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2008年8月

反空爆の思想

反空爆の思想 (NHKブックス) 反空爆の思想 (NHKブックス)
吉田 敏浩

日本放送出版協会  2006-08
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「空爆は戦争終結を早め、死傷者の数を少なくする」
本書のカバー裏にこう書かれている。ちなみにこれ爆弾を投下する側の人間の論理である。簡単にいえばアメリカの論理といっても差支えない。実際この論理はそうかと考えると大空襲により多くの尊い命を失った日本にとっては間違っていると言いざるをえない。確かにこの論理からすると「死傷者は多く出るものの、それだけ国の士気を低下させ、戦争終結に持ち込ませる」という考えになるだろう。でもわたしが間違っているというのはそうではない。東京大空襲から見てわかるとおり死傷者の数を少なくするという論理は完全に破たんしていると言っていい。罪のない日本の弱者20万人を虐殺した、それだけではなく原爆により広島、長崎を壊滅的な被害をもたらせ延べ30万人の命を奪ったと考えると、少なくするというは明らかな暴論であると言えよう。
本書ではそういった空爆思想を解体し批判する1冊である。様々な空爆について批判的に語っているが、日本も空爆を行っていたことは事実である。空爆というと特攻もその一つとしてあげられるが本書ではそれの違いについても書いてほしかったように思えてならなかった。とはいえ「人はなぜ空爆しようとするのか」ということが解明できてよかったと思える。

愛国の作法

愛国の作法 (朝日新書) 愛国の作法 (朝日新書)
姜 尚中

朝日新聞社  2006-10
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「愛国心とは何なのか」
一昨年の教育基本法の改正によって「愛国心教育」が盛り込まれたが、具体的に「愛国心」というとナショナリズム(全体主義)にもなれば「愛郷心(郷土愛)」なのか定義に揺れる。
本書はそういった愛国心を様々な観点から掘り下げられている。まず第1章においてなぜ現在「愛国」なのかと定義しているが、私がここで気になったのは「「愛」することはどんなことか」である。著者の意見の前に鈴木邦男氏の本において三島由紀夫の例がある。三島由紀夫は愛国心が強いというイメージはあるが本人は「愛国心」という言葉が嫌いである。そもそも「愛」というのは双方の感情によって成り立つものである。そこで三島は国に「恋」する。つまり「恋」は一方的でも成り立つので「恋国心」があるとなった。そう考えると著者の疑問点はよくわかる。様々な人から「愛国心がある」というのは少しずれていて本当であれば「恋国心」ということに置き換えてみればつじつまが合うのではないかというのが著者に対する私なりの解釈である。
第2章では国家とは何かについて論じられているが短いうえ少し読みにくい部分があるので佐藤優氏の「国家論」を読んだ上で本書の部分を呼んだほうがいいと私は思う。しかし最終節の「国家と国家」では日韓中間のことについて書かれていたが、最後の部分「これほどまでに過去の歴史と記憶によって差湯される時代はなかったのでは…(p.85)」は、確かに現在左右されている。これは日本の隣国の摩擦に屈しすぎたためではなかろうか。とりわけそれが顕著に表れたのは現在衆議院議長の河野洋平が自民党総裁だった時に「河野談話」を出した前後からである。その後には元首相の村山富市による「村山談話」もあることから歴史認識問題を泥沼化させたことは忘れてはならない。
第4章ではいよいよ表題の「愛国の作法」である。いくつかの文献において愛国心を語っているが、そもそも愛国心を英訳すると「パトリオティズム(=祖国愛)」であり「ナショナリズム」ではない。しかし悲しきかなマスコミなど世論は「愛国心=ナショナリズム」と混同されることが多い。本書ではナショナリズムの語源についても解説されているところが特徴的である。ナショナリズムとは「故郷離脱」から生まれたという。つまり離れた、もしくは失われた故郷に回帰するためのものであるという。しかし途中から靖国批判にスライドしていったところが残念である。
いくつかの本でも言ったが愛国心の定義は祖国愛に基づかれている。しかし祖国愛の定義とは何か、何をなして愛国心と定義するのかというのはあいまいである。これに関してはまだまだ定義づけの結論は難しいと言っていい。

これからのOJT いかにして成果を出す人材を育てるか

これからのOJT いかにして成果を出す人材を育てるか (PHPビジネス新書) これからのOJT いかにして成果を出す人材を育てるか (PHPビジネス新書)
寺澤 弘忠

PHP研究所  2006-07-19
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私は社会人1年目であるのでOJTを受ける立場である。しかしこれから社会人生活をやっていくにあたり新人に対してOJTを行うということは避けて通れない。そこで本書で学びつつOJTとは何なのか、OJTをやる側はどのような対応が望ましいのかについて、受ける側はどのような姿勢が望ましいかという両面的な観点から見てみた。
本書では事例をもとにして部下の性格に合わせてのほめ方・叱り方、仕事の進め方、そして部下への関心、人間関係の教え方についてケース・ポイント・アドバイスを交えて対処法を伝授している。部下はどのような姿勢でトレーナーと関わっていけばいいのかということも本書を通じて学ぶことができるのでOJTを行う人はもちろんのこと新社会人でも通用する1冊であった。

熱き心 寛斎の熱血語10ヵ条

熱き心 寛斎の熱血語10ヵ条 (PHP新書) 熱き心 寛斎の熱血語10ヵ条 (PHP新書)
山本 寛斎

PHP研究所  2008-04-16
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本書はデザイナーでありプロデューサーでもある山本寛斎氏の半自伝作品である。なぜ「半」がつくのかというと表題を見ればわかるが著者自身の半生をもとに、熱血後10カ条が書かれているからである。
自分が人生において壁にぶつかったとき、立ち止まりそうになったとき、迷いそうになった時に1度九すると効果あり。
そして何よりも今の若者たちの貯蓄事情に一石を投じるような極意まである。事実私のような若者は貯蓄をする人が多いという。これの背景には原油高により物価の値段が上がったことに対してのインフレにより消費をできるだけ抑えようとするということからである。私たちのような若者はインフレを知らない。だから物価の値段が一気に上がったらそれだけ困惑してしまう氏買い控えだってやってしまう。しかし値上げで一つ一つケチになっていたら、自分に対する投資までおろそかにしてしまうのではないかというのが著者の意見であるという。そう考えると著者の意見は一理ある。

お客さま!そういう理屈は通りません

お客さま!そういう理屈は通りません (ベスト新書) お客さま!そういう理屈は通りません (ベスト新書)
吉野 秀

ベストセラーズ  2008-05-09
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最近「モンスター・ペアレント」や「モンスター・ペイシェント」などのクレーマーが急増している。実際に企業が「お客様は神様です」主義のツケなのか、それとも企業が客に対して傲慢になったのか、あるいはその両方かというのが考えられる。実際クレーマーが急増した大きな要因としては上の3つであると私は考える。
さて本書はいつものようなクレーマーの実態というよりも本格的な対処方法について書かれている。言い方にもクレーマーの怒りを増幅してしまうことや、逆に怒りを諫めることもできる。「ものは言いよう」と言えばそれまでだがクレーム処理の仕事だけではなくコミュニケーションというのは言葉によって雰囲気が嫌悪になったりよくなったりすることができる。言葉というのは「諸刃の剣」である。

「ひきこもり国家」日本

「ひきこもり国家」日本―なぜ日本はグローバル化の波に乗り遅れたのか (宝島社新書) 「ひきこもり国家」日本―なぜ日本はグローバル化の波に乗り遅れたのか (宝島社新書)
高城 剛

宝島社  2007-06
売り上げランキング : 153514

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本書は政治的にも経済的、環境問題や為替的にも遅れておりひきこもっていると糾弾している。著者が言うにはBRICsは上昇傾向にありパチンコで言うカクヘン(確変状態)にあるという。日本はそれを脱しカクヘン状態になるべきだという。
しかし日本はほぼカクヘン状態にあったのだが福田政権になってから各辺から外れ下降傾向になってしまった。それは経済対策等について温和でというよりも後ろ向きになっているような感じになってしまっている。日本のためにというよりも自分のメンツのためにあえてやろうともせずに日本の景気が落ちてもそっぽを向いているように思えてならない。
環境問題については本書と正反対で、環境問題については進んでいる。しかも京都議定書には90年比にして数%削減を迫られている。これは政治的にも負けといっていい。というのは日本は第1次石油ショックにより工場の作業服が環境に良いものになっている。しかも90年というのはパソコン塔など技術があまり発展しておらず、家庭的及び業務的に温室効果ガスの排出量が少なかった。それを基準にしているので日本にとっては非常にノルマが厳しい。ドイツにしてみれば東西ドイツの統一により削減に余裕が見られているということてある程度有利な立場になっていることを考えると政治的な駆け引きにあい、日本が負けたとしか思えない。そういう意味では引きこもりといってはいいのではないだろうか。

沖縄イメージを旅する

沖縄イメージを旅する―柳田國男から移住ブームまで (中公新書ラクレ) 沖縄イメージを旅する―柳田國男から移住ブームまで (中公新書ラクレ)
多田 治

中央公論新社  2008-08
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沖縄は「楽園」であると同時に米軍基地問題での中心地となっている。さらに沖縄戦の大きな傷跡もある。それにもかかわらず悲しさも見せずにおおらかである民族性はどこからきているのか、そしていかにして「楽園」となり得たのかを突き止めたのは本書である。
本書は戦前の沖縄観光から民俗学者の柳田國男の南島研究、沖縄海洋博、沖縄サミット、そして「ちゅらさん」人気と「移住」ブームの構成で沖縄について書かれている。
前述のように沖縄にまつわる問題は上記のような内容だけではなく自然破壊に関しても警鐘を鳴らしている。とりわけきれいなサンゴ礁が死んで行っているというのも現状として挙げられている。事実本書でもブームなどを取り上げられたがそれの裏として環境破壊が深刻になっている。特にリゾート開発によって沖縄独特の景観が壊されていっているという声も少なくない。しかし沖縄の環境客を伸ばしながら景観を維持することは非常に難しい。もしかしたら無理な話かもしれない。しかしそれをやっていくのも企業努力の一つかもしれない。
余談であるが、一昨年の春・夏の甲子園で活躍した八重山商工の話もあった。事実そのときの甲子園は過去にないほど面白く八重山商工の対戦の全試合も面白かった。八重山に関して知ったのも八重山商工のおかげかもしれない。

世の中がわかる「○○主義」の基礎知識

世の中がわかる「○○主義」の基礎知識 (PHP新書) 世の中がわかる「○○主義」の基礎知識 (PHP新書)
吉岡 友治

PHP研究所  2007-07-14
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私自身書評を多く行っており、民俗や政治・国際情勢に関しての文献を数多く読んでいる。しかしその中で「ナショナリズム」や「アナーキズム」、「リベラリズム」など「○○主義」や「○○イズム」と言う表記をいやと言うほどよく見る。実際にそれについて調べることも行っていて、ある程度までは知っているものの、全部わかっているほどでもない。と言うよりもそもそも定義自体が揺らいでいるものもあるので自分としてはこうだという考えもある。
さて本書はそういったものを著者の主張も時には交えて解説している1冊である。各省ごとに対象な主義や類似する主義を紹介している。本書が非常にわかりやすい大きな証拠なのは必ず章末に対照・類似関係の図を載せてあることにある。少し勉強している人でも、そういうことに全く触れたことがない人でも読みやすくなっているので、1冊持って置いても損はないと私は思う。
細かいところで納得いかないのは第9章の愛国心について。愛国心と言うのは非常に定義があいまいではあるが古来の意味としては「愛郷心(パトリオティズム)」にあるという。しかしところによっては「愛国心=ナショナリズム」と定義している国や論客もいるので危険であるというのは少しお門違いである。本書で特に納得いかないのが「愛国主義=ナショナリズム」としていること。本来ナショナリズムと言うのは「民族主義」であり、愛国主義であるようにあるが完全に愛国主義であるとは限らない。民族主義であるのでナチスによる民族浄化も1種のナショナリズムである。当然韓国や中国の反日運動も1種のナショナリズムになる。それらから考えてナショナリズムと言うのは危険な面―が多いので私自身はあまり使いたくない。前の書評で書いたが私自身「愛国心=郷土愛」と言いたいことだけは付け加えたい。

組織行動論の実学

組織行動論の実学―心理学で経営課題を解明する 組織行動論の実学―心理学で経営課題を解明する
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビ DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社  2007-09-07
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本書はハーバード・ビジネス・レビューという中から組織行動論について心理学の観点から経営課題を解明している。
一軒お堅い本であり、かつ机上の空論化という疑いもあるのだが、本書を読むと日本の経営の現状にも通底する部分が多い。
第1章では組織の7つのタイプがあるがとりわけ半数以上を占めたのが不健全な組織となる4つのいずれかに該当しているという。逆に健全といわれるのは4分の1を少し超えたくらいしかないというからいかに少数であるのかが窺える。
特に注目したのが第5章「なぜ地位は人を堕落させるのか」。これはまさにその通りである。さらに「権力を持つと堕落しはじめる」というのは経営者や国会議員をはじめとした権力者はこれを教訓にするべきであると私は思う。権力とはいつまでも続くものではなく、さらに「権力は腐るもの」というほど長くしがみつくとどこかに歪みができてしまい、やがて取り返しのつかないことが起こってしまう。現に防衛庁の守屋問題がまさにその典型的な例であろう。本書でも経営幹部に急激な勢いで昇進したもののその後堕落の一途をたどった女性のエピソードを紹介している。もう一つには「組織の頂上には滑りやすい急坂がつきもの」。経営者たるもの権力に酔いしれることなくやらなくてはいけない。少しでも色目があるとそこから急坂にはまりあっという間に転げ落ちてしまう。権力を持つということはそのリスクを知っている人というのはどれくらいいるのだろうか。実際それを知ったからでこそ権力を維持できるとも見て取れる。
そして第12章は「選択バイアスの罠」である。ここでは私のような書評ブログでも肝に銘じておくべきものがあった。
「みんな成功例ばかり学んでいる」そして「ケーススタディは成功例ばかりで失敗例に乏しい」である。成功例をまねぶ(学ぶ+まねる、もしくは応用するという意味もある)ことに越したことはない。しかし成功例ばかりで成功してもその先はどうするのかという答えが見えてこない。当然成功本を見て自分もそうでありたいという気持ちは大切だが成功した後これからどうするのかも考えないと、壱度きりの成功だけであとは凋落の一途をたどるということにもなりかねない。それともう一つは本書では成功本ばかりでは偏った知識や技術を身につきかねないという。これについては真偽の疑いはあるものの、失敗を学び自分はどうしたらいいのかということを考え事項することも大事だと本書で言っているような気がした。
最後第14章には「失敗は成功の反対ではない」ということ。これはIBMの創業者であるとーマース・ワトソン・シニアが
「成功への最短距離は、失敗の確率を二倍にすることだ」
と言っている。成功へ導くには楽な道はあっても1つ2つしかない。それに楽な道をたどっても必ずやその成功に酔いしれるあまり大きな落とし穴にはまりかねないのである。「失敗は成功のもと」という諺もあるので失敗は人生の糧にもなるし、それによって自分はこんな失敗したことにより多くの教訓を持つことができる…がそれは一人一人が失敗をどのように受け止めるのかによるのではないだろうか。
最初に言ったように見るからにお堅い本ではあるが、いざ読んでみると、これは使えるものが結構あっていい。ビジネス本を読んでいるという方にもお勧めの1冊である。

