が変わる。私は本書以外にも様々な本と出合い、自分なりについた歴史観がある。私たちから始めることは「本当の歴史」を祖父祖母の世代から聞いて、それにまつわる本を読み、日本人として誇りに持つことを身につけるべきである。航空幕僚長の論文も立場上ではあるまじきことなのかもしれない。ただ日中戦争について、そして自衛隊として守るべき日本のことを自分なりに文献を通して考察してきたわけであるから完全否定するつもりは毛頭ない(個々の点で批判しなければいけないことはいくつかあるが)。そしてこの論文をみて賞賛すべきか、否定すべきかというのはあなた次第である。本を読んで自らの歴史観を見出すこと、それが歴史認識問題を乗り越える一つの手段ではなかろうか。

闘え、日本人―外交とは「見えない戦争」である

闘え、日本人 外交とは「見えない戦争」である 闘え、日本人 外交とは「見えない戦争」である
日下 公人

集英社インターナショナル  2005-10-26
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「戦争の反対」はなにか?
まず言えることは「戦争」の反対は「平和」ではない。もしも「戦争」の反対が「平和」であると信じ込んでいたらここで正してほしい。
「戦争」の反対とは一体何か?当然戦争を行わないことである。戦争を行わないということは当然戦争回避するために交渉を行う。その交渉を行うこととは……そう「外交」である。
つまり「戦争」の反対は「外交」である。
日本人の歴代の外務大臣や外務官僚はそのような外交のプロたちが集まるということは本来であればそのようであるべきだが、どうも終戦後以降は弱腰にしか思えない。本来の意味をとらえていた外務大臣は私としては重光葵以外見たことがない。
さて話は変わるがアメリカ大統領選でオバマが勝利し、8年ぶりに民主党に政権が戻ってきた(同時に史上初の黒人大統領である)。ブッシュ政権における政治は悪いほうにウェイトを占めていたが、外交におけるブッシュ政権と日本の関係はじゃれ合いという感じはあるのだが、その前のクリントン政権時よりは友好であったと私は思う。しかしこのオバマ政権にて日米関係をどのように動かしてゆくのかというのが麻生政権、もしくは解散総選挙後の政権において重要課題の一つと言えよう。前のようなじゃれ合いや強硬案に服従するような隷従外交になり下がるよりも、敗戦国であるからでこそ誇りを持ち対等な関係としての外交が望まれる。つまり「No」と言える外交をしていただきたいということである。
本書は日本の外交の在り方をただすとともに、日本が行うべき外交とは何なのかということについて提言している。アメリカが政権交代を行うということを考えて旬な1冊であるように思える。
第1章はこれまで行っていた「思考停止」の日本外交、さらには国会議員やメディア、憲法について糾弾している。日本は敗戦によって文明が解体された歴史がある。しかしその「思考停止」は著者に言わせれば戦前もそうだったと書かれているが、これについては第3・4章について詳しく書かれている。
第2章は著者が提言する外交方法について書かれている。まず中国との外交であるが「日中友好」という言葉にとらわれすぎず「華夷秩序」をもっている国だからでこそ「友好親善が大事ではない」と強硬にはるべきである。むしろ中国が委縮しはじめるだろう。そしてもう一つは「嫌われ者と言われている日本」でいること。日本は敗戦後から目覚ましい経済成長により、今度は経済によって世界を侵食し始めた。「貿易摩擦」もその一つである。当然世界から非難を浴びせられる。先日も国際人権委員会で日本の「従軍慰安婦問題」と「死刑存置」に釘をさすような発言があった。国際委員会、特にEU諸国や中国や韓国がやる常套手段であるが、むしろ日本はそれに世界中の非難を浴びてでも「No」と言い続けるべきである。著者に言わせれば「嫌われ者を続けると、やがては尊敬される」からである。
第3章は教科書では絶対と言ってもいいほど教えない「戦争と平和」である。まず言わせていただくがこの「戦争と平和」と言っただけでトルストイの文学作品の話ではない。実は戦争は「若者の人口」と関連性があるという。ベビーブームの後には必ず戦争がることをつついているが、ちょっとこれについては検証する必要がある。さすがに今の時点でこれが立証されているとは自分の口からは言えない。
第4章は歴史の「もし」について、こうすれば「勝てる戦争」になったのではということが書かれている。大東亜戦争は当然戦争についての大観や設計を行っておらず杜撰なまま戦争を行った。その結果最初は勝利を収め続けていたが、結果的に敗戦国となってしまった。しかしこの戦争について「太平洋戦争では敗北したが、大東亜戦争では勝利した」という論者もいる(私もその一人である)。しかしそれについては国際的に発言しても結局門前払いとなってしまうのがオチである。なぜかというと、大東亜戦争開始の時には「鬼畜米英を駆逐する」という大義になっていた。それがのちになって「東亜の欧米による植民地支配からの解放」という大義に変わっていった。もしあらかじめ天皇の詔勅がそうであったのならば、戦争は勝っていたのだろうということだ。ほかにも「もし」がたくさんあるのだが、東京裁判においてもそのことについては語っている(「共同謀議」についての賀屋興宣の発言)がそう。
日本は外交が下手だと言われている。それは日本が敗戦国だからというレッテルにより弱腰になったと言われているが。裏を返せば敗戦国だからでこそ毅然となるべきではなかろうか。

戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録―芸人たちが見た日中戦争

戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録―芸人たちが見た日中戦争 戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録―芸人たちが見た日中戦争
早坂 隆

中央公論新社  2008-07
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今、航空自衛隊の幕僚長による論文問題により歴史認識問題が揺れている。私自身も東京裁判等を通じて数々の戦争に関する文献を取り上げてきた。戦争にまつわる歴史認識は韓国や中国の顔色を伺ってばかりいるが、果たしてその歴史が日本人にとって誇りに思えるのか。そして東亜の平和のために勇猛果敢に戦ってきた人たちに失礼ではないだろうかと考えさえもする。しかし今回は戦争の中で兵隊たちにひとつのオアシスを与えた「わらわし隊」にスポットを当てている。
時は日中戦争の時代であり、そのときに笑いを提供するために中国にわたり南京陥落の後にもわらわし隊は南京に行ったという。そのことから考えると暗黒化している南京大虐殺論争に新たな重要文献として上がることは間違いないだろう。
第1章「わらわし隊、中国へ」
漫才や落語による演芸により慰問を行うことを目的とした「わらわし隊」。これを提案したのは朝日新聞であり、その動きに協力したのは吉本興業であった。「わらわし隊」に連なるメンバーの中で「エンタツ・アチャコ」や「ミスワカナ」がいたことからして明白であろう。ではなぜ「わらわし隊」となったのかというのも興味深く日本軍の航空隊が「荒鷲隊」と呼称されたのと「笑わしたい」というのとをもじって作られたものである。そして彼らは日本で蓄えた芸人魂と笑いを中国で戦っている兵士に与える使命感を持っていったと考えると、戦前の日本人の強さというのが窺える。
第2章「エンタツ・アチャコと柳家金語楼」
さて「エンタツ・アチャコ」が出てきたが「エンタツ・アチャコ」は昭和初期において、そして吉本の歴史の初期においても欠かすことのできない漫才コンビである。ちなみにこの「わらわし隊」ができた当時は「エンタツ・アチャコ」はコンビとして解散しており(昭和9年に解散)そのときはエンタツ・アチャコはそれぞれ別の相方と組んで漫才をやったという。そしてもう一人「柳家金語楼」であるが「禿頭の金語楼」といわれ一世を風靡した噺家(「落語家」と同意であるが、当ブログでは「噺家」で統一する)として有名である。
第3章「柳家金語楼一行の足跡」
ここで取り上げなければいけないのはいまや歴史の闇に埋もれようとしている「通州事件(「通州虐殺」とも言う)」について取り上げられている。中国の通州において保安隊による日本人への攻撃があり、通州において380人いた日本人のうち264人が殺された事件である。この事件により日本国内の世論は激昂し、開戦論を叫ぶ声がいっそう強くなっていた。これについて取り上げる文献が少なくなった今、雲散霧消になる前に取り上げたという本書の価値は非常に高い。
第4章「わらわし隊の見た上海・南京」
ここで特に取り上げるのは松井石根陸軍大将である。このわらわし隊が南京講演を行うにあたり松井石根大将が見に来るといい非常に緊張した中で行われたが講演後、対象が南京に来て始めて笑ったということが兵士たちに伝わったという。松井大将は根っからの潔癖症であり、南京にまつわる報道が熾烈を極めているときに軍の風紀を他の軍以上に厳しく正したことでも有名である。それが南京大虐殺における妙な誤解となろうとは…松井大将自身も思わなかったのだろう。南京での慰問講演は昭和13年1月末に行われた。ちなみに南京大虐殺論争における期間もその中に入っている(笠原十九司氏の見解による)。実際何近代虐殺は私自身もまったくなかったと言い切れない。その証拠に当時陸軍大臣であった畑俊六陸軍元帥がこの事件を受け松井石根大将を更迭したということがあげられる。これについての論争はすでに泥仕合の様相を見せており史料も本物と偽者がまぜこぜになっている中でどのように真実が見出せるのかわからなくなっている。さらに中国ではこれを外交カードに使っていることからこれによる全容の解明は限りなく不可能に近い。
そしてもう一つ取り上げなければいけないものがある。
昭和46年、愛知にある「殉国七霊廟」にある「七士之碑」が左翼学生らが「軍国主義の象徴」として爆破した事件がおきた。昭和46年といえば60年安保がようやくほとぼりから覚めたころである。とはいえ左翼学生ははびこっており、非戦反戦を掲げては軍国主義のものを破壊するようなこともやっていたということを忘れてはならない。右翼団体の人が広島の石碑を破壊した事件があったがそれとまったく変わらないのである。左翼がやったからいいとか、右翼がやったからいいとかという話にはならない。後半の構成は以下のとおりである。
第5章「戦場にある笑顔と涙」。
第6章「深まる戦火」
第7章「漫才「わらわし隊」」
第8章「笑顔で死んでくれ」
最終章「ミスワカナの死」
本書に出会うまで「わらわし隊」についてまったく知らなかった。日中戦争をはじめ戦中の歴史認識は激しく揺らいでいるがこういう人たちの証言というのも非常に重要である。中でも南京大虐殺に関して一石を投じる文献になるだろう。そして現在の朝日新聞はこの歴史を暗黒化させることに尽力をしているようだが上記の「わらわし隊」を計画した経緯について説明する責任はある。当時のやっている人のことだから知らないとかという責任にはまずならないので納得のいく説明をしてほしい。
最後にニーチェの言葉が書かれていた(p.347より)。
「人間のみがこの世で苦しんでいるので、笑いを発明せざるを得なかった」
戦争に赴いた兵士たちはこの「わらわし隊」の芸を見て心の底から笑ったのであろう。彼らはその戦地に赴いて荒んだ大地の中で生きる一輪の花となった。その花は強く微笑ましげに咲いたことだろう。

