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広田弘毅

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書) 広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)
服部 龍二

中央公論新社  2008-06
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絞首刑されたA級戦犯7人の中で唯一の文官であった広田弘毅。副題には「「悲劇の宰相」の実像」と書かれているが、広田自身は自らを計らわずに生きてきた。城山三郎氏のベストセラー「落日燃ゆ」でイメージされた人が多いがこれはあくまで司馬史観である。
本書はありのままの姿で広田弘毅を書かれていたので結構面白く読めた。しかしあまり分からない人にはまず小林よしのり氏の「いわゆるA級戦犯」を読んでから入ったほうがが難しくなくなるだろう。
広田弘毅については4つの論議があり、
①広田の生涯について
②外交の際、広田はどこに位置づけられたのか
③1930年代の外交
④東京裁判
が存在する。
①は④と少しリンクする部分がある。広田は貧しい石屋の長男として育った。後に広田は首相になるが首相の時の天皇の勅言に通例であった3つに加え「名門を崩してはならないこと」が付け加えられたのは有名な話である。それはさておき、広田は中学の時に玄洋社に出入りしたエピソードもある。玄洋社とは右翼の源流となった政治結社である。日清戦争のときには「天佑侠」という義勇兵を組織して戦ったことでも有名である。広田は社員にはならなかったものの玄洋社の講義や討論を積極的に聴いたという。それに関する疑惑も東京裁判の時にかけられたが、それに関して疑惑を深めたのは広田は東京の生活の中で玄洋社員の娘と結婚したことも要因に挙げられた。本書において残念だったのは広田が中学の時に修行した禅宗のことと、ダジャレ好きであったことについて触れられていなかった。歴史的な史実について書かれているがダジャレの部分だけは触れてほしかった。「落日燃ゆ」による誤解もあるのでそれを正すための証拠を確証してほしかった。
②と③は賛否両論が多い。広田はあまり毅然とせずほぼ泰然的な外交を行っていたが、黄善になるときは毅然と外交をやっていたところが今の福田首相や外相時代の河野洋平のような外交と大きく違う所である。しかし外務官僚からは寡黙であることから敬遠されることが多いという。政治家として「罪」と言われた2つの要因として「軍部大臣現役制復活」と「日独防共協定」がある。しかしそれを施行したのは2・26事件の直後であったことを考えると、軍部(特に陸軍)の圧力が非常に強かったことを考えると広田以外誰がやっても同じような気がする。軍部に対して圧力に屈しない文官がいたのかさえ疑問に思う。それに関してコテンパンに批判した論者がだれかということがわかってよかったという部分もあった。
④はこれも論議が絶えない。広田自身は東京裁判で発言したのは罪状認否での「無罪」の一言だけでそれ以外は沈黙を通した。また巣鴨プリズンでも寡黙な人柄であったが、人柄に傾倒した人もいた。かつて議会で「黙れ!」と一括した佐藤賢了もその一人だった。ちなみに供述を黙秘した本当の理由を佐藤賢了に明かしていた。首相や外相を任された時も自ら計らわずに生きてきたという。この期に及んで証言台に立つことによって相手に迷惑をかけるかもしれないということを語っていた。判決は絞首刑であったが、それを予想した人はほとんどいなかったという。広田自身は表情一つ変えずに淡々としていたが記者・傍聴席は騒然とした。さらにはキーナン首席検事もその判決について愚痴をこぼしたほどである。死刑執行される前のことについては「落日燃ゆ」よりも花山信勝の「平和の発見」が詳しい。花山氏は直接7人の死刑囚を見ていたため刻銘に書かれている。
広田弘毅はまだまだ謎が多いが佐藤賢了は広田についてこう語っている(「いわゆるA級戦犯」p.116より)。
「深い淵は一寸覗いても底は解らない。
    三井寺の鐘は一寸撞いても本音は出ないから」
広田は中学の頃に禅宗に帰依しており、自然のまま生きていくことを自戒としていた。それによって多くの疑いをかけられ、死後多くの論議を呼んでしまったことは広田にとってどう思うのだろうか。

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» 服部龍二著「広田弘毅」 [弁理士の日々]
広田弘毅というと、まずは「東京裁判で、文官としてただひとり絞首刑に処せられた人」、「二・二六事件の後に首相となり、在任中に『軍部大臣現役武官制』が復活した」という2点で記憶があります。その広田弘毅について、以下の本を読みました。 この本は、広田弘毅について書かれたものですが、広田弘毅を通じてあの時代の日本史を再認識するという成果が得られました。 広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書 1951)服部 龍二中央公論新社このアイテムの詳細を見る 広田弘毅という人は、福岡県で石屋のせがれとして育ち、... [続きを読む]

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