「海洋国家」日本の戦後史

「海洋国家」日本の戦後史 (ちくま新書) 「海洋国家」日本の戦後史 (ちくま新書)
宮城 大蔵

筑摩書房  2008-06
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アジア地域のほとんどは大東亜戦争終了までは欧米列強の植民地であった。そのときは白人たちの横暴に苛まれ続けたが、大東亜戦争による日本の活躍により、日本軍に不満を持ちながらもアジア独立への希望が芽生えたことは紛れもない事実である。それによって戦後多くの国々が独立した。
本書は日本におけるアジア外交の戦後史についてであるがとりわけ多く取り上げられていたのはインドネシアと日本の外交である。戦後インドネシアはスカルノ政権による独裁国家からスタートしたが、その中で日本との国交を回復させ、日本に対して特別な感情を抱いている国家の1つとなった。スカルノ元大統領自身も大東亜戦争によって独立への希望を見出せたとして日本には感謝しているということを別の文献で読んだことがある。
インドネシア以外で私が目についたのは台湾である。当時の台湾は蒋介石独裁政権でありあの忌まわしき二・二八事件の起こった数年後であり、さらには中国との対立により国連脱退の危険性が強かった時代であった。蒋介石は「一つの中国」ということで台湾を独裁しているのにもかかわらず中国を支配するという構想を捨てきれていなかったようである。それが教育にもあらわれ、現在中国が行っているような洗脳教育を台湾でも行われていた。ちなみに米・中が接近してから国連脱退の危機があったが中華民国を認めない決議が採択された後に台湾は国連を脱退した。これについてはアメリカだけではなく日本もとどまるように説得したが蒋介石は「漢族不一致」として頑として認めなかった。日本と台湾の間には上記のようなエピソードがあった。
21世紀のアジアは経済的にも急成長を遂げた国が多く見られている。特に中国やインドをはじめ中近東の成長は目覚ましい。しかし外交はというとインドやシンガポールなどは比較的良好であるが、中国と韓国は口が裂けても良好とは言えない。外交は毅然であるほうがいい。日本が受け身に走っているからでこそ隣国はつけ上がるのだから、むしろ歴史資料が豊富にある今だからでこそ歴史的事実を証明するために竹島や尖閣諸島に対しては国際裁判所に訴えるというカードを切ったほうがいいのではないだろうか。もし応じないのであれば歴史の証明ができない何よりの証拠となることだからそこに弱みをつけて毅然とした態度でなければ日本はなめられる。そうした外交が今の日本は得策と言えよう。

ビジネス力の磨き方

ビジネス力の磨き方 (PHPビジネス新書) ビジネス力の磨き方 (PHPビジネス新書)
大前 研一

PHP研究所  2007-04-19
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本書はビジネス力を磨く方法について書かれている。ビジネス力というのは漠然としているが、「先見力」「突破力」「影響力」「仕事力」「人間力」を総合した力がこの「ビジネス力」であるという。
「先見力」
先見力は勘やひらめきではなく様々な情報を駆使してどのようなのかということを見る力のことを言う。
「突破力」
自分が持っている成長に向けての大きな障壁を破る力
「影響力」
権力に擦り寄らず、自分が権力を集める力
「仕事力」
スピード、正確性、情報収集・駆使力を集約した力
「人間力」
セルフ・マネジメント、タイム・マネジメントというべきだろう。
本書に書かれている私なりの解釈ではこうだった。さてちょっと本書の言いたいこととはずれるが気になったことが書かれていた。第2章において北海道でのサマータイム制導入について、および北方領土問題である。まずサマータイムであるが著者の意見は正しい。北海道は東京以西と違って夏は午前3時あたりから明るくなりはじめ午後7時に暗くなる。当然明るい時に仕事を行うことにこしたことはないので北海道は1〜2時間早めると当然市場をリードでき、当然停滞状態にあった北海道経済の活性化にもつながる。しかしそれについて北海道知事の鶴の一声がなかったことで挫折してしまった。ちなみに本書で言う「当時の北海道知事」は現在の知事である(北海道民であればわかるだろう)。もう一つは北方領土問題。これもやはり外交政策がネックとなっているが、後ろ向きになっているとしか言いようがない。むしろ元島民の現状を知っているのかと外務官僚に問い詰めたくもなる。島民の働きかけという著者の意見よりもむしろ外務官僚がどれだけ本気で解決しようとしているのかという疑いを持つ。ちなみに著者は二島返還でもいいという意見であるが、これは鳩山一郎内閣において重光葵外相の時にソ連との交渉の時の妥協案として出たものである。しかし日本政府はこれについて妥協を許さず交渉は決裂となってしまった。これ以降約60年もの間一括返還は近づいていない…と言いたいところだがロシアのエリツィン政権の最後の時に四島一括返還が現実味を帯びてきたことがあった。しかし外務省はそれについてどこ吹く風の状態だったので結局これも流れてしまったという経緯がある。つまり外務官僚の突破力ではなかろうかと私は思う。

F1 ヨーロッパGP マッサがバレンシアの初ウィナー!!

結果は以下の通り(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 F・マッサ フェラーリ 1:35:32.339
2 L・ハミルトン マクラーレン + 5.600
3 R・クビサ BMW + 37.300
4 H・コヴァライネン マクラーレン + 39.700
5 J・トゥルーリ トヨタ + 50.600
6 S・ヴェッテル トロロッソ + 52.600
7 T・グロック トヨタ + 1:07.900
8 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 1:11.400
9 N・ハイドフェルド BMW + 1:22.100
10 S・ボーデ トロロッソ + 1:29.700
11 N・ピケ・ジュニア ルノー + 1:32.700
12 M・ウェーバー レッドブル + 1 laps
13 J・バトン ホンダ + 1 laps
14 G・フィジケラ フォースインディア + 1 laps
15 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 1 laps
16 R・バリチェロ ホンダ + 1 laps
17 D・クルサード レッドブル + 1 laps
18 K・ライコネン フェラーリ + 12 laps
Did not finish
19 A・スーティル フォースインディア + 16 laps
20 F・アロンソ ルノー + 56 laps

優勝はポール・トゥ・ウィンでしたが、2回目のピットの関係で優勝がはく奪されるかとひやひやしましたが、結局罰金だけでだったのでほっとしましたよ。これではミルトンと並ぶ今季4勝目。さて王者に向けて猛追となるでしょうか。

2位はハミルトンこれは無難に2位をとったといいていいでしょう。3位表彰台のクビサも同じこと。

注目のヴェッテルはポジションを落とすことなく6位フィニッシュでした。来年はレッドブルなので来年は表彰台連発、もしくは頂点になりますかね?

トヨタは見事トゥルーリが5位、グロックが7位フィニッシュでダブルでポイント獲得。今戦も上昇気流に乗ってます。コンストラクターズ4位に向けて更なるポイント獲得に期待です。

ライコネンがエンジンブロー、アロンソは中嶋との接触でリタイア。フジテレビ注目の2人は結局散々な目に逢いました。特にライコネンはここ数戦優勝から遠ざかっているのでフラストレーションもたまっていることでしょう。しかし次戦は得意のスパ。ここは優勝するしかないでしょう。アロンソは2度目の母国GPなのにと言いたいところでしょうね。

中嶋はアロンソのと接触がひびき15位フィニッシュ。チームメイトのロズベルグが久しぶりのポイント圏内だったので、責めてポイント獲得してほしかったですが…勝負の世界なので仕方がない気がします。

さて次戦は2週間後。ベルギー、スパ・フランコルシャン!!

こだわりアメリカン・ルーツ・ミュージック事典

こだわりアメリカン・ルーツ・ミュージック事典―先駆者60人の足跡 (生活人新書 249) こだわりアメリカン・ルーツ・ミュージック事典―先駆者60人の足跡 (生活人新書 249)
鈴木 カツ

日本放送出版協会  2008-03-08
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本書はアメリカン・ミュージックの草分け的存在である60人の足跡をCDとともに紹介している。当然フランク・シナトラをはじめ、エルヴィス・プレスリーやレイ・チャールズなどジャズやカントリー、フォーク、エレキ・インスト、ロカビリーなどジャンルを問わずに紹介している。
ちなみに著者は12年前に東京から神奈川の茅ヶ崎に居を移したという。茅ヶ崎と言えば真っ先に浮かぶのがサザンオールスターズの桑田佳祐の出身地である。さらには「若大将」で有名な加山雄三や作曲家の平尾正晃も茅ヶ崎出身である。ちなみに茅ヶ崎は戦前からハワイアン・バンドやジャズ・バンドが盛んであったと著者は語っている。そう考えるとアメリカを感じさせるような曲が多く歌われておりそういったバンドも盛んに出たのではないかと推測する。ちなみに茅ヶ崎には「雄三通り」や「サザン通り」というのがあるのだが本書でもそれについて書かれていたのは茅ヶ崎在住の著者だからでこそであろう。本書のあとがきにはそんな茅ヶ崎でのエピソードがちりばめられている。そう考えると大ファンである私でも心がくすぐられる思いであった。
今日はサザンの30周年記念ライブの最終日である。せっかくの夏であるので大騒ぎしましょうか。

F1 ヨーロッパGP マッサが新サーキットで見事PP! そして優勝予想

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 F・マッサ フェラーリ 1:38.989
2 L・ハミルトン マクラーレン 1:39.199
3 R・クビサ BMW 1:39.392
4 K・ライコネン フェラーリ 1:39.488
5 H・コヴァライネン マクラーレン 1:39.937
6 S・ヴェッテル トロロッソ 1:40.142
7 J・トゥルーリ トヨタ 1:40.309
8 N・ハイドフェルド BMW 1:40.631
9 N・ロズベルグ ウィリアムズ 1:40.721
10 S・ボーデ トロロッソ 1:40.750
11 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:38.428
12 F・アロンソ ルノー 1:38.435
13 T・グロック トヨタ 1:38.499
14 M・ウェーバー レッドブル 1:38.515
15 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:38.744
16 J・バトン ホンダ 1:38.880
17 D・クルサード レッドブル 1:39.235
18 G・フィジケラ フォースインディア 1:39.268
19 R・バリチェロ ホンダ 1:39.811
20 A・スーティル フォースインディア 1:39.943

まずはマッサが前線の屈辱を晴らすために新サーキットでやってくれました。あとは優勝のみですかね。

以下トップ5はいつもの通り。ライコネンが少し調子が悪かったようです。決勝での巻き返しに期待。

ここ最近調子がいいヴェッテル。見事6番手です。Q2ではトップタイムもマークしてますから決勝ではどうなる事やら。もしかしたら表彰台も夢ではないかもしれません。

トゥルーリが7番手、中嶋が11番手。中嶋はポイント獲得に期待です。

さて優勝予想はこうなりました。

本命:ハミルトン

対抗:マッサ、ライコネン

要注意:ヴェッテル、コバライネン、クビサ

いつものように1コーナー勝負ではないかと。比較的高速ではあるにせよオーバーテイクは容易ではなさそうというのが私から見た感じですかね。ただヴェッテルが最初どこまでポジションを移動するかも注目。今戦のダークホースといえるかもしれません。

F1 ヨーロッパGP PP予想

さて短い夏休みを終えF1は新しいサーキットへ。

フリー走行は1回目がヴェッテル、2回目はライコネンがトップでしたが…あまり参考にならないでしょう。

さてPP予想ですが、こうなりました。

本命:ハミルトン

対抗:ライコネン、マッサ

要注意:ヴェッテル、コバライネン、クビサ

だいたい初めてのサーキットと考えるとハミルトンじゃないかと。

アジアの試練チベット解放は成るか

アジアの試練 チベット解放は成るか アジアの試練 チベット解放は成るか
櫻井 よしこ

文藝春秋  2008-07
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最近ではオリンピックの陰に隠れているが今でもチベット問題が泥沼化していることには変わりはない。昨日にはダライ・ラマ14世猊下の中国に対する非難が記憶に新しい。北京オリンピックは間もなく終わりを迎えるがそれと同時に、この問題について中国に対し黄善な態度を日本政府は取らなくてはならない。
第1章では北京オリンピックについてスポーツジャーナリストの二宮清純氏、アルピニストの野口健氏、ジャーナリストの山際澄夫氏、そして編者であるジャーナリストの櫻井よしこ氏が語っている。北京オリンピックについては石原慎太郎東京都知事が「北京オリンピックはナチスの五輪(1936年ベルリン五輪のこと)のようである」という。これについては二宮氏が前述のことについて触れられている。二宮氏は上記以外にも五輪の政治利用について言及しているが、二宮氏が主張しているように政治関係なしに五輪が行われたほうが珍しい。それについては本書のほうがより詳しく、かつ分かりやすく書かれている。野口氏はチベット問題について最も近い場所から見ていたためか生々しい話が多かった。山際氏は問題となった聖火リレーについて言及している。これと同時に「わしズム」の8月30日号にある小林よしのり氏のダライ・ラマ14世猊下への抗議文も同時に読むといいだろう。
第2章ではチベット大虐殺に関して元東大教授の酒井信彦氏、評論家の三浦小太郎氏、そしてチベット人への洗脳教育を受けたことのある医師の西蔵ツワン氏がこの問題について論じている。特に印象的だったのは西蔵氏が受けた中国共産党による洗脳教育である。「ダライ・ラマ法王一派は、国家分裂主義者で反逆者」などダライ・ラマ14世猊下への根拠なき罵倒を共産党はそれを強くたたきこませているというとゾッとする。洗脳教育だけでなく公開処刑についても生々しく書かれていた。中国には「政治は銃口から生まれる」が如く、虐殺や日本人からはとても想像できないような虐殺まで行われている。チベットでも例外なく行われているが、とりわけ「電気棒」が有名であろう。
第3章はそうしたことを無視したマスコミや言論人たちを糾弾している。ここでは例のごとく朝日新聞に加え、「チベット日記(岩波新書)」A.L.ストロングと「チベット〈上・下〉(岩波新書)」アラン・ウイニントンについても批判している。ちなみに両書は60年代に出されたものであるので、チベットに関しての文献がすくなったことが要因ではなかろうか。今ではチベットに関しての文献は非常に多いので上の2冊はそれほどよい文献ではないということが簡単に読み解ける。しかし安保闘争に上記のような本が出たのかというのも突き詰めていただきたかった。次は人権についてである。これはまず8年前の12月8〜12日に行われた「女性国際戦犯法廷(正式には「日本軍政奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」)」のことを批判的に取り上げられている。この法廷は法廷としての定義を大きくかい離しているのは法を勉強していればだれでもわかることである。まずこの戦犯は天皇とA級戦犯として起訴された25人である。さらに東京裁判と違って弁護人がつかず検察と判事の一方的な裁判となっている。さらにはこの裁いた法は「事後法」であり、戦犯全員故人であるとんでもない法廷である。死者(半数は英霊)への冒涜になっているというまさに中国にも似たような法廷が行ったという。しかも朝日新聞などは連日報道され、さらにNHKはドキュメントまでつくったほどである。これほど日本に対して反日的になりながらも、チベットの虐殺に関して一切報じていなかった。むしろダライ・ラマ14世猊下がノーベル平和賞を受賞した時も朝日はノーベル賞を政治利用しているとお門違いの批判をしていた。メディアの在り方についてはほかでも述べているが、だからでこそ新聞というのが信用できない一因になってしまうことは言うまでもない。
最後は国際政治に翻弄されるチベットの悲劇を描いている。ここではEUの立場からそして中国共産党の野望、ダライ・ラマ14世猊下の祈りについてである。本書の最後にはブックガイドがあるのでチベット問題について調べたい人への気遣いが素晴らしい。1冊から枝葉のように関連本を読めばなにも苦になることなく理解できるだろう。