知事まさか今夜もピザですか 東国原宮崎県知事秘書の365日

知事まさか今夜もピザですか 東国原宮崎県知事秘書の365日 知事まさか今夜もピザですか 東国原宮崎県知事秘書の365日
吉川 敏夫

双葉社  2008-06-24
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宮崎県知事の東国原英夫氏(以下、東国原氏)が誕生してからもう少しで2年となる。思えば前宮崎県知事の官製談合疑惑により知事が逮捕されるまでに至った。その後の知事選にて東国原氏は立候補したが、それまでに大学中退や妻との離婚、そして芸能界引退と前途多難な状況での立候補だった。選挙戦の下馬評も芳しくなかったが、いわゆる「保守分裂」により東国原知事が当選した。しかしその後も議会では野党が大多数を占めるようなものであったが最近では、議会での紛糾も鳴りを潜めている模様である。当選してしばらくした時から、知事自らあちらこちらで出向き宮崎の特産品をPRするという「宮崎のセールスマン」を自ら行い宮崎の知名度のアップとともに宮崎への観光客の増加につながった。支持率は今もなお80%台をキープしており、もうすでに宮崎県にとってはなくてはならない顔となったのは言うまでもない。
本書は宮崎県知事の政務秘書であると同時にたけし軍団の6番弟子(本書でもビートたけしのことを「殿」と書いている)であり、そのまんま東時代から弟弟子として活動した人である。
まず本書の第1章で東国原知事がこんな爆弾発言を
「バラク・オバマが俺のマネをしている(p.25より)」
どっちが失礼なのかは閲覧者の御想像にお任せするが、両氏にとって共通的なのが「名言」があること東国原知事は「どげんかせんといかん」でバラク・オバマ氏は「Yes we can」で有名である。
本書の話と大きくそれるが、昨日の夜からアメリカ大統領選の投票が始まった。今日の昼ごろには大まかな結果が出てくるようである。世論調査ではオバマがリードであったが果たしてどうなることか。
話を戻す。続いてビジネスの立場で東国原知事を見習わなければいけないのが「タイム・マネジメント」である。本書では東国原知事を「日本一時間を大切にする男」としている。それの証拠に公務以外(ほとんどがバラエティ番組の出演)が過去2ヶ月分(年末年始)が本書で公開されているが、まさに怒涛の日程である。その番組の大半を私は見たことがあるがこれほどの激務であるにもかかわらずつかれている姿を見せていない。それどころか著者の話によると睡眠時間もあまりとっておらず、インフルエンザでの休養以外での休みは1日しかなかったという。さすがにかろうじゃないかと思ったのだが殿やビートたけしこと北野武の名言にあった。
「忙しければ忙しいほど、眠らなくなる(p.162)」
その根拠は
「寝て起きて、それが夢だったら嫌だから(p.162より一部編集)」
きわめて単純明快である。よく好きなことで忙しくなって気がついてみれば朝だったということを体験したことがある人はいるだろうか。あるいはレポートや受験勉強で忙しくて睡眠時間があまりとれなかったものの風邪をひかなかった人もいることだろう。私もその類の一人である。大学3年の秋から就職活動終了のころまでは目が回るように忙しく、1日平均で睡眠時間が約3時間。徹夜は1カ月に1・2回あったほどだった。それでも自分自身は時々疲れるがそれでも何もできないくらい疲れるわけではなく、すぐに課題に取り組める気持ちになっている。どれほど疲れても、だ。簡単にいえば風邪ひいたり疲れたりする以前に忙しいからそんな気にならないということである。
そして最後の往復書簡で東国原知事はいきなりの先制攻撃とばかりに著者を「文章かけるの?」と言って大爆笑。さらに著者から知事へはいきなり「あんちゃん!(芸人時代こう呼んでいたという)」と。まるで漫才である。非常に面白かった。
東国原知事の素顔もさることながら、著者と知事の時に笑い、時に怒り、時に悲しみ、時に楽しむはこれからの宮崎の未来は明るいといってもいい。

