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司馬遼太郎と東京裁判―司馬歴史に潜む「あるイデオロギー」

司馬遼太郎と東京裁判―司馬歴史に潜む「あるイデオロギー」 司馬遼太郎と東京裁判―司馬歴史に潜む「あるイデオロギー」
福井 雄三

主婦の友インフォス情報社  2006-07-01
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司馬史観というと、司馬遼太郎独自の歴史観であったがそれ自体が一部支配されている。戦争は正義であったが敗戦後はその戦争自体を悪と決め付けるような一般国民の風潮と全く同じである。
まず第一章は「東京裁判に呪縛されていた「司馬史観」の軌跡」である。
司馬史観は戦後の自虐史観の呪縛を解いてくれたというが私自身そうとは思わない。城山三郎の「落日燃ゆ」という小説があったのだが広田弘毅に関してこれほど歪曲されて書かれた本はないと思っている(実際あの本も広田は悲劇の人物だと言っているが、これ自体はその通りであるが)。そもそも東京裁判はかねてから「ニュルンベルク裁判」に倣って行われたが、それ通りにやってしまうとまず独裁体制なのかというとそうではなかった。過去に起こった事件の体制から見てしても内閣が全く違っており、ましてや東条英機は昭和15年に陸軍大臣を務めるまでは一切政治にかかわったことがない。東条は首相を狙っていたのかという考えの人もいるが東条自身政治への興味は一切なかった。その証拠に東条は政治のことについて「水商売の教育は一切受けていない!」といっていた。東条は政治を水商売と喩えていた。それはさておき本書では東京裁判のことを「茶番」と書かれていたが、これについてはA級戦犯で起訴された唯一の民間人であり、思想家の大川周明を思い出す。東京裁判開廷初日の時に大川はパジャマと下駄履き姿で奇行を繰り返し、しまいには東条英機の後ろ頭を「ぴっちゃん」と叩いて精神異常が認められ退廷させられた。退廷の時に言った言葉の一つとして「これは茶番だ!みんな引き上げろ!!」がある。茶番だということは何人かはわかっていたがこれを口に出したのは大川一人だけではなかろうか。
第二章は「司馬遼太郎氏の作品にみる「司馬史観」の誕生と形成」である。
司馬遼太郎の作品を批判しているが、そもそも司馬遼太郎は「国盗り物語」や「坂の上の雲」、「竜馬がゆく」など歴史的な資料をふんだんに使いながらも独特の語り口で人気を集めている。著者はこの戦前の史観と幕末史観を混同してしまっていること、そしてこういうようなつぶやきを唱えているのであったという。
「幕末のころから日本の社会に巣くっていた、宗教的な狂信とでもいうべき攘夷思想が、昭和になってから息をふきかえし、無知な軍人の頭脳を妄想に駆り立て、ついに大東亜戦争をひきおこして、数百万の国民を死に追いやった(p.63より)」
司馬遼太郎は軍人は無知だと言ったが、これについては半分その通りだが半分はそうではないと私は思う。当然単純に行動した軍人もいるが、しかし中には頭も鋭い軍人もあった。とはいえ世界的に理解する知識がある人は一つまみしかいなかった。大東亜戦争の時は日本がけしかけたわけではなく、東条や武藤章は必死になって戦争回避工作をしていた(実際東条自身は強硬な開戦論者だがそれよりも天皇陛下は開戦を回避したがっていた。周知の通りだが東条は天皇の意見を自分の意見よりも尊重したため、その行動に至ったのである)。しかしハル・ノートを突きつけられたことによりやむなく開戦に至った。それによって駆り立てて戦争を引き起こしたというのは考えられないと私は思う。日中戦争もまた同じである。
第三章は「東京裁判が今もなお醸成する「閉ざされた言語空間」」である。
まず前半は著者自身が体験した激論について書かれているが、そういった言論ファシズムなどによる自虐史観の刷り込みがまかり通っているのか。しかもメディアはそういったことを否定、もしくは日本=「悪」としてまるで売国の輩の如く伝聞している。それで日中韓が平等な歴史観を持つことができるだろうかというのが疑いをもってしまう。それ以前に歩み寄るということは外交的にも「負け」を意味するものであることを日本の外務省は解っているのだろうか。日本精神は戦後失われてしまった、と思っていた。しかし阪神淡路大震災の時に日本人が自国民同士との暴動しなかったことが本書で挙げられている。確かにその通りかもしれない。いざという時にはそういった精神が残っていることを証明された瞬間であったのかもしれない。それと同時に北朝鮮による拉致問題も国民が怒りの声を上げなければこれほどまでの問題になっていなかったのだろう。それを考えると日本はまだまだ捨てたものではない。むしろそういった感情を表に出して、こういった自虐史観を脱して立ち上がることが大切だろう。
第四章は「東京裁判史観とは正反対の戦前のアジア情勢と国際世論」である。
これについては白人が見た戦前のことについて第二次世界大戦がはじまる前後に書かれた雑誌を抜粋しながら説明している。それによると日本人の本来の姿というものが高く評価されている。一部の論客や大多数のマスコミは日本の全然の時代精神を悪に塗りつぶそうとしている。当然中国や韓国も侵略したと歪曲して喧伝している。果たしてそれが真実なのか。当事者同士の歪曲喧伝によるものではないだろうか。むしろ当時第三者であった国々の報道が非常に冷静であるからでこそ日本の良さが伝えられた。その日本がなぜこういった自虐史観に埋没していったのか。それは中国やアメリカなどの情報戦略に嵌った以外に考えられない。もっと冷静に資料を突きつめれば自虐史観から脱却することは十分に可能である。
最後は東谷暁氏との対談であるが今回は割愛させていただく。
自虐史観を完全に払拭することはやるとなると非常に時間がかかるだろう。恐らく10年・20年、もしくはそれ以上の時間を要するだろう。それだけ数多くの諸説や証拠がそろっているだけにそれに関する批判や論破というのは生半可なものではない。それだけではなく本当に正しい歴史観を若者に与えることも必要である。その理由からこういった長いスパンが必要であると私は考える。歴史を捏造することは容易ではあるように見えるが、必ず真実がそれを裁くだろう。しかしそうなるにはまだ時間がかかるのである。そして真の日本人像についても問われる時が来るだろう。

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