ネオリベ現代生活批判序説

ネオリベ現代生活批判序説 ネオリベ現代生活批判序説
白石 嘉治

新評論  2005-10
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ネオリベ(ネオリベラリズム)は新自由主義であり。最近言われるようになってきたものである。90年代にハイエクが提唱してからその名が定着してきたが実際に小泉政権や安倍政権で行ったことはね織部の範疇にはいる。
さて本書ではそのネオリベ思想を批判しながら解説している。まず冒頭に入るのは埼玉大学と埼玉りそな銀行との提携による批判について書かれている。ネオリベを悪い部分を象徴する1つと言えよう。さて本書とはずれるが小泉改革の中で最も大きな改革だったのは「郵政民営化」であった。現在は本格的な民営化はほぼ終わった段階にあるが、はたして市場の荒波にいるのかというとそうとはいえなかった(言える部分はゆうパックなどの貨物配達程度である)。民営化していても完全独占状態は続いていた。では今の民営化は無駄だったのかというと、現時点では無駄であった部分が大きい。しかし「民間でできることは民間で」の視点で考えるならばまだまだ先にその荒波がやってくるのではないかと私は思う。
ネオリベに関して悪いイメージが多く出ており本書でもその思想を批判しているのだが、私見としては半々の意見である。民営化することにより市場原理の荒波に揉まれ、技術やサービスが進化する観点からでは賛成であるが、それを行うことによって経済・地域格差を助長してしまうという悲観的な観点もあることについては反対である。とりわけ病院は市場原理に基づくことについてはね織部の観点とほぼそっくりである。医療はサービス業であるので市場原理に基づくべきであるものの、過疎化した地域はどうするのかという観点から市場に基づくべきでない観点がある。それについては政府がある程度の伏線を引いて市場原理をつくらせたらいいのではないかと私は思う。
ネオリベと叫ばれているが、技術の進化の観点で賛成だが、格差の観点では反対である。しかしそれを両方解決できるほど経済というのは甘くない。経済は難しい。

“日本離れ”できない韓国

“日本離れ”できない韓国 (文春新書) “日本離れ”できない韓国 (文春新書)
黒田 勝弘

文藝春秋  2006-07
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ここ最近竹島をめぐって韓国は反日感情が顕著に出ている。実際竹島について国際司法裁判や国連に訴えればいい物の韓国はそれを「二国間の問題」と拒んでいる。実際日本も日本で最後に訴えようとしたのは今から46年前の話であって、その間はほとんどいがみ合いをしながらも実際に司法裁判所に提訴していないというのも困ったものである。せっかくここまで泥沼化しているのであればいっそのこと国際司法裁判所に提訴を合意して真実を確かめようという気がしないのかと考えると喧嘩両成敗といえる。
それだけではなく韓国併合による実効支配や戦争責任論、靖国問題、そして従軍慰安婦問題など韓国は反日や反米によってナショナリズムが成り立っているように思えてならない。ちなみにここで言う「反日」はアメリカ産牛肉輸入問題に関してが話題になっていることであろう(それだけではないけど)。
しかしあれだけ反日・排日運動を行っても韓国は日本離れができないと主張しているのが本書である。実際に反日になったのはいつごろだろうか。と考えるが本書ではあまり書かれていなかった。実際朝鮮半島を植民地化した。それと同時に満州や台湾も植民地となったが、欧米列強とは違い、植民地には多額の投資を行っている。例えばインフラの整備や日本独自の教育の強化を行っている。しかし朝鮮では終戦直後、日本に従ってきた朝鮮人は自分も準戦勝国であるようにふるまい、日本軍の倉庫から食糧や武器を略奪しただけではなく、日本人への暴行も頻発したほどである。それほど日本人に対する嫌悪な感情を抱いていたのかどうかは定かではなかったものの、このような経緯があったということだけは伝えておくが、本書でもそのことに近い内容がある。しかし韓国人はそれを認めようとしない、というよりもむしろ隠そうとしているという。
しかし本書でも書かれていたように韓国の反日感情というのは政府主導であった。それについては驚きはしなかったものの、実際歴史教育や国語教育というのは知らず知らずのうちに「思想教育」となりかねない。本書にも書かれているが「史実」よりも「そうであるべき」という考えは韓国人に強いようである。
従軍慰安婦問題についてはもうすでに「日韓基本条約」の「請求権放棄」によって解決されているのにもかかわらず、韓国人はそれを知っている人がほとんどいないというのには驚いたが、ここでも上記のようなことが成り立つ。当然その問題についてもそこに行き着く。
そう考えると歴史を歪曲し続けようとする中国と同じような感じがしてならない。しかし韓国が日本離れができないように、日本も韓国とは切っても切れない。先の「韓流ブーム」もそうであるように、韓国のトレンドをつかもうと日本人が韓国へ旅行に行く人も多くいる。両国間では、外交や政治的に緊張感はあるものの経済的には隣国であることから近い部分がある。中国と同じように「政冷経熱」である。本書はそう伝えたかったのだろうか。

合衆国再生―大いなる希望を抱いて

合衆国再生―大いなる希望を抱いて 合衆国再生―大いなる希望を抱いて
バラク・オバマ 棚橋 志行

ダイヤモンド社  2007-12-14
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今年11月に行われるアメリカ大統領選で初の黒人大統領を狙うバラク・オバマの自伝である。
本書の表題からしてオバマ自身の政策及び思想が盛りだくさんであった。しかしちょっと気にかかるのが本書の総扉を1枚開いた所には祖母と母への愛情が書かれていた。本書の中身もさることながらオバマの製作の構想の根幹がこの2人の女性によって支えられたものかも知れない。
印象に残ったところをピックアップしてみる。第1章では二大政党制による弊害について書かれいている。実際にアメリカの議会ははっきりとした二大政党制である。アメリカに限らずイギリスでも労働党と保守党による二大政党制である。それによって国が2分されたと批判している。実際アメリカの大統領選でも共和党対民主党となるが、その中で政策についての討論もあるし、逆にネガティブキャンペーンも行われている。二大政党制であればどっちの政権にするかという選別も簡単になる反面、上記のようなことも起るのだという。日本は他政党制であるが実質二大政党制もどきになっているとも言える。しかしアメリカとはっきり違うのは超党派による協議も最近では多く行われている。対立するところは対立しながらも、協力できるところは協力していく。しかし「談合政治」という声もあるが、実際政治というのは「妥協の産物」の如くそのように成り立つのではないだろうか。
第7章では人種問題を扱っている。ここでは「公民権運動のヒロイン」とも言われたローザ・パークスを中心に多くの人種差別問題についてオバマなりの見解について書かれていた。実際アメリカほど多くの民族と共存している国はない。しかしその中で経済的、精神的な差別を受けている人種・民族もいくつかある。オバマその格差を是正するための平等政策をマニフェストの1つとして挙げているが、それについて批判している論客も少なくない。最近ではある雑誌にて経済学的にオバマの経済政策は破滅に導くというコラムがあったほどである。実際やってみないと分からないことであるが、はたしてかつての日本にあった「1億総中流」ならぬ「アメリカ総中流化」というのをオバマは成し遂げようとするのだろうか。もしそうなれば見物である。
オバマの政治力というのは未知数であり、政策についても疑問視することもある。しかし「もしオバマが大統領になったら…」という考えも捨てきれない。11月には新しい大統領が決まる。いったいオバマ・マケインのどっちが大統領になるのか、それによってアメリカがどのように変わっていくのかも日本は注視しなければならない。

芸術とスキャンダルの間

芸術とスキャンダルの間――戦後美術事件史 (講談社現代新書) 芸術とスキャンダルの間――戦後美術事件史 (講談社現代新書)
大島 一洋

講談社  2006-08-18
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2006年5月に芸術選奨を受賞した和田義彦の作品が、イタリアの画家アルベルト・スギの作品と酷似したことによって芸術選奨をはく奪されたという盗作事件がメディアで話題となった。それに限らず戦後では多くの美術にかかわる事件が相次いでいる。本書はその中から代表的な14の事件を取り上げられている。
私が注目するのは最後のパロディ作品と著作権に関してのことである。そもそも著作権は音楽や動画でさんざん批判していた。最近ではこの著作権を過激に主張している輩が多いことから、著作権の在り方について様々な文献に向き合う機会が増えている。さて本書では昭和46年に起こった「白川・アマノ裁判」でのことについて書かれている。一昨年に起こった盗用事件とよく似ているものだが訴訟になったといったらこちらを挙げるべきだろう。この訴訟は結果から言うと1審では著作侵害にあたり、2審では一転著作権侵害に当たらないとされ、最高裁では1審の判決を支持する判決となり破棄差し戻し、結局差し戻し審で著作権侵害と認められ確定した。
この裁判ではパロディ作品が著作権に引っかかるのか、どこまでパロディであれば著作権に引っかかるのかという線引きについて問われるものとなった。事実芸術作品でも酷似しているものが多いが本質的に違うというものも少なくない。しかし、これは盗用と主張して裁判沙汰になり、はたまたは著作権違反により差し止められたりすることもある。では著作権とは本当は誰のダメのものかということに帰依してくる。著作権ほどあいまいな法律はあまり見当たらず、これから活発な論議によって、しっかりとしたガイドラインを、かつ権利者側・被権利者側双方に立った法制でないと著作権というのは成り立たないと私は思う。

なぜケータイ小説は売れるのか

なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書) なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書)
本田 透

ソフトバンククリエイティブ  2008-02-16
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ケータイ小説は5年前に知ったがこれほど売れるものだとは思わなかった。当時はYoshiの「Deep Love」シリーズが大人気であり特に第1章の「アユの物語」や第2章「ホスト」を読んでいる女子をよく見ている。ちなみにこのときは国語の時間に数分だけ「読書の時間」があった。その時に何を読もうかで迷ったが。大概私は文庫か新書くらいだったのでそれには興味もわかなかった(5年たってもそんなんです)。
著者はケータイ小説が売れる理由を3つに分けて説明している(あとがきより)。
1.「私の物語」を書いてみたいという欲求
2.既存の文学などの心的な乖離
3.ネットなどインフラの整備
まず1.については時代の流れというものがあってのことであろう。ただしそれは2.でも一部言え、3.も言える。しかし「書いてみたい」ということはこれまでに機会はあったものの、これだけ身近になったことはほとんどない。それに賞をもらえなくても自分の作品を自由に書け、そのうえ公開ができ、誰でも簡単に読めるようになった。これを考えると作品の個性化が目立つようになり当人の願望がそのまま作品に表れるようになる。その欲求を満たしてくれるのがこの小説ではなかろうか。そう考えるとケータイ小説の書籍化の余波により、既成の小説は売れなくなったとも言える。それに限らず出版社が声高に「活字離れ」を叫んでいるように、新刊の総販売部数が右肩下がりになっていることも事実である。さらに1ページあたりの文字数も減少しているだけではなく、語彙も難しい表現から割と簡単に読めるようにやさしい表現になっている。このことから「語彙の不足」というのが顕著ではないのかと思う。「活字離れ」については私はまやかしであると断言するが、2.や「語彙の簡素化」による「語彙の不足」については否めないと私は思う。

論壇の戦後史

論壇の戦後史―1945‐1970 (平凡社新書) 論壇の戦後史―1945‐1970 (平凡社新書)
奥 武則

平凡社  2007-05
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戦後の日本には「悔恨共同体」いうものがあったことはご存知であろうか。私はそれまでこの名前すら知らなかった。では悔恨共同体と一体誰が集まってどのようなことをするのかと言うかと言うと、まずこれが日本における戦後論壇の原点になったという。ちなみに政治思想で有名な丸山眞男をはじめ多くの思想家、そして論壇に立った者が集まった。そこでは今後の政治・経済・社会・文化について研究をおこなわれていたという。
本書はそこから始まり、やがて「世界」など今でも店頭に並べられている様々な週刊誌や月刊誌による論壇がどのように変わったのかを綴っている。
第1章では前述の「悔恨共同体」に関すること。第2〜3章では「世界」が創刊した時代から津田左右吉と丸山眞男の対立まで書かれている。戦後と言うことなので週刊誌の先駆けだったのがリベラルである「世界」と言うのは皮肉であっただろう。第4〜6章はそこから60年安保闘争まで。7章以降では高度経済成長から「朝日ジャーナル」までのことが書かれている。終章と補章では「世界」と思想が相対する「文藝春秋」に関することが書かれていたが、私自身どちらかと言うとこっちの紹介ももっとしてほしかったように思えた。しかし今では当たり前にあるような論壇誌も戦前にも当たり前にはあったが治安維持法などによる弾圧を受け次第に日本人は活字を渇望していた。新聞もあったがそれでは飽き足らずもっと深いところをとらえたものが読みたい。そんな思いから論壇誌が生れ、今では右左問わず様々な論壇誌が生まれたのである。そういったことに対して私たちは情報をもぎ取りながらも取捨選択をしていくというのが私たちの使命なのかもしれない。