東京裁判を正しく読む

東京裁判を正しく読む (文春新書) 東京裁判を正しく読む (文春新書)
牛村 圭 日暮 吉延

文藝春秋  2008-10-16
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今年で東京裁判での判決60周年、同時に7人のA級戦犯の死刑執行60年となる。今年は東京裁判にまつわる本が次々と出ていて、当ブログでもいくつか紹介している(今年発売のものや、過去に発売されたもの問わずに)。
本書は東京裁判全体についてであるが、著者の2人を見ると、双方ともパール判事の解釈について論文を寄稿した方ではないか(むしろ東京裁判専門の方々だから仕方がないか)。そのうちの一人牛村氏はパール判事の「日本無罪論」に関して面と向かって論争を繰り広げている。ほかの論争と比べても非常に紳士的で読みごたえもある。今後の論争に期待したいところだ。
さて、東京裁判についてであるが、いくつかの本でも書いたとおり「政治裁判」で終わった。そしてアメリカが独立前後に行われていた「私設裁判」さながらの野蛮なものとも言うべきか。
罵詈雑言は置いといて第1章では「A級戦犯28人はなぜ選ばれたのか」である。まず最初に武藤章が起訴されて驚いたという所からである。武藤は東条が陸軍大臣の時にはナンバー3の軍務局長であった(ちなみにナンバー2(陸軍次官)は木村兵太郎)。東条を中心とした取り巻きを中心に逮捕するという考えから、武藤が選ばれるというのは言うまでもない。ちなみに東条の陸軍大臣時代の3人(東条・木村・武藤)とも東京裁判で絞首刑となった。あと「キーナン(東京裁判の首席判事)の判決評価」だがキーナン首席判事は判決後に仲間と飲んだ時にこう不満を漏らした。
「なんという馬鹿げた判決か!広田(弘毅元首相)の死刑は考えられない!!どんなに刑が重くとも終身刑までではないか!!」
ちなみに本書では松井の記述がないのは私にとっては不満だった。そして広田だが「ニューヨーク・タイムズ」においてアメリカ人の教誨師や将校らから「神様みたいだった」と書かれていたという。驚きではあったが、広田自身は禅宗により悟りを開いていた。その時に仏教の教誨師である花山信勝との会話がかみ合わなかったこともあり、さらに最後の万歳において「今マンザイしてたでしょう」と言った。死ぬときでもなお平常心を保っていたことから「神様」と呼ばれたのではないかと推論できる。
第2章はこの東京裁判の舞台裏についてである。ここでは検事側、そして判事らの駆け引きがあったことは事実である。有名な例としては天皇訴追をどうするのかについて東条の供述についてウェッブ裁判長とキーナン首席判事との対立がある。さらに裁判官側でも7人による協議により死刑かそうでないかを選んだということも言われている。それに外されたのはウェッブ裁判長、パール判事、レーリンク判事、ベルナール判事、7人組の中でもフィリピンのジャラニラ判事はそれとは別に意見書も書いている。ちなみに7人全員死刑を選んだというのには本書で語弊がありレーリンクは理由は述べられていないものの佐藤賢了(陸軍中将)、嶋田繁太郎(海軍大将)、岡隆純(海軍中将)の死刑に賛成しているというが、はたして真実なのだろうかという所は定かではない。
第3章はパール判決の真実であるがこれは数多くの文献を通して論評を行っているがこれと言って目新しいものはなかった。それ以上にここの部分でおそらく小林よしのり氏と牛村・日暮両氏の論戦が予想される。突っ込みどころはどこだろうという所は私の推測では以下の通りである。
「判決の呼び名とパール判決のページの量」
「パール判決は「日本無罪論」にいきつくのか」
「少数意見書の解釈と歴史史料の読み方」
おそらく来月、再来月にはその論争が出てくるのではないだろうか。その時にはどのような展開があるのだろうか期待したいところだ。
第4章は敗戦直後の中で日本はどのようであったのかについて書かれている。とりわけA級戦犯BC級戦犯の家族は戦時中以上に執拗の如く攻撃されていたことは明白な事実である。東条英機の長男が務めていた会社で東条だからということでクビにされたり、妻が買い物に出かけたら「東条に売るものはない!」と言われたりさらに孫も「東条君のおじいさん(東条英機)は泥棒よりももっと悪いことをしました」と罵られたりとひどい扱いを受けた。実はこれらの戦犯に対して同情の意を唱えたのは何と社会党であった。とりわけ同党の堤ツルヨ衆院議員は熱心に活躍氏、このような発言もしている
「遺族は国家の補償も受けられないでいる。しかもその英霊は靖国神社の中にさえも入ってもらえない(第16回衆院厚生委員会(1953.7.9)議事録より一部抜粋)」
今の社民党であれば考えられないような発言である。今であれば「戦前の軍事国家に戻す気か」という批判が目に見えている。しかし時がたつにつれてその戦犯への視線はますます白くなり、戦犯の家族だからと言っては企業に入れない、モノを買うことができないというようなことがあり、さらに誹謗中傷が絶えず、戦前よりもはるかにつらい苦痛を浴びていることが事実である。野党、特に社民党や共産党はそう言ったところに目を向けないのか、中国や朝鮮半島の被害者ばかり目が行きそれでそう言った苦痛を浴びせ続けている遺族を暗に言論という名の凌辱しているのではないか。人権というのは海外の人権を守るよりも先に国内においてそういった被害に表れている遺族の方々の補償を求めることが先決ではないのかと問いたくなる。
第5章は21世紀になった観点からこの東京裁判をかえりみているが、丸山眞男や靖国合祀と言ったところがなぜかあなたたちのほうがというような考えさえするのは私だけであろうか。
東京裁判判決から60年になる今年だが未だにその裁判史観に束縛され、そして自虐史観に束縛されるような人が多いというのは嘆かわしい。タイムリーかどうかは分からないが航空自衛隊の空幕長が独自に研究したことを懸賞論文に投稿し、大賞を受賞したことが一つの問題となっているが、これについては後々語ることにする。それ以前に批判するよりもまずこの方の論文を読みたい。話はそれからである。