ネットいじめ

ネットいじめ (PHP新書) ネットいじめ (PHP新書)
荻上 チキ

PHP研究所  2008-07-16
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このところウェブは飛躍的に進化している。最近ではウェブ2.0というものが当たり前のように使われている。しかしその裏には様々な弊害が起こっている。「闇サイト」によるネットいじめもその1つである。そのことによりウェブを「悪」と捉える論者も少なくない。規制をしたらどうかという論者もいるほどだ。しかし著者の綿密な分析によると学校裏サイトはこうした人間関係の延長線上にあり、使う人間の問題であるとしている。それだけではなく職場でもそのネットいじめというのが明らかになっている。要するに若者の「空気」という絶対権力にすがりつき、逆らえば弾圧するような風潮があるという。
第1章は「学校裏サイト」への不安について。近年のパソコン及び携帯電話の使用率をみると若者・中年世代が多いのが顕著であった。簡単にいえば若者たちはパソコンや携帯電話を持って当たり前という世代である。その中で技術が進歩し、サイトも楽に作ることができる。学校裏サイトが乱発したという。しかし学校裏サイトというと陰湿なイメージがあるので以降は「勝手サイト」と名付ける。後半には学校裏サイトから子供たちを守れという風潮について書かれている。目についたのがノンフィクション作家の柳田邦男氏がこの携帯電話やパソコンによる被害を「水俣病」にたとえたことである(p.25より)。産業の発達についても酷評しているが、では柳田氏は産業を止めたほうが子供たちのためになるのだろうか。いじめの原因はすべてそういった技術のせいなのか。それを使った若者は馬鹿なのか。というのを改めて質したく思えてならない。実際に論者だけでなく新聞や雑誌でも槍玉に挙げている。また「金八先生」でも槍玉に挙げているくらいである。
第2章では勝手サイトの真実について迫っている。前半は学校勝手サイトの定義と認知度についてであるが、知っている人は多かったものの使っている人はそれほど多くなかったことも、そして知ったきっかけが友達経由が多かったというところも興味深い。つまりネットを介してわざわざ友達と会わなくても話しすることができる、もしくは情報を共有することができるという観点から紹介しているのではないかと私なりに推測する。中盤では勝手サイトの分類法と荒れるサイトは何なのかについて書かれている。これはほとんどの文献や新聞で書かれていなかったのでこれは参考になる。後半は第1章に書いていた風潮の裏側について書かれている。簡単にいえば子どもの自由よりも大人たちの安心が大事であると断罪している。しかし著者はネット自体を擁護をするつもりはなく、あくまで裏サイトをはじめとした「真実」を知ったうえで助言をするということで本書を上梓している。
第3章は蔭口のパターンについて書かれているが、まずは最近起こっているいじめはネットのせいなのかというところから疑問を諸説ごとに批判している。著者は章題に書かれているように蔭口が形となって表れたと主張している。私はそれについてその通りであると考える。とはいえ形になって表れているものであれば、たとえば紙切れに蔭口を書いたメモで友達に回しながら見るということもそのうちの1つで、それがネット上に拡大したというのではなかろうか。それに最後に書いてあるが「ネットを使うな」というのがいじめを助長すると主張している。いじめを防止するために本書は4つ提言しているが果たしてこれが本当に防止になるのかというのは疑問に思う。まずやってみることから始めるしかないだろう。
第4章は終りなき戦争についてである。最近の若者たちは「キャラ」を大事にする。そこから「プロフ」文化から「オタク」文化、そして「いじり」文化について言及を行いながら現在の若者論について論じている。様々な観点から若者論を一言で語ることはできないものの、その「一言で語ることはできないこと」をほぼすべて書かれているところは著者への畏敬の念を禁じ得ない。「若者」を論じるためには「若者」を知らなくてはいけない。孫子の兵法のようにコメンテーターはこのことを肝に銘じておくべきである。
第5章はウェブ・コミュニケーションの未来についてである。「ウェブ社会」の意味からフィルタリングの効用性及び有害メディア論について書かれているが有害メディア論はテレビの誕生からずっと有害性について論じており、新しいメディアが出るたびにバッシングは必ず起きている。政治では新しい首相が出る度頭ごなしにバッシングするメディアとまるで同じである。でもバッシングをするメディアもメディアである。それについて何か利益になるのかと問いたい。むしろそれを悪と捉えて私たちが正義だという自己陶酔に浸っているようにしか思えないのは私だけだろうか。
裏サイトを用いて相手への誹謗中傷は当然許せない。しかしそれを行うことでネットへの俗物論に陥ることこそ横暴ではなかろうか。

朝鮮半島「核」外交

朝鮮半島「核」外交―北朝鮮の戦術と経済力 (講談社現代新書)

著者:重村 智計

朝鮮半島「核」外交―北朝鮮の戦術と経済力 (講談社現代新書)

2006年に北朝鮮は核実験に成功した。最近では書く無力化に向けて日米などの国々は努力しているものの、いまだに実っていない。実際金正日は手放すように思えない。金正日は核をちらつかせながら、かつ核無力を誓約を偽装しながら米国に向かってテロ支援国家解除を行おうとしている。それだけ資金集めに必死なのだろう。それを考えると本書の裏付けというのが面白いように当たっているように思えてならない。北朝鮮事情に詳しい関西大学教授の李英和氏は本書をどのように分析するのかも興味深い。
さて本書を読むに北朝鮮は破綻の序章に差し掛かっていると見た。それにおとといのニュースでライス国務長官が北朝鮮のテロ支援国家解除を見送ったと考えると、北朝鮮の財政破綻は秒読みと言っていいかもしれない。ただし、「ほかの国々のように考えたら」の話である。というのは北朝鮮は個人独裁国家であり、金正日はどんな状況でも非常に高度な政治力と交渉力を変え備えているから厄介な存在である。つまり武器をちらつかせながら、もしくは金正日が直接中国に出向いて資金を調達してくることさえ考えられる。そうすることにより、北朝鮮は武器をつくれないにしても財政破綻寸前の状態を維持したまま長々と政権を維持しているのではないかと推測する。しかも外交手段も非常に巧みである。2000年に行われた南北首脳会談は巧みな手段により金大中を金正日の傀儡にさせたように思えてならない。そういうことにより北朝鮮は維持し続けている。では日本はどのような外交を行えばいいかというと、武器でドンパチやるのは当然憲法違反になる。外交と考えるが、福田政権ではまず無理であろう。金正日の傀儡になるのが目に見えている。安倍前首相であれば別かもしれない。ただしお人よしの性格が抜ければの話だが。そう考えると日本はもっと毅然と外交のできるリーダーがいないとだめだということが明らかになってくる。かの重光葵のような外務大臣がいればもっと日本は胸を張れるのに。

江戸時代の設計者

江戸時代の設計者 (講談社現代新書) 江戸時代の設計者 (講談社現代新書)
藤田 達生

講談社  2006-03-17
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表題には「設計者」と書かれているので白の設計にかかわった人なのかというイメージが思い浮かぶ。しかしこれも嘘ではなく、藤堂高虎は慶長の役で順天倭城など様々な白の建築にあったとしても有名である。しかし本書では「藩」をつくった男として書かれている。何の班をつくったのかというと「伊勢津藩」である。伊勢津藩とは本来であれば津藩であり主に三重県に位置する藩である(中心は現在で言う三重県津市)。
本書はそんな藤堂高虎の生涯について書かれている。高虎は加藤清正と同じように豊臣秀吉に仕え、のちに徳川家(江戸幕府)に仕えた。そのことから「裏切り者」と酷評する人もいるという。さらに酷評の内容として付け加えるべきなのは「大坂冬の陣」と「大坂夏の陣」にも出向いたということである。かつて仕えた豊臣家を自らの功績のために戦ったということでの酷評がある。それだけではなく豊臣家や徳川家以外にもころころ主君を変えていたことも要因と言えよう。
国創りに関して限定したらそれなりの評価で終わるものの、前述のことから時代劇でも否定的な役割になることが多くなっている。しかし江戸時代の風潮からそれは自然なことと考えると否定的な見方は少し納得いかないという論者もいるのではないだろうか。

ラッキーをつかみ取る技術

ラッキーをつかみ取る技術 (光文社新書) ラッキーをつかみ取る技術 (光文社新書)
小杉 俊哉

光文社  2005-01-14
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ラッキーと言うのはやってくるのではなくつかみ取るものである。私もそれについては大体その通りである。というのはいくら努力をしていてもツキに見放されてしまいチャンスを逃してしまう、もしク巡り会えなかったということもある。なので自分の努力だけでラッキーをつかみ取るというのは不可能なところもあると私は思う。しかしラッキーをつかみ取る大部分はとある努力や技術を持ってしてとっているという。前半はごくごく当たり前なことであるように思える。実際笑顔でいたり、楽観的であったりしていなかったらラッキーが巡り会えないというのは当然の話ではなかろうか。興味深いと思ったが少し期待外れであったような感じも捨てきれない。しかし、「見直す」という考えで本書を読み返すというのがベターであると言えよう。

サブプライム問題の正しい考え方

サブプライム問題の正しい考え方 (中公新書) サブプライム問題の正しい考え方 (中公新書)
倉橋 透 小林 正宏

中央公論新社  2008-04
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昨年の夏からアメリカの住宅ローン市場が急速に減衰した。その背景はサブプライムローンの焦げ付きによるものである。その損失のよる累積は2000〜3000億ドルにもなるほど大規模なものとなった。これにより世界的にも経済が減速しており、中でも中国をはじめ急激な経済成長を遂げた国は大打撃を受け、経済は大きく減衰したとされている。日本も例外なく下り坂になったがほかの国と比べて下げ幅は小さかった。とはいえ打開策が見いだせず小幅ながらの下落が長く続いており今でも打開策がつかめないままとなっている。
第1章はそんなサブプライムローンの余波について書かれているが、それ以外にも原油の高騰についてリンクして書かれている。原油高について最もその影響を受けているのは北海道であるという。北海道は原油についての余波を最も受ける地域である。先の揮発油税の暫定税率についてはプラス・マイナス両面について顕著に表れる。プラス面については想像に難くないので割愛させていただくが、マイナス面では地方への配分が約8000億円なりそのうち580億円が北海道に配分される。ちなみにこの額は47都道府県の中で最も多く、次いで愛知、東京、大阪の順に多い。当然北海道でも道路が必要としている地域があるので複雑な立場である。また原油の高騰により灯油も例外なく価格が上昇しており、冬には生活が非常に厳しくなった世帯まで出ており、さらには灯油の窃盗も相次いだ。それだけではなく様々なところ(とりわけ農業・漁業)で経済的な圧迫を強いられているので、北海道経済は日本経済よりも悪いがそれをどこまで回復し伸ばすのかというのが課題と言えよう。この章では原油高による物価の高騰にも言及している。インフレによるものだがその影響により若者の貯金傾向になった一因である。
第2章ではサブプライムローンの構造と焦げ付きの要因について書かれている。図や票がふんだんに使われており、非常にわかりやすかった。サブプライムローンは民間会社が運営している信用度が低いローンである。日本では過去にクレジットの延滞や破産をしたらローンを借り入れることが困難であるが(ただし闇金はそうではないかもしれない)、アメリカではそのような状況でも借り入れることが可能であるという。つまり破産をした人たちを食い物にできるような構造が合法的になっている。さらにサブプライムローンがここまで伸びた要因が日米の個人金融資産の違いにあった。実際日本人は現金や預金の比率が大半であるが、アメリカはむしろ投資や株式・債券が多い。後半はサブプライムの構造と伸びた要因について書かれているが、簡単にいえばアメリカは貧富の差は日本に序に顕著であり、貧困層が家を持てるということを漬け込んで打ったように思える。実際に焦げ付きを住宅業者は予想をしていたのかというのは疑問に思えるのだが、投資家が絡んでいるところを考えると焦げ付きを予想していなくてもそれでも受けて勝ち逃げをした人は必ずいる。そこに関して追及する文献があればいいなと私は思う。
第3章では国際金融市場への波及について書かれているが、とりわけ格付けの信頼度失墜とアメリカ大統領選についての所が印象的だった。アメリカ大統領選についての経済のマニフェストはオバマ・マケイン両極端の政策を掲げている。
第4章は日本にもサブプライムローンはあるのかということだがこれは第2章で述べたように実際に破産している人へのローンの借り入れは難しく、アメリカのように自由に借り入れが可能というわけにはいかない。むしろ最近貸すところもだんだん審査が厳しくなってきているので、サブプライムのようなことは起きるにしても、アメリカのようにひどくなることはまずないだろう。
第5章は日本経済の行方。昨年まで「戦後最長の好景気」であると同時に「実感無き好景気」であった。しかしサブプライムの焦げ付きと原油高の高騰により私たちの生活は非常に厳しい状態に置かれていることは確かである。ただし、生活自体はバブルから毎年のように厳しくなっていることを考えると政府の無策ぶりというのを批判せざるを得ない。最後には日本がしておくべきことについていくつか提示しているが、「内需拡大」は期待できない。というのは物価高により若者の貯金傾向が顕著となっているので政府が「内需拡大」を提唱していても若者はインフレということを知らない。インフレにより出費がかさむ。そのことを恐れることによって貯金に走ってしまう。それによって経済が減衰してしまうという悪循環に陥ってしまう。だからバンバン使えという人もいるがこれについても若者を食い物にする気かと考えてしまう。その両方の理由により難しいと考える。