なぜか出世する人の「仕事のルール」

なぜか出世する人の「仕事のルール」―「できる人」より、「ふさわしい人」になれ。 なぜか出世する人の「仕事のルール」―「できる人」より、「ふさわしい人」になれ。
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出世をする本の中でもちょっとおもしろい副題である。出世したければそれにふさわしい人になれと。簡単に言うと上司のまねをしながら昇進して行けということである。本書の「はじめに」の題目が「「部長のふるまい」を身につけた人が部長になる」と言うので見よう見まねを行ってそれらしくなれればそうなるという。それだけではなく、
「自発的に提案書を出す」
「昼までに仕事を片付ける」
「仕事を楽しむ」
「上司のように服装をこなす」
「サインは堂々と大きな字で書く」
「メモを取り絶対に捨てない」
など意識していくことが大切であるという。上司のまねをすることも近道の一つかもしれない。「まねぶ(学ぶ+真似る)」ということも一つの手段であろう。

F1 ブラジルGP こんなドラマをだれが予想したのだろうか…マッサが母国優勝もハミルトンが最年少ワールドチャンピオン!!

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 F・マッサ フェラーリ 1:34:11.435
2 F・アロンソ ルノー + 13.298
3 K・ライコネン フェラーリ + 16.235
4 S・ヴェッテル トロロッソ + 38.011
5 L・ハミルトン マクラーレン + 38.907
6 T・グロック トヨタ + 44.368
7 H・コヴァライネン マクラーレン + 55.074
8 J・トゥルーリ トヨタ + 1:08.463
9 M・ウェーバー レッドブル + 1:19.666
10 N・ハイドフェルド BMW + 1 laps
11 R・クビサ BMW + 1 laps
12 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 1 laps
13 J・バトン ホンダ + 1 laps
14 S・ボーデ トロロッソ + 1 laps
15 R・バリチェロ ホンダ + 1 laps
16 A・スーティル フォースインディア + 2 laps
17 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 2 laps
18 G・フィジケラ フォースインディア + 2 laps
Did not finish
19 N・ピケ・ジュニア ルノー + 71 laps
20 D・クルサード レッドブル + 71 laps

これを書いている時の間、まだハミルトンがチャンピオンに決まったという感覚がしませんでした。 何せ残り1周までハミルトンになるのかマッサになるのか全く分からない状態でした。

まずレースは雷雨により10分遅れでスタート。 荒れそうな感じの予感。 スタートは順当かと思ったらDCが引退レースにて接触によりリタイア。ネルシーニョ・中嶋・ニコが絡んでのクラッシュ。

SC導入によりレースは荒れる予感。

SCが去った後のスタートはドライタイヤにいつ取り換えるのかという勝負でした。

タイヤ交換のためのピットストップ終了後はハミルトンもマッサもスピン。

そのあと第2スティント・最終スティントは淡々とした展開。

しかしドラマはそれだけで終わらなかった!!