這い上がる力

這い上がる力 這い上がる力
藤井 厳喜

PHP研究所  2008-05-27
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実感のなかった好景気が終わり、日本の経済は下り坂に入っている。当然ここでも「格差」や「ワーキングプア」の声は後を絶たない。しかし経済格差に関しては日本は開きが見られたとはいえ世界から見てもそれほどないという。しかしそれで甘えてばかりはいられない。もっと格差を埋めるにはどうすればいいか。その答えはユダヤ人成功者にある。
本書はユダヤ人成功者の知恵から格差を超える力、這い上がる力を学ぼうというものである。世界的にみても最も成功者の多い人はユダヤ人とされている。マイクロソフトの元会長であるビル・ゲイツのパートナーもユダヤ人、オラクル社、デル社の創業者もユダヤ人と枚挙に暇がない。これほどの成功者をなぜ出すことができたのか。それは7つの名言と7つの黄金律にあるという。
7つの名言と7つの黄金律を見てみる。
まずは第1章、「口よりも、“耳”を高い地位につけよ」である。
つまり「聞き上手」になれということか。しかしここ最近の人は人の話をよく聞かない人が多い。これでは自分の意見を言うばかりで人の意見にそれほど耳を貸していない証拠になる。人の意見の中にも自分にとって重要なものがあるのにとも見て取れる。日本にも「口は禍のもと」などの諺もあるし、「沈黙は金」という諺もある。話すことよりも聞くことを身につけたほうがいいと。
ユダヤ人は学びの民族であり、ユダヤ人の大事なことは他人の欲望をかなえ責任は事故にあるということ。決して日本の政治家がやるような責任のなすりつけは行わないという。こういったところは忘れられた日本人の民族性と通底しているのではなかろうか。
第2章は「成功者(金持ち)のようにふるまえ」ということ。「佐賀のがばいばあちゃん」の例もあるが、簡単にいえば成功者のようにふるまえと楽観的になることにあるという。これも分かる気がする。悲観的な人には幸運というのは巡ってこないし、楽観視をしていれば必ずなんらかの見返りが待っているはずだと思うから。一番後の「幸運は自らつかむものだ」はまさに名言。
第3章は「すべてを利用せよ」。ここではまず「嘘をつくな」ということ。嘘というのいつかばれる、飾られた言葉を見透かされた時は枯れ木の如くそれまでの利益も台無しとしてしまい、当然大きな損につながるという。私も肝に銘じたい。さて本書はすべて共感できるわけではない、共感できないところもいくつかある、たとえばこの章の名言
「ユダヤ人が安息日を守ってきたというよりも、安息日がユダヤ人を守ってきた」がある。つまりキリスト教の国では週に1回以上必ず休みをつくる。日本でも会社では週休2日制を採用している企業が多い。学校では教育関連法の改正により週休2日制が崩れ始めたが少し前までは週休2日制だった。しかしそれは海外の圧力によるものなのか、文科省があまりに海外のことを鵜呑みにしすぎているのかはわからないが、労働意欲と学力低下の要因の一つとなってしまったのである。ユダヤ人はユダヤ教によって民族性が成り立っている。つまり日本人は日本人の宗教性(神道や仏教)によって労働や勉学に対するガイドラインを設けるべきではなかろうか。もっと言えば「国力会議」において自民党幹事長の麻生太郎氏は「古事記」を参考に日本の勉学や勤勉性について説明されている。日本人は「日々是○○」のように休みを取らずに生真面目に働くということが民族性としている。要するに文部省や厚労省はもっと日本人の民族性を壊しているのである。
第4章は「決断し、行動し、人生を楽しめ!」である。
まずは名言「神は“正しい者”を試される」についてである。要するに自分自身の考え、行動すべてが「試されている」ということである。その中で神は偽りがないのか、自分の信念に基づかれているのか、正しいのかというのを試し、認められたものが成功するということか。しかし認められても認められなくても人生を楽しむことさえすれば必ず成功の道が開けるということである。それを考えると第3章に書かれているように楽観的に生きろということだろう。
第5章は「欲望を肯定せよ」であるが、ここでは金のことについてだが、私は「金=悪魔」という認識である。しかしユダヤ人はこんな名言を残している。
「金銭は無慈悲な主人だが、“有能な召使い”にもなる」
つまり私の考えは間違ってはいないものの金の使いようによっては利用する中での最大の「道具」となるという認識がユダヤ人にあるという。しかし多重債務者に関するニュースをよく見かけるが、それはお金の使い方がよくわからずお金の奴隷となっているという。要するに多重債務者は半分は自己責任であると断罪している。
第6章では「与えよ、奉仕せよ」であるがここでは寄付をすることを奨励している。金をもうけることはいいことだがバランスが保たなければ「金の亡者」になったりホリエモンや折口のようになりかねない。だからでこそ余分に儲けたら恵まれない人たちや、生まれ育った故郷のために還元するという事前の心が成功を維持させる秘訣であるという。またこれも投資の一つであると本書で述べている。
第7章は「すべてを疑え」。文字どおりである。当然常識も疑わなければいけない。日本経済は高度成長によりGDPが世界第2位になった。しかしバブルでの盲目的な楽観視がのちのバブル崩壊を生み、「失われた10年」で経済が急激に減速をしてしまった。そこで日本人が肝に銘じておかなければいけないのが「疑う」ことである。悪い印象を持たれがちだと思うが、メディアにしろ常識にしろ金銭にしろビジネスにしろまずそれからやっていかないと高い確率で失敗をしてしまう。だからでこそまず自分のやることがはたして正しいのか立ち止まって見直すべきであるが、見直しすぎて好機を逸してしまうと元の木阿弥であるので、ある程度を大事にすべきである。
本書はごく当たり前に思えることが書かれていたが、実際にそれを行っている人はというとそれほどいないのではないだろうか。むしろ成功者だからでこそ上記のようなことができるのではないだろうか。

肝臓病の「常識」を疑え!

肝臓病の「常識」を疑え! 世界的権威が説く肝臓メンテナンス法 (講談社プラスアルファ新書) 肝臓病の「常識」を疑え! 世界的権威が説く肝臓メンテナンス法 (講談社プラスアルファ新書)
高山 忠利

講談社  2008-01-24
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私事ながら、先日の健康診断で肝臓に関して精密検査を受けるように言われた。一応今週は時間が空いているので精密検査を受けたが、実際肝臓病に関して危険な病気であることを聞いていたがそれに関しての情報も乏しく、もし本当に肝臓病だったらどのような治療法がいいのかということを気にしながら本書を手に取った。本書はよくいわれる肝臓病に関しての「常識」を疑いながら正しい方法を伝授している。著者が肝臓病に関することの世界的権威であるので説得力はあるかもしれない。
今の私が縁があるのは1〜3章の所である。しかし危なくなったら4章以降も大事になってくる。
第1章は肝臓の敵とは何なのかということについて書かれている。酒のイメージが強いが、何とシジミが肝臓病にとってNGな存在であったというのは驚きである。そしてカロリーオーバーも敵だという。そしてもっと驚いたのが、アルコール消費量と菅がん発症数というのは比例しないということ。ということは肝臓にとって悪い生活習慣をやっている、もしくは食文化である国ほど発症しているが。何が要因であるのかというのも注目である。
第2章は自分の肝臓を知るということ。これは肝臓に関して血液検査をやった人であればある程度わかる内容である。主要7検査の正常値や異常値についても図で示されているのでここの部分も分かりやすい。
第3章は脂肪肝とダイエットについて。よくTV番組で脂肪肝の人は運動したほうがいいとかバランスのとれた食生活をしたほうがいいというが、はたしてそうなのか。後者は本書ではその通りと言っているが、前者はどうやらそうではないようだ。脂肪肝にもいくつか種類があり、それに応じた対処法をしなければ意味がない、もしくは肝臓を悪化させてしまうという。その種類は、①過栄養性タイプ、②アルコール性タイプ、③ダイエット性タイプと分かれている。①は典型的なタイプなのでわかる、②もやや典型的であるのでこれも分からないでもない。しかし③、これは驚きである。運動をしてダイエットを行っていれば脂肪感も解消されるということを聞くが、これにも罠がありダイエットをやったとしてもバランスのとれた食生活をしていなければかかるというのである。ということは過度な運動及び過度な食事制限をやっても意味がないという。そして最後は脂肪肝は背後に多くの病気があらわれることが書かれている。これについては健康診断で引っかかった人は医者に診てもらうしかないような気がする。実際私もそうなので。
第4〜6章は肝炎、とりわけC型肝炎に関してである。昨年末にはC型肝炎訴訟について大幅な進展が見られ、ようやく解決にこぎつけた。しかしそれに関してどのように戦っていけばいいのか、そしてインターフェロンについて詳細に書かれている。簡単に紹介するがインターフェロンはC型肝炎の特効薬といわれている。ウィルスを抑えるどころか、ウィルスを完全に除去することができるという。有効率は100%とまではいかないが高い。それだけの効果もあるのでかなり高額である。少なくとも60万円するとか。
第7〜8章は肝がんに関してである。これに関する治療は年々進歩しているが、それについてのことについて書かれている。専門的ではあるがわかりやすい。新しい治療法があるということさえわかればいいのでここは読み流す程度でいいだろう。
肝臓に関しての常識が覆さる感じは良かったものの、まだまだ信じられない部分もあるのでもう少し肝臓に関する本を読んでおこうかと思う。

広田弘毅

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書) 広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)
服部 龍二

中央公論新社  2008-06
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絞首刑されたA級戦犯7人の中で唯一の文官であった広田弘毅。副題には「「悲劇の宰相」の実像」と書かれているが、広田自身は自らを計らわずに生きてきた。城山三郎氏のベストセラー「落日燃ゆ」でイメージされた人が多いがこれはあくまで司馬史観である。
本書はありのままの姿で広田弘毅を書かれていたので結構面白く読めた。しかしあまり分からない人にはまず小林よしのり氏の「いわゆるA級戦犯」を読んでから入ったほうがが難しくなくなるだろう。
広田弘毅については4つの論議があり、
①広田の生涯について
②外交の際、広田はどこに位置づけられたのか
③1930年代の外交
④東京裁判
が存在する。
①は④と少しリンクする部分がある。広田は貧しい石屋の長男として育った。後に広田は首相になるが首相の時の天皇の勅言に通例であった3つに加え「名門を崩してはならないこと」が付け加えられたのは有名な話である。それはさておき、広田は中学の時に玄洋社に出入りしたエピソードもある。玄洋社とは右翼の源流となった政治結社である。日清戦争のときには「天佑侠」という義勇兵を組織して戦ったことでも有名である。広田は社員にはならなかったものの玄洋社の講義や討論を積極的に聴いたという。それに関する疑惑も東京裁判の時にかけられたが、それに関して疑惑を深めたのは広田は東京の生活の中で玄洋社員の娘と結婚したことも要因に挙げられた。本書において残念だったのは広田が中学の時に修行した禅宗のことと、ダジャレ好きであったことについて触れられていなかった。歴史的な史実について書かれているがダジャレの部分だけは触れてほしかった。「落日燃ゆ」による誤解もあるのでそれを正すための証拠を確証してほしかった。
②と③は賛否両論が多い。広田はあまり毅然とせずほぼ泰然的な外交を行っていたが、黄善になるときは毅然と外交をやっていたところが今の福田首相や外相時代の河野洋平のような外交と大きく違う所である。しかし外務官僚からは寡黙であることから敬遠されることが多いという。政治家として「罪」と言われた2つの要因として「軍部大臣現役制復活」と「日独防共協定」がある。しかしそれを施行したのは2・26事件の直後であったことを考えると、軍部(特に陸軍)の圧力が非常に強かったことを考えると広田以外誰がやっても同じような気がする。軍部に対して圧力に屈しない文官がいたのかさえ疑問に思う。それに関してコテンパンに批判した論者がだれかということがわかってよかったという部分もあった。
④はこれも論議が絶えない。広田自身は東京裁判で発言したのは罪状認否での「無罪」の一言だけでそれ以外は沈黙を通した。また巣鴨プリズンでも寡黙な人柄であったが、人柄に傾倒した人もいた。かつて議会で「黙れ!」と一括した佐藤賢了もその一人だった。ちなみに供述を黙秘した本当の理由を佐藤賢了に明かしていた。首相や外相を任された時も自ら計らわずに生きてきたという。この期に及んで証言台に立つことによって相手に迷惑をかけるかもしれないということを語っていた。判決は絞首刑であったが、それを予想した人はほとんどいなかったという。広田自身は表情一つ変えずに淡々としていたが記者・傍聴席は騒然とした。さらにはキーナン首席検事もその判決について愚痴をこぼしたほどである。死刑執行される前のことについては「落日燃ゆ」よりも花山信勝の「平和の発見」が詳しい。花山氏は直接7人の死刑囚を見ていたため刻銘に書かれている。
広田弘毅はまだまだ謎が多いが佐藤賢了は広田についてこう語っている(「いわゆるA級戦犯」p.116より)。
「深い淵は一寸覗いても底は解らない。
    三井寺の鐘は一寸撞いても本音は出ないから」
広田は中学の頃に禅宗に帰依しており、自然のまま生きていくことを自戒としていた。それによって多くの疑いをかけられ、死後多くの論議を呼んでしまったことは広田にとってどう思うのだろうか。

東京裁判

東京裁判 (講談社現代新書) 東京裁判 (講談社現代新書)
日暮 吉延

講談社  2008-01-18
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本日は終戦記念日である。なので大東亜戦争および、それに関連することを今ここで見直したい。
パール判事等東京裁判に関する文献を多く読んできた。ちなみにこの「東京裁判」というのは略称で、正式には「極東国際軍事裁判」という。本書はそれの集大成と言うにふさわしい1冊である。新書ながらページ数も約400ページもあり、いかに膨大な情報からありのままの「東京裁判」を描いている1冊である。それぞれ見ていく。
第1章は「東京裁判をどう見るか」である。まず靖国合祀についてであるが、A級戦犯の中で絞首刑にされたものと獄死したもの14人全員が靖国神社に合祀されている。しかし本書では松岡洋右(外相)と永野修身(海軍元帥)は「戦傷病者遺没者遺族等援護法」により祭神名票に入っていないと書かれている(P.14より)。議論は紆余曲折となったが結局1970年に上の14人全員が合祀されたという。これが「富田メモ」の禍根の1つと言えようか。本書でもA級戦犯とBC級戦犯の定義の間について書かれていた。よく間違える人も多いがA級だからと言って重罪人であるというのは明らかに短絡的である。実際BC級戦犯も1091人、そのうち東京裁判でも56人が死刑となった。それにA級戦犯が最大の重罪人であるならばなぜ日本語同時通訳など設備も充実しており弁護人も付けられたのか、被告人陳述も1度きりだがあったというところから問い詰めなければならない。最もBC級戦犯は弁護人もつかず通訳もないため一方的な裁判により死刑になったという人が多い。さらにいったらA級とC級戦犯の定義は事後法となっている。それにより無罪であるというのは1説ではあるもののこれは確実にそうだということとまでには至らない。しかし東京裁判をはじめとした戦犯に対する裁判自体、法というもので片付けられるとは到底思えない。しかしパール判事をはじめオランダのレーリンク判事、フランスのベルナール判事は国際法学的立場、及び手続きの不備により独自の意見を述べ、さらに無罪判決まで出した。言うまでもないがパール判事はA級戦犯24人全員に無罪判決を下している。
第2章では東京裁判の枠組みと各判事国の思惑にいついて考察されている。前半はニュルンベルク裁判からポツダム宣言についてであるがニュルンベルク裁判では3人の無罪判決が出されているのに対し、東京裁判では全員に有罪判決を出している相違点がある。ここに関する簡素な相違点は人種的な差別が見え隠れするように思えるが、じっさいはそれだけではないような気がするのでそれについての謎については本書で如実には出ていないものの後半のところでその理由が見え隠れする。後半では各国の思惑と共に天皇訴追論についてアメリカを含めて3国の思惑について書かれている。アメリカは当初は天皇訴追を求めていたが、東京裁判に近づくにあたりマッカーサーは天皇を免訴にしようと考え実行した。結局天皇は免訴することとなった。実際天皇免訴は批判するべき東京裁判の中で唯一評価できる点である。しかし実際に天皇訴追を強く主張していたのはオーストラリアである。オーストラリアは戦後の発言力を高めたいということ一心だけに天皇訴追を含めて全戦犯に厳罰をしようと画策していた。それに現在に至っても天皇廃止論を主張しようとしていることを考えると、オーストアリアの欲望が露骨に出ているように思える。3つ目はイギリスについてであるが、イギリスは複雑な立場が見えた。日本に対して極刑を求める反面アメリカに対する距離についての複雑な立場があったというのは面白かった。
第3章は連合国が何を告発したかについてであるが、ここで一番気になったのは石原莞爾についてである。石原莞爾は戦後戦犯検挙のときに自分も戦犯であると主張し、検察の尋問にも積極的にかかわってきたが、検察から罪状の追及をことごとく論破したことにより連合国にとって不利になると思いから起訴されなかったと推測する。その代わり満州事変にかかわったもう一人の人物である板垣征四郎を起訴し、絞首刑にしたという思惑もある。本書では「事件の真相もつかめず、また満州事変時の関東司令官だった本庄繁が自決した状況で、関東軍作戦主任参謀の石原中佐ではなく高級参謀の板垣大佐を重視した。(p.104より)」とされている。つまり満州事変についての日本の過失ができずに満州事変に関連して板垣征四郎を無理やり起訴したというのである。それに連合国は石原莞爾を起訴したら都合が悪いのではないのかと邪推してしまう。
第4章は日本への対応であるが、BC級戦犯と違い東京裁判のA級戦犯の審理では日本人の弁護人だけではなくアメリカの弁護人もついていた。例えば東条英機には清瀬一郎とブルーエットがついた。なぜアメリカ人の弁護人が任命されたのかというと、本書では日本人の要求があったことであるとともにこの裁判の首席判事であるキーナンもそれを想定していたという。これについては日本の裁判のやり方(大陸法)とアメリカのやり方(英米法)と相違があり八百長になる可能性があるという。これを考えると日本が弁護人とアメリカの弁護人の2人がついた理由もわかるし、日本が英米法による弁護方法を勉強できたいい機会であったのかも知れない。外国の法律知識や弁護法について最も勉強したのはおそらくこの時期ではなかろうか。
第5章は判決はいかにし書かれたかについてだが、これは私が理解したものでは7人による多数決による共同協議により起訴されたA級戦犯全員を有罪にしたという認識が強い。7人に入っていない人を言うと、まずは全員に無罪を出したパール判事、数人に無罪を出したオランダのれーリンク判事、広田弘毅に無罪を出したフランスのベルナール判事、そして共同協議に反対の立場をとったオーストラリアのウェップ判事(裁判長)である。まさに法的に裁くというものがほとんど感じられず、政治的道具に使われた、もしくは私怨(国怨?)の道具として使われたのもこの裁判かもしれない。唯一法的解釈によったのはパール判事であろうか。
第6章ではなぜ二次裁判が行われなかったのかについて考察している。思えば東京裁判は1度きりである。ニュルンベルク裁判では継続裁判で二次以上行われたのにと考えてしまう。これについてはニュージーランドとイギリスの軋轢があったとされているが私はこれだけではないと考える。実際にこの2・3年後に朝鮮戦争が勃発する。それに対して日本へのさばきにかまけられなくなったのではという考えも捨てきれない。どちらにせよ、外的要因が強かったと結論付けられると考えられる。
第7・8章では戦犯釈放についてである。これについては非常に複雑に入り乱れているがしかしアメリカはあえて寛容な態度をとることによって反米的な態度を国民に持たないような巧妙さがあったということはあるように思える。
本書は肯定否定問わずにありのままに書くと著者は言っていたが、思想心理というのはありのままに書いていても自分が気付かずに入っていってしまう。これは仕方のないことである。本書でもありのままを書こうとしているが著者自身の思想心理が見え隠れしているところはいくつか見られたものの、前述のとおり仕方のないことである。とはいえ多様な文献から詳細に書かれているため良書と言える。

東京裁判の亡霊を撃て

東京裁判の亡霊を撃て―二十一世紀から見た大東亜戦争 東京裁判の亡霊を撃て―二十一世紀から見た大東亜戦争
原子 昭三

展転社  2007-01
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大東亜戦争を侵略戦争であるということを言う人が多い。むしろ学校の教科書でも「あれは侵略戦争だった」というくだりはほぼ常套手段のように思える。
はたしてそうであろうか。大東亜共栄圏にいたフィリピンやインドネシアなどの国々は欧米列強の植民地でありそこで白人たちの迫害に遭っていた。武力抵抗を行っても列強たちは強力な武力を誇っているため簡単に鎮圧されてしまう。しかし大東亜戦争のときに白人たちと真っ向から戦う日本人を見て独立できるという自信が芽生えた。そこで大東亜宣言により大東亜共栄圏ができたという。それを言ってしまうと日本軍も虐殺を行ってきたと反論する人だっている。確かに「バターン死の行進」はパール判事でも弁護しようがなく認めざるを得ないことである。しかし植民地の国はそれ以上のことはやっていないのかと問い詰めたくもなる。しかしそれでは堂々巡りとなってしまうのでそれ以上は語らない。さらに大東亜戦争は日本が仕掛けてきたとされているがこれにも大きな間違いはある。当時の世論は開戦論が大多数であったことは認めざるを得ないし、東条英機が開戦派であったのは一部認める。それは陸軍大臣までの時であり、昭和16年に首相の座に就いた以降は戦争回避のために様々な手を考えたという。しかし真珠湾攻撃を行う以前からアメリカとは戦争をしていた。1940年初頭にミャンマー上空で日本軍はアメリカのフライング・タイガースという義勇軍と戦っていた。ちなみに義勇軍とはいえど指揮をしていたのはアメリカの軍人であり、さらに兵士も雇われた正規兵であったことという。しかし多くのことで日本の責任が段々嘘話になってきているのになぜ自虐史観にとらわれているのかというと、戦争というのは武器での戦いというイメージが濃いものの情報戦というウェイトのほうが大きい。むしろデマ情報や相手への洗脳教育などによる嘘話の正当化などが多くありそれを歴史認識問題として影を落としている最大の要因である。それを脱出させることとしては、多くの本を読むことに限ると私は思う。そのことから歴史の真実は見えてくるのである。しかし1冊1冊を鵜呑みにしては意味がない。疑いながら本を読むことで自分なりの正しい歴史観を磨いてほしいと私は思う。

中国が「反日」を捨てる日

中国が「反日」を捨てる日 (講談社プラスアルファ新書) 中国が「反日」を捨てる日 (講談社プラスアルファ新書)
清水 美和

講談社  2006-01
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2005年の春に中国で大規模な反日運動がおこった。しかもその中国では現在オリンピックが行われている。福田外交で中国との関係が明るいように見えるが、実際福田首相は媚中であるのであんまりいい印象がない。むしろ隣国はわかりあえないことを知らないのではなかろうか。例えばフランスとイギリスは関係が嫌悪であり、事あるごとに罵倒合戦になるという。胡錦濤体制になって1期目に反日関係のことがたくさんあった。これについては胡錦濤体制としてもあるが、根幹を突き詰めてみれば、半ば独裁者であった江沢民の傀儡であった時期ではなかろうか。
1973年に日中平和友好条約により国交を回復させたが、実際には国交が冷えたり温まったりとめまぐるしい状態である。実際に中国は反日をすることによりナショナリズムを持とうとしているが、それをやることによって諸外国から反感を持っていることを知っていながらやっているのかいないのか分からない。実際中国共産党主導でやっていることであるし、13億人をどの方向に位置づけるためにやっていることのようにしか思えない。日本は反日外交に毅然とした態度で臨むべきであると思う。でも福田体制では無理だと私は思うが。

電車の中で化粧する女たち

電車の中で化粧する女たち―コスメフリークという「オタク」 (ベスト新書) 電車の中で化粧する女たち―コスメフリークという「オタク」 (ベスト新書)
米澤 泉

ベストセラーズ  2005-12
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なぜ女性は化粧をするのか、それは自己表現であり趣味の範疇にあると著者は主張している。それを考えると現在の「オタク」の概念をとらえながら見てみると通底している部分は捨てきれない。自己表現を極限にまで求めている、だからでこそ電車の中でも化粧をすることに余念がないという。著者はそういった電車の中で化粧する女性のことを「コスメフリーク」と言っている。そうなると本書は単純に電車の中で化粧する女たちがいいのか悪いのかを考える本でないことは確かである。本書はどうして化粧をする女たちをはじめコスメに関してこだわりを持ち始めたのかを考察している。
全体的な感想としては、化粧に全く分からなかった(男だからしょうがないと言えばそれまでだが)私だが、女性がなぜ化粧にこだわるのか、電車の中で化粧する理由と言うのが見えてよかったと思う。そこまで理由を考察できたのであれば、なぜ声高に電車内の化粧はマナー違反ではないと主張していないのかと問い詰めたくなってしまう。ここまで理由は明示されているのに、なぜ一方的に「化粧はマナー違反です」という張り紙や主張ばかりがまかり通ってしまうのかと言う事も論証も交えながら反駁をした本がほしいとも思った。

カウンターから日本が見える

カウンターから日本が見える 板前文化論の冒険 (新潮新書) カウンターから日本が見える 板前文化論の冒険 (新潮新書)
伊藤 洋一

新潮社  2006-09-15
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本書で言うには料理屋(レストランや料亭など)でカウンター席を設けているのは日本くらいであるという。確かにそうかもしれない。私は外国とは言ってもカナダくらいしかいったことはないのだが、カウンター席になっている料理屋は1つもなかったように思える。家庭でもキッチンとダイニングは離れており、日本のように「ダイニングキッチン」と言うのはない(そもそも「ダイニングキッチン」自体和製英語である)。カウンターはなぜつくられたのか、どのような空間であるのかと言うのが本書である。なぜ日本で生まれたというのかと言うのを著者は5つに理由づけている(pp.107〜108より)。
1.水が豊かで海と山の食材が多く、世界の先進校の中では最も早く調理が「食材保存」の制約から脱した
2.海外諸国が持っているような階級制度や階級意識がなく、誰と誰が一緒になっても嫌がらないし、実際に特に問題も生じない
3.食べ物や調理方法に関する宗教的制約がなく、客も料理人も自由に発想し、調理を行える
4.職人を尊ぶ日本の伝統なら、板前がだれの前に出てもそれを当然であると受容する社会的枠組み、意識があり、腕がよい板前は「粋な存在」と尊敬される
5.非常に安全な社会であって、そこに包丁があっても、それをその場で悪事に行うという人物がほとんどいない
それぞれ批判的にみてみたい。まず一つ目は先進国中で最も早く「食料保存」から脱したという。言われてみればそうかもしれない。世界ではどのように食料を長持ちさせるのかと言うのが永遠の課題であった。本書でも様々な国の保存用法について書かれているがもう一つだけ付け加えておく。西洋ではほとんど肉を使うため塩を使っただけではなく、香辛料および保存として胡椒を使っていた。しかも呼称は希少価値が高いため呼称は非常に重宝されていたということを聞いたことがある。なぜ脱したのかと言うのは分からないでもないが明記されていないため、全く分からない人にとっては若干理解に苦しむように思える。
二つ目はこれについてはちょっと苦しい理由であると思える。階級意識は日本にだってある。しかしヨーロッパのように顕著であることはないので全くないとは言えない。今の日本では明確な階級はなくても精神的、もしくは「勝ち組・負け組」と言うような経済的階級も構築されつつある。それによっての差別と言うのはほとんどないにしても階級はないというのはちょっと語弊がある。
三つ目はカウンターができ始めたころは確かにそうである。しかし江戸時代でも伝統的に禁止されていた食材があった。四足の動物の肉(牛や豚など)である。宗教的な戒律(仏教と推測する)があるように思えるがその真相は本書では書かれていなかったのが残念だった。
四つ目はまさにその通りであると私は思うが、尊敬しながらも板前と客の駆け引きも楽しめるのではないかと私は思う、客に対して板前はどのような味の塩梅を調節するのか、板前に対して客はどのような料理を作ってくれるのかという駆け引きの中で職人芸が光るのではないかと私は考える。
五つ目は著者も認めているが少し暴論のように思えてならない。確かに日本は治安が悪くなったとはいえど世界的にはまだまだ治安がいいといわれている。だからカウンター席になっても大丈夫だという考えはあまり論拠になっていないように思える。
それだけではなく森川氏の指摘もあるがこれについても興味深いが結論には至っていない。これからまだまだ深く問い詰められる要素はあるのでこれからの考察に期待したい。それほど板前文化論については開拓すべきところはたくさんあるということであるともいえる。

小林多喜二名作集「近代日本の貧困」

小林多喜二名作集「近代日本の貧困」 (祥伝社新書122) 小林多喜二名作集「近代日本の貧困」 (祥伝社新書122)
小林 多喜二

祥伝社  2008-07-25
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いま「蟹工船」が大ブームとなっている。
「蟹工船」と言えば小林多喜二の代表的作品であるが、昨年には漫画化しさらに読書エッセーコンテストを通してブームとなったのかもしれない。それだけではなく、現在のワーキングプアの状況と小林多喜二の作品と通底するところはあったのかもしれない。しかしこれだけは言っておきたい。確かに小林氏の書かれた時代というのはまさに世界恐慌であった。もっとその前を言ったら第一次世界大戦から続いた軍需により未曾有の好景気にあった。その時から労働者の扱いと言うのは今よりもぞんざいであった。しかし労働をすることによりさらに企業や国は儲けに儲けた。その犠牲を背負ったのは労働者であった。小林多喜二はその状況を憂い、怒りの気持ちで書いたのであろう。しかしその作品が弾圧により虐殺された。今年と言うのは奇しくも小林多喜二生誕105周年、没後75周年の年である。
本書を述べるにあたりプロレタリア文学について批判する論客も少なくないが、私自身ワーキングプアについても批判したり、小林多喜二の文学についてもある程度は批判する者の、完全批判することはまずできない。むしろ複雑な立場にある。私情であるが小林多喜二が出た大学は、実は私もこの大学の出身である。私も大学の授業でわずかではあるが小林多喜二のことを勉強した。また大学図書館にも小林多喜二に関する文献をよく見る。そういう意味では小林多喜二と無縁であるとは決して言えない。むしろ完全批判をすると自分の出身大学を否定してしまうので複雑な立場となっている。
さて本書であるが、小林多喜二の短編の小説・評論・戯曲を10作品集めた短編集である。「蟹工船」だけではなくほかの作品も読みたい人向けの作品であろう。蟹工船が脚光を浴びているが、小林多喜二の作品はこれだけではない。ワーキングプアの問題云々を無視して心から小林多喜二の作品をありのままに触れるほうがいいと私は思う。

悪魔という救い

悪魔という救い (朝日新書 (098)) 悪魔という救い (朝日新書 (098))
菊地 章太

朝日新聞社  2008-02-13
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悪魔と言うのは本当にいるのかと言うと試験としては形としては存在しないと思う。ではどこに存在するのかと言うと人々の心の中にあるのではないかと私は思う。
カトリックの世界では「悪魔祓い」という儀式が存在する。しかも戦後、科学が飛躍的に進化しているのにもかかわらず、この「悪魔祓い」が復活し急速に広まっているという。ではなぜこの「悪魔祓い」が広まったのか。そもそも「悪魔祓い」とは何なのかというのを何も知らない我々のためにわかりやすく解説しているのが本書である。本書は映画「エミリー・ローズ」「エクソシスト」「尼僧ヨアンナ」にも取り上げられている。悪魔祓いと言うと日本では宗教的な要素と言うよりも、心霊現象と言ったものや心的病理によるものからの脱出と言う感じが多いことも事実である。カトリックでは悪魔祓いと言うのは重要視されている。悪魔の存在も信じられており、事実12世紀前後に盛んであった「魔女裁判」でも魔女は悪魔との契約によって魔法が使われると信じられていたという。宗教によっては怨霊であったり悪魔であったり心的に信じられていることは多いし、科学的に解明するということはほぼ不可能と言っていい。当然人間の理性で解決できないものもあるので、悪魔という存在はどれだけ業が深いものかというのを考えさせられる1冊であった。