ラスト6周で雨が降ってきた。ほとんどの車がウェットタイヤ装着のためにピットイン。マッサはトップを維持したが、ハミルトンは6位。その前にはグロック。ちなみにグロックはドライタイヤ(ハード)のまま。

このままだとマッサがワールドチャンピオン。しかしドラマは待っていた。

ラスト1周でグロックがドライタイヤを履き続けたためか悲鳴を上げペースダウン。ハミルトンがグロックをオーバーテイク!

ラスト10秒でハミルトンがチャンピオンに!!

マッサが優勝した。家族もチャンピオンをとった!!と確信していたがチャンピオンになれなかったと知って唖然呆然。

当然私も手に汗握る展開からハミルトンがチャンピオンになった時からずっと何が起こったのか。ハミルトンがチャンピオンになったのかまったくわかりませんでした。

もしグロックがドライタイヤ強行という状態で維持できていたら…という感覚もありました。当然ハミルトンも頑張れといったことも思いました。しかしふたを開けてみたら、おそらく昨年のブラジルGPにも引けを取らず、もしかしたらそれを凌駕したほどのレースであったと思います。

あとは北島康介の言葉を借りるが「何も言えねえ」という状態です。

ただ言えるのは、今年のシーズンは荒れたレースが多かった。それを象徴させるようなレースだった。それだけです。

ハミルトンは天狗になった時期はあった。しかし最後は波乱はあったもののチャンピオンをとることができた。

マッサもチャンピオンにはなれなかったものの、最初の2戦から考えて大きく成長したといっても過言ではない。

2位に入ったアロンソもまさかこれほどのシーズンになろうとは思わなかったことでしょう。

4位のベッテルもイタリアGPで初優勝しました。当然最終戦もマッサを肉薄するほどのいいレースでした。

ちなみに予定ですが、今シーズンの総まとめを1回でもしくはいくつかに分けてまとめたいと思います。そしてストーブリーグもここから熾烈になると思うのでドライバーの移籍や残留が決まり次第お伝えしたいと思います。

最年少チャンピオンとなったルイス・ハミルトン!!おめでとう!!!

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋 円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋
安達 誠司

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今アメリカのサブプライムローンのあおりを受けて世界的に恐慌の一途をたどっている。日本もそれに例外ではなく、「円高恐慌」というのが進み企業でもリストラや派遣切りが相次いでいる。ここ数日で株価も上昇しており景気の低迷は少し落ち着いたように思えるが油断は禁物である。
実はこの「円高」による景気の低下というのは13年前にもあった。その時は急激な円高により1ドル79円にまでなったほどである。輸出産業で経済がまかなっている日本経済には大打撃と言うべきかもしれないが、その反面輸入産業、特に原材料の仕入れに関しては楽になったという声もある。げんに小売りやレストランなどの外食産業が軒並み円高還元セールなどの値下げを行っているのはそのためである。少なくとも経済は減衰する者の、消費者が苦しめられたインフレがいったん落ち着いたという形になる。さらに言うと原油高の冒頭も沈静化し公共料金の値上げ幅も圧縮したため庶民の生活にとってはさほど感じられない恐慌と言っていいだろう(むしろ先の好景気は「実感無き好景気」であったためか)。そういう意味ではTVなどメディアが作り上げられた妄想かもしれない。メディアに惑わされず経済を見据える力が国民にあるのかというとそれほどないというのが現状である。しかしだからと言って国民全員が経済学者だったら気持ち悪くてとても住む気になれないというのもあるので、日経新聞を読む、もしくは身近な経済に関する本が家庭に1冊あったら少し経済に関して違う観点で見ることができるのではと私は思う。
本書は円の足枷となっているが本書が発売されたのは昨年の2月である。その時はまだ好景気の真っ只中であったためそういった悲観論が広がっていたが、今回はアメリカのドルが暴落したことによりこの「円の足枷」を外せるチャンスとみていいのではないだろうか。

F1 ブラジルGP マッサが逆転タイトルを賭け渾身のPP!! そして優勝予想

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 F・マッサ フェラーリ 1:12.368
2 J・トゥルーリ トヨタ 1:12.737
3 K・ライコネン フェラーリ 1:12.825
4 L・ハミルトン マクラーレン 1:12.830
5 H・コヴァライネン マクラーレン 1:12.917
6 F・アロンソ ルノー 1:12.967
7 S・ヴェッテル トロロッソ 1:13.082
8 N・ハイドフェルド BMW 1:13.297
9 S・ボーデ トロロッソ 1:14.105
10 T・グロック トヨタ 1:14.230
11 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:12.137
12 M・ウェーバー レッドブル 1:12.289
13 R・クビサ BMW 1:12.300
14 D・クルサード レッドブル 1:12.717
15 R・バリチェロ ホンダ 1:13.139
16 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:12.800
17 J・バトン ホンダ 1:12.810
18 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:13.002
19 G・フィジケラ フォースインディア 1:13.426
20 A・スーティル フォースインディア 1:13.508