本と映画と「70年」を語ろう

本と映画と「70年」を語ろう (朝日新書 110)

著者:川本 三郎,鈴木 邦男

本と映画と「70年」を語ろう (朝日新書 110)

1970年といえば学生運動や三島由紀夫事件、連合赤軍によるテロ(際立っているのは「あさま山荘事件)など政治的、右翼・左翼という観点からしても激動の時代であった。その中で本や映画はどの様だったのか、本書では「合わせ鏡」を持つといわれているがまさにその通りかもしれない、かたや産経新聞に入社し、やがて首になり右翼活動に尽力し、かたや朝日新聞に入社し首になり文学・映画評論家として名を馳せた両氏の対談本である。70年代なのであまりよくわからなかったが、そんな私でも興味深かったのは「映画「靖国 YASUKUNI」上映中止問題」であった。これには多く物議をかもしたものの、私は飾らない靖国の様子をよくできたので上映すべきであったし面白かった。また鈴木氏独自の立場からの論拠についても興味深かった。

愛国者は信用できるか

愛国者は信用できるか (講談社現代新書) 愛国者は信用できるか (講談社現代新書)
鈴木 邦男

講談社  2006-05-19
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右翼団体「一水会」の顧問であり、右翼の大家ともいわれている鈴木邦男氏。その方が「愛国社は信用できるか」というものだから驚きである。もっと驚きだったのは本書の帯紙に書いてある「三島由紀夫は言った「愛国心は嫌いだ」」ということである。ハッキリ言って開いた口が塞がらないような気持ちになった。三島由紀夫と言えば1970年に三島事件を起こし戦後民主主義と日本国憲法を批判し、独自の天皇観を檄文に記して割腹自殺をした人である。本来は作家であるため「金閣寺」や「宴のあと」で有名である。
さて右翼でよく言われる「愛国者」や「自分には愛国心がある」と言う人をどうして信用できないのか本書を見てみる。
第1章は三島由紀夫の「愛国心は嫌いだ」の発言についてである。この章を見るに三島は愛国心の「愛」という字がきらいであり自分は「愛国心」よりも「恋国心」を持っているということである。よく「恋」は下心、「愛」は真心ということを聞くが(実際漢字を見てだけのことかもしれない)、それ以外にも意味があったということには興味深かった。というのは「愛」というのは宗教的な概念(キリスト教)が入り混じっていることや、一方的なものであるので「恋」のほうがいいのではないのか(ちなみに「愛」は双方向的な意味合いがあるという)というのが三島の意見である。言われてみれば確かにその通りであると私も思う。三島の「愛国心」は嫌いであるというのも窺え、共感できる。それを考えるといわずとも「愛国心」というのは萌芽していくであろう。
第2章では「愛国心」とはだれのものなのかについて考察している。これについて読む前の私見であるが国それぞれにあるものだと思った。しかし誰のものかというよりも「誰のためか」という定義に終始していた。最初に西南戦争が取り上げたときに愛郷心として取り上げている。さらにこの章では「玄洋社」について取り上げたところも印象的であった。玄洋社の詳細については「広田弘毅」で詳しく述べさせていただく。
第3章では「愛国と憂国」の違いについて取り上げている。この章では哲学的な見解もあるが簡単にまとめると愛国=現状維持、それに対して憂国=変革であるという。これについても膝をたたくほどであった。しかし辞書的な観点で言ったらまさにその通りである。「愛」というのは今の状態を愛し現状維持を望み、「憂」は今の状態を嫌いこれではいけないという気持ちが強い。どちらも保守の漢字はあるもののこれだけ違いがある。
第4章では「愛国者の条件」である。ここでは著者自身の愛国者としての歴史がつづられている。実際これについては批評できるものではなかった。著者自身の人生についてはケチをつける気は到底ない。
第5章は「天皇制と愛国心」についてである。ここでは天皇の畏敬の情と御真影について書かれていた。天皇の御真影については歴史の教科書に書かれていたものを見たくらいなので、本書を見るまで知らなかったものもあったのでここも興味深かった。
第6章は「謙遜の日本史」である。ここでは「ベルツの日記」での日本人の謙遜を中心に書かれている。謙遜よりももっと印象的だったのは日本人は昔から自虐的であったということである。とは言っても日本の上層部の人々が自虐的であるとベルツは日記を通じていっている。実際ここもほかの右翼と相対する内容かもしれない。こういうことから自虐史観を持つべきだという意見も出てくるということも相容れないかもしれないが窺える。自虐史観を主張する論客はそういった性格が如実に出ているのではないだろうか。
第7〜9章は天皇論、そしてそれに関する皇位継承問題についてである。私見であるが女帝は賛成であるが、「女系」は大反対である。理由は当然、血筋の混滅の危険性が強いのである。第7章では小林多喜二について擁護論があるのはこれには強い印象があった。
第10章では愛国心の必要性について書かれているが、最後のところで書かれているがそもそも愛国心というのは自然に心の中にあるので、必要性については私は愚問であると思う。あとがきには「反日書」や「売国本」と呼ばれたいというくだりはあるが、本書を読むに私はそう思わない。むしろ愛国心についてとことん突き詰められた良書であるといえる。

老いはじめた中国

老いはじめた中国 (アスキー新書 049)
老いはじめた中国 (アスキー新書 049) 藤村 幸義

アスキー  2008-02-12
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現在中国は高度経済成長も踊り場に差し掛かり経済が交代しだしてきたころである。この中国が追い始めたというのだから国がもう何千年もの歴史を積んできたのだからそろそろ滅びるのかと邪推をしたりもした。
しかし本書では、中国は高齢化しつつあるということを言っている。つまり「一人っ子政策」により人口増加も横ばいとなり、毛沢東政権下での「産めよ・殖やせよ政策」世代が60歳以上に差し掛かろうとしている。つまり前述の政策内で大量に生まれた子たちが今老人になりつつあり、彼らが高齢化社会に拍車をかけているといっても過言ではないというのである。本書の第1章はそんな内容である。第2章は地球にやさしくなれるかだが、中国人の性質上無理と断言していい。確かに中国当局は経済成長優先ではあるが、環境政策にも動き出さなければならないということもあって複雑の様相を見せている。しかしその国内で暮らしている人々はとにかく裕福でいたい、貧乏から脱出したいという気持ちが必死となり、環境対策などやっていられるかという人がほとんどである。驚くことに本書ではこの中国による環境破壊はこれから本格化していくというから油断できない。
第3章以降は経済と外交についてである。ここでは便宜上同時に見ておきたい。最初にもいったが現在の中国経済は高度成長の踊り場に到達し、今年はサブプライムローン問題の余波もあり、経済は大きく後退した。とはいえまだまだ成長するので日本も油断できない。経済と言えばちょっと外交とリンクするが、日本と中国の関係は「政冷経熱」と言われている。実際私自身はこういう関係のほうがいいと思っている。政治的には中国当局と言うのは1党独裁政権で動いている。しかも国民が行う選挙は一切行われていない。当然そんな国に政治的に友好を深めるというのは私自身不可能だと思っている。そういう国を相手すれば相手するほどその国が顰蹙を買うことになる。しかし中国は高度経済成長期。経済的に言ったら日本は中国にとって大手の貿易国である。当然日本にとっても、中国にとっても見過ごすわけにいかない。だから「政冷経熱」が一番いい状態と言える要因である。しかし中国では5年先であるが、次期国家主席の争いはすでに始まっている。現在では習近平が一番近い存在ではあるが日本にとってはもっと悪い状態になりかねない。つまり江沢民前主席に近い思想であるという。現在北京オリンピックが行われているが、終了後も中国との関係にも注目が集まるだろう。

介護―現場からの検証

介護―現場からの検証 (岩波新書) 介護―現場からの検証 (岩波新書)
結城 康博

岩波書店  2008-05-20
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2000年から発足された「介護保険制度」。2004・2006年に改正され多様な要支援・要介護者のための対応について政府は考えたのだろう。しかし介護の現状はあまり変わっていない、と言うよりもむしろ悪くなっているという声が強い。現状としては非常にきついという。しかも介護というのを食い物にしたグッドウィルの問題もこのような介護の世界に闇を落としている。
老人の人口も比率も上がるだろうとする日本の現状としては介護というのは必要不可欠である。最近では「後期高齢者医療制度」についての風当たりも強い。野党らは「老人を食い物にしている」という怒りの声が上がっているが、介護保険制度などの福祉に対する予算の向上も考えなければならない。しかし財源は赤字国債の返済等によりほとんど残っていない。それを考えると後期高齢者に対しての負担も上がるというのは致し方ないといってもいい。最も政治に関しての信頼もなく予算の使い方に関しても細かなことについて明示されていないと考えると反対や廃止を求める声も強いこともうかがえる。しかしこの保険制度については当然必要であると私は思う。その代りこの制度については予算の使われ方をはっきりとしたもので明示できなければ私は廃止すべきである。
介護における問題は後を立たないが、一つ一つ解決するというしか方法がないと思う。これについては介護業界、政府共々策を練らなければならない。

李明博革命

李明博革命――保守主義が韓国を救う 李明博革命――保守主義が韓国を救う
趙 甲済 李 英

作品社  2008-02-23
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2008年2月、李明博政権が誕生した。約15年にもわたって続いてきたウリ党の左派政権が交代し、本当に久しぶりの韓国の保守政権(ハンナラ党中心の)が誕生した。特に北朝鮮の外交政策がきわめて明確で強硬姿勢を貫くというものである。さらに日本に対してはこれまで幾度も従軍慰安婦や竹島などの歴史認識や領土問題での嫌悪な駆け引きがあったがそれについては大統領自身一切発言を行わないという宣言までした。予断ではあるが大統領自身も一時期は日本に住んでいた経緯があるため親日的な雰囲気も醸していることも窺える。
しかし、期待とは裏腹に政権はもろくも崩れかかっている状態である。根本的な原因はアメリカ産牛肉の輸入再開によって支持率が急落していることである。これによって内閣が2度ほど大きく変わり、しかも記者会見の場で謝罪するという事態にまで発展した。さらに主張も大きく変わってしまい、北朝鮮に対し友好的な発言を行ったり、昨今での教科書問題により日本に対して強く非難するなどの発言を行っている。論客の多くはこれが韓国の姿と言う人もいれば、日本が悪いという発言をする人もいる。私はどうも世論に押しつぶされて仕方なく韓国人の意見を重用しているようにしか思えない。大統領の発言と言うよりも韓国人の多数派の意見を踏襲しているようにさえ感じた。確かに世論は大事である。選挙という民主主義の根幹の中から選ばれた大統領である。しかし、それによって世間に媚びを売ったり、目をうかがっているようでは大統領として、一公人としては成り立たないということも考えておくべきである。とうぜん大統領はアメリカ産牛肉輸入再開に向けてのアピールや説明をなすべきであるし、韓国人に納得できるような発言をすべきである…と言いたいところだが、韓国人は反米意識が強いのでどこまで李明博政権(保守政権)で反米・反日意識を薄れさせるかのカギを握っている。左派や独裁政権の中での洗脳教育からの脱却も保守政権でやるべきであると私は大統領に助言したいものである。

冒険家 75歳エベレスト挑戦記

冒険家 75歳エベレスト挑戦記 冒険家 75歳エベレスト挑戦記
三浦 雄一郎

実業之日本社  2008-07-11
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2008年5月26日午前7時33分(現地時間)、三浦雄一郎が世界で初めて70代で2度目のエベレスト登頂に成功した。本書はその三浦雄一郎の半生と、この2度目のエベレスト登頂の日記などがある。特に日記については三浦氏自身の思いの交錯が如実に描かれており、三浦氏がどの思い出エベレストに登ったのかと言うのがものすごく伝わった。
とあるTV番組にて三浦氏は2度目の登頂はチョモランマ(中国側)からの登頂を目標にしていたが、チベット問題の関係により結局ネパールからの登頂となってしまったという。これについても三浦氏の後悔も書かれていた。それを考えるともしかしたらチョモランマからの登頂に向けてまたエベレスト登頂に挑む可能性も捨てきれない(三浦氏次第であるが)。
アルピニストの野口健氏と同様ヒマラヤ山脈から見た地球温暖化についても刻銘に書かれており現在の地球の現状を改めて知った。ただし今回は環境問題について批判するつもりはない(別の本でやっているので)。

日本の難民受け入れ過去・現在・未来

日本の難民受け入れ 過去・現在・未来 (虎ノ門DOJOブックス) 日本の難民受け入れ 過去・現在・未来 (虎ノ門DOJOブックス)
山田 寛ほか

東京財団  2007-03
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日本における難民問題はそれほどメディアでは取り扱われていない。しかし難民は人権問題であるので日本の法務省および外務省は看過できない課題と言えるのではないだろうか。
本書ではその難民問題を日本の現状及び日本に近い北朝鮮および台湾海峡における難民問題についてピックアップしている。
第1章では監修者自身の難民受け入れのための51の提言が乗せられている。共感はできるものの、本当に実現するのであろうかという考えとなると、政治的な軋轢により実現できないところもある。結構現実的であり、合理的要素は多いものの、それを実現ともなると合理的なものというわけにはいかない要素も捨てきれない。元共産党最高幹部の筆坂英世氏がある番組で「政治は合理的であるほどうまくいかない」と言っているのだから。
第2章では日本の難民認定の現状についてつづっている。日本全体で難民認定されたのは2005年現在46人(p.48より)である。それなりに難民に認定されているという考えもあるのではと考えるものの実際に申請した数は本書では明らかになっていないので多いのか少ないのかという判別は難しい。日本は難民鎖国と言われているという。その最たる理由としては申請に対して認定される件数はほとんどない。とりわけクルド人難民については1件も認定していない年まであるという。それによっての法制化はなされているのかと言うと不備な点が多い。人道問題であるので法ではないという意見もあるが、日本は法治国家である。そのためには法の整備と解釈の万全かを行う必要がある。しかしそうさせないといけないと考えると、日本は法を超えた努力というものに関して寛容ではないということをまざまざと見せつけられてしまう。侠気というものがないのかとも思ってしまう。
第6章では諸外国の難民の受け入れの状況についてまとめられているが、確かに日本では諸外国に比べて認定者数は際立って少ない。しかし申請数も少ないので比率で言ったら諸外国とほぼ同じではないかという意見の人もいるかもしれないが、申請したのにもかかわらず門前払いになったという件がカウントされていなければ統計自体成り立たなくなる。勘繰ってしまうと堂々巡りにもなりかねないものの疑いの余地はあることは確かである。

「東京裁判」を裁判する

「東京裁判」を裁判する 「東京裁判」を裁判する
渡部 昇一

致知出版社  2007-02
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パール判事の本を3冊読んだせいか、東京裁判についての本をもっと詳しく読みたくなってきた。本書はこの東京裁判について批判をする1冊である。しかし、ごくごく基本的なことが書かれているので本書は東京裁判についての入門書と東京裁判の批判点の中でも基本的なものを紹介しているというくらいである。だが戦争を知らない我々の世代は当然東京裁判とは何たるのかを知らない。戦前の時代は軍が日本の政府を支配してきた、軍の暴走により大東亜戦争となりそれが今日の韓国・中国等の批判にさらされてきた悪の戦争だというイメージをもたれる人が強い。しかしそうではない。もともと大東亜戦争を始める前もアメリカと戦っていた時がある(例えばビルマでの空中線がそう)。戦争までにっちもさっちもいかない状態で軍部が当然政治権力を掌握したいということが大きかった。当然軍人の中で小磯国昭や東条英機と言った人が首相になった時もある。しかし彼らは好戦的ではなかった。むしろ戦争に流れていったのは諸外国でありそれに連なって国民が開戦論を唱え始めたにすぎない。昭和天皇を始め首相、閣僚は死に物狂いで戦争回避を模索してきたのである。しかし「ハル・ノート」により戦争もやむなしとなってしまった。それ以後については大東亜戦争に関する本で詳しく紹介するのでここでは割愛させていただく。戦後63年になる今、改めて戦争の意義について全・悪双方の議論をなされるべきではないだろうか。

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書) 日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
内山 節

講談社  2007-11-16
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表題からして何やら不思議な感じがしてならない。1965年を境に日本人は「キツネにだまされた」ということを口にしなくなったという。それを歴史学、歴史哲学的観点から考察していこうというのが本書である。
そもそも思ってみれば不思議な話である。昔は「キツネにだまされた(化かされた)」という話や「狸に化かされた」という声があった。私は口にしなくなっただいぶ後に生まれたのでそういう話を聞くということはまずない。キツネと言うと歴史学と言うよりもなぜか神道的要素があるようにも思えてしまう。というのは稲荷神社が全国津々浦々にあり、キツネは神と言うよりも神獣として崇められているところもあるという。キツネはいたずら好きであることから「キツネにだまされた」という話を聞いたのではないだろうかと推測する。しかし1965年を境に言われなくなったと考えると本書の内容を迫りたくなってくる。
さて本書である。第1章はキツネと人なのであるが前述に書かれていることと似通っているので割愛させていただく。第2章からが本論になる。第2章では1965年のことについて詳細に書かれる。その中でキツネにだまされたということを口にしなくなったカギが隠されているかも知れないと推測する。1965年と言えば池田内閣の所得倍増政策により人々の生活が豊かになったこと、科学が進歩したこと、死生観・自然観の変化によりだまされなくなったのではないかと著者は仮設を立てて説明している。豊かになったことにより、宗教や迷信にかかわる必要がなくなったというかもしれないが、確かにうなずける1つの理由がある。もともと宗教というのは「貧・病・争」から脱するためにすがりつき、自らの死生観や自然観を見出すということからできたものかも知れない。では国全体が豊かになるから宗教はいらないのかと考えると必ずと言ってもそうではないと断言していい。アメリカではプロテスタント中心であるので豊かになっても宗教は存在している。では日本はどうだろうかというと、日本は多宗教国家である。それはもともと神道に限らず日本自体「神」という概念はそのまま自然にかつ寛容的に息づいているので神は1人ではないというのが日本の宗教的風潮ではないか。そもそも宗教的観念をそこまで問い詰めないのも日本くらいではなかろうか。しかしこれらの仮説だけでは著者同様まだ釈然としない。
第3章ではキツネにだまされる能力と題してそのルーツを探っている。さすがにここまで来ると歴史と言うよりも民俗学の範疇になってしまう。ただそこまでいくほどこのなぞというのは根深いものであることの証明にはなるであろう。
第4章は歴史に関する「問い」についての考察である。ここはキツネとのかかわりはほとんどない。むしろ歴史の概念に対する「問い」であるのでこれについては割愛するしかない。
第5章ではようやく歴史哲学が絡んでくる。さすがにここまで来ると私も読んでもさっぱりこなかった。
第6章でようやく結論が出てくる。決定な結論ではないかもしれないが「知性によってとらえられた歴史だけが肥大した。広大な歴史が見えない歴史になっていった(p.173より)」が本書の結論点に思える。普通にある歴史的な観点ではとらえきれないということではないだろうか。そうなるとまだまだ観点を広げていかないと結論に達することができない。本書を読んでそう思えた。

パール判決を問い直す

パール判決を問い直す「日本無罪論」の真相 (講談社現代新書) パール判決を問い直す「日本無罪論」の真相 (講談社現代新書)
中島 岳志 西部 邁

講談社  2008-07-18
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まず結論から言うと中島氏は小林よしのり氏と論争を繰り広げたという、ゴー宣のパール真論ではさんざん中島氏や西部氏を批判しながらもパール判決の在り方を語っていたが、本書では小林氏の批判がないといってもいい。まずはここで期待外れ。もう一つは裏の帯紙。中島氏は「自称保守派の法哲学の乱れを正す」と主張し、西部氏は「パール判事は進歩主義者であった」と主張している。パール判決の前文にどこにそんなことが書かれているのか知りたいくらいである。しかもあったとしても前書き(しかもわずか)しか書かれていなかったので、逃げているといってもいいのではないだろうか。
東京裁判ではパール判事自身の思想心理は一切入っておらず、むしろ国際法学者として法(及び条約)の矛盾を突き、日本無罪論を主張した。当然起訴されたA級戦犯28人に全員無罪判決を出した。ただし全部日本は悪くなかったとは言っていない。「バターン死の行進」については情状酌量の余地なく日本を非難した。
さて序章において西部氏は「パールはある種ヒューマニスティックな立場をとっている(p.21より)」と言っているが、どこからそんな立場をとっているという証拠があるのかと言いたい。もしそうであればその主張がパール判決全文の中でどこにあたるのかというのを明示していただきたい。
第1章ではパールの生涯と東京裁判について書かれているが、生涯と裁判については別個のもと考えてもいい。パールの生涯はこうだったから東京裁判ではこうだったというのは明らかにお門違いだろう。インド人としてということも考えることもお門違いではあるが、パール真論においても矛盾を希求するあまり当時の首相であったネルーに連合国の刺激にならないようにと忠告されたということは事実であるが、パールは法に関して各国の軋轢によって歪曲されることを強く拒んでいたためこの忠告を拒否したことは有名である。が本書でも中島氏の「パール判事」でもガンジーイズムも入っているのではないかというのは明らかに間違っている。あくまで法律的矛盾をついたことで日本無罪論を主張したのである。
第2章では平和の宣言からパールの思想を解き明かそうそしているが、「平和の宣言」ではパールの思想は入っているにしても、日本への情愛や日本へ行く道について説いたものであり、絶対平和主義については意味すらこめられていない。確かに恒久平和については明記されているが軍備を持たずに平和を維持することはまず不可能と断言していい。もしそうなったとしたら中国やソ連(現:ロシア)、北朝鮮から侵攻され完全植民地になり日本人が奴隷化、もしくは虐殺されることになりかねないのである。
第3章ではパール判決所批判を行っているが、まず目についたのは「帝国主義批判」についてである。いくつか証拠を提示してはいるものの、本当に判決に書かれていたのかという疑いも捨てきれない。まして当時の日本は国名は「帝国」でありながらにして民主主義であったことは忘れてはならない。もし帝国主義であったとしたならば選挙は行うはずもなかっただろうし、国民が議員を選ぶ権限もなかったといってもいい。
第4章は割愛させていただくとして最終章ではパールは左翼思想家であると主張している。果たして本当に左翼であるのかという疑いが強くなってしまう。もしパール判事が左翼であったのであれば日本への情愛は皆無であったであろうし。広島での慰霊碑への憤怒は何だったのかと問いただしたくもなる。これについての文言が一切なされていないのはなぜだろうか。
最初にもいったが小林よしのり氏に対する反駁にもなっておらず、ましてやお門違いも甚だしい主張であったといってもいい。本書はそんな1冊であった。

F1 ハンガリーGP コバライネンがついに初優勝!! トヨタ・グロックが2位表彰台!!!

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 H・コヴァライネン マクラーレン 1:37:27.067
2 T・グロック トヨタ + 11.020
3 K・ライコネン フェラーリ + 16.811
4 F・アロンソ ルノー + 21.614
5 L・ハミルトン マクラーレン + 23.048
6 N・ピケ・ジュニア ルノー + 32.298
7 J・トゥルーリ トヨタ + 36.449
8 R・クビサ BMW + 48.321
9 M・ウェーバー レッドブル + 58.834
10 N・ハイドフェルド BMW + 1:07.709
11 D・クルサード レッドブル + 1:10.407
12 J・バトン ホンダ + 1 laps
13 中嶋 一貴 ウィリアムズ + 1 laps
14 N・ロズベルグ ウィリアムズ + 1 laps
15 G・フィジケラ フォースインディア + 1 laps
16 R・バリチェロ ホンダ + 2 laps
Did not finish
17 F・マッサ フェラーリ + 3 laps
18 S・ボーデ トロロッソ + 3 laps
19 A・スーティル フォースインディア + 6 laps
20 S・ヴェッテル トロロッソ + 47 laps

コバライネンの初優勝もありますが、まさかグロックが2位表彰台を獲得したこと。それだけではなくマッサがエンジンブローによりリタイアとは…、ハミルトンもタイヤバーストにより何とかポイント獲得圏内でフィニッシュだが大きく順位を後退してしまいました。

30周あたりではまさにヒヤリの連続。中嶋をはじめ、バリチェロ、ボーデの給油リグでの火災発生。ボーデはリタイアしたが、中島とバリチェロは乾燥で着てなによりです。

コバライネンの初優勝。ようやくでした。ハミルトンの陰に隠れていましたが、いよいよフライング・フィンとして頭角を現しましたか。これからに期待ですね。

グロックが2位表彰台。第3代GP2王者の面目躍如といった感じじゃないでしょうか。予想ではポイント圏内かなと思ってましたが、予想外ではありますがいい意味での予想外の結果です。見事です。

マッサがエンジンブローでリタイア。まさかフェラーリが…といった感じでした。実際にフェラーリがエンジンブローを起こしたのは記憶が正しければ、一昨年の日本GP以来でしょう。これから短い夏休みになりますが原因を究明し、次のレースにつなげればといった感じです。

中嶋は13位。ロズベルグよりは上でしたが、ウィリアムズのマシンがちょっと悪くなってきたのかといったところでしょうか。両ドライバーとも結構いいドライバーだけど、マシンがついていかなかったというべきか。

次戦は、短い夏休みをはさんで3週間後、初開催のスペイン・バレンシア市街地!!

F1 ハンガリーGP ハミルトンが連続PP!! そして優勝予想

結果は以下のとおり(GPUpdate.netより)。

Pos.ドライバーコンストラクターズTyresTime
1 L・ハミルトン マクラーレン 1:20.899
2 H・コヴァライネン マクラーレン 1:21.140
3 F・マッサ フェラーリ 1:21.191
4 R・クビサ BMW 1:21.281
5 T・グロック トヨタ 1:21.326
6 K・ライコネン フェラーリ 1:21.516
7 F・アロンソ ルノー 1:21.698
8 M・ウェーバー レッドブル 1:21.732
9 J・トゥルーリ トヨタ 1:21.767
10 N・ピケ・ジュニア ルノー 1:22.371
11 S・ヴェッテル トロロッソ 1:20.144
12 J・バトン ホンダ 1:20.332
13 D・クルサード レッドブル 1:20.332
14 S・ボーデ トロロッソ 1:20.963
15 N・ロズベルグ ウィリアムズ no time
16 N・ハイドフェルド BMW 1:21.045
17 中嶋 一貴 ウィリアムズ 1:21.085
18 R・バリチェロ ホンダ 1:21.332
19 G・フィジケラ フォースインディア 1:21.670
20 A・スーティル フォースインディア 1:22.113

やはりといっていいでしょうかね。ハミルトンが2戦連続PPでした。マクラーレン1-2だったということはちょっと意外でしたが、フェラーリが子のサーキットとの相性が悪い+最近マシンの調子が上がらないを考えればマクラーレン1-2は可能性があったといってもいいでしょう。

一番驚いたのはトヨタ勢。トゥルーリは案のじょうだが、最も驚いたのはグロック。過去にQ3に上がったことはあったもののここまで上位勢を肉薄できるような場面はあったのかというとなかったように思えます。ただ決勝は遅いという評判もあるので決勝でも同じ勢いでいけるのかというと疑いもありますが。

もう一つ意外というのはハイドフェルド。Q3進出の常連がなんとQ1で脱落という波乱。どうしたのでしょう。

そんなこんなで優勝予想といきましょう

本命:ハミルトン

対抗:マッサ、コバライネン

要注意:ライコネン、クビサ、グロック

優勝はハミルトンは堅い。たとえ雨が降ろうとも波乱が起きようともよほどのことがなければの話ですが。今年も去年と同じような淡々としたレースであればハミルトンが優勝するでしょう。ただし一昨年のような波乱であればわかりませんが。

1コーナーでマッサがコバライネンを抜けばマッサの失点は最小限に抑えられるでしょう。ただでさえこのコースはマクラーレンが強いのでフェラーリは今回は我慢のレースになる。なので今回はハミルトンとの差が開くのをどこまで抑えられるのかというのも焦点になると思います。

そしてコバライネンの活躍。優勝もしていなければ表彰台に上がることも少ないコバライネン。マッサらを抑えて1-2をそのままチェッカーまで持ってこれるのかがカギとなるでしょう。

F1 ハンガリーGP PP予想

時間もあまりないのでちゃっちゃといきます。

本命:ハミルトン

対抗:マッサ、ライコネン

要注意:コバライネン、クビサ、ハイドフェルド

こんなかんじで。

マンガをもっと読みなさい

マンガをもっと読みなさい―日本人の脳はすばらしい マンガをもっと読みなさい―日本人の脳はすばらしい
養老 孟司 牧野 圭一

晃洋書房  2005-09
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マンガと言うのは日本が生んだポップ・カルチャーである。
これについては主張してから一遍も変わったことがない。マンガと言うのは小説や新聞と言った活字よりは字数は少なく絵が多いというイメージ、そして近年ではオタクが世界的ブームとなっており、大人たちには敬遠されがちになってきている。事実アニメや漫画を頭ごなしに批判をしている論客もいるというから悲しいことである。
本書は対談形式ではあるが、特に驚いたのが「バカの壁」でおなじみの養老氏である。あのよう労使が、マンガのことを絶賛しているのだから驚きである。本書にはないものの台湾の歴代の総統にも漫画を絶賛した人がいる。李登輝元総統と陳水扁前総統である。これは「ゴー宣」の台湾論を見たらもっと明確に書かれているのでこちらを読んでいただきたい。
話を戻す。マンガの良さについて京都精華大教授の牧野氏と解剖学者の養老氏というまさに移植の対談となっている。副題を見てみたら養老氏だということには納得がいく。
感想はと言うと、総論的にはマンガと脳の関連性について非常に面白く解説されていたのでよかった。各論についても、ドラえもんやハリーポッターの言及については斬新な切り口であったためか衝撃的な内容であったため、見事としか言いようがなかった。

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