マッサが母国で、そして逆転タイトルに向けて見事PPとりました。さて優勝に向けてどう逃げ切るかというところも注目です。

その相手となるランキングトップのハミルトンは4番手。チャンピオン獲得には盤石の位置といえますが、決勝の1コーナーでこのポジションを維持するか、それとも何台もオーバーテイクするというリスクを冒すのかというところですが…。

トヨタ勢はなんとトゥルーリがフロントロー獲得。これは見事としか言いようがありません。決勝にも期待したいところです。願わくばハミルトンを抑えて表彰台獲得といってほしいところです。

サポートの立場から言うとライコネンは3番手、ハミルトンを抑えられるかどうか、コバライネンは5番手。こっちはアロンソのオーバーテイクから守ることができるのかというところです。

さて優勝予想

本命:マッサ

対抗:ライコネン、ハミルトン

要注意:トゥルーリ、コバライネン、アロンソ

いつもの通り1コーナーが勝負かと。ただチャンピオン争いのためハミルトンが仕掛けてくるのかどうかというところも注目でしょう。

F1 ブラジルGP フリー走行1・2回目結果とPP予想

フリー走行1・2回目の結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

1回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 F・マッサ フェラーリ 1:12.305 24
2 L・ハミルトン マクラーレン 1:12.495 23
3 K・ライコネン フェラーリ 1:12.507 18
4 R・クビサ BMW 1:12.874 24
5 H・コヴァライネン マクラーレン 1:12.925 20
6 F・アロンソ ルノー 1:13.061 25
7 M・ウェーバー レッドブル 1:13.298 24
8 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:13.378 39
9 N・ハイドフェルド BMW 1:13.426 28
10 T・グロック トヨタ 1:13.466 33
11 J・トゥルーリ トヨタ 1:13.600 24
12 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:13.621 23
13 S・ボーデ トロロッソ 1:13.649 30
14 R・バリチェロ ホンダ 1:13.676 28
15 J・バトン ホンダ 1:13.766 13
16 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:13.806 24
17 S・ヴェッテル トロロッソ 1:13.836 30
18 D・クルサード レッドブル 1:13.861 19
19 A・スーティル フォースインディア 1:14.704 21
20 G・フィジケラ フォースインディア 1:14.821 21

2回目

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTimeLaps
1 F・アロンソ ルノー 1:12.296 43
2 F・マッサ フェラーリ 1:12.353 41
3 J・トゥルーリ トヨタ 1:12.435 44
4 K・ライコネン フェラーリ 1:12.600 32
5 M・ウェーバー レッドブル 1:12.650 45
6 S・ヴェッテル トロロッソ 1:12.687 47
7 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:12.703 44
8 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:12.761 42
9 L・ハミルトン マクラーレン 1:12.827 33
10 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:12.886 42
11 D・クルサード レッドブル 1:12.896 38
12 R・クビサ BMW 1:12.971 48
13 N・ハイドフェルド BMW 1:13.038 49
14 T・グロック トヨタ 1:13.041 39
15 H・コヴァライネン マクラーレン 1:13.213 37
16 R・バリチェロ ホンダ 1:13.221 39
17 S・ボーデ トロロッソ 1:13.273 41
18 J・バトン ホンダ 1:13.341 49
19 A・スーティル フォースインディア 1:13.428 32
20 G・フィジケラ フォースインディア 1:13.691 33

いよいよ最終戦ブラジルGPです。1回目は母国レースとなるマッサがトップ。2回目はアロンソがトップでその後ろにマッサという順です。

チャンピオンレースで優位に立っているハミルトンは1回目は2番手、2回目はリスクを冒さず9番手といったところでしょうか。

さてPP予想といきましょう。

本命:マッサ

対抗:ライコネン、ハミルトン

要注意:アロンソ、クビサ、ウェーバー

ハミルトンのPPはまずないかと。5位以上でチャンピオン確定なので無用なリスクをかける必要がない。そのためPPをとらなくともセカンドロー(よくてフロントロー)といったところに収まるのではという推測です(去年の教訓を学んでいればの話ですが)。

マッサは何が何でも勝ちに行かなければならないでしょう。そうでもしないとハミルトンにチャンピオンを奪われてしまう形となります。

それはともかく最後のチェッカーはチャンピオンの両親が降るということになるので決勝は最後の最後まで目が離せません。

日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く

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佐藤 優

小学館  2006-04-22
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前回の「日本二千六百年史」に続いて今度は大川周明に関する研究本を紹介。現在作家の佐藤優氏が大川周明ルネッサンスということで上記の「「戦後二千六百年史」を読み解く」をシリーズで行っている。本書はその前のやつの「米英東亜侵略史」を読み解いた一冊である。ちなみにこの「米英東亜侵略史」は開戦直後の1941年12月に、大川周明によるNHKラジオの連続講演が行われ、それを速記し1冊にまとめられ、上梓された。内容は本書を見てもらえばわかるが、国家高揚のため鬼畜米英がどのようなことをやったのか、そしてこの大東亜戦争の大義とはということに尽きる。ちなみにこれが原因となり民間人で唯一A級戦犯として起訴されたのはもうすでにいくつかの文献でも説明しているとおりである。
第1・3部が大川周明が書かれた「米国東亜侵略史」各部6日間に分けて書かれている。ちなみによりわかりやすく読めるように佐藤氏の解説が入っている。流れで言うと第1部はなんとペリーが浦賀沖に来航した時からアメリカの東亜侵略のこと、そしてアメリカが企んでいる東亜侵略の全貌について、第3部は戦争の大義について、実際の利益と東亜の桎梏の解放ための戦争と戦争の大義を放送で演説をした。とりわけ3部で多く取り上げられていたのはインドについてである。特にインドのチャンドラー・ボースらをイギリスへの送致を匿うことでより回避させ、そして独立運動に全面協力したことによるだろう。そしてそれが大東亜会議を開くにあたっての構想の1つにもなっている。すべては国家高揚のため、そして東亜の独立・共栄のための戦争、最後に三国一個と書かれているが日独伊ではなく、日中印の秩序のための戦争なのだということを国民に伝えている。しかし結局アメリカやイギリスは中国(国民党と共産党)に肩入れし、その構想はもろくも破綻してしまった。そして敗戦後は中国は事あるごとに戦争責任を持ちだすような国になってしまった。漁夫の利による共産党一党独裁となり中国国民の格差は増大し、さらにチベット・ウイグル等への民族浄化による大虐殺まで行っている有様である。それとは違いインドは敗戦後は独立し世界最大の民主主義国家となった。そしてその恩恵がパール判決となり、日印間友好の大きな助力となっていることは大東亜戦争は敗戦したが無意味ではなかった大きな証である。そして欧米列強(特に白人支配)への打撃により多くの非植民地国に勇気をもたらしたということでの大東亜戦争の意味合いは非常に大きい。
さて第2・4章では佐藤氏の解説であるが第2部はアメリカの対日戦略とアメリカ、ソ連による大川周明の評価について書かれている。大川周明は「東亜の論客」とも「西欧が恐れる知の巨人」とも言われているだけある。それと同時にA級戦犯として起訴したという思惑もよくわかる。しかしちょっと疑問だったのは「侵略史」の最初の部分では侵略の代表人物の1人とも言えるペリーがなぜ評価されたのかである。「侵略史」のなかではなんとこう書かれていた。
「彼(ペリー)の識見、注意の周到などによって判断すれば、疑いもなく彼は当時アメリカだ一党の人物であります。(中略)ペリーはこの航海の途上において、欧羅巴諸国の植民地に寄港したのでありますが、丹念にその植民地政策を研究し、その非人道的なる点を指摘して、手酷き攻撃を加えております。(p.27より抜粋)」
ペリーは確かに日本に開国をせまるように要求した張本人ではあるがその一方で植民地政策を研究し、非人道的なことを行っていたら懲罰を行うという180度変わった一面を見せていた。これは私にとって新発見というべきか、こう言ったことがあったと考えるとペリーらアメリカは暴力的に植民地政策を行ったということを戒めたという考えもある。ただ一つ事実に挙げられるのがイラク戦争終結後のイラクにおける民主化の所でアメリカ兵(おそらく若いほう)がイラク人に虐待を加えそれが世界中に流れるや、すぐかどうかは分からないがその兵士を懲罰したということが挙げられる。つまり今も昔も植民地化後の政策には世界中の視線を気にしながら風紀を正していたというのがアメリカのやり方だったと推測できる(ただ日本におけるアメリカ兵の風紀はどうだったかというのは調べる余地がある)。
第4部は歴史観であるが特に目についたのは「性善説という病」である。佐藤氏が前までいた外務省をはじめとした日本政府を「性善説」を例えて痛烈に批判している。むしろ「お人よし」すぎると言ったたとえのほうがよかったのではと思う。それによって歴史認識問題が修復不可能になるまで泥沼化した。そういう意味で当時中枢にいた外務省幹部や何人かの政治家の責任は大きい。
大川周明による研究は数多いが、実際に研究書になった冊数はあまり多くない。しかし今日の歴史認識問題に関して重要な文献が多いのは確かである。これからも大川周明にまつわる文献を取り上げる予定である